ばあちゃんは、大正15年生まれで、今でこそ当たり前に洋服を着る時代になったが、自分が子供の頃は、手縫いで着物や浴衣を、作って着たもんだと、よく話してくれた。

「いい時代になったなぁ、ばあちゃんが、咲ちゃんくらいの頃は、手縫いやってんで。
今は、ミシンができたから、あっとゆうまや」

ばあちゃんは、業務用の卓上ミシンの前に座ると、皺皺の顔でニッと笑った。

「危ないから、二人ともはなれときや、針が、まれに折れて、飛ぶことあるねん」

私は、少しだけ離れてミシンと手元が見える、ばあちゃんの左横に移動する。

「さきちゃん、ずるいー」
「わかってる!」

私は、頬を膨らませて怒る美雪を、抱えてやる。美雪が、こちらを少しだけ振り返り、エクボを見せながら、ありがと、と笑った。

私は、ばあちゃんがミシンをしている姿を見るのが大好きだった。

綺麗な色とりどりのミシン糸を、生地の色によって、変えながら、木綿生地を、足踏みペダルを踏んだり、離したりしながら、ダダダダダと規則正しい音を立てながら、一気に縫っていく。

はずみ車を、クイクイクイッと右手で回し、針の位置を整えて、糸切りバサミで、ちょんと切る。

これを繰り返しながら、袖や見頃を縫い合わせて、浴衣を作るのだ。

ーーーーばあちゃんは、まるで、『ミシンの魔法使い』だ。

ミシンを操り、一枚の布から、浴衣を、いとも簡単に作ってしまう。ばあちゃんは、お母さんに、寝る前に読んでもらう絵本に出てくる、魔法使いそのものに見えた。



ーーーーガラリと網戸が開くと同時に、男性の声が聞こえてくる。 

春山(はるやま)さーん」
「はーい、ちょっと待ってや」

ばあちゃんは、ミシン台の横に山積みになっている様々な色やデザイン、サイズの浴衣を
紐で一つ括りにして、網戸から体を乗り出している、浴衣業者の中田(なかた)さんへ手渡した。ばあちゃんは手間賃として、中田さんから茶封筒を受け取る。

「ご苦労さん、また2週間後くるわ」

日に焼けた40代位の中田さんは、ポロシャツの袖で汗を拭うと、新たな浴衣の反物を20反ほど置いていく。

ばあちゃんは、少し待っててと台所へと向かった。その様子を和室から覗いていた、私達は、ふと中田さんと目が合った。

「咲ちゃん、みゆちゃん、また背伸びたん違う?」

美雪は、恥ずかしがり屋だ。あっという間に中田さんの視界から消えて、和室の奥へと入る。

残された私は、何か言わなきゃと思うけど、上手く言葉が出てこない。

「……のびてないよ」
と辛うじて、小さく返事した。

台所から戻ってきた、ばあちゃんに、中田さんが笑って話す。

「何回(おう)てもあかんわ」

「うちの子らは、人見知りやさかいな、そんくらいでちょうどええねん」

「そやな、ええ人ばっかりちゃうからな」

中田さんは首を窄めた。

「飲んでいき」

ばあちゃんは、台所からもってきたガラスコップに入った麦茶を、中田さんに手渡した。

「生き返るわぁ」

あっという間に飲み干した中田さんは、おおきに、とヤニのついた歯を見せながら、トラックの荷台に、他の人からも回収してきた大量の浴衣を積んで、トラックの排気口から、黒い煙を吐き出しながら帰っていった。

「さ、また2週間後までに作らなあかん」

何だか、その言葉が、ばあちゃんが、疲れてるように見えて心配になった。

「ばあちゃん、いっつも作るのしんどないん?」

「咲ちゃん、心配してくれるん?」

ばあちゃんが、私の頭をそっと撫でた。
足元で美雪が、私達の話を不思議そうに聞いている。

「大丈夫や!ばあちゃん、咲ちゃんらの花嫁姿を見るまでは、頑張るで!」

ばあちゃんは、安心させるように、銀歯が光る口を、大きく開けて笑った。

ばあちゃんには、じいちゃんが居ない。私も美雪も会ったことがない。私達が生まれる、ずっと前に病気で死んじゃったと、ばあちゃんが以前、俯きがちに話してくれた。

だから、ばあちゃんは、少ない年金と、浴衣を作る作業代で生計を立てていた。

「何でも、手に職やで。咲ちゃんも、みゆちゃんも、何でもいいから、一つ得意なこと見つけるんやで。それは自信になるし、助けになるさかいにな」

そういって、頭をくしゃっと撫でてくれる、ばあちゃんの、あったかい、ぽってりとした掌も私は、大好きだった。