第7話「『重戦車』であるッッ!!」
ドルドルドルドルドルドルドルドル……。
(ん……? 何だこの騒音───うるせーなー……)
ズキズキと痛む頭部に手をやろうとしたのだが、上手く手が動かせない。
それどころか、体の感覚がおかしい。
(───あ、そうか……。─────────俺、死んだんだよな?)
ここはあの世だろうか。
それにしては、やけに騒々しいが……。
ドルドルドルドルドルドルドルドルドルドルドルドルドルドル……!
「何なんだ?! さっきから煩いぞ!!」
さすがに耳に響く騒音に耐え切れず、アルガスは抗議の声をあげ、騒音の原因を睨み付けようと目を見開く。
「だれだ! さっきから、うるさい……の、は」
え?
ええ?
お、
オーガキング?!
目を開けたアルガスの目の前には、足を振り下ろした姿勢で硬直しているオーガキングがいた。
それも苦痛に顔を歪めて……。
いや、その足の下にアルガスがいるのだ。
そしてオーガキングを見上げている。
見上げているんだけど、何だ……この視界──────??
何故か、普段より高い視界。
そして、体の感覚がなんというか、その──────……変だ。
「ど、どうなってる? 生きてるのか、俺」
首を振り手足を確認するも、妙に首の動きが重く、耳もとでウィィィィイイン、と変な音を立てる。
「あ? え? うそ───首が」
一回転した。
「う、嘘ぉぉおおおおん?!」
まさか、俺の首……オーガキングにねじ切られて、取れてるのか?
そして、
その状態のまま、アルガスはゴーストやグールのような、アンデッドになってしまったのだろうか?
す、ステータスを見れば一目瞭然か。
ステータスオープン!
───ブゥン……。
名 前:アルガス・ハイデマン
職 業:重戦車(ティーガーⅠ)
体 力:1202
筋 力: 906
防御力:9999
魔 力: 38
敏 捷: 58
抵抗力: 122
※ 状態異常なし
残ステータスポイント「+1001」
スキル:スロット1「戦車砲」
スロット2「車載機関銃」
スロット3「対人地雷投射」
スロット4「履帯蹂躙」
スロット5「未設定」
スロット6「未設定」
スロット7「未設定」
スロット8「未設定」
あれ? 死んでない……。
状態異常もなし───アンデッド化もないな?
あれ程攻撃を喰らって、何も異常がないって逆におかしいだろう。
おかしいよな?
だって、ほら首がクルーンと一回転!
つーーーーーか、首が一周まわるとか、おかしいから!
───それにしても、なんかオーガキングの様子が……?
「ぐるぉぉお…………!」
怯えている?
いや、戸惑いか…………??
苦痛に顔を歪めたオーガキングが、恐る恐るといった様子でアルガスから距離を取ろうとしている。
まるで、未知なるものを警戒するように───。
おかしい。
何かがおかしい……。
死んでいるなら、状態異常に『アンデッド』とか、『即死』が出ているはずだが?
名 前:アルガス・ハイデマン
職 業:重戦車(ティーガーⅠ)
体 力:1202
筋 力: 906
防御力:9999
魔 力: 38
敏 捷: 58
抵抗力: 122
※ 状態異常なし
うん、───異常無しだな?
うん……変だな?
うん……──────。
……………………うぅん?!
「……って、あれ? 何これ? な、何か、ステータスが───」
ステータス確認……………………。
職業「重戦車」
ほう。
重戦車………………。
「……………………………………重戦車?」
ドルドルドルドルドルドルドルドル……!
……って。
「──重戦車(ティーガーⅠ)ぁぁあ?!」
妙な天職に進化していたアルガスは頭を押さえる。
いや、正確には押さえようとした───。
だが、ウィィィィィンと「砲塔」が動くのみで、ちっとも頭を押さえられない。
それどころか、足も手もない!!
ど、どどどどどど、どうなってんだ?!
俺の体あぁぁぁああああ!!!
あれ?
なにこれ?
顔みたいなとこに、象みたいな長い鼻が突き出してる……。
ええ? そ、それに……。
足が洗濯板みたいな、ギザギザのベルトみたいになっとる?
そんで、なにこれ?
俺、全身が鋼鉄になってない?!
スッッッゲー固そう。
ってゆーか!
デカッ!!
俺、スゲー……───デッカぁぁあ!!!
「どどどどどどどどど、どないなっとんねん? 俺の体ぁぁぁああああ!!」
「ぐるるるるるるるるる……!!」
アルガスの素っ頓狂な声を聴いて、オーガキングが最大級の警戒をあらわにしている。
そして、今にも殴りかからんと────。
「く……!!」
しまった。
体が鋼鉄だとか、今はそれどころじゃなかった!!
いや、それどころだけど、それどころじゃない!!
「───く、くそぉぉぉお……!!」
オーガキング───!
コイツを倒さない限り、俺はミィナを守れない!
また…………守れないッ!
ならば───せめて相打ち……。
悪くとも、一矢報いねば!!
そうとも!
なんとしてでも……────刺し違えてでも、コイツを倒さないと!
この子を……。ミィナを守れないんだ!!
だからッ!!
「───かかってこいやぁぁぁああ! オぉぉおガキングぅぅぅうう!」
どうせ───。
とうせ、殺される……!
ならば、やるだけやってやる!!
そして、俺を殺せッッ!!
そして、子供を見逃せッ!
お前にも……!
お前にも、心があるだろうオーガキング!
だったら、
「───俺を殺して、それで満足しやがれぇぇぇぇええ!!」
ミィナに手は出させない!!
リズも追わせない!!
もう───誰も死なせないッッ!
それが……、
───それが俺の覚悟だぁぁぁああ!!
「───うおぉぉぉおおおおお!!!!」
一矢報いんとアルガスが疾走し、右ストレートをオーガキングに叩き込む────。
くーーーーーらーーーえーーーーー!!
ギャララララララララララララ!!
妙な足音も、この際どうでもいい!!
今は、コイツのヘイトを俺に向けさせればそれでいい!!
「うらぁぁぁぁあああああああ!!」
そして、右ストレート!!!
そいつを、全力で殴り抜いてやるぁぁぁああああ──────!!
スキル「戦車砲」
───発射ッッッッ!!
カッ──────!!!!
───ズドォォォォオオオオオン!!
「うおぁッ?!」
右ストレートで殴り抜いたはずが、
突然、目の前に火の玉が現れて視界が黒煙に覆われる。
そして、
真っ赤に燃える、何かが────……飛翔して───。
チュドォォオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!
「ひぃッッ?!」
ちょ! お、おまッ!
ちゅ、チュドーン! って……。
「お、」
お、おおおお、
おおおおおおおお?!
「───オぉぉぉおガキングが、フッ飛んどるがなッ!!??」
バラバラ……ベチャベチャ───と、程よく焼けたオーガの肉がばら撒かれていく。
吹っ飛んだオーガキングの顔は、「嘘ぉ?!」って表情だ。
うん……。
俺もそんな気持ち……。
っていうか、
「───嘘ぉお?!」
っそんでもって、
ば、
「……爆発、したぁぁあ?」
いや、爆発もそうだけど───そもそも、な、何が起こったの?
信じられないことにアルガスの目の間には、上半身が消失しフラフラと力なく揺れるオーガキングの足が二本……。
そして、奴がズゥゥウンと地響きを立てて倒れ伏す。
なんてこった……。
アルガスは、一撃でオーガキングを倒してしまったのだ。
「う、うっそだろ……?──────いや、それよりも、」
し、しまった!!
───忘れていた!!!
無茶苦茶必死だったとはいえ、守っていたはずのミィナを放置してオーガキングを殴りに行ってしまった!
下手をすれば、さっきの場所でミィナが魔物どもに───!
「───ミィナぁぁぁあああ!!」
グルリと振り返ったアルガスの足回りは相変わらず妙な音を立てている。
ギャリギャリギャリギャリ!!
それに、なんか動きが──────早くしろぉぉおお!!
ゴゴゴン───ゴゴゴゴゴ……………!!
前へッ!!
「テメェら、そこをどけぇぇぇええ!!」
アルガスに群がっていた連中は腰を抜かして一様に怯えている。
オーガキングが倒されたのだから当然だろう。
だが、それで軍団が殲滅できたわけではない。
コイツ等はもともと群れなのだ。
ゆえに統率者がいなくなれば、それぞれの群れに戻るというもの。
まだまだ戦闘力は唸るほど持っていやがる───!
そして、そんなことよりも、
「ミィナぁぁぁああ!! 今行くぞッ」
魔物が群がる位置。
アルガスがオーガに踏まれた場所───そこに彼女はいるはずだ!!
「どかないなら、轢き殺ぉぉぉおおす!!」
戦車前へ!!
ギャラギャラギャラギャラ!!!
そうだ……!
そうだ……!!
俺は守る!!
守って見せるッッ!!
バカにされ、ノロマと言われてもいい!
盾役だろうが、肉壁だろうが、捨て石だろうが───なんでもいい!!
「俺はタンクだ!!!」
望むと望まざると、タンクなんだ!
「───タンクなら、タンクらしくお前たち魔物から仲間を守るのが仕事だ!」
だから、
「俺の仲間に手を出すなぁぁぁあああ!!」
突撃ぃぃぃいい!!
───ドッカーーーーーーーン!!
茫然としている魔物の群れを、次々に引き潰すアルガス。
というか、その圧倒的蹂躙力にアルガス自身が仰天していた。
「──ま、まじ? 俺どーなってんの?!」
信じられないことだが、アルガスの体は鋼鉄に覆われている。
そして、ランクアップ後に明かされる情報開示が来た!
徐々に、徐々にと、天職の情報がアルガスに流れ込んでくる───。
重戦士から重戦車へと!!
「重戦士」→「重戦車」!!
アルガスの頭に重戦車の情報が!
彼の者の戦歴が!!
そして…………、
───あの戦場がぁぁぁぁあああ!!!
それは、
南はアフリカ、北はロシアまで、ヨーロッパ中と地中海世界を駆け抜けた鋼鉄の騎士!
全てを防ぎ、あらゆる砲弾を跳ね返し、戦友を守るための重戦車!!
そうとも───それが、重戦車だ!!
───重戦車ティーガーⅠである!!!!
「ミィナぁぁぁああああ!!」
グッッッシャァァア……!!
碌な抵抗も出来ずに、魔物たちが轢き潰されていく。
そして、逃げ惑う!!
アルガスから逃げ惑うのだ!!
逃げたところで……。
「───だが、許さんッ!! ミィナが死んでいたら、お前たちを俺は許さ」
「あ、あの……」
「許さーーーーーーん、って───ん?」
「あ、お、オジさん───その?」
え?
あれ?
視界が目まぐるしく切り替わる。
本当にアルガスの体はどうなってしまったのだろうか?
妙に高い視界から、脳内に別の映像が現れる。
それは鋼鉄の体の内部───。
アルガスの重戦車の中だった。
そこにミィナはいた。
戸惑った顔で、キョロキョロとしつつ、鋼鉄の体のあちこちに触れる───やべぇ、くすぐったい。
うん…………。
「───オジさんちゃうわ!! まだ二十代だっつの!」
そうだ、オジさんじゃない!
見た目が厳ついから、年食って見えるけど……、
って、ちゃうちゃうちゃう!!
そこと、ちゃう!!
「ミィナ?!」
「オジさん───あ」
オジさんちゃう!!───けど、話進まんから、今はスルー!
「アルガスでいい」
「あ、アルガス───さん」
「おう。……無事でよかった」
「は、はい! え、えっと……その?───ここは……」
あーうん。
……………………どこなんだろう?
「あー……俺の中?」
中……だよね?
つーか、俺今どうなってんの?!
ちょ、ちょっとステータスを───!
ブゥン……!
名 前:アルガス・ハイデマン
職 業:重戦車(ティーガーⅠ)
体 力:1202
筋 力: 906
防御力:9999
魔 力: 38
敏 捷: 58
抵抗力: 122
※ 状態異常なし
残ステータスポイント「+1001」
スキル:スロット1「戦車砲」
スロット2「車載機関銃」
スロット3「対人地雷投射」
スロット4「履帯蹂躙」
スロット5「未設定」
スロット6「未設定」
スロット7「未設定」
スロット8「未設定」
うお……。
なんじゃこりゃ?!
スキルのスロットまで増えとるし!
前のスキル消えとるし!!
つーか、重戦車ってなんやねん?!
職業:重戦車(ティーガーⅠ)←「ヘルプ」
ヘルプ、ぽちー
※備考欄※
重戦車(その1)ティーガーⅠ
重量57t。
正面装甲100mm。
マイバッハ製700馬力エンジン。
路上走行、最大速度40km/h
路外走行、最大速度25km/h
主砲、
56口径───88mm戦車砲を搭載
副武装、
車載機関銃MG343丁を装備
(内1丁は対空機銃)
対人兵器
Sマインを各所に装備
ドイツ軍、最強の戦車────。
ドイツ軍???
戦車???
「───戦、車…………………………って、うん。………………わからん」
「え?」
いや、わかるか!?
わかるわけあるか!!!
なんやねん!
エンジンとか、主砲とか、対人兵器って!
装甲100mmとか───アホですか?!
そんなもん着てたら動けるか!!
って動いとるがな!!
しかも、時速25km/h~40kmって、アホか!!
もっぺんいうわ、アホかーーーーーーーー!!!!!!
そんなもん、ノロマちゃうわ!!
俊足でんがな!!
めっちゃ、早いやん?!
「これ……………………『重戦車』って、最強なんじゃね?」
アルガスがポツリと呟いた先で、魔物の群れは無意識に走り回っていたアルガスによって殲滅されていた。
無慈悲な重戦車は、一匹の魔物をも余すことなく蹂躙し、大地に刷り込んでいったのだ───。
アルガス・ハイデマン───!
軍団を一人で殲滅す───……。
第8話「重戦車は蹂躙し、殲滅する──」
ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!
「げぎゃぁぁあ……!」
「ごるぁぁ…………!」
ドサッ、
バタン………………。
「重戦車」の主砲同軸機銃が、最後の群れを薙ぎ倒し荒野に静寂が戻った。
いや、正確には小さな息遣いと、重々しいエンジンの重低音のみ。
『ふー…………終わったかな?』
「す、すごい……」
ティーガー戦車のキューポラから顔を出したミィナは、ポカーンと口を開けて茫然としている。
それはアルガスとて同じ。
まさか、軍団をたった一人で殲滅してしまうなんて、正直───自分でも信じられない。
それにしても……───。
『感覚的には、右ストレートで戦車砲。そして、左のジャブで同軸機関銃か……』
「ふぇ?」
重戦車化したアルガスの上で、キョロキョロとあたりを見回すミィナ。
きっと、アルガスがどこで喋っているのかわからないのだろう。
うん……。
俺も分からん。
ティーガー戦車の体を、遠くから俯瞰して見ることができないので何とも言えないけれども、多分───砲塔の付け根あたりで声が出せている気がする。
そして、戦車内には車内スピーカーというものがあって、ヘッドセット越しに聞くことができるらしい。
らしい───というのは、
実は、戦闘中に幾度もヘルプを開いたりして確認したことや、自分自身に流れ込んできた天職の情報開示で知り得たものだ。
それによると、アルガスは重戦士から、「重戦車」という希少職にランクアップしたということだけは間違いないらしい。
つまり、無敵の装甲と、無敗の火力───最強無比の天職、それが「重戦車」だ。
ただ、大火力を誇る88mm戦車砲は、一度「重戦車」化した場合は、当初から装填されている弾を撃ってしまえば、装弾数が一発しかないのでここぞという時しか使いえないらしい。
二発目を討つには「再装填」が必要だというが……うむむむ。
どうやるんだ?
装填手が必要らしいが……。
そして、同軸機銃のMG34は左ジャブを放つ感覚で発射できる。だが、これも弾数制限がある。
再装填は以下略───。
だけど、ゴブリンやオーガ程度なら、装甲と重量を盾に履帯で轢き潰してしまえるのは強みだろう。
実際、さっきの軍団のほとんどは、重戦車による履帯の蹂躙により仕留めたものばかり。
連中、グッチャグチャだ───。
おかげで脅威となるものは、もうどこにもない。
希少職『重戦車』……。
って、ユニーク過ぎるだろう?!
とはいえ、急死に一生を得たのも事実。
(なんにしても、ありがたい───助かったよ。ヨーロッパの覇者ティーガーⅠよ……)
───さて……そろそろいいだろうか。
『ミィナ。ちょっと離れてろ』
「へ? うん─────って、きゃあ!!」
むん!
重戦車化──────解除!!
ブワッ──────!!!!
眩い光が巻き起こり、アルガスの体が重戦車の状態から急激に収束していく。
そして、ボロボロの鎧をまとったアルガスがそこに──────……。
「きゃぁぁぁあーー!」
「───よっと……!」
重戦車の上でワタワタとしていたミィナ。
足場がなくなったことで、空中をクルクルと舞う。
それを危なげなくキャッチし、お姫様抱っこ。
そして、アルガスは疲れの見える表情で、力なく笑った。
「危険な目にあわせたな……ごめんよ」
フルフルと首を振って否定するミィナ。
「おじ…………アルガスさん、助けてくれたよ?」
「当然だろ」
ニッ。と不器用な笑いを浮かべるアルガス。
腕の中のミィナと、以前救えなかったポーターの少女が重なり、胸がチクりと痛む。
だが…………………………。
「───今回は守れた……。(なぁ、少しは許してくれるかい?)」
「え?」
不思議そうなミィナに、
「いや、こっちの話だ。さ、軍団は倒したし───……一度、街に帰ろうか?」
「は、はい」
ぐーーーーきゅるるる……。
「はぅぅ……」
安心したことで、急にお腹が鳴るミィナ。
恥ずかしそうに頬を染め、アルガスの腕に顔を隠してモジモジとする。
「はは。お腹がすくってことが元気な証拠だ……。こんな場所だけど、簡単な食事にするか?」
「う、うん!!」
大量のモンスターの死骸が散らばる中、とても食事をとるような環境ではないけども、人はどんな場所でも腹は減るのだ。
幸い、死体を漁りに来る魔物もここには近づかない。
……というより、それすらも殲滅してしまったのだから当然だろう。
「───それにしても、ジェイスの奴……」
ただ逃げるだけならまだしも、ミィナまで危険に晒しやがった。
今度顔を見たら、問答無用でぶん殴ってやらないとな!
こう……。ブワッッキーーーーンとな!
もう、パーティを首になろうが知るかッ!
リズも連れ戻して、あいつ等とは縁を切る───もう決めた。
お国の勅命なんぞ知るかッ!!
「おじ─────アルガスさん? どうしたの?」
「なんでもない。───あぁ、食料出してもらってもいいか?」
ポンと、軽く頭を撫でてやると恥ずかしそうに顔を伏せたミィナが、異次元収納袋を呼び出し、ゴソゴソと異空間から食材を取り出していく。
そういえば、ジェイス達……。
飯も持たずに、次の街に行けるのだろうか?
元の街とは逆方向に駆けて行ったけど、次に街までこの荒野を突っきるのに、どれほど日がかかるやら……。
(……くれぐれも、俺のリズにだけは傷をつけてくれるなよッ!)
本音ではすぐに追いかけたい……。
けれども、安易に追いかけても追いつけるとは思えない。
まずは体勢を立て直して、腰を据えて追いかけよう。
───リズを嫁にやった覚えはないからな! ジェイス……!!
ミィナの手によって、タワーシールドの裏に並べられていく食材を見ながらアルガスは決意を新たにした。
第9話「『タンク』は料理を作る」
「人参の皮をむいてくれるか?」
「はーい」
随分と素直になってきたミィナの様子にホッコリとしながらも、アルガスは黙々と食事の準備をしていく。
鍋がなかったので、ボコボコに凹んだ兜を逆さにして、スープ鍋の代用とする。
大雑把に洗った兜に水を張り、簡易竈にて、手早く起こした火にかける。
プツプツと気泡がたち沸騰してきたのを横目に、火が通りにくい野菜を大きめにカットしながら次々に放り込んでいく。
拳芋に、土人参、乾燥豆、そして、塩付け肉を解しながら入れていく。
塩ッ気は、肉についたそれで充分だろう。
丁寧にアクを取りながら、スープに濁りが着いていくのを眺めつつ、平葱を大雑把にカットして放り込むと、蓋代わりの木切れを被せた。
スープはこのくらいでいいだろう。
あとは待つだけ。
さて、その間にもう何品か作ろう。
精の着くものが食べたいアルガスは、取って置きをつくることにした。
まず、オーガナイトが使っていた盾を軽く洗って、フライパンの代わりにすると、地猪の亜種がいたので、血抜きの必要のない、尻の肉をこそぎ落として脂身ごと熱する。
ジュウウウウウッ!! と、いい音を立てるのを聞きながら並行作業。
ミィナが一生懸命に皮をむいてくれた土人参を細く切り、平葱のざく切りと一緒に炒めて猪の肉と絡めていく。
獣脂がたっぷりで油をひく必要もない。
さて、ここに隠し味を少し───。
タレの代わりに猪の血をビネガーと混ぜて、溶かしたチーズに絡めると、豪快に肉と人参と葱に回しかける。
そのまま火を万遍なく通すため、ミィナにゆっくりとフライパンを揺すらせる。
「あまり傾けると、肉汁も落ちるからゆっくりとね」
「はーい♪」
肉の焼ける良い匂いに、鼻をフンガフンガさせながらミィナがウキウキとフライパンを回している。
結構な重労働だけど、楽しそうだ。
さて、ミィナが頑張っている隙に、更にもう一品。
軽く水洗いした赤蕪の葉を落として分けると、葉の部分をみじん切り。
これは薬味代わりに取っておく。
実は、平葱のみじん切りと和えて塩を振ると旨いんだこれが。
そして、赤蕪本体は───。
これは、果実のように皮をむいて使う。
慣れた手つきで、シャリシャリと皮をむいていくとツルンとした皮なしの蕪ができる。
それを二つ。
あとは、1mm程度の幅で切り分け、食べやすい形に整えると塩で揉む。
そのまましばらく放置。
水が抜けていく間に、ニンジンの葉っぱを塩と、削って散らしたチーズで揉んで馴染ませ、青い葉っぱ特有の臭みを抜く。
最後にこれを、塩を吸った赤蕪と絡めてオリーブ油を回しかければ「蕪と人参のサラダ」の完成だ!
あとは簡単。
料理を遡るようにして、「猪肉と人参と葱炒め」を取り分けて完成!
最後にスープの蓋をどけて、香りを確認すれば──────。
「塩漬け肉と野菜のごった煮スープ」の出来上がり!
「───はい。簡単なモノしかないけど、召し上がれ」
「わぁぁ……♪」
ミィナは目をキラキラとさせながら料理をうけとる。
ま、料理というほどの物じゃないけどね。
あとは、硬くなったパンと、気の抜けたエールがあれば、そこそこに腹にはたまるだろう。
はい、じゃぁ───。
「「いただきます!」」
そうして、軍団の死体の散らばる戦場跡で二人の勝利者はささやかな食事にありついた。
※ ※
さて、実食。
「猪肉と人参と葱炒め」
「塩漬け肉と野菜のごった煮スープ」
「蕪と人参のサラダ」
固くなった黒パン、気の抜けたエール。
荒野のただ中にしては中々の出来じゃないか?
ホカホカと湯気をたてる出来立ての料理。
キラキラと輝く野菜とエール。
激戦と死の縁を彷徨った二人の腹模様は、もはや空腹全開だ。
とくにミィナは成長期らしく、食べ盛りだろう。
今もキラキラと目を輝かせてアルガスの手料理をみつめている。
いただきますをしたのに、手をつけずにアルガスの顔色をチラチラと窺っている。
内心は、涎を垂らさんばかりだろうに……。
「ふぅ……」
アルガスにはわかっていた。
ミィナは奴隷というものを小さいながらわかっているのだろう。
主人より先に手をつけるな。
同じ食卓につくな───。
或いは、そう躾られたのかもしれない。───奴隷商によって。
「あのな、ミィナ」
「は、はい!」
視線は料理に釘付け、だがアルガスの声にハッとしたように顔をあげる。
その顔には少し怯えが……。
ふぅ───。
「……子供が遠慮するな。好きなだけ食え」
「い、いいの?」
上目遣いでチラチラと。
「いいぞ! 当たり前だろう」
「わーい♪ ありがとう、アルガスさん!」
喜び勇んで、さっそく肉炒めに手を伸ばすミィナ───。
「ただし!!」
「ひぃ!?」
アルガスが態度を豹変させたので、ミィナが顔を真っ青にする。
しかし、それも一瞬のこと───。
「…………お残しは厳禁です! 残さず食べろよ」
「は、はーーーい♪」
アルガスなりの心遣いに気付いたミィナは満面の笑み。
手掴みで肉炒めを掴むと、アング───と食べる。
もっちゅ、もっちゅ、もっちゅ───。
「?!─────────ッッッ」
量が全てと言わんばかりに口に詰め込んだミィナ。
頬っぺたをプックリ膨らませながら暫く口に含んでいたが、突如目を見開く。
「お、」
「お?」
「おいひーーーーーーーー!!!」
おいひーおいひーおいひーよー!!
戦車の対空機銃のように、空に向かって歓喜の叫びを発射。
高空をクルクルと舞う、死体の匂いを嗅ぎ付けた猛禽類の類いがビックリして姿勢を崩していた。
「お? 口に合ったか? ちょっと味が濃いかもと思ったけど───」
どれ……?
ぱく、モグモグ──────。
「あ、うんま! これ、我ながら旨いわ」
何が旨いかっていうと、肉の甘味。
つまり、地猪の脂肪分だ。
魔物の肉は、当たりハズレが多いが、これは当たりの部類だろう。
それどころか、大当たり!!
荒野の奥地に生息する凶暴種なだけあって、市場には早々出回ることがないだけに、その味はひとしおだ。
複雑極まりない甘味と旨味。
濃縮された脂肪と赤身肉が、渾然一体となって口の中で踊る。
それらの肉が血と酢のソースが優しく纏めている。
さらに野菜のシャキシャキした歯ごたえと、ややある苦味が舌を楽しませる。
「おいひーよー。おいひーよー!」
壊れた自動人形のように、ひたすら口に運び咀嚼し、おいひーおいひーと、うわ言のように呟くミィナ。
「ほら、パンにのせてみな」
固くなった大きな黒パンを、モリッと割ると、その小さな手に乗せてやる。
見れば表面こそ固くなっているが、中はまだシットリとフワフワだ。
そこにミィナが山盛りの肉炒めをのせて好きなだけかぶり付く。
もっきゅ、もっきゅ、もっきゅ!!
「むぅ!! パンに合うーーー!」
「当然だろ。肉の合わないパンはない!」
ニィとアルガスが笑うと、ミィナもニコリと返す。
笑った顔は年相応に可愛らしかった。
「パンと肉ばっかじゃ喉に引っ掛かるぞ」
そういって器にスープを盛ってやる。
「塩漬け肉と野菜のごった煮スープ」だ。
肉の旨味と野菜の旨味をたっぷり吸った濁り汁。
まさに、ザ・旅飯の代表格だろう。
もちろん、アルガスなりに色々工夫はしている。
「んく、んく、んく」
ミィナが小さな頤を揺らしながらスープを嚥下していく。
「ぷはっ! おいしい!!」
「おお、良かった。苦手なものはないか?」
「んーと…………ない!」
そりゃ結構。
さて、俺も───。
と、思ったところで、ミィナが器を取り上げニコニコ顔でアルガスに注いでくれる。
お返しといったところだろうか。
「おう、ありがとう」
「はーい!」
ニッコニコのミィナに見守られながら、アルガスもパンを浸してスープごとパクリ。
───うむ。
塩分が染み渡るわー……。
そういや、戦闘で汗だくだったわ。
どうりで旨いわけだ。
固い塩漬け肉もじっくりコトコト煮込んだおかげてトロットロ!
ちょっと味はボソボソしてるが、野菜の旨味を吸って食える食える。
乾燥豆もスープを吸って柔らかくなり、タンパク質の風味が、腹にドシッと貯まって旨い!
そして何よりもスープ!
この複雑な味よ───。
芋、人参、葱、肉、豆!!
それらの旨味が、ギュッと詰まってこりゃ堪らんです! はい。
そして、ミィナと一緒になってガツガツと食べ進める二人。
肉、スープ。
肉、スープ、時々黒パン!!
「おいひーよー! おいひーよー!!」
「旨ッ。旨っ!……っと、ほら、頬っぺについてるぞ」
食いカスがついていたので、取ってやりヒョイっと、口へ。
あ、やば───。
よく、リズにやっていたので、クセになってるな。
ミィナは血の繋がりも、家族とも違うのでこういうのは嫌がるかもしれない。
だけど、
「は、はぅ…………。ありがと、です」
顔を赤らめるので、凄くいけないことをした気分だ。
「お、おう。ほらほら、まだまだあるぞ」
照れを誤魔化すために、残った肉をパンに挟んでどっさりと食わせてやる。
「あぅ。ありがとうー!」
食べ盛り。育ち盛りのミィナの食欲に終わりは見えない。
あっという間に食べてしまうと、お腹をポンポンとさする。
アルガスも、一度にドカッと食べる主義なので、量でいえばミィナ以上に食べている。
お陰で口の中が脂でギットギト。
肉の脂が旨くて、これまた濃いのだ。
「ほれ、野菜も食えよ」
「はーい♪」
好き嫌いはないというミィナ。
満面の笑みでサラダを受けとると、やはり手掴みでシャクシャクと健康的な音をたてて食べていく。
じゃぁ、俺もと。
アルガスも豪快にモッサリと食い、口の中をリセットする。
蕪の甘苦い味と人参の葉の爽やかな風味が、肉でコッテリした口に優しい。
塩とオリーブ油だけで、百点満点の味がするのだから侮れない。
「うんま!」
「おいひ♪」
アルガスとミィナも、互いに顔を見つめてニッと笑う。
そして、同時に「ゲップ」と満足気なオクビを漏らした。
うむ。
───勝利のあとの飯は美味極まりない!
……まわり、死体だらけだけどね。
周囲の様子など全く気にしないで、二人は荒野の空のもと、満足いく食事を終えた。
最後に気の抜けたエールで乾杯───。
「かわいい相棒に!」
「アルガスさんに!」
「「重戦車に!!」」
安物のドリンクホーンを突き合わせる乾いた音が、軍団を殲滅したこの地に静かに響いた…………。
このあとは、戦闘後のお楽しみ────!
軍団一個分のぉぉお!
───ドロップ祭じゃぁぁぁああ!!!
間章「光の戦士たち1」
のろまタンクと馬鹿にされていたアルガスが、荒野でたらふく飯を食べている頃──。
一方……。
荒野に逃げたジェイス一行は───。
「ひーひーひーひー………」
「はうーはうーはうー……」
「うごごごごごご…………」
ジェイス達は装備の大半を放り捨て、最低限の荷物だけを手にして荒野を彷徨っていた。
「じぇ、ジェイス──────どこにむかってるのよ?」
「そ、そうです……私の目には同じところをグルグル回っているようにしか……」
疲労と飢えでフラフラのメイベルとザラディンが、リズを担いで肩で息をするジェイスに抗議する。
それは、普段なら絶対しないはずの二人だったのだが……。
疲労は腰巾着の二人の判断力を鈍らせていた。
「───ああん?! んっだ、こら!! 文句あんのか!!」
案の定、鬼のような形相で振り向いたジェイスがギラリと目を光らせて睨み付ける。
オーガキングに敢然と立ち向かったときのような殺気を漲らせて、真正面から二人を視線で射抜くのだ。
「ひぃ?!」
「ひぇ!?」
あまりの激しい反応に、二人して腰を抜かしてガクガクと震える。
「っち……! 腰抜けのくせに、代案もねぇなら黙ってろッ!」
吐き捨てるように怒気をばら蒔くと、苛立たし気に息を吐くジェイス。
自身と疲労と渇きで限界寸前だったので、残り僅かな水を飲み干す。
「あ、くそ……水も切れやがった。───おい、おまえら!」
ギロッと、人を殺せそうな視線で睨むと宣う。
「水を寄越せ───。あと、隠し持ってる食いモンもだせ!」
「そ、そんな!?」
「あ、あああ、ありませんよ! 水も食料も全部、ポーターとアルガスが持っているに決まっているじゃないですか!」
そうだ。
そのためのポーターで、その代わりのアルガスだ。
「嘘をつけ! お前らのことだ、どうせ何かしら隠し持ってるんだろうが!」
ギク……!
メイベルもザラディンも、同時に体を跳ねさせる。
それだけで丸わかりだ。
「や、いやよ!! これは私の物なんだから!!」
「そ、そうです!! とっておきですよ───あ、ちょッ!」
バタバタと暴れる二人を無視して、荷物を漁るジェイス。
それだけにとどまらず、剣で脅して身に付けるものからも物資を漁る。
「へッ! 持ってるじゃねーか!」
水筒、クッキー、ポーションに干し肉、そして、高価なエリクサーや神酒まで!
「そ、それはダメよ!!」
「あぁ?! それらは大学からの餞別品ですよ! 止めてください!!」
いざという時に備えて隠し持っていた、とっておきの品までジェイスに奪われる。
さすがにそれは見過ごせないとばかりに、全力で抵抗する二人だが、悲しいかな───所詮は後方支援主体の二人だ。
近接職でかつ、希少職のジェイスには敵わない。
あっさりと奪われたそれらを恨めし気に見るも、力関係は明らかだった。
「うーーーーー……お、覚えてなさいよ!」
「ど、どうして、そんな小娘のために!」
メイベルは復讐を誓い、ザラディンはリズを庇うジェイスに抗議する。
「へ……。お前らが役立たずだからだよ! 箱入り娘の尻軽で頭空っぽの神官に、研究しかしらないお気楽バカ賢者───」
奪った物資を食らいつつ、鼻で笑うのは高慢ちきの暫定勇者殿。
「アルガスは死んだ───……。なら小間使い兼、案内役がいるだろうが!!」
そう。
勇者も神官も賢者も…………。
冒険のイロハなんて、まったく知らなかったのだ。
今までは、すでに冒険者としては大成していたアルガスがお膳立てし、その師事をうけていたリズが進路を啓開して───初めて、冒険ができていただけ。
冒険者としての経験値はアルガスが一番で、アルガスから学んでいたリズが二番手。
二人から学ぶ気もなく、自分の力に奢っていた3バカはここに至って既に遭難の危機に瀕していたのだ。
幸い、リズが気を失った状態でここにいる事で、最悪な事態だけは免れるだろう。
彼女が目覚め、その案内に従えば、うまくすればすぐにでも街にたどり着ける可能性もある。
それは、普段の思慮足らずのジェイスにしては、機転の利いた行いだっただろう。
──もちろん下心込みではあったが……。
「そ、そうか! さ、さっすがジェイスぅぅ!!」
「な、なるほど…………しびれるぅ!」
あっさり心変わりする二人に、ジェイスはチョロいな、と心の中で笑う。
高価な物資は、まぁ……。余裕ができたら返してやるくらいのつもりで、さっさと懐に仕舞ってしまった。
なんせ、凶悪な魔物の彷徨く荒野だ。
視界いっぱいに広がる荒野に、まだまだ終わらりは見えない。
軍団とは逆方向に進んでいるため、幸いにも魔物に出くわさないのが幸運といえば幸運だろう。
「わかったらいくぞ───。とりあえず、夜風が凌げる場所が見つかればそれでいい、あとはリズに案内させるさ」
「わ、わかったわ! 回復魔法ならまだ余裕があるから任せて」
「り、了解です。私も火ならいつでも起こせますぞ! やったことはありませんが、水も氷魔法から作れるかもしれません!」
おーおー。
そうそう。───雑魚は、俺のために働いてりゃいいんだよ。
ジェイスは内心二人を見下しつつ、担いでいるリズの頬を一撫でした。
ようやく目障りなアルガスが死んだ。
軍団を倒せなかったのは残念だったが、アルガスが飲み込まれたのなら、それはそれでよし。
軍団を倒す機会なら、まだあるさ──と。
ジェイスの腹積もりとは違ったものの、全てが悪い方向ともいえない。
少なくとも、可愛い可愛いリズは手中に納めた。曲がりなりにもアルガスのお墨付きでな。
くくく……。
黒い笑いを秘めつつ、ひとり今後の方針を練るジェイス。
まずは、軍団の情報を近くのギルドに報告しよう。
そこで、多少の小銭を得れば一度河岸を変えようか───。
と、
そんなことをジェイスは考えていた。
しかし、3バカは知らない───。
荒野の果ては、どこまでも続くということに……。
第10話「ミィナさん、凄いことになっとるで?!」
「はうー……お腹いっぱい」
幸せそうな吐息をつき、ぷっくりと膨れたお腹をさするミィナ。
「そうか? まぁ、簡単な料理だよ」
「ううん! すごくおいしかった! オウチで食べたご飯より、一番だよー」
えへへー、とはにかみつつアルガスにすり寄るミィナ。
なんか、餌をあげたら懐いた猫みたいだ。
うむ、取り敢えず撫でておこう。
「そっか……。これから街に戻るけど、そのあとでミィナはどうする?」
「どうって……?」
キョトンとした顔のミィナ。
アルガスの言わんとすることが分からなかったのだろう。
「いや。もう───ポーターなんてしなくてもいいから、故郷に帰ったらどうだ?……すぐにとは言わないけど、送っていってもいいぞ?」
奴隷だとか、ポーターだとか、子供には酷すぎる。
少なくともアルガスの倫理観的には、子供にさせることではない。
「奴隷商には、俺が掛け合ってやるよ───まぁ、まずはリズと合流してからになるけどな」
……そうだ。
まずは、リズを連れ戻さないと─────俺にとっては、それが一番重要なことだ。
ミィナのことはそれからになるけど、口約束だけで済ますつもりはない。
「───故郷?」
「そうだ。さっきオウチって言っただろ?」
そう聞いた途端、ミィナが暗い表情になる。
「オウチ──────もう、ない……」
「………………………………そうか」
深い沈黙のあと、アルガスはポンポンとミィナの頭を擦る。
ま、深くは聞くまい。
この年で奴隷に落ちているのだ───色々あるだろうさ。
シュンとしてしまったミィナの頭を、カイグリカイグリと撫ぜる。
……一家離散、口減らし、戦争、奴隷狩り───この世界ではありふれた不幸の一つだ。
───別に珍しくもない。
「……わかった。もういい───。ミィナが住む場所か、なにかやりたいことが見つかるまで一緒にいよう。それとも、どこか当てはあるか?」
ふるふると、首を振るミィナ。
まぁ、そうだろうな。
身を受けてくれる宛があれば、格安奴隷になどなっていない。
ギュッとしがみ付いてくるミィナの頭を、ポンポンと優しく触れる。
「そうだな……。じゃあ、こうしよう。ミィナが荷物を分担してくれるなら、俺も助かる───しばらく一緒にいようか?」
「は、はい!」
ニッコリ笑うミィナ。
こうしてみれば、結構な美少女だ。
…………美幼女?
これは、妙な客に買われなくてよかったのかもしれない。
この容姿だ。
変態どもに、ナニをされたか分かったものじゃない。
まぁ、ジェイスもその中では嫌な客には違いないけどな。
「よし! そうと決まればさっそく街に戻ろうか───」
だけど、その前に…………。
「───ドロップ祭りと行こうかな?」
「ど、ドロップ祭り??」
ニィ……と、獰猛に笑うアルガス。
その表情にちょっと引いているミィナがいた。
だけど、この光景を見て笑わない冒険者はいないはずだ。
なんせ、軍団を殲滅し、その取り分はアルガスとミィナの二人分だけ。
これをドロップ祭りと言わずに何という!
「───レッツ、死体漁りだぜッ!」
「お、おー……!」
うん。可愛い───。
よくわかっていないミィナも、アルガスにつられて小さな手を天に向けてやる気を見せる。
さぁ、楽しい時間の始まりだーーーー!!
※ ※
魔物はアイテムを貯め込む性質がある。
綺麗な鉱物や、亡くなった冒険者からの戦利品。
それに、魔物独自の文化で作られた武具等々。
中には、どこかのダンジョンから持ち帰ったものを持っている者がいたりで、かなりの収穫が見込める。
もっとも、ゴミの様なものも多いので当たり外れは、かなりあると思っていい。
その他にも、魔物の部位には薬や食用になるものもあるので、剥ぎ取って素材として売ることもできる。
それが軍団級の魔物のなら、すさまじい量になるだろう。
「あーでも、こんなに持ち帰れないよな」
「凄い量……」
ミィナが額の汗を拭いつつ言う。
本来なら、Lvの高いポーターを連れていき、戦利品はまるごと持ち帰るのだが──。
「ミィナの異次元収納袋から少し荷物を捨てていくしかないかもな」
「うん……ごめんなさい」
自分の能力が低いことにシュンとしてしまうミィナ。
ポーターとしてのLvが低い以上、彼女の異次元収納袋の許容量はホンの僅かだ。
ならば、費用対効果を考えて高いドロップ品を持ち帰って、安い食料や水などは捨てていくべきだろう。
「今、全部出してみるね─────あれ?」
物資を仕舞う亜空間を呼び出したミィナだが、
「な、なんで?」
急に不安そうな顔になり、そわそわし出したミィナ。
「どうしたんだ?」
「その──────ご、ごめんなさい」
オロオロとした彼女がよくわからない顔で謝る。
「だから───」
「な、なんか異次元収納袋の上限が、すごく広がってて…………」
へ?
「れ、Lvが急上昇してるの……」
シュ~ンと項垂れるミィナ。
何かおかしなことが起こっていると思っているのだろう。
Lvの急上昇は、魔物を倒すことでしか起こりえないはずだけど……。
…………………………え。
「も、もしかして…………」
ミィナのLvの急上昇と異次元収納袋の上限アップ──────。
「これって、『重戦車』に乗ってたから、魔物を倒した経験値って、もしやミィナにも恩恵があったのかも……」
それしか考えられない。
アルガスもかなりLvが上昇しているが、今までが高Lvであったため、それほど急上昇という気がしない。
だが、ミィナの場合は違う。
ほとんど、Lvの初期のままであったミィナは、大量の魔物を───しかもオーガキングを含む格上をアルガスと一緒に倒した(ことになっている?)ので、あり得ない速度で急上昇してしまったのだろう。
「そ、そうなのかな? ごめんなさい……」
何もしていない自分が、勝手にLvを上昇させたことを済まなく思っているようだ。
だが、それは全く謝罪に値しない。
パーティで敵を殲滅したとて、Lv上昇の恩恵はみな平等なのだ。
「何も悪いことはない。それより、どのくらいの上限が増えたんだ?」
「えっと、…………多分、全部入る───」
へぇ…………。
…………………え??
「ぜ、全部?!」
「う、うん……それでも、ちょっと余裕あるかも」
ぜ、全部って?! おまッ!?
「いや、魔物──────千体は軽くいるけど、」
「うん」
ま、マジで?
「───いや、マジで?」
「う……うん。ダメ?」
ウルウルと、目に涙を貯めるミィナ。
ダメっていうか……。
ダメどころか─────────。
「ミィナ…………多分、世界中探しても、そんなに異次元収納袋の上限が大きいポーターいないと思うぞ」
「え……………………そ、そうなの?」
よくわかっていないらしいミィナ。
なんせ、ポーターは弱い。
それでも、高Lvパーティでも必要とされるため、弱いまま危険地帯に連れ回される。
そのため、平均寿命が恐ろしく短いのだ。
魔物も知性が高い連中はポーターを積極的に狙うため、その傾向は顕著だ。
ゆえに、ポーターは高Lvに至るまでに死ぬか、怖気づいて逃げ出すかのどちらかだ。
高Lvパーティの、非人道的な連中になると、ポーターを拘束して無理やり連れ回すらしい。
その際は、小柄なものの方が携帯に都合がいいという事で、ミィナくらいの背丈の物は引く手あまたなのだとか……。
そのポーターが一瞬にして高Lv。
しかも、あり得ない程の異次元収納袋の上限を誇るという……。
「───と、とにかく、入るだけ容れちゃおうか?」
「う、うん!」
厳選していたのが馬鹿馬鹿しくなるほど、ミィナの異次元収納袋はデカく、幾らでも収容できた。
こうなると冒険者というか、アルガスの貧乏性が発揮され、魔物の装備まで欲をかいてポコポコと回収してしまう。
食用になる魔物は体ごと。
小さな魔石なども見逃さず、全部入れていく。
「これは討伐証明になるし、まとめて持っていくか……」
最後にバラバラに吹っ飛んだオーガキングの部位と残った下半身、そしてビックリしたまま事切れた表情の頭部を、討伐証明として異次元収納袋に収容していった。
それでも、ミィナはまだまだ余裕があるという。
「す、凄いじゃないか、ミィナ!」
「え、そ、そそそ、そうかな───えへへ」
恥ずかしそうに顔を朱に染めて、頭を掻くミィナ。
年相応のその様子に、アルガスはホッコリとしつつも褒めることはやめない。
「ミィナのお陰で冒険の資金も揃ったよ。これだけあれば当分困らないはず」
それは本音だ。
軍団一個まるまるのドロップ品。
多分、相当な額になるだろう。
今までは群れのドロップでさえ厳選しなければならなかったのだ。
それが、厳選どころか丸々全てだ。
しかも、軍団全部!!
「わ、私のお陰……」
「そうだよ! 自慢していい。誇りに思う事だ、ミィナ。君は世界一のポーターだぞ!」
せ、世界一……?!
ミィナが目を白黒させている様子が可愛らしい。
剥ぎ取った残骸だけを残して、綺麗さっぱり軍団を収容したとは思えない程、小さな子だけど───その実力はこの目で見たとおりだ。
掛け値なしに、本当にすごい能力なのだから……。
「───どうする? ミィナの実力があればどんなパーティでも歓迎されるだろうし、他にも商売だってできるよ。無理して俺と、」
「やだ! アルガスさんと行く!」
ギュッと腕をつかんで離さないミィナ。
「ダメ……?」と、目で訴えられれば情に脆いアルガスならグラリと傾いてしまう。
だって、そのウルウル目を見てダメとは言えない……。
ナデリコナデリコと頭を撫でつつも、ウルウルの目が直視できず、天を仰ぐ。
やべぇ、超可愛い…………。
「わ、わかった。まずは街に戻ってよく考えようか」
「はい!」
そうだ。
まずは街で態勢を立て直そう。
そして、軍団殲滅を報告して───、「光の戦士たち」のメンバーを追わないと……。
そして、ジェイスをぶん殴り、俺の大事なリズを見つけないと───!
本当は今すぐでも後を追いたいが、どこに行ったのかもわからない以上、闇雲に探しても無駄足になるだろう。
それくらいなら資金を投入して、人や情報を集める方が得策だ。
このままでは、物資も足りるか分からない以上、一度撤収するしかない。
───リズ。待っててくれ。
すぐに、すぐに迎えに行くッ……!
ジェイスに預けるという判断を、この時ほど呪ったことはないだろう。
だが、それしかあの時は手がないと思ったんだ──────。
「アルガスさん?」
「いや、…………帰ろうか」
そうさ。
まずは帰ろう。
判断が間違っていたかどうかなんて、結果論でしかない。
代わりにミィナを救うことができた。
そして、俺も助かった──────。
だから、次はリズを助ける──────。
(待っててくれ、リズ)
※ 戦果(軍団一個分) ※
・オーガキングの討伐証明
・オーガキングの部位多数
・魔物の討伐証明(約1000)
・魔石(特大)×約50
・魔石(大)×約250
・魔石(中)×約500
・魔石(小)×約200
・魔物の装備(約350)
・食肉用魔物(約200)
・ドロップアイテム多数
──────収納済み
第11話「街に帰還」
ベームスの街───。
ジェイスが見捨てようとして、知らず知らずの内にアルガスによって軍団の危機から逃れていた幸運な街だ。
ここはジェイス達「光の戦士たち」が、一時的に拠点を置いていた街で、ギルドが「将軍級の討伐」を依頼した場所でもある。
そこにアルガスとミィナは、ようやくといった様子で帰還した。
ボロボロになった鎧は途中で破棄し、タワーシールドと剣だけを携えてアルガスは旅を続けた。
ミィナは小さいながらも頑張っていたが、さすがに長期間の旅に耐えるだけの体力はなかったらしく、途中でアルガスに背負われてグッタリとしていた。
アルガスが背負わねば、途中で病没していてもおかしくない程の疲労だ。
以前、ジェイスが使い捨てと言ったのは、その辺も加味していたのだろう。
「つ、ついた……」
「すー……すー……」
疲れ切ったアルガスが街の門の列に並ぶも、背負われていたミィナは気付くこともなく深い眠りに落ちていた。
「くそ、相変わらずバカみたい時間かけやがる……」
ウンザリするほどの、長ーい行列。
街の衛兵隊が、悪徳と評判されるクソ代官の命令で長々と入門チェックをしているのだ。
一応通行税の徴収も兼ねているというから、コッソリ入るわけにもいかない。
「はぁ……」
これから入門の長い列に並ぶと思うと気分が暗くなるが、ジェイスが不在な状態では、上位パーティとしての待遇は望めない。
一応、ギルドの組合員証があるのだが、パーティのリーダーが持つタグがなければ門番は決して認めてくれないのだ。
もっとも、メイベルやザラディンくらいの有名人なら別だが、所詮は田舎の冒険者でしかないアルガスやリズ───そして、奴隷のミィナにその待遇は望めなかった。
「安いよー! 安いよー!!」
「冷たいエールはいかがー?! ワインに、火酒もあるよー」
物売り達が行列の客を見越して商品を売り歩いている。
この長蛇の列は、実にいい稼ぎ場所なのだろう。
疲れ切った商人や新規冒険者が、次々に商品を買い求めるのが見て取れた。
彼らが手を伸ばす理由として、疲労や退屈しのぎ以上に、香りの暴力がある。
露天商どもは、わざわざ香りが強くなるように、濃いめのタレなどを付けて肉や魚を味付けしているのだ。
待ちくたびれて空腹になった行列の人々にその香りを無視するのは耐えがたい行為だ。
ぐるるるぅ……。
「う………………」
アルガスもついつい腹が鳴ってしまう。
ミィナも疲れ切っていたはずなのに、良い香りにつられて鼻をフガフガさせつつ目を覚ます。
「ふぇ?」
「───起きたか? なんとか街についたけど、もう少しかかるから寝てていいぞ」
ショボショボと目を擦るミィナは、くぁぁ……と欠伸をした後、クゥゥと腹をならす。
「お腹すきました……」
「あー……」
そんな目で見られてもな……。
アルガスだって、物売りから串焼きやエールを買って食べたいのだ。
だけど、悲しいことにアルガスには現金の持ち合わせがほとんどない。
ほんとに、悲しいくらいに小銭すらないのだ。
入門のための通行税用に、リズから借りている銀貨はあるのだが、それとてギリギリの額。
これを使ってしまうと、街の外で野たれ死にする。
以前なら多少あったのだが、前回の冒険後の報酬をジェイスによって支払われなかったため、冗談抜きの文無しなのだ。
「ごめんな。……堅パンでいいなら、荷物から出して食べていいぞ」
「堅パン…………はい」
シュ~ンとして、ミィナが悲しい顔のまま異次元収納袋から堅パンを取り出すと、カリカリと表面を齧る。
彼女は律義で、勝手に食べ物を取るということをしない。
ミィナの『ポーター』の能力の中に食料があるので、その気になれば彼女が独占できるだろうに……。
ミィナはそれをしようとせず、アルガスのいうことを従順に聞いていた。
悲しい顔でポリポリと……。
「はぁ……」
しょうがないな。
「……ミィナ。適当に魔石出してくれ。──小さいのでいいから」
「???───はい」
異次元収納袋から、小指の先ほどの魔石を取り出すミィナ。
これでもかなりデカい方だ。
雑魚モンスターからとれる魔石は、下手すりゃ砂粒程。
魔石というのは魔物が体内に溜めた魔力の結晶のことで、大きければ大きいほど高く売れる。
中には特殊な魔力を秘めたものもあるので、それらは大きさ以上に高価で取引されることもあるという。
今回、アルガスが殲滅した軍団は上位個体だらけだった。
軍団の中では雑魚モンスター扱いでも、通常なら脅威とされる魔物ばかりで構成されていたのだ。
つまり、雑魚から採取した魔石でも、小粒でこのサイズなのだ。
多分、金貨一枚以上の価値がある。
「───おい、こっちにもくれ」
だが、惜しむほどでもない。
なんせ、これで小粒といえるほど、今回のアルガスは稼ぎに稼いでいるはずなのだから。
「へい! 豚串一本、銅貨一枚でさぁ」
ち、高いな……。
(───くっそ、足元を見てやがる)
街中で買えば、この3分の一程度で買えるのだ。
3本串セットで銅貨一枚でも高いと感じるくらい。
普通なら銅貨以下の小銅貨や、屑銭と言われる最低貨幣で取引される程度のものだというのに。
まぁ、しゃーなし。
「あーじゃあ、そこの種類を全部買う。二本ずつくれ」
「へい、毎度──────って、なんですかこりゃ?」
支払いに渡した魔石を見て怪訝そうに顔を曇らせる物売り。
「魔石だ、見りゃわかるだろ───」
「へ! これが魔石だぁ? バカにすんなよ、こんな偽物……………………ぁ」
銅貨を期待していた物売りは、一気に態度が悪くなったものの、石の中でグルグル回っている魔力に気付くと目を剥いて驚く。
「こ、こここ、こりゃあ……!! し、失礼しました! あ、これオマケです」
突然、愛想良く顔を柔和に変化させた物売りが、頼んでもいないのに味付けされた卵を二つ押し付けてきた。
そして、ペコペコしながら街の方へ戻っていく。
(……あの様子じゃ、今日は閉店だろうな)
換金して豪遊する気なのだろう。
「ミィナ。これも食べていいぞ」
「わぁ♪ い、いいの?!」
串焼きと卵を分けてやると、満面の笑みで受け取るミィナ。
「ありがとう!」
子供は素直が一番だな──────と!?
「な、なんだお前ら?!」
気付けばアルガスの周囲には、物売りの集団が大挙して押し寄せていた。
皆、目をギラギラさせながら次々に商品自慢していく。
「だ、ダンナ旦那!! ウチのパイは安いですよ! それに、味も世界一でさぁ!」
「お兄さぁん! ウチの林檎酒買っとくれ! 冷たくて甘くておいしいよ!」
「おやおや! 可愛いお嬢さんじゃないか! ウチの飴玉買うないかい? いろんな味がするよぉ!」
おいおい……。
どんだけ群がるんだ!
「だー! 鬱陶しい!! 酒だ酒! それと飴玉だけでいい。林檎酒は小樽だけ置いてってくれ、支払いはその二人だけ! それ以外は、もう買わんからな!」
こういう時は、はっきり言った方がいい。
買わないと収まらないだろうし、一人にだけ優遇するとまだ余裕があるように見られてしまう。
なので、きっぱりとシャットアウトするのだ。
ミィナからまた小さい魔石を受け取ると、林檎酒の樽と、袋に入った大量の飴玉と交換する。
これでもかなりの稼ぎになるのは目に見えている。
金貨換算の魔石と、商品全部かき集めても銀貨数枚程度のものを少量と交換するのだ。
物売りとしては大儲けだろう。
はー……やっぱお金は必要だな。
シッシッ! と威圧しつつ物売りを追いはらうと、ニコニコしながら串焼きに被り付いているミィナに飴玉の袋を押し付ける。
「ほら、食べすぎるなよ。……トイレはもうちょい先だからな」
「はーい!」
分かってるんだか、わかってなんだか……。
といいつつも、暇を持て余してアルガスも林檎酒と串焼きで一杯やりだす始末。
うむ。
まいうー!
はぁ、疲れた体に酒が染み渡る───。
味は安っぽいけど、串焼きとセットで、実に美味なり!
だが、二人して飲み食いしてたら、途中でトイレが近くなりました──────はい。
……………………結末は、聞くなかれ。
───それから結構な時間が経って、ようやく二人が街に入れた時には、青い顔をしたアルガスと脂汗を流しているミィナがいたとかいなかったとか……。
うごごごご……!
賄賂まで要求してきやがって、クズの衛兵どもめ、どんだけ入門チェックに時間かけるんだよ!
しかも、ミィナに手を出そうとするケシカラン奴もいやがった!
ったく、どいつもこいつも!!
………………便所の恨み、覚えおけよ!
二人して、街のクッサイ公衆便所に駆け込む頃には、とっぷりと日が暮れようとしていた。
そして、景気よく魔石をばら撒いたことが後々に尾を引くとは、この時のアルガスはまだ気付いていない………………。
間話「光の戦士たち2」
「うげぇ……ゲホゲホ」
「も、もう駄目───」
「あ、歩けません……」
ジェイス達は荒野を彷徨い続けていた。
軍団から離れたおかげで、魔物に襲われないのが幸いだったが、その分他の動物にすら出会っていない。
やたらと顔に集る蚊やハエは鬱陶しいくらいいるというのに、鹿一匹みかけない。
───水も当然ない。
荒野のあちこちではジメジメとした湿地状の所もあるのだが、こと水分といえばほとんど地面に吸収されている。
もうこんな状態で丸二日過ごしていた。
夜は酷く冷え込むため、3人と一人を加えてくっ付いて眠ろうとしたが、寒くて、寒くて、そのうえ酷い空腹で寝むれやしなかった。
そして、日中はどこにあるとも知れない街を求めて彷徨うのみ。
ちょっと前に調達した食料なんて、あっという間に消費しつくしてしまった。
酒もあったのだが、それをのんだがために余計に喉が渇いてしまったのだ。
「くそ…………ダメか」
「ジェイス……諦めるの?」
「こ、ここまで来てそれはないでしょう?」
ジェイスは担いでいたリズを、ドサっと乱暴に地面に投げると、
「リズの状態は思ったより深刻だ。もっと早く目覚めるかと思ったんだが……」
「ジェイスの手加減なしの一撃だよ? もしかして一生目覚めないかも───」
「そうなったら無駄な手間でしたね──……いっそ、この子を、」
そっと、リズに手を伸ばし、肉の触感を確かめようとするザラディン。
「はぁ……いざとなったらそれもやむを得ないか」
「え? い、嫌よ私。こんな口にするくらいなら、野垂れ死んだほうがマシ」
「はは。バカですね。綺麗に野垂れ死ねると思うのですか? 軍団による大移動のために、一時的に数を減らしているとはいえ、本来ここは魔物の巣窟ですよ?」
死体が綺麗に残るわけないでしょう───と、ザラディンはメイベルを小馬鹿にする。
「ちょ、う、埋めてもくれないの?!」
「埋まるかもな───ケケケ。小指の骨くらいはな」
ゾっとしたメイベル。
ジェイスとザラディンの目は本気だ。
こんなとこで死んだら、魔物より先に──────。
「…………んぅぅ?」
しかし、ここで天の助けが───。
「リズ?!」
「あら!!」
「おやおや!」
三者三様、驚きの余り飛び上がる。
すぐにジェイスはリズに駆け寄り、助け起こしてやった。
「大丈夫かリズ!? どこか悪くないか?!」
ジェイスの声が聞こえているのか聞こえていないのか、リズはボンヤリとあたりも見回した後──────。
「───ッ、アルガス!!!」
ガバッと起き上がり、武器を掴んで走り出そうとした。
辛うじて残っていた短剣を手に、一路───……。
「ど、どこ?! ここは?!」
キョロキョロと周囲を見回すリズだが、軍団と交戦した場所でないことだけは理解できたようだ。
「落ち着けリズ。軍団からの撤退に成功した──────パーティの被害は軽微だよ」
そうとも。
役立たずの肉壁を1。
使い捨てのポーターが1。
そして、大半の物資──────。
軽微なものさ。
命があっただけでも儲けものさ。
「被害が軽微って……。あ、アルガスはどこにいるの?! ねぇ!!」
今度はジェイスに詰め寄って、ガクガクと揺さぶる。
ジェイス達と違い、運ばれていただけのリズは多少体力に余裕があるらしい。
「お、落ち着け……! 落ち着けってリズ───! 忘れたのか?」
そうとも、
リズだって聞いているはずだ───。
「オマエも聞いていただろう? アルガスは自分を犠牲にして、お前を俺達に託したんだってことを……」
それを聞いて、顔面を蒼白にしたリズが、ガクリと膝をつき倒れる。
それを慌てて抱き留めるジェイス。
「そんな……。そんな……!」
「すまない……。でも、こうするしかなかったんだ」
すまない、すまないと慰めつつ、リズの背中をさするジェイス。
だが、内心ではほくそ笑んでいた。
これで、荒野の案内人もできたことだし、邪魔なアルガスも始末で来た。
あとは、リズをどこか適当な街で味見して──────。と下種な考えに浸り、ニヤニヤと笑う。
「──────ッ!!」
しかし、リズは全力でジェイスを拒否する。
「あ、アンタのせいでしょぉぉぉおお!! アルガスは危険だって言ってたし、最初から無理なクエストだってわかってたじゃないッ!」
そのうえ、
「アルガスをはじめから囮にするつもりだったんでしょう? 匂い袋まで準備して、アルガスを敵前に立たせたんだもん!!」
「そ、それは…………」
ジェイスは二の句が継げない。
言っていることは、全て本当だからだ。
「あんたがアルガスを殺したも同然よ!! 私はアルガスの所に行く───行って確かめるッ!!」
例え……。
例え、あの人が死んでいたとしても──!
「やめろッ!! オーガキングは執着が強い! もしかするとこっちを追っている可能性もあるんだぞ!」
「それが何? 望むところでしょ───街は救われて、ジェイスはオーガキングと再戦できる」
ぐ……。
ジェイスは反論できずに、口を噤んでしまう。
「ま、まぁまぁ……。リズ殿の気持ちもわかりますが、ここはいったん街を目指すのが得策かと思いますよ」
適当な合いの手で、リズの怒りを鎮めようとするザラディン。
実際、フーフーッ! と肩で息をしているリズも、今から追う事に意味はないと分かっている。
実際どれくらい眠っていたのか、あるいはどのくらいの距離があるのかリズには分からなかったものの、今は致命的に時が過ぎ去ってしまった事だけは理解できた。
「そんな……。そんなのって、そんなのって───────うわぁぁぁぁぁああああああ!!」
リズは声をあげて泣いた。
アルガスを求めて、大声で鳴いた。
「アルガスぅぅぅう!! アルガスーーーーーーーーーー!!」
父親のような人で……。
でも、そこまで歳が離れていなくて──。
よく、両親と酒を飲んでゲラゲラと笑いバカ話をしていて……。
二人が亡くなった時───絶望していたリズに、冒険者になろうと誘ってくれた優しい人……。
リズを引き取り、冒険のイロハを教え、鍛え、支え、ともに歩いてくれた───最高の男の人……。
アルガス・ハイデマン……………………リズの愛した、唯一人の男性───。
「うわぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!」
リズの慟哭が荒野に無情に響いた───。
第12話「ギルドに報告しまーーーーーーす」
街の公衆便所にて───。
「ふぃぃ……ヤバかった」
「う、うん…………泣いちゃうとこだった」
うん。
っていうか、君……もう泣いてるよね?
目を真っ赤に腫らしたミィナが、恥ずかしそうに俯く。
あの後、予想通り飲み食いの過ぎた二人は尿意とか便意に襲われ、脂汗をダラダラとかきつつ入門の行列に並んでいたのだ。
ぶっちゃけ、危機一髪だった。
尻と前から、ポーンと!
そりゃもう、スポポーンといくとこでした。
ダラダラと汗を流し、妙な動きをしている二人に、街の悪徳衛兵どもが一時騒然としたが、事情を察したことと、たまたまアルガスの顔を知っている当番兵がいたおかげでスムーズに街に入ることが許された。
結構な額になりそうな魔石を、賄賂として渡したのも大きいだろう。
でなければ、ニヤニヤと笑う衛兵の隊長は、ミィナが漏らすところを見たくてしょうがないという感じだった。
比較的親切な当番兵に礼を言いつつも、脱兎のごとくトイレに掛けこむ二人は、衛兵たちに背後でゲラゲラ笑われていたとかなんとか……。
くそ、覚えとけよ───!
「あー……食べ過ぎは良くないな」
「ですぅ」
バツの悪いアルガスと、顔を真っ赤にしたミィナはトボトボと歩いている。
疲れ切っていたはずのミィナも食べるものを食べて、出すものを出せば幾分元気になったらしく、今は自分の足で歩いている。
「疲れてるか? 早目に宿に行きたいところだけど、」
「だ、大丈夫です! わ、私、ポーターだもん!」
ムキっと、全然ない力こぶを見せるが…………まぁ、可愛いから良しとしよう。
「すまんな。金がないとどうにもならん」
「う、うん……ギルド?」
ミィナはギルドの単語にビクビクとする。
どうやら、彼女はギルド併設の奴隷市場で売買されていたらしい。
ギルドのポーター売買は、必要なこととはいえ……あまりいい感じはしないものだ。
「大丈夫だ。俺がいるだろ」
「う……うん!!」
慣れない笑顔でミィナを安心させると、街を突っ切ってギルドに向かう。
ベームスの街は、長期間というほどの滞在でもないが、何度か通い慣れた道だ。
それなりの頻度で、ギルドにも出入りしていたので多少は馴染みがある。
しかし、なんだ?
随分と人が多いな───。
(……祭りか、何かか?)
ギルド前には大勢の人が集まり、ガラの悪そうな衛兵らしき連中も集まっている。
ギルドのある広場の一角では、誰かがお立ち台の上にのぼりダミ声でがなり立てていた。
「集まれ、集まれぇ!! 緊急クエストだぞ! 冒険者は全員あつまれ!」
「新人、未加入者も歓迎するぞ! 誰でもいいから、剣が持てればそれで報酬を支払おう!」
「冒険者ギルドでは、臨時組合員証を発行しております! ご希望の方はこちらへ!」
ざわざわ
ざわざわ
「なんだ?」
「な、なんでしょうか?」
街に戻ったばかりで、サッパリ状況のつかめないアルガス達。
二人で顔を見合わせるも、首を傾げるばかりだ。
「よくわからんが、取りあえずは中だな──────安心しろ。もう奴隷小屋には戻らないようにする」
「う、うん……」
人ごみをかき分けるようにして、ズンズンと進むアルガス。
伊達にタンクをやっていないからな、これしきの人の圧力などどうということはない。
「いでぇ!?」
「お、押すなって!!」
「こ、この野郎───喧嘩売っ……げ、Sランク?!」
アルガスの持つ、Sランクのタグに気付いた新人らしき冒険者が仰け反る。
だが、それらをすべて無視すると、アルガスはズカズカとギルドの中に入ってしまった。
途中で、募兵っぽいことをしているギルドの職員はアルガスに気付いて目を大きく剥いていたが……。なんなんだ?
呼び止められた気もするが、今は疲れているんだ。
さっさとドロップ品を換金して、宿で休みたい───。
ギルド内に入ると、外とは異なり、中は意外と閑散としていた。
幾人かの冒険者が駄弁っていたが、アルガスを見てギョッとした顔をしている。
んん?
さっきから、なんなんだ?
つーか、中ガラガラじゃねーか。
外の騒ぎはなんなんだ?
邪魔くさいから、中でやりゃいいだろうに───まったく。
「ぷはッ」
ミィナはアルガスにくっ付いていて、ようやく人の壁から抜け出し一息つく。
だが、そこがギルド内であると気付いて「ひッ」と声をあげると、ヒシっとアルガスの足に縋りついた。
「大丈夫だから───ほら、いくぞ」
ズンズンズン。と受付に向かうと、「光の戦士たち」馴染みのギルド職員がいた。
パッと見は、アンニュイな雰囲気の美女。
だが、初見に騙されるなかれ、こいつは一癖も二癖もある年増女だ。
なんせ、ジェイスには愛想が良く、アルガスにはゴミでも見る目を向けてくる嫌ーーーーな、女職員。
これで美人でなかったら、顔面にパンチをお見舞いしてやりたいところ……。
で、そいつと目があってしまう。
「あ?! ええええ!! あ、アンタ、アルガス・ハイデマン?!」
他の窓口にしようかと思ったものの、件のギルド嬢に気付かれてしまった。
さすがに、これで他の窓口に行くと露骨すぎるだろうな。
「はぁ……」と小さくため息をつきつつ、アルガスは窓口に向かう。
「ちょ、ちょちょ、ちょっとアンタ……。ほ、本物? ご、ゴーストやゾンビじゃないでしょうね?」
「それがギルド員の言うことか? セリーナ嬢」
セリーナ・エンデバー。
ギルド・マスターの娘だか、なんだか知らんが一々高飛車で高慢ちき、やたらと権威を振りかざす、行き遅れのババアだ。
ジェイスに気があるのか、やたらとハイテンションでジェイスに付きまとっていた。
まぁ、そんなこんなで、いつもこの調子なので、裏では他の職員にも「お局様」とか言われているらしい。
うん、俺も嫌いだし、同感だ。
「ちょ……。アルガスのくせに冗談でしょ?───あ、そうか! ジェイス様も一緒なのね?」
「ジェイス?…………やっぱり、戻ってないんだな?」
この様子だと、ジェイスの野郎は本気で別の街に逃げたのだろう。
あの荒野を越えて──────。
「戻ってって───……。え、ノロマのアンタが一人で帰ってきたわけ?」
人に向かってノロマとか、このクソアマ……。
アルガスの怒気を感じたのか、ミィナが怯えている。
仕方なく、怒気を押さえてアルガスは努めて事務的な口調で話す。
「クエスト完了だ。報酬を──────あと、ドロップ品の買い取りを頼む」
「はぁぁぁぁ?! 何言ってのアンタ。頭沸いてんの?」
マジでぶん殴ってやろうか、このクソアマ。
「あ、あの、アルガスさん? 詳しくお聞きしていいですか?」
セリーナ嬢の受け答えがあんまりだと感じたのか、別の職員が助け舟をだす。
「詳しくもなにも、そのまんまだ。街を出る前に受注したクエスト──『将軍級の討伐』を完了したから、報酬をくれって言ってるんだが……」
バンッと、受付に受注書の写しを叩きつける。
間違いなく、数日前に出た緊急クエストの「将軍級の討伐」だ。
それを見て、セリーナ嬢が厭らしく笑う。
「はっ! あんた、もう少し上手な嘘をつきなさいよ。……大方、ジェイスさまのパーティから逃げ出したか追放されたかで、文無しになったんでしょ? それで、嘘をついて報酬をせしめる気ね? お生憎様───」
トントン。
と、ギルドの中央に置かれた大テーブルに置かれた別の依頼書と、巨大な金庫を示した。
「『将軍級の討伐』どころか、今はもう『軍団の阻止』の段階にまで引き揚げられたクエストなのよ───ねぇ、パパ」
セリーナ嬢が、ケラケラと笑いながら背後にいた偉丈夫に告げる。
「───話は聞いていた。呆れた奴だなアルガス……。無理やり勇者ジェイス殿に同行しているだけでも評判が悪いというのに、ついに虚偽申告か? 報酬をだまし取る気だろうが、そりゃあ詐欺ってやつだ」
ち……。
娘も娘なら、コイツもクズだな。
こんな奴がギルドマスターをやっているから、将軍級の魔物が軍団を形成しつつあるのに、冒険者だけで対応しようなんてザルな真似をするんだ。
「詐欺も何も、クエストは完了した。他に言いようがない」
「アホを抜かせ! 先日、命からがら帰還した冒険者から聞いた。将軍級は軍団を形成し、街に進軍しつつあるとな───だから、ああして、」
クイっと顎で外の騒ぎを示した。
「───戦える男を集めて、阻止線を作らねばならんのだ。街の危機なんだぞ?! 王国軍が出張ってくるまで、なんとか食い止めねばならん。そのためには、俺も金を惜しまん!」
そう言って、「|軍団の阻止」という依頼書をテーブルに叩きつけてアルガスに見せた。
チラッとみただけだが、書き添えられた内容は、「参加するだけで、金貨1枚!」とか
「魔物を討伐すれば、その数に応じて報酬を支払う!」と書かれている。
当然、将軍級を仕留めたものにはボーナスがでる。
その内容も破格のもので、大白金貨一枚という恐ろしい額の報酬だ。
ちなみに、
銅貨100枚で銀貨1枚。
銀貨10枚で金貨1枚。
金貨10枚で大金貨1枚。
大金貨10枚で白金貨1枚。
白金貨10枚で大白金貨1枚だ。
(※ 銅貨1枚でだいたい100円くらいの価値)
「へぇ……。凄いじゃないか───」
「そうとも、それだけの規模の魔物がくるんだぞ! 正真正銘の街の危機だ。だから、それだけの金が動いている。どれもこれも、隣の市や街中からかき集めて揃えた資金だ!」
ズカズカと金庫まで近づくと、ギルドマスターはわざわざ中身を見せた。
「見ろ、この金を! この金庫の中には募兵と討伐報酬に備えて、金貨10000枚も入っているんだ!」
だから、下手な嘘をつくな、と───。
ギルドマスターはふんぞり返りながら、アルガスを鼻で笑った。
「お前のようなノロマで、勇者ジェイス殿の腰巾着でしかないクズ冒険者に、将軍級が倒せるものか! もし、貴様の嘘が本当なら、この金貨を全部やることになるだろうな───グハハハハハ!!!!」
へぇ……。
兵士一人に金貨1枚くれてやり、命を懸けて魔物を駆ればさらに報酬上乗せ。
そして、将軍級を倒せば大白金貨1枚か──────。
ドンッ──────!!!
「グハハハハハハハハハハハハ、……ぐはー───?!」
キョトンとした目のギルドマスター。
目をぱちくり……。
「お、おい……そりゃなんだ?」
「見て分からんか? 将軍級───オーガキングの首だ」
ミィナから、そっと受け取ったデッカイ生首を、大テーブルの上にデーーーーーンと乗っけてやった。
う、
「嘘ぉん……!!??」
ギルドマスターが、カッパーと口を開けて茫然とする。
セリーナ嬢もパッカーと口を開けて硬直。
他のギルド職員もシーーーーーーンと静まりかえる。
「じゃ、金貨10000枚貰おうか? 報酬ってことでいいんだよな?」
第13話「討伐証明はありまーーーーーーす!」
───じゃ、金貨10000枚貰おうか?
アルガスの当然の要求にギルドマスターを始め、セリーナ嬢も硬直している。
「………………え? あ、お? え?」
ズシン、ズシン。
堂々と金庫に向かうアルガスを見て、ポケーと間抜け面。
「え? ちょ───?」
語彙力が失せ、動きの可笑しくなったギルドマスター。
そして、ダラダラと汗を流すセリーナ嬢。
「いやぁ、その───さっきのは言葉の綾というか、その……」
「はぁ?───いや、知らんけど、貰っていくぞ。……あ、ちゃんとオーガキングの体はドロップアイテムとして、素材でも換金してくれよ、いつもどおりな」
ギルドの報酬には討伐報酬のほか、討伐対象の部位を別に売ることができる。
例えば、ゴブリンであれば耳等を討伐証明とし、他の部位を売ることができるようになっているのだ。
「ちょ、ちょちょ、ちょちょちょちょ!! ちょっと待て!! おかしいだろうが!!」
突然態度を変化させたギルドマスターが、セリーナ嬢と共にバタバタとテーブルの上の金庫の前に立ち塞がる。
「なんだよ? 軍団を倒したんだぜ? 元々払う報酬が俺の物になるってだけだろ? 誰の損にもならないし、むしろ貴重な人命が失われずに済む。俺よし、ギルドよし、尊い人命よし──三方よし、でいいじゃねぇか?」
「ば、ばばばばばば、バカを言うな! お、おおおおおおお、お前如きにオーガキングが倒せるわけがないだろうが!」
「そ、そうよ!! お、大方、似たような亜種を仕留めて騙すつもりなんでしょう!」
いや、知らんがな。
ギルドには鑑定士もいるんだし、勝手に調べろや。
「そ、そうだ、そうだ! だいたい、将軍級を倒しても、軍団はまだここに向かっているかもしれんのだぞ! 帰還した冒険者に聞けば、件の軍団は1000体以上もの魔物の群れの集合体だ! その将軍級を、お前みたいなノロマがだな!」
「そ、そそそ、そうよ! この金庫のお金だって、死人に口なしで───報酬後払いを見越しといたのよ! そうすりゃ、死んだ連中には払わなくていいから、パパのポケットマネーで用意したのよッ! 本来なら10000枚もかからないんだからッ!!」
「バカ、余計なこと言うな!!」
シーーーーーーーーーーーーン。
ほーーーーーー……そういう魂胆か。
なるほど、なるほどー。
軍団への対策のために、死地にド素人を送り出しておいて、あとから金を渋るつもりだったのね。
そりゃ、死んだ人間に金は必要ないわな。
あとは、適当に契約段階で遺族には払われない──とかシレっと、書き添えるつもりなんだろうさ。
で、それを俺がぶち壊したってわけだ。
スゲー、どーでもいい。
「───はッ……つまり、軍団を討伐した証明がありゃいいのか?」
「そ、そうだ! 見せてみるがいい────見せられるものならな、グハハハハハハ──────ぐはぁ?!」
はい、ミィナちゃん───GO!
「よいしょ」
可愛い掛け声とともに、ミィナが異次元収納袋から次々に魔物の死骸と取り出していく。
ドロップ品まで出すとあれなので、討伐部位だけ。
それでも相当な量だ。
なんたって、千体の軍団全てだからな。
ミィナがどうやっているのか知らないが、異次元収納袋からは、彼女の任意の物が取り出せるようだ。
バカ笑いと、高笑いをしていたギルドマスターとそのバカ娘が、段々声が小さくなっていく───。
そして、あんぐりと開けた口が段々閉まらなくなってきた。
パッカーと、間抜けっぷりを盛大に発揮。
「ひぃ、ふぅ、みぃ──────あー、君らで数えてくれよ」
自分で数えるのもバカバカしくなってきたアルガスは、ギルド職員に丸投げする。
っていうか、それが本来のギルドの仕事だからね。
茫然としたギルド職員も、慌てて床やテーブルに並べられた討伐部位を確認していく。
「うお?! ハイオークの牙?!」
「げ……! サラマンダーの尻尾?!」
「うそ……グレーターゴブリンの耳?!」
「ま、まさか──オーガナイトの角ぉ?!」
「げげげげ……これって、コカトリスの嘴じゃぁ……?!」
まーあるわあるわ。
荒野中の魔物が集まってたんじゃないかって、規模だったしね。
それも、どいつもこいつもかなりの高ランクの魔物ばっかり。
それ一体でも、金貨換算の魔物ばかりだ。
討伐ごとに報酬が出るというのだから、それと相殺してもおつりがくる。
ちなみに討伐報酬だからね?
君ら知らないだろうけど、ドロップ品はまた別にあるのよ?
「ま、マスター……その、ま、間違いありません───軍団の魔物ですよ、これ……」
ワナワナと震える職員たち。
そこらへんにいる、ゴブリンやコボルトといった雑魚とはわけが違う。
荒野の奥地にいる、狂暴な魔物の討伐なのだ……。
あの勇者ジェイスですら、尻尾をまいて逃げ出す程の──────。
「ば、ばばば、バカなぁぁぁあああ!! そ、そんなバカな、こ、これじゃ、うちは───」
「破産よぉぉぉおぉおおおおおお!!」
ノーーーーーー!! と頭を抱えるバカ親子マスターども。
ええから、はよ金払わんかい。
「す、すみません。アルガス様───ま、間違いなく討伐されたことを確認しました……。えっと、『光の戦士たち』としての討伐でよかったのですか?」
「馬鹿言うな。──────『重戦車』アルガス・ハイデマンと、最高の『ポーター』ミィナ。二人の手柄に決まってるだろう。あのパーティは何もしていない……。奴らは俺の大切な娘を奪って何処かへ逃げちまったよ。───ま、運が良ければ荒野の反対にいるだろうさ」
ケ……。
苦々しく吐き捨てるアルガス。
事情は分からないものの、ギルド職員は複雑そうな裏があるとみて、とくに深く聞くこともなく、討伐完了にサインしてくれた。
ギルドマスターは未だ天井を見上げて放心している。
「すみませんね……。その───報酬を前借したのはギルドマスター個人名でやっていたもので……。彼、多分破産しますよ」
あー。何となくお察し。
どうせ売名のために、自分名義で金を出して「ギルドマスター」の手柄にしたかったんだろう。
全国組織のギルドなら、こんな無茶苦茶な報酬で冒険者を雇うなどと思わないしな。
多分、ジェイスが失敗したことを悟って、その失態を糊塗する目的もあったのだろう。
元々、国や軍隊が対処すべきクエストを私物化した弊害って奴だ。
「自業自得さ───」
アルガスはそう言って、金庫のカギを受け取ると、ミィナに頼んで金貨10000枚入りのそれを回収した。
で、
「将軍級を倒した報酬の、大白金貨1枚はどうするんだ?」
そうとも、金貨10000枚は軍団討伐の報酬として、将軍級の単独討伐の報酬ももらわないとな。
「あー………………。その、多分難しいかと思います」
「あ゛?!」
聞き捨てならない言葉を聞いて、アルガスが目を剥く。
払うと、ちゃんと依頼書にも書いてある。
「そ、その……マスター個人の事業ですので……。あの人、大白金貨の分は空証文を切っているんです」
つまり……。
「ここには、お金はありません───。そして、今日にでもマスターは破産するでしょうから、お金は取れないかと……」
は?!
「ふざけてるのか?!」
ギルド職員の胸倉をつかんで脅すも、聞いた感じだと彼らが悪いわけではない。
全ては…………、
「あはーん。ねぇねぇ♡、アルガスさぁ~ん♡」
誰だこの気持ち悪い声は──────って、セリーナ嬢か。
くねくねと体を捩りながら、アルガスににじり寄る。
豊満な体を見せつけるようにしているので、ミィナがムっとしている。
「ね、ねぇねぇ。今晩お暇? ちょっと私とお話し───」
「───年増に興味ないんで、」
「んだと、ゴラぁ!!」
ほーら、すぐ本性でた。
俺に対する今までの態度で、今更色仕掛けが通じると思ってんのか? バーカ。
「はぁ……大白金貨の分はいい。今はな」
「あ、ありがとうございます」
ギルド職員が平謝りしている。
一方で諸悪の根源のギルドマスターは口から魂を出しつつ、白く燃え尽きていた。
「利子分というわけではないが、代わりに頼みがある」
「は、はぁ。私どもできる事なら───」
ポンと、ミィナの頭に手を置くと。
「この子を引き取る。奴隷契約を即刻破棄してくれ」
「え?」
ミィナがビックリしてアルガスを見上げてきた。
「いっただろ。討伐できたのは重戦車とポーター───ミィナ、君のお陰だと」
ぶんぶんぶん!!
と全力で首を振ってミィナが否定する。
自分は何もしていないというのだろう。
たしかに、直接的にミィナが何かをしたわけではないが、彼女の異次元収納袋があったればこそ、こうして討伐が証明できた。
アルガス一人なら、荒野を帰るだけで精一杯。
討伐部位など、ほとんどを遺棄していただろう。
実際、ミィナのポーターとしての能力は現状で世界一だ。
これほど頼りになる相棒はいない───リズを除いてな。
「わかりました。すぐに手続きします」
「頼む───あ、そうだ」
「まだ何か?」
ギルド職員は不思議そうに振り返るも、
「ドロップ品を換金してくれよ」
ズラリと並んだ、千体の魔物とオーガキング───。
アルガスの言葉に、ギルド中が悲鳴をあげたとかあげなかったとか……。
ドルドルドルドルドルドルドルドル……。
(ん……? 何だこの騒音───うるせーなー……)
ズキズキと痛む頭部に手をやろうとしたのだが、上手く手が動かせない。
それどころか、体の感覚がおかしい。
(───あ、そうか……。─────────俺、死んだんだよな?)
ここはあの世だろうか。
それにしては、やけに騒々しいが……。
ドルドルドルドルドルドルドルドルドルドルドルドルドルドル……!
「何なんだ?! さっきから煩いぞ!!」
さすがに耳に響く騒音に耐え切れず、アルガスは抗議の声をあげ、騒音の原因を睨み付けようと目を見開く。
「だれだ! さっきから、うるさい……の、は」
え?
ええ?
お、
オーガキング?!
目を開けたアルガスの目の前には、足を振り下ろした姿勢で硬直しているオーガキングがいた。
それも苦痛に顔を歪めて……。
いや、その足の下にアルガスがいるのだ。
そしてオーガキングを見上げている。
見上げているんだけど、何だ……この視界──────??
何故か、普段より高い視界。
そして、体の感覚がなんというか、その──────……変だ。
「ど、どうなってる? 生きてるのか、俺」
首を振り手足を確認するも、妙に首の動きが重く、耳もとでウィィィィイイン、と変な音を立てる。
「あ? え? うそ───首が」
一回転した。
「う、嘘ぉぉおおおおん?!」
まさか、俺の首……オーガキングにねじ切られて、取れてるのか?
そして、
その状態のまま、アルガスはゴーストやグールのような、アンデッドになってしまったのだろうか?
す、ステータスを見れば一目瞭然か。
ステータスオープン!
───ブゥン……。
名 前:アルガス・ハイデマン
職 業:重戦車(ティーガーⅠ)
体 力:1202
筋 力: 906
防御力:9999
魔 力: 38
敏 捷: 58
抵抗力: 122
※ 状態異常なし
残ステータスポイント「+1001」
スキル:スロット1「戦車砲」
スロット2「車載機関銃」
スロット3「対人地雷投射」
スロット4「履帯蹂躙」
スロット5「未設定」
スロット6「未設定」
スロット7「未設定」
スロット8「未設定」
あれ? 死んでない……。
状態異常もなし───アンデッド化もないな?
あれ程攻撃を喰らって、何も異常がないって逆におかしいだろう。
おかしいよな?
だって、ほら首がクルーンと一回転!
つーーーーーか、首が一周まわるとか、おかしいから!
───それにしても、なんかオーガキングの様子が……?
「ぐるぉぉお…………!」
怯えている?
いや、戸惑いか…………??
苦痛に顔を歪めたオーガキングが、恐る恐るといった様子でアルガスから距離を取ろうとしている。
まるで、未知なるものを警戒するように───。
おかしい。
何かがおかしい……。
死んでいるなら、状態異常に『アンデッド』とか、『即死』が出ているはずだが?
名 前:アルガス・ハイデマン
職 業:重戦車(ティーガーⅠ)
体 力:1202
筋 力: 906
防御力:9999
魔 力: 38
敏 捷: 58
抵抗力: 122
※ 状態異常なし
うん、───異常無しだな?
うん……変だな?
うん……──────。
……………………うぅん?!
「……って、あれ? 何これ? な、何か、ステータスが───」
ステータス確認……………………。
職業「重戦車」
ほう。
重戦車………………。
「……………………………………重戦車?」
ドルドルドルドルドルドルドルドル……!
……って。
「──重戦車(ティーガーⅠ)ぁぁあ?!」
妙な天職に進化していたアルガスは頭を押さえる。
いや、正確には押さえようとした───。
だが、ウィィィィィンと「砲塔」が動くのみで、ちっとも頭を押さえられない。
それどころか、足も手もない!!
ど、どどどどどど、どうなってんだ?!
俺の体あぁぁぁああああ!!!
あれ?
なにこれ?
顔みたいなとこに、象みたいな長い鼻が突き出してる……。
ええ? そ、それに……。
足が洗濯板みたいな、ギザギザのベルトみたいになっとる?
そんで、なにこれ?
俺、全身が鋼鉄になってない?!
スッッッゲー固そう。
ってゆーか!
デカッ!!
俺、スゲー……───デッカぁぁあ!!!
「どどどどどどどどど、どないなっとんねん? 俺の体ぁぁぁああああ!!」
「ぐるるるるるるるるる……!!」
アルガスの素っ頓狂な声を聴いて、オーガキングが最大級の警戒をあらわにしている。
そして、今にも殴りかからんと────。
「く……!!」
しまった。
体が鋼鉄だとか、今はそれどころじゃなかった!!
いや、それどころだけど、それどころじゃない!!
「───く、くそぉぉぉお……!!」
オーガキング───!
コイツを倒さない限り、俺はミィナを守れない!
また…………守れないッ!
ならば───せめて相打ち……。
悪くとも、一矢報いねば!!
そうとも!
なんとしてでも……────刺し違えてでも、コイツを倒さないと!
この子を……。ミィナを守れないんだ!!
だからッ!!
「───かかってこいやぁぁぁああ! オぉぉおガキングぅぅぅうう!」
どうせ───。
とうせ、殺される……!
ならば、やるだけやってやる!!
そして、俺を殺せッッ!!
そして、子供を見逃せッ!
お前にも……!
お前にも、心があるだろうオーガキング!
だったら、
「───俺を殺して、それで満足しやがれぇぇぇぇええ!!」
ミィナに手は出させない!!
リズも追わせない!!
もう───誰も死なせないッッ!
それが……、
───それが俺の覚悟だぁぁぁああ!!
「───うおぉぉぉおおおおお!!!!」
一矢報いんとアルガスが疾走し、右ストレートをオーガキングに叩き込む────。
くーーーーーらーーーえーーーーー!!
ギャララララララララララララ!!
妙な足音も、この際どうでもいい!!
今は、コイツのヘイトを俺に向けさせればそれでいい!!
「うらぁぁぁぁあああああああ!!」
そして、右ストレート!!!
そいつを、全力で殴り抜いてやるぁぁぁああああ──────!!
スキル「戦車砲」
───発射ッッッッ!!
カッ──────!!!!
───ズドォォォォオオオオオン!!
「うおぁッ?!」
右ストレートで殴り抜いたはずが、
突然、目の前に火の玉が現れて視界が黒煙に覆われる。
そして、
真っ赤に燃える、何かが────……飛翔して───。
チュドォォオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!
「ひぃッッ?!」
ちょ! お、おまッ!
ちゅ、チュドーン! って……。
「お、」
お、おおおお、
おおおおおおおお?!
「───オぉぉぉおガキングが、フッ飛んどるがなッ!!??」
バラバラ……ベチャベチャ───と、程よく焼けたオーガの肉がばら撒かれていく。
吹っ飛んだオーガキングの顔は、「嘘ぉ?!」って表情だ。
うん……。
俺もそんな気持ち……。
っていうか、
「───嘘ぉお?!」
っそんでもって、
ば、
「……爆発、したぁぁあ?」
いや、爆発もそうだけど───そもそも、な、何が起こったの?
信じられないことにアルガスの目の間には、上半身が消失しフラフラと力なく揺れるオーガキングの足が二本……。
そして、奴がズゥゥウンと地響きを立てて倒れ伏す。
なんてこった……。
アルガスは、一撃でオーガキングを倒してしまったのだ。
「う、うっそだろ……?──────いや、それよりも、」
し、しまった!!
───忘れていた!!!
無茶苦茶必死だったとはいえ、守っていたはずのミィナを放置してオーガキングを殴りに行ってしまった!
下手をすれば、さっきの場所でミィナが魔物どもに───!
「───ミィナぁぁぁあああ!!」
グルリと振り返ったアルガスの足回りは相変わらず妙な音を立てている。
ギャリギャリギャリギャリ!!
それに、なんか動きが──────早くしろぉぉおお!!
ゴゴゴン───ゴゴゴゴゴ……………!!
前へッ!!
「テメェら、そこをどけぇぇぇええ!!」
アルガスに群がっていた連中は腰を抜かして一様に怯えている。
オーガキングが倒されたのだから当然だろう。
だが、それで軍団が殲滅できたわけではない。
コイツ等はもともと群れなのだ。
ゆえに統率者がいなくなれば、それぞれの群れに戻るというもの。
まだまだ戦闘力は唸るほど持っていやがる───!
そして、そんなことよりも、
「ミィナぁぁぁああ!! 今行くぞッ」
魔物が群がる位置。
アルガスがオーガに踏まれた場所───そこに彼女はいるはずだ!!
「どかないなら、轢き殺ぉぉぉおおす!!」
戦車前へ!!
ギャラギャラギャラギャラ!!!
そうだ……!
そうだ……!!
俺は守る!!
守って見せるッッ!!
バカにされ、ノロマと言われてもいい!
盾役だろうが、肉壁だろうが、捨て石だろうが───なんでもいい!!
「俺はタンクだ!!!」
望むと望まざると、タンクなんだ!
「───タンクなら、タンクらしくお前たち魔物から仲間を守るのが仕事だ!」
だから、
「俺の仲間に手を出すなぁぁぁあああ!!」
突撃ぃぃぃいい!!
───ドッカーーーーーーーン!!
茫然としている魔物の群れを、次々に引き潰すアルガス。
というか、その圧倒的蹂躙力にアルガス自身が仰天していた。
「──ま、まじ? 俺どーなってんの?!」
信じられないことだが、アルガスの体は鋼鉄に覆われている。
そして、ランクアップ後に明かされる情報開示が来た!
徐々に、徐々にと、天職の情報がアルガスに流れ込んでくる───。
重戦士から重戦車へと!!
「重戦士」→「重戦車」!!
アルガスの頭に重戦車の情報が!
彼の者の戦歴が!!
そして…………、
───あの戦場がぁぁぁぁあああ!!!
それは、
南はアフリカ、北はロシアまで、ヨーロッパ中と地中海世界を駆け抜けた鋼鉄の騎士!
全てを防ぎ、あらゆる砲弾を跳ね返し、戦友を守るための重戦車!!
そうとも───それが、重戦車だ!!
───重戦車ティーガーⅠである!!!!
「ミィナぁぁぁああああ!!」
グッッッシャァァア……!!
碌な抵抗も出来ずに、魔物たちが轢き潰されていく。
そして、逃げ惑う!!
アルガスから逃げ惑うのだ!!
逃げたところで……。
「───だが、許さんッ!! ミィナが死んでいたら、お前たちを俺は許さ」
「あ、あの……」
「許さーーーーーーん、って───ん?」
「あ、お、オジさん───その?」
え?
あれ?
視界が目まぐるしく切り替わる。
本当にアルガスの体はどうなってしまったのだろうか?
妙に高い視界から、脳内に別の映像が現れる。
それは鋼鉄の体の内部───。
アルガスの重戦車の中だった。
そこにミィナはいた。
戸惑った顔で、キョロキョロとしつつ、鋼鉄の体のあちこちに触れる───やべぇ、くすぐったい。
うん…………。
「───オジさんちゃうわ!! まだ二十代だっつの!」
そうだ、オジさんじゃない!
見た目が厳ついから、年食って見えるけど……、
って、ちゃうちゃうちゃう!!
そこと、ちゃう!!
「ミィナ?!」
「オジさん───あ」
オジさんちゃう!!───けど、話進まんから、今はスルー!
「アルガスでいい」
「あ、アルガス───さん」
「おう。……無事でよかった」
「は、はい! え、えっと……その?───ここは……」
あーうん。
……………………どこなんだろう?
「あー……俺の中?」
中……だよね?
つーか、俺今どうなってんの?!
ちょ、ちょっとステータスを───!
ブゥン……!
名 前:アルガス・ハイデマン
職 業:重戦車(ティーガーⅠ)
体 力:1202
筋 力: 906
防御力:9999
魔 力: 38
敏 捷: 58
抵抗力: 122
※ 状態異常なし
残ステータスポイント「+1001」
スキル:スロット1「戦車砲」
スロット2「車載機関銃」
スロット3「対人地雷投射」
スロット4「履帯蹂躙」
スロット5「未設定」
スロット6「未設定」
スロット7「未設定」
スロット8「未設定」
うお……。
なんじゃこりゃ?!
スキルのスロットまで増えとるし!
前のスキル消えとるし!!
つーか、重戦車ってなんやねん?!
職業:重戦車(ティーガーⅠ)←「ヘルプ」
ヘルプ、ぽちー
※備考欄※
重戦車(その1)ティーガーⅠ
重量57t。
正面装甲100mm。
マイバッハ製700馬力エンジン。
路上走行、最大速度40km/h
路外走行、最大速度25km/h
主砲、
56口径───88mm戦車砲を搭載
副武装、
車載機関銃MG343丁を装備
(内1丁は対空機銃)
対人兵器
Sマインを各所に装備
ドイツ軍、最強の戦車────。
ドイツ軍???
戦車???
「───戦、車…………………………って、うん。………………わからん」
「え?」
いや、わかるか!?
わかるわけあるか!!!
なんやねん!
エンジンとか、主砲とか、対人兵器って!
装甲100mmとか───アホですか?!
そんなもん着てたら動けるか!!
って動いとるがな!!
しかも、時速25km/h~40kmって、アホか!!
もっぺんいうわ、アホかーーーーーーーー!!!!!!
そんなもん、ノロマちゃうわ!!
俊足でんがな!!
めっちゃ、早いやん?!
「これ……………………『重戦車』って、最強なんじゃね?」
アルガスがポツリと呟いた先で、魔物の群れは無意識に走り回っていたアルガスによって殲滅されていた。
無慈悲な重戦車は、一匹の魔物をも余すことなく蹂躙し、大地に刷り込んでいったのだ───。
アルガス・ハイデマン───!
軍団を一人で殲滅す───……。
第8話「重戦車は蹂躙し、殲滅する──」
ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!
「げぎゃぁぁあ……!」
「ごるぁぁ…………!」
ドサッ、
バタン………………。
「重戦車」の主砲同軸機銃が、最後の群れを薙ぎ倒し荒野に静寂が戻った。
いや、正確には小さな息遣いと、重々しいエンジンの重低音のみ。
『ふー…………終わったかな?』
「す、すごい……」
ティーガー戦車のキューポラから顔を出したミィナは、ポカーンと口を開けて茫然としている。
それはアルガスとて同じ。
まさか、軍団をたった一人で殲滅してしまうなんて、正直───自分でも信じられない。
それにしても……───。
『感覚的には、右ストレートで戦車砲。そして、左のジャブで同軸機関銃か……』
「ふぇ?」
重戦車化したアルガスの上で、キョロキョロとあたりを見回すミィナ。
きっと、アルガスがどこで喋っているのかわからないのだろう。
うん……。
俺も分からん。
ティーガー戦車の体を、遠くから俯瞰して見ることができないので何とも言えないけれども、多分───砲塔の付け根あたりで声が出せている気がする。
そして、戦車内には車内スピーカーというものがあって、ヘッドセット越しに聞くことができるらしい。
らしい───というのは、
実は、戦闘中に幾度もヘルプを開いたりして確認したことや、自分自身に流れ込んできた天職の情報開示で知り得たものだ。
それによると、アルガスは重戦士から、「重戦車」という希少職にランクアップしたということだけは間違いないらしい。
つまり、無敵の装甲と、無敗の火力───最強無比の天職、それが「重戦車」だ。
ただ、大火力を誇る88mm戦車砲は、一度「重戦車」化した場合は、当初から装填されている弾を撃ってしまえば、装弾数が一発しかないのでここぞという時しか使いえないらしい。
二発目を討つには「再装填」が必要だというが……うむむむ。
どうやるんだ?
装填手が必要らしいが……。
そして、同軸機銃のMG34は左ジャブを放つ感覚で発射できる。だが、これも弾数制限がある。
再装填は以下略───。
だけど、ゴブリンやオーガ程度なら、装甲と重量を盾に履帯で轢き潰してしまえるのは強みだろう。
実際、さっきの軍団のほとんどは、重戦車による履帯の蹂躙により仕留めたものばかり。
連中、グッチャグチャだ───。
おかげで脅威となるものは、もうどこにもない。
希少職『重戦車』……。
って、ユニーク過ぎるだろう?!
とはいえ、急死に一生を得たのも事実。
(なんにしても、ありがたい───助かったよ。ヨーロッパの覇者ティーガーⅠよ……)
───さて……そろそろいいだろうか。
『ミィナ。ちょっと離れてろ』
「へ? うん─────って、きゃあ!!」
むん!
重戦車化──────解除!!
ブワッ──────!!!!
眩い光が巻き起こり、アルガスの体が重戦車の状態から急激に収束していく。
そして、ボロボロの鎧をまとったアルガスがそこに──────……。
「きゃぁぁぁあーー!」
「───よっと……!」
重戦車の上でワタワタとしていたミィナ。
足場がなくなったことで、空中をクルクルと舞う。
それを危なげなくキャッチし、お姫様抱っこ。
そして、アルガスは疲れの見える表情で、力なく笑った。
「危険な目にあわせたな……ごめんよ」
フルフルと首を振って否定するミィナ。
「おじ…………アルガスさん、助けてくれたよ?」
「当然だろ」
ニッ。と不器用な笑いを浮かべるアルガス。
腕の中のミィナと、以前救えなかったポーターの少女が重なり、胸がチクりと痛む。
だが…………………………。
「───今回は守れた……。(なぁ、少しは許してくれるかい?)」
「え?」
不思議そうなミィナに、
「いや、こっちの話だ。さ、軍団は倒したし───……一度、街に帰ろうか?」
「は、はい」
ぐーーーーきゅるるる……。
「はぅぅ……」
安心したことで、急にお腹が鳴るミィナ。
恥ずかしそうに頬を染め、アルガスの腕に顔を隠してモジモジとする。
「はは。お腹がすくってことが元気な証拠だ……。こんな場所だけど、簡単な食事にするか?」
「う、うん!!」
大量のモンスターの死骸が散らばる中、とても食事をとるような環境ではないけども、人はどんな場所でも腹は減るのだ。
幸い、死体を漁りに来る魔物もここには近づかない。
……というより、それすらも殲滅してしまったのだから当然だろう。
「───それにしても、ジェイスの奴……」
ただ逃げるだけならまだしも、ミィナまで危険に晒しやがった。
今度顔を見たら、問答無用でぶん殴ってやらないとな!
こう……。ブワッッキーーーーンとな!
もう、パーティを首になろうが知るかッ!
リズも連れ戻して、あいつ等とは縁を切る───もう決めた。
お国の勅命なんぞ知るかッ!!
「おじ─────アルガスさん? どうしたの?」
「なんでもない。───あぁ、食料出してもらってもいいか?」
ポンと、軽く頭を撫でてやると恥ずかしそうに顔を伏せたミィナが、異次元収納袋を呼び出し、ゴソゴソと異空間から食材を取り出していく。
そういえば、ジェイス達……。
飯も持たずに、次の街に行けるのだろうか?
元の街とは逆方向に駆けて行ったけど、次に街までこの荒野を突っきるのに、どれほど日がかかるやら……。
(……くれぐれも、俺のリズにだけは傷をつけてくれるなよッ!)
本音ではすぐに追いかけたい……。
けれども、安易に追いかけても追いつけるとは思えない。
まずは体勢を立て直して、腰を据えて追いかけよう。
───リズを嫁にやった覚えはないからな! ジェイス……!!
ミィナの手によって、タワーシールドの裏に並べられていく食材を見ながらアルガスは決意を新たにした。
第9話「『タンク』は料理を作る」
「人参の皮をむいてくれるか?」
「はーい」
随分と素直になってきたミィナの様子にホッコリとしながらも、アルガスは黙々と食事の準備をしていく。
鍋がなかったので、ボコボコに凹んだ兜を逆さにして、スープ鍋の代用とする。
大雑把に洗った兜に水を張り、簡易竈にて、手早く起こした火にかける。
プツプツと気泡がたち沸騰してきたのを横目に、火が通りにくい野菜を大きめにカットしながら次々に放り込んでいく。
拳芋に、土人参、乾燥豆、そして、塩付け肉を解しながら入れていく。
塩ッ気は、肉についたそれで充分だろう。
丁寧にアクを取りながら、スープに濁りが着いていくのを眺めつつ、平葱を大雑把にカットして放り込むと、蓋代わりの木切れを被せた。
スープはこのくらいでいいだろう。
あとは待つだけ。
さて、その間にもう何品か作ろう。
精の着くものが食べたいアルガスは、取って置きをつくることにした。
まず、オーガナイトが使っていた盾を軽く洗って、フライパンの代わりにすると、地猪の亜種がいたので、血抜きの必要のない、尻の肉をこそぎ落として脂身ごと熱する。
ジュウウウウウッ!! と、いい音を立てるのを聞きながら並行作業。
ミィナが一生懸命に皮をむいてくれた土人参を細く切り、平葱のざく切りと一緒に炒めて猪の肉と絡めていく。
獣脂がたっぷりで油をひく必要もない。
さて、ここに隠し味を少し───。
タレの代わりに猪の血をビネガーと混ぜて、溶かしたチーズに絡めると、豪快に肉と人参と葱に回しかける。
そのまま火を万遍なく通すため、ミィナにゆっくりとフライパンを揺すらせる。
「あまり傾けると、肉汁も落ちるからゆっくりとね」
「はーい♪」
肉の焼ける良い匂いに、鼻をフンガフンガさせながらミィナがウキウキとフライパンを回している。
結構な重労働だけど、楽しそうだ。
さて、ミィナが頑張っている隙に、更にもう一品。
軽く水洗いした赤蕪の葉を落として分けると、葉の部分をみじん切り。
これは薬味代わりに取っておく。
実は、平葱のみじん切りと和えて塩を振ると旨いんだこれが。
そして、赤蕪本体は───。
これは、果実のように皮をむいて使う。
慣れた手つきで、シャリシャリと皮をむいていくとツルンとした皮なしの蕪ができる。
それを二つ。
あとは、1mm程度の幅で切り分け、食べやすい形に整えると塩で揉む。
そのまましばらく放置。
水が抜けていく間に、ニンジンの葉っぱを塩と、削って散らしたチーズで揉んで馴染ませ、青い葉っぱ特有の臭みを抜く。
最後にこれを、塩を吸った赤蕪と絡めてオリーブ油を回しかければ「蕪と人参のサラダ」の完成だ!
あとは簡単。
料理を遡るようにして、「猪肉と人参と葱炒め」を取り分けて完成!
最後にスープの蓋をどけて、香りを確認すれば──────。
「塩漬け肉と野菜のごった煮スープ」の出来上がり!
「───はい。簡単なモノしかないけど、召し上がれ」
「わぁぁ……♪」
ミィナは目をキラキラとさせながら料理をうけとる。
ま、料理というほどの物じゃないけどね。
あとは、硬くなったパンと、気の抜けたエールがあれば、そこそこに腹にはたまるだろう。
はい、じゃぁ───。
「「いただきます!」」
そうして、軍団の死体の散らばる戦場跡で二人の勝利者はささやかな食事にありついた。
※ ※
さて、実食。
「猪肉と人参と葱炒め」
「塩漬け肉と野菜のごった煮スープ」
「蕪と人参のサラダ」
固くなった黒パン、気の抜けたエール。
荒野のただ中にしては中々の出来じゃないか?
ホカホカと湯気をたてる出来立ての料理。
キラキラと輝く野菜とエール。
激戦と死の縁を彷徨った二人の腹模様は、もはや空腹全開だ。
とくにミィナは成長期らしく、食べ盛りだろう。
今もキラキラと目を輝かせてアルガスの手料理をみつめている。
いただきますをしたのに、手をつけずにアルガスの顔色をチラチラと窺っている。
内心は、涎を垂らさんばかりだろうに……。
「ふぅ……」
アルガスにはわかっていた。
ミィナは奴隷というものを小さいながらわかっているのだろう。
主人より先に手をつけるな。
同じ食卓につくな───。
或いは、そう躾られたのかもしれない。───奴隷商によって。
「あのな、ミィナ」
「は、はい!」
視線は料理に釘付け、だがアルガスの声にハッとしたように顔をあげる。
その顔には少し怯えが……。
ふぅ───。
「……子供が遠慮するな。好きなだけ食え」
「い、いいの?」
上目遣いでチラチラと。
「いいぞ! 当たり前だろう」
「わーい♪ ありがとう、アルガスさん!」
喜び勇んで、さっそく肉炒めに手を伸ばすミィナ───。
「ただし!!」
「ひぃ!?」
アルガスが態度を豹変させたので、ミィナが顔を真っ青にする。
しかし、それも一瞬のこと───。
「…………お残しは厳禁です! 残さず食べろよ」
「は、はーーーい♪」
アルガスなりの心遣いに気付いたミィナは満面の笑み。
手掴みで肉炒めを掴むと、アング───と食べる。
もっちゅ、もっちゅ、もっちゅ───。
「?!─────────ッッッ」
量が全てと言わんばかりに口に詰め込んだミィナ。
頬っぺたをプックリ膨らませながら暫く口に含んでいたが、突如目を見開く。
「お、」
「お?」
「おいひーーーーーーーー!!!」
おいひーおいひーおいひーよー!!
戦車の対空機銃のように、空に向かって歓喜の叫びを発射。
高空をクルクルと舞う、死体の匂いを嗅ぎ付けた猛禽類の類いがビックリして姿勢を崩していた。
「お? 口に合ったか? ちょっと味が濃いかもと思ったけど───」
どれ……?
ぱく、モグモグ──────。
「あ、うんま! これ、我ながら旨いわ」
何が旨いかっていうと、肉の甘味。
つまり、地猪の脂肪分だ。
魔物の肉は、当たりハズレが多いが、これは当たりの部類だろう。
それどころか、大当たり!!
荒野の奥地に生息する凶暴種なだけあって、市場には早々出回ることがないだけに、その味はひとしおだ。
複雑極まりない甘味と旨味。
濃縮された脂肪と赤身肉が、渾然一体となって口の中で踊る。
それらの肉が血と酢のソースが優しく纏めている。
さらに野菜のシャキシャキした歯ごたえと、ややある苦味が舌を楽しませる。
「おいひーよー。おいひーよー!」
壊れた自動人形のように、ひたすら口に運び咀嚼し、おいひーおいひーと、うわ言のように呟くミィナ。
「ほら、パンにのせてみな」
固くなった大きな黒パンを、モリッと割ると、その小さな手に乗せてやる。
見れば表面こそ固くなっているが、中はまだシットリとフワフワだ。
そこにミィナが山盛りの肉炒めをのせて好きなだけかぶり付く。
もっきゅ、もっきゅ、もっきゅ!!
「むぅ!! パンに合うーーー!」
「当然だろ。肉の合わないパンはない!」
ニィとアルガスが笑うと、ミィナもニコリと返す。
笑った顔は年相応に可愛らしかった。
「パンと肉ばっかじゃ喉に引っ掛かるぞ」
そういって器にスープを盛ってやる。
「塩漬け肉と野菜のごった煮スープ」だ。
肉の旨味と野菜の旨味をたっぷり吸った濁り汁。
まさに、ザ・旅飯の代表格だろう。
もちろん、アルガスなりに色々工夫はしている。
「んく、んく、んく」
ミィナが小さな頤を揺らしながらスープを嚥下していく。
「ぷはっ! おいしい!!」
「おお、良かった。苦手なものはないか?」
「んーと…………ない!」
そりゃ結構。
さて、俺も───。
と、思ったところで、ミィナが器を取り上げニコニコ顔でアルガスに注いでくれる。
お返しといったところだろうか。
「おう、ありがとう」
「はーい!」
ニッコニコのミィナに見守られながら、アルガスもパンを浸してスープごとパクリ。
───うむ。
塩分が染み渡るわー……。
そういや、戦闘で汗だくだったわ。
どうりで旨いわけだ。
固い塩漬け肉もじっくりコトコト煮込んだおかげてトロットロ!
ちょっと味はボソボソしてるが、野菜の旨味を吸って食える食える。
乾燥豆もスープを吸って柔らかくなり、タンパク質の風味が、腹にドシッと貯まって旨い!
そして何よりもスープ!
この複雑な味よ───。
芋、人参、葱、肉、豆!!
それらの旨味が、ギュッと詰まってこりゃ堪らんです! はい。
そして、ミィナと一緒になってガツガツと食べ進める二人。
肉、スープ。
肉、スープ、時々黒パン!!
「おいひーよー! おいひーよー!!」
「旨ッ。旨っ!……っと、ほら、頬っぺについてるぞ」
食いカスがついていたので、取ってやりヒョイっと、口へ。
あ、やば───。
よく、リズにやっていたので、クセになってるな。
ミィナは血の繋がりも、家族とも違うのでこういうのは嫌がるかもしれない。
だけど、
「は、はぅ…………。ありがと、です」
顔を赤らめるので、凄くいけないことをした気分だ。
「お、おう。ほらほら、まだまだあるぞ」
照れを誤魔化すために、残った肉をパンに挟んでどっさりと食わせてやる。
「あぅ。ありがとうー!」
食べ盛り。育ち盛りのミィナの食欲に終わりは見えない。
あっという間に食べてしまうと、お腹をポンポンとさする。
アルガスも、一度にドカッと食べる主義なので、量でいえばミィナ以上に食べている。
お陰で口の中が脂でギットギト。
肉の脂が旨くて、これまた濃いのだ。
「ほれ、野菜も食えよ」
「はーい♪」
好き嫌いはないというミィナ。
満面の笑みでサラダを受けとると、やはり手掴みでシャクシャクと健康的な音をたてて食べていく。
じゃぁ、俺もと。
アルガスも豪快にモッサリと食い、口の中をリセットする。
蕪の甘苦い味と人参の葉の爽やかな風味が、肉でコッテリした口に優しい。
塩とオリーブ油だけで、百点満点の味がするのだから侮れない。
「うんま!」
「おいひ♪」
アルガスとミィナも、互いに顔を見つめてニッと笑う。
そして、同時に「ゲップ」と満足気なオクビを漏らした。
うむ。
───勝利のあとの飯は美味極まりない!
……まわり、死体だらけだけどね。
周囲の様子など全く気にしないで、二人は荒野の空のもと、満足いく食事を終えた。
最後に気の抜けたエールで乾杯───。
「かわいい相棒に!」
「アルガスさんに!」
「「重戦車に!!」」
安物のドリンクホーンを突き合わせる乾いた音が、軍団を殲滅したこの地に静かに響いた…………。
このあとは、戦闘後のお楽しみ────!
軍団一個分のぉぉお!
───ドロップ祭じゃぁぁぁああ!!!
間章「光の戦士たち1」
のろまタンクと馬鹿にされていたアルガスが、荒野でたらふく飯を食べている頃──。
一方……。
荒野に逃げたジェイス一行は───。
「ひーひーひーひー………」
「はうーはうーはうー……」
「うごごごごごご…………」
ジェイス達は装備の大半を放り捨て、最低限の荷物だけを手にして荒野を彷徨っていた。
「じぇ、ジェイス──────どこにむかってるのよ?」
「そ、そうです……私の目には同じところをグルグル回っているようにしか……」
疲労と飢えでフラフラのメイベルとザラディンが、リズを担いで肩で息をするジェイスに抗議する。
それは、普段なら絶対しないはずの二人だったのだが……。
疲労は腰巾着の二人の判断力を鈍らせていた。
「───ああん?! んっだ、こら!! 文句あんのか!!」
案の定、鬼のような形相で振り向いたジェイスがギラリと目を光らせて睨み付ける。
オーガキングに敢然と立ち向かったときのような殺気を漲らせて、真正面から二人を視線で射抜くのだ。
「ひぃ?!」
「ひぇ!?」
あまりの激しい反応に、二人して腰を抜かしてガクガクと震える。
「っち……! 腰抜けのくせに、代案もねぇなら黙ってろッ!」
吐き捨てるように怒気をばら蒔くと、苛立たし気に息を吐くジェイス。
自身と疲労と渇きで限界寸前だったので、残り僅かな水を飲み干す。
「あ、くそ……水も切れやがった。───おい、おまえら!」
ギロッと、人を殺せそうな視線で睨むと宣う。
「水を寄越せ───。あと、隠し持ってる食いモンもだせ!」
「そ、そんな!?」
「あ、あああ、ありませんよ! 水も食料も全部、ポーターとアルガスが持っているに決まっているじゃないですか!」
そうだ。
そのためのポーターで、その代わりのアルガスだ。
「嘘をつけ! お前らのことだ、どうせ何かしら隠し持ってるんだろうが!」
ギク……!
メイベルもザラディンも、同時に体を跳ねさせる。
それだけで丸わかりだ。
「や、いやよ!! これは私の物なんだから!!」
「そ、そうです!! とっておきですよ───あ、ちょッ!」
バタバタと暴れる二人を無視して、荷物を漁るジェイス。
それだけにとどまらず、剣で脅して身に付けるものからも物資を漁る。
「へッ! 持ってるじゃねーか!」
水筒、クッキー、ポーションに干し肉、そして、高価なエリクサーや神酒まで!
「そ、それはダメよ!!」
「あぁ?! それらは大学からの餞別品ですよ! 止めてください!!」
いざという時に備えて隠し持っていた、とっておきの品までジェイスに奪われる。
さすがにそれは見過ごせないとばかりに、全力で抵抗する二人だが、悲しいかな───所詮は後方支援主体の二人だ。
近接職でかつ、希少職のジェイスには敵わない。
あっさりと奪われたそれらを恨めし気に見るも、力関係は明らかだった。
「うーーーーー……お、覚えてなさいよ!」
「ど、どうして、そんな小娘のために!」
メイベルは復讐を誓い、ザラディンはリズを庇うジェイスに抗議する。
「へ……。お前らが役立たずだからだよ! 箱入り娘の尻軽で頭空っぽの神官に、研究しかしらないお気楽バカ賢者───」
奪った物資を食らいつつ、鼻で笑うのは高慢ちきの暫定勇者殿。
「アルガスは死んだ───……。なら小間使い兼、案内役がいるだろうが!!」
そう。
勇者も神官も賢者も…………。
冒険のイロハなんて、まったく知らなかったのだ。
今までは、すでに冒険者としては大成していたアルガスがお膳立てし、その師事をうけていたリズが進路を啓開して───初めて、冒険ができていただけ。
冒険者としての経験値はアルガスが一番で、アルガスから学んでいたリズが二番手。
二人から学ぶ気もなく、自分の力に奢っていた3バカはここに至って既に遭難の危機に瀕していたのだ。
幸い、リズが気を失った状態でここにいる事で、最悪な事態だけは免れるだろう。
彼女が目覚め、その案内に従えば、うまくすればすぐにでも街にたどり着ける可能性もある。
それは、普段の思慮足らずのジェイスにしては、機転の利いた行いだっただろう。
──もちろん下心込みではあったが……。
「そ、そうか! さ、さっすがジェイスぅぅ!!」
「な、なるほど…………しびれるぅ!」
あっさり心変わりする二人に、ジェイスはチョロいな、と心の中で笑う。
高価な物資は、まぁ……。余裕ができたら返してやるくらいのつもりで、さっさと懐に仕舞ってしまった。
なんせ、凶悪な魔物の彷徨く荒野だ。
視界いっぱいに広がる荒野に、まだまだ終わらりは見えない。
軍団とは逆方向に進んでいるため、幸いにも魔物に出くわさないのが幸運といえば幸運だろう。
「わかったらいくぞ───。とりあえず、夜風が凌げる場所が見つかればそれでいい、あとはリズに案内させるさ」
「わ、わかったわ! 回復魔法ならまだ余裕があるから任せて」
「り、了解です。私も火ならいつでも起こせますぞ! やったことはありませんが、水も氷魔法から作れるかもしれません!」
おーおー。
そうそう。───雑魚は、俺のために働いてりゃいいんだよ。
ジェイスは内心二人を見下しつつ、担いでいるリズの頬を一撫でした。
ようやく目障りなアルガスが死んだ。
軍団を倒せなかったのは残念だったが、アルガスが飲み込まれたのなら、それはそれでよし。
軍団を倒す機会なら、まだあるさ──と。
ジェイスの腹積もりとは違ったものの、全てが悪い方向ともいえない。
少なくとも、可愛い可愛いリズは手中に納めた。曲がりなりにもアルガスのお墨付きでな。
くくく……。
黒い笑いを秘めつつ、ひとり今後の方針を練るジェイス。
まずは、軍団の情報を近くのギルドに報告しよう。
そこで、多少の小銭を得れば一度河岸を変えようか───。
と、
そんなことをジェイスは考えていた。
しかし、3バカは知らない───。
荒野の果ては、どこまでも続くということに……。
第10話「ミィナさん、凄いことになっとるで?!」
「はうー……お腹いっぱい」
幸せそうな吐息をつき、ぷっくりと膨れたお腹をさするミィナ。
「そうか? まぁ、簡単な料理だよ」
「ううん! すごくおいしかった! オウチで食べたご飯より、一番だよー」
えへへー、とはにかみつつアルガスにすり寄るミィナ。
なんか、餌をあげたら懐いた猫みたいだ。
うむ、取り敢えず撫でておこう。
「そっか……。これから街に戻るけど、そのあとでミィナはどうする?」
「どうって……?」
キョトンとした顔のミィナ。
アルガスの言わんとすることが分からなかったのだろう。
「いや。もう───ポーターなんてしなくてもいいから、故郷に帰ったらどうだ?……すぐにとは言わないけど、送っていってもいいぞ?」
奴隷だとか、ポーターだとか、子供には酷すぎる。
少なくともアルガスの倫理観的には、子供にさせることではない。
「奴隷商には、俺が掛け合ってやるよ───まぁ、まずはリズと合流してからになるけどな」
……そうだ。
まずは、リズを連れ戻さないと─────俺にとっては、それが一番重要なことだ。
ミィナのことはそれからになるけど、口約束だけで済ますつもりはない。
「───故郷?」
「そうだ。さっきオウチって言っただろ?」
そう聞いた途端、ミィナが暗い表情になる。
「オウチ──────もう、ない……」
「………………………………そうか」
深い沈黙のあと、アルガスはポンポンとミィナの頭を擦る。
ま、深くは聞くまい。
この年で奴隷に落ちているのだ───色々あるだろうさ。
シュンとしてしまったミィナの頭を、カイグリカイグリと撫ぜる。
……一家離散、口減らし、戦争、奴隷狩り───この世界ではありふれた不幸の一つだ。
───別に珍しくもない。
「……わかった。もういい───。ミィナが住む場所か、なにかやりたいことが見つかるまで一緒にいよう。それとも、どこか当てはあるか?」
ふるふると、首を振るミィナ。
まぁ、そうだろうな。
身を受けてくれる宛があれば、格安奴隷になどなっていない。
ギュッとしがみ付いてくるミィナの頭を、ポンポンと優しく触れる。
「そうだな……。じゃあ、こうしよう。ミィナが荷物を分担してくれるなら、俺も助かる───しばらく一緒にいようか?」
「は、はい!」
ニッコリ笑うミィナ。
こうしてみれば、結構な美少女だ。
…………美幼女?
これは、妙な客に買われなくてよかったのかもしれない。
この容姿だ。
変態どもに、ナニをされたか分かったものじゃない。
まぁ、ジェイスもその中では嫌な客には違いないけどな。
「よし! そうと決まればさっそく街に戻ろうか───」
だけど、その前に…………。
「───ドロップ祭りと行こうかな?」
「ど、ドロップ祭り??」
ニィ……と、獰猛に笑うアルガス。
その表情にちょっと引いているミィナがいた。
だけど、この光景を見て笑わない冒険者はいないはずだ。
なんせ、軍団を殲滅し、その取り分はアルガスとミィナの二人分だけ。
これをドロップ祭りと言わずに何という!
「───レッツ、死体漁りだぜッ!」
「お、おー……!」
うん。可愛い───。
よくわかっていないミィナも、アルガスにつられて小さな手を天に向けてやる気を見せる。
さぁ、楽しい時間の始まりだーーーー!!
※ ※
魔物はアイテムを貯め込む性質がある。
綺麗な鉱物や、亡くなった冒険者からの戦利品。
それに、魔物独自の文化で作られた武具等々。
中には、どこかのダンジョンから持ち帰ったものを持っている者がいたりで、かなりの収穫が見込める。
もっとも、ゴミの様なものも多いので当たり外れは、かなりあると思っていい。
その他にも、魔物の部位には薬や食用になるものもあるので、剥ぎ取って素材として売ることもできる。
それが軍団級の魔物のなら、すさまじい量になるだろう。
「あーでも、こんなに持ち帰れないよな」
「凄い量……」
ミィナが額の汗を拭いつつ言う。
本来なら、Lvの高いポーターを連れていき、戦利品はまるごと持ち帰るのだが──。
「ミィナの異次元収納袋から少し荷物を捨てていくしかないかもな」
「うん……ごめんなさい」
自分の能力が低いことにシュンとしてしまうミィナ。
ポーターとしてのLvが低い以上、彼女の異次元収納袋の許容量はホンの僅かだ。
ならば、費用対効果を考えて高いドロップ品を持ち帰って、安い食料や水などは捨てていくべきだろう。
「今、全部出してみるね─────あれ?」
物資を仕舞う亜空間を呼び出したミィナだが、
「な、なんで?」
急に不安そうな顔になり、そわそわし出したミィナ。
「どうしたんだ?」
「その──────ご、ごめんなさい」
オロオロとした彼女がよくわからない顔で謝る。
「だから───」
「な、なんか異次元収納袋の上限が、すごく広がってて…………」
へ?
「れ、Lvが急上昇してるの……」
シュ~ンと項垂れるミィナ。
何かおかしなことが起こっていると思っているのだろう。
Lvの急上昇は、魔物を倒すことでしか起こりえないはずだけど……。
…………………………え。
「も、もしかして…………」
ミィナのLvの急上昇と異次元収納袋の上限アップ──────。
「これって、『重戦車』に乗ってたから、魔物を倒した経験値って、もしやミィナにも恩恵があったのかも……」
それしか考えられない。
アルガスもかなりLvが上昇しているが、今までが高Lvであったため、それほど急上昇という気がしない。
だが、ミィナの場合は違う。
ほとんど、Lvの初期のままであったミィナは、大量の魔物を───しかもオーガキングを含む格上をアルガスと一緒に倒した(ことになっている?)ので、あり得ない速度で急上昇してしまったのだろう。
「そ、そうなのかな? ごめんなさい……」
何もしていない自分が、勝手にLvを上昇させたことを済まなく思っているようだ。
だが、それは全く謝罪に値しない。
パーティで敵を殲滅したとて、Lv上昇の恩恵はみな平等なのだ。
「何も悪いことはない。それより、どのくらいの上限が増えたんだ?」
「えっと、…………多分、全部入る───」
へぇ…………。
…………………え??
「ぜ、全部?!」
「う、うん……それでも、ちょっと余裕あるかも」
ぜ、全部って?! おまッ!?
「いや、魔物──────千体は軽くいるけど、」
「うん」
ま、マジで?
「───いや、マジで?」
「う……うん。ダメ?」
ウルウルと、目に涙を貯めるミィナ。
ダメっていうか……。
ダメどころか─────────。
「ミィナ…………多分、世界中探しても、そんなに異次元収納袋の上限が大きいポーターいないと思うぞ」
「え……………………そ、そうなの?」
よくわかっていないらしいミィナ。
なんせ、ポーターは弱い。
それでも、高Lvパーティでも必要とされるため、弱いまま危険地帯に連れ回される。
そのため、平均寿命が恐ろしく短いのだ。
魔物も知性が高い連中はポーターを積極的に狙うため、その傾向は顕著だ。
ゆえに、ポーターは高Lvに至るまでに死ぬか、怖気づいて逃げ出すかのどちらかだ。
高Lvパーティの、非人道的な連中になると、ポーターを拘束して無理やり連れ回すらしい。
その際は、小柄なものの方が携帯に都合がいいという事で、ミィナくらいの背丈の物は引く手あまたなのだとか……。
そのポーターが一瞬にして高Lv。
しかも、あり得ない程の異次元収納袋の上限を誇るという……。
「───と、とにかく、入るだけ容れちゃおうか?」
「う、うん!」
厳選していたのが馬鹿馬鹿しくなるほど、ミィナの異次元収納袋はデカく、幾らでも収容できた。
こうなると冒険者というか、アルガスの貧乏性が発揮され、魔物の装備まで欲をかいてポコポコと回収してしまう。
食用になる魔物は体ごと。
小さな魔石なども見逃さず、全部入れていく。
「これは討伐証明になるし、まとめて持っていくか……」
最後にバラバラに吹っ飛んだオーガキングの部位と残った下半身、そしてビックリしたまま事切れた表情の頭部を、討伐証明として異次元収納袋に収容していった。
それでも、ミィナはまだまだ余裕があるという。
「す、凄いじゃないか、ミィナ!」
「え、そ、そそそ、そうかな───えへへ」
恥ずかしそうに顔を朱に染めて、頭を掻くミィナ。
年相応のその様子に、アルガスはホッコリとしつつも褒めることはやめない。
「ミィナのお陰で冒険の資金も揃ったよ。これだけあれば当分困らないはず」
それは本音だ。
軍団一個まるまるのドロップ品。
多分、相当な額になるだろう。
今までは群れのドロップでさえ厳選しなければならなかったのだ。
それが、厳選どころか丸々全てだ。
しかも、軍団全部!!
「わ、私のお陰……」
「そうだよ! 自慢していい。誇りに思う事だ、ミィナ。君は世界一のポーターだぞ!」
せ、世界一……?!
ミィナが目を白黒させている様子が可愛らしい。
剥ぎ取った残骸だけを残して、綺麗さっぱり軍団を収容したとは思えない程、小さな子だけど───その実力はこの目で見たとおりだ。
掛け値なしに、本当にすごい能力なのだから……。
「───どうする? ミィナの実力があればどんなパーティでも歓迎されるだろうし、他にも商売だってできるよ。無理して俺と、」
「やだ! アルガスさんと行く!」
ギュッと腕をつかんで離さないミィナ。
「ダメ……?」と、目で訴えられれば情に脆いアルガスならグラリと傾いてしまう。
だって、そのウルウル目を見てダメとは言えない……。
ナデリコナデリコと頭を撫でつつも、ウルウルの目が直視できず、天を仰ぐ。
やべぇ、超可愛い…………。
「わ、わかった。まずは街に戻ってよく考えようか」
「はい!」
そうだ。
まずは街で態勢を立て直そう。
そして、軍団殲滅を報告して───、「光の戦士たち」のメンバーを追わないと……。
そして、ジェイスをぶん殴り、俺の大事なリズを見つけないと───!
本当は今すぐでも後を追いたいが、どこに行ったのかもわからない以上、闇雲に探しても無駄足になるだろう。
それくらいなら資金を投入して、人や情報を集める方が得策だ。
このままでは、物資も足りるか分からない以上、一度撤収するしかない。
───リズ。待っててくれ。
すぐに、すぐに迎えに行くッ……!
ジェイスに預けるという判断を、この時ほど呪ったことはないだろう。
だが、それしかあの時は手がないと思ったんだ──────。
「アルガスさん?」
「いや、…………帰ろうか」
そうさ。
まずは帰ろう。
判断が間違っていたかどうかなんて、結果論でしかない。
代わりにミィナを救うことができた。
そして、俺も助かった──────。
だから、次はリズを助ける──────。
(待っててくれ、リズ)
※ 戦果(軍団一個分) ※
・オーガキングの討伐証明
・オーガキングの部位多数
・魔物の討伐証明(約1000)
・魔石(特大)×約50
・魔石(大)×約250
・魔石(中)×約500
・魔石(小)×約200
・魔物の装備(約350)
・食肉用魔物(約200)
・ドロップアイテム多数
──────収納済み
第11話「街に帰還」
ベームスの街───。
ジェイスが見捨てようとして、知らず知らずの内にアルガスによって軍団の危機から逃れていた幸運な街だ。
ここはジェイス達「光の戦士たち」が、一時的に拠点を置いていた街で、ギルドが「将軍級の討伐」を依頼した場所でもある。
そこにアルガスとミィナは、ようやくといった様子で帰還した。
ボロボロになった鎧は途中で破棄し、タワーシールドと剣だけを携えてアルガスは旅を続けた。
ミィナは小さいながらも頑張っていたが、さすがに長期間の旅に耐えるだけの体力はなかったらしく、途中でアルガスに背負われてグッタリとしていた。
アルガスが背負わねば、途中で病没していてもおかしくない程の疲労だ。
以前、ジェイスが使い捨てと言ったのは、その辺も加味していたのだろう。
「つ、ついた……」
「すー……すー……」
疲れ切ったアルガスが街の門の列に並ぶも、背負われていたミィナは気付くこともなく深い眠りに落ちていた。
「くそ、相変わらずバカみたい時間かけやがる……」
ウンザリするほどの、長ーい行列。
街の衛兵隊が、悪徳と評判されるクソ代官の命令で長々と入門チェックをしているのだ。
一応通行税の徴収も兼ねているというから、コッソリ入るわけにもいかない。
「はぁ……」
これから入門の長い列に並ぶと思うと気分が暗くなるが、ジェイスが不在な状態では、上位パーティとしての待遇は望めない。
一応、ギルドの組合員証があるのだが、パーティのリーダーが持つタグがなければ門番は決して認めてくれないのだ。
もっとも、メイベルやザラディンくらいの有名人なら別だが、所詮は田舎の冒険者でしかないアルガスやリズ───そして、奴隷のミィナにその待遇は望めなかった。
「安いよー! 安いよー!!」
「冷たいエールはいかがー?! ワインに、火酒もあるよー」
物売り達が行列の客を見越して商品を売り歩いている。
この長蛇の列は、実にいい稼ぎ場所なのだろう。
疲れ切った商人や新規冒険者が、次々に商品を買い求めるのが見て取れた。
彼らが手を伸ばす理由として、疲労や退屈しのぎ以上に、香りの暴力がある。
露天商どもは、わざわざ香りが強くなるように、濃いめのタレなどを付けて肉や魚を味付けしているのだ。
待ちくたびれて空腹になった行列の人々にその香りを無視するのは耐えがたい行為だ。
ぐるるるぅ……。
「う………………」
アルガスもついつい腹が鳴ってしまう。
ミィナも疲れ切っていたはずなのに、良い香りにつられて鼻をフガフガさせつつ目を覚ます。
「ふぇ?」
「───起きたか? なんとか街についたけど、もう少しかかるから寝てていいぞ」
ショボショボと目を擦るミィナは、くぁぁ……と欠伸をした後、クゥゥと腹をならす。
「お腹すきました……」
「あー……」
そんな目で見られてもな……。
アルガスだって、物売りから串焼きやエールを買って食べたいのだ。
だけど、悲しいことにアルガスには現金の持ち合わせがほとんどない。
ほんとに、悲しいくらいに小銭すらないのだ。
入門のための通行税用に、リズから借りている銀貨はあるのだが、それとてギリギリの額。
これを使ってしまうと、街の外で野たれ死にする。
以前なら多少あったのだが、前回の冒険後の報酬をジェイスによって支払われなかったため、冗談抜きの文無しなのだ。
「ごめんな。……堅パンでいいなら、荷物から出して食べていいぞ」
「堅パン…………はい」
シュ~ンとして、ミィナが悲しい顔のまま異次元収納袋から堅パンを取り出すと、カリカリと表面を齧る。
彼女は律義で、勝手に食べ物を取るということをしない。
ミィナの『ポーター』の能力の中に食料があるので、その気になれば彼女が独占できるだろうに……。
ミィナはそれをしようとせず、アルガスのいうことを従順に聞いていた。
悲しい顔でポリポリと……。
「はぁ……」
しょうがないな。
「……ミィナ。適当に魔石出してくれ。──小さいのでいいから」
「???───はい」
異次元収納袋から、小指の先ほどの魔石を取り出すミィナ。
これでもかなりデカい方だ。
雑魚モンスターからとれる魔石は、下手すりゃ砂粒程。
魔石というのは魔物が体内に溜めた魔力の結晶のことで、大きければ大きいほど高く売れる。
中には特殊な魔力を秘めたものもあるので、それらは大きさ以上に高価で取引されることもあるという。
今回、アルガスが殲滅した軍団は上位個体だらけだった。
軍団の中では雑魚モンスター扱いでも、通常なら脅威とされる魔物ばかりで構成されていたのだ。
つまり、雑魚から採取した魔石でも、小粒でこのサイズなのだ。
多分、金貨一枚以上の価値がある。
「───おい、こっちにもくれ」
だが、惜しむほどでもない。
なんせ、これで小粒といえるほど、今回のアルガスは稼ぎに稼いでいるはずなのだから。
「へい! 豚串一本、銅貨一枚でさぁ」
ち、高いな……。
(───くっそ、足元を見てやがる)
街中で買えば、この3分の一程度で買えるのだ。
3本串セットで銅貨一枚でも高いと感じるくらい。
普通なら銅貨以下の小銅貨や、屑銭と言われる最低貨幣で取引される程度のものだというのに。
まぁ、しゃーなし。
「あーじゃあ、そこの種類を全部買う。二本ずつくれ」
「へい、毎度──────って、なんですかこりゃ?」
支払いに渡した魔石を見て怪訝そうに顔を曇らせる物売り。
「魔石だ、見りゃわかるだろ───」
「へ! これが魔石だぁ? バカにすんなよ、こんな偽物……………………ぁ」
銅貨を期待していた物売りは、一気に態度が悪くなったものの、石の中でグルグル回っている魔力に気付くと目を剥いて驚く。
「こ、こここ、こりゃあ……!! し、失礼しました! あ、これオマケです」
突然、愛想良く顔を柔和に変化させた物売りが、頼んでもいないのに味付けされた卵を二つ押し付けてきた。
そして、ペコペコしながら街の方へ戻っていく。
(……あの様子じゃ、今日は閉店だろうな)
換金して豪遊する気なのだろう。
「ミィナ。これも食べていいぞ」
「わぁ♪ い、いいの?!」
串焼きと卵を分けてやると、満面の笑みで受け取るミィナ。
「ありがとう!」
子供は素直が一番だな──────と!?
「な、なんだお前ら?!」
気付けばアルガスの周囲には、物売りの集団が大挙して押し寄せていた。
皆、目をギラギラさせながら次々に商品自慢していく。
「だ、ダンナ旦那!! ウチのパイは安いですよ! それに、味も世界一でさぁ!」
「お兄さぁん! ウチの林檎酒買っとくれ! 冷たくて甘くておいしいよ!」
「おやおや! 可愛いお嬢さんじゃないか! ウチの飴玉買うないかい? いろんな味がするよぉ!」
おいおい……。
どんだけ群がるんだ!
「だー! 鬱陶しい!! 酒だ酒! それと飴玉だけでいい。林檎酒は小樽だけ置いてってくれ、支払いはその二人だけ! それ以外は、もう買わんからな!」
こういう時は、はっきり言った方がいい。
買わないと収まらないだろうし、一人にだけ優遇するとまだ余裕があるように見られてしまう。
なので、きっぱりとシャットアウトするのだ。
ミィナからまた小さい魔石を受け取ると、林檎酒の樽と、袋に入った大量の飴玉と交換する。
これでもかなりの稼ぎになるのは目に見えている。
金貨換算の魔石と、商品全部かき集めても銀貨数枚程度のものを少量と交換するのだ。
物売りとしては大儲けだろう。
はー……やっぱお金は必要だな。
シッシッ! と威圧しつつ物売りを追いはらうと、ニコニコしながら串焼きに被り付いているミィナに飴玉の袋を押し付ける。
「ほら、食べすぎるなよ。……トイレはもうちょい先だからな」
「はーい!」
分かってるんだか、わかってなんだか……。
といいつつも、暇を持て余してアルガスも林檎酒と串焼きで一杯やりだす始末。
うむ。
まいうー!
はぁ、疲れた体に酒が染み渡る───。
味は安っぽいけど、串焼きとセットで、実に美味なり!
だが、二人して飲み食いしてたら、途中でトイレが近くなりました──────はい。
……………………結末は、聞くなかれ。
───それから結構な時間が経って、ようやく二人が街に入れた時には、青い顔をしたアルガスと脂汗を流しているミィナがいたとかいなかったとか……。
うごごごご……!
賄賂まで要求してきやがって、クズの衛兵どもめ、どんだけ入門チェックに時間かけるんだよ!
しかも、ミィナに手を出そうとするケシカラン奴もいやがった!
ったく、どいつもこいつも!!
………………便所の恨み、覚えおけよ!
二人して、街のクッサイ公衆便所に駆け込む頃には、とっぷりと日が暮れようとしていた。
そして、景気よく魔石をばら撒いたことが後々に尾を引くとは、この時のアルガスはまだ気付いていない………………。
間話「光の戦士たち2」
「うげぇ……ゲホゲホ」
「も、もう駄目───」
「あ、歩けません……」
ジェイス達は荒野を彷徨い続けていた。
軍団から離れたおかげで、魔物に襲われないのが幸いだったが、その分他の動物にすら出会っていない。
やたらと顔に集る蚊やハエは鬱陶しいくらいいるというのに、鹿一匹みかけない。
───水も当然ない。
荒野のあちこちではジメジメとした湿地状の所もあるのだが、こと水分といえばほとんど地面に吸収されている。
もうこんな状態で丸二日過ごしていた。
夜は酷く冷え込むため、3人と一人を加えてくっ付いて眠ろうとしたが、寒くて、寒くて、そのうえ酷い空腹で寝むれやしなかった。
そして、日中はどこにあるとも知れない街を求めて彷徨うのみ。
ちょっと前に調達した食料なんて、あっという間に消費しつくしてしまった。
酒もあったのだが、それをのんだがために余計に喉が渇いてしまったのだ。
「くそ…………ダメか」
「ジェイス……諦めるの?」
「こ、ここまで来てそれはないでしょう?」
ジェイスは担いでいたリズを、ドサっと乱暴に地面に投げると、
「リズの状態は思ったより深刻だ。もっと早く目覚めるかと思ったんだが……」
「ジェイスの手加減なしの一撃だよ? もしかして一生目覚めないかも───」
「そうなったら無駄な手間でしたね──……いっそ、この子を、」
そっと、リズに手を伸ばし、肉の触感を確かめようとするザラディン。
「はぁ……いざとなったらそれもやむを得ないか」
「え? い、嫌よ私。こんな口にするくらいなら、野垂れ死んだほうがマシ」
「はは。バカですね。綺麗に野垂れ死ねると思うのですか? 軍団による大移動のために、一時的に数を減らしているとはいえ、本来ここは魔物の巣窟ですよ?」
死体が綺麗に残るわけないでしょう───と、ザラディンはメイベルを小馬鹿にする。
「ちょ、う、埋めてもくれないの?!」
「埋まるかもな───ケケケ。小指の骨くらいはな」
ゾっとしたメイベル。
ジェイスとザラディンの目は本気だ。
こんなとこで死んだら、魔物より先に──────。
「…………んぅぅ?」
しかし、ここで天の助けが───。
「リズ?!」
「あら!!」
「おやおや!」
三者三様、驚きの余り飛び上がる。
すぐにジェイスはリズに駆け寄り、助け起こしてやった。
「大丈夫かリズ!? どこか悪くないか?!」
ジェイスの声が聞こえているのか聞こえていないのか、リズはボンヤリとあたりも見回した後──────。
「───ッ、アルガス!!!」
ガバッと起き上がり、武器を掴んで走り出そうとした。
辛うじて残っていた短剣を手に、一路───……。
「ど、どこ?! ここは?!」
キョロキョロと周囲を見回すリズだが、軍団と交戦した場所でないことだけは理解できたようだ。
「落ち着けリズ。軍団からの撤退に成功した──────パーティの被害は軽微だよ」
そうとも。
役立たずの肉壁を1。
使い捨てのポーターが1。
そして、大半の物資──────。
軽微なものさ。
命があっただけでも儲けものさ。
「被害が軽微って……。あ、アルガスはどこにいるの?! ねぇ!!」
今度はジェイスに詰め寄って、ガクガクと揺さぶる。
ジェイス達と違い、運ばれていただけのリズは多少体力に余裕があるらしい。
「お、落ち着け……! 落ち着けってリズ───! 忘れたのか?」
そうとも、
リズだって聞いているはずだ───。
「オマエも聞いていただろう? アルガスは自分を犠牲にして、お前を俺達に託したんだってことを……」
それを聞いて、顔面を蒼白にしたリズが、ガクリと膝をつき倒れる。
それを慌てて抱き留めるジェイス。
「そんな……。そんな……!」
「すまない……。でも、こうするしかなかったんだ」
すまない、すまないと慰めつつ、リズの背中をさするジェイス。
だが、内心ではほくそ笑んでいた。
これで、荒野の案内人もできたことだし、邪魔なアルガスも始末で来た。
あとは、リズをどこか適当な街で味見して──────。と下種な考えに浸り、ニヤニヤと笑う。
「──────ッ!!」
しかし、リズは全力でジェイスを拒否する。
「あ、アンタのせいでしょぉぉぉおお!! アルガスは危険だって言ってたし、最初から無理なクエストだってわかってたじゃないッ!」
そのうえ、
「アルガスをはじめから囮にするつもりだったんでしょう? 匂い袋まで準備して、アルガスを敵前に立たせたんだもん!!」
「そ、それは…………」
ジェイスは二の句が継げない。
言っていることは、全て本当だからだ。
「あんたがアルガスを殺したも同然よ!! 私はアルガスの所に行く───行って確かめるッ!!」
例え……。
例え、あの人が死んでいたとしても──!
「やめろッ!! オーガキングは執着が強い! もしかするとこっちを追っている可能性もあるんだぞ!」
「それが何? 望むところでしょ───街は救われて、ジェイスはオーガキングと再戦できる」
ぐ……。
ジェイスは反論できずに、口を噤んでしまう。
「ま、まぁまぁ……。リズ殿の気持ちもわかりますが、ここはいったん街を目指すのが得策かと思いますよ」
適当な合いの手で、リズの怒りを鎮めようとするザラディン。
実際、フーフーッ! と肩で息をしているリズも、今から追う事に意味はないと分かっている。
実際どれくらい眠っていたのか、あるいはどのくらいの距離があるのかリズには分からなかったものの、今は致命的に時が過ぎ去ってしまった事だけは理解できた。
「そんな……。そんなのって、そんなのって───────うわぁぁぁぁぁああああああ!!」
リズは声をあげて泣いた。
アルガスを求めて、大声で鳴いた。
「アルガスぅぅぅう!! アルガスーーーーーーーーーー!!」
父親のような人で……。
でも、そこまで歳が離れていなくて──。
よく、両親と酒を飲んでゲラゲラと笑いバカ話をしていて……。
二人が亡くなった時───絶望していたリズに、冒険者になろうと誘ってくれた優しい人……。
リズを引き取り、冒険のイロハを教え、鍛え、支え、ともに歩いてくれた───最高の男の人……。
アルガス・ハイデマン……………………リズの愛した、唯一人の男性───。
「うわぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!」
リズの慟哭が荒野に無情に響いた───。
第12話「ギルドに報告しまーーーーーーす」
街の公衆便所にて───。
「ふぃぃ……ヤバかった」
「う、うん…………泣いちゃうとこだった」
うん。
っていうか、君……もう泣いてるよね?
目を真っ赤に腫らしたミィナが、恥ずかしそうに俯く。
あの後、予想通り飲み食いの過ぎた二人は尿意とか便意に襲われ、脂汗をダラダラとかきつつ入門の行列に並んでいたのだ。
ぶっちゃけ、危機一髪だった。
尻と前から、ポーンと!
そりゃもう、スポポーンといくとこでした。
ダラダラと汗を流し、妙な動きをしている二人に、街の悪徳衛兵どもが一時騒然としたが、事情を察したことと、たまたまアルガスの顔を知っている当番兵がいたおかげでスムーズに街に入ることが許された。
結構な額になりそうな魔石を、賄賂として渡したのも大きいだろう。
でなければ、ニヤニヤと笑う衛兵の隊長は、ミィナが漏らすところを見たくてしょうがないという感じだった。
比較的親切な当番兵に礼を言いつつも、脱兎のごとくトイレに掛けこむ二人は、衛兵たちに背後でゲラゲラ笑われていたとかなんとか……。
くそ、覚えとけよ───!
「あー……食べ過ぎは良くないな」
「ですぅ」
バツの悪いアルガスと、顔を真っ赤にしたミィナはトボトボと歩いている。
疲れ切っていたはずのミィナも食べるものを食べて、出すものを出せば幾分元気になったらしく、今は自分の足で歩いている。
「疲れてるか? 早目に宿に行きたいところだけど、」
「だ、大丈夫です! わ、私、ポーターだもん!」
ムキっと、全然ない力こぶを見せるが…………まぁ、可愛いから良しとしよう。
「すまんな。金がないとどうにもならん」
「う、うん……ギルド?」
ミィナはギルドの単語にビクビクとする。
どうやら、彼女はギルド併設の奴隷市場で売買されていたらしい。
ギルドのポーター売買は、必要なこととはいえ……あまりいい感じはしないものだ。
「大丈夫だ。俺がいるだろ」
「う……うん!!」
慣れない笑顔でミィナを安心させると、街を突っ切ってギルドに向かう。
ベームスの街は、長期間というほどの滞在でもないが、何度か通い慣れた道だ。
それなりの頻度で、ギルドにも出入りしていたので多少は馴染みがある。
しかし、なんだ?
随分と人が多いな───。
(……祭りか、何かか?)
ギルド前には大勢の人が集まり、ガラの悪そうな衛兵らしき連中も集まっている。
ギルドのある広場の一角では、誰かがお立ち台の上にのぼりダミ声でがなり立てていた。
「集まれ、集まれぇ!! 緊急クエストだぞ! 冒険者は全員あつまれ!」
「新人、未加入者も歓迎するぞ! 誰でもいいから、剣が持てればそれで報酬を支払おう!」
「冒険者ギルドでは、臨時組合員証を発行しております! ご希望の方はこちらへ!」
ざわざわ
ざわざわ
「なんだ?」
「な、なんでしょうか?」
街に戻ったばかりで、サッパリ状況のつかめないアルガス達。
二人で顔を見合わせるも、首を傾げるばかりだ。
「よくわからんが、取りあえずは中だな──────安心しろ。もう奴隷小屋には戻らないようにする」
「う、うん……」
人ごみをかき分けるようにして、ズンズンと進むアルガス。
伊達にタンクをやっていないからな、これしきの人の圧力などどうということはない。
「いでぇ!?」
「お、押すなって!!」
「こ、この野郎───喧嘩売っ……げ、Sランク?!」
アルガスの持つ、Sランクのタグに気付いた新人らしき冒険者が仰け反る。
だが、それらをすべて無視すると、アルガスはズカズカとギルドの中に入ってしまった。
途中で、募兵っぽいことをしているギルドの職員はアルガスに気付いて目を大きく剥いていたが……。なんなんだ?
呼び止められた気もするが、今は疲れているんだ。
さっさとドロップ品を換金して、宿で休みたい───。
ギルド内に入ると、外とは異なり、中は意外と閑散としていた。
幾人かの冒険者が駄弁っていたが、アルガスを見てギョッとした顔をしている。
んん?
さっきから、なんなんだ?
つーか、中ガラガラじゃねーか。
外の騒ぎはなんなんだ?
邪魔くさいから、中でやりゃいいだろうに───まったく。
「ぷはッ」
ミィナはアルガスにくっ付いていて、ようやく人の壁から抜け出し一息つく。
だが、そこがギルド内であると気付いて「ひッ」と声をあげると、ヒシっとアルガスの足に縋りついた。
「大丈夫だから───ほら、いくぞ」
ズンズンズン。と受付に向かうと、「光の戦士たち」馴染みのギルド職員がいた。
パッと見は、アンニュイな雰囲気の美女。
だが、初見に騙されるなかれ、こいつは一癖も二癖もある年増女だ。
なんせ、ジェイスには愛想が良く、アルガスにはゴミでも見る目を向けてくる嫌ーーーーな、女職員。
これで美人でなかったら、顔面にパンチをお見舞いしてやりたいところ……。
で、そいつと目があってしまう。
「あ?! ええええ!! あ、アンタ、アルガス・ハイデマン?!」
他の窓口にしようかと思ったものの、件のギルド嬢に気付かれてしまった。
さすがに、これで他の窓口に行くと露骨すぎるだろうな。
「はぁ……」と小さくため息をつきつつ、アルガスは窓口に向かう。
「ちょ、ちょちょ、ちょっとアンタ……。ほ、本物? ご、ゴーストやゾンビじゃないでしょうね?」
「それがギルド員の言うことか? セリーナ嬢」
セリーナ・エンデバー。
ギルド・マスターの娘だか、なんだか知らんが一々高飛車で高慢ちき、やたらと権威を振りかざす、行き遅れのババアだ。
ジェイスに気があるのか、やたらとハイテンションでジェイスに付きまとっていた。
まぁ、そんなこんなで、いつもこの調子なので、裏では他の職員にも「お局様」とか言われているらしい。
うん、俺も嫌いだし、同感だ。
「ちょ……。アルガスのくせに冗談でしょ?───あ、そうか! ジェイス様も一緒なのね?」
「ジェイス?…………やっぱり、戻ってないんだな?」
この様子だと、ジェイスの野郎は本気で別の街に逃げたのだろう。
あの荒野を越えて──────。
「戻ってって───……。え、ノロマのアンタが一人で帰ってきたわけ?」
人に向かってノロマとか、このクソアマ……。
アルガスの怒気を感じたのか、ミィナが怯えている。
仕方なく、怒気を押さえてアルガスは努めて事務的な口調で話す。
「クエスト完了だ。報酬を──────あと、ドロップ品の買い取りを頼む」
「はぁぁぁぁ?! 何言ってのアンタ。頭沸いてんの?」
マジでぶん殴ってやろうか、このクソアマ。
「あ、あの、アルガスさん? 詳しくお聞きしていいですか?」
セリーナ嬢の受け答えがあんまりだと感じたのか、別の職員が助け舟をだす。
「詳しくもなにも、そのまんまだ。街を出る前に受注したクエスト──『将軍級の討伐』を完了したから、報酬をくれって言ってるんだが……」
バンッと、受付に受注書の写しを叩きつける。
間違いなく、数日前に出た緊急クエストの「将軍級の討伐」だ。
それを見て、セリーナ嬢が厭らしく笑う。
「はっ! あんた、もう少し上手な嘘をつきなさいよ。……大方、ジェイスさまのパーティから逃げ出したか追放されたかで、文無しになったんでしょ? それで、嘘をついて報酬をせしめる気ね? お生憎様───」
トントン。
と、ギルドの中央に置かれた大テーブルに置かれた別の依頼書と、巨大な金庫を示した。
「『将軍級の討伐』どころか、今はもう『軍団の阻止』の段階にまで引き揚げられたクエストなのよ───ねぇ、パパ」
セリーナ嬢が、ケラケラと笑いながら背後にいた偉丈夫に告げる。
「───話は聞いていた。呆れた奴だなアルガス……。無理やり勇者ジェイス殿に同行しているだけでも評判が悪いというのに、ついに虚偽申告か? 報酬をだまし取る気だろうが、そりゃあ詐欺ってやつだ」
ち……。
娘も娘なら、コイツもクズだな。
こんな奴がギルドマスターをやっているから、将軍級の魔物が軍団を形成しつつあるのに、冒険者だけで対応しようなんてザルな真似をするんだ。
「詐欺も何も、クエストは完了した。他に言いようがない」
「アホを抜かせ! 先日、命からがら帰還した冒険者から聞いた。将軍級は軍団を形成し、街に進軍しつつあるとな───だから、ああして、」
クイっと顎で外の騒ぎを示した。
「───戦える男を集めて、阻止線を作らねばならんのだ。街の危機なんだぞ?! 王国軍が出張ってくるまで、なんとか食い止めねばならん。そのためには、俺も金を惜しまん!」
そう言って、「|軍団の阻止」という依頼書をテーブルに叩きつけてアルガスに見せた。
チラッとみただけだが、書き添えられた内容は、「参加するだけで、金貨1枚!」とか
「魔物を討伐すれば、その数に応じて報酬を支払う!」と書かれている。
当然、将軍級を仕留めたものにはボーナスがでる。
その内容も破格のもので、大白金貨一枚という恐ろしい額の報酬だ。
ちなみに、
銅貨100枚で銀貨1枚。
銀貨10枚で金貨1枚。
金貨10枚で大金貨1枚。
大金貨10枚で白金貨1枚。
白金貨10枚で大白金貨1枚だ。
(※ 銅貨1枚でだいたい100円くらいの価値)
「へぇ……。凄いじゃないか───」
「そうとも、それだけの規模の魔物がくるんだぞ! 正真正銘の街の危機だ。だから、それだけの金が動いている。どれもこれも、隣の市や街中からかき集めて揃えた資金だ!」
ズカズカと金庫まで近づくと、ギルドマスターはわざわざ中身を見せた。
「見ろ、この金を! この金庫の中には募兵と討伐報酬に備えて、金貨10000枚も入っているんだ!」
だから、下手な嘘をつくな、と───。
ギルドマスターはふんぞり返りながら、アルガスを鼻で笑った。
「お前のようなノロマで、勇者ジェイス殿の腰巾着でしかないクズ冒険者に、将軍級が倒せるものか! もし、貴様の嘘が本当なら、この金貨を全部やることになるだろうな───グハハハハハ!!!!」
へぇ……。
兵士一人に金貨1枚くれてやり、命を懸けて魔物を駆ればさらに報酬上乗せ。
そして、将軍級を倒せば大白金貨1枚か──────。
ドンッ──────!!!
「グハハハハハハハハハハハハ、……ぐはー───?!」
キョトンとした目のギルドマスター。
目をぱちくり……。
「お、おい……そりゃなんだ?」
「見て分からんか? 将軍級───オーガキングの首だ」
ミィナから、そっと受け取ったデッカイ生首を、大テーブルの上にデーーーーーンと乗っけてやった。
う、
「嘘ぉん……!!??」
ギルドマスターが、カッパーと口を開けて茫然とする。
セリーナ嬢もパッカーと口を開けて硬直。
他のギルド職員もシーーーーーーンと静まりかえる。
「じゃ、金貨10000枚貰おうか? 報酬ってことでいいんだよな?」
第13話「討伐証明はありまーーーーーーす!」
───じゃ、金貨10000枚貰おうか?
アルガスの当然の要求にギルドマスターを始め、セリーナ嬢も硬直している。
「………………え? あ、お? え?」
ズシン、ズシン。
堂々と金庫に向かうアルガスを見て、ポケーと間抜け面。
「え? ちょ───?」
語彙力が失せ、動きの可笑しくなったギルドマスター。
そして、ダラダラと汗を流すセリーナ嬢。
「いやぁ、その───さっきのは言葉の綾というか、その……」
「はぁ?───いや、知らんけど、貰っていくぞ。……あ、ちゃんとオーガキングの体はドロップアイテムとして、素材でも換金してくれよ、いつもどおりな」
ギルドの報酬には討伐報酬のほか、討伐対象の部位を別に売ることができる。
例えば、ゴブリンであれば耳等を討伐証明とし、他の部位を売ることができるようになっているのだ。
「ちょ、ちょちょ、ちょちょちょちょ!! ちょっと待て!! おかしいだろうが!!」
突然態度を変化させたギルドマスターが、セリーナ嬢と共にバタバタとテーブルの上の金庫の前に立ち塞がる。
「なんだよ? 軍団を倒したんだぜ? 元々払う報酬が俺の物になるってだけだろ? 誰の損にもならないし、むしろ貴重な人命が失われずに済む。俺よし、ギルドよし、尊い人命よし──三方よし、でいいじゃねぇか?」
「ば、ばばばばばば、バカを言うな! お、おおおおおおお、お前如きにオーガキングが倒せるわけがないだろうが!」
「そ、そうよ!! お、大方、似たような亜種を仕留めて騙すつもりなんでしょう!」
いや、知らんがな。
ギルドには鑑定士もいるんだし、勝手に調べろや。
「そ、そうだ、そうだ! だいたい、将軍級を倒しても、軍団はまだここに向かっているかもしれんのだぞ! 帰還した冒険者に聞けば、件の軍団は1000体以上もの魔物の群れの集合体だ! その将軍級を、お前みたいなノロマがだな!」
「そ、そそそ、そうよ! この金庫のお金だって、死人に口なしで───報酬後払いを見越しといたのよ! そうすりゃ、死んだ連中には払わなくていいから、パパのポケットマネーで用意したのよッ! 本来なら10000枚もかからないんだからッ!!」
「バカ、余計なこと言うな!!」
シーーーーーーーーーーーーン。
ほーーーーーー……そういう魂胆か。
なるほど、なるほどー。
軍団への対策のために、死地にド素人を送り出しておいて、あとから金を渋るつもりだったのね。
そりゃ、死んだ人間に金は必要ないわな。
あとは、適当に契約段階で遺族には払われない──とかシレっと、書き添えるつもりなんだろうさ。
で、それを俺がぶち壊したってわけだ。
スゲー、どーでもいい。
「───はッ……つまり、軍団を討伐した証明がありゃいいのか?」
「そ、そうだ! 見せてみるがいい────見せられるものならな、グハハハハハハ──────ぐはぁ?!」
はい、ミィナちゃん───GO!
「よいしょ」
可愛い掛け声とともに、ミィナが異次元収納袋から次々に魔物の死骸と取り出していく。
ドロップ品まで出すとあれなので、討伐部位だけ。
それでも相当な量だ。
なんたって、千体の軍団全てだからな。
ミィナがどうやっているのか知らないが、異次元収納袋からは、彼女の任意の物が取り出せるようだ。
バカ笑いと、高笑いをしていたギルドマスターとそのバカ娘が、段々声が小さくなっていく───。
そして、あんぐりと開けた口が段々閉まらなくなってきた。
パッカーと、間抜けっぷりを盛大に発揮。
「ひぃ、ふぅ、みぃ──────あー、君らで数えてくれよ」
自分で数えるのもバカバカしくなってきたアルガスは、ギルド職員に丸投げする。
っていうか、それが本来のギルドの仕事だからね。
茫然としたギルド職員も、慌てて床やテーブルに並べられた討伐部位を確認していく。
「うお?! ハイオークの牙?!」
「げ……! サラマンダーの尻尾?!」
「うそ……グレーターゴブリンの耳?!」
「ま、まさか──オーガナイトの角ぉ?!」
「げげげげ……これって、コカトリスの嘴じゃぁ……?!」
まーあるわあるわ。
荒野中の魔物が集まってたんじゃないかって、規模だったしね。
それも、どいつもこいつもかなりの高ランクの魔物ばっかり。
それ一体でも、金貨換算の魔物ばかりだ。
討伐ごとに報酬が出るというのだから、それと相殺してもおつりがくる。
ちなみに討伐報酬だからね?
君ら知らないだろうけど、ドロップ品はまた別にあるのよ?
「ま、マスター……その、ま、間違いありません───軍団の魔物ですよ、これ……」
ワナワナと震える職員たち。
そこらへんにいる、ゴブリンやコボルトといった雑魚とはわけが違う。
荒野の奥地にいる、狂暴な魔物の討伐なのだ……。
あの勇者ジェイスですら、尻尾をまいて逃げ出す程の──────。
「ば、ばばば、バカなぁぁぁあああ!! そ、そんなバカな、こ、これじゃ、うちは───」
「破産よぉぉぉおぉおおおおおお!!」
ノーーーーーー!! と頭を抱えるバカ親子マスターども。
ええから、はよ金払わんかい。
「す、すみません。アルガス様───ま、間違いなく討伐されたことを確認しました……。えっと、『光の戦士たち』としての討伐でよかったのですか?」
「馬鹿言うな。──────『重戦車』アルガス・ハイデマンと、最高の『ポーター』ミィナ。二人の手柄に決まってるだろう。あのパーティは何もしていない……。奴らは俺の大切な娘を奪って何処かへ逃げちまったよ。───ま、運が良ければ荒野の反対にいるだろうさ」
ケ……。
苦々しく吐き捨てるアルガス。
事情は分からないものの、ギルド職員は複雑そうな裏があるとみて、とくに深く聞くこともなく、討伐完了にサインしてくれた。
ギルドマスターは未だ天井を見上げて放心している。
「すみませんね……。その───報酬を前借したのはギルドマスター個人名でやっていたもので……。彼、多分破産しますよ」
あー。何となくお察し。
どうせ売名のために、自分名義で金を出して「ギルドマスター」の手柄にしたかったんだろう。
全国組織のギルドなら、こんな無茶苦茶な報酬で冒険者を雇うなどと思わないしな。
多分、ジェイスが失敗したことを悟って、その失態を糊塗する目的もあったのだろう。
元々、国や軍隊が対処すべきクエストを私物化した弊害って奴だ。
「自業自得さ───」
アルガスはそう言って、金庫のカギを受け取ると、ミィナに頼んで金貨10000枚入りのそれを回収した。
で、
「将軍級を倒した報酬の、大白金貨1枚はどうするんだ?」
そうとも、金貨10000枚は軍団討伐の報酬として、将軍級の単独討伐の報酬ももらわないとな。
「あー………………。その、多分難しいかと思います」
「あ゛?!」
聞き捨てならない言葉を聞いて、アルガスが目を剥く。
払うと、ちゃんと依頼書にも書いてある。
「そ、その……マスター個人の事業ですので……。あの人、大白金貨の分は空証文を切っているんです」
つまり……。
「ここには、お金はありません───。そして、今日にでもマスターは破産するでしょうから、お金は取れないかと……」
は?!
「ふざけてるのか?!」
ギルド職員の胸倉をつかんで脅すも、聞いた感じだと彼らが悪いわけではない。
全ては…………、
「あはーん。ねぇねぇ♡、アルガスさぁ~ん♡」
誰だこの気持ち悪い声は──────って、セリーナ嬢か。
くねくねと体を捩りながら、アルガスににじり寄る。
豊満な体を見せつけるようにしているので、ミィナがムっとしている。
「ね、ねぇねぇ。今晩お暇? ちょっと私とお話し───」
「───年増に興味ないんで、」
「んだと、ゴラぁ!!」
ほーら、すぐ本性でた。
俺に対する今までの態度で、今更色仕掛けが通じると思ってんのか? バーカ。
「はぁ……大白金貨の分はいい。今はな」
「あ、ありがとうございます」
ギルド職員が平謝りしている。
一方で諸悪の根源のギルドマスターは口から魂を出しつつ、白く燃え尽きていた。
「利子分というわけではないが、代わりに頼みがある」
「は、はぁ。私どもできる事なら───」
ポンと、ミィナの頭に手を置くと。
「この子を引き取る。奴隷契約を即刻破棄してくれ」
「え?」
ミィナがビックリしてアルガスを見上げてきた。
「いっただろ。討伐できたのは重戦車とポーター───ミィナ、君のお陰だと」
ぶんぶんぶん!!
と全力で首を振ってミィナが否定する。
自分は何もしていないというのだろう。
たしかに、直接的にミィナが何かをしたわけではないが、彼女の異次元収納袋があったればこそ、こうして討伐が証明できた。
アルガス一人なら、荒野を帰るだけで精一杯。
討伐部位など、ほとんどを遺棄していただろう。
実際、ミィナのポーターとしての能力は現状で世界一だ。
これほど頼りになる相棒はいない───リズを除いてな。
「わかりました。すぐに手続きします」
「頼む───あ、そうだ」
「まだ何か?」
ギルド職員は不思議そうに振り返るも、
「ドロップ品を換金してくれよ」
ズラリと並んだ、千体の魔物とオーガキング───。
アルガスの言葉に、ギルド中が悲鳴をあげたとかあげなかったとか……。