「さ、咲ちゃんも、みゆちゃんもおいで、ばあちゃんから、プレゼントや」

ばあちゃんは、和室に置いてある木製の大きな衣装ケースから、真新しい浴衣を2着取り出した。

それぞれ、ハンガーにかけられていて、長さが違う。

「これ、咲香の?」

期待で、目をキラキラさせて、ばあちゃんを、見つめた私に、ばあちゃんは、紺地に色とりどりの蝶々が、沢山ついた浴衣を、ふわりと羽織らせてくれた。

「わぁ、めっちゃかわいい」

くるりと回ってみせた私に、美雪が、ばあちゃんの腕に飛びついた。

「みゆも!みゆも!」

「はいはい、みゆちゃんのもあるよ」

小さな美雪の身体にも同じ紺地に、向日葵の模様の浴衣が、そっと掛けられる。

「みゆ、ひまわりだいすき」

美雪が、カエルみたいにピョコピョコ飛び跳ねた。

「今度の週末、泊まりやろ?丁度、夏のお祭りあるさかいにな、ばあちゃんが連れてったるからな、それ着て行こ」

「うんっ」
「うんっ」

重なった声に、ばあちゃんは、私と美雪を交互に見ながら、にこりと微笑んだ。


週末が、待ちきれなかった私達は、どうしても、ばあちゃんの浴衣を着て、夏祭りにいきたくて、ばあちゃん家の軒下に、てるてる坊主をぶらさげた。

そのおかげなのか、夏祭り当日の夜は、雲ひとつない夜空に満天の、星が瞬いていた。

私は、紺地に、赤や黄色の蝶々柄の浴衣を着て、ピンクの兵児帯(へこおび)をつけてもらい、美雪は、向日葵模様の浴衣に、オレンジ色の兵児帯を蝶々結びにしている。

「二人ともよう似合ってる」

「ばあちゃんも、めっちゃオシャレやん」 

私が、ばあちゃんの着ている、絞りの浴衣を眺める側で、 

「みずたまや」
と、美雪が、絞り模様を指差した。

「ばあちゃんの一張羅(いっちょうら)や」

ばあちゃんは、必ず年に一度のお祭りで、紺地の絞りが、入った上等な浴衣を着る。じいちゃんと結婚した最初の夏に、じいちゃんが買ってくれたと、ほんの少しだけ、頬を染めて話してくれた。

「ばあちゃんのゆかた、きれいやな」

「せやろ、ばあちゃんのたからもん」

ばあちゃんは、両手を差し出すと、右手を私と、左手を美雪と繋いで夏祭り会場へ並んで歩いて行く。

私が、従姉妹のお姉ちゃんのお下がりの下駄を、カロコロ鳴らすと、ばあちゃんの下駄も、カロコロ鳴って、美雪が「ゲタが、うたうたってる」
とサンダルで、スキップしながら笑った。

夏祭り会場の、近所の神社の境内には、イカ焼き、金魚すくい、ヨーヨー釣り、焼きそば屋さん、射的、くじ引き屋さんやわたがし、りんご飴、チョコバナナ、と所狭しとお店が並んでいる。

見ているだけでもワクワクする、一年に一度のお祭りに、私も美雪も大興奮だった。

「わぁ、ばあちゃん、わたがし、こうてー」
「みゆもー」

ばあちゃんは、私達に300円ずつ、(てのひら)に乗せると、

「社会勉強や、ここから見とくから、()うといで」

と、少し離れた杉の木の下で、私達の様子を見ている。

私は何度もばあちゃんを振り返りながら、わたがしの屋台へと美雪を連れて歩いて行く。

頭に鉢巻きを巻いた、白いタンクトップの強面のおじさんに、

「いらっしゃい!」
と威勢よく声をかけられる。

びくんと体を震わせると、美雪は私の影に隠れた。

「……あのな、わたがし2こ、ほしいねん」

私は、勇気を振り絞って言葉にだした。

強面に見えたおじさんは、ニッと笑って私達からお金を受け取ると、キャラクターのビニールの袋に入ったわたがしを、一つずつ、手渡してくれた。

「まいど」

すぐさま私達は、杉の木目掛けて、歩き出す。何だか凄いことができた気がして、私と美雪は、小さな拳を、合わせてグータッチした。

そして、杉の下で手を振る、ばあちゃんを見て、二人で、全速力で走った。

「上手に買えたやん、えらい、えらい」

ばあちゃんは、目尻を下げると、私たちの頭をよしよしと撫でた。

そのあと、杉の木の下で、わたがしを食べて、ヨーヨー釣りをして、町の人達と盆踊りを踊ると、ばあちゃん()に帰ったとたん、私達は、二人揃って眠ってしまった。

夏が来るたびに思い出す、本当に懐かしい、ばあちゃんとの思い出だ。
今思えば、共働きの両親に代わって、ばあちゃんは、ユーモアを交えながら、いつか大人になる私達に、色々な事を教えてくれていたように思う。

私達姉妹は、ばあちゃんのおかげで、両親が共働きでも、ちっとも寂しくなかったし、ばあちゃんの愛情を、たっぷり受けて大人になった。

そんな元気一杯だった、ばあちゃんは、ある日、病気になった。

既に、社会人になっていた私と美雪は、父や母と交代で、入院先の病院にお見舞いに、通っていた。

初めは、検査入院ですぐに退院できたけど、検査結果が出るたびに、ばあちゃんの入院から退院までの期間は、伸びていった。

ばあちゃんの生きがいだったミシンは、カバーが掛けられていて、浴衣を作る仕事も辞めざるを得なかった。

「ばぁちゃん、きたよ」
「体調どう?」

「咲ちゃんもみゆちゃんも来てくれたん。ありがとう」

ばあちゃんは、入院着をきて、点滴をした片手をひょいと挙げた。見ればテーブルに折り鶴が、沢山置いてある。

「手先の運動してんねん、またミシンできたらええなと思って」

「またできるよ、あとで、私も折るよ、どうせなら千羽鶴にしようや」

「咲ちゃん、それいいね」

と美雪も賛同した。


「ばあちゃん、リンゴ()こか?」 

美雪は、病院に来る途中、知り合いのリンゴ農家の人から貰った、新鮮なリンゴを、ばあちゃんに見せた。

「ちょっとだけ食べよかな」

ばあちゃんが、ふわりと笑った。

料理が得意な美雪は、器用にリンゴの皮を剥いていく。

「咲ちゃんも、みゆちゃんも立派になったなぁ」

「そんなことないよ、私なんて銀行の事務員だし」

「咲ちゃんはしっかりしてるし、責任感が強いから銀行が、ピッタリや」

ばあちゃんは、以前より痩せた掌で、私の手をそっと握った。

「ばぁちゃん、()けたよ」

美雪が、ばあちゃんに綺麗に切り分けられた、リンゴを差し出すと、シャリっとばあちゃんが一口(かじ)った。

「甘いわ。……そうや、みゆちゃんは、デザインやってんのやろ?」

美雪は、今年から社会人となり、WEBデザイナーとして働いている。

「うん、まだまだ新米だけど、広告とか、企業Tシャツとかかな。怒られてばっかりだよ」

美雪が肩をすくめた。

ばあちゃんは、リンゴを一欠片食べ終わると私と美雪の頭をくしゃっと撫でた。

「咲ちゃんとみゆちゃんの花嫁姿見るまで、ばあちゃん、死なれへんからな」

少しだけ痩せたばあちゃんは、いつものように力瘤(ちからこぶ)を作ってみせた。

窓の外から差し込んでいた、夕焼けは、あっという間に、月の光と交代していく。
ばあちゃんとの面会時間はいつもあっという間だ。

「今年は、夏祭りいくん?」

ばあちゃんが、月明かりを眺めながら、ぼそりと呟いた。

「今年は、わからへん、でも行こうと思えば、ばあちゃんが作ってくれた浴衣があるから、いつでも行けるねんけどな」

ばあちゃんの具合が、あまり良くないから、今年の夏祭りは、行かずに、ばあちゃんのお見舞いに来ようと、美雪と話したばかりだった。

()たいなぁ」
「ん?()きたいなぁ?」

ばあちゃんが、お祭りに行きたいのかと聞き違えた、私は聞き返した。

「絞りの浴衣着たいなぁ、(おも)て。ばあちゃんの一張羅」

確かに、ばあちゃんは、もうこの一年、浴衣どころか、洋服を着ているよりも、病院着を着ていることの方が長くなっていた。

「でも、もう、着られへんわ。浴衣やと、脱ぎ着できへんしな、そもそも、ズボンが、楽ちんや」

眉を下げると、ばあちゃんは、布団を捲り上げて薄いブルーの無機質な病院着のズボンを指差した。

ばあちゃんに、絞りの浴衣を着せてあげたいけど、何て言えばいいか分からなかった私は、美雪をちらりと見た。

余ったリンゴを食べ終わった、美雪がふと、(そら)を見ている。

「美雪?どうしたん?」

「ばあちゃんの話聞いててな、着せてあげれるかもしれんと思ってん」

「え?」

不思議そうにする、私を見ながら美雪が、にんまり笑った。

「ばあちゃん、びっくりすんで、楽しみにしとってな」

「ようわからんけど、楽しみにしとくわ」

ばあちゃんが、驚きながらも嬉しそうに笑った。

家に帰ると、美雪が、すぐにパソコンを開いた。
「咲ちゃん、これ見てや」

そこには、着物のデザインの写真と、着物柄のスカートやワンピースが写っている。

「これな、最近流行りの和柄の洋服ブランドのやねんけどな、少しだけ携わらせてもらってん」

「え?美雪、洋服作れんの?」

「違うよ、デザイナーの人とな、デザインを、元に、和柄の柄がより綺麗に見えるように、柄の位置とか、魅せ方を考えたりしててん」 

「すごいやん」

思わず、目を丸くした私を見ながら、美雪が目を細めた。

「そこじゃなくてな、このブランド立ち上げたデザイナーさんが言うには、元は着物を(ほど)いてスカート作ったのが、始まりやねんて。着物リメイクって言うねん。でもさ、着物解けるんやったら、浴衣だって(ほど)けるんと違う?浴衣リメイクもあるってゆうてたし……」

「え?ちょっと、待って、それって……」

美雪が、パチンと指を鳴らした。

「そう!ばあちゃんの絞りの浴衣を(ほど)いて、シャツとズボンに作り替えるねん!咲ちゃんと私で!」

あの恥ずかしがり屋で、いつも私の後ろに隠れていた美雪が、とても頼もしく見えた。 

「咲ちゃん、ミシン使えたよね?」

「うん、ばあちゃんが、元気な時に教えてもらった!座布団袋しか作った事ないけど」

「座布団も洋服も一緒や!」

私達は、顔を見合わせて、拳と拳を合わせてグータッチした。

それから、私達は、仕事が終われば、ばあちゃんの見舞いにいき、面会を1時間だけ早く切り上げるようにした。家に戻り、私の部屋でパソコンの検索画面を開いて、美雪と二人で浴衣リメイクについて調べる日が何日か続いた。

まず、手縫いかミシン縫いか。それによって、(ほど)き方も、(ほど)く時間も、生地の量も、変わってくる。

「結婚の時に、じいちゃんが買ってくれた、絞りの浴衣だったよね」 

私は頷いた。おそらく、手縫いだ。

手縫いであれば、リッパーで、1時間もあれば、(ほど)そうだ。美雪が、YouTubeで浴衣リメイクの動画を流していく。二人で食い入るように眺めた。

「美雪、そのデザイナーの人に、型紙とか借りれる?あとLサイズのズボンの寸法も知りたいねんけど?」

「咲ちゃん、任せて。咲ちゃんがスムーズに縫えるように型紙貸して貰って、サイズも聞いとく」

美雪が唇を、持ち上げた。

「じゃあ、明日土曜日だし、まずは浴衣解こうか」 

「うん、急がなきゃね、咲ちゃん、がんばろ」

そう、急がなきゃいけない。

私は、ばあちゃんが、またあの絞りの浴衣を着れるかと思うと、胸が高鳴る程に興奮していた。


次の日、私達は早起きすると、美雪と一緒にリッパーで絞りの浴衣を(ほど)いていく。

縫い目に沿わせて、一縫い目ずつ糸を切っていく。その作業を何千回か繰り返して、浴衣は、反物の姿に戻った。

糸屑を丁寧に取り除いてから、バケツに水を溜めて、丁寧に洗ってから、掌でぎゅっと絞って、物干し竿いっぱいに、ばあちゃんの絞りの浴衣生地を干していく。

「あー肩こった」
「ほんと、でも楽しみ」

私達は、青空の下でお日様の光を浴びながら、風に揺れる絞りの浴衣生地を、満足気に眺めた。

そこから、ばあちゃんの絞りの浴衣をリメイクする、浴衣パジャマ作りは早かった。生地にアイロンを掛けてから、美雪が型紙通りに生地を裁断する。

私が、ばあちゃんのミシンを借りて、縫い合わせて、ボタンホールをつけていく。ボタンを手縫いで5つ付ければ、あっという間にシャツが出来上がった。

「美雪、切れた?」
「うん、咲ちゃん、お願い」

ズボンも型紙通りに切られた生地にポケットを、一つだけつける。ばあちゃんが病室の鍵や小銭やらを入れられるように。

最後にウエストにゴムを通せば完成だ。
ウエストゴムを通して、端を縫い合わせた瞬間、

「できたー!」
「できたー!」
私たちの声は、見事に重なった。

「咲ちゃん、間に合ってよかったよね」

「うん、美雪のおかげ」

「それはお互い様でしょ」

私と美雪は、顔を見合わせて笑った。 
その日、私達は、二人揃って有給を取ると、浴衣リメイクのパジャマを入れた紙袋を持ち、美雪は、真四角の箱を抱えて、ばあちゃんの病室を訪ねた。

「どないしたん?」

今日は平日の昼間だから、ばあちゃんは驚いていた。

「有給取ってん、だってな……」
美雪と目線を合わせる。 

「ばあちゃん、お誕生日おめでとう!」 

私と美雪は、大きな声と共に拍手をしながら、ばあちゃんにプレゼントの紙袋を渡した。

「……何や、驚いたやんか……ありがとう」

ばあちゃんは、少しだけ震えていた。

そして、紙袋を開けると、ばあちゃんの瞳から大粒の涙が転がった。

「……どないしたん?これ?」

「二人で浴衣(ほど)いてな、美雪が裁断してん」

「でな、咲ちゃんが、ばあちゃんのミシンで縫ってくれてな、二人で作ってみてん。着てみてや」

ばあちゃんの涙は、初めて見たかもしれない。けれど、ばあちゃんに育ててもらった私達からしたら、初めてみる涙が、嬉し涙だったことに、幸せな気持ちになった。

ばあちゃんは、絞りの浴衣パジャマに袖を通して、ズボンを履くと、銀歯を見せて、ニカっと笑った。

「ピッタリや!肌触りもええし、涼しいし、絞りの柄見てると、一人の時も、じいちゃんと(しゃべ)ってる気分になれるしな。……何より、咲ちゃんとみゆちゃんが、ばあちゃんのために、こんな上等な絞りのパジャマ作ってくれたのが、嬉しくてたまらんねん……」

私達は、ひと回り小さくなった、ばあちゃんと三人で肩を抱き合って、泣いて笑った。


その夏の終わり、ばあちゃんは、私達の花嫁姿を見る夢を叶えられないまま、浴衣パジャマを着て、眠るように、じいちゃんの所へ逝った。
あれから、二年。私は、少し膨らんできたお腹に手を当てながら、病院の定期健診にきていた。

今日は予定日がわかるとのことで、診察前から、少しだけ緊張した。

新田咲香(にったさきか)さん」

名前を呼ばれて、内診をおえると、先生に呼ばれて診察室に入った。

「順調ですよ、女の子で、8月△日が予定日です」 

思わず、言葉が出なかった。

「8月△日なんですね。あ、ありがとうございます」

私は、先生に頭をさげて、診察室を出ると、お会計を済ませた。

外に出れば、日差しが暖かい。まるで空から、ばあちゃんが、あったかい手のひらで、私達を包んでくれてるかのように。


ーーーー8月△日、それは、ばあちゃんの誕生日。

私は、晴れ渡る空を見上げながら、皺皺の笑顔に、絞りの浴衣がよく似合う、『ミシンの魔法使い』を思い出していた。



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