6年間付き合った恋人と本当に最後の別れをしたばかりだというのに、私はあの後平然と教室に戻り、謝恩会でクラスメイトと平然と思い出を語り合っている。きっと大和のいない生活がこれから普通になっていって、大和も「八千代」を忘れるのかもしれない。

「続きまして卒業生代表より、保護者の皆様、先生方への挨拶です」

 大和のいない謝恩会はどんどん進んでいく。私はポケットからメモを取り出して前に出る。


「生徒会長・大和妃奈に代わりまして副会長の私・八千代志保が挨拶をさせていただきます」


 この原稿は作文が苦手な私の代わりに大和が書いた。京永女子学園高等部第72代生徒会長・大和妃奈。私の恋人。大和が書いた文章を私が読む。初めて愛した人との、最後の共同作業だ。

 テニス部でダブルスを組んだ大和。五十音順に割り振られた寮の部屋割りで6年間ルームメイトだった大和。片耳ずつイヤフォンで同じ音楽を聴いた大和。

 分かっていた。自分のことを「俺」と言って男言葉をしゃべったって、男の子にはなれない。結婚できない私たちは名字で呼び合ったって支障がない。18歳の何もできない私は、大和を追いかけるすべを持たない。どんなに愛し合ったって、必ず終わりが来る恋だった。


 あの日、私たちは指を絡めて将来を誓い合った。

「大人になったら駆け落ちしよう。女同士だし、そうでもしないと永遠に出来ないじゃん」

「そうしたいけど、いけないこと、だよね」

「これは俺達の恋を守るための正当防衛だよ」

「俺?」

「大和のことさらう王子様みたいでよくない?俺が漫画の主人公で、大和がヒロイン。ロマンチックじゃない?」

「うん、素敵。八千代は私の王子様。じゃあ必ず私をさらってね」

「約束する。だって、こんなにも夕焼けは綺麗だから」

 あの手を一生離さないと誓ったはずなのに、子供の私はとてつもなく無力だった。


 実家への帰り道、大和が恋しくてスマートフォンで音楽を聴いた。大和が私のスマホに勝手に入れた音楽。いつも一緒に聴いていたその曲はフランス語のラブソングだったらしいけど、私はその歌詞の意味を知らない。でも、なぜかこの曲が好きだった。

 午後17時を少し過ぎた頃、大和の飛行機を探して空を見上げた。嘘みたいに綺麗な夕焼けが広がっていた。空っぽになった私の心に、その景色が染み渡る。ただただずっと待っていると、飛行機が飛行機雲を描きながら遥か北西のフランスの空に向かって飛び立っていった。夕日の中で唇を重ねたヒナ鳥が遠い海の向こうで大人になるのなら、私はそれを追いかける鳥になりたかった。

 幼さの象徴だった制服のブレザーを脱ぎ捨てて、空を見上げて決意する。夕焼けはいつだって私の本能を裸にした。

 いつかこのラブソングの意味が分かるくらい大人になったら、大和をさらいに行こう。そして、最後のキスの返事をしよう。


「私は今でも大好きだよ」