前回のあらすじ
身元不明の女子中学生が、むくつけき男どもに囲まれてやりすぎちゃった回でした。



「や、やりすぎちゃった、かも……」
『かもじゃないよねえ、これは』

 ユヅルはむくつけき下男たちに囲まれて困惑していた。

 そもそもの最初は、フラーニョに連れられて、厩に馬をつなぎに行ったときである。
 アルコの馬を厩につなぎ、じゃあその子もと言われて慌てて、この子は繋いでると具合悪くなるんでとなんとかノマラを連れていくことを許してもらった。ノマラのサポートがなければ、ユヅルは自分がやっていけないだろうことを痛いほど感じていた。

 この厩に勤めている下男の一人が、腕を吊っているのを見て、ついつい職業病が出たのである。

「あの、その腕はどうされたんですか?」
「あ? ああ、いやね、うちにゃ気性の荒い馬がいるんだが、うっかり怒らせて蹴られちまってね」
「折れてるんですか?」
「ああ、骨接ぎに接いじゃもらったけど、まだつながらねえんだ」
「よかったら治しましょうか?」
「治せるもんなら治してもらいてえもんだよ」
「はい、じゃあ」

 ぽんと手を当てて、口の中で短く呪文を唱える。
 そうすれば魔力があふれて傷口にしみこみ、健康だった状態まで回復させる。
 この場合であれば、折れた骨と骨がしっかりと向き合ってくっつき、骨の破片が一つ一つ元の位置に戻り、傷ついた筋肉や神経がぴたりぴたりと張り合わされ、しっかりと固定される。
 一番簡単な魔法だから、これでは足りない血や欠損部までは回復しないが、簡単な骨折程度であれば、これ一発で済む。

 そう。
 単純骨折を、単純と名前がついているからという理由で簡単なものだと錯覚する頭の軽さが、ユヅルにあまりにも気軽に治療をさせていた。

「いっ……たくねえ」
「おーい、どうした?」
「痛くねえ! 骨が繋がってやがる!」
「おまっ、ばっ、まだ一月はかかるって言われたろ!」
「治ったんだよ! ほら!」

 それから先は、友釣りよろしく、あるいは芋づるよろしく、俺も、じゃあ俺も、俺もここが、馬の調子が悪くて、風邪気味なんだけど、結婚してください、と気づけば野外診療所が出来上がってしまい、最終的にはあたりはばからぬ歓声を上げて怒られる羽目になったのだった。

「おお、あなたがユヅル殿か!」
「え、あ、あい、すみませんわたしが結弦です」
「何を謝られるか! 下男どもにこうも惜しみなく癒しの術をかけていただけるとは!」
「……フラーニョさん、わたしやっちゃった?」
「やっちゃってます」
「ぐへぇ」
「街の薬師も医者も、こうまで見事な施術はできますまい。是非とも感謝の品を」
「いえいえいえいえそんな恐れ多い!」

 むくつけき男どもに囲まれた時でさえテンパった挙句無心で治療に専念することでしか心の安定を保てなかったのに、そのむくつけき男どもの親玉と思しきマッスルにマッスルを重ねたようなおじさままでやってきたとなるともはや結弦の精神は折れそうだった。元々常に折れそうだが。

「こここ、これはそのう、身寄りもなし保証もないわたくしめを拾っていただいたアルコ様へのお礼と、屋根を貸していただけるという郷士(ヒダールゴ)様へのご恩返しというやつでしてえへへへ」
『卑屈過ぎない?』
「おお! そのような技をお持ちでありながら謙虚でいらっしゃる! さぞや名のある術師殿とお見受けするが、寡聞にしてもお名前を存じ上げず申し訳ない!」
「いえいえいえいえ、自分でも自分が何者かさっぱりでして!」

 こうしてマッスルおじさまの褒め殺しと結弦の土下座に等しい謙遜合戦はかろうじて結弦優勢で収まり、記憶が全くないので詳しいことはわからないが、自分にできることとして精いっぱいやった結果がこれですと言い張ることに成功した。

「……うわぁ」
「人間あそこまで卑屈になれるものなのだな、フラーニョ」
「いや、平民でもあそこまで卑屈なのは(まれ)ですよ」

 外野が何やら言っているが、一般的な女子中学生の中でも特に自己評価の低い方である結弦にとって、持ち上げられれば持ち上げられるほど苦痛とめまいと吐き気が襲い掛かってくるものなのだ。
 それも権力のありそうなお偉いさんに頭を下げられるなどという経験は結弦の人生で初めての経験であり、そもそもお偉いさんという漠然とした概念と遭遇することさえ、学校の校長先生が限度だ。

 事態が落ち着き、郷士(ヒダールゴ)ジェトランツォ・ハリアエートは改めて一行に自己紹介し、また結弦も記憶喪失という設定上でできる範囲の自己紹介をかわした。
 つまり、記憶を失って名前と回復魔法が使えること以外はわからないというごり押しである。

 そして、拾ってもらった恩もあるし、ここで面倒を見てもらえるという恩もあるし、できることであれば自分にとってたった一つの取り柄である回復魔法でどうにかご恩返しさせていただきたい、ぜひそうさせていただきたい、そうでもなければわたしにはもう行く当てもないしここで本当に体でも売る外にないのでどうかお許しいただきたいと頭を下げた。

 勿論、よき領主であり代官である郷士(ヒダールゴ)ジェトランツォは、下男たちを癒してくださった恩人にそのような没義道で報いることは有り得ないとし、恩に対し報いたいという気持ちは無下にできるものでなし、互いに気持ちよく過ごすためにもそのような取り決めを定めるのはやぶさかではない、とこの求めに応じてくれた。

 なお結弦の精神はこのとき、男どもに囲まれ、さらにはお偉いさんに頭を下げられるというダブルショックによって圧し折れかけており、これらの答弁はすべてぴったり張り付いたノマラの囁きを反射的に棒読みで読み上げるというスタイルでお送りしている。

 ざっくり簡単に言えば、「ここで働かせてください!」→「いいよ!」となった。

「もとよりアルコ殿より頼まれておりますからな」
「え、そうなんですか」
「君のこと放り出すつもりはないってば」
「え、でもわたしお支払いできるものが……」
「君ほんと、どんな生活してきたの?」

 貴族っぽいアルコからだけでなくその従者であるフラーニョからも不憫そうに見られてしまったが、むしろここまで好意的な対応をされることの方が何か裏がありそうで恐ろしく感じてしまうのが結弦であった。

 なにしろ魔法少女になったばかりの頃は回復魔法しか使えずろくにダークソーンとも戦えず、ようやく魔法少女仲間を見つけてみればこれがろくでなしどもで、結弦を無限に回復する肉盾兼囮として使い潰した挙句、自分たちの回復にも使用するという磨り潰し具合だった。
 おかげさまで魔法のレベルはガンガン上がり最悪破片さえ残っていればそこから回復させることもできなくはないという極限回復魔法を身につけられたけれど、ありがたみはまるでない。自分の脳みそが飛び散る光景とか見ながら回復魔法を発動しっぱなしにしていた肉盾経験のおかげですありがとうございますとまで言えるほど結弦は卑屈ではない。

 そして組合の魔法少女たちに助けられてからも地獄は変わらなかった。むしろ考える余裕ができた分、生き地獄度は上がったかもしれない。
 授業中も部活中も担当区画にダークソーンが出れば関係なく出勤で、放課後はもちろんパトロール。日が沈めばダークソーン狩りが活発化する中、ひたすら出張ヒール受付所を開いて怪我人が入れ代わり立ち代わりやってくるのを癒し続ける日々。
 以前は自分の壊れた体を直し続ける日々だったけれど、今度は人様の切り傷擦り傷、もげた手足に零れた内臓、潰れた目玉に砕けた膝の皿を癒しに癒し、ひき肉になり果てた仲間をマントに包んで持ってきては助けてくれと叫ぶ狂気じみたあの目! ああ! ああ! そりゃあ直したさ! 形ばかりは直して、本当に魂さえ元に戻せたかの自信なんて欠片もなくて! それでも涙ながらにありがとうありがとうと叫ぶ娘に何が言えただろうか! やめて、もうやめて! でもやめれば本当に死んでしまう。みんなみんな列をなして死んでいく。助けを、助けを、助けを、求めているのはわたしだ! わたしはただ死にたくなかっただけなのに!

「ユヅル?」
「え?」
「だ、大丈夫かい? 顔が真っ青だが」
「え、ああ、大丈夫です。生理です」
「えっ」
「え?」
「え、いや、うん、月のものか。いやでも」
「大丈夫です。わたしは大丈夫です」
「……うん」

 さて、気持ち悪くなってすこし心が疲れてしまった。
 何事も悪い方に傾き始めると、ずるずると傾きがひどくなっていってしまうものだ。
 いけないいけない。傾きがひどくなると、取り戻すのに苦労する。
 結弦は頬を軽く叩いて、深呼吸をした。ひとつ。ふたつ。みっつ。

『ユヅル』
「大丈夫。わたしは元気になりました」
『ユヅル』
「大丈夫。知ってるでしょ?」
『……』

 そうだ。
 信じようと信じまいと、わたしはヒーラー。
 結弦はもう一度深呼吸を繰り返して、笑顔を張り直した。

「さて、じゃあ切りの良いところまでやっちゃおっか」
「え?」
「回復魔法ですよ。みんなやってあげないと不公平ですし、とりあえず、ここに集まってくださった方だけでも」
「よろしいのですかな。お疲れのようですが……」
「すっかり気が参ってしまっているのは確かです。でもだからこそ、動いて、働いて、気を紛らわせたいのです」
「そう申されるのでしたら無理におとめは致しません。部屋には後程案内させましょう」
「ありがとうございます」

 こうして結弦の出張ヒール受付所(異世界支部)が始まったのだった。






用語解説

・何と今回は特にないんだ。
 マジかよ。