「ユチ・サンクアリイイイイ! 貴様は今日を持って、追放だああああ! 無能スキル持ちの親不孝者めええええ! 我がサンクアリ伯爵家の面汚しも甚だしいいいい! 今すぐ、出て行けええええ!」
「ち、父上! ちょっと、待ってくれよ! それに関しては何度も説明してるって! 俺のスキル<全自動サンクチュアリ>は、自分の周りが聖域になる能力で……」
「黙れええええ、黙れええええ、黙らんかああああ!」
「うわっ! 父上、やめてくれ! 危ないから!」

 目の前の男は、俺に向かって灰皿やら何やらを投げてきた。
 残念なことに、知り合いなんだなぁ、これが。
 というか、俺の父親だ。
 オーガスト王国のサンクアリ伯爵家当主、エラブル・サンクアリ。
 物を投げてくる度、でっぷり太った顔から汗が滴っている。

「このおおおっ! このおおおっ! 貴様こそ、私の領地経営に口出しするなと何でも言っているだろおおおお!」
「いや、だから、それはあまりにも税金が重すぎると領民も辛いって話で……いってえ!」

 父親は永遠に、俺を跡取りと認めようとしなかった。
 色んな社交界にも連れ出さなかったし、俺をずっと屋敷の中に閉じ込めていた。
 父親は俺の出自が気に入らんのだ。
 俺は正妻の息子。
 正妻が嫌いだった父親は、俺を何かと目の敵にしていた。
 俺は長男ましてや正妻の子なので、おいそれと追い出したりできなかったのだ。
 だが、今日父親は名実ともに俺を追放できるようになった。
 それは……。

「クソ兄者ぁぁぁ、いい加減認めろよぉぉぉ。自分が無能でぇぇぇ、次期当主の資格が無いってことをさぁぁぁ」
「ク、クッテネルング……!」

 部屋に入ってきたのは、父親と同じようにでっぷりと太った男――クッテネルングだ。
 こいつは俺の弟。
 といっても、母親違いだから異母弟だ。
 いつものように、クチャクチャと何かを食べている。

「クソ兄者は用無しになったんだよぉぉぉ。僕ちゃまに、最高最強のスキル<ドラゴンテイマー>が出たんだからねぇぇぇ」

 今日で14歳になったクッテネルングは、スキルの判定を受けた。
 その結果、<ドラゴンテイマー>という皆が羨む能力だったというわけだ。

「本当に愚かだなぁぁぁ。クソ兄者はさぁぁぁ」

 こいつは父親が手を出した侍女から生まれた。
 そして、その侍女はちゃっかり伯爵家夫人となった。
 これがまた奔放な人で、しょっちゅう買い物やら旅行やら行っている。
 今もどこかで豪遊しているんだろう。

「こんなヤツが僕ちゃまの兄なんて、恥ずかしくて仕方がないなぁぁぁ。スキル無しのクソ無能兄者がよぉぉぉ」

 父親に似てクッテネルングも、語尾が伸びる話し方をする。
 それはさすがにやめた方がいい、と俺は何度も注意した。
 だが結局、こいつは聞く耳を持たなかった。

「だから、俺は<全自動サンクチュアリ>で、家中の瘴気を浄化してるっての!」

 何度言ったかわからないセリフを叫ぶ。
 二人はギャハハハハアアアア! と大笑いしていた。
 とても貴族とは思えん。
 まぁ、その辺りは俺も人のことは言えんのだが。
 どうしても、丁寧な言葉遣いとやらが身につかんのだ。

「だったらああああ、その瘴気とやらを見せてみろおおおお!」
「言い逃れしようなんて見苦しいぞぉぉぉ」
「ちょうど、父上とクッテネルングの肩に乗っかっているよ!」

 父親と異母弟の両肩には、黒い塊が乗っている。
 瘴気だ。
 厄介なことに、心まで瘴気に汚染された人間には見えないのだ。

「そんなもの無いではないかああああ!」
「クソ兄者は嘘も下手だなぁぁぁ」
「何度も言ってるけど、実際に教会でも判定されたじゃん!」
「また、そのような嘘を抜かすのかあああ! 貴様はどこまで不届き者なんだあああ!」

 瘴気は悪い心や邪な心に吸い寄せられる。
 ほったらかしにしておくと、憑りつかれた人間や作物は病気になってしまう。
 サンクアリ家は、とにかく瘴気が集まりやすかった。
 まぁ、父親と異母弟がアレだからな。
 どんなに俺が屋敷中を聖域化しても、次の日には瘴気まみれになっていた。

――父上とクッテネルングの心は、どこまで汚れているんだ……。

 スキルは14歳で授けられる。
 だから、俺は今日までずっと屋敷の瘴気を浄化する日々を送っていた。
 その結果がこれだ。

「そうだあああ。役立たずのお前にも、仕事を与えてやろううう。広大な我が領地の辺境にある、デサーレチの領主だあああ」

 父親に言われても、大して驚かなかった。
 どうせそんなことだろうと思っていたからな。
 俺を辺境の領主に就任させ、都合よく厄介払いしたいのだろう。
 死の荒れ地デサーレチ――通称、クソ土地。
 ひび割れた大地、どんな作物も育たない畑、汚水の川……良いところが一つもない領地だ。
 おまけに、魔王領に近いときた。
 まぁ、あまりの土地の悪さに、魔王軍ですら見向きもしないのだが。

「聞いているのかああああ、ユチ・サンクチアリイイイイ! 貴様は今日でサンクアリ家から出て行けと言っているのだああああ!」
「ショックで口も利けなくなっちゃったのかなぁぁぁ? みっともないぞぉぉぉ、クソ兄者ぁぁぁ」
「はいはい、わかりましたよ。デサーレチに行きますよ」

 俺の座右の銘は、“人生なるようになる”だ。
 きっと、貴族生活も向いてなかったんだろ。
 なにせ、家から追い出されるくらいだ。
 ぶっちゃけ、俺は清々していた。
 言葉遣いやら、しきたりやら、堅苦しくて仕方なかったからな。
 家族仲も良くなかったし。
 むしろ、自由の身になれて嬉しいくらいだ。

「二度と戻ってくるなああ。この無能おおお」
「じゃあなぁぁぁ、クソ兄者ぁぁぁ。泣きついてきてもしらねえぞぉぉぉ」

 石やらゴミやらを投げられながら、俺はサンクアリ家を後にした。
 まぁ、何とかなるだろ。
 人生なるようにしかならないさ。


□□□


「さて、さっさとこの街からもおさらばするか」

 俺は街の大通りを歩いていた。
 デサーレチに向かう馬車を手配するためだ。

「お待ちください、ユチ様」

 歩いていると、聞き覚えのある声がした。
 振り返ると、メイド服をきちっと着た女性が立っている。
 燃えるような真っ赤な髪に、凛々しくて力強い青と緑のオッドアイ。
 とても目を引くような美人だ。
 それは……。

「あれ? ルージュじゃないか、どうしてここに」

 サンクアリ家メイドのルージュだ。
 いや、そう言うと語弊があるな。
 ある日を境に、俺の専属的なメイドになってしまった。

「先ほど、お屋敷を辞めて参りました」
「え! 辞めちゃったの!? あんなに気に入っていたのに……」
「私はユチ様のお世話をするのが生きがいなのです!!」
「いや、ほら、そういう話は外でするなって……」

 道行く人が、不審な目で俺を見ている。
 ルージュの方が背が高いし年上だ。
 見知らぬ人が見たら、姉弟と思うかもしれない。
 弟の世話が生きがいの姉。
 何らかのプレイと思われかねない。

「あの日の恩義を、私は忘れたことがございません」

 ある出来事をきっかけに、ルージュは俺をとても慕ってくれるようになった。
 無論、俺も忘れたことはない。

「でも、俺が行くのはあの“デサーレチ”だぞ? ルージュなら、もっと良い就職先があると思うんだが。そういえば、冒険者ライセンスだって持ってなかったっけ?」
「Sランクでございます」
「なんだって!? Sランク!? マジかよ……」
「マジでございます」

 屋敷に来る前は冒険者だったと聞いていたが、まさかSランクとは。

「だったら、ギルドとかに行った方が……」
「ギルドなど行きません。私めはユチ様と一緒に行きたいのでございます。ユチ様がいらっしゃるところ、ルージュもまたいるのです。それこそ、来世の来世まで」

 どうやら、ルージュは本当についてきてくれるらしい。
 なんだか、とてつもなく重いことを言われた気もするが。
 でも、仲間がいてくれるのは心強い。

「ありがとうよ、ルージュ。じゃあ、さっそく行こうか」
「はい、どこまでもお供いたします。来世の来世まで」
「……俺たち死ぬの?」

 適当な馬車を見つけて、俺たちは“デサーレチ”に向かって行った。


◆◆◆(三人称視点)

「これで、サンクアリ家も安泰だなああああ!」
「邪魔なクソ兄者を追い出してせいせいしたぜぇぇぇ」

 エラブルとクッテネルングは、祝杯を挙げていた。
 顔も赤らんでおり、すでに相当酔っていることがわかる。

「よしいいいい、とっておきのワインを開けるぞおおおお!」
「こんなに高い酒をクソ兄者は一生飲めないんだなぁぁぁ。ハハハハハァァァ」

 二人は上機嫌で高価な酒を飲む。
 楽しい日々の予感に胸を躍らしていた。
 さっそく、おびただしい数の瘴気が迫っていることを、彼らは知る由もない。