「俺、これからバイトだから」
リュックの端をつかんでいる大内優芽の手を乱暴に振りほどくと、彼女が俺を見上げて傷付いたように瞳を揺らす。それからきゅっと唇を噛んだあと、躊躇いがちに口を開いた。
「待ってください。私、あなたに聞きたいことがあるんです」
「なに?」
「事故に遭う前の私は、あなたのことが好きだったんでしょうか?」
「は?」
大内優芽の言葉に、俺の表情が一瞬固まる。
好きだったのか、なんて。そんなの俺が聞きたい。
夢の中のリュウガ先輩のことが好きだと言っていた大内優芽がほんとうに好きだったのは、誰なのか。
眉間に力を入れて大内優芽を睨むと、彼女が「ごめんなさい」と慌てたように謝ってきた。
「私を助けてくれた場所って、この横断歩道ですよね」
大内優芽が、少し自信なさそうに確認してくる。
「事故のあとに伝えたように、私、入学してから事故に遭うまでの数ヶ月のことを全然覚えてないんです。母からリュウガ先輩って人と一緒にいるときに事故に遭って、その人が助けてくれたって聞いても何も思い出せなくて……。どうしてあなたと一緒にいたのか、あなたとの関係がなんなのか知りたくてスマホの履歴を調べたけど、やりとりどころかあなたの連絡先すら登録されていませんでした」
「そりゃそうだろ。俺、あんたに連絡先なんて教えてなかったし」
冷たい声でそう言うと、大内優芽が少し傷付いたように表情を歪ませた。