第2話「疫病神のレイル」



 それは、数日前のこと。




 辺境の町グローリスの教会前にて、都市の同じころの男女がワイワイと騒いでいた。

 故郷の村を出て冒険者をしていたレイルは、いつもの冒険者装備一式を宿に預けたままラフな格好で教会に向かっていたのだが、
 その前にはすでに大変な人だかりができており、朝一番にでて、素早く用事を済まそうと思ったレイルの予想を粉々に打ち砕いた。

「あちゃー……。ひとごみは苦手なんだよな」

 若者ばかりの列は、仲良しグループが多いのか彼方此方で話の華が咲いている。
 レイルは一人その輪に加わることもなく、そっと列の後尾に並んだ。

 そのまま目立たぬようにしていると、

「はー緊張するな!」
「今日はいよいよ、全国スキル授与式だもんな!」

 同じく後尾付近に並んでいた4、5人の若者のグループが人目も憚らず大声でおしゃべりに興じていた。

「人生で二個目のスキルが貰えるんだもんな! 今日に期待しない奴なんていないぜ」
「そうだよね、お貴族様だってお行儀よく並んでるくらいだもん」

 誰もかれもが、そわそわとした様子だ。ことさら声が大きいのも、緊張を紛らわせるためだろう。
 それもそのはず。

 なんたって今日はスキル授与式だ。
 この世界では誰でも生まれた時に持つスキル以外に、成人式を迎えたときに「スキルの女神」よりスキルが授与されるのだ。

「俺は『火魔法』とか『風魔法』がいいなー」
 剣を下げた若者が魔法を請う。
「マジかよ? お前『剣士』のスキル持ちだろ──あ、わかった! 魔法剣士狙いか?!」
「へへ、ご名答! 『剣士』スキルは極めたからな。魔法スキルが貰えれば鬼に金棒だぜ!
「へっ。あんまり欲張るなよ。お前の兄貴みたいに、『中級魔術』のスキルを持ってるのに、女神さまから『下級魔術』のスキルを貰うかとだってあるんだぜ」
「おいおい、脅かすなよ。そんなスキル貰ったら俺は泣いちゃうぜ────っと、おいアイツ」

 捕らぬ狸の皮算用。
 まだもらえてもいないスキルに夢を馳せる若者たちが急に声を潜める。

「なんだよ──って、げ! 『疫病神』のレイルじゃねーか」
 列の後尾に並んだ一人の若者を見て、仲良しグループはあからさまに眉を顰める。
「なんだよ? 誰だ『疫病神』って?」
「お前、知らないのか? アイツだよアイツ──ど田舎の村から出てきた奴でさ、どうも嫌な噂のある奴だよ」
 不躾に指をさされる気配を感じたが、レイルは俯いて気付かないふりをする。
「聞いたことねぇな? 『疫病神』だって?」
 本当に聞いたことがないのか、グループの一人が首をかしげる。
「おいおい、本当に知らないのか? おまえ、モグリかよ────まぁいい、教えてやるぜ」

 わざとレイルに聞こえるように、おしゃべりな若者が声を上げる。


「いいか────アイツには極力近づくなよ、なんたって…………」


 若者たちがレイルを口汚く罵っているようだ。
 いくら列が長くて暇だからと言ってこれ(・・)はないだろう……

「はぁ……」
 ため息をつくレイルの耳にも、否応なく仲良しグループの声が飛び込んでくる。
 その話が大きくなるにつれ、近くに並んでいたものが一人。また一人とレイルの傍から離れたり距離を取ったりする。

 まるで、ツキが落ちるとでも言わんばかりだ。

(無理もないか……。こんな日に俺の傍にいたくはないだろうしな)


「──アイツが『疫病神』っていわれるにのはちゃ~んとした理由があるんだ」


 さっきの若者たちだ。
 どうやらまだ、続けるらしい。

「おいおい、偶然だろ?」
「偶然なもんかよ。アイツの村では有名な話だぜ?──アイツの周りの人間は皆死ぬか不幸になるんだ」
「だからって──……」

 ひそひそ
 ひそひそ

(いい加減にしてくれ……)

 うんざりした気持ちでいるレイルのことなど知らんとばかりに、列は進み、教会の中へと若者たちが消えて行っては種々様々な表情で出てくる。

 どうやら臨んだスキルや、外れスキル。あるいは微妙なスキルを貰ったりしたのだろう。
 さっきの噂話の仲良しグループもそろそろ教会の中に呼ばれる頃だ。
 そうすれば嫌な話を近くで聞かされなくてもすむ。

「──噂じゃねーよ! 本当なんだって! アイツの母親は生んだ直後に死んだらしいし、飲んだくれおやじは行方不明! その同じ日には隣の家のミィナって娘は変死したらしいぞ?! 小さな村でそんな偶然あるかよ!」
「おいおい! 声デケーって! ほら、お前の番だ。『魔法』のスキルが貰えるといいな!」
「おっとっとー! へへ、行ってくるぜ!」

 そういうと意気揚々と教会の中へと消えていく噂好き。
 彼を見送った後、仲良しグループもようやく静かになる。

「『疫病神』ねー……」
 チラリと視線を感じるが、レイルは俯いて気付かないふりをした。

「たしかに、こんな日に『疫病神』なんて目にしたくはないよな」

 ペッ! と唾を吐かれた気がしたがレイルは全て無視してやり過ごす。
 そうして、いくらか時間が過ぎた頃、


「もし……?」
「………………」

「もし──! そこな青年、アナタの番ですよ!」
「…………ぇ? あ、はい!!」

 ぼんやりとしていたレイルは、呼び止める声にようやく顔を上げた。
 どうやら、俯いている間に列が進んでいたようだ。

「緊張しているのですね? わかります────では、こちらへ」
 教会関係者らしく、柔和な雰囲気の男性に優しく促されレイルはようやく一歩を踏み出した。



(…………ミィナ。ようやくこの日を迎えられたよ)



 疫病神と噂された青年。
 レイル・アドバンスはついに人生2個目のスキルを取得できるスキル授与式に挑む。


第3話「スキル授与式」


 教会の中は薄暗く、普段は無人なのか微かに埃の匂いがした。
 今日のために整備したのか長椅子は整えられ、壁際にはズラリと神殿騎士たちが居並んでいる。

「さぁ、こちらへ来なさい」

 教会関係者────高位の司祭らしき初老の男性に誘われ、レイルは水晶の前に立たされる。

「まずはこちらに手を当てなさい。そして、今の自分を示すのです」

(……今の自分を示す? ステータスの開示ってことかな?)
 言われるままに、教会の奥に安置された大きな水晶に手を当てる。

 冒険者ギルドにある冒険者認識票(ドッグタグ)登録時に、義務つけられているステータス鑑定の水晶に似ているので、現役冒険者のレイルには何となく使い方が分かった。

「えっと、はい」

 ギルドの受付でやる様に、頭に「ステータス出ろー」と念じると、
 普段、自分だけが見えるステータス画面を他人にも見えるようにする仕組みらしい。

 じわり…………。


 水晶に浮かび上がる文字列──。


 ※ ※ ※
レベル:23
名 前:レイル・アドバンス
職 業:盗賊
スキル:七つ道具(シークレット)Lv3

● レイル・アドバンスの能力値


体 力: 235
筋 力: 199
防御力: 302
魔 力:  56
敏 捷: 921
抵抗力:  36

残ステータスポイント「+2」

スロット1:開錠Lv2
スロット2:気配探知Lv1
スロット3:トラップ設置Lv1
スロット4:投擲Lv1
スロット5:登攀Lv1
スロット6:な し
スロット7:な し

● 称号「なし」

 ※ ※ ※


「ふむ……。まだ若いのに精進しているようですね」
「あ、ありがとうございます」

 成人になりたてにしては──という意味だろうが、所詮Dランクの冒険者に過ぎないレイルには素直に褒められた気がしない。

「スキル『七つ道具』ですか──……冒険者なら【盗賊(シーフ)】として支援職にうってつけの良いスキルですね」
「そ、そうですね……」
 ニコリとほほ笑む司祭に、曖昧に頷き返すレイル。
 支援職にうってつけとは随分前向きな意見だ。実際は『七つ道具』は外れスキル(・・・・・)と言われているくらい。

 『七つ道具』は戦闘力に乏しく、魔法も使えないので、
 このスキルを持って生まれたものは【鍵屋】か【盗賊】くらいしか就職の道はない不遇スキルだ。

 だからレイルは────……。

「それでは、地下にお進みなさい──奥には女神様がいらっしゃる。くれぐれも粗相のなきよう」
「は、はい!」

 ドクンと心臓が高鳴るのを感じる。
 いよいよスキルを授かるのだという高揚感が否応にもレイルを浮つかせる。

 司祭に示された先に進むと、青い灯の先に薄暗い階段がぽっかりと口を開けていた。
 レイル以外の若者たちもこの階段を通って「スキルの女神」に会ってスキルを授かったのだろうか。

 教会を出てきてすれ違った若者たちの色々な表情を思い出す。

 喜んでいるもの。
 落胆しているもの。
 微妙な顔をしていたもの────本当に様々だった。

 果たしてここを出るとき、レイルはどんな表情をしているのだろう。

(いよいよだぞ────ミィナ)
 そっと、胸に手を当て、ミィナの形見のペンダントを握りしめる。





「きっと、戦闘スキル(・・・・・)を授かるからな────見ててくれよ」

 ※ ※ ※

 決意を胸にしたレイル。
 そのまま階段を下りていくと、目の前には広大な地下空間があり、床にはびっしりと魔法陣が刻まれた不思議な空間に降り立った。

「こ、ここが……」
 荘厳な空間に息をのむレイル。
 そして、部屋の壁際には彫像のように立つ神殿騎士と中央には高そうな法衣を纏った神官がいた。

「それではスキル授与式を始める。──レイル・アドバンス。前に」
「は、はい!!」

 言われるままに進み出るレイル。
 その歩みにあわせるように、床の魔法陣がポンッ……ポンッ……と明るく光り、まるで踏むと発光するコケを踏みしめている気分だ。

「レイル・アドバンス────これよりスキルを授与する。……強く願いなさい。自分がどうありたいのか」

 こくこくこく!

 緊張感のあまり、答えることもできずにただただ頷くレイル。

「──強く、強く! 強く願うのです!」
「は、はい!」

 神官に言われるままレイルは願う。


 スキルを…………!
 強いスキルを──……!


「俺に戦闘スキルを……! 強いスキルを────!」

 ギュウと握りしめるミィナの形見。その思いを馳せるレイル。
 まだ子供だったあの頃の約束を果たすために……。


 ミィナ……。
 ミィナ──。

  「レイル……」

 ミィナ!

  「レイル──! 約束だよ!」
  「レイルは護衛の冒険者で、私は商人!──それで二人で世界を回ろうよ!」

 あぁ、ミィナ!
 俺は約束を果たすよ──……。

  「────スキル授与式でいいスキル(・・・・・)を手に入れたら、絶対に一緒に行こうね!」
  「約束……だよ!」


 脳裏に流れたミィナの声。
「あぁ、約束だ……」
 もう二度と、君と喧嘩はしないよ。

(──あの日、喧嘩をしたせいで彼女にお別れを言えず、酷い別れ方をしたままで後悔だけが残ってしまった。だけど、もう後悔したくない!)

 些細な事で、ミィナと喧嘩別れをして、そのせいでミィナの死に目に会えなかった。
 そして、誰か見ず知らずの人間に殺されたミィナ────……。


 彼女はとっくに死んでもうこの世にはいないけれど──レイルは彼女と世界を回るという約束を果たしたい。


 絶対に戦闘スキルを手に入れて見せるから……!




「約束──……守るよ、ミィナ」




 ……ピカッ──────────!!

 レイルの呟き。
 それを合図としたかのように地下の部屋が強い光に閉ざされる。


 そして、光が収まった時。
 その光の収束した先に、神々しい光に包まれた一人の女性がいた。


 そして、彼女が言う。
『──……貴方のスキルは「手料理」です』

第4話「ゴネてもいいことないですよ?(前編)」


『貴方のスキルは「手料理」です』
「…………え?」

 神々しい声とともに、召喚魔法陣の上に顕現した美しき女性。

「この方こそ『スキルの女神』である──敬意を表せ」
 黙して語らなかった神官が口を開いた。
 どうやら、彼女こそがスキルを与えたもう神だという。

(こ、これが……スキルの女神)

 輝く豊かな髪をさらりと流した美しい女性が、柔らかな笑みを浮かべてレイルを見下ろしていた。
 煽情的だが上品さをこね備えた黄金色の衣を着流し、
 キラキラとした光の粒子を纏い、宙にフワリと浮かぶ神々しい女性。

 それがスキルの女神らしい。

『さぁ、新たなスキルに触れるのです。さすればアナタに力を授けるでしょう』

 そして、彼女の声とともに、台座の上にパァ……! と、小さな光の輝きが生まれた。

 荘厳な輝きは、見るものすべてを魅了してやまない。
 ずっと見ているだけで引き込まれそうなほどで、その光に触れればスキルを得られるという。



 うん……。
 新たな力が得られるっていうけど────……。




「………………いや、その『手料理』って言いました……よね?」

『そうですよ──』

 ふわりと、花が咲くような柔和な笑みをみせる女神。
 常人ならば、威光がまぶしくて思わず首を垂れそうになるだろう。

 だが、

「……ちょ、ちょっ~~~と待ってください!」

『はい……?』

 ──恐れを知らぬものが、ここに一人。

「て、手料理って────あの手料理ですよね?」
『あの手料理が何か存じませんが、「手料理」は手料理ですよ』

 ニッコリ。

「いや、その……。手料理って戦闘スキルじゃないですよね?」
『そうですね』

 ニコッ。

(いや、ニコッ──じゃねぇよ!)
 動揺するレイルとは裏腹に、スキルの女神はレイルの質問に嫌な顔一つせずに答えてくれる。

『──食べるものの心を癒し、郷愁を誘う心優しいス──』

「えっと……。俺──戦闘スキルを願ったんですけど?」
『はい────存じておりますよ。貴方の半生を見て、このスキルが適切だと判断しました』


 …………は?
 ……………………何言ってんのコイツ??


『戦闘スキルがないがために、幼馴染を護衛するクエストが受けられなかったのですね────それが理由で喧嘩をして……』

 的確にレイルの過去を読んだスキルの女神は目に涙を浮かべて語る。
 しかし、それだけに納得がいかない。

「いやいやいや! 知ってるじゃん!! お、俺の半生を見たるじゃん!? な、なら────!!」
『はい。……辛く痛ましい過去をお持ちのようです。だからこそ、「手料理」なのです』

 ──…………はぁぁぁあ??

「いや、意味わかんねーですよ!! アンタ、頭大丈夫か??」
 真面目に『手料理』とかいらないから。



『………………あ゛?』



 柔和な笑みを浮かべていた女神の表情が一瞬揺れる。

「いや、マジで! マジで『手料理』とかいらない! そんなんじゃなくて、俺に戦闘スキルをくださいよ!」

 『あ゛……?』じゃねーから!
 マジでそーゆーのいいから。ジョーダンきついから!!

「いや、『手料理』はないっす!! 別のに!──別のにして!!」

 そう。
 戦闘に使えるスキルならなんでもいい!!

「そうですよ! 贅沢は言いませんから!! 『下級魔法』とか、『剣士』とか、ほらそーゆー適当なのでもいいですから!!」

 冒険者として護衛のクエストに使えるくらいの戦闘用スキルなら何でも──……!

『──て、適当? 今、適当つったか、貴様ぁ…………』

 プルプルと震え始めたスキルの女神。
 その様子に手ごたえありと感じたレイル。

 ここぞとばかりに畳みかける!

「そうっすよ!! なんでもいいんです! 戦闘スキルなら何でも! それで俺はミィナとの約束が果たせるんです! だけど、『手料理』はない! ないわー! アンタ、センスないわー」
『んだと、ごらぁ……』

 プルプルプル……!

(……お、これいけるんじゃね?)

 押し黙った女神を見て、さらなる手ごたえを感じたレイル。
 あと一押しで行けそうだ!!

「お、おい! あいつ不味くねーか?」
「何だアイツ? 女神さまに向かって!──神官様何やってんだよ?!」

 ざわつき始めた地下室。壁際に控えていた神殿騎士が騒ぎ出す。

「やべぇ、神官様硬直してる──あの爺さん、フリーズしてるよ!」
「お、おい、貴様!! なんだその口の利き方は!?────恐れ多くも、慈悲深きスキル神様の御前であるぞ!」

 ──いや、知ってるっつの!

 護衛の騎士が大慌てでレイルに掴みかかる。

「ひ、控えおろう!」
 慌てた様子でレイルを取り囲む騎士たち。
 全員がレイルの態度に真っ青な顔をして、オロオロとしている。

「ハッ?! しまった……。だ、だだだ、誰かあの者を拘束なさい、そして口を塞ぐのです! 今すぐ!!」

 儀式を担っていた高位神官がようやく起動。大慌てで、レイルを指さすと、
「「「うぉぉおおお! 不届き物めぇ!」」」

 手を出していいのかわからず遠巻きに見ていた神殿騎士が一斉にとびかかる。

「うわ! ちょ──暴力反対! うわわわー女神様! 早く戦闘スキルを!!」
『テメェ────きゃあああ!!』

 ビリビリビリ!

 神殿騎士から逃れようと、飛びのいたその拍子に女神のトーガがレイルに引っ張られて少し破れる。
 だが、レイルも騎士たちも必死だ。

「恐れ多くもスキルの女神に向かって、なんたる無礼な!!──控えおろう!!」

 居丈高に叫ぶ神殿騎士たち。
 いや、そんなこと言われたって……!

「あの……、め、女神様! 早く、早く、ちょっ(ぱや)で……はやーーーーーく!! ポンとスキルくださいよー!!」
「「き、貴様ぁぁあ!」」

『ちょ! 引っ張んなし──あああああ!!』

 ビリリリリリリ! ぽろん。

 神殿騎士が肩を掴む中、レイルは声を振り絞る。
 だって、『手料理』だなんて絶対に認められない────。

『……て、テメェ──! お気に入りの服ががががががががぁぁああ!!』

 ピクピクと表情筋をひきつらせた女神。
 なんとか表情をとりつくろいつつ、困った顔で頬に手を当てている。

『ぶっ殺……。NO(ノウ)!! あぁ、ダメよ。落ち着け私────ヒッヒッフー……ヒッヒッフー』
「絶対に『手料理』なんて嫌だ!! お願いします!!──俺に戦闘用のスキルを!」

 戦うためのスキルを!
 ミィナとの約束のスキルを!
 
 お願いします!!
 お願いします!!

 ──ガックンガックン!

 ついには女神を揺さぶるレイル。…………すげー揺れてる。

『だからー。もー。だからぁああ!!』
「いやだ、いやだ! ミィナとの約束があるんだ!! いやだいやだ!」

『しつこい、コイツーーーー!!』

 ゴネるレイル。
 みっともなくも、まるで子供が駄々をこねる用意、ゴネる。ゴネる!!

「お願いします! お願いします!! お願いします! どうかぁぁ!!」

 ──ユッサユッサ!!

『もーやだぁ! ちょっとぉぉぉ、もーーーー!!』
「やだやだやだやだやだ! いやだーーーー!! 『手料理』なんて嫌だーーーーー!」

 お願いします! お願いします!
 お願いします! お願いします!

『ちょ……。ちょっとー。もうー。ちょっとぉぉ……うわ、服破れてるし』

 お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い!!

 ビリビリビリ──!

 よし、もう一押しだ──────!!

『ちょっとぉぉぉぉおおおお!!』
「お願いしますぅぅうううううう!!」



 どうか俺に戦闘スキルをぉぉぉおおおおおおおお!!






『────────………………うるっせぇ』(ボソッ)

第4話「ゴネてもいいことないですよ?(後編)」

『────────………………うるっせぇ』(ボソッ)

(え?……いま、なにか────)
 チラリと女神の顔を窺うレイル。

(……いや、それよりも催促だ! 何かいいスキルを貰わなきゃ!!)

「お願いします!! 女神様!!」

 お願いお願いお願い!!
 お願ーーーーーーい!!

「お願いしまーーーーす!!」

『うるせぇ……』


 ぶちっ………………。



『うるっせぇぇぇえええええ、つってんだよ、ごらぁぁあああああ!!』



 カッ────────!!

「ひゃぁ?!」

 しつこく食い下がるレイルについに女神がブチ切れる。
 今までは荘厳な雰囲気を纏っていたというのに、今では両目から光を、ビカーー!! と発射してレイルをめちゃくちゃ睨んでいる。

 まるで邪神。
 そして、止まらない!!

『うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!』

「ひえぇえ? なになに? 何で怒ってんの?!」

『うるせぇぇぇえええええ!!』

 うるっせぇぇぇえええんだよぉぉおおお!!
 この下等生物がぁぁぁああああああああ!!

 バーーーーーーン!!

 と、部屋中を揺るがす大音響!
 神像がはじけ飛び、天井や床には罅が奔る。

「「ひ、ひぇぇええ!」」
「「め、女神さまがお怒りじゃぁああ!」」

 余波を食らって吹き飛ばされる神殿騎士と神官たち。

「「「お、お助けぇぇええ!」」」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ! と、地下室に地響きが広がるに至り、「逃げろぉぉぉお!」と、教会関係者は散を乱して撤退。

「ひ、ひぇぇ……!」

 そして、これにはレイルも腰を抜かしてしまい、一人地下に取り残される。

『こぉおんの、下等生物がぁあ……。いい顔してやってたら調子に乗りやがってぇぇぇえ!!』
「ひぃ! ご、ごめんさい」

 反射的に謝るも、もはや女神は悪鬼のごとし表情。
『なぁぁぁぁにが、ごめんさーい、だ!!』

 ズンッ!!
 床に亀裂の入るほどの強烈の一歩!

『なぁぁぁにが、『手料理』はいらないだ!!』
「ひえ?!」

『なぁぁぁにが、ちょッ早だ! なにが、適当だ!! あぁぁっぁあんだごらぁぁああああ!!』

 ズンズンズン!!

「ひ、ひ、ひぃぃい!」

『ぶっ殺すぞぉ、クソガキゃぁぁっぁああああああああああああ!!!』


 ズドォォォオオン!!


 クレーターを穿つほどのスタンプがレイルの股間のすぐ下に作り上げられる。

『女神さん、激おこじゃあっぁあああああああああああああ!!』
「ひゃあああああああああ!!」

 女神キレさせるとか、どんだけ!!


 すぅぅ……。
『────テメェにくれてやるスキルなんざねぇ、一昨日(おととい)来やがれぇぇぇぇええッッ!!!!』


 ピシャーーーーーン!!


 女神を顕現させている空間から電撃が迸る。
 その姿の何と恐ろしいことか!

 ババン! バババン!! と、雷が天井やら床やら壁を焦がして大地が揺れる!

 レイルも漏らさんばかりに怯えていたが、
 「いや、ダメだ!!」ここで引き下がるわけにも────。



「ご、ごめんなさい! 怒らせるつもりは────……ただ、戦闘用のスキルが欲しくて」




『すぅぅ…………──誰がやるかぁぁああ! 一昨日(おととい)来いッッッ、つーーーのぉぉお!』
「ひぃぇぇえ?!」



 ボッッッッッカーーーーーーーーーーン!!



 ついに崩落した教会地下室。
 レイルはこの衝撃とともに放り出されて教会の外に転がっていく。

「うぎゃああああああ!!」

 煙を吹きながら、燻りゴロゴロゴロと、転がる様に放出されたレイル。
 もう、生きているのが不思議なくらいだ。

「「ひえぇぇぇ! 教会が──……!」」
「「女神様の御乱心じゃぁぁああ!」」

 むき出しになった教会地下。
 グルグルと渦巻く魔力の渦は、まるで地下室を地獄のようにも見せており、その中央に立つ女神はまるで悪鬼のごとしだ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


「ひぇぇぇえ……教会は──人類は終わりじゃぁぁあ!」


 腰を抜かした高位神官が頭を抱えている。
 そして、何とか五体満足で飛び出したレイルと、それを睨みつけている女神。

『てめぇ、二度と来るんじゃねぇぇぇえ!! うがぁぁああああああああああああああ!』

 ビリビリビリと空気が震える。
 そして、


 ぶっ殺してやるぞ、下等生物ぅぅぅぅううううう!!


 うがぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!
 がぁっぁああああああああああああああああああああああ!!!!!



『ぁぁぁあああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛──────…………はい。では、次の者』



 ………………ニッ~~~コリ。



 そして、ひとしきり叫んだ女神は、まるで何事もなかったかのようににこやかに微笑む。
 教会の地下に渦巻いていた地獄のような煙と魔力の迸りは露と消え、キラキラと輝く荘厳な空間へと一瞬にして戻る。

 あの女神も、いつもの柔和なアルカイックスマイルを浮かべて慈母のごとき表情に戻っていた。




 しーーーーーーーーーーーーーーーん。




 だけど、さすがに誰も動けない。
 教会関係者も腰を抜かし、今日スキルを貰う予定の新成人たちも茫然自失。
 その親や関係者、または有用なスキルを獲得したものをスカウトするための様々な職域の人間たちも口を開けてあんぐり……。

 もちろんレイルも────。
「ご、ごめんなさい……」


「そ、それでは。スキル授与式を続ける…………」


 ガクガクブルブルと膝を震わせた高位神官が職業意識だけで立ち上がると、フラフラとしながら教会の地下へと戻っていく。
 レイルだけはそのまま取り残され、また新成人が一人、また一人と地下に呼ばれてはスキルを受け取り戻ってきた。


 喜ぶ者、
 落胆する者、
 微妙な顔をする者、


 そして、後に残されたのは女神を怒らせた────……レイルだけ。





 え???
「……お、俺のスキルは──────?」

第5話「スキルの女神をキレさせた男」

「……お、俺のスキルは──────?」

 しーーーーーーーん……。

 前代未聞。
 女神を怒らせた男、レイルは茫然と立ち尽くしていた。

「う、嘘だろ……」

 ようやく出たのはこんなセリフだけ。

「ちょ、ちょっと待って!」

 すぐに教会関係者に面会し、頭を下げて謝罪したが────当然受け入れられるはずもなかった。
 人々が好機の目を見ていることにも気づかず、ただただ茫然とするしかないレイル。

「うそ!? ちょ、ちょっと!! 俺のスキルは?!」
「「知らぬ! もう帰れ帰れ!!」」

 頑迷な神殿騎士は二度とレイルを教会に入れることはなかった。

「ま、待ってくれよ!! せめて、せめて『手料理』のスキルだけでも!! なぁ!!」
「うるさい!!」

 胡乱な目を向ける神殿騎士や教会関係者。
 なんとか、スキルが貰えないものかと教会の入り口でウロウロとするも、結局門が開かれることはなく、そのまま夜になってしまった。

 そして、
「これにてスキル授与式を終了とする────」

 ついに、教会前にて神官は宣言し教会は閉ざされてしまった。

「う、嘘だろ……?! お、俺の…………スキルは?」

 ガクンと膝をついたレイル。

 しーーーーーーーん……。

 無人の教会で答えるものなどあろうはずもない。

「そんな……ばかな──。馬鹿な!!」

 スキルが貰えないなんてありえるのか?!

「嘘だと言ってくれよーーーーー!!」

 絶望し、悲嘆にくれるレイル。

 だが、 二度と女神は現れず、
 深夜になり日付けが変わった頃、気が付けばレイルは常宿としている冒険者御用達の安い部屋の中でぼんやりと膝を抱えて座り込んでいた。

「………………ミィナ、ごめんよ」

 約束、守れそうもないや────。

 目が覚めれば全部嘘だったと、そうなればいいなと願いながら、知らず知らずのうちに深い眠りにつく……。


 ※ チュン、チュン ※


 朝、冒険者ギルドの近くの安宿の一室でレイルは目を覚ました。
 だが何をする気にもなれず、ぼーっとして過ごしていた。

 思い出されるのは昨日の出来事ばかり。

「はぁ……ゴメンよ、ミィナ」

 そうして、何度も何度も、虚空に向かって謝り続けたレイルは、昼も過ぎた頃になってようやくもぞもぞと動き出した。
 たった一晩でゲッソリとやせ細り、見る影もなくなっていたレイル──。

 それでも、人間腹も減るし、風呂にも入りたい。
 だから、半ば惰性でのろのろと動き、冒険者ギルドに向かったレイル。

 冒険者でごった返す入り口を抜け──。

 カランカラ~ン♪

 いつも通り、余りものの依頼(クエスト)を受けて日銭を稼ごうとした時だ。

 スイングドアを潜ったレイルに突き刺さる視線。
(もう、噂になっているのか……)

 ただでさえ『疫病神』と疎まれているレイルだ。
 そういった視線にはなれていたが、今日はさらにレッテルが追加された模様。

 『女神をキレさせた男』

 ヒソヒソと囁かれる陰口を意識の外に追いやって、いつも通り塩漬け依頼や、不人気クエストの残る依頼掲示板(クエストボード)の前に立つ。
 昼過ぎということもあり、いつもに増して碌な依頼がない。

「はぁ……」

 仕方ない。常設クエストでもやるか、と安いクエストをはがしたとき、
「あの。レイルさん?」

 ──レイルを呼び止める声があった。

「は、はい……? あ」

 幽鬼のような表情で振り返ったレイルの目の前には、キチッとしたスーツに身を包んだギルド職員、受付嬢のメリッサがいた。

「ど、どうしたんですか? ひ、酷い顔色ですよ」
「え? あ、ぁぁ、なんでもありません」

 といったものの、ヒソヒソとした周囲の声と視線を見れば、教会での出来事なんかはすでに知れわたっているのだろう。
 もちろん、ギルド職員のメリッサが知らないはずもない。

「そ、そうですか。あの、今──お時間ありますか?」
「え? まぁ……」

 どうせやることもない。
 日銭を稼ごうと、薬草採取か地下道のネズミ退治でも引き受けようかと思っていただけ──。

「そうですか! よかった! じつは、ギルドマスターからの紹介で、レイルさんをぜひパーティに入れたいという人たちがいるらしいんです!」

 え?
 俺を……?

 そう聞いた瞬間、レイルは眉根を寄せる。
 今までレイルをパーティにいれようなんていう酔狂な奴はただの一人もいなかった。
 だというのに、よりにもよってギルドマスターに紹介を頼んでまでレイルを探す……?

 いったいだれが何のために?

「冗談、ですよね? ギルドマスターがDランクごときに俺の名前を知っているなんて──」
「そ、そんなことないですよ! 私も詳しくは聞いていないんですが、マスターから名指しでレイルさんを指名されたんですよ!」

 ……おいおい、マジかよ。

 レイルはギルドマスターに名前を覚えられるほど貢献したかな? とふと記憶を探るが、すぐに自嘲気味な笑みを浮かべた。
 すなわち──……。
「あぁ、貢献度というよりも、悪名のほうですかね。『疫病神』のレイル。ついでに、先日は教会で大騒ぎも起こしましたし──」
「そ、そんなこと……!」

 メリッサは唇を噛んで俯く。その様子を見るに、やはりメリッサも先日のレイルの噂を聞いているようだ。
(まぁ、当然だよな)
 この町の冒険者のことでギルドが知らないことなど、そうそうあってたまるか。

「気を使ってくれなくてもいいですよ。本当のことだし」
「は、はい。いえ、その……」

 だけど、メリッサは比較的マシな部類だ。
 むしろ、レイルには好意的な人物だと言える。

 というのも、彼女とは同期と言えるような間柄で、
 冒険者とギルド職員という立場ではあるが、村を出たばかりで都会が初めてのレイルと、同時期に配属になったメリッサ。

 窓口業務で知り合ったのだが、初めて担当したのが縁となって、それなりの長い付き合いでいる。
 当時はお互い新人同士ということで何かと接点の多くなった二人──その縁もあってメリッサだけはレイルを『疫病神』という色眼鏡で見ることなく接してくれたのだ。

 おかげで依頼(クエスト)の余りものを回してもらえるし、色々な支援もしてくれた。

 そのメリッサが言葉を濁すのだ。
 それくらい先日の騒動は噂になっているのだろう。

 女神を激怒させた男として────。

「いいんですよ、慣れてますから」
「レイルさん……」

 そういってあっけらかんと笑うレイル。もちろん、その笑いは実に空虚ではあったが……。

(はぁ。この町も俺の人生もそろそろ潮時かな……。まぁいいか、もう何の未練もないし──)

 戦闘職として活躍する──たったそれだけの、ミィナとの約束を果たしたいという思いでスキル授与の日まで生きてきた──。
 ……ミィナに成長した自分を見せれば供養になるかと思ったのだけど。

(だけど、もういいや────疲れたよ)

 ドッと疲労を感じたレイル。

「とりあえず、話は聞くよ──どうせ冷やかしだろうけどね」
 『疫病神』のレイルをおちょくりたい(・・・・・・・)者はいくらでもいる。
 今回もそういった類だろうけど、メリッサの顔を立てるためにも、面会くらいはするかと、思ったレイル。

 だけど、そのパーティとやらと面接をしたあとは、どこか静かな場所に行こうと心に決めた。

「──違うんです。聞いてくださいレイルさん! 本当の本当なんです! ぜひアナタを仲間にしたいっていうパーティがあるんですよ──だから!」


 ……だから、そんな諦めた目をしないで──。


 メリッサの目がそう訴えかけているようだった。
 その目を見て少しだけ興味を持ったレイル。

「…………マジなんですか?」

 それにしても、レイルを仲間に……?
 『疫病神』のレイルを?

「──そんな変わったパーティが、どこにあるっていうんですか……」

 呆れたようにレイルが言ったとき、




「──俺たちが、その変わったパーティさ」

第6話「Sランクパーティ」

「──俺たちが、その変わったパーティさ」




 え?

 そう言って、音もなくレイルたちの背後に立った数人の男女。

 キラキラの装備に、
 美男美女──……と、チビっこ。

 人間とドワーフの混成パーティ。
 いや。それよりも、あの輝く剣は────……。

「せ、聖剣────グランバーズ!!……ってことは。ま、まさか」

 こんなレイルに声をかけてくれたのは──。


「……Sランクパーティ『放浪者(シュトライフェン)』ッッ?!」


 王国中に有名を轟かせる最強のパーティがある。
 それが目の前にいる青年が率いる、ギルドの認めた天職『勇者』のいる『放浪者(シュトライフェン)』だった──。

「ハハッ。知っていてくれて光栄だね。……君がレイルくんだね? ギルドマスターから話は聞いているよ」

 そりゃ、知らないわけないだろう!!
 いや、それよりも──……!

 え?
 えええ!!

「ま、マジ──……い、いえ、失礼しました! ほ、本当に俺を? しかも、マスターから?」

 てっきりメリッサの冗談かと思っていた。
 落ち込んでいるレイルを慰めようとするメリッサの気遣いだと──。

 ふと彼女を見ると力強く笑い、大きく頷いた。

 ……つまり、冗談でもなんでもなく、本当のことなんだと!

「あぁ、そうだよ。君みたいな(・・・・・)冒険者を探していたんだ。詳しくは後々──ぜひ、君の力を借りたいんだッ。頼む、君が必要なんだ──レイル」


 そういって、手を差し出すSランクパーティのリーダー。
 そう、『勇者』と言われるあのロード・バクスターから──!!


 まっすぐにのばされる鍛えられた腕。
 まっすぐに見据える意志の強い眼差し。


 もはや行ける伝説ともいえる最強の冒険者ロードから勧誘を受けるなんて……!

 それを聞いた瞬間、身体に電気が奔ったように震えた。
 同時に、レイルの中で緊張していた何かが切れる。


 そして、一筋の涙が…………。


「う……うぅ──」
「お、おい?! ど、どうしたんだよ?」

 慌てたロードがレイルに駆け寄る。
 だが、レイルは何も言えず、ただただ目じりが熱くなる。

 …………『疫病神』と言われるようになって以来、誰かに必要だと言われたのは初めてのことだった。

 ──だから嬉しかった。

 Sランクパーティのリーダーに必要だと言われて嬉しくて嬉しくて──その瞬間だけでも、人生のすべてが報われた気になった。
 だから、迷わずその手を取った!

 熱く! 固く! 頼もしいその手を!!

「お、俺の名はレイル──……! レイルです」
「あぁ、知ってる! よろしくな、レイル!」

 固く握手した二人。

 そして、ロードがバンッ! と力強くレイルの肩を叩くとそれを合図にしたかのように、

「よろしくな!」
「よろしくお願いしますよ」
「よろしくね♪」

 重戦士 ラ・タンク!
 賢者 ボフォート!
 神殿巫女 セリアム・レリアム!

 Sランクパーティ『放浪者(シュトライフェン)』のメンバーが口々に挨拶をかわし、レイルの肩を叩いてくれた。

 技術士長官────は、ギルドの隅っこで機械いじりをしていたので、ロードを含む4人の伝説級のメンバーが口々にレイルに「よろしく!」と声をかけてくれたのだ!

 あの(うた)に聞く、Sランクパーティがレイルに──だ!!

「おいおい、泣くなよ」
「おやおや、まだ泣くのは早いですよ。厳しい旅はこれからです」
「うふふふ、嬉しいのね──わかるわ」

 ロード以外のメンバーも気さくにレイルに話しかけてくれた。

「さぁ、詳しい話は俺たちの宿で話そう────遠慮するなよ、君はもう仲間なんだ」
「…………はい!」

 あれよあれよという間に話は進み、レイルは『放浪者』に加入することになった。
 細かい手続きはもう済んでいるというので、あとはレイルの承認だけなのだとか。

 もちろん断る理由はない。
 そうして、Sランクパーティの一員となったレイル。

「まったく、加入だけで泣くなよ」
「だって、嬉しくって……」

 涙ぐむレイルの肩を組んで歩きだすロードたち。
 それを頼もしそうに見送るメリッサ。

「頑張ってくださいね、レイルさん!」
「はい……ありがとう、メリッサさん!」

 力強く頷き返すメリッサと別れ、
 その日は、ロード達の宿に招待され、歓迎会を開いてくれた。



 彼らの宿は大きく清潔で、そして豪華な料理が揃っていた。
「遠慮するなよ、レイル」
「は、はい!」

 見たこともないほどの豪華な料理に面喰いながらも、手渡される杯を受け取ると、

「おっほん……。では、我ら『放浪者』の新しい仲間に────」

 ロードを音頭に、

「「「「かんぱーい!」」」」

 一斉に打ち鳴らされるカップの音!

 あふれる琥珀色のアルコールも煌びやかで、
 それはまるで、夢のようなひと時で、つらく鬱屈した感情を押し殺していたレイルのそれを溶かしていくような時間。

(あぁ……。まさか、俺がSランクパーティに入れるなんて!!)
 ……まるで夢のようだ。

 レイルは天にも昇らんばかりの感動につつまれていた。

 まさに、これまでの苦労────その全てが報われたような瞬間だ。
 正真正銘の戦闘職と肩を並べて冒険ができるという望外の話!

 それこそ、レイルが女神にゴネてまで求めた戦闘スキルを持った……本物の──夢にまで見た最強の冒険者たちだ。

(うぅ……! このまま、このまま──彼らとともに高みに上っていければ、支援職の俺も──【盗賊(シーフ)】のまま、戦闘職なみの強さをえることができるかもしれない!)

 そう考えたレイルは嬉しくて嬉しくて、宴会のさなかに何度も泣いた。

 何も、最強と呼ばれなくてもいい。
 支援職でも、並の戦闘職クラスに扱ってもらえればそれで本望なのだ。

 たとえ、戦闘向きでない【盗賊(シーフ)】であったとしても、それはDランクであればの話。
 Sランクパーティのロード達にについていき、Lvを上げていけばいつか……。いつか!



 いつか、本物の強さを手に入れることができるかもしれないと──。



「ミィナ……!」
 宴会の騒音のなか、ギュッとミィナの形見を握りしめるレイル。


 不遇スキル『七つ道具』でも、
 スキルの女神に嫌われて新しいスキルが貰えなくても、
 たとえ支援職【盗賊】でも────!

 もしかすれば、ロード達と冒険を続ければ、並大抵の戦闘職に引けを取らない強さを手に入れることができるかもしれない。

 そうすれば、昔、ミィナとかわして果たせなかった約束を。
 ──いつか世界を二人で見て回ろうという約束が果たせるかもしれない!!


 レイル──その思いでいっぱいになった。



 だから、聞けずにいたのだ。






 なんで、Sランクパーティの『放浪者』が、レイルのようなDランクの冒険者を仲間にしようとしたのか────……。