前回のあらすじ
事案かと思いきや、さらなる面倒ごとの匂いだった。
アルコと別れ、何をするという目的があるわけでもなくぼんやりと街を歩きながら、結弦は困惑していた。
「まさかこっちの世界にもダークソーンがいるなんて……」
『もう組合のノルマもないんだし、別に無理して倒さなくていいんだよ。アルコだっているんだしね』
「ノマラはそれでいいの?」
『ワタシはユヅルに助けられた身だからね。ユヅルがいいと思う形でいいと思うよ』
「むーん。判断放り投げてくれちゃって」
『君が判断することだからね』
でも、とノマラはその長い尾で、慰めるように結弦の肩を撫でてくれた。
『さっきも言ったけど、アルコだっているんだ。この世界の人は十分にダークソーンと戦えているみたいだし、本当に、無理しなくていいと思うよ』
「そんなもんかなあ」
『魔法少女だからって、別にもう気負わなくていいと思うけどなあ』
そうは言われても、結弦の気は晴れなかった。
確かに、異世界に飛ばされるなんてとんでもないイレギュラーのさなかにいるのだ。そしてそのイレギュラーの中では、結弦が無理をして戦うまでもなく、人々は自力でどうにかできている。
でも、結弦は魔法少女なのだ。それでも、結弦は魔法少女なのだった。他の魔法少女たちがダークソーンと戦い傷ついていったように、結弦もまた、ダークソーンと戦ってきたのだ。その貢献度は決して大きくはなかったかもしれないが、それでも結弦なりに戦ってきたのだ。
いまさらそれを、環境が変わったからと言って翻すのはなんだかおかしなことのように思われた。
『ユヅルは真面目だなあ』
「そうなのかなあ」
『もう少し適当でいいと思うよ。第一ユヅルは好きで魔法少女になったわけじゃないじゃないか』
それは、そうだった。
そもそも結弦が魔法少女になったきっかけは、ダークソーンに寄生された小学生に襲われているノマラを助けようとしたことからだった。返り討ちにあって傷つけられそうになった結弦は、咄嗟のことではあったがノマラと契約してダークソーンと戦う力を得て、これといった特殊能力もない杖でひたすらダークソーンを三十分ほど殴打して泥仕合の末に勝利を収めたのだった。あれほど日頃のアルティメット・テイザー・ボールで鍛えた足腰に感謝した日はなかった。
ノマラがその後土下座する勢いで謝罪したことだったが、一度魔法少女になったものは二度と元に戻れないことはその時に説明されたが、ああ、そうだ、確かノマラはあの時も、無理して戦わなくていいのだと、そう言ってくれたのだった。
ダークソーンと戦う道は、常に傷つき、傷つけられる世界だ。傷つくことも、傷つけることも恐ろしい結弦がやっていける世界ではないのは確かだった。
それでも結弦は魔法少女として戦うことを決めた。
そりゃあ、酷いことばかりだった。ガラの悪い魔法少女に絡まれて肉壁兼回復薬として運用されたときは早く殺してくれと四六時中思っていたようだし、魔法少女組合に助けられてからのブラック労働を続けている時もどうして生きているのかわからなくなることが多々あった。
環境に流されて、情に流されて、同調圧力に流されて、なんとなくでやってきたのかもしれない。
それでも、やると決めたのは結弦だった。
何かを変えたかったわけじゃない。何かになりたかったわけじゃない。最初はただ純粋な思いからだったように思う。けれど今はそれが思い出せない。暗くくすぶった思い出の中に沈んで、最初にあったはずの気持ちが、もう思い出せない。
思い出せない。
思い、出せない。
けれど。
それでも。
だけれども。
やると決めたのが他でもない結弦なら、結弦だけはその決意を裏切ってはいけないのだった。
『……まったく、これじゃユヅルじゃなくて譲らずだね』
「頑固はおじいちゃん譲りだもん」
ささやかな覚悟を固めるのはともかくとして、結弦は小首を傾げた。
「それにしても、どうしてダークソーンがこっちの世界にもいるのかな」
『ワタシにもわからないよ。こんな世界があるなんてワタシも知らなかったし』
こういう時頼りになるはずのノマラも首をかしげるばかりである。
『そもそもワタシたち妖精は、ダークソーンを追いかけて魔法界からやってきた。この時点ですでに異世界ものだよね』
「考えてみたら大概ファンタジーだったんだね」
『で、そこから更にユヅルはこの異世界に落っこちてきたわけだね』
「玉突き事故みたい」
『ユヅルは時々びっくりするようなこと言うよね。でももしかしたらそうなのかもしれない』
「そうって?」
『ユヅルの世界に飛び込んだダークソーンとワタシたち妖精が、ユヅルを突き飛ばしてこの異世界に飛ばしてしまったんだとする』
「結構酷い話だよね」
『これが崖っぷちの事故なら、先頭車両に続いて、追突車両も落っこちてきたっておかしくないんじゃないかな』
「先頭車両がわたしで、追突車両がダークソーンってこと?」
『かもしれないという話だけれどね』
すべては仮定の話だった。
しかし、結弦がこの世界にやってくるよりも先に、他のダークソーンがいたという話もあるから、全くこの通りというわけでは無いのかもしれない。
「もしかしたら、玉突き事故がいっぱい起こったのかも」
『つまり?』
「ダークソーンが来たのと一緒に、わたしたちみたいに、魔法少女がやってきているかもねって」
『成程、それはありそうだ』
勿論、ダークソーンがそこまで大きな話題になっていないところを見ると、魔法少女が大量にこの世界にやってきているということもなさそうだった。それでももしかしたら仲間がいるかもしれないということは結弦にとって希望に、
「……また肉壁かなあ」
『ユヅル、濁ってる濁ってる』
まあ、希望を持つことは大事だ。ありもしない絶望に身をゆだねるよりは、ずっと。きっと。
事案かと思いきや、さらなる面倒ごとの匂いだった。
アルコと別れ、何をするという目的があるわけでもなくぼんやりと街を歩きながら、結弦は困惑していた。
「まさかこっちの世界にもダークソーンがいるなんて……」
『もう組合のノルマもないんだし、別に無理して倒さなくていいんだよ。アルコだっているんだしね』
「ノマラはそれでいいの?」
『ワタシはユヅルに助けられた身だからね。ユヅルがいいと思う形でいいと思うよ』
「むーん。判断放り投げてくれちゃって」
『君が判断することだからね』
でも、とノマラはその長い尾で、慰めるように結弦の肩を撫でてくれた。
『さっきも言ったけど、アルコだっているんだ。この世界の人は十分にダークソーンと戦えているみたいだし、本当に、無理しなくていいと思うよ』
「そんなもんかなあ」
『魔法少女だからって、別にもう気負わなくていいと思うけどなあ』
そうは言われても、結弦の気は晴れなかった。
確かに、異世界に飛ばされるなんてとんでもないイレギュラーのさなかにいるのだ。そしてそのイレギュラーの中では、結弦が無理をして戦うまでもなく、人々は自力でどうにかできている。
でも、結弦は魔法少女なのだ。それでも、結弦は魔法少女なのだった。他の魔法少女たちがダークソーンと戦い傷ついていったように、結弦もまた、ダークソーンと戦ってきたのだ。その貢献度は決して大きくはなかったかもしれないが、それでも結弦なりに戦ってきたのだ。
いまさらそれを、環境が変わったからと言って翻すのはなんだかおかしなことのように思われた。
『ユヅルは真面目だなあ』
「そうなのかなあ」
『もう少し適当でいいと思うよ。第一ユヅルは好きで魔法少女になったわけじゃないじゃないか』
それは、そうだった。
そもそも結弦が魔法少女になったきっかけは、ダークソーンに寄生された小学生に襲われているノマラを助けようとしたことからだった。返り討ちにあって傷つけられそうになった結弦は、咄嗟のことではあったがノマラと契約してダークソーンと戦う力を得て、これといった特殊能力もない杖でひたすらダークソーンを三十分ほど殴打して泥仕合の末に勝利を収めたのだった。あれほど日頃のアルティメット・テイザー・ボールで鍛えた足腰に感謝した日はなかった。
ノマラがその後土下座する勢いで謝罪したことだったが、一度魔法少女になったものは二度と元に戻れないことはその時に説明されたが、ああ、そうだ、確かノマラはあの時も、無理して戦わなくていいのだと、そう言ってくれたのだった。
ダークソーンと戦う道は、常に傷つき、傷つけられる世界だ。傷つくことも、傷つけることも恐ろしい結弦がやっていける世界ではないのは確かだった。
それでも結弦は魔法少女として戦うことを決めた。
そりゃあ、酷いことばかりだった。ガラの悪い魔法少女に絡まれて肉壁兼回復薬として運用されたときは早く殺してくれと四六時中思っていたようだし、魔法少女組合に助けられてからのブラック労働を続けている時もどうして生きているのかわからなくなることが多々あった。
環境に流されて、情に流されて、同調圧力に流されて、なんとなくでやってきたのかもしれない。
それでも、やると決めたのは結弦だった。
何かを変えたかったわけじゃない。何かになりたかったわけじゃない。最初はただ純粋な思いからだったように思う。けれど今はそれが思い出せない。暗くくすぶった思い出の中に沈んで、最初にあったはずの気持ちが、もう思い出せない。
思い出せない。
思い、出せない。
けれど。
それでも。
だけれども。
やると決めたのが他でもない結弦なら、結弦だけはその決意を裏切ってはいけないのだった。
『……まったく、これじゃユヅルじゃなくて譲らずだね』
「頑固はおじいちゃん譲りだもん」
ささやかな覚悟を固めるのはともかくとして、結弦は小首を傾げた。
「それにしても、どうしてダークソーンがこっちの世界にもいるのかな」
『ワタシにもわからないよ。こんな世界があるなんてワタシも知らなかったし』
こういう時頼りになるはずのノマラも首をかしげるばかりである。
『そもそもワタシたち妖精は、ダークソーンを追いかけて魔法界からやってきた。この時点ですでに異世界ものだよね』
「考えてみたら大概ファンタジーだったんだね」
『で、そこから更にユヅルはこの異世界に落っこちてきたわけだね』
「玉突き事故みたい」
『ユヅルは時々びっくりするようなこと言うよね。でももしかしたらそうなのかもしれない』
「そうって?」
『ユヅルの世界に飛び込んだダークソーンとワタシたち妖精が、ユヅルを突き飛ばしてこの異世界に飛ばしてしまったんだとする』
「結構酷い話だよね」
『これが崖っぷちの事故なら、先頭車両に続いて、追突車両も落っこちてきたっておかしくないんじゃないかな』
「先頭車両がわたしで、追突車両がダークソーンってこと?」
『かもしれないという話だけれどね』
すべては仮定の話だった。
しかし、結弦がこの世界にやってくるよりも先に、他のダークソーンがいたという話もあるから、全くこの通りというわけでは無いのかもしれない。
「もしかしたら、玉突き事故がいっぱい起こったのかも」
『つまり?』
「ダークソーンが来たのと一緒に、わたしたちみたいに、魔法少女がやってきているかもねって」
『成程、それはありそうだ』
勿論、ダークソーンがそこまで大きな話題になっていないところを見ると、魔法少女が大量にこの世界にやってきているということもなさそうだった。それでももしかしたら仲間がいるかもしれないということは結弦にとって希望に、
「……また肉壁かなあ」
『ユヅル、濁ってる濁ってる』
まあ、希望を持つことは大事だ。ありもしない絶望に身をゆだねるよりは、ずっと。きっと。