「ゲホッ……す、すみませーん! どなたかいらっしゃいませんかー?」

 デスリバーを聖域化して数日後。
 村の入り口で誰かが叫んでいた。

「また来客か? デサーレチには意外と人が来るんだな」
「きっと、ユチ様目当てでございます」

 門のところには、全身青い人たちが立っている。
 一目見ただけでわかる、ウンディーネの一行だ。
 全部で5、6人のグループみたいだった。

「ウンディーネかぁ、これまた珍しい来客だ」
「デサーレチに彼女らの好きそうな物はなさそうでございますが」
「それに具合が悪そうだな」

 ウンディーネたちは体が濁っていて苦しそうだ。
 本来なら美しい青色なのに、暗い色合いになっている。

「あの、大丈夫ですか?」
「どうぞ、こちらにいらっしゃいませ」

 俺たちが呼んでいると、みんなしてノロノロ歩いてきた。

「ゲホッ……あなたがリーダーの方ですか……?」
「俺がリーダーというか、一応領主のユチ・サンクアリですけど。あの、どうされましたか? 体調が悪そうですが」
「誠に申し訳ないのですが……新鮮なお水を分けていただけませんか? もう何日もキレイな水を飲んでいないのです……ゲホッ」

 そういえば、ウンディーネはいつもキレイな水を飲んでいないと体調を崩すと聞いたことがある。

「キレイな水なら無限にありますよ! ちょっと待っててくださいね! とりあえず、俺の家で休んでてください!」
「私めも運ぶのをお手伝いいたします。あなた方はこちらへ」
 
 ウンディーネ一行を家に案内し、俺たちは急いで水を持ってきた。
 デスリバーの<ライフウォーター>だ。

「はい、どうぞ!」
「す、すごくキレイなお水ですね! い、いただきます……!」

 ウンディーネたちはゴクゴクゴクッ! と勢い良く飲む。

「ぶはぁっ! なんて美味しいんでしょう! こんなに美味しいお水は今まで飲んだことがありません!」

 飲み終わるや否や、ウンディーネたちの濁った感じも消えた。
 向こう側が見えちゃうくらいに透き通っている。
 さすがは<ライフウォーター>だ。
 一瞬で体力を回復させたようだ。

「元気になったみたいで良かったですね。それで、こちらにはどうして……」
「っていうか、この水は<ライフウォーター>じゃないですか!」

 リーダーらしきウンディーネがハッとしたように叫ぶ。
 それに続くように、みんなきゃあきゃあし始めた。

「こ、これがあの<ライフウォーター>!? ホントだ! <ライフウォーター>って書いてあります!」
「道理で普通の水より美味しいわけですね! 飲んだ瞬間、すごい衝撃を受けました!」
「こんな素晴らしいお水が飲めるなんて、私たちはどこまで運が良いのでしょう!」

 ひとしきり騒いだ後、気を取り直したようにこちらへ向き直った。

「ゴ、ゴホン……申し遅れました。私たちはウンディーネの里からやってきました。私はリーダーのネーデと申します。この度は命を救っていただいて、誠にありがとうございます」

 ネーデさんはとても丁寧にお辞儀する。
 残りのウンディーネたちも一緒に深くお辞儀する。
 非常に礼儀正しい種族のようだ。
 ルージュは満足げな顔をしている。

「どっかのクソ狐とは全く違いますね。全ての来客がこうであれば幸いなのですが」
「ル、ルージュ! 静かに! ……それで、ネーデさんたちはどうしてここへ?」

 ウンディーネのことはよく知らないが、ネーデさんは俺より年上な気がする。
 何となくだが。
 まぁ、物腰も落ち着いているし。
 自然と苦手な敬語になってしまう。

「里長の令で、王様へ謁見に向かう途中だったのであります。ですが、途中で道に迷ってしまいこちらの豊かな領地へとたどり着いた次第です」
「そうだったんですか。そりゃまた大変なことで……」
「お恥ずかしい話、ここがどこかもわかっておらず……ここは何という領地でしょうか?」
「デサーレチです」

 デサーレチと言った瞬間、ネーデさんたちは固まった。
 かと思うと、プルプル震え出す。
 その顔は恐怖でいっぱいだ。

「ま、まさか、ここがデサーレチなんですか!? 近づいただけで体が溶けて無くなるという、あの史上最悪の土地ですか!?」
「「……えっ」」

 俺とルージュはびっくりする。
 ネーデさんが叫んだ瞬間、お仲間のウンディーネたちも騒ぎ出した。

「デ、デサーレチ!? 地獄に最も近いという……あのデサーレチですか!?」
「作物は育たず、水も飲めず、死にたければそこへ行けと言われるデサーレチ!?」
「溶岩の沼があるなんてウワサもありますよね!? 数多の死が蔓延っていると言われるデサーレチですって!?」

 マジか……。
 散々な言われようだ。
 フォキシーも驚いていたし、デサーレチの評判は最悪みたいだな。
 ルージュが怒る前に俺は慌てて説明する。

「と、とりあえず、落ち着いてください! ここは確かにデサーレチです。ですが、俺のスキル<全自動サンクチュアリ>でこんなに豊かな土地になったんです!」
「「そ、それは、どういうことで……」」

 スキルのことを簡単に説明した。
 それを聞いて、ウンディーネの一行はまた驚く。
 ネーデさんが恐る恐る話してきた。

「じゃ、じゃあ、この水も元々は飲めないくらい汚れていたのですか? こんなに美味しいお水がまさか……」

 ウンディーネ一行は顔を見合わせて驚いている。
 まるで信じられないといった様子だった。

「良かったらお土産に持ってってください」

 俺はビン詰めした<ライフウォーター>や、<フレッシュブルレタス>やら<ジュエリンフィッシュ>やらを渡した。

「こ、こんなにいただけるんですか? し、しかも、このレタスやお魚だって途方もなく貴重な物ですよね」
「たくさんありすぎて、どうしようか迷うくらいなんですよ。水なんて無限にあるし、作物も魚も採っても採っても無くならないんです」
「「い、いくら感謝してもしきれません……」」

 ネーデさんたちはひたすらに感動している。
 じゃあ、これで……というところで、ソロモンさんが出てきた。
 きっと、部屋の外で待ち構えていたんだろう。
 転送の超魔法を使いたいのだ。
 言われなくてもすぐにわかった。
 顔に書いてあるからな。

「ユチ殿、こちらはどちら様ですか?」
「ソロモンさんです。大賢者の」
「「うえええええええ!? あの伝説の大賢者、ソ、ソロモン!?」」

 そういえば、ソロモンさんは結構有名だった。
 ネーデさんたちが驚きまくるんで、ソロモンさんも嬉しそうだ。

「そなたたちを王都まで転送して差し上げようぞ」
「て……転送までしていただけるのですか……! なんとお礼を言えば良いのでしょう! どうやって王都まで行こうか途方に暮れていたのです」
「転送用の魔法札をあげますじゃ。またここへ来たくなったら破きなされ」
「「ま、魔法札もいただけるのですか!?」」

 ウンディーネ一行はわいわい喜んでいる。
 何はともあれ、みんなが元気になって良かったな。

「それではユチ殿。本当に本当にお世話になりました。あなた様のおかげでこの命が救われました。この御恩は一生忘れません」

 ネーデさんたちは涙ながらにお辞儀をする。

「俺たちも皆さんに会えて良かったですよ。どうぞお元気で」
「ぜひまたいらしてくださいませ。王都ではユチ様の素晴らしさをお伝えください」
「あ、いや、それは別に……」
「「はい! 喜んで!」」

 俺はすかさず断ろうとしたが、ネーデさんたちの大きな返事でかき消されてしまった。
 ソロモンさんが転送の準備をする。

「《エンシェント・テレポート》! この者たちを王都に転送せよ!」
「「皆さま、本当にありがとうございました!」」

 ソロモンさんが言うと、ネーデさんたちは消えた。
 王都に転送されたのだ。

「ふぅ~、やっぱり超魔法は気持ちいいですな~」
「いつもありがとうございます、ソロモンさん」
「なに、ワシも好きでやっておりますからの」

 ソロモンさんの表情は清々しい。
 チラチラ荒れ地の方を見ているが、あいにくとモンスターはいなかった。

「それにしても、瘴気はどこから来るんだろう。領民はみんな良い人だから、邪な心に引き寄せられたとは考えにくいが」
「ユチ様、あちらに瘴気が溜まっている山がございます」

 ルージュが示す方向に小高い山があった。
 そこもまた瘴気でいっぱいだ。
 ここからあまり離れてはなさそうだな。

「よし、次はあの山に行ってみるか。瘴気があっても良いことなんか一つもないからな。手当たり次第に浄化しないと」
「お供いたします、ユチ様」

 ということで、俺たちは山に向かうこととなった。


◆◆◆(三人称視点)

「何という素晴らしい領地だったのでしょう」

 ネーデたちは上機嫌で王都を歩いていた。
 まさか、デサーレチがあれほど豊かだとは思いもしなかった。
 たくさんの貴重なお土産まで頂いてしまった。

「やっぱり、どんなことも自分の目で確かめないといけませんね」

 ネーデの言うことに、ウンディーネ一行はうんうんと頷く。
 デサーレチはクソ土地と言われるほど、最悪な土地として知られていた。
 ところがどうだ。
 そこには天国が広がっていた。 
 伝説の大賢者であるソロモンさえ定住している。
 それどころか、幻の水と言われていた<ライフウオーター>まであったのだ。
 里長も聞いたら驚くだろう。
 
「王様にもお話された方がよろしいのではないでしょうか?」

 余韻に浸っていると、部下の一人が言った。

「それは良い案ですね。ぜひ、王様方にもユチ殿とデサーレチの魅力を知っていただきましょう」

 ネーデたちウンディーネの一行は、ユチとデサーレチがいかに素晴らしいかを王様や王女様に話しまくった。
 そして、その話はサンクアリ家の耳にも入るのであった。