「ゲホオオオッ! ゴホオオオッ! どうして、咳がこんなに止まらんのだああああ! 早く薬を持ってこいいいい!」

 いくら薬を飲んでも、ポーションを飲んでも全く治らない。
 夜も眠れなくなってきたし、頭がガンガンして倒れそうだ。
 
「かしこまりました! 少々お待ちください……クソッ、それくらい自分でやれよな、デブキノコがよ」
「なんだああああ? 何か言ったかあああ?」
「いえ! なんでもございません、エラブル様! すぐに準備いたしますので!」

 とんでもない悪口を言われた気がするが、体調が悪くてそれどころではない。
 使用人が出て行くと、クッテネルングがやってきた。
 目の下がクマになっていて、脂汗も滴り落ちている。

「父ちゃまぁぁぁ、さっさとクソ兄者に仕返ししてよぉぉぉ」

 どうやら、クッテネルングはポリティカ男爵家から婚約破棄されたらしい。
 
「貴様あああ、どうして婚約破棄などされるのだあああ。相手は男爵だぞおおお。この役立たずがあああ」
「だから、クソ兄者のせいだよぉぉぉ。あいつのせいでエフラルちゃんにフラれちゃったんだぁぁぁ」

 伯爵家との婚約を破棄する男爵家など聞いたことがない。
 何かしら嫌がらせをしたいところだ。
 だが、セリアウス侯爵との商談が失敗したせいで、そんな経済的余裕はなかった。

「それにしてもおおおお! やたらとデサーレチのウワサが耳に入ってくるなああああ!」
 
 クソ土地から姿を変え、天国のような素晴らしい領地になっているらしい。

「そんなのデマに決まっているよぉぉぉ。あのクソ土地が栄えるわけがないじゃないかぁぁぁ」

 クッテネルングの言う通りだが、一概にウソだとは言えなかった。
 フォックス・ル・ナール商会の会長やウンディーネの使者など、恐ろしく地位の高い者たちが言っているのだ。

「おのれええええ。ゴミ愚息を思い出したせいで気分が悪くなったああああ」

 私の天才的な領地計画に口出しするヤツを追い出して、最高の日々がやってくると思ったのに。
 
「ガハアアアッ! ゲフウウウッ! だから、早く薬を持ってこいいい!」

 ゴミ愚息を追い出してから、ますます体の具合が悪くなってきた気がする。
 正直言って、歩くだけで倒れそうになる。
 く、苦しい。
 本当に私の身体はどうしたのだ。

「お待たせいたしました! お薬でございます!」
「さっさと、よこせええええ!」
「僕ちゃまの分は砂糖をたっぷり混ぜろぉぉぉ」
「承知いたしました! ……チッ、なんでこんなクソどもの世話なんかしなきゃいけねえんだよ」
「「何か言ったかあああ(ぁぁぁ)?」」
「いえ! なんでもございません!」

 いくら質の悪い風邪だろうが、高価な薬を飲んでいれば治るだろう。
 サンクアリ家は裕福なので、まだまだ大量に手に入る。
 何も心配いらんのだ。

「まぁ、いいいい。ところで、例の者たちは来たのかあああ? ……ゲホオオオッ、ゴホオオオッ!」

 薬を飲んだところで声を張り上げる。
 すぐにむせるのが腹立たしい。

「は、はい……! いらっしゃったのは、いらっしゃったのですが……」

 使用人どもはビクビクしている。
 まったく、もう少しシャキッとせんか。

「オラ、どけよ!」
「きゃあっ!」

 使用人が乱暴に跳ね飛ばされた。
 私の部屋に汚い男たちが遠慮なく入ってくる。
 全員柄が悪く、貴族とはかけ離れた境遇の者どもだ。

「俺はリーダーのアタマリってんだけどよぉ。アンタがエラブル? 太りすぎじゃね?」

 Aランク盗賊団“アウトローの無法者”。
 この辺りでは名の知れた盗賊グループだ。
 その優秀な鍛冶能力であらゆる鍵を造れるらしい。
 古代遺跡を荒らし、貴族の宝物庫を荒らし、貴重な宝を根こそぎ奪っていた。

「にしても良いとこに住んでんなぁ。どうせ、貧乏人から搾り取ってんだろ?」

 本来ならば、屋敷の門をくぐらすことさえ叶わない。
 しかし、今回限りの特別な仕事のため、やむなく屋敷に招き入れた。
 中でも一番大きな男がずかずか出てきた。

「おっ、いいマットがあるな。ちょうど靴に泥がついていたんだ。拭かせてもらうぜ~」 

 不躾な態度と高い絨毯が汚され怒りそうになる。
 だが、懸命に怒りを抑える。
 今から大事な取引をするのだ。
 余計な争いごとは避けたい。

「……貴様の無礼な態度は見逃そうううう。ところで、デサーレチは知っているかああああ?」
「ああ、もちろん知ってるぜ。あのクソ土地だろ? なんだ? お宝でもあんのか? まぁ、俺たちはこの屋敷のお宝でも我慢できるけどよお。 なぁ、お前ら?」

 アタマリが言うと、部下たちもいっせいにゲラゲラ笑い出した。
 一人も上品な人間がいない。

「さすがは、伯爵家だぜ! 高そうなもんがいっぱいだしよ!」
「お土産にいくつかもらっていくか! 売れば結構な金になりそうだ!」
「ちょっとくらい無くなってもわかんねぇんじゃね?」

 アタマリは部下と一緒に、ゲラゲラ笑っている。
 屋敷に似合わぬ、下品な笑い声が響き渡る。
 それどころか、部屋の高価な調度品をベタベタ触りだした。
 これ以上荒らされてはまずい。
 私は慌てて用件を切り出す。

「仕事の依頼とは、これだああああ」

 私は二枚の紙を渡す。
 一枚はデサーレチに追放したゴミ愚息の似顔絵。
 もう一枚は、クソユチにくっついていったルージュの似顔絵だ。

「なんだよ、このクソガキは? っと、こっちの女は、なかなか美人じゃねえか」

 アタマリは似顔絵をまじまじと見ている。

「その男を殺せええええ。女は好きにして構わんんん」

 私は初めから、あのゴミ愚息を殺すつもりだった。
 だが、屋敷内で殺すのはさすがにまずい。
 下手したら失脚もあり得るからな。
 そのため、辺境に追放したのだ。
 運悪く、盗賊団に襲われたとなれば世論も問題あるまい。
 辺境の地で誰にも助けを求められず、たまたまやってきた盗賊団に襲われて死ぬ。
 こんなに不運なことがあるだろうか。

「頭! 俺たちにも女の顔を見せてくださいよ!」
「ほお! 確かに、これは上玉だ!」
「ケケケケ! 楽しみが増えたぜ!」

 盗賊どもは、ルージュの似顔絵に群がっている。
 あの女もまた、私の誘いを断りおった無礼者だ。
 せっかく屋敷に雇ってやったというのに、その恩を忘れおって。
 だから、盗賊どもに似顔絵を見せたのだ。
 今さらどうなろうと、私の知ったことではないわ。

「んで、報酬は?」

 ひとしきり騒いだ後、アタマリは無遠慮に言ってきた。
 こいつら盗賊には品性の欠片もない。
 だが、金で動く分まだ安心できる。

「前払いで500万エーン。その男の首と引き換えに500万エーン払おう」
「全然足りねえな。その倍払えや。金持ちだろうがよ」

 アタマリが言うと、部下たちはまた賛同しだした。

「1000万エーンで人殺しはできんわなぁ」
「おい、オッサン。俺たちのこと見くびってるんじゃねえの?」
「伯爵家ってそんなに貧乏なん?」

 盗賊団は揃ってギャハハハ! と笑っている。
 ゴミ愚息の殺害依頼などで、2000万エーンも払うのは気が引けた。
 しかし、こいつらは盗賊団だ。
 機嫌を損ねると何をしてくるかわからない。
 仕方がない金を払うか。

「……良いだろう。倍額の2000万エーン払おう。これが前払いの1000万エーンだ」

 私は金をアタマリに渡す。
 アタマリは律義に金を数えると、上機嫌で出口へ向かう。
 
「まいどあり~! じゃあな、また頼むぜ~!」
「待てえええ、わかってるだろうなあああ! ちゃんとその男を殺すんだぞおおお! さもなければ、貴様らをおおお……!」
「な~に、心配すんなよ。これでも俺たちはプロさ。さっさとこの男を殺して女と遊んだら、残りの金もいただきに来るぜ。ちゃんと用意しておいてくれよ~」
 
 盗賊団は下品に笑いながら出ていった。

「チイイイイ、余計な出費になったな……ゲホオオオッ、ゴホオオオッ!」

 まずは、この体調不良をなんとかせんとな。
 と、そこで、カーテンの影からクッテネルングが出てきた。
 盗賊団が来るや否や隠れていたのだ。
 こいつは偉そうなくせに臆病だ。
 まったく、誰に似たんだろうな。

「2000万エーンも払ったのぉぉぉ!? 僕ちゃまの新しい馬車を買うんじゃなかったのぉぉぉ!?」
「黙れえええ! それに、払ったのはまだ1000万エーンだあああ!」

 ともあれ、私は愉快だった。
 これでクソユチを世の中から葬れる。
 見ていろ、ゴミ愚息め。
 貴様はもうおしまいだ。
 今さら謝っても許さないからな。
 せいぜい、残り少ない人生を楽しめ。
 ゲホォォォッ、ゴッホォォォ!