スキル『おとといきやがれ』

第1話「追放どころでは済まなかった日」

「レイル。お前はもう用なしだ!」


 これからグリフォン退治のクエストが始まるという段階で、唐突に告げられた。

 冷酷にそう言い切ったのは、Sランクパーティ『放浪者(シュトライフェン)』のリーダー。
 時期勇者と噂される聖騎士(ホーリーナイト)のロードと、その仲間たちだった。

「え?」
 その冷たい言葉に茫然と返すのはパーティ内で唯一Dランク冒険者のレイル。

 彼は普段は雑用係をしているだけで、とくに抜きんでた強さがあるわけではない。

「え? じゃない、今日でその顔とも見納めだ! せいせいするぜ──」
 突き放すような言い方に茫然とするレイルであったが、
「ろ、ロードさん? きゅ、急にどうしたんですか? お、俺何か悪いことでも……?」

 理由を聞きたいレイルに対して、ロード達はどこまでも冷たかった。

 ……彼らは皆、Sランクパーティ『放浪者(シュトライフェン)』。
 レイル以外はそこそこ古参のメンバーで、一人残らずAランク以上の強さを持ち、総合的な実力をギルドから正式に「S」と認められた正真正銘の猛者たちだ。

 そのメンバーは、
 城塞のごとき堅牢な防御誇る、元王国騎士副団長の重戦士(ヘビィアーマー)のラ・タンク。
 王国の三賢者のひとり、賢者の塔の管理官を務めていた賢者(セージ)のボフォート。
 王国の第三皇女で、教会から聖女と指名された神殿巫女(パラディンプリースト)のセリアム・レリアム。

 最後に、
 ドワーフ鉱山の主任技師を務めていた、世紀の発明家技術師長官(メカニカルマスター)のフラウ。

 ここに勇者ロードを含めた5人メンバーが、史上最強のパーティ『放浪者』だ。

 そんな彼らが急にどうしたというのだろう。
 先日まで優しくて──……Dランクのレイルを受け入れてくれた慈悲深い人たちだと思ったのに。

「えっと……ど、どういうことですか?」

 レイルは戸惑い、混乱した。

「何度も言わせるな。お前はもう用なしなんだよ──今日までご苦労さん」

 まるで、手切れ金だと言わんばかりに金貨を数枚弾いてよこす。
 何枚かはレイルに叩きつけられるようにして衣服の中の転がり込み、うち一枚がその輝きとともに地面に落ちて、澄んだ音を立てた。

 だが、レイルはそんなものには目もくれずロードに詰め寄る。

「──え? よ、用なし……って。は? え……?」

 い、いきなりなんだよ?
 俺が何をした??

 レイルは、ただただ戸惑う。

「く、クビってこと、……ですか?」
「クビだぁ? ハハッ、そんな生ぬるいものかよ。早い話が、ここまでくれば、もう用なしってこった。ま、もうちょいでわかるさ」

 ば、バカな!

「だ、だって、まだ加入したばかりで──……ロード、さんは俺が必要だって、そう言ってくれたじゃないか?!」
「あぁ、そうだ。必要だったぞ。お前(・・)が、な」

「な、ならどうして?!」

 食い下がろうとするレイル。
 ただでさえ、どこのパーティにも所属させてもらえないレイルにとって、Sランクパーティのメンバーというのは望外の待遇だった。

「もしかして、じょ、ジョーク……ですか?」

 そう。きっとジョークだ。

 時期勇者と言われ、誰にでも優しく、勇敢な男──ロード。
 そんな彼がこんなにあっさりとレイルを見限るはずがない…………。

「ジョ~クだぁああ? あはははは! ジョークなわけあるか! なぁ、みんな──」

 ニヤニヤとしたロードが吐き捨てるようにいうと、さも、「さぁ笑ってやれ」とばかりに顎でレイルをしゃくる。
 すると、待ってましたとばかりに『放浪者(シュトライフェン)』の面々が声を出しゲラゲラと笑った。


「ばーか! 誰がお前みたいな、雑魚を雇うかよッ。カスのDランクの【盗賊(シーフ)】をよー!」
「くくく。本当に仲間のつもりだったのですか? これだから平民は愚かなのですよ」
「おーほっほっほ! アンタみたいな下賤がしばらくでも私たちと行動を共にできたことにこそ、感謝しなさい」

 口々にレイルを罵る『放浪者』の面々。

「まったく、おめでたい奴だなお前は。今まで仲間のつもりでいたのか? この────『疫病神(・・・)』が!」

 ギャッハッハッハッハ!

「疫……病神?」
「そーだよ。疫病神だよテメェは!! そんな奴をなんで仲間にしたかって?…………決まってるだろぉ?!」

 ニチャァ……。
 この時のロードの醜悪は笑みは二度と忘れることができないだろう。

「──グリフォンの囮にするためさ!」
「「「「ぎゃははははははは!!」」」」

 ゲラゲラと笑い転げるロード達。

 それを裏付けるかのように、バサァ!……と、上空を覆う黒い影!
 ロード達の馬鹿笑いを聞きつけ本当にやってきたのだ。…………超危険種指定のグリフォンが!


「おっと来たな。じゃあ、せいぜい暴れて囮役をまっとうしてくれや────『疫病神』ちゃん! ぎゃははははは」

 ば、馬鹿な!!
 そんなことが許されるはずが────。

「許されるぜぇ? だって、世の中ってのは不公平にできてるんだもんよ────搾取されるものと搾取するものがいる、当然だろ??」

 当然??
 当然だって……?!

 Sランクだったら何をしても許されるとでも思っているのか!?
 えぇ、どうなんだよ────!!

「ろ、ローーーーーーードてめぇぇええええええ!!」


 レイルの叫びがむなしく響き渡る。

「ロード、さん! だろッッ!!」
「──がぁッ!」

 ゴキィ…………!!

 情け容赦ない一撃。
 レイルの意識をかすめ取らんばかりのその打撃を食らい、レイルが滑稽なくらいバウンドして地面に横たわる。

(畜生……! 何でこんな目に……!!)

 薄れゆく意識の中、レイルはロードの勧誘に乗った自分を呪った──。


 そう。
 町で嫌われていた万年Dランクの冒険者をSランクが雇うなんて裏があるに決まっている……!

 それがこれ────。
 ロードがレイルを仲間に誘った目的はただ一つ。


『クルァァァアアアアアアアアアアアア!!』

 バサッバサッ!


 超危険種モンスター──グリフォンの生き餌……つまり囮として、だったのだ。
第2話「疫病神のレイル」



 それは、数日前のこと。




 辺境の町グローリスの教会前にて、都市の同じころの男女がワイワイと騒いでいた。

 故郷の村を出て冒険者をしていたレイルは、いつもの冒険者装備一式を宿に預けたままラフな格好で教会に向かっていたのだが、
 その前にはすでに大変な人だかりができており、朝一番にでて、素早く用事を済まそうと思ったレイルの予想を粉々に打ち砕いた。

「あちゃー……。ひとごみは苦手なんだよな」

 若者ばかりの列は、仲良しグループが多いのか彼方此方で話の華が咲いている。
 レイルは一人その輪に加わることもなく、そっと列の後尾に並んだ。

 そのまま目立たぬようにしていると、

「はー緊張するな!」
「今日はいよいよ、全国スキル授与式だもんな!」

 同じく後尾付近に並んでいた4、5人の若者のグループが人目も憚らず大声でおしゃべりに興じていた。

「人生で二個目のスキルが貰えるんだもんな! 今日に期待しない奴なんていないぜ」
「そうだよね、お貴族様だってお行儀よく並んでるくらいだもん」

 誰もかれもが、そわそわとした様子だ。ことさら声が大きいのも、緊張を紛らわせるためだろう。
 それもそのはず。

 なんたって今日はスキル授与式だ。
 この世界では誰でも生まれた時に持つスキル以外に、成人式を迎えたときに「スキルの女神」よりスキルが授与されるのだ。

「俺は『火魔法』とか『風魔法』がいいなー」
 剣を下げた若者が魔法を請う。
「マジかよ? お前『剣士』のスキル持ちだろ──あ、わかった! 魔法剣士狙いか?!」
「へへ、ご名答! 『剣士』スキルは極めたからな。魔法スキルが貰えれば鬼に金棒だぜ!
「へっ。あんまり欲張るなよ。お前の兄貴みたいに、『中級魔術』のスキルを持ってるのに、女神さまから『下級魔術』のスキルを貰うかとだってあるんだぜ」
「おいおい、脅かすなよ。そんなスキル貰ったら俺は泣いちゃうぜ────っと、おいアイツ」

 捕らぬ狸の皮算用。
 まだもらえてもいないスキルに夢を馳せる若者たちが急に声を潜める。

「なんだよ──って、げ! 『疫病神』のレイルじゃねーか」
 列の後尾に並んだ一人の若者を見て、仲良しグループはあからさまに眉を顰める。
「なんだよ? 誰だ『疫病神』って?」
「お前、知らないのか? アイツだよアイツ──ど田舎の村から出てきた奴でさ、どうも嫌な噂のある奴だよ」
 不躾に指をさされる気配を感じたが、レイルは俯いて気付かないふりをする。
「聞いたことねぇな? 『疫病神』だって?」
 本当に聞いたことがないのか、グループの一人が首をかしげる。
「おいおい、本当に知らないのか? おまえ、モグリかよ────まぁいい、教えてやるぜ」

 わざとレイルに聞こえるように、おしゃべりな若者が声を上げる。


「いいか────アイツには極力近づくなよ、なんたって…………」


 若者たちがレイルを口汚く罵っているようだ。
 いくら列が長くて暇だからと言ってこれ(・・)はないだろう……

「はぁ……」
 ため息をつくレイルの耳にも、否応なく仲良しグループの声が飛び込んでくる。
 その話が大きくなるにつれ、近くに並んでいたものが一人。また一人とレイルの傍から離れたり距離を取ったりする。

 まるで、ツキが落ちるとでも言わんばかりだ。

(無理もないか……。こんな日に俺の傍にいたくはないだろうしな)


「──アイツが『疫病神』っていわれるにのはちゃ~んとした理由があるんだ」


 さっきの若者たちだ。
 どうやらまだ、続けるらしい。

「おいおい、偶然だろ?」
「偶然なもんかよ。アイツの村では有名な話だぜ?──アイツの周りの人間は皆死ぬか不幸になるんだ」
「だからって──……」

 ひそひそ
 ひそひそ

(いい加減にしてくれ……)

 うんざりした気持ちでいるレイルのことなど知らんとばかりに、列は進み、教会の中へと若者たちが消えて行っては種々様々な表情で出てくる。

 どうやら臨んだスキルや、外れスキル。あるいは微妙なスキルを貰ったりしたのだろう。
 さっきの噂話の仲良しグループもそろそろ教会の中に呼ばれる頃だ。
 そうすれば嫌な話を近くで聞かされなくてもすむ。

「──噂じゃねーよ! 本当なんだって! アイツの母親は生んだ直後に死んだらしいし、飲んだくれおやじは行方不明! その同じ日には隣の家のミィナって娘は変死したらしいぞ?! 小さな村でそんな偶然あるかよ!」
「おいおい! 声デケーって! ほら、お前の番だ。『魔法』のスキルが貰えるといいな!」
「おっとっとー! へへ、行ってくるぜ!」

 そういうと意気揚々と教会の中へと消えていく噂好き。
 彼を見送った後、仲良しグループもようやく静かになる。

「『疫病神』ねー……」
 チラリと視線を感じるが、レイルは俯いて気付かないふりをした。

「たしかに、こんな日に『疫病神』なんて目にしたくはないよな」

 ペッ! と唾を吐かれた気がしたがレイルは全て無視してやり過ごす。
 そうして、いくらか時間が過ぎた頃、


「もし……?」
「………………」

「もし──! そこな青年、アナタの番ですよ!」
「…………ぇ? あ、はい!!」

 ぼんやりとしていたレイルは、呼び止める声にようやく顔を上げた。
 どうやら、俯いている間に列が進んでいたようだ。

「緊張しているのですね? わかります────では、こちらへ」
 教会関係者らしく、柔和な雰囲気の男性に優しく促されレイルはようやく一歩を踏み出した。



(…………ミィナ。ようやくこの日を迎えられたよ)



 疫病神と噂された青年。
 レイル・アドバンスはついに人生2個目のスキルを取得できるスキル授与式に挑む。


第3話「スキル授与式」


 教会の中は薄暗く、普段は無人なのか微かに埃の匂いがした。
 今日のために整備したのか長椅子は整えられ、壁際にはズラリと神殿騎士たちが居並んでいる。

「さぁ、こちらへ来なさい」

 教会関係者────高位の司祭らしき初老の男性に誘われ、レイルは水晶の前に立たされる。

「まずはこちらに手を当てなさい。そして、今の自分を示すのです」

(……今の自分を示す? ステータスの開示ってことかな?)
 言われるままに、教会の奥に安置された大きな水晶に手を当てる。

 冒険者ギルドにある冒険者認識票(ドッグタグ)登録時に、義務つけられているステータス鑑定の水晶に似ているので、現役冒険者のレイルには何となく使い方が分かった。

「えっと、はい」

 ギルドの受付でやる様に、頭に「ステータス出ろー」と念じると、
 普段、自分だけが見えるステータス画面を他人にも見えるようにする仕組みらしい。

 じわり…………。


 水晶に浮かび上がる文字列──。


 ※ ※ ※
レベル:23
名 前:レイル・アドバンス
職 業:盗賊
スキル:七つ道具(シークレット)Lv3

● レイル・アドバンスの能力値


体 力: 235
筋 力: 199
防御力: 302
魔 力:  56
敏 捷: 921
抵抗力:  36

残ステータスポイント「+2」

スロット1:開錠Lv2
スロット2:気配探知Lv1
スロット3:トラップ設置Lv1
スロット4:投擲Lv1
スロット5:登攀Lv1
スロット6:な し
スロット7:な し

● 称号「なし」

 ※ ※ ※


「ふむ……。まだ若いのに精進しているようですね」
「あ、ありがとうございます」

 成人になりたてにしては──という意味だろうが、所詮Dランクの冒険者に過ぎないレイルには素直に褒められた気がしない。

「スキル『七つ道具』ですか──……冒険者なら【盗賊(シーフ)】として支援職にうってつけの良いスキルですね」
「そ、そうですね……」
 ニコリとほほ笑む司祭に、曖昧に頷き返すレイル。
 支援職にうってつけとは随分前向きな意見だ。実際は『七つ道具』は外れスキル(・・・・・)と言われているくらい。

 『七つ道具』は戦闘力に乏しく、魔法も使えないので、
 このスキルを持って生まれたものは【鍵屋】か【盗賊】くらいしか就職の道はない不遇スキルだ。

 だからレイルは────……。

「それでは、地下にお進みなさい──奥には女神様がいらっしゃる。くれぐれも粗相のなきよう」
「は、はい!」

 ドクンと心臓が高鳴るのを感じる。
 いよいよスキルを授かるのだという高揚感が否応にもレイルを浮つかせる。

 司祭に示された先に進むと、青い灯の先に薄暗い階段がぽっかりと口を開けていた。
 レイル以外の若者たちもこの階段を通って「スキルの女神」に会ってスキルを授かったのだろうか。

 教会を出てきてすれ違った若者たちの色々な表情を思い出す。

 喜んでいるもの。
 落胆しているもの。
 微妙な顔をしていたもの────本当に様々だった。

 果たしてここを出るとき、レイルはどんな表情をしているのだろう。

(いよいよだぞ────ミィナ)
 そっと、胸に手を当て、ミィナの形見のペンダントを握りしめる。





「きっと、戦闘スキル(・・・・・)を授かるからな────見ててくれよ」

 ※ ※ ※

 決意を胸にしたレイル。
 そのまま階段を下りていくと、目の前には広大な地下空間があり、床にはびっしりと魔法陣が刻まれた不思議な空間に降り立った。

「こ、ここが……」
 荘厳な空間に息をのむレイル。
 そして、部屋の壁際には彫像のように立つ神殿騎士と中央には高そうな法衣を纏った神官がいた。

「それではスキル授与式を始める。──レイル・アドバンス。前に」
「は、はい!!」

 言われるままに進み出るレイル。
 その歩みにあわせるように、床の魔法陣がポンッ……ポンッ……と明るく光り、まるで踏むと発光するコケを踏みしめている気分だ。

「レイル・アドバンス────これよりスキルを授与する。……強く願いなさい。自分がどうありたいのか」

 こくこくこく!

 緊張感のあまり、答えることもできずにただただ頷くレイル。

「──強く、強く! 強く願うのです!」
「は、はい!」

 神官に言われるままレイルは願う。


 スキルを…………!
 強いスキルを──……!


「俺に戦闘スキルを……! 強いスキルを────!」

 ギュウと握りしめるミィナの形見。その思いを馳せるレイル。
 まだ子供だったあの頃の約束を果たすために……。


 ミィナ……。
 ミィナ──。

  「レイル……」

 ミィナ!

  「レイル──! 約束だよ!」
  「レイルは護衛の冒険者で、私は商人!──それで二人で世界を回ろうよ!」

 あぁ、ミィナ!
 俺は約束を果たすよ──……。

  「────スキル授与式でいいスキル(・・・・・)を手に入れたら、絶対に一緒に行こうね!」
  「約束……だよ!」


 脳裏に流れたミィナの声。
「あぁ、約束だ……」
 もう二度と、君と喧嘩はしないよ。

(──あの日、喧嘩をしたせいで彼女にお別れを言えず、酷い別れ方をしたままで後悔だけが残ってしまった。だけど、もう後悔したくない!)

 些細な事で、ミィナと喧嘩別れをして、そのせいでミィナの死に目に会えなかった。
 そして、誰か見ず知らずの人間に殺されたミィナ────……。


 彼女はとっくに死んでもうこの世にはいないけれど──レイルは彼女と世界を回るという約束を果たしたい。


 絶対に戦闘スキルを手に入れて見せるから……!




「約束──……守るよ、ミィナ」




 ……ピカッ──────────!!

 レイルの呟き。
 それを合図としたかのように地下の部屋が強い光に閉ざされる。


 そして、光が収まった時。
 その光の収束した先に、神々しい光に包まれた一人の女性がいた。


 そして、彼女が言う。
『──……貴方のスキルは「手料理」です』

第4話「ゴネてもいいことないですよ?(前編)」


『貴方のスキルは「手料理」です』
「…………え?」

 神々しい声とともに、召喚魔法陣の上に顕現した美しき女性。

「この方こそ『スキルの女神』である──敬意を表せ」
 黙して語らなかった神官が口を開いた。
 どうやら、彼女こそがスキルを与えたもう神だという。

(こ、これが……スキルの女神)

 輝く豊かな髪をさらりと流した美しい女性が、柔らかな笑みを浮かべてレイルを見下ろしていた。
 煽情的だが上品さをこね備えた黄金色の衣を着流し、
 キラキラとした光の粒子を纏い、宙にフワリと浮かぶ神々しい女性。

 それがスキルの女神らしい。

『さぁ、新たなスキルに触れるのです。さすればアナタに力を授けるでしょう』

 そして、彼女の声とともに、台座の上にパァ……! と、小さな光の輝きが生まれた。

 荘厳な輝きは、見るものすべてを魅了してやまない。
 ずっと見ているだけで引き込まれそうなほどで、その光に触れればスキルを得られるという。



 うん……。
 新たな力が得られるっていうけど────……。




「………………いや、その『手料理』って言いました……よね?」

『そうですよ──』

 ふわりと、花が咲くような柔和な笑みをみせる女神。
 常人ならば、威光がまぶしくて思わず首を垂れそうになるだろう。

 だが、

「……ちょ、ちょっ~~~と待ってください!」

『はい……?』

 ──恐れを知らぬものが、ここに一人。

「て、手料理って────あの手料理ですよね?」
『あの手料理が何か存じませんが、「手料理」は手料理ですよ』

 ニッコリ。

「いや、その……。手料理って戦闘スキルじゃないですよね?」
『そうですね』

 ニコッ。

(いや、ニコッ──じゃねぇよ!)
 動揺するレイルとは裏腹に、スキルの女神はレイルの質問に嫌な顔一つせずに答えてくれる。

『──食べるものの心を癒し、郷愁を誘う心優しいス──』

「えっと……。俺──戦闘スキルを願ったんですけど?」
『はい────存じておりますよ。貴方の半生を見て、このスキルが適切だと判断しました』


 …………は?
 ……………………何言ってんのコイツ??


『戦闘スキルがないがために、幼馴染を護衛するクエストが受けられなかったのですね────それが理由で喧嘩をして……』

 的確にレイルの過去を読んだスキルの女神は目に涙を浮かべて語る。
 しかし、それだけに納得がいかない。

「いやいやいや! 知ってるじゃん!! お、俺の半生を見たるじゃん!? な、なら────!!」
『はい。……辛く痛ましい過去をお持ちのようです。だからこそ、「手料理」なのです』

 ──…………はぁぁぁあ??

「いや、意味わかんねーですよ!! アンタ、頭大丈夫か??」
 真面目に『手料理』とかいらないから。



『………………あ゛?』



 柔和な笑みを浮かべていた女神の表情が一瞬揺れる。

「いや、マジで! マジで『手料理』とかいらない! そんなんじゃなくて、俺に戦闘スキルをくださいよ!」

 『あ゛……?』じゃねーから!
 マジでそーゆーのいいから。ジョーダンきついから!!

「いや、『手料理』はないっす!! 別のに!──別のにして!!」

 そう。
 戦闘に使えるスキルならなんでもいい!!

「そうですよ! 贅沢は言いませんから!! 『下級魔法』とか、『剣士』とか、ほらそーゆー適当なのでもいいですから!!」

 冒険者として護衛のクエストに使えるくらいの戦闘用スキルなら何でも──……!

『──て、適当? 今、適当つったか、貴様ぁ…………』

 プルプルと震え始めたスキルの女神。
 その様子に手ごたえありと感じたレイル。

 ここぞとばかりに畳みかける!

「そうっすよ!! なんでもいいんです! 戦闘スキルなら何でも! それで俺はミィナとの約束が果たせるんです! だけど、『手料理』はない! ないわー! アンタ、センスないわー」
『んだと、ごらぁ……』

 プルプルプル……!

(……お、これいけるんじゃね?)

 押し黙った女神を見て、さらなる手ごたえを感じたレイル。
 あと一押しで行けそうだ!!

「お、おい! あいつ不味くねーか?」
「何だアイツ? 女神さまに向かって!──神官様何やってんだよ?!」

 ざわつき始めた地下室。壁際に控えていた神殿騎士が騒ぎ出す。

「やべぇ、神官様硬直してる──あの爺さん、フリーズしてるよ!」
「お、おい、貴様!! なんだその口の利き方は!?────恐れ多くも、慈悲深きスキル神様の御前であるぞ!」

 ──いや、知ってるっつの!

 護衛の騎士が大慌てでレイルに掴みかかる。

「ひ、控えおろう!」
 慌てた様子でレイルを取り囲む騎士たち。
 全員がレイルの態度に真っ青な顔をして、オロオロとしている。

「ハッ?! しまった……。だ、だだだ、誰かあの者を拘束なさい、そして口を塞ぐのです! 今すぐ!!」

 儀式を担っていた高位神官がようやく起動。大慌てで、レイルを指さすと、
「「「うぉぉおおお! 不届き物めぇ!」」」

 手を出していいのかわからず遠巻きに見ていた神殿騎士が一斉にとびかかる。

「うわ! ちょ──暴力反対! うわわわー女神様! 早く戦闘スキルを!!」
『テメェ────きゃあああ!!』

 ビリビリビリ!

 神殿騎士から逃れようと、飛びのいたその拍子に女神のトーガがレイルに引っ張られて少し破れる。
 だが、レイルも騎士たちも必死だ。

「恐れ多くもスキルの女神に向かって、なんたる無礼な!!──控えおろう!!」

 居丈高に叫ぶ神殿騎士たち。
 いや、そんなこと言われたって……!

「あの……、め、女神様! 早く、早く、ちょっ(ぱや)で……はやーーーーーく!! ポンとスキルくださいよー!!」
「「き、貴様ぁぁあ!」」

『ちょ! 引っ張んなし──あああああ!!』

 ビリリリリリリ! ぽろん。

 神殿騎士が肩を掴む中、レイルは声を振り絞る。
 だって、『手料理』だなんて絶対に認められない────。

『……て、テメェ──! お気に入りの服ががががががががぁぁああ!!』

 ピクピクと表情筋をひきつらせた女神。
 なんとか表情をとりつくろいつつ、困った顔で頬に手を当てている。

『ぶっ殺……。NO(ノウ)!! あぁ、ダメよ。落ち着け私────ヒッヒッフー……ヒッヒッフー』
「絶対に『手料理』なんて嫌だ!! お願いします!!──俺に戦闘用のスキルを!」

 戦うためのスキルを!
 ミィナとの約束のスキルを!
 
 お願いします!!
 お願いします!!

 ──ガックンガックン!

 ついには女神を揺さぶるレイル。…………すげー揺れてる。

『だからー。もー。だからぁああ!!』
「いやだ、いやだ! ミィナとの約束があるんだ!! いやだいやだ!」

『しつこい、コイツーーーー!!』

 ゴネるレイル。
 みっともなくも、まるで子供が駄々をこねる用意、ゴネる。ゴネる!!

「お願いします! お願いします!! お願いします! どうかぁぁ!!」

 ──ユッサユッサ!!

『もーやだぁ! ちょっとぉぉぉ、もーーーー!!』
「やだやだやだやだやだ! いやだーーーー!! 『手料理』なんて嫌だーーーーー!」

 お願いします! お願いします!
 お願いします! お願いします!

『ちょ……。ちょっとー。もうー。ちょっとぉぉ……うわ、服破れてるし』

 お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い!!

 ビリビリビリ──!

 よし、もう一押しだ──────!!

『ちょっとぉぉぉぉおおおお!!』
「お願いしますぅぅうううううう!!」



 どうか俺に戦闘スキルをぉぉぉおおおおおおおお!!






『────────………………うるっせぇ』(ボソッ)

第4話「ゴネてもいいことないですよ?(後編)」

『────────………………うるっせぇ』(ボソッ)

(え?……いま、なにか────)
 チラリと女神の顔を窺うレイル。

(……いや、それよりも催促だ! 何かいいスキルを貰わなきゃ!!)

「お願いします!! 女神様!!」

 お願いお願いお願い!!
 お願ーーーーーーい!!

「お願いしまーーーーす!!」

『うるせぇ……』


 ぶちっ………………。



『うるっせぇぇぇえええええ、つってんだよ、ごらぁぁあああああ!!』



 カッ────────!!

「ひゃぁ?!」

 しつこく食い下がるレイルについに女神がブチ切れる。
 今までは荘厳な雰囲気を纏っていたというのに、今では両目から光を、ビカーー!! と発射してレイルをめちゃくちゃ睨んでいる。

 まるで邪神。
 そして、止まらない!!

『うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!』

「ひえぇえ? なになに? 何で怒ってんの?!」

『うるせぇぇぇえええええ!!』

 うるっせぇぇぇえええんだよぉぉおおお!!
 この下等生物がぁぁぁああああああああ!!

 バーーーーーーン!!

 と、部屋中を揺るがす大音響!
 神像がはじけ飛び、天井や床には罅が奔る。

「「ひ、ひぇぇええ!」」
「「め、女神さまがお怒りじゃぁああ!」」

 余波を食らって吹き飛ばされる神殿騎士と神官たち。

「「「お、お助けぇぇええ!」」」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ! と、地下室に地響きが広がるに至り、「逃げろぉぉぉお!」と、教会関係者は散を乱して撤退。

「ひ、ひぇぇ……!」

 そして、これにはレイルも腰を抜かしてしまい、一人地下に取り残される。

『こぉおんの、下等生物がぁあ……。いい顔してやってたら調子に乗りやがってぇぇぇえ!!』
「ひぃ! ご、ごめんさい」

 反射的に謝るも、もはや女神は悪鬼のごとし表情。
『なぁぁぁぁにが、ごめんさーい、だ!!』

 ズンッ!!
 床に亀裂の入るほどの強烈の一歩!

『なぁぁぁにが、『手料理』はいらないだ!!』
「ひえ?!」

『なぁぁぁにが、ちょッ早だ! なにが、適当だ!! あぁぁっぁあんだごらぁぁああああ!!』

 ズンズンズン!!

「ひ、ひ、ひぃぃい!」

『ぶっ殺すぞぉ、クソガキゃぁぁっぁああああああああああああ!!!』


 ズドォォォオオン!!


 クレーターを穿つほどのスタンプがレイルの股間のすぐ下に作り上げられる。

『女神さん、激おこじゃあっぁあああああああああああああ!!』
「ひゃあああああああああ!!」

 女神キレさせるとか、どんだけ!!


 すぅぅ……。
『────テメェにくれてやるスキルなんざねぇ、一昨日(おととい)来やがれぇぇぇぇええッッ!!!!』


 ピシャーーーーーン!!


 女神を顕現させている空間から電撃が迸る。
 その姿の何と恐ろしいことか!

 ババン! バババン!! と、雷が天井やら床やら壁を焦がして大地が揺れる!

 レイルも漏らさんばかりに怯えていたが、
 「いや、ダメだ!!」ここで引き下がるわけにも────。



「ご、ごめんなさい! 怒らせるつもりは────……ただ、戦闘用のスキルが欲しくて」




『すぅぅ…………──誰がやるかぁぁああ! 一昨日(おととい)来いッッッ、つーーーのぉぉお!』
「ひぃぇぇえ?!」



 ボッッッッッカーーーーーーーーーーン!!



 ついに崩落した教会地下室。
 レイルはこの衝撃とともに放り出されて教会の外に転がっていく。

「うぎゃああああああ!!」

 煙を吹きながら、燻りゴロゴロゴロと、転がる様に放出されたレイル。
 もう、生きているのが不思議なくらいだ。

「「ひえぇぇぇ! 教会が──……!」」
「「女神様の御乱心じゃぁぁああ!」」

 むき出しになった教会地下。
 グルグルと渦巻く魔力の渦は、まるで地下室を地獄のようにも見せており、その中央に立つ女神はまるで悪鬼のごとしだ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


「ひぇぇぇえ……教会は──人類は終わりじゃぁぁあ!」


 腰を抜かした高位神官が頭を抱えている。
 そして、何とか五体満足で飛び出したレイルと、それを睨みつけている女神。

『てめぇ、二度と来るんじゃねぇぇぇえ!! うがぁぁああああああああああああああ!』

 ビリビリビリと空気が震える。
 そして、


 ぶっ殺してやるぞ、下等生物ぅぅぅぅううううう!!


 うがぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!
 がぁっぁああああああああああああああああああああああ!!!!!



『ぁぁぁあああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛──────…………はい。では、次の者』



 ………………ニッ~~~コリ。



 そして、ひとしきり叫んだ女神は、まるで何事もなかったかのようににこやかに微笑む。
 教会の地下に渦巻いていた地獄のような煙と魔力の迸りは露と消え、キラキラと輝く荘厳な空間へと一瞬にして戻る。

 あの女神も、いつもの柔和なアルカイックスマイルを浮かべて慈母のごとき表情に戻っていた。




 しーーーーーーーーーーーーーーーん。




 だけど、さすがに誰も動けない。
 教会関係者も腰を抜かし、今日スキルを貰う予定の新成人たちも茫然自失。
 その親や関係者、または有用なスキルを獲得したものをスカウトするための様々な職域の人間たちも口を開けてあんぐり……。

 もちろんレイルも────。
「ご、ごめんなさい……」


「そ、それでは。スキル授与式を続ける…………」


 ガクガクブルブルと膝を震わせた高位神官が職業意識だけで立ち上がると、フラフラとしながら教会の地下へと戻っていく。
 レイルだけはそのまま取り残され、また新成人が一人、また一人と地下に呼ばれてはスキルを受け取り戻ってきた。


 喜ぶ者、
 落胆する者、
 微妙な顔をする者、


 そして、後に残されたのは女神を怒らせた────……レイルだけ。





 え???
「……お、俺のスキルは──────?」

第5話「スキルの女神をキレさせた男」

「……お、俺のスキルは──────?」

 しーーーーーーーん……。

 前代未聞。
 女神を怒らせた男、レイルは茫然と立ち尽くしていた。

「う、嘘だろ……」

 ようやく出たのはこんなセリフだけ。

「ちょ、ちょっと待って!」

 すぐに教会関係者に面会し、頭を下げて謝罪したが────当然受け入れられるはずもなかった。
 人々が好機の目を見ていることにも気づかず、ただただ茫然とするしかないレイル。

「うそ!? ちょ、ちょっと!! 俺のスキルは?!」
「「知らぬ! もう帰れ帰れ!!」」

 頑迷な神殿騎士は二度とレイルを教会に入れることはなかった。

「ま、待ってくれよ!! せめて、せめて『手料理』のスキルだけでも!! なぁ!!」
「うるさい!!」

 胡乱な目を向ける神殿騎士や教会関係者。
 なんとか、スキルが貰えないものかと教会の入り口でウロウロとするも、結局門が開かれることはなく、そのまま夜になってしまった。

 そして、
「これにてスキル授与式を終了とする────」

 ついに、教会前にて神官は宣言し教会は閉ざされてしまった。

「う、嘘だろ……?! お、俺の…………スキルは?」

 ガクンと膝をついたレイル。

 しーーーーーーーん……。

 無人の教会で答えるものなどあろうはずもない。

「そんな……ばかな──。馬鹿な!!」

 スキルが貰えないなんてありえるのか?!

「嘘だと言ってくれよーーーーー!!」

 絶望し、悲嘆にくれるレイル。

 だが、 二度と女神は現れず、
 深夜になり日付けが変わった頃、気が付けばレイルは常宿としている冒険者御用達の安い部屋の中でぼんやりと膝を抱えて座り込んでいた。

「………………ミィナ、ごめんよ」

 約束、守れそうもないや────。

 目が覚めれば全部嘘だったと、そうなればいいなと願いながら、知らず知らずのうちに深い眠りにつく……。


 ※ チュン、チュン ※


 朝、冒険者ギルドの近くの安宿の一室でレイルは目を覚ました。
 だが何をする気にもなれず、ぼーっとして過ごしていた。

 思い出されるのは昨日の出来事ばかり。

「はぁ……ゴメンよ、ミィナ」

 そうして、何度も何度も、虚空に向かって謝り続けたレイルは、昼も過ぎた頃になってようやくもぞもぞと動き出した。
 たった一晩でゲッソリとやせ細り、見る影もなくなっていたレイル──。

 それでも、人間腹も減るし、風呂にも入りたい。
 だから、半ば惰性でのろのろと動き、冒険者ギルドに向かったレイル。

 冒険者でごった返す入り口を抜け──。

 カランカラ~ン♪

 いつも通り、余りものの依頼(クエスト)を受けて日銭を稼ごうとした時だ。

 スイングドアを潜ったレイルに突き刺さる視線。
(もう、噂になっているのか……)

 ただでさえ『疫病神』と疎まれているレイルだ。
 そういった視線にはなれていたが、今日はさらにレッテルが追加された模様。

 『女神をキレさせた男』

 ヒソヒソと囁かれる陰口を意識の外に追いやって、いつも通り塩漬け依頼や、不人気クエストの残る依頼掲示板(クエストボード)の前に立つ。
 昼過ぎということもあり、いつもに増して碌な依頼がない。

「はぁ……」

 仕方ない。常設クエストでもやるか、と安いクエストをはがしたとき、
「あの。レイルさん?」

 ──レイルを呼び止める声があった。

「は、はい……? あ」

 幽鬼のような表情で振り返ったレイルの目の前には、キチッとしたスーツに身を包んだギルド職員、受付嬢のメリッサがいた。

「ど、どうしたんですか? ひ、酷い顔色ですよ」
「え? あ、ぁぁ、なんでもありません」

 といったものの、ヒソヒソとした周囲の声と視線を見れば、教会での出来事なんかはすでに知れわたっているのだろう。
 もちろん、ギルド職員のメリッサが知らないはずもない。

「そ、そうですか。あの、今──お時間ありますか?」
「え? まぁ……」

 どうせやることもない。
 日銭を稼ごうと、薬草採取か地下道のネズミ退治でも引き受けようかと思っていただけ──。

「そうですか! よかった! じつは、ギルドマスターからの紹介で、レイルさんをぜひパーティに入れたいという人たちがいるらしいんです!」

 え?
 俺を……?

 そう聞いた瞬間、レイルは眉根を寄せる。
 今までレイルをパーティにいれようなんていう酔狂な奴はただの一人もいなかった。
 だというのに、よりにもよってギルドマスターに紹介を頼んでまでレイルを探す……?

 いったいだれが何のために?

「冗談、ですよね? ギルドマスターがDランクごときに俺の名前を知っているなんて──」
「そ、そんなことないですよ! 私も詳しくは聞いていないんですが、マスターから名指しでレイルさんを指名されたんですよ!」

 ……おいおい、マジかよ。

 レイルはギルドマスターに名前を覚えられるほど貢献したかな? とふと記憶を探るが、すぐに自嘲気味な笑みを浮かべた。
 すなわち──……。
「あぁ、貢献度というよりも、悪名のほうですかね。『疫病神』のレイル。ついでに、先日は教会で大騒ぎも起こしましたし──」
「そ、そんなこと……!」

 メリッサは唇を噛んで俯く。その様子を見るに、やはりメリッサも先日のレイルの噂を聞いているようだ。
(まぁ、当然だよな)
 この町の冒険者のことでギルドが知らないことなど、そうそうあってたまるか。

「気を使ってくれなくてもいいですよ。本当のことだし」
「は、はい。いえ、その……」

 だけど、メリッサは比較的マシな部類だ。
 むしろ、レイルには好意的な人物だと言える。

 というのも、彼女とは同期と言えるような間柄で、
 冒険者とギルド職員という立場ではあるが、村を出たばかりで都会が初めてのレイルと、同時期に配属になったメリッサ。

 窓口業務で知り合ったのだが、初めて担当したのが縁となって、それなりの長い付き合いでいる。
 当時はお互い新人同士ということで何かと接点の多くなった二人──その縁もあってメリッサだけはレイルを『疫病神』という色眼鏡で見ることなく接してくれたのだ。

 おかげで依頼(クエスト)の余りものを回してもらえるし、色々な支援もしてくれた。

 そのメリッサが言葉を濁すのだ。
 それくらい先日の騒動は噂になっているのだろう。

 女神を激怒させた男として────。

「いいんですよ、慣れてますから」
「レイルさん……」

 そういってあっけらかんと笑うレイル。もちろん、その笑いは実に空虚ではあったが……。

(はぁ。この町も俺の人生もそろそろ潮時かな……。まぁいいか、もう何の未練もないし──)

 戦闘職として活躍する──たったそれだけの、ミィナとの約束を果たしたいという思いでスキル授与の日まで生きてきた──。
 ……ミィナに成長した自分を見せれば供養になるかと思ったのだけど。

(だけど、もういいや────疲れたよ)

 ドッと疲労を感じたレイル。

「とりあえず、話は聞くよ──どうせ冷やかしだろうけどね」
 『疫病神』のレイルをおちょくりたい(・・・・・・・)者はいくらでもいる。
 今回もそういった類だろうけど、メリッサの顔を立てるためにも、面会くらいはするかと、思ったレイル。

 だけど、そのパーティとやらと面接をしたあとは、どこか静かな場所に行こうと心に決めた。

「──違うんです。聞いてくださいレイルさん! 本当の本当なんです! ぜひアナタを仲間にしたいっていうパーティがあるんですよ──だから!」


 ……だから、そんな諦めた目をしないで──。


 メリッサの目がそう訴えかけているようだった。
 その目を見て少しだけ興味を持ったレイル。

「…………マジなんですか?」

 それにしても、レイルを仲間に……?
 『疫病神』のレイルを?

「──そんな変わったパーティが、どこにあるっていうんですか……」

 呆れたようにレイルが言ったとき、




「──俺たちが、その変わったパーティさ」

第6話「Sランクパーティ」

「──俺たちが、その変わったパーティさ」




 え?

 そう言って、音もなくレイルたちの背後に立った数人の男女。

 キラキラの装備に、
 美男美女──……と、チビっこ。

 人間とドワーフの混成パーティ。
 いや。それよりも、あの輝く剣は────……。

「せ、聖剣────グランバーズ!!……ってことは。ま、まさか」

 こんなレイルに声をかけてくれたのは──。


「……Sランクパーティ『放浪者(シュトライフェン)』ッッ?!」


 王国中に有名を轟かせる最強のパーティがある。
 それが目の前にいる青年が率いる、ギルドの認めた天職『勇者』のいる『放浪者(シュトライフェン)』だった──。

「ハハッ。知っていてくれて光栄だね。……君がレイルくんだね? ギルドマスターから話は聞いているよ」

 そりゃ、知らないわけないだろう!!
 いや、それよりも──……!

 え?
 えええ!!

「ま、マジ──……い、いえ、失礼しました! ほ、本当に俺を? しかも、マスターから?」

 てっきりメリッサの冗談かと思っていた。
 落ち込んでいるレイルを慰めようとするメリッサの気遣いだと──。

 ふと彼女を見ると力強く笑い、大きく頷いた。

 ……つまり、冗談でもなんでもなく、本当のことなんだと!

「あぁ、そうだよ。君みたいな(・・・・・)冒険者を探していたんだ。詳しくは後々──ぜひ、君の力を借りたいんだッ。頼む、君が必要なんだ──レイル」


 そういって、手を差し出すSランクパーティのリーダー。
 そう、『勇者』と言われるあのロード・バクスターから──!!


 まっすぐにのばされる鍛えられた腕。
 まっすぐに見据える意志の強い眼差し。


 もはや行ける伝説ともいえる最強の冒険者ロードから勧誘を受けるなんて……!

 それを聞いた瞬間、身体に電気が奔ったように震えた。
 同時に、レイルの中で緊張していた何かが切れる。


 そして、一筋の涙が…………。


「う……うぅ──」
「お、おい?! ど、どうしたんだよ?」

 慌てたロードがレイルに駆け寄る。
 だが、レイルは何も言えず、ただただ目じりが熱くなる。

 …………『疫病神』と言われるようになって以来、誰かに必要だと言われたのは初めてのことだった。

 ──だから嬉しかった。

 Sランクパーティのリーダーに必要だと言われて嬉しくて嬉しくて──その瞬間だけでも、人生のすべてが報われた気になった。
 だから、迷わずその手を取った!

 熱く! 固く! 頼もしいその手を!!

「お、俺の名はレイル──……! レイルです」
「あぁ、知ってる! よろしくな、レイル!」

 固く握手した二人。

 そして、ロードがバンッ! と力強くレイルの肩を叩くとそれを合図にしたかのように、

「よろしくな!」
「よろしくお願いしますよ」
「よろしくね♪」

 重戦士 ラ・タンク!
 賢者 ボフォート!
 神殿巫女 セリアム・レリアム!

 Sランクパーティ『放浪者(シュトライフェン)』のメンバーが口々に挨拶をかわし、レイルの肩を叩いてくれた。

 技術士長官────は、ギルドの隅っこで機械いじりをしていたので、ロードを含む4人の伝説級のメンバーが口々にレイルに「よろしく!」と声をかけてくれたのだ!

 あの(うた)に聞く、Sランクパーティがレイルに──だ!!

「おいおい、泣くなよ」
「おやおや、まだ泣くのは早いですよ。厳しい旅はこれからです」
「うふふふ、嬉しいのね──わかるわ」

 ロード以外のメンバーも気さくにレイルに話しかけてくれた。

「さぁ、詳しい話は俺たちの宿で話そう────遠慮するなよ、君はもう仲間なんだ」
「…………はい!」

 あれよあれよという間に話は進み、レイルは『放浪者』に加入することになった。
 細かい手続きはもう済んでいるというので、あとはレイルの承認だけなのだとか。

 もちろん断る理由はない。
 そうして、Sランクパーティの一員となったレイル。

「まったく、加入だけで泣くなよ」
「だって、嬉しくって……」

 涙ぐむレイルの肩を組んで歩きだすロードたち。
 それを頼もしそうに見送るメリッサ。

「頑張ってくださいね、レイルさん!」
「はい……ありがとう、メリッサさん!」

 力強く頷き返すメリッサと別れ、
 その日は、ロード達の宿に招待され、歓迎会を開いてくれた。



 彼らの宿は大きく清潔で、そして豪華な料理が揃っていた。
「遠慮するなよ、レイル」
「は、はい!」

 見たこともないほどの豪華な料理に面喰いながらも、手渡される杯を受け取ると、

「おっほん……。では、我ら『放浪者』の新しい仲間に────」

 ロードを音頭に、

「「「「かんぱーい!」」」」

 一斉に打ち鳴らされるカップの音!

 あふれる琥珀色のアルコールも煌びやかで、
 それはまるで、夢のようなひと時で、つらく鬱屈した感情を押し殺していたレイルのそれを溶かしていくような時間。

(あぁ……。まさか、俺がSランクパーティに入れるなんて!!)
 ……まるで夢のようだ。

 レイルは天にも昇らんばかりの感動につつまれていた。

 まさに、これまでの苦労────その全てが報われたような瞬間だ。
 正真正銘の戦闘職と肩を並べて冒険ができるという望外の話!

 それこそ、レイルが女神にゴネてまで求めた戦闘スキルを持った……本物の──夢にまで見た最強の冒険者たちだ。

(うぅ……! このまま、このまま──彼らとともに高みに上っていければ、支援職の俺も──【盗賊(シーフ)】のまま、戦闘職なみの強さをえることができるかもしれない!)

 そう考えたレイルは嬉しくて嬉しくて、宴会のさなかに何度も泣いた。

 何も、最強と呼ばれなくてもいい。
 支援職でも、並の戦闘職クラスに扱ってもらえればそれで本望なのだ。

 たとえ、戦闘向きでない【盗賊(シーフ)】であったとしても、それはDランクであればの話。
 Sランクパーティのロード達にについていき、Lvを上げていけばいつか……。いつか!



 いつか、本物の強さを手に入れることができるかもしれないと──。



「ミィナ……!」
 宴会の騒音のなか、ギュッとミィナの形見を握りしめるレイル。


 不遇スキル『七つ道具』でも、
 スキルの女神に嫌われて新しいスキルが貰えなくても、
 たとえ支援職【盗賊】でも────!

 もしかすれば、ロード達と冒険を続ければ、並大抵の戦闘職に引けを取らない強さを手に入れることができるかもしれない。

 そうすれば、昔、ミィナとかわして果たせなかった約束を。
 ──いつか世界を二人で見て回ろうという約束が果たせるかもしれない!!


 レイル──その思いでいっぱいになった。



 だから、聞けずにいたのだ。






 なんで、Sランクパーティの『放浪者』が、レイルのようなDランクの冒険者を仲間にしようとしたのか────……。
第7話「旅の空」

 それから数日の間。
 レイルはロード達のパーティの一員として行動した。

 最初のうちは、大して貢献できるとも思えなかったので、できることは何でもやろうと思った。

 しばらくの滞在のあと、街を出てどこかへ向かうロード達に仲間として馬車に同乗していたレイル。
 夜が近づけば野営の準備だ。

 そして、

「──俺が、俺が全部やりますよ!」
「ん? お、おぉ。ありがとうよ」

 重騎士ラ・タンクの見張りを交替するレイル。
 ……これくらいしかできない。

 ──だからやる、やらせてもらう。
 おっと、馬車のほうもやらないとな。

「御者はまかせてください!」
「おや? よろしいので? 助かりますよ」

 賢者ボフォートから馬の手綱を受け取るレイル。
 彼の貴重な読書に時間を提供するのもDランクの務め。

 ──なんでもやる。やらなければならない。

「あ、料理なら任せてください! 一人で生きてきたのでたいていのことはできます」
「あら? べつに気を使わなくてもいいのよ? でも、ありがとう。お任せするわね」

 不器用な手つきで馬車の中でイモの皮むきをしていたセリアム・レリアムからやんわりとナイフを取り上げるレイル。
 危なっかしくて見ちゃいられない。

「──はい! 腕によりをかけて作りますよ」

 神殿巫女セリアム・レリアムから料理番を奪うレイル。
 高貴な血筋の方から給仕を受けるなんてとんでもない。

 それに、野営初日から芋料理じゃ味気なさすぎる。
 まだまだ新鮮な食材が使えるからな。

 でも、こんな時、『手料理』のスキルがあればよかったと少し後悔……。
 だけど、ずっと一人で生きてきたので料理くらいはお手の物だ。

「さーて、やるとしますか」

 ※ ※

 さて、そんなこんなでロード達と野営をして初めての料理番を引き受けたレイル。
 馬車が野営場所につくと同時にテキパキと準備を整えていくレイル。

「メニューはどうしようかな」

 ロード達の使う食材はかなり高級品が多い。
 辺境の町いちの品ぞろえを誇る『よろず屋カイマン』で購入したらしいそれらをレイルが手早く下ごしらえしていく。

「うわ。どれも高級品ばかりだな──」

 生鮮食品は長持ちしないので優先的に使うとして、
「生野菜と、緑黄豆と──。あとは…………お、魚か」

 肉を使おうかと思ったが、一番アシの早い魚を優先して使うことにした。
 
 メニューは複数。
 メインディッシュと、スープ、サラダ。それとデザートだ。

「ちゃっちゃとやりますかね~」

 まずは火をおこし、枯れ枝と土をかぶせて煙道を作る。
 慣れた手つきで直火には鍋をかけると湯を作り、湯が沸く前に手早く魚をさばいていく。

 調理ナイフ乗せを使い、ガリガリと鱗を落とし、ワタをとる。
「……っと!」
 ストン! と、頭を切り落としたら湧き始めた湯に落とし、灰汁を取りつつ出汁を取る。
 並行して身を三枚におろすと同じく骨身を湯に落とし、代わりに頭を上げた。
「ん……いい出汁」
 お玉に救ったスープを味見すると滋味深い味がした。
「へぇ、レイルは手際がいいな」
 感心したようにロードがわきからのぞき込んできた。

「あ、お待たせしてすみません! すぐに──」
「いいからいいから、楽しみに待ってるよ」

「はい!」

 ロード達を待てせるのも悪いと思いピッチを上げるレイル。
 手早く、サクにした切り身を煙道の中につるすと、焚火から出る煙を利用して魚の燻していく。
 燻製というよりも煙の風味をつけるためだ。

 その間にも、まず簡単に作れるサラダを整えていく。

「サラダの基本は三つのC~♪」

 綺麗(クリーン)に、
 パリパリ(クリスプ)に、
 しっかり冷やし(コールド)て──。

 まず青物野菜を水で洗いしっかりと水を切る。そして、塩で揉み込み水分を飛ばしながらサッと水気を取ると、さらにより分けていき上からガリガリとチーズを削り、さらに乾燥した香草を崩して散らす。

「仕上げっと!」

 最後にニンニクオイルをたっぷりかけると、
 じゃ~~~ん! 「青物サラダ、チーズ和え」の完成!!

「──よし、次はスープ!」

 次に沸騰してきた湯に出汁が染み出すのを確認すると、骨身を上げて香草を足していく。
 そこにトロミをつけるために目の細かい小麦粉を混ぜ、火から遠ざける。

 その上に、パンの耳を落としておかゆ風にすると、
 ばばーーーん! 「魚のブイヨン風、すいとんスープ」の完成だ!

「おぉ、うまそうじゃねーか!」
「イイ匂いですねー」

 重騎士ラ・タンクと賢者ボフォートが連れ立ってやってくると、焚火の傍に腰を下ろした。

「もう完成します。少しだけ待ってください」
「私もいただくわね」

 セリアム・レリアムが優雅なしぐさで携帯椅子に腰かけると、レイルは燻製風味にした魚を煙道から取り出す。
 少し生なので、食べれない人もいるかもと思ったが、一番最後に席に着いたロードの様子を見るにその心配はなさそうだ。

「お待たせです!」

 レイルは耳を落として柔らかい部分だけ使ったパンに、燻製風味の魚に切り身を置き、細かく刻んだ玉ねぎをたっぷりと乗せ、香草と岩塩をパラパラとかけた。

 よっし! メインディッシュの完成ッ!
「ハーリング風、スモーキーフレーバーのサンドイッチです」

 ひゅー♪

 誰ともなく口笛を吹き、次々にレイルの手からパンを受け取るパーティのメンバー。
 さらにそれぞれにサラダとスープを手渡すと、最後にレイルも自分の分を手にした。

「た、大したものじゃないですけど召し上がってください……」

 恥ずかしそうに顔をふせるレイルは、
 デザート用の梨を切って皿に盛って、かるく塩を振る。

 きっと、もっと美味しいものを食べているに違いないロード達に出すにはふさわしくないだろうけど──。
 こんな田舎料理が口に合うかわからないけど、冒険者としての下積みだけは長いレイルの培ったものをつぎ込んだ。

 彼らの顔を見るのが少しだけ怖かった。

 だけど、
「す、すげーじゃねぇか! セリアム・レリアムの作った飯はとてもじゃないけど食えないからな──ぎゃはははは!」
「ちょっとぉぉお!」

 ゲシゲシと肘でつつかれるラ・タンク。

「いや、実際凄いですね。短時間で最大効率────うむ、うまい!!」

 神経質そうな顔の賢者ボフォートも、サンドイッチを頬張るなり大絶賛。

「スープも行けるわね~。魚の味がしておいしいわ」

 いつも干し肉を煮込むだけだというスープが、滋味深い味になっていることに驚くセリアム・レリアム。
 やんごとなき血筋の方に褒められレイルも柄にもなく照れてしまった。

「サラダ、シャッキシャキだ。すげぇ」
 モリモリと口にサラダを詰め込んだロードが瞑目して味わっている。
「冷やしてきれいに洗い、しっかりと水気を切るとサラダの味はグッと引き立つんです」
「へー……! こりゃ旨いわ」

 そういって、次々におかわりの声が飛ぶので、レイルは忙しそうに給仕しつつ自分も味わう。

(よ、よかった……口に合ったみたいで──)

 あっという間に空になったスープ。
 レイルもなんとか自分の分を確保して一口。

(うま!! イイもの食ってんなー)

 さすがSランクといったところか。
 消耗品に過ぎない食材も一級品ばかり。

「いやー食った食った!」
「満足したわ~」

 あっという間に完売御礼となった食事に、ロード達は大満足して食後のお茶に興じていた。

「あれ?…………あ! しまった」

 スープの器が一つ余っていると思えば、ドワーフ族の少女、フラウの分を給仕し忘れていたことに気付くレイル。

「ん? あー……フラウはいっつもあーなんだよ、気にすんな」
 ズズズーと茶をすすりながらラ・タンクは興味なさげだ。
 ボフォートやセリアム・レリアムも難しそうな本を読み始めて全く顧みない。

「フラウなら、向こうで設営中だ────ま、腹が減ったら来るよ」
 ロードも聖剣の手入れをしつつ、興味なさげだ。

「いや、でも……」

 食材は使い切りあらかた食べつくしてしまった。

「あ──」

 そうだ。これがあった。
 レイルは出汁を取った後の魚のお頭と、骨身を取り出すと、最後の調理に掛かった。

 ロード達がのんびりとしている間に手早く調理を行う。

「腹の足しには心もとないけど……」
 御頭(おかしら)の一番おいしい部分──頬の身をナイフで削いで取り出すと串にさして炙る。
 あとは、残った骨身をニンニク油でカラカラにあげていく。

 ジュウジュウ♪ と心地よい音が鳴りやむ。
「うん……!」
 さっと火が通ったのを確認すると、さらに盛り付けて少し離れた位置で一人天幕を設営しているところに持って行った。


「あ、フラウさん──天幕(テント)ですか? 俺が張りますよ!」
「レイル?…………僕に気を使わなくていいよ。──あと、あまり話しかけないで」

 皿を切り株の上に置き、
 ドワーフ族の神童。技術師長官フラウの天幕設営を手伝おうとするレイル。

「え……?」
「……気にしなくてもいい。もう少しで終わるから」

 ──あ、はい。

 天幕の重い敷幕を危なげなくセットしていくフラウに取り付く島もない。
 そうしているうちに天幕が完成し、フラウが肩をもみながら一息ついていた。

「なに? まだいたの?」

 レイルを見もせずに素っ気ない態度のフラウ。

「いや、食事を持ってきたんだけど──」
「いらないわ。僕はいつも通りこれでいいから」

 そういって、バッグの中から干し肉と固パンを取り出す。
 しかし、見るからに固そうでマズそうなそれ──。

「でも、せっかくだから──」
「いらないってば!」

 差し出した魚の炙り身に見向きもしないかと思えば、


 ぐーーーーーー……。


「うぐ……」
 顔を赤らめてそっぽを向くフラウ。
「はは……それじゃ、ここに置いとくから。えっと、頬身あぶり焼きと、骨のビスケット。量はないけど、塩気を利かしたから、疲れが取れるよ」

「………………ありがと」

 終始そっぽを向いたままだが、フラウはレイルが背を向けるときに、ボソリと礼を言ってくれた。
「うん」

 コクリと小さく頷いた彼女は、小さな体で天幕の中に荷物を運びこんでいく。
 見た目に反して力も血なのか、あっという間だ。

 ……嫌われているのだろうか?

「じゃあ行くね?」
「…………ん」

 気さくなロード達とは違い、フラウとだけは中々馴染めないけど……、
「……これ」
「え?」

 去り際のレイルに話しかけたフラウ。
 もじもじしながら、お礼のつもりなのか小さなクッキーを一袋くれた。

「あ、ありがとう」
「…………僕には、これくらいしかできないから──」

 へ???

 そういって、フラウは機械類を手に天幕に潜り込んでしまった。
 「これくらしいか──」って、どういう意味だろう……。

 しかし、言及することもできずにいると、ロード達に呼ばれて食後のお茶の輪に加わるレイル。
 フラウはみんなと一緒に行動しないのだろうか?

「──フラウさんはいいんですか?」
「ん? あぁ気にするな。あいつはマイペースなんだよ」
 と、こともなげに言うロード。

「は、はぁ……?」(うーん??)

 マイペース……。
 たしかに──。

 普段からパーティとは一線を置くようにしているし、
 今も天幕を設営し置いた後は、ひとりで機械いじりを延々とやっている。

「……それにしてもレイル、頑張ってるじゃないか」
「え? あ、ぁあ。ありがとう、ございます」

 ふいに褒められ、柄にもなく照れてしまうレイル。
 Sランクのロードに褒められると、嬉しくて仕方がない。

「飯もうまいし、見張りも変わってくれる。────皆、感謝してるぜ?」
「そ、そうですか? こ、光栄です」

 そう。日々の雑用はもちろんのこと、
 夜間の見張り、馬車の御者、そして料理──。

 できることは、なんでも──。何でもやってやる!

(だけど……)
 ──こんなのでいいのだろうか?

 今さらながらどうしてDランクの自分を仲間にしてくれたのかわからない。
 少なくとも【盗賊】としての力量を買われたわけではなさそうだ。

(一体、ロードはどうして俺を────??)

「なぁ、レイル」
「は、はい!」

 ふと疑問がわきそうになったレイルを呼ぶロードの声。
 思わずドキリとするも、

「──はは。その敬語やめていいんだぜ? 俺たちは仲間だろ?」

 え??
 な、なか──ま。

 ほ、ほんとに?!

「…………は、はい!! あ────おう!」

 仲間……!

 なんとか、砕けた口調にしてみるも、どうにも慣れない。
 だけど、

「おうおう、そうだぜ、それでいいんだよ」

 ガハハハ! と豪快に笑うラ・タンク。
 セリアムもボフォートもおかしげに笑った。

 その笑顔を見ていると、レイルも心に沸いた不信感がシオシオとしぼんでいくのを感じた。
 あぁ、そうか。




 これが仲間なのか────と。

第8話「村の傷跡」

 そうして、『放浪者(シュトライフェン)』のメンバーと打ち解けながらレイルたちは馬車に乗って北を目指す。
 さすがSランクパーティの馬車だけあって乗り心地は最高だ。

 ドワーフの技術者フラウ謹製とあって、振動もほとんどなく、装甲まで施されている。
 おまけに広さのわりに軽いと来ている。まさに理想の馬車だ。

 その御者を務めながら、隣の席でぼんやりと空を眺めているフラウに聞いた。

「あの、目的地は──?」
「…………北の国境。開拓村だよ」

 あ、そう。

 やっぱり最低限のことしか答えてくれないフラウ。
 それでも、隣の席に座っているのは何か話があるのだろうか?

 ──そう思って、何度かそれとなく話題を振っているのだが、返事は上の空。

(ったく、なんなんだよ……)

 次第に無口になるレイルたち。
 しかし、

「………………僕は、君がこのパーティが抜けるほうがいいと思っているの」
「え?」

 唐突に振られたので、間抜けな反応しかできないレイルだったが、
 振り返った先のフラウの顔は真剣そのものだった。

「……悪いことは言わない。町に戻るか、故郷に帰った方がいい」

 は??

「な、なんで──……」

 なんでそんなことを言うんだよ!

「ちょっと、フラ──」

 ガタン。

 思わず口をついて、そんな言葉が出そうになったが、それは最後まで出ることはなかった。
 それもそのはず。

 長い緩やかな坂道を登り切った先。
 抗議の声を上げようとしたレイルの眼前に広がった光景。


 ──ザァァアア……。


 風が流れ、丈の短い草に波が広がる様は息をのむほどに美しい。

 小高い丘を馬車が越えた途端に、視界が広がった。その光景の見事なこと──。



 広大な草原と、開拓地────。



「おぉ! ここが大草原の村かー!」
「ひゅー……すごい景色だな!」
「おやおや、地図で見るのと実際にみるのでは随分と違いますね」
「うふふ。王都ほどの雄大さはないけど、こういのもいいわねー」

 そういって馬車の中から顔を出す『放浪者』の面々。
 途端にフラウは口をつぐんでしまった。

「おい、フラウ。何を話してたんだ?」
「…………なにも」

 そっけない返事のフラウに、しばらくロードはジッと顔を見つめていたが、彼女が反応しないことをみるに、
 チッ……と、舌打ちをする。

余計なこと(・・・・・)話してないだろうな?」
「………………話してない」

 ──ん??
(なんだ? フラウの奴、皆と仲が悪いのか?)

 先日から見ていると、あまり良好とはいえないフラウとロードたち。

(……まぁ種族の違いもあるしな? うん──)

 ドワーフはドワーフなりの独自の感性を持っているという。
 人間とはそれなりに良好な関係を築くことのできる種族だとは言うものの……。

「よーし、レイル。目標はあの村だ」
「はい──あ。お、おうッ!!」

 まだ敬語のクセは抜けない。

「……さすがに馬車に乗りっぱなしだとくたびれるよなー。まずは宿を探そうぜ」

 そうして、レイルは言われるままに馬車を操り村の門をくぐった。
 こういう時はさすがにSランクだと思う。

 突如現れた『放浪者』に村人は驚いていたが、Sランクの冒険者証をみせるとあっさりと村への門を開けてくれたのだ。
 レイル一人ではこうはいかないだろう。

 少なくとも、ギルドが発行した通行証なり、誰かの紹介状が必要になる。
 開拓村は、領主や国王の直轄地が多く、彼らの金が掛かっているだけになおさらだ。

「それにしても、かなり大きい村ですね──」

 宿について、馬を預けるとレイルはキョロキョロと物珍しそうに開拓村を見る。
「この辺で一番デカい開拓村だからな。北の蛮族に備えるための国政策の一環さ──っと、そこでいいんじゃないか?」

 訳知り顔で言うロードは、村で一番大きな建物に横付けするように言う。
 はたしてそこは宿屋らしく、裏には厩舎もあるようだ。

「馬車と馬の世話を頼むぜ? あとは、各自自由にしな──」

 レイルには特に用事を言わず適当に過ごすように言って宿に入ってしまった。

「え? じ、自由って言われても……。ここに何しに来たんだ?」

 パーティの誰かに聞こうとしても、すでに馬車の周りには誰もいない。
「まぁ、食事時にでも聞けばいいか」
 そう思い。言われた通り、レイルも好きに過ごすことにした。

 とはいえ、手持無沙汰になってしまったので、暇つぶしを兼ねて開拓村を観光しようとしたのだが、どうも村人の様子がよそよそしい。

 というか……。

「──な、なんだこれ!」

 プラプラと歩いていたレイルの目に飛び込んできた光景。
「ひ、ひでぇ……」
 宿の裏手に回って気付いたのだが、
 いくつかの民家が半壊し、何かに抉られたような跡がまざまざと残っていた。

 そこは村の広場になっているらしく、多くの村人が忙しそうに動き回っていた。
 彼らは手に手にピットフォークや粗末な槍を持って武装しており物々しい雰囲気だ。
「そういえば、村の入り口でもざわついていたし……何かあったのか?」
 首をかしげるレイルの耳に、
「やれやれ、着た早々これかい──」
 そんなボヤキが聞こえてきた。

 「ん?」そちらを振り返ると、村人とは違った装束の老人がいそいそと店じまいをしている。
 ……どうやら行商人の翁らしい。

「どうしたんですか? なにかあったんですか?」
「んぁ? なんだあんちゃん。村のもんじゃなさそうだね」

 「よっこらせっ」と、立ち上がる老人は店じまいを中断してしまった。
 どうやら、レイルが興味を持ったことが嬉しかったらしく、突然愛想をよくして広げた品々を勧めてくるではないか。

「ほら、コイツなんてどうだい? ドラゴンでもイチコロの猛毒入りの吹き矢だ、こいつを柔らかい口の中に打ち込んでやれば、いかに古代龍と言えども──」
「いや、買わないから! そんなことより、何があったんですか?」

 妙な品を売りつけようとする行商人を留めるレイル。

「んだよー。客じゃねぇのかよ。ちっ」

 途端に態度の悪くなる行商人は、ブツブツと言いながら店じまい再開。
 埒が明かないので適当に安いポーションを買うと、銅貨を握らせる。

「ち──しけた客だな。まぁいいか」

 そういうと、売買の対価に教えてくれた。
 行商人が顎をしゃくる先、半壊した家を指し示すと、

「見なよ、あの爪痕。……どうも、(たち)の悪いグリフォンが出たらしい」
「え………………ぐ、グリフォン?!」

 それを聞いたレイルは驚いて背を伸ばす。

(じょ、冗談だろ?!)
 ──グリフォンはドラゴンに匹敵する大型の魔物だ。

 時に人を襲い、小部隊ならば騎士団すら壊滅させることがあるという。

「おーよ、グリフォンよ。……腹をすかしたグリフォンが、この村あたりに目を付けたらしくってなー。今朝方もそこの一家が丸々食い殺されたんだと。家の中に隠れてりゃいいのに、爪でガリガリやられて子供が驚いて外に逃げちまったもんだから──それを追いかけていった両親がもろとも……パクリっ、てな」

 まるで、世間話のように話す行商人。
 いや、実際に世間話なのだろう。所詮は他人事だ。

「……ここは餌場ってことか」
「ドンピシャな表現だな。まさに、それだ」

 そういうと、行商人は「くわばら……くわばら」と店じまいをしてしまった。

 彼曰く、襲撃直後に来てしまったのものだから誰も商品を買ってくれなかったそうだ。
 もう、昼が近いのでグリフォンがまた襲いに来る前に退散するという。

「じゃーなー。兄ちゃん。冒険者みてぇだが、お前さんの腕で無謀なことすんじゃねーぞ。────あ、……ドラゴンキラー(超猛毒吹矢)買う?」

 そういって、さっき売りつけようとした怪しい猛毒の吹き矢を見せる。

 ……いらねーよ。

「ばーか。どうやってそれをドラゴンの口に当てるんだよ……。食われる寸前に打てってか?」
 使えるタイミングは死ぬ寸前……そんなもん自殺兵器もいいとこじゃねぇか!
「かーっかっかっか! いいねいいね。わかってるじゃねぇか兄ちゃん。……気に入ったぜ、どっかで会ったらオマケしてやるよ」

 へ。
 そうやってニヤリと笑った行商人はほとんど売り上げにならなかったという割に上機嫌で去っていった。

「──言いたいだけ行って行きやがったよ……。俺はこう見えてもSランクパーティ『放浪者』のメンバーなんだけどな」

 ……グリフォンごときがどうしたってんだ!

 行商人に小馬鹿にされたようで気分はよろしくなかったが、
 だけど、これで分かった──。



「……そっか、ロードの目的はグリフォン退治か」



 何の目的もなさそうに見えたけど、なるほど……。
 村を襲う悪しきグリフォン退治──。


「……さすが『勇者』ロード!」


 圧倒的な戦闘用スキルを持ち、ギルドからも『勇者』と認められたロード。
 どうやら、彼がこの村に来た目的はグリフォン退治のクエストらしい。


 

「まってろよー! グリフォン。やーるぞー俺はぁぁああ!」

(人々を守るクエストか……)
 誇り高きクエストに関われることにレイルは誇らしかった────。

第9話「だまし討ち」


 村に入って2日後のこと。
 もう少しで昼時だという時間に、村中で警鐘が鳴り響いた。

 カンカンカンカン!!

「空襲────! 空襲だぁぁあああ!!」

 自警団らしき若者が村の見張り代の上で叫んでいる。
 その途端に村中が蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。

 もちろん、ロード達『放浪者』はその時を待っていた。
 レイルも、村に入ったその日のうちには夜のミーティングでグリフォン退治について告げられてはいた。

 大型のグリフォンが、人間の味を覚えて襲撃するようになったというのだ。
 それも、かなりの広範囲に被害が出ており、この開拓村を含めて複数の開拓村が襲われているという。

 騎士団も出動しているのだが、空を飛ぶ魔物相手に何度も空振りを繰り返しているらしい。
 そのため、冒険者ギルドにも高額でクエストが舞い込んでいたというのだ。しかも、領主の直々の頼みで、だ。

 そして、
 先日、村に入ってからしばらくグリフォンの襲撃はなかったが、ついに今日の今この時──どうやら、待ちに待ったグリフォンが来たらしい!

「来たか……!」
 グリフォン退治の話を聞かされて以来、気が気ではなかったレイルは宿から空を見上げ、顔を引き締める。

 一方でロード達を振り返ると全く緊張感がなかった。
 それどころか、

「うー……うるっせぇなー」
「あたたた……。くっそ安い酒はだめだな」
 昨夜からずっと飲みっぱなしだったらしい、ロードとラ・タンク。
「ほらほら、起きてください。お仕事の時間ですじょ」
 呂律の回っていないボフォートに促され、
 村に到着して以来、ずっとゴロゴロしていたロード達がむくりと起き上がる。
(うわ……。ひでぇ匂いだ)
 ロード達から漂うアルコール臭に顔をしかめるレイル。

 彼らが管を巻いていた宿の酒場には酒の空瓶が数本転がっていた。

「おい、レイル。水を頼む」
「お、おう……」

 ラ・タンクに頼まれ、人数分の水を用意すると、彼らはそれをグビグビと飲み干し、最後に聖女であるセリアム・レリアムの解毒魔法でアルコールを抜く。

 しかし、完全に除去するのは不可能だろう。アルコールとはそういうものだ。

「うー……飲み過ぎたか?」

 ロードが頭を振って辛そうに額を抑える。

「だ、大丈夫なのか? こんなに飲んで……」
 さすがに口にはしなかったがレイルはロード達のありさまに眉をひそめている。
 グリフォンが来るのが分かっていながら、酒を飲んで怠惰に過ごすなんて……。

「問題ありませんにょ」
 賢者ボフォートに至っては、いまだ呂律が怪しい。

「む、無茶だ! こんなになるまで飲んで──」
「うるっさいわねー。……ねぇ、ロード。いつも通り?」

(え……? 今のってセリアム・レリアム?)

 いつになくぶっきらぼうなセリフを吐くセリアム・レリアムに、レイルがビクリと震える。
 まさか、あの優しい彼女がこんなセリフを吐くなんて──……。

「おう。いつも通りにやる(・・・・・・・・)。──フラウは待機中だな?」
「朝から律義に配置についてますよ、オップ」

 酒臭い息でヨロヨロと立ち上がったボフォートがトイレに向かう。
 村中大騒ぎなのに、こんな体たらくで大丈夫なのか?

 せめて、俺だけでもなんとか……!

 素早く装備を整えたレイルは短刀やポーションの在庫を確認する。
 そして、頬を叩いて気合を入れる。

 ……これから、ドラゴンに匹敵するグリフォンと戦うんだ、気合を入れないと!

 パンッ!
「うっし! やるぞ!!」

 せっかく期待してくれたロード達に報いるためにも──。

「あ? 何気合入れちゃってんの?」
「お? プハハハ。Dランクのお前が一丁前に戦うつもりかよ?」

 ロードとラ・ランクがやけに挑発的だ。

「な、なんだよ?! 今がどういう状況か──」
「知ってんぜ──グリフォンちゃんが、餌を求めて遊弋中さ」

 ならなんで──……。

「ははははは! まぁいいや。精々がんばれよ」
「おーよ、頑張れがんばれ!」

 まったく動き出す気配も見せずにゲラゲラと笑うロード達。
 いつもの彼らと違うようにレイルは戸惑い目を泳がせる。

(な、なんなんだよ? 一体どうしたってんだ?)

「何言ってんだよ? 全員でやるんだろ??」

 レイルの訝しげな表情をポカンと見つめるロード達。

 次の瞬間、ブハハ!! と顔面を爆発させるように噴き出すと、
「おいおい、コイツまだわかってねぇぞ? ほんっと、お前(にぶ)いなー」
「ケケケ。ここまで鈍い奴は初めてだぜ──ま、所詮はDランク」

 明らかにレイルを刺して笑うロード達。
 それが何を意味するのか分からないレイルは茫然と立ち尽くす。

「はいはい。そこまでそこまで、村人は避難したようです──……チャンス到来ですぞ」

「お! じゃ、餌の準備かな?」
「今回は活きがいいぜー」

 ロード、ラ・ランクは何やら意味深なセリフを吐き、
「それでは、そろそろレイルを置いてきましょうか?」
 ボフォートはレイルを物のように見てくる。

「え……? 俺??」

 い、一体……。

「な、何の話だよ……?」

 急に話を向けられたレイルはただただ戸惑う。
 いや、それどころか──。

「ねぇ、ちゃっちゃとやっちゃいましょーよー」

「ちょ、ちょっと何のの真似だよ?!」
 ジリジリと迫るロード達に何やら怪しい気配を感じたレイルは思わず後ずさる。
 その背後を塞いだのは聖女セリアム・レリアム。

「な! ど、どいてくれ!」

 ここはまずい!
 そう思ったレイルは思わず逃げ出そうとするが、ガシリを首根っこを掴まれる。

 そして──。
 
「レイルぅ……。お前はもう用なしだ!」

 どかッ!!

「うぐわッ!!」
 唐突に蹴りだされるレイン。
 あまりに突然すぎて受け身も取れずに。宿の壁を突き破って村の広場の石畳を転がされる。

「うぐぐぐ……」

 痛みの余り息が詰まりそうになるが、なんとか起き上がる。
 奇しくも、そこはあのグリフォンに襲われたという一軒家があった場所だった。

「な、なんのことだ?! 急にどうしたってんだよ!?」

 レイルは状況が分からない。
 ただ、急にロード達が牙をむいたようにしか────……。

「どうしただと……? 本ッッ当にまだわかんねぇのか?」
「え?」
 
 クルァァアアア!!

 空を圧する咆哮!
 そして、サッ! と、上空を何か巨大なものが航過していく。

 ──確認するまでもない……グリフォンだ。

「え? じゃない、今日でその顔とも見納めだ! そう思うと、せいせいするぜ──」
「ろ、ロード……? きゅ、急にどうしたんだよ? お、俺何か悪いことでも……? それとも──」

 それとも、何か狙いがあってのことか?

「はん! バぁカ……!」
「ぐ! もしかして、お前ら!!」

 ……うすうす勘付いてはいた。
 何か別の目的があってレイルを勧誘したんだと──……だけど!

「何度も言わせるな。お前はもう用なしなんだよ──今日までご苦労さん」





 ──ピィン♪





 澄んだ音を立てて金貨が空中を舞う。
 それは手切れ金のつもりなのだろう──叩きつけられるようにして一枚がレイルの服に滑り込み。他の数枚は地面に転がった。

「──え? よ、用なし……って。は? え……?」

 こ、この金はなんだよ!
 ま、まさか──こんなところで……。

 ニチャァと笑うロード達の顔を見て、
 その後で散々罵るロード達の声を聞いて、

 容赦なくレイルに刃を突き立てるロード達に悪意を感じて……!!




 やっと気づいた──────!!



「──じゃあ、大人しく食われてくれや────『疫病神』ちゃん! ぎゃははははは」

第10話「絶体絶命」

 ロードの醜悪な顔が愉快満悦に歪み、レイルを絶望のどん底に突き落とした。
 コイツは初めからそのつもりで────……!!

 ろ、
 ロード……。

 ロード!!

「ろ、ローーーーーーードてめぇぇええええええ!!」

 血を吐くようなレイルの絶叫。
 それを受けて笑い転げるロード達。

「今さら気付いても遅いんだよッッ!」
「「「ぎゃははははははははは! この間抜けがぁ!」」」

 無様に地面に転がるレイルをあざ笑うロード達。
(あぁそうか! あぁそうかよ!! わかった。今わかった!!)

 ──全部理解できた!!

 ここにきて、すべてを理解できてしまった……!

 人食いグリフォン。
 疎まれているDランク冒険者。

 Sランクの所以────……。

 つまり──────。
「最初から、俺を餌のつもりで連れて来やがったのか──テメェぇぇぇえええええ!!」
「あったり前だろうが!! お前みたいなクズ冒険者、他に使い道があるかよぉぉぉおお!──おい、ラ・タンク」

 無造作にラ・タンクを呼びつけたロード。
 クィっと顎でレイルを指し示すと、

「おっけー。じゃ、ちょっ~~~とは血ぃを出してもらうぞレイル。イ~イ匂いがしたほうが食いつきがいいんでな────。クククよかったな~、最後に俺たちの役に立ててよー。ひゃははははははははははは!!」

 もはや、レイルを人として見ていないその目!!
 その目ぇっぇええええ!!


「あばよ、『疫病神』ッ!」


 コイツ──!!
 コイツッ!!

「お前らぁっぁぁああああああああああ!」



 ザクッ!!



「ぐぁぁああああああああああああああああ!!」


 ラ・タンクの槍が容赦なくレイルの肩を薙ぐ。
 その瞬間激痛と鮮血が迸る。

「おーおー出る、出るぅ」
「すっげぇ、出汁だな。こりゃ食いつきがよさそうだ」
「せいぜい叫んでグリフォンを呼んでくださいね、生・き・餌・さん」

 ゲラゲラと笑うロード達。

「だーいじょうぶよー。痛いのは一瞬。旨くすればパクリと言ってくれるし、その前にちゃ~~~んと、グリフォンは仕留めてあげるから」

 んね?
 そう好き勝手に言って、全員がフラウを振り返る。

「………………準備よし」 

 ジャキンっ!!
 物騒な金属音とともに、フラウが馬車の中からコクリと頷く。

 そして、

「……僕は、警告したよ──」

 そういって一度だけレイルを見ると、あとはもう視線を合わさないフラウ。

「ふ、フラウ……! お、お前らぁぁあ!! ぐぅぅうう!」

 ま、まだだ。
 まだ肩を切られただけ────ポーションを……。

「おい、逃げるぞ、グリフォンが来る前に足も切っちまえ」
「あいよー」

 ロードの無情な指示に、ラ・タンクが自慢の槍で宿の中からレイルの足を切り裂く。その激痛!!

「ああああああああああああ!!」

「お、いい声──」
「あ、ポーションを飲もうったって無駄ですよ。私たちが支給したのはただの砂糖水ですから、ウヒャハハハハ!」

 そういって大笑いするボフォート。
「なんだと! ぐぁ!!」

 今度はロード自身から薄く切られて、背中からも血が溢れて地面に染み込んでいく。
(なんてやつらだ……!!)

 どーりで気前よくクソ高い上級ポーションをレイルにくれると思ったら……!

「くそぉ!!」
(し、死んでたまるか……! こんな、こんな奴らのために──……)

 満身創痍のレイルは動けず。村の広場で血まみれになって蠢くのみ。
 そして、上空を黒い影が────……。

「「「「きたーーーーー!!」」」」

 うっひょー! と大喜びの声を上げるロード達。
 
 来たーって?
 何が……?

「って……」

 ははは……確認するまでもないよな────。

『クルァァァアアアアアアアアアアアア!!』

 ズドォォォオオン!!

 砂埃とともに、降り立つ巨大な質量。

 そこから強烈な獣臭。
 そして、巨大な影────!!



「ぐ……!」

 人食いグリフォン!!!


第11話「奇襲攻撃」

「ぐ、グリフォン……!」

 おとぎ話では聞いた。
 そして、ギルドの掲示板で見たこともある。

 どれもこれも、凶暴そのもののモンスターとして……。
 そして、自分なら一生関わることがないと思っていた敵うはずのない化け物──……。

 そいつが、

『グルォォオオオオ……!』

 ズズン……!
 巨体な割に柔らかな羽音で着地した大型モンスター!!

 ──グリフォン!

「くそ……! あいつ等、このために──」

 ロード達は言っていた。


 いつも通り(・・・・・)、と。

 いつも通り(・・・・・)と……!


 つまり、

「つまり、テメェらいつもこうやってクエストやってんのかよぉぉぉおお!!」

「「「「ぎゃははははははは!!」」」」

 それは肯定の笑い。

 いつも通り。
 そう。いつも通りなのだろう──……。

 レイルのような、誰にも顧みられない(・・・・・・・・・)冒険者(・・・)を餌に、こうしてモンスターを狩る──!!

 あああ、有効だろうさ!!
 簡単だろうさ!!

 そして、理解した……!


  「ギルドマスターからの紹介です」

 
 そういったメリッサの言葉を!!
 
「どいつもこいつもグルなのか!」
「へへ、()きがよくて助かるぜ──」

 サッと、宿に潜り込み、中から様子を窺うロード達。
 グリフォンは完全にレイルを餌と認識したらしく、ズンズンと足音も高く迫る!

「くそ……! 食われてたまるか!」

 ズルズルと這いずるレイルだが、──グシャ! 


「あがぁぁあああああ!」


 ゴリゴリゴリ……と、大腿骨が潰れていく感触に喉から絶叫が漏れる。
 ピピっと、飛び散った血にグリフォンはご満悦。おびただしい血がブウシュウウウと溢れでる。
 
「うひゃー……ありゃいてぇわ」
 ニヤニヤと建物から様子を窺っているロード達をこれでもかというくらい睨みつけるが、そんな視線には慣れっこらしい。

『ゴキュルァァァアアア!!』
 そして、それに気をよくしたグリフォンがレイルを啄ばまんとして──……。


「……そこぉ!」


 ────ガキュンッッッ!!

 宿に入れておいた馬車の中からフラウの声!
 その声と同時に何かが射出されグリフォンに突き刺さった。

 ……ズンッッッッッッ!!

『────クルァァァァアアアアアアアアア!!』
「な?!」

 まるで巨大なハンマーで殴られたように、グリフォンの巨体が一瞬浮かび上がる。

 そして、

 ──バシャリ!! とドス黒い血がレイルに降りかかった。

「う、ぐ……」
(な、なにが──??)

 グリフォンからのトドメを免れたレイル。
 その瞬間、ロード達が動き出した。

「よっしゃああ! チャンス到来ぃぃい!」
「いっけーーーーー!」

「魔力全開──デカいのをブチかましますよ……!」


 そして、『放浪者』達の全力攻撃が始まった!!

「「「攻撃開始ッ!」」」

 スキルを発動させたロード。

「へへ……! 動きを止めればこっちのもんよ──」
 彼の職業やスキルを聞いたことはなかったが、Sランクなだけはあって圧倒的な魔力の迸りを感じる。

 すぅぅ……。
「おらぁぁああああ!! ライトニングスラッシュ(光波漸)!!」

 ピシャァァアアアアアン!!!

 ロードのスキルが聖剣に宿り、バチバチと発光してグリフォンの片羽根をもぎ取った!

『クルァァァアアアアアア?!』

 強襲を受けたグリフォンが戸惑い叫ぶ。
 だが、『放浪者』の追撃は止まず、すかさず……次はラ・タンク──!!

「おっしゃぁぁあ!! 追撃、追撃ぃぃい!!」

 ラ・タンクが槍の穂先にスキルを乗せて突撃!

「うっっらぁあああああ!! カイザースピアー(皇帝槍撃)ぁぁああ!」

 ドズぅぅぅううン!! と、大音響!
 その直後に突き立った槍が、深々をグリフォンの後背に生える。

 Sランクの膂力と、重装備の全重量

『ゴキュルァァァアアアアアア!!!』

 もはや死に体のグリフォン!を乗せた強烈な一撃だ!
 だが、大空の覇者がこれしきの攻撃で────……。

「よくやりました!! イイ避雷針ですよー!」

 しかし、『放浪者』は容赦しない。
 そのタイミングを待っていたといわんばかりに、最後の一手!!

 そう。それは、勇者・重騎士・賢者の三位一体の連続攻撃。

 ────トドメはボフォート!

極大魔法(アルティメットマジック)ッッ!」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ! と、ボフォートの直情に魔力の黒雲が発生し帯電し始める。

「はぁっぁあああ……!」

 更に魔力を込めるボフォート。
 周囲の小石や瓦礫──そして、彼自身が魔力の力場に釣られるように僅かに浮かび上がっていく。
 そのまま、黒雲の中に青白く光った魔力の波動が渦巻き、まりょくを最大に溜め込むと──……!

 ボフォートが普段は閉じているような細目をカッ!! と見開くッッッ!
「はぁぁあ!!」
 虚空から現れた魔力の塊が紫電を放つッッ!!
「──……トドメですよぉぉぉお!! 究極雷光(サンダーロード)
 極限まで膨れ上がった魔力の雷が炸裂したッッッ!

 ──バッッッッッチぃぃいンッ!!


『グギャァァァアアアア!!』


 開拓村を押しつぶさんばかりの絶叫!!

「まだまだぁぁぁあああああああ!!」

 視界を焼く魔力の雷がラ・タンクの槍を避雷針にして、グリフォンの内部をローストした。

 ────バチチチチチチチチチッッッ!

 内臓を焦がす電撃!
 それにはたまらず、あのグリフォンが絶叫し、
『────ギャオォォオオオオオオオ…………ォォッ…………』

 そして、終局──……。

 ついに、あの巨大なグリフォンが──ズズン……と、身を沈めてしまった。



「た、倒した……?」



 レイルの目の前で、あっという間に滅ぼされたグリフォン。
 いくら奇襲されたとはいえ、すさまじい攻撃力だった。

 これがSランクパーティ『放浪者』────……。
「ど、どうです? 効きましたか?」
 ブシュゥゥゥ……と、魔力の奔流が収まった先にはローストされたグリフォンの遺骸が…………いや、まだ、か。

「お、しぶといな?」
「ボフォート、魔力足りてねぇぞ?」

『──コキュルルルゥゥゥゥ…………』

 コッフ……。
 コッフ…………。

 地に臥したグリフォンが荒い息をつき、呼気が白く濁る。
 ……致命傷だ。

「まぁ、いい。さっさとトドメをさすぞ、ついでにそのクソ餌野郎も消し炭にしとくか?」

 ロードにクソ餌野郎呼ばわりされたレイルも、ドクドクと溢れる血に急速に体温を失っていく。

 そんな中でも、グリフォンの力強い魂を間近に見てレイルは信じられない思いだ。
 これでも死なないグリフォンと、それを倒してしまった『放浪者』の実力に──。

(災害級モンスター……グリフォン)

『コフー…………』

 臥したグリフォンとレイル。二人の目が合ったような気がしたとき、

「ん?……おいおい? なんだぁ、この疫病神──生きてるぜ。おい、フラウ。わざとこのタイミングで撃ったな?」

 レイルの生存を知ったロードが馬車の中のドワーフの少女をジロリと睨んだ。

「…………タイミングがそこ(・・)だっただけ」

 言葉少なげにポツリと呟いたあとは馬車の中に引っ込み、もう顔を出さないフラウ。
 
「……ち。一手間増えるじゃねーか。役立たずのトドメに一発。グリフォンにもトドメを一発──」

 そういって、剣を振り上げるロード。
 狙いはもちろんレイルだ──。

「カッ! めんどくせぇ……」

(──く、やっぱりそうか……!)

 今にもレイルの首を刎ねんとするロードを見てレイルは思う。

 ────コイツは……レイルに躊躇いもなくとどめを刺すと。

 そうとも。そうだろうさ。
 これまでだって、囮にされながらも生き残った冒険者がいたはずだ。

 だが、ロード達の悪事が明るみに出たことはないらしい。

 つまり────!!

 つまり……!

「……お、お前ッ!! そうやって何人手にかけた! この人でなしが!!」
「あ゛? 元気じゃねーか。ハッ、疫病神がよぉ、何を生意気な口きいてんだよ」

 その目はどこまでも冷酷。
 最後には口封じとして、うまく生き残っても殺すつもりなのだ。

「先にグリフォンを殺ったんじゃ、お前にも経験値がいっちまうからな。悪いけど、先に死んでくれ──」

 据わった目のロード。もはや、レイルなど路傍の石と同じ扱いだ。
 僅かばかりとはいえ、戦闘に貢献したレイルに経験値の分配がいく────だが、それすらも惜しいとばかりに、ロードはレイルを取らんとする。

 だけど──……こんなことが許されるはずがない!

「あばよ、疫病神──」

 て、
「てめぇぇえええ! このクズ野郎がぁぁぁああああ!!」

「やっかましい! 一昨日来やがれ『疫病神』────お前みたいな生きていても役に立たない厄災はよぉ、死んで当然なんだよ。俺たちの肥やしになることを誇りにして死ねよ。そして、安心しな……『疫病神』なんざいなくなっても、誰も気にしやしねぇさ」


 く、くそ野郎────!!


「いつか。いつか、絶対──……」
「あーあーあーあーあー。そーいうセリフは聞き飽きてんだよ」

 そうだ。
 いつか絶対──。



 絶対、殺してやる──……!!



「ロぉぉぉぉおおおおおおドぉぉぉおおおおおおおおお!!」


 つぶれた内臓から血を噴き出しながら怨嗟の叫びをあげるレイル。
 死の瞬間まで、ロードを呪ってやるとばかりに──!

 だが、殺意の籠った目を涼しげに受け流すロード。
 まるで慣れているといわんばかり──。
「へへ……!」
 そして、キラリと輝く聖剣に太陽が反射した。
 数瞬のあとにあれが振り落とされ、レイルの首を切り落とすのだろう。

 悔しくも、その聖剣は場違いにキレイで──……反射する太陽の光が温かくまぶしかった。

(ミィナ………………今、行くよ)

 最後に思ったのは最愛の幼馴染の顔。
 喧嘩別れしたあの日の彼女の顔────……。

「ミィ……な」

 ふっ……と、陽光が翳る。

 眩しいくらいに反射していた聖剣に影が差す。

 遥かかなたの天上に瞬く太陽の光を覆う何か────。
 そう。何か黒い影(・・・・・)に、それ(陽光)が塞がれる。

 え?
(影って──…………。空に、何か)




「じゃ、あば」
「ロード、上ぇええええええ!!」










※ ※ 備考 ※ ※

ロード・カミンスキーの能力値

体 力:2672
筋 力:3934
防御力:2950
魔 力: 565
敏 捷:1385
抵抗力: 842

残ステータスポイント「+45」

※称号「翼竜殺し(ワイバンスレイヤー)


ラ・タンクの能力値

体 力:3298
筋 力:4546
防御力:6002
魔 力: 165
敏 捷: 785
抵抗力:3242

残ステータスポイント「+12」

※称号「千人切り(ジェノサイダー)


ボフォートの能力値

体 力:1299
筋 力: 715
防御力:1312
魔 力:5083
敏 捷: 911
抵抗力:4329

残ステータスポイント「+9」

※称号「固定砲台(アーテラリー)

第12話「Sランクの引き際」

 ロード、上ぇぇええええ!!

 その言葉が誰から出たものだろうか。
 いや、そんなことはどうでもいい。

 そんなことより今は──……。

『キュルァァァアアアアアアアア!!』

 空を圧するグリフォンの咆哮(・・・・・・・・)
 そして風圧ッッッ!!



「な、なんだとぉぉおおお!! 二匹目だっぁあああ?!」



 ゴォォォオオオオオ!!



 物凄い風圧を叩きつけながら、羽根を持った巨体が村の広場を航過していった!!

「う、うそだろ──グリフォンが二匹もだとぉ!?」

 これにはロードも。
 そして奴に斬られそうになっていたレイルも驚いた。

「ちぃ!! ふ、フラウ!」
「む、無理ぃ!! 二発目なんてすぐ打てるわけが──」

 馬車の中から状況を察したフラウが怒鳴る。
 それを聞いてロードが慌てて宿に逃げ込んだ。

「くそくそくそ! ま、まずいぞ……! 二匹だなんて想定外だ!」
「畜生! 俺の槍が──」
「わ、私も魔力が尽きました」

 『放浪者』の攻撃メンバーが万策尽きたといった様子。
 彼らも初撃の奇襲に賭けていたのだろう。
 予想外の事態にてんやわんやの様子。レイルにトドメを刺すどころではない様子だった。

 そこにパニックに陥った村人が大挙して押し寄せる。
 なにせ、『放浪者』の面々が後先考えずに大技をブチかましたのだ。退避場所になるはずの家も壁が破壊されたり、炎上したりで村人は家屋から飛び出さねばならなくなっていた。

「た、たたたた、助けてください! 」
「ロード様ぁぁああ!」

 勇者と名高いロードにすがり村人たち。

「ちぃ! どけ! 邪魔するな!」

 ラ・タンクがタワーシールドを振り回して村人を威嚇する。

「ボフォート! マナポーションだ!」
「わわわ! 急に言われても、魔法は使えませんよ?!」

 投げ渡されたマナポーションを受けとり、慌てて飲み干すボフォート。

 それを尻目に、ラ・タンクとロードはなんとか態勢を立て直そうとする。
 馬車の中では初撃を決めたフラウが大型弩(カタパルト)を巻き上げていく──……。

 だが、
『キュルァァァアアアアアアア!!』

 急旋回をしたグリフォンが『放浪者』を明確な敵とみて宿を強襲する。

「来たぞ!!──フォーメーションEだ!」

 ラ・タンクの身体を盾にフォーメーションを築き上げた『放浪者』!
 ボフォートが極大魔法を放つため魔力を回復させ、その時間をロードとラ・タンクが稼ごうとする。

「「「勇者さまぁ!! ロードさまぁ!」」」

 その雄姿を見て村人が歓声をあげるが────……。

『ゴルァァァァアアアア!!』

 翼を格納し、急降下滑空体制に映ったグリフォンを見たラ・タンクが悲鳴を上げる!

「む、無理だ!! 直撃するぞ!」
「ひぃ!! か、躱せぇぇえ!!」

 敵の攻撃を受け止めるべきラ・タンク(前衛)の腰が引けては戦いにならない。
 そして、ロードもラ・タンクにつられて。無様な恰好で地面に伏せてしまうと──。

「ちょ?! わ、私がいるんですよぉぉぉおおお?!」

 一人敵前にボケラーと突っ立ち詠唱していたボフォートが情けない悲鳴を上げる。
 おかげで詠唱中断……。

 半端になった魔法がうねりとなって魔力の暴走を始めた。

「あ、しまった────!! 爆発するぞぉぉおお!」
「「はぁぁ?!」」

 二撃目の極大魔法、サンダーロードは不発。
 その上あろうことか…………暴走した!!

「あーーーーー……逃げろぉぉおお!」
「お助けぇぇえええ!」

 ドカーン!! と、中空で爆発したボフォートの魔法。
 幸いにして大した威力ではなかったが、逃げ惑う『放浪者』の陣形は崩壊。
 フォーメーションえとやらは、用をなさなくなってしまった。

 そこに、逃げ足の速いロードとラ・タンクが「ひーひー」と逃げ惑う。
 だが、それ以上にグリフォンのほうが疾かった!!

「うわ! 来たぁぁああ!」
「ろ、ロード!! 剣持ってるんだから、戦えやぁぁあ!」

 む、無理だーーーーーーーー!

「あーーーーれーーーーー……」
「ひぎゃぁああああーー……!」

 ドッカーーーーーンと、体当たりで突っ込むグリフォン。

 遁走中のロードとラ・タンクを標的に定めると、グリフォンが急降下アタックを仕掛けた!!
 そして、ズドォォオオン!! と、半壊した家に逃げ込んだロード達ごと、家を吹っ飛ばすと、さらに追撃に移らんとする。

 クルクルと無様に舞い上がったロード達。

「ひーひー! む、無理だ! 二匹は無理だぁぁあ!」
「ど、どーすんだよ、ロード! アーーー……鎧がへこんだぁぁあ!」

 豪華装備のおかげで命拾いしたようだが、満身創痍。
 次にまとものぶつかればロード達と言えどもグリフォンにやられるだろう。

 その姿を、傷だらけになったレイルが苦々しくみる。

(なんだよ……! 卑怯な不意打ちしなきゃグリフォンを倒せないのか?! それで、Sランクなのかよ!!)

 ドラゴンすら倒せる実力を持つのがSランクだといわれる。
 そのうえ『勇者』とさえ称されるようなロードの実力があれだ……。

 確かに優秀なスキルを持ち、相当な実力者なのだがこの体たらく──!

 まともに反撃すらできずに逃げ惑うのみ……。
 クエストは失敗、このままでは全滅──────。


「はぁ……。あー失敗失敗。仕切り直しよ」


 だが、ここで戦闘に加わっていなかった聖女が発言。
「ロード。これは不足事態よ。ここはいったん逃げましょう」

 ギョッとしたのはそれを間近で聴いていた村人たちだ。
 ここまでグリフォンを怒らせておいて逃走するという。

 ──に、逃げるだなんて。
「う、嘘ですよね? ロードさま?」
「せ、聖女様がそんな発言を……?!」
「たたた、助けてください! このままでは村は──」

 縋り付く村人たち。
 だが、ジロリとそれをひと睨みすると聖女といわれた、気がれなき乙女は村人たちを小馬鹿にするように笑う。

「はぁぁ? 助けろぉぉ? 知っ~~~たことじゃないわー。さ、撤退するわよ」

 それだけ言うと、くるりと踵を返し、馬車に乗り込む。
 なるほどなるほど。冷静な聖女様──セリアム・レリアムは、あっさりと撤退を提案。

 そして、ニィと口角を歪めると、ドワーフ少女のフラウを見る。
 
「んふふ~……♪──幸い、生き餌ちゃん(疫病神のレイル)がまだ生き残ってるわ。……誰かさんのおかげで、ね」

 聖女の意味深な目線を、ふいっと躱すフラウ。
 巨大な弩を担いだ彼女(フラウ)も、馬車から出てくるとどうするのかと、視線を向けている。

「はっ! な、な~るほど、生き餌がヘイトを稼いでいる隙に村から脱出か──悪くねぇな」

 グリフォンは知恵ある生物だ。
 二匹がいたということは(つがい)の可能性が高い。

 ならば、片割れを殺したロード達を逃しはすまい──。


 だったら……。


 ボロボロの恰好のロードも、ポンと膝を打って勢いよく立ち上がる。

「よ、よっしゃあ! 撤退するぜッ!……フラウ────へへへ、たまには上手くやるじゃねぇか」
 ポンポンッ、と気安げに肩に触れるロードの手を嫌そうに払いのけるフラウ。

 レイルが生き残れるように攻撃したことを揶揄するロードと、それを聞いて顔背けるフラウだったが、結局何も言わずに馬車に乗り込んだ。

「さ。行くわよ。時間がないから荷物は忘れましょ」
「命あっての物種──まぁ、この分だと怒り狂ったグリフォンは村を食いつくすでしょうね」

 セリアム・レリアムもボフォートもまったく村の事情など意にも介していない。

「うーん。ま、槍なら後で取りに行けるか──……しゃあねぇわな」

 ラ・タンクもあっさりと槍を諦めると、御者席に乗り込み、馬に拍車をかけた。

「ハイヨー!! はぁ!! 行け行けー! 逃げるが勝ちよ!」

 そして、全員────レイルを除いて乗り込んだことを確認すると、
「「「ヒぃぃッヤっホーーーーーイ!!」」」

 バッカーン!! と、宿の馬車止めを破壊して突進する大型馬車。

 ガラガラガラガラ!!

「あーーーばよー! 疫病神ぃぃぃいい」
「まーた、戻ってきますよぉぉ。あっはっは!」

 『放浪者』の連中はそう好き勝手の宣うと、グリフォンが上空を旋回してるのを尻目に馬車を走らせる。
 だが、グリフォンがそんなに甘いわけが────……。


「ふふふ♪ 頑張ってねー! 神聖白光(ホーリーブライト)ッッ」


 ピカッッ!!

 一瞬にして、空をも霞ませるような眩い光が生まれる。
 それは村全体を覆いつくし、生きとし生けるものすべての目を眩ませた。

『ギュァァァアアアアアア!!』

 さすがにこれにはグリフォンたまらずクルクルと迷走し、村の教会に突っ込む。
 ドカーーーーン!! と石造りの教会が崩れ、大勢の避難していた村人が泡を食って飛び出してくる。

「あぎゃ!!」
「ぎゃああああ!!」

 そこに視力の回復したグリフォンが起き上がり、怒り狂って村人を食い漁ると、
『グルァァァアアアアアアア!!』

 空を圧するように咆哮した。

 ビリビリと震える空気。
 もはや、グリフォンの怒りはこの地の人間すべてを食いつくすまで収まらないだろう……。

 そして、状況的に『放浪者』のメンバーを優先的に。
 この位置関係ならグリフォンはまずレイルを襲うのは間違いない。

第13話「そのスキルの名は──」

「くそ! なんて奴らだ……!」

 逃げ去るロード達。
 あとには怒り狂ったグリフォンが残された。

 そして、村は阿鼻叫喚の有様を呈していく!!

『グルアアァァアアアアアアアアアア!!』

「きゃあああああ!!」
「ひぃ!! グリフォンが下りてきたぁぁあ!」
「助けてくれぇぇええ!」
「あ、ぶシュッ!」

 ロード達の放ったスキルの余波と、拙い戦いのせいで大暴れしたグリフォンによって家屋を破壊された村人たちが逃げまどう。
 それを、グリフォンが散々に追い回し次々に口に放り込んでいく。

「「ぎゃぁあああああ!」」

 上空を航過する際に、上半身を食いちぎられたものもいたりで村中血だらけだ。

 片割れ(パートナー)を殺され、魔法で挑発されたグリフォンは怒り狂っているらしい。
 普段なら、一人二人平らげれば満足して飛び去って行くらしいが、今日はそうはいかないようだ。

 餌としてよりも、敵として──。
 ただただ、殺す対象として村人を襲うグリフォン!

『キュルァァァアアアアアア!!』

 ブワサァッ……!

 そうして、ひとしきり逃げ惑う村人を平らげた後、グリフォンはゆっくりと広場に舞い降りる──。

「はは……見逃すわけないか──」

 ズズン……!

 片割れを殺されたグリフォンが、その下手人たる『放浪者』のメンバーを見逃すはずがない。
 もちろんレイルもその対象だ。

 その『放浪者』の主要メンバーはとっくに逃げ去ったというのに、グリフォンは怒りで気づいていないのだ……。

 そして、二匹目のグリフォンに、レイルが騙されただけと言っても通用するわけがなかった。


「お、オーケー。話をしようぜ……」


 ズン……。

 ズン……。


 ゆっくりとレイルに向かうグリフォン。
 嘴には鮮血が……。
 ()の前足には肉片が……。

 そして血の匂いと獣臭と、死の香りが鼻を衝く。


『キュルァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!』


「ひ、ひぃ……」
 ビリビリと空気が震える。
 あのグリフォンは、はっきりとレイルを敵として見ていた。

(こ、ここまでか……)

 レイルは死を覚悟する。

 ロード達に切られ、満身創痍。
 そして、目の前には絶対に勝てないグリフォン──……。

「はは。あの行商人からドラゴンキラーとやらを買っておけばよかったな……」

 もう今となってはあとの後の祭り。
 もっとも、怪しい毒薬が利くかどうかはまた別の問題……。


『クルルゥゥゥゥウウ!』


 恐ろしい形相でレイルを睨むグリフォン。
 口からあふれる呼気が湯気を吹いており、まるで怒気が可視化されたかのよう。

 ……その顔といえば、「テメェ! よくもやってくれたな」と言わんばかりだ。

 だけど、
「──俺がやったんじゃねぇよ……」

 片割れ(パートナー)のグリフォンを仕留めたのはロード達。
 レイルは囮に使われただけだ。そう、死んでも(・・・・)誰も気にしない人間(・・・・・・・・・)として──。

「といっても、聞いちゃくれないよな……」
(くそ……悔しいなぁ……!)

 誰か……!
 誰か助けてくれ──!!


 母さん……!
 メリッサさん!!

 ミィナ────……!

 ミィナ……!

 ミィナ!!


 走馬灯のように少しでも優しかった人々の顔が浮かぶ。
 母親、ギルド受付嬢のメリッサさん。あとは故郷の村に人たちと、ミィナの両親……。そして、ミィナ。

(これが、俺の人生か──……)

 少ない。
 圧倒的に少ない。

「なんて少ないんだ……」

   ──やっかましい! 『疫病神』
   お前みたいな生きていても役に立たない厄災はよぉ、死んで当然なんだよ──


 ロードの言葉が脳裏によぎる。

(うるさい……!)


   ──俺たちの肥やしになることを誇りにして死ねよ。
   そして、安心しな……これで皆、心安らかに暮らせるってもんさ──


(うるさいッ!!)


 だけど、
「俺には誰もいない……!」

 ミィナのほかには誰も──。
 あとは、誰もいない……。

 レイルの人生において助けを求められる人はこれっぽっちしかいない──……。


 あぁ……。
「──なんて人生だ」

 神様……。

 神様────!!


『クルァァアアアアアアアアアアアア!!!』

(──神様ぁぁああああ!!)

 そして、グリフォンがレイルに食らいつかんとして(あぎと)を開くッ!

 その瞬間、脳裏に浮かんだのは神への救い。
 神……。

 神────。

 神と言えば、頭に浮かんだのは怒り狂ったあの女神……。


  『一昨日(おととい)きやがれ────!!!』
   ビカ────!!


「ブフッ……!」

 目を光らせ、怒髪天をつくあの女神の怒りを思い出し、こんな時だというのに失笑したレイル。
(結局……)

「ぷはは……!」

 あの女神からはスキルを貰えなかったっけ──……。

(俺のスキル──)

 『七つ道具』

 そして、
 『手料理』だっけ?



 ……人には2つのスキルが与えられる。



 生まれたときと、
 成人したとき──。

 貴賤(きせん)の区別なく、すべての者に平等に──────。

 ハッ!
「嘘つくなよ、女神様よぉ──俺はスキル貰ってないぜ?」


 ほら、
 見てみろよ。


 ──ポォン♪ と脳裏にステータス画面を呼び出す。

 そこに浮かぶのは、
 子供のころから親しんだ「盗賊(シーフ)」御用達のスキル『七つ道具』と、

 そして、


 ※ ※ ※
 
名 前:レイル・アドバンス
職 業:盗賊
スキル:七つ道具(シークレット)Lv3
    一昨日(おととい)に行く(NEW!)

● レイル・アドバンスの能力値


体 力: 235
筋 力: 199
防御力: 302
魔 力:  56
敏 捷: 921
抵抗力:  36

残ステータスポイント「+2」

スロット1:開錠Lv2
スロット2:気配探知Lv1
スロット3:トラップ設置Lv1
スロット4:投擲Lv1
スロット5:登攀Lv1
スロット6:な し
スロット7:な し

● 称号「なし」

 ※ ※ ※









「え────────……」






 な、
「なんだこれ……??」



   スキル『一昨日に行く』



※ ※


「お、『一昨日に行く』────?」

 思わずステータス画面を凝視するレイル。
 しかし、何度見直しても同じ。

 ステータス画面には、しっかりと──

 ポォン♪


 ※ ※ ※
 
名 前:レイル・アドバンス
職 業:盗賊
スキル:七つ道具
    一昨日(おととい)に行く(NEW!)

レイル・アドバンスの能力値

体 力: 235
筋 力: 199
防御力: 302
魔 力:  56
敏 捷: 921
抵抗力:  36

残ステータスポイント「+2」(UP!)

※ 称号「なし」

 ※ ※ ※


 …………な?!

「なんだこれ?」

 スキル…………『一昨日に行く』──?!

 こ、これは──?
「なんじゃこれ!!」

 なんじゃこれ……!

「何じゃこれぇぇぇえええええ?!」


 そう、確かにステータス画面には、
 スキル『一昨日に行く』が刻まれていた。


 つまり……………。


「俺の……二つ目の────スキル?」
 ──なのか???


 そこに、レイルの脳裏に蘇る女神の激怒の瞬間。



   『テメェにくれてやるスキルなんざねぇ、
    一昨日(おととい)来やがれッッ!!』


 ピシャーーーーーン!!


   『誰がやるかぁぁああ!
    一昨日(おととい)来いッッッ、つーーーのぉぉお!』




 カッ────────!




 そうして、レイルは教会を追い出されたはず。
 そう、『一昨日来やがれッ!』と────……。

 そう……。
 そうだ。

 …………………確かにスキルの女神は(・・・・・・・)そう言った(・・・・・)




 一昨日来い────と。




「ま、マジかよ……! だから、『一昨日に行く』だって?! じょ、冗談だろ?? な、なんだよ、このスキルぉ!!」

 そういえば、あの日以来、憔悴してステータスを見るどころではなかった。
 しかも、ロード達のパーティに加わってからは忙しく動き回っていたし、ロード達の目的がレイルのスキルではなかったため披露する機会もなかった。

 だけど────!!

 だけど──!!!

 だからって、
「──なんだよこれぇぇええ!」

『クルァァァアアアアアアアアアア!!』

 叫ぶレイルにグリフォンが興奮する!
 今すぐ食い殺してやると言わんばかりに!

 そして、
 半透明のステータス画面の向こうにグリフォンの(あぎと)ががががががが!

「うぉぉおお?! もう、ど、どうにでもなれぇぇえ!」

 このままだと確実に死ぬ。
 慣れ親しんだ「七つ道具」に事態を打開する術はない────ならば!!






  スキル発動!!

  『一昨日に行く』!!






 カッ────────!!



「うッ……!?」

 その瞬間、レイルを含む世界が真っ白な光に包まれた。

 だからロード達は今のうちに逃げるのだ。
 レイルと村人たちを見捨てて──。

「どけどけーーーーー!!」

 ラ・タンクの乱暴な運転。
 それは村人などに配慮するはずもなく、

「うわ、なんだなんだ!」
「危ない! みんな避けろッ!」

 村の門を守っていた自警団を蹴散らすと、ロード達はあっという間に馬車で逃げ去って行ってしまった。
 なんという速さ────……。



「あ、あいつら……!」
第14話「レイル、一昨日に行く(前編)」

 ペチペチ……。

「……ぃ、おい、アンタ!」

 ペシペシ!!

「おい、アンタ! おい、起きろって!!」

 う……?
 な、なんだ?

「おい! 邪魔だよ! つーか、なんだこの怪我──ひっでぇな~」

 頭の上で騒ぐ声がうるさくて、レイルに意識が徐々に覚醒する。
 途端に、ズキン!! と痛む体。

「ぐ……!」

 目を開けたレイルは自分のありさまに愕然とする。
 全身血まみれ。いや、今もまだ血は流れ続けており止まりそうもない。

 そして、たしかグリ────。

 ……ハッ!
 
「グリフォンは!?」

 がばっ!!

 痛む体に鞭を打ってガバリと起き上がる。
 そして目の前の男に掴みかかると、

「うお?!」

 ガックン、ガックン!!

「おい! グリフォンは!? 奴はどこだ!」
「お、おいおい! 落ち着けよ。俺に聞かれても知らんよ──」

 は?
 何言ってんだ!

 今さっきまでグリフォンが────……って、あれ?

「……あ、アンタ確か──」

 目の前の男……。
 こいつ、見覚えがあるぞ。



  「じゃーなー。兄ちゃん。
   冒険者みてぇだが、お前さんの腕で無謀なことすんじゃねーぞ」



「……あの時の行商人?」

 そう。目の前には数日前ポーションを買って、少しだけ雑談をした行商人の男がいた。

「お? 俺を知ってんのか? どこかで会ったけかな? こー見えて記憶力には自信があんだよ。だから、客の顔はたいてい覚えてるんだが、う~ん…………兄ちゃんの顔は初めてだと思うんだが──」

 不躾にジロジロとみてくる行商人。
 どうやら、レイルは行商人が商品を広げた横で血だらけになっていたようだ。

「なんで……。アンタ、確かグリフォンが来るからって、村から逃げたはずじゃ?」
「んあ? 何言ってんだ。俺ぁ、さっきに来たばかりだぜ。それにここは初めて来た村だぞ?……まぁ、逃げるつもりなのは間違いねーけどよ」

 そういって、足の先から頭のてっぺんまでと、レイルを値踏みするような目で見てくる。

「ん~……兄ちゃんよぉ。いつの間にそこで寝てたか知らんが、その恰好を見るに冒険者だな? 今朝がたそこの家を襲ったグリフォンにやられたのかい?」
「け、今朝だと──」

 何を言ってる。
 グリフォンが襲いに来たのは──……。

 昼────……。

 いや、待て?!

「い、家?!」



 ハッとして振り返るレイル。

 そこには、まざまざと傷跡の残った家屋が一件。

 自警団らしき連中が見分しているが……こ、この光景──。

 この光景は見覚えがあるぞ!!

「こ、これって先日の…………」

 ……ッ?!


 ま、まさか!!



 ポォン♪

 ※ ※ ※
 
スキル:一昨日(おととい)に行く ←「ヘルプ」

 ※ ※ ※

 ヘルプ、ぽちー


 スキル『一昨日に行く』
 Lv:1
 備考:MPを消費し、一昨日に行くことができる。
    Lv1は「5分間」だけ一昨日に行くことが可能。
    スキルのキャンセル、
    または「5分」経過後、もとの時間軸に戻る。



「お、一昨日にいくことができるだと──?」

 つまり──。
 まさか……。




「じ、時間を…………遡行した、のか?」




 お、俺が??

 ザワザワとした村の喧騒に、今になって気が付いた。
 そして、全身を襲うけだるさと激痛。

 気怠さは失血以上に、MPの消耗が関係しているのだろう。

 ステータスを確認すると、ほぼすべてのMPを消耗している。
 魔法の使えないレイルのはあまり意味のないステータスではあったが、たった一度のスキル使用でほぼ0になるとすれば、恐ろしく燃費の悪いスキルだとわかる。

 いや、それよりも──。

「ご、5分間……だけ?」

 どうやらレイルは本当に過去の────……一昨日に来たのだろう。
 でなければ二匹のグリフォンに襲われた村がここまで健在な理由が説明できない。

 破壊された家屋も多く、村中はもっと血だらけだったはず。
 ならば、この時間────……。


 スッと目を向けた先には宿屋があった。
 そして、あの馬車もある。

 つまり……。

「あそこに一昨日のロード達がいるのか?」

 そして、レイルも何も知らずにあそこに──。



 ──ポォン♪

 ※ ※ ※

 残り時間 02分23秒、

         22秒、

         21秒、

 ※ ※ ※


「な?! 残り時間だと?…………いや、それよりも──もう、こんなに?!」

 ステータスには見たこともない表示が現れ時間を削っていく。
 つまりこれはスキル効果の残り時間なのだろう。


「く! 今から宿に言ってロード達を……! いや、それよりも『俺』に話すか?」

 そのことに意味があるかはわからない。
 それに、説得を聞くのか──『俺』が?

 いや、よしんば説得できたとして5分経過した俺はどうなる?
 へるぷを見た感じだと、時間が過ぎればもとに時間軸に戻るということ。

 つまり、グリフォンの目の前だ!!

 一瞬のうちに食い殺されるその瞬間に戻るのは間違いないだろう。
 
 イチかバチかの説得には何の意味もないかもしれない────。

「ぐ……!」

 ガハッ!

 レイルは思わず吐血する。
 バシャリと地面に撒き散らかされたそれは内臓にも損傷があることも示唆していた。

「お、おい! 兄ちゃん無理するなよ? 隣で死なれちゃ寝覚めが悪いぜ」

 何やらぐちゃぐちゃとうるさい行商人。
 それでも、商品のポーションを分けてくれる気はないのだから、大したものだ。

 ん…………?

「ぽ、ポーション?」

 ふと、腰のポーション入れに手を伸ばすレイル。
 大半は戦闘で破壊されていたが数本残っている。

 うち、ほとんどはボフォート曰く偽物らしいが────。

「お? 兄ちゃん、ウチのポーション持ってるじゃねーか? やっぱりどっかで会ったかな? 思い出せねーけど……。ま、あるならそいつを飲みな! 効き目は保証するぜー」

 二カッ! と笑う行商人。

 その目は自信にあふれている。
(品質に自信ありってか?)

 残り時間を気にしつつも、レイルはポーションに口をつけて飲み干していく。
 途端に体に染みわたる滋味深い味……!

 フワァァ……! と、淡い光が体からあふれ、立ちどころに傷をいやしていく。
 幸いにも、ロードもラ・タンクもレイルを生き餌として血だらけの手負いにするのが目的だったので、斬られた傷も致命傷ではなかったらしい。

 おかげさまでHPも一気に回復していく。

「す、すごいな……銅貨一枚の品にしちゃ上出来だ」
「だろ? ウチの品質はピカいちだぜぇ」

 ぐふふふ。とカモを見るような目の行商人。

「どうだい? 気に入ったならもっと買っていかないか? 他にもいろいろある!──兄ちゃんのことは気に入ったし、特別に安くしとくぜぇ」
「……瀕死の冒険者をほっておいて、今から商品を売りつけるって? たいした商人だな」

 傷が治って少し余裕の出たレイル。
 軽口をたたくくらいには回復したらしい。

「へっ。俺は商人よ。誰にでも物は売るが、絶対にただでの施しはしねぇ。そいつが信念ってもんさ」

 なるほど。
 よくわかる話だ……。

 商人見習いのミィナを幼馴染とするレイルには大いに頷ける話だった。

「ま、効き目の分、ポーション中毒もきついから、立て続けには使えないけどな」
「それは、どんなポーションでも同じだろ?」

 ポーション等の回復薬には中毒性があり、連続して使用できない。
 詳しい原理は不明だが、体が受け付けなくなるのだ。

 実際レイルも試しに何本かをいっぺんに飲んだことがあるが、数本目でたちどころに吐き出してしまった。
 あれはきつかった……。

「へへ。物わかりのいい兄ちゃんで助かるよ、よかったらなんか買っていくかぃ? これなんかオススメ──」
「だからぁ、」


 ──ポォン♪

 ※ ※ ※

 残り時間 00分45秒、

         44秒、

         43秒、

 ※ ※ ※


「う……!」

 ま、マズイ!

「どうしたんだ兄ちゃん? 少しならオマケするぜ」

 そういって商品を楽し気に褒めだす行商人だが、レイルにはそれどころではなかった。
 激痛と気怠さに苛まれ指向が鈍っていたとしか思えないほどの間抜けさ!



 時間が…………ない!!


 せっかく、あの女神様がくれた最後のチャンス。
 それをボンヤリとして不意にしてしまうなんて!


 今からでも宿屋に駆け込んで『俺』に事情を話すか?
 ロード達の企みを教えて、今すぐ逃げろと──。

 そうすれば、元の時間に戻った時に俺はあの場所にいないかもしれない。

 だけど────。

「そんな賭けができるわけが!」

 葛藤するレイル。
 その隣では──。

「──で、これが『惚れ薬』で、こっちは『錆落とし』。んでこっちは、」
 
 考えろ、
 考えろ、
 考えろ!!

「時間を遡ってまで……。神様のチャンスまで貰っておいて俺は何をしている──!!」
「──で、こいつは『俺の聖水』。んで、」

 考えろ!!
 考えるんだ──!!

 少ない残り時間で何をできるのか──。

 それを考えろと、自らを奮起するレイル。
 だが、その間にも無情にも時間は過ぎてい行く。

 そして、行商人は次から次へと手を変え品を変え──。
「──で……。お! これなんかオススメだぜぇ、ドラゴンでもいちころで殺せる、その名も『ドラゴンキラー』……」


 ってうるせぇな、このジジイ!!


 頭を抱えるレイルの様子をガン無視して、空気を読まない行商人が商品の説明をつらつらと、
 レイルが金を持っているように見えるのだろうか?


 …………って、
 
 ……ッて!!

 て、てててて、て──!

 そ、
「それだぁぁぁああああああああああああああ!!」


第14話「レイル、一昨日に行く(後編)」

「それだぁぁぁああああああああああああああ!!」

 グワバッ! と顔を起こしたレイル。

「ぬぉ?! なんだなんだ?! ど、どーした、どーした?!」
「それだ!! それだよ!! それをくれ!!」

 行商人につめよるレイル。
 彼の手には、今まさに商品説明を終えたばかりの毒の塗られた吹き矢のセット──『ドラゴンキラー』があった。

「頼む! それを売ってくれ、今すぐ!」
「お、おう! コイツが気に入ったか。よしよし、安くしといてやる──」

 いいから早く!!


 ポォン♪

 ※ ※ ※

 残り時間 00分21秒、

         20秒、

         19秒、

 ※ ※ ※

「じ、時間が?!」
 あと、数十秒。
 もう、一刻の猶予もない!

「俺ぁ、兄ちゃんが気に入ったからな、オマケのオマケして────ダラララララララララ、」
(く……コイツ!)
 余計な効果音付きの行商人に苛立つレイル。
 ぶん殴りたくなるのをグッと抑えると、


 ダララララララララララ────……。

「──ディン♪ パンパカパーン! なんと、『ドラゴンキラー』のお値段…………金貨1枚でーす!!」

 ズルッ!!

(たっか)いわ!!」
 そんな金あるかっつの!!

 世界共通の通貨ではあるが、
 大体パン一個が銅貨1枚程度。
 安宿で一泊銅貨50枚、グレードの高い宿なら銀貨1~2枚だ。

 そして、銅貨100枚で銀貨1枚分。
 銀貨100枚で金貨1枚。ほかにも白金貨から、大金貨。銅貨にもクズ銅貨などいろいろ種類があるが、相場そのくらい。

 ちなみに町の衛兵の給料がひと月で、だいたい銀貨30枚程度。
 そう。金貨1枚がいかに大金か分かるというものだ。

「ぐふふ! これ以上はまからねぇぞ──だが、効果は折り紙付きよ」

 あーあー。そうだろうともさ!
 難点は、至近距離でドラゴンの(・・・・・・・・・)柔らかいところを狙う(・・・・・・・・・・)っていうクソ仕様だけどな!!

「ふざけんな! そんな大金あるわけねーだろ!」
「じゃー駄目だ。──他のはどうだい?」

 他のなんかいるか!!
 それがいるんだ!!

 5分経過すればレイルは────……。


 ポォン♪

 ※ ※ ※

 残り時間 00分12秒、

         11秒、

         10秒、

 ※ ※ ※


「くそ!」

 あと、十秒だと?!

 い、いっそ奪うか?!

 どうせ、時間が経てば元の時間軸だ。
 追ってはこれまい。そうして奪って────……。

「あ、言っとくが、盗もうたってそうはいかねぇぞ。お尋ね者になるし、なにより──」

 ムキぃ!!

 行商人が軽く腕をまくると、鍛え上げられた腕が現れる。
 ……そりゃ単身行商をしてる商人がザコなわけがない。

「ぐ……!」
 わかってる!! そんなことはわかってる!!

 いくら俺の天職が『盗賊』だからって、犯罪者になる気はねぇ!
 ミィナに合わせる顔がないし、なにより、俺は────……!!



   『あばよ! 疫病神』



 ロード達のようなクソと同じレベルに成り下がってたまるか!!
 本当の『疫病神』になってたまるか!!

「そんなに欲しいのか? なんか、金目のものと交換でもいいぜ? 懐とかに何か入ってないのか?」

 懐だぁ?!
 そんなに金目のものをもっているよう、に──……見え。



    『もう用なしだ──』

    『お前はもう用なしなんだよ──
     今日までご苦労さん』


      ピィン♪



 あ────ッ!!


 キラキラと輝く金貨の軌跡を思い出したレイル。
 確かに懐には微かに違和感が──。


「あ、あの野郎…………!──────最後の報酬、どういたしまして!!」

 疫病神という誹りとともに思い出したのは、ロードが投げつけた金貨。
 そして、その行方────……。

「まさか、未来から物を持ち込めるなんてな……。ロード、ありがたく借りとくぜ、こいつぁよぉ!!」

 そっと取り出した黄金色の輝き。
 ロードの投げつけた金貨がそこに──。

「は、」
 はははッ!

「あははははッッ!」

 こんな金貨触りたくもなかったけど──!
「だけど──」
 金に、綺麗も汚いもあるかッ!

「こ、これで売ってくれ────……」


 ──ポォン♪

 ※ ※ ※

 残り時間 00分07秒、

         06秒、

         05秒、

 ※ ※ ※


 触れたくもない、クソ金貨。
 そいつが確かに懐に──。

 バンッ!!

「お、なんだ持ってるじゃねーか!! ぐふふ、毎度ありぃ」
 力強く、金貨を行商人に叩きつけると、


 ロード………………。
 金貨ありがとよ────。


 そっと手を伸ばしてドラゴンキラーに触れる。
「……兄ちゃん、そいつの品質は保証するぜ!」


 そして、
 そして──……。


 そして!! ロードぉぉぉぉぉぉおっっ!



「──────借り(・・)を返しに行くぜ」




  そうとも……!



 ふと、頭をよぎったロードの捨て台詞。
  『一昨日来やがれ、疫病神!!』

 …………はッ!
 望むところだ、ロード。

「…………あぁ、ご要望通り、一昨日に来た(・・・・・・)ぜ──」

 ──ロード!


 ガッ!!
 ……と、ドラゴンキラーという毒の吹き矢を力強く掴んだレイル。

 それを見届けた行商人が満足げに笑い──……。



 ──その瞬間!!!



 ポォン♪


 ※ ※ ※

 残り時間 00分01秒、

         00秒、

 『一昨日に行きました』

 ※ ※ ※


 カッ────────!!

 レイルを含む世界が白い光に包まれる!

 行商人の動きが止まり、
 騒いでいた自警団の喧騒も止み、

 世界が────────……。







 レイル(一人の人間)を、
 『一昨日(過去)』に行ってきたことを許容した(・・・・)


第15話「グリフォンスレイヤー(前編)」

『クルァァァアアアアアアアアアア!!』


 迫りくるグリフォン!
 そして、俯くレイル!!


 フッとした浮遊感を一瞬感じた気がしたが、世界はこともなし。
 レイルは地に足を尽き、同じ空気を吸っていた。

(あぁ、わかる────)

 ここは……。
 この場所は──……。

 ──────この時間はッッ!

「……そうだ。ここが俺の時間軸」

(ああ、この場所だともさ……)

 同じ時だ。
 同じ場所だ。
 同じ絶体絶命だ!!


 だけど、


「だけどよぉ……」
 意志の籠った目を持ち上げるレイル。
 目の前にはグリフォン。

 食われる1秒前ッッ!!


 その咢が──────!

「………………よぉ、グリフォンの旦那」

 スチャキ!!
 迷いのない仕草で吹き矢を構えるレイル。


 ふーー……。
 すーー……。


「……………………一昨日(おととい)に行ってきたぜッ!」


 フッ──────!!


 手に持つのは毒の吹き矢!!
 その名もドラゴンキラー!!

 レイルをそいつを迷うことなくグリフォン目掛けて発射!!


   『品質は保証するぜ』


「あぁ」
 保証してくれなきゃ困るっつの。


 猛烈な勢いで飛び出した毒針!
 それが──。

 ──────スパァァアン!!

『クルァァ────ァ゛?!』


 ドラゴンの柔らかい場所に、至近距離を打ち込むという、根本的な欠陥品──。
 だけど……!!


 この距離なら外さない!!!!
「────くたばれ、鳥野郎!」

 プスッッ! と放たれた毒矢が間違いなくグリフォンの口に飛び込み下に命中した。
「かーらーのーぉぉぉおおお……!!」

 ──回避ッッ!

 そして、一昨日から現在に戻ったレイルはこの瞬間を予測していたので────難なく一撃を放って素早く身をひるがえす!
 一連の流れさえシミュレートできていれば、ドラゴンキラーの欠点すら克服できる。

『キュア…………?!』

 予想外の動きに戸惑ったのはグリフォンのみ!
 そして、食らう────……!

 品質保証のドラゴンを殺すというその毒を──────!!
 …………その瞬間!!


 ブハァァァアア!!


 まるでバケツを零したような水音。
 これは一体……。

『────────ク、カ、ァ……?!』

 ……ガハッ!

 グリフォンが吐血。
 そして、さらに毒が回ったかと思えばッ!!


『コァ……』
 ────ボンッッッ!!


 まるで爆発するように全身から血を噴き出したグリフォン!


『クルアァァアアアア………………!』


 ボトボトボドボド……ボト──!!

 したたる鮮血に、グリフォン自身が驚愕しているようだ。
 あの厄災級のモンスターが信じられないといった表情でレイルを見ると……。


『ゴホォ……!』

 さらに吐血。そして、フラリと巨体を傾げる。

 だが、そこは厄災級モンスター。
 まるで毒に抗うように一度力強く羽ばたき、空へ────……。

「ま、まだ戦えるのか?!」
『キュルァァァアアアア──────ァァァァァァァァァァァア……』


 大空へ────……。

 そして、
 そのまま……。
 グラリと傾き──。




 ズゥゥゥゥウウン…………!




 大空の覇者は墜落し、
 ────地響きを立てて地に臥した。

 奇しくも、それはあの片割れのグリフォンの(そば)
 まるで、狙っていたかのようにその横に巨体を横たえると──……息絶えた。

 濛々と立ち込める土埃。

 そして、 
 埃に晴れた先には傾き、つぶれたグリフォンの遺骸が…………。

『コッフ……コッフ……』

 救援に駆けつけてくれた(つがい)が死んだことを見届けた一匹目のグリフォンが、静かに目を閉じる。

『コッフ…………』

 そして、薄く目を開けるとレイル見た。

「…………悪く思うなよ────俺は冒険者なんだ」

 残りのドラゴンキラーを取り出すと、ラ・タンクの槍が付き立つ傷口に押し当てた。
 その瞬間、ブシュウウ……! と、鮮血が舞い上がり、グリフォンの命が散っていった。

 筋肉が弛緩し、槍がフラリと傾く。
「おっと」
 なんとはなしにその槍の柄を掴んだレイル────。

 次の瞬間。




「「「「「うぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」」」」」



 突如背後で歓声が上がる。

(え……?)
「な、なんだ?!」

 見れば、満身創痍の村人が多数その光景を見ていた。
 二匹目のグリフォンに単身挑み、
 そして、最後のグリフォンにトドメを刺したレイルの姿を!!

 た、

「「「……た、倒した──?」」」

 それは、レイルという疫病神と呼ばれた冒険者の快挙。
 そして────……。

「倒した……!」
「一人で倒した──!」
「あの青年がグリフォンを倒した!!」

 どこに身をひそめていたのか、村中の人間がわらわらとやってきた。
 そう──彼らは見ていた。

 『放浪者』たちの所業を。

 そして、グリフォンから逃げた連中(『放浪者』)と、残された囮の青年がたった一人で立ち向かいグリフォンを倒した様を!!

「倒した……!」
「倒したぞ──!」
「討伐したッッ!!」

 家の中から。
 櫓の上から。
 村の全てから!!

「倒した!! 倒した!!」
「グリフォンを倒した!!」
「あの空の化け物を倒した!!」

 あの青年が倒したぞ!

「たった一人で成し遂げた──!!」

 騎士団ですら手を焼き、倒せなかったグリフォンを。
 Sランクパーティが卑劣な手段でも倒せなかったグリフォンを。
 今までは誰も単独では成しえなかった、あの強大なグリフォンを!!


「「「うぉぉぉおおおおおおおお!!」」」



 ──疫病神と呼ばれた孤独な青年がたった一人で!



「勇者だ!!」
「勇者が誕生した!!」

「英雄だ! 英雄がここにいるぞ!!」



「「「グリフォンを倒すもの(グリフォンスレイヤー)だ!!」」」


第15話「グリフォンスレイヤー(後編)」


「「「グリフォンを倒すもの(グリフォンスレイヤー)だ!!」」」



 倒した────……。

 俺が──……。

 倒した??

「……お、俺が、グリフォンを倒した!?」

 もはやピクリとも動かぬグリフォン。
 確かにレイルが討伐したというのに、全く実感が湧いていなかったのだ──。
 だから戸惑う。

 村人の歓喜に応えることができない……。
 だけど、間違いなくレイルが討伐したのだ!!


 その証拠に、今この瞬間よりレイルに大量の経験値が流れ込む!!


 ──ポォン♪


 ※ ※ ※
 
 レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)

 ※ ※ ※


 ──ポォン♪ 


 ※ ※ ※
 
 レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)

 ※ ※ ※


「な……?!」

 不意にステータス画面が起動。
 レベルアップを告げる………………。

 それも、

 ポォン♪ ポォン♪ ポォン♪

 それも…………。

 ポォン♪ ポォ、ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ……──ポォン♪

 ※ ※ ※
 
 レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)
  レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)
   レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)

 ※ ※ ※
 
 レイル──……
  レイ────……
   レ──────……

 レベルが上昇しました(レベルアップ)レベルが上昇しました(レベルアップ)レベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルアアアアアアアアアアッッッッップ!!

 ※ ※ ※


 それも大量に!!!!!




 ──ポォン♪

 ※ ※ ※
 
 レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)

 ※ ※ ※



 淡く輝くレイルの体。
 ステータス画面が見たこともないくらいに多重起動し目の前を埋め尽くしていく。
 半透明のそれが重なり合い、もはや先が濁って見えないくらいの大量の画面。

「う、ぐ……! こ、こんなに?!」

 ミリミリと体が軋むほどのステータス値の上昇。
 そして、LVが恐ろしい勢いで上がっていく!

 それほどまでに格上。
 あのSランクパーティの『放浪者』ですら複数で奇襲してなんとか倒せるという化け物だ!

 正面からは、彼らですら逃げるというその途方もないモンスターをレイルがたった一人。
 本当に単独で倒してしまったのだ!!

 おまけに、『放浪者』が逃げ散ったために彼らがあるはずだった経験値すらレイルが総取り!
 その量たるや、もう……。


 二匹の災害級モンスターの経験値がたった一人に!!


「本当に────……俺が……」

 あのグリフォンを────。



 わぁぁああああああああ!!
 うわぁぁあああああああ!!

 うぉわぁぁおおおおおお!!


 スー……と、消えていくステータス画面を見送ると、その先には満面の笑みを浮かべた村人たちがいた。
 満身創痍のままに熱狂する村人たち!

「勇者!!」「勇者!!」「勇者!!」
「英雄!!」「英雄!!」「英雄!!」

 歓喜
 歓喜
 歓喜ッッ!

「「「やったぞぉぉぉぉぉおおおおおお!」」」

 そして、歓声がレイルを包む。
 茫然として、立ち尽くすレイルを歓声と歓喜と感謝が包む!!

「わっわっわっわっわ!」
「わっわっわっわっわ!」

「「「わっわっわっわっわ!!」」」

 もはや何を祝えばいいのかわからぬほど高揚する村人たち!!
 ただただ声を上げ、歓喜歓喜歓喜!!!

 滅びの危機を脱した幸運を強運に感謝を!!
 レイルという青年に感謝を!!

 村を襲った厄災を!
 あの憎きグリフォンが二匹も一度に!!


 ──英雄の誕生をこの目で見たッッッッッ!!


「……お、俺が?」

 レイルはじっと、手に持つドラゴンキラーとラ・タンクの槍を見て、今起こった出来事を反芻(はんすう)する。


「「「うわぁぁぁああああ!」」」
「「「勇者! 勇者! 勇者だ!!」」」

「「「英雄! 英雄! 英雄の誕生だ!!」」」

 まさか、

「────俺が……」


 わぁぁああああああああ!!
 うわぁぁあああああああ!!


 俺が、勇者……?

「──俺が、英雄……?」

 スー……と一人、涙をこぼすレイル。

 胸に去来する思いは、
 故郷で蔑まれ、その噂が光の速さで国中に響き渡り誰からも顧みられなかった日々。
 冒険者ギルドでも、一人。

 誰も助けてくれない。
 皆が噂する。

   『疫病神が──』
   『疫病神め──』
   『疫病神だ──』

 そう。
 だって、

「俺は、ずっと疫病神と────……」


「「「勇者! 勇者!!」」」
「「「英雄! 英雄!!」」」


 な、涙が止まらない。

 俺は疫病神なんかじゃない?

 そ、そんな……、
「俺は…………。俺は、こんな歓喜を知らないッ」

 ガクリと膝をつくレイル。

 切り裂かれ踏みつけられ、装備はボロボロだ。
 ポーションで回復したとはいえ、身も心も傷付き、本当にボロボロだったのだ。

 だけど──────……。

 だけど!!
 だけど言いたかった!!
 
 ずっと、
 ずっと、
 ……ずっと、ずっと言いたかった!!


「────俺は、『疫病神』なんかじゃないッッッ!」


「「「ありがとう!! 冒険者さま! 勇者さま! 英雄様!!」」」


 その言葉に一人涙するレイルを、村人たちが持て囃す。

 もう村中お祭り騒ぎだ!

 倒れ伏したグリフォンをボコボコに殴る村人に、
 歓喜の余りに涙し、崩れ落ちるご婦人たち。
 自警団は喜びの余りレイルを取り囲み全員で胴上げ、胴上げ、胴上げの嵐!!

「お、おい! うわ! ちょっと!!」

 そのまま宴会場と化したグリフォン討伐現場でレイルはもみくちゃにされる。
 村の食糧庫は開かれ、とっておきに肉やチーズが惜しげもなく調理し振舞われる。

 熟成されたワインは領主向けの品ではあったがそんなことは知ったことか。
 羊も牛も、グリフォンにあらかた食い尽くされたがそれでも今日くらいい、いいだろう。
 鳥も卵も新鮮なものを使おう。

 飲めや歌えや、生きていることを祝おう。


 強き英雄、レイルを称えよう!

 勇者レイル、万歳!!
 英雄レイル、万歳!!


「「「冒険者レイル、万歳!!」」」

 万歳!!

 万歳!!


 ばんざーーーーーい!!!




 わぁぁあああああああああああああああああ!!




 ──その日、村は散々な被害を追ったものの、
 強き開拓民の人々は傷を忘れて意識がなくなるまで痛飲した。

第16話「一夜明けて……」


「いてててて……」

 ひどい頭痛に苛まれ目を覚ましたレイル。
 そこは先日までの、粗末な宿の部屋天井ではなかった。

「あー……飲み過ぎた」

 のどの渇きを覚えて、痛む頭痛をこらえながらベッドわきの水差しに手を伸ばし一気に煽る。
 うまい……。

「ぷはぁ!」

 1リットルほどの水を全て飲み干してようやく周囲を見渡す余裕ができた。

 ここは……。
「宿の……一番高い部屋か?」

 部屋の隅には、見覚えのある荷物が置かれていた。
 『放浪者』のリーダー。ロードの持ち物だろう。

 つまりここはロードが使っていた部屋らしい。
 要するに一番いい部屋────。

 コンコンッ。
 ロードの荷物をじっと見ていたレイルの耳に、控えめなノックが届く。

「は、はい?」
「失礼します──朝食ができましたが、いかがしますか?」

 声の主は宿の主人らしい。
 たしか不愛想な印象の男だったが、今日はいつもより声に張りがある。

「も、貰います──……それと、水と酔い醒ましをいただけますか?」
「わかりました。よい薬草を用意しますとも」

 ニコリ、と不器用そうに笑う主人。

 どうやら、レイルが英雄と呼ばれたのは夢ではなかったらしい。
 愛想の悪い宿の主人の対応ですらこれだ。

「昨日のあれは──やっぱり現実だったんだよな?」

 Dランクのレイルが、災害級のモンスターであるグリフォンを退治したこと……。
 体に漲る力は、レベル急上昇によるステータスの向上によるもので──。


 そして、なにより…………。


「ステータスオープン」


 ──ポォン♪


 ※ ※ ※
 
名 前:レイル・アドバンス
職 業:盗賊
スキル:七つ道具
    一昨日(おととい)に行く

 ※ ※ ※


 あ…………────。


 『一昨日に行く』


「──やっぱり現実なんだな……」

 二つ目のスキル……。
 この世界の者なら成人を迎えたときに誰でも授かる、神の恩恵(スキル)

 あぁ、そうか……。

「……ミィナ。俺、スキル貰ったよ────」

 そうっと、ステータス画面に表示されているスキルをなぞり──しみじみと呟くレイル。
 それは、彼女との約束であった、戦闘系のスキルではないけれど──。

 それでも……。

 そう。
「──それでも、俺を救ってくれた……」
 そして、
「……俺を英雄にしてくれたスキルだ」

 握りしめる手。
 ギリギリという音を聞き、実感するその力。

「どれだけレベルアップしたんだろう? 俺は──」

 体中から(みなぎ)る力。
 超々格上の魔物を倒したことによる急成長。

 ステータスは以前の何倍にもなり、スキルのLvも上昇した。

 ──ポォン♪


 ※ ※ ※

レイル・アドバンスの能力値

体 力: 529(UP!)
筋 力: 475(UP!)
防御力: 518(UP!)
魔 力:  86(UP!)
敏 捷:1821(UP!)
抵抗力:  63(UP!)

残ステータスポイント「+1540」(UP!)

※ 称号「グリフォン殺し(グリフォンスレイヤー)」(NEW!)
 ⇒ 空を飛ぶ魔物に対する攻撃力30%上昇
   鳥系の魔物に対する攻撃力20%上昇

 ※ ※ ※


 なんつー上昇幅だよ……。

 いや──。
「それほど格上の相手だったということか──……」

 間違っても、Dランクの冒険者が戦うような相手ではないことだけは確かだ。
 その上、パーティメンバーの『放浪者』は逃げ散り、経験値は総取り。

 そりゃあ、強くもなる。
 そして、頼みのスキル。

 ……スキル『七つ道具』は、はるかに冴えわたり──。
 スキル『一昨日に行く』は、僅かではあるがLvが上昇した。


 ポォン♪

 ※ ※ ※

 スキル『七つ道具』
 Lv:7
 備考:MP等を消費し、
    開錠、罠抜け、登攀、トラップ設置など、
    様々なスキルを使用できる。


 スキル『一昨日に行く』
 Lv:2
 備考:MPを消費し、「5~10分」程度、一昨日に行くことができる。
    一昨日から戻るためには、スキルのキャンセル、
    または、一定時間の経過後、もとの時間軸に戻ることができる。

 ※ ※ ※

「ふむ……」
 Lvが上昇とはいっても本当に少しだけ。
 恩恵も、制限であった「5分間だけ一昨日に行くことができる」というものが、数分ほど伸びた程度ではあるけどね。

 それでも、レイルは満足していた。

 戦闘系ではないとはいえ、スキル『一昨日に行く』は規格外のスキルだ。
 これで、『放浪者』に入った時の目標のように、純粋に強者となれば天職やスキルなど関係なしに護衛くらいこなせるだろう。
 少なくとも、万年Dランクからは脱することができる──。

 なにせ、あのグリフォンを仕留めたのだ。

 幼体でも、手負いでもない成体のグリフォン──……しかも(つがい)を、だ。
 グリフォンにつけられた傷をなぞり、レイルは固く誓う。

「あぁ、俺の人生はまだ捨てたものじゃない……」
 一度はあきらめかけ、そしてロードに誘われまた再燃した「夢」。

 そして、先日再びその「夢」は現実のものとなった。
 …………もう一度やり直して見せる、と。

 そのためにも、グリフォンから取れる大量の素材と、クエストの討伐証明を持ち帰り、詳細をギルドに戻って報告する…………。

「それにな、ロード……」

 ジャラリ……──。

 薄汚れた小さな袋から大量の冒険者認識証(ドッグタグ)を取り出すレイル。
「お前は許されないことをした────。だから、絶対にこれは報告しないとな……」

 レイルの手にあるのは……ロード達の置き忘れていった荷物から回収した無数の人々の名前の刻まれたたくさんの認識票だった。
 それも、E~Cランクのそれ。

 つまり────。


「…………全部で56人──俺を入れて57人か」


 ──ロード達が囮に使った冒険者の持ち物だ。

「サイコパスどもが……!」
 血汚れさえついたそれらは、すべて個人のもので、故人のものだ。

 おそらく、これらの認識票はこれまでに騙して囮に使った冒険者のもので、レイルと同じように、冒険者仲間からも疎まれ、「誰からも必要とされなかった者たち」の末路のだろう──。

(──戦利品のつもりか? クソ野郎ども)

 …………さぞかし楽しかったろうな。

 彼らを否定して、
 彼らを罵って、
 彼らを食い物にして────。

 魔物の囮にして、隠れて眺めてゲラゲラと笑う。

 ……56人分の生きたエサ。
 モンスターを狩るためだけの囮……。

 実際はもっと多いかもしれない。
 死体から入手できたのがたまたま56個の認識票だっただけ。

 一歩間違えればレイルの冒険者認識票もあの中にあったのだろう。
 57枚目の冒険者認識票だけの存在としてこの汚い袋の中に──……。

 だから、レイルとしてはシンパシーを感じずにはいられない。

 皆……。
 皆、ロードたちの踏み台にされた哀れな冒険者たちだ。

 ロードがレイルに言ったように、消えても(・・・・)誰も気にしない存在(・・・・・・・・・)
 それがこの冒険者認識票の元の持ち主──。

「……必ず──必ず仇を取ってやるよ」

 レイルにだけはわかる彼らの苦しみ。
 だから、認識票に触れるだけで彼らの慟哭が聞こえてくるようだ。


 「疫病神」「疫病神!」
 「売女!」「忌み子」
 「クズ!」「ろくでなし!」「使えないやつ──……」


 そう罵られていたであろう、孤独な冒険者たち。
 そして最後の最後まで、踏みつけにされた哀れな犠牲者。

 ひとつ一つ、認識票の名前を見ているだけで彼らの人生を垣間見た気がする。


 ──傷だらけのDランクの認識票や、
 ──年季の入ったCランクの認識票。
 ──それにまだ真新しいEランクの少女の名前が刻まれたそれ──……。


 ジャリン……!


「もう少しだけ待っててくれ……。俺の用事のついでで悪いけど、必ず俺がみんなの分の恨みを晴らしてやるから」

 まるで自分のことにように、認識票を掴むレイル。
 再びそれらを袋に仕舞い、固く口を縛る。

「………………だから、これ以上、好きにやらせるかよ──ロード!!」

 義憤に駆られたわけでも、
 正義を気取ろうというのでもない──……。


 ただ。
 ただ、ただ、ただ!!



「────借りは返すぞ……!」
第17話「残置物」

「ぷはぁ~ッッ!」

 洗面所で顔を洗ったレイルは、先ほどまでの燃えるような顔つきを一度冷ますと、心を落ち着かせて食堂に降りた。

「おはようございます」
「おはよう、レイルさん! 食事できてますよ」

 相変わらず不器用な笑顔の主人。
 彼に軽く頷き、席に着くと、用意された豪華な朝食を平らげた。

「す、凄い量ですね……」
「まぁまぁ、英雄様の朝食なんだ。遠慮せず食ってくれ」

 そういって、レイル一人では食べきれないほどの量を次々に配膳してくれる主人。

「あ、ありがとうございます────……!! う、旨ッ!」

 勧められるままに一口。
 そして、思わず漏れる一言!!

「たっぷり塩にスパイスを使ったんだ。体を癒すにはいいだろ?」

 コクコクコク! ひたすら頷くレイル。

 内陸部では貴重な塩。
 それらをふんだんに使われた食事は美味極まりなかった。

 パンも焼き立てで柔らかいし、
 羊肉の入ったシチューはコッテリとしていてパンによく合う。
 ベーコンは分厚く、塩味が利いていて旨いし、薄く割ったワインとの相性が抜群だ。
 とれたての野菜は冷えた井戸水で良く表れておりシャキシャキのサラダになっている。
 そして、メインのステーキは香辛料が掛かっているのか肉のうまみが何倍にも引き出されていて実に旨い!

「どれもこれも旨い……!!」

 モリモリと食べていくレイル。
 酔いがひどかったが、食膳に出された酔い醒ましの薬草がよく効いているようだ。

 ……薬草の味は最悪だったけどね。

「英雄さまの食事だ。腕によりをかけましたよ」
「うん!! うん!!」

 宿の主人は相変わらずの顔色だが、精いっぱい愛想よくしてくれている。
 レイルも遠慮することなく出された食事は平らげていった。

 もっしゃ、もっしゃ!

 急速にLvが上昇したため身体が栄養を欲しているらしい。
 さすがにロード達とガチンコでやり合うほど強くなれたわけではないが、それでも以前のレイルとは比べ物にならないほどのステータスなのだ。

 そうして次々に皿を開けていくレイルであったが、そのレイルに遠慮がちに話しかける人物が。
「あの……レイルさま。少しよろしいでしょうか?」

 ……ん?

「はい。えっ~と……。別に、「様」付けでなくてもいいですよ」
「いえ、村を救っていただいた方に粗相(そそう)があってはいけませんから」

 そういって愛想よく笑うのは、少し仕立てのいい服を着た人物──彼は村長であると名乗った。

「それで、お話というのはこちらなのですが……」

 そういって、下男に持たせていた品を恭しく差し出す。

「…………これは?」

 下男が食堂のテーブルに並べていったのはいくつかの品。
 生々しく血のこびりついた爪に、羽根や皮だ。
 さらに大量にあるらしく、宿の外には荷馬車が留め置かれていた。

「──勝手とは思いましたが、グリフォンを解体させていただきました。もう一体の解体も、じきに済むかと思います」

 どうやら、差し出された品はグリフォンのドロップ品らしい。
 強力な魔物であるグリフォンの素材は高価で取引されるため、これらを持ち込めばかなりの大金を得ることができるだろう。

 魔物の解体は骨が折れる。これはありがたい申し出だった。
「ど、どうも……」
「羽根に、(くちばし)、希少な骨などは小分けさせていただきました。あとは肉などの部位ですが……」
 村長が少し困ったような顔でレイルの顔色を窺う。
「……俺が持ち帰れない分は、皆さんで使ってください──。復興資金も必要だと思いますし」
「お、おぉ! よろしいので? 申し出が本当であれば近隣の被害村落にも分配できます」
「もちろん、好きに使ってください。肉は持ち帰る前に腐ってしまうでしょうし……」

 燻製や干物にすれば持ち帰れなくもないが、その手間はさすがに一人では厳しい。
 それくらいなら、村人に提供した方がいいだろう。すくなくとも、レイルの宿代くらいにはなる。

「感謝いたします。……あぁ、そうそう。それとこちらを──」
 ゴトリ、と重い音を立てて置かれたのは一振りの槍と、虹色に輝く液体の入った──。
 ん? グリフォンの素材じゃないよな?
 なんだこれ…………。

「ぽ、ポーションですか? ドロップ品由来の……にしては、初めて見る色ですけど──」

 奇妙な色のポーションは、稀に魔物が落とすことがある。
 それらはたいてい薬効が複合化されたもので、非常に高値で取引されることが多い。

 しかし、虹色とはね……。
 ただのポーションがこんな色をしているはずがない。

「はい。こちらはグリフォンを解体中に発見したものでございます。村の薬師に調べさせたところ──」

 村長曰くグリフォンのドロップ品だという。
 それは予想通りだったのだが、次の一言でレイルは凍り付く。

「──……おそらくエリクサーではないかと」

 ほう。
 エリクサー……。

 へー……。

「エリクサーかー」

 エリクサー。
 えりくさー……


 エリクサー……──────?



 って、



 ……え、
「エリクサぁぁあああああ?!」
「うひゃああッッ!?」

 レイルの大声に飛び上がらんばかりに驚く村長。

「あ! す、すみません」

 突然奇声を上げたことに恐縮するレイルであったが、

(ま、マジでエリクサーか?!)

 そう。
 エリクサーをドロップしたことに対する衝撃はそれほどの物だったのだ。

「え、ええええ、エリクサーって、あのエリクサーですか?!」
「あのエリクサーがどのエリクサーかわかりませんが、お、おおおお、おそらく──。私も実物は見たことがないので断言はできませんが。その、見た目の噂くらいなら……」

 そう。
 エリクサーは噂の産物。

 別名、神のしずくとも呼ばれる霊薬で、一般的には『エリクサー』として知られる。

 それはまさに伝説級。
 幻の一品ともいうべき薬液(ポーション)であり、その液体を口にすれば万病がたちどころに治り、薬効によって体の傷もすべて癒えるという。

 また、
 失った視力や、欠損した手足ですら生えるというのだから驚きだ。

 そして、効果はそれだけに収まらない。健康なものが何でもすさまじい効果をもたらし、HP、MPが一定期間回復し続けるという。

 すなわちそれは、
 魔術師であれば効果が切れるまで無限に魔法を放てるし、
 闘士たちならば倒れることなく戦い続けることができるということ。

 それほどの効果を秘めた薬。

 当然ながら希少だ。
 その液体は万金を積んでも買うことができず、市場に出回ることはほぼない。
 手にれる方法は、ドラゴンやその強さに匹敵する魔物が稀にドロップするのも拾うしかないといわれているほど。

 その特徴的な見た目は、虹色の輝きを放っているというが……、

「ま、マジかよ……」

 震える手でエリクサーを手に取ったレイル。
 確かに、薬瓶の中には虹色の液体が入っている。

「こ、これを俺に?」
「え、えぇ、レイル様が倒したグリフォンですから」

 村長の言う通り、グリフォンを倒したレイルに所有権があるのだが、それをこっそり盗もうと思わなかった村人には感謝だ。
 まぁ、グリフォンを単独で倒した人物を怒らせたらどうなるかと考えただけかもしれないけど……。

「あー……。あと、こちらですが──」
 次に、使い込まれた槍を、困った様子で差し出す村長。



「これは────…………」



 レイルに手渡された槍はずっしりと重く、刃が灯りの照り返しを受けてギラリと輝いた。
 そう、昨日グリフォンから引き抜いた槍で──。


 ──ヒィィィィイイン……。


 差し込む陽光を受けて刀身まで光を滑らせると、静かに唸るそれ──。
 恐ろしいほどの業物だ。

「ラ・タンクの槍……」

 これは、Sランクパーティ『放浪者』のラ・タンクが持っていた槍だ。
 たしか、どこかの国の騎士団長をしていた頃に、国王から下賜された品だとか自慢げに話していたっけ。

 伝説の槍を模して(・・・)、ドワーフの工匠が作り上げた逸品。
 その名も──。

「たしか、ブリューナク・コピー……だったか?」

 柄を握りしめると、途端にロード達のあの顔が思い出される。
 魔力が宿っているのだろう。パリリ、と紫電が走った。

「ど、どうされますか? その、我々としては──」

 ん?
(……あぁ、そういうことか──)

 エリクサーやグリフォンの解体よりもなによりも、ましてやその素材よりも……。
 どうやら、村長の本題はこれ(・・)らしい。


 つまり……。


「俺に、こいつを『放浪者(シュトライフェン)』に返して来てほしいんですよね?」
「は、はい……その──」

 言葉を濁らせる村長。
 その思惑が手に取るようにわかってしまったレイルは露骨に顔を歪めた。

「たしかに、これを回収に村に来られちゃ困りますよね……」

 村長の言わんとするところは単純明快。
 槍もドロップ品もレイルに渡して、ロード達がこの村に来るメリットを徹底的に排除したいのだろう。
 奴らがこの村に着たら何をするかわからにと、そう考えているらしい。

 なにせ、村長たちは『放浪者』の所業を見ている。
 そして、それだけに驚愕しているのだ。
 囮を使ってグリフォンを狩るというそのやり方と──……それが今まで公にならず、どこにも明るみに出ていないという事実に。

 そう……。

「──あぁ。村長の想像通りだと思います。……確かに連中なら、醜聞を隠すために村を一個滅ぼすくらいやりかねないでしょうね」

 いや。
 違うな……。

 やりかねない(・・・・・・)じゃない、きっと……。いや、必ずやるだろう。

 だからこの村を狩場に選んだのだ。
 最初からそのつもりで、周辺になにもないこんな辺鄙な村でグリフォンを狩ると決めた。
 初めから村人をすべて殲滅するつもりで……。

 大空の覇者たるグリフォンなら、他にも村や町を襲っていたはずだが、それを無視してこの村でグリフォン狩りをしようと決めたのはそれが理由なのだろう。

 ……なぁに、おかしな話じゃない。
 ドラゴンやグリフォン、その他の魔物に一人残さず食いつくされた村なんて珍しい話でもないからな……。

 この村も、グリフォン退治が順調にいけばそうなった(・・・・・)というだけ──。

「……わ、我々も自衛はしますとも──。ですが、彼らを相手にして勝てる見込みなどありません」

 そうだろうな……。

「そ、その……。領主様と、ほかにもギルドや町にはすでに使いを走らせておりますが、我々田舎者の話などほとんど聞かれないでしょうな」
「でしょうね……」

 ましてや、最強の名を欲しいままにし、勇者とまで評されるロード達Sランクパーティ『放浪者』の悪評だ。
 きっと、村人がギルドに報告しても、数ある噂の一つ程度にしかとられないだろう。

 なにせ、ロード達は有名人だ。
 今までだってそういった悪評くらいなら、事の真偽はどうあれいくらでもあったはずだ。

 だが、全くと言ってそういった話を聞かない。

 つまり、
 ロード達には噂程度を跳ね返すだけの実力と──……。


「──デカい後ろ盾がいるってことか…………」
 
 これまでだって、悪事がバレたこともあるかもしれない。
 だが、それを物ともしないくらいの功績と本物の強さ。

 ────そして、権力。

 一瞬だけではあるが、彼らの強さを間近で見たレイルには、『放浪者』が悪事だけで伸し上がったわけではないということも知っていた。

(あんな奴らだが、実力は本物だ……)

 だが、実力だけで醜聞をかき消すのは不可能だろう。
 つまり、もっと大物が裏にいる。

 冒険者界隈で流れる噂をもみ消し、
 レイルのような「使い捨て」の囮を提供している大きな権力が……。



「おそらく、王家か────冒険者ギルド…………」


 セリアム・レリアムの関係筋と、
 ロードの人脈…………。

 もしくは両方か。


(さて、どうしたものか……)
 背後に潜む組織の大きさに一瞬暗澹たる気持ちになるレイルであったが……。


「ま。やることは変わらないけどなッ」

 王家?
 冒険者ギルド??

 ──上等だよ……。



 何年も疫病神と呼ばれた男のメンタル舐めんなよ。

第18話「すばやい逃亡者(ロード達視点)」

 ガラガラガラッッ!!

 レイルがグリフォンを倒しているなどつゆとも思わないロードたち。
 彼らは村から脱出すると同時に、猛烈な勢いで装甲馬車で駆け抜けていた。

 二頭立てで走るフラウ謹製のそれ(・・)は、全く故障もなく走り続ける。
 車軸の動きも滑らかで、独自発明のサスペンションもよく効いているため地形に適応して田舎の道を爆走していった。

「ひぃぃやっほぉぉぉぉおおおおおい!!」

 手綱を握るラ・タンクが奇声を上げている。

 それに対して、
「あまり騒ぐな! グリフォンは執念深いぞ」

 馬車の音とは別に人の声とは存外遠くまで響くものだ。
 もしもグリフォンに聞きつけられればと思えばロードの注意も頷ける。

「へっ。気にしすぎさ──ここまで逃げればそう簡単には追ってこれないだろう」

 数時間ほど馬車を走らせて十分に距離をとったとラ・タンクは言う。

「グリフォンを甘く見るな。この辺はすべて奴のテリトリーだ。なんたって、(つがい)のグリフォンを怒らせたんだからな。奴らは俺たちを忘れはしないさ」
「そうですよ。え~っと、名前がなんでしたかな──あーあのDランクのクズが稼げる時間なんてたかが知れています」

 ロードもボフォートも慎重を期せという。

「へーへーかしこまり~……。じゃーもうちょい走らせるか?」

「ちょっとぉ……。いくら乗り心地を改良したって言っても馬車で全力疾走はやめてくれない?」
 肌が荒れちゃうわーと、暢気な様子の神殿巫女のセリアム・レリアム。
「僕も賛成できないかな……。馬が持たないよ」
 無口なフラウでさえ、馬の限界を理由に速度を落とせという。

「あ、確かにやばいか?」

 ラ・タンクは手綱越しに馬の異常を感じ取っていた。
 ぜいぜいと苦しそうにあえぐ馬は大量の汗をかいて息も絶え絶えだ。

「だが、グリフォンが羽ばたけばこの程度は指呼の距離だぞ?」
 未だ不安そうに空を見上げるロード。
 聖騎士と言えどグリフォン相手に真正面から勝てる見込みはないとわかっていた。
「だーいじょうぶよ、村を出る前に幻覚魔法を放っておいたから」
 ニィと美しい顔を歪めて笑うセリアム・レリアム。
「なんだと?!」
「げ、幻覚魔法ですか? いつのまに……」

 ボフォートですら気付かないほど巧妙な手管だったのだろう。

「うふふ。アンタたちとは潜り抜けてきた修羅場が違うのよ。こちとらこれでも王族なんですもの」

 ふふん、と笑うセリアム・レリアム。
 彼女曰く、村中に幻覚魔法を放ち、グリフォンの目には村人がレイルや『放浪者』の面々に見えるように仕掛けたという。
 怒り狂った相手にしか効果が薄い、単純な魔法らしいが、あの状態のグリフォンには有効だろう。

「えっげつねー女だぜ、じゃどうする? いったん村に戻るか?」
「馬鹿言うな。セリアムのおかげでグリフォンが大暴れしてくれるんだ。奴が村人を食いつくすまでどっかで時間を潰すさ」

「そうしましょう」「賛成ー!」

 ロードはいつも通りだと言って、撤退を指示した。

「んー。なら街か? この辺のしけた村じゃ、暇でしょうがねぇ。いったん戻るか?」
「そうだな。囮の再調達も必要だ──ギルドに依頼しよう」

 そういうと馬車の速度を緩めてのんびりとした様子でロード達は町を目指す。
 まさかこの間にグリフォンが退治されているなど夢にも思わず……。 

「あ、その前にどこかで水浴びしたいかも。荷物も置いてきちゃったし最低限の食糧しかないわよー?」
 セリアム・レリアムは馬車の中を振り返る。
 貴金属類は何時でも持ち出せるように馬車に隠しておいたが、糧秣の類は現地調達が基本だ。
「ち……。あのクズDランクの野郎。補給してなかったのか?」
「クズの疫病神に何を期待しているんですか? ま、現地調達と行きましょう。この辺の地理は私め、【賢者】が覚えておりますゆえご安心ください」

 そういって近くの村を指し示すボフォート。

「けッ。なーにが、賢者だ。セクハラで賢者の塔を追い出されたくせによ」
「な!! そ、それは今何の関係もないでしょう?! あ、貴方こそパワハラと横領で騎士団を追い出されたじゃないですか!」

「な、なんで知ってんだよ!! やるかー!」「えーえー! いいですとも、やってやりましょうか!!」

 ぐぬぬぬぬ、とにらみ合う重騎士と賢者。

「はいはい、その辺にしときなさいよ、どっちもクズ(・・)なんだから──あははは!」

「「お前に言われたくはない!!」」

 王族──セリアム・レリアム。

 権力を盾に、王宮や城下町で悪事の限りを尽くした生粋の悪女。
 美少年の誘拐に拷問……。他人の恋人を奪うのは朝飯前。

 浄化と称してスラム街を焼き払ったこともあるんだとか……くわばわくわばら。

 そして、その醜聞をもみ消すために王家が尽くした手管は数知れず……。
 噂では3桁以上の人命がその過程で消えたという話──。

 そして、ほとぼりを冷ますためと、僅かでも人間としての憐憫の情が沸くなどの成長を期待して、王家は彼女をいったん教会に預けたうえで、冒険者として放り出したんだとかなんとか………………いやはやなんとも──。

「きゃー、こわーい!」

 そんな周囲の事情など知ってか知らずか、ケラケラと笑う神殿巫女。
 まったく、どこが巫女なんだか…………。

「はぁ……。こんな奴らに頼るなんて、僕はどうかしてたよ──」

 しょんぼりと俯くのは、ドワーフの少女フラウ。
 馬鹿メンバーの大騒ぎには加わらず馬車の中で膝を抱えて顔を暗くしていた。

 結局、補給と休息のため近くにあった寒村に立ち寄ったロード達。

 そして、「補給」と称して略奪と放火を手慣れた様子で実施。
 ただ、おもったより手間取ったのか、街に向かったのはそれからしばらくしてのことだった。

第19話「ロード達を追う男」

「──どうか、お受け取りください」
「これは?」

 数日間の療養を経て、旅装を整えたレイルが村を発つ直前のこと。
 恭しく差しだされたのは小さな布袋だった。

 どうやら、中身は銀貨らしい。

「えっと……??」
「──せめてものお礼でございます」

 グリフォンから救ってくれて感謝しますと、村全体の総意だという。

「お、お礼……ですか? でも、正式な報酬はギルドが支払ってくれますよ?」

 グリフォン討伐はギルド経由の依頼であり、報酬はすでにギルドが準備している。
 村には労をねぎらう以上に、報酬を支払う義務はないはずだ。

「いえ! それとは別に、ぜひともお受け取りください! レイル様がいなければ我々は全滅しておりました!──その程度の礼で恩を返せるとは思いませんが……!」
「いや、様付けはやめてくださいよ……俺なんかただのDランクで、ゴニョゴニョ」

 赤くなった顔を隠すように伏せるレイルだが、村長は頓着しない。食い気味にぐいぐいと銀貨を押し付けてくる。

「いえいえいえ!! さぁさ、ほんの! ほんのお礼です!」

 ──さぁ、さぁ、さぁ!!

「あ、え。は、はぁ……はい」

 頑なに銀貨を押し付けようとする村長。そして、背後に居並ぶ村人たち。
 その表情を見て、固辞するのも悪いと思ったレイルは素直に受け取る。

「あ、ありがとうございます! 大事に使います……」

 ポリポリと頭を掻きながら受け取るとニコリとほほ笑む村長。

「アナタは英雄だ……感謝してもしきれない」
 まっすぐにお礼を言われることに慣れていないレイルはひたすら赤面する。
「いえ。こちらこそ……」

 なんだかぎこちないレイルに集まった村人たちがドッと湧き上がる。
 ……じつに気持ちのいい村だ。

 そっと懐に収めた銀あの袋は重かった。
 そして、温かい。

(これが感謝されるということか……)


  ──疫病神!
   ──疫病神!


 レイルは頭を振って、脳裏に流れる声を消し去る。

(俺はもう疫病神なんかじゃない──……)

 村長からドロップ品を受け取り、さらには謝礼として銀貨を得たレイル。
 銀貨は30枚程度で、どれも古いものばかり。多くもなければ少なくもない額だ。
 村人たちは貨幣経済から隔離されているので集めるには苦労しただろう。一般的な謝礼として見れば少ないが、村のお礼(・・・・)としては上等な方だ。

 最初は固辞しようとしたのだが、これからのこと(・・・・・・・)を考えると資金は必要だった。



「首を洗って待っていろ──ロード……!」



 そうして村人たちの感謝と見送りを受けて、
 全ての旅装を整えると、グリフォンの素材とドロップ品。そして、『放浪者』の残した荷物を荷車に積んで出発するレイル。

 背には、ラ・タンクの残した槍──「ブリューナクコピー」を担い、一路はじまりの地──辺境の町を目指す。

 「ブリューナク・コピー」は天職『盗賊』のレイルには扱いなれない武器だが、今手元にあるもので一番強力なものだ。
 いただいておかない理由はないだろう。

 他にも、宿の中にはロード達が放置した荷物があったが、そこには装備品の類はほとんど残っていなかった。

 おそらく、いざというときに備えて撤退を前提にしていたに違いない。
 そのため、貴金属類やら武器の類のほとんどはあらかじめ馬車に積まれていたようだ。

(用意のいい連中だ……)
 随分、手慣れていやがる。……真正面から戦っても勝ち目はないだろう。

 だが、レイルにはスキルがある。
 スキル──『一昨日に行く』という、時間遡行のスキル(・・・・・・・・)がある。

 たったの数分だけとはいえ、それは大きなアドバンテージになるはずだ。

(……どうせ、ほとぼりが冷めるまで町で時間を潰してるんだろう?)

 せいぜい惰眠をむさぼるがいい、ロード。
 
 レイルは村でダラダラと過ごしていたロード達を思い出していた。
 あれと同じように、グリフォンが村を滅ぼし、その後は鳥頭よろしくロード達を諦めるまで時間を潰すつもりなのだ。

 そして、何もかも終わったころに村に舞い戻り荷物を回収する────な~んてことを考えているに違いない。
 間違っても、レイルが生き残っているとは思っていないだろう。


 だが、
「──そうはさせない。ロード達が油断している今が狙い目だ……!」 


 レイルは諦めない。
 ロードだろうが、ギルドだろうが、許してなるものかよ──。

「囮にされたことも、疫病神と呼ばれたことも、」

 そして……。
「──今まで何人もの孤独な冒険者を食い物にしてきたことも……全部償わせてやる!」

 ギリリリ……!

 そうとも。
「──そうとも!! お前の顔面にこいつ(・・・)をぶち込んでやるッ!」

 ブンッッッ!!

 虚空に浮かんだロードのニヤケ面を思い出し、拳を握りしめ、奴の顔面が陥没するくらいにパンチをくれてやると、固く……固く決意した。


 そして、残りの『放浪者』どもにも、56人分の冒険者──56発分のパンチを──!


「……たっぷりお返ししてやるからな────ロード!!

 ──さぁ、行くぞ!! いざ、辺境の町ベームスへ。

 決意も固く、目標を定めると村人から貰った荷馬車とロバに拍車をかけた。
 「はぁ!!」──ブヒヒーン!
 グリフォンの素材と食料などの物資を積んだ荷車はゴロゴロと動き出す。


 背後に、村長達の丸い背中を置き去りにして、景色がどんどん流れていく。


 死にかけて──……スキル『一昨日に行く』に目覚めたこの村を離れるレイル。
 きっと忘れることができない村になるだろう。

 レイルの人生の転機となった村だ。感慨深げに村を流し見しつつ、レイルは村を出た。
 そして、一度だけ振り返り、レイルなりに村に感謝を告げようと、

(ありが──)

 ──ワッッッ!!

 レイルがそっと振り返り、開拓村に感謝を告げようとしたその瞬間。

「「「ありがとう!」」」

 え?

「「「ありがとう、レイルさん!」」」

 村の門の前には人だかりができていた。
 老若男女。
 怪我人も、病人もすべて────……。

「な、ちょ────……!」

「「「あなたのおかげです! ありがとう!! レイルさん、私たちの英雄さま!!」」」

 うわぁぁぁあああああああああ!!
 わぁぁぁああああああああああ!!

 思いがけず、村人の心からの感謝を受けたレイル。

(マジかよ。こんなに感謝されるなんて……)
「あ、ああ、どうも──」

 こ、木っ恥ずかしいからやめてくれ……。
 彼らの顔が直視できず、真っ赤になった顔を隠すように伏せてレイルは手綱を握る。

 だけど、冒険者になってよかったと生まれて初めて感じていた。


「……俺の方こそ、ありがとうだよ──」


 そうして、門を抜け、
 村人たちの盛大な見送りを受けながら十分な距離をとったところでようやくレイルは顔を起こした。


「本当にありがとう……!」


 初めてレイルを認めてくれた人たち。
 いつの間にか熱い涙がこぼれている。

(人の悪意は知っている──……だけど、掛値のない善意と感謝をくれたのはこの村だけだ)

 だから、開拓村には感謝を──。
 すべてを諦めていたレイルにチャンスをくれたことに感謝を…………!!


 そして、
 そして────ドン底に落としてくれたロード達には「顔面パンチ」を。


「…………さぁ、次は借りを返しに行こうか!」


 決意も新たに、レイルは駆ける。
 レイルを騙し、「疫病神」と罵ったうえでグリフォンの餌にしようとした、あのロードに借りを返すために!

 そうとも、
「ロード達に鉄槌を下してやる!!」

 レイルは一心不乱に町へ帰る道を行く。 
 その途上で、胸に沸き起こるロード達への憎しみをさらにさらに燃やし再燃させていく。

「──何がSランクだ……! 何が勇者だ!! 何が……何が!!」


   『──ぜひ、君の力を借りたいんだッ。
    頼む、君が必要なんだ──レイル』


 勧誘時のロードの言葉が脳裏に蘇る。
 そして、その後の顛末までもが……。

「なにが──……!」

 ギリリリ、バリッ。

「嘘つき! 嘘つき──……!!」

 かみしめた奥歯がから血が滴り、口に鉄の味が染みわたる。

 それほどまでの怒り。
 そうやって、何人もの孤独な冒険者を騙してきたという憤り──。


 借りは……。
 借りは、必ず返すッッ!!



  『あばよ、疫病神……!』



 そして、最期のあのひと時──……あの刹那の瞬間にみせたロードの顔が浮かんでは消える。
 屈辱と、
 悔しさと、
 そして……憤り!

 それらをすべてバネにしてレイルは駆ける!

 さぁ、待っていろロード。
 ……そして、目にものを見せてやる『放浪者(シュトライフェン)』!




「──ロード…………俺は疫病神なんかじゃないぞ!」


第20話「アイルビーバック(レイル編)」

 辺境の町、グローリス。

 レイルの故郷から一番近い町で、彼が拠点として活動していた街だ。
 そして、女神を怒らせてしまい、その過程でスキル『一昨日に行く』を授かり、
 そのうえで、あのロード達と握手をした街でもある────。


 がやがやがや……。
 ざわざわざわ……。


「ちょっと離れてただけなのに、なんか懐かしく感じるな」

 人目を避けるために目深にローブをかぶったレイルは、ガラガラと安い車輪の音を響かせながら街を行く。
 開拓村に比べればここは大都会だ。

 幸いにも、街に変化はなかった。
 グリフォンが出たとはいえ、それは北部辺境の話であってこの街にまでは、まだ被害はなかったらしい。

「さて、まずは寝床かな」

 以前借りていた安宿は『放浪者』に加入したのを機に引き払っていた。

 安さだけが取り柄の狭い宿だ。
 せっかく臨時収入もあったし、グリフォンの素材もある。

 少しくらい贅沢をしても罰は当たらないだろう。

 なにより、
「こんな大荷物、目だってしょうがないしな」

 荷車に山と積まれたグリフォンの素材。
 一応布をかぶせているとはいえ、生モノもあったりで布に血がにじんでいる……。ちょっとグロイ。

 街の人の視線もジロジロと感じるし、今はさっさと宿に行くべきだろう。
 ここで目立ってしまえば、ロード達に一泡吹かせてやれない。

 ギルドに行くにしても、まずは準備をしないとな。

 このまま馬鹿正直にロード達を弾劾したとしても勝てるとは思えない。

 正規ルートで訴えても、聞き入れられるはずがないだろう。
 王家や、冒険者ギルドのすべてがロード達の味方とも思えないが、まずは敵を見極めないと足元をすくわれるのはレイルになる。

 所詮は、Dランクの鼻つまみ者冒険者と、
 華々しい実績をもつSランク冒険者パーティとでは、発言の重みが違うのだから仕方がない。

 たとえレイルが、「ロード達に囮にされた」と訴えたところでロード達に口裏を合わせて「雇ったDランクのシーフが逃亡し、悪評をばらまこうとしている」と言われてしまえばそれで終わりだ。
 ロード達にはそれを裏付けるだけの実績があり、レイルにはそれがない。


 ……悔しいけど、これが事実だ。


 世の中正しいことが必ずしもまかり通る(・・・・・)ようにはできてない。
 それをレイルは嫌というほど知っていた。

 だから、今さら世の中の正攻法になど頼らないし、頼れない。
 いずれは頼るとしても、それは今ではないし、準備不足──。

 「正しさ」とは、それを裏付ける力がなければ意味をなさないのだ。

 国の司法とて同じ。
 司法は、軍事と警察機構が機能しているから意味を成すのであって、軍事も警察も跳ね返せる力を持った個人や組織には効果がないのは自明の理だろう。

「────だけどな、ロード。俺だって黙って引き下がりはしないぞ……」

 何も知らない。
 何も関係ない。
 何も理解していない、お前に「疫病神」と蔑まれる筋合いはないッッ!!


「……借りは必ず返す──だから、待ってろよ」


 敵は強大。
 実力には歴然とした差がある。

 だが、忘れるな…………。

 レイルには特殊なスキルがある。


「ステータスオープン」

 
 ──ポォン♪


 ※ ※ ※
 
名 前:レイル・アドバンス
職 業:盗賊
スキル:七つ道具
    一昨日(おととい)に行く


 ※ ※ ※


「──見せてやるよ、ロード。万年Dランク……『盗賊(シーフ)』の戦い方ってやつをよ」

 いくつものプランを考えながらレイルは勝手知ったる街をゆく。
 その足は、迷うそぶりも見せずに町の奥へ奥へと向かって行った。


 ※ ※


第20話「アイルビーバック(ロード編)」

 がやがや……。
 ざわざわ……。

 このやろー!! 俺の依頼だぞ、それは!!

 いつも通りに騒がしいギルドの一角。


「え?! 『放浪者(シュトライフェン)』御一行ですか? ど、どうしたんですか? いつお戻りに??」


 受付にいた美人に声をかけるロード。
「やぁ、忙しいところすまないね。ちょっと事情があって……」
 メガネが野暮ったいものの、中々の美人だとみるや、適当にイケメンオーラを出しつつ、クエストの経過報告だと告げる。

「──は、はい。場所を設けますので、少々お待ちください」

 メリッサと名乗った受付嬢がカウンターを離れると、近くのベンチにどっかりと腰掛けるロードとその仲間。

 彼らの表情は昨日と打って変わってツヤツヤ。
 ロード達はたっぷりと休養を取ってから、日も高くなったころに起き出すという重役出勤でギルドに顔を出していた。

 本当はもっとゴロゴロしていたかったのだが、腐ってもSランクパーティ。
 しかも、デカいクエストを受注したあとだ。多少なりとも注目されているのは間違いない。
 そのうえ、街に入ったことは入門の際に確認されているので、さすがに日を置いて報告するというのはよろしくないだろうという判断だ。

 渋る仲間たちを宥めすかして、ロードを先頭に渋々ながらギルドに向かったというわけ。
 ……一時撤退にせよ、失敗にせよ、報告義務を怠ると色々面倒なのだ。

「いい加減シャンとしろよ?」

 メリッサがバタバタと走り回り書類を準備しているのを尻目に、ロードは仲間たちに告げる。
「うー……了解」
 まだまだ、眠たそうな目をしたラ・タンク達。

 ロードはともかくとして、やんごとなき出自のセリアムレリアムや、夜更かしの好きなボフォートはまだ眠そうに目をこすっている。…………もう昼なんだけどね?

 それでも、宿で休んだことで昨日に比べればはるかに疲労が回復し、いつもの余裕を取り戻したロード達は、突貫作業で鍛冶屋に修理させた装備を着込み、不敵な表情だ。

 急ごしらえとはいえ、ピカピカに磨き上げられた鎧に兜。
 そして、汚れをふき取ったピカピカの武器で、……見栄えだけはまさに勇者パーティだ。

「お、お待たせしました、こちらへどうぞ」

 美人受付嬢のメリッサに案内されて、受付の隅の応接セットに通される。
 ソファーに腰を掛けると、何も言わずとも茶が提供される。──いいね、これぞSランクへの対応ってもんだ。

「ええっと……。それで、本日はどういったご用件で?」
「……は?」

 怪訝そうな顔で訪ねてくるメリッサに、ピクリと表情筋をヒクつかせるロード。
 「コイツ、まだ慣れてない新人か?」と顔で語りつつも、イケメンオーラ全開でロードは口には出さない。

 クエスト関連以外に何の用があるというのか。

(まぁ、いいか……)

 Sランクパーティたるもの、こういった表の顔も重要なのだ。

「ゴホン──!……それはもちろん、クエストの経過報告と、依頼継続のための融資の相談ですよ」

 融資────というか、囮の調達なんだけどね。

 キランッ! と歯を輝かせつつ、ロードはメリッサに微笑みかける。
 本当はギルドマスター辺りを出してくれれば話は早いのだが、どうも不在中らしい。

「え? 経過報告?? それに、ご融資ですか? な、何のための……?」
 要領を得ないメリッサに若干のいら立ちを感じたロードだが、ここはグッと我慢する。
「そりゃあ、グリフォン退治のクエストですよ。まだ未達成ですが、中間報告もかねて顔を出させていただきました」

「は、はぁ? ほ、報告ですか?──……えっと、ですから何の??」

 怪訝な顔をしたメリッサは、報告書をまとめてあるファイルをパラパラと開きつつ、一応聞き取り調書を準備していた。
 どうにも要領を得ないなと、少し苛立ちながらも会話の途中でロードは気付く。

「な、なんのって……? そりゃあ……。あ!──もしかして、もう噂が流れてるんですね」

 やはり噂は早いな、とロード達は誰ともなしに「うん、うん」と頷いた。
 きっと、手負いのグリフォンが近隣で大暴れしているのだろう。

 『放浪者』が仕留めそこなったと言われているのかもしれない。

 ……まぁ、それならそれで、融資が受けやすくなるというもの。
 グリフォンなんて怪物を仕留めることができるのは王国広しと言えども、ロード達くらいだろう。

「……噂ですか? まぁ、噂と言えなくもないんですかね?」

 やっぱりそうか……!

 グリフォンの危機は、噂どころかそこにある危機として伝わっているようだ。
 おそらく、あの開拓村の生存者か、近傍市町村の被害者、はたまた近隣で活動中の冒険者からの報告が上がっているのだろう。

 なにせ(つがい)を殺され、怒り狂ったグリフォンだ。
 その危機について、ロード達よりも先んじて報告していることは想像に難くない。

「───そう、その噂の件です。……うーむ、どこから話せばいいのか」
「……は、はぁ??」

 首をかしげるメリッサ
 しかし、ロードは瞑目し、ツラツラと脳内でストーリーをくみ上げ始める。

「えっと──そうですね。……まず、北部の開拓村で我々はグリフォンと遭遇しました。あれは厳しい戦いでしたよ」
「はい、ええ、はい……」
「そう。我々『放浪者』は善戦し、多大な損害を出しつつも、あの強大なグリフォンをあと一歩というところまで追い詰めました。しかし────」
「……なるほど」
「奴は酷く凶暴なグリフォンでした。あれはもう、災害……いや、厄災そのものといっていいでしょう!」

「ふむ……」

 どことなく気のない返事のメリッサの口調を聞きつつ、ロードはここぞとばかりに、クワッ! と目を見開き、最高潮に語る。

「そうです! あのグリフォンが二匹も出現したんです────!!」
「ら、らしいですね~……」

「『らしいですね~……』じゃないですよ!! とんでもない話です!! あのグリフォンが二体ですよ! おかげで我々は掛買いのない仲間を失ってしまいました…………。ちくしょう!!」

 語尾を小さく、俯くロード。
 その姿は哀れで見るものに同情を抱かせることだろう。

「ロードさん……」

 しょぼくれるロードにメリッサがそっと手を重ねた。

 その気遣いの温かさに、ニヤリとほくそ笑むと、ロードは心の中で舌を出す。
(ケッ。新人ギルド職員を騙すのなんてチョロいぜ。俺の話術に掛かれば──)

 自らの失敗を糊塗するために、ロードが軽い芝居を打っている。

 表面的には悲しそうにしてみせ、
 ついには、感極まったように怒涛のように報告し、最期にはキラリと目に涙──……。

(どうよこの高等テクニック……!! さぁ融資をよこせ! 俺に感謝しろ──────)



「──え~っと、さっきから何の話をしているんですか??」


第21話「邂逅」

 さっきから何を言っているか、だと……?


 ポカーンとした顔のメリッサ。
 事の大きさに衝撃を受けているのだろう。──……だから、新人の受付嬢は困るのだ。

 もっと、こう大モノをだね──……!

「何を言っているかだと? おいおい、しっかりしてくれよお嬢さん! グリフォンだよ! グリフォン! それが二体も街の北方に現れたんだ! どういうことかわかるだろう?!」

「は、はい。まぁ、聞いておりますが……。あ、あのー……?」

 熱く語るロードの言葉を遮る様にメリッサが口をはさむ。

「…………さっきからなんだ! おい、このギルドにはまともな職員は──」

 何なんだ、このボケた受付嬢は!!
 ロードが顔を不機嫌にゆがめるのだが……。

「……えっと、『掛買いのない仲間を失った』とおっしゃりましたが、どなたかお亡くなりになったんですか? 見たところ、全員おられるようですが──」

 全員?

「何を言っているんだ! ここで加入した冒険者がいただろう! レイル。レイル・アドバンスだ!」

 そう、全員なものか。
 大事な大事な、大事な囮のレイルがいない────。

「え、えぇ?! れ、れれれ、レイルさんが!?」

 レイルの名前を出した途端、飛び上がらんばかりに驚くメリッサ。
 その様子を見て、知り合いだったのか? と、あたりをつけるロード達。

「そう! レイルです! 俺たちの仲間のレ──」





「…………レイルさんなら、とっくに帰ってきましたよ?」




「「「「はぁ?」」」」



※ ※ ※


 え?

 レイル??


 ……レイルいるの???

「…………いやいや。そんな馬鹿なことがあるわけないじゃないですか。……レイルはあの村で死んだ────」

 そう。ロードもラ・タンク達も皆目撃していた。
 血まみれでグリフォンの前に倒れていたレイルを。

 あの状況で助かるなんて奇跡でも起きない限り無理だ。

「あははは。メリッサさん。それはきっと見間違いですよ──それか、幽霊でも見たんじゃないですかね」
「わっはっは! ちげぇねぇ!!」

 ゲラゲラと笑うロード達にメリッサが眉を顰める。

「幽霊も何も、レイルさんはきっちり報告してくれましたよ? グリフォンも仕留めたって──」

「「「はぁぁぁぁあああ?!」」」

 ロードたちが間抜けな表情で口をパッカーと開けて驚く。
 そして、次の瞬間。

「「「「ブハハハハハハハハハハハ!!」」」」

「あはははは、何を言ってんですか? アナタ、ギルドに努めて何年ですか?」
「ひーっひっひひ! グリフォンを討伐だぁ? 馬鹿言ってんじゃねーよ」
「うぷぷぷ! そうですよ。そんなデマに振り回されるなんて、このギルドもたかが知れてますねー」
「くすくすくす。もーどこの誰が流した噂? 嫌になるわねー、有名になるとすぐこういう……」

 レイルがグリフォンを退治とかどんなデタラメだよ。
 つくならもう少しましな嘘にしろってーの。

「いえ、噂も何も…………。というか、皆さんお仲間ですよね? 死んだとか、嘘とかどういう意味ですか?」

 あー…………。

「いや、だから────レイルは、」

 ロード達の大騒ぎにギルド中が「「なんだなんだ?」」と注目を始める。

 どうやら悪質なデマが流れているらしい。おまけにレイルを名乗る偽物まで──。
 それもこれも、この田舎のギルドのザルな仕事が原因だろう。おまけに、メリッサのデマを真っ向から信じる純粋無垢ッぷり──……。

(──はぁ……大方、このデマを流したのは開拓村の連中だろうな)

 村を無茶苦茶にされた腹いせにロード達の悪評をばら撒いているのだ。
 まぁ、宿代も踏み倒したし、グリフォンを怒らせたのはロード達だから、気持ちはわからなくはない。

(後で覚えとけよ、田舎の開拓村め……。絶対に滅ぼしてやる!)

 それはさておき、
「────レイルは死にましたよ。俺たちの目の前でね……。勇敢な、かけがいのない仲間でした」
「え………………?」

 ここではっきりとレイルの死を告げるロード。

「そ、そんなはずは!!────だって、討伐証明も提出されましたし、多数のドロップ品も入手し、エリクサーも見つかったって……」

 はぁ、……馬鹿な女だ。
 レイルがグリフォンを倒しただぁ??
 そんでもって、ドロップ品がなんだって??

 ────なぁにが……エリクサーだよ。ありゃ、伝説級のアイテムだぞ?

 はぁ……。
「──それはデマです。俺たちのクエストを横取りしようっている悪質な連中の仕業です。……まさかとは思いますが、報奨金払っちゃってたりしてないですよね?」

「あ、いえ……。金額が金額ですので、それはまだ──」
「それは重畳。よかったですよ、ギルドが詐欺にあう前で……」

 さすがに、あの大金をポンと払うような真似はしていないらしい。
 領主の出した依頼なだけはあって、真贋もきっちり見分けられているのだろう。

 誰だか知らないが、『放浪者』の上前を撥ねようだなんて舐めた真似を……。

きっと、北部の開拓村からの話だと思いましたよ。おそらく、他にも俺たち『放浪者』の悪口も一緒に来ているんではないですか?」

「はー……。まったく困りましたね。まぁ、たまにあるんですよ。Sランクにもなって、冒険者界隈で目立ってくると、こういう嫌がらせがたまーにね──……」
「そ、そうなんです、か……?」

 ようやく話を聞く気になったのか、やたらとテンションの高かったメリッサも少しトーンダウン。
 そして、ギルド中の目が『放浪者』達に集まる。

「えぇ、そうですとも」
「で、ですが……! れ、レイルさんが──」

 なおも食い下がるメリッサ。

「レイルは死んだんです……。俺たちが見届けました。勇敢で称えられるべき行為です。彼は村人と俺たちを逃がすため……。そして、自ら進んで殿(しんがり)を務めてくれたんです」

「そんな……!」

 ハッとして口を押えるメリッサ。
 あまりにも衝撃的な一言だったのだろう。

「えぇ、わかります。お知り合いが亡くなったということを受け入れたくないのでしょう。……俺たちだってそうです。彼の死は辛い────そして、俺の責任でもあります。……後でいくらでも罵ってください」

 キラリと目に涙さえ浮かべてレイルの死にざまを語るロード。
 そして、存分に罵ってくれと言う。

 もちろん、そんなことをするはずがないと知っていて、だ。
 腐ってもSランクパーティ。実力者たるロード達を真正面から罵れる人間は、まずいないし、今まで囮に使ってきた冒険者はそもそも泣いてくれるような人もいない連中ばかり。どうということはない。

 それを知ったうえで言うのだ──。

「──ですが、レイルの偽物を(かた)るような奴はこの場できっちりと否定しなければ!」
「え、えっと……」

 オドオドとするメリッサに対して、ロードの安窯たちは全員がウンウンと頷く。

「だいたい、どうやって信じるって言うんですか? 討伐証明なんて偽物に違いありませんよ」
「し、しかし、本物だと鑑定器は証明しているんですよ?」

 メリッサは奥にしまわれていたグリフォンの討伐証明だという巨大な嘴を取り出してきた。
 たしかに二体分あるし、禍々しいオーラを放っているが……。

「あーはいはい。偽物偽物────レイルにグリフォンが倒せるわけないでしょ」
「そ、そんなはずは……! レイルさんの報告は詳細で、たった一人で立ち向かい二体のグリフォンを倒したと……」

 必死な表情のメリッサを見て、ロードが思わず吹き出しそうになる。
 フラウを除く仲間も、今にも吹き出しそうだ。

 っていうか、笑ってるし。

「ぶふー!! れ、レイルがグリフォンを倒した?! ぶぷぷー!!」
「ら、ラ・タンクさん、笑っちゃだめですよ──ぶふふー!!」
「あはは! でぃ、でぃ、Dランクの冒険者がグリフォンを二匹もた、倒すって、なんの冗談なのよ──ぷぷぷ!」

 掛買いのない仲間と言ったわりには酷い言い草。
 だが、それを気にするものは冒険者界隈では非常に少ない。

 ザワザワ、ヒソヒソと、さざ波のようにレイルの陰口が広がっていく。

「「「たしかに、疫病神のレイルがグリフォンを倒せるわけないよなー」」」
「「「なんだよ、ただのデマか? やっぱり疫病神だな──」」」
「「「この悪質な噂も疫病神のせいに決まってるさ。『放浪者』もあんな奴を仲間にして大変なこった……」」」

 それほどにレイルは疎まれていたのだ。

「──メリッサさん。気持ちはわかりますが、彼はDランクの冒険者ですよ? 騎士団ですら手を焼くグリフォンを彼がどうやって倒したというんです……」
「で、ですが!!」

 それでも、認めないメリッサ。
 これはロード達がどうのこうのというより、レイルが死んだと認めたくないのだろう。

 全くバカバカしい。
 なんであんな役に立たないカスのためにロード様が語ってやらねばならん、とばかりに心の中でため息をつく。

「つまり、それこそがデマだということです。Sランクの俺たちですら手を焼く大空の覇者!!──それを倒したというなら、証拠を見せてほしいものですよ!!」


 あーーっはっはっは!!



「…………あっそー。そんなに証拠が見たいなら、見せてやるよ」



 ──バンッ!


 気持ちよくレイルを罵っていたロードのもとに、派手な音を立てて扉を蹴立てる一人の影。
 そいつは、正面から堂々とギルドに乗り込むと、ロード達の目の前にずかずかと────……。


「え……?」
「な……?!」
「ちょ──!!」


 ゴツ、ゴッ、ゴッ!!


「お、お前──……!」
「れ、レ……──」


 ゴッゴッゴ!! と、固いブーツの足音も荒々しくギルドを行く人物。
 そいつこそ、(くだん)の冒険者で────胸に鈍く輝く冒険者認識票(ドッグタグ)にははっきりと「Dランク」と……。


 あぁ、そうとも。
 彼こそが疫病神と忌み嫌われる冒険者で────……万年Dランクの支援職『盗賊』の──。



「「「「れ、レイル?!」」」」


第22話「討伐証明はありまーーーーーーす!!」

 レイル……?!

「──ほ、本物……だと!?」

 信じられないものを見る眼付きのロード。
 ……いや、実際に信じられないのだろう。

 あの状況でレイルが生き残っているなどと信じられるわけがない。

 だから、驚く。
 驚愕する。

「う、嘘だろ?! お、おおおお。お前どうやってあそこから?! グリフォンに食われたんじゃ──!!」
「はっ! おかげさまでね」

 ゴッ!

 大きく一歩を踏みこみロードを真正面から見据えるレイル。
 それをタジタジとなり仰け反るロード達。

「ロードさん」
「ね? 言ったとおりでしょ────こいつ等は嘘をつくって」

 メリッサだけは満面の笑みでレイルを出迎える。
 だが、それで収まるはずもなく。

「そのようですね。信じがたいですが、レイルさんの報告が俄然信ぴょう性を帯びてきました……」
「えぇ、まぁ実際にこいつ等の口から聞かないとにわかには信じられないですよね」」

「はい。──え~っと……ロードさん? 確かさっきレイルさんが死んだと明言なさいましたよね?」

 キランッ! と眼鏡を輝かせたメリッサが反射で視線の見えないままロードを見る。

「う……」

 ぎくり…………!!

 ギルド中に聞こえるほどの「ぎくり」だ。
 そんな音があるはずがないのに、聞こえた。

「あ、う。そ、それは────……」

 目をキョーロキョロと泳がせたロード。
 死んだと言い切った相手はここにいる。しかも「いえーい」と、手を振っている。

 これはちょっと誤魔化せない──……。

「か、彼は、その、なんだ──あはは」
「あはは、じゃねーよ。……なんだ、ロード。俺が死んだってか?」

 Dランクとは思えない気迫をにじませてレイルがズイっとロードに一歩近づく。
 すでに目の前にいたレイルが一歩。
 
 当然、その分ロードが下がる。

「へー……。死んだってかー。いったいどういう状況で死んだって報告するつもりだ? あ゛?」

 一歩進むレイル。
 かわりに一歩下がるロードとゆかいな仲間たち。

「い、いやー。そ、それは何かの誤解で、あはははは」

 人のいい笑顔でレイルを推しとめようとするロード。だが、レイルは止まらない。
「あ゛? 人が死んだのが誤解だ? あ゛?」
「いや、その……なんというか」

 ダラダラと冷や汗を流すロード。
 だが、誤魔化させはしない──徹底的に追求だ!!

「メリッサさん」
「はい。えーっと『彼は村人と俺たちを逃がすため……。そして、自ら進んで殿を務めてくれたんです』とのことでしたが……」

 「あってますか?」と上目遣いにチラリとレイルを見るメリッサ。
 あってるわけねーだろ。

「……ほっほぅぅ!! 『彼は~♪ 村人と俺たちを逃がすため……♬ そして、自ら進んで殿を務めてくれたんです♪』」ってか? ほうほうほう!」

 ……1ミリもあってねーーーーーっつの!

 わざと鼻声で、ロードの口調を全く似てない声で復唱して見せるレイル。
 もちろん挑発のためだ。

「え~っと。やっぱり違うんです?」

 チラチラとロードとレイルの顔を交互に見ながらメリッサが言うと、

「えーそりゃもう、全っ然違いますねぇ! 1ミリもあってないですねー。はっはっはー! いやー……まさか、Sランクパーティのリーダーがあんなことをねぇ……」

 フンッと鼻を鳴らしたレイルがロードを挑戦的な目で見る。

「ぐ……! こ、このぉ……D、Dランクの、くせ、に」
「あぁんッ! なんだって!!」

 ダンッ!!

「ぐぅ……!」

 さらに、レイルが一歩。
 大~きく踏み込むと、ついにロード達がギルドの壁に追いつめられる。

 その姿は異様で滑稽ですらあった。
 なにせ、Dランクの冒険者が一人でSランクパーティを追い込んでいるのだ。

 それを見ている冒険者たちはヒソヒソと噂話。

「おいおい、どうなってんだありゃ?」
「なんでロードさんがレイルなんかに詰め寄られて反論しないんだ?」
「……もしかして、レイルの言うことが正しいとか──?」

 本当に、レイルが(つがい)のグリフォンを倒した……とか?

 いやー……。
「「「ないない。それはない」」」

 冒険者たちのヒソヒソ話は、地の声が大きいので丸聞こえないのだが。
 それを聞いたロードが目をキラリと光らせる。どうやら、冒険者どもの様子を見て勝ち目を見出したようだ。

「ぷっ……!」

 追い詰められておきながら、プっと噴き出すロード。

「「「ぶぷぷー!!」」」
 つられてラ・タンク達もふき出している。

「…………何がおかしい?」
「何がだぁ? 全部さ。全部おかしいねぇ! まったく、ちょっと気を使ってやればいい気になって、まぁ」

 トンッ! と軽く押し返すロードの力に、レイルが二、三歩たたらを踏む。

「くっくっく。既にギルドに報告したみたいだけど、それは今のうちに撤回しておいた方がいいぞ、レイル」
「あ゛? なんだと?」

 眉間にしわを寄せるレイルにロードはふんぞり返ったように上から目線で言う。

「おやおや、こっちは親切で言ってあげているんだよ? レイル君が恥をかかないうちにね──」

 ……は?
 何言ってんだこいつ。

「ふふん。君はこう報告したんじゃないかな? 俺たちに見捨てられたとか、囮にされたとか──」
「おーよ。よーくわかってんじゃねぇか。……出るとこに出てもいいんだぞ、俺は」

 ハッ!!

 ロードはついに本性を見せるように、鼻から笑って見せると、
「おーおー。やってみるがいい。お前こそ嘘の話をばらまいて、俺たちを貶めようとしているとして逆に名誉棄損で訴えてやるさ」

「…………はぁぁ? 名誉棄損だぁ? そんな生易しいものかよ…………殺人未遂と暴行罪──ついでに、無銭飲食、代金踏み倒しに、連続殺人鬼の容疑も付け加えても御釣りがくるようなお前らがよぉ。何・を・言って・や・が・るッッ!」

 ドンッ! と反対に押し返すレイル。

「……ふん」
 だが、今度のロードは引き下がらず、胸筋でレイルに一撃を止めて見せる。

 ニヤリ──。

「はっはー! 聞いたな、皆? 聞いたよなぁ、ギルド中の全員。……コイツはこういう奴(・・・・・)さ。ありもしない誹謗中傷で俺たち『放浪者(シュトライフェン)』を貶めようとしているんだ! こんな奴を仲間にしたのが間違いだったよ、──ガッカリだ、俺は」

 わざと全員に示すように、わざと芝居がかったように、踊る様に語り始めたロード。

「俺たちが殺人未遂? 俺たちが暴行罪? そして、連続殺人鬼ときたもんだ。お次は国家反逆罪かな? ではでは、──さーて、さてさて、ここにいる冒険者諸子はこれを聞いてどう思う? 嘘をついているのは我々Sランクの『放浪者』か?! いやいや、それとも疫病神(・・・)と忌み嫌われるDランクの『盗賊』か、」

 ──さぁどっちだ!?

 ニヤリと笑うロードの黒い笑顔の奥にギルド中の悪意が透けて見えた。
 誹謗中傷、皆で言えば怖くない──……。
 そんな連中の心の声と過去に罵られた声がまざまざとレイルの脳裏に蘇る。

   『疫病神め!』
    『疫病神め!』
     『疫病神め!』

「疫病神、か……」
 バリッと、レイルの奥歯がなる。
 ミィナ(幼馴染)の死と度重なる不運。だけど、『疫病神』──これだけは、レイルにとって許せない言葉なのだ……。
 
「さぁって! どっちが正しいか、聞いてみたいものだね! あーっはっはっは!」

 だが、ロードにとってはレイルの感情などどうでもいいことなのだ。
 ついには、本当に踊る様にクルクルと回り始めたロード。

 これじゃ勇者というより、役者だ……。

 そして、その演説を聞いていたメリッサを含むギルド職員や、暇をこいている冒険者がヒソヒソと話し始める。

 もはや、どちらかの事情聴取という雰囲気ではないのだから当然だ。
 場を収めるべき責任者も、今日この場にはあいにくいない……。

 そのせいか、まるでさざ波のようにギルドをさざめく小声のヒソヒソ声。

「「さすがに殺人鬼はねぇよな?」」
「「だな? だけど、レイルの奴は、なんだってなんな根も葉もないことを?」」
「「奴は疫病神だからな……。そーいうことあるさ」」

「「「「(ちげ)ぇねぇ!」」」」

 ぎゃーーーはっはっはっは!!

 疫病神、疫病神と、方々で囁かれる様を見て、メリッサが心配そうにレイルに近寄ると、そっと肩に手を置いた。
「レイルさん……その、気にしないでください。私はレイルさんのことを──」

 さぞかし、落ち込んでいると思ったのだが、メリッサの想像とは裏腹にレイルの顔は自信に満ちていた。
 たしかに「疫病神」と囁く冒険者の方へはキツク睨んでいるが、ロードに対する彼の態度には余裕がある。

「信じていま……──」

 メリッサが目を潤ませてレイルに寄り添おうとするが、ガツンと足にぶつかる感触。
 なにか、デッカイ荷物が無造作に床に置かれている。しかも、凄い獣臭──……。

 え? なにこれ?

「れ、レイルさん? こ、これと、いいますか、そのぉ──」

 なんだろう……。
 レイルの後ろにえらい大荷物があるんですけど────……。

「さぁ、今のうちだぞレイル。悪評を流したことについて、今すぐ取り消すんだな。そうすれば、ここで飛び上がってヘッドスライングしながら土下座するだけで、許してやらないこともないけどな!」

「ほー。飛び上がってヘッドスライングしながら、土下座すれば許すのか? そりゃあ寛大だな」

 ニヤリ。

「──……俺はそれくらいじゃ許せそうにもないけど……。まぁ、お前らがやるってんなら、とりあえず(・・・・・)それでこの場は許してやらないこともないぞ、ロード」

「な!!」
「「「なにぃ!!」」」

 カッ! と顔を赤くしたロード。そしてゆかいな仲間たちも反論開始。

「おい、レイルてめぇ!! 仲間にしてやった恩を忘れて偉そうに口を聞くな!」
「そうですよ! 疫病神と言われているあなたを仲間にしてどれほど私どもの評判が下がったか!」
「いくら心の広いアタシでも、許せることと許せないことがあるわぁ……」

 フラウを除く3馬鹿も加わってギャースカピースカ。

 あ゛?

「仲間だぁ……?」

 さすがに胡乱な目つきになるレイルに、ロード達はせせら笑いながら言う。

「ハハッ、そうとも。嫌われ者のお前を仲間にしてやったのは俺たちだ。感謝されこそすれ、罵られる覚えはないね──!」
「餌にすることが仲間だというなら、辞書の定義を疑うね、俺は──」
「やかましい! ロードの言う通り、大体お前は嘘つきだろうが! なぁにがグリフォンを仕留めただ?────」

 呆れた物言いのロードとラ・タンク。
 ギルドが本物と認めた討伐証明を偽物と言い切る胆力はある意味驚嘆に値する。

「お前らだけには、嘘つき呼ばわりされたくないね」
「ハッ。じゃぁ、なんだぁ──テメェみたいなDランクのカス盗賊(シーフ)がグリフォンを二体仕留めたってのか?」

「そうだ」

 はっきりと言い切ったレイル。

 その途端──……。

「「「ブワッハハハハハハハハハ!」」」
「プークスクスクスクス!!」

 ロード達が声を上げて大笑い。

「ひーっひっひっひ!! そりゃいい! D、Dランクの冒険者さん、『グリフォンを二体討伐しちゃうの巻き』ぃぃ!」
「ぎゃはははははは!! すげーすげー! 俺達でも一体をやっと仕留められるかって言うあのグリフォンを?! D、Dランクの盗賊が倒すだぁーーー?! ぎゃーっはっはっは!」
「ふふふふふふ! レイルさん、嘘をつくにしてももう少しまともな嘘をですね、クフフフフ! ぐ、グリフォンを、レイルさんが?! フフフフフ!」

「キャハハハハハハ! お腹痛ーい! も、もしかしてジョーク? 新しいジョークってやつぅ? キャーッハッハッハ!」

 そして、冒険者たちも巻き込んで大笑い。

「「「ギャハハハハ! 『疫病神』がグリフォン退治とは景気がいいぜ、ギャハハハハ!」」」

 ギルド中が笑いに包まれたころ、レイルは頭をポリポリと掻く。
 いくら笑われても、こればかりはレイルには1ミリも堪えない。

「あーそ、へーへー」

 鼻くそでもほじって、フー……と飛ばしたい気分だ。

 だが、レイルの余裕に気付かないロードたち。
 ご機嫌そうに、ロードとボフォートが肩を組みつつレイルに近寄り、

「笑わせてもらったよレイル。ほら、小遣いやるから、よぉ、今日はもう帰れや──それともほかに何か言いたいことでもあるか」

 もちろんレイルは、
「あぁ、あるぜ」

「いいですよ、いいですよー! なぁんでも聞いてあげましょう。言ってごらんなさいな。本当にグリフォン仕留めてたら、ジャンプしてヘッドスライング土下座してあげようじゃないですか、プークスクスクス」

 ニヤニヤと笑うロードとボフォート。

 ──ほう?
「……じゃあ、早速やってもらおうかな────」
「は、君は何を言って──……」

 訝し気に眉を顰めるボフォート。

 ハッッッ──決まってるだろ。

「ジャンプして、ヘッドスライング土下座ってやつをよぉ!!」
「は! それをするのはお前だろうが!! そんなにやってほしけりゃ、チンケな討伐証明じゃなく、グリフォンの首でも持ってこい(・・・・・・・・)っつの!!」
 ロードはどこまでも強気だ。

 だけど、
「…………言ったな?」
「は?」

 じゃ────とっくとご覧あれッッ!

「ほらよ」
 バサァ……!

 お前ら御望みの────……。

 レイルはギルドに入った時からずっと後ろに控えていた包みを剥ぎ取る。

 それはそれは、
 でっかくて、
 滅茶苦茶に目立っていたけど、ほとんど誰も注意を払っておらず──……。


 って、これは────!!!


「ふん! 何を見せてもレイルを信用する奴なんていませんよ。グリフォンを貴方ごときが二、匹……も──」

 って、これぇ?!

「嘘。ぐ……? グリ──」

 ──グリフォンの首ぃ?!



 バーン!! と包みの下から出てきたのは……。



「………………え。これグリフォン、です、か?」


 ツルンと、ボフォートのメガネがずり落ちて、口がパッカー……とあく。

 そして、一瞬だけシーンと静まり返ったギルドだったが、次の瞬間。
 全員が1メートルほど飛び上がって驚く。

 ま、間違いない。

「「「「「ぐ、グリフォンの首ぃぃぃいいい?!」」」」」

第23話「しんじてくださーーーーーーーい!」

「「「「「ぐ、グリフォンの首ぃぃぃいいい?!」」」」」 


 おーおー。ビビってるビビってる。
 メリッサも驚いて腰を抜かしているし、冒険者連中なんて失禁してるやつもいる始末。

 しかも、

「「「「「ふ、二つもあるやんけーーーーー!!」」」」」

 なんたって、グリフォン。
 どう見ても、グリフォン。
 そいつが、二匹分もドデーン……! と包みの上に鎮座しているのだ。

 正真正銘のグリフォンの生首が二つ。
 多少素材は剥ぎ取られているが、間違いなくグリフォンだ。

 恨めし気に白目をむいており、舌がデロ~ン……。
 腐敗もなければ、偽物でもない……。

「これが証拠だけど、不満か?」



 しーーーーーーーーーーーーん……。



 ふふん、と腕を組んでズン! と一歩踏み出すレイル。

「どーなんだよ、あ゛?」

 そして、さらに一歩二歩。

 ズン、ズン……。
 その勢いとショックにロード達が全員後ずさり、そのまま腰を抜かす。

「ひ、ひぃ!」
「う、ううう、うそだろ……」
「ぐ、グリフォンです、ね……。いえ、まさか、いえ、やっぱりグリフォン……」
「じょ、ジョーク……じゃないわよね?」
「レイル……凄い」

 これ以上ない証拠。
 レイルがグリフォンを討伐したという噂を裏付ける証拠……。

 そして、

「「おいおい……! 本物だぞ、あれ!」」
「「ま、マジか?! じゃ、じゃあレイルの言ってたことはもしかして……」」
「「と、とすると……ロード達の悪事って──」」


 ドキリッ。


 さざ波のようにギルド中に広がる小声にロード達が顔を引きつらせる。
 そして、チクチクと刺さる視線。

 噂だけならまだしも──……レイルは言ったのだ。
 ロード達は、殺人未遂、暴行罪、無銭飲食────連続殺人鬼と……。

「(お、おい、ロード。こりゃ、マズいんじゃねぇか?)」
 ヒソヒソと耳を寄せるラ・タンク。
「(そ、そうだな……ここは旗色が悪い。……くそ、まさか本当にグリフォンを? まさか、そんな)」

 恨めしそうにグリフォンの生首を見るロード。
 一体は、少し焦げている(・・・・・・・)ところを見るに、あの時のグリフォンなのは間違いない。

 ならばもう一体は?

「(一体どうやって倒したというのでしょう……。いえ、今は原因よりもここを退散しましょう、どうも空気がよくない)」
 ボフォートも空気を察して、撤退を進言。
 全員一致で頷く。
「「「(うんうん。そうしよう、そうしましょう!)」」」

 ジト~……。

 ギルド中の冷たい視線が降り注ぐ中、そそくさと荷物をまとめ始めたロードたち。
 起き上がって土埃をパンパンと払うと、

 んっ。ゴホン──。
「さすが、レイル。よくやったね! 『放浪者』のメンバーとしてこれほど誇らしいことはない、じゃあ後で報酬を分配しようか、宿はここにいるから、あとで──」

「ちょ、ちょっとお待ちください! ロードさん、まだお話は終わっていませんよ? これは詳しくお話を聞かないと──」

 食い下がるメリッサであったが、
 ロード達は何事もなかったかのように、ニコリとほほ笑むと気安くレイルの腕をポンポンと叩き親しみを込めて言うとロードは立ち去ろうとする。

 だが、それをレイルが見逃すと?

「おい……」

 ガシリ。

「な?!」

 そそくさと立ち去るロード達。
 しかし、「ちょっと待てや」と言わんばかりにレイルが近くにいたボフォートの腕を掴む。

「な、なんですか? は、離しなさい──私たちは忙しいのです、痛ッ! は、離せッ!」

 言い訳もそこそこに逃げ出そうとするボフォートの腕をつかんで離さないレイル。
 ボフォートは焦り、それを強引に引き抜いて逃げようとするのだが……あれ? 抜けない──…………。

「な、なんで?!」

 なんでレイルの拘束ごときが抜けない?
 Sランクのボフォートの力がDランクのカスに負けるなど──…………あッ!!





「言ったよな、ジャンプして、フライング土下座するって──」

第24話「ジャンピング土下座」

 おうおうおうおう……!
 忘れてんじゃねーぞぉぉぉお……。

「……言ったよな、ジャンプして、フライング土下座するって──」
「ちょ! な、なにを?!」

 Sランクのボフォートは賢者王という魔法準拠の冒険者であるが、ランクからしてDランクに力で負けるはずがない。
 ましてや、痛みを感じるほど、筋力も耐久力も負けるはずがないのに──……なんでぇ?!

「──報酬がどうのとか、宿がどうのとか、以前によぉぉぉぉおおおおおお!!」

 ギリギリギリ……!!

「ちょっと、イタイイタイ! 離せッッ、離せ……って、なんでテーブルに私を引っ張り上げるんです? ちょっとぉぉお」

 呆気にとられるロード達の目の前で、ボフォートを引きずり回すと、テーブルに上にドカッと飛び上がるレイル!
 その腕にはボフォートが吊り下げられており、先日のレベルアップの結果をいかんとも発揮!!

 なんでテーブルの上に引っ張り上げるのかって?
 そんなもんなぁぁぁぁ……。

「決まってるだろうがぁぁぁああああ!!」
 ぐわし────!
「あべべッ! 痛い痛い! か、かかか、顔を掴まないでくださいッ」

 抗議を完全に無視して、顔面をグワシをひっつかむとテーブルの上から華麗にジャンプ!!

 すぅぅぅ……!
「テメェらはよぉぉぉおおお! つべこべ言ってないで、まずは謝罪をしろや、このくそボケどもがぁっぁあああああああ!!」

 あ、そーーーーれ、ハイジャンプ!! かーーらーーーのぉぉぉおおお!!

「ちょぉぉおおおおおおお! 何でジャンプしてるんですかーーーーー!」

 あ?
 お前が言ったんだろ??

「フライング土下座で謝るって言ったのは、テメェえええええだろうがぁぁあああああ!!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!」

 Sランク。
 極大魔法を使いこなす賢者王の絶叫!!

 そいつを聞き流しながら、テーブルの上から華麗なジャンプを決めつつ、レイルは叫ぶッッ!!

「────フライング土下座ってのはよぉぉぉぉおおおおおおお!!」
「ちょぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお???!!!」

 フワリと浮遊感を覚えたボフォートの困惑の声などどこ吹く風。

「こーーーーーーーーーーーーやるんだぁぁぁああああああああ!!」

 や、
「やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 クルン、と空中で反転し、レイルとボフォースの上下が変わる。
 その向かう先はと言えば……。

「ひぃ! ボフォートぉ!?」
「や、やべぇ、顔面からいくぞ、あれは──」
「み、見てないで助けなさいよ!!」

 ごもっとも……。
 だけど────。

「あーこれは、無理。因果応報…………」

 げんなりした顔のフラウ。
 そして、Sランクパーティの目の前、ギルド中が見守る中で、

「顔面を床こすり付けりて謝罪しろボケぇっぇええええええええええええええ!!」
「やめぇぇぇえあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、べしぃぃい!!」


 ブッふぅぅうううううう! と、呼気の抜ける音。


 そして、ドッカーーーーーーン!! とギルドの床が抜けて、ボフォートのそこそこ高い耐久力が床板を貫く。
 メリメリと念入りに顔面を埋没させつつ、後頭部を掴んでグリグリと床下に押し付ける。

「おらぁ」

 ──パラパラ……。

 木くず舞う中、ボフォートの顔面がレイルによって引き出される。

「ひぃひぃ……あぶぶぶぶぶぶ……」
 血の泡を吹くボフォート。

 だが、これで終わりではない。
 終わりなものかよ──……。

 さらに、

「次は、ジャンプして、ヘッドスライングで土下座つったよな!!」

 だったら、ヘッドスライディングじゃぁぁああ!

「盛大に滑ってみせろやぁぁぁああ!!!」
「ちょぉぉおおおお!! あべべべべべべべべべべべべべ!!」

 ──ガリガリガリガリ!!!

 まずは、ヘッド!!!

「うらぁっぁあ!!」
 がっつん!!

 両足を掴んで箒で地面を吐くようにボフォートを押し付ける。
「うべらぁッ?!」
 その後で、鉛筆で削るかのように、顔面を床にぶち当てながらボフォートを鼻血の池におぼれさせつつ、

「ひででででででででででででででででででででででで! し、し、しむぅ……」

 これくらいで死ぬかボケ!!

 ジャンプおーけー
 土下座おーけー
 ヘッドおーけー
 
「じゃあ、あとはぁぁぁああああ!」

 残るはヘッドでスライング!!

 だから、トドメに勢いをてけてのぉぉぉおお……!
「あだだだだだ! やめろぉぉぉおおおおお!!」

 やるっつったのはテメェらだろうが!
 あ、そーーーーれぇぇええええ!

「────スライディングで、フィニィィィイイイシュ!!」

 おらぁぁぁああ!

「ひぎゃあああああ!────あべらばればぁぁぁああああ!!」

 大根おろしでもするかのように、ゴリゴリゴリ!! と地面に鼻血の後を残して壁際までぶっ飛ばされるボフォート。
 何度も何度もバウンドしながら、物凄い悲鳴を上げる!

「ぎゃあああああああああああああ!! 禿げる禿げる禿げるぅぅうううううううう!!!」

 はっはっは!
 地面と熱いワルツでも踊れ、賢者ボフォーーーーーーーート!!

 そのまま、ボール玉のように転がり、

 ──バッコォッォォォオオオオオン!!
「あべしッッッッ」

 グワンゴワン……!
 ギルド中が小揺るぎするかのような勢いで壁と床にめり込んだボフォート。

 パンパンと手を払いつつ、
「ほぉら、これでジャンピング土下座完成だ。残りは誰がやる?」

 ギロリと、ロード達を睨むレイル。
 その足元ではボフォートが完全に目を回している。

 鼻血まみれで、若干頭皮(・・)が剥げているが、まぁ……命に別状はないはず。 

「て、てめぇ……」
 しかし、さすがにこれには気色ばむロード。

 ただでさえギルド中の視線に耐え切れず逃げ去ろうとしたところに、これだ。

 Dランクのレイルに、Sランクがいいようにやられたのでは沽券にかかわること──。
 そうでなくとも、レイルのおかげで犯罪者の汚名を着せられそうになっている。

「おい、ロード。俺ぁ、キレそうだぜぇ」
「おう、ラ・タンク奇遇だな──俺も同感だ」

 『放浪者』の前衛二人がユラリと態勢を変える。
 雰囲気も余所(よそ)行きのそれではなく、戦闘時の野蛮な雰囲気。

 急激にレベルが上がったとはいえ、所詮Dランクに過ぎないレイルにこの二人の相手は分が悪いだろう。
 レイルには何か考えがあるというのか──……。

「ふん。いいぜ掛かって来いよ。策は一昨日(・・・)考えてくるさ」
「はぁ? 何を言ってんだこの野郎」
「構うな、殺さなければ何とでも言い訳が付く──行くぞ!」

 サッと抜刀の構えを見せる二人に、レイルも腰を落として身構える。
 だが、舐めるなよ──……。何の策もなくノコノコ顔を出したと思っているのか?

 レイルには特殊なスキルがあり、
 それを使えば────……。


「……スキル『一昨──」




「おい! 何の騒ぎだこれは────!!」




 バァン!! と、ギルドの正面扉を大きく開けて闖入者がこの場に割り込んだ──……。

第25話「邪魔者」

「おい! 何事だ?! 一体どうなってる?」

 正面を勢いよく割って入ってきたのは、筋骨隆々の偉丈夫。

「ま、マスター?! お、おかえりなさい」
「おかえりなさいじゃない! メリッサ、何事だ? 一体どうして『放浪者』が伸されている?!」

 ズカズカとギルドに踏み入ってきた偉丈夫は、肩で冒険者の壁を割ると、レイルとロード達の間に立ち塞がった。

「え、えっとぉ……そのぉ」

 胸倉をつかまれんばかりの勢いで詰め寄られたメリッサはしどろもどろになり、チラチラとレイルとロードに視線を送る。

「お、いいところに来たな、マスター」
 マスター?

「「「おせぇぞ! ギルドマスターよぉ!!」」」
「「「何やってなんだよ、ゴリラ!」」」
「「「ギルドが無茶苦茶じゃねーか、ハーーゲ!!」」」


 バァン!!


「誰がハゲじゃぁぁああ! 今言うた奴ツラ貸せやぁ!」

 しーん。

(いや、キレるとこそこかよ!!)

 物凄い剣幕で冒険者ども一睨みし、威圧する偉丈夫。
 ……そう、このハゲ──もとい、偉丈夫こそこのギルドの責任者、ギルドマスターであった。
 元Aランク冒険者で名をカロンという。

「は、ハゲ……──。じゃない、マスター! これには深い事情が……!」
「いま、ハゲっつったろ」

 ギロリとメリッサを睨むギルドマスター。

「い、いえ! 言ってません!! そ、それよりもいくつかお耳に入れたい事態がございまして──」
「何だ。言ってみろ────もしかすると、そこで伸びてるボフォートや、このグリフォンの首に関係があるのか?」

 さすがギルドマスター。
 目ざとく床に鎮座しているグリフォンの首に目を付けたらしい。

「は、ハゲ! その通りな──……。こほん、はい! その通りなんです!」
「──ハゲっつーなつってんだろ!!」

 ダァン!! テーブルをぶったたいて、物凄い剣幕。
 これ、パワハラじゃね? っていうか、メリッサさん。「はい」と「ハゲ」を間違うって、相当だぞ?

 普段、絶対に陰でハゲハゲって皆で言ってるよね? これ。

「す、すすすみません! い、今から説明しますから!」
「てめぇええ!」

 激怒するギルドマスターを宥めつつ、なんとか全員を再びギルドの応接セットに誘うと、遠目に冒険者が見ているのを尻目に説明し始めた。


 メリッサが聞き取った内容と──そして、本日の出来事などを、できるだけ私心を交えず事実のみを淡々と────。

 時々、ロード達がギャイギャイとイチャモンをつけていたが、ギルドマスターはムッツリと押し黙って聞いていた。


「────そして、グリフォンの生首を見たことで、場の雰囲気が一変しまして……。レイルさんとボフォートさんが、その謝罪をもとめて……ゴニョゴニョ。い、以上です」

 メリッサの見たまま聞いたままの報告が終わり、彼女もドっと汗をかいていた。
 胸元を少し開けてパタパタと手で仰いでいる。

 まだまだ下っ端の彼女にはギルドマスターに報告するのも、いっぱいいっぱいなのだろう。

 そして、ロード達とレイル。
 広めのソファーに身を預けつつ、キツイ目線でレイルを睨むロード達。ボフォートは完全に伸びてしまい、セリアム・レリアムの魔法で最低限の治療を保護越された後転がされたままだ。
 
「ふ~……む」

 腕を組んだマスターが深く頷くと、
「おい、メリッサ。今のは客観的な観点からの報告なんだな? 意図的に隠している情報なんかはないだろうな?」
「は、はい!! い、いえ、ハゲ!! あ、じゃない! はい!! ありません」

 いや、ハイって言ってからハゲって言いなおすとか、相当テンパってますね、メリッサさん────。

「ハゲじゃねぇっつってんだろ!!! スキンヘッドといえ、スキンヘッドとぉぉおお!!」
「「「「いや、ハゲじゃん」」」」

「ハゲじゃねーーーーー!!!」

 はぁ、はぁ、はぁ。

「テメェら、覚えてろよ。……で、それはそれとして、────今回の件」

 腕を組んだまま、ギルドマスターはぐるりと首を回すとゴキゴキと音を鳴らす。
 そして、パチリと片目だけを開けるとレイルを見る。

「…………レイル。お前マズいことになったぞ」
「……………………あ゛?」

 据わった声を出すレイルに少しも怯まないギルドマスターは淡々という。

「やっちまったと言ったんだ。わかってるのか? お前が誰を相手に喧嘩を吹っかけてるのか」

 チラリとギルドマスターが視線をよこす先をみれば、ロード達の胸にキランと輝くSランクの冒険者認識票。

「──知るかッ」

「知るかで済むか! だいたいなー、おまえ自身の評判は、ギルドどころか、町中でも最低なんだぞ?」
「ッッ! それに何の関係がある!!」

 そうだ……ッ。
 評判と俺の受けた仕打ちに何の関係がある!!

 ──評判と事実は今この場で関係ないだろうが!!

 いっそギルドマスターの胸倉をつかんで追求したくなるも、それをグッと堪えたレイル。
 今は、正規の方法でロード達を糾弾しなければならない。……だから堪えどころなのだ。

「…………つまり、何が言いたいんだ?」
 反射的に握りこむ拳をさりげなく隠しつつ、レイルはゆっくりと怒気を吐きながら問いかける。

「そんなこともわからんのか?……お前がやったのは、ギルド内での暴行。そして、有名パーティに対する誹謗中傷。さらには────」

 あ゛? 暴行だぁ?
 …………あんなくらいで足りるかよ。
 っていうか、誹謗中傷も何も、ただの事実だろうが!!

 思わず、言い返そうとするレイルに言葉を被せるギルドマスター。



「──────仲間の報酬の横取りだ」



 …………。

 ……。



「はぁぁああ???」


第26話「クソのような提案」

「はぃぃ??」

 いま、このクソハゲギルドマスターの奴なんて言いやがりました?

「あ~っと……。今なんて言いました? パードゥン(もっかい言って)??」
 あまりにも衝撃的な言葉に、耳をかっぽじるレイル。
「何度でも言ってやる。お前のやったのは報酬の横領だ。レイル、貴様……そのグリフォンを倒したとか、いっているそうだが──」

 言っているのも何も事実だ。

「──そもそもグリフォン退治は『放浪者』のクエストだったはずだぞ?」
「それがどうした?」

 レイルのまっすぐな視線を、ギルドマスターもまっすぐに見返す。

「それがどうしただと?…………本気で言っているのか?」
「冗談に見えるのか? 冗談は頭頂部だけにしろ、ハゲ」

 ビキス!!

「ハ────……ぐむむ。い、今はお前の態度は置いておこう。それよりもだ」
 ギルドマスターは怒気で真っ赤になった顔を何とか平静に保つと、レイルに向かってズイっと一枚の紙を指し示す。
「…………クエストの受注控えだな。これが?」
「そうだ。受注の控えだ────『放浪者(シュトライフェン)』の、な」

「…………? 何が言いたいんだ」

 レイルがそこまで言ったとき、

「は!! 何が言いたいだって? おめでたい奴だな、この疫病神は」
「本当だぜ。所詮はDランクってか?」
「きゃはははははは。これだから使えないやつって嫌いなのよねー」

 ゲラゲラと笑うロード達。
 レイルは眉をひそめているが、ギルドマスターは手を上げてロード達を制止する。

「つまり、だ。グリフォンを倒したのは────ロードたち『放浪者』の手柄だと言っているんだ」
「はぁ?!」

 コイツは何を言っているんだ?

「なんだ? まだわからんのか? お前は、Dランクとはいえ、一応『放浪者』のメンバーだろうが? 新人だろうと、Dランクだろうと関係ない。ギルドに登録されたパーティメンバーの一員なのは事実だろうが」

「なん、だと……」

 ビキス! とレイルの額に青筋が経つ。

 ……俺が『放浪者』の一員だと?
 ただ、囮のためだけに勧誘したくせに、…………仲間だと?

 一体、どの面下げて言いやがる!!

「そのパーティから、手柄だけを持っていこうとしているんだ。それを横領と言わずになんという?」
「ふっざけるなよ……」

 レイルは俯き、体をブルブルと震わせる。
 恐怖でも、喜びでもなく、もちろん純粋な怒りで、だ。

 パーティだの、仲間だのと言われるたびに、囮にされ──疫病神と呼ばれた瞬間が脳裏に蘇り、怒りで心が塗りつぶされそうになる。

「グリフォンを倒したのは俺だ! 俺が一人で倒した!」

 そう。このスキル『一昨日に行く』の力で!!

「ざっけんな!! 疫病神! 俺たちが手負いにしたグリフォンを横からかっさらっただけだろうが!」
「そうだそうだ! Dランクにグリフォンが倒せるかっつーーーの!」
「そうよ。下手(したて)に出てればいい気になっちゃって──こっちが領主府に訴えてもいいくらいよ!」

 ピーピーとロード達が騒ぎ出す。
 しかし、さすがに騒ぎが大きくなり過ぎたと思ったのか、ギルドマスターがロード達を制して(いさ)める。

「まぁ、皆落ち着け。報酬についてのトラブルは昔からよくある話だ。それに、」

 それに?

「──ギルド内でのもめ事の大半はギルド内で納めるのが暗黙の了解だ。ロード、お前も知ってるだろう?」
「あ、あぁ……」

 即座に頷くロード。
 売り言葉に買い言葉で裁判沙汰を取りざたしたものの、分が悪いのはロード達だ。それを素早く計算したのか、ギルドマスターに素直に従う。

「それにレイルの言い分も聞かにゃならん。しかも、パーティに入ったばかりのDランクの冒険者だ。色々流儀について齟齬があったのかもしれん」

 そうだな? と、目力でロード達に問うギルドマスター。

「お、おう。そ、そうだ。裁判の前にまずはギルドの裁定を受けるべきだ。……どうだい、レイル?」

 そういって、隠しきれていない黒い笑顔を見せるロード。
 もちろん、レイルはギルドとロード達の癒着を疑っているので素直に頷けるはずもない──。

 ないのだが……。

「ロード達は正当な報酬の分け前を要求している。それに対して、レイルは倒したのは俺だから全部いただくと言っている──これでは話がつかないな」

 勝手にもめ事の上澄みだけ掬いあげるギルドマスターの言に、レイルは顔をしかめた。
 まるで、レイルの我儘のような話にロード達が辟易している図になっている。

 その前提がずっぱしと切り取られているのだ。

「おい! なんだその悪意のある言い方は! アンタだって薄々わかってるんだろう! こいつ等の所業をよぉぉ!!」

 いや、むしろ、積極的に支援した可能性すらあるのだ。

「れ、レイルさん落ち着いてください」
 メリッサはオロオロとしながら激昂するレイルを宥める。

 ……これが落ち着いていられるか!

「お前が何を言っているが知らん。興味もない────だが、報酬で揉めているというなら、冒険者らしく決着をつけろ」
「な、なにぃ?!」

 レイルが苦々しい顔をしているというのに、

「ほう。そう来たか────俺は構いませんよ、マスター」

 ロードはニヤリとほくそ笑む。

「ど、どういう意味ですか? 冒険者らしくって…………」

 要領を得ていないのはメリッサのみ。ただなんとなく、嫌な予感がするのか身を震わせていた。

「──決まっているだろう。冒険者のもめ事は…………」


 腕を組んでロード達とレイルの間に立ったギルドマスターがひと際大声で叫ぶ。




「────模擬戦(ガチンコ)で白黒を決める!!」

第27話「模擬戦予告」

「も、模擬戦?……ですか?」

 目をパチクリしたメリッサ。
 イマイチ事情が呑み込めないようだ。

「そうだ。模擬戦だ。いたってシンプルだろう? 言っても話しても通じないなら────拳で殴りあう。魔法オーケー、スキルオーケー。殺さなければ何でもありのバトルロイヤルだ。冒険者らしいだろ? メリッサ、お前もギルド職員ならその流儀に慣れるんだな」

「な、慣れるんだなって……そんな無茶苦茶な」

 顔をひきつらせたメリッサと、ギルドマスターのどや顔が随分と対照的で、レイルも苦笑いをしるしかない。
 それにしても、ロードの模擬戦だと?

「くくく……そりゃあ、いい────この生意気なDランクに思い知らせてやろうじゃないか」
「ふん……こっちのセリフだ」

 早くもバチバチと火花を飛ばし始めたロードとレイルの視線の応酬。

 しかし、ここでさらなる追撃が。

「──あぁ、もちろん、パーティ戦だぞ」
「な!!??」

 何気ないギルドマスターの一言にレイルが硬直する。

「ぱ、パーティ戦……だと?」
「当たり前だ。お前が報酬をすべてよこせというのに、他のパーティメンバーは公平な分配を求めているだけだ。我を通すなら義理も通すんだな──当然の話だろ?」

 な……。
(何が当然の話だ!!)

 ギリリと歯ぎしりするレイル。
 一対一なら、スキルを駆使すればやりようはあるかもしれないが……。

「えっと、つまり────レイルさん一人と、ロードさんたち残りのメンバーでの対決って、ことですか?」
「そうだ」

 メリッサの疑問にこともなげに頷くギルドマスター。

「む、無茶です! そんなの模擬戦じゃありませんよ!」
「だが、それがパーティの総意だ。レイルはレイルの言い分があり、ロード達にはロード達の言い分がある──」

 ギルドマスターの一見して公平ともいえる物言いに、レイルの頭に血が上りかける。
 このハゲ頭をカチ割ってやりたいと──。

(いや。落ち着け……。数が多くても、やることは変わらない)
 そうさ……。
(……俺のスキルならできるはずだ)

「ですが! そんな勝負──レイルさんの何の得にもならないじゃないですか!?」

 そう。メリッサの言う通り、レイルには何の得もない。
 レイルが勝てば、レイルが狩ったグリフォンの報酬を貰える。…………それだけだ。
 一方で負ければ?

 ……レイルの報酬は均等に分けられてしまい、喧嘩両成敗のお裁きを受ける。
 それどころか、模擬戦とはいえ打ちどころが悪ければ死ぬことだってある。むしろ、ロード達なら事故を装って積極的にレイルの命を狙おうとするだろう。ロード達に問って、生き残ったレイルはのどに刺さった小骨と同じなのだから。

 それでも──。

「いいよ、メリッサさん。それで構いません────やろうぜ、ロード」
「へっ! 生意気な野郎だ! いいだろう、そんなに俺たちの力が見たいならタップリ見せてやる──テメェの身体にな!! そのうえで俺たちが負けたら、土下座して、前転して、もう一回土下座してやらぁ!」

 土下座の好きな野郎だ……。

「む、無茶です!! そんな、……だって、ロードさんはDランクなんですよ?! お一人でも厳しいのに!!」

(メリッサさん、庇ってくれてるのはわかるけど、その言葉は俺にも刺さります……)

 少し、ズーンと気分の落ち込んだレイルだが、それをおくびにも出さないようにする。

「無茶かどうかはレイルが判断するさ。そうだろ?」

 それは暗に、嫌なら降参しろと言っているのだ。
 だが、それに素直に頷けるレイルではない。

「──……一応聞くけど、断ったらどうなる?」
「公平に報酬を分けることになるだろうな? それすらも嫌だというなら、ギルド規約に違反したとして、冒険者の資格をはく奪し、領主府の裁判にかけることになるだろうな──資格を失えばお前は冒険者ではない。ただの領民だからな」

 ち…………!

「そ、そんなの無茶苦茶です! れ、レイルさん。話し合いましょう! ほ、報酬だってみんなと均等に──」
「それはできない!」

 頑としてメリッサの妥協案を蹴るレイル。
 それは意地であり、孤独に殺された56人の冒険者たちの仇のためでもある。

 なにより、レイルには──────。

「いいだろう。ならば模擬戦だ!!」

 そして、死ね! と言わんばかりに憤怒の表情でギルドマスターが言い放つ。
 そこまでレイルが意地を張ると思っていなかったのだろう。

「ハッ! 望むところだ!」
「レイル……。てめぇ、ギッタギタにしてやるから覚えてろよ!」

 ロードとラ・タンクが闘士をむき出しにし、控えていたセリアム・レリアムも薄目でレイルを睨む。
 反応が薄いのは一貫して不干渉を貫きたいらしいフラウと、伸びているボフォートだけだった。


「ふん……まとめてかかってこい!」


 そう。
 なによりレイルには勝算があった。


第28話「奴らの所業」

「レイルさん! 無茶ですよ!」

 直ちに行われると思った模擬戦は、結局後日になった。
 ギルドの闘技場は、なんやかんやで使用頻度が高く、急に言って急に使えるものではない。
 しかも、模擬戦の特性上、闘技場の一角でちょっと──というわけにはいかないのだ。

 結局、スケジュールが開いている場所を探すことになったのだが、あいにくとそんな都合の良い日はなく。
 予約待ちのパーティなどに事情を話して日程をズラしたりの調整ののち、5日後と決まった。

 その場のノリに沸いていた冒険者たちの熱も冷め、今はいつも通りのギルドと言った様子だ。

 そして、今この瞬間。
 ギルドに併設されている酒場でレイルがゆっくりと食事をとっているところにメリッサが来襲してきたというわけだ。

 ちなみに、ロード達はボフォートを回収して宿に引き上げていった。
 そのさい散々レイルに睨みを利かせていたが、レイルはどこ吹く風。むしろ、もう一回ぶん殴ってやるとばかりに軽く睨み返すほどだった。

「無茶って、なにが?」

 塩加減のいい加減な鶏肉の香草焼きを頬張りながらメリッサに問い返す。

「む……無茶は無茶です!────だって、」
 大声を出しておきながら、周囲に目を気にして声を落としたメリッサは言う。

「──ろ、ロードさん達5人を相手にするなんて! Sランクの冒険者パーティなんですよ?!」

「だから?」

「だ、だからって────れ、レイルさん?」

 信じられないといった顔でメリッサが額を抑える。

「勝てっこないですよ! なんでそんなに意固地になるんです? じ、事情は聴きましたけど、その……」

 メリッサはレイルが嘘をついているとは微塵も思っていないらしい。
 つまり、ロード達がレイルを囮にするために連れ出したことは事実だと認識しているのだ。
 それでも、レイルに妥協しろというのは、圧倒的にレイルが不利だからに事ならない。

 ギルドマスターは中立に見えて、明らかにロード達の肩を持っているし、
 そして、ロード達のSランクパーティという肩書は伊達ではない。多少の無理を推しとおせる武力と発言力。なにより、名声が段違いだ。
 それだけに、今までだってこうしたピンチはいくらでもあっただろうがそれを潜り抜けてきた圧倒的なまでの地力がある。

 メリッサの目からはレイルなど塵芥にも等しいのだろう。だから、やめてくれと懇願するのだ。──……心からの心配しての言葉。
 それが分かるだけにレイルも無下にはしない。

「──メリッサさんの心配はわかりますよ。俺だって、端からみれば無謀に見えます。だけど──」

 そう。
 だけど、引き下がれない。

 引き下がるわけにはいかない……。

 このまま放置して、ロード達に従い、報酬を分けた後パーティを抜けたとして、……ロード達はレイルを見逃しはしないだろう。
 きっとどんな手を使ってでも、レイルを排除するはずだ。

 そしてまたどこかの町のどこかのギルドで、名も知らぬ孤独な冒険者を食い物にするのだ。

「それだけは許せないんです……」
「レイルさん……」

 荷物の中の56人分の冒険者認識票。
 彼らはレイルと同じだ────。何かが違っていればレイルもあの中にいたのだ。

「わかりました……。レイルさんの勝算を信じます。……ですが、」
「えぇ。たとえ勝っても──」

 コクリとメリッサは頷いた。

 そう。問題はここだ。
 例え模擬戦に勝ったとしても、レイルには何の得にもならない。

 レイルの証言が認められるわけでもないし、ロード達が罪を告白するわけでもない。
 ただの維持と意地のぶつかり合いでしかない。

 だから──。

「メリッサさんにお願いがあります」
「お、お願いですか?」

 レイルからの頼みに、パァと顔を輝かせるメリッサ。
 新人のことから親しいレイルにメリッサなりのシンパシーを感じているのかもしれない。

 ともかく、メリッサ以外に頼るすべのないレイルは彼女にすべての事情を話した。
 事情聴取でも話しきれなかったすべてのことを。

「そ、そんなことが……」

 わなわなと震えるメリッサ。
 ロード達にやり方があまりにも非道だと知ったのだから当然だ。

「だから、俺は絶対に負けられないんです」
「当然ですね!………………ですが、勝算はあるんですか?」

 シュンと眉尻を下げたメリッサに、
「今は話せません。ですが、その時にはわかるはずです」
「わかりました。………………レイルさんを信じます」

 今度は深く頷いてくれるメリッサ。
 ……このギルドでも疫病神として忌み嫌われているレイルだが、メリッサのような理解者がいてくれるのはありがたいことだ。

「ありがとうございます。それと、メリッサさんに頼みたいことは別にあるんです」
「へ? べ、別の頼み事ですか?」

 どこまでメリッサを信頼してもいいかはわからないが、他に頼るべき人のいないレイルには彼女以外に手段がなかった。
 だから、メリッサが信じてくれたように、レイルも彼女を信じることにした。

「……ロード達のやったことは明らかに許されることではないと思います」
「そうですね……。本来なら、ギルド側で対処しなければならないことです。場合によっては司法機関の手を借りることもあるでしょう」

「はい。ですが、ギルドとロード達は癒着している可能性があります」
「………………えぇ、おそらくは──」

 少しの沈黙の後、メリッサは頷いた。
 彼女もギルドマスターの態度に思うところがあったのだろう。

 そして、レイルをロードに紹介させたのもギルドマスターの指示であったことをメリッサは知っていた。
 だから、彼女にはレイルの言うことは全て腑に落ちることだったのだ。

「しかし、ギルド全体がロード達を支持しているとも思えないんです。もし全面的にギルドがロードの味方ならもっと違うやり方での支援があるはずです。しかし、現状は現地の有力者が口利きをする程度──つまり、」

「…………ほんの一部勢力が『放浪者(シュトライフェン)』のパトロンになっていると?」

 黙って頷くレイル。

「なるほど────あり得る話です」
 メリッサは少し考え込むように視線を落とした。

 そして、ふと視線を上げるとまっすぐにレイルを見て、
「たしかにギルドの上層部は一枚岩ではないですし、各地で派閥もあります。私も、研修時代には王都のギルドで学んでいましたが、あそこは凄く人間関係がどろどろしていましたね。ギルドは様々な利権が絡みますから」

 うんざりした表情で息をつくメリッサ。
 彼女なりにギルドには思うところがあるのだろう。

「わかりました。私のほうで、相談できる人に当たってみます」
 力強く頷くメリッサ。
 果たして彼女は信頼に能うのだろうか?

「────ですが、ロードさん達の一件を証明するのは非常に困難な事だと思います。何か、こう……」

 う~んと、唸りつつ、メリッサは言う。

「何か物証があればいいのですが……? 亡くなった方の遺品だとか、目撃者とか──……」

 ジャリン……。

「これを──」
「え? これって……………………………──ッ!」

 メリッサの目の前に広げた袋の中身。
 様々な色の、くすんだ金属片──……。

 そう。
 これは………………。




「ぼ、冒険者認識票────それもこんなに!」




 テーブルの上で小山を作る冒険者認識票(ドッグタグ)の束に絶句するメリッサであった。

第29話「仕込みその1」

「…………さて、行くか──」
 レイルは、青い顔で去っていくメリッサを見送ると、食事を終え席を立った。

 いくつかの証言の補足と、冒険者認識票を預けた以上、あとはメリッサの仕事だ。
 ギルド内部の調査と弾劾は彼女に任せるしかない。

 さすがに下っ端でしかないメリッサがいくら上層部に訴えたところで効果などほとんどないだろうから、気休め程度ではあるけどね。

 それよりも、レイルには直近の問題があった。
 そう。

 5日後に控えている模擬戦だ。

「勝算はある────なんて言ったけど……」

 さすがに5人全員を相手にするのは分が悪すぎる。
 もっとも、ボフォートはそれまでに回復するかわからないし、フラウは積極的にかかわるような雰囲気ではなかった。

 しかし、それでも3対1だ。
 近接に優れるロードと、肉壁タンクのラ・タンク。そこに支援役のセリアム・レリアム。
 ぶっちゃけ、まともにやって勝てるとは思えない。

「……まぁ、まともにやるつもりなんかないけどな」
 そう独り言ちたレイルは、目的を果たすべくギルドの奥に向かう。

 そのギルド内は冒険者で溢れており皆が皆思い思いに過ごしていた。

 依頼板(クエストボード)を確認するもの。
 酒場の隅っこで飲んだくれるもの。
 新人冒険者に絡むもの。

 そして、修練施設で特訓に励むもの────。

「おい、レイル! どこに行こうってんだ?」

 特訓に向かう冒険者について修練施設へ行こうとしたレイルを不躾に呼び止める声。

「アンタに関係ないだろ?」

 ギルドマスターが腕を組みながらレイルを見下ろしていた。
 それを素っ気なくあしらおうとするレイル。

「たかだか、Dランクが偉そうな口を利くな! こんなことでもなければ、俺がお前みたいな下級者に声をかけることもないんだぞ」

(じゃー、声かけてくんなよ)

 鬱陶しそうにギルドマスターの言葉を聞き流し、半ば無視する形で修練施設に向かう。

「おい! 聞いてんのか!」
 ガシリと肩を掴まれるレイル。
 その力が思ったよりも強く、レベルが上がったとはいえ、まだまだ自分は弱いのだなと妙なところで納得してしまった。
「さっきからなんだ?! 模擬戦の場を下見するだけだ」
「けっ! お前みたいな卑怯な疫病神はな、なにか細工でもしようって魂胆を隠していることは見え見えなんだよ」

 そうは言いつつも、レイルの行動を完全に止める気はないようだ。
 一応は、冒険者なら誰でも使っていいことになっている修練施設をいくらギルドマスターとはいえ、無理やり禁止することはできない。

 だから代わりに、
「──まぁそうはさせんがな。ほら見ろ」

 懐からゴツイ鍵を取り出すギルドマスター。
 それはギルドに一つしかない修練施設の鍵だった。

「コイツが中れば中には入れん。昼間はともかく、夜は絶対に中には入れんぞ?」

 なぜなら、

「模擬戦までの間は俺が徹底的に管理する。朝の開錠から夜の施錠まで、な──」
「鍵ッ子か──っつの」

 レイルの軽口など負け惜しみ程度に考えているのだろう。

「くっくっく。何か良からぬことを考えていたんだろうが、そうはさせんということだ」

 さらに、クイっと顎でしゃくると、修練施設の中にいたギルド職員がレイルを胡乱な目つきでみている。

「わかったか? 昼間の出入りは自由だが、お前の動きは逐一監視されている。──妙なことは考えないことだな」
「そーかよ」

 チラリと鍵をみて、その鍵がかなり精巧なものであるとわかったレイル。
 ギルドマスターの言う通り、昼間はともかく、施錠されている間に中に入るのは難しいだろう。

 修練施設自体の鍵もかなり大型の錠前なので、華奢なキーピックでは歯が立ちそうにない。

「わかったら、とっととロードに頭を下げてくるんだな────口利きくらいは手伝ってやる」
「ほざいてろ」

 コイツは一度ロードにレイルを売っている。
 誰にも顧みられない孤独な冒険者──『疫病神』として、グリフォンの餌にすることを良しとしたのだ。

 少なくとも気安く口を利くような間柄では断じてない。

「──まぁいい。ついでだから案内してやろうじゃないか」
「余計なお世話だ」

 コイツ暇なのか?

 妙に厭味ったらしい動作でレイルの前に立つと勝手にズンズンと進んでいくギルドマスター。

 修練施設自体はレイルもほんの数回ほど利用したことがあるので、まったく見知らぬ場所ではないのだが、あまりなじみのない場所であるのも事実だった。

 使用しなかった理由は簡単。

 『疫病神』と忌み嫌われるレイルが修練施設を使っていると、周囲の冒険者がツキが落ちるとして、忌避してしまうのだ。
 以来、レイルのほうから気を使って修練施設を使用するのをやめてしまった。

 ゆえにもっぱらの特訓は空き地や森で個人修行だ。
 そりゃ、万年Dランクのままだわな。

 少し自嘲気味の笑みを浮かべているレイルの気などしることもなく、ギルドマスターは修練施設をグルリと回る。

「おら、コイツが当日使う武器だ。死にゃしねーから、安心いてロードに伸されろ」
「へーへー」

 模擬戦に使う武器──歯の潰した短剣や穂先を緩衝材でくるんだ槍、魔力を抑える杖や、支援職用の様々な小道具が並ぶ武具置き場を見たかと思えば、
 魔法使い用の負荷装置や、ダンジョン踏破訓練のための模擬トラップなんかも見物する。

「で、ここがお前が血祭りにあげられる場所だ」
 ギルドマスターの案内で、丸い石造りの闘技場(サークル)の上を見学する。
 碁盤目状のブロックを組み合わせて、端を丸く整形した巨大なサークルだ。

「これは?」
「あ゛? トラップシステムだよ──ブロックに不規則に仕掛けてある」

 闘技場の碁盤の目のブロックには、いくつかのトラップが仕掛けてあるらしい。
 どれも拮抗した戦いに変則的な流れを作るためらしい。

「へぇ……。色々考えてあるんだな」
「ふん、雑魚のくせにトラップなんざ気にしてんじゃねーぞ。お前なんかロードにかかったらワンパンだ」

 あーはいはい。

「で、場外は?」
「ねーよ。戦闘不能か、ギブアップするまでだ」

 じゃ、サークルの意味ね―じゃん。

 ハゲの説明を聞きつつ、施設の位置関係を頭に入れていく。
 一応使う武器も確認。

 で、最後に、
「──……で、ここが普段鍵をかけておく場所だ。模擬戦でもなければここに鍵は掛けていくんだがな、」

 「ふふん、欲しいだろう?」と厭味ったらしく、鍵をチャラチャラと鳴らし、闘技場の大扉の脇にあるフックを示すギルドマスター。

「お前は信用ならん。だから、こうして俺がも模擬戦まで預かっておく──」
 どうも、なにかにつけてレイルをおちょくりたいだけらしい。まったく面倒な野郎だ……。

「好きにしろよ」

 とは言ったものの……。
 鍵か────。

 どうやら、朝イチで修練施設を開けた後はそこに鍵をかけておいて、夜にはその鍵で施錠する。ロード達との模擬戦でもなければ鍵の管理は割といい加減であったらしかった。まぁ、盗む物もないしね……。

 とはいえ、
(……うん、不用心だね────)

「どうだ? 満足したか?──どうせ負けるんだから、今のうちに土下座する柔らかい地面を探しておいた方がいいぞ? ガッハッハ!」
 あからさまにレイルを軽んじているギルドマスター。

 だが、もはやどうでもいいこと。

「あぁ、見たいもの、聞きたいことはだいたいわかったよ」
「なんだぁ? もーいいのか? だったら、とっとと帰────」

「悪いね」



 ────スキル『一昨日に行く』発動!!



 この瞬間、レイルはスキルを発動し、2日前のギルド闘技場の中へと旅立っていった。
 しかし、ギルドマスターや闘技場の中にいた冒険者たちや職員には知るところではない。


 一昨日の闘技場でレイルが何をしてきたのか。
 そして、何を入手したのか────……。


※そして、一昨日からレイルが帰還する──※


「────とっとと帰りやがれ!」
「はいはい。こっちもアンタの顔は願い下げだよ」

(もう目的は達成したよ、バーカ)

 そっと、懐に忍ばせた粘土の塊を大事そうに抱えたレイルは何食わぬ顔で修練施設を後にしていった。

 それを訝しげに見送るギルドマスター。

「何だあの野郎? 本当に下見に来ただけか……? いや、油断できねぇな。なにせ嘘か本当かグリフォンを倒したっていうくらいだ────きっと、とんでもない策があるに違いない」

 どこまでも慎重で疑り深いギルドマスター。
 そっと、子飼いの職員を呼び寄せると指示を出す。

「なんとかして修練施設の予約をずらせ。それと、大至急、ダンジョン産の魔法トラップと物理トラップを入荷してこい」
「はい。…………本物ですよね?」

「当たり前だ! ついでにロードにも声をかけてくれ、念のため打ち合わせをする」
「了解です」

 ギルドマスターは職員に指示を出し終えると、ギルドを去っていくレイルの背中をしつこくジッと見ていたとか……。


第30話「盗賊の本領」

「さて、(おおむ)ねうまくいったかな?」

 深夜。
 レイルは宿を抜け出し、ギルドが見える高い建物に位置し、監視していた。

 その視線の先では、ギルドの中に何かを搬入している男たちがいる。

「思った通り動いてくれたな……。単純で下種な奴らのことだ、そう来ると思ったよ」

 レイルは全身を黒装束で覆い隠し、『盗賊』系の隠ぺいスキルで完全に気配を絶ってここにいる。
 その監視対象はもちろんギルド。そして、要すればロード達だった。

「それにしても、向こうもこっちを警戒しているだろうけど、まだ侮りが抜けてないみたいだな……安い情報屋なんて使いやがってよ」

 レイルもロード達やギルドを監視しているが、じつはレイル自身もロード達に警戒して監視されていた。
 5日後の決闘とはそういう時間なのだ。

 (てい)よく期間を置いたように見せかけて双方が確実に勝つために策略を練る期間。
 正攻法にみえて、両者ともに化かし合いの戦いはすでに始まていた。

 だから、レイルも常に誰かに見られているのだが────もちろん、そこは対策済み。宿にはいまだにレイルが寝ているように偽装している。
「グリフォンを倒して大幅にレベルアップしているところまでは予想外だろうさ」

 レベルの上昇したレイルのスキル気配探知には、素人同然のゴロツキが宿の付近をうろついているのを感じていた。

 だが、それだけだ。
 奴らはレイルがすでにそこにいないことすら勘付いていない。

 ……金をケチっているのか、レイルを侮っているのか──その両方か。

「まー、俺には都合がいい」

 すでに、現在はロード&ギルドマスター連合とレイル達の化かし合い(・・・・・)は佳境に差し掛かっていた。

 非正規──。
 つまり、化かし合い。

 レイルごとき、Dランクに大げさと思うかもしれないが、ロード達側にもレイルを警戒せずにはいられない事情があった。
 それというのも、レイルがすでに手を打ったからだ。

 そう。昼間のギルドにおけるレイルの一連の行動にはワケがあったのだ。
 わざわざグリフォンの首をご丁寧にロード達の前まで持ってきてやったのには、きちんとした理由があってのこと。

 要するに、レイルにはグリフォンを倒せるだけの力があるかもしれない────そういう疑いをもたせることだ。

 もっとも、Dランクのレイルの実力を知っているロード達は未だにレイルの実力は疑っているだろうが、幸か不幸かロード達にはボフォートやセリアム・レリアムのような頭のキレる連中が揃っている。

 ……彼らならば、「もしかしてレイルは強いかもしれない」程度には考えるはずだ。

 そして、そうなる様に仕向けた。
 だから、ボフォートをぶっとばしてやったのだ。


 あれもこれも、
「──────正々堂々ロード達をぶん殴るためには絶対必要なんだよ……」


 クッキーをかじりながら、夜気を凌ぐように隅で汚した毛布を体に纏う。

 レベルが急上昇したレイルの『盗賊』としての質は向上し、本職や上位互換職でもなければそう簡単にレイルを見つけることができないくらいに彼の能力値は高くなっているのだ。

「さて、なにを運び込んでいるのかな──?」


 ──ポォン♪

 ※ ※ ※

レイル・アドバンスの能力値

体 力: 529
筋 力:1000(UP!)
防御力: 518
魔 力:  86
敏 捷:2500(UP!)
抵抗力:  63

残ステータスポイント「+4」(DOWU!)

※ 称号「グリフォン殺し(グリフォンスレイヤー)」(NEW!)
 ⇒ 空を飛ぶ魔物に対する攻撃力30%上昇
   鳥系の魔物に対する攻撃力20%上昇

 ※ ※ ※

 スキル『七つ道具』
 Lv:7
 備考:MP等を消費し、
    開錠、罠抜け、登攀、トラップ設置など、
    様々なスキルを使用できる。
 詳細:開錠Lv5、
    罠抜けLv5、
    登攀Lv4、
    投擲Lv4、
    トラップ設置Lv6(UP!)、
    解読Lv1(NEW!)、
    複製Lv3(UP!)、
    気配探知Lv3(NEW!)(UP!)、
    隠ぺいLv6(NEW!)(UP!)、
    鷹の目Lv1(NEW!) 

 スキル『一昨日に行く』
 Lv:2
 備考:MPを消費し、「5~10分」程度、一昨日に行くことができる。
    一昨日から戻るためには、スキルのキャンセル、
    または「5分」経過後、もとの時間軸に戻ることができる。

 ※ ※

 グリフォンを倒して得た経験値。そして、大量のステータスポイントを割り振り、スキルとステータスを再強化したレイル。
 ステータスは多少、筋力と敏捷に割り振り強化し、少しでも『放浪者』の連中のステータスに近づける。
 すくなくとも、敏捷では互角以上。筋力も最低限のダメージを与える分は必要だった。

 さらには、スキルの強化。Lv4までは上昇ポイントが少ないので多めに割り振り、そして新規スキルを最大限活用。
 今も監視に際して『鷹の目』と『隠ぺい』のスキルを使っている。

 遠視を可能にする鷹の目でグッとギルドのほうを注視すると、ギルドマスターの子飼いの職員が大きな荷物を運んでいた。
 しかし、すぐに使うつもりはないのか闘技場にほど近い倉庫に運び込んでいる。

「──……へぇ、あれが連中の仕込みか」

 トラップや武器、魔法兵器の類だろう。
 模擬戦のさなかにそれを使用して、確実にレイルを仕留める気なのだ。

 もちろん、まともにぶつかって勝てるならそれもよし、無理ならさっさと決着をつける────そんなとこだろう。

「トラップを入れ替えるつもりだな? どんな細工をするつもりやら……」

 昼間に確認した闘技場のトラップシステム。
 ……どうも、ロード達を有利にするため、それ(・・)に手を加えるつもりらしい。

「──だけど、俺を甘く見るなよ……」

 闇の中。
 レイルはこっそりと笑う。


(そっちがその気なら好都合だ──……)


 レイルは自分の思った通りに流れが進んでいくのを見て、気持ちよく笑う。
 さぁ、あとはレイルが手を打つ番。

「『疫病神』相手に、化かし合いが通じると思っているのか」

 それぞれの準備期間は5日間。
 だけど、レイルにだけは時間は平等ではない。

 なぜなら、スキルがある。
 スキル『一昨日に行く』

 これで、+2日間の準備期間。

 一昨日まで遡れば計7日間の準備期間がある。

「どうやって俺がグリフォンを倒したのか教えてやるよ──!!」

 そういうが早いかレイルは姿を消す。
 グリフォンを倒し、急激にLvの上昇したレイルは並以上の『盗賊』となって行動を開始した──。

第31話「仕込みその2」

 次の日の午前中。


 『よろず屋カイマン』にて──。


 ここは、辺境の町一番の品ぞろえを誇る上位冒険者御用達の商店だ。
 品ぞろえは全て中級以上の消耗品とマジックアイテムをそろえており、辺境の町では数少ないA級以上の冒険者をも唸らせる品ぞろえを誇る。

 そして、その商店の前に馬車を乗り付け、何やら買い物中らしき『放浪者(シュトライフェン)』の面々。

 いかにも散財が好きそうなセリアム・レリアムに荷物持ち担当のフラウ。
 二人は大荷物を抱えて商店から出てくると、不満の声とともに馬車に乗り込んだ。

「何よ! 何が町一番の商店よ。化粧品の一つも安物ばっかじゃないの!」

 大荷物を抱えてというのは語弊があった。
 荷物を抱えているのはフラウのみ。しかも、小さな体に巨大な買い物袋が4つも5つも────……一個くらいセリアム・レリアムも手伝えばいいものを彼女は全くフラウを顧みずにさっさと馬車に乗りこんでしまった。
 
 フラウはといえば表情を消して、ため息一つ。

「十分な品揃えだけど?──消耗や紛失した分は補填できましたし」
「ふん! アンタみたいな女を捨てているドワーフと一緒にしないでよね」

 それだけ言うとあとは知らんとばかりに馬車の中でふんぞり返るセリアム・レリアム。

「はぁ……。あと、店の前で店の悪口を言わないでください──店長、睨んでますよ?」
「知~らない。だいたい、平民ごときが私を睨むなんて1000年早いわよ。直接店に来ただけでも感謝してほしいわね」

 どこまでも高慢ちきなセリアム・レリアム。
 しかし、フラウはと言えばこれ以上話すのは無駄だといわんばかりに荷物を馬車に詰め込むと、御者をしてさっさと次に目的地に向かう。

 『放浪者』の面々は数日後の模擬戦に向けて────いや、その後の新しい依頼(クエスト)も見据えて余念がないらしい。
 
 だが、そのあとをレイルが見ていた。
 いまや上級と言っても差し支えないくらいに能力の向上した『盗賊』のレイルは、消していた気配を元に戻し、普通の市民を装って店の前に立つ。

「──やっぱり、消耗品の補充に来たか。ったく、ずいぶん待たせやがって……。あーキツかった」

 時間を見つけて『放浪者』を監視していたレイル。
 いつか来るであろう瞬間を予期して待ち構えていたのだ。

 ゴキゴキと首を鳴らす。
 ジッと潜伏し、追跡しているのも疲れるものだ。

 だが、まさか半日近く待たされるとは……。

 しかしその甲斐はあった。

(狙い通りだな……)

 『放浪者』は、例の開拓村を逃亡する際に多数の物資を放棄している。
 貴金属の類は持って行ったが、かさばる食料や消耗品はほとんど失逸していたのだ。

 だから、
「──そろそろ、補充すると思っていたぜ」

 ギルド内で補充されれば困ったとこになるが、腐ってもSランクだ。なるべく良品を手に入れようとすると読んでいたが、どうやら正解だったらしい。

「だけど、それが命取りだぜ、ロード」

 カランカラン♪

「らっしゃ、い…………なんでぇ、ウチは冷やかしお断りだぜ」

 どうやら、レイルの身すぼらしい恰好から見て、冷やかしと勘違いされたようだ。
「ひどいな。こう見えても、客だ──」

 そういって銀貨をチャラリとカウンターに並べる。

「ふん……。ウチはそこらの安モンとは違うんでね──で、何をお探しで?」
「………………さっきの連中が買ったものと全く同じものを、同じ分量で──金は弾むよ」


「………………………は?」


 今度はさらに膨らんだ財布を取り出す。
 開拓村で貰った報酬の詰まったそれだ。

 だが、これでも足りないことは明白。
 いわゆる見せ金というやつだ。

「変わった注文をする兄さんだな────ま、ウチは銭さえ払ってくれるなら誰でも上客だ。だが、同じものを買うとなると高くつくぜ?」

 そう言って提示してきた値段を見てレイルは唸る。
 ……手持ちの資金ではとても足りないからだ。

「──で? どうする? やめとくか?」

 金貨換算でひーふーみー……。
 う…………。

「──いや。買うよ。…………支払いはこれでどうだい?」

 ドンッ! レイルは手持ちの品物の中で一番高価そうなものをカウンターに置いた。
 それを見た店主が目をむく。

「アンタ、こりゃ────!」

 「業物じゃねーか……!」そう言って、店主の開いた口はふさがらなくなる。
 そりゃあそうだろう。

 なんたって、高価な武器(・・・・・)を質に入れてまで消耗品を買うような奴など冒険者とは思えないからだ。
 どれほど窮しても、冒険者なら商売道具は手放したがらない。

 だが、レイルにはこれ(・・)を手放してもさほど困った事情はない。

「いいんだ。こりゃ、どっかの重騎士殿から(・・・・・・)のドロップ品でね。俺の手には余るものさ」
「──はーん。まぁいいさ、事情なんざ知ったことじゃねぇ。それに高価なもんだからな、お釣りが来ちゃうぜ」

 ニヤリと笑った店主は、レイルが言わずとも『放浪者』が買ったものと同じものを袋詰めしてくれた。
 さらには荷車まで──。

「……いい取引だったな──これはオツリだ」

 そう言って、下取りにしてはだいぶ少ない額ではあったが、金貨を数枚握らせてくれた。
「ああ、こっちこそ────それと……」
 金貨ごと、店主に手を握り睨みを利かせる。

 暗に、口外無用を含めたものだ。

「いてて……! わ、わかってるよ──ったく、妙な客だよ」

 あぁ、そうだろうさ。
 こんな妙な注文をする客はそうそういない……。


第32話「準備完了」

「毎度~♪」

 ホクホク顔の店主に見送られてレイルは店をあとにする。
 その手元には買ったばかりの大量の商品が、借りた荷車に乗っていた。

「ったく、フラウの奴どんな筋力してやがんだ?」

 試しに一つ買い物袋を持ってみたが、腕が抜け落ちそうな重量だった。

 中身はポーションやら、マジックアイテムやら、消耗品がぎっしりだ。
 それと、高級酒類に携帯食料。しかも、どれも普通よりグレードの高いものばかり。

「おーおー……さすがSランク。イイもの食ってんねー」

 試しに一つ、堅パンを頬張ってみるが、なかなかどうしてうまい。
 それをワインで流し込む。

「っぷぅ……うめぇ」

 監視で疲れた体を癒しつつ、レイルは少し移動して目立たない場所に荷車を止めると検品を始めた。
 目的は『放浪者』の買った消耗品の内容を知ることだ。

 だが、そのためだけにこんな買い物をする必要があったのだろうか?

「──……ま、教えてくれって言ってもそう簡単には教えてくれないだろうからな」

 多少金を積めば教えてくれえる可能性もあるが、嘘をつかれる可能性も高い。
 それ以前に商店の────しかも、金持ちを相手に商売をしているようなところは存外口が堅い。

 だから、こうして同じものを買ってきたというわけだ。
 これなら、店側もレイルが『放浪者』の買い物を見ていて、同じものを欲したと思ってもおかしくはない。

 少々お金はかかるが、これが連中の買い物内容を知るための、最も確実なやり方だろう。
 のぞき見をするには『放浪者』は手強すぎてバレるリスクの方が高いのだから仕方がない。

(連中に気付かれては元もこうもないからな……)

 まぁ、今しばらくは──。間抜けな『疫病神』と連中に思われている方がいい。

「さて、…………あった。これとこれだな」

 地面に並べていくのはポーションや強化薬(ブースター)の類。

 ポーションは言わずもがなだが、強化薬も消耗品で、中々お高い。
 使えばなくなるものゆえ、普通の冒険者にはなかなか手が出るものではないが、Sランクともなれば常用していてもおかしくはない。

 ちなみに強化薬とは、一定期間、使用者の能力を上昇させるブーストアイテムだ。
 もっとも、効果時間が限られているので、使いどころが難しいアイテムでもある。

 お店が推奨するのは、戦闘開始直前に飲むことだが──ダンジョンなどの不期遭遇戦ではそんな時間がないこともざらにある……おっと閑話休題。

「ったく、どんだけ買ってやがるんだ?」

 大量の消耗品の中で、レイルが選別したのは高級(ハイ)ポーションと、高級強化薬(ハイブースター)
 それもこれもお高いものばかり。

 それだけに製造には厳格さが求められる。

「ふふ。だから、あるのさ────……」

 そ~っと、ポーションを見分すると、レイルはすぐにそれを見つけた。

 そう。探していたものは、
「……あった。ロット番号────」

 ロット番号。
 大量製品を管理する際につける番号のことで、数字と文字の組み合わせだ。

 普段なら、目にはしても意識もしないその数字の羅列は、わかるものにはわかる一種の記号だ。
 そして、大量の商品の製造を管理するための番号でもある。

 これは、高級品ではあるがまさに大量生産品。大都市の大店で生産された、安全安心の品質保証──。

「──工業化、万歳だな」

 チラっと、目を通したポーションの瓶の底。

 HP(ハイポーション)-10012~30
 そして、
 HB(ハイブースター)-5623~41

「……これを探していたんだよ!」

 ニヤリと笑うレイル。
 そして、整然と商品が並べられた店を思い出し、頭の中で逆算していく。

「つまり──」

 ……『放浪者(シュトライフェン)』が購入したそれらの番号は、

「HP-9993~10011とHB5604~5622…………。ここまでわかれば、」

 レイルは残った商品の検分を終え、持ちきれないものは近くの商店に捨て値で売り払う。
 あとは夜を待てばいい……。

「さて、これが終われば仕込みはあと一つ……」


 その夜。
 レイルは『よろず屋カイマン』に侵入し、スキル『一昨日に行く』を使用した。

 その手にはあの時に使った「ドラゴンキラー」が握られていたがいったい何に使うつもりなのか──……。



「スキル! 『一昨日へ行く』発動!!」



 カッ──────……。



 確固たる目的を秘めてレイルは一昨日へ行く。
 ……そして、レイルと『放浪者(シュトライフェン)』の模擬戦の日がやってきた。
第33話「決戦の時」

 わーわーわー!!

 ひゅーひゅー♪♪


 場所はギルドの修練施設──。
 暇を持て余した冒険者が観客だ。

 すでに会場は大盛り上がり。
 先日の騒動はギルド中に広まり、近隣の町からも好事家がやってくるほどに盛況だった。

「さぁさ、張った張ったー! 『疫病神』VS『放浪者』!! 世紀の対戦だよー! 賭けなきゃ損、損!!」

 威勢よく客を呼び込む怪しい賭場が起きている。
 そして、群がりつつも胴元を冷やかす冒険者たち。

「「おいおい! オッズはどうなってんだよ? レイルに賭ける奴なんか要るのか?」」
「「ぎゃははははは! いるわけねーって! ぎゃーーーはっはっは!」」

 当然、『放浪者』にレイルが勝てるなど誰も思っていない。

 ほんの数人、大穴狙いがいるのみで、オッズはなんと1000:1。
 圧倒的に『放浪者』人気だ。

 勝っても微々たる金にしかならないが、それでもわずかばかりのお小遣いになると思い大金を放浪者につぎ込む連中もいる。
 一方で、まぁ、お祭りみたいなもんだし? とレイルに小遣い程度の金銭を払うものもいる。
 この手の連中は別に負けてもいいのだろう。ただの楽しみの一環として日銭をつぎ込んでいるだけ。

 そして、
「こら、そこの怪しい予想屋! いい加減なオッズを流すな! あと勝手に『放浪者』のブロマイド売ってんじゃねー!!ーーーーーーーーー!! おい、待てこら!」

 ギルドの職員が予想屋を気取り冒険者を追い散らしても、慣れた様子で場所を替え人を替え、結局ドンドン掛け金が広がっていく。

「ど、どーなってんのよこれ」

 メリッサは通常業務をしていたはずなのだが、いつの間にか交通整理のようなことをやらされる羽目になっていた。
 いつもなら、数個グループの冒険者が汗を流しているだけの修練施設が、押し合いへし合いの大騒ぎだ。

「がっはっは! どうだ、俺の考えは大当たりだろう?」

 そう言って胸を張るギルドマスター。
 ハゲ頭に鉢巻、そこに掛札を改良に挟んで胴元気取りだ。

「あ、ハゲマスター」
「誰がハゲだ!!」

 オメェだよ。

「つーか! ハゲマスターってなんじゃーーー!! ギルドマスターだとして、マスター以外一文字もあってないっつの!!」

 顔を真っ赤にして茹でダコのようになったギルドマスターをさらりと無視して、群衆を流し見るメリッサ。
 そのまま、ジト目でギルドマスターを見ると、

「マスター……もしかして、この公認賭博のために5日も時間かけたんですか?──どーりでよその町の冒険者も多いと思えば……」
「くっくっく。目の前に金蔓があるんだ、使わない手はないだろうが?」

 どうやら、ギルドマスターは賭けの胴元で一山当てるべくしっかりと宣伝していたようだ。
 駆けの成立はともかくとして、Sランクパーティの模擬戦なんてものはそうそう見れるものではない。ゆえに、その知名度を利用した立派なエンターテイメントだ。

 ──このマスター。ハゲにみえて、なかなか抜け目がない。……抜け毛はとっくにない(・・・・・・・・・・)だろうが。

「──うるせぇ!」
「何もいってませんが?」

 ……しかも、これ。一見して賭けが成立していない様に見えて、しっかりと胴元が儲けられるシステムがあるらしい。
 オッズが低すぎて客が集まらないのを見越して、自己資金まで投入してオッズを操作しているのだとか。

「もうちょっと、マシなことに禿げた頭使ってくださいよ」
「禿げって……おまッ!────へ。俺も元は冒険者よ。こーゆー騒ぎを利用しない手はねぇ!」
「あーそーですか」

 呆れた様子のメリッサは完全にギルドマスターに対する敬意を失っていた。

「……これ、通常業務外なんですから、ちゃんと手当くださいよ」
「わーってるよ。勝敗が決まれば全員にボーナスとビールを奢ってやるぁ」
「その言葉忘れませんからねー」

 「へーへー」と適当に返事をしながら冒険者の中に自ら飛び込んでいくギルドマスター。
 あれじゃ、マスターというか、ただの賭場のオヤジだ。

 またオッズに変動があったのか、「「「わっ!!」」」と沸き返る冒険者ども。
 まだ、レイルの姿がないのに、大騒ぎだ。

「ほんと、大騒ぎね──」

「……田舎ですからね」
「ひゃ! れ、レイルさん?!」

 うんざりしているメリッサの肩を叩いたのは噂のレイルであった。
 そして、その姿を目ざとく見つけた冒険者が大騒ぎする。

「「「うぉぉおお! レイルがいたぞ! 本当に来た!!」」」
「「「ちくしょー! 死んでしまえ! お前の負けに金貨10枚も賭けてんだぜェ!」」」

「「「しーね!」」」
「「「しーね!!」」」
「「「しーね!!!」」」

 わずかばかりの取り分のために、レイルに死ね死ねコールだ。
 そのうえ、なんたって『疫病神』のレイル。

 美人やイケメンの揃ったSランク冒険者パーティ『放浪者(シュトライフェン)』と比較するのもおこがましい存在なのだから仕方がない。

「「ぎゃははは! 俺たちは大穴狙いよ! レイルぅ! 頑張って勝てよー銀貨一枚が金貨10枚になるかもしれないからよー。ぎゃははははははは!」」

「「逃げずに来たレイルきゅん、かぁぁああこいー! ひゅーひゅー♪」」
 そして、囃す囃す!!

 誰もかれもがレイルがズダボロになって負けることを望んでいるのだ。

「ひ、ひどい……。同じ町の冒険者なのに──」
「はは。いつもこんな感じでしたよ」

 騒ぎのなか、レイルの声はやけにはっきりと聞こえた。
 何年もの苦渋が染みわたった声は随分と重く深い……。

「レイルさん──……」
「気にしないでください。慣れてますよ」

 本当は嘘だ。
 どんな状況、どんな言葉でも、悪意は心に刺さる。

「あ、その……。わ、私はレイルさんを信じています! レイルさんならきっと──」
「ありがとう、メリッサさん。そう言ってくれるのはいつもアナタだけでしたね。…………期待に恥じない程度に頑張ってきますよ」

 それだけを言うと、後ろ手に別れを振りつつ去っていくレイル。
「レイルさん……」
 そして、沈痛な面持ちのメリッサの見送りを受けて、レイルは闘技場(サークル)の中心へと向かう。



「さぁ、ケリをつけようか────ロード」


第34話「決戦ッ!」

 さぁ、ケリをつけようか────ロード。



 闘技場の中心、完全武装の『放浪者』がいる前まで進み出たレイル。
 それを「ほう?」と言った顔で迎えたのがロードだった。

「よく逃げずに来たな? 俺はてっきり尻尾を巻いて逃げると思っていたよ」
 偉そうに腕を組んでレイルを迎えるロード。

 そして、

「ぎゃはははははは! プライドだけは一丁前にSランクとみえるぜ。……ま、へし折ってやるけどな」
 そういって凶暴に顔を歪ませるラ・タンク。相変わらず血の気が多そうだ。

 そこに、
「プライドなら私も負けてはいませんよ────レイルさん、先日はどぉもぉぉおお!!」

 ギラギラと燃えるような目をレイルに向けるのは賢者ボフォート。
 傷は癒え、しっかりとした足取りで立っているが────……。

「へぇ? 最近の回復魔法は髪も生えてくるのか?」
「あ、当たり前です! 私の完ぺきな魔法なら──」

 ピュー……。

 観客の湧き起こす熱気が滞留となり小さな風が起きて、ボフォートの被り物を飛ばした。
「あ! ちょっと────!!」

 その下には、

「あー、ハゲたままか? わりぃわりぃ」

「「誰がハゲじゃぁあ!!」」

 レイルの不躾な一言にハモルのはボフォートとギルドマスター。

 ──マスター。お前には言ってねぇよ。
 まぁ、よかったじゃん、ハゲ仲間ができて。

「────殺す」

 ついには目に闇をともしたボフォートがユラリと呟き、猛烈な殺気を飛ばし始めた。

「はいはい。そのへんにねー。レイルへの殺気は試合まで取っておきなさいよ────でも、よく来たわね? マジで死んじゃうわよ~、疫・病・神・さ・ん」

「黙れ、腐れビッチ」

 ビキス!!

「なぁぁんんですってぇぇぇえええええ!!」

 ビキビキビキと美しい顔を歪めるセリアム・レリアム。
 怒髪天をつく表情に、顔に塗りたくった化粧がポロポロと落ちる。

 どうやら安物の化粧品は合わなかったらしい。
 ふーふー! と荒い息をつくセリアム・レリアムを後方に下がらせるとロードが進み出た。

「……はぁ、君はつくづく俺たちを怒らせるのが得意らしいね──さすがに俺も腹が立ってきたよ」
「そりゃどーも光栄だね────で、そこのチビはやらないのか?」

 レイルは一歩離れた位置に立っているフラウを顎でしゃくる。

「ん? あぁ、。フラウ嬢は、棄権だってさ────かわりに報酬の権利は放棄すると言ってるが……。構わないだろう?」
 コクリと頷いたフラウが円形闘技場から降りていく。

「好きにしなよ。人数が少ない方が楽でいいしな」

 肩をすくめるレイルの言葉を聞いて、今度はロードがピクリと表情筋をこわばらせた。

「お、おいおい……。なんだいその言い方は。まるで、フラウが抜けて勝率上がった様な言い方だね? 本気で勝てるとでも?」
「事実だからな」

 ピク……。

「……こぉの、ゴミくそDランクの疫病神がぁぁあ! お前に勝率なんて万に一つもあるわけねぇだろうが!!」
「は。能書き垂れてろ────デカいだけの鳥(グリフォン)から逃げた腰抜け勇者が」

 ………………プッチン!

「ぶっ殺す!!!」

 ジャキンジャキン!!

 ロードの殺気が迸ると同時に、前衛二名が一斉に剣を抜き、槍を構える!
 模擬戦用の剣のはずだがやけに剣呑にギラギラと光る。

「おい、ロードまだ合図してねぇぞ!」

 レイルとロード達の間に立ち、ジャッジを務めるらしいギルドマスターが怒鳴る。
 ──胴元に審判。まぁ色々こなすハゲだ。

「うるっせぇぇえ! とっとと、始めやがれぇぇええ!」
「ち…………! 熱くなりやがって。負けられちゃ困るからな。……おい、ロード──危なくなったら使えよ」

 そういって、なにかスイッチのような物をロードに渡すギルドマスター。

「おい、今のはなんだ?」
「さぁな?」

 肩をすくめるだけで、ロードに渡したスイッチの正体を教えるつもりはなさそうなギルドマスター。

 つまり……、
(…………あれが切り札か)

 目ざとくそれを見ていたレイルは平静を装う。
 まぁだいたいの予想はついている────。むしろ、レイルもそれを見越して仕込み済みだ。

 何か仕掛けてくるのは予想していたから、これでいい。

 ──さぁ、戦闘開始だ。

「双方、準備はいいか?」
「あぁ」

 特に気負うでもなく、レイルは軽く頷く。
 一方ロード達は怒り心頭で、殺気も気合も十分!

「一気にケリをつけたやるぁぁ!!────戦闘用意ッ」
「おう!」「はい!」「あ~ぃ」

 三者三様。ロード以外の3人も準備万端らしい。
 そして、いうが早いか──取り出した高級強化薬を「グビリッ!」と呷るロード達!

「へへ。SランクがどうしてSランクなのか教えてやるぜ」
「……金を使って、ステータスの底上げがSランクねぇ」

 目を細めるレイルを余裕の表情で見返すロード。

「財力も実力のうちよ!────始めるぜ!」

(ふん……。思った通り、強化薬を使ってきたか)

 短時間とは言え能力を強化させるその薬をこのタイミングで飲むということは、完全にロードたちはギルドマスターとグルなのだろう。
 強化薬の効果時間を最大限に確保するため、試合開始の合図を相談していた証拠だ。

 実際、ロード達が強化薬を飲み切ったと同時にギルドマスターが頷く。

 試合準備よし────ってか?

 だが、その不正ギリギリの行為を咎めるものは、この会場にはほとんどいない。
 敵も審判も、観客も──────すべてレイルに微塵も好意を抱いていないのだ!


「上等だ……」
「へへ……!」

 パリィン。
 薄くレイルが笑い、飲み切った強化薬の空き瓶をロード達が投げ捨てたところを会場の全員が見ていたその瞬間────戦闘開始が告げられたッッ!




「────模擬戦、開始ぃぃいッッッッッ!」


第35話「正々堂々(前編)」

 模擬戦開始!!


「「「「「はじまった!!」」」」」

 どわッ!!

 と、沸き返る会場。
 ギルドマスターの合図を境に始まる模擬戦に、熱狂する冒険者たち!

「「いっけーーーー! 『放浪者(シュトライフェン)』」」
「「疫病神をぶっ殺せぇぇぇええ!」」

 模擬戦で殺しも何もないものだが、Sランクの攻撃を受ければDランクのレイルなど「ブチュっ」と本当に潰されてしまうだろう。

「おらぁぁああ! この一撃で決めてやる!」
「俺にも残しとけよ、ロードぉ!」

 前衛二人の攻撃!

 肉壁(タンク)に努めるラ・タンクのタワーシールドを足場にしてロードが猛禽類のように突っ込む!
「ふんッッ!!」
 一本の剣のようなロード!
 その鋭い一撃が剣に乗り、鋭い剣先でレイルを貫かんとする!!

(ち……! 絶対殺そうとしている一撃だよな──)

 何が模擬戦だよ。
 レイルは冷静に動きを呼んで余裕をもって回避に移る。

「これでも盗賊なんだね! 敏捷にはちょっと自信があるんだ」
「な、なに!?」

 激昂したロード達は扱いやすくていい。
 しかも、敏捷値を上昇させていたため、レイルにも互角以上にロード達の戦闘速度についていくことができた。

「コイツ──?!」

 必殺の一撃を躱されたロードが驚き、レイルの姿を目で追う。
 しかし、そこに見たのはレイルの余裕の笑い顔のみ。

「どうした? 動きが鈍いぞ?」
「く……!」

 そこに、
「どけ、ロード!! おらぁ──レイルてめぇ、よそ見してんじゃねーーーー!!」

 ラ・タンクが騎馬突撃を思わせる強力な刺突を繰り出してきた。
「くらえ、重騎士重槍撃(ヘビィランスチャージ)ッッ!」

 ラ・タンク、必殺の一撃。
 あまりの威力に空気が渦巻いている様子すら見えた。


 ドゴォォォオオオオオオン!!

 必中距離で炸裂するラ・タンクの大技!
 これで決着…………。


 あれ────?



「な、なんだ……」

 激しい破壊音とともに、風を切った一撃は確かに強力。
 しかし、勢いが急激に衰えレイルに易々と躱されてしまう。

「おやおや? どうしたどうした~?」

「ぐ────なんだこれ?」
 さらに一撃を繰り出そうとしたラ・タンクだが、どうも様子がおかしい。
「おぇ……」

 ガクリ──と膝をついたラ・タンク。

「ラ・タンク?! 何をして────う……!」

 そして、ロードの様子にも異変が。
 突如、大量の脂汗を流し始めたロード。

「ど、どうして急に────ぐぐぐ……、む、胸が」

 二人して、胸部を抑えてしゃがみ込む。

「……あれれ~、ひょっとしてお前ら────」

 トン……と、レイルがラ・タンクの槍に乗って、体重をかけつつ『放浪者』をチョイチョイと軽く挑発する。

「くくく。なん~か悪いもん(・・・)でも食ったんじゃないのか?」

 レイルが言い切らないうちに、前衛二人が身動きできなくなる。

「くそ……うげぇ」
「な、何がおこった──? ゲホっ」

 ついに武器を取り落とす二人。


 ざわざわ!!

 ざわざわ!!

「ど、どうしたんです? ロードさん? ラ・タンクさん?!」
「ボフォート! 何か様子がおかしいわ────って、あれ? なんか、苦し……」

 そして、後衛の二人も────カラーン……! と、得物を取り落とした。
「く……? これは?」
 人一倍復讐に燃えていたボフォートですら、魔法の詠唱もできないほど顔面を蒼白にし、冷や汗をびっしりと掻いていた。
 そして、一人余裕そうに立っているレイルを見てハッと気付いた。

「れ、レイルさん! あ、貴方一体────……」
「はは。効果てきめんだな」

 スタスタと槍の上を歩いて、かろうじて上体を起こしているラ・タンクの顔面に、

「おらぁぁあああ!」

 バッキィィィイイ!! と強力な蹴りをブチかます。

「ぐは!!」

 それを受け身も取れずにまともに食らったラ・タンクが鼻血を吹いて今度こそ背後にぶっ倒れる。

「ち、さすがに固いな──」

「ゲフゲフ……! な、なにをしたんですか! 貴方はあぁっぁああ!!──うぷッ」
「おげぇぇぇえ……! うげぇぇええ」

 床に臥してバタバタと暴れるラ・タンク。
 ボフォートは口をおさえ、ロードはレイルに背を向けてゲーゲーと吐き続ける。

 それを見ていた最後の『放浪者』──セリアム・レリアム。
 彼女も胸を抑えつつ、

「ま、まさか?! これは──────毒?! ぐ…………」

 彼女も顔を真っ青にすると、口元を抑えてドサリと腰を落としてしまった。
「おええええええ……!」
 美しい顔を歪めてビチャビチャと吐しゃ物をまき散らす。

「ぺッ。……なんてこと!! い、いつのまに────?! げ、げどく、解毒魔法を……」
「はは。無駄だよ」

 ニヤリと笑ったレイルが「ジャーン!」とばかりに、懐から小瓶を取り出し、おどけて掲げる。

「こいつはドラゴンすら殺せる薬────……もちろんかなり薄めておいたけどね。ゴブリンで実験してみたら、死にはしないけど、げーげー吐いて、しばらく動けなってたぜ」

「ば、バカな?! い、いつの間に仕込んだって言うの?!」

 「おえええ……!」と、人目も憚らず吐き戻しながらも、なんとか解毒魔法を詠唱しようと試みるセリアム・レリアム。
 だが、ブルブルと震える体はまともに詠唱するできない。

「無駄無駄。試してみて気付いたんだけど、コイツには魔力を低下させる成分もあるんだぜ?」
「は、ハッタリよ! 毒を仕込むなんて不可能、な──はず……おええっ」

「あっそ?」

 あの商人から買ったドラゴンキラーの毒の中には、魔力を破壊する成分も含まれており、魔法の発動を阻害する。
 吐しゃ物と脂汗とともに魔力すら流れ出しているのだ。

「く……! 馬鹿な──おぇぇええッッ!!」

 ついには、4人全員が動けなくなる始末。
 その様子に一番驚いているのは、レイルでもロードでもない。

「「「お、おい……どーなってんだあれ?」」」
「「「な、なんだぁ? 自滅? 同士討ち? なんで『放浪者』が倒れてるんだよ?!」」」

 ザワつく観客席。

「「「や、やばい!!」」」
「「「やばいぞ!!」」」

 お、お、お、

「「「俺たちの掛け金がやばいぞぉぉおおおお!!」」」

 騒然とする闘技場に、ギルドマスターも顔面蒼白だ。
 ここでロード達が負けるようなことがあれば、ギルドマスターは胴元として大損をしてしまう。

 もし、レイルに金貨でも賭けるようなもの好きがいればそれだけで破産しかねない。

「ま、待て! レイル貴様何をした?! ど、毒をばら撒くなんて卑怯だぞ!」
 4対1を強いておきながら、どの口でほざくのかわからないギルドマスターに、
「卑怯~~~?? はっ、別に撒いちゃいないさ。なぁ、マスターよぉ。文句あるなら持ち物を調べてもみろよ。散布毒なんて持ってないぜ?」

 そういって、服のポケットなどを裏返して見せる。
 手に持つドラゴンキラーはともかく、ろくな武器もない。

 正真正銘、レイルの身の回りにはどこにも何もなく、パラパラと古着からの埃が落ちるのみ。

「て、てめぇポーションももたずに、俺たちに挑んだのか? な、舐めやがって────……」
「おぉ? やるな、ロード。さすがSランク様だ」

 レイルの挑発にのることなく、不屈の精神でロードが立ち上がる。
 なるほど──さすがは、勇者と目されるだけはあるも猛者だ。

 そして、タフネスが売りのラ・タンクもグググと体を起こす。

「な、舐めんなよ──チンケな毒なんか俺に効くものかよ!」
「いや、効いてる効いてる」
 ガクガクと生まれたての小鹿のよう。
「そうだ! ぽ、ぽぽぽ、ポーション! 皆さん、ぽぽぽ、ポーションを飲むんです。解毒はできませんが、体力は回復します──ま、魔力だって……」

 震える体で、腰のポーション入れから高級ポーションを取り出したボフォート。
「そ、そうか! おい、皆!!」
 コクリと頷くボフォート。
 そのままブルブル震えつつ、セリアム・レリアムにも飲むように言った。

「聖女様────貴方が一番に飲むのです。そして、なんとか解毒魔法を! 貴方の魔法ならこんな毒」
「ち。させるか!」

 一気に肉薄するレイルに、ロード達が迎撃を開始する。

 ──状況判断。
 ここは攻撃するべきだ!

「ぐ……。ラ・タンク。できるな?」
「す、数秒程度なら……」

 セリアム・レリアムが要だと理解した『放浪者』の面々はフラフラになりながらもフォーメーションを組み、セリアム・レリアムを狙うレイルを迎かえ討つことにしたようだ。

 ……いや、迎撃なんてできない────だから、時間を稼ごうとする。

「セリアム・レリアム──覚悟ぉぉおお!」

 レイルが『盗賊』自慢の俊足を生かして低い姿勢でセリアム・レリアムを狙う。

「させるか!──ラ・タンク、俺たちも!!」
「お、おう!!」

 なんとか力を振り絞り、一息でポーションを飲み干すロードとラ・タンク。

 背後に投げ捨てるようにポーションの空き瓶を「パリィン!」と投げ捨てると、セリアム・レリアムがポーションを飲み解毒魔法を唱える時間を作る。

 そう。何としてでも作る!!
 解毒魔法をかけられるか否かが勝負の時!!

「させるかレイルぅぅうううう!!」
「ここは通さねぇぞぉぉお!!」

 最強の前衛ロード&ラ・タンク!

「どけッ!!」

 レイルの肉薄攻撃を打ち崩さんとして、ロードたち二人が死力を振り絞る──────────!!
 このままでは、セリアム・レリアムに回復され……。



「……間に合ったわ!」


第35話「正々堂々(後編)」

「……間に合ったわ!」



 パリィン……!

 セリアム・レリアムがポーションを飲み切った。
 そして、魔力の回復を実感するように、

「これで勝ったも同然よ! 今すぐ解毒魔法をかけるわね! さぁ、不浄なる────……ぅ?」

 解毒魔法を詠唱するセリアム・レリアムだったが……………………ギュルルルルルル。

「え? あいたたた──なんか、差し込み(腹痛)が…………」
 タラタラと脂汗を流す聖女さま。

「う、うそ。な、なんで? なんで、今度はお腹なの?──あう……ッ」

 突如、腹を抑えて、つややかな声をあげるセリアム・レリアム。

 うううううううううううううう……!

 これは、詠唱?
 いや、違う。…………これは悲鳴だ。

「ふ、不浄なる……うぐぐぐ────」

 セリアム・レリアムが腹を抑えているってことは────こっち(・・・)が間に合ったか!

「お、おい! セリアム・レリアム、どうしたんだ?! 何をしている早く!!」
 ロードラ・タンクと二人で連携し、辛うじてレイルをけん制している。
「ラ・タンク! よそ見をするな。……ボフォート! お前はさっさと聖女を起こせ────って、なんだ? は、腹が……ぐむ」

 ギュルルルルルルルルル!。
 ゴルルルルルル、ゴリュリュ……!!

「はは。こっちも(・・・・)効いてきたな?」

 レイルの悪そうな笑顔。

「て、てめぇ、レイル?! ぐぐぐ。なんだこれ──……」
「い、いでぇ──腹がやべぇ……! おッぐぅ、ご、ごればやばいっ」
「う、ううう……なんですか、突然全員が────ま、まさか」

 ……まさかぁ?!

 脂汗を流したボフォートはハッして先ほど投げ捨てたポーションの空き瓶を見る。
「そ、そんな?!」

 ──飲み干したそれを見て、そして、全員が同じようにポーションを飲み干した状況を見て一瞬で理解した。

「も、盛りましたね、レイル!! まさか、ポーションに毒を!? こ、このぉ……! 卑怯者ぉぉぉぉおおお──」
 ……卑怯??
「卑怯ときたかぁ! あーははははは!! よく言うぜ! ま、せいぜい味わいな──Sランクパーティといえども、腹痛には敵わんだろうさ!」

 そう。この瞬間のため、レイルはあらかじめロード達の補給物資に一服盛っておいたのだ。

 もちろん、模擬戦で殺すなんて過激な真似は出来なかったので、あの時の行商人から買ったドラゴンキラーの残りを、薄めてつくった毒である。
 それを、ちゃーんと実験して、どんな効果が出るか試しているので、安心安全? だ。
 ……多分な。

「ま、死にはしないよ。この毒は、強化薬と混ぜれば、悪寒と吐き気、さらには能力低下(ステータスダウン)──」
 そして、
「────ポーションと混ぜれば、腹を下す(・・・・)みたいだぜ?」

 ゴリュリュリュリュリュリュリュリュ!!
  ゴロロロロロロロロロロロロロロロロ!!

「や、やべぇええ!」
「うぐぐぐぐぐぐ!」

 くくくく。
 じゃ────地獄を見るんだな、ロード!

「グッバイ」

 親指を立ててからの反転───スーっと地面に向けて勝ち誇るレイル。
 いや、勝ちを誇る必要すらない。……だから、ろくに武装もせずにロード達と対峙したのだ。

 なぜなら────レイルはこの闘技場に来た時から、すでに勝っていた(・・・・・・・・)のだ!!

 しかしいつ?
 どこで?

 どーやって?!

 それだけがわからない!!
 パーティ一の頭脳をもつボフォートにもわからない。

 脂汗を垂らしながら、ボフォートは言った。

「い、いつのまに?? いつのまに毒を盛ったのですか?!」

 いつの間にぃぃぃいい!!

 ──レイル・アドバンスぅぅぅぅううううう!!

「はは。いつかって?」

 うがぁぁぁあああ! と、最後の叫びをあげるボフォート。
 パーティ一のキレ者を称する賢者どのにも、それだけが分からない。

 だって、口にした強化薬もポーションも、すべて数日以内に店で購入した正規品で、購入以来厳重に宿に保管していたのだから!

「この卑怯者がぁ……? く、くそぉぉ!! どこで、どんな手を使ったんですかレイルぅぅぅうううううう!! あーーーーーーーーダメ。もう限界ですぅぅぅうう!!」

 憤怒の表情が真っ青に変わり、ジタバタと暴れるボフォート。

 まだ起き上がれるロードとラ・タンクはマシだ。
 最悪、勝負を投げ出してトイレに駆け込めばいい。

 そして現時点ではパーティの紅一点であるセリアム・レリアム。
 彼女は、ついさっき「はぅあッッ……」と唸ったきり、セリアム・レリアムはすでに賢者のような表情になっている。

 どうやら、不浄なるものを浄化するまえに、御不浄を自ら体現したらしい。

 ちーーーん♪

「……時が見えるわ───」

 聖女様のようなご尊顔。
 …………どうやら一足早くお逝き(・・・)になったらしい。

 その様子に観客席も騒然とする。
 彼らには何が何やらわからないだろう。

「「「なんだ? どーなってんだ?! アイツラなんでのたうち回って……。まさか、負けるのか?」」」
「「「わ、わけが分からん?! なんで戦う前から自滅してんだよ!」」」
「「「おいおいおい! こんなん無効だろ?! か、金返せよ! ハゲ!!」」」

「誰がハゲじゃ!!」

「「「っていうか、なんか臭わね?…………うわ、なんだこれー!!」」」

 そして、徐々に閉鎖空間である闘技場に漂い始める悪臭。
 その都度、『放浪者』の面々が「「あ、あ、あ、あーーーー……」」とか言いつつ、賢者のような表情になっていく。


 そして、ついにロードがガクリと膝をつき、
 「あ、あぁっぁーーーー……」と、小さく叫んで、スゥーと賢者フェイスになった頃。

「「「あぁ、時が見える───」」」

 ちーーーーーん♪ ×3

 男たちは3人そろって聖女像のようなご尊顔になりにけり───。


「よう、ロード」


 レイルが余裕綽々でロードの前に立った。

「──どこで、どーやってだって?」

 ニヤリと笑うレイル。
 そして決まって言うあの決めセリフ。



 ……そんなもん。
「一昨日に決まってんだろ────!」


第36話「ロード、大地に立つ(前編)」

 レイルの取った方法は実に簡単。

 あの日、『よろず屋カイマン』でロード達の購入した補給品のロット番号を探り当てたレイルはその夜、店に侵入した。
 念のために言うが、別に盗みのためにではない。仕込みのためである。

 ……そのために、隠ぺいなどのスキルLvを上げておいたのだ。
 そう。すべてはこの瞬間(・・・・)のため。

「スキル──『一昨日へ行く』!」

 そして、誰にも気付かれることなく、スキル『一昨日に行く』を発動。
 まだロード達が補充品を(・・・・)購入していない2日前(・・・・・・・・・・)に時間を遡り、予想通り店に残っていた、2日後の未来に彼らが(・・・・・・・・・・)買う(・・)であろう高級ポーションと強化薬探り当て、薬の中に薄めた毒を仕込んでおいたのだ。

 ロット番号さえわかれば、ロード達がこの品を2日後に取るのは確実なのだ。
 もっとも、この二日間の間に他の客が買わないとも限らないが、……幸いにも田舎の辺境の町に早々高級品を大量に買うような輩はいない。

 だから、すべてが計算通り。

 ギルドマスターとロード達がグルであるからこそ成り立つ戦略。
 もちろん、これ以外にもいろいろ手は考えていたが、どれもこれも使う前にうまくいったらしい。

 そして、模擬戦の当日。
 まんまとレイルの策に(はま)ったロード達はこうして賢者フェイスを晒しているわけだ……。悪臭とともに。


※ そして、舞台は円形闘技場に戻る。 ※


「……さーて、どうやらロード達は戦闘不能みたいだけど、どうだい? まだ続けるかい?」

 んー? と首をかしげるようにギルドマスターを(あお)るレイル。

 その態度に、ビキスと青筋を立てるギルドマスター。
 レイルの視線の先には顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと大忙しのギルドマスターがいた。

(──はは。いい気味だ)

 対照的に床に臥すロード達は燃え尽きたように真っ白。
 美男美女、全員が悪臭と賢者スマイルで、意識を虚空に追いやっている……。

「ば、バカな! ど、どういうことだ? あ、あああありえない! ロード達が負けるはずがない!!」

 賢者フェイスでシーーンと静まり返ったロード達をよそに、一人パニックを起こすのはギルドマスター。

「どうしてもこうしてもあるかよ。俺が模擬戦に勝った────それだけだ」

 誰が見ても歴然とした事実に、ギルドマスターはぐうの音も出ない。
 しかし、安易に「レイルの勝利」を宣言することもできない。

 なぜなら……。

「金返せ! 金返せ! 金返せ!」」
「「「金返せ! 金返せ!!」」」

 かーね! かーね! かーね!!


 わっわっわっ!!


 今や会場は「金返せ」オーラに包まれている。

 オッズがあれほど『放浪者』有利に傾いていれば、レイルに賭けるようなもの好きはまずいないだろう。
 おそらく会場中の冒険者の掛け金は没収される──。
 だが、荒れくれ者の冒険者がそれを良しとするはずもない。

「おーおー。こりゃすげぇな。アンタ払えんのか? パニックになるぞ?」

 そりゃそうだろう。
 碌な戦闘もなしに、突如戦闘不能になった『放浪者(シュトライフェン)』を見て、納得するものがいるはずがない。

 だが、他人事のレイルは余裕の表情。

「「「金返せ! 金返せ!!」」」
「「「クソ野郎! くそ野郎!」」」
「「「戦え、Sランク! 舐めんじゃねぇぞ『放浪者(シュトライフェン)』ども!!」」」
「「「はーーげ!!」」」 「誰がハゲじゃぁあ!」

 わーわーわー! ともはや暴動寸前。

 金返せ!
 金返せ!

 かーねかーえせー!!
 かーねかーえせー!!

「「「おい、ハゲ!! てめぇ、わかってんだろうな!!」」」
「ぐぬ!」

 会場中の視線が胴元のギルドマスターに殺到する。

 すさまじい「金返せ」コールの連呼だ。
 下手な対応をすれば冒険者が大暴れするだろう。

「こりゃ、収拾すかねーぞ? マスター、アンタこれどうすんだ?」
「し、しししし、知るか!!」

 いや、知るか。じゃねーよ。
 アンタ審判だろ?

「それもこれも────れ、レイルきっさまー! なにか卑怯な手を使いやがったな?! そ、そんなの認められんぞ!!」

 (なーん)か、ハゲが(のたま)っているが知ったことじゃない。

 そもそも、どうやったかもわからんくせに、いい加減なことを言うなっつの。
 「一昨日」に仕掛けてきたなんて、誰が信じられることか。

「ほーん。卑怯かー?? 俺が何をした? 証拠はあるのか? 俺には何を言っているのか、さっぱりわからないね。……俺は普通に戦ったつもりだぞ? 誰かさんが、勝手に強化薬だの、ポーションだのを飲んで腹を下したのが俺の責任だってのか? それに、俺としてはお前らだけには言われたくないんだがねー……──」

 レイルはチラリと床を見る。

「──……俺が何も知らないとでも思ってるのか?」

 視線の先。
 そこには円形闘技場の碁盤の目にきられた床がある。

 ギクッ!
「な、ななななんん?! な、なんだと────?? お前何を言って……」
「しらじらしい奴だな──テメェ、ここのトラップシステムを、」

 レイルが、ギルドマスターを追求しようとしたその瞬間。



「──ぐぐぐ……。ま、まだだ」



「「ロード?!」」
 レイルとギルドマスターの間に割って入るロードの声。

「呆れた……。その恰好で戦うつもりか? くせぇぞお前」
「うるせぇ!!」

 そうだ。
 まだだ──。

「まだだ! まだ終わってねぇ! ぶっ殺してやるレイル!」
「そ、そうだ! た、戦えロード!! まだだ。まだ終わってねぇぞ!! テメェ、こっちも色々と手を貸してやったのに、漏らしたくらいでへこんでんじゃねぇぇぇえ! 戦え、くそ野郎!」

(おいおい。周囲が大騒ぎとはいえ、俺には丸聞こえだっつの。手を貸したとか言っちゃっていいのかよ)

「やかましいわ、ハゲぇぇぇええ! 言われんでもやってやるよぉぉ!」
「へっ。往生際が悪いぞロード」

 まーそうだろうさ。
 まだ、ギルドマスターたちの仕込みは終わっていないもんな?

 ニッと、訳知り顔で笑うレイル。

(……何のために、鍵を偽造したと思ってるんだよ?────ここのトラップシステムはとっくに)

「誰がハゲ────ええぃ! いいから、この疫病神をさっさと殺せぇぇえ!」

 ロードが僅かに戦意を見せたことから、急に勢いづくギルドマスター。

 それにしても、審判のくせに「殺せ」とか、色々ボロボロと口に出しすぎでしょアンタ……。
 もっとも、この場にレイルの味方はほぼいないので、連中は誰が見ても再起不能になるまでやるに違いない。

 今はロード以外の連中はショック症状だが、いずれ正気に戻る────。

「ぐぐ……。やってくれたなぁ」
「私にこんな恥を──」

 ムクリ…………。
 死喰鬼(グール)のように起き上がるラ・タンクとボフォート。

 そして、
「うふふふふふふふ……。粗相をしたのなんて、子供のころ以来だわ、うふふふふふふ!」

 ゆらーりと幽鬼のように立つセリアム・レリアム。
 怒りが瘴気のように立ち上り、顔が…………般若になっている。

(ちッ──……まぁ、腹痛くらいじゃ倒せるはずもないか)
 思った通り、ロードを含め、ラ・タンク達も正気に戻り始めた。

 さっきまで賢者フェイスだったロード達。
 その表情はもはや、怒りを通り越して殺意に塗りつぶされている。

 ついさっきまで全身が真っ白で賢者のような姿だったが、今は真っ赤に燃えて地獄の鬼のごとし────。

 ざわざわ………。ざわ…………。
 
 立った……。



「「「……立った! ロードが立った!」」」


第36話「ロード、大地に立つ(後編)」

「「「……立った! ロードが立った!」」」

 あれほど騒いでいた観客が……。

 ピタリ──。

 ロードの動きに注目すると、
 観客が一斉に静まり返り、期待に会場が膨れ上がる。

 大半の冒険者の掛け金のピンチが今まさに危機一髪で助かろうとしているのだ!

 ……だから願う。
 レイルなどぶっ潰してしまえと切実に願う。

 掛け金を失わないためにも、戦ってくれロード────と願う!

 そして、会場が一つになる!

 行けロード!!
 勝てロード!

 みんなの掛け金のためにッッ!!

「「「立てッ! ロード……!」」」
 冒険者(男)たちは切に願う。

「「「立って! ロード……!」」」
 冒険者(女)たちも切に願う。

 ロード達ならまだいける────!
 勝てる……!

「「「立ってくれ、ロード!!」」」

 ぐぐぐぐ……。
「「「がんばれロード! 俺たちの(掛け金の)ために」」」

「…………お、おうよ!!」

 おうよ……!!

 ───おぅッよ!!

「お、俺は──────。俺は……。俺は皆のためにも負けないッ!!」

 ──グワバッ!!

 その期待を一身に受けてロードが立つ!

 そして、
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!」

 ビリビリビリビリ!! と、空気が震える鬨の声(ウォークライ)

「「「いいぞ、ロードぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」」」

 ロード!
  ロード!
   ロード!

「「「いっけっぇえぇぇぇええええええ!!!」」」

 ロード(掛け金)
  ロード(掛け金)
   ロード(掛け金)

 観客の声援を受けてロードが立った。
 そして、剣を天に向け───……スー……とレイルに向ける!



「………………ぶっ殺す!!」



 ──そうでなくっちゃなぁ、ロード。

「死ねッ、クソ(・・)疫病神がぁぁあああああああ!!」
「……ははっ。クソ(・・)ったれはどっちだよ──」

 いろいろ諸々を出してしまい、スッキリとして毒素を抜けたのかもしれない。
 ロードが憤怒の表情で低く構えると、今にもレイルの首を引っこ抜きそうな睨む。

 そして、
「──ぶちまけろ(・・・・・)やぁぁぁぁあああああッッ!!」
 
 模擬戦用の剣を高々と構えるロード。
 あれほど毒に苦しんでいたというのに、もう絶好調といわんばかりだ。

「はは! ロード……」

 だが、それは見せかけに過ぎない。
 あれは文字通りヤケクソになっているだけだ。

ぶちまけた(・・・・・)のはお前のほうだろ?」

 動きや見た目以上に、最初の毒は効いている。
 素人が見てもわかるくらいに、ロードの動きには全く精細さがない。

「──いいからよ~。クソと能書きを垂れてないで掛かって来いよ」

 ちょいちょい。

 余裕で挑発するレイル。
 ロードの動きは稚拙で、妙な蟹股の動き。特に足回りがあれでは動けないだろう。

 だが、ロードはロードなりに勝算があるらしい。

 構えも速度も、見る影もないくらいに稚拙な一撃をレイルにぶちかますロード。
「やっかましぃぃぃぃいいいいい!!」

 悪臭とともに、踏み込むロード!
 模擬専用の剣がギラリと光ると、大技を乗せて────……。

「はぁぁぁぁぁぁあ……聖王剣(セイントスラッシュ)!!」

 ギュバァ!!

 ──────スキルか?!

(……だが、遅いッ!)

 輝く剣の一撃をレイルがヒラリと躱す。

「ノロいぞ、ロード」
「っ!」

 その一撃をレイルが危なげなく躱し中空に逃れると、さぞかしロードは悔しい顔をしているだろうと振り返る。

 ニぃぃい……。


「……なに?」
(わ、笑って───……?)

 ロードが笑っていた。
 
「……ぎゃは! 今のはブラフだよッ! 雑魚はすぐに上に飛ぶからなぁ!!」

 そう言って、口角を歪めたロードが醜悪に笑う。
 レイルを空中に退避させ、着地点を狙う作戦だったらしい。

「奥の手は、最後に取っておくものだぁぁぁああ!」

 そして、
 サッと懐からギルドマスターに試合前に渡されていた保険(・・)──を取り出す。

(あー。そういうことか。やっぱり使うんだな───……馬鹿なやつ)
「これで終わりだッ! 死ね────レぇぇぇええええイル!!」

 ロードが取った最後の手段。それは模擬戦の前にギルドマスターが渡していた最後の禁じ手────。

 それは、『闘技場内のトラップシステム用起動装置(リモコン)

 ロード達がトラップを踏まない様に「ON,OFF」の切り替えを任意にしつつ、
 ギルドマスターらが事前に仕掛けておいた、凶悪な闘技場のトラップシステム──その起動装置だッッ!!

「さぁ、何が起こるかな!! 覚悟しろ、レイルぅぅう!!」
 何がって……。
 そりゃあ、
「知ってる」

「知ってるわけねーーーーだろ!! 疫病神」

「はは。どうかな?」

 だが、レイルは慌てない。
 すでに仕込みの終わったトラップをレイルが恐れる理由などない。

「ロード。お前は俺を誰だと思ってる? Dランク冒険者で疫病神と呼ばれた──……天職は【盗賊】のレイルだぞ!」

 そっと、懐から修練場の鍵を取り出して見せた。

 ……鍵??
 競技場の鍵だと……?!
「んな?!──────何でお前がそれを持っている?!」

 まさか、細工をしたことがバレたのか? とギルドマスターは焦りを見せる。
 合鍵で、すでに中のトラップを確認されていたのかと───。

(そ、そんなはずはねぇ!)

 ギルドマスターは思わず服の上から自らの鍵の位置を確かめる。
 レイルに細工されないように、競技場の鍵はギルドマスターが管理していたはず……。

(あ、ある! ここにある!!)

 ……だが、奪われた様子はない───じゃあ、あの鍵は?

 …………はっ!

「そ、そうか!」
 あれは……。
 あれは偽物───……つまり!

「は、ハッタリだぁぁああ! ロード気にせずやれぇぇ!」

 ギルドマスターはうれしげに叫ぶ。
 レイルが鍵の複製を持っているはずがないと確信し、
 看破したことがうれしいのだろう!!

「はは! これがハッタリなものかよ」

 ギルドマスターをよそにレイルは、微塵も動じない。 
 それが更にロードを苛立たせる!

「ロード! やれ! ハッタリに騙されるな!!」
「わかってるっつーの!」

 レイルが鍵を持ってたからなんだ! と。
 【盗賊】なんだから珍しくもねぇさ。

 ……そんなことより、一刻も早くレイルをぶっ飛ばしてやると心に決めるて──。

(俺様にこんなトラップまで使わせやがってぇぇぇえ!!)
「──くたばれレイルぅぅううううう!!」

 闘技場に仕掛けられたダンジョン由来のトラップは、罠を踏んだ時点で発動し、対象をぶっ飛ばす仕様だった。

 そして、レイルの着地地点にはちょうど狙いのトラップがいくつかある!!

 ……だから、死ね!!
 ──死ねレイル!!

「そうだ! やれロード!」
「私どもの恨みを晴らしてください!」
「トラップで死ねッ! ピーーーーー野郎!!」

 いつの間にか『放浪者』の4人全員が起き上がりレイルを睨んでいた。
 全員同じ表情。同じ匂い────……同じバカ面で。



 同じセリフ!!────死ね疫病神!!


「「「「一昨日きやがれッッッ!!」」」」

 トラップシステムの「ON/OFF」を───。

 ………………ポチっとな。





 ……一昨日来やがれ??

「ははッ」

 何を言うかと思えば───。

「…………悪いな───もう行ってきたぜ!!」


第37話「策士、策に溺れる」

 ……一昨日来やがれ??
「…………悪いな───もう行ってきたぜ!!!」


 レイルは笑う。

 そして、
 慌てない。負けない。おごらない。

 ロードが取り出した競技場のトラップスイッチを見ても全く動じない!


「誘い込まれたことにも気づかない間抜けが!!」
 ……お前の着地点にはトラップがあるんだぜぇえ!!

 ───スイッチ一つで「ON/OFF」可能!!
 ダンジョンから回収した凶悪かつ種々様々なトラップを───。


「くらいやがれぇぇぇえええええ!!」


 ロードが誘い込み、レイルが着地するところに仕掛けられているのは一見してただの競技場のタイル。
 だが、そのタイルには不可視の魔力が込められており、ダンジョン由来のトラップが発動するようになっている。

 しかも連鎖型だ!!

 今でこそ、トラップシステムは「OFF」
 しかし、ひとたび発動すればぁぁあああ!

1 地雷。
2 床が飛び出すカタパルト。
3 巨大なボウガン。

 さらには、

4 魔人の腕を召喚する魔法トラップ。

 の4連コンボが発動する!!

「死───」
 ───ね


 ポチッっと。


 ぴかっ!!
 と競技場のタイルが光りトラップ発動!!


 そして、今まさに!!
 いくつものトラップがレイルを狙う──────────……!!

 足元に突如沸き上がったトラップを見たレイルであったが、
「そういうのをな、」

 クルンと、空中で一回転すると、レイルは何でもないように着地する。
 そして、親指をあげて──────……。

「策士策に溺れるっていうんだよ」

 すっ、手首を反転、地獄に落ちろのハンドサインをまざまざと見せつけてやった。


 ───カッ!!


 一瞬だけレイルの視界が光に包まれ、彼の姿が消えた。
 そして、ロード達も知らぬ間に、一昨日に行ったレイルが一瞬のうちに元の時間軸に戻るとニヤリと笑う。

「な?」
「え?」

 ぽかんとしたロード達。

「今、ロードの姿が───って、」
「ありゃ? なんか足元が───……」

 カチ。

「ば?」
「え?」

 ロードの真下に沸いたトラップが複数。
 ほんの一瞬前までレイルの真下にあったのに…………???

「う、うそ!?」
「なんでぇ?!」

 その瞬間、
 闘技場の床が光、トラップが発動した!!!

「ばーか。自分たちのトラップで自滅しな。今お前らの真下に発動するように動かしといた。タイルごとな───」

 もちろん。

「一昨日のうちにな!」

 ニヤリ。

「「「「は? な、なんで?」」」」
 ちょ、ちょっと待って───…………。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


 とっくに昔にスイッチは押されている。
 そして、トラップはついに発動する────……。

 ロードの立つ闘技場の床のタイルが輝きだし、にょきっと地雷が顔を出した!!
「ひぇ?!」

 そして、ラ・タンクの立つ位置を狙うように床がからせり出す巨大カタパルトがジャキン!!
「ま、マジ?!」

 お次は、ボフォートを狙撃するように、巨大なボウガンがガシャコ!!
「うそぉ?!」

 最後は、くそ女……もとい聖女殿をぶっ飛ばしてくれる魔人の腕を召喚する魔法トラップが発動!!
「ま、まじのすけ?!」  

 この間、約0.5秒。

 ろくに反応する暇もなく。

「「「「ちょ!! ちょ、ま!!」」」」
 なんで?
「「「「なんで仕掛けたトラップが───」」」」

 ダラダラと冷や汗を流し始めたロードと愉快な3馬鹿ども。
 彼らが思うのは一つ。

「「「「いつのまに、真下にぃぃぃぃいいいいい?」」」」

 言っただろ?
「一昨日だっつーーーの──!」

 じゃあな。

「…………バン!」

 レイルは指で鉄砲をつくり、撃つ仕草をする。
 その瞬間、


 ドカーーーーーーーーーーーン!!
「あべしーーーーーーーーーーーーーー!!」

 ロードの真下で大爆発する地雷。
 真っ黒こげになったロードがギュルギュルと回転して、「あっちーーーーーー、ヒデブッ?!」と、天井にぶっ刺さる。


 ドキューーーーーーーーーーン!!
「ちょ、おわぁおああああああああああ!!」

 ラ・タンクの斜め正面から打ち出されたカタパルト。
 床ごと打ち上げるそれは、いともたやすくラ・タンクの巨体をぶち抜き跳ね飛ばす。

 分厚い闘技場の床材に殴られるようにして、「ベコン!」と、へこんだ鎧とタワーシールドに押しつぶされるようにラ・タンクがギュンギュンとぶっ飛んでいき、「まーーーわーーーーるぅぅぅ、ヒデブッ!?」と、天井に刺さる。


 バシュンッッッッッ!!
「ひぇぇぇえええええええええええええ!!」

 ボウガンが床からせり上がり、ボフォートを照準。それをみて、慌てて回避しようとして避けきれず、
「あだだだだだだだだだ、髪! 髪巻き込んで──あだだだだだだだだだ! ヒデブッ?!」
 ブチブチと髪の毛を引き抜きながら、彼の身体を空のかなた────は無理なので天井にぶち込む巨大ボウガン。

 レイルが一応矢の先端を抜いていたので致命傷には至らないだろう。髪は致命的だが……。


 そして、
「ちょ、冗談よね? や、やめて────レイ」
「…………悪いね、セリアム・レリアム。冗談は俺じゃなくて────そいつの拳に聞いてくれ」

 こ、拳って────?
 恐る恐る、下を覗き込むセリアム・レリアム。

 その下からは……。
 ズモモモモモ……。禍々しい魔法陣がセリアム・レリアムの足元に現れ、

 そして、
「──ちょま!」

 バッキィィィィィイイイイイイイン!!

「はぶぁぁぁああああああーーーーーーっぱかっ~~~っと!」
 ギリリリと、憎しみを込めるがごとく握りしめられた魔人の腕だけが魔法陣から召喚され、アッパーカットよろしくセリアム・レリアムを真下からぶん殴ると、彼女の足先から脳天にビックーーーーーン! とすさまじい衝撃が走り突き上げる。

 そのまま、砲弾のようにぶちあがるとドッカァァァアアアアアン!! と闘技場が揺るがんばかりの振動を起こして「ぐげぇぇええええええ!! ヒデブッ?!」と、カエルの潰れるような声を出しながらセリアム・レリアムも天井にぶっ刺さった。


 プランプランプラン……。
 天井に垂れ下がる、4人分──八本の足。


 ───仕掛けた罠で自滅……。


「…………どうだぃ? 勝負あっただろ?」
 ニヤリと笑うレイル。
 
 そして、『放浪者』の戦闘メンバーは誰もいなくなった。



 しーーーーーーーーーーーーん……。



 観客はレイルの完全勝利に何も言えなくなっていた……。


第38話「嫌われ者の凱歌」

 しーーーーーーーーーーーーーん……。


 静まり返った闘技場。


 そして……。


 天井にぶっ刺さる奇妙なオブジェクト。
 それぞれ二本の棒が伸びる悪臭漂う汚いもの。これは死体でしょうか?────いいえ、『放浪者(シュトライフェン)』です。


「って、うっそーーーーーーーーーん?!」


 オーマイガと、頭を押さえるギルドマスター。
 勝敗は下せるのは審判である彼だけなのだが、今や茫然自失。

 ガックーンと膝をつき「OTL」の姿勢のまま硬直している。

 それもそのはず。100%勝てるはずの相手に、さらに完全を期すため100%勝率を上げる工夫を凝らしたのだ。

 しかも違法すれすれ────というか、ほぼ真っ黒な、色々グレーな方法を使ってでもだ。
 つまり200%勝てるはずが────……結果完全敗北!!

「おい、俺の勝ちだろ? いい加減、ジャッジを下せよ」

 ロード達は天井に突き刺さったまま身動きもしない。
 ピクピクと足が痙攣しているところを見るに、一応生きているみたいだが────どうだろう?

「い、いやまて────だって、そんな」
 
 あわあわとパニックを起こしているギルドマスターに、さすがに観客もざわつき始める。
 さっきまで金返せと連呼していた連中だが、その声が徐々に怒驚きに変わり始めるのはそう遠くなかった。

 くそ試合だと思っていたのが、ロード達の猛反撃。
 そして、大番狂わせの勝利!!

 D級 VS S級
 そして、1対4の多勢に無勢!!

 勝てるわけがない。
 勝てたらおかしい。
 絶対あり得ない──────!!

   なのに!!

   レイルが勝利したのだ!!


 どよ……。

 どよどよ……。

「お、おい。ど、どうなったんだ?」
「わ、わかんねぇけど───なんかトラップの誤作動?」
「いや、トラップなんてありの試合だったっけ?」
「し、知らねぇけど───……ロード達が負けた?」

 ざわっ!

「ば、ばかな! ロード達だぞ?」
「そうだ! S級だぞ! しかも4人!!」
「相手はD級で一人……! ありえねぇ!」

 ざわざわっ!!

「ありえねぇけど……」
「ありえねぇけど───……」
「ありえないんだけどッッ!!」

 ざわざわざわっ!!

「「「レイルの完全勝利じゃないか?!」」」

 ドワッァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 突如沸き返る会場。
 困惑、期待、そして困惑───……。
 だが、徐々にその色が変わり始める。

 最初は掛け金のこともあり、否定的に見ていた冒険者や観客たち。
 しかし、彼らの目の前で繰り広げられたのはレイルの完全試合!!

「「嘘だろ。レイルの奴勝ちやがった……」」
「「【盗賊(シーフ)】ってあんなに強いのか? 一瞬でトラップを設置しやがったぞ?!」」
「「おいおい、DランクがSランクを圧倒しちまったぜ────こ、こりゃすげぇ」」

 彼らとて冒険者。
 そして、到達点としてS級を夢見る者たちだ。

 だが、届かない。
 D、C、Bで甘んじるものが大半で、届いてもA級……。

 S級なんて夢のまた夢──────。

 なのに!!

 その夢の階級にD級の冒険者が単独で勝利した!!

 それはまさに冒険者ドリーム!!
 そう。一瞬にして会場の空気はレイルの鮮やかな勝利に飲まれてしまったのだ。

 あの疫病神と言われたレイルの完ぺきな勝利に……!

 ざわ。

「「すげぇ……」」

 ざわざわ。

「「レイル……。レイル・アドバンス!」」

 ざわざわざわ!!

「「あの野郎一人で『放浪者(シュトライフェン)』を倒しやがった!! 凄い男だ!!」」

 ざわざわざわ!!
 ざわざわざわ!!

「「レイル」」

 ざわざわざわざわざわ!!
 ざわざわざわざわざわ!!

「「「レイル!!」」」

 レイル!!!
 レイル・アドバンス!!

「……あ? なんだこれ? なんだこいつら?」
 敵意しか向けられていなかったはずの会場において、さざ波のようにレイルの名前が叫ばれはじめる。
 その声にはあざけりが一切含まれていない。
 もちろん、レイルには初めての経験だ。

「「レイル!! レイル!!」」

「お、おい?」

 疫病神でもなく。

「「レイル!! レイル!!」」

「俺の名前……?」
 万年Dランクでもなく。

「「レイル!! レイル!! レイル!!」」

「俺を…………讃えているのか?」

 一人の冒険者として名前を呼ばれるレイル。

「───俺を…………?」

 その名を呼ばれる会場を不思議そうに見渡した後──。
(あぁ、そうか。あの村での歓喜と同じ───……これは、)
 軽く目をつぶったレイルは、少しだけ歓声に身を任せた。

(これが──────!)

 ───これが勝利するということか!!

「は、ははは……」

 レイル、レイル、レイル!
 名前を呼ばれるたびに熱に浮かされたようなフワフワとした感じを味わった。

 それはあの開拓村で受けた歓喜と同じもの。
 レイル・アドバンスが求められ、この場に────この世界にいていいと認められた証……。


 ──だから、レイルは答えた。


 生まれて初めて、熱狂する声援に自ら答えた。

「「「レイル!! レイル!!」」」

 ギルドマスターが勝利を宣言できぬ中、グッとこぶしを握り締め────!

 空に向かって突き上げる!!





 勝った──────と!!





「「「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」

 レイル!! レイル!! レイル!!


 この瞬間、レイルは勝利者となった。


 もはや、ジャッジは必要ない────。

第39話「もうひとつの決着」

 うぉおおおおおおおおおお!!
 うおおおおおおおおおおお!!


 熱狂!

 熱狂!! 熱狂!!


 レイル! レイル! レイル!!


「ひ、ひぃ……こ、これはマズい」
 ギルドマスターは熱狂する闘技場からいち早く逃げ出そうとする。

 今のところ観客は熱に浮かされて、掛け金のことを忘れている。
 ならばこの隙に────と、逃げる算段を考え始めた。

 このまま換金すればマズいことになる。
 胴元であるギルドマスターはプラスマイナスでさほど損害を受けることはないが、それは額面通り皆が納得した場合のみだ。

 だが、こんな大番狂わせが起こった後──胴元が無事でいられる保証はどこにもない。

 200%の価値を信じて、全財産をかけた連中だった少なくない。
 そんな連中が「はい、どうぞ」と金を払って諦めるか……?


 ────……無理に決まっている。


 ただでさえ荒れくれものが多い冒険者だ。
 下手なことをすればギルドマスターはズッタズタのボロボロにされることだろう。

(よ、よし────今のうちにこっそり逃げちまおう)

 掛け金の詰まった袋をこっそり担ぐと、熱狂する観客を尻目にそーっと闘技場から逃げ出すギルドマスター。

 それを、一人だけ戦闘に加わらなかったフラウがジッと見ていたが特に何も言わなかった。
 フラウはフラウで熱に浮かされたようにレイルを見ている。

 そして、
「────この力だ……。この力が僕らを救うかもしれない。……レイル・アドバンス。偽りの勇者の力ではなく、本物の勇者────いえ、戦士の力が……!」

 しかし、フラウの思惑など知らぬとばかりにギルドマスターは修練施設を抜け、ギルド本館に戻るのだが、そこで──。

「どぉこ、行くんですか? ハゲマスター」
「誰がハ──……メリッサか?」

 ガシリと不躾にギルドマスターの肩を掴んだのはメリッサだった。
 いつもは下っ端なりに生意気な口を利くことをあるが大人しかったはずのメリッサがどういうわけかこの時ばかりはすごい迫力で立ち塞がった。

「な、何のつもりだ? 離せ!!」
「そうはいきません────アンタらがバカ騒ぎしている間に、お客様ですよ」

 は?

「客だぁ? つーか、お前!! 口のきき方ぁぁ!!」

 誰に向かってアンタとか馬鹿とかハゲとかゆーとんじゃ!

「口の利き方がどうかしたのかね? おほん……辺境の町グローリスのギルドマスターのカロンだな?」
 ぬぅっと、メリッサの背後から現れたのは陰気な顔をした男だった。

「な、なんだアンタは! 勝手にうちの職員を使わんで貰いたいな!」
「名前を確認しているのだがね──」

 ギルドマスターがまともに答えないことを知るや否や、一枚の書状をパラリと示す。

「私は職権に基づき、君にこれを命令しているのだよ。……さて、中央ギルドの監察官として、カロン──君に出頭を命ずる!」

 カマキリのように鋭い目つきでギルドマスターに命令を下す監察官。

「か、監察官だ────それに……あ? なんだこりゃ……。────公益通報に基づく出頭命令?」

 書状を流し読んで目を見開くギルドマスター。
 って、

「こ、公益通報だってーーーーーー?!」

 ビクリと震えるギルドマスター。
 公益通報はギルド内部からのチクり(告げ口)システムのことだ。

 内部の職員による自浄作用なのだが、実際には使われることは少ないといわれる。
 なぜなら、チクり(告げ口)自体が嫌われることもさることながら、
 一度通報したが最後──通報した職員も(・・・・・・・・・・)不利益を被ることが多い(・・・・・・・・)ともっぱらの噂があるからだ。

 ギルドの上層部は、「そんなことないよー。公益通報したものはちゃんと守るよー」なんて言っているが、職員からすれば棒読みにしか聞こえない。

 だから、ギルドには不正がはびこるし、派閥抗争のようなものもできる。

 しかし、なぜか今、今日この場でギルドマスターに対して出頭命令がきている。
 つまり誰かがギルドマスターのあれやら、これやらの不正をチクったのだろう。

「だ! 誰がこんなことを────! って、まさか!!!!」

 言ってしまってからすぐに思いつく。

 グワバッ! とメリッサのほうを睨みつけると、彼女の胸倉をつかんで大声で怒鳴る!!

「メリッサ、貴様かぁっっ! こ、こんなことをしてギルドにいられるとでも──」
「んん? それは脅迫かねカロン。……公益通報者については極秘だ。君に教えられるはずがなかろう」

 そういって、メリッサからギルドマスターを引き離すと、すぐに準備をするように命令すると、ドンッとギルドマスターの背中を押して部屋に追いやる。

「急げ。着替えを持っていく時間くらいやるともさ。だが急げよ? もう馬車を待たせてある────それから、今後の発言には気を付けるんだな。カロン、君には黙秘権がある──しかし、それを行使するときはしっかりと取り調べをさせてもらうからそのつもりで」

「ぐぬぬぬぬ……! メリッサてめぇぇえ!!──くそぉぉおお、覚えてろぉぉぉおお!!!」

 唸りつつも、まだ挽回できるのではないかと頭を振り絞るギルドマスターであったが、そこにメリッサが話しかける。

「散々無茶苦茶しておいて何言ってんですか。……あ、そうそう。マスターお願いがあります」
「あ゛?! なんだ! お前なんぞに──」

 ぺシっ! と、ギルドマスターのハゲ頭に叩きつける紙一つ。

「何だこりゃ。掛札…………? オッズは「1:1000」……レイル・アドバンスの勝ちに金貨10枚────ってこれ?!」

 グワバッ! 顔を上げるギルドマスターの目の間には女の形をした悪魔ががががが!!

「くふふふふ。耳をそろえて払ってもらいますよ────……金貨10000枚。あ、」

 ニッコリと笑ったメリッサ。
 いつの間にかギルドマスターが抱えていた金の詰まった袋を没収している。

「──ギルドにいられなくしてやるとか言いましたー? 別にいいですよ。デカい屋敷が買える金額ですしねー。これだけあれば一生遊んで暮らせますねー。あ、そうそう。払えなくても、払ってもらいますよ────いいですね、マぁスターぁぁぁ」

 ニヤァと笑うメリッサの笑顔の黒いこと黒いこと……。

「な! き、貴様! ば、バカな冗談だろ!?────金貨10000枚なんて払えるわけがががががが!」
「大丈夫ですよー。ちゃんと、マスターの貯金とか、家の抵当権は押さえときましたんで──」

「んなぁ?!」

 メリッサはギルドマスターをチラリとも見もせずに、袋の中から金貨を取り出し、きっちり計量中。

「貴様ぁぁあ!! 覚えてろーーーーーーー!!」
「いいからさっさとしろ!! 急げ、ハゲ」

 ハゲじゃねーーーーーーーーー!!

 と、ついに初対面の監察官にまでハゲ呼ばわりされるギルドマスターであった。
 しかし、その後の不正が暴かれ、二度とこのギルドに戻ることもできず、大量の借金を背負いかつ、大勢の冒険者に恨みを買い命を狙われる羽目になるのはまた別の話…………。

「ん~ふ~ふー。金貨5468枚なりーっと。残りは財産で支払ってもらいましょうかね」
 公認賭場の価値札の効力は強い。

 公益通報でギルド内部から睨まれようとも、メリッサにはもはや恐れるものなどなかった。
 そうして、ギュッと金の詰まった袋を締めると、数人だけいた勝ちに賭けていた冒険者の分をより分けて、残りの金をしまい込むメリッサ。



「さーて、レイルさん。こっちはケリがつきましたよ。あとは────」


ラスト『無限の一昨日』

 声援を受けて立ち去るレイルは、途中ギルドの受付の顔を出し、ドロップ品の権利を受け取った。
 そして、エリクサーを手にすると、ジッと思いふける────。

「……これが欲しかったと」

 その実、他の権利はくれてやってもよかったが、どうしてもエリクサーだけは手放すわけにはいかなかった。
 もしかして、これを使えばあるいは────……。

 レイルはある決意を秘めて故郷に帰る決心をした。
 なにか、しきりに話かけてきたフラウを完全に無視すると、その日のうちに故郷へ向かう馬車へと飛び乗ったのだが……

「おい! みろよ、あいつ」
「げ……! 生きてたのかよ?」

 久しぶりに帰った故郷はよそよそしく、コソコソと疫病神の声が聞こえてきた。
 しかも、実家はボロボロで、倉庫代わりに使われていた。
 そしてメリッサの両親は顔も見せず、村は以前と同じくレイルに優しくない
 

 だけど、レイルはそんなことはどうでもよかった────。


「ミィナ……」

 手向けのようにがけ下を除くレイルは、一息のそれを開けると、中身を躊躇なけエリクサーを使った。
 その瞬間、空だからあふれ出る魔力の光。

 そう。
 レイルはこの日、この時のために使おうと考えていた。

 一昨日にいくことができるのなら、制限時間中にもう一度使えば、もしかして───。
 ミィナと喧嘩してしまったあの日へと……。
 彼女は亡くなるその前に日にも移動できるのは?

 すぅ、
  はぁ、

 すぅ、
  はぁ、

「失敗するかもしれない。……だけど失敗しても失うものは、もはややなにもない」


 だから、使う。
 『一昨日へ行く』のスキルを!!


   スキル『一昨日へ行く』発動

「……まだだ、まだいける……!!」


 発動

 発動
 
 発動発動発動!!

「あの日に遡るには、4459回一昨日へ行く必要がある……。それには魔力が絶対的に足りないけど──」

 『一昨日へ行く』『一昨日へ行く』『一昨日へ行く』
 『一昨日へ行く』×4444




 カッ────────……。



 そしてレイルは5年前へと時間を遡行していく……。
 ギリギリ足りない。足りないけど───……かなり近いはず?!

 ミィナと喧嘩してしまった日に2日足りず、奇しくもその日はミィナが死んだとされる日だった。

「まだ。まだ間に合う!! ミィナ……。ミィナ!!」


 レイルは駆ける。
 ミィナが発見された村はずれの崖へと


 そうして……。

 そうして──────「ミィナ!!」


   ……幼馴染と再会した!!


 ※ 完 ※

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