第17話「残置物」

「ぷはぁ~ッッ!」

 洗面所で顔を洗ったレイルは、先ほどまでの燃えるような顔つきを一度冷ますと、心を落ち着かせて食堂に降りた。

「おはようございます」
「おはよう、レイルさん! 食事できてますよ」

 相変わらず不器用な笑顔の主人。
 彼に軽く頷き、席に着くと、用意された豪華な朝食を平らげた。

「す、凄い量ですね……」
「まぁまぁ、英雄様の朝食なんだ。遠慮せず食ってくれ」

 そういって、レイル一人では食べきれないほどの量を次々に配膳してくれる主人。

「あ、ありがとうございます────……!! う、旨ッ!」

 勧められるままに一口。
 そして、思わず漏れる一言!!

「たっぷり塩にスパイスを使ったんだ。体を癒すにはいいだろ?」

 コクコクコク! ひたすら頷くレイル。

 内陸部では貴重な塩。
 それらをふんだんに使われた食事は美味極まりなかった。

 パンも焼き立てで柔らかいし、
 羊肉の入ったシチューはコッテリとしていてパンによく合う。
 ベーコンは分厚く、塩味が利いていて旨いし、薄く割ったワインとの相性が抜群だ。
 とれたての野菜は冷えた井戸水で良く表れておりシャキシャキのサラダになっている。
 そして、メインのステーキは香辛料が掛かっているのか肉のうまみが何倍にも引き出されていて実に旨い!

「どれもこれも旨い……!!」

 モリモリと食べていくレイル。
 酔いがひどかったが、食膳に出された酔い醒ましの薬草がよく効いているようだ。

 ……薬草の味は最悪だったけどね。

「英雄さまの食事だ。腕によりをかけましたよ」
「うん!! うん!!」

 宿の主人は相変わらずの顔色だが、精いっぱい愛想よくしてくれている。
 レイルも遠慮することなく出された食事は平らげていった。

 もっしゃ、もっしゃ!

 急速にLvが上昇したため身体が栄養を欲しているらしい。
 さすがにロード達とガチンコでやり合うほど強くなれたわけではないが、それでも以前のレイルとは比べ物にならないほどのステータスなのだ。

 そうして次々に皿を開けていくレイルであったが、そのレイルに遠慮がちに話しかける人物が。
「あの……レイルさま。少しよろしいでしょうか?」

 ……ん?

「はい。えっ~と……。別に、「様」付けでなくてもいいですよ」
「いえ、村を救っていただいた方に粗相(そそう)があってはいけませんから」

 そういって愛想よく笑うのは、少し仕立てのいい服を着た人物──彼は村長であると名乗った。

「それで、お話というのはこちらなのですが……」

 そういって、下男に持たせていた品を恭しく差し出す。

「…………これは?」

 下男が食堂のテーブルに並べていったのはいくつかの品。
 生々しく血のこびりついた爪に、羽根や皮だ。
 さらに大量にあるらしく、宿の外には荷馬車が留め置かれていた。

「──勝手とは思いましたが、グリフォンを解体させていただきました。もう一体の解体も、じきに済むかと思います」

 どうやら、差し出された品はグリフォンのドロップ品らしい。
 強力な魔物であるグリフォンの素材は高価で取引されるため、これらを持ち込めばかなりの大金を得ることができるだろう。

 魔物の解体は骨が折れる。これはありがたい申し出だった。
「ど、どうも……」
「羽根に、(くちばし)、希少な骨などは小分けさせていただきました。あとは肉などの部位ですが……」
 村長が少し困ったような顔でレイルの顔色を窺う。
「……俺が持ち帰れない分は、皆さんで使ってください──。復興資金も必要だと思いますし」
「お、おぉ! よろしいので? 申し出が本当であれば近隣の被害村落にも分配できます」
「もちろん、好きに使ってください。肉は持ち帰る前に腐ってしまうでしょうし……」

 燻製や干物にすれば持ち帰れなくもないが、その手間はさすがに一人では厳しい。
 それくらいなら、村人に提供した方がいいだろう。すくなくとも、レイルの宿代くらいにはなる。

「感謝いたします。……あぁ、そうそう。それとこちらを──」
 ゴトリ、と重い音を立てて置かれたのは一振りの槍と、虹色に輝く液体の入った──。
 ん? グリフォンの素材じゃないよな?
 なんだこれ…………。

「ぽ、ポーションですか? ドロップ品由来の……にしては、初めて見る色ですけど──」

 奇妙な色のポーションは、稀に魔物が落とすことがある。
 それらはたいてい薬効が複合化されたもので、非常に高値で取引されることが多い。

 しかし、虹色とはね……。
 ただのポーションがこんな色をしているはずがない。

「はい。こちらはグリフォンを解体中に発見したものでございます。村の薬師に調べさせたところ──」

 村長曰くグリフォンのドロップ品だという。
 それは予想通りだったのだが、次の一言でレイルは凍り付く。

「──……おそらくエリクサーではないかと」

 ほう。
 エリクサー……。

 へー……。

「エリクサーかー」

 エリクサー。
 えりくさー……


 エリクサー……──────?



 って、



 ……え、
「エリクサぁぁあああああ?!」
「うひゃああッッ!?」

 レイルの大声に飛び上がらんばかりに驚く村長。

「あ! す、すみません」

 突然奇声を上げたことに恐縮するレイルであったが、

(ま、マジでエリクサーか?!)

 そう。
 エリクサーをドロップしたことに対する衝撃はそれほどの物だったのだ。

「え、ええええ、エリクサーって、あのエリクサーですか?!」
「あのエリクサーがどのエリクサーかわかりませんが、お、おおおお、おそらく──。私も実物は見たことがないので断言はできませんが。その、見た目の噂くらいなら……」

 そう。
 エリクサーは噂の産物。

 別名、神のしずくとも呼ばれる霊薬で、一般的には『エリクサー』として知られる。

 それはまさに伝説級。
 幻の一品ともいうべき薬液(ポーション)であり、その液体を口にすれば万病がたちどころに治り、薬効によって体の傷もすべて癒えるという。

 また、
 失った視力や、欠損した手足ですら生えるというのだから驚きだ。

 そして、効果はそれだけに収まらない。健康なものが何でもすさまじい効果をもたらし、HP、MPが一定期間回復し続けるという。

 すなわちそれは、
 魔術師であれば効果が切れるまで無限に魔法を放てるし、
 闘士たちならば倒れることなく戦い続けることができるということ。

 それほどの効果を秘めた薬。

 当然ながら希少だ。
 その液体は万金を積んでも買うことができず、市場に出回ることはほぼない。
 手にれる方法は、ドラゴンやその強さに匹敵する魔物が稀にドロップするのも拾うしかないといわれているほど。

 その特徴的な見た目は、虹色の輝きを放っているというが……、

「ま、マジかよ……」

 震える手でエリクサーを手に取ったレイル。
 確かに、薬瓶の中には虹色の液体が入っている。

「こ、これを俺に?」
「え、えぇ、レイル様が倒したグリフォンですから」

 村長の言う通り、グリフォンを倒したレイルに所有権があるのだが、それをこっそり盗もうと思わなかった村人には感謝だ。
 まぁ、グリフォンを単独で倒した人物を怒らせたらどうなるかと考えただけかもしれないけど……。

「あー……。あと、こちらですが──」
 次に、使い込まれた槍を、困った様子で差し出す村長。



「これは────…………」



 レイルに手渡された槍はずっしりと重く、刃が灯りの照り返しを受けてギラリと輝いた。
 そう、昨日グリフォンから引き抜いた槍で──。


 ──ヒィィィィイイン……。


 差し込む陽光を受けて刀身まで光を滑らせると、静かに唸るそれ──。
 恐ろしいほどの業物だ。

「ラ・タンクの槍……」

 これは、Sランクパーティ『放浪者』のラ・タンクが持っていた槍だ。
 たしか、どこかの国の騎士団長をしていた頃に、国王から下賜された品だとか自慢げに話していたっけ。

 伝説の槍を模して(・・・)、ドワーフの工匠が作り上げた逸品。
 その名も──。

「たしか、ブリューナク・コピー……だったか?」

 柄を握りしめると、途端にロード達のあの顔が思い出される。
 魔力が宿っているのだろう。パリリ、と紫電が走った。

「ど、どうされますか? その、我々としては──」

 ん?
(……あぁ、そういうことか──)

 エリクサーやグリフォンの解体よりもなによりも、ましてやその素材よりも……。
 どうやら、村長の本題はこれ(・・)らしい。


 つまり……。


「俺に、こいつを『放浪者(シュトライフェン)』に返して来てほしいんですよね?」
「は、はい……その──」

 言葉を濁らせる村長。
 その思惑が手に取るようにわかってしまったレイルは露骨に顔を歪めた。

「たしかに、これを回収に村に来られちゃ困りますよね……」

 村長の言わんとするところは単純明快。
 槍もドロップ品もレイルに渡して、ロード達がこの村に来るメリットを徹底的に排除したいのだろう。
 奴らがこの村に着たら何をするかわからにと、そう考えているらしい。

 なにせ、村長たちは『放浪者』の所業を見ている。
 そして、それだけに驚愕しているのだ。
 囮を使ってグリフォンを狩るというそのやり方と──……それが今まで公にならず、どこにも明るみに出ていないという事実に。

 そう……。

「──あぁ。村長の想像通りだと思います。……確かに連中なら、醜聞を隠すために村を一個滅ぼすくらいやりかねないでしょうね」

 いや。
 違うな……。

 やりかねない(・・・・・・)じゃない、きっと……。いや、必ずやるだろう。

 だからこの村を狩場に選んだのだ。
 最初からそのつもりで、周辺になにもないこんな辺鄙な村でグリフォンを狩ると決めた。
 初めから村人をすべて殲滅するつもりで……。

 大空の覇者たるグリフォンなら、他にも村や町を襲っていたはずだが、それを無視してこの村でグリフォン狩りをしようと決めたのはそれが理由なのだろう。

 ……なぁに、おかしな話じゃない。
 ドラゴンやグリフォン、その他の魔物に一人残さず食いつくされた村なんて珍しい話でもないからな……。

 この村も、グリフォン退治が順調にいけばそうなった(・・・・・)というだけ──。

「……わ、我々も自衛はしますとも──。ですが、彼らを相手にして勝てる見込みなどありません」

 そうだろうな……。

「そ、その……。領主様と、ほかにもギルドや町にはすでに使いを走らせておりますが、我々田舎者の話などほとんど聞かれないでしょうな」
「でしょうね……」

 ましてや、最強の名を欲しいままにし、勇者とまで評されるロード達Sランクパーティ『放浪者』の悪評だ。
 きっと、村人がギルドに報告しても、数ある噂の一つ程度にしかとられないだろう。

 なにせ、ロード達は有名人だ。
 今までだってそういった悪評くらいなら、事の真偽はどうあれいくらでもあったはずだ。

 だが、全くと言ってそういった話を聞かない。

 つまり、
 ロード達には噂程度を跳ね返すだけの実力と──……。


「──デカい後ろ盾がいるってことか…………」
 
 これまでだって、悪事がバレたこともあるかもしれない。
 だが、それを物ともしないくらいの功績と本物の強さ。

 ────そして、権力。

 一瞬だけではあるが、彼らの強さを間近で見たレイルには、『放浪者』が悪事だけで伸し上がったわけではないということも知っていた。

(あんな奴らだが、実力は本物だ……)

 だが、実力だけで醜聞をかき消すのは不可能だろう。
 つまり、もっと大物が裏にいる。

 冒険者界隈で流れる噂をもみ消し、
 レイルのような「使い捨て」の囮を提供している大きな権力が……。



「おそらく、王家か────冒険者ギルド…………」


 セリアム・レリアムの関係筋と、
 ロードの人脈…………。

 もしくは両方か。


(さて、どうしたものか……)
 背後に潜む組織の大きさに一瞬暗澹たる気持ちになるレイルであったが……。


「ま。やることは変わらないけどなッ」

 王家?
 冒険者ギルド??

 ──上等だよ……。



 何年も疫病神と呼ばれた男のメンタル舐めんなよ。

第18話「すばやい逃亡者(ロード達視点)」

 ガラガラガラッッ!!

 レイルがグリフォンを倒しているなどつゆとも思わないロードたち。
 彼らは村から脱出すると同時に、猛烈な勢いで装甲馬車で駆け抜けていた。

 二頭立てで走るフラウ謹製のそれ(・・)は、全く故障もなく走り続ける。
 車軸の動きも滑らかで、独自発明のサスペンションもよく効いているため地形に適応して田舎の道を爆走していった。

「ひぃぃやっほぉぉぉぉおおおおおい!!」

 手綱を握るラ・タンクが奇声を上げている。

 それに対して、
「あまり騒ぐな! グリフォンは執念深いぞ」

 馬車の音とは別に人の声とは存外遠くまで響くものだ。
 もしもグリフォンに聞きつけられればと思えばロードの注意も頷ける。

「へっ。気にしすぎさ──ここまで逃げればそう簡単には追ってこれないだろう」

 数時間ほど馬車を走らせて十分に距離をとったとラ・タンクは言う。

「グリフォンを甘く見るな。この辺はすべて奴のテリトリーだ。なんたって、(つがい)のグリフォンを怒らせたんだからな。奴らは俺たちを忘れはしないさ」
「そうですよ。え~っと、名前がなんでしたかな──あーあのDランクのクズが稼げる時間なんてたかが知れています」

 ロードもボフォートも慎重を期せという。

「へーへーかしこまり~……。じゃーもうちょい走らせるか?」

「ちょっとぉ……。いくら乗り心地を改良したって言っても馬車で全力疾走はやめてくれない?」
 肌が荒れちゃうわーと、暢気な様子の神殿巫女のセリアム・レリアム。
「僕も賛成できないかな……。馬が持たないよ」
 無口なフラウでさえ、馬の限界を理由に速度を落とせという。

「あ、確かにやばいか?」

 ラ・タンクは手綱越しに馬の異常を感じ取っていた。
 ぜいぜいと苦しそうにあえぐ馬は大量の汗をかいて息も絶え絶えだ。

「だが、グリフォンが羽ばたけばこの程度は指呼の距離だぞ?」
 未だ不安そうに空を見上げるロード。
 聖騎士と言えどグリフォン相手に真正面から勝てる見込みはないとわかっていた。
「だーいじょうぶよ、村を出る前に幻覚魔法を放っておいたから」
 ニィと美しい顔を歪めて笑うセリアム・レリアム。
「なんだと?!」
「げ、幻覚魔法ですか? いつのまに……」

 ボフォートですら気付かないほど巧妙な手管だったのだろう。

「うふふ。アンタたちとは潜り抜けてきた修羅場が違うのよ。こちとらこれでも王族なんですもの」

 ふふん、と笑うセリアム・レリアム。
 彼女曰く、村中に幻覚魔法を放ち、グリフォンの目には村人がレイルや『放浪者』の面々に見えるように仕掛けたという。
 怒り狂った相手にしか効果が薄い、単純な魔法らしいが、あの状態のグリフォンには有効だろう。

「えっげつねー女だぜ、じゃどうする? いったん村に戻るか?」
「馬鹿言うな。セリアムのおかげでグリフォンが大暴れしてくれるんだ。奴が村人を食いつくすまでどっかで時間を潰すさ」

「そうしましょう」「賛成ー!」

 ロードはいつも通りだと言って、撤退を指示した。

「んー。なら街か? この辺のしけた村じゃ、暇でしょうがねぇ。いったん戻るか?」
「そうだな。囮の再調達も必要だ──ギルドに依頼しよう」

 そういうと馬車の速度を緩めてのんびりとした様子でロード達は町を目指す。
 まさかこの間にグリフォンが退治されているなど夢にも思わず……。 

「あ、その前にどこかで水浴びしたいかも。荷物も置いてきちゃったし最低限の食糧しかないわよー?」
 セリアム・レリアムは馬車の中を振り返る。
 貴金属類は何時でも持ち出せるように馬車に隠しておいたが、糧秣の類は現地調達が基本だ。
「ち……。あのクズDランクの野郎。補給してなかったのか?」
「クズの疫病神に何を期待しているんですか? ま、現地調達と行きましょう。この辺の地理は私め、【賢者】が覚えておりますゆえご安心ください」

 そういって近くの村を指し示すボフォート。

「けッ。なーにが、賢者だ。セクハラで賢者の塔を追い出されたくせによ」
「な!! そ、それは今何の関係もないでしょう?! あ、貴方こそパワハラと横領で騎士団を追い出されたじゃないですか!」

「な、なんで知ってんだよ!! やるかー!」「えーえー! いいですとも、やってやりましょうか!!」

 ぐぬぬぬぬ、とにらみ合う重騎士と賢者。

「はいはい、その辺にしときなさいよ、どっちもクズ(・・)なんだから──あははは!」

「「お前に言われたくはない!!」」

 王族──セリアム・レリアム。

 権力を盾に、王宮や城下町で悪事の限りを尽くした生粋の悪女。
 美少年の誘拐に拷問……。他人の恋人を奪うのは朝飯前。

 浄化と称してスラム街を焼き払ったこともあるんだとか……くわばわくわばら。

 そして、その醜聞をもみ消すために王家が尽くした手管は数知れず……。
 噂では3桁以上の人命がその過程で消えたという話──。

 そして、ほとぼりを冷ますためと、僅かでも人間としての憐憫の情が沸くなどの成長を期待して、王家は彼女をいったん教会に預けたうえで、冒険者として放り出したんだとかなんとか………………いやはやなんとも──。

「きゃー、こわーい!」

 そんな周囲の事情など知ってか知らずか、ケラケラと笑う神殿巫女。
 まったく、どこが巫女なんだか…………。

「はぁ……。こんな奴らに頼るなんて、僕はどうかしてたよ──」

 しょんぼりと俯くのは、ドワーフの少女フラウ。
 馬鹿メンバーの大騒ぎには加わらず馬車の中で膝を抱えて顔を暗くしていた。

 結局、補給と休息のため近くにあった寒村に立ち寄ったロード達。

 そして、「補給」と称して略奪と放火を手慣れた様子で実施。
 ただ、おもったより手間取ったのか、街に向かったのはそれからしばらくしてのことだった。

第19話「ロード達を追う男」

「──どうか、お受け取りください」
「これは?」

 数日間の療養を経て、旅装を整えたレイルが村を発つ直前のこと。
 恭しく差しだされたのは小さな布袋だった。

 どうやら、中身は銀貨らしい。

「えっと……??」
「──せめてものお礼でございます」

 グリフォンから救ってくれて感謝しますと、村全体の総意だという。

「お、お礼……ですか? でも、正式な報酬はギルドが支払ってくれますよ?」

 グリフォン討伐はギルド経由の依頼であり、報酬はすでにギルドが準備している。
 村には労をねぎらう以上に、報酬を支払う義務はないはずだ。

「いえ! それとは別に、ぜひともお受け取りください! レイル様がいなければ我々は全滅しておりました!──その程度の礼で恩を返せるとは思いませんが……!」
「いや、様付けはやめてくださいよ……俺なんかただのDランクで、ゴニョゴニョ」

 赤くなった顔を隠すように伏せるレイルだが、村長は頓着しない。食い気味にぐいぐいと銀貨を押し付けてくる。

「いえいえいえ!! さぁさ、ほんの! ほんのお礼です!」

 ──さぁ、さぁ、さぁ!!

「あ、え。は、はぁ……はい」

 頑なに銀貨を押し付けようとする村長。そして、背後に居並ぶ村人たち。
 その表情を見て、固辞するのも悪いと思ったレイルは素直に受け取る。

「あ、ありがとうございます! 大事に使います……」

 ポリポリと頭を掻きながら受け取るとニコリとほほ笑む村長。

「アナタは英雄だ……感謝してもしきれない」
 まっすぐにお礼を言われることに慣れていないレイルはひたすら赤面する。
「いえ。こちらこそ……」

 なんだかぎこちないレイルに集まった村人たちがドッと湧き上がる。
 ……じつに気持ちのいい村だ。

 そっと懐に収めた銀あの袋は重かった。
 そして、温かい。

(これが感謝されるということか……)


  ──疫病神!
   ──疫病神!


 レイルは頭を振って、脳裏に流れる声を消し去る。

(俺はもう疫病神なんかじゃない──……)

 村長からドロップ品を受け取り、さらには謝礼として銀貨を得たレイル。
 銀貨は30枚程度で、どれも古いものばかり。多くもなければ少なくもない額だ。
 村人たちは貨幣経済から隔離されているので集めるには苦労しただろう。一般的な謝礼として見れば少ないが、村のお礼(・・・・)としては上等な方だ。

 最初は固辞しようとしたのだが、これからのこと(・・・・・・・)を考えると資金は必要だった。



「首を洗って待っていろ──ロード……!」



 そうして村人たちの感謝と見送りを受けて、
 全ての旅装を整えると、グリフォンの素材とドロップ品。そして、『放浪者』の残した荷物を荷車に積んで出発するレイル。

 背には、ラ・タンクの残した槍──「ブリューナクコピー」を担い、一路はじまりの地──辺境の町を目指す。

 「ブリューナク・コピー」は天職『盗賊』のレイルには扱いなれない武器だが、今手元にあるもので一番強力なものだ。
 いただいておかない理由はないだろう。

 他にも、宿の中にはロード達が放置した荷物があったが、そこには装備品の類はほとんど残っていなかった。

 おそらく、いざというときに備えて撤退を前提にしていたに違いない。
 そのため、貴金属類やら武器の類のほとんどはあらかじめ馬車に積まれていたようだ。

(用意のいい連中だ……)
 随分、手慣れていやがる。……真正面から戦っても勝ち目はないだろう。

 だが、レイルにはスキルがある。
 スキル──『一昨日に行く』という、時間遡行のスキル(・・・・・・・・)がある。

 たったの数分だけとはいえ、それは大きなアドバンテージになるはずだ。

(……どうせ、ほとぼりが冷めるまで町で時間を潰してるんだろう?)

 せいぜい惰眠をむさぼるがいい、ロード。
 
 レイルは村でダラダラと過ごしていたロード達を思い出していた。
 あれと同じように、グリフォンが村を滅ぼし、その後は鳥頭よろしくロード達を諦めるまで時間を潰すつもりなのだ。

 そして、何もかも終わったころに村に舞い戻り荷物を回収する────な~んてことを考えているに違いない。
 間違っても、レイルが生き残っているとは思っていないだろう。


 だが、
「──そうはさせない。ロード達が油断している今が狙い目だ……!」 


 レイルは諦めない。
 ロードだろうが、ギルドだろうが、許してなるものかよ──。

「囮にされたことも、疫病神と呼ばれたことも、」

 そして……。
「──今まで何人もの孤独な冒険者を食い物にしてきたことも……全部償わせてやる!」

 ギリリリ……!

 そうとも。
「──そうとも!! お前の顔面にこいつ(・・・)をぶち込んでやるッ!」

 ブンッッッ!!

 虚空に浮かんだロードのニヤケ面を思い出し、拳を握りしめ、奴の顔面が陥没するくらいにパンチをくれてやると、固く……固く決意した。


 そして、残りの『放浪者』どもにも、56人分の冒険者──56発分のパンチを──!


「……たっぷりお返ししてやるからな────ロード!!

 ──さぁ、行くぞ!! いざ、辺境の町ベームスへ。

 決意も固く、目標を定めると村人から貰った荷馬車とロバに拍車をかけた。
 「はぁ!!」──ブヒヒーン!
 グリフォンの素材と食料などの物資を積んだ荷車はゴロゴロと動き出す。


 背後に、村長達の丸い背中を置き去りにして、景色がどんどん流れていく。


 死にかけて──……スキル『一昨日に行く』に目覚めたこの村を離れるレイル。
 きっと忘れることができない村になるだろう。

 レイルの人生の転機となった村だ。感慨深げに村を流し見しつつ、レイルは村を出た。
 そして、一度だけ振り返り、レイルなりに村に感謝を告げようと、

(ありが──)

 ──ワッッッ!!

 レイルがそっと振り返り、開拓村に感謝を告げようとしたその瞬間。

「「「ありがとう!」」」

 え?

「「「ありがとう、レイルさん!」」」

 村の門の前には人だかりができていた。
 老若男女。
 怪我人も、病人もすべて────……。

「な、ちょ────……!」

「「「あなたのおかげです! ありがとう!! レイルさん、私たちの英雄さま!!」」」

 うわぁぁぁあああああああああ!!
 わぁぁぁああああああああああ!!

 思いがけず、村人の心からの感謝を受けたレイル。

(マジかよ。こんなに感謝されるなんて……)
「あ、ああ、どうも──」

 こ、木っ恥ずかしいからやめてくれ……。
 彼らの顔が直視できず、真っ赤になった顔を隠すように伏せてレイルは手綱を握る。

 だけど、冒険者になってよかったと生まれて初めて感じていた。


「……俺の方こそ、ありがとうだよ──」


 そうして、門を抜け、
 村人たちの盛大な見送りを受けながら十分な距離をとったところでようやくレイルは顔を起こした。


「本当にありがとう……!」


 初めてレイルを認めてくれた人たち。
 いつの間にか熱い涙がこぼれている。

(人の悪意は知っている──……だけど、掛値のない善意と感謝をくれたのはこの村だけだ)

 だから、開拓村には感謝を──。
 すべてを諦めていたレイルにチャンスをくれたことに感謝を…………!!


 そして、
 そして────ドン底に落としてくれたロード達には「顔面パンチ」を。


「…………さぁ、次は借りを返しに行こうか!」


 決意も新たに、レイルは駆ける。
 レイルを騙し、「疫病神」と罵ったうえでグリフォンの餌にしようとした、あのロードに借りを返すために!

 そうとも、
「ロード達に鉄槌を下してやる!!」

 レイルは一心不乱に町へ帰る道を行く。 
 その途上で、胸に沸き起こるロード達への憎しみをさらにさらに燃やし再燃させていく。

「──何がSランクだ……! 何が勇者だ!! 何が……何が!!」


   『──ぜひ、君の力を借りたいんだッ。
    頼む、君が必要なんだ──レイル』


 勧誘時のロードの言葉が脳裏に蘇る。
 そして、その後の顛末までもが……。

「なにが──……!」

 ギリリリ、バリッ。

「嘘つき! 嘘つき──……!!」

 かみしめた奥歯がから血が滴り、口に鉄の味が染みわたる。

 それほどまでの怒り。
 そうやって、何人もの孤独な冒険者を騙してきたという憤り──。


 借りは……。
 借りは、必ず返すッッ!!



  『あばよ、疫病神……!』



 そして、最期のあのひと時──……あの刹那の瞬間にみせたロードの顔が浮かんでは消える。
 屈辱と、
 悔しさと、
 そして……憤り!

 それらをすべてバネにしてレイルは駆ける!

 さぁ、待っていろロード。
 ……そして、目にものを見せてやる『放浪者(シュトライフェン)』!




「──ロード…………俺は疫病神なんかじゃないぞ!」


第20話「アイルビーバック(レイル編)」

 辺境の町、グローリス。

 レイルの故郷から一番近い町で、彼が拠点として活動していた街だ。
 そして、女神を怒らせてしまい、その過程でスキル『一昨日に行く』を授かり、
 そのうえで、あのロード達と握手をした街でもある────。


 がやがやがや……。
 ざわざわざわ……。


「ちょっと離れてただけなのに、なんか懐かしく感じるな」

 人目を避けるために目深にローブをかぶったレイルは、ガラガラと安い車輪の音を響かせながら街を行く。
 開拓村に比べればここは大都会だ。

 幸いにも、街に変化はなかった。
 グリフォンが出たとはいえ、それは北部辺境の話であってこの街にまでは、まだ被害はなかったらしい。

「さて、まずは寝床かな」

 以前借りていた安宿は『放浪者』に加入したのを機に引き払っていた。

 安さだけが取り柄の狭い宿だ。
 せっかく臨時収入もあったし、グリフォンの素材もある。

 少しくらい贅沢をしても罰は当たらないだろう。

 なにより、
「こんな大荷物、目だってしょうがないしな」

 荷車に山と積まれたグリフォンの素材。
 一応布をかぶせているとはいえ、生モノもあったりで布に血がにじんでいる……。ちょっとグロイ。

 街の人の視線もジロジロと感じるし、今はさっさと宿に行くべきだろう。
 ここで目立ってしまえば、ロード達に一泡吹かせてやれない。

 ギルドに行くにしても、まずは準備をしないとな。

 このまま馬鹿正直にロード達を弾劾したとしても勝てるとは思えない。

 正規ルートで訴えても、聞き入れられるはずがないだろう。
 王家や、冒険者ギルドのすべてがロード達の味方とも思えないが、まずは敵を見極めないと足元をすくわれるのはレイルになる。

 所詮は、Dランクの鼻つまみ者冒険者と、
 華々しい実績をもつSランク冒険者パーティとでは、発言の重みが違うのだから仕方がない。

 たとえレイルが、「ロード達に囮にされた」と訴えたところでロード達に口裏を合わせて「雇ったDランクのシーフが逃亡し、悪評をばらまこうとしている」と言われてしまえばそれで終わりだ。
 ロード達にはそれを裏付けるだけの実績があり、レイルにはそれがない。


 ……悔しいけど、これが事実だ。


 世の中正しいことが必ずしもまかり通る(・・・・・)ようにはできてない。
 それをレイルは嫌というほど知っていた。

 だから、今さら世の中の正攻法になど頼らないし、頼れない。
 いずれは頼るとしても、それは今ではないし、準備不足──。

 「正しさ」とは、それを裏付ける力がなければ意味をなさないのだ。

 国の司法とて同じ。
 司法は、軍事と警察機構が機能しているから意味を成すのであって、軍事も警察も跳ね返せる力を持った個人や組織には効果がないのは自明の理だろう。

「────だけどな、ロード。俺だって黙って引き下がりはしないぞ……」

 何も知らない。
 何も関係ない。
 何も理解していない、お前に「疫病神」と蔑まれる筋合いはないッッ!!


「……借りは必ず返す──だから、待ってろよ」


 敵は強大。
 実力には歴然とした差がある。

 だが、忘れるな…………。

 レイルには特殊なスキルがある。


「ステータスオープン」

 
 ──ポォン♪


 ※ ※ ※
 
名 前:レイル・アドバンス
職 業:盗賊
スキル:七つ道具
    一昨日(おととい)に行く


 ※ ※ ※


「──見せてやるよ、ロード。万年Dランク……『盗賊(シーフ)』の戦い方ってやつをよ」

 いくつものプランを考えながらレイルは勝手知ったる街をゆく。
 その足は、迷うそぶりも見せずに町の奥へ奥へと向かって行った。


 ※ ※


第20話「アイルビーバック(ロード編)」

 がやがや……。
 ざわざわ……。

 このやろー!! 俺の依頼だぞ、それは!!

 いつも通りに騒がしいギルドの一角。


「え?! 『放浪者(シュトライフェン)』御一行ですか? ど、どうしたんですか? いつお戻りに??」


 受付にいた美人に声をかけるロード。
「やぁ、忙しいところすまないね。ちょっと事情があって……」
 メガネが野暮ったいものの、中々の美人だとみるや、適当にイケメンオーラを出しつつ、クエストの経過報告だと告げる。

「──は、はい。場所を設けますので、少々お待ちください」

 メリッサと名乗った受付嬢がカウンターを離れると、近くのベンチにどっかりと腰掛けるロードとその仲間。

 彼らの表情は昨日と打って変わってツヤツヤ。
 ロード達はたっぷりと休養を取ってから、日も高くなったころに起き出すという重役出勤でギルドに顔を出していた。

 本当はもっとゴロゴロしていたかったのだが、腐ってもSランクパーティ。
 しかも、デカいクエストを受注したあとだ。多少なりとも注目されているのは間違いない。
 そのうえ、街に入ったことは入門の際に確認されているので、さすがに日を置いて報告するというのはよろしくないだろうという判断だ。

 渋る仲間たちを宥めすかして、ロードを先頭に渋々ながらギルドに向かったというわけ。
 ……一時撤退にせよ、失敗にせよ、報告義務を怠ると色々面倒なのだ。

「いい加減シャンとしろよ?」

 メリッサがバタバタと走り回り書類を準備しているのを尻目に、ロードは仲間たちに告げる。
「うー……了解」
 まだまだ、眠たそうな目をしたラ・タンク達。

 ロードはともかくとして、やんごとなき出自のセリアムレリアムや、夜更かしの好きなボフォートはまだ眠そうに目をこすっている。…………もう昼なんだけどね?

 それでも、宿で休んだことで昨日に比べればはるかに疲労が回復し、いつもの余裕を取り戻したロード達は、突貫作業で鍛冶屋に修理させた装備を着込み、不敵な表情だ。

 急ごしらえとはいえ、ピカピカに磨き上げられた鎧に兜。
 そして、汚れをふき取ったピカピカの武器で、……見栄えだけはまさに勇者パーティだ。

「お、お待たせしました、こちらへどうぞ」

 美人受付嬢のメリッサに案内されて、受付の隅の応接セットに通される。
 ソファーに腰を掛けると、何も言わずとも茶が提供される。──いいね、これぞSランクへの対応ってもんだ。

「ええっと……。それで、本日はどういったご用件で?」
「……は?」

 怪訝そうな顔で訪ねてくるメリッサに、ピクリと表情筋をヒクつかせるロード。
 「コイツ、まだ慣れてない新人か?」と顔で語りつつも、イケメンオーラ全開でロードは口には出さない。

 クエスト関連以外に何の用があるというのか。

(まぁ、いいか……)

 Sランクパーティたるもの、こういった表の顔も重要なのだ。

「ゴホン──!……それはもちろん、クエストの経過報告と、依頼継続のための融資の相談ですよ」

 融資────というか、囮の調達なんだけどね。

 キランッ! と歯を輝かせつつ、ロードはメリッサに微笑みかける。
 本当はギルドマスター辺りを出してくれれば話は早いのだが、どうも不在中らしい。

「え? 経過報告?? それに、ご融資ですか? な、何のための……?」
 要領を得ないメリッサに若干のいら立ちを感じたロードだが、ここはグッと我慢する。
「そりゃあ、グリフォン退治のクエストですよ。まだ未達成ですが、中間報告もかねて顔を出させていただきました」

「は、はぁ? ほ、報告ですか?──……えっと、ですから何の??」

 怪訝な顔をしたメリッサは、報告書をまとめてあるファイルをパラパラと開きつつ、一応聞き取り調書を準備していた。
 どうにも要領を得ないなと、少し苛立ちながらも会話の途中でロードは気付く。

「な、なんのって……? そりゃあ……。あ!──もしかして、もう噂が流れてるんですね」

 やはり噂は早いな、とロード達は誰ともなしに「うん、うん」と頷いた。
 きっと、手負いのグリフォンが近隣で大暴れしているのだろう。

 『放浪者』が仕留めそこなったと言われているのかもしれない。

 ……まぁ、それならそれで、融資が受けやすくなるというもの。
 グリフォンなんて怪物を仕留めることができるのは王国広しと言えども、ロード達くらいだろう。

「……噂ですか? まぁ、噂と言えなくもないんですかね?」

 やっぱりそうか……!

 グリフォンの危機は、噂どころかそこにある危機として伝わっているようだ。
 おそらく、あの開拓村の生存者か、近傍市町村の被害者、はたまた近隣で活動中の冒険者からの報告が上がっているのだろう。

 なにせ(つがい)を殺され、怒り狂ったグリフォンだ。
 その危機について、ロード達よりも先んじて報告していることは想像に難くない。

「───そう、その噂の件です。……うーむ、どこから話せばいいのか」
「……は、はぁ??」

 首をかしげるメリッサ
 しかし、ロードは瞑目し、ツラツラと脳内でストーリーをくみ上げ始める。

「えっと──そうですね。……まず、北部の開拓村で我々はグリフォンと遭遇しました。あれは厳しい戦いでしたよ」
「はい、ええ、はい……」
「そう。我々『放浪者』は善戦し、多大な損害を出しつつも、あの強大なグリフォンをあと一歩というところまで追い詰めました。しかし────」
「……なるほど」
「奴は酷く凶暴なグリフォンでした。あれはもう、災害……いや、厄災そのものといっていいでしょう!」

「ふむ……」

 どことなく気のない返事のメリッサの口調を聞きつつ、ロードはここぞとばかりに、クワッ! と目を見開き、最高潮に語る。

「そうです! あのグリフォンが二匹も出現したんです────!!」
「ら、らしいですね~……」

「『らしいですね~……』じゃないですよ!! とんでもない話です!! あのグリフォンが二体ですよ! おかげで我々は掛買いのない仲間を失ってしまいました…………。ちくしょう!!」

 語尾を小さく、俯くロード。
 その姿は哀れで見るものに同情を抱かせることだろう。

「ロードさん……」

 しょぼくれるロードにメリッサがそっと手を重ねた。

 その気遣いの温かさに、ニヤリとほくそ笑むと、ロードは心の中で舌を出す。
(ケッ。新人ギルド職員を騙すのなんてチョロいぜ。俺の話術に掛かれば──)

 自らの失敗を糊塗するために、ロードが軽い芝居を打っている。

 表面的には悲しそうにしてみせ、
 ついには、感極まったように怒涛のように報告し、最期にはキラリと目に涙──……。

(どうよこの高等テクニック……!! さぁ融資をよこせ! 俺に感謝しろ──────)



「──え~っと、さっきから何の話をしているんですか??」


第21話「邂逅」

 さっきから何を言っているか、だと……?


 ポカーンとした顔のメリッサ。
 事の大きさに衝撃を受けているのだろう。──……だから、新人の受付嬢は困るのだ。

 もっと、こう大モノをだね──……!

「何を言っているかだと? おいおい、しっかりしてくれよお嬢さん! グリフォンだよ! グリフォン! それが二体も街の北方に現れたんだ! どういうことかわかるだろう?!」

「は、はい。まぁ、聞いておりますが……。あ、あのー……?」

 熱く語るロードの言葉を遮る様にメリッサが口をはさむ。

「…………さっきからなんだ! おい、このギルドにはまともな職員は──」

 何なんだ、このボケた受付嬢は!!
 ロードが顔を不機嫌にゆがめるのだが……。

「……えっと、『掛買いのない仲間を失った』とおっしゃりましたが、どなたかお亡くなりになったんですか? 見たところ、全員おられるようですが──」

 全員?

「何を言っているんだ! ここで加入した冒険者がいただろう! レイル。レイル・アドバンスだ!」

 そう、全員なものか。
 大事な大事な、大事な囮のレイルがいない────。

「え、えぇ?! れ、れれれ、レイルさんが!?」

 レイルの名前を出した途端、飛び上がらんばかりに驚くメリッサ。
 その様子を見て、知り合いだったのか? と、あたりをつけるロード達。

「そう! レイルです! 俺たちの仲間のレ──」





「…………レイルさんなら、とっくに帰ってきましたよ?」




「「「「はぁ?」」」」



※ ※ ※


 え?

 レイル??


 ……レイルいるの???

「…………いやいや。そんな馬鹿なことがあるわけないじゃないですか。……レイルはあの村で死んだ────」

 そう。ロードもラ・タンク達も皆目撃していた。
 血まみれでグリフォンの前に倒れていたレイルを。

 あの状況で助かるなんて奇跡でも起きない限り無理だ。

「あははは。メリッサさん。それはきっと見間違いですよ──それか、幽霊でも見たんじゃないですかね」
「わっはっは! ちげぇねぇ!!」

 ゲラゲラと笑うロード達にメリッサが眉を顰める。

「幽霊も何も、レイルさんはきっちり報告してくれましたよ? グリフォンも仕留めたって──」

「「「はぁぁぁぁあああ?!」」」

 ロードたちが間抜けな表情で口をパッカーと開けて驚く。
 そして、次の瞬間。

「「「「ブハハハハハハハハハハハ!!」」」」

「あはははは、何を言ってんですか? アナタ、ギルドに努めて何年ですか?」
「ひーっひっひひ! グリフォンを討伐だぁ? 馬鹿言ってんじゃねーよ」
「うぷぷぷ! そうですよ。そんなデマに振り回されるなんて、このギルドもたかが知れてますねー」
「くすくすくす。もーどこの誰が流した噂? 嫌になるわねー、有名になるとすぐこういう……」

 レイルがグリフォンを退治とかどんなデタラメだよ。
 つくならもう少しましな嘘にしろってーの。

「いえ、噂も何も…………。というか、皆さんお仲間ですよね? 死んだとか、嘘とかどういう意味ですか?」

 あー…………。

「いや、だから────レイルは、」

 ロード達の大騒ぎにギルド中が「「なんだなんだ?」」と注目を始める。

 どうやら悪質なデマが流れているらしい。おまけにレイルを名乗る偽物まで──。
 それもこれも、この田舎のギルドのザルな仕事が原因だろう。おまけに、メリッサのデマを真っ向から信じる純粋無垢ッぷり──……。

(──はぁ……大方、このデマを流したのは開拓村の連中だろうな)

 村を無茶苦茶にされた腹いせにロード達の悪評をばら撒いているのだ。
 まぁ、宿代も踏み倒したし、グリフォンを怒らせたのはロード達だから、気持ちはわからなくはない。

(後で覚えとけよ、田舎の開拓村め……。絶対に滅ぼしてやる!)

 それはさておき、
「────レイルは死にましたよ。俺たちの目の前でね……。勇敢な、かけがいのない仲間でした」
「え………………?」

 ここではっきりとレイルの死を告げるロード。

「そ、そんなはずは!!────だって、討伐証明も提出されましたし、多数のドロップ品も入手し、エリクサーも見つかったって……」

 はぁ、……馬鹿な女だ。
 レイルがグリフォンを倒しただぁ??
 そんでもって、ドロップ品がなんだって??

 ────なぁにが……エリクサーだよ。ありゃ、伝説級のアイテムだぞ?

 はぁ……。
「──それはデマです。俺たちのクエストを横取りしようっている悪質な連中の仕業です。……まさかとは思いますが、報奨金払っちゃってたりしてないですよね?」

「あ、いえ……。金額が金額ですので、それはまだ──」
「それは重畳。よかったですよ、ギルドが詐欺にあう前で……」

 さすがに、あの大金をポンと払うような真似はしていないらしい。
 領主の出した依頼なだけはあって、真贋もきっちり見分けられているのだろう。

 誰だか知らないが、『放浪者』の上前を撥ねようだなんて舐めた真似を……。

きっと、北部の開拓村からの話だと思いましたよ。おそらく、他にも俺たち『放浪者』の悪口も一緒に来ているんではないですか?」

「はー……。まったく困りましたね。まぁ、たまにあるんですよ。Sランクにもなって、冒険者界隈で目立ってくると、こういう嫌がらせがたまーにね──……」
「そ、そうなんです、か……?」

 ようやく話を聞く気になったのか、やたらとテンションの高かったメリッサも少しトーンダウン。
 そして、ギルド中の目が『放浪者』達に集まる。

「えぇ、そうですとも」
「で、ですが……! れ、レイルさんが──」

 なおも食い下がるメリッサ。

「レイルは死んだんです……。俺たちが見届けました。勇敢で称えられるべき行為です。彼は村人と俺たちを逃がすため……。そして、自ら進んで殿(しんがり)を務めてくれたんです」

「そんな……!」

 ハッとして口を押えるメリッサ。
 あまりにも衝撃的な一言だったのだろう。

「えぇ、わかります。お知り合いが亡くなったということを受け入れたくないのでしょう。……俺たちだってそうです。彼の死は辛い────そして、俺の責任でもあります。……後でいくらでも罵ってください」

 キラリと目に涙さえ浮かべてレイルの死にざまを語るロード。
 そして、存分に罵ってくれと言う。

 もちろん、そんなことをするはずがないと知っていて、だ。
 腐ってもSランクパーティ。実力者たるロード達を真正面から罵れる人間は、まずいないし、今まで囮に使ってきた冒険者はそもそも泣いてくれるような人もいない連中ばかり。どうということはない。

 それを知ったうえで言うのだ──。

「──ですが、レイルの偽物を(かた)るような奴はこの場できっちりと否定しなければ!」
「え、えっと……」

 オドオドとするメリッサに対して、ロードの安窯たちは全員がウンウンと頷く。

「だいたい、どうやって信じるって言うんですか? 討伐証明なんて偽物に違いありませんよ」
「し、しかし、本物だと鑑定器は証明しているんですよ?」

 メリッサは奥にしまわれていたグリフォンの討伐証明だという巨大な嘴を取り出してきた。
 たしかに二体分あるし、禍々しいオーラを放っているが……。

「あーはいはい。偽物偽物────レイルにグリフォンが倒せるわけないでしょ」
「そ、そんなはずは……! レイルさんの報告は詳細で、たった一人で立ち向かい二体のグリフォンを倒したと……」

 必死な表情のメリッサを見て、ロードが思わず吹き出しそうになる。
 フラウを除く仲間も、今にも吹き出しそうだ。

 っていうか、笑ってるし。

「ぶふー!! れ、レイルがグリフォンを倒した?! ぶぷぷー!!」
「ら、ラ・タンクさん、笑っちゃだめですよ──ぶふふー!!」
「あはは! でぃ、でぃ、Dランクの冒険者がグリフォンを二匹もた、倒すって、なんの冗談なのよ──ぷぷぷ!」

 掛買いのない仲間と言ったわりには酷い言い草。
 だが、それを気にするものは冒険者界隈では非常に少ない。

 ザワザワ、ヒソヒソと、さざ波のようにレイルの陰口が広がっていく。

「「「たしかに、疫病神のレイルがグリフォンを倒せるわけないよなー」」」
「「「なんだよ、ただのデマか? やっぱり疫病神だな──」」」
「「「この悪質な噂も疫病神のせいに決まってるさ。『放浪者』もあんな奴を仲間にして大変なこった……」」」

 それほどにレイルは疎まれていたのだ。

「──メリッサさん。気持ちはわかりますが、彼はDランクの冒険者ですよ? 騎士団ですら手を焼くグリフォンを彼がどうやって倒したというんです……」
「で、ですが!!」

 それでも、認めないメリッサ。
 これはロード達がどうのこうのというより、レイルが死んだと認めたくないのだろう。

 全くバカバカしい。
 なんであんな役に立たないカスのためにロード様が語ってやらねばならん、とばかりに心の中でため息をつく。

「つまり、それこそがデマだということです。Sランクの俺たちですら手を焼く大空の覇者!!──それを倒したというなら、証拠を見せてほしいものですよ!!」


 あーーっはっはっは!!



「…………あっそー。そんなに証拠が見たいなら、見せてやるよ」



 ──バンッ!


 気持ちよくレイルを罵っていたロードのもとに、派手な音を立てて扉を蹴立てる一人の影。
 そいつは、正面から堂々とギルドに乗り込むと、ロード達の目の前にずかずかと────……。


「え……?」
「な……?!」
「ちょ──!!」


 ゴツ、ゴッ、ゴッ!!


「お、お前──……!」
「れ、レ……──」


 ゴッゴッゴ!! と、固いブーツの足音も荒々しくギルドを行く人物。
 そいつこそ、(くだん)の冒険者で────胸に鈍く輝く冒険者認識票(ドッグタグ)にははっきりと「Dランク」と……。


 あぁ、そうとも。
 彼こそが疫病神と忌み嫌われる冒険者で────……万年Dランクの支援職『盗賊』の──。



「「「「れ、レイル?!」」」」


第22話「討伐証明はありまーーーーーーす!!」

 レイル……?!

「──ほ、本物……だと!?」

 信じられないものを見る眼付きのロード。
 ……いや、実際に信じられないのだろう。

 あの状況でレイルが生き残っているなどと信じられるわけがない。

 だから、驚く。
 驚愕する。

「う、嘘だろ?! お、おおおお。お前どうやってあそこから?! グリフォンに食われたんじゃ──!!」
「はっ! おかげさまでね」

 ゴッ!

 大きく一歩を踏みこみロードを真正面から見据えるレイル。
 それをタジタジとなり仰け反るロード達。

「ロードさん」
「ね? 言ったとおりでしょ────こいつ等は嘘をつくって」

 メリッサだけは満面の笑みでレイルを出迎える。
 だが、それで収まるはずもなく。

「そのようですね。信じがたいですが、レイルさんの報告が俄然信ぴょう性を帯びてきました……」
「えぇ、まぁ実際にこいつ等の口から聞かないとにわかには信じられないですよね」」

「はい。──え~っと……ロードさん? 確かさっきレイルさんが死んだと明言なさいましたよね?」

 キランッ! と眼鏡を輝かせたメリッサが反射で視線の見えないままロードを見る。

「う……」

 ぎくり…………!!

 ギルド中に聞こえるほどの「ぎくり」だ。
 そんな音があるはずがないのに、聞こえた。

「あ、う。そ、それは────……」

 目をキョーロキョロと泳がせたロード。
 死んだと言い切った相手はここにいる。しかも「いえーい」と、手を振っている。

 これはちょっと誤魔化せない──……。

「か、彼は、その、なんだ──あはは」
「あはは、じゃねーよ。……なんだ、ロード。俺が死んだってか?」

 Dランクとは思えない気迫をにじませてレイルがズイっとロードに一歩近づく。
 すでに目の前にいたレイルが一歩。
 
 当然、その分ロードが下がる。

「へー……。死んだってかー。いったいどういう状況で死んだって報告するつもりだ? あ゛?」

 一歩進むレイル。
 かわりに一歩下がるロードとゆかいな仲間たち。

「い、いやー。そ、それは何かの誤解で、あはははは」

 人のいい笑顔でレイルを推しとめようとするロード。だが、レイルは止まらない。
「あ゛? 人が死んだのが誤解だ? あ゛?」
「いや、その……なんというか」

 ダラダラと冷や汗を流すロード。
 だが、誤魔化させはしない──徹底的に追求だ!!

「メリッサさん」
「はい。えーっと『彼は村人と俺たちを逃がすため……。そして、自ら進んで殿を務めてくれたんです』とのことでしたが……」

 「あってますか?」と上目遣いにチラリとレイルを見るメリッサ。
 あってるわけねーだろ。

「……ほっほぅぅ!! 『彼は~♪ 村人と俺たちを逃がすため……♬ そして、自ら進んで殿を務めてくれたんです♪』」ってか? ほうほうほう!」

 ……1ミリもあってねーーーーーっつの!

 わざと鼻声で、ロードの口調を全く似てない声で復唱して見せるレイル。
 もちろん挑発のためだ。

「え~っと。やっぱり違うんです?」

 チラチラとロードとレイルの顔を交互に見ながらメリッサが言うと、

「えーそりゃもう、全っ然違いますねぇ! 1ミリもあってないですねー。はっはっはー! いやー……まさか、Sランクパーティのリーダーがあんなことをねぇ……」

 フンッと鼻を鳴らしたレイルがロードを挑戦的な目で見る。

「ぐ……! こ、このぉ……D、Dランクの、くせ、に」
「あぁんッ! なんだって!!」

 ダンッ!!

「ぐぅ……!」

 さらに、レイルが一歩。
 大~きく踏み込むと、ついにロード達がギルドの壁に追いつめられる。

 その姿は異様で滑稽ですらあった。
 なにせ、Dランクの冒険者が一人でSランクパーティを追い込んでいるのだ。

 それを見ている冒険者たちはヒソヒソと噂話。

「おいおい、どうなってんだありゃ?」
「なんでロードさんがレイルなんかに詰め寄られて反論しないんだ?」
「……もしかして、レイルの言うことが正しいとか──?」

 本当に、レイルが(つがい)のグリフォンを倒した……とか?

 いやー……。
「「「ないない。それはない」」」

 冒険者たちのヒソヒソ話は、地の声が大きいので丸聞こえないのだが。
 それを聞いたロードが目をキラリと光らせる。どうやら、冒険者どもの様子を見て勝ち目を見出したようだ。

「ぷっ……!」

 追い詰められておきながら、プっと噴き出すロード。

「「「ぶぷぷー!!」」」
 つられてラ・タンク達もふき出している。

「…………何がおかしい?」
「何がだぁ? 全部さ。全部おかしいねぇ! まったく、ちょっと気を使ってやればいい気になって、まぁ」

 トンッ! と軽く押し返すロードの力に、レイルが二、三歩たたらを踏む。

「くっくっく。既にギルドに報告したみたいだけど、それは今のうちに撤回しておいた方がいいぞ、レイル」
「あ゛? なんだと?」

 眉間にしわを寄せるレイルにロードはふんぞり返ったように上から目線で言う。

「おやおや、こっちは親切で言ってあげているんだよ? レイル君が恥をかかないうちにね──」

 ……は?
 何言ってんだこいつ。

「ふふん。君はこう報告したんじゃないかな? 俺たちに見捨てられたとか、囮にされたとか──」
「おーよ。よーくわかってんじゃねぇか。……出るとこに出てもいいんだぞ、俺は」

 ハッ!!

 ロードはついに本性を見せるように、鼻から笑って見せると、
「おーおー。やってみるがいい。お前こそ嘘の話をばらまいて、俺たちを貶めようとしているとして逆に名誉棄損で訴えてやるさ」

「…………はぁぁ? 名誉棄損だぁ? そんな生易しいものかよ…………殺人未遂と暴行罪──ついでに、無銭飲食、代金踏み倒しに、連続殺人鬼の容疑も付け加えても御釣りがくるようなお前らがよぉ。何・を・言って・や・が・るッッ!」

 ドンッ! と反対に押し返すレイル。

「……ふん」
 だが、今度のロードは引き下がらず、胸筋でレイルに一撃を止めて見せる。

 ニヤリ──。

「はっはー! 聞いたな、皆? 聞いたよなぁ、ギルド中の全員。……コイツはこういう奴(・・・・・)さ。ありもしない誹謗中傷で俺たち『放浪者(シュトライフェン)』を貶めようとしているんだ! こんな奴を仲間にしたのが間違いだったよ、──ガッカリだ、俺は」

 わざと全員に示すように、わざと芝居がかったように、踊る様に語り始めたロード。

「俺たちが殺人未遂? 俺たちが暴行罪? そして、連続殺人鬼ときたもんだ。お次は国家反逆罪かな? ではでは、──さーて、さてさて、ここにいる冒険者諸子はこれを聞いてどう思う? 嘘をついているのは我々Sランクの『放浪者』か?! いやいや、それとも疫病神(・・・)と忌み嫌われるDランクの『盗賊』か、」

 ──さぁどっちだ!?

 ニヤリと笑うロードの黒い笑顔の奥にギルド中の悪意が透けて見えた。
 誹謗中傷、皆で言えば怖くない──……。
 そんな連中の心の声と過去に罵られた声がまざまざとレイルの脳裏に蘇る。

   『疫病神め!』
    『疫病神め!』
     『疫病神め!』

「疫病神、か……」
 バリッと、レイルの奥歯がなる。
 ミィナ(幼馴染)の死と度重なる不運。だけど、『疫病神』──これだけは、レイルにとって許せない言葉なのだ……。
 
「さぁって! どっちが正しいか、聞いてみたいものだね! あーっはっはっは!」

 だが、ロードにとってはレイルの感情などどうでもいいことなのだ。
 ついには、本当に踊る様にクルクルと回り始めたロード。

 これじゃ勇者というより、役者だ……。

 そして、その演説を聞いていたメリッサを含むギルド職員や、暇をこいている冒険者がヒソヒソと話し始める。

 もはや、どちらかの事情聴取という雰囲気ではないのだから当然だ。
 場を収めるべき責任者も、今日この場にはあいにくいない……。

 そのせいか、まるでさざ波のようにギルドをさざめく小声のヒソヒソ声。

「「さすがに殺人鬼はねぇよな?」」
「「だな? だけど、レイルの奴は、なんだってなんな根も葉もないことを?」」
「「奴は疫病神だからな……。そーいうことあるさ」」

「「「「(ちげ)ぇねぇ!」」」」

 ぎゃーーーはっはっはっは!!

 疫病神、疫病神と、方々で囁かれる様を見て、メリッサが心配そうにレイルに近寄ると、そっと肩に手を置いた。
「レイルさん……その、気にしないでください。私はレイルさんのことを──」

 さぞかし、落ち込んでいると思ったのだが、メリッサの想像とは裏腹にレイルの顔は自信に満ちていた。
 たしかに「疫病神」と囁く冒険者の方へはキツク睨んでいるが、ロードに対する彼の態度には余裕がある。

「信じていま……──」

 メリッサが目を潤ませてレイルに寄り添おうとするが、ガツンと足にぶつかる感触。
 なにか、デッカイ荷物が無造作に床に置かれている。しかも、凄い獣臭──……。

 え? なにこれ?

「れ、レイルさん? こ、これと、いいますか、そのぉ──」

 なんだろう……。
 レイルの後ろにえらい大荷物があるんですけど────……。

「さぁ、今のうちだぞレイル。悪評を流したことについて、今すぐ取り消すんだな。そうすれば、ここで飛び上がってヘッドスライングしながら土下座するだけで、許してやらないこともないけどな!」

「ほー。飛び上がってヘッドスライングしながら、土下座すれば許すのか? そりゃあ寛大だな」

 ニヤリ。

「──……俺はそれくらいじゃ許せそうにもないけど……。まぁ、お前らがやるってんなら、とりあえず(・・・・・)それでこの場は許してやらないこともないぞ、ロード」

「な!!」
「「「なにぃ!!」」」

 カッ! と顔を赤くしたロード。そしてゆかいな仲間たちも反論開始。

「おい、レイルてめぇ!! 仲間にしてやった恩を忘れて偉そうに口を聞くな!」
「そうですよ! 疫病神と言われているあなたを仲間にしてどれほど私どもの評判が下がったか!」
「いくら心の広いアタシでも、許せることと許せないことがあるわぁ……」

 フラウを除く3馬鹿も加わってギャースカピースカ。

 あ゛?

「仲間だぁ……?」

 さすがに胡乱な目つきになるレイルに、ロード達はせせら笑いながら言う。

「ハハッ、そうとも。嫌われ者のお前を仲間にしてやったのは俺たちだ。感謝されこそすれ、罵られる覚えはないね──!」
「餌にすることが仲間だというなら、辞書の定義を疑うね、俺は──」
「やかましい! ロードの言う通り、大体お前は嘘つきだろうが! なぁにがグリフォンを仕留めただ?────」

 呆れた物言いのロードとラ・タンク。
 ギルドが本物と認めた討伐証明を偽物と言い切る胆力はある意味驚嘆に値する。

「お前らだけには、嘘つき呼ばわりされたくないね」
「ハッ。じゃぁ、なんだぁ──テメェみたいなDランクのカス盗賊(シーフ)がグリフォンを二体仕留めたってのか?」

「そうだ」

 はっきりと言い切ったレイル。

 その途端──……。

「「「ブワッハハハハハハハハハ!」」」
「プークスクスクスクス!!」

 ロード達が声を上げて大笑い。

「ひーっひっひっひ!! そりゃいい! D、Dランクの冒険者さん、『グリフォンを二体討伐しちゃうの巻き』ぃぃ!」
「ぎゃはははははは!! すげーすげー! 俺達でも一体をやっと仕留められるかって言うあのグリフォンを?! D、Dランクの盗賊が倒すだぁーーー?! ぎゃーっはっはっは!」
「ふふふふふふ! レイルさん、嘘をつくにしてももう少しまともな嘘をですね、クフフフフ! ぐ、グリフォンを、レイルさんが?! フフフフフ!」

「キャハハハハハハ! お腹痛ーい! も、もしかしてジョーク? 新しいジョークってやつぅ? キャーッハッハッハ!」

 そして、冒険者たちも巻き込んで大笑い。

「「「ギャハハハハ! 『疫病神』がグリフォン退治とは景気がいいぜ、ギャハハハハ!」」」

 ギルド中が笑いに包まれたころ、レイルは頭をポリポリと掻く。
 いくら笑われても、こればかりはレイルには1ミリも堪えない。

「あーそ、へーへー」

 鼻くそでもほじって、フー……と飛ばしたい気分だ。

 だが、レイルの余裕に気付かないロードたち。
 ご機嫌そうに、ロードとボフォートが肩を組みつつレイルに近寄り、

「笑わせてもらったよレイル。ほら、小遣いやるから、よぉ、今日はもう帰れや──それともほかに何か言いたいことでもあるか」

 もちろんレイルは、
「あぁ、あるぜ」

「いいですよ、いいですよー! なぁんでも聞いてあげましょう。言ってごらんなさいな。本当にグリフォン仕留めてたら、ジャンプしてヘッドスライング土下座してあげようじゃないですか、プークスクスクス」

 ニヤニヤと笑うロードとボフォート。

 ──ほう?
「……じゃあ、早速やってもらおうかな────」
「は、君は何を言って──……」

 訝し気に眉を顰めるボフォート。

 ハッッッ──決まってるだろ。

「ジャンプして、ヘッドスライング土下座ってやつをよぉ!!」
「は! それをするのはお前だろうが!! そんなにやってほしけりゃ、チンケな討伐証明じゃなく、グリフォンの首でも持ってこい(・・・・・・・・)っつの!!」
 ロードはどこまでも強気だ。

 だけど、
「…………言ったな?」
「は?」

 じゃ────とっくとご覧あれッッ!

「ほらよ」
 バサァ……!

 お前ら御望みの────……。

 レイルはギルドに入った時からずっと後ろに控えていた包みを剥ぎ取る。

 それはそれは、
 でっかくて、
 滅茶苦茶に目立っていたけど、ほとんど誰も注意を払っておらず──……。


 って、これは────!!!


「ふん! 何を見せてもレイルを信用する奴なんていませんよ。グリフォンを貴方ごときが二、匹……も──」

 って、これぇ?!

「嘘。ぐ……? グリ──」

 ──グリフォンの首ぃ?!



 バーン!! と包みの下から出てきたのは……。



「………………え。これグリフォン、です、か?」


 ツルンと、ボフォートのメガネがずり落ちて、口がパッカー……とあく。

 そして、一瞬だけシーンと静まり返ったギルドだったが、次の瞬間。
 全員が1メートルほど飛び上がって驚く。

 ま、間違いない。

「「「「「ぐ、グリフォンの首ぃぃぃいいい?!」」」」」

第23話「しんじてくださーーーーーーーい!」

「「「「「ぐ、グリフォンの首ぃぃぃいいい?!」」」」」 


 おーおー。ビビってるビビってる。
 メリッサも驚いて腰を抜かしているし、冒険者連中なんて失禁してるやつもいる始末。

 しかも、

「「「「「ふ、二つもあるやんけーーーーー!!」」」」」

 なんたって、グリフォン。
 どう見ても、グリフォン。
 そいつが、二匹分もドデーン……! と包みの上に鎮座しているのだ。

 正真正銘のグリフォンの生首が二つ。
 多少素材は剥ぎ取られているが、間違いなくグリフォンだ。

 恨めし気に白目をむいており、舌がデロ~ン……。
 腐敗もなければ、偽物でもない……。

「これが証拠だけど、不満か?」



 しーーーーーーーーーーーーん……。



 ふふん、と腕を組んでズン! と一歩踏み出すレイル。

「どーなんだよ、あ゛?」

 そして、さらに一歩二歩。

 ズン、ズン……。
 その勢いとショックにロード達が全員後ずさり、そのまま腰を抜かす。

「ひ、ひぃ!」
「う、ううう、うそだろ……」
「ぐ、グリフォンです、ね……。いえ、まさか、いえ、やっぱりグリフォン……」
「じょ、ジョーク……じゃないわよね?」
「レイル……凄い」

 これ以上ない証拠。
 レイルがグリフォンを討伐したという噂を裏付ける証拠……。

 そして、

「「おいおい……! 本物だぞ、あれ!」」
「「ま、マジか?! じゃ、じゃあレイルの言ってたことはもしかして……」」
「「と、とすると……ロード達の悪事って──」」


 ドキリッ。


 さざ波のようにギルド中に広がる小声にロード達が顔を引きつらせる。
 そして、チクチクと刺さる視線。

 噂だけならまだしも──……レイルは言ったのだ。
 ロード達は、殺人未遂、暴行罪、無銭飲食────連続殺人鬼と……。

「(お、おい、ロード。こりゃ、マズいんじゃねぇか?)」
 ヒソヒソと耳を寄せるラ・タンク。
「(そ、そうだな……ここは旗色が悪い。……くそ、まさか本当にグリフォンを? まさか、そんな)」

 恨めしそうにグリフォンの生首を見るロード。
 一体は、少し焦げている(・・・・・・・)ところを見るに、あの時のグリフォンなのは間違いない。

 ならばもう一体は?

「(一体どうやって倒したというのでしょう……。いえ、今は原因よりもここを退散しましょう、どうも空気がよくない)」
 ボフォートも空気を察して、撤退を進言。
 全員一致で頷く。
「「「(うんうん。そうしよう、そうしましょう!)」」」

 ジト~……。

 ギルド中の冷たい視線が降り注ぐ中、そそくさと荷物をまとめ始めたロードたち。
 起き上がって土埃をパンパンと払うと、

 んっ。ゴホン──。
「さすが、レイル。よくやったね! 『放浪者』のメンバーとしてこれほど誇らしいことはない、じゃあ後で報酬を分配しようか、宿はここにいるから、あとで──」

「ちょ、ちょっとお待ちください! ロードさん、まだお話は終わっていませんよ? これは詳しくお話を聞かないと──」

 食い下がるメリッサであったが、
 ロード達は何事もなかったかのように、ニコリとほほ笑むと気安くレイルの腕をポンポンと叩き親しみを込めて言うとロードは立ち去ろうとする。

 だが、それをレイルが見逃すと?

「おい……」

 ガシリ。

「な?!」

 そそくさと立ち去るロード達。
 しかし、「ちょっと待てや」と言わんばかりにレイルが近くにいたボフォートの腕を掴む。

「な、なんですか? は、離しなさい──私たちは忙しいのです、痛ッ! は、離せッ!」

 言い訳もそこそこに逃げ出そうとするボフォートの腕をつかんで離さないレイル。
 ボフォートは焦り、それを強引に引き抜いて逃げようとするのだが……あれ? 抜けない──…………。

「な、なんで?!」

 なんでレイルの拘束ごときが抜けない?
 Sランクのボフォートの力がDランクのカスに負けるなど──…………あッ!!





「言ったよな、ジャンプして、フライング土下座するって──」

第24話「ジャンピング土下座」

 おうおうおうおう……!
 忘れてんじゃねーぞぉぉぉお……。

「……言ったよな、ジャンプして、フライング土下座するって──」
「ちょ! な、なにを?!」

 Sランクのボフォートは賢者王という魔法準拠の冒険者であるが、ランクからしてDランクに力で負けるはずがない。
 ましてや、痛みを感じるほど、筋力も耐久力も負けるはずがないのに──……なんでぇ?!

「──報酬がどうのとか、宿がどうのとか、以前によぉぉぉぉおおおおおお!!」

 ギリギリギリ……!!

「ちょっと、イタイイタイ! 離せッッ、離せ……って、なんでテーブルに私を引っ張り上げるんです? ちょっとぉぉお」

 呆気にとられるロード達の目の前で、ボフォートを引きずり回すと、テーブルに上にドカッと飛び上がるレイル!
 その腕にはボフォートが吊り下げられており、先日のレベルアップの結果をいかんとも発揮!!

 なんでテーブルの上に引っ張り上げるのかって?
 そんなもんなぁぁぁぁ……。

「決まってるだろうがぁぁぁああああ!!」
 ぐわし────!
「あべべッ! 痛い痛い! か、かかか、顔を掴まないでくださいッ」

 抗議を完全に無視して、顔面をグワシをひっつかむとテーブルの上から華麗にジャンプ!!

 すぅぅぅ……!
「テメェらはよぉぉぉおおお! つべこべ言ってないで、まずは謝罪をしろや、このくそボケどもがぁっぁあああああああ!!」

 あ、そーーーーれ、ハイジャンプ!! かーーらーーーのぉぉぉおおお!!

「ちょぉぉおおおおおおお! 何でジャンプしてるんですかーーーーー!」

 あ?
 お前が言ったんだろ??

「フライング土下座で謝るって言ったのは、テメェえええええだろうがぁぁあああああ!!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!」

 Sランク。
 極大魔法を使いこなす賢者王の絶叫!!

 そいつを聞き流しながら、テーブルの上から華麗なジャンプを決めつつ、レイルは叫ぶッッ!!

「────フライング土下座ってのはよぉぉぉぉおおおおおおお!!」
「ちょぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお???!!!」

 フワリと浮遊感を覚えたボフォートの困惑の声などどこ吹く風。

「こーーーーーーーーーーーーやるんだぁぁぁああああああああ!!」

 や、
「やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 クルン、と空中で反転し、レイルとボフォースの上下が変わる。
 その向かう先はと言えば……。

「ひぃ! ボフォートぉ!?」
「や、やべぇ、顔面からいくぞ、あれは──」
「み、見てないで助けなさいよ!!」

 ごもっとも……。
 だけど────。

「あーこれは、無理。因果応報…………」

 げんなりした顔のフラウ。
 そして、Sランクパーティの目の前、ギルド中が見守る中で、

「顔面を床こすり付けりて謝罪しろボケぇっぇええええええええええええええ!!」
「やめぇぇぇえあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、べしぃぃい!!」


 ブッふぅぅうううううう! と、呼気の抜ける音。


 そして、ドッカーーーーーーン!! とギルドの床が抜けて、ボフォートのそこそこ高い耐久力が床板を貫く。
 メリメリと念入りに顔面を埋没させつつ、後頭部を掴んでグリグリと床下に押し付ける。

「おらぁ」

 ──パラパラ……。

 木くず舞う中、ボフォートの顔面がレイルによって引き出される。

「ひぃひぃ……あぶぶぶぶぶぶ……」
 血の泡を吹くボフォート。

 だが、これで終わりではない。
 終わりなものかよ──……。

 さらに、

「次は、ジャンプして、ヘッドスライングで土下座つったよな!!」

 だったら、ヘッドスライディングじゃぁぁああ!

「盛大に滑ってみせろやぁぁぁああ!!!」
「ちょぉぉおおおお!! あべべべべべべべべべべべべべ!!」

 ──ガリガリガリガリ!!!

 まずは、ヘッド!!!

「うらぁっぁあ!!」
 がっつん!!

 両足を掴んで箒で地面を吐くようにボフォートを押し付ける。
「うべらぁッ?!」
 その後で、鉛筆で削るかのように、顔面を床にぶち当てながらボフォートを鼻血の池におぼれさせつつ、

「ひででででででででででででででででででででででで! し、し、しむぅ……」

 これくらいで死ぬかボケ!!

 ジャンプおーけー
 土下座おーけー
 ヘッドおーけー
 
「じゃあ、あとはぁぁぁああああ!」

 残るはヘッドでスライング!!

 だから、トドメに勢いをてけてのぉぉぉおお……!
「あだだだだだ! やめろぉぉぉおおおおお!!」

 やるっつったのはテメェらだろうが!
 あ、そーーーーれぇぇええええ!

「────スライディングで、フィニィィィイイイシュ!!」

 おらぁぁぁああ!

「ひぎゃあああああ!────あべらばればぁぁぁああああ!!」

 大根おろしでもするかのように、ゴリゴリゴリ!! と地面に鼻血の後を残して壁際までぶっ飛ばされるボフォート。
 何度も何度もバウンドしながら、物凄い悲鳴を上げる!

「ぎゃあああああああああああああ!! 禿げる禿げる禿げるぅぅうううううううう!!!」

 はっはっは!
 地面と熱いワルツでも踊れ、賢者ボフォーーーーーーーート!!

 そのまま、ボール玉のように転がり、

 ──バッコォッォォォオオオオオン!!
「あべしッッッッ」

 グワンゴワン……!
 ギルド中が小揺るぎするかのような勢いで壁と床にめり込んだボフォート。

 パンパンと手を払いつつ、
「ほぉら、これでジャンピング土下座完成だ。残りは誰がやる?」

 ギロリと、ロード達を睨むレイル。
 その足元ではボフォートが完全に目を回している。

 鼻血まみれで、若干頭皮(・・)が剥げているが、まぁ……命に別状はないはず。 

「て、てめぇ……」
 しかし、さすがにこれには気色ばむロード。

 ただでさえギルド中の視線に耐え切れず逃げ去ろうとしたところに、これだ。

 Dランクのレイルに、Sランクがいいようにやられたのでは沽券にかかわること──。
 そうでなくとも、レイルのおかげで犯罪者の汚名を着せられそうになっている。

「おい、ロード。俺ぁ、キレそうだぜぇ」
「おう、ラ・タンク奇遇だな──俺も同感だ」

 『放浪者』の前衛二人がユラリと態勢を変える。
 雰囲気も余所(よそ)行きのそれではなく、戦闘時の野蛮な雰囲気。

 急激にレベルが上がったとはいえ、所詮Dランクに過ぎないレイルにこの二人の相手は分が悪いだろう。
 レイルには何か考えがあるというのか──……。

「ふん。いいぜ掛かって来いよ。策は一昨日(・・・)考えてくるさ」
「はぁ? 何を言ってんだこの野郎」
「構うな、殺さなければ何とでも言い訳が付く──行くぞ!」

 サッと抜刀の構えを見せる二人に、レイルも腰を落として身構える。
 だが、舐めるなよ──……。何の策もなくノコノコ顔を出したと思っているのか?

 レイルには特殊なスキルがあり、
 それを使えば────……。


「……スキル『一昨──」




「おい! 何の騒ぎだこれは────!!」




 バァン!! と、ギルドの正面扉を大きく開けて闖入者がこの場に割り込んだ──……。

第25話「邪魔者」

「おい! 何事だ?! 一体どうなってる?」

 正面を勢いよく割って入ってきたのは、筋骨隆々の偉丈夫。

「ま、マスター?! お、おかえりなさい」
「おかえりなさいじゃない! メリッサ、何事だ? 一体どうして『放浪者』が伸されている?!」

 ズカズカとギルドに踏み入ってきた偉丈夫は、肩で冒険者の壁を割ると、レイルとロード達の間に立ち塞がった。

「え、えっとぉ……そのぉ」

 胸倉をつかまれんばかりの勢いで詰め寄られたメリッサはしどろもどろになり、チラチラとレイルとロードに視線を送る。

「お、いいところに来たな、マスター」
 マスター?

「「「おせぇぞ! ギルドマスターよぉ!!」」」
「「「何やってなんだよ、ゴリラ!」」」
「「「ギルドが無茶苦茶じゃねーか、ハーーゲ!!」」」


 バァン!!


「誰がハゲじゃぁぁああ! 今言うた奴ツラ貸せやぁ!」

 しーん。

(いや、キレるとこそこかよ!!)

 物凄い剣幕で冒険者ども一睨みし、威圧する偉丈夫。
 ……そう、このハゲ──もとい、偉丈夫こそこのギルドの責任者、ギルドマスターであった。
 元Aランク冒険者で名をカロンという。

「は、ハゲ……──。じゃない、マスター! これには深い事情が……!」
「いま、ハゲっつったろ」

 ギロリとメリッサを睨むギルドマスター。

「い、いえ! 言ってません!! そ、それよりもいくつかお耳に入れたい事態がございまして──」
「何だ。言ってみろ────もしかすると、そこで伸びてるボフォートや、このグリフォンの首に関係があるのか?」

 さすがギルドマスター。
 目ざとく床に鎮座しているグリフォンの首に目を付けたらしい。

「は、ハゲ! その通りな──……。こほん、はい! その通りなんです!」
「──ハゲっつーなつってんだろ!!」

 ダァン!! テーブルをぶったたいて、物凄い剣幕。
 これ、パワハラじゃね? っていうか、メリッサさん。「はい」と「ハゲ」を間違うって、相当だぞ?

 普段、絶対に陰でハゲハゲって皆で言ってるよね? これ。

「す、すすすみません! い、今から説明しますから!」
「てめぇええ!」

 激怒するギルドマスターを宥めつつ、なんとか全員を再びギルドの応接セットに誘うと、遠目に冒険者が見ているのを尻目に説明し始めた。


 メリッサが聞き取った内容と──そして、本日の出来事などを、できるだけ私心を交えず事実のみを淡々と────。

 時々、ロード達がギャイギャイとイチャモンをつけていたが、ギルドマスターはムッツリと押し黙って聞いていた。


「────そして、グリフォンの生首を見たことで、場の雰囲気が一変しまして……。レイルさんとボフォートさんが、その謝罪をもとめて……ゴニョゴニョ。い、以上です」

 メリッサの見たまま聞いたままの報告が終わり、彼女もドっと汗をかいていた。
 胸元を少し開けてパタパタと手で仰いでいる。

 まだまだ下っ端の彼女にはギルドマスターに報告するのも、いっぱいいっぱいなのだろう。

 そして、ロード達とレイル。
 広めのソファーに身を預けつつ、キツイ目線でレイルを睨むロード達。ボフォートは完全に伸びてしまい、セリアム・レリアムの魔法で最低限の治療を保護越された後転がされたままだ。
 
「ふ~……む」

 腕を組んだマスターが深く頷くと、
「おい、メリッサ。今のは客観的な観点からの報告なんだな? 意図的に隠している情報なんかはないだろうな?」
「は、はい!! い、いえ、ハゲ!! あ、じゃない! はい!! ありません」

 いや、ハイって言ってからハゲって言いなおすとか、相当テンパってますね、メリッサさん────。

「ハゲじゃねぇっつってんだろ!!! スキンヘッドといえ、スキンヘッドとぉぉおお!!」
「「「「いや、ハゲじゃん」」」」

「ハゲじゃねーーーーー!!!」

 はぁ、はぁ、はぁ。

「テメェら、覚えてろよ。……で、それはそれとして、────今回の件」

 腕を組んだまま、ギルドマスターはぐるりと首を回すとゴキゴキと音を鳴らす。
 そして、パチリと片目だけを開けるとレイルを見る。

「…………レイル。お前マズいことになったぞ」
「……………………あ゛?」

 据わった声を出すレイルに少しも怯まないギルドマスターは淡々という。

「やっちまったと言ったんだ。わかってるのか? お前が誰を相手に喧嘩を吹っかけてるのか」

 チラリとギルドマスターが視線をよこす先をみれば、ロード達の胸にキランと輝くSランクの冒険者認識票。

「──知るかッ」

「知るかで済むか! だいたいなー、おまえ自身の評判は、ギルドどころか、町中でも最低なんだぞ?」
「ッッ! それに何の関係がある!!」

 そうだ……ッ。
 評判と俺の受けた仕打ちに何の関係がある!!

 ──評判と事実は今この場で関係ないだろうが!!

 いっそギルドマスターの胸倉をつかんで追求したくなるも、それをグッと堪えたレイル。
 今は、正規の方法でロード達を糾弾しなければならない。……だから堪えどころなのだ。

「…………つまり、何が言いたいんだ?」
 反射的に握りこむ拳をさりげなく隠しつつ、レイルはゆっくりと怒気を吐きながら問いかける。

「そんなこともわからんのか?……お前がやったのは、ギルド内での暴行。そして、有名パーティに対する誹謗中傷。さらには────」

 あ゛? 暴行だぁ?
 …………あんなくらいで足りるかよ。
 っていうか、誹謗中傷も何も、ただの事実だろうが!!

 思わず、言い返そうとするレイルに言葉を被せるギルドマスター。



「──────仲間の報酬の横取りだ」



 …………。

 ……。



「はぁぁああ???」


第26話「クソのような提案」

「はぃぃ??」

 いま、このクソハゲギルドマスターの奴なんて言いやがりました?

「あ~っと……。今なんて言いました? パードゥン(もっかい言って)??」
 あまりにも衝撃的な言葉に、耳をかっぽじるレイル。
「何度でも言ってやる。お前のやったのは報酬の横領だ。レイル、貴様……そのグリフォンを倒したとか、いっているそうだが──」

 言っているのも何も事実だ。

「──そもそもグリフォン退治は『放浪者』のクエストだったはずだぞ?」
「それがどうした?」

 レイルのまっすぐな視線を、ギルドマスターもまっすぐに見返す。

「それがどうしただと?…………本気で言っているのか?」
「冗談に見えるのか? 冗談は頭頂部だけにしろ、ハゲ」

 ビキス!!

「ハ────……ぐむむ。い、今はお前の態度は置いておこう。それよりもだ」
 ギルドマスターは怒気で真っ赤になった顔を何とか平静に保つと、レイルに向かってズイっと一枚の紙を指し示す。
「…………クエストの受注控えだな。これが?」
「そうだ。受注の控えだ────『放浪者(シュトライフェン)』の、な」

「…………? 何が言いたいんだ」

 レイルがそこまで言ったとき、

「は!! 何が言いたいだって? おめでたい奴だな、この疫病神は」
「本当だぜ。所詮はDランクってか?」
「きゃはははははは。これだから使えないやつって嫌いなのよねー」

 ゲラゲラと笑うロード達。
 レイルは眉をひそめているが、ギルドマスターは手を上げてロード達を制止する。

「つまり、だ。グリフォンを倒したのは────ロードたち『放浪者』の手柄だと言っているんだ」
「はぁ?!」

 コイツは何を言っているんだ?

「なんだ? まだわからんのか? お前は、Dランクとはいえ、一応『放浪者』のメンバーだろうが? 新人だろうと、Dランクだろうと関係ない。ギルドに登録されたパーティメンバーの一員なのは事実だろうが」

「なん、だと……」

 ビキス! とレイルの額に青筋が経つ。

 ……俺が『放浪者』の一員だと?
 ただ、囮のためだけに勧誘したくせに、…………仲間だと?

 一体、どの面下げて言いやがる!!

「そのパーティから、手柄だけを持っていこうとしているんだ。それを横領と言わずになんという?」
「ふっざけるなよ……」

 レイルは俯き、体をブルブルと震わせる。
 恐怖でも、喜びでもなく、もちろん純粋な怒りで、だ。

 パーティだの、仲間だのと言われるたびに、囮にされ──疫病神と呼ばれた瞬間が脳裏に蘇り、怒りで心が塗りつぶされそうになる。

「グリフォンを倒したのは俺だ! 俺が一人で倒した!」

 そう。このスキル『一昨日に行く』の力で!!

「ざっけんな!! 疫病神! 俺たちが手負いにしたグリフォンを横からかっさらっただけだろうが!」
「そうだそうだ! Dランクにグリフォンが倒せるかっつーーーの!」
「そうよ。下手(したて)に出てればいい気になっちゃって──こっちが領主府に訴えてもいいくらいよ!」

 ピーピーとロード達が騒ぎ出す。
 しかし、さすがに騒ぎが大きくなり過ぎたと思ったのか、ギルドマスターがロード達を制して(いさ)める。

「まぁ、皆落ち着け。報酬についてのトラブルは昔からよくある話だ。それに、」

 それに?

「──ギルド内でのもめ事の大半はギルド内で納めるのが暗黙の了解だ。ロード、お前も知ってるだろう?」
「あ、あぁ……」

 即座に頷くロード。
 売り言葉に買い言葉で裁判沙汰を取りざたしたものの、分が悪いのはロード達だ。それを素早く計算したのか、ギルドマスターに素直に従う。

「それにレイルの言い分も聞かにゃならん。しかも、パーティに入ったばかりのDランクの冒険者だ。色々流儀について齟齬があったのかもしれん」

 そうだな? と、目力でロード達に問うギルドマスター。

「お、おう。そ、そうだ。裁判の前にまずはギルドの裁定を受けるべきだ。……どうだい、レイル?」

 そういって、隠しきれていない黒い笑顔を見せるロード。
 もちろん、レイルはギルドとロード達の癒着を疑っているので素直に頷けるはずもない──。

 ないのだが……。

「ロード達は正当な報酬の分け前を要求している。それに対して、レイルは倒したのは俺だから全部いただくと言っている──これでは話がつかないな」

 勝手にもめ事の上澄みだけ掬いあげるギルドマスターの言に、レイルは顔をしかめた。
 まるで、レイルの我儘のような話にロード達が辟易している図になっている。

 その前提がずっぱしと切り取られているのだ。

「おい! なんだその悪意のある言い方は! アンタだって薄々わかってるんだろう! こいつ等の所業をよぉぉ!!」

 いや、むしろ、積極的に支援した可能性すらあるのだ。

「れ、レイルさん落ち着いてください」
 メリッサはオロオロとしながら激昂するレイルを宥める。

 ……これが落ち着いていられるか!

「お前が何を言っているが知らん。興味もない────だが、報酬で揉めているというなら、冒険者らしく決着をつけろ」
「な、なにぃ?!」

 レイルが苦々しい顔をしているというのに、

「ほう。そう来たか────俺は構いませんよ、マスター」

 ロードはニヤリとほくそ笑む。

「ど、どういう意味ですか? 冒険者らしくって…………」

 要領を得ていないのはメリッサのみ。ただなんとなく、嫌な予感がするのか身を震わせていた。

「──決まっているだろう。冒険者のもめ事は…………」


 腕を組んでロード達とレイルの間に立ったギルドマスターがひと際大声で叫ぶ。




「────模擬戦(ガチンコ)で白黒を決める!!」

第27話「模擬戦予告」

「も、模擬戦?……ですか?」

 目をパチクリしたメリッサ。
 イマイチ事情が呑み込めないようだ。

「そうだ。模擬戦だ。いたってシンプルだろう? 言っても話しても通じないなら────拳で殴りあう。魔法オーケー、スキルオーケー。殺さなければ何でもありのバトルロイヤルだ。冒険者らしいだろ? メリッサ、お前もギルド職員ならその流儀に慣れるんだな」

「な、慣れるんだなって……そんな無茶苦茶な」

 顔をひきつらせたメリッサと、ギルドマスターのどや顔が随分と対照的で、レイルも苦笑いをしるしかない。
 それにしても、ロードの模擬戦だと?

「くくく……そりゃあ、いい────この生意気なDランクに思い知らせてやろうじゃないか」
「ふん……こっちのセリフだ」

 早くもバチバチと火花を飛ばし始めたロードとレイルの視線の応酬。

 しかし、ここでさらなる追撃が。

「──あぁ、もちろん、パーティ戦だぞ」
「な!!??」

 何気ないギルドマスターの一言にレイルが硬直する。

「ぱ、パーティ戦……だと?」
「当たり前だ。お前が報酬をすべてよこせというのに、他のパーティメンバーは公平な分配を求めているだけだ。我を通すなら義理も通すんだな──当然の話だろ?」

 な……。
(何が当然の話だ!!)

 ギリリと歯ぎしりするレイル。
 一対一なら、スキルを駆使すればやりようはあるかもしれないが……。

「えっと、つまり────レイルさん一人と、ロードさんたち残りのメンバーでの対決って、ことですか?」
「そうだ」

 メリッサの疑問にこともなげに頷くギルドマスター。

「む、無茶です! そんなの模擬戦じゃありませんよ!」
「だが、それがパーティの総意だ。レイルはレイルの言い分があり、ロード達にはロード達の言い分がある──」

 ギルドマスターの一見して公平ともいえる物言いに、レイルの頭に血が上りかける。
 このハゲ頭をカチ割ってやりたいと──。

(いや。落ち着け……。数が多くても、やることは変わらない)
 そうさ……。
(……俺のスキルならできるはずだ)

「ですが! そんな勝負──レイルさんの何の得にもならないじゃないですか!?」

 そう。メリッサの言う通り、レイルには何の得もない。
 レイルが勝てば、レイルが狩ったグリフォンの報酬を貰える。…………それだけだ。
 一方で負ければ?

 ……レイルの報酬は均等に分けられてしまい、喧嘩両成敗のお裁きを受ける。
 それどころか、模擬戦とはいえ打ちどころが悪ければ死ぬことだってある。むしろ、ロード達なら事故を装って積極的にレイルの命を狙おうとするだろう。ロード達に問って、生き残ったレイルはのどに刺さった小骨と同じなのだから。

 それでも──。

「いいよ、メリッサさん。それで構いません────やろうぜ、ロード」
「へっ! 生意気な野郎だ! いいだろう、そんなに俺たちの力が見たいならタップリ見せてやる──テメェの身体にな!! そのうえで俺たちが負けたら、土下座して、前転して、もう一回土下座してやらぁ!」

 土下座の好きな野郎だ……。

「む、無茶です!! そんな、……だって、ロードさんはDランクなんですよ?! お一人でも厳しいのに!!」

(メリッサさん、庇ってくれてるのはわかるけど、その言葉は俺にも刺さります……)

 少し、ズーンと気分の落ち込んだレイルだが、それをおくびにも出さないようにする。

「無茶かどうかはレイルが判断するさ。そうだろ?」

 それは暗に、嫌なら降参しろと言っているのだ。
 だが、それに素直に頷けるレイルではない。

「──……一応聞くけど、断ったらどうなる?」
「公平に報酬を分けることになるだろうな? それすらも嫌だというなら、ギルド規約に違反したとして、冒険者の資格をはく奪し、領主府の裁判にかけることになるだろうな──資格を失えばお前は冒険者ではない。ただの領民だからな」

 ち…………!

「そ、そんなの無茶苦茶です! れ、レイルさん。話し合いましょう! ほ、報酬だってみんなと均等に──」
「それはできない!」

 頑としてメリッサの妥協案を蹴るレイル。
 それは意地であり、孤独に殺された56人の冒険者たちの仇のためでもある。

 なにより、レイルには──────。

「いいだろう。ならば模擬戦だ!!」

 そして、死ね! と言わんばかりに憤怒の表情でギルドマスターが言い放つ。
 そこまでレイルが意地を張ると思っていなかったのだろう。

「ハッ! 望むところだ!」
「レイル……。てめぇ、ギッタギタにしてやるから覚えてろよ!」

 ロードとラ・タンクが闘士をむき出しにし、控えていたセリアム・レリアムも薄目でレイルを睨む。
 反応が薄いのは一貫して不干渉を貫きたいらしいフラウと、伸びているボフォートだけだった。


「ふん……まとめてかかってこい!」


 そう。
 なによりレイルには勝算があった。


第28話「奴らの所業」

「レイルさん! 無茶ですよ!」

 直ちに行われると思った模擬戦は、結局後日になった。
 ギルドの闘技場は、なんやかんやで使用頻度が高く、急に言って急に使えるものではない。
 しかも、模擬戦の特性上、闘技場の一角でちょっと──というわけにはいかないのだ。

 結局、スケジュールが開いている場所を探すことになったのだが、あいにくとそんな都合の良い日はなく。
 予約待ちのパーティなどに事情を話して日程をズラしたりの調整ののち、5日後と決まった。

 その場のノリに沸いていた冒険者たちの熱も冷め、今はいつも通りのギルドと言った様子だ。

 そして、今この瞬間。
 ギルドに併設されている酒場でレイルがゆっくりと食事をとっているところにメリッサが来襲してきたというわけだ。

 ちなみに、ロード達はボフォートを回収して宿に引き上げていった。
 そのさい散々レイルに睨みを利かせていたが、レイルはどこ吹く風。むしろ、もう一回ぶん殴ってやるとばかりに軽く睨み返すほどだった。

「無茶って、なにが?」

 塩加減のいい加減な鶏肉の香草焼きを頬張りながらメリッサに問い返す。

「む……無茶は無茶です!────だって、」
 大声を出しておきながら、周囲に目を気にして声を落としたメリッサは言う。

「──ろ、ロードさん達5人を相手にするなんて! Sランクの冒険者パーティなんですよ?!」

「だから?」

「だ、だからって────れ、レイルさん?」

 信じられないといった顔でメリッサが額を抑える。

「勝てっこないですよ! なんでそんなに意固地になるんです? じ、事情は聴きましたけど、その……」

 メリッサはレイルが嘘をついているとは微塵も思っていないらしい。
 つまり、ロード達がレイルを囮にするために連れ出したことは事実だと認識しているのだ。
 それでも、レイルに妥協しろというのは、圧倒的にレイルが不利だからに事ならない。

 ギルドマスターは中立に見えて、明らかにロード達の肩を持っているし、
 そして、ロード達のSランクパーティという肩書は伊達ではない。多少の無理を推しとおせる武力と発言力。なにより、名声が段違いだ。
 それだけに、今までだってこうしたピンチはいくらでもあっただろうがそれを潜り抜けてきた圧倒的なまでの地力がある。

 メリッサの目からはレイルなど塵芥にも等しいのだろう。だから、やめてくれと懇願するのだ。──……心からの心配しての言葉。
 それが分かるだけにレイルも無下にはしない。

「──メリッサさんの心配はわかりますよ。俺だって、端からみれば無謀に見えます。だけど──」

 そう。
 だけど、引き下がれない。

 引き下がるわけにはいかない……。

 このまま放置して、ロード達に従い、報酬を分けた後パーティを抜けたとして、……ロード達はレイルを見逃しはしないだろう。
 きっとどんな手を使ってでも、レイルを排除するはずだ。

 そしてまたどこかの町のどこかのギルドで、名も知らぬ孤独な冒険者を食い物にするのだ。

「それだけは許せないんです……」
「レイルさん……」

 荷物の中の56人分の冒険者認識票。
 彼らはレイルと同じだ────。何かが違っていればレイルもあの中にいたのだ。

「わかりました……。レイルさんの勝算を信じます。……ですが、」
「えぇ。たとえ勝っても──」

 コクリとメリッサは頷いた。

 そう。問題はここだ。
 例え模擬戦に勝ったとしても、レイルには何の得にもならない。

 レイルの証言が認められるわけでもないし、ロード達が罪を告白するわけでもない。
 ただの維持と意地のぶつかり合いでしかない。

 だから──。

「メリッサさんにお願いがあります」
「お、お願いですか?」

 レイルからの頼みに、パァと顔を輝かせるメリッサ。
 新人のことから親しいレイルにメリッサなりのシンパシーを感じているのかもしれない。

 ともかく、メリッサ以外に頼るすべのないレイルは彼女にすべての事情を話した。
 事情聴取でも話しきれなかったすべてのことを。

「そ、そんなことが……」

 わなわなと震えるメリッサ。
 ロード達にやり方があまりにも非道だと知ったのだから当然だ。

「だから、俺は絶対に負けられないんです」
「当然ですね!………………ですが、勝算はあるんですか?」

 シュンと眉尻を下げたメリッサに、
「今は話せません。ですが、その時にはわかるはずです」
「わかりました。………………レイルさんを信じます」

 今度は深く頷いてくれるメリッサ。
 ……このギルドでも疫病神として忌み嫌われているレイルだが、メリッサのような理解者がいてくれるのはありがたいことだ。

「ありがとうございます。それと、メリッサさんに頼みたいことは別にあるんです」
「へ? べ、別の頼み事ですか?」

 どこまでメリッサを信頼してもいいかはわからないが、他に頼るべき人のいないレイルには彼女以外に手段がなかった。
 だから、メリッサが信じてくれたように、レイルも彼女を信じることにした。

「……ロード達のやったことは明らかに許されることではないと思います」
「そうですね……。本来なら、ギルド側で対処しなければならないことです。場合によっては司法機関の手を借りることもあるでしょう」

「はい。ですが、ギルドとロード達は癒着している可能性があります」
「………………えぇ、おそらくは──」

 少しの沈黙の後、メリッサは頷いた。
 彼女もギルドマスターの態度に思うところがあったのだろう。

 そして、レイルをロードに紹介させたのもギルドマスターの指示であったことをメリッサは知っていた。
 だから、彼女にはレイルの言うことは全て腑に落ちることだったのだ。

「しかし、ギルド全体がロード達を支持しているとも思えないんです。もし全面的にギルドがロードの味方ならもっと違うやり方での支援があるはずです。しかし、現状は現地の有力者が口利きをする程度──つまり、」

「…………ほんの一部勢力が『放浪者(シュトライフェン)』のパトロンになっていると?」

 黙って頷くレイル。

「なるほど────あり得る話です」
 メリッサは少し考え込むように視線を落とした。

 そして、ふと視線を上げるとまっすぐにレイルを見て、
「たしかにギルドの上層部は一枚岩ではないですし、各地で派閥もあります。私も、研修時代には王都のギルドで学んでいましたが、あそこは凄く人間関係がどろどろしていましたね。ギルドは様々な利権が絡みますから」

 うんざりした表情で息をつくメリッサ。
 彼女なりにギルドには思うところがあるのだろう。

「わかりました。私のほうで、相談できる人に当たってみます」
 力強く頷くメリッサ。
 果たして彼女は信頼に能うのだろうか?

「────ですが、ロードさん達の一件を証明するのは非常に困難な事だと思います。何か、こう……」

 う~んと、唸りつつ、メリッサは言う。

「何か物証があればいいのですが……? 亡くなった方の遺品だとか、目撃者とか──……」

 ジャリン……。

「これを──」
「え? これって……………………………──ッ!」

 メリッサの目の前に広げた袋の中身。
 様々な色の、くすんだ金属片──……。

 そう。
 これは………………。




「ぼ、冒険者認識票────それもこんなに!」




 テーブルの上で小山を作る冒険者認識票(ドッグタグ)の束に絶句するメリッサであった。

第29話「仕込みその1」

「…………さて、行くか──」
 レイルは、青い顔で去っていくメリッサを見送ると、食事を終え席を立った。

 いくつかの証言の補足と、冒険者認識票を預けた以上、あとはメリッサの仕事だ。
 ギルド内部の調査と弾劾は彼女に任せるしかない。

 さすがに下っ端でしかないメリッサがいくら上層部に訴えたところで効果などほとんどないだろうから、気休め程度ではあるけどね。

 それよりも、レイルには直近の問題があった。
 そう。

 5日後に控えている模擬戦だ。

「勝算はある────なんて言ったけど……」

 さすがに5人全員を相手にするのは分が悪すぎる。
 もっとも、ボフォートはそれまでに回復するかわからないし、フラウは積極的にかかわるような雰囲気ではなかった。

 しかし、それでも3対1だ。
 近接に優れるロードと、肉壁タンクのラ・タンク。そこに支援役のセリアム・レリアム。
 ぶっちゃけ、まともにやって勝てるとは思えない。

「……まぁ、まともにやるつもりなんかないけどな」
 そう独り言ちたレイルは、目的を果たすべくギルドの奥に向かう。

 そのギルド内は冒険者で溢れており皆が皆思い思いに過ごしていた。

 依頼板(クエストボード)を確認するもの。
 酒場の隅っこで飲んだくれるもの。
 新人冒険者に絡むもの。

 そして、修練施設で特訓に励むもの────。

「おい、レイル! どこに行こうってんだ?」

 特訓に向かう冒険者について修練施設へ行こうとしたレイルを不躾に呼び止める声。

「アンタに関係ないだろ?」

 ギルドマスターが腕を組みながらレイルを見下ろしていた。
 それを素っ気なくあしらおうとするレイル。

「たかだか、Dランクが偉そうな口を利くな! こんなことでもなければ、俺がお前みたいな下級者に声をかけることもないんだぞ」

(じゃー、声かけてくんなよ)

 鬱陶しそうにギルドマスターの言葉を聞き流し、半ば無視する形で修練施設に向かう。

「おい! 聞いてんのか!」
 ガシリと肩を掴まれるレイル。
 その力が思ったよりも強く、レベルが上がったとはいえ、まだまだ自分は弱いのだなと妙なところで納得してしまった。
「さっきからなんだ?! 模擬戦の場を下見するだけだ」
「けっ! お前みたいな卑怯な疫病神はな、なにか細工でもしようって魂胆を隠していることは見え見えなんだよ」

 そうは言いつつも、レイルの行動を完全に止める気はないようだ。
 一応は、冒険者なら誰でも使っていいことになっている修練施設をいくらギルドマスターとはいえ、無理やり禁止することはできない。

 だから代わりに、
「──まぁそうはさせんがな。ほら見ろ」

 懐からゴツイ鍵を取り出すギルドマスター。
 それはギルドに一つしかない修練施設の鍵だった。

「コイツが中れば中には入れん。昼間はともかく、夜は絶対に中には入れんぞ?」

 なぜなら、

「模擬戦までの間は俺が徹底的に管理する。朝の開錠から夜の施錠まで、な──」
「鍵ッ子か──っつの」

 レイルの軽口など負け惜しみ程度に考えているのだろう。

「くっくっく。何か良からぬことを考えていたんだろうが、そうはさせんということだ」

 さらに、クイっと顎でしゃくると、修練施設の中にいたギルド職員がレイルを胡乱な目つきでみている。

「わかったか? 昼間の出入りは自由だが、お前の動きは逐一監視されている。──妙なことは考えないことだな」
「そーかよ」

 チラリと鍵をみて、その鍵がかなり精巧なものであるとわかったレイル。
 ギルドマスターの言う通り、昼間はともかく、施錠されている間に中に入るのは難しいだろう。

 修練施設自体の鍵もかなり大型の錠前なので、華奢なキーピックでは歯が立ちそうにない。

「わかったら、とっととロードに頭を下げてくるんだな────口利きくらいは手伝ってやる」
「ほざいてろ」

 コイツは一度ロードにレイルを売っている。
 誰にも顧みられない孤独な冒険者──『疫病神』として、グリフォンの餌にすることを良しとしたのだ。

 少なくとも気安く口を利くような間柄では断じてない。

「──まぁいい。ついでだから案内してやろうじゃないか」
「余計なお世話だ」

 コイツ暇なのか?

 妙に厭味ったらしい動作でレイルの前に立つと勝手にズンズンと進んでいくギルドマスター。

 修練施設自体はレイルもほんの数回ほど利用したことがあるので、まったく見知らぬ場所ではないのだが、あまりなじみのない場所であるのも事実だった。

 使用しなかった理由は簡単。

 『疫病神』と忌み嫌われるレイルが修練施設を使っていると、周囲の冒険者がツキが落ちるとして、忌避してしまうのだ。
 以来、レイルのほうから気を使って修練施設を使用するのをやめてしまった。

 ゆえにもっぱらの特訓は空き地や森で個人修行だ。
 そりゃ、万年Dランクのままだわな。

 少し自嘲気味の笑みを浮かべているレイルの気などしることもなく、ギルドマスターは修練施設をグルリと回る。

「おら、コイツが当日使う武器だ。死にゃしねーから、安心いてロードに伸されろ」
「へーへー」

 模擬戦に使う武器──歯の潰した短剣や穂先を緩衝材でくるんだ槍、魔力を抑える杖や、支援職用の様々な小道具が並ぶ武具置き場を見たかと思えば、
 魔法使い用の負荷装置や、ダンジョン踏破訓練のための模擬トラップなんかも見物する。

「で、ここがお前が血祭りにあげられる場所だ」
 ギルドマスターの案内で、丸い石造りの闘技場(サークル)の上を見学する。
 碁盤目状のブロックを組み合わせて、端を丸く整形した巨大なサークルだ。

「これは?」
「あ゛? トラップシステムだよ──ブロックに不規則に仕掛けてある」

 闘技場の碁盤の目のブロックには、いくつかのトラップが仕掛けてあるらしい。
 どれも拮抗した戦いに変則的な流れを作るためらしい。

「へぇ……。色々考えてあるんだな」
「ふん、雑魚のくせにトラップなんざ気にしてんじゃねーぞ。お前なんかロードにかかったらワンパンだ」

 あーはいはい。

「で、場外は?」
「ねーよ。戦闘不能か、ギブアップするまでだ」

 じゃ、サークルの意味ね―じゃん。

 ハゲの説明を聞きつつ、施設の位置関係を頭に入れていく。
 一応使う武器も確認。

 で、最後に、
「──……で、ここが普段鍵をかけておく場所だ。模擬戦でもなければここに鍵は掛けていくんだがな、」

 「ふふん、欲しいだろう?」と厭味ったらしく、鍵をチャラチャラと鳴らし、闘技場の大扉の脇にあるフックを示すギルドマスター。

「お前は信用ならん。だから、こうして俺がも模擬戦まで預かっておく──」
 どうも、なにかにつけてレイルをおちょくりたいだけらしい。まったく面倒な野郎だ……。

「好きにしろよ」

 とは言ったものの……。
 鍵か────。

 どうやら、朝イチで修練施設を開けた後はそこに鍵をかけておいて、夜にはその鍵で施錠する。ロード達との模擬戦でもなければ鍵の管理は割といい加減であったらしかった。まぁ、盗む物もないしね……。

 とはいえ、
(……うん、不用心だね────)

「どうだ? 満足したか?──どうせ負けるんだから、今のうちに土下座する柔らかい地面を探しておいた方がいいぞ? ガッハッハ!」
 あからさまにレイルを軽んじているギルドマスター。

 だが、もはやどうでもいいこと。

「あぁ、見たいもの、聞きたいことはだいたいわかったよ」
「なんだぁ? もーいいのか? だったら、とっとと帰────」

「悪いね」



 ────スキル『一昨日に行く』発動!!



 この瞬間、レイルはスキルを発動し、2日前のギルド闘技場の中へと旅立っていった。
 しかし、ギルドマスターや闘技場の中にいた冒険者たちや職員には知るところではない。


 一昨日の闘技場でレイルが何をしてきたのか。
 そして、何を入手したのか────……。


※そして、一昨日からレイルが帰還する──※


「────とっとと帰りやがれ!」
「はいはい。こっちもアンタの顔は願い下げだよ」

(もう目的は達成したよ、バーカ)

 そっと、懐に忍ばせた粘土の塊を大事そうに抱えたレイルは何食わぬ顔で修練施設を後にしていった。

 それを訝しげに見送るギルドマスター。

「何だあの野郎? 本当に下見に来ただけか……? いや、油断できねぇな。なにせ嘘か本当かグリフォンを倒したっていうくらいだ────きっと、とんでもない策があるに違いない」

 どこまでも慎重で疑り深いギルドマスター。
 そっと、子飼いの職員を呼び寄せると指示を出す。

「なんとかして修練施設の予約をずらせ。それと、大至急、ダンジョン産の魔法トラップと物理トラップを入荷してこい」
「はい。…………本物ですよね?」

「当たり前だ! ついでにロードにも声をかけてくれ、念のため打ち合わせをする」
「了解です」

 ギルドマスターは職員に指示を出し終えると、ギルドを去っていくレイルの背中をしつこくジッと見ていたとか……。


第30話「盗賊の本領」

「さて、(おおむ)ねうまくいったかな?」

 深夜。
 レイルは宿を抜け出し、ギルドが見える高い建物に位置し、監視していた。

 その視線の先では、ギルドの中に何かを搬入している男たちがいる。

「思った通り動いてくれたな……。単純で下種な奴らのことだ、そう来ると思ったよ」

 レイルは全身を黒装束で覆い隠し、『盗賊』系の隠ぺいスキルで完全に気配を絶ってここにいる。
 その監視対象はもちろんギルド。そして、要すればロード達だった。

「それにしても、向こうもこっちを警戒しているだろうけど、まだ侮りが抜けてないみたいだな……安い情報屋なんて使いやがってよ」

 レイルもロード達やギルドを監視しているが、じつはレイル自身もロード達に警戒して監視されていた。
 5日後の決闘とはそういう時間なのだ。

 (てい)よく期間を置いたように見せかけて双方が確実に勝つために策略を練る期間。
 正攻法にみえて、両者ともに化かし合いの戦いはすでに始まていた。

 だから、レイルも常に誰かに見られているのだが────もちろん、そこは対策済み。宿にはいまだにレイルが寝ているように偽装している。
「グリフォンを倒して大幅にレベルアップしているところまでは予想外だろうさ」

 レベルの上昇したレイルのスキル気配探知には、素人同然のゴロツキが宿の付近をうろついているのを感じていた。

 だが、それだけだ。
 奴らはレイルがすでにそこにいないことすら勘付いていない。

 ……金をケチっているのか、レイルを侮っているのか──その両方か。

「まー、俺には都合がいい」

 すでに、現在はロード&ギルドマスター連合とレイル達の化かし合い(・・・・・)は佳境に差し掛かっていた。

 非正規──。
 つまり、化かし合い。

 レイルごとき、Dランクに大げさと思うかもしれないが、ロード達側にもレイルを警戒せずにはいられない事情があった。
 それというのも、レイルがすでに手を打ったからだ。

 そう。昼間のギルドにおけるレイルの一連の行動にはワケがあったのだ。
 わざわざグリフォンの首をご丁寧にロード達の前まで持ってきてやったのには、きちんとした理由があってのこと。

 要するに、レイルにはグリフォンを倒せるだけの力があるかもしれない────そういう疑いをもたせることだ。

 もっとも、Dランクのレイルの実力を知っているロード達は未だにレイルの実力は疑っているだろうが、幸か不幸かロード達にはボフォートやセリアム・レリアムのような頭のキレる連中が揃っている。

 ……彼らならば、「もしかしてレイルは強いかもしれない」程度には考えるはずだ。

 そして、そうなる様に仕向けた。
 だから、ボフォートをぶっとばしてやったのだ。


 あれもこれも、
「──────正々堂々ロード達をぶん殴るためには絶対必要なんだよ……」


 クッキーをかじりながら、夜気を凌ぐように隅で汚した毛布を体に纏う。

 レベルが急上昇したレイルの『盗賊』としての質は向上し、本職や上位互換職でもなければそう簡単にレイルを見つけることができないくらいに彼の能力値は高くなっているのだ。

「さて、なにを運び込んでいるのかな──?」


 ──ポォン♪

 ※ ※ ※

レイル・アドバンスの能力値

体 力: 529
筋 力:1000(UP!)
防御力: 518
魔 力:  86
敏 捷:2500(UP!)
抵抗力:  63

残ステータスポイント「+4」(DOWU!)

※ 称号「グリフォン殺し(グリフォンスレイヤー)」(NEW!)
 ⇒ 空を飛ぶ魔物に対する攻撃力30%上昇
   鳥系の魔物に対する攻撃力20%上昇

 ※ ※ ※

 スキル『七つ道具』
 Lv:7
 備考:MP等を消費し、
    開錠、罠抜け、登攀、トラップ設置など、
    様々なスキルを使用できる。
 詳細:開錠Lv5、
    罠抜けLv5、
    登攀Lv4、
    投擲Lv4、
    トラップ設置Lv6(UP!)、
    解読Lv1(NEW!)、
    複製Lv3(UP!)、
    気配探知Lv3(NEW!)(UP!)、
    隠ぺいLv6(NEW!)(UP!)、
    鷹の目Lv1(NEW!) 

 スキル『一昨日に行く』
 Lv:2
 備考:MPを消費し、「5~10分」程度、一昨日に行くことができる。
    一昨日から戻るためには、スキルのキャンセル、
    または「5分」経過後、もとの時間軸に戻ることができる。

 ※ ※

 グリフォンを倒して得た経験値。そして、大量のステータスポイントを割り振り、スキルとステータスを再強化したレイル。
 ステータスは多少、筋力と敏捷に割り振り強化し、少しでも『放浪者』の連中のステータスに近づける。
 すくなくとも、敏捷では互角以上。筋力も最低限のダメージを与える分は必要だった。

 さらには、スキルの強化。Lv4までは上昇ポイントが少ないので多めに割り振り、そして新規スキルを最大限活用。
 今も監視に際して『鷹の目』と『隠ぺい』のスキルを使っている。

 遠視を可能にする鷹の目でグッとギルドのほうを注視すると、ギルドマスターの子飼いの職員が大きな荷物を運んでいた。
 しかし、すぐに使うつもりはないのか闘技場にほど近い倉庫に運び込んでいる。

「──……へぇ、あれが連中の仕込みか」

 トラップや武器、魔法兵器の類だろう。
 模擬戦のさなかにそれを使用して、確実にレイルを仕留める気なのだ。

 もちろん、まともにぶつかって勝てるならそれもよし、無理ならさっさと決着をつける────そんなとこだろう。

「トラップを入れ替えるつもりだな? どんな細工をするつもりやら……」

 昼間に確認した闘技場のトラップシステム。
 ……どうも、ロード達を有利にするため、それ(・・)に手を加えるつもりらしい。

「──だけど、俺を甘く見るなよ……」

 闇の中。
 レイルはこっそりと笑う。


(そっちがその気なら好都合だ──……)


 レイルは自分の思った通りに流れが進んでいくのを見て、気持ちよく笑う。
 さぁ、あとはレイルが手を打つ番。

「『疫病神』相手に、化かし合いが通じると思っているのか」

 それぞれの準備期間は5日間。
 だけど、レイルにだけは時間は平等ではない。

 なぜなら、スキルがある。
 スキル『一昨日に行く』

 これで、+2日間の準備期間。

 一昨日まで遡れば計7日間の準備期間がある。

「どうやって俺がグリフォンを倒したのか教えてやるよ──!!」

 そういうが早いかレイルは姿を消す。
 グリフォンを倒し、急激にLvの上昇したレイルは並以上の『盗賊』となって行動を開始した──。

第31話「仕込みその2」

 次の日の午前中。


 『よろず屋カイマン』にて──。


 ここは、辺境の町一番の品ぞろえを誇る上位冒険者御用達の商店だ。
 品ぞろえは全て中級以上の消耗品とマジックアイテムをそろえており、辺境の町では数少ないA級以上の冒険者をも唸らせる品ぞろえを誇る。

 そして、その商店の前に馬車を乗り付け、何やら買い物中らしき『放浪者(シュトライフェン)』の面々。

 いかにも散財が好きそうなセリアム・レリアムに荷物持ち担当のフラウ。
 二人は大荷物を抱えて商店から出てくると、不満の声とともに馬車に乗り込んだ。

「何よ! 何が町一番の商店よ。化粧品の一つも安物ばっかじゃないの!」

 大荷物を抱えてというのは語弊があった。
 荷物を抱えているのはフラウのみ。しかも、小さな体に巨大な買い物袋が4つも5つも────……一個くらいセリアム・レリアムも手伝えばいいものを彼女は全くフラウを顧みずにさっさと馬車に乗りこんでしまった。
 
 フラウはといえば表情を消して、ため息一つ。

「十分な品揃えだけど?──消耗や紛失した分は補填できましたし」
「ふん! アンタみたいな女を捨てているドワーフと一緒にしないでよね」

 それだけ言うとあとは知らんとばかりに馬車の中でふんぞり返るセリアム・レリアム。

「はぁ……。あと、店の前で店の悪口を言わないでください──店長、睨んでますよ?」
「知~らない。だいたい、平民ごときが私を睨むなんて1000年早いわよ。直接店に来ただけでも感謝してほしいわね」

 どこまでも高慢ちきなセリアム・レリアム。
 しかし、フラウはと言えばこれ以上話すのは無駄だといわんばかりに荷物を馬車に詰め込むと、御者をしてさっさと次に目的地に向かう。

 『放浪者』の面々は数日後の模擬戦に向けて────いや、その後の新しい依頼(クエスト)も見据えて余念がないらしい。
 
 だが、そのあとをレイルが見ていた。
 いまや上級と言っても差し支えないくらいに能力の向上した『盗賊』のレイルは、消していた気配を元に戻し、普通の市民を装って店の前に立つ。

「──やっぱり、消耗品の補充に来たか。ったく、ずいぶん待たせやがって……。あーキツかった」

 時間を見つけて『放浪者』を監視していたレイル。
 いつか来るであろう瞬間を予期して待ち構えていたのだ。

 ゴキゴキと首を鳴らす。
 ジッと潜伏し、追跡しているのも疲れるものだ。

 だが、まさか半日近く待たされるとは……。

 しかしその甲斐はあった。

(狙い通りだな……)

 『放浪者』は、例の開拓村を逃亡する際に多数の物資を放棄している。
 貴金属の類は持って行ったが、かさばる食料や消耗品はほとんど失逸していたのだ。

 だから、
「──そろそろ、補充すると思っていたぜ」

 ギルド内で補充されれば困ったとこになるが、腐ってもSランクだ。なるべく良品を手に入れようとすると読んでいたが、どうやら正解だったらしい。

「だけど、それが命取りだぜ、ロード」

 カランカラン♪

「らっしゃ、い…………なんでぇ、ウチは冷やかしお断りだぜ」

 どうやら、レイルの身すぼらしい恰好から見て、冷やかしと勘違いされたようだ。
「ひどいな。こう見えても、客だ──」

 そういって銀貨をチャラリとカウンターに並べる。

「ふん……。ウチはそこらの安モンとは違うんでね──で、何をお探しで?」
「………………さっきの連中が買ったものと全く同じものを、同じ分量で──金は弾むよ」


「………………………は?」


 今度はさらに膨らんだ財布を取り出す。
 開拓村で貰った報酬の詰まったそれだ。

 だが、これでも足りないことは明白。
 いわゆる見せ金というやつだ。

「変わった注文をする兄さんだな────ま、ウチは銭さえ払ってくれるなら誰でも上客だ。だが、同じものを買うとなると高くつくぜ?」

 そう言って提示してきた値段を見てレイルは唸る。
 ……手持ちの資金ではとても足りないからだ。

「──で? どうする? やめとくか?」

 金貨換算でひーふーみー……。
 う…………。

「──いや。買うよ。…………支払いはこれでどうだい?」

 ドンッ! レイルは手持ちの品物の中で一番高価そうなものをカウンターに置いた。
 それを見た店主が目をむく。

「アンタ、こりゃ────!」

 「業物じゃねーか……!」そう言って、店主の開いた口はふさがらなくなる。
 そりゃあそうだろう。

 なんたって、高価な武器(・・・・・)を質に入れてまで消耗品を買うような奴など冒険者とは思えないからだ。
 どれほど窮しても、冒険者なら商売道具は手放したがらない。

 だが、レイルにはこれ(・・)を手放してもさほど困った事情はない。

「いいんだ。こりゃ、どっかの重騎士殿から(・・・・・・)のドロップ品でね。俺の手には余るものさ」
「──はーん。まぁいいさ、事情なんざ知ったことじゃねぇ。それに高価なもんだからな、お釣りが来ちゃうぜ」

 ニヤリと笑った店主は、レイルが言わずとも『放浪者』が買ったものと同じものを袋詰めしてくれた。
 さらには荷車まで──。

「……いい取引だったな──これはオツリだ」

 そう言って、下取りにしてはだいぶ少ない額ではあったが、金貨を数枚握らせてくれた。
「ああ、こっちこそ────それと……」
 金貨ごと、店主に手を握り睨みを利かせる。

 暗に、口外無用を含めたものだ。

「いてて……! わ、わかってるよ──ったく、妙な客だよ」

 あぁ、そうだろうさ。
 こんな妙な注文をする客はそうそういない……。


第32話「準備完了」

「毎度~♪」

 ホクホク顔の店主に見送られてレイルは店をあとにする。
 その手元には買ったばかりの大量の商品が、借りた荷車に乗っていた。

「ったく、フラウの奴どんな筋力してやがんだ?」

 試しに一つ買い物袋を持ってみたが、腕が抜け落ちそうな重量だった。

 中身はポーションやら、マジックアイテムやら、消耗品がぎっしりだ。
 それと、高級酒類に携帯食料。しかも、どれも普通よりグレードの高いものばかり。

「おーおー……さすがSランク。イイもの食ってんねー」

 試しに一つ、堅パンを頬張ってみるが、なかなかどうしてうまい。
 それをワインで流し込む。

「っぷぅ……うめぇ」

 監視で疲れた体を癒しつつ、レイルは少し移動して目立たない場所に荷車を止めると検品を始めた。
 目的は『放浪者』の買った消耗品の内容を知ることだ。

 だが、そのためだけにこんな買い物をする必要があったのだろうか?

「──……ま、教えてくれって言ってもそう簡単には教えてくれないだろうからな」

 多少金を積めば教えてくれえる可能性もあるが、嘘をつかれる可能性も高い。
 それ以前に商店の────しかも、金持ちを相手に商売をしているようなところは存外口が堅い。

 だから、こうして同じものを買ってきたというわけだ。
 これなら、店側もレイルが『放浪者』の買い物を見ていて、同じものを欲したと思ってもおかしくはない。

 少々お金はかかるが、これが連中の買い物内容を知るための、最も確実なやり方だろう。
 のぞき見をするには『放浪者』は手強すぎてバレるリスクの方が高いのだから仕方がない。

(連中に気付かれては元もこうもないからな……)

 まぁ、今しばらくは──。間抜けな『疫病神』と連中に思われている方がいい。

「さて、…………あった。これとこれだな」

 地面に並べていくのはポーションや強化薬(ブースター)の類。

 ポーションは言わずもがなだが、強化薬も消耗品で、中々お高い。
 使えばなくなるものゆえ、普通の冒険者にはなかなか手が出るものではないが、Sランクともなれば常用していてもおかしくはない。

 ちなみに強化薬とは、一定期間、使用者の能力を上昇させるブーストアイテムだ。
 もっとも、効果時間が限られているので、使いどころが難しいアイテムでもある。

 お店が推奨するのは、戦闘開始直前に飲むことだが──ダンジョンなどの不期遭遇戦ではそんな時間がないこともざらにある……おっと閑話休題。

「ったく、どんだけ買ってやがるんだ?」

 大量の消耗品の中で、レイルが選別したのは高級(ハイ)ポーションと、高級強化薬(ハイブースター)
 それもこれもお高いものばかり。

 それだけに製造には厳格さが求められる。

「ふふ。だから、あるのさ────……」

 そ~っと、ポーションを見分すると、レイルはすぐにそれを見つけた。

 そう。探していたものは、
「……あった。ロット番号────」

 ロット番号。
 大量製品を管理する際につける番号のことで、数字と文字の組み合わせだ。

 普段なら、目にはしても意識もしないその数字の羅列は、わかるものにはわかる一種の記号だ。
 そして、大量の商品の製造を管理するための番号でもある。

 これは、高級品ではあるがまさに大量生産品。大都市の大店で生産された、安全安心の品質保証──。

「──工業化、万歳だな」

 チラっと、目を通したポーションの瓶の底。

 HP(ハイポーション)-10012~30
 そして、
 HB(ハイブースター)-5623~41

「……これを探していたんだよ!」

 ニヤリと笑うレイル。
 そして、整然と商品が並べられた店を思い出し、頭の中で逆算していく。

「つまり──」

 ……『放浪者(シュトライフェン)』が購入したそれらの番号は、

「HP-9993~10011とHB5604~5622…………。ここまでわかれば、」

 レイルは残った商品の検分を終え、持ちきれないものは近くの商店に捨て値で売り払う。
 あとは夜を待てばいい……。

「さて、これが終われば仕込みはあと一つ……」


 その夜。
 レイルは『よろず屋カイマン』に侵入し、スキル『一昨日に行く』を使用した。

 その手にはあの時に使った「ドラゴンキラー」が握られていたがいったい何に使うつもりなのか──……。



「スキル! 『一昨日へ行く』発動!!」



 カッ──────……。



 確固たる目的を秘めてレイルは一昨日へ行く。
 ……そして、レイルと『放浪者(シュトライフェン)』の模擬戦の日がやってきた。