第14話「レイル、一昨日に行く(前編)」

 ペチペチ……。

「……ぃ、おい、アンタ!」

 ペシペシ!!

「おい、アンタ! おい、起きろって!!」

 う……?
 な、なんだ?

「おい! 邪魔だよ! つーか、なんだこの怪我──ひっでぇな~」

 頭の上で騒ぐ声がうるさくて、レイルに意識が徐々に覚醒する。
 途端に、ズキン!! と痛む体。

「ぐ……!」

 目を開けたレイルは自分のありさまに愕然とする。
 全身血まみれ。いや、今もまだ血は流れ続けており止まりそうもない。

 そして、たしかグリ────。

 ……ハッ!
 
「グリフォンは!?」

 がばっ!!

 痛む体に鞭を打ってガバリと起き上がる。
 そして目の前の男に掴みかかると、

「うお?!」

 ガックン、ガックン!!

「おい! グリフォンは!? 奴はどこだ!」
「お、おいおい! 落ち着けよ。俺に聞かれても知らんよ──」

 は?
 何言ってんだ!

 今さっきまでグリフォンが────……って、あれ?

「……あ、アンタ確か──」

 目の前の男……。
 こいつ、見覚えがあるぞ。



  「じゃーなー。兄ちゃん。
   冒険者みてぇだが、お前さんの腕で無謀なことすんじゃねーぞ」



「……あの時の行商人?」

 そう。目の前には数日前ポーションを買って、少しだけ雑談をした行商人の男がいた。

「お? 俺を知ってんのか? どこかで会ったけかな? こー見えて記憶力には自信があんだよ。だから、客の顔はたいてい覚えてるんだが、う~ん…………兄ちゃんの顔は初めてだと思うんだが──」

 不躾にジロジロとみてくる行商人。
 どうやら、レイルは行商人が商品を広げた横で血だらけになっていたようだ。

「なんで……。アンタ、確かグリフォンが来るからって、村から逃げたはずじゃ?」
「んあ? 何言ってんだ。俺ぁ、さっきに来たばかりだぜ。それにここは初めて来た村だぞ?……まぁ、逃げるつもりなのは間違いねーけどよ」

 そういって、足の先から頭のてっぺんまでと、レイルを値踏みするような目で見てくる。

「ん~……兄ちゃんよぉ。いつの間にそこで寝てたか知らんが、その恰好を見るに冒険者だな? 今朝がたそこの家を襲ったグリフォンにやられたのかい?」
「け、今朝だと──」

 何を言ってる。
 グリフォンが襲いに来たのは──……。

 昼────……。

 いや、待て?!

「い、家?!」



 ハッとして振り返るレイル。

 そこには、まざまざと傷跡の残った家屋が一件。

 自警団らしき連中が見分しているが……こ、この光景──。

 この光景は見覚えがあるぞ!!

「こ、これって先日の…………」

 ……ッ?!


 ま、まさか!!



 ポォン♪

 ※ ※ ※
 
スキル:一昨日(おととい)に行く ←「ヘルプ」

 ※ ※ ※

 ヘルプ、ぽちー


 スキル『一昨日に行く』
 Lv:1
 備考:MPを消費し、一昨日に行くことができる。
    Lv1は「5分間」だけ一昨日に行くことが可能。
    スキルのキャンセル、
    または「5分」経過後、もとの時間軸に戻る。



「お、一昨日にいくことができるだと──?」

 つまり──。
 まさか……。




「じ、時間を…………遡行した、のか?」




 お、俺が??

 ザワザワとした村の喧騒に、今になって気が付いた。
 そして、全身を襲うけだるさと激痛。

 気怠さは失血以上に、MPの消耗が関係しているのだろう。

 ステータスを確認すると、ほぼすべてのMPを消耗している。
 魔法の使えないレイルのはあまり意味のないステータスではあったが、たった一度のスキル使用でほぼ0になるとすれば、恐ろしく燃費の悪いスキルだとわかる。

 いや、それよりも──。

「ご、5分間……だけ?」

 どうやらレイルは本当に過去の────……一昨日に来たのだろう。
 でなければ二匹のグリフォンに襲われた村がここまで健在な理由が説明できない。

 破壊された家屋も多く、村中はもっと血だらけだったはず。
 ならば、この時間────……。


 スッと目を向けた先には宿屋があった。
 そして、あの馬車もある。

 つまり……。

「あそこに一昨日のロード達がいるのか?」

 そして、レイルも何も知らずにあそこに──。



 ──ポォン♪

 ※ ※ ※

 残り時間 02分23秒、

         22秒、

         21秒、

 ※ ※ ※


「な?! 残り時間だと?…………いや、それよりも──もう、こんなに?!」

 ステータスには見たこともない表示が現れ時間を削っていく。
 つまりこれはスキル効果の残り時間なのだろう。


「く! 今から宿に言ってロード達を……! いや、それよりも『俺』に話すか?」

 そのことに意味があるかはわからない。
 それに、説得を聞くのか──『俺』が?

 いや、よしんば説得できたとして5分経過した俺はどうなる?
 へるぷを見た感じだと、時間が過ぎればもとに時間軸に戻るということ。

 つまり、グリフォンの目の前だ!!

 一瞬のうちに食い殺されるその瞬間に戻るのは間違いないだろう。
 
 イチかバチかの説得には何の意味もないかもしれない────。

「ぐ……!」

 ガハッ!

 レイルは思わず吐血する。
 バシャリと地面に撒き散らかされたそれは内臓にも損傷があることも示唆していた。

「お、おい! 兄ちゃん無理するなよ? 隣で死なれちゃ寝覚めが悪いぜ」

 何やらぐちゃぐちゃとうるさい行商人。
 それでも、商品のポーションを分けてくれる気はないのだから、大したものだ。

 ん…………?

「ぽ、ポーション?」

 ふと、腰のポーション入れに手を伸ばすレイル。
 大半は戦闘で破壊されていたが数本残っている。

 うち、ほとんどはボフォート曰く偽物らしいが────。

「お? 兄ちゃん、ウチのポーション持ってるじゃねーか? やっぱりどっかで会ったかな? 思い出せねーけど……。ま、あるならそいつを飲みな! 効き目は保証するぜー」

 二カッ! と笑う行商人。

 その目は自信にあふれている。
(品質に自信ありってか?)

 残り時間を気にしつつも、レイルはポーションに口をつけて飲み干していく。
 途端に体に染みわたる滋味深い味……!

 フワァァ……! と、淡い光が体からあふれ、立ちどころに傷をいやしていく。
 幸いにも、ロードもラ・タンクもレイルを生き餌として血だらけの手負いにするのが目的だったので、斬られた傷も致命傷ではなかったらしい。

 おかげさまでHPも一気に回復していく。

「す、すごいな……銅貨一枚の品にしちゃ上出来だ」
「だろ? ウチの品質はピカいちだぜぇ」

 ぐふふふ。とカモを見るような目の行商人。

「どうだい? 気に入ったならもっと買っていかないか? 他にもいろいろある!──兄ちゃんのことは気に入ったし、特別に安くしとくぜぇ」
「……瀕死の冒険者をほっておいて、今から商品を売りつけるって? たいした商人だな」

 傷が治って少し余裕の出たレイル。
 軽口をたたくくらいには回復したらしい。

「へっ。俺は商人よ。誰にでも物は売るが、絶対にただでの施しはしねぇ。そいつが信念ってもんさ」

 なるほど。
 よくわかる話だ……。

 商人見習いのミィナを幼馴染とするレイルには大いに頷ける話だった。

「ま、効き目の分、ポーション中毒もきついから、立て続けには使えないけどな」
「それは、どんなポーションでも同じだろ?」

 ポーション等の回復薬には中毒性があり、連続して使用できない。
 詳しい原理は不明だが、体が受け付けなくなるのだ。

 実際レイルも試しに何本かをいっぺんに飲んだことがあるが、数本目でたちどころに吐き出してしまった。
 あれはきつかった……。

「へへ。物わかりのいい兄ちゃんで助かるよ、よかったらなんか買っていくかぃ? これなんかオススメ──」
「だからぁ、」


 ──ポォン♪

 ※ ※ ※

 残り時間 00分45秒、

         44秒、

         43秒、

 ※ ※ ※


「う……!」

 ま、マズイ!

「どうしたんだ兄ちゃん? 少しならオマケするぜ」

 そういって商品を楽し気に褒めだす行商人だが、レイルにはそれどころではなかった。
 激痛と気怠さに苛まれ指向が鈍っていたとしか思えないほどの間抜けさ!



 時間が…………ない!!


 せっかく、あの女神様がくれた最後のチャンス。
 それをボンヤリとして不意にしてしまうなんて!


 今からでも宿屋に駆け込んで『俺』に事情を話すか?
 ロード達の企みを教えて、今すぐ逃げろと──。

 そうすれば、元の時間に戻った時に俺はあの場所にいないかもしれない。

 だけど────。

「そんな賭けができるわけが!」

 葛藤するレイル。
 その隣では──。

「──で、これが『惚れ薬』で、こっちは『錆落とし』。んでこっちは、」
 
 考えろ、
 考えろ、
 考えろ!!

「時間を遡ってまで……。神様のチャンスまで貰っておいて俺は何をしている──!!」
「──で、こいつは『俺の聖水』。んで、」

 考えろ!!
 考えるんだ──!!

 少ない残り時間で何をできるのか──。

 それを考えろと、自らを奮起するレイル。
 だが、その間にも無情にも時間は過ぎてい行く。

 そして、行商人は次から次へと手を変え品を変え──。
「──で……。お! これなんかオススメだぜぇ、ドラゴンでもいちころで殺せる、その名も『ドラゴンキラー』……」


 ってうるせぇな、このジジイ!!


 頭を抱えるレイルの様子をガン無視して、空気を読まない行商人が商品の説明をつらつらと、
 レイルが金を持っているように見えるのだろうか?


 …………って、
 
 ……ッて!!

 て、てててて、て──!

 そ、
「それだぁぁぁああああああああああああああ!!」


第14話「レイル、一昨日に行く(後編)」

「それだぁぁぁああああああああああああああ!!」

 グワバッ! と顔を起こしたレイル。

「ぬぉ?! なんだなんだ?! ど、どーした、どーした?!」
「それだ!! それだよ!! それをくれ!!」

 行商人につめよるレイル。
 彼の手には、今まさに商品説明を終えたばかりの毒の塗られた吹き矢のセット──『ドラゴンキラー』があった。

「頼む! それを売ってくれ、今すぐ!」
「お、おう! コイツが気に入ったか。よしよし、安くしといてやる──」

 いいから早く!!


 ポォン♪

 ※ ※ ※

 残り時間 00分21秒、

         20秒、

         19秒、

 ※ ※ ※

「じ、時間が?!」
 あと、数十秒。
 もう、一刻の猶予もない!

「俺ぁ、兄ちゃんが気に入ったからな、オマケのオマケして────ダラララララララララ、」
(く……コイツ!)
 余計な効果音付きの行商人に苛立つレイル。
 ぶん殴りたくなるのをグッと抑えると、


 ダララララララララララ────……。

「──ディン♪ パンパカパーン! なんと、『ドラゴンキラー』のお値段…………金貨1枚でーす!!」

 ズルッ!!

(たっか)いわ!!」
 そんな金あるかっつの!!

 世界共通の通貨ではあるが、
 大体パン一個が銅貨1枚程度。
 安宿で一泊銅貨50枚、グレードの高い宿なら銀貨1~2枚だ。

 そして、銅貨100枚で銀貨1枚分。
 銀貨100枚で金貨1枚。ほかにも白金貨から、大金貨。銅貨にもクズ銅貨などいろいろ種類があるが、相場そのくらい。

 ちなみに町の衛兵の給料がひと月で、だいたい銀貨30枚程度。
 そう。金貨1枚がいかに大金か分かるというものだ。

「ぐふふ! これ以上はまからねぇぞ──だが、効果は折り紙付きよ」

 あーあー。そうだろうともさ!
 難点は、至近距離でドラゴンの(・・・・・・・・・)柔らかいところを狙う(・・・・・・・・・・)っていうクソ仕様だけどな!!

「ふざけんな! そんな大金あるわけねーだろ!」
「じゃー駄目だ。──他のはどうだい?」

 他のなんかいるか!!
 それがいるんだ!!

 5分経過すればレイルは────……。


 ポォン♪

 ※ ※ ※

 残り時間 00分12秒、

         11秒、

         10秒、

 ※ ※ ※


「くそ!」

 あと、十秒だと?!

 い、いっそ奪うか?!

 どうせ、時間が経てば元の時間軸だ。
 追ってはこれまい。そうして奪って────……。

「あ、言っとくが、盗もうたってそうはいかねぇぞ。お尋ね者になるし、なにより──」

 ムキぃ!!

 行商人が軽く腕をまくると、鍛え上げられた腕が現れる。
 ……そりゃ単身行商をしてる商人がザコなわけがない。

「ぐ……!」
 わかってる!! そんなことはわかってる!!

 いくら俺の天職が『盗賊』だからって、犯罪者になる気はねぇ!
 ミィナに合わせる顔がないし、なにより、俺は────……!!



   『あばよ! 疫病神』



 ロード達のようなクソと同じレベルに成り下がってたまるか!!
 本当の『疫病神』になってたまるか!!

「そんなに欲しいのか? なんか、金目のものと交換でもいいぜ? 懐とかに何か入ってないのか?」

 懐だぁ?!
 そんなに金目のものをもっているよう、に──……見え。



    『もう用なしだ──』

    『お前はもう用なしなんだよ──
     今日までご苦労さん』


      ピィン♪



 あ────ッ!!


 キラキラと輝く金貨の軌跡を思い出したレイル。
 確かに懐には微かに違和感が──。


「あ、あの野郎…………!──────最後の報酬、どういたしまして!!」

 疫病神という誹りとともに思い出したのは、ロードが投げつけた金貨。
 そして、その行方────……。

「まさか、未来から物を持ち込めるなんてな……。ロード、ありがたく借りとくぜ、こいつぁよぉ!!」

 そっと取り出した黄金色の輝き。
 ロードの投げつけた金貨がそこに──。

「は、」
 はははッ!

「あははははッッ!」

 こんな金貨触りたくもなかったけど──!
「だけど──」
 金に、綺麗も汚いもあるかッ!

「こ、これで売ってくれ────……」


 ──ポォン♪

 ※ ※ ※

 残り時間 00分07秒、

         06秒、

         05秒、

 ※ ※ ※


 触れたくもない、クソ金貨。
 そいつが確かに懐に──。

 バンッ!!

「お、なんだ持ってるじゃねーか!! ぐふふ、毎度ありぃ」
 力強く、金貨を行商人に叩きつけると、


 ロード………………。
 金貨ありがとよ────。


 そっと手を伸ばしてドラゴンキラーに触れる。
「……兄ちゃん、そいつの品質は保証するぜ!」


 そして、
 そして──……。


 そして!! ロードぉぉぉぉぉぉおっっ!



「──────借り(・・)を返しに行くぜ」




  そうとも……!



 ふと、頭をよぎったロードの捨て台詞。
  『一昨日来やがれ、疫病神!!』

 …………はッ!
 望むところだ、ロード。

「…………あぁ、ご要望通り、一昨日に来た(・・・・・・)ぜ──」

 ──ロード!


 ガッ!!
 ……と、ドラゴンキラーという毒の吹き矢を力強く掴んだレイル。

 それを見届けた行商人が満足げに笑い──……。



 ──その瞬間!!!



 ポォン♪


 ※ ※ ※

 残り時間 00分01秒、

         00秒、

 『一昨日に行きました』

 ※ ※ ※


 カッ────────!!

 レイルを含む世界が白い光に包まれる!

 行商人の動きが止まり、
 騒いでいた自警団の喧騒も止み、

 世界が────────……。







 レイル(一人の人間)を、
 『一昨日(過去)』に行ってきたことを許容した(・・・・)


第15話「グリフォンスレイヤー(前編)」

『クルァァァアアアアアアアアアア!!』


 迫りくるグリフォン!
 そして、俯くレイル!!


 フッとした浮遊感を一瞬感じた気がしたが、世界はこともなし。
 レイルは地に足を尽き、同じ空気を吸っていた。

(あぁ、わかる────)

 ここは……。
 この場所は──……。

 ──────この時間はッッ!

「……そうだ。ここが俺の時間軸」

(ああ、この場所だともさ……)

 同じ時だ。
 同じ場所だ。
 同じ絶体絶命だ!!


 だけど、


「だけどよぉ……」
 意志の籠った目を持ち上げるレイル。
 目の前にはグリフォン。

 食われる1秒前ッッ!!


 その咢が──────!

「………………よぉ、グリフォンの旦那」

 スチャキ!!
 迷いのない仕草で吹き矢を構えるレイル。


 ふーー……。
 すーー……。


「……………………一昨日(おととい)に行ってきたぜッ!」


 フッ──────!!


 手に持つのは毒の吹き矢!!
 その名もドラゴンキラー!!

 レイルをそいつを迷うことなくグリフォン目掛けて発射!!


   『品質は保証するぜ』


「あぁ」
 保証してくれなきゃ困るっつの。


 猛烈な勢いで飛び出した毒針!
 それが──。

 ──────スパァァアン!!

『クルァァ────ァ゛?!』


 ドラゴンの柔らかい場所に、至近距離を打ち込むという、根本的な欠陥品──。
 だけど……!!


 この距離なら外さない!!!!
「────くたばれ、鳥野郎!」

 プスッッ! と放たれた毒矢が間違いなくグリフォンの口に飛び込み下に命中した。
「かーらーのーぉぉぉおおお……!!」

 ──回避ッッ!

 そして、一昨日から現在に戻ったレイルはこの瞬間を予測していたので────難なく一撃を放って素早く身をひるがえす!
 一連の流れさえシミュレートできていれば、ドラゴンキラーの欠点すら克服できる。

『キュア…………?!』

 予想外の動きに戸惑ったのはグリフォンのみ!
 そして、食らう────……!

 品質保証のドラゴンを殺すというその毒を──────!!
 …………その瞬間!!


 ブハァァァアア!!


 まるでバケツを零したような水音。
 これは一体……。

『────────ク、カ、ァ……?!』

 ……ガハッ!

 グリフォンが吐血。
 そして、さらに毒が回ったかと思えばッ!!


『コァ……』
 ────ボンッッッ!!


 まるで爆発するように全身から血を噴き出したグリフォン!


『クルアァァアアアア………………!』


 ボトボトボドボド……ボト──!!

 したたる鮮血に、グリフォン自身が驚愕しているようだ。
 あの厄災級のモンスターが信じられないといった表情でレイルを見ると……。


『ゴホォ……!』

 さらに吐血。そして、フラリと巨体を傾げる。

 だが、そこは厄災級モンスター。
 まるで毒に抗うように一度力強く羽ばたき、空へ────……。

「ま、まだ戦えるのか?!」
『キュルァァァアアアア──────ァァァァァァァァァァァア……』


 大空へ────……。

 そして、
 そのまま……。
 グラリと傾き──。




 ズゥゥゥゥウウン…………!




 大空の覇者は墜落し、
 ────地響きを立てて地に臥した。

 奇しくも、それはあの片割れのグリフォンの(そば)
 まるで、狙っていたかのようにその横に巨体を横たえると──……息絶えた。

 濛々と立ち込める土埃。

 そして、 
 埃に晴れた先には傾き、つぶれたグリフォンの遺骸が…………。

『コッフ……コッフ……』

 救援に駆けつけてくれた(つがい)が死んだことを見届けた一匹目のグリフォンが、静かに目を閉じる。

『コッフ…………』

 そして、薄く目を開けるとレイル見た。

「…………悪く思うなよ────俺は冒険者なんだ」

 残りのドラゴンキラーを取り出すと、ラ・タンクの槍が付き立つ傷口に押し当てた。
 その瞬間、ブシュウウ……! と、鮮血が舞い上がり、グリフォンの命が散っていった。

 筋肉が弛緩し、槍がフラリと傾く。
「おっと」
 なんとはなしにその槍の柄を掴んだレイル────。

 次の瞬間。




「「「「「うぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」」」」」



 突如背後で歓声が上がる。

(え……?)
「な、なんだ?!」

 見れば、満身創痍の村人が多数その光景を見ていた。
 二匹目のグリフォンに単身挑み、
 そして、最後のグリフォンにトドメを刺したレイルの姿を!!

 た、

「「「……た、倒した──?」」」

 それは、レイルという疫病神と呼ばれた冒険者の快挙。
 そして────……。

「倒した……!」
「一人で倒した──!」
「あの青年がグリフォンを倒した!!」

 どこに身をひそめていたのか、村中の人間がわらわらとやってきた。
 そう──彼らは見ていた。

 『放浪者』たちの所業を。

 そして、グリフォンから逃げた連中(『放浪者』)と、残された囮の青年がたった一人で立ち向かいグリフォンを倒した様を!!

「倒した……!」
「倒したぞ──!」
「討伐したッッ!!」

 家の中から。
 櫓の上から。
 村の全てから!!

「倒した!! 倒した!!」
「グリフォンを倒した!!」
「あの空の化け物を倒した!!」

 あの青年が倒したぞ!

「たった一人で成し遂げた──!!」

 騎士団ですら手を焼き、倒せなかったグリフォンを。
 Sランクパーティが卑劣な手段でも倒せなかったグリフォンを。
 今までは誰も単独では成しえなかった、あの強大なグリフォンを!!


「「「うぉぉぉおおおおおおおお!!」」」



 ──疫病神と呼ばれた孤独な青年がたった一人で!



「勇者だ!!」
「勇者が誕生した!!」

「英雄だ! 英雄がここにいるぞ!!」



「「「グリフォンを倒すもの(グリフォンスレイヤー)だ!!」」」


第15話「グリフォンスレイヤー(後編)」


「「「グリフォンを倒すもの(グリフォンスレイヤー)だ!!」」」



 倒した────……。

 俺が──……。

 倒した??

「……お、俺が、グリフォンを倒した!?」

 もはやピクリとも動かぬグリフォン。
 確かにレイルが討伐したというのに、全く実感が湧いていなかったのだ──。
 だから戸惑う。

 村人の歓喜に応えることができない……。
 だけど、間違いなくレイルが討伐したのだ!!


 その証拠に、今この瞬間よりレイルに大量の経験値が流れ込む!!


 ──ポォン♪


 ※ ※ ※
 
 レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)

 ※ ※ ※


 ──ポォン♪ 


 ※ ※ ※
 
 レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)

 ※ ※ ※


「な……?!」

 不意にステータス画面が起動。
 レベルアップを告げる………………。

 それも、

 ポォン♪ ポォン♪ ポォン♪

 それも…………。

 ポォン♪ ポォ、ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ……──ポォン♪

 ※ ※ ※
 
 レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)
  レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)
   レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)

 ※ ※ ※
 
 レイル──……
  レイ────……
   レ──────……

 レベルが上昇しました(レベルアップ)レベルが上昇しました(レベルアップ)レベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルアアアアアアアアアアッッッッップ!!

 ※ ※ ※


 それも大量に!!!!!




 ──ポォン♪

 ※ ※ ※
 
 レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)

 ※ ※ ※



 淡く輝くレイルの体。
 ステータス画面が見たこともないくらいに多重起動し目の前を埋め尽くしていく。
 半透明のそれが重なり合い、もはや先が濁って見えないくらいの大量の画面。

「う、ぐ……! こ、こんなに?!」

 ミリミリと体が軋むほどのステータス値の上昇。
 そして、LVが恐ろしい勢いで上がっていく!

 それほどまでに格上。
 あのSランクパーティの『放浪者』ですら複数で奇襲してなんとか倒せるという化け物だ!

 正面からは、彼らですら逃げるというその途方もないモンスターをレイルがたった一人。
 本当に単独で倒してしまったのだ!!

 おまけに、『放浪者』が逃げ散ったために彼らがあるはずだった経験値すらレイルが総取り!
 その量たるや、もう……。


 二匹の災害級モンスターの経験値がたった一人に!!


「本当に────……俺が……」

 あのグリフォンを────。



 わぁぁああああああああ!!
 うわぁぁあああああああ!!

 うぉわぁぁおおおおおお!!


 スー……と、消えていくステータス画面を見送ると、その先には満面の笑みを浮かべた村人たちがいた。
 満身創痍のままに熱狂する村人たち!

「勇者!!」「勇者!!」「勇者!!」
「英雄!!」「英雄!!」「英雄!!」

 歓喜
 歓喜
 歓喜ッッ!

「「「やったぞぉぉぉぉぉおおおおおお!」」」

 そして、歓声がレイルを包む。
 茫然として、立ち尽くすレイルを歓声と歓喜と感謝が包む!!

「わっわっわっわっわ!」
「わっわっわっわっわ!」

「「「わっわっわっわっわ!!」」」

 もはや何を祝えばいいのかわからぬほど高揚する村人たち!!
 ただただ声を上げ、歓喜歓喜歓喜!!!

 滅びの危機を脱した幸運を強運に感謝を!!
 レイルという青年に感謝を!!

 村を襲った厄災を!
 あの憎きグリフォンが二匹も一度に!!


 ──英雄の誕生をこの目で見たッッッッッ!!


「……お、俺が?」

 レイルはじっと、手に持つドラゴンキラーとラ・タンクの槍を見て、今起こった出来事を反芻(はんすう)する。


「「「うわぁぁぁああああ!」」」
「「「勇者! 勇者! 勇者だ!!」」」

「「「英雄! 英雄! 英雄の誕生だ!!」」」

 まさか、

「────俺が……」


 わぁぁああああああああ!!
 うわぁぁあああああああ!!


 俺が、勇者……?

「──俺が、英雄……?」

 スー……と一人、涙をこぼすレイル。

 胸に去来する思いは、
 故郷で蔑まれ、その噂が光の速さで国中に響き渡り誰からも顧みられなかった日々。
 冒険者ギルドでも、一人。

 誰も助けてくれない。
 皆が噂する。

   『疫病神が──』
   『疫病神め──』
   『疫病神だ──』

 そう。
 だって、

「俺は、ずっと疫病神と────……」


「「「勇者! 勇者!!」」」
「「「英雄! 英雄!!」」」


 な、涙が止まらない。

 俺は疫病神なんかじゃない?

 そ、そんな……、
「俺は…………。俺は、こんな歓喜を知らないッ」

 ガクリと膝をつくレイル。

 切り裂かれ踏みつけられ、装備はボロボロだ。
 ポーションで回復したとはいえ、身も心も傷付き、本当にボロボロだったのだ。

 だけど──────……。

 だけど!!
 だけど言いたかった!!
 
 ずっと、
 ずっと、
 ……ずっと、ずっと言いたかった!!


「────俺は、『疫病神』なんかじゃないッッッ!」


「「「ありがとう!! 冒険者さま! 勇者さま! 英雄様!!」」」


 その言葉に一人涙するレイルを、村人たちが持て囃す。

 もう村中お祭り騒ぎだ!

 倒れ伏したグリフォンをボコボコに殴る村人に、
 歓喜の余りに涙し、崩れ落ちるご婦人たち。
 自警団は喜びの余りレイルを取り囲み全員で胴上げ、胴上げ、胴上げの嵐!!

「お、おい! うわ! ちょっと!!」

 そのまま宴会場と化したグリフォン討伐現場でレイルはもみくちゃにされる。
 村の食糧庫は開かれ、とっておきに肉やチーズが惜しげもなく調理し振舞われる。

 熟成されたワインは領主向けの品ではあったがそんなことは知ったことか。
 羊も牛も、グリフォンにあらかた食い尽くされたがそれでも今日くらいい、いいだろう。
 鳥も卵も新鮮なものを使おう。

 飲めや歌えや、生きていることを祝おう。


 強き英雄、レイルを称えよう!

 勇者レイル、万歳!!
 英雄レイル、万歳!!


「「「冒険者レイル、万歳!!」」」

 万歳!!

 万歳!!


 ばんざーーーーーい!!!




 わぁぁあああああああああああああああああ!!




 ──その日、村は散々な被害を追ったものの、
 強き開拓民の人々は傷を忘れて意識がなくなるまで痛飲した。

第16話「一夜明けて……」


「いてててて……」

 ひどい頭痛に苛まれ目を覚ましたレイル。
 そこは先日までの、粗末な宿の部屋天井ではなかった。

「あー……飲み過ぎた」

 のどの渇きを覚えて、痛む頭痛をこらえながらベッドわきの水差しに手を伸ばし一気に煽る。
 うまい……。

「ぷはぁ!」

 1リットルほどの水を全て飲み干してようやく周囲を見渡す余裕ができた。

 ここは……。
「宿の……一番高い部屋か?」

 部屋の隅には、見覚えのある荷物が置かれていた。
 『放浪者』のリーダー。ロードの持ち物だろう。

 つまりここはロードが使っていた部屋らしい。
 要するに一番いい部屋────。

 コンコンッ。
 ロードの荷物をじっと見ていたレイルの耳に、控えめなノックが届く。

「は、はい?」
「失礼します──朝食ができましたが、いかがしますか?」

 声の主は宿の主人らしい。
 たしか不愛想な印象の男だったが、今日はいつもより声に張りがある。

「も、貰います──……それと、水と酔い醒ましをいただけますか?」
「わかりました。よい薬草を用意しますとも」

 ニコリ、と不器用そうに笑う主人。

 どうやら、レイルが英雄と呼ばれたのは夢ではなかったらしい。
 愛想の悪い宿の主人の対応ですらこれだ。

「昨日のあれは──やっぱり現実だったんだよな?」

 Dランクのレイルが、災害級のモンスターであるグリフォンを退治したこと……。
 体に漲る力は、レベル急上昇によるステータスの向上によるもので──。


 そして、なにより…………。


「ステータスオープン」


 ──ポォン♪


 ※ ※ ※
 
名 前:レイル・アドバンス
職 業:盗賊
スキル:七つ道具
    一昨日(おととい)に行く

 ※ ※ ※


 あ…………────。


 『一昨日に行く』


「──やっぱり現実なんだな……」

 二つ目のスキル……。
 この世界の者なら成人を迎えたときに誰でも授かる、神の恩恵(スキル)

 あぁ、そうか……。

「……ミィナ。俺、スキル貰ったよ────」

 そうっと、ステータス画面に表示されているスキルをなぞり──しみじみと呟くレイル。
 それは、彼女との約束であった、戦闘系のスキルではないけれど──。

 それでも……。

 そう。
「──それでも、俺を救ってくれた……」
 そして、
「……俺を英雄にしてくれたスキルだ」

 握りしめる手。
 ギリギリという音を聞き、実感するその力。

「どれだけレベルアップしたんだろう? 俺は──」

 体中から(みなぎ)る力。
 超々格上の魔物を倒したことによる急成長。

 ステータスは以前の何倍にもなり、スキルのLvも上昇した。

 ──ポォン♪


 ※ ※ ※

レイル・アドバンスの能力値

体 力: 529(UP!)
筋 力: 475(UP!)
防御力: 518(UP!)
魔 力:  86(UP!)
敏 捷:1821(UP!)
抵抗力:  63(UP!)

残ステータスポイント「+1540」(UP!)

※ 称号「グリフォン殺し(グリフォンスレイヤー)」(NEW!)
 ⇒ 空を飛ぶ魔物に対する攻撃力30%上昇
   鳥系の魔物に対する攻撃力20%上昇

 ※ ※ ※


 なんつー上昇幅だよ……。

 いや──。
「それほど格上の相手だったということか──……」

 間違っても、Dランクの冒険者が戦うような相手ではないことだけは確かだ。
 その上、パーティメンバーの『放浪者』は逃げ散り、経験値は総取り。

 そりゃあ、強くもなる。
 そして、頼みのスキル。

 ……スキル『七つ道具』は、はるかに冴えわたり──。
 スキル『一昨日に行く』は、僅かではあるがLvが上昇した。


 ポォン♪

 ※ ※ ※

 スキル『七つ道具』
 Lv:7
 備考:MP等を消費し、
    開錠、罠抜け、登攀、トラップ設置など、
    様々なスキルを使用できる。


 スキル『一昨日に行く』
 Lv:2
 備考:MPを消費し、「5~10分」程度、一昨日に行くことができる。
    一昨日から戻るためには、スキルのキャンセル、
    または、一定時間の経過後、もとの時間軸に戻ることができる。

 ※ ※ ※

「ふむ……」
 Lvが上昇とはいっても本当に少しだけ。
 恩恵も、制限であった「5分間だけ一昨日に行くことができる」というものが、数分ほど伸びた程度ではあるけどね。

 それでも、レイルは満足していた。

 戦闘系ではないとはいえ、スキル『一昨日に行く』は規格外のスキルだ。
 これで、『放浪者』に入った時の目標のように、純粋に強者となれば天職やスキルなど関係なしに護衛くらいこなせるだろう。
 少なくとも、万年Dランクからは脱することができる──。

 なにせ、あのグリフォンを仕留めたのだ。

 幼体でも、手負いでもない成体のグリフォン──……しかも(つがい)を、だ。
 グリフォンにつけられた傷をなぞり、レイルは固く誓う。

「あぁ、俺の人生はまだ捨てたものじゃない……」
 一度はあきらめかけ、そしてロードに誘われまた再燃した「夢」。

 そして、先日再びその「夢」は現実のものとなった。
 …………もう一度やり直して見せる、と。

 そのためにも、グリフォンから取れる大量の素材と、クエストの討伐証明を持ち帰り、詳細をギルドに戻って報告する…………。

「それにな、ロード……」

 ジャラリ……──。

 薄汚れた小さな袋から大量の冒険者認識証(ドッグタグ)を取り出すレイル。
「お前は許されないことをした────。だから、絶対にこれは報告しないとな……」

 レイルの手にあるのは……ロード達の置き忘れていった荷物から回収した無数の人々の名前の刻まれたたくさんの認識票だった。
 それも、E~Cランクのそれ。

 つまり────。


「…………全部で56人──俺を入れて57人か」


 ──ロード達が囮に使った冒険者の持ち物だ。

「サイコパスどもが……!」
 血汚れさえついたそれらは、すべて個人のもので、故人のものだ。

 おそらく、これらの認識票はこれまでに騙して囮に使った冒険者のもので、レイルと同じように、冒険者仲間からも疎まれ、「誰からも必要とされなかった者たち」の末路のだろう──。

(──戦利品のつもりか? クソ野郎ども)

 …………さぞかし楽しかったろうな。

 彼らを否定して、
 彼らを罵って、
 彼らを食い物にして────。

 魔物の囮にして、隠れて眺めてゲラゲラと笑う。

 ……56人分の生きたエサ。
 モンスターを狩るためだけの囮……。

 実際はもっと多いかもしれない。
 死体から入手できたのがたまたま56個の認識票だっただけ。

 一歩間違えればレイルの冒険者認識票もあの中にあったのだろう。
 57枚目の冒険者認識票だけの存在としてこの汚い袋の中に──……。

 だから、レイルとしてはシンパシーを感じずにはいられない。

 皆……。
 皆、ロードたちの踏み台にされた哀れな冒険者たちだ。

 ロードがレイルに言ったように、消えても(・・・・)誰も気にしない存在(・・・・・・・・・)
 それがこの冒険者認識票の元の持ち主──。

「……必ず──必ず仇を取ってやるよ」

 レイルにだけはわかる彼らの苦しみ。
 だから、認識票に触れるだけで彼らの慟哭が聞こえてくるようだ。


 「疫病神」「疫病神!」
 「売女!」「忌み子」
 「クズ!」「ろくでなし!」「使えないやつ──……」


 そう罵られていたであろう、孤独な冒険者たち。
 そして最後の最後まで、踏みつけにされた哀れな犠牲者。

 ひとつ一つ、認識票の名前を見ているだけで彼らの人生を垣間見た気がする。


 ──傷だらけのDランクの認識票や、
 ──年季の入ったCランクの認識票。
 ──それにまだ真新しいEランクの少女の名前が刻まれたそれ──……。


 ジャリン……!


「もう少しだけ待っててくれ……。俺の用事のついでで悪いけど、必ず俺がみんなの分の恨みを晴らしてやるから」

 まるで自分のことにように、認識票を掴むレイル。
 再びそれらを袋に仕舞い、固く口を縛る。

「………………だから、これ以上、好きにやらせるかよ──ロード!!」

 義憤に駆られたわけでも、
 正義を気取ろうというのでもない──……。


 ただ。
 ただ、ただ、ただ!!



「────借りは返すぞ……!」