第7話「旅の空」

 それから数日の間。
 レイルはロード達のパーティの一員として行動した。

 最初のうちは、大して貢献できるとも思えなかったので、できることは何でもやろうと思った。

 しばらくの滞在のあと、街を出てどこかへ向かうロード達に仲間として馬車に同乗していたレイル。
 夜が近づけば野営の準備だ。

 そして、

「──俺が、俺が全部やりますよ!」
「ん? お、おぉ。ありがとうよ」

 重騎士ラ・タンクの見張りを交替するレイル。
 ……これくらいしかできない。

 ──だからやる、やらせてもらう。
 おっと、馬車のほうもやらないとな。

「御者はまかせてください!」
「おや? よろしいので? 助かりますよ」

 賢者ボフォートから馬の手綱を受け取るレイル。
 彼の貴重な読書に時間を提供するのもDランクの務め。

 ──なんでもやる。やらなければならない。

「あ、料理なら任せてください! 一人で生きてきたのでたいていのことはできます」
「あら? べつに気を使わなくてもいいのよ? でも、ありがとう。お任せするわね」

 不器用な手つきで馬車の中でイモの皮むきをしていたセリアム・レリアムからやんわりとナイフを取り上げるレイル。
 危なっかしくて見ちゃいられない。

「──はい! 腕によりをかけて作りますよ」

 神殿巫女セリアム・レリアムから料理番を奪うレイル。
 高貴な血筋の方から給仕を受けるなんてとんでもない。

 それに、野営初日から芋料理じゃ味気なさすぎる。
 まだまだ新鮮な食材が使えるからな。

 でも、こんな時、『手料理』のスキルがあればよかったと少し後悔……。
 だけど、ずっと一人で生きてきたので料理くらいはお手の物だ。

「さーて、やるとしますか」

 ※ ※

 さて、そんなこんなでロード達と野営をして初めての料理番を引き受けたレイル。
 馬車が野営場所につくと同時にテキパキと準備を整えていくレイル。

「メニューはどうしようかな」

 ロード達の使う食材はかなり高級品が多い。
 辺境の町いちの品ぞろえを誇る『よろず屋カイマン』で購入したらしいそれらをレイルが手早く下ごしらえしていく。

「うわ。どれも高級品ばかりだな──」

 生鮮食品は長持ちしないので優先的に使うとして、
「生野菜と、緑黄豆と──。あとは…………お、魚か」

 肉を使おうかと思ったが、一番アシの早い魚を優先して使うことにした。
 
 メニューは複数。
 メインディッシュと、スープ、サラダ。それとデザートだ。

「ちゃっちゃとやりますかね~」

 まずは火をおこし、枯れ枝と土をかぶせて煙道を作る。
 慣れた手つきで直火には鍋をかけると湯を作り、湯が沸く前に手早く魚をさばいていく。

 調理ナイフ乗せを使い、ガリガリと鱗を落とし、ワタをとる。
「……っと!」
 ストン! と、頭を切り落としたら湧き始めた湯に落とし、灰汁を取りつつ出汁を取る。
 並行して身を三枚におろすと同じく骨身を湯に落とし、代わりに頭を上げた。
「ん……いい出汁」
 お玉に救ったスープを味見すると滋味深い味がした。
「へぇ、レイルは手際がいいな」
 感心したようにロードがわきからのぞき込んできた。

「あ、お待たせしてすみません! すぐに──」
「いいからいいから、楽しみに待ってるよ」

「はい!」

 ロード達を待てせるのも悪いと思いピッチを上げるレイル。
 手早く、サクにした切り身を煙道の中につるすと、焚火から出る煙を利用して魚の燻していく。
 燻製というよりも煙の風味をつけるためだ。

 その間にも、まず簡単に作れるサラダを整えていく。

「サラダの基本は三つのC~♪」

 綺麗(クリーン)に、
 パリパリ(クリスプ)に、
 しっかり冷やし(コールド)て──。

 まず青物野菜を水で洗いしっかりと水を切る。そして、塩で揉み込み水分を飛ばしながらサッと水気を取ると、さらにより分けていき上からガリガリとチーズを削り、さらに乾燥した香草を崩して散らす。

「仕上げっと!」

 最後にニンニクオイルをたっぷりかけると、
 じゃ~~~ん! 「青物サラダ、チーズ和え」の完成!!

「──よし、次はスープ!」

 次に沸騰してきた湯に出汁が染み出すのを確認すると、骨身を上げて香草を足していく。
 そこにトロミをつけるために目の細かい小麦粉を混ぜ、火から遠ざける。

 その上に、パンの耳を落としておかゆ風にすると、
 ばばーーーん! 「魚のブイヨン風、すいとんスープ」の完成だ!

「おぉ、うまそうじゃねーか!」
「イイ匂いですねー」

 重騎士ラ・タンクと賢者ボフォートが連れ立ってやってくると、焚火の傍に腰を下ろした。

「もう完成します。少しだけ待ってください」
「私もいただくわね」

 セリアム・レリアムが優雅なしぐさで携帯椅子に腰かけると、レイルは燻製風味にした魚を煙道から取り出す。
 少し生なので、食べれない人もいるかもと思ったが、一番最後に席に着いたロードの様子を見るにその心配はなさそうだ。

「お待たせです!」

 レイルは耳を落として柔らかい部分だけ使ったパンに、燻製風味の魚に切り身を置き、細かく刻んだ玉ねぎをたっぷりと乗せ、香草と岩塩をパラパラとかけた。

 よっし! メインディッシュの完成ッ!
「ハーリング風、スモーキーフレーバーのサンドイッチです」

 ひゅー♪

 誰ともなく口笛を吹き、次々にレイルの手からパンを受け取るパーティのメンバー。
 さらにそれぞれにサラダとスープを手渡すと、最後にレイルも自分の分を手にした。

「た、大したものじゃないですけど召し上がってください……」

 恥ずかしそうに顔をふせるレイルは、
 デザート用の梨を切って皿に盛って、かるく塩を振る。

 きっと、もっと美味しいものを食べているに違いないロード達に出すにはふさわしくないだろうけど──。
 こんな田舎料理が口に合うかわからないけど、冒険者としての下積みだけは長いレイルの培ったものをつぎ込んだ。

 彼らの顔を見るのが少しだけ怖かった。

 だけど、
「す、すげーじゃねぇか! セリアム・レリアムの作った飯はとてもじゃないけど食えないからな──ぎゃはははは!」
「ちょっとぉぉお!」

 ゲシゲシと肘でつつかれるラ・タンク。

「いや、実際凄いですね。短時間で最大効率────うむ、うまい!!」

 神経質そうな顔の賢者ボフォートも、サンドイッチを頬張るなり大絶賛。

「スープも行けるわね~。魚の味がしておいしいわ」

 いつも干し肉を煮込むだけだというスープが、滋味深い味になっていることに驚くセリアム・レリアム。
 やんごとなき血筋の方に褒められレイルも柄にもなく照れてしまった。

「サラダ、シャッキシャキだ。すげぇ」
 モリモリと口にサラダを詰め込んだロードが瞑目して味わっている。
「冷やしてきれいに洗い、しっかりと水気を切るとサラダの味はグッと引き立つんです」
「へー……! こりゃ旨いわ」

 そういって、次々におかわりの声が飛ぶので、レイルは忙しそうに給仕しつつ自分も味わう。

(よ、よかった……口に合ったみたいで──)

 あっという間に空になったスープ。
 レイルもなんとか自分の分を確保して一口。

(うま!! イイもの食ってんなー)

 さすがSランクといったところか。
 消耗品に過ぎない食材も一級品ばかり。

「いやー食った食った!」
「満足したわ~」

 あっという間に完売御礼となった食事に、ロード達は大満足して食後のお茶に興じていた。

「あれ?…………あ! しまった」

 スープの器が一つ余っていると思えば、ドワーフ族の少女、フラウの分を給仕し忘れていたことに気付くレイル。

「ん? あー……フラウはいっつもあーなんだよ、気にすんな」
 ズズズーと茶をすすりながらラ・タンクは興味なさげだ。
 ボフォートやセリアム・レリアムも難しそうな本を読み始めて全く顧みない。

「フラウなら、向こうで設営中だ────ま、腹が減ったら来るよ」
 ロードも聖剣の手入れをしつつ、興味なさげだ。

「いや、でも……」

 食材は使い切りあらかた食べつくしてしまった。

「あ──」

 そうだ。これがあった。
 レイルは出汁を取った後の魚のお頭と、骨身を取り出すと、最後の調理に掛かった。

 ロード達がのんびりとしている間に手早く調理を行う。

「腹の足しには心もとないけど……」
 御頭(おかしら)の一番おいしい部分──頬の身をナイフで削いで取り出すと串にさして炙る。
 あとは、残った骨身をニンニク油でカラカラにあげていく。

 ジュウジュウ♪ と心地よい音が鳴りやむ。
「うん……!」
 さっと火が通ったのを確認すると、さらに盛り付けて少し離れた位置で一人天幕を設営しているところに持って行った。


「あ、フラウさん──天幕(テント)ですか? 俺が張りますよ!」
「レイル?…………僕に気を使わなくていいよ。──あと、あまり話しかけないで」

 皿を切り株の上に置き、
 ドワーフ族の神童。技術師長官フラウの天幕設営を手伝おうとするレイル。

「え……?」
「……気にしなくてもいい。もう少しで終わるから」

 ──あ、はい。

 天幕の重い敷幕を危なげなくセットしていくフラウに取り付く島もない。
 そうしているうちに天幕が完成し、フラウが肩をもみながら一息ついていた。

「なに? まだいたの?」

 レイルを見もせずに素っ気ない態度のフラウ。

「いや、食事を持ってきたんだけど──」
「いらないわ。僕はいつも通りこれでいいから」

 そういって、バッグの中から干し肉と固パンを取り出す。
 しかし、見るからに固そうでマズそうなそれ──。

「でも、せっかくだから──」
「いらないってば!」

 差し出した魚の炙り身に見向きもしないかと思えば、


 ぐーーーーーー……。


「うぐ……」
 顔を赤らめてそっぽを向くフラウ。
「はは……それじゃ、ここに置いとくから。えっと、頬身あぶり焼きと、骨のビスケット。量はないけど、塩気を利かしたから、疲れが取れるよ」

「………………ありがと」

 終始そっぽを向いたままだが、フラウはレイルが背を向けるときに、ボソリと礼を言ってくれた。
「うん」

 コクリと小さく頷いた彼女は、小さな体で天幕の中に荷物を運びこんでいく。
 見た目に反して力も血なのか、あっという間だ。

 ……嫌われているのだろうか?

「じゃあ行くね?」
「…………ん」

 気さくなロード達とは違い、フラウとだけは中々馴染めないけど……、
「……これ」
「え?」

 去り際のレイルに話しかけたフラウ。
 もじもじしながら、お礼のつもりなのか小さなクッキーを一袋くれた。

「あ、ありがとう」
「…………僕には、これくらいしかできないから──」

 へ???

 そういって、フラウは機械類を手に天幕に潜り込んでしまった。
 「これくらしいか──」って、どういう意味だろう……。

 しかし、言及することもできずにいると、ロード達に呼ばれて食後のお茶の輪に加わるレイル。
 フラウはみんなと一緒に行動しないのだろうか?

「──フラウさんはいいんですか?」
「ん? あぁ気にするな。あいつはマイペースなんだよ」
 と、こともなげに言うロード。

「は、はぁ……?」(うーん??)

 マイペース……。
 たしかに──。

 普段からパーティとは一線を置くようにしているし、
 今も天幕を設営し置いた後は、ひとりで機械いじりを延々とやっている。

「……それにしてもレイル、頑張ってるじゃないか」
「え? あ、ぁあ。ありがとう、ございます」

 ふいに褒められ、柄にもなく照れてしまうレイル。
 Sランクのロードに褒められると、嬉しくて仕方がない。

「飯もうまいし、見張りも変わってくれる。────皆、感謝してるぜ?」
「そ、そうですか? こ、光栄です」

 そう。日々の雑用はもちろんのこと、
 夜間の見張り、馬車の御者、そして料理──。

 できることは、なんでも──。何でもやってやる!

(だけど……)
 ──こんなのでいいのだろうか?

 今さらながらどうしてDランクの自分を仲間にしてくれたのかわからない。
 少なくとも【盗賊】としての力量を買われたわけではなさそうだ。

(一体、ロードはどうして俺を────??)

「なぁ、レイル」
「は、はい!」

 ふと疑問がわきそうになったレイルを呼ぶロードの声。
 思わずドキリとするも、

「──はは。その敬語やめていいんだぜ? 俺たちは仲間だろ?」

 え??
 な、なか──ま。

 ほ、ほんとに?!

「…………は、はい!! あ────おう!」

 仲間……!

 なんとか、砕けた口調にしてみるも、どうにも慣れない。
 だけど、

「おうおう、そうだぜ、それでいいんだよ」

 ガハハハ! と豪快に笑うラ・タンク。
 セリアムもボフォートもおかしげに笑った。

 その笑顔を見ていると、レイルも心に沸いた不信感がシオシオとしぼんでいくのを感じた。
 あぁ、そうか。




 これが仲間なのか────と。

第8話「村の傷跡」

 そうして、『放浪者(シュトライフェン)』のメンバーと打ち解けながらレイルたちは馬車に乗って北を目指す。
 さすがSランクパーティの馬車だけあって乗り心地は最高だ。

 ドワーフの技術者フラウ謹製とあって、振動もほとんどなく、装甲まで施されている。
 おまけに広さのわりに軽いと来ている。まさに理想の馬車だ。

 その御者を務めながら、隣の席でぼんやりと空を眺めているフラウに聞いた。

「あの、目的地は──?」
「…………北の国境。開拓村だよ」

 あ、そう。

 やっぱり最低限のことしか答えてくれないフラウ。
 それでも、隣の席に座っているのは何か話があるのだろうか?

 ──そう思って、何度かそれとなく話題を振っているのだが、返事は上の空。

(ったく、なんなんだよ……)

 次第に無口になるレイルたち。
 しかし、

「………………僕は、君がこのパーティが抜けるほうがいいと思っているの」
「え?」

 唐突に振られたので、間抜けな反応しかできないレイルだったが、
 振り返った先のフラウの顔は真剣そのものだった。

「……悪いことは言わない。町に戻るか、故郷に帰った方がいい」

 は??

「な、なんで──……」

 なんでそんなことを言うんだよ!

「ちょっと、フラ──」

 ガタン。

 思わず口をついて、そんな言葉が出そうになったが、それは最後まで出ることはなかった。
 それもそのはず。

 長い緩やかな坂道を登り切った先。
 抗議の声を上げようとしたレイルの眼前に広がった光景。


 ──ザァァアア……。


 風が流れ、丈の短い草に波が広がる様は息をのむほどに美しい。

 小高い丘を馬車が越えた途端に、視界が広がった。その光景の見事なこと──。



 広大な草原と、開拓地────。



「おぉ! ここが大草原の村かー!」
「ひゅー……すごい景色だな!」
「おやおや、地図で見るのと実際にみるのでは随分と違いますね」
「うふふ。王都ほどの雄大さはないけど、こういのもいいわねー」

 そういって馬車の中から顔を出す『放浪者』の面々。
 途端にフラウは口をつぐんでしまった。

「おい、フラウ。何を話してたんだ?」
「…………なにも」

 そっけない返事のフラウに、しばらくロードはジッと顔を見つめていたが、彼女が反応しないことをみるに、
 チッ……と、舌打ちをする。

余計なこと(・・・・・)話してないだろうな?」
「………………話してない」

 ──ん??
(なんだ? フラウの奴、皆と仲が悪いのか?)

 先日から見ていると、あまり良好とはいえないフラウとロードたち。

(……まぁ種族の違いもあるしな? うん──)

 ドワーフはドワーフなりの独自の感性を持っているという。
 人間とはそれなりに良好な関係を築くことのできる種族だとは言うものの……。

「よーし、レイル。目標はあの村だ」
「はい──あ。お、おうッ!!」

 まだ敬語のクセは抜けない。

「……さすがに馬車に乗りっぱなしだとくたびれるよなー。まずは宿を探そうぜ」

 そうして、レイルは言われるままに馬車を操り村の門をくぐった。
 こういう時はさすがにSランクだと思う。

 突如現れた『放浪者』に村人は驚いていたが、Sランクの冒険者証をみせるとあっさりと村への門を開けてくれたのだ。
 レイル一人ではこうはいかないだろう。

 少なくとも、ギルドが発行した通行証なり、誰かの紹介状が必要になる。
 開拓村は、領主や国王の直轄地が多く、彼らの金が掛かっているだけになおさらだ。

「それにしても、かなり大きい村ですね──」

 宿について、馬を預けるとレイルはキョロキョロと物珍しそうに開拓村を見る。
「この辺で一番デカい開拓村だからな。北の蛮族に備えるための国政策の一環さ──っと、そこでいいんじゃないか?」

 訳知り顔で言うロードは、村で一番大きな建物に横付けするように言う。
 はたしてそこは宿屋らしく、裏には厩舎もあるようだ。

「馬車と馬の世話を頼むぜ? あとは、各自自由にしな──」

 レイルには特に用事を言わず適当に過ごすように言って宿に入ってしまった。

「え? じ、自由って言われても……。ここに何しに来たんだ?」

 パーティの誰かに聞こうとしても、すでに馬車の周りには誰もいない。
「まぁ、食事時にでも聞けばいいか」
 そう思い。言われた通り、レイルも好きに過ごすことにした。

 とはいえ、手持無沙汰になってしまったので、暇つぶしを兼ねて開拓村を観光しようとしたのだが、どうも村人の様子がよそよそしい。

 というか……。

「──な、なんだこれ!」

 プラプラと歩いていたレイルの目に飛び込んできた光景。
「ひ、ひでぇ……」
 宿の裏手に回って気付いたのだが、
 いくつかの民家が半壊し、何かに抉られたような跡がまざまざと残っていた。

 そこは村の広場になっているらしく、多くの村人が忙しそうに動き回っていた。
 彼らは手に手にピットフォークや粗末な槍を持って武装しており物々しい雰囲気だ。
「そういえば、村の入り口でもざわついていたし……何かあったのか?」
 首をかしげるレイルの耳に、
「やれやれ、着た早々これかい──」
 そんなボヤキが聞こえてきた。

 「ん?」そちらを振り返ると、村人とは違った装束の老人がいそいそと店じまいをしている。
 ……どうやら行商人の翁らしい。

「どうしたんですか? なにかあったんですか?」
「んぁ? なんだあんちゃん。村のもんじゃなさそうだね」

 「よっこらせっ」と、立ち上がる老人は店じまいを中断してしまった。
 どうやら、レイルが興味を持ったことが嬉しかったらしく、突然愛想をよくして広げた品々を勧めてくるではないか。

「ほら、コイツなんてどうだい? ドラゴンでもイチコロの猛毒入りの吹き矢だ、こいつを柔らかい口の中に打ち込んでやれば、いかに古代龍と言えども──」
「いや、買わないから! そんなことより、何があったんですか?」

 妙な品を売りつけようとする行商人を留めるレイル。

「んだよー。客じゃねぇのかよ。ちっ」

 途端に態度の悪くなる行商人は、ブツブツと言いながら店じまい再開。
 埒が明かないので適当に安いポーションを買うと、銅貨を握らせる。

「ち──しけた客だな。まぁいいか」

 そういうと、売買の対価に教えてくれた。
 行商人が顎をしゃくる先、半壊した家を指し示すと、

「見なよ、あの爪痕。……どうも、(たち)の悪いグリフォンが出たらしい」
「え………………ぐ、グリフォン?!」

 それを聞いたレイルは驚いて背を伸ばす。

(じょ、冗談だろ?!)
 ──グリフォンはドラゴンに匹敵する大型の魔物だ。

 時に人を襲い、小部隊ならば騎士団すら壊滅させることがあるという。

「おーよ、グリフォンよ。……腹をすかしたグリフォンが、この村あたりに目を付けたらしくってなー。今朝方もそこの一家が丸々食い殺されたんだと。家の中に隠れてりゃいいのに、爪でガリガリやられて子供が驚いて外に逃げちまったもんだから──それを追いかけていった両親がもろとも……パクリっ、てな」

 まるで、世間話のように話す行商人。
 いや、実際に世間話なのだろう。所詮は他人事だ。

「……ここは餌場ってことか」
「ドンピシャな表現だな。まさに、それだ」

 そういうと、行商人は「くわばら……くわばら」と店じまいをしてしまった。

 彼曰く、襲撃直後に来てしまったのものだから誰も商品を買ってくれなかったそうだ。
 もう、昼が近いのでグリフォンがまた襲いに来る前に退散するという。

「じゃーなー。兄ちゃん。冒険者みてぇだが、お前さんの腕で無謀なことすんじゃねーぞ。────あ、……ドラゴンキラー(超猛毒吹矢)買う?」

 そういって、さっき売りつけようとした怪しい猛毒の吹き矢を見せる。

 ……いらねーよ。

「ばーか。どうやってそれをドラゴンの口に当てるんだよ……。食われる寸前に打てってか?」
 使えるタイミングは死ぬ寸前……そんなもん自殺兵器もいいとこじゃねぇか!
「かーっかっかっか! いいねいいね。わかってるじゃねぇか兄ちゃん。……気に入ったぜ、どっかで会ったらオマケしてやるよ」

 へ。
 そうやってニヤリと笑った行商人はほとんど売り上げにならなかったという割に上機嫌で去っていった。

「──言いたいだけ行って行きやがったよ……。俺はこう見えてもSランクパーティ『放浪者』のメンバーなんだけどな」

 ……グリフォンごときがどうしたってんだ!

 行商人に小馬鹿にされたようで気分はよろしくなかったが、
 だけど、これで分かった──。



「……そっか、ロードの目的はグリフォン退治か」



 何の目的もなさそうに見えたけど、なるほど……。
 村を襲う悪しきグリフォン退治──。


「……さすが『勇者』ロード!」


 圧倒的な戦闘用スキルを持ち、ギルドからも『勇者』と認められたロード。
 どうやら、彼がこの村に来た目的はグリフォン退治のクエストらしい。


 

「まってろよー! グリフォン。やーるぞー俺はぁぁああ!」

(人々を守るクエストか……)
 誇り高きクエストに関われることにレイルは誇らしかった────。

第9話「だまし討ち」


 村に入って2日後のこと。
 もう少しで昼時だという時間に、村中で警鐘が鳴り響いた。

 カンカンカンカン!!

「空襲────! 空襲だぁぁあああ!!」

 自警団らしき若者が村の見張り代の上で叫んでいる。
 その途端に村中が蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。

 もちろん、ロード達『放浪者』はその時を待っていた。
 レイルも、村に入ったその日のうちには夜のミーティングでグリフォン退治について告げられてはいた。

 大型のグリフォンが、人間の味を覚えて襲撃するようになったというのだ。
 それも、かなりの広範囲に被害が出ており、この開拓村を含めて複数の開拓村が襲われているという。

 騎士団も出動しているのだが、空を飛ぶ魔物相手に何度も空振りを繰り返しているらしい。
 そのため、冒険者ギルドにも高額でクエストが舞い込んでいたというのだ。しかも、領主の直々の頼みで、だ。

 そして、
 先日、村に入ってからしばらくグリフォンの襲撃はなかったが、ついに今日の今この時──どうやら、待ちに待ったグリフォンが来たらしい!

「来たか……!」
 グリフォン退治の話を聞かされて以来、気が気ではなかったレイルは宿から空を見上げ、顔を引き締める。

 一方でロード達を振り返ると全く緊張感がなかった。
 それどころか、

「うー……うるっせぇなー」
「あたたた……。くっそ安い酒はだめだな」
 昨夜からずっと飲みっぱなしだったらしい、ロードとラ・タンク。
「ほらほら、起きてください。お仕事の時間ですじょ」
 呂律の回っていないボフォートに促され、
 村に到着して以来、ずっとゴロゴロしていたロード達がむくりと起き上がる。
(うわ……。ひでぇ匂いだ)
 ロード達から漂うアルコール臭に顔をしかめるレイル。

 彼らが管を巻いていた宿の酒場には酒の空瓶が数本転がっていた。

「おい、レイル。水を頼む」
「お、おう……」

 ラ・タンクに頼まれ、人数分の水を用意すると、彼らはそれをグビグビと飲み干し、最後に聖女であるセリアム・レリアムの解毒魔法でアルコールを抜く。

 しかし、完全に除去するのは不可能だろう。アルコールとはそういうものだ。

「うー……飲み過ぎたか?」

 ロードが頭を振って辛そうに額を抑える。

「だ、大丈夫なのか? こんなに飲んで……」
 さすがに口にはしなかったがレイルはロード達のありさまに眉をひそめている。
 グリフォンが来るのが分かっていながら、酒を飲んで怠惰に過ごすなんて……。

「問題ありませんにょ」
 賢者ボフォートに至っては、いまだ呂律が怪しい。

「む、無茶だ! こんなになるまで飲んで──」
「うるっさいわねー。……ねぇ、ロード。いつも通り?」

(え……? 今のってセリアム・レリアム?)

 いつになくぶっきらぼうなセリフを吐くセリアム・レリアムに、レイルがビクリと震える。
 まさか、あの優しい彼女がこんなセリフを吐くなんて──……。

「おう。いつも通りにやる(・・・・・・・・)。──フラウは待機中だな?」
「朝から律義に配置についてますよ、オップ」

 酒臭い息でヨロヨロと立ち上がったボフォートがトイレに向かう。
 村中大騒ぎなのに、こんな体たらくで大丈夫なのか?

 せめて、俺だけでもなんとか……!

 素早く装備を整えたレイルは短刀やポーションの在庫を確認する。
 そして、頬を叩いて気合を入れる。

 ……これから、ドラゴンに匹敵するグリフォンと戦うんだ、気合を入れないと!

 パンッ!
「うっし! やるぞ!!」

 せっかく期待してくれたロード達に報いるためにも──。

「あ? 何気合入れちゃってんの?」
「お? プハハハ。Dランクのお前が一丁前に戦うつもりかよ?」

 ロードとラ・ランクがやけに挑発的だ。

「な、なんだよ?! 今がどういう状況か──」
「知ってんぜ──グリフォンちゃんが、餌を求めて遊弋中さ」

 ならなんで──……。

「ははははは! まぁいいや。精々がんばれよ」
「おーよ、頑張れがんばれ!」

 まったく動き出す気配も見せずにゲラゲラと笑うロード達。
 いつもの彼らと違うようにレイルは戸惑い目を泳がせる。

(な、なんなんだよ? 一体どうしたってんだ?)

「何言ってんだよ? 全員でやるんだろ??」

 レイルの訝しげな表情をポカンと見つめるロード達。

 次の瞬間、ブハハ!! と顔面を爆発させるように噴き出すと、
「おいおい、コイツまだわかってねぇぞ? ほんっと、お前(にぶ)いなー」
「ケケケ。ここまで鈍い奴は初めてだぜ──ま、所詮はDランク」

 明らかにレイルを刺して笑うロード達。
 それが何を意味するのか分からないレイルは茫然と立ち尽くす。

「はいはい。そこまでそこまで、村人は避難したようです──……チャンス到来ですぞ」

「お! じゃ、餌の準備かな?」
「今回は活きがいいぜー」

 ロード、ラ・ランクは何やら意味深なセリフを吐き、
「それでは、そろそろレイルを置いてきましょうか?」
 ボフォートはレイルを物のように見てくる。

「え……? 俺??」

 い、一体……。

「な、何の話だよ……?」

 急に話を向けられたレイルはただただ戸惑う。
 いや、それどころか──。

「ねぇ、ちゃっちゃとやっちゃいましょーよー」

「ちょ、ちょっと何のの真似だよ?!」
 ジリジリと迫るロード達に何やら怪しい気配を感じたレイルは思わず後ずさる。
 その背後を塞いだのは聖女セリアム・レリアム。

「な! ど、どいてくれ!」

 ここはまずい!
 そう思ったレイルは思わず逃げ出そうとするが、ガシリを首根っこを掴まれる。

 そして──。
 
「レイルぅ……。お前はもう用なしだ!」

 どかッ!!

「うぐわッ!!」
 唐突に蹴りだされるレイン。
 あまりに突然すぎて受け身も取れずに。宿の壁を突き破って村の広場の石畳を転がされる。

「うぐぐぐ……」

 痛みの余り息が詰まりそうになるが、なんとか起き上がる。
 奇しくも、そこはあのグリフォンに襲われたという一軒家があった場所だった。

「な、なんのことだ?! 急にどうしたってんだよ!?」

 レイルは状況が分からない。
 ただ、急にロード達が牙をむいたようにしか────……。

「どうしただと……? 本ッッ当にまだわかんねぇのか?」
「え?」
 
 クルァァアアア!!

 空を圧する咆哮!
 そして、サッ! と、上空を何か巨大なものが航過していく。

 ──確認するまでもない……グリフォンだ。

「え? じゃない、今日でその顔とも見納めだ! そう思うと、せいせいするぜ──」
「ろ、ロード……? きゅ、急にどうしたんだよ? お、俺何か悪いことでも……? それとも──」

 それとも、何か狙いがあってのことか?

「はん! バぁカ……!」
「ぐ! もしかして、お前ら!!」

 ……うすうす勘付いてはいた。
 何か別の目的があってレイルを勧誘したんだと──……だけど!

「何度も言わせるな。お前はもう用なしなんだよ──今日までご苦労さん」





 ──ピィン♪





 澄んだ音を立てて金貨が空中を舞う。
 それは手切れ金のつもりなのだろう──叩きつけられるようにして一枚がレイルの服に滑り込み。他の数枚は地面に転がった。

「──え? よ、用なし……って。は? え……?」

 こ、この金はなんだよ!
 ま、まさか──こんなところで……。

 ニチャァと笑うロード達の顔を見て、
 その後で散々罵るロード達の声を聞いて、

 容赦なくレイルに刃を突き立てるロード達に悪意を感じて……!!




 やっと気づいた──────!!



「──じゃあ、大人しく食われてくれや────『疫病神』ちゃん! ぎゃははははは」

第10話「絶体絶命」

 ロードの醜悪な顔が愉快満悦に歪み、レイルを絶望のどん底に突き落とした。
 コイツは初めからそのつもりで────……!!

 ろ、
 ロード……。

 ロード!!

「ろ、ローーーーーーードてめぇぇええええええ!!」

 血を吐くようなレイルの絶叫。
 それを受けて笑い転げるロード達。

「今さら気付いても遅いんだよッッ!」
「「「ぎゃははははははははは! この間抜けがぁ!」」」

 無様に地面に転がるレイルをあざ笑うロード達。
(あぁそうか! あぁそうかよ!! わかった。今わかった!!)

 ──全部理解できた!!

 ここにきて、すべてを理解できてしまった……!

 人食いグリフォン。
 疎まれているDランク冒険者。

 Sランクの所以────……。

 つまり──────。
「最初から、俺を餌のつもりで連れて来やがったのか──テメェぇぇぇえええええ!!」
「あったり前だろうが!! お前みたいなクズ冒険者、他に使い道があるかよぉぉぉおお!──おい、ラ・タンク」

 無造作にラ・タンクを呼びつけたロード。
 クィっと顎でレイルを指し示すと、

「おっけー。じゃ、ちょっ~~~とは血ぃを出してもらうぞレイル。イ~イ匂いがしたほうが食いつきがいいんでな────。クククよかったな~、最後に俺たちの役に立ててよー。ひゃははははははははははは!!」

 もはや、レイルを人として見ていないその目!!
 その目ぇっぇええええ!!


「あばよ、『疫病神』ッ!」


 コイツ──!!
 コイツッ!!

「お前らぁっぁぁああああああああああ!」



 ザクッ!!



「ぐぁぁああああああああああああああああ!!」


 ラ・タンクの槍が容赦なくレイルの肩を薙ぐ。
 その瞬間激痛と鮮血が迸る。

「おーおー出る、出るぅ」
「すっげぇ、出汁だな。こりゃ食いつきがよさそうだ」
「せいぜい叫んでグリフォンを呼んでくださいね、生・き・餌・さん」

 ゲラゲラと笑うロード達。

「だーいじょうぶよー。痛いのは一瞬。旨くすればパクリと言ってくれるし、その前にちゃ~~~んと、グリフォンは仕留めてあげるから」

 んね?
 そう好き勝手に言って、全員がフラウを振り返る。

「………………準備よし」 

 ジャキンっ!!
 物騒な金属音とともに、フラウが馬車の中からコクリと頷く。

 そして、

「……僕は、警告したよ──」

 そういって一度だけレイルを見ると、あとはもう視線を合わさないフラウ。

「ふ、フラウ……! お、お前らぁぁあ!! ぐぅぅうう!」

 ま、まだだ。
 まだ肩を切られただけ────ポーションを……。

「おい、逃げるぞ、グリフォンが来る前に足も切っちまえ」
「あいよー」

 ロードの無情な指示に、ラ・タンクが自慢の槍で宿の中からレイルの足を切り裂く。その激痛!!

「ああああああああああああ!!」

「お、いい声──」
「あ、ポーションを飲もうったって無駄ですよ。私たちが支給したのはただの砂糖水ですから、ウヒャハハハハ!」

 そういって大笑いするボフォート。
「なんだと! ぐぁ!!」

 今度はロード自身から薄く切られて、背中からも血が溢れて地面に染み込んでいく。
(なんてやつらだ……!!)

 どーりで気前よくクソ高い上級ポーションをレイルにくれると思ったら……!

「くそぉ!!」
(し、死んでたまるか……! こんな、こんな奴らのために──……)

 満身創痍のレイルは動けず。村の広場で血まみれになって蠢くのみ。
 そして、上空を黒い影が────……。

「「「「きたーーーーー!!」」」」

 うっひょー! と大喜びの声を上げるロード達。
 
 来たーって?
 何が……?

「って……」

 ははは……確認するまでもないよな────。

『クルァァァアアアアアアアアアアアア!!』

 ズドォォォオオン!!

 砂埃とともに、降り立つ巨大な質量。

 そこから強烈な獣臭。
 そして、巨大な影────!!



「ぐ……!」

 人食いグリフォン!!!


第11話「奇襲攻撃」

「ぐ、グリフォン……!」

 おとぎ話では聞いた。
 そして、ギルドの掲示板で見たこともある。

 どれもこれも、凶暴そのもののモンスターとして……。
 そして、自分なら一生関わることがないと思っていた敵うはずのない化け物──……。

 そいつが、

『グルォォオオオオ……!』

 ズズン……!
 巨体な割に柔らかな羽音で着地した大型モンスター!!

 ──グリフォン!

「くそ……! あいつ等、このために──」

 ロード達は言っていた。


 いつも通り(・・・・・)、と。

 いつも通り(・・・・・)と……!


 つまり、

「つまり、テメェらいつもこうやってクエストやってんのかよぉぉぉおお!!」

「「「「ぎゃははははははは!!」」」」

 それは肯定の笑い。

 いつも通り。
 そう。いつも通りなのだろう──……。

 レイルのような、誰にも顧みられない(・・・・・・・・・)冒険者(・・・)を餌に、こうしてモンスターを狩る──!!

 あああ、有効だろうさ!!
 簡単だろうさ!!

 そして、理解した……!


  「ギルドマスターからの紹介です」

 
 そういったメリッサの言葉を!!
 
「どいつもこいつもグルなのか!」
「へへ、()きがよくて助かるぜ──」

 サッと、宿に潜り込み、中から様子を窺うロード達。
 グリフォンは完全にレイルを餌と認識したらしく、ズンズンと足音も高く迫る!

「くそ……! 食われてたまるか!」

 ズルズルと這いずるレイルだが、──グシャ! 


「あがぁぁあああああ!」


 ゴリゴリゴリ……と、大腿骨が潰れていく感触に喉から絶叫が漏れる。
 ピピっと、飛び散った血にグリフォンはご満悦。おびただしい血がブウシュウウウと溢れでる。
 
「うひゃー……ありゃいてぇわ」
 ニヤニヤと建物から様子を窺っているロード達をこれでもかというくらい睨みつけるが、そんな視線には慣れっこらしい。

『ゴキュルァァァアアア!!』
 そして、それに気をよくしたグリフォンがレイルを啄ばまんとして──……。


「……そこぉ!」


 ────ガキュンッッッ!!

 宿に入れておいた馬車の中からフラウの声!
 その声と同時に何かが射出されグリフォンに突き刺さった。

 ……ズンッッッッッッ!!

『────クルァァァァアアアアアアアアア!!』
「な?!」

 まるで巨大なハンマーで殴られたように、グリフォンの巨体が一瞬浮かび上がる。

 そして、

 ──バシャリ!! とドス黒い血がレイルに降りかかった。

「う、ぐ……」
(な、なにが──??)

 グリフォンからのトドメを免れたレイル。
 その瞬間、ロード達が動き出した。

「よっしゃああ! チャンス到来ぃぃい!」
「いっけーーーーー!」

「魔力全開──デカいのをブチかましますよ……!」


 そして、『放浪者』達の全力攻撃が始まった!!

「「「攻撃開始ッ!」」」

 スキルを発動させたロード。

「へへ……! 動きを止めればこっちのもんよ──」
 彼の職業やスキルを聞いたことはなかったが、Sランクなだけはあって圧倒的な魔力の迸りを感じる。

 すぅぅ……。
「おらぁぁああああ!! ライトニングスラッシュ(光波漸)!!」

 ピシャァァアアアアアン!!!

 ロードのスキルが聖剣に宿り、バチバチと発光してグリフォンの片羽根をもぎ取った!

『クルァァァアアアアアア?!』

 強襲を受けたグリフォンが戸惑い叫ぶ。
 だが、『放浪者』の追撃は止まず、すかさず……次はラ・タンク──!!

「おっしゃぁぁあ!! 追撃、追撃ぃぃい!!」

 ラ・タンクが槍の穂先にスキルを乗せて突撃!

「うっっらぁあああああ!! カイザースピアー(皇帝槍撃)ぁぁああ!」

 ドズぅぅぅううン!! と、大音響!
 その直後に突き立った槍が、深々をグリフォンの後背に生える。

 Sランクの膂力と、重装備の全重量

『ゴキュルァァァアアアアアア!!!』

 もはや死に体のグリフォン!を乗せた強烈な一撃だ!
 だが、大空の覇者がこれしきの攻撃で────……。

「よくやりました!! イイ避雷針ですよー!」

 しかし、『放浪者』は容赦しない。
 そのタイミングを待っていたといわんばかりに、最後の一手!!

 そう。それは、勇者・重騎士・賢者の三位一体の連続攻撃。

 ────トドメはボフォート!

極大魔法(アルティメットマジック)ッッ!」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ! と、ボフォートの直情に魔力の黒雲が発生し帯電し始める。

「はぁっぁあああ……!」

 更に魔力を込めるボフォート。
 周囲の小石や瓦礫──そして、彼自身が魔力の力場に釣られるように僅かに浮かび上がっていく。
 そのまま、黒雲の中に青白く光った魔力の波動が渦巻き、まりょくを最大に溜め込むと──……!

 ボフォートが普段は閉じているような細目をカッ!! と見開くッッッ!
「はぁぁあ!!」
 虚空から現れた魔力の塊が紫電を放つッッ!!
「──……トドメですよぉぉぉお!! 究極雷光(サンダーロード)
 極限まで膨れ上がった魔力の雷が炸裂したッッッ!

 ──バッッッッッチぃぃいンッ!!


『グギャァァァアアアア!!』


 開拓村を押しつぶさんばかりの絶叫!!

「まだまだぁぁぁあああああああ!!」

 視界を焼く魔力の雷がラ・タンクの槍を避雷針にして、グリフォンの内部をローストした。

 ────バチチチチチチチチチッッッ!

 内臓を焦がす電撃!
 それにはたまらず、あのグリフォンが絶叫し、
『────ギャオォォオオオオオオオ…………ォォッ…………』

 そして、終局──……。

 ついに、あの巨大なグリフォンが──ズズン……と、身を沈めてしまった。



「た、倒した……?」



 レイルの目の前で、あっという間に滅ぼされたグリフォン。
 いくら奇襲されたとはいえ、すさまじい攻撃力だった。

 これがSランクパーティ『放浪者』────……。
「ど、どうです? 効きましたか?」
 ブシュゥゥゥ……と、魔力の奔流が収まった先にはローストされたグリフォンの遺骸が…………いや、まだ、か。

「お、しぶといな?」
「ボフォート、魔力足りてねぇぞ?」

『──コキュルルルゥゥゥゥ…………』

 コッフ……。
 コッフ…………。

 地に臥したグリフォンが荒い息をつき、呼気が白く濁る。
 ……致命傷だ。

「まぁ、いい。さっさとトドメをさすぞ、ついでにそのクソ餌野郎も消し炭にしとくか?」

 ロードにクソ餌野郎呼ばわりされたレイルも、ドクドクと溢れる血に急速に体温を失っていく。

 そんな中でも、グリフォンの力強い魂を間近に見てレイルは信じられない思いだ。
 これでも死なないグリフォンと、それを倒してしまった『放浪者』の実力に──。

(災害級モンスター……グリフォン)

『コフー…………』

 臥したグリフォンとレイル。二人の目が合ったような気がしたとき、

「ん?……おいおい? なんだぁ、この疫病神──生きてるぜ。おい、フラウ。わざとこのタイミングで撃ったな?」

 レイルの生存を知ったロードが馬車の中のドワーフの少女をジロリと睨んだ。

「…………タイミングがそこ(・・)だっただけ」

 言葉少なげにポツリと呟いたあとは馬車の中に引っ込み、もう顔を出さないフラウ。
 
「……ち。一手間増えるじゃねーか。役立たずのトドメに一発。グリフォンにもトドメを一発──」

 そういって、剣を振り上げるロード。
 狙いはもちろんレイルだ──。

「カッ! めんどくせぇ……」

(──く、やっぱりそうか……!)

 今にもレイルの首を刎ねんとするロードを見てレイルは思う。

 ────コイツは……レイルに躊躇いもなくとどめを刺すと。

 そうとも。そうだろうさ。
 これまでだって、囮にされながらも生き残った冒険者がいたはずだ。

 だが、ロード達の悪事が明るみに出たことはないらしい。

 つまり────!!

 つまり……!

「……お、お前ッ!! そうやって何人手にかけた! この人でなしが!!」
「あ゛? 元気じゃねーか。ハッ、疫病神がよぉ、何を生意気な口きいてんだよ」

 その目はどこまでも冷酷。
 最後には口封じとして、うまく生き残っても殺すつもりなのだ。

「先にグリフォンを殺ったんじゃ、お前にも経験値がいっちまうからな。悪いけど、先に死んでくれ──」

 据わった目のロード。もはや、レイルなど路傍の石と同じ扱いだ。
 僅かばかりとはいえ、戦闘に貢献したレイルに経験値の分配がいく────だが、それすらも惜しいとばかりに、ロードはレイルを取らんとする。

 だけど──……こんなことが許されるはずがない!

「あばよ、疫病神──」

 て、
「てめぇぇえええ! このクズ野郎がぁぁぁああああ!!」

「やっかましい! 一昨日来やがれ『疫病神』────お前みたいな生きていても役に立たない厄災はよぉ、死んで当然なんだよ。俺たちの肥やしになることを誇りにして死ねよ。そして、安心しな……『疫病神』なんざいなくなっても、誰も気にしやしねぇさ」


 く、くそ野郎────!!


「いつか。いつか、絶対──……」
「あーあーあーあーあー。そーいうセリフは聞き飽きてんだよ」

 そうだ。
 いつか絶対──。



 絶対、殺してやる──……!!



「ロぉぉぉぉおおおおおおドぉぉぉおおおおおおおおお!!」


 つぶれた内臓から血を噴き出しながら怨嗟の叫びをあげるレイル。
 死の瞬間まで、ロードを呪ってやるとばかりに──!

 だが、殺意の籠った目を涼しげに受け流すロード。
 まるで慣れているといわんばかり──。
「へへ……!」
 そして、キラリと輝く聖剣に太陽が反射した。
 数瞬のあとにあれが振り落とされ、レイルの首を切り落とすのだろう。

 悔しくも、その聖剣は場違いにキレイで──……反射する太陽の光が温かくまぶしかった。

(ミィナ………………今、行くよ)

 最後に思ったのは最愛の幼馴染の顔。
 喧嘩別れしたあの日の彼女の顔────……。

「ミィ……な」

 ふっ……と、陽光が翳る。

 眩しいくらいに反射していた聖剣に影が差す。

 遥かかなたの天上に瞬く太陽の光を覆う何か────。
 そう。何か黒い影(・・・・・)に、それ(陽光)が塞がれる。

 え?
(影って──…………。空に、何か)




「じゃ、あば」
「ロード、上ぇええええええ!!」










※ ※ 備考 ※ ※

ロード・カミンスキーの能力値

体 力:2672
筋 力:3934
防御力:2950
魔 力: 565
敏 捷:1385
抵抗力: 842

残ステータスポイント「+45」

※称号「翼竜殺し(ワイバンスレイヤー)


ラ・タンクの能力値

体 力:3298
筋 力:4546
防御力:6002
魔 力: 165
敏 捷: 785
抵抗力:3242

残ステータスポイント「+12」

※称号「千人切り(ジェノサイダー)


ボフォートの能力値

体 力:1299
筋 力: 715
防御力:1312
魔 力:5083
敏 捷: 911
抵抗力:4329

残ステータスポイント「+9」

※称号「固定砲台(アーテラリー)

第12話「Sランクの引き際」

 ロード、上ぇぇええええ!!

 その言葉が誰から出たものだろうか。
 いや、そんなことはどうでもいい。

 そんなことより今は──……。

『キュルァァァアアアアアアアア!!』

 空を圧するグリフォンの咆哮(・・・・・・・・)
 そして風圧ッッッ!!



「な、なんだとぉぉおおお!! 二匹目だっぁあああ?!」



 ゴォォォオオオオオ!!



 物凄い風圧を叩きつけながら、羽根を持った巨体が村の広場を航過していった!!

「う、うそだろ──グリフォンが二匹もだとぉ!?」

 これにはロードも。
 そして奴に斬られそうになっていたレイルも驚いた。

「ちぃ!! ふ、フラウ!」
「む、無理ぃ!! 二発目なんてすぐ打てるわけが──」

 馬車の中から状況を察したフラウが怒鳴る。
 それを聞いてロードが慌てて宿に逃げ込んだ。

「くそくそくそ! ま、まずいぞ……! 二匹だなんて想定外だ!」
「畜生! 俺の槍が──」
「わ、私も魔力が尽きました」

 『放浪者』の攻撃メンバーが万策尽きたといった様子。
 彼らも初撃の奇襲に賭けていたのだろう。
 予想外の事態にてんやわんやの様子。レイルにトドメを刺すどころではない様子だった。

 そこにパニックに陥った村人が大挙して押し寄せる。
 なにせ、『放浪者』の面々が後先考えずに大技をブチかましたのだ。退避場所になるはずの家も壁が破壊されたり、炎上したりで村人は家屋から飛び出さねばならなくなっていた。

「た、たたたた、助けてください! 」
「ロード様ぁぁああ!」

 勇者と名高いロードにすがり村人たち。

「ちぃ! どけ! 邪魔するな!」

 ラ・タンクがタワーシールドを振り回して村人を威嚇する。

「ボフォート! マナポーションだ!」
「わわわ! 急に言われても、魔法は使えませんよ?!」

 投げ渡されたマナポーションを受けとり、慌てて飲み干すボフォート。

 それを尻目に、ラ・タンクとロードはなんとか態勢を立て直そうとする。
 馬車の中では初撃を決めたフラウが大型弩(カタパルト)を巻き上げていく──……。

 だが、
『キュルァァァアアアアアアア!!』

 急旋回をしたグリフォンが『放浪者』を明確な敵とみて宿を強襲する。

「来たぞ!!──フォーメーションEだ!」

 ラ・タンクの身体を盾にフォーメーションを築き上げた『放浪者』!
 ボフォートが極大魔法を放つため魔力を回復させ、その時間をロードとラ・タンクが稼ごうとする。

「「「勇者さまぁ!! ロードさまぁ!」」」

 その雄姿を見て村人が歓声をあげるが────……。

『ゴルァァァァアアアア!!』

 翼を格納し、急降下滑空体制に映ったグリフォンを見たラ・タンクが悲鳴を上げる!

「む、無理だ!! 直撃するぞ!」
「ひぃ!! か、躱せぇぇえ!!」

 敵の攻撃を受け止めるべきラ・タンク(前衛)の腰が引けては戦いにならない。
 そして、ロードもラ・タンクにつられて。無様な恰好で地面に伏せてしまうと──。

「ちょ?! わ、私がいるんですよぉぉぉおおお?!」

 一人敵前にボケラーと突っ立ち詠唱していたボフォートが情けない悲鳴を上げる。
 おかげで詠唱中断……。

 半端になった魔法がうねりとなって魔力の暴走を始めた。

「あ、しまった────!! 爆発するぞぉぉおお!」
「「はぁぁ?!」」

 二撃目の極大魔法、サンダーロードは不発。
 その上あろうことか…………暴走した!!

「あーーーーー……逃げろぉぉおお!」
「お助けぇぇえええ!」

 ドカーン!! と、中空で爆発したボフォートの魔法。
 幸いにして大した威力ではなかったが、逃げ惑う『放浪者』の陣形は崩壊。
 フォーメーションえとやらは、用をなさなくなってしまった。

 そこに、逃げ足の速いロードとラ・タンクが「ひーひー」と逃げ惑う。
 だが、それ以上にグリフォンのほうが疾かった!!

「うわ! 来たぁぁああ!」
「ろ、ロード!! 剣持ってるんだから、戦えやぁぁあ!」

 む、無理だーーーーーーーー!

「あーーーーれーーーーー……」
「ひぎゃぁああああーー……!」

 ドッカーーーーーンと、体当たりで突っ込むグリフォン。

 遁走中のロードとラ・タンクを標的に定めると、グリフォンが急降下アタックを仕掛けた!!
 そして、ズドォォオオン!! と、半壊した家に逃げ込んだロード達ごと、家を吹っ飛ばすと、さらに追撃に移らんとする。

 クルクルと無様に舞い上がったロード達。

「ひーひー! む、無理だ! 二匹は無理だぁぁあ!」
「ど、どーすんだよ、ロード! アーーー……鎧がへこんだぁぁあ!」

 豪華装備のおかげで命拾いしたようだが、満身創痍。
 次にまとものぶつかればロード達と言えどもグリフォンにやられるだろう。

 その姿を、傷だらけになったレイルが苦々しくみる。

(なんだよ……! 卑怯な不意打ちしなきゃグリフォンを倒せないのか?! それで、Sランクなのかよ!!)

 ドラゴンすら倒せる実力を持つのがSランクだといわれる。
 そのうえ『勇者』とさえ称されるようなロードの実力があれだ……。

 確かに優秀なスキルを持ち、相当な実力者なのだがこの体たらく──!

 まともに反撃すらできずに逃げ惑うのみ……。
 クエストは失敗、このままでは全滅──────。


「はぁ……。あー失敗失敗。仕切り直しよ」


 だが、ここで戦闘に加わっていなかった聖女が発言。
「ロード。これは不足事態よ。ここはいったん逃げましょう」

 ギョッとしたのはそれを間近で聴いていた村人たちだ。
 ここまでグリフォンを怒らせておいて逃走するという。

 ──に、逃げるだなんて。
「う、嘘ですよね? ロードさま?」
「せ、聖女様がそんな発言を……?!」
「たたた、助けてください! このままでは村は──」

 縋り付く村人たち。
 だが、ジロリとそれをひと睨みすると聖女といわれた、気がれなき乙女は村人たちを小馬鹿にするように笑う。

「はぁぁ? 助けろぉぉ? 知っ~~~たことじゃないわー。さ、撤退するわよ」

 それだけ言うと、くるりと踵を返し、馬車に乗り込む。
 なるほどなるほど。冷静な聖女様──セリアム・レリアムは、あっさりと撤退を提案。

 そして、ニィと口角を歪めると、ドワーフ少女のフラウを見る。
 
「んふふ~……♪──幸い、生き餌ちゃん(疫病神のレイル)がまだ生き残ってるわ。……誰かさんのおかげで、ね」

 聖女の意味深な目線を、ふいっと躱すフラウ。
 巨大な弩を担いだ彼女(フラウ)も、馬車から出てくるとどうするのかと、視線を向けている。

「はっ! な、な~るほど、生き餌がヘイトを稼いでいる隙に村から脱出か──悪くねぇな」

 グリフォンは知恵ある生物だ。
 二匹がいたということは(つがい)の可能性が高い。

 ならば、片割れを殺したロード達を逃しはすまい──。


 だったら……。


 ボロボロの恰好のロードも、ポンと膝を打って勢いよく立ち上がる。

「よ、よっしゃあ! 撤退するぜッ!……フラウ────へへへ、たまには上手くやるじゃねぇか」
 ポンポンッ、と気安げに肩に触れるロードの手を嫌そうに払いのけるフラウ。

 レイルが生き残れるように攻撃したことを揶揄するロードと、それを聞いて顔背けるフラウだったが、結局何も言わずに馬車に乗り込んだ。

「さ。行くわよ。時間がないから荷物は忘れましょ」
「命あっての物種──まぁ、この分だと怒り狂ったグリフォンは村を食いつくすでしょうね」

 セリアム・レリアムもボフォートもまったく村の事情など意にも介していない。

「うーん。ま、槍なら後で取りに行けるか──……しゃあねぇわな」

 ラ・タンクもあっさりと槍を諦めると、御者席に乗り込み、馬に拍車をかけた。

「ハイヨー!! はぁ!! 行け行けー! 逃げるが勝ちよ!」

 そして、全員────レイルを除いて乗り込んだことを確認すると、
「「「ヒぃぃッヤっホーーーーーイ!!」」」

 バッカーン!! と、宿の馬車止めを破壊して突進する大型馬車。

 ガラガラガラガラ!!

「あーーーばよー! 疫病神ぃぃぃいい」
「まーた、戻ってきますよぉぉ。あっはっは!」

 『放浪者』の連中はそう好き勝手の宣うと、グリフォンが上空を旋回してるのを尻目に馬車を走らせる。
 だが、グリフォンがそんなに甘いわけが────……。


「ふふふ♪ 頑張ってねー! 神聖白光(ホーリーブライト)ッッ」


 ピカッッ!!

 一瞬にして、空をも霞ませるような眩い光が生まれる。
 それは村全体を覆いつくし、生きとし生けるものすべての目を眩ませた。

『ギュァァァアアアアアア!!』

 さすがにこれにはグリフォンたまらずクルクルと迷走し、村の教会に突っ込む。
 ドカーーーーン!! と石造りの教会が崩れ、大勢の避難していた村人が泡を食って飛び出してくる。

「あぎゃ!!」
「ぎゃああああ!!」

 そこに視力の回復したグリフォンが起き上がり、怒り狂って村人を食い漁ると、
『グルァァァアアアアアアア!!』

 空を圧するように咆哮した。

 ビリビリと震える空気。
 もはや、グリフォンの怒りはこの地の人間すべてを食いつくすまで収まらないだろう……。

 そして、状況的に『放浪者』のメンバーを優先的に。
 この位置関係ならグリフォンはまずレイルを襲うのは間違いない。

第13話「そのスキルの名は──」

「くそ! なんて奴らだ……!」

 逃げ去るロード達。
 あとには怒り狂ったグリフォンが残された。

 そして、村は阿鼻叫喚の有様を呈していく!!

『グルアアァァアアアアアアアアアア!!』

「きゃあああああ!!」
「ひぃ!! グリフォンが下りてきたぁぁあ!」
「助けてくれぇぇええ!」
「あ、ぶシュッ!」

 ロード達の放ったスキルの余波と、拙い戦いのせいで大暴れしたグリフォンによって家屋を破壊された村人たちが逃げまどう。
 それを、グリフォンが散々に追い回し次々に口に放り込んでいく。

「「ぎゃぁあああああ!」」

 上空を航過する際に、上半身を食いちぎられたものもいたりで村中血だらけだ。

 片割れ(パートナー)を殺され、魔法で挑発されたグリフォンは怒り狂っているらしい。
 普段なら、一人二人平らげれば満足して飛び去って行くらしいが、今日はそうはいかないようだ。

 餌としてよりも、敵として──。
 ただただ、殺す対象として村人を襲うグリフォン!

『キュルァァァアアアアアア!!』

 ブワサァッ……!

 そうして、ひとしきり逃げ惑う村人を平らげた後、グリフォンはゆっくりと広場に舞い降りる──。

「はは……見逃すわけないか──」

 ズズン……!

 片割れを殺されたグリフォンが、その下手人たる『放浪者』のメンバーを見逃すはずがない。
 もちろんレイルもその対象だ。

 その『放浪者』の主要メンバーはとっくに逃げ去ったというのに、グリフォンは怒りで気づいていないのだ……。

 そして、二匹目のグリフォンに、レイルが騙されただけと言っても通用するわけがなかった。


「お、オーケー。話をしようぜ……」


 ズン……。

 ズン……。


 ゆっくりとレイルに向かうグリフォン。
 嘴には鮮血が……。
 ()の前足には肉片が……。

 そして血の匂いと獣臭と、死の香りが鼻を衝く。


『キュルァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!』


「ひ、ひぃ……」
 ビリビリと空気が震える。
 あのグリフォンは、はっきりとレイルを敵として見ていた。

(こ、ここまでか……)

 レイルは死を覚悟する。

 ロード達に切られ、満身創痍。
 そして、目の前には絶対に勝てないグリフォン──……。

「はは。あの行商人からドラゴンキラーとやらを買っておけばよかったな……」

 もう今となってはあとの後の祭り。
 もっとも、怪しい毒薬が利くかどうかはまた別の問題……。


『クルルゥゥゥゥウウ!』


 恐ろしい形相でレイルを睨むグリフォン。
 口からあふれる呼気が湯気を吹いており、まるで怒気が可視化されたかのよう。

 ……その顔といえば、「テメェ! よくもやってくれたな」と言わんばかりだ。

 だけど、
「──俺がやったんじゃねぇよ……」

 片割れ(パートナー)のグリフォンを仕留めたのはロード達。
 レイルは囮に使われただけだ。そう、死んでも(・・・・)誰も気にしない人間(・・・・・・・・・)として──。

「といっても、聞いちゃくれないよな……」
(くそ……悔しいなぁ……!)

 誰か……!
 誰か助けてくれ──!!


 母さん……!
 メリッサさん!!

 ミィナ────……!

 ミィナ……!

 ミィナ!!


 走馬灯のように少しでも優しかった人々の顔が浮かぶ。
 母親、ギルド受付嬢のメリッサさん。あとは故郷の村に人たちと、ミィナの両親……。そして、ミィナ。

(これが、俺の人生か──……)

 少ない。
 圧倒的に少ない。

「なんて少ないんだ……」

   ──やっかましい! 『疫病神』
   お前みたいな生きていても役に立たない厄災はよぉ、死んで当然なんだよ──


 ロードの言葉が脳裏によぎる。

(うるさい……!)


   ──俺たちの肥やしになることを誇りにして死ねよ。
   そして、安心しな……これで皆、心安らかに暮らせるってもんさ──


(うるさいッ!!)


 だけど、
「俺には誰もいない……!」

 ミィナのほかには誰も──。
 あとは、誰もいない……。

 レイルの人生において助けを求められる人はこれっぽっちしかいない──……。


 あぁ……。
「──なんて人生だ」

 神様……。

 神様────!!


『クルァァアアアアアアアアアアアア!!!』

(──神様ぁぁああああ!!)

 そして、グリフォンがレイルに食らいつかんとして(あぎと)を開くッ!

 その瞬間、脳裏に浮かんだのは神への救い。
 神……。

 神────。

 神と言えば、頭に浮かんだのは怒り狂ったあの女神……。


  『一昨日(おととい)きやがれ────!!!』
   ビカ────!!


「ブフッ……!」

 目を光らせ、怒髪天をつくあの女神の怒りを思い出し、こんな時だというのに失笑したレイル。
(結局……)

「ぷはは……!」

 あの女神からはスキルを貰えなかったっけ──……。

(俺のスキル──)

 『七つ道具』

 そして、
 『手料理』だっけ?



 ……人には2つのスキルが与えられる。



 生まれたときと、
 成人したとき──。

 貴賤(きせん)の区別なく、すべての者に平等に──────。

 ハッ!
「嘘つくなよ、女神様よぉ──俺はスキル貰ってないぜ?」


 ほら、
 見てみろよ。


 ──ポォン♪ と脳裏にステータス画面を呼び出す。

 そこに浮かぶのは、
 子供のころから親しんだ「盗賊(シーフ)」御用達のスキル『七つ道具』と、

 そして、


 ※ ※ ※
 
名 前:レイル・アドバンス
職 業:盗賊
スキル:七つ道具(シークレット)Lv3
    一昨日(おととい)に行く(NEW!)

● レイル・アドバンスの能力値


体 力: 235
筋 力: 199
防御力: 302
魔 力:  56
敏 捷: 921
抵抗力:  36

残ステータスポイント「+2」

スロット1:開錠Lv2
スロット2:気配探知Lv1
スロット3:トラップ設置Lv1
スロット4:投擲Lv1
スロット5:登攀Lv1
スロット6:な し
スロット7:な し

● 称号「なし」

 ※ ※ ※









「え────────……」






 な、
「なんだこれ……??」



   スキル『一昨日に行く』



※ ※


「お、『一昨日に行く』────?」

 思わずステータス画面を凝視するレイル。
 しかし、何度見直しても同じ。

 ステータス画面には、しっかりと──

 ポォン♪


 ※ ※ ※
 
名 前:レイル・アドバンス
職 業:盗賊
スキル:七つ道具
    一昨日(おととい)に行く(NEW!)

レイル・アドバンスの能力値

体 力: 235
筋 力: 199
防御力: 302
魔 力:  56
敏 捷: 921
抵抗力:  36

残ステータスポイント「+2」(UP!)

※ 称号「なし」

 ※ ※ ※


 …………な?!

「なんだこれ?」

 スキル…………『一昨日に行く』──?!

 こ、これは──?
「なんじゃこれ!!」

 なんじゃこれ……!

「何じゃこれぇぇぇえええええ?!」


 そう、確かにステータス画面には、
 スキル『一昨日に行く』が刻まれていた。


 つまり……………。


「俺の……二つ目の────スキル?」
 ──なのか???


 そこに、レイルの脳裏に蘇る女神の激怒の瞬間。



   『テメェにくれてやるスキルなんざねぇ、
    一昨日(おととい)来やがれッッ!!』


 ピシャーーーーーン!!


   『誰がやるかぁぁああ!
    一昨日(おととい)来いッッッ、つーーーのぉぉお!』




 カッ────────!




 そうして、レイルは教会を追い出されたはず。
 そう、『一昨日来やがれッ!』と────……。

 そう……。
 そうだ。

 …………………確かにスキルの女神は(・・・・・・・)そう言った(・・・・・)




 一昨日来い────と。




「ま、マジかよ……! だから、『一昨日に行く』だって?! じょ、冗談だろ?? な、なんだよ、このスキルぉ!!」

 そういえば、あの日以来、憔悴してステータスを見るどころではなかった。
 しかも、ロード達のパーティに加わってからは忙しく動き回っていたし、ロード達の目的がレイルのスキルではなかったため披露する機会もなかった。

 だけど────!!

 だけど──!!!

 だからって、
「──なんだよこれぇぇええ!」

『クルァァァアアアアアアアアアア!!』

 叫ぶレイルにグリフォンが興奮する!
 今すぐ食い殺してやると言わんばかりに!

 そして、
 半透明のステータス画面の向こうにグリフォンの(あぎと)ががががががが!

「うぉぉおお?! もう、ど、どうにでもなれぇぇえ!」

 このままだと確実に死ぬ。
 慣れ親しんだ「七つ道具」に事態を打開する術はない────ならば!!






  スキル発動!!

  『一昨日に行く』!!






 カッ────────!!



「うッ……!?」

 その瞬間、レイルを含む世界が真っ白な光に包まれた。

 だからロード達は今のうちに逃げるのだ。
 レイルと村人たちを見捨てて──。

「どけどけーーーーー!!」

 ラ・タンクの乱暴な運転。
 それは村人などに配慮するはずもなく、

「うわ、なんだなんだ!」
「危ない! みんな避けろッ!」

 村の門を守っていた自警団を蹴散らすと、ロード達はあっという間に馬車で逃げ去って行ってしまった。
 なんという速さ────……。



「あ、あいつら……!」