第33話「決戦の時」
わーわーわー!!
ひゅーひゅー♪♪
場所はギルドの修練施設──。
暇を持て余した冒険者が観客だ。
すでに会場は大盛り上がり。
先日の騒動はギルド中に広まり、近隣の町からも好事家がやってくるほどに盛況だった。
「さぁさ、張った張ったー! 『疫病神』VS『放浪者』!! 世紀の対戦だよー! 賭けなきゃ損、損!!」
威勢よく客を呼び込む怪しい賭場が起きている。
そして、群がりつつも胴元を冷やかす冒険者たち。
「「おいおい! オッズはどうなってんだよ? レイルに賭ける奴なんか要るのか?」」
「「ぎゃははははは! いるわけねーって! ぎゃーーーはっはっは!」」
当然、『放浪者』にレイルが勝てるなど誰も思っていない。
ほんの数人、大穴狙いがいるのみで、オッズはなんと1000:1。
圧倒的に『放浪者』人気だ。
勝っても微々たる金にしかならないが、それでもわずかばかりのお小遣いになると思い大金を放浪者につぎ込む連中もいる。
一方で、まぁ、お祭りみたいなもんだし? とレイルに小遣い程度の金銭を払うものもいる。
この手の連中は別に負けてもいいのだろう。ただの楽しみの一環として日銭をつぎ込んでいるだけ。
そして、
「こら、そこの怪しい予想屋! いい加減なオッズを流すな! あと勝手に『放浪者』のブロマイド売ってんじゃねー!!ーーーーーーーーー!! おい、待てこら!」
ギルドの職員が予想屋を気取り冒険者を追い散らしても、慣れた様子で場所を替え人を替え、結局ドンドン掛け金が広がっていく。
「ど、どーなってんのよこれ」
メリッサは通常業務をしていたはずなのだが、いつの間にか交通整理のようなことをやらされる羽目になっていた。
いつもなら、数個グループの冒険者が汗を流しているだけの修練施設が、押し合いへし合いの大騒ぎだ。
「がっはっは! どうだ、俺の考えは大当たりだろう?」
そう言って胸を張るギルドマスター。
ハゲ頭に鉢巻、そこに掛札を改良に挟んで胴元気取りだ。
「あ、ハゲマスター」
「誰がハゲだ!!」
オメェだよ。
「つーか! ハゲマスターってなんじゃーーー!! ギルドマスターだとして、マスター以外一文字もあってないっつの!!」
顔を真っ赤にして茹でダコのようになったギルドマスターをさらりと無視して、群衆を流し見るメリッサ。
そのまま、ジト目でギルドマスターを見ると、
「マスター……もしかして、この公認賭博のために5日も時間かけたんですか?──どーりでよその町の冒険者も多いと思えば……」
「くっくっく。目の前に金蔓があるんだ、使わない手はないだろうが?」
どうやら、ギルドマスターは賭けの胴元で一山当てるべくしっかりと宣伝していたようだ。
駆けの成立はともかくとして、Sランクパーティの模擬戦なんてものはそうそう見れるものではない。ゆえに、その知名度を利用した立派なエンターテイメントだ。
──このマスター。ハゲにみえて、なかなか抜け目がない。……抜け毛はとっくにないだろうが。
「──うるせぇ!」
「何もいってませんが?」
……しかも、これ。一見して賭けが成立していない様に見えて、しっかりと胴元が儲けられるシステムがあるらしい。
オッズが低すぎて客が集まらないのを見越して、自己資金まで投入してオッズを操作しているのだとか。
「もうちょっと、マシなことに禿げた頭使ってくださいよ」
「禿げって……おまッ!────へ。俺も元は冒険者よ。こーゆー騒ぎを利用しない手はねぇ!」
「あーそーですか」
呆れた様子のメリッサは完全にギルドマスターに対する敬意を失っていた。
「……これ、通常業務外なんですから、ちゃんと手当くださいよ」
「わーってるよ。勝敗が決まれば全員にボーナスとビールを奢ってやるぁ」
「その言葉忘れませんからねー」
「へーへー」と適当に返事をしながら冒険者の中に自ら飛び込んでいくギルドマスター。
あれじゃ、マスターというか、ただの賭場のオヤジだ。
またオッズに変動があったのか、「「「わっ!!」」」と沸き返る冒険者ども。
まだ、レイルの姿がないのに、大騒ぎだ。
「ほんと、大騒ぎね──」
「……田舎ですからね」
「ひゃ! れ、レイルさん?!」
うんざりしているメリッサの肩を叩いたのは噂のレイルであった。
そして、その姿を目ざとく見つけた冒険者が大騒ぎする。
「「「うぉぉおお! レイルがいたぞ! 本当に来た!!」」」
「「「ちくしょー! 死んでしまえ! お前の負けに金貨10枚も賭けてんだぜェ!」」」
「「「しーね!」」」
「「「しーね!!」」」
「「「しーね!!!」」」
わずかばかりの取り分のために、レイルに死ね死ねコールだ。
そのうえ、なんたって『疫病神』のレイル。
美人やイケメンの揃ったSランク冒険者パーティ『放浪者』と比較するのもおこがましい存在なのだから仕方がない。
「「ぎゃははは! 俺たちは大穴狙いよ! レイルぅ! 頑張って勝てよー銀貨一枚が金貨10枚になるかもしれないからよー。ぎゃははははははは!」」
「「逃げずに来たレイルきゅん、かぁぁああこいー! ひゅーひゅー♪」」
そして、囃す囃す!!
誰もかれもがレイルがズダボロになって負けることを望んでいるのだ。
「ひ、ひどい……。同じ町の冒険者なのに──」
「はは。いつもこんな感じでしたよ」
騒ぎのなか、レイルの声はやけにはっきりと聞こえた。
何年もの苦渋が染みわたった声は随分と重く深い……。
「レイルさん──……」
「気にしないでください。慣れてますよ」
本当は嘘だ。
どんな状況、どんな言葉でも、悪意は心に刺さる。
「あ、その……。わ、私はレイルさんを信じています! レイルさんならきっと──」
「ありがとう、メリッサさん。そう言ってくれるのはいつもアナタだけでしたね。…………期待に恥じない程度に頑張ってきますよ」
それだけを言うと、後ろ手に別れを振りつつ去っていくレイル。
「レイルさん……」
そして、沈痛な面持ちのメリッサの見送りを受けて、レイルは闘技場の中心へと向かう。
「さぁ、ケリをつけようか────ロード」
第34話「決戦ッ!」
さぁ、ケリをつけようか────ロード。
闘技場の中心、完全武装の『放浪者』がいる前まで進み出たレイル。
それを「ほう?」と言った顔で迎えたのがロードだった。
「よく逃げずに来たな? 俺はてっきり尻尾を巻いて逃げると思っていたよ」
偉そうに腕を組んでレイルを迎えるロード。
そして、
「ぎゃはははははは! プライドだけは一丁前にSランクとみえるぜ。……ま、へし折ってやるけどな」
そういって凶暴に顔を歪ませるラ・タンク。相変わらず血の気が多そうだ。
そこに、
「プライドなら私も負けてはいませんよ────レイルさん、先日はどぉもぉぉおお!!」
ギラギラと燃えるような目をレイルに向けるのは賢者ボフォート。
傷は癒え、しっかりとした足取りで立っているが────……。
「へぇ? 最近の回復魔法は髪も生えてくるのか?」
「あ、当たり前です! 私の完ぺきな魔法なら──」
ピュー……。
観客の湧き起こす熱気が滞留となり小さな風が起きて、ボフォートの被り物を飛ばした。
「あ! ちょっと────!!」
その下には、
「あー、ハゲたままか? わりぃわりぃ」
「「誰がハゲじゃぁあ!!」」
レイルの不躾な一言にハモルのはボフォートとギルドマスター。
──マスター。お前には言ってねぇよ。
まぁ、よかったじゃん、ハゲ仲間ができて。
「────殺す」
ついには目に闇をともしたボフォートがユラリと呟き、猛烈な殺気を飛ばし始めた。
「はいはい。そのへんにねー。レイルへの殺気は試合まで取っておきなさいよ────でも、よく来たわね? マジで死んじゃうわよ~、疫・病・神・さ・ん」
「黙れ、腐れビッチ」
ビキス!!
「なぁぁんんですってぇぇぇえええええ!!」
ビキビキビキと美しい顔を歪めるセリアム・レリアム。
怒髪天をつく表情に、顔に塗りたくった化粧がポロポロと落ちる。
どうやら安物の化粧品は合わなかったらしい。
ふーふー! と荒い息をつくセリアム・レリアムを後方に下がらせるとロードが進み出た。
「……はぁ、君はつくづく俺たちを怒らせるのが得意らしいね──さすがに俺も腹が立ってきたよ」
「そりゃどーも光栄だね────で、そこのチビはやらないのか?」
レイルは一歩離れた位置に立っているフラウを顎でしゃくる。
「ん? あぁ、。フラウ嬢は、棄権だってさ────かわりに報酬の権利は放棄すると言ってるが……。構わないだろう?」
コクリと頷いたフラウが円形闘技場から降りていく。
「好きにしなよ。人数が少ない方が楽でいいしな」
肩をすくめるレイルの言葉を聞いて、今度はロードがピクリと表情筋をこわばらせた。
「お、おいおい……。なんだいその言い方は。まるで、フラウが抜けて勝率上がった様な言い方だね? 本気で勝てるとでも?」
「事実だからな」
ピク……。
「……こぉの、ゴミくそDランクの疫病神がぁぁあ! お前に勝率なんて万に一つもあるわけねぇだろうが!!」
「は。能書き垂れてろ────デカいだけの鳥から逃げた腰抜け勇者が」
………………プッチン!
「ぶっ殺す!!!」
ジャキンジャキン!!
ロードの殺気が迸ると同時に、前衛二名が一斉に剣を抜き、槍を構える!
模擬戦用の剣のはずだがやけに剣呑にギラギラと光る。
「おい、ロードまだ合図してねぇぞ!」
レイルとロード達の間に立ち、ジャッジを務めるらしいギルドマスターが怒鳴る。
──胴元に審判。まぁ色々こなすハゲだ。
「うるっせぇぇえ! とっとと、始めやがれぇぇええ!」
「ち…………! 熱くなりやがって。負けられちゃ困るからな。……おい、ロード──危なくなったら使えよ」
そういって、なにかスイッチのような物をロードに渡すギルドマスター。
「おい、今のはなんだ?」
「さぁな?」
肩をすくめるだけで、ロードに渡したスイッチの正体を教えるつもりはなさそうなギルドマスター。
つまり……、
(…………あれが切り札か)
目ざとくそれを見ていたレイルは平静を装う。
まぁだいたいの予想はついている────。むしろ、レイルもそれを見越して仕込み済みだ。
何か仕掛けてくるのは予想していたから、これでいい。
──さぁ、戦闘開始だ。
「双方、準備はいいか?」
「あぁ」
特に気負うでもなく、レイルは軽く頷く。
一方ロード達は怒り心頭で、殺気も気合も十分!
「一気にケリをつけたやるぁぁ!!────戦闘用意ッ」
「おう!」「はい!」「あ~ぃ」
三者三様。ロード以外の3人も準備万端らしい。
そして、いうが早いか──取り出した高級強化薬を「グビリッ!」と呷るロード達!
「へへ。SランクがどうしてSランクなのか教えてやるぜ」
「……金を使って、ステータスの底上げがSランクねぇ」
目を細めるレイルを余裕の表情で見返すロード。
「財力も実力のうちよ!────始めるぜ!」
(ふん……。思った通り、強化薬を使ってきたか)
短時間とは言え能力を強化させるその薬をこのタイミングで飲むということは、完全にロードたちはギルドマスターとグルなのだろう。
強化薬の効果時間を最大限に確保するため、試合開始の合図を相談していた証拠だ。
実際、ロード達が強化薬を飲み切ったと同時にギルドマスターが頷く。
試合準備よし────ってか?
だが、その不正ギリギリの行為を咎めるものは、この会場にはほとんどいない。
敵も審判も、観客も──────すべてレイルに微塵も好意を抱いていないのだ!
「上等だ……」
「へへ……!」
パリィン。
薄くレイルが笑い、飲み切った強化薬の空き瓶をロード達が投げ捨てたところを会場の全員が見ていたその瞬間────戦闘開始が告げられたッッ!
「────模擬戦、開始ぃぃいッッッッッ!」
第35話「正々堂々(前編)」
模擬戦開始!!
「「「「「はじまった!!」」」」」
どわッ!!
と、沸き返る会場。
ギルドマスターの合図を境に始まる模擬戦に、熱狂する冒険者たち!
「「いっけーーーー! 『放浪者』」」
「「疫病神をぶっ殺せぇぇぇええ!」」
模擬戦で殺しも何もないものだが、Sランクの攻撃を受ければDランクのレイルなど「ブチュっ」と本当に潰されてしまうだろう。
「おらぁぁああ! この一撃で決めてやる!」
「俺にも残しとけよ、ロードぉ!」
前衛二人の攻撃!
肉壁に努めるラ・タンクのタワーシールドを足場にしてロードが猛禽類のように突っ込む!
「ふんッッ!!」
一本の剣のようなロード!
その鋭い一撃が剣に乗り、鋭い剣先でレイルを貫かんとする!!
(ち……! 絶対殺そうとしている一撃だよな──)
何が模擬戦だよ。
レイルは冷静に動きを呼んで余裕をもって回避に移る。
「これでも盗賊なんだね! 敏捷にはちょっと自信があるんだ」
「な、なに!?」
激昂したロード達は扱いやすくていい。
しかも、敏捷値を上昇させていたため、レイルにも互角以上にロード達の戦闘速度についていくことができた。
「コイツ──?!」
必殺の一撃を躱されたロードが驚き、レイルの姿を目で追う。
しかし、そこに見たのはレイルの余裕の笑い顔のみ。
「どうした? 動きが鈍いぞ?」
「く……!」
そこに、
「どけ、ロード!! おらぁ──レイルてめぇ、よそ見してんじゃねーーーー!!」
ラ・タンクが騎馬突撃を思わせる強力な刺突を繰り出してきた。
「くらえ、重騎士重槍撃ッッ!」
ラ・タンク、必殺の一撃。
あまりの威力に空気が渦巻いている様子すら見えた。
ドゴォォォオオオオオオン!!
必中距離で炸裂するラ・タンクの大技!
これで決着…………。
あれ────?
「な、なんだ……」
激しい破壊音とともに、風を切った一撃は確かに強力。
しかし、勢いが急激に衰えレイルに易々と躱されてしまう。
「おやおや? どうしたどうした~?」
「ぐ────なんだこれ?」
さらに一撃を繰り出そうとしたラ・タンクだが、どうも様子がおかしい。
「おぇ……」
ガクリ──と膝をついたラ・タンク。
「ラ・タンク?! 何をして────う……!」
そして、ロードの様子にも異変が。
突如、大量の脂汗を流し始めたロード。
「ど、どうして急に────ぐぐぐ……、む、胸が」
二人して、胸部を抑えてしゃがみ込む。
「……あれれ~、ひょっとしてお前ら────」
トン……と、レイルがラ・タンクの槍に乗って、体重をかけつつ『放浪者』をチョイチョイと軽く挑発する。
「くくく。なん~か悪いもんでも食ったんじゃないのか?」
レイルが言い切らないうちに、前衛二人が身動きできなくなる。
「くそ……うげぇ」
「な、何がおこった──? ゲホっ」
ついに武器を取り落とす二人。
ざわざわ!!
ざわざわ!!
「ど、どうしたんです? ロードさん? ラ・タンクさん?!」
「ボフォート! 何か様子がおかしいわ────って、あれ? なんか、苦し……」
そして、後衛の二人も────カラーン……! と、得物を取り落とした。
「く……? これは?」
人一倍復讐に燃えていたボフォートですら、魔法の詠唱もできないほど顔面を蒼白にし、冷や汗をびっしりと掻いていた。
そして、一人余裕そうに立っているレイルを見てハッと気付いた。
「れ、レイルさん! あ、貴方一体────……」
「はは。効果てきめんだな」
スタスタと槍の上を歩いて、かろうじて上体を起こしているラ・タンクの顔面に、
「おらぁぁあああ!」
バッキィィィイイ!! と強力な蹴りをブチかます。
「ぐは!!」
それを受け身も取れずにまともに食らったラ・タンクが鼻血を吹いて今度こそ背後にぶっ倒れる。
「ち、さすがに固いな──」
「ゲフゲフ……! な、なにをしたんですか! 貴方はあぁっぁああ!!──うぷッ」
「おげぇぇぇえ……! うげぇぇええ」
床に臥してバタバタと暴れるラ・タンク。
ボフォートは口をおさえ、ロードはレイルに背を向けてゲーゲーと吐き続ける。
それを見ていた最後の『放浪者』──セリアム・レリアム。
彼女も胸を抑えつつ、
「ま、まさか?! これは──────毒?! ぐ…………」
彼女も顔を真っ青にすると、口元を抑えてドサリと腰を落としてしまった。
「おええええええ……!」
美しい顔を歪めてビチャビチャと吐しゃ物をまき散らす。
「ぺッ。……なんてこと!! い、いつのまに────?! げ、げどく、解毒魔法を……」
「はは。無駄だよ」
ニヤリと笑ったレイルが「ジャーン!」とばかりに、懐から小瓶を取り出し、おどけて掲げる。
「こいつはドラゴンすら殺せる薬────……もちろんかなり薄めておいたけどね。ゴブリンで実験してみたら、死にはしないけど、げーげー吐いて、しばらく動けなってたぜ」
「ば、バカな?! い、いつの間に仕込んだって言うの?!」
「おえええ……!」と、人目も憚らず吐き戻しながらも、なんとか解毒魔法を詠唱しようと試みるセリアム・レリアム。
だが、ブルブルと震える体はまともに詠唱するできない。
「無駄無駄。試してみて気付いたんだけど、コイツには魔力を低下させる成分もあるんだぜ?」
「は、ハッタリよ! 毒を仕込むなんて不可能、な──はず……おええっ」
「あっそ?」
あの商人から買ったドラゴンキラーの毒の中には、魔力を破壊する成分も含まれており、魔法の発動を阻害する。
吐しゃ物と脂汗とともに魔力すら流れ出しているのだ。
「く……! 馬鹿な──おぇぇええッッ!!」
ついには、4人全員が動けなくなる始末。
その様子に一番驚いているのは、レイルでもロードでもない。
「「「お、おい……どーなってんだあれ?」」」
「「「な、なんだぁ? 自滅? 同士討ち? なんで『放浪者』が倒れてるんだよ?!」」」
ザワつく観客席。
「「「や、やばい!!」」」
「「「やばいぞ!!」」」
お、お、お、
「「「俺たちの掛け金がやばいぞぉぉおおおお!!」」」
騒然とする闘技場に、ギルドマスターも顔面蒼白だ。
ここでロード達が負けるようなことがあれば、ギルドマスターは胴元として大損をしてしまう。
もし、レイルに金貨でも賭けるようなもの好きがいればそれだけで破産しかねない。
「ま、待て! レイル貴様何をした?! ど、毒をばら撒くなんて卑怯だぞ!」
4対1を強いておきながら、どの口でほざくのかわからないギルドマスターに、
「卑怯~~~?? はっ、別に撒いちゃいないさ。なぁ、マスターよぉ。文句あるなら持ち物を調べてもみろよ。散布毒なんて持ってないぜ?」
そういって、服のポケットなどを裏返して見せる。
手に持つドラゴンキラーはともかく、ろくな武器もない。
正真正銘、レイルの身の回りにはどこにも何もなく、パラパラと古着からの埃が落ちるのみ。
「て、てめぇポーションももたずに、俺たちに挑んだのか? な、舐めやがって────……」
「おぉ? やるな、ロード。さすがSランク様だ」
レイルの挑発にのることなく、不屈の精神でロードが立ち上がる。
なるほど──さすがは、勇者と目されるだけはあるも猛者だ。
そして、タフネスが売りのラ・タンクもグググと体を起こす。
「な、舐めんなよ──チンケな毒なんか俺に効くものかよ!」
「いや、効いてる効いてる」
ガクガクと生まれたての小鹿のよう。
「そうだ! ぽ、ぽぽぽ、ポーション! 皆さん、ぽぽぽ、ポーションを飲むんです。解毒はできませんが、体力は回復します──ま、魔力だって……」
震える体で、腰のポーション入れから高級ポーションを取り出したボフォート。
「そ、そうか! おい、皆!!」
コクリと頷くボフォート。
そのままブルブル震えつつ、セリアム・レリアムにも飲むように言った。
「聖女様────貴方が一番に飲むのです。そして、なんとか解毒魔法を! 貴方の魔法ならこんな毒」
「ち。させるか!」
一気に肉薄するレイルに、ロード達が迎撃を開始する。
──状況判断。
ここは攻撃するべきだ!
「ぐ……。ラ・タンク。できるな?」
「す、数秒程度なら……」
セリアム・レリアムが要だと理解した『放浪者』の面々はフラフラになりながらもフォーメーションを組み、セリアム・レリアムを狙うレイルを迎かえ討つことにしたようだ。
……いや、迎撃なんてできない────だから、時間を稼ごうとする。
「セリアム・レリアム──覚悟ぉぉおお!」
レイルが『盗賊』自慢の俊足を生かして低い姿勢でセリアム・レリアムを狙う。
「させるか!──ラ・タンク、俺たちも!!」
「お、おう!!」
なんとか力を振り絞り、一息でポーションを飲み干すロードとラ・タンク。
背後に投げ捨てるようにポーションの空き瓶を「パリィン!」と投げ捨てると、セリアム・レリアムがポーションを飲み解毒魔法を唱える時間を作る。
そう。何としてでも作る!!
解毒魔法をかけられるか否かが勝負の時!!
「させるかレイルぅぅうううう!!」
「ここは通さねぇぞぉぉお!!」
最強の前衛ロード&ラ・タンク!
「どけッ!!」
レイルの肉薄攻撃を打ち崩さんとして、ロードたち二人が死力を振り絞る──────────!!
このままでは、セリアム・レリアムに回復され……。
「……間に合ったわ!」
第35話「正々堂々(後編)」
「……間に合ったわ!」
パリィン……!
セリアム・レリアムがポーションを飲み切った。
そして、魔力の回復を実感するように、
「これで勝ったも同然よ! 今すぐ解毒魔法をかけるわね! さぁ、不浄なる────……ぅ?」
解毒魔法を詠唱するセリアム・レリアムだったが……………………ギュルルルルルル。
「え? あいたたた──なんか、差し込みが…………」
タラタラと脂汗を流す聖女さま。
「う、うそ。な、なんで? なんで、今度はお腹なの?──あう……ッ」
突如、腹を抑えて、つややかな声をあげるセリアム・レリアム。
うううううううううううううう……!
これは、詠唱?
いや、違う。…………これは悲鳴だ。
「ふ、不浄なる……うぐぐぐ────」
セリアム・レリアムが腹を抑えているってことは────こっちが間に合ったか!
「お、おい! セリアム・レリアム、どうしたんだ?! 何をしている早く!!」
ロードラ・タンクと二人で連携し、辛うじてレイルをけん制している。
「ラ・タンク! よそ見をするな。……ボフォート! お前はさっさと聖女を起こせ────って、なんだ? は、腹が……ぐむ」
ギュルルルルルルルルル!。
ゴルルルルルル、ゴリュリュ……!!
「はは。こっちも効いてきたな?」
レイルの悪そうな笑顔。
「て、てめぇ、レイル?! ぐぐぐ。なんだこれ──……」
「い、いでぇ──腹がやべぇ……! おッぐぅ、ご、ごればやばいっ」
「う、ううう……なんですか、突然全員が────ま、まさか」
……まさかぁ?!
脂汗を流したボフォートはハッして先ほど投げ捨てたポーションの空き瓶を見る。
「そ、そんな?!」
──飲み干したそれを見て、そして、全員が同じようにポーションを飲み干した状況を見て一瞬で理解した。
「も、盛りましたね、レイル!! まさか、ポーションに毒を!? こ、このぉ……! 卑怯者ぉぉぉぉおおお──」
……卑怯??
「卑怯ときたかぁ! あーははははは!! よく言うぜ! ま、せいぜい味わいな──Sランクパーティといえども、腹痛には敵わんだろうさ!」
そう。この瞬間のため、レイルはあらかじめロード達の補給物資に一服盛っておいたのだ。
もちろん、模擬戦で殺すなんて過激な真似は出来なかったので、あの時の行商人から買ったドラゴンキラーの残りを、薄めてつくった毒である。
それを、ちゃーんと実験して、どんな効果が出るか試しているので、安心安全? だ。
……多分な。
「ま、死にはしないよ。この毒は、強化薬と混ぜれば、悪寒と吐き気、さらには能力低下──」
そして、
「────ポーションと混ぜれば、腹を下すみたいだぜ?」
ゴリュリュリュリュリュリュリュリュ!!
ゴロロロロロロロロロロロロロロロロ!!
「や、やべぇええ!」
「うぐぐぐぐぐぐ!」
くくくく。
じゃ────地獄を見るんだな、ロード!
「グッバイ」
親指を立ててからの反転───スーっと地面に向けて勝ち誇るレイル。
いや、勝ちを誇る必要すらない。……だから、ろくに武装もせずにロード達と対峙したのだ。
なぜなら────レイルはこの闘技場に来た時から、すでに勝っていたのだ!!
しかしいつ?
どこで?
どーやって?!
それだけがわからない!!
パーティ一の頭脳をもつボフォートにもわからない。
脂汗を垂らしながら、ボフォートは言った。
「い、いつのまに?? いつのまに毒を盛ったのですか?!」
いつの間にぃぃぃいい!!
──レイル・アドバンスぅぅぅぅううううう!!
「はは。いつかって?」
うがぁぁぁあああ! と、最後の叫びをあげるボフォート。
パーティ一のキレ者を称する賢者どのにも、それだけが分からない。
だって、口にした強化薬もポーションも、すべて数日以内に店で購入した正規品で、購入以来厳重に宿に保管していたのだから!
「この卑怯者がぁ……? く、くそぉぉ!! どこで、どんな手を使ったんですかレイルぅぅぅうううううう!! あーーーーーーーーダメ。もう限界ですぅぅぅうう!!」
憤怒の表情が真っ青に変わり、ジタバタと暴れるボフォート。
まだ起き上がれるロードとラ・タンクはマシだ。
最悪、勝負を投げ出してトイレに駆け込めばいい。
そして現時点ではパーティの紅一点であるセリアム・レリアム。
彼女は、ついさっき「はぅあッッ……」と唸ったきり、セリアム・レリアムはすでに賢者のような表情になっている。
どうやら、不浄なるものを浄化するまえに、御不浄を自ら体現したらしい。
ちーーーん♪
「……時が見えるわ───」
聖女様のようなご尊顔。
…………どうやら一足早くお逝きになったらしい。
その様子に観客席も騒然とする。
彼らには何が何やらわからないだろう。
「「「なんだ? どーなってんだ?! アイツラなんでのたうち回って……。まさか、負けるのか?」」」
「「「わ、わけが分からん?! なんで戦う前から自滅してんだよ!」」」
「「「おいおいおい! こんなん無効だろ?! か、金返せよ! ハゲ!!」」」
「誰がハゲじゃ!!」
「「「っていうか、なんか臭わね?…………うわ、なんだこれー!!」」」
そして、徐々に閉鎖空間である闘技場に漂い始める悪臭。
その都度、『放浪者』の面々が「「あ、あ、あ、あーーーー……」」とか言いつつ、賢者のような表情になっていく。
そして、ついにロードがガクリと膝をつき、
「あ、あぁっぁーーーー……」と、小さく叫んで、スゥーと賢者フェイスになった頃。
「「「あぁ、時が見える───」」」
ちーーーーーん♪ ×3
男たちは3人そろって聖女像のようなご尊顔になりにけり───。
「よう、ロード」
レイルが余裕綽々でロードの前に立った。
「──どこで、どーやってだって?」
ニヤリと笑うレイル。
そして決まって言うあの決めセリフ。
……そんなもん。
「一昨日に決まってんだろ────!」
第36話「ロード、大地に立つ(前編)」
レイルの取った方法は実に簡単。
あの日、『よろず屋カイマン』でロード達の購入した補給品のロット番号を探り当てたレイルはその夜、店に侵入した。
念のために言うが、別に盗みのためにではない。仕込みのためである。
……そのために、隠ぺいなどのスキルLvを上げておいたのだ。
そう。すべてはこの瞬間のため。
「スキル──『一昨日へ行く』!」
そして、誰にも気付かれることなく、スキル『一昨日に行く』を発動。
まだロード達が補充品を購入していない2日前に時間を遡り、予想通り店に残っていた、2日後の未来に彼らが買うであろう高級ポーションと強化薬探り当て、薬の中に薄めた毒を仕込んでおいたのだ。
ロット番号さえわかれば、ロード達がこの品を2日後に取るのは確実なのだ。
もっとも、この二日間の間に他の客が買わないとも限らないが、……幸いにも田舎の辺境の町に早々高級品を大量に買うような輩はいない。
だから、すべてが計算通り。
ギルドマスターとロード達がグルであるからこそ成り立つ戦略。
もちろん、これ以外にもいろいろ手は考えていたが、どれもこれも使う前にうまくいったらしい。
そして、模擬戦の当日。
まんまとレイルの策に嵌ったロード達はこうして賢者フェイスを晒しているわけだ……。悪臭とともに。
※ そして、舞台は円形闘技場に戻る。 ※
「……さーて、どうやらロード達は戦闘不能みたいだけど、どうだい? まだ続けるかい?」
んー? と首をかしげるようにギルドマスターを煽るレイル。
その態度に、ビキスと青筋を立てるギルドマスター。
レイルの視線の先には顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと大忙しのギルドマスターがいた。
(──はは。いい気味だ)
対照的に床に臥すロード達は燃え尽きたように真っ白。
美男美女、全員が悪臭と賢者スマイルで、意識を虚空に追いやっている……。
「ば、バカな! ど、どういうことだ? あ、あああありえない! ロード達が負けるはずがない!!」
賢者フェイスでシーーンと静まり返ったロード達をよそに、一人パニックを起こすのはギルドマスター。
「どうしてもこうしてもあるかよ。俺が模擬戦に勝った────それだけだ」
誰が見ても歴然とした事実に、ギルドマスターはぐうの音も出ない。
しかし、安易に「レイルの勝利」を宣言することもできない。
なぜなら……。
「金返せ! 金返せ! 金返せ!」」
「「「金返せ! 金返せ!!」」」
かーね! かーね! かーね!!
わっわっわっ!!
今や会場は「金返せ」オーラに包まれている。
オッズがあれほど『放浪者』有利に傾いていれば、レイルに賭けるようなもの好きはまずいないだろう。
おそらく会場中の冒険者の掛け金は没収される──。
だが、荒れくれ者の冒険者がそれを良しとするはずもない。
「おーおー。こりゃすげぇな。アンタ払えんのか? パニックになるぞ?」
そりゃそうだろう。
碌な戦闘もなしに、突如戦闘不能になった『放浪者』を見て、納得するものがいるはずがない。
だが、他人事のレイルは余裕の表情。
「「「金返せ! 金返せ!!」」」
「「「クソ野郎! くそ野郎!」」」
「「「戦え、Sランク! 舐めんじゃねぇぞ『放浪者』ども!!」」」
「「「はーーげ!!」」」 「誰がハゲじゃぁあ!」
わーわーわー! ともはや暴動寸前。
金返せ!
金返せ!
かーねかーえせー!!
かーねかーえせー!!
「「「おい、ハゲ!! てめぇ、わかってんだろうな!!」」」
「ぐぬ!」
会場中の視線が胴元のギルドマスターに殺到する。
すさまじい「金返せ」コールの連呼だ。
下手な対応をすれば冒険者が大暴れするだろう。
「こりゃ、収拾すかねーぞ? マスター、アンタこれどうすんだ?」
「し、しししし、知るか!!」
いや、知るか。じゃねーよ。
アンタ審判だろ?
「それもこれも────れ、レイルきっさまー! なにか卑怯な手を使いやがったな?! そ、そんなの認められんぞ!!」
何か、ハゲが宣っているが知ったことじゃない。
そもそも、どうやったかもわからんくせに、いい加減なことを言うなっつの。
「一昨日」に仕掛けてきたなんて、誰が信じられることか。
「ほーん。卑怯かー?? 俺が何をした? 証拠はあるのか? 俺には何を言っているのか、さっぱりわからないね。……俺は普通に戦ったつもりだぞ? 誰かさんが、勝手に強化薬だの、ポーションだのを飲んで腹を下したのが俺の責任だってのか? それに、俺としてはお前らだけには言われたくないんだがねー……──」
レイルはチラリと床を見る。
「──……俺が何も知らないとでも思ってるのか?」
視線の先。
そこには円形闘技場の碁盤の目にきられた床がある。
ギクッ!
「な、ななななんん?! な、なんだと────?? お前何を言って……」
「しらじらしい奴だな──テメェ、ここのトラップシステムを、」
レイルが、ギルドマスターを追求しようとしたその瞬間。
「──ぐぐぐ……。ま、まだだ」
「「ロード?!」」
レイルとギルドマスターの間に割って入るロードの声。
「呆れた……。その恰好で戦うつもりか? くせぇぞお前」
「うるせぇ!!」
そうだ。
まだだ──。
「まだだ! まだ終わってねぇ! ぶっ殺してやるレイル!」
「そ、そうだ! た、戦えロード!! まだだ。まだ終わってねぇぞ!! テメェ、こっちも色々と手を貸してやったのに、漏らしたくらいでへこんでんじゃねぇぇぇえ! 戦え、くそ野郎!」
(おいおい。周囲が大騒ぎとはいえ、俺には丸聞こえだっつの。手を貸したとか言っちゃっていいのかよ)
「やかましいわ、ハゲぇぇぇええ! 言われんでもやってやるよぉぉ!」
「へっ。往生際が悪いぞロード」
まーそうだろうさ。
まだ、ギルドマスターたちの仕込みは終わっていないもんな?
ニッと、訳知り顔で笑うレイル。
(……何のために、鍵を偽造したと思ってるんだよ?────ここのトラップシステムはとっくに)
「誰がハゲ────ええぃ! いいから、この疫病神をさっさと殺せぇぇえ!」
ロードが僅かに戦意を見せたことから、急に勢いづくギルドマスター。
それにしても、審判のくせに「殺せ」とか、色々ボロボロと口に出しすぎでしょアンタ……。
もっとも、この場にレイルの味方はほぼいないので、連中は誰が見ても再起不能になるまでやるに違いない。
今はロード以外の連中はショック症状だが、いずれ正気に戻る────。
「ぐぐ……。やってくれたなぁ」
「私にこんな恥を──」
ムクリ…………。
死喰鬼のように起き上がるラ・タンクとボフォート。
そして、
「うふふふふふふふ……。粗相をしたのなんて、子供のころ以来だわ、うふふふふふふ!」
ゆらーりと幽鬼のように立つセリアム・レリアム。
怒りが瘴気のように立ち上り、顔が…………般若になっている。
(ちッ──……まぁ、腹痛くらいじゃ倒せるはずもないか)
思った通り、ロードを含め、ラ・タンク達も正気に戻り始めた。
さっきまで賢者フェイスだったロード達。
その表情はもはや、怒りを通り越して殺意に塗りつぶされている。
ついさっきまで全身が真っ白で賢者のような姿だったが、今は真っ赤に燃えて地獄の鬼のごとし────。
ざわざわ………。ざわ…………。
立った……。
「「「……立った! ロードが立った!」」」
第36話「ロード、大地に立つ(後編)」
「「「……立った! ロードが立った!」」」
あれほど騒いでいた観客が……。
ピタリ──。
ロードの動きに注目すると、
観客が一斉に静まり返り、期待に会場が膨れ上がる。
大半の冒険者の掛け金のピンチが今まさに危機一髪で助かろうとしているのだ!
……だから願う。
レイルなどぶっ潰してしまえと切実に願う。
掛け金を失わないためにも、戦ってくれロード────と願う!
そして、会場が一つになる!
行けロード!!
勝てロード!
みんなの掛け金のためにッッ!!
「「「立てッ! ロード……!」」」
冒険者(男)たちは切に願う。
「「「立って! ロード……!」」」
冒険者(女)たちも切に願う。
ロード達ならまだいける────!
勝てる……!
「「「立ってくれ、ロード!!」」」
ぐぐぐぐ……。
「「「がんばれロード! 俺たちの(掛け金の)ために」」」
「…………お、おうよ!!」
おうよ……!!
───おぅッよ!!
「お、俺は──────。俺は……。俺は皆のためにも負けないッ!!」
──グワバッ!!
その期待を一身に受けてロードが立つ!
そして、
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!」
ビリビリビリビリ!! と、空気が震える鬨の声!
「「「いいぞ、ロードぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」」」
ロード!
ロード!
ロード!
「「「いっけっぇえぇぇぇええええええ!!!」」」
ロード!
ロード!
ロード!
観客の声援を受けてロードが立った。
そして、剣を天に向け───……スー……とレイルに向ける!
「………………ぶっ殺す!!」
──そうでなくっちゃなぁ、ロード。
「死ねッ、クソ疫病神がぁぁあああああああ!!」
「……ははっ。クソったれはどっちだよ──」
いろいろ諸々を出してしまい、スッキリとして毒素を抜けたのかもしれない。
ロードが憤怒の表情で低く構えると、今にもレイルの首を引っこ抜きそうな睨む。
そして、
「──ぶちまけろやぁぁぁぁあああああッッ!!」
模擬戦用の剣を高々と構えるロード。
あれほど毒に苦しんでいたというのに、もう絶好調といわんばかりだ。
「はは! ロード……」
だが、それは見せかけに過ぎない。
あれは文字通りヤケクソになっているだけだ。
「ぶちまけたのはお前のほうだろ?」
動きや見た目以上に、最初の毒は効いている。
素人が見てもわかるくらいに、ロードの動きには全く精細さがない。
「──いいからよ~。クソと能書きを垂れてないで掛かって来いよ」
ちょいちょい。
余裕で挑発するレイル。
ロードの動きは稚拙で、妙な蟹股の動き。特に足回りがあれでは動けないだろう。
だが、ロードはロードなりに勝算があるらしい。
構えも速度も、見る影もないくらいに稚拙な一撃をレイルにぶちかますロード。
「やっかましぃぃぃぃいいいいい!!」
悪臭とともに、踏み込むロード!
模擬専用の剣がギラリと光ると、大技を乗せて────……。
「はぁぁぁぁぁぁあ……聖王剣!!」
ギュバァ!!
──────スキルか?!
(……だが、遅いッ!)
輝く剣の一撃をレイルがヒラリと躱す。
「ノロいぞ、ロード」
「っ!」
その一撃をレイルが危なげなく躱し中空に逃れると、さぞかしロードは悔しい顔をしているだろうと振り返る。
ニぃぃい……。
「……なに?」
(わ、笑って───……?)
ロードが笑っていた。
「……ぎゃは! 今のはブラフだよッ! 雑魚はすぐに上に飛ぶからなぁ!!」
そう言って、口角を歪めたロードが醜悪に笑う。
レイルを空中に退避させ、着地点を狙う作戦だったらしい。
「奥の手は、最後に取っておくものだぁぁぁああ!」
そして、
サッと懐からギルドマスターに試合前に渡されていた保険──を取り出す。
(あー。そういうことか。やっぱり使うんだな───……馬鹿なやつ)
「これで終わりだッ! 死ね────レぇぇぇええええイル!!」
ロードが取った最後の手段。それは模擬戦の前にギルドマスターが渡していた最後の禁じ手────。
それは、『闘技場内のトラップシステム用起動装置。
ロード達がトラップを踏まない様に「ON,OFF」の切り替えを任意にしつつ、
ギルドマスターらが事前に仕掛けておいた、凶悪な闘技場のトラップシステム──その起動装置だッッ!!
「さぁ、何が起こるかな!! 覚悟しろ、レイルぅぅう!!」
何がって……。
そりゃあ、
「知ってる」
「知ってるわけねーーーーだろ!! 疫病神」
「はは。どうかな?」
だが、レイルは慌てない。
すでに仕込みの終わったトラップをレイルが恐れる理由などない。
「ロード。お前は俺を誰だと思ってる? Dランク冒険者で疫病神と呼ばれた──……天職は【盗賊】のレイルだぞ!」
そっと、懐から修練場の鍵を取り出して見せた。
……鍵??
競技場の鍵だと……?!
「んな?!──────何でお前がそれを持っている?!」
まさか、細工をしたことがバレたのか? とギルドマスターは焦りを見せる。
合鍵で、すでに中のトラップを確認されていたのかと───。
(そ、そんなはずはねぇ!)
ギルドマスターは思わず服の上から自らの鍵の位置を確かめる。
レイルに細工されないように、競技場の鍵はギルドマスターが管理していたはず……。
(あ、ある! ここにある!!)
……だが、奪われた様子はない───じゃあ、あの鍵は?
…………はっ!
「そ、そうか!」
あれは……。
あれは偽物───……つまり!
「は、ハッタリだぁぁああ! ロード気にせずやれぇぇ!」
ギルドマスターはうれしげに叫ぶ。
レイルが鍵の複製を持っているはずがないと確信し、
看破したことがうれしいのだろう!!
「はは! これがハッタリなものかよ」
ギルドマスターをよそにレイルは、微塵も動じない。
それが更にロードを苛立たせる!
「ロード! やれ! ハッタリに騙されるな!!」
「わかってるっつーの!」
レイルが鍵を持ってたからなんだ! と。
【盗賊】なんだから珍しくもねぇさ。
……そんなことより、一刻も早くレイルをぶっ飛ばしてやると心に決めるて──。
(俺様にこんなトラップまで使わせやがってぇぇぇえ!!)
「──くたばれレイルぅぅううううう!!」
闘技場に仕掛けられたダンジョン由来のトラップは、罠を踏んだ時点で発動し、対象をぶっ飛ばす仕様だった。
そして、レイルの着地地点にはちょうど狙いのトラップがいくつかある!!
……だから、死ね!!
──死ねレイル!!
「そうだ! やれロード!」
「私どもの恨みを晴らしてください!」
「トラップで死ねッ! ピーーーーー野郎!!」
いつの間にか『放浪者』の4人全員が起き上がりレイルを睨んでいた。
全員同じ表情。同じ匂い────……同じバカ面で。
同じセリフ!!────死ね疫病神!!
「「「「一昨日きやがれッッッ!!」」」」
トラップシステムの「ON/OFF」を───。
………………ポチっとな。
……一昨日来やがれ??
「ははッ」
何を言うかと思えば───。
「…………悪いな───もう行ってきたぜ!!」
第37話「策士、策に溺れる」
……一昨日来やがれ??
「…………悪いな───もう行ってきたぜ!!!」
レイルは笑う。
そして、
慌てない。負けない。おごらない。
ロードが取り出した競技場のトラップスイッチを見ても全く動じない!
「誘い込まれたことにも気づかない間抜けが!!」
……お前の着地点にはトラップがあるんだぜぇえ!!
───スイッチ一つで「ON/OFF」可能!!
ダンジョンから回収した凶悪かつ種々様々なトラップを───。
「くらいやがれぇぇぇえええええ!!」
ロードが誘い込み、レイルが着地するところに仕掛けられているのは一見してただの競技場のタイル。
だが、そのタイルには不可視の魔力が込められており、ダンジョン由来のトラップが発動するようになっている。
しかも連鎖型だ!!
今でこそ、トラップシステムは「OFF」
しかし、ひとたび発動すればぁぁあああ!
1 地雷。
2 床が飛び出すカタパルト。
3 巨大なボウガン。
さらには、
4 魔人の腕を召喚する魔法トラップ。
の4連コンボが発動する!!
「死───」
───ね
ポチッっと。
ぴかっ!!
と競技場のタイルが光りトラップ発動!!
そして、今まさに!!
いくつものトラップがレイルを狙う──────────……!!
足元に突如沸き上がったトラップを見たレイルであったが、
「そういうのをな、」
クルンと、空中で一回転すると、レイルは何でもないように着地する。
そして、親指をあげて──────……。
「策士策に溺れるっていうんだよ」
すっ、手首を反転、地獄に落ちろのハンドサインをまざまざと見せつけてやった。
───カッ!!
一瞬だけレイルの視界が光に包まれ、彼の姿が消えた。
そして、ロード達も知らぬ間に、一昨日に行ったレイルが一瞬のうちに元の時間軸に戻るとニヤリと笑う。
「な?」
「え?」
ぽかんとしたロード達。
「今、ロードの姿が───って、」
「ありゃ? なんか足元が───……」
カチ。
「ば?」
「え?」
ロードの真下に沸いたトラップが複数。
ほんの一瞬前までレイルの真下にあったのに…………???
「う、うそ!?」
「なんでぇ?!」
その瞬間、
闘技場の床が光、トラップが発動した!!!
「ばーか。自分たちのトラップで自滅しな。今お前らの真下に発動するように動かしといた。タイルごとな───」
もちろん。
「一昨日のうちにな!」
ニヤリ。
「「「「は? な、なんで?」」」」
ちょ、ちょっと待って───…………。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
とっくに昔にスイッチは押されている。
そして、トラップはついに発動する────……。
ロードの立つ闘技場の床のタイルが輝きだし、にょきっと地雷が顔を出した!!
「ひぇ?!」
そして、ラ・タンクの立つ位置を狙うように床がからせり出す巨大カタパルトがジャキン!!
「ま、マジ?!」
お次は、ボフォートを狙撃するように、巨大なボウガンがガシャコ!!
「うそぉ?!」
最後は、くそ女……もとい聖女殿をぶっ飛ばしてくれる魔人の腕を召喚する魔法トラップが発動!!
「ま、まじのすけ?!」
この間、約0.5秒。
ろくに反応する暇もなく。
「「「「ちょ!! ちょ、ま!!」」」」
なんで?
「「「「なんで仕掛けたトラップが───」」」」
ダラダラと冷や汗を流し始めたロードと愉快な3馬鹿ども。
彼らが思うのは一つ。
「「「「いつのまに、真下にぃぃぃぃいいいいい?」」」」
言っただろ?
「一昨日だっつーーーの──!」
じゃあな。
「…………バン!」
レイルは指で鉄砲をつくり、撃つ仕草をする。
その瞬間、
ドカーーーーーーーーーーーン!!
「あべしーーーーーーーーーーーーーー!!」
ロードの真下で大爆発する地雷。
真っ黒こげになったロードがギュルギュルと回転して、「あっちーーーーーー、ヒデブッ?!」と、天井にぶっ刺さる。
ドキューーーーーーーーーーン!!
「ちょ、おわぁおああああああああああ!!」
ラ・タンクの斜め正面から打ち出されたカタパルト。
床ごと打ち上げるそれは、いともたやすくラ・タンクの巨体をぶち抜き跳ね飛ばす。
分厚い闘技場の床材に殴られるようにして、「ベコン!」と、へこんだ鎧とタワーシールドに押しつぶされるようにラ・タンクがギュンギュンとぶっ飛んでいき、「まーーーわーーーーるぅぅぅ、ヒデブッ!?」と、天井に刺さる。
バシュンッッッッッ!!
「ひぇぇぇえええええええええええええ!!」
ボウガンが床からせり上がり、ボフォートを照準。それをみて、慌てて回避しようとして避けきれず、
「あだだだだだだだだだ、髪! 髪巻き込んで──あだだだだだだだだだ! ヒデブッ?!」
ブチブチと髪の毛を引き抜きながら、彼の身体を空のかなた────は無理なので天井にぶち込む巨大ボウガン。
レイルが一応矢の先端を抜いていたので致命傷には至らないだろう。髪は致命的だが……。
そして、
「ちょ、冗談よね? や、やめて────レイ」
「…………悪いね、セリアム・レリアム。冗談は俺じゃなくて────そいつの拳に聞いてくれ」
こ、拳って────?
恐る恐る、下を覗き込むセリアム・レリアム。
その下からは……。
ズモモモモモ……。禍々しい魔法陣がセリアム・レリアムの足元に現れ、
そして、
「──ちょま!」
バッキィィィィィイイイイイイイン!!
「はぶぁぁぁああああああーーーーーーっぱかっ~~~っと!」
ギリリリと、憎しみを込めるがごとく握りしめられた魔人の腕だけが魔法陣から召喚され、アッパーカットよろしくセリアム・レリアムを真下からぶん殴ると、彼女の足先から脳天にビックーーーーーン! とすさまじい衝撃が走り突き上げる。
そのまま、砲弾のようにぶちあがるとドッカァァァアアアアアン!! と闘技場が揺るがんばかりの振動を起こして「ぐげぇぇええええええ!! ヒデブッ?!」と、カエルの潰れるような声を出しながらセリアム・レリアムも天井にぶっ刺さった。
プランプランプラン……。
天井に垂れ下がる、4人分──八本の足。
───仕掛けた罠で自滅……。
「…………どうだぃ? 勝負あっただろ?」
ニヤリと笑うレイル。
そして、『放浪者』の戦闘メンバーは誰もいなくなった。
しーーーーーーーーーーーーん……。
観客はレイルの完全勝利に何も言えなくなっていた……。
第38話「嫌われ者の凱歌」
しーーーーーーーーーーーーーん……。
静まり返った闘技場。
そして……。
天井にぶっ刺さる奇妙なオブジェクト。
それぞれ二本の棒が伸びる悪臭漂う汚いもの。これは死体でしょうか?────いいえ、『放浪者』です。
「って、うっそーーーーーーーーーん?!」
オーマイガと、頭を押さえるギルドマスター。
勝敗は下せるのは審判である彼だけなのだが、今や茫然自失。
ガックーンと膝をつき「OTL」の姿勢のまま硬直している。
それもそのはず。100%勝てるはずの相手に、さらに完全を期すため100%勝率を上げる工夫を凝らしたのだ。
しかも違法すれすれ────というか、ほぼ真っ黒な、色々グレーな方法を使ってでもだ。
つまり200%勝てるはずが────……結果完全敗北!!
「おい、俺の勝ちだろ? いい加減、ジャッジを下せよ」
ロード達は天井に突き刺さったまま身動きもしない。
ピクピクと足が痙攣しているところを見るに、一応生きているみたいだが────どうだろう?
「い、いやまて────だって、そんな」
あわあわとパニックを起こしているギルドマスターに、さすがに観客もざわつき始める。
さっきまで金返せと連呼していた連中だが、その声が徐々に怒驚きに変わり始めるのはそう遠くなかった。
くそ試合だと思っていたのが、ロード達の猛反撃。
そして、大番狂わせの勝利!!
D級 VS S級
そして、1対4の多勢に無勢!!
勝てるわけがない。
勝てたらおかしい。
絶対あり得ない──────!!
なのに!!
レイルが勝利したのだ!!
どよ……。
どよどよ……。
「お、おい。ど、どうなったんだ?」
「わ、わかんねぇけど───なんかトラップの誤作動?」
「いや、トラップなんてありの試合だったっけ?」
「し、知らねぇけど───……ロード達が負けた?」
ざわっ!
「ば、ばかな! ロード達だぞ?」
「そうだ! S級だぞ! しかも4人!!」
「相手はD級で一人……! ありえねぇ!」
ざわざわっ!!
「ありえねぇけど……」
「ありえねぇけど───……」
「ありえないんだけどッッ!!」
ざわざわざわっ!!
「「「レイルの完全勝利じゃないか?!」」」
ドワッァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
突如沸き返る会場。
困惑、期待、そして困惑───……。
だが、徐々にその色が変わり始める。
最初は掛け金のこともあり、否定的に見ていた冒険者や観客たち。
しかし、彼らの目の前で繰り広げられたのはレイルの完全試合!!
「「嘘だろ。レイルの奴勝ちやがった……」」
「「【盗賊】ってあんなに強いのか? 一瞬でトラップを設置しやがったぞ?!」」
「「おいおい、DランクがSランクを圧倒しちまったぜ────こ、こりゃすげぇ」」
彼らとて冒険者。
そして、到達点としてS級を夢見る者たちだ。
だが、届かない。
D、C、Bで甘んじるものが大半で、届いてもA級……。
S級なんて夢のまた夢──────。
なのに!!
その夢の階級にD級の冒険者が単独で勝利した!!
それはまさに冒険者ドリーム!!
そう。一瞬にして会場の空気はレイルの鮮やかな勝利に飲まれてしまったのだ。
あの疫病神と言われたレイルの完ぺきな勝利に……!
ざわ。
「「すげぇ……」」
ざわざわ。
「「レイル……。レイル・アドバンス!」」
ざわざわざわ!!
「「あの野郎一人で『放浪者』を倒しやがった!! 凄い男だ!!」」
ざわざわざわ!!
ざわざわざわ!!
「「レイル」」
ざわざわざわざわざわ!!
ざわざわざわざわざわ!!
「「「レイル!!」」」
レイル!!!
レイル・アドバンス!!
「……あ? なんだこれ? なんだこいつら?」
敵意しか向けられていなかったはずの会場において、さざ波のようにレイルの名前が叫ばれはじめる。
その声にはあざけりが一切含まれていない。
もちろん、レイルには初めての経験だ。
「「レイル!! レイル!!」」
「お、おい?」
疫病神でもなく。
「「レイル!! レイル!!」」
「俺の名前……?」
万年Dランクでもなく。
「「レイル!! レイル!! レイル!!」」
「俺を…………讃えているのか?」
一人の冒険者として名前を呼ばれるレイル。
「───俺を…………?」
その名を呼ばれる会場を不思議そうに見渡した後──。
(あぁ、そうか。あの村での歓喜と同じ───……これは、)
軽く目をつぶったレイルは、少しだけ歓声に身を任せた。
(これが──────!)
───これが勝利するということか!!
「は、ははは……」
レイル、レイル、レイル!
名前を呼ばれるたびに熱に浮かされたようなフワフワとした感じを味わった。
それはあの開拓村で受けた歓喜と同じもの。
レイル・アドバンスが求められ、この場に────この世界にいていいと認められた証……。
──だから、レイルは答えた。
生まれて初めて、熱狂する声援に自ら答えた。
「「「レイル!! レイル!!」」」
ギルドマスターが勝利を宣言できぬ中、グッとこぶしを握り締め────!
空に向かって突き上げる!!
勝った──────と!!
「「「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」
レイル!! レイル!! レイル!!
この瞬間、レイルは勝利者となった。
もはや、ジャッジは必要ない────。
第39話「もうひとつの決着」
うぉおおおおおおおおおお!!
うおおおおおおおおおおお!!
熱狂!
熱狂!! 熱狂!!
レイル! レイル! レイル!!
「ひ、ひぃ……こ、これはマズい」
ギルドマスターは熱狂する闘技場からいち早く逃げ出そうとする。
今のところ観客は熱に浮かされて、掛け金のことを忘れている。
ならばこの隙に────と、逃げる算段を考え始めた。
このまま換金すればマズいことになる。
胴元であるギルドマスターはプラスマイナスでさほど損害を受けることはないが、それは額面通り皆が納得した場合のみだ。
だが、こんな大番狂わせが起こった後──胴元が無事でいられる保証はどこにもない。
200%の価値を信じて、全財産をかけた連中だった少なくない。
そんな連中が「はい、どうぞ」と金を払って諦めるか……?
────……無理に決まっている。
ただでさえ荒れくれものが多い冒険者だ。
下手なことをすればギルドマスターはズッタズタのボロボロにされることだろう。
(よ、よし────今のうちにこっそり逃げちまおう)
掛け金の詰まった袋をこっそり担ぐと、熱狂する観客を尻目にそーっと闘技場から逃げ出すギルドマスター。
それを、一人だけ戦闘に加わらなかったフラウがジッと見ていたが特に何も言わなかった。
フラウはフラウで熱に浮かされたようにレイルを見ている。
そして、
「────この力だ……。この力が僕らを救うかもしれない。……レイル・アドバンス。偽りの勇者の力ではなく、本物の勇者────いえ、戦士の力が……!」
しかし、フラウの思惑など知らぬとばかりにギルドマスターは修練施設を抜け、ギルド本館に戻るのだが、そこで──。
「どぉこ、行くんですか? ハゲマスター」
「誰がハ──……メリッサか?」
ガシリと不躾にギルドマスターの肩を掴んだのはメリッサだった。
いつもは下っ端なりに生意気な口を利くことをあるが大人しかったはずのメリッサがどういうわけかこの時ばかりはすごい迫力で立ち塞がった。
「な、何のつもりだ? 離せ!!」
「そうはいきません────アンタらがバカ騒ぎしている間に、お客様ですよ」
は?
「客だぁ? つーか、お前!! 口のきき方ぁぁ!!」
誰に向かってアンタとか馬鹿とかハゲとかゆーとんじゃ!
「口の利き方がどうかしたのかね? おほん……辺境の町グローリスのギルドマスターのカロンだな?」
ぬぅっと、メリッサの背後から現れたのは陰気な顔をした男だった。
「な、なんだアンタは! 勝手にうちの職員を使わんで貰いたいな!」
「名前を確認しているのだがね──」
ギルドマスターがまともに答えないことを知るや否や、一枚の書状をパラリと示す。
「私は職権に基づき、君にこれを命令しているのだよ。……さて、中央ギルドの監察官として、カロン──君に出頭を命ずる!」
カマキリのように鋭い目つきでギルドマスターに命令を下す監察官。
「か、監察官だ────それに……あ? なんだこりゃ……。────公益通報に基づく出頭命令?」
書状を流し読んで目を見開くギルドマスター。
って、
「こ、公益通報だってーーーーーー?!」
ビクリと震えるギルドマスター。
公益通報はギルド内部からのチクりシステムのことだ。
内部の職員による自浄作用なのだが、実際には使われることは少ないといわれる。
なぜなら、チクり自体が嫌われることもさることながら、
一度通報したが最後──通報した職員も不利益を被ることが多いともっぱらの噂があるからだ。
ギルドの上層部は、「そんなことないよー。公益通報したものはちゃんと守るよー」なんて言っているが、職員からすれば棒読みにしか聞こえない。
だから、ギルドには不正がはびこるし、派閥抗争のようなものもできる。
しかし、なぜか今、今日この場でギルドマスターに対して出頭命令がきている。
つまり誰かがギルドマスターのあれやら、これやらの不正をチクったのだろう。
「だ! 誰がこんなことを────! って、まさか!!!!」
言ってしまってからすぐに思いつく。
グワバッ! とメリッサのほうを睨みつけると、彼女の胸倉をつかんで大声で怒鳴る!!
「メリッサ、貴様かぁっっ! こ、こんなことをしてギルドにいられるとでも──」
「んん? それは脅迫かねカロン。……公益通報者については極秘だ。君に教えられるはずがなかろう」
そういって、メリッサからギルドマスターを引き離すと、すぐに準備をするように命令すると、ドンッとギルドマスターの背中を押して部屋に追いやる。
「急げ。着替えを持っていく時間くらいやるともさ。だが急げよ? もう馬車を待たせてある────それから、今後の発言には気を付けるんだな。カロン、君には黙秘権がある──しかし、それを行使するときはしっかりと取り調べをさせてもらうからそのつもりで」
「ぐぬぬぬぬ……! メリッサてめぇぇえ!!──くそぉぉおお、覚えてろぉぉぉおお!!!」
唸りつつも、まだ挽回できるのではないかと頭を振り絞るギルドマスターであったが、そこにメリッサが話しかける。
「散々無茶苦茶しておいて何言ってんですか。……あ、そうそう。マスターお願いがあります」
「あ゛?! なんだ! お前なんぞに──」
ぺシっ! と、ギルドマスターのハゲ頭に叩きつける紙一つ。
「何だこりゃ。掛札…………? オッズは「1:1000」……レイル・アドバンスの勝ちに金貨10枚────ってこれ?!」
グワバッ! 顔を上げるギルドマスターの目の間には女の形をした悪魔ががががが!!
「くふふふふ。耳をそろえて払ってもらいますよ────……金貨10000枚。あ、」
ニッコリと笑ったメリッサ。
いつの間にかギルドマスターが抱えていた金の詰まった袋を没収している。
「──ギルドにいられなくしてやるとか言いましたー? 別にいいですよ。デカい屋敷が買える金額ですしねー。これだけあれば一生遊んで暮らせますねー。あ、そうそう。払えなくても、払ってもらいますよ────いいですね、マぁスターぁぁぁ」
ニヤァと笑うメリッサの笑顔の黒いこと黒いこと……。
「な! き、貴様! ば、バカな冗談だろ!?────金貨10000枚なんて払えるわけがががががが!」
「大丈夫ですよー。ちゃんと、マスターの貯金とか、家の抵当権は押さえときましたんで──」
「んなぁ?!」
メリッサはギルドマスターをチラリとも見もせずに、袋の中から金貨を取り出し、きっちり計量中。
「貴様ぁぁあ!! 覚えてろーーーーーーー!!」
「いいからさっさとしろ!! 急げ、ハゲ」
ハゲじゃねーーーーーーーーー!!
と、ついに初対面の監察官にまでハゲ呼ばわりされるギルドマスターであった。
しかし、その後の不正が暴かれ、二度とこのギルドに戻ることもできず、大量の借金を背負いかつ、大勢の冒険者に恨みを買い命を狙われる羽目になるのはまた別の話…………。
「ん~ふ~ふー。金貨5468枚なりーっと。残りは財産で支払ってもらいましょうかね」
公認賭場の価値札の効力は強い。
公益通報でギルド内部から睨まれようとも、メリッサにはもはや恐れるものなどなかった。
そうして、ギュッと金の詰まった袋を締めると、数人だけいた勝ちに賭けていた冒険者の分をより分けて、残りの金をしまい込むメリッサ。
「さーて、レイルさん。こっちはケリがつきましたよ。あとは────」
ラスト『無限の一昨日』
声援を受けて立ち去るレイルは、途中ギルドの受付の顔を出し、ドロップ品の権利を受け取った。
そして、エリクサーを手にすると、ジッと思いふける────。
「……これが欲しかったと」
その実、他の権利はくれてやってもよかったが、どうしてもエリクサーだけは手放すわけにはいかなかった。
もしかして、これを使えばあるいは────……。
レイルはある決意を秘めて故郷に帰る決心をした。
なにか、しきりに話かけてきたフラウを完全に無視すると、その日のうちに故郷へ向かう馬車へと飛び乗ったのだが……
「おい! みろよ、あいつ」
「げ……! 生きてたのかよ?」
久しぶりに帰った故郷はよそよそしく、コソコソと疫病神の声が聞こえてきた。
しかも、実家はボロボロで、倉庫代わりに使われていた。
そしてメリッサの両親は顔も見せず、村は以前と同じくレイルに優しくない
だけど、レイルはそんなことはどうでもよかった────。
「ミィナ……」
手向けのようにがけ下を除くレイルは、一息のそれを開けると、中身を躊躇なけエリクサーを使った。
その瞬間、空だからあふれ出る魔力の光。
そう。
レイルはこの日、この時のために使おうと考えていた。
一昨日にいくことができるのなら、制限時間中にもう一度使えば、もしかして───。
ミィナと喧嘩してしまったあの日へと……。
彼女は亡くなるその前に日にも移動できるのは?
すぅ、
はぁ、
すぅ、
はぁ、
「失敗するかもしれない。……だけど失敗しても失うものは、もはややなにもない」
だから、使う。
『一昨日へ行く』のスキルを!!
スキル『一昨日へ行く』発動
「……まだだ、まだいける……!!」
発動
発動
発動発動発動!!
「あの日に遡るには、4459回一昨日へ行く必要がある……。それには魔力が絶対的に足りないけど──」
『一昨日へ行く』『一昨日へ行く』『一昨日へ行く』
『一昨日へ行く』×4444
カッ────────……。
そしてレイルは5年前へと時間を遡行していく……。
ギリギリ足りない。足りないけど───……かなり近いはず?!
ミィナと喧嘩してしまった日に2日足りず、奇しくもその日はミィナが死んだとされる日だった。
「まだ。まだ間に合う!! ミィナ……。ミィナ!!」
レイルは駆ける。
ミィナが発見された村はずれの崖へと
そうして……。
そうして──────「ミィナ!!」
……幼馴染と再会した!!
※ 完 ※
わーわーわー!!
ひゅーひゅー♪♪
場所はギルドの修練施設──。
暇を持て余した冒険者が観客だ。
すでに会場は大盛り上がり。
先日の騒動はギルド中に広まり、近隣の町からも好事家がやってくるほどに盛況だった。
「さぁさ、張った張ったー! 『疫病神』VS『放浪者』!! 世紀の対戦だよー! 賭けなきゃ損、損!!」
威勢よく客を呼び込む怪しい賭場が起きている。
そして、群がりつつも胴元を冷やかす冒険者たち。
「「おいおい! オッズはどうなってんだよ? レイルに賭ける奴なんか要るのか?」」
「「ぎゃははははは! いるわけねーって! ぎゃーーーはっはっは!」」
当然、『放浪者』にレイルが勝てるなど誰も思っていない。
ほんの数人、大穴狙いがいるのみで、オッズはなんと1000:1。
圧倒的に『放浪者』人気だ。
勝っても微々たる金にしかならないが、それでもわずかばかりのお小遣いになると思い大金を放浪者につぎ込む連中もいる。
一方で、まぁ、お祭りみたいなもんだし? とレイルに小遣い程度の金銭を払うものもいる。
この手の連中は別に負けてもいいのだろう。ただの楽しみの一環として日銭をつぎ込んでいるだけ。
そして、
「こら、そこの怪しい予想屋! いい加減なオッズを流すな! あと勝手に『放浪者』のブロマイド売ってんじゃねー!!ーーーーーーーーー!! おい、待てこら!」
ギルドの職員が予想屋を気取り冒険者を追い散らしても、慣れた様子で場所を替え人を替え、結局ドンドン掛け金が広がっていく。
「ど、どーなってんのよこれ」
メリッサは通常業務をしていたはずなのだが、いつの間にか交通整理のようなことをやらされる羽目になっていた。
いつもなら、数個グループの冒険者が汗を流しているだけの修練施設が、押し合いへし合いの大騒ぎだ。
「がっはっは! どうだ、俺の考えは大当たりだろう?」
そう言って胸を張るギルドマスター。
ハゲ頭に鉢巻、そこに掛札を改良に挟んで胴元気取りだ。
「あ、ハゲマスター」
「誰がハゲだ!!」
オメェだよ。
「つーか! ハゲマスターってなんじゃーーー!! ギルドマスターだとして、マスター以外一文字もあってないっつの!!」
顔を真っ赤にして茹でダコのようになったギルドマスターをさらりと無視して、群衆を流し見るメリッサ。
そのまま、ジト目でギルドマスターを見ると、
「マスター……もしかして、この公認賭博のために5日も時間かけたんですか?──どーりでよその町の冒険者も多いと思えば……」
「くっくっく。目の前に金蔓があるんだ、使わない手はないだろうが?」
どうやら、ギルドマスターは賭けの胴元で一山当てるべくしっかりと宣伝していたようだ。
駆けの成立はともかくとして、Sランクパーティの模擬戦なんてものはそうそう見れるものではない。ゆえに、その知名度を利用した立派なエンターテイメントだ。
──このマスター。ハゲにみえて、なかなか抜け目がない。……抜け毛はとっくにないだろうが。
「──うるせぇ!」
「何もいってませんが?」
……しかも、これ。一見して賭けが成立していない様に見えて、しっかりと胴元が儲けられるシステムがあるらしい。
オッズが低すぎて客が集まらないのを見越して、自己資金まで投入してオッズを操作しているのだとか。
「もうちょっと、マシなことに禿げた頭使ってくださいよ」
「禿げって……おまッ!────へ。俺も元は冒険者よ。こーゆー騒ぎを利用しない手はねぇ!」
「あーそーですか」
呆れた様子のメリッサは完全にギルドマスターに対する敬意を失っていた。
「……これ、通常業務外なんですから、ちゃんと手当くださいよ」
「わーってるよ。勝敗が決まれば全員にボーナスとビールを奢ってやるぁ」
「その言葉忘れませんからねー」
「へーへー」と適当に返事をしながら冒険者の中に自ら飛び込んでいくギルドマスター。
あれじゃ、マスターというか、ただの賭場のオヤジだ。
またオッズに変動があったのか、「「「わっ!!」」」と沸き返る冒険者ども。
まだ、レイルの姿がないのに、大騒ぎだ。
「ほんと、大騒ぎね──」
「……田舎ですからね」
「ひゃ! れ、レイルさん?!」
うんざりしているメリッサの肩を叩いたのは噂のレイルであった。
そして、その姿を目ざとく見つけた冒険者が大騒ぎする。
「「「うぉぉおお! レイルがいたぞ! 本当に来た!!」」」
「「「ちくしょー! 死んでしまえ! お前の負けに金貨10枚も賭けてんだぜェ!」」」
「「「しーね!」」」
「「「しーね!!」」」
「「「しーね!!!」」」
わずかばかりの取り分のために、レイルに死ね死ねコールだ。
そのうえ、なんたって『疫病神』のレイル。
美人やイケメンの揃ったSランク冒険者パーティ『放浪者』と比較するのもおこがましい存在なのだから仕方がない。
「「ぎゃははは! 俺たちは大穴狙いよ! レイルぅ! 頑張って勝てよー銀貨一枚が金貨10枚になるかもしれないからよー。ぎゃははははははは!」」
「「逃げずに来たレイルきゅん、かぁぁああこいー! ひゅーひゅー♪」」
そして、囃す囃す!!
誰もかれもがレイルがズダボロになって負けることを望んでいるのだ。
「ひ、ひどい……。同じ町の冒険者なのに──」
「はは。いつもこんな感じでしたよ」
騒ぎのなか、レイルの声はやけにはっきりと聞こえた。
何年もの苦渋が染みわたった声は随分と重く深い……。
「レイルさん──……」
「気にしないでください。慣れてますよ」
本当は嘘だ。
どんな状況、どんな言葉でも、悪意は心に刺さる。
「あ、その……。わ、私はレイルさんを信じています! レイルさんならきっと──」
「ありがとう、メリッサさん。そう言ってくれるのはいつもアナタだけでしたね。…………期待に恥じない程度に頑張ってきますよ」
それだけを言うと、後ろ手に別れを振りつつ去っていくレイル。
「レイルさん……」
そして、沈痛な面持ちのメリッサの見送りを受けて、レイルは闘技場の中心へと向かう。
「さぁ、ケリをつけようか────ロード」
第34話「決戦ッ!」
さぁ、ケリをつけようか────ロード。
闘技場の中心、完全武装の『放浪者』がいる前まで進み出たレイル。
それを「ほう?」と言った顔で迎えたのがロードだった。
「よく逃げずに来たな? 俺はてっきり尻尾を巻いて逃げると思っていたよ」
偉そうに腕を組んでレイルを迎えるロード。
そして、
「ぎゃはははははは! プライドだけは一丁前にSランクとみえるぜ。……ま、へし折ってやるけどな」
そういって凶暴に顔を歪ませるラ・タンク。相変わらず血の気が多そうだ。
そこに、
「プライドなら私も負けてはいませんよ────レイルさん、先日はどぉもぉぉおお!!」
ギラギラと燃えるような目をレイルに向けるのは賢者ボフォート。
傷は癒え、しっかりとした足取りで立っているが────……。
「へぇ? 最近の回復魔法は髪も生えてくるのか?」
「あ、当たり前です! 私の完ぺきな魔法なら──」
ピュー……。
観客の湧き起こす熱気が滞留となり小さな風が起きて、ボフォートの被り物を飛ばした。
「あ! ちょっと────!!」
その下には、
「あー、ハゲたままか? わりぃわりぃ」
「「誰がハゲじゃぁあ!!」」
レイルの不躾な一言にハモルのはボフォートとギルドマスター。
──マスター。お前には言ってねぇよ。
まぁ、よかったじゃん、ハゲ仲間ができて。
「────殺す」
ついには目に闇をともしたボフォートがユラリと呟き、猛烈な殺気を飛ばし始めた。
「はいはい。そのへんにねー。レイルへの殺気は試合まで取っておきなさいよ────でも、よく来たわね? マジで死んじゃうわよ~、疫・病・神・さ・ん」
「黙れ、腐れビッチ」
ビキス!!
「なぁぁんんですってぇぇぇえええええ!!」
ビキビキビキと美しい顔を歪めるセリアム・レリアム。
怒髪天をつく表情に、顔に塗りたくった化粧がポロポロと落ちる。
どうやら安物の化粧品は合わなかったらしい。
ふーふー! と荒い息をつくセリアム・レリアムを後方に下がらせるとロードが進み出た。
「……はぁ、君はつくづく俺たちを怒らせるのが得意らしいね──さすがに俺も腹が立ってきたよ」
「そりゃどーも光栄だね────で、そこのチビはやらないのか?」
レイルは一歩離れた位置に立っているフラウを顎でしゃくる。
「ん? あぁ、。フラウ嬢は、棄権だってさ────かわりに報酬の権利は放棄すると言ってるが……。構わないだろう?」
コクリと頷いたフラウが円形闘技場から降りていく。
「好きにしなよ。人数が少ない方が楽でいいしな」
肩をすくめるレイルの言葉を聞いて、今度はロードがピクリと表情筋をこわばらせた。
「お、おいおい……。なんだいその言い方は。まるで、フラウが抜けて勝率上がった様な言い方だね? 本気で勝てるとでも?」
「事実だからな」
ピク……。
「……こぉの、ゴミくそDランクの疫病神がぁぁあ! お前に勝率なんて万に一つもあるわけねぇだろうが!!」
「は。能書き垂れてろ────デカいだけの鳥から逃げた腰抜け勇者が」
………………プッチン!
「ぶっ殺す!!!」
ジャキンジャキン!!
ロードの殺気が迸ると同時に、前衛二名が一斉に剣を抜き、槍を構える!
模擬戦用の剣のはずだがやけに剣呑にギラギラと光る。
「おい、ロードまだ合図してねぇぞ!」
レイルとロード達の間に立ち、ジャッジを務めるらしいギルドマスターが怒鳴る。
──胴元に審判。まぁ色々こなすハゲだ。
「うるっせぇぇえ! とっとと、始めやがれぇぇええ!」
「ち…………! 熱くなりやがって。負けられちゃ困るからな。……おい、ロード──危なくなったら使えよ」
そういって、なにかスイッチのような物をロードに渡すギルドマスター。
「おい、今のはなんだ?」
「さぁな?」
肩をすくめるだけで、ロードに渡したスイッチの正体を教えるつもりはなさそうなギルドマスター。
つまり……、
(…………あれが切り札か)
目ざとくそれを見ていたレイルは平静を装う。
まぁだいたいの予想はついている────。むしろ、レイルもそれを見越して仕込み済みだ。
何か仕掛けてくるのは予想していたから、これでいい。
──さぁ、戦闘開始だ。
「双方、準備はいいか?」
「あぁ」
特に気負うでもなく、レイルは軽く頷く。
一方ロード達は怒り心頭で、殺気も気合も十分!
「一気にケリをつけたやるぁぁ!!────戦闘用意ッ」
「おう!」「はい!」「あ~ぃ」
三者三様。ロード以外の3人も準備万端らしい。
そして、いうが早いか──取り出した高級強化薬を「グビリッ!」と呷るロード達!
「へへ。SランクがどうしてSランクなのか教えてやるぜ」
「……金を使って、ステータスの底上げがSランクねぇ」
目を細めるレイルを余裕の表情で見返すロード。
「財力も実力のうちよ!────始めるぜ!」
(ふん……。思った通り、強化薬を使ってきたか)
短時間とは言え能力を強化させるその薬をこのタイミングで飲むということは、完全にロードたちはギルドマスターとグルなのだろう。
強化薬の効果時間を最大限に確保するため、試合開始の合図を相談していた証拠だ。
実際、ロード達が強化薬を飲み切ったと同時にギルドマスターが頷く。
試合準備よし────ってか?
だが、その不正ギリギリの行為を咎めるものは、この会場にはほとんどいない。
敵も審判も、観客も──────すべてレイルに微塵も好意を抱いていないのだ!
「上等だ……」
「へへ……!」
パリィン。
薄くレイルが笑い、飲み切った強化薬の空き瓶をロード達が投げ捨てたところを会場の全員が見ていたその瞬間────戦闘開始が告げられたッッ!
「────模擬戦、開始ぃぃいッッッッッ!」
第35話「正々堂々(前編)」
模擬戦開始!!
「「「「「はじまった!!」」」」」
どわッ!!
と、沸き返る会場。
ギルドマスターの合図を境に始まる模擬戦に、熱狂する冒険者たち!
「「いっけーーーー! 『放浪者』」」
「「疫病神をぶっ殺せぇぇぇええ!」」
模擬戦で殺しも何もないものだが、Sランクの攻撃を受ければDランクのレイルなど「ブチュっ」と本当に潰されてしまうだろう。
「おらぁぁああ! この一撃で決めてやる!」
「俺にも残しとけよ、ロードぉ!」
前衛二人の攻撃!
肉壁に努めるラ・タンクのタワーシールドを足場にしてロードが猛禽類のように突っ込む!
「ふんッッ!!」
一本の剣のようなロード!
その鋭い一撃が剣に乗り、鋭い剣先でレイルを貫かんとする!!
(ち……! 絶対殺そうとしている一撃だよな──)
何が模擬戦だよ。
レイルは冷静に動きを呼んで余裕をもって回避に移る。
「これでも盗賊なんだね! 敏捷にはちょっと自信があるんだ」
「な、なに!?」
激昂したロード達は扱いやすくていい。
しかも、敏捷値を上昇させていたため、レイルにも互角以上にロード達の戦闘速度についていくことができた。
「コイツ──?!」
必殺の一撃を躱されたロードが驚き、レイルの姿を目で追う。
しかし、そこに見たのはレイルの余裕の笑い顔のみ。
「どうした? 動きが鈍いぞ?」
「く……!」
そこに、
「どけ、ロード!! おらぁ──レイルてめぇ、よそ見してんじゃねーーーー!!」
ラ・タンクが騎馬突撃を思わせる強力な刺突を繰り出してきた。
「くらえ、重騎士重槍撃ッッ!」
ラ・タンク、必殺の一撃。
あまりの威力に空気が渦巻いている様子すら見えた。
ドゴォォォオオオオオオン!!
必中距離で炸裂するラ・タンクの大技!
これで決着…………。
あれ────?
「な、なんだ……」
激しい破壊音とともに、風を切った一撃は確かに強力。
しかし、勢いが急激に衰えレイルに易々と躱されてしまう。
「おやおや? どうしたどうした~?」
「ぐ────なんだこれ?」
さらに一撃を繰り出そうとしたラ・タンクだが、どうも様子がおかしい。
「おぇ……」
ガクリ──と膝をついたラ・タンク。
「ラ・タンク?! 何をして────う……!」
そして、ロードの様子にも異変が。
突如、大量の脂汗を流し始めたロード。
「ど、どうして急に────ぐぐぐ……、む、胸が」
二人して、胸部を抑えてしゃがみ込む。
「……あれれ~、ひょっとしてお前ら────」
トン……と、レイルがラ・タンクの槍に乗って、体重をかけつつ『放浪者』をチョイチョイと軽く挑発する。
「くくく。なん~か悪いもんでも食ったんじゃないのか?」
レイルが言い切らないうちに、前衛二人が身動きできなくなる。
「くそ……うげぇ」
「な、何がおこった──? ゲホっ」
ついに武器を取り落とす二人。
ざわざわ!!
ざわざわ!!
「ど、どうしたんです? ロードさん? ラ・タンクさん?!」
「ボフォート! 何か様子がおかしいわ────って、あれ? なんか、苦し……」
そして、後衛の二人も────カラーン……! と、得物を取り落とした。
「く……? これは?」
人一倍復讐に燃えていたボフォートですら、魔法の詠唱もできないほど顔面を蒼白にし、冷や汗をびっしりと掻いていた。
そして、一人余裕そうに立っているレイルを見てハッと気付いた。
「れ、レイルさん! あ、貴方一体────……」
「はは。効果てきめんだな」
スタスタと槍の上を歩いて、かろうじて上体を起こしているラ・タンクの顔面に、
「おらぁぁあああ!」
バッキィィィイイ!! と強力な蹴りをブチかます。
「ぐは!!」
それを受け身も取れずにまともに食らったラ・タンクが鼻血を吹いて今度こそ背後にぶっ倒れる。
「ち、さすがに固いな──」
「ゲフゲフ……! な、なにをしたんですか! 貴方はあぁっぁああ!!──うぷッ」
「おげぇぇぇえ……! うげぇぇええ」
床に臥してバタバタと暴れるラ・タンク。
ボフォートは口をおさえ、ロードはレイルに背を向けてゲーゲーと吐き続ける。
それを見ていた最後の『放浪者』──セリアム・レリアム。
彼女も胸を抑えつつ、
「ま、まさか?! これは──────毒?! ぐ…………」
彼女も顔を真っ青にすると、口元を抑えてドサリと腰を落としてしまった。
「おええええええ……!」
美しい顔を歪めてビチャビチャと吐しゃ物をまき散らす。
「ぺッ。……なんてこと!! い、いつのまに────?! げ、げどく、解毒魔法を……」
「はは。無駄だよ」
ニヤリと笑ったレイルが「ジャーン!」とばかりに、懐から小瓶を取り出し、おどけて掲げる。
「こいつはドラゴンすら殺せる薬────……もちろんかなり薄めておいたけどね。ゴブリンで実験してみたら、死にはしないけど、げーげー吐いて、しばらく動けなってたぜ」
「ば、バカな?! い、いつの間に仕込んだって言うの?!」
「おえええ……!」と、人目も憚らず吐き戻しながらも、なんとか解毒魔法を詠唱しようと試みるセリアム・レリアム。
だが、ブルブルと震える体はまともに詠唱するできない。
「無駄無駄。試してみて気付いたんだけど、コイツには魔力を低下させる成分もあるんだぜ?」
「は、ハッタリよ! 毒を仕込むなんて不可能、な──はず……おええっ」
「あっそ?」
あの商人から買ったドラゴンキラーの毒の中には、魔力を破壊する成分も含まれており、魔法の発動を阻害する。
吐しゃ物と脂汗とともに魔力すら流れ出しているのだ。
「く……! 馬鹿な──おぇぇええッッ!!」
ついには、4人全員が動けなくなる始末。
その様子に一番驚いているのは、レイルでもロードでもない。
「「「お、おい……どーなってんだあれ?」」」
「「「な、なんだぁ? 自滅? 同士討ち? なんで『放浪者』が倒れてるんだよ?!」」」
ザワつく観客席。
「「「や、やばい!!」」」
「「「やばいぞ!!」」」
お、お、お、
「「「俺たちの掛け金がやばいぞぉぉおおおお!!」」」
騒然とする闘技場に、ギルドマスターも顔面蒼白だ。
ここでロード達が負けるようなことがあれば、ギルドマスターは胴元として大損をしてしまう。
もし、レイルに金貨でも賭けるようなもの好きがいればそれだけで破産しかねない。
「ま、待て! レイル貴様何をした?! ど、毒をばら撒くなんて卑怯だぞ!」
4対1を強いておきながら、どの口でほざくのかわからないギルドマスターに、
「卑怯~~~?? はっ、別に撒いちゃいないさ。なぁ、マスターよぉ。文句あるなら持ち物を調べてもみろよ。散布毒なんて持ってないぜ?」
そういって、服のポケットなどを裏返して見せる。
手に持つドラゴンキラーはともかく、ろくな武器もない。
正真正銘、レイルの身の回りにはどこにも何もなく、パラパラと古着からの埃が落ちるのみ。
「て、てめぇポーションももたずに、俺たちに挑んだのか? な、舐めやがって────……」
「おぉ? やるな、ロード。さすがSランク様だ」
レイルの挑発にのることなく、不屈の精神でロードが立ち上がる。
なるほど──さすがは、勇者と目されるだけはあるも猛者だ。
そして、タフネスが売りのラ・タンクもグググと体を起こす。
「な、舐めんなよ──チンケな毒なんか俺に効くものかよ!」
「いや、効いてる効いてる」
ガクガクと生まれたての小鹿のよう。
「そうだ! ぽ、ぽぽぽ、ポーション! 皆さん、ぽぽぽ、ポーションを飲むんです。解毒はできませんが、体力は回復します──ま、魔力だって……」
震える体で、腰のポーション入れから高級ポーションを取り出したボフォート。
「そ、そうか! おい、皆!!」
コクリと頷くボフォート。
そのままブルブル震えつつ、セリアム・レリアムにも飲むように言った。
「聖女様────貴方が一番に飲むのです。そして、なんとか解毒魔法を! 貴方の魔法ならこんな毒」
「ち。させるか!」
一気に肉薄するレイルに、ロード達が迎撃を開始する。
──状況判断。
ここは攻撃するべきだ!
「ぐ……。ラ・タンク。できるな?」
「す、数秒程度なら……」
セリアム・レリアムが要だと理解した『放浪者』の面々はフラフラになりながらもフォーメーションを組み、セリアム・レリアムを狙うレイルを迎かえ討つことにしたようだ。
……いや、迎撃なんてできない────だから、時間を稼ごうとする。
「セリアム・レリアム──覚悟ぉぉおお!」
レイルが『盗賊』自慢の俊足を生かして低い姿勢でセリアム・レリアムを狙う。
「させるか!──ラ・タンク、俺たちも!!」
「お、おう!!」
なんとか力を振り絞り、一息でポーションを飲み干すロードとラ・タンク。
背後に投げ捨てるようにポーションの空き瓶を「パリィン!」と投げ捨てると、セリアム・レリアムがポーションを飲み解毒魔法を唱える時間を作る。
そう。何としてでも作る!!
解毒魔法をかけられるか否かが勝負の時!!
「させるかレイルぅぅうううう!!」
「ここは通さねぇぞぉぉお!!」
最強の前衛ロード&ラ・タンク!
「どけッ!!」
レイルの肉薄攻撃を打ち崩さんとして、ロードたち二人が死力を振り絞る──────────!!
このままでは、セリアム・レリアムに回復され……。
「……間に合ったわ!」
第35話「正々堂々(後編)」
「……間に合ったわ!」
パリィン……!
セリアム・レリアムがポーションを飲み切った。
そして、魔力の回復を実感するように、
「これで勝ったも同然よ! 今すぐ解毒魔法をかけるわね! さぁ、不浄なる────……ぅ?」
解毒魔法を詠唱するセリアム・レリアムだったが……………………ギュルルルルルル。
「え? あいたたた──なんか、差し込みが…………」
タラタラと脂汗を流す聖女さま。
「う、うそ。な、なんで? なんで、今度はお腹なの?──あう……ッ」
突如、腹を抑えて、つややかな声をあげるセリアム・レリアム。
うううううううううううううう……!
これは、詠唱?
いや、違う。…………これは悲鳴だ。
「ふ、不浄なる……うぐぐぐ────」
セリアム・レリアムが腹を抑えているってことは────こっちが間に合ったか!
「お、おい! セリアム・レリアム、どうしたんだ?! 何をしている早く!!」
ロードラ・タンクと二人で連携し、辛うじてレイルをけん制している。
「ラ・タンク! よそ見をするな。……ボフォート! お前はさっさと聖女を起こせ────って、なんだ? は、腹が……ぐむ」
ギュルルルルルルルルル!。
ゴルルルルルル、ゴリュリュ……!!
「はは。こっちも効いてきたな?」
レイルの悪そうな笑顔。
「て、てめぇ、レイル?! ぐぐぐ。なんだこれ──……」
「い、いでぇ──腹がやべぇ……! おッぐぅ、ご、ごればやばいっ」
「う、ううう……なんですか、突然全員が────ま、まさか」
……まさかぁ?!
脂汗を流したボフォートはハッして先ほど投げ捨てたポーションの空き瓶を見る。
「そ、そんな?!」
──飲み干したそれを見て、そして、全員が同じようにポーションを飲み干した状況を見て一瞬で理解した。
「も、盛りましたね、レイル!! まさか、ポーションに毒を!? こ、このぉ……! 卑怯者ぉぉぉぉおおお──」
……卑怯??
「卑怯ときたかぁ! あーははははは!! よく言うぜ! ま、せいぜい味わいな──Sランクパーティといえども、腹痛には敵わんだろうさ!」
そう。この瞬間のため、レイルはあらかじめロード達の補給物資に一服盛っておいたのだ。
もちろん、模擬戦で殺すなんて過激な真似は出来なかったので、あの時の行商人から買ったドラゴンキラーの残りを、薄めてつくった毒である。
それを、ちゃーんと実験して、どんな効果が出るか試しているので、安心安全? だ。
……多分な。
「ま、死にはしないよ。この毒は、強化薬と混ぜれば、悪寒と吐き気、さらには能力低下──」
そして、
「────ポーションと混ぜれば、腹を下すみたいだぜ?」
ゴリュリュリュリュリュリュリュリュ!!
ゴロロロロロロロロロロロロロロロロ!!
「や、やべぇええ!」
「うぐぐぐぐぐぐ!」
くくくく。
じゃ────地獄を見るんだな、ロード!
「グッバイ」
親指を立ててからの反転───スーっと地面に向けて勝ち誇るレイル。
いや、勝ちを誇る必要すらない。……だから、ろくに武装もせずにロード達と対峙したのだ。
なぜなら────レイルはこの闘技場に来た時から、すでに勝っていたのだ!!
しかしいつ?
どこで?
どーやって?!
それだけがわからない!!
パーティ一の頭脳をもつボフォートにもわからない。
脂汗を垂らしながら、ボフォートは言った。
「い、いつのまに?? いつのまに毒を盛ったのですか?!」
いつの間にぃぃぃいい!!
──レイル・アドバンスぅぅぅぅううううう!!
「はは。いつかって?」
うがぁぁぁあああ! と、最後の叫びをあげるボフォート。
パーティ一のキレ者を称する賢者どのにも、それだけが分からない。
だって、口にした強化薬もポーションも、すべて数日以内に店で購入した正規品で、購入以来厳重に宿に保管していたのだから!
「この卑怯者がぁ……? く、くそぉぉ!! どこで、どんな手を使ったんですかレイルぅぅぅうううううう!! あーーーーーーーーダメ。もう限界ですぅぅぅうう!!」
憤怒の表情が真っ青に変わり、ジタバタと暴れるボフォート。
まだ起き上がれるロードとラ・タンクはマシだ。
最悪、勝負を投げ出してトイレに駆け込めばいい。
そして現時点ではパーティの紅一点であるセリアム・レリアム。
彼女は、ついさっき「はぅあッッ……」と唸ったきり、セリアム・レリアムはすでに賢者のような表情になっている。
どうやら、不浄なるものを浄化するまえに、御不浄を自ら体現したらしい。
ちーーーん♪
「……時が見えるわ───」
聖女様のようなご尊顔。
…………どうやら一足早くお逝きになったらしい。
その様子に観客席も騒然とする。
彼らには何が何やらわからないだろう。
「「「なんだ? どーなってんだ?! アイツラなんでのたうち回って……。まさか、負けるのか?」」」
「「「わ、わけが分からん?! なんで戦う前から自滅してんだよ!」」」
「「「おいおいおい! こんなん無効だろ?! か、金返せよ! ハゲ!!」」」
「誰がハゲじゃ!!」
「「「っていうか、なんか臭わね?…………うわ、なんだこれー!!」」」
そして、徐々に閉鎖空間である闘技場に漂い始める悪臭。
その都度、『放浪者』の面々が「「あ、あ、あ、あーーーー……」」とか言いつつ、賢者のような表情になっていく。
そして、ついにロードがガクリと膝をつき、
「あ、あぁっぁーーーー……」と、小さく叫んで、スゥーと賢者フェイスになった頃。
「「「あぁ、時が見える───」」」
ちーーーーーん♪ ×3
男たちは3人そろって聖女像のようなご尊顔になりにけり───。
「よう、ロード」
レイルが余裕綽々でロードの前に立った。
「──どこで、どーやってだって?」
ニヤリと笑うレイル。
そして決まって言うあの決めセリフ。
……そんなもん。
「一昨日に決まってんだろ────!」
第36話「ロード、大地に立つ(前編)」
レイルの取った方法は実に簡単。
あの日、『よろず屋カイマン』でロード達の購入した補給品のロット番号を探り当てたレイルはその夜、店に侵入した。
念のために言うが、別に盗みのためにではない。仕込みのためである。
……そのために、隠ぺいなどのスキルLvを上げておいたのだ。
そう。すべてはこの瞬間のため。
「スキル──『一昨日へ行く』!」
そして、誰にも気付かれることなく、スキル『一昨日に行く』を発動。
まだロード達が補充品を購入していない2日前に時間を遡り、予想通り店に残っていた、2日後の未来に彼らが買うであろう高級ポーションと強化薬探り当て、薬の中に薄めた毒を仕込んでおいたのだ。
ロット番号さえわかれば、ロード達がこの品を2日後に取るのは確実なのだ。
もっとも、この二日間の間に他の客が買わないとも限らないが、……幸いにも田舎の辺境の町に早々高級品を大量に買うような輩はいない。
だから、すべてが計算通り。
ギルドマスターとロード達がグルであるからこそ成り立つ戦略。
もちろん、これ以外にもいろいろ手は考えていたが、どれもこれも使う前にうまくいったらしい。
そして、模擬戦の当日。
まんまとレイルの策に嵌ったロード達はこうして賢者フェイスを晒しているわけだ……。悪臭とともに。
※ そして、舞台は円形闘技場に戻る。 ※
「……さーて、どうやらロード達は戦闘不能みたいだけど、どうだい? まだ続けるかい?」
んー? と首をかしげるようにギルドマスターを煽るレイル。
その態度に、ビキスと青筋を立てるギルドマスター。
レイルの視線の先には顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと大忙しのギルドマスターがいた。
(──はは。いい気味だ)
対照的に床に臥すロード達は燃え尽きたように真っ白。
美男美女、全員が悪臭と賢者スマイルで、意識を虚空に追いやっている……。
「ば、バカな! ど、どういうことだ? あ、あああありえない! ロード達が負けるはずがない!!」
賢者フェイスでシーーンと静まり返ったロード達をよそに、一人パニックを起こすのはギルドマスター。
「どうしてもこうしてもあるかよ。俺が模擬戦に勝った────それだけだ」
誰が見ても歴然とした事実に、ギルドマスターはぐうの音も出ない。
しかし、安易に「レイルの勝利」を宣言することもできない。
なぜなら……。
「金返せ! 金返せ! 金返せ!」」
「「「金返せ! 金返せ!!」」」
かーね! かーね! かーね!!
わっわっわっ!!
今や会場は「金返せ」オーラに包まれている。
オッズがあれほど『放浪者』有利に傾いていれば、レイルに賭けるようなもの好きはまずいないだろう。
おそらく会場中の冒険者の掛け金は没収される──。
だが、荒れくれ者の冒険者がそれを良しとするはずもない。
「おーおー。こりゃすげぇな。アンタ払えんのか? パニックになるぞ?」
そりゃそうだろう。
碌な戦闘もなしに、突如戦闘不能になった『放浪者』を見て、納得するものがいるはずがない。
だが、他人事のレイルは余裕の表情。
「「「金返せ! 金返せ!!」」」
「「「クソ野郎! くそ野郎!」」」
「「「戦え、Sランク! 舐めんじゃねぇぞ『放浪者』ども!!」」」
「「「はーーげ!!」」」 「誰がハゲじゃぁあ!」
わーわーわー! ともはや暴動寸前。
金返せ!
金返せ!
かーねかーえせー!!
かーねかーえせー!!
「「「おい、ハゲ!! てめぇ、わかってんだろうな!!」」」
「ぐぬ!」
会場中の視線が胴元のギルドマスターに殺到する。
すさまじい「金返せ」コールの連呼だ。
下手な対応をすれば冒険者が大暴れするだろう。
「こりゃ、収拾すかねーぞ? マスター、アンタこれどうすんだ?」
「し、しししし、知るか!!」
いや、知るか。じゃねーよ。
アンタ審判だろ?
「それもこれも────れ、レイルきっさまー! なにか卑怯な手を使いやがったな?! そ、そんなの認められんぞ!!」
何か、ハゲが宣っているが知ったことじゃない。
そもそも、どうやったかもわからんくせに、いい加減なことを言うなっつの。
「一昨日」に仕掛けてきたなんて、誰が信じられることか。
「ほーん。卑怯かー?? 俺が何をした? 証拠はあるのか? 俺には何を言っているのか、さっぱりわからないね。……俺は普通に戦ったつもりだぞ? 誰かさんが、勝手に強化薬だの、ポーションだのを飲んで腹を下したのが俺の責任だってのか? それに、俺としてはお前らだけには言われたくないんだがねー……──」
レイルはチラリと床を見る。
「──……俺が何も知らないとでも思ってるのか?」
視線の先。
そこには円形闘技場の碁盤の目にきられた床がある。
ギクッ!
「な、ななななんん?! な、なんだと────?? お前何を言って……」
「しらじらしい奴だな──テメェ、ここのトラップシステムを、」
レイルが、ギルドマスターを追求しようとしたその瞬間。
「──ぐぐぐ……。ま、まだだ」
「「ロード?!」」
レイルとギルドマスターの間に割って入るロードの声。
「呆れた……。その恰好で戦うつもりか? くせぇぞお前」
「うるせぇ!!」
そうだ。
まだだ──。
「まだだ! まだ終わってねぇ! ぶっ殺してやるレイル!」
「そ、そうだ! た、戦えロード!! まだだ。まだ終わってねぇぞ!! テメェ、こっちも色々と手を貸してやったのに、漏らしたくらいでへこんでんじゃねぇぇぇえ! 戦え、くそ野郎!」
(おいおい。周囲が大騒ぎとはいえ、俺には丸聞こえだっつの。手を貸したとか言っちゃっていいのかよ)
「やかましいわ、ハゲぇぇぇええ! 言われんでもやってやるよぉぉ!」
「へっ。往生際が悪いぞロード」
まーそうだろうさ。
まだ、ギルドマスターたちの仕込みは終わっていないもんな?
ニッと、訳知り顔で笑うレイル。
(……何のために、鍵を偽造したと思ってるんだよ?────ここのトラップシステムはとっくに)
「誰がハゲ────ええぃ! いいから、この疫病神をさっさと殺せぇぇえ!」
ロードが僅かに戦意を見せたことから、急に勢いづくギルドマスター。
それにしても、審判のくせに「殺せ」とか、色々ボロボロと口に出しすぎでしょアンタ……。
もっとも、この場にレイルの味方はほぼいないので、連中は誰が見ても再起不能になるまでやるに違いない。
今はロード以外の連中はショック症状だが、いずれ正気に戻る────。
「ぐぐ……。やってくれたなぁ」
「私にこんな恥を──」
ムクリ…………。
死喰鬼のように起き上がるラ・タンクとボフォート。
そして、
「うふふふふふふふ……。粗相をしたのなんて、子供のころ以来だわ、うふふふふふふ!」
ゆらーりと幽鬼のように立つセリアム・レリアム。
怒りが瘴気のように立ち上り、顔が…………般若になっている。
(ちッ──……まぁ、腹痛くらいじゃ倒せるはずもないか)
思った通り、ロードを含め、ラ・タンク達も正気に戻り始めた。
さっきまで賢者フェイスだったロード達。
その表情はもはや、怒りを通り越して殺意に塗りつぶされている。
ついさっきまで全身が真っ白で賢者のような姿だったが、今は真っ赤に燃えて地獄の鬼のごとし────。
ざわざわ………。ざわ…………。
立った……。
「「「……立った! ロードが立った!」」」
第36話「ロード、大地に立つ(後編)」
「「「……立った! ロードが立った!」」」
あれほど騒いでいた観客が……。
ピタリ──。
ロードの動きに注目すると、
観客が一斉に静まり返り、期待に会場が膨れ上がる。
大半の冒険者の掛け金のピンチが今まさに危機一髪で助かろうとしているのだ!
……だから願う。
レイルなどぶっ潰してしまえと切実に願う。
掛け金を失わないためにも、戦ってくれロード────と願う!
そして、会場が一つになる!
行けロード!!
勝てロード!
みんなの掛け金のためにッッ!!
「「「立てッ! ロード……!」」」
冒険者(男)たちは切に願う。
「「「立って! ロード……!」」」
冒険者(女)たちも切に願う。
ロード達ならまだいける────!
勝てる……!
「「「立ってくれ、ロード!!」」」
ぐぐぐぐ……。
「「「がんばれロード! 俺たちの(掛け金の)ために」」」
「…………お、おうよ!!」
おうよ……!!
───おぅッよ!!
「お、俺は──────。俺は……。俺は皆のためにも負けないッ!!」
──グワバッ!!
その期待を一身に受けてロードが立つ!
そして、
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!」
ビリビリビリビリ!! と、空気が震える鬨の声!
「「「いいぞ、ロードぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」」」
ロード!
ロード!
ロード!
「「「いっけっぇえぇぇぇええええええ!!!」」」
ロード!
ロード!
ロード!
観客の声援を受けてロードが立った。
そして、剣を天に向け───……スー……とレイルに向ける!
「………………ぶっ殺す!!」
──そうでなくっちゃなぁ、ロード。
「死ねッ、クソ疫病神がぁぁあああああああ!!」
「……ははっ。クソったれはどっちだよ──」
いろいろ諸々を出してしまい、スッキリとして毒素を抜けたのかもしれない。
ロードが憤怒の表情で低く構えると、今にもレイルの首を引っこ抜きそうな睨む。
そして、
「──ぶちまけろやぁぁぁぁあああああッッ!!」
模擬戦用の剣を高々と構えるロード。
あれほど毒に苦しんでいたというのに、もう絶好調といわんばかりだ。
「はは! ロード……」
だが、それは見せかけに過ぎない。
あれは文字通りヤケクソになっているだけだ。
「ぶちまけたのはお前のほうだろ?」
動きや見た目以上に、最初の毒は効いている。
素人が見てもわかるくらいに、ロードの動きには全く精細さがない。
「──いいからよ~。クソと能書きを垂れてないで掛かって来いよ」
ちょいちょい。
余裕で挑発するレイル。
ロードの動きは稚拙で、妙な蟹股の動き。特に足回りがあれでは動けないだろう。
だが、ロードはロードなりに勝算があるらしい。
構えも速度も、見る影もないくらいに稚拙な一撃をレイルにぶちかますロード。
「やっかましぃぃぃぃいいいいい!!」
悪臭とともに、踏み込むロード!
模擬専用の剣がギラリと光ると、大技を乗せて────……。
「はぁぁぁぁぁぁあ……聖王剣!!」
ギュバァ!!
──────スキルか?!
(……だが、遅いッ!)
輝く剣の一撃をレイルがヒラリと躱す。
「ノロいぞ、ロード」
「っ!」
その一撃をレイルが危なげなく躱し中空に逃れると、さぞかしロードは悔しい顔をしているだろうと振り返る。
ニぃぃい……。
「……なに?」
(わ、笑って───……?)
ロードが笑っていた。
「……ぎゃは! 今のはブラフだよッ! 雑魚はすぐに上に飛ぶからなぁ!!」
そう言って、口角を歪めたロードが醜悪に笑う。
レイルを空中に退避させ、着地点を狙う作戦だったらしい。
「奥の手は、最後に取っておくものだぁぁぁああ!」
そして、
サッと懐からギルドマスターに試合前に渡されていた保険──を取り出す。
(あー。そういうことか。やっぱり使うんだな───……馬鹿なやつ)
「これで終わりだッ! 死ね────レぇぇぇええええイル!!」
ロードが取った最後の手段。それは模擬戦の前にギルドマスターが渡していた最後の禁じ手────。
それは、『闘技場内のトラップシステム用起動装置。
ロード達がトラップを踏まない様に「ON,OFF」の切り替えを任意にしつつ、
ギルドマスターらが事前に仕掛けておいた、凶悪な闘技場のトラップシステム──その起動装置だッッ!!
「さぁ、何が起こるかな!! 覚悟しろ、レイルぅぅう!!」
何がって……。
そりゃあ、
「知ってる」
「知ってるわけねーーーーだろ!! 疫病神」
「はは。どうかな?」
だが、レイルは慌てない。
すでに仕込みの終わったトラップをレイルが恐れる理由などない。
「ロード。お前は俺を誰だと思ってる? Dランク冒険者で疫病神と呼ばれた──……天職は【盗賊】のレイルだぞ!」
そっと、懐から修練場の鍵を取り出して見せた。
……鍵??
競技場の鍵だと……?!
「んな?!──────何でお前がそれを持っている?!」
まさか、細工をしたことがバレたのか? とギルドマスターは焦りを見せる。
合鍵で、すでに中のトラップを確認されていたのかと───。
(そ、そんなはずはねぇ!)
ギルドマスターは思わず服の上から自らの鍵の位置を確かめる。
レイルに細工されないように、競技場の鍵はギルドマスターが管理していたはず……。
(あ、ある! ここにある!!)
……だが、奪われた様子はない───じゃあ、あの鍵は?
…………はっ!
「そ、そうか!」
あれは……。
あれは偽物───……つまり!
「は、ハッタリだぁぁああ! ロード気にせずやれぇぇ!」
ギルドマスターはうれしげに叫ぶ。
レイルが鍵の複製を持っているはずがないと確信し、
看破したことがうれしいのだろう!!
「はは! これがハッタリなものかよ」
ギルドマスターをよそにレイルは、微塵も動じない。
それが更にロードを苛立たせる!
「ロード! やれ! ハッタリに騙されるな!!」
「わかってるっつーの!」
レイルが鍵を持ってたからなんだ! と。
【盗賊】なんだから珍しくもねぇさ。
……そんなことより、一刻も早くレイルをぶっ飛ばしてやると心に決めるて──。
(俺様にこんなトラップまで使わせやがってぇぇぇえ!!)
「──くたばれレイルぅぅううううう!!」
闘技場に仕掛けられたダンジョン由来のトラップは、罠を踏んだ時点で発動し、対象をぶっ飛ばす仕様だった。
そして、レイルの着地地点にはちょうど狙いのトラップがいくつかある!!
……だから、死ね!!
──死ねレイル!!
「そうだ! やれロード!」
「私どもの恨みを晴らしてください!」
「トラップで死ねッ! ピーーーーー野郎!!」
いつの間にか『放浪者』の4人全員が起き上がりレイルを睨んでいた。
全員同じ表情。同じ匂い────……同じバカ面で。
同じセリフ!!────死ね疫病神!!
「「「「一昨日きやがれッッッ!!」」」」
トラップシステムの「ON/OFF」を───。
………………ポチっとな。
……一昨日来やがれ??
「ははッ」
何を言うかと思えば───。
「…………悪いな───もう行ってきたぜ!!」
第37話「策士、策に溺れる」
……一昨日来やがれ??
「…………悪いな───もう行ってきたぜ!!!」
レイルは笑う。
そして、
慌てない。負けない。おごらない。
ロードが取り出した競技場のトラップスイッチを見ても全く動じない!
「誘い込まれたことにも気づかない間抜けが!!」
……お前の着地点にはトラップがあるんだぜぇえ!!
───スイッチ一つで「ON/OFF」可能!!
ダンジョンから回収した凶悪かつ種々様々なトラップを───。
「くらいやがれぇぇぇえええええ!!」
ロードが誘い込み、レイルが着地するところに仕掛けられているのは一見してただの競技場のタイル。
だが、そのタイルには不可視の魔力が込められており、ダンジョン由来のトラップが発動するようになっている。
しかも連鎖型だ!!
今でこそ、トラップシステムは「OFF」
しかし、ひとたび発動すればぁぁあああ!
1 地雷。
2 床が飛び出すカタパルト。
3 巨大なボウガン。
さらには、
4 魔人の腕を召喚する魔法トラップ。
の4連コンボが発動する!!
「死───」
───ね
ポチッっと。
ぴかっ!!
と競技場のタイルが光りトラップ発動!!
そして、今まさに!!
いくつものトラップがレイルを狙う──────────……!!
足元に突如沸き上がったトラップを見たレイルであったが、
「そういうのをな、」
クルンと、空中で一回転すると、レイルは何でもないように着地する。
そして、親指をあげて──────……。
「策士策に溺れるっていうんだよ」
すっ、手首を反転、地獄に落ちろのハンドサインをまざまざと見せつけてやった。
───カッ!!
一瞬だけレイルの視界が光に包まれ、彼の姿が消えた。
そして、ロード達も知らぬ間に、一昨日に行ったレイルが一瞬のうちに元の時間軸に戻るとニヤリと笑う。
「な?」
「え?」
ぽかんとしたロード達。
「今、ロードの姿が───って、」
「ありゃ? なんか足元が───……」
カチ。
「ば?」
「え?」
ロードの真下に沸いたトラップが複数。
ほんの一瞬前までレイルの真下にあったのに…………???
「う、うそ!?」
「なんでぇ?!」
その瞬間、
闘技場の床が光、トラップが発動した!!!
「ばーか。自分たちのトラップで自滅しな。今お前らの真下に発動するように動かしといた。タイルごとな───」
もちろん。
「一昨日のうちにな!」
ニヤリ。
「「「「は? な、なんで?」」」」
ちょ、ちょっと待って───…………。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
とっくに昔にスイッチは押されている。
そして、トラップはついに発動する────……。
ロードの立つ闘技場の床のタイルが輝きだし、にょきっと地雷が顔を出した!!
「ひぇ?!」
そして、ラ・タンクの立つ位置を狙うように床がからせり出す巨大カタパルトがジャキン!!
「ま、マジ?!」
お次は、ボフォートを狙撃するように、巨大なボウガンがガシャコ!!
「うそぉ?!」
最後は、くそ女……もとい聖女殿をぶっ飛ばしてくれる魔人の腕を召喚する魔法トラップが発動!!
「ま、まじのすけ?!」
この間、約0.5秒。
ろくに反応する暇もなく。
「「「「ちょ!! ちょ、ま!!」」」」
なんで?
「「「「なんで仕掛けたトラップが───」」」」
ダラダラと冷や汗を流し始めたロードと愉快な3馬鹿ども。
彼らが思うのは一つ。
「「「「いつのまに、真下にぃぃぃぃいいいいい?」」」」
言っただろ?
「一昨日だっつーーーの──!」
じゃあな。
「…………バン!」
レイルは指で鉄砲をつくり、撃つ仕草をする。
その瞬間、
ドカーーーーーーーーーーーン!!
「あべしーーーーーーーーーーーーーー!!」
ロードの真下で大爆発する地雷。
真っ黒こげになったロードがギュルギュルと回転して、「あっちーーーーーー、ヒデブッ?!」と、天井にぶっ刺さる。
ドキューーーーーーーーーーン!!
「ちょ、おわぁおああああああああああ!!」
ラ・タンクの斜め正面から打ち出されたカタパルト。
床ごと打ち上げるそれは、いともたやすくラ・タンクの巨体をぶち抜き跳ね飛ばす。
分厚い闘技場の床材に殴られるようにして、「ベコン!」と、へこんだ鎧とタワーシールドに押しつぶされるようにラ・タンクがギュンギュンとぶっ飛んでいき、「まーーーわーーーーるぅぅぅ、ヒデブッ!?」と、天井に刺さる。
バシュンッッッッッ!!
「ひぇぇぇえええええええええええええ!!」
ボウガンが床からせり上がり、ボフォートを照準。それをみて、慌てて回避しようとして避けきれず、
「あだだだだだだだだだ、髪! 髪巻き込んで──あだだだだだだだだだ! ヒデブッ?!」
ブチブチと髪の毛を引き抜きながら、彼の身体を空のかなた────は無理なので天井にぶち込む巨大ボウガン。
レイルが一応矢の先端を抜いていたので致命傷には至らないだろう。髪は致命的だが……。
そして、
「ちょ、冗談よね? や、やめて────レイ」
「…………悪いね、セリアム・レリアム。冗談は俺じゃなくて────そいつの拳に聞いてくれ」
こ、拳って────?
恐る恐る、下を覗き込むセリアム・レリアム。
その下からは……。
ズモモモモモ……。禍々しい魔法陣がセリアム・レリアムの足元に現れ、
そして、
「──ちょま!」
バッキィィィィィイイイイイイイン!!
「はぶぁぁぁああああああーーーーーーっぱかっ~~~っと!」
ギリリリと、憎しみを込めるがごとく握りしめられた魔人の腕だけが魔法陣から召喚され、アッパーカットよろしくセリアム・レリアムを真下からぶん殴ると、彼女の足先から脳天にビックーーーーーン! とすさまじい衝撃が走り突き上げる。
そのまま、砲弾のようにぶちあがるとドッカァァァアアアアアン!! と闘技場が揺るがんばかりの振動を起こして「ぐげぇぇええええええ!! ヒデブッ?!」と、カエルの潰れるような声を出しながらセリアム・レリアムも天井にぶっ刺さった。
プランプランプラン……。
天井に垂れ下がる、4人分──八本の足。
───仕掛けた罠で自滅……。
「…………どうだぃ? 勝負あっただろ?」
ニヤリと笑うレイル。
そして、『放浪者』の戦闘メンバーは誰もいなくなった。
しーーーーーーーーーーーーん……。
観客はレイルの完全勝利に何も言えなくなっていた……。
第38話「嫌われ者の凱歌」
しーーーーーーーーーーーーーん……。
静まり返った闘技場。
そして……。
天井にぶっ刺さる奇妙なオブジェクト。
それぞれ二本の棒が伸びる悪臭漂う汚いもの。これは死体でしょうか?────いいえ、『放浪者』です。
「って、うっそーーーーーーーーーん?!」
オーマイガと、頭を押さえるギルドマスター。
勝敗は下せるのは審判である彼だけなのだが、今や茫然自失。
ガックーンと膝をつき「OTL」の姿勢のまま硬直している。
それもそのはず。100%勝てるはずの相手に、さらに完全を期すため100%勝率を上げる工夫を凝らしたのだ。
しかも違法すれすれ────というか、ほぼ真っ黒な、色々グレーな方法を使ってでもだ。
つまり200%勝てるはずが────……結果完全敗北!!
「おい、俺の勝ちだろ? いい加減、ジャッジを下せよ」
ロード達は天井に突き刺さったまま身動きもしない。
ピクピクと足が痙攣しているところを見るに、一応生きているみたいだが────どうだろう?
「い、いやまて────だって、そんな」
あわあわとパニックを起こしているギルドマスターに、さすがに観客もざわつき始める。
さっきまで金返せと連呼していた連中だが、その声が徐々に怒驚きに変わり始めるのはそう遠くなかった。
くそ試合だと思っていたのが、ロード達の猛反撃。
そして、大番狂わせの勝利!!
D級 VS S級
そして、1対4の多勢に無勢!!
勝てるわけがない。
勝てたらおかしい。
絶対あり得ない──────!!
なのに!!
レイルが勝利したのだ!!
どよ……。
どよどよ……。
「お、おい。ど、どうなったんだ?」
「わ、わかんねぇけど───なんかトラップの誤作動?」
「いや、トラップなんてありの試合だったっけ?」
「し、知らねぇけど───……ロード達が負けた?」
ざわっ!
「ば、ばかな! ロード達だぞ?」
「そうだ! S級だぞ! しかも4人!!」
「相手はD級で一人……! ありえねぇ!」
ざわざわっ!!
「ありえねぇけど……」
「ありえねぇけど───……」
「ありえないんだけどッッ!!」
ざわざわざわっ!!
「「「レイルの完全勝利じゃないか?!」」」
ドワッァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
突如沸き返る会場。
困惑、期待、そして困惑───……。
だが、徐々にその色が変わり始める。
最初は掛け金のこともあり、否定的に見ていた冒険者や観客たち。
しかし、彼らの目の前で繰り広げられたのはレイルの完全試合!!
「「嘘だろ。レイルの奴勝ちやがった……」」
「「【盗賊】ってあんなに強いのか? 一瞬でトラップを設置しやがったぞ?!」」
「「おいおい、DランクがSランクを圧倒しちまったぜ────こ、こりゃすげぇ」」
彼らとて冒険者。
そして、到達点としてS級を夢見る者たちだ。
だが、届かない。
D、C、Bで甘んじるものが大半で、届いてもA級……。
S級なんて夢のまた夢──────。
なのに!!
その夢の階級にD級の冒険者が単独で勝利した!!
それはまさに冒険者ドリーム!!
そう。一瞬にして会場の空気はレイルの鮮やかな勝利に飲まれてしまったのだ。
あの疫病神と言われたレイルの完ぺきな勝利に……!
ざわ。
「「すげぇ……」」
ざわざわ。
「「レイル……。レイル・アドバンス!」」
ざわざわざわ!!
「「あの野郎一人で『放浪者』を倒しやがった!! 凄い男だ!!」」
ざわざわざわ!!
ざわざわざわ!!
「「レイル」」
ざわざわざわざわざわ!!
ざわざわざわざわざわ!!
「「「レイル!!」」」
レイル!!!
レイル・アドバンス!!
「……あ? なんだこれ? なんだこいつら?」
敵意しか向けられていなかったはずの会場において、さざ波のようにレイルの名前が叫ばれはじめる。
その声にはあざけりが一切含まれていない。
もちろん、レイルには初めての経験だ。
「「レイル!! レイル!!」」
「お、おい?」
疫病神でもなく。
「「レイル!! レイル!!」」
「俺の名前……?」
万年Dランクでもなく。
「「レイル!! レイル!! レイル!!」」
「俺を…………讃えているのか?」
一人の冒険者として名前を呼ばれるレイル。
「───俺を…………?」
その名を呼ばれる会場を不思議そうに見渡した後──。
(あぁ、そうか。あの村での歓喜と同じ───……これは、)
軽く目をつぶったレイルは、少しだけ歓声に身を任せた。
(これが──────!)
───これが勝利するということか!!
「は、ははは……」
レイル、レイル、レイル!
名前を呼ばれるたびに熱に浮かされたようなフワフワとした感じを味わった。
それはあの開拓村で受けた歓喜と同じもの。
レイル・アドバンスが求められ、この場に────この世界にいていいと認められた証……。
──だから、レイルは答えた。
生まれて初めて、熱狂する声援に自ら答えた。
「「「レイル!! レイル!!」」」
ギルドマスターが勝利を宣言できぬ中、グッとこぶしを握り締め────!
空に向かって突き上げる!!
勝った──────と!!
「「「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」
レイル!! レイル!! レイル!!
この瞬間、レイルは勝利者となった。
もはや、ジャッジは必要ない────。
第39話「もうひとつの決着」
うぉおおおおおおおおおお!!
うおおおおおおおおおおお!!
熱狂!
熱狂!! 熱狂!!
レイル! レイル! レイル!!
「ひ、ひぃ……こ、これはマズい」
ギルドマスターは熱狂する闘技場からいち早く逃げ出そうとする。
今のところ観客は熱に浮かされて、掛け金のことを忘れている。
ならばこの隙に────と、逃げる算段を考え始めた。
このまま換金すればマズいことになる。
胴元であるギルドマスターはプラスマイナスでさほど損害を受けることはないが、それは額面通り皆が納得した場合のみだ。
だが、こんな大番狂わせが起こった後──胴元が無事でいられる保証はどこにもない。
200%の価値を信じて、全財産をかけた連中だった少なくない。
そんな連中が「はい、どうぞ」と金を払って諦めるか……?
────……無理に決まっている。
ただでさえ荒れくれものが多い冒険者だ。
下手なことをすればギルドマスターはズッタズタのボロボロにされることだろう。
(よ、よし────今のうちにこっそり逃げちまおう)
掛け金の詰まった袋をこっそり担ぐと、熱狂する観客を尻目にそーっと闘技場から逃げ出すギルドマスター。
それを、一人だけ戦闘に加わらなかったフラウがジッと見ていたが特に何も言わなかった。
フラウはフラウで熱に浮かされたようにレイルを見ている。
そして、
「────この力だ……。この力が僕らを救うかもしれない。……レイル・アドバンス。偽りの勇者の力ではなく、本物の勇者────いえ、戦士の力が……!」
しかし、フラウの思惑など知らぬとばかりにギルドマスターは修練施設を抜け、ギルド本館に戻るのだが、そこで──。
「どぉこ、行くんですか? ハゲマスター」
「誰がハ──……メリッサか?」
ガシリと不躾にギルドマスターの肩を掴んだのはメリッサだった。
いつもは下っ端なりに生意気な口を利くことをあるが大人しかったはずのメリッサがどういうわけかこの時ばかりはすごい迫力で立ち塞がった。
「な、何のつもりだ? 離せ!!」
「そうはいきません────アンタらがバカ騒ぎしている間に、お客様ですよ」
は?
「客だぁ? つーか、お前!! 口のきき方ぁぁ!!」
誰に向かってアンタとか馬鹿とかハゲとかゆーとんじゃ!
「口の利き方がどうかしたのかね? おほん……辺境の町グローリスのギルドマスターのカロンだな?」
ぬぅっと、メリッサの背後から現れたのは陰気な顔をした男だった。
「な、なんだアンタは! 勝手にうちの職員を使わんで貰いたいな!」
「名前を確認しているのだがね──」
ギルドマスターがまともに答えないことを知るや否や、一枚の書状をパラリと示す。
「私は職権に基づき、君にこれを命令しているのだよ。……さて、中央ギルドの監察官として、カロン──君に出頭を命ずる!」
カマキリのように鋭い目つきでギルドマスターに命令を下す監察官。
「か、監察官だ────それに……あ? なんだこりゃ……。────公益通報に基づく出頭命令?」
書状を流し読んで目を見開くギルドマスター。
って、
「こ、公益通報だってーーーーーー?!」
ビクリと震えるギルドマスター。
公益通報はギルド内部からのチクりシステムのことだ。
内部の職員による自浄作用なのだが、実際には使われることは少ないといわれる。
なぜなら、チクり自体が嫌われることもさることながら、
一度通報したが最後──通報した職員も不利益を被ることが多いともっぱらの噂があるからだ。
ギルドの上層部は、「そんなことないよー。公益通報したものはちゃんと守るよー」なんて言っているが、職員からすれば棒読みにしか聞こえない。
だから、ギルドには不正がはびこるし、派閥抗争のようなものもできる。
しかし、なぜか今、今日この場でギルドマスターに対して出頭命令がきている。
つまり誰かがギルドマスターのあれやら、これやらの不正をチクったのだろう。
「だ! 誰がこんなことを────! って、まさか!!!!」
言ってしまってからすぐに思いつく。
グワバッ! とメリッサのほうを睨みつけると、彼女の胸倉をつかんで大声で怒鳴る!!
「メリッサ、貴様かぁっっ! こ、こんなことをしてギルドにいられるとでも──」
「んん? それは脅迫かねカロン。……公益通報者については極秘だ。君に教えられるはずがなかろう」
そういって、メリッサからギルドマスターを引き離すと、すぐに準備をするように命令すると、ドンッとギルドマスターの背中を押して部屋に追いやる。
「急げ。着替えを持っていく時間くらいやるともさ。だが急げよ? もう馬車を待たせてある────それから、今後の発言には気を付けるんだな。カロン、君には黙秘権がある──しかし、それを行使するときはしっかりと取り調べをさせてもらうからそのつもりで」
「ぐぬぬぬぬ……! メリッサてめぇぇえ!!──くそぉぉおお、覚えてろぉぉぉおお!!!」
唸りつつも、まだ挽回できるのではないかと頭を振り絞るギルドマスターであったが、そこにメリッサが話しかける。
「散々無茶苦茶しておいて何言ってんですか。……あ、そうそう。マスターお願いがあります」
「あ゛?! なんだ! お前なんぞに──」
ぺシっ! と、ギルドマスターのハゲ頭に叩きつける紙一つ。
「何だこりゃ。掛札…………? オッズは「1:1000」……レイル・アドバンスの勝ちに金貨10枚────ってこれ?!」
グワバッ! 顔を上げるギルドマスターの目の間には女の形をした悪魔ががががが!!
「くふふふふ。耳をそろえて払ってもらいますよ────……金貨10000枚。あ、」
ニッコリと笑ったメリッサ。
いつの間にかギルドマスターが抱えていた金の詰まった袋を没収している。
「──ギルドにいられなくしてやるとか言いましたー? 別にいいですよ。デカい屋敷が買える金額ですしねー。これだけあれば一生遊んで暮らせますねー。あ、そうそう。払えなくても、払ってもらいますよ────いいですね、マぁスターぁぁぁ」
ニヤァと笑うメリッサの笑顔の黒いこと黒いこと……。
「な! き、貴様! ば、バカな冗談だろ!?────金貨10000枚なんて払えるわけがががががが!」
「大丈夫ですよー。ちゃんと、マスターの貯金とか、家の抵当権は押さえときましたんで──」
「んなぁ?!」
メリッサはギルドマスターをチラリとも見もせずに、袋の中から金貨を取り出し、きっちり計量中。
「貴様ぁぁあ!! 覚えてろーーーーーーー!!」
「いいからさっさとしろ!! 急げ、ハゲ」
ハゲじゃねーーーーーーーーー!!
と、ついに初対面の監察官にまでハゲ呼ばわりされるギルドマスターであった。
しかし、その後の不正が暴かれ、二度とこのギルドに戻ることもできず、大量の借金を背負いかつ、大勢の冒険者に恨みを買い命を狙われる羽目になるのはまた別の話…………。
「ん~ふ~ふー。金貨5468枚なりーっと。残りは財産で支払ってもらいましょうかね」
公認賭場の価値札の効力は強い。
公益通報でギルド内部から睨まれようとも、メリッサにはもはや恐れるものなどなかった。
そうして、ギュッと金の詰まった袋を締めると、数人だけいた勝ちに賭けていた冒険者の分をより分けて、残りの金をしまい込むメリッサ。
「さーて、レイルさん。こっちはケリがつきましたよ。あとは────」
ラスト『無限の一昨日』
声援を受けて立ち去るレイルは、途中ギルドの受付の顔を出し、ドロップ品の権利を受け取った。
そして、エリクサーを手にすると、ジッと思いふける────。
「……これが欲しかったと」
その実、他の権利はくれてやってもよかったが、どうしてもエリクサーだけは手放すわけにはいかなかった。
もしかして、これを使えばあるいは────……。
レイルはある決意を秘めて故郷に帰る決心をした。
なにか、しきりに話かけてきたフラウを完全に無視すると、その日のうちに故郷へ向かう馬車へと飛び乗ったのだが……
「おい! みろよ、あいつ」
「げ……! 生きてたのかよ?」
久しぶりに帰った故郷はよそよそしく、コソコソと疫病神の声が聞こえてきた。
しかも、実家はボロボロで、倉庫代わりに使われていた。
そしてメリッサの両親は顔も見せず、村は以前と同じくレイルに優しくない
だけど、レイルはそんなことはどうでもよかった────。
「ミィナ……」
手向けのようにがけ下を除くレイルは、一息のそれを開けると、中身を躊躇なけエリクサーを使った。
その瞬間、空だからあふれ出る魔力の光。
そう。
レイルはこの日、この時のために使おうと考えていた。
一昨日にいくことができるのなら、制限時間中にもう一度使えば、もしかして───。
ミィナと喧嘩してしまったあの日へと……。
彼女は亡くなるその前に日にも移動できるのは?
すぅ、
はぁ、
すぅ、
はぁ、
「失敗するかもしれない。……だけど失敗しても失うものは、もはややなにもない」
だから、使う。
『一昨日へ行く』のスキルを!!
スキル『一昨日へ行く』発動
「……まだだ、まだいける……!!」
発動
発動
発動発動発動!!
「あの日に遡るには、4459回一昨日へ行く必要がある……。それには魔力が絶対的に足りないけど──」
『一昨日へ行く』『一昨日へ行く』『一昨日へ行く』
『一昨日へ行く』×4444
カッ────────……。
そしてレイルは5年前へと時間を遡行していく……。
ギリギリ足りない。足りないけど───……かなり近いはず?!
ミィナと喧嘩してしまった日に2日足りず、奇しくもその日はミィナが死んだとされる日だった。
「まだ。まだ間に合う!! ミィナ……。ミィナ!!」
レイルは駆ける。
ミィナが発見された村はずれの崖へと
そうして……。
そうして──────「ミィナ!!」
……幼馴染と再会した!!
※ 完 ※