「私とあなたは、何の関係もない赤の他人だったってことですか?」

 大内優芽が、俺の反応を窺うようにジッと見つめてくる。捨てられた仔犬みたいな目で見つめられて、ドクンと心臓が鳴った。

 大内優芽が記憶を忘れる前の俺たちの関係はいったいなんだったんだろう。

 恋人でもなかったし、友達ですらなかった。連絡先も交換していなかったし、俺たちの微妙な関係は、事故に遭う前の彼女と俺にしかわからない。

「何の関係もない他人だったよ」

 俺は少し迷ってから、素っ気なく返事した。

 初対面で「夢で会って好きになった」と言われたあと、毎日のようにつきまとわれていた。そんな関係、言葉ではうまく説明できないし。説明したところで、大内優芽の記憶が戻るわけでもない。

「じゃあ、事故の日に私と一緒にいたのも助けてくれたのも、ただの偶然?」

「そうなんじゃない」

 どうせ俺たちのは何も始まっていなかった。だから、何も覚えていない大内優芽とはこれからも何も始まらない。

 少し不服そうな顔で唇を噛む彼女と向き合っているうちに、歩行者用の信号が青に変わる。