第1話「のろま『タンク』のアルガス」
「おっせーんだよ!この───のろまが!」
───カァン♪
「うぐッ!」
大量の荷物と共に、重武装で汗だくになった俺───重戦士アルガスは、パーティのリーダーであるジェイスに罵倒されていた。
口だけならまだしも、ポーションに空き瓶を投げつけられ───カァン♪ と良い音をさせられてしまい、情けない気持ちがさらに強くなった。
「きゃははは♪ イイ音ぉ~。かぁんッ♪ だって!」
調子に乗った神官職のメイベルも、面白がって石を投げつけてくる。
それはポーションの空き瓶の比でなく、こぶし大の堅く重いものだ。
「ぐぁ!」
ゴキン! とちょっとヤバ気な音を立てて、鋼の鎧に凹みができる。鎧なしで喰らえばただでは済まないだろう。
いや、どうかな……。
あんがい俺なら、鎧なしでも耐えきれそうだ。
なんたって、俺はパーティの盾役で、その防御力は「8800」もあるのだ。
いわゆる防御に極振りという奴で、他のステータスを無視してガンガン防御力ばか向上させていた。
8800という数字は、神が人類に授けたと言われるステータスによって、「重戦士」という職業とともに、容易に読むことができた。
「───ぜぇぜぇ、た、頼むから無茶言わないでくれ……!」
「口答えしてないでさっさと来い! のろまタンクがぁ!」
先日、無茶な探索のせいで荷物持ちの奴隷が死んだ。
まだ幼さの残る少女だったが、天職「ポーター」を持っていたがために運悪く人攫いに攫われ、格安で売られていたのだ。
その時点で彼女はかなり衰弱していたのだが……、
それをジェイスがさらに安値で買い───こき使ったあげく、酷使の末に死なせてしまった。
見捨てられ、魔物の群れの前に放置された彼女は魔物にズタズタにされた……。
あの少女の死に様は哀れで仕方なかったが、当時のアルガスにはどうにもできなかった。
職業「重戦士」なんて仰々しい名前の天職を授かって入るものの、アルガスのパーティ内での立ち位置は、荷運びの奴隷とさほど変わらない。
そして、荷運び専任の少女がいなくなった今、思った通りアルガスが荷物運びまでさせられているのだ。
(───くそ……フルプレートアーマーにタワーシールド、そのうえ護身用の剣まで持っているんだぞ!?)
その重量がどれほどのものか分かっているのか?!
その上、探索用の物資まで背負わされて───……。
魔物の跋扈する荒野で、ちょっとした丘を越えるだけでもアルガスにとっては重労働だ。
職業特性として、膂力は人並み外れて高い「重戦士」だが、ただでさえ重い鎧にパーティ全員の荷物だ。
もうどう見ても、殺しにかかっているとしか思えない。
アルガスの所属する「光の戦士たち」は、5人編成のパーティなのだが、偵察に行っている二人の分も含めて五人分の物資と重装備でアルガスは息も絶え絶え。
だが、休憩が欲しいと言えば、ノロマなお前のせいで進行が遅れていると言われ、
ならば、荷物を分担してくれと言えば、ノロマなんだから役に立てという。
だいたい、ジェイスの無茶苦茶な方針で、渋々ながらアルガスは防御力に極振りする羽目になっているというのに……!
「ち……。これじゃ、ちっとも捗らねぇな。割に合わねぇクエストだぜ」
「ちょっとー。新しい杖買ってくれるんでしょ~ねー?」
ピンクの空気を醸し出しながらメイベルとジェイスがイチャコラくっ付き始める。
自分たちだけは軽装で、荷物すら持っていないのだからそりゃあ気楽だろうさ。
「わかってるっつの。その前に新しい荷物持ち雇わねぇとな」
「えー……。また小汚い子連れてくるの~」
小汚い子……。
こき使われ、ロクな食事も与えられずに衰弱し──────。
最後は魔物の群れの前に囮として放置され、ボロ雑巾のように死んでしまった少女のことだろうか……。
…………名前も知らない哀れな少女だった。
「しゃーねだろ? 見ろよ、アルガスの奴を。……あれしきの荷物でヒーヒー言ってやがるんだぜ。ノロマがさらにノロくなったら使えたもんじゃない」
「もー。じゃあ、せめてかわいい男の子にしてよ」
「ダメだ。お前、手ぇ出すじゃん」
「いいじゃん。減るもんじゃなし───ジェイスだって、前の子に酷いことしてたの知ってるんだから」
「あ、言うなっつの! 俺の潔癖なイメージ崩れるだろうが」
何が潔癖だ。
女とくれば、とっかえひっかえしやがって!!
その上、俺の大事な──────。
「「おーい!!」」
物思いをかき消すように、逼迫した声が前方から響く。
そちらを注視して見れば───。
「───ジェイス、敵襲よ!!」
「はやくフォーメーションを組んでください! 急いで!!」
斥候に行っていた軽戦士のリズと、賢者のザラディンが大慌てで前方から駆けてきた。
彼女たちの顔色からも、かなりの強敵───それも大群だと想定できる。
「ち! ノロマのアルガスが、ウスノロだからこんな場所で!」
「ねぇ。場所が悪いよ? どうするの?!」
ジェイスは大剣を引き抜くと、メイベルを背後に庇い、テキパキと指示を出し始める。
パーティに戻ったリズとザラディンを収容すると、すぐさま戦闘隊形に組みこんだ。
「戦闘隊形──────パンツァーフロントだ!!」
ほぅら、来た……!
「おい、さっさと前に出ろ! のろまタンクがぁ!!」
クソ!!
「わかってるよ!」
ズシン、ズシン、ズシン!!
重々しい足音を立ててアルガスがパーティの前面に布陣する。
盾役が前方で敵を食い止め、近距離と中距離で敵を仕留めていく典型的な陣形───それが、パンツァーフロントだ。
その盾となるのは、当然───のろまタンクと呼ばれたアルガス。
彼の唯一にして無比の、極振り防御力を最大限に活かす戦場だ。
鋼の鎧、鋼鉄製のタワーシールド、敵をいなす為の剣!!
総重量200kg超の鋼鉄の塊を身に纏ったアルガスが、パーティの前方に押しやられたのだ!
「じぇ、ジェイス?! また、アルガス一人に任せるの!?」
弓を構えたリズが───唯一、アルガスを信頼している彼女だけが、パーティのリーダーであるジェイスに詰め寄ってくれた。
もっとも、無駄だとは分かっている。
「それがアイツの役目だ! いいから戦闘の準備をしろ───それよりも敵はなんだ?」
「そ、そんな?!」
ギリリと歯を食いしばる様にしてジェイスを睨み付けるリズだったが、途中で観念したのか、
「…………ハイオークの群れよ!」
は、ハイオークだぁ?!
アルガスはギョッと目を剥いてジェイスを振り返るも、奴は表情を変えない。
それどころか、ニヤリと嫌味な一瞥をくれやがった。
「大丈夫だ。アルガスなら耐えきれるさ──敵が鈍器持ちでもなッ!!」
くそッ!
さ、最悪だ!!
「なるほど……。ジェイス様、アルガスの防御力をあげる支援魔法をかけますか?」
ザラディンがジェイスに提案するも。
「バーカ。それは俺達に掛けてくれっつーの。アイツの防御力をあげても損するだけさ」
カンスト間近の防御力に支援を上乗せしても無駄になる───そう言いたいらしい。
「ははは、確かにノロマ野郎には無駄な魔力ですね。おっと、では素早さを上昇させましょうか?」
───くくくく。
ザラディンの野郎まで尻馬に乗ってアルガスを馬鹿にする。
なんたって、ジェイスは公称での勇者の称号もち。
おかげで我々は、Lvだけはやたらと高い、Sランクの称号を持った勇者パーティってやつだ。
そんな無敵のパーティのはずなのに、極振りを強いられたアルガスのステータスは歪に上昇してしまっている。
攻撃力も敏捷も魔力も並み程度。
防御力だけが歪に高いな、通称:のろまタンク──────前衛職という名の体のいい肉壁がアルガスの役目だった。
「───来たぞ!! アルガスの背後から大魔法をブチかましてやれ!!」
そして、棍棒や戦槌を装備したハイオークの集団が丘の影から姿を現した。
フルプレートアーマーの天敵のような武器───『鈍器』を大量に携えて……。
第2話「これが勇者(暫定)パーティ」
「ぎゃっはっはっは!! いやー大漁大漁」
「きゃはははははは!! 見て見て! 魔石と宝石だよぉ!」
「あははははははは!! 凄まじい量のドロップ品ですねー」
勇者パーティ「光の戦士たち」の面々が、倒したハイオークの群れからドロップ品を漁っている。
かなりの数だったので、戦闘は何十分も続いていたのだが、大魔法と特殊スキルを乱発することで何とか殲滅に成功したのだ。
そして、その後は楽しい楽しい死体漁りの時間というわけ。
魔物の核である魔石やらドロップアイテムやらを、ホクホク顔で漁る勇者ジェイス達。
一方で、ハイオークの攻撃を一手に誘引していたアルガスはと言えば、ボコボコの状態で半死半生になり、リズに介抱されていた。
「ゴメン……! ゴメンね!」
ポロポロと涙を流しながらアルガスのフェイスガード越しに血と汗を拭い、ポーションを含ませた布を傷口に当てていく。
「いててて……」
鋼鉄製の鎧といえど、ハイオークの膂力で鈍器を使ってぶん殴られればひしゃげる。
実際、よく生きていたなというほどにズタボロ。
口の中が切れて、うまく喋れない有様だ。
「だ、大丈夫だ……。お前は無事か?」
うん、うん、と涙を流しつつ、コクコクと首を縦に振るリズ。
相変わらずよく泣く子だ。
こういう所はこの子の母を思い出す。
まだまだ幼さが残るとは言え、この子も母親に似てきた。
ポフポフと頭を撫でてやり、
「親友に預かった大切な娘だ───オマエに怪我がなくて何よりだよ。泣くなって」
「ぞんな……びずず。だって、アルガスが酷い目にあってるんだもん」
グズグズと鼻をすすりながら、涙を流すリズ。
流行り病でぽっくりと言っちまった戦友から託された娘。
アルガスより20歳も年上だった『聖戦士』の戦友。
アイツとは二周りほど歳は離れていたけど、奴とは気があったんだ……。
その彼の娘なので、実はアルガスとリズはさほど年は離れていない。
だから、父親代わりなんてどれほどできているか分からないけど、この子だけは失うわけにはいかない。
それがアルガスの行動理念だ。
そのためなら、『タンク』でもなんでもやってやるさ。
「おい、いつまで寝てんだ! さっさと手伝えっつーの!」
オークから捥ぎ取った棍棒を、アルガス目掛けてぶん投げるジェイス。
(───あっぶねッ!)
リズが巻き込まれやしないかとヒヤリとしたが、彼女は一瞬早く反応し、空中で棍棒を受け止めると逆にジェイスに投げ返した。
「うお?! あっぶねーだろッ!」
「こっちのセリフよ! アルガスは重傷なのに! 先に回復させるのがリーダーのやることじゃないの!」
キッと目を吊り上げ、真っ向から言い返してくれるリズの姿に感動するも、ジェイスがそんなことで態度を改めるわけがない。
そもそも、アルガスはリズのオマケ───保護者のような立ち位置を傘に、無理やりパーティに同行しているという立場だから、相当に発言力が弱いのだ。
「お、落ち着けよリズ。アルガスは防御力が高いんだから、あれくらいかすり傷さ」
そう言ってリズの肩を抱くと、無理やりアルガスから引き離してしまった。
その姿を見て、憎悪に近い感情を覚えるも、アルガスは黙って見過ごすしかない。
王国によって『勇者』の称号を授かったジェイスは、魔王討伐のため優秀なメンバーを自由に選べるのだ。
そして、旅の途中で見掛けた若く美しいリズに目を付けたジェイス。
リズが「聖戦士の娘」という理由付けのもと、冒険者になりたての彼女を無理矢理パーティに加入させようとしたのだ。
だが、そこにはすでに冒険者のアルガスが傍にいた。
だから、「はい、そうですか」と渡せるわけがない。
当然ながら、アルガスはジェイスの下心をも見抜いていたので、最初は引き抜きそのものを断ったのだが……。
王国の勅命を見せられては、アルガスごときの田舎冒険者にはどうにもできない。
仕方なく、コンビ丸ごとの加入を条件にして、ジェイスのパーティへの参加することを認めた。
もちろん、リズが目当てのジェイスは難色を示していたが、彼女自身の要望もあり渋々アルガスのパーティ加入を認めざるを得なかったという経緯がある。
そんなわけで、アルガスとジェイスは折り合いが悪い。
冒険中も最底辺の扱いを受けているし、時には嫌がらせをくらう。
その上、ステータスも自由に割り振ることは許されず───結果、前衛職という名目で「タンク」をやらされているというわけ。
ようは、ほとんど嫌がらせ───単なるイジメだ。
「リズ一人にやらせるわけにもいかないか。いてて…………」
リーダーの命令には逆らえず、渋々ドロップ品をかき集めているリズの姿を見て、アルガスも加わろうと何とか立ち上がる。
幸いにして、骨には異常は無さそうだ。
安物のポーションを呷り、最低限の負傷を癒すと、トボトボと死体漁りに参加する。
どうせこのドロップ品も、全てアルガスが担いで持っていく羽目になるのだ……。
気分が乗るはずもない。
報酬だって仲間の10分の1しかもらえず、装備の修理代もアルガスの負担だ。
情けない話───リズに資金を援助してもらうこともある。
「はぁ……」
「鬱陶しいからため息止めてよね~」
クソ女のメイベルがアルガスを小突く。
「ホント使えない男ですね」
クソ野郎のザラディンがドロップ品をアルガスに押し付ける。
「早く集めろ! もう一個群れを倒して、ようやくクエスト完了なんだぜ! お前のノロマな足にあわせてたら日が暮れちまうよ」
クソ勇者のジェイスが宣う。
お前のせいだろうがッ!
と、何度も心で呟くも、口には出せない。
明確な反抗心があると言われて、ギルドや王国に告げ口されると、強制的にパーティから排除されてしまうのだ。
むしろ、ジェイスはそれを狙っているのだろうが、リズのことを考えるとどんな目にあっても我慢して耐え続けるしかない。
(ふん。耐えるのは慣れてる───……なんせ、俺はタンクだからな)
「ち……! いつも通りにダンマリか?───おら、さっきのでLv上がったんだろ? とっとと、防御に全振りしとけよノロマ!」
黙々と作業を続けるアルガスに、思いっきり舌打ちをしてジェイスは去っていった。
どうせ木陰でメイベルとイチャコラするつもりなんだろう。
ふざけやがって……!
何が、防御に全振りだ。
───もう、防御力をあげるのはウンザリだ!
いくら防御力を上昇させても、人間の体は鋼鉄になるわけではない。
剣で突かれれば刺さるし、鈍器で殴られれば骨だって折れる。
あくまで人間基準の防御力なのだから、ステータスをあげてもおのずと限界は来るのだ。
だから、アルガスはステータスポイントを防御に振るのを止め、不自然にならない程度に敏捷や体力に割り振っている。
残りは、ただひたすら貯め込んでおいた。
いつか、リズと二人だけの冒険に戻った時に彼女と一緒に考えようと思う。
「重戦士」から、「聖戦士」や「魔法戦士」に進化してもいい。
魔法が使えるかどうかは別にして、もう守るだけの壁役はウンザリなんだ……!
「ゴメンねアルガス……。私のせいで──」
「お前のせいじゃないよ。……国の命令じゃ仕方ないさ」
ジェイスの態度に、リズがシュンと項垂れる。
リズがいなければ、ジェイスに絡まれることもなかったのだから、彼女が気にするのも分かる。
だが、
「そんな悲しそうな顔すんなよ。俺ぁ大丈夫さ! なんたって、『重戦士』だぞ!」
その頭をクシャっと撫でてやると、猫のようにスリスリと手の感触を楽しむリズ。
「もう、子供じゃないよー」
とか言いつつ、すごく嬉しそう。
「はは。まだ子供さ。───さぁ、早い所終わらせよう」
「うん!」
せっせっ、せっせとドロップ品を集めるとズダ袋に押し込んで一纏めにする。
う……。滅茶苦茶重そうだ。
「だ、大丈夫? 半分持とうか?」
「大丈夫、大丈夫───さぁ行こう」
リズの機動性を失わせてはならない。
天職「戦士」から、敏捷性にステータスを大きく割いて「軽戦士」に進化したリズは、機動性を生かした遊撃が主任務だ。
双剣と弓を使いこなし、トリッキーかつ華麗な動きで敵を翻弄しつつ屠る。
冒険者になりたてで、勇者パーティに加入した当時のか弱い少女と言った印象はもはやどこにもない。
しなやかで、大型の猫を思わせる強さを見せるリズは、もうアルガスの庇護を必要としていないのかもしれない。
だけど───。
(約束したからな……)
今はもう亡き親友。
聖戦士のリズの親───。
(───わかってるよ……。最低野郎のジェイスの毒牙からは、絶対守るから)
凄まじい重量になったドロップ品を抱えて、傷だらけのアルガスは今日も今日とて、勇者パーティの前衛タンクとして荒野を征く。
なんとか物資がもつうちに、もう一つの魔物の群れを殲滅し、街に帰還できたのはそれから数日後のことだった。
※ アルガスのステータス ※
名 前:アルガス・ハイデマン
職 業:重戦士
体 力:1202
筋 力: 906
防御力:8800
魔 力: 38
敏 捷: 58
抵抗力: 122
残ステータスポイント「+2200」
スキル:スロット1「鉄壁」
スロット2「シールドバッシュ」
スロット3「盾鳴らし」
スロット4「ド根性」
スロット5「咆哮」
スロット6「要塞化」
※ スロット数は職業により変化、
他のスキルと入れ替えることができる ※
第3話「使い捨ての奴隷少女」
「ったく、滅茶苦茶時間かかったぜ」
「どっかの誰かがノロマなせいでね!」
「ホント、どれだけパーティの足を引っ張れば気が済むのやら」
街に帰還し、ギルドにクエスト完了の報告と納品を済ませた後、ジェイスの誘いで併設の酒場に繰り出した時のことだった。
ボリュームだけの粗末な料理と、安さだけが取り柄のクソまずいエールがテーブルに並んでいる間も、パーティのもっぱらの話題はアルガスに対する愚痴だ。
いや、愚痴どころか、安酒をカッ食らいながら出てくるのはアルガスに対する罵詈雑言のみ。
───ちなみに、アルガスだけ奢ってもらっていない。
「ちょ、ちょっと言い過ぎよ! アルガスがいないと危なかったんだから!」
唯一反抗してくれるのはリズのみ。
実際、アルガスが前衛として魔物の群れを押しとどめていなければ、パーティが壊滅してもおかしくない場面がたくさんあったのだ。
ハイオークの群れは元より、その後で遭遇したアイスリザードマンの群れは特に危険だった。
奴らのブレス───「凍える息」による範囲攻撃は、軽装主体のジェイスパーティにとっての鬼門なのだ。
肌の露出の多いメイベルやリズはもとより、軽鎧のジェイスも、ローブ程度の薄い装甲しか持たないザラディンも危うい。
それを一手に引きつけ、全ての攻撃を求引していたアルガスは「タンク」としての役割を完全に全うしていた。
少なくともノロマと馬鹿にされる謂れはない。
だが、リズ目当てのジェイスは事あるごとにアルガスを排除しようとし、こうして仲間を嗾けてくるのだ。
そして、リーダーがそんな調子ならメンバーもその空気に染まるというもの。
「ち……また、だんまりか」
「ほんっと、ノロマで意気地なしねぇ」
「魔王討伐の際に、ノロマな足手まといがいては倒せるものも倒せなくなりますよ」
いくら何を言われたところで我慢我慢。
アルガスはフルプレートアーマーであることを幸いと、フェイスガードを降ろしたままムッツリと黙っていた。
本音では、手にしたジョッキをジェイスの頭に叩きつけてやればどれほど気分がいいか、と思ってはいる。
ついでに、安いガベージパイを熱々のまま、メイベルの顔面に叩きつけ、不純物だらけのスパイスの小瓶をザラディンのケツにブッ刺してやりたいところだ。
「───まぁいい。ホラ報酬だ」
ドンと、デッカイ袋に詰まった金貨、銀貨を無造作に放り出すジェイス。
その金額の音に、周囲の冒険者がゴクリと喉を鳴らしている。
「メイベル」
「はいはーい! わ、やった!」
雑に分けた金貨と銀貨をメイベルにズイっと寄越すジェイス。
喜色満面に受け取るメイベルは目を「$」マークに変えて歓声を上げていた。
「ザラディン」
「おお! これは助かります───欲しい魔法書があったのですよ」
大量の金貨を受け取りホクホク顔の大賢者様。
俗物丸出しの顔で金貨を齧り、真贋を確かめている。
「リズ」
「あ……。その、ありがとう」
先の二人と同等の金額を受け取り、律義に礼を言ってからそっと懐に仕舞う。
彼女は周囲の冒険者の目を気にしているようだ。
「全員受け取ったな? じゃあ、大事に使えよ」
「─────────え……?」
4等分されていた金貨と銀貨の山を3人に分配したあと、残り一山をアルガスに──────なぁ~んてことはなく、ズイっと自分のほうに引き寄せて雑に皮の財布に仕舞うジェイス。
「お、おい……俺の分は?!」
いつもは仲間にくらべて少ないとは言え、10分の1の額程度は嫌々ながらもくれるというのに、今回はそれもない。
ま、まさか……。
「あ? 何言ってんだテメェ。お前のせいでどんだけ時間がかかったと思ってるんだ、クソ鈍足タンクが」
「ふざけるなよ───!」
反射的に言い返したアルガスに、ジェイスが目を剥いて怒り狂う。
ガタン! とテーブルを叩きつけると、
───あ゛?!
「なんだぁ?! てめぇ、ごら! 文句あるのかッ。時は金なりだ。損失分はテメェの報酬から引いた、当然だろうが!! それとも、言い訳でもあんのか?」
な、なんて奴だ!
装備の修理だってタダじゃないんだぞ!
「───せ、せめて、経費分くらいは貰わないと!」
「ふざけろ!…………文句あるなら別のパーティにでもいけばいい。こっちの前衛は間に合ってるからな」
トントンと、自らの大剣をことさら強調して見せるジェイス。
たしかに、大衆から「勇者」と言われるだけあり、ジェイスの強さはグンを抜いている。
それもそのはず。
ジェイスの家は、勇者を輩出した由緒正しい血統の家柄だった。
彼の天職こそ「勇者」ではないものの、希少職の「聖騎士」であり、その強さからも王国からの信頼は厚く、暫定的に「勇者」の称号が授けられていた。
まぁ、それが故に増長して、このクソみたいな性格にひねくれてしまったようだが……。
「く……」
「アルガス───」
ソッと手を重ねてくるリズ。
彼女の言い分───ここで言い争いはしないでおこうと、目で語っていた。
(そ、そうだった……!)
ギルドで争うと、ギルド職員の目に留まるのだ。
もし、こんな公の場所で争っていると思われると、明確なパーティ追放の大義名分を与えてしまう。ギルドからも正式に脱退勧告が出されることだろう。
いや、むしろそれを狙っているのだろうが……!
実際、態度の悪いギルドマスターがアルガスを睨んでいる。
こりゃまずい。あの俗物はジェイスに取り入る気満々だからな。
その先を想像したアルガスは、仕方なく頭を下げた。
「わか……った」
「ふん──────あ、そうだそうだ」
ジェイスが懐から銀貨を一枚取り出すと、ピィン♪ と弾いてアルガスにブチ当てた。
「いだ!……お前ッ!」
「それで、そいつを洗ってこい───湯代だ」
そいつ……?
アルガスが疑問に思う間もなく、ドカッ! とテーブルの下で足を置いていたそれを蹴りだした。
「きゃあ!」
悲鳴をあげるそれは、決して足置きなどではなく、…………まだ幼さの残る少女だった。
「ジェイス!!」
思わず駆け寄り、抱き起すと随分痩せこけているのが分かった。
その身体は悲しいくらい軽い……。
「───新しい荷物持ちだ。値段の安い奴で『ポーター』持ちは、その小汚いガキしかいなかったんでな」
「うううう……」
ボロボロの衣服の少女が、怯えて縮こまっている。
酷い体臭で、ドロドロに汚れているが、やけに綺麗な目をした幼子だ。
だが、その肩にはしっかりと奴隷の焼き印が刻まれている。
恐らく、奴隷狩りに掴まったか、あるいは口減らしに売られたのだろう。
よくある話だ……。
天職『ポーター』は非常に重宝される職業の割りに、比較的その数も多くありふれている。
しかも、天職としては成長性が少ない職業のため死亡率は高く、その扱いは非常に雑なものが多かった。
主な用途は───。
荷運び人、密売人、盗品の保管場所やら、長距離運搬奴隷などなど……。
しかし、冒険者になるものも多い。
なぜなら、天職『ポーター』持ちは異次元収納袋という能力があり、荷物を多く運べる。
そのため、ドロップ品を持ち帰る必要のある冒険者のパーティには、必ずと言って言い程加入している。
とはいえ、所詮はポーターだ。
戦力としては期待できず、荷物を多く運べる程度の役目しかないため、基本は使い捨てられる。
そして、使い捨てがために奴隷としての需要が高い……。
この少女も恐らく、最初から使い捨て用の『ポーター』として、安値で売られていたのだろう。
今足元で震えている少女とは、似ても似つかないものの、以前にジェイスによって使い潰されて死んだ『ポーター』の少女が、今の彼女の姿と重なり、アルガスの胸がズキリと痛んだ。
「わかった───……ジェイス。今度は死なせるなよ」
「は! 使い捨てさ。次のクエスト完了までもてばいい。……さすがにガキ過ぎる」
こいつ!
多少でも肉付きが良ければ、本当に手を出すつもりだったのだろう。
ジェイスの野郎はマジに腐ってやがる!
くそッ!
「……………………行こう。名前は?」
怒気を吐き出すように重々しく息をつくと、装備と荷物をまとめと、アルガスは少女を抱きかかえて酒場を出た。
ブルブルと震える少女を見て優しく話しかけるも、口を開いてくれない。
そりゃそうか……。
とくに咎めるでもなく、アルガスは少女の手を繋いでギルドをでた。
そこに、
「───待ってよ、アルガス!」
酒場からリズが後を追ってくれた。
ジェイス達は、まだまだ管をまく気らしいも、リズがそれに付き合う道理はないのだから当然だろう。
「リズ───悪いけど、部屋を貸してくれるか?」
「え? うん───いいけど……?」
色々金銭面で困窮しているアルガスは、街の安い宿屋───木賃宿に仮宿している。
ちなみにリズはジェイス達と同じ、お値段そこそこの、イイところに泊まっている。
もちろん、恐縮したリズはアルガスと同じ宿に泊まろうとしたり、あるいはアルガスの分の代金を建て替えようとするが、さすがに娘のような子に集るなんてカッコ悪い真似はできない。
だから、訓練に都合がいいと適当に嘘をついて木賃宿に泊っているのだ。
「この子を洗ってやりたい───あと、なにか食べさせないとな」
「あ……うん。そうだよね。わかった!」
うん、リズはイイ子だ。
というか、道義的に俺がこの子を洗うのはヨロシクない。
ここはリズちゃんに任せよう。
小さく縮こまる少女を抱え、二人はリズの宿に向かった。
宿屋の主は宿泊客でないアルガスの存在と、小汚い少女を見ていい顔をしなかったが、リズがチップを弾むとホクホク顔で湯と軽食を用意してくれた。
そして、湯あみ用の小さな個室にリズが入り、湯桶で少女を洗ってやるとようやく落ち着いたのか、清潔な服を着せられた少女は安心したようにリズにピッタリとくっ付くように懐いていた。
「アナタのお名前は?」
「……み、ミィナ」
小さな声で囁くようにつぶやいたミィナは、リズが間に合わせで着せた彼女のシャツをブカブカと纏っていた。
「服まで悪いな」
「ん? いいよ。それよりも、アルガスだけが負担するなんておかしいよ!」
プンプンと怒りをあらわにするリズ。
その姿に、ミィナがビックリして、今度はカサササとアルガスの背に隠れた。
まるで拾いたての猫だな。
そんな風に思いつつ、優しく頭を撫でてやる。
「大丈夫だ。何もしないから───ほら、食べな」
リズに礼を言いつつ、宿が用意した軽食をミィナに差し出すと、彼女は物凄い勢いでガッツキ始めた。
硬いパンに、ベーコンと野菜が浮いただけの薄いスープだが、それでも彼女にとってはご馳走に思えたらしく、涙ぐみながら食べ進める。
「ゆっくりと食べろ。胃がビックリしてひっくり返るぞ」
「えぐ……ひっく。ふ、ふぁい」
ポンポンと頭を優しく撫でつつ、水差しから冷えた真水を差し出してやる。
コップを両手で掴みながらクピクピと飲むと、ミィナは「ケプッ」と小さなオクビをたてた。
その様子をリズと一緒にホッコリと見ていると、ミィナが恥ずかし気に俯きつつ、
「あ、ありがと、ござ、います───」
と、舌ったらずながらも律義に礼を言った。
まだまだ幼いが、しっかりと挨拶のできる利発な少女らしい。
だが、それ以上に……これから彼女に待ち受ける過酷な運命を思うと、それだけでアルガスは暗澹として気持ちになった。
ジェイスがポーターとして彼女を買った以上、次の冒険に同行させることだろう。
ポーターなしで探索に行くのは効率がヤバい悪すぎる。
つまり、彼女を死地につれていかざるを得ないのだ。
魔物蠢く荒野へと───。
だが、それがこの世界の普通であるし、ジェイス達といえど、物資無しでは生きていけない。
つまり、ポーターの存在は絶対に必要でもある。
それでも───……。
ムッツリと黙り込んだアルガスに、ミィナが不思議そうな顔をしている。
その顔が、先日死んだポーターの少女を彷彿させ、アルガスの胸がまたズキズキと痛む。
救えなかった少女───……。
見殺しにするしかなかった自分の不徳さ。
そして、弱さに───。
でも、きっとこの子は理解していない。
高Lv冒険者に雇われたポーターの仕事というものを……。
苛酷で、辛く、そして死の危険が常に隣り合わせにあるという───冒険者パーティのポーター。
第4話「いきなり大ピンチ」
ボロボロの装備を手直ししつつ、リズから資金を借りてでも最低限の修理を終えたアルガスは、なんとか次の冒険に間に合った。
そして今、魔物蠢く荒野のただ中にて、ミィナの手を引いてジェイス達の後を追っているところだった───。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ」
重装備に大荷物のアルガスは息も絶え絶え。
ミィナも慣れない行軍と、大荷物で今にも倒れてしまいそうだ。
(ジェイスのやつ……。行動速度を考えやがれ!)
軽装のジェイス達についていくのは至難技だ。
結果、無駄に体力を磨り減らすしかない。
しかも準備不足。
いかにも慌てて準備したと言わんばかりの編成だ。
だが、それもこれも理由がある。
あの町で、ある程度の休養をすませたSランクの勇者パーティ「光の戦士たち」だったが、突如としてギルドから発せられた緊急クエストに駆り出されたのだ。
まだ完全に傷の癒えないアルガスではあったが、パーティがクエストに行くというのに、一人休むわけにはいかない。
それを口実にジェイスに脱退を勧告されるかもしれないし、それに、なにより───リズとミィナのことが心配だったのだ。
「ち……。今回の街はハズレだな。人をこき使いやがる」
ジェイスが苦々しく吐き捨てる。
(よく言うぜ……自分から勧んで引き受けたくせに───)
ジェイス達のパーティの目的は、魔王討伐と銘を打っていても、やっていることは通常の冒険者と何ら変わらない。
それもそのはず。
魔王とは一定周期で出現する災害のようなものだ。
数年前に出現した魔王は、軍団級の魔物の群れを率いて辺境の国々を襲った。
あわや世界の危機かという時に、ジェイスの先代である本物の勇者が老骨に鞭を売って出陣し、あっさり討伐してしまった。
その代わりにジェイスの先代───当時の勇者もポックリと逝ってしまったのだが……。
それに驚いたのは王国首脳部だ。
まさか勇者が死ぬとは思わなかったらしく、最強の戦力不在に慌てた王国が、次代の勇者を無理矢理選定し、鍛え上げることを決定したのだ。
───そいつがジェイスだ。
血筋は申し分なし。
腕もそこそこ強い。
天職も「聖騎士」と希少職。
当然、王国首脳部はジェイスを後任に据えた。
だがそれが故に、この歪で傲慢な勇者ジェイスが誕生してしまったというわけだ。
対して人生経験もない若造が、突然に最強の地位と権威を得る。
そりゃあ、増長するってものだ。
だが、人格が伴わないことは、王国とて百も承知であった。
しかし、ジェイス以上の強者がいないこともあり、暫定的な処置として留め置いているらしい。
それは、軽率も軽率な判断だ。
人々の間から本物の「勇者」が現れたらジェイスをどうするつもりなんだか……。
そもそも天職「勇者」が現れれば、魔王への備えは完璧なのだ。
ただ人から鍛え上げてどうにかなるものではないはず───。
だが、いないものはしょうがない……。
対魔王のカウンターとして強者を育て上げるのが喫緊なのだが、いかんせん───そのためには、とにもかくにもLvをあげなければならない。
そして、王国に留まっているだけではLvは上がらない。
だから、こうして「光の戦士たち」を編成し、冒険者の真似事をして諸国行脚をさせているというわけだ。
次の魔王の出現に備えて……。
とはいえ、ジェイスの素行の悪さは折り紙付きなので、王国は表立って援助できないとの噂がある。
つまり───あまりやらかしすぎると、国は本気でジェイスを切る気なんだろう……。
汗だくになりながら、アルガスはジェイスの背中を苦々しく眺めていた。
「あー! 面倒くせぇ、やってられるかっての!」
「まーねー。もう次の街いこーよー!」
「まったくです。こんな割の悪いクエスト。私達の仕事ではありませんよ」
似た者同士でブーブー不平を言いまくるメイベルとザラディン。
不平を周囲に零しても空気が悪くなるだけなので、リーダーなら普通はしないものだが……。
ま、ジェイスだしな。
「ち───! おらぉ! とっととあるけ! ノロマにクソガキぃぃ!」
罵倒されるアルガスたち。
だが、人間には限界ってものがある。
小さな女の子ならいわんや。
ぜいぜいと肩で息をするミィナは本当に辛そうだ。
彼女の異次元収納袋は、低Lvゆえ収納量が少なすぎた。
そのため、溢れたものは彼女自身が担がねばならなかったのだ。
もちろん、アルガスも手を貸している。
だがそれでも、だ。
どうみても、女の子にこの荷物の量は酷だろう。
「───ジェイス、無茶だ! この子の体力が持たないぞ?!」
アルガスも汗だくになりつつ、懸命に歩くミィナの手を引いてやるくらいしかできない。
「ふっざけろ! ポーターの仕事は黙って荷物を運ぶことだ! とっと歩け!」
「あー……ホントのろま」
「日が暮れますね」
がなり立てるジェイスと、ゲラゲラと笑うメイベル達。
リズは──────……先行して偵察に行っている。
「ち……。グズグズしてると他のパーティに手柄を奪われるぜ」
今回のクエストは、多数のパーティが投入されるほどヤバイものらしい。
というのも、将軍級の魔物が現れて、近隣の魔物の群れを吸収して軍団を編成しかけているというのだ。
いわば、プチ魔王の出現。
ギルドからのクエストは、緊急の───『将軍級の討伐』だ。
そして、文句を言っていた割に、ジェイスはヤル気満々らしい。
魔王より格下の将軍級とは言っても、それはつまり魔王に次ぐほどのヤバイ魔物だということ。
だからだろうか?
ジェイスなりに、そいつを倒せば箔がつくと思っているんだろう。
「ぜぇ、ぜぇ……ミィナ。大丈夫か?」
「はぁはぁ……う、うん。だ、大丈夫───。でも、の、喉が渇いて」
どう見ても大丈夫じゃない。
水を欲しがっているが、あまり飲ませるのは危険だ。
汗になって流れ落ちるだけ。
むしろ水を飲めば、発汗作用で余計に疲労が激しくなるだけだろう。
こういったとき、口の中を湿らせる程度で済ませるほうがいい。
酷だとは思いつつも、アルガスにも余裕がない。
しかたなく、水筒を取り出すと、手に受けて少しだけミィナに飲ませた。
「んく、んく……ぷぁ」
もっと飲みたいと目で訴えられるも、アルガスは鉄の意志でそれを振り払う。
でも、ウルウルの目で見られると心臓に悪い……。
なんか意地悪してるみたいだもん。
その時、不意に周囲の荒れ地の土がパラパラと音を立てて踊り始めた。
「なんだ……地震か?」
ジェイスは怪訝な表情で周囲を窺ったときのこと───。
「───ジェイス! リズが戻ってきた……。あれ? リズだけじゃないよ?」
突然の地震と、遠目に見るリズの様子に気付いて、さっきまでゲラゲラ笑っていたメイベル達は不意に表情を引き締めて警告する。
そのうち、ザラディンは遠見の魔法を使ったらしく、正確に情報を伝えていくが……。
「所属不明1……。敵影はなし。あれは、他のパーティでしょうか? それだけにしては、随分と焦っているようですね。リズがその一人に肩を貸していますが───」
細目のザラディンが、さらに目を細くして前方を窺っていると、
どどどどどどど……。
「なんだ? 群れか───……。いや、違う。な、なななな! な、んだあの数は!?」
パラパラと踊る土が、徐々に音を激しくたて、周囲の地形ごと振動させ始める。
一体これは──────。
そして、視認距離にリズが到達すると、彼女はあらん限りの声で警告したッ!!
「───皆逃げてぇぇえええ!!」
物凄い速度で駆けてきたリズが、大きく手を振りながら警告を発している。
だが、事態が掴めない「光の戦士たち」の面々は顔を見合わせるのみ。
それよりも、まずは彼女を収容したいところだが、まだ距離があり過ぎる───……。
「どうしたリズ! 何があった?!」
大声で聞き返すジェイスにリズは一言──────!
「軍団よ!」
※ ※
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
荒野の果てに土埃が起こっていた……。
軍団───。
単一種からなる群れとは異なり、統率者に率いられた様々な魔物の群れの集合体のことである。
それは時に、千から万単位の魔物の集合体になることもあり、
そして、時に小国であれば瞬時に滅ぼすこともあるという。
それを規模が大きくなる前に殲滅するのが、今回の緊急クエストだったのだが……。
既に───時、遅し。
将軍級は思ったよりも優秀な個体だったのか、ギルドが想定するよりも早い速度で群れを吸収していたらしい。
この規模になると、本来であれば、本物の勇者かあるいは軍隊をぶつけなければならないのだが……。
ここには、そのどちらもない
なぜなら、この依頼が国に持ち込まれるより先に、ジェイスが他のパーティと共同で解決できると豪語してしまったからだ。
ようするに、ジェイスが自分の箔を付けるために、無理やり冒険者だけの案件にしてしまったのだ。
だが、事はそれだけでは済まない。
なんせ、ジェイスの想定をはるかに上回る規模で群れから軍団化してしまったのだから……。
これは、明らかに彼の誤算だろう。
「───なんてこった!!」
頭を抱えるジェイス。
それだけに、「光の戦士たち」の能力を超過していることは火を見るより明らかだ。
そして、あっという間に大地を埋め尽くさんばかりの規模で膨れ上がる魔物の群れ! 群れ! 群れ!!───いや、軍団だッ!!
「ジェイス! 撤退するぞッ」
勝ち目はないと悟り、アルガスが早期後退を意見具申するも、
「ば、馬鹿め! あ、あああ、ありゃ、俺の獲物だ!」
ジェイスは顔を引きつらせているが、それでも立ち向かおうというらしい……。
冗談じゃないぞ!?
お前が勝手にくたばるのは好きにすればいいけど、リズとミィナまで巻き添えにするなよ!
「よ、よし! メイベル、支援魔法をかけろ! ザラディンはデカい範囲魔法を準備だ!」
「りょ、了解!」
「わ、わわわ、わかりました!」
二人は一瞬顔を見合わせて、「ホントにやるの?!」と言いたげだ。
だが、
「───はっ! やるぞぉぉお!! リズを収容したら、フォーメーション、パンツァーフロントだ!」
ば!
「馬鹿言うなジェイス! あの数だ───俺一人で支え切れるわけがないだろう!!」
しかも、荒野!
ここが隘路ならまだしも、遮るものがない場所でどうやって「タンク』」をやれというのか!?
肉壁なんか、あっと言う間に飲みこまれて後方に浸透されるのが目に見えている。
「そのために、こいつがあるんだろうが!」
ジェイスがミィナを引き寄せると、彼女の背嚢をひったくり、中から『魔物寄せ』の「匂い袋」を取り出した。
動物の生肉やら、血などの臭気の強い部位と、フェロモン物資を混ぜて作った魔物を引き寄せるアイテムだ。
───って、それで何をする気だ?!
「おらよ!!」
「うぐ!!」
ベチャっと、酷い匂いにするそれをアルガスにぶつけると、前面に向かわせる。
更にいくつもいくつも、「匂い袋」を地面にぶちまけると、そこにアルガスを立たせて言った。
「これなら十分に敵もよってたかってくれるぜぃ! はは、人気者はつらいよなー?」
「む、無茶だ!」
「黙って壁役やってろ! のろま野郎が!」
く……!
「支援魔法おわったよ!」
「大魔法、準備よし!!」
ジェイスの自信に満ちた顔と、アルガスの鉄壁に気を良くしたのか、メイベルとザラディンも先ほどまでの悲壮な様子はない。
それどころか、笑いながらアルガスに向かって更に匂い袋を投げつけてくる。
はっきりいって「死ね」と言われているようなものだ。
「く……!! ミィナ! 隠れていろ」
オロオロと匂い袋が取り出されていく様を見ているしかできないミィナだったが、アルガスの声を聴いて、ぎこちなく頷くと、地形に起伏に身を潜めた。
小柄な彼女なら簡単には見つからないだろう。
そこに……。
「───ジェイス、何やってるの?! 早く逃げなきゃ!!」
脱兎のごとく駆けてきたリズが、全身汗だくになりつつもジェイスに警告を発する。
「はっ。馬鹿を言うな! こんなチャンス滅多にないんだぜ」
「そうよ! ジェイスがビックになる瞬間をこの目で見なきゃ!」
「私の魔法も、この瞬間を待ちわびていましたよ!」
ギラギラと目を光らせる三人を見て、表情を引きつらせるリズ。
そして、匂い袋まみれになっているアルガスを見てさらに顔を青く染めていく。
「な……。何やってるのよ! これじゃアルガスが!」
ジェイスに取り付き、ガクガクと揺さぶるも、涼しい顔をしているクソ野郎。
「あ、アンタ───雷光のジェイスか?」
そして、一人だけ場違いな奴が……。
リズに肩を貸されていた冒険者だ。
傷だらけで息も絶え絶え、他の仲間は軍団に飲み込まれたらしい。
「ほう。知ってるいるのか? いかにも───俺が雷」
「今すぐ逃げろ!! 敵はオー」
ブシュ!!
何かを告げようとしていた冒険者の顔が歪に変形する。
見れば顔から何かを生やしているじゃないか……。
「ぎゃあああああ!!」
メイベルが物凄い悲鳴をあげて後退ると、そこに覆いかぶさるようにして冒険者の死体が斃れた。
「な、投槍───?! あの距離から投げたのか!」
驚愕に目を見開くジェイスだが、リズはそこに畳みかける。
「み、見たでしょ!! 無理! 5人だけで倒せる規模じゃない───それに、」
て、
敵は──────。
「オーガキングなのよ!!」
第5話「パーティ崩壊!」
オーガキング───。
人型魔物の最上位種のオーガにして、その希少種だ。
体格だけでも人の5倍。
通常のオーガよりも、倍近い体躯を誇る化け物だ。
しかも、統率者としても優秀で、魔王級の化け物といっても遜色はない。
そいつがここに来る……?
そして、ジェイス達のパーティを強襲する?!
む、無茶だ!!
「お、オーガキングだぁ?!」
さすがにこれにはジェイスも驚いたらしいが、即撤退という考えはないようだ。
自分の実力に過信しているのか、それとも虚勢か……。
いずれにしても、もう時間がない!
「じぇ、ジェイス、まずいって!」
「さ、さささ、さすがにオーガキングは───」
パーティのイエスマンこと、メイベルとザラディンも泡を食って反論している。
さすがにオーガキングは、二人をしてヤバいと感じているようだ。
「う、うるさい!! やってみないと分からんだろうがッ!!」
メイベル達に一喝して黙らせると、バチバチバチと、大剣に雷光を纏わせ始めたジェイス。
彼の二つ名の通り、雷光を剣に纏わせ敵集団にぶち込む強力な特殊スキル「雷光剣」だ。
「ばかぁ!! もう間に合わないわ!!」
リズが絶望と諦めに満ちた顔で双剣を構える。
彼女の足なら逃げ切れるだろうが、リズにはアルガスを置いて逃げるという選択肢はないのだ。
だが、それを許すアルガスではない!
「───ジェイス! ここは俺が支える! 今すぐリズを連れて逃げてくれッ!」
オーガキングの名を聞いた時から、アルガスにはある種の諦めがあった。
ノロマと言われるだけに、足は遅い。
リズだけならともかく、アルガスの足では軍団から逃げ切るのは無理だろう。
身を隠す方法もあるにはあるが、匂い袋のせいで隠れたところで必ず見つかる。
そして、死ぬ──────呆気なく。
だから、今できることはリズを逃がすことだけ。
彼女がアルガスを置いて一人では逃げないことを知りつつも、ジェイスが強引につれていけば、それは別の話だ。
下種で下心丸出しでも、ジェイスの力ならリズを強引に連れ出せるだろう。
ジェイスに任せるのは業腹だが、ここでリズが死ぬよりも遥かにいい。
そう思ってさらに声を掛けようとするアルガスだが、
「おい、ジェイス───頼むから、」
「ふざけろ! 俺の手柄が向こうからやってくるんだ! おもしれぇじゃねーか!!」
アルガスの言葉に耳など貸さずに、好戦的な目つきでそう言い切ったジェイス。
そして、その眼前についに魔物の軍団が到達した!
大地を黒く染め上げるほどの規模で、地震のような地響きを立てて軍団が来る!!
ぐるぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!!
そして、一際巨大なオーガが咆哮し、魔物たちの軍団はジェイス達を飲みこまんとする!
「ぎゃはははは! 来たな、鬼ぃぃ!! ほおぉら、デカいからいい的だぜぇぇぇえ!」
バチバチバチバチバチ───!!
ジェイスの雷光が一際輝き、最高潮に熱量をあげる!!
「食らえッ──────雷光剣!!!」
ズドォォォォオオオン!!!
稲妻が落ちたような爆音を立て、真っ直ぐにオーガキングに向かう雷光!
それがオーガキングに直撃するッッッッッッッ!
バチィィン!! と一瞬オーガキングの体が真っ白に染まり、「やったか!」とジェイスが喜色を浮かべるも───。
────ごるるる……。
「な………………!?」
ズンズンズンと、先ほど変わらぬ様子でオーガキング厳めしい顔を向けて軍団を進めている。
よく見れば、体毛が少し焦げている程度……。
「ば!? は、外した、のか?」
バカ野郎! 直撃したっつの!!
アルガスも多少は期待していただけにその衝撃は大きい。
だが、ジェイスは現実が見えていないのか、次々に雷光剣をオーガキングにぶつけるも、全く効いていない。
それどころか少しも怯んだ様子をみせず、巻き込まれて焼き焦げた配下の死体を見て顔を歪めているのみ。
「う、うそだろ……!」
茫然としたジェイス。
それを見て真っ青になったメイベルがジェイスを揺さぶる!
「ば、ばか!! 効いてないじゃない、逃げなきゃ!!」
「そんなはずがない!! ザラディン! さっさと、魔法をぶっぱなせ!!」
「は、はいぃぃい!」
ブツブツと発動の詠唱を唱えるザラディン。
既に構築していた魔法式を発動させるだけなので、瞬発するはず!!
「大地よ、爆ぜろ!!」
カ───ズッッドォォォォォオオン!!!
ザラディンの魔力が迸り、軍団のど真ん中で大爆発が起こる。
その中心にいたオーガキングも足元が爆ぜ、ブッ飛ん……─────────でない!!
あ、あの野郎。
爆発の瞬間、地面をぶん殴って威力を相殺しやがった!!
「ば、ばばばばばば、ばかな!? 威力が減衰したぁぁぁあ!?」
本来ならもっと広域を吹っ飛ばせる大魔法も、オーガキングの出鱈目な攻撃力でかき消されてしまった。
これでもう、「光の戦士たち」の攻撃手段は打ち止めだ!!
必殺の雷光剣も効かず、大魔法でも倒せないなら──────打つ手なし!!
「逃げろ!!」
「逃げるわ!」
「逃げます!」
ジェイスの反応は早い。
恥も外聞もかなぐり捨てる勢いで撤退開始!
「ちょ、ちょっと! アルガスを援護してよ!!」
だが、リズは逃げない!
鈍足ゆえ逃げられないアルガスを援護するために、効かないと知りつつも弓を射る!!
射る!!
射る!!
射るッッッ!!
ド───ぶしゅ……!
「ぐるぁぁぁおあお?!」
それがたまたまか、狙っていたのか───オーガキングの片目に直撃し、奴に初めてダメージを与えた!
激痛のあまり、片目を押さえて膝をついたオーガキング。
配下の動きが一瞬止まり、周囲を静寂が包む。
「やった……の?」
射ったリズ自身が驚き、茫然としている。
もしかすると、リズなら─────……。
「ぐるぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ビリビリビリ……!!
冗談抜きで空気が震えた。
オーガキングの怒りの叫び!
無理だ!
これは──────!
「リズ、逃げろッッ!」
ズボッ、と矢を引き抜き───目玉の付いたそれを投げ捨て踏みつぶすと、ハッキリとリズを睨みつけて、巨大な指を差し向けて咆哮する。
……だから、意味が分かった。
「ぐるぁぁぁぁああああああああああ!」だ!!
さ、
「───させるかぁぁぁあ!!!」
パーティに到達せんとする軍団に敢然と立ち塞がったアルガス!
ズシン! ズシン!
「───ぅおらぁぁぁあああ!!」
まるで津波のように押し寄せる魔物の軍団に、真正面から全力でのシールドバッシュを叩きつけたッ!!
ほとんど鉄板にしか見えないタワーシールドの一撃は、強く重く凄まじく!!
───バッカァァァアアン!!
軍団の先頭を征くグレーターゴブリンの小集団を一撃でぶっ飛ばして後続にぶちまけた。
「リズに手を出すなぁぁぁぁあああ!!」
護身用の剣を引き抜くと、ヘイトを集めんとばかりに、ガンガンガン! とシールドに叩きつけ軍団を挑発する。
ただでさえ強い匂いを放っているのだ。
そして、たった一人で軍団の前に立ち塞がるアルガスに、一気にヘイトが集中する。
ごぉぉあああああああああ!!!
ぐるあっぁぁああああああ!!!
げぎゃぁぁぁああああああ!!!
多数の魔物が発する咆哮がアルガスに集中し、一斉に襲い掛かられる。
それをすべて受け止め、いなし、弾き返し、肉壁たる「タンク」の役目を全うするアルガス!!
───そうだ! これでいい!
散々殴られ、突かれ、噛みつかれても、防御力「8800」は伊達じゃない!!
───かかってこいやぁぁあ!!
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
シールドバッシュ!!
シールドバッシュ!!
シーーーーーーーールド、バぁぁぁぁああッシュ!!!!
───ズガァァァアン!! と、大型馬車が衝突する様な音を立てて魔物の軍団を押し返すアルガス。
「す、すげぇぇ……」
「か、関心してるばあいじゃないわよ! 逃げよ?」
「そ、そうです!! 彼の勇敢な献身を讃え。ここは今すぐ撤退すべきです!」
そんなことはジェイスも、もちろん分かっている。
だが、まずいんだ……!!
「ちぃ! のろまタンクめ、飽和するぞ!」
オーガキングが嗾ける魔物の数がドンドン増えていく。
アルガスに取り付いていた連中も押し返されてはいるが、その枠から外れた連中が徐々に数を増やし始めた。
目標はリズ─────いや、ちがう!! もはやパーティ全部だ!
それを見て、アルガスは必死に振り返ると言った───。
「───いけ!! 俺に構わず、リズを連れて行けぇぇええ!」
「へ……。言われるまでもない!」
素早い動きでリズに迫るジェイス。
弓を連射するリズはその動きに気付かず、ズン! と当て身を受け昏倒する。
「あぐッ!!……───アルガ、す」
ドサッ……。
力の抜けたリズをジェイスは担ぐと、
「よう、アルガス──────……あばよ。リズは俺が貰ってやるよ」
く……!!
分かってるさ───だけど、ここで果てるよりは、まだ!!
「あとは……おら、ガキぃ!! 時間稼げや!!」
「きゃあ!」
って、おい!!
リズを担いでいる分、足が遅くなるのを懸念したのか、ジェイスの野郎はあろうことか身を隠していたミィナを引っ張り出すと、匂い袋を叩きつけ軍団の前に放り投げた。
「ほぉら、餌だぞ!! あははは!」
「な、何をしている?!───ジェイス!!」
み、ミィナが!!
「へっ。言っただろ? 使い捨てだってよ」
こ、
コイツ───……!!
コイツ──────!!
「あばよ、アルガス───……精々軍団を引きつけておいてくれ。俺はこのまま別の街にズラかるぜ」
こ、この野郎!!
「ミィナもつれていってやれよぉぉぉお!」
「ぎゃはははははははは! 何度も言わせんなよ───使い捨てってのはこーゆことさ」
ぎゃーっはっはっはっはっはっは!!
軍団をさらに煽るように大笑いするジェイスは、メイベルとザラディンの補助魔法を受けて速度をあげると、あっという間に走り去っていった。
それも、緊急クエストを出した街とは別方向にだ。
危機を伝えるでもなく、いっそ街ごと滅べと言わんばかりに!!
あの野郎──────…………!!
……ッ、
「───ジェぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええーーーーーーーィス!!!」
第6話「防御力MAX───!!」
「あの野郎ッ───!!」
ま、街が滅ぶぞ!
いや、それ以上の被害が出る───!
「くそ、それも狙いか……。自分の醜聞と失態を隠すためにってとこか! なんて野郎だ───」
「うぅ……」
走り去るジェイスを憎々し気に睨むアルガスの耳に、ミィナの呻き声が届く。
ジェイスに遠慮なしに投げられて、何処か負傷したのだろう。
「た、助け……」
だけど、
助けようにもこれ以上は俺も────!!
「痛いよぉ……。死にたく──────」
ッッッ!
くっそぉぉおお!!
子供を前にして、放っておけるかよぉお!
テメェら───、
「……どけぇぇぇぇえええッッッ!!」
群がる魔物を振りほどき、もがくアルガス。
だが身動きできない!!
群がる魔物が邪魔だ!!
装備がなんて重いんだ!
あぁ、くそ!!
ミィナ、今行くッッッ!!
「───うがぁぁぁああ!!!」
今、行くッ!!
すぐ行くッ!!
早く行くッ!!
───盾が邪魔だ!!
───兜が邪魔だ!!
───具足が邪魔だ!
俺の剣に、群がるなッッ!!
「───ぐおぉぉぉおおおおおお!!!」
ズシン! ズシン!
魔物が縋りつく装備を少しずつ遺棄して、アルガスは拘束から逃れると、鈍足のままミィナに近づく。
その肩に魔物が噛みつく。
その背中を魔物が蹴り抜く。
その腰を魔物の剣が、貫かんと撫ぜる。
だが、それがどうした!?
俺の防御力は「8800」じゃぁぁああ!
彼女を襲わんとしているグレーターゴブリンを殴り飛ばし、
彼女を解体しようとしていたオーガを叩き伏せ、
彼女を組み敷かんとしていたクリムゾンオークを投げ飛ばすと───!
アルガスは、ついにミィナにたどり着く!
「ミィナ!!」
「あ……あぅぅ!!」
恐怖で濁った目をアルガスに向けるミィナ。
ボロボロの姿。
先日死んだ少女の物に重なり、二度とあんな目にあわせないと誓った……。誓わざるを得なかった。
今度こそ、必ず君を助けると──────あの日、死んだ少女に語り掛ける!!
「俺は『タンク』だぁぁぁああ! 極振りステータスの、防御力8800を舐めんなよぉぉおおおおお!!!」
防いでやる!
凌いでやる!
耐えて見せる!!!
───俺の防御力は伊達じゃないッ!!!
「掛かってこいやぁぁぁぁああああ!!!」
そうとも、
重戦士の防御力は伊達じゃないッ!!
「ミィナ! 目を閉じて、耳を覆っていろッ」
あぁ、そうだ!!
───君のような女の子が、こんな場面を見なくていい!!
ミィナを抱きしめ、その身を完全に覆って見せると、アルガスは身を固くして地面に伏せる。
鎧の防御と、自身の防御力に依存して、ミィナだけは守って見せると!!
「あおあおあおああああああ!!」
がんがんがん!!
ザクザクザクザクッッ!!
何度も何度も魔物殴られ蹴られ、剣で突かれる!
「ぐぅぅう!!」
だけど、耐える!!
耐えて見せる!!!
「げぎゃぁぁぁああ!!」
「ごぎゃごぎゃ!!」
魔物の容赦ない一撃一撃が、アルガスを滅多打ちにする!
くそ───!
防御力がこれほどあっても、まだダメージが通る!
例え8800でも、ダメージが蓄積されていく……!
足りない……。
足りない……!
足りないッッ!!
───防御力が足りないんだよぉぉおお!
「───もっと、もっと、もっと! もっと防御力をよこせぇぇぇぇええええ!!」
うがーーーーーーーーーーーーー!!!
アルガスはステータス画面を呼び出し、貯め込んでいたステータスポイントを、防御力にガンガン叩き込んでいく。
『残ステータスポイント +2200』
それをぉぉおおお!!!
全部だ!
全部だ!!
全部に決まってるッッ!!
───全部、叩き込んでやるぁあッッ!!
がががががががががががが!!
物凄い勢いでステータス画面を連打し、ステータスを割り振っていく───。
当然、防御に極振りだ!!
8800が、8955に!!
8955が9300に!!
まだだ!!
まだだ!!
まだ、足りない!!
余裕のあったステータスポイントがガンガン減り続けるも、アルガスは気にしない。
あれ程嫌がっていた肉壁のための防御力を、さらにさらに、さらにと極振りしていく。
だって、まだダメージが通る!!
まだ、魔物の攻撃を防げない!!
また、守れないぃぃぃいい!!!
早く! 早く、早ーーーく!
───もっと早く、上昇しろッ!!
『残ステータスポイント +1100』
がががががががががががががが!!
9300が、9788に───!!
それでも、ゴブリンの一撃が!!
オークの一撃が!
オーガの一撃が!!!
まだだ!!
まだ、足りない!!
「もっとだぁぁぁぁああああああ!!!」
がががががががががががががが!!
9788が9998に!!
まだだ!!
まだだ!!
まだ足りない!!
9998が9999!!
「足りない、足りない、足りない!!!」
全然たりない!!
この子を守るためには、全く足りない!!
ミィナを守るためにはまだまだ足りない!
9999!!
9999!!
9999!!!
どうした!!
上昇しろ!!
俺の防御力──────!!
俺は、重戦士だろう!!
全ての攻撃を跳ね返す重戦士だろうがぁぁぁあ!!
あがれ、あがれ!!
あがれ!!!!!!
防御力よ、もっと上がれ!!!
9999がどうした!!
その先へ、刹那の先を越え、一ミリ、一シュトリッヒ先でもいいから、9999を越えろ!
俺を本当に鉄壁に!
肉壁に!!!
全てを守る『タンク』にしろぉぉぉおおおおおおお!!!!
ステータス画面の防御力「+」を叩き続け、9999をさらに上書きするも、動かない!!
動かない!!
動かない!!!!!!!
動けっっっっつてんだよぉぉおお!!!
「───がぁぁああああああああああ!!」
連打し続け、魔物の攻撃を耐え続けるアルガス。
ただ、限界は来る。
いくら防御力を9999にしても、人は鋼鉄にはなれない。
筋肉も骨も剣を弾き返すことはできない!
人は──────「重戦士」は、ただの人なのだ!!!
「───あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
この腕の中の小さな温もりを守りたいッッッ!!
この子だけは救ってくれ!!
ミィナを救ってくれッッ!!
だから!!!!!!!!
「防御力9999」─────!!!!!
そんなじゃ、足りないぃぃいいいいいいいいいいい!!!!!
俺を盾役に!!
俺を肉壁に!!
俺をタンクに!!!
ノロマでもなんでもいいから、俺を無敵のタンクにして見せろぉォぉおおお!!!
動かないはずがないと、確信と妄信に似た思いでスタータス画面を叩き続けるアルガス。
9999の先へと、残るステータスポイントを割り振り、その先に至れと───!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ががががががががががががががががががががががが!!
がががががががががががががががががががががッッ!!
カッ────────────!!!
全力で防御力を上昇させようとしていたアルガス。
その瞬間のこと、ステータス画面がグルリと回転した。
こ、これは───……!!
天職進化の兆候ッ?!
天職進化。
これはかつて、「戦士」から「重戦士」に進化したときに見た覚えがある。
そ、それが、今?!
なんで?!
いや、
そんなことよりも──────!
「げぎゃああ!!」
「ぐ……────────────ッ」
ガッツン!!
オーガナイトのクリティカルヒットが後頭部に命中し、意識の帳を手放しかけるアルガス。
頭が割れそうな衝撃と脳を揺さぶられる打撃に、鼻から血がドロリと零れ落ちた。
これは──────手痛い一撃だ……。
「う、ぐ……」
跳ね上がった頭に無理やり視界が開ける。
視野に飛び込んだのは、手痛い一撃をくれたオーガナイトと、その背後に立つ巨大な化け物──────オーガキング……。
そいつが、アルガスと目を合わせると、まるでトドメの一撃をくれてやるとばかりに、その足を思いっきり振り上げた。
いっそ、せめて楽に殺してやるとばかりに───……!
あ、
(あれは……一撃で死ぬな───)
ぼう、と冷静にその光景を眺めるアルガス。
そして、クルクル回るステータス画面。
防御力を無理矢理急上昇させ、さらに連打したせいで狂ったのかもしれない。
ここまで来て、結局……。
何も、誰も、彼女も守れずに俺は───死ぬ。
せめて……どうか、一瞬で殺してくれ。
そして、どうか、どうか…………どうか、ミィナだけは助けてやってくれ───。
オーガナイトにクリティカルヒットを食らった頭部から流れる血に、アルガスの視界が濁る。
そして意識も───……。
(すまん……リズ。ミィナ───)
俺は………………。
アルガスの意識が遠退く、最後の一瞬のこと───。
カッッ─────────!!
なんと、光るステータス画面ッッ!
天職進化完了───!!
「重戦士」 ⇒ 「重戦
──────がくッ……。
そこでアルガスの意識は落ち、
そして───オーガキングのトドメが無情に降り注ぐ………………………。
「おっせーんだよ!この───のろまが!」
───カァン♪
「うぐッ!」
大量の荷物と共に、重武装で汗だくになった俺───重戦士アルガスは、パーティのリーダーであるジェイスに罵倒されていた。
口だけならまだしも、ポーションに空き瓶を投げつけられ───カァン♪ と良い音をさせられてしまい、情けない気持ちがさらに強くなった。
「きゃははは♪ イイ音ぉ~。かぁんッ♪ だって!」
調子に乗った神官職のメイベルも、面白がって石を投げつけてくる。
それはポーションの空き瓶の比でなく、こぶし大の堅く重いものだ。
「ぐぁ!」
ゴキン! とちょっとヤバ気な音を立てて、鋼の鎧に凹みができる。鎧なしで喰らえばただでは済まないだろう。
いや、どうかな……。
あんがい俺なら、鎧なしでも耐えきれそうだ。
なんたって、俺はパーティの盾役で、その防御力は「8800」もあるのだ。
いわゆる防御に極振りという奴で、他のステータスを無視してガンガン防御力ばか向上させていた。
8800という数字は、神が人類に授けたと言われるステータスによって、「重戦士」という職業とともに、容易に読むことができた。
「───ぜぇぜぇ、た、頼むから無茶言わないでくれ……!」
「口答えしてないでさっさと来い! のろまタンクがぁ!」
先日、無茶な探索のせいで荷物持ちの奴隷が死んだ。
まだ幼さの残る少女だったが、天職「ポーター」を持っていたがために運悪く人攫いに攫われ、格安で売られていたのだ。
その時点で彼女はかなり衰弱していたのだが……、
それをジェイスがさらに安値で買い───こき使ったあげく、酷使の末に死なせてしまった。
見捨てられ、魔物の群れの前に放置された彼女は魔物にズタズタにされた……。
あの少女の死に様は哀れで仕方なかったが、当時のアルガスにはどうにもできなかった。
職業「重戦士」なんて仰々しい名前の天職を授かって入るものの、アルガスのパーティ内での立ち位置は、荷運びの奴隷とさほど変わらない。
そして、荷運び専任の少女がいなくなった今、思った通りアルガスが荷物運びまでさせられているのだ。
(───くそ……フルプレートアーマーにタワーシールド、そのうえ護身用の剣まで持っているんだぞ!?)
その重量がどれほどのものか分かっているのか?!
その上、探索用の物資まで背負わされて───……。
魔物の跋扈する荒野で、ちょっとした丘を越えるだけでもアルガスにとっては重労働だ。
職業特性として、膂力は人並み外れて高い「重戦士」だが、ただでさえ重い鎧にパーティ全員の荷物だ。
もうどう見ても、殺しにかかっているとしか思えない。
アルガスの所属する「光の戦士たち」は、5人編成のパーティなのだが、偵察に行っている二人の分も含めて五人分の物資と重装備でアルガスは息も絶え絶え。
だが、休憩が欲しいと言えば、ノロマなお前のせいで進行が遅れていると言われ、
ならば、荷物を分担してくれと言えば、ノロマなんだから役に立てという。
だいたい、ジェイスの無茶苦茶な方針で、渋々ながらアルガスは防御力に極振りする羽目になっているというのに……!
「ち……。これじゃ、ちっとも捗らねぇな。割に合わねぇクエストだぜ」
「ちょっとー。新しい杖買ってくれるんでしょ~ねー?」
ピンクの空気を醸し出しながらメイベルとジェイスがイチャコラくっ付き始める。
自分たちだけは軽装で、荷物すら持っていないのだからそりゃあ気楽だろうさ。
「わかってるっつの。その前に新しい荷物持ち雇わねぇとな」
「えー……。また小汚い子連れてくるの~」
小汚い子……。
こき使われ、ロクな食事も与えられずに衰弱し──────。
最後は魔物の群れの前に囮として放置され、ボロ雑巾のように死んでしまった少女のことだろうか……。
…………名前も知らない哀れな少女だった。
「しゃーねだろ? 見ろよ、アルガスの奴を。……あれしきの荷物でヒーヒー言ってやがるんだぜ。ノロマがさらにノロくなったら使えたもんじゃない」
「もー。じゃあ、せめてかわいい男の子にしてよ」
「ダメだ。お前、手ぇ出すじゃん」
「いいじゃん。減るもんじゃなし───ジェイスだって、前の子に酷いことしてたの知ってるんだから」
「あ、言うなっつの! 俺の潔癖なイメージ崩れるだろうが」
何が潔癖だ。
女とくれば、とっかえひっかえしやがって!!
その上、俺の大事な──────。
「「おーい!!」」
物思いをかき消すように、逼迫した声が前方から響く。
そちらを注視して見れば───。
「───ジェイス、敵襲よ!!」
「はやくフォーメーションを組んでください! 急いで!!」
斥候に行っていた軽戦士のリズと、賢者のザラディンが大慌てで前方から駆けてきた。
彼女たちの顔色からも、かなりの強敵───それも大群だと想定できる。
「ち! ノロマのアルガスが、ウスノロだからこんな場所で!」
「ねぇ。場所が悪いよ? どうするの?!」
ジェイスは大剣を引き抜くと、メイベルを背後に庇い、テキパキと指示を出し始める。
パーティに戻ったリズとザラディンを収容すると、すぐさま戦闘隊形に組みこんだ。
「戦闘隊形──────パンツァーフロントだ!!」
ほぅら、来た……!
「おい、さっさと前に出ろ! のろまタンクがぁ!!」
クソ!!
「わかってるよ!」
ズシン、ズシン、ズシン!!
重々しい足音を立ててアルガスがパーティの前面に布陣する。
盾役が前方で敵を食い止め、近距離と中距離で敵を仕留めていく典型的な陣形───それが、パンツァーフロントだ。
その盾となるのは、当然───のろまタンクと呼ばれたアルガス。
彼の唯一にして無比の、極振り防御力を最大限に活かす戦場だ。
鋼の鎧、鋼鉄製のタワーシールド、敵をいなす為の剣!!
総重量200kg超の鋼鉄の塊を身に纏ったアルガスが、パーティの前方に押しやられたのだ!
「じぇ、ジェイス?! また、アルガス一人に任せるの!?」
弓を構えたリズが───唯一、アルガスを信頼している彼女だけが、パーティのリーダーであるジェイスに詰め寄ってくれた。
もっとも、無駄だとは分かっている。
「それがアイツの役目だ! いいから戦闘の準備をしろ───それよりも敵はなんだ?」
「そ、そんな?!」
ギリリと歯を食いしばる様にしてジェイスを睨み付けるリズだったが、途中で観念したのか、
「…………ハイオークの群れよ!」
は、ハイオークだぁ?!
アルガスはギョッと目を剥いてジェイスを振り返るも、奴は表情を変えない。
それどころか、ニヤリと嫌味な一瞥をくれやがった。
「大丈夫だ。アルガスなら耐えきれるさ──敵が鈍器持ちでもなッ!!」
くそッ!
さ、最悪だ!!
「なるほど……。ジェイス様、アルガスの防御力をあげる支援魔法をかけますか?」
ザラディンがジェイスに提案するも。
「バーカ。それは俺達に掛けてくれっつーの。アイツの防御力をあげても損するだけさ」
カンスト間近の防御力に支援を上乗せしても無駄になる───そう言いたいらしい。
「ははは、確かにノロマ野郎には無駄な魔力ですね。おっと、では素早さを上昇させましょうか?」
───くくくく。
ザラディンの野郎まで尻馬に乗ってアルガスを馬鹿にする。
なんたって、ジェイスは公称での勇者の称号もち。
おかげで我々は、Lvだけはやたらと高い、Sランクの称号を持った勇者パーティってやつだ。
そんな無敵のパーティのはずなのに、極振りを強いられたアルガスのステータスは歪に上昇してしまっている。
攻撃力も敏捷も魔力も並み程度。
防御力だけが歪に高いな、通称:のろまタンク──────前衛職という名の体のいい肉壁がアルガスの役目だった。
「───来たぞ!! アルガスの背後から大魔法をブチかましてやれ!!」
そして、棍棒や戦槌を装備したハイオークの集団が丘の影から姿を現した。
フルプレートアーマーの天敵のような武器───『鈍器』を大量に携えて……。
第2話「これが勇者(暫定)パーティ」
「ぎゃっはっはっは!! いやー大漁大漁」
「きゃはははははは!! 見て見て! 魔石と宝石だよぉ!」
「あははははははは!! 凄まじい量のドロップ品ですねー」
勇者パーティ「光の戦士たち」の面々が、倒したハイオークの群れからドロップ品を漁っている。
かなりの数だったので、戦闘は何十分も続いていたのだが、大魔法と特殊スキルを乱発することで何とか殲滅に成功したのだ。
そして、その後は楽しい楽しい死体漁りの時間というわけ。
魔物の核である魔石やらドロップアイテムやらを、ホクホク顔で漁る勇者ジェイス達。
一方で、ハイオークの攻撃を一手に誘引していたアルガスはと言えば、ボコボコの状態で半死半生になり、リズに介抱されていた。
「ゴメン……! ゴメンね!」
ポロポロと涙を流しながらアルガスのフェイスガード越しに血と汗を拭い、ポーションを含ませた布を傷口に当てていく。
「いててて……」
鋼鉄製の鎧といえど、ハイオークの膂力で鈍器を使ってぶん殴られればひしゃげる。
実際、よく生きていたなというほどにズタボロ。
口の中が切れて、うまく喋れない有様だ。
「だ、大丈夫だ……。お前は無事か?」
うん、うん、と涙を流しつつ、コクコクと首を縦に振るリズ。
相変わらずよく泣く子だ。
こういう所はこの子の母を思い出す。
まだまだ幼さが残るとは言え、この子も母親に似てきた。
ポフポフと頭を撫でてやり、
「親友に預かった大切な娘だ───オマエに怪我がなくて何よりだよ。泣くなって」
「ぞんな……びずず。だって、アルガスが酷い目にあってるんだもん」
グズグズと鼻をすすりながら、涙を流すリズ。
流行り病でぽっくりと言っちまった戦友から託された娘。
アルガスより20歳も年上だった『聖戦士』の戦友。
アイツとは二周りほど歳は離れていたけど、奴とは気があったんだ……。
その彼の娘なので、実はアルガスとリズはさほど年は離れていない。
だから、父親代わりなんてどれほどできているか分からないけど、この子だけは失うわけにはいかない。
それがアルガスの行動理念だ。
そのためなら、『タンク』でもなんでもやってやるさ。
「おい、いつまで寝てんだ! さっさと手伝えっつーの!」
オークから捥ぎ取った棍棒を、アルガス目掛けてぶん投げるジェイス。
(───あっぶねッ!)
リズが巻き込まれやしないかとヒヤリとしたが、彼女は一瞬早く反応し、空中で棍棒を受け止めると逆にジェイスに投げ返した。
「うお?! あっぶねーだろッ!」
「こっちのセリフよ! アルガスは重傷なのに! 先に回復させるのがリーダーのやることじゃないの!」
キッと目を吊り上げ、真っ向から言い返してくれるリズの姿に感動するも、ジェイスがそんなことで態度を改めるわけがない。
そもそも、アルガスはリズのオマケ───保護者のような立ち位置を傘に、無理やりパーティに同行しているという立場だから、相当に発言力が弱いのだ。
「お、落ち着けよリズ。アルガスは防御力が高いんだから、あれくらいかすり傷さ」
そう言ってリズの肩を抱くと、無理やりアルガスから引き離してしまった。
その姿を見て、憎悪に近い感情を覚えるも、アルガスは黙って見過ごすしかない。
王国によって『勇者』の称号を授かったジェイスは、魔王討伐のため優秀なメンバーを自由に選べるのだ。
そして、旅の途中で見掛けた若く美しいリズに目を付けたジェイス。
リズが「聖戦士の娘」という理由付けのもと、冒険者になりたての彼女を無理矢理パーティに加入させようとしたのだ。
だが、そこにはすでに冒険者のアルガスが傍にいた。
だから、「はい、そうですか」と渡せるわけがない。
当然ながら、アルガスはジェイスの下心をも見抜いていたので、最初は引き抜きそのものを断ったのだが……。
王国の勅命を見せられては、アルガスごときの田舎冒険者にはどうにもできない。
仕方なく、コンビ丸ごとの加入を条件にして、ジェイスのパーティへの参加することを認めた。
もちろん、リズが目当てのジェイスは難色を示していたが、彼女自身の要望もあり渋々アルガスのパーティ加入を認めざるを得なかったという経緯がある。
そんなわけで、アルガスとジェイスは折り合いが悪い。
冒険中も最底辺の扱いを受けているし、時には嫌がらせをくらう。
その上、ステータスも自由に割り振ることは許されず───結果、前衛職という名目で「タンク」をやらされているというわけ。
ようは、ほとんど嫌がらせ───単なるイジメだ。
「リズ一人にやらせるわけにもいかないか。いてて…………」
リーダーの命令には逆らえず、渋々ドロップ品をかき集めているリズの姿を見て、アルガスも加わろうと何とか立ち上がる。
幸いにして、骨には異常は無さそうだ。
安物のポーションを呷り、最低限の負傷を癒すと、トボトボと死体漁りに参加する。
どうせこのドロップ品も、全てアルガスが担いで持っていく羽目になるのだ……。
気分が乗るはずもない。
報酬だって仲間の10分の1しかもらえず、装備の修理代もアルガスの負担だ。
情けない話───リズに資金を援助してもらうこともある。
「はぁ……」
「鬱陶しいからため息止めてよね~」
クソ女のメイベルがアルガスを小突く。
「ホント使えない男ですね」
クソ野郎のザラディンがドロップ品をアルガスに押し付ける。
「早く集めろ! もう一個群れを倒して、ようやくクエスト完了なんだぜ! お前のノロマな足にあわせてたら日が暮れちまうよ」
クソ勇者のジェイスが宣う。
お前のせいだろうがッ!
と、何度も心で呟くも、口には出せない。
明確な反抗心があると言われて、ギルドや王国に告げ口されると、強制的にパーティから排除されてしまうのだ。
むしろ、ジェイスはそれを狙っているのだろうが、リズのことを考えるとどんな目にあっても我慢して耐え続けるしかない。
(ふん。耐えるのは慣れてる───……なんせ、俺はタンクだからな)
「ち……! いつも通りにダンマリか?───おら、さっきのでLv上がったんだろ? とっとと、防御に全振りしとけよノロマ!」
黙々と作業を続けるアルガスに、思いっきり舌打ちをしてジェイスは去っていった。
どうせ木陰でメイベルとイチャコラするつもりなんだろう。
ふざけやがって……!
何が、防御に全振りだ。
───もう、防御力をあげるのはウンザリだ!
いくら防御力を上昇させても、人間の体は鋼鉄になるわけではない。
剣で突かれれば刺さるし、鈍器で殴られれば骨だって折れる。
あくまで人間基準の防御力なのだから、ステータスをあげてもおのずと限界は来るのだ。
だから、アルガスはステータスポイントを防御に振るのを止め、不自然にならない程度に敏捷や体力に割り振っている。
残りは、ただひたすら貯め込んでおいた。
いつか、リズと二人だけの冒険に戻った時に彼女と一緒に考えようと思う。
「重戦士」から、「聖戦士」や「魔法戦士」に進化してもいい。
魔法が使えるかどうかは別にして、もう守るだけの壁役はウンザリなんだ……!
「ゴメンねアルガス……。私のせいで──」
「お前のせいじゃないよ。……国の命令じゃ仕方ないさ」
ジェイスの態度に、リズがシュンと項垂れる。
リズがいなければ、ジェイスに絡まれることもなかったのだから、彼女が気にするのも分かる。
だが、
「そんな悲しそうな顔すんなよ。俺ぁ大丈夫さ! なんたって、『重戦士』だぞ!」
その頭をクシャっと撫でてやると、猫のようにスリスリと手の感触を楽しむリズ。
「もう、子供じゃないよー」
とか言いつつ、すごく嬉しそう。
「はは。まだ子供さ。───さぁ、早い所終わらせよう」
「うん!」
せっせっ、せっせとドロップ品を集めるとズダ袋に押し込んで一纏めにする。
う……。滅茶苦茶重そうだ。
「だ、大丈夫? 半分持とうか?」
「大丈夫、大丈夫───さぁ行こう」
リズの機動性を失わせてはならない。
天職「戦士」から、敏捷性にステータスを大きく割いて「軽戦士」に進化したリズは、機動性を生かした遊撃が主任務だ。
双剣と弓を使いこなし、トリッキーかつ華麗な動きで敵を翻弄しつつ屠る。
冒険者になりたてで、勇者パーティに加入した当時のか弱い少女と言った印象はもはやどこにもない。
しなやかで、大型の猫を思わせる強さを見せるリズは、もうアルガスの庇護を必要としていないのかもしれない。
だけど───。
(約束したからな……)
今はもう亡き親友。
聖戦士のリズの親───。
(───わかってるよ……。最低野郎のジェイスの毒牙からは、絶対守るから)
凄まじい重量になったドロップ品を抱えて、傷だらけのアルガスは今日も今日とて、勇者パーティの前衛タンクとして荒野を征く。
なんとか物資がもつうちに、もう一つの魔物の群れを殲滅し、街に帰還できたのはそれから数日後のことだった。
※ アルガスのステータス ※
名 前:アルガス・ハイデマン
職 業:重戦士
体 力:1202
筋 力: 906
防御力:8800
魔 力: 38
敏 捷: 58
抵抗力: 122
残ステータスポイント「+2200」
スキル:スロット1「鉄壁」
スロット2「シールドバッシュ」
スロット3「盾鳴らし」
スロット4「ド根性」
スロット5「咆哮」
スロット6「要塞化」
※ スロット数は職業により変化、
他のスキルと入れ替えることができる ※
第3話「使い捨ての奴隷少女」
「ったく、滅茶苦茶時間かかったぜ」
「どっかの誰かがノロマなせいでね!」
「ホント、どれだけパーティの足を引っ張れば気が済むのやら」
街に帰還し、ギルドにクエスト完了の報告と納品を済ませた後、ジェイスの誘いで併設の酒場に繰り出した時のことだった。
ボリュームだけの粗末な料理と、安さだけが取り柄のクソまずいエールがテーブルに並んでいる間も、パーティのもっぱらの話題はアルガスに対する愚痴だ。
いや、愚痴どころか、安酒をカッ食らいながら出てくるのはアルガスに対する罵詈雑言のみ。
───ちなみに、アルガスだけ奢ってもらっていない。
「ちょ、ちょっと言い過ぎよ! アルガスがいないと危なかったんだから!」
唯一反抗してくれるのはリズのみ。
実際、アルガスが前衛として魔物の群れを押しとどめていなければ、パーティが壊滅してもおかしくない場面がたくさんあったのだ。
ハイオークの群れは元より、その後で遭遇したアイスリザードマンの群れは特に危険だった。
奴らのブレス───「凍える息」による範囲攻撃は、軽装主体のジェイスパーティにとっての鬼門なのだ。
肌の露出の多いメイベルやリズはもとより、軽鎧のジェイスも、ローブ程度の薄い装甲しか持たないザラディンも危うい。
それを一手に引きつけ、全ての攻撃を求引していたアルガスは「タンク」としての役割を完全に全うしていた。
少なくともノロマと馬鹿にされる謂れはない。
だが、リズ目当てのジェイスは事あるごとにアルガスを排除しようとし、こうして仲間を嗾けてくるのだ。
そして、リーダーがそんな調子ならメンバーもその空気に染まるというもの。
「ち……また、だんまりか」
「ほんっと、ノロマで意気地なしねぇ」
「魔王討伐の際に、ノロマな足手まといがいては倒せるものも倒せなくなりますよ」
いくら何を言われたところで我慢我慢。
アルガスはフルプレートアーマーであることを幸いと、フェイスガードを降ろしたままムッツリと黙っていた。
本音では、手にしたジョッキをジェイスの頭に叩きつけてやればどれほど気分がいいか、と思ってはいる。
ついでに、安いガベージパイを熱々のまま、メイベルの顔面に叩きつけ、不純物だらけのスパイスの小瓶をザラディンのケツにブッ刺してやりたいところだ。
「───まぁいい。ホラ報酬だ」
ドンと、デッカイ袋に詰まった金貨、銀貨を無造作に放り出すジェイス。
その金額の音に、周囲の冒険者がゴクリと喉を鳴らしている。
「メイベル」
「はいはーい! わ、やった!」
雑に分けた金貨と銀貨をメイベルにズイっと寄越すジェイス。
喜色満面に受け取るメイベルは目を「$」マークに変えて歓声を上げていた。
「ザラディン」
「おお! これは助かります───欲しい魔法書があったのですよ」
大量の金貨を受け取りホクホク顔の大賢者様。
俗物丸出しの顔で金貨を齧り、真贋を確かめている。
「リズ」
「あ……。その、ありがとう」
先の二人と同等の金額を受け取り、律義に礼を言ってからそっと懐に仕舞う。
彼女は周囲の冒険者の目を気にしているようだ。
「全員受け取ったな? じゃあ、大事に使えよ」
「─────────え……?」
4等分されていた金貨と銀貨の山を3人に分配したあと、残り一山をアルガスに──────なぁ~んてことはなく、ズイっと自分のほうに引き寄せて雑に皮の財布に仕舞うジェイス。
「お、おい……俺の分は?!」
いつもは仲間にくらべて少ないとは言え、10分の1の額程度は嫌々ながらもくれるというのに、今回はそれもない。
ま、まさか……。
「あ? 何言ってんだテメェ。お前のせいでどんだけ時間がかかったと思ってるんだ、クソ鈍足タンクが」
「ふざけるなよ───!」
反射的に言い返したアルガスに、ジェイスが目を剥いて怒り狂う。
ガタン! とテーブルを叩きつけると、
───あ゛?!
「なんだぁ?! てめぇ、ごら! 文句あるのかッ。時は金なりだ。損失分はテメェの報酬から引いた、当然だろうが!! それとも、言い訳でもあんのか?」
な、なんて奴だ!
装備の修理だってタダじゃないんだぞ!
「───せ、せめて、経費分くらいは貰わないと!」
「ふざけろ!…………文句あるなら別のパーティにでもいけばいい。こっちの前衛は間に合ってるからな」
トントンと、自らの大剣をことさら強調して見せるジェイス。
たしかに、大衆から「勇者」と言われるだけあり、ジェイスの強さはグンを抜いている。
それもそのはず。
ジェイスの家は、勇者を輩出した由緒正しい血統の家柄だった。
彼の天職こそ「勇者」ではないものの、希少職の「聖騎士」であり、その強さからも王国からの信頼は厚く、暫定的に「勇者」の称号が授けられていた。
まぁ、それが故に増長して、このクソみたいな性格にひねくれてしまったようだが……。
「く……」
「アルガス───」
ソッと手を重ねてくるリズ。
彼女の言い分───ここで言い争いはしないでおこうと、目で語っていた。
(そ、そうだった……!)
ギルドで争うと、ギルド職員の目に留まるのだ。
もし、こんな公の場所で争っていると思われると、明確なパーティ追放の大義名分を与えてしまう。ギルドからも正式に脱退勧告が出されることだろう。
いや、むしろそれを狙っているのだろうが……!
実際、態度の悪いギルドマスターがアルガスを睨んでいる。
こりゃまずい。あの俗物はジェイスに取り入る気満々だからな。
その先を想像したアルガスは、仕方なく頭を下げた。
「わか……った」
「ふん──────あ、そうだそうだ」
ジェイスが懐から銀貨を一枚取り出すと、ピィン♪ と弾いてアルガスにブチ当てた。
「いだ!……お前ッ!」
「それで、そいつを洗ってこい───湯代だ」
そいつ……?
アルガスが疑問に思う間もなく、ドカッ! とテーブルの下で足を置いていたそれを蹴りだした。
「きゃあ!」
悲鳴をあげるそれは、決して足置きなどではなく、…………まだ幼さの残る少女だった。
「ジェイス!!」
思わず駆け寄り、抱き起すと随分痩せこけているのが分かった。
その身体は悲しいくらい軽い……。
「───新しい荷物持ちだ。値段の安い奴で『ポーター』持ちは、その小汚いガキしかいなかったんでな」
「うううう……」
ボロボロの衣服の少女が、怯えて縮こまっている。
酷い体臭で、ドロドロに汚れているが、やけに綺麗な目をした幼子だ。
だが、その肩にはしっかりと奴隷の焼き印が刻まれている。
恐らく、奴隷狩りに掴まったか、あるいは口減らしに売られたのだろう。
よくある話だ……。
天職『ポーター』は非常に重宝される職業の割りに、比較的その数も多くありふれている。
しかも、天職としては成長性が少ない職業のため死亡率は高く、その扱いは非常に雑なものが多かった。
主な用途は───。
荷運び人、密売人、盗品の保管場所やら、長距離運搬奴隷などなど……。
しかし、冒険者になるものも多い。
なぜなら、天職『ポーター』持ちは異次元収納袋という能力があり、荷物を多く運べる。
そのため、ドロップ品を持ち帰る必要のある冒険者のパーティには、必ずと言って言い程加入している。
とはいえ、所詮はポーターだ。
戦力としては期待できず、荷物を多く運べる程度の役目しかないため、基本は使い捨てられる。
そして、使い捨てがために奴隷としての需要が高い……。
この少女も恐らく、最初から使い捨て用の『ポーター』として、安値で売られていたのだろう。
今足元で震えている少女とは、似ても似つかないものの、以前にジェイスによって使い潰されて死んだ『ポーター』の少女が、今の彼女の姿と重なり、アルガスの胸がズキリと痛んだ。
「わかった───……ジェイス。今度は死なせるなよ」
「は! 使い捨てさ。次のクエスト完了までもてばいい。……さすがにガキ過ぎる」
こいつ!
多少でも肉付きが良ければ、本当に手を出すつもりだったのだろう。
ジェイスの野郎はマジに腐ってやがる!
くそッ!
「……………………行こう。名前は?」
怒気を吐き出すように重々しく息をつくと、装備と荷物をまとめと、アルガスは少女を抱きかかえて酒場を出た。
ブルブルと震える少女を見て優しく話しかけるも、口を開いてくれない。
そりゃそうか……。
とくに咎めるでもなく、アルガスは少女の手を繋いでギルドをでた。
そこに、
「───待ってよ、アルガス!」
酒場からリズが後を追ってくれた。
ジェイス達は、まだまだ管をまく気らしいも、リズがそれに付き合う道理はないのだから当然だろう。
「リズ───悪いけど、部屋を貸してくれるか?」
「え? うん───いいけど……?」
色々金銭面で困窮しているアルガスは、街の安い宿屋───木賃宿に仮宿している。
ちなみにリズはジェイス達と同じ、お値段そこそこの、イイところに泊まっている。
もちろん、恐縮したリズはアルガスと同じ宿に泊まろうとしたり、あるいはアルガスの分の代金を建て替えようとするが、さすがに娘のような子に集るなんてカッコ悪い真似はできない。
だから、訓練に都合がいいと適当に嘘をついて木賃宿に泊っているのだ。
「この子を洗ってやりたい───あと、なにか食べさせないとな」
「あ……うん。そうだよね。わかった!」
うん、リズはイイ子だ。
というか、道義的に俺がこの子を洗うのはヨロシクない。
ここはリズちゃんに任せよう。
小さく縮こまる少女を抱え、二人はリズの宿に向かった。
宿屋の主は宿泊客でないアルガスの存在と、小汚い少女を見ていい顔をしなかったが、リズがチップを弾むとホクホク顔で湯と軽食を用意してくれた。
そして、湯あみ用の小さな個室にリズが入り、湯桶で少女を洗ってやるとようやく落ち着いたのか、清潔な服を着せられた少女は安心したようにリズにピッタリとくっ付くように懐いていた。
「アナタのお名前は?」
「……み、ミィナ」
小さな声で囁くようにつぶやいたミィナは、リズが間に合わせで着せた彼女のシャツをブカブカと纏っていた。
「服まで悪いな」
「ん? いいよ。それよりも、アルガスだけが負担するなんておかしいよ!」
プンプンと怒りをあらわにするリズ。
その姿に、ミィナがビックリして、今度はカサササとアルガスの背に隠れた。
まるで拾いたての猫だな。
そんな風に思いつつ、優しく頭を撫でてやる。
「大丈夫だ。何もしないから───ほら、食べな」
リズに礼を言いつつ、宿が用意した軽食をミィナに差し出すと、彼女は物凄い勢いでガッツキ始めた。
硬いパンに、ベーコンと野菜が浮いただけの薄いスープだが、それでも彼女にとってはご馳走に思えたらしく、涙ぐみながら食べ進める。
「ゆっくりと食べろ。胃がビックリしてひっくり返るぞ」
「えぐ……ひっく。ふ、ふぁい」
ポンポンと頭を優しく撫でつつ、水差しから冷えた真水を差し出してやる。
コップを両手で掴みながらクピクピと飲むと、ミィナは「ケプッ」と小さなオクビをたてた。
その様子をリズと一緒にホッコリと見ていると、ミィナが恥ずかし気に俯きつつ、
「あ、ありがと、ござ、います───」
と、舌ったらずながらも律義に礼を言った。
まだまだ幼いが、しっかりと挨拶のできる利発な少女らしい。
だが、それ以上に……これから彼女に待ち受ける過酷な運命を思うと、それだけでアルガスは暗澹として気持ちになった。
ジェイスがポーターとして彼女を買った以上、次の冒険に同行させることだろう。
ポーターなしで探索に行くのは効率がヤバい悪すぎる。
つまり、彼女を死地につれていかざるを得ないのだ。
魔物蠢く荒野へと───。
だが、それがこの世界の普通であるし、ジェイス達といえど、物資無しでは生きていけない。
つまり、ポーターの存在は絶対に必要でもある。
それでも───……。
ムッツリと黙り込んだアルガスに、ミィナが不思議そうな顔をしている。
その顔が、先日死んだポーターの少女を彷彿させ、アルガスの胸がまたズキズキと痛む。
救えなかった少女───……。
見殺しにするしかなかった自分の不徳さ。
そして、弱さに───。
でも、きっとこの子は理解していない。
高Lv冒険者に雇われたポーターの仕事というものを……。
苛酷で、辛く、そして死の危険が常に隣り合わせにあるという───冒険者パーティのポーター。
第4話「いきなり大ピンチ」
ボロボロの装備を手直ししつつ、リズから資金を借りてでも最低限の修理を終えたアルガスは、なんとか次の冒険に間に合った。
そして今、魔物蠢く荒野のただ中にて、ミィナの手を引いてジェイス達の後を追っているところだった───。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ」
重装備に大荷物のアルガスは息も絶え絶え。
ミィナも慣れない行軍と、大荷物で今にも倒れてしまいそうだ。
(ジェイスのやつ……。行動速度を考えやがれ!)
軽装のジェイス達についていくのは至難技だ。
結果、無駄に体力を磨り減らすしかない。
しかも準備不足。
いかにも慌てて準備したと言わんばかりの編成だ。
だが、それもこれも理由がある。
あの町で、ある程度の休養をすませたSランクの勇者パーティ「光の戦士たち」だったが、突如としてギルドから発せられた緊急クエストに駆り出されたのだ。
まだ完全に傷の癒えないアルガスではあったが、パーティがクエストに行くというのに、一人休むわけにはいかない。
それを口実にジェイスに脱退を勧告されるかもしれないし、それに、なにより───リズとミィナのことが心配だったのだ。
「ち……。今回の街はハズレだな。人をこき使いやがる」
ジェイスが苦々しく吐き捨てる。
(よく言うぜ……自分から勧んで引き受けたくせに───)
ジェイス達のパーティの目的は、魔王討伐と銘を打っていても、やっていることは通常の冒険者と何ら変わらない。
それもそのはず。
魔王とは一定周期で出現する災害のようなものだ。
数年前に出現した魔王は、軍団級の魔物の群れを率いて辺境の国々を襲った。
あわや世界の危機かという時に、ジェイスの先代である本物の勇者が老骨に鞭を売って出陣し、あっさり討伐してしまった。
その代わりにジェイスの先代───当時の勇者もポックリと逝ってしまったのだが……。
それに驚いたのは王国首脳部だ。
まさか勇者が死ぬとは思わなかったらしく、最強の戦力不在に慌てた王国が、次代の勇者を無理矢理選定し、鍛え上げることを決定したのだ。
───そいつがジェイスだ。
血筋は申し分なし。
腕もそこそこ強い。
天職も「聖騎士」と希少職。
当然、王国首脳部はジェイスを後任に据えた。
だがそれが故に、この歪で傲慢な勇者ジェイスが誕生してしまったというわけだ。
対して人生経験もない若造が、突然に最強の地位と権威を得る。
そりゃあ、増長するってものだ。
だが、人格が伴わないことは、王国とて百も承知であった。
しかし、ジェイス以上の強者がいないこともあり、暫定的な処置として留め置いているらしい。
それは、軽率も軽率な判断だ。
人々の間から本物の「勇者」が現れたらジェイスをどうするつもりなんだか……。
そもそも天職「勇者」が現れれば、魔王への備えは完璧なのだ。
ただ人から鍛え上げてどうにかなるものではないはず───。
だが、いないものはしょうがない……。
対魔王のカウンターとして強者を育て上げるのが喫緊なのだが、いかんせん───そのためには、とにもかくにもLvをあげなければならない。
そして、王国に留まっているだけではLvは上がらない。
だから、こうして「光の戦士たち」を編成し、冒険者の真似事をして諸国行脚をさせているというわけだ。
次の魔王の出現に備えて……。
とはいえ、ジェイスの素行の悪さは折り紙付きなので、王国は表立って援助できないとの噂がある。
つまり───あまりやらかしすぎると、国は本気でジェイスを切る気なんだろう……。
汗だくになりながら、アルガスはジェイスの背中を苦々しく眺めていた。
「あー! 面倒くせぇ、やってられるかっての!」
「まーねー。もう次の街いこーよー!」
「まったくです。こんな割の悪いクエスト。私達の仕事ではありませんよ」
似た者同士でブーブー不平を言いまくるメイベルとザラディン。
不平を周囲に零しても空気が悪くなるだけなので、リーダーなら普通はしないものだが……。
ま、ジェイスだしな。
「ち───! おらぉ! とっととあるけ! ノロマにクソガキぃぃ!」
罵倒されるアルガスたち。
だが、人間には限界ってものがある。
小さな女の子ならいわんや。
ぜいぜいと肩で息をするミィナは本当に辛そうだ。
彼女の異次元収納袋は、低Lvゆえ収納量が少なすぎた。
そのため、溢れたものは彼女自身が担がねばならなかったのだ。
もちろん、アルガスも手を貸している。
だがそれでも、だ。
どうみても、女の子にこの荷物の量は酷だろう。
「───ジェイス、無茶だ! この子の体力が持たないぞ?!」
アルガスも汗だくになりつつ、懸命に歩くミィナの手を引いてやるくらいしかできない。
「ふっざけろ! ポーターの仕事は黙って荷物を運ぶことだ! とっと歩け!」
「あー……ホントのろま」
「日が暮れますね」
がなり立てるジェイスと、ゲラゲラと笑うメイベル達。
リズは──────……先行して偵察に行っている。
「ち……。グズグズしてると他のパーティに手柄を奪われるぜ」
今回のクエストは、多数のパーティが投入されるほどヤバイものらしい。
というのも、将軍級の魔物が現れて、近隣の魔物の群れを吸収して軍団を編成しかけているというのだ。
いわば、プチ魔王の出現。
ギルドからのクエストは、緊急の───『将軍級の討伐』だ。
そして、文句を言っていた割に、ジェイスはヤル気満々らしい。
魔王より格下の将軍級とは言っても、それはつまり魔王に次ぐほどのヤバイ魔物だということ。
だからだろうか?
ジェイスなりに、そいつを倒せば箔がつくと思っているんだろう。
「ぜぇ、ぜぇ……ミィナ。大丈夫か?」
「はぁはぁ……う、うん。だ、大丈夫───。でも、の、喉が渇いて」
どう見ても大丈夫じゃない。
水を欲しがっているが、あまり飲ませるのは危険だ。
汗になって流れ落ちるだけ。
むしろ水を飲めば、発汗作用で余計に疲労が激しくなるだけだろう。
こういったとき、口の中を湿らせる程度で済ませるほうがいい。
酷だとは思いつつも、アルガスにも余裕がない。
しかたなく、水筒を取り出すと、手に受けて少しだけミィナに飲ませた。
「んく、んく……ぷぁ」
もっと飲みたいと目で訴えられるも、アルガスは鉄の意志でそれを振り払う。
でも、ウルウルの目で見られると心臓に悪い……。
なんか意地悪してるみたいだもん。
その時、不意に周囲の荒れ地の土がパラパラと音を立てて踊り始めた。
「なんだ……地震か?」
ジェイスは怪訝な表情で周囲を窺ったときのこと───。
「───ジェイス! リズが戻ってきた……。あれ? リズだけじゃないよ?」
突然の地震と、遠目に見るリズの様子に気付いて、さっきまでゲラゲラ笑っていたメイベル達は不意に表情を引き締めて警告する。
そのうち、ザラディンは遠見の魔法を使ったらしく、正確に情報を伝えていくが……。
「所属不明1……。敵影はなし。あれは、他のパーティでしょうか? それだけにしては、随分と焦っているようですね。リズがその一人に肩を貸していますが───」
細目のザラディンが、さらに目を細くして前方を窺っていると、
どどどどどどど……。
「なんだ? 群れか───……。いや、違う。な、なななな! な、んだあの数は!?」
パラパラと踊る土が、徐々に音を激しくたて、周囲の地形ごと振動させ始める。
一体これは──────。
そして、視認距離にリズが到達すると、彼女はあらん限りの声で警告したッ!!
「───皆逃げてぇぇえええ!!」
物凄い速度で駆けてきたリズが、大きく手を振りながら警告を発している。
だが、事態が掴めない「光の戦士たち」の面々は顔を見合わせるのみ。
それよりも、まずは彼女を収容したいところだが、まだ距離があり過ぎる───……。
「どうしたリズ! 何があった?!」
大声で聞き返すジェイスにリズは一言──────!
「軍団よ!」
※ ※
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
荒野の果てに土埃が起こっていた……。
軍団───。
単一種からなる群れとは異なり、統率者に率いられた様々な魔物の群れの集合体のことである。
それは時に、千から万単位の魔物の集合体になることもあり、
そして、時に小国であれば瞬時に滅ぼすこともあるという。
それを規模が大きくなる前に殲滅するのが、今回の緊急クエストだったのだが……。
既に───時、遅し。
将軍級は思ったよりも優秀な個体だったのか、ギルドが想定するよりも早い速度で群れを吸収していたらしい。
この規模になると、本来であれば、本物の勇者かあるいは軍隊をぶつけなければならないのだが……。
ここには、そのどちらもない
なぜなら、この依頼が国に持ち込まれるより先に、ジェイスが他のパーティと共同で解決できると豪語してしまったからだ。
ようするに、ジェイスが自分の箔を付けるために、無理やり冒険者だけの案件にしてしまったのだ。
だが、事はそれだけでは済まない。
なんせ、ジェイスの想定をはるかに上回る規模で群れから軍団化してしまったのだから……。
これは、明らかに彼の誤算だろう。
「───なんてこった!!」
頭を抱えるジェイス。
それだけに、「光の戦士たち」の能力を超過していることは火を見るより明らかだ。
そして、あっという間に大地を埋め尽くさんばかりの規模で膨れ上がる魔物の群れ! 群れ! 群れ!!───いや、軍団だッ!!
「ジェイス! 撤退するぞッ」
勝ち目はないと悟り、アルガスが早期後退を意見具申するも、
「ば、馬鹿め! あ、あああ、ありゃ、俺の獲物だ!」
ジェイスは顔を引きつらせているが、それでも立ち向かおうというらしい……。
冗談じゃないぞ!?
お前が勝手にくたばるのは好きにすればいいけど、リズとミィナまで巻き添えにするなよ!
「よ、よし! メイベル、支援魔法をかけろ! ザラディンはデカい範囲魔法を準備だ!」
「りょ、了解!」
「わ、わわわ、わかりました!」
二人は一瞬顔を見合わせて、「ホントにやるの?!」と言いたげだ。
だが、
「───はっ! やるぞぉぉお!! リズを収容したら、フォーメーション、パンツァーフロントだ!」
ば!
「馬鹿言うなジェイス! あの数だ───俺一人で支え切れるわけがないだろう!!」
しかも、荒野!
ここが隘路ならまだしも、遮るものがない場所でどうやって「タンク』」をやれというのか!?
肉壁なんか、あっと言う間に飲みこまれて後方に浸透されるのが目に見えている。
「そのために、こいつがあるんだろうが!」
ジェイスがミィナを引き寄せると、彼女の背嚢をひったくり、中から『魔物寄せ』の「匂い袋」を取り出した。
動物の生肉やら、血などの臭気の強い部位と、フェロモン物資を混ぜて作った魔物を引き寄せるアイテムだ。
───って、それで何をする気だ?!
「おらよ!!」
「うぐ!!」
ベチャっと、酷い匂いにするそれをアルガスにぶつけると、前面に向かわせる。
更にいくつもいくつも、「匂い袋」を地面にぶちまけると、そこにアルガスを立たせて言った。
「これなら十分に敵もよってたかってくれるぜぃ! はは、人気者はつらいよなー?」
「む、無茶だ!」
「黙って壁役やってろ! のろま野郎が!」
く……!
「支援魔法おわったよ!」
「大魔法、準備よし!!」
ジェイスの自信に満ちた顔と、アルガスの鉄壁に気を良くしたのか、メイベルとザラディンも先ほどまでの悲壮な様子はない。
それどころか、笑いながらアルガスに向かって更に匂い袋を投げつけてくる。
はっきりいって「死ね」と言われているようなものだ。
「く……!! ミィナ! 隠れていろ」
オロオロと匂い袋が取り出されていく様を見ているしかできないミィナだったが、アルガスの声を聴いて、ぎこちなく頷くと、地形に起伏に身を潜めた。
小柄な彼女なら簡単には見つからないだろう。
そこに……。
「───ジェイス、何やってるの?! 早く逃げなきゃ!!」
脱兎のごとく駆けてきたリズが、全身汗だくになりつつもジェイスに警告を発する。
「はっ。馬鹿を言うな! こんなチャンス滅多にないんだぜ」
「そうよ! ジェイスがビックになる瞬間をこの目で見なきゃ!」
「私の魔法も、この瞬間を待ちわびていましたよ!」
ギラギラと目を光らせる三人を見て、表情を引きつらせるリズ。
そして、匂い袋まみれになっているアルガスを見てさらに顔を青く染めていく。
「な……。何やってるのよ! これじゃアルガスが!」
ジェイスに取り付き、ガクガクと揺さぶるも、涼しい顔をしているクソ野郎。
「あ、アンタ───雷光のジェイスか?」
そして、一人だけ場違いな奴が……。
リズに肩を貸されていた冒険者だ。
傷だらけで息も絶え絶え、他の仲間は軍団に飲み込まれたらしい。
「ほう。知ってるいるのか? いかにも───俺が雷」
「今すぐ逃げろ!! 敵はオー」
ブシュ!!
何かを告げようとしていた冒険者の顔が歪に変形する。
見れば顔から何かを生やしているじゃないか……。
「ぎゃあああああ!!」
メイベルが物凄い悲鳴をあげて後退ると、そこに覆いかぶさるようにして冒険者の死体が斃れた。
「な、投槍───?! あの距離から投げたのか!」
驚愕に目を見開くジェイスだが、リズはそこに畳みかける。
「み、見たでしょ!! 無理! 5人だけで倒せる規模じゃない───それに、」
て、
敵は──────。
「オーガキングなのよ!!」
第5話「パーティ崩壊!」
オーガキング───。
人型魔物の最上位種のオーガにして、その希少種だ。
体格だけでも人の5倍。
通常のオーガよりも、倍近い体躯を誇る化け物だ。
しかも、統率者としても優秀で、魔王級の化け物といっても遜色はない。
そいつがここに来る……?
そして、ジェイス達のパーティを強襲する?!
む、無茶だ!!
「お、オーガキングだぁ?!」
さすがにこれにはジェイスも驚いたらしいが、即撤退という考えはないようだ。
自分の実力に過信しているのか、それとも虚勢か……。
いずれにしても、もう時間がない!
「じぇ、ジェイス、まずいって!」
「さ、さささ、さすがにオーガキングは───」
パーティのイエスマンこと、メイベルとザラディンも泡を食って反論している。
さすがにオーガキングは、二人をしてヤバいと感じているようだ。
「う、うるさい!! やってみないと分からんだろうがッ!!」
メイベル達に一喝して黙らせると、バチバチバチと、大剣に雷光を纏わせ始めたジェイス。
彼の二つ名の通り、雷光を剣に纏わせ敵集団にぶち込む強力な特殊スキル「雷光剣」だ。
「ばかぁ!! もう間に合わないわ!!」
リズが絶望と諦めに満ちた顔で双剣を構える。
彼女の足なら逃げ切れるだろうが、リズにはアルガスを置いて逃げるという選択肢はないのだ。
だが、それを許すアルガスではない!
「───ジェイス! ここは俺が支える! 今すぐリズを連れて逃げてくれッ!」
オーガキングの名を聞いた時から、アルガスにはある種の諦めがあった。
ノロマと言われるだけに、足は遅い。
リズだけならともかく、アルガスの足では軍団から逃げ切るのは無理だろう。
身を隠す方法もあるにはあるが、匂い袋のせいで隠れたところで必ず見つかる。
そして、死ぬ──────呆気なく。
だから、今できることはリズを逃がすことだけ。
彼女がアルガスを置いて一人では逃げないことを知りつつも、ジェイスが強引につれていけば、それは別の話だ。
下種で下心丸出しでも、ジェイスの力ならリズを強引に連れ出せるだろう。
ジェイスに任せるのは業腹だが、ここでリズが死ぬよりも遥かにいい。
そう思ってさらに声を掛けようとするアルガスだが、
「おい、ジェイス───頼むから、」
「ふざけろ! 俺の手柄が向こうからやってくるんだ! おもしれぇじゃねーか!!」
アルガスの言葉に耳など貸さずに、好戦的な目つきでそう言い切ったジェイス。
そして、その眼前についに魔物の軍団が到達した!
大地を黒く染め上げるほどの規模で、地震のような地響きを立てて軍団が来る!!
ぐるぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!!
そして、一際巨大なオーガが咆哮し、魔物たちの軍団はジェイス達を飲みこまんとする!
「ぎゃはははは! 来たな、鬼ぃぃ!! ほおぉら、デカいからいい的だぜぇぇぇえ!」
バチバチバチバチバチ───!!
ジェイスの雷光が一際輝き、最高潮に熱量をあげる!!
「食らえッ──────雷光剣!!!」
ズドォォォォオオオン!!!
稲妻が落ちたような爆音を立て、真っ直ぐにオーガキングに向かう雷光!
それがオーガキングに直撃するッッッッッッッ!
バチィィン!! と一瞬オーガキングの体が真っ白に染まり、「やったか!」とジェイスが喜色を浮かべるも───。
────ごるるる……。
「な………………!?」
ズンズンズンと、先ほど変わらぬ様子でオーガキング厳めしい顔を向けて軍団を進めている。
よく見れば、体毛が少し焦げている程度……。
「ば!? は、外した、のか?」
バカ野郎! 直撃したっつの!!
アルガスも多少は期待していただけにその衝撃は大きい。
だが、ジェイスは現実が見えていないのか、次々に雷光剣をオーガキングにぶつけるも、全く効いていない。
それどころか少しも怯んだ様子をみせず、巻き込まれて焼き焦げた配下の死体を見て顔を歪めているのみ。
「う、うそだろ……!」
茫然としたジェイス。
それを見て真っ青になったメイベルがジェイスを揺さぶる!
「ば、ばか!! 効いてないじゃない、逃げなきゃ!!」
「そんなはずがない!! ザラディン! さっさと、魔法をぶっぱなせ!!」
「は、はいぃぃい!」
ブツブツと発動の詠唱を唱えるザラディン。
既に構築していた魔法式を発動させるだけなので、瞬発するはず!!
「大地よ、爆ぜろ!!」
カ───ズッッドォォォォォオオン!!!
ザラディンの魔力が迸り、軍団のど真ん中で大爆発が起こる。
その中心にいたオーガキングも足元が爆ぜ、ブッ飛ん……─────────でない!!
あ、あの野郎。
爆発の瞬間、地面をぶん殴って威力を相殺しやがった!!
「ば、ばばばばばば、ばかな!? 威力が減衰したぁぁぁあ!?」
本来ならもっと広域を吹っ飛ばせる大魔法も、オーガキングの出鱈目な攻撃力でかき消されてしまった。
これでもう、「光の戦士たち」の攻撃手段は打ち止めだ!!
必殺の雷光剣も効かず、大魔法でも倒せないなら──────打つ手なし!!
「逃げろ!!」
「逃げるわ!」
「逃げます!」
ジェイスの反応は早い。
恥も外聞もかなぐり捨てる勢いで撤退開始!
「ちょ、ちょっと! アルガスを援護してよ!!」
だが、リズは逃げない!
鈍足ゆえ逃げられないアルガスを援護するために、効かないと知りつつも弓を射る!!
射る!!
射る!!
射るッッッ!!
ド───ぶしゅ……!
「ぐるぁぁぁおあお?!」
それがたまたまか、狙っていたのか───オーガキングの片目に直撃し、奴に初めてダメージを与えた!
激痛のあまり、片目を押さえて膝をついたオーガキング。
配下の動きが一瞬止まり、周囲を静寂が包む。
「やった……の?」
射ったリズ自身が驚き、茫然としている。
もしかすると、リズなら─────……。
「ぐるぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ビリビリビリ……!!
冗談抜きで空気が震えた。
オーガキングの怒りの叫び!
無理だ!
これは──────!
「リズ、逃げろッッ!」
ズボッ、と矢を引き抜き───目玉の付いたそれを投げ捨て踏みつぶすと、ハッキリとリズを睨みつけて、巨大な指を差し向けて咆哮する。
……だから、意味が分かった。
「ぐるぁぁぁぁああああああああああ!」だ!!
さ、
「───させるかぁぁぁあ!!!」
パーティに到達せんとする軍団に敢然と立ち塞がったアルガス!
ズシン! ズシン!
「───ぅおらぁぁぁあああ!!」
まるで津波のように押し寄せる魔物の軍団に、真正面から全力でのシールドバッシュを叩きつけたッ!!
ほとんど鉄板にしか見えないタワーシールドの一撃は、強く重く凄まじく!!
───バッカァァァアアン!!
軍団の先頭を征くグレーターゴブリンの小集団を一撃でぶっ飛ばして後続にぶちまけた。
「リズに手を出すなぁぁぁぁあああ!!」
護身用の剣を引き抜くと、ヘイトを集めんとばかりに、ガンガンガン! とシールドに叩きつけ軍団を挑発する。
ただでさえ強い匂いを放っているのだ。
そして、たった一人で軍団の前に立ち塞がるアルガスに、一気にヘイトが集中する。
ごぉぉあああああああああ!!!
ぐるあっぁぁああああああ!!!
げぎゃぁぁぁああああああ!!!
多数の魔物が発する咆哮がアルガスに集中し、一斉に襲い掛かられる。
それをすべて受け止め、いなし、弾き返し、肉壁たる「タンク」の役目を全うするアルガス!!
───そうだ! これでいい!
散々殴られ、突かれ、噛みつかれても、防御力「8800」は伊達じゃない!!
───かかってこいやぁぁあ!!
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
シールドバッシュ!!
シールドバッシュ!!
シーーーーーーーールド、バぁぁぁぁああッシュ!!!!
───ズガァァァアン!! と、大型馬車が衝突する様な音を立てて魔物の軍団を押し返すアルガス。
「す、すげぇぇ……」
「か、関心してるばあいじゃないわよ! 逃げよ?」
「そ、そうです!! 彼の勇敢な献身を讃え。ここは今すぐ撤退すべきです!」
そんなことはジェイスも、もちろん分かっている。
だが、まずいんだ……!!
「ちぃ! のろまタンクめ、飽和するぞ!」
オーガキングが嗾ける魔物の数がドンドン増えていく。
アルガスに取り付いていた連中も押し返されてはいるが、その枠から外れた連中が徐々に数を増やし始めた。
目標はリズ─────いや、ちがう!! もはやパーティ全部だ!
それを見て、アルガスは必死に振り返ると言った───。
「───いけ!! 俺に構わず、リズを連れて行けぇぇええ!」
「へ……。言われるまでもない!」
素早い動きでリズに迫るジェイス。
弓を連射するリズはその動きに気付かず、ズン! と当て身を受け昏倒する。
「あぐッ!!……───アルガ、す」
ドサッ……。
力の抜けたリズをジェイスは担ぐと、
「よう、アルガス──────……あばよ。リズは俺が貰ってやるよ」
く……!!
分かってるさ───だけど、ここで果てるよりは、まだ!!
「あとは……おら、ガキぃ!! 時間稼げや!!」
「きゃあ!」
って、おい!!
リズを担いでいる分、足が遅くなるのを懸念したのか、ジェイスの野郎はあろうことか身を隠していたミィナを引っ張り出すと、匂い袋を叩きつけ軍団の前に放り投げた。
「ほぉら、餌だぞ!! あははは!」
「な、何をしている?!───ジェイス!!」
み、ミィナが!!
「へっ。言っただろ? 使い捨てだってよ」
こ、
コイツ───……!!
コイツ──────!!
「あばよ、アルガス───……精々軍団を引きつけておいてくれ。俺はこのまま別の街にズラかるぜ」
こ、この野郎!!
「ミィナもつれていってやれよぉぉぉお!」
「ぎゃはははははははは! 何度も言わせんなよ───使い捨てってのはこーゆことさ」
ぎゃーっはっはっはっはっはっは!!
軍団をさらに煽るように大笑いするジェイスは、メイベルとザラディンの補助魔法を受けて速度をあげると、あっという間に走り去っていった。
それも、緊急クエストを出した街とは別方向にだ。
危機を伝えるでもなく、いっそ街ごと滅べと言わんばかりに!!
あの野郎──────…………!!
……ッ、
「───ジェぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええーーーーーーーィス!!!」
第6話「防御力MAX───!!」
「あの野郎ッ───!!」
ま、街が滅ぶぞ!
いや、それ以上の被害が出る───!
「くそ、それも狙いか……。自分の醜聞と失態を隠すためにってとこか! なんて野郎だ───」
「うぅ……」
走り去るジェイスを憎々し気に睨むアルガスの耳に、ミィナの呻き声が届く。
ジェイスに遠慮なしに投げられて、何処か負傷したのだろう。
「た、助け……」
だけど、
助けようにもこれ以上は俺も────!!
「痛いよぉ……。死にたく──────」
ッッッ!
くっそぉぉおお!!
子供を前にして、放っておけるかよぉお!
テメェら───、
「……どけぇぇぇぇえええッッッ!!」
群がる魔物を振りほどき、もがくアルガス。
だが身動きできない!!
群がる魔物が邪魔だ!!
装備がなんて重いんだ!
あぁ、くそ!!
ミィナ、今行くッッッ!!
「───うがぁぁぁああ!!!」
今、行くッ!!
すぐ行くッ!!
早く行くッ!!
───盾が邪魔だ!!
───兜が邪魔だ!!
───具足が邪魔だ!
俺の剣に、群がるなッッ!!
「───ぐおぉぉぉおおおおおお!!!」
ズシン! ズシン!
魔物が縋りつく装備を少しずつ遺棄して、アルガスは拘束から逃れると、鈍足のままミィナに近づく。
その肩に魔物が噛みつく。
その背中を魔物が蹴り抜く。
その腰を魔物の剣が、貫かんと撫ぜる。
だが、それがどうした!?
俺の防御力は「8800」じゃぁぁああ!
彼女を襲わんとしているグレーターゴブリンを殴り飛ばし、
彼女を解体しようとしていたオーガを叩き伏せ、
彼女を組み敷かんとしていたクリムゾンオークを投げ飛ばすと───!
アルガスは、ついにミィナにたどり着く!
「ミィナ!!」
「あ……あぅぅ!!」
恐怖で濁った目をアルガスに向けるミィナ。
ボロボロの姿。
先日死んだ少女の物に重なり、二度とあんな目にあわせないと誓った……。誓わざるを得なかった。
今度こそ、必ず君を助けると──────あの日、死んだ少女に語り掛ける!!
「俺は『タンク』だぁぁぁああ! 極振りステータスの、防御力8800を舐めんなよぉぉおおおおお!!!」
防いでやる!
凌いでやる!
耐えて見せる!!!
───俺の防御力は伊達じゃないッ!!!
「掛かってこいやぁぁぁぁああああ!!!」
そうとも、
重戦士の防御力は伊達じゃないッ!!
「ミィナ! 目を閉じて、耳を覆っていろッ」
あぁ、そうだ!!
───君のような女の子が、こんな場面を見なくていい!!
ミィナを抱きしめ、その身を完全に覆って見せると、アルガスは身を固くして地面に伏せる。
鎧の防御と、自身の防御力に依存して、ミィナだけは守って見せると!!
「あおあおあおああああああ!!」
がんがんがん!!
ザクザクザクザクッッ!!
何度も何度も魔物殴られ蹴られ、剣で突かれる!
「ぐぅぅう!!」
だけど、耐える!!
耐えて見せる!!!
「げぎゃぁぁぁああ!!」
「ごぎゃごぎゃ!!」
魔物の容赦ない一撃一撃が、アルガスを滅多打ちにする!
くそ───!
防御力がこれほどあっても、まだダメージが通る!
例え8800でも、ダメージが蓄積されていく……!
足りない……。
足りない……!
足りないッッ!!
───防御力が足りないんだよぉぉおお!
「───もっと、もっと、もっと! もっと防御力をよこせぇぇぇぇええええ!!」
うがーーーーーーーーーーーーー!!!
アルガスはステータス画面を呼び出し、貯め込んでいたステータスポイントを、防御力にガンガン叩き込んでいく。
『残ステータスポイント +2200』
それをぉぉおおお!!!
全部だ!
全部だ!!
全部に決まってるッッ!!
───全部、叩き込んでやるぁあッッ!!
がががががががががががが!!
物凄い勢いでステータス画面を連打し、ステータスを割り振っていく───。
当然、防御に極振りだ!!
8800が、8955に!!
8955が9300に!!
まだだ!!
まだだ!!
まだ、足りない!!
余裕のあったステータスポイントがガンガン減り続けるも、アルガスは気にしない。
あれ程嫌がっていた肉壁のための防御力を、さらにさらに、さらにと極振りしていく。
だって、まだダメージが通る!!
まだ、魔物の攻撃を防げない!!
また、守れないぃぃぃいい!!!
早く! 早く、早ーーーく!
───もっと早く、上昇しろッ!!
『残ステータスポイント +1100』
がががががががががががががが!!
9300が、9788に───!!
それでも、ゴブリンの一撃が!!
オークの一撃が!
オーガの一撃が!!!
まだだ!!
まだ、足りない!!
「もっとだぁぁぁぁああああああ!!!」
がががががががががががががが!!
9788が9998に!!
まだだ!!
まだだ!!
まだ足りない!!
9998が9999!!
「足りない、足りない、足りない!!!」
全然たりない!!
この子を守るためには、全く足りない!!
ミィナを守るためにはまだまだ足りない!
9999!!
9999!!
9999!!!
どうした!!
上昇しろ!!
俺の防御力──────!!
俺は、重戦士だろう!!
全ての攻撃を跳ね返す重戦士だろうがぁぁぁあ!!
あがれ、あがれ!!
あがれ!!!!!!
防御力よ、もっと上がれ!!!
9999がどうした!!
その先へ、刹那の先を越え、一ミリ、一シュトリッヒ先でもいいから、9999を越えろ!
俺を本当に鉄壁に!
肉壁に!!!
全てを守る『タンク』にしろぉぉぉおおおおおおお!!!!
ステータス画面の防御力「+」を叩き続け、9999をさらに上書きするも、動かない!!
動かない!!
動かない!!!!!!!
動けっっっっつてんだよぉぉおお!!!
「───がぁぁああああああああああ!!」
連打し続け、魔物の攻撃を耐え続けるアルガス。
ただ、限界は来る。
いくら防御力を9999にしても、人は鋼鉄にはなれない。
筋肉も骨も剣を弾き返すことはできない!
人は──────「重戦士」は、ただの人なのだ!!!
「───あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
この腕の中の小さな温もりを守りたいッッッ!!
この子だけは救ってくれ!!
ミィナを救ってくれッッ!!
だから!!!!!!!!
「防御力9999」─────!!!!!
そんなじゃ、足りないぃぃいいいいいいいいいいい!!!!!
俺を盾役に!!
俺を肉壁に!!
俺をタンクに!!!
ノロマでもなんでもいいから、俺を無敵のタンクにして見せろぉォぉおおお!!!
動かないはずがないと、確信と妄信に似た思いでスタータス画面を叩き続けるアルガス。
9999の先へと、残るステータスポイントを割り振り、その先に至れと───!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ががががががががががががががががががががががが!!
がががががががががががががががががががががッッ!!
カッ────────────!!!
全力で防御力を上昇させようとしていたアルガス。
その瞬間のこと、ステータス画面がグルリと回転した。
こ、これは───……!!
天職進化の兆候ッ?!
天職進化。
これはかつて、「戦士」から「重戦士」に進化したときに見た覚えがある。
そ、それが、今?!
なんで?!
いや、
そんなことよりも──────!
「げぎゃああ!!」
「ぐ……────────────ッ」
ガッツン!!
オーガナイトのクリティカルヒットが後頭部に命中し、意識の帳を手放しかけるアルガス。
頭が割れそうな衝撃と脳を揺さぶられる打撃に、鼻から血がドロリと零れ落ちた。
これは──────手痛い一撃だ……。
「う、ぐ……」
跳ね上がった頭に無理やり視界が開ける。
視野に飛び込んだのは、手痛い一撃をくれたオーガナイトと、その背後に立つ巨大な化け物──────オーガキング……。
そいつが、アルガスと目を合わせると、まるでトドメの一撃をくれてやるとばかりに、その足を思いっきり振り上げた。
いっそ、せめて楽に殺してやるとばかりに───……!
あ、
(あれは……一撃で死ぬな───)
ぼう、と冷静にその光景を眺めるアルガス。
そして、クルクル回るステータス画面。
防御力を無理矢理急上昇させ、さらに連打したせいで狂ったのかもしれない。
ここまで来て、結局……。
何も、誰も、彼女も守れずに俺は───死ぬ。
せめて……どうか、一瞬で殺してくれ。
そして、どうか、どうか…………どうか、ミィナだけは助けてやってくれ───。
オーガナイトにクリティカルヒットを食らった頭部から流れる血に、アルガスの視界が濁る。
そして意識も───……。
(すまん……リズ。ミィナ───)
俺は………………。
アルガスの意識が遠退く、最後の一瞬のこと───。
カッッ─────────!!
なんと、光るステータス画面ッッ!
天職進化完了───!!
「重戦士」 ⇒ 「重戦
──────がくッ……。
そこでアルガスの意識は落ち、
そして───オーガキングのトドメが無情に降り注ぐ………………………。