大内優芽に「連絡先を知りたい」と迫られたあの日。俺はもちろん、彼女に連絡先を教えなかった。

 初対面で「夢の中で会って好きになった」なんて言ってくる変な女に、個人情報を教えられるわけがない。

 だが大内優芽は「先輩がアカウント持ってるSNSのDMでいいです」としつこく食い下がってきて。困った俺は、その場から逃れるために条件をひとつ提示した。

「このチラシを俺の代わりに全部配ってくれたら、連絡先を教えるかどうか考える」

 俺の提案を聞いた大内優芽は「約束ですよ」と言って、俺の手から演劇サークルのチラシを奪いとった。

「これ、全部配り切れたらまた先輩に会いに行きます」

 にこっと笑って宣言すると、大内優芽は胸にチラシを抱えて、これから入学ガイダンスが始まる大講堂のほうへと歩いて行った。

 大内優芽から離れることができてほっとしていると、自分の分のチラシを配り終えて俺を探しにきた山口に出会った。

 俺の手元にチラシが一枚も残っていないのを見た山口は、俺が500枚のノルマを全て配り切ったと勝手に勘違いして喜んだ。

「さすが琉駕。約束通り、焼き肉に飲み放も付ける!」

 山口が「これでユウミさんの舞台の席も埋まるといいなー」なんて、つりあがった目を細めて嬉しそうに笑うから、チラシの半分以上を地面にぶち撒けて放置してきたとは言い出せなかった。