前回のあらすじ
ウールソのしつこい質問に顔を赤らめるトルンペート。
事案だ。
「あてはあるの?」
「勘です!」
そんな素晴らしくくそったれな会話を経て、私はリリオに気配の読み方というものを教えることになった。
リリオには野生の直観めいた勘所の良さがあるにはあるが、これが常にうまいこと働いてくれるという保証はない。もう少し正確性の高い感知能力が必要だ。
とはいえ、私自身、人に教えられるほど気配というものについて詳しいわけではなかった。
というか、気配ってなんだよというレベルではある。
この体になってから非常に敏感になって、目をつむっていても人がどこにいるか察せられるようにはなったけれど、それは恐らく物音や、空気の流れといったものを感じ取り、それらの諸情報を脳が総合的に判断して気配という形でとらえているのだと思われる。
なので実際のところ私は感覚的にこれが気配というものなんだろうなあと漠然ととらえているのであって、人様に教えようにも、リリオの言う通り勘ですとしか言いようがない。
なので、ここは私にできる形でリリオに新しい索敵方法を教えてあげようと思う。
「リリオ、剣を抜いて」
「剣ですか?」
するりと抜かれた剣は、素人目に見ても美しいものだ。大具足裾払とかいう巨大な甲殻類の殻から削り出したとかいう刀身は透き通るような不思議な光沢を帯びていて、それにあとから付け足された霹靂猫魚の皮革の柄巻きが、ピリピリと走るような電流を帯びさせて、危険な美しさを感じさせる。
私が目を付けたのはこの電気だ。
「リリオ、ここに雷精がいる」
「うーん……やっぱり見えません」
「見えなくていい。いる」
「はい。いるんですね」
私の目には、この刀身に、青白い蛇のようなものがまとわりついているのが見える。これが雷精だ。しかしこれはちょっと大きすぎる。
「魔力を絞って」
「えっと」
「……餌を減らす要領」
「こう……ですかね」
「そう、いい感じ。もう少し、絞っていい……そう、そう」
精霊は魔力を喰らって力を発揮する。リリオの革鎧が帯びる風精や、この雷精もそうだ。
単に威力を高めるだけなら魔力をバカバカ食わせるだけでいい。でも今欲しいのは、弱くて、しかし敏感な力だ。
「そのくらいで抑えて」
「ちょっ、と、息苦しいです」
「慣れて」
刀身にそっと手を伸ばしてみる。雷精はとても細くなり、刀身をシュルシュルと泳ぐように這い回っている。それがインインと耳鳴りのような音を立てている。
「聞こえる?」
「なんか耳が変な感じです」
「その感じ」
私がリリオに覚えさせたいのは、電場の感覚だ。まずはこれを覚えさせる。
雷精の宿るこの剣には電場が発生する。電場が動けば電流となり、電流が発生すれば磁場も発生する。試しに方位磁針を近づけて確認したから間違いない。精霊とかいうとんでも法則の世界においても物理法則は並行して働いている。
「目をつぶって」
「はい……んっ、なんですかこれ」
「今、刀身に手を近づけたり離したりしてる。わかる?」
「なんか……ぞわぞわしたり、落ち着いたりしてます」
「その感覚」
厳密な物理法則を覚えさせる必要はない。大事なのはそうなるという意志だ。意志の力に魔力は従い、魔力の流れに精霊は従う。そして精霊が動けば、自然法則もそれに続く。
私はしばらくリリオに目をつぶらせたまま、周囲の様子を探らせた。
この辺りはリリオの直観の鋭さと素直さが役に立つ。非常に、というよりは異常なまでに呑み込みがいい。以前風呂の神官に精霊に愛されているなどと言われていたが、なるほどこれはむしろ精霊の方から積極的に干渉しているのかもしれない。
「えーと、三時の方向、屈んでます」
「じゃあ次……ここ」
「六時の方向、立ってます」
「いい具合」
さらに調子に乗ってレーダーの理屈をぼんやり聞かせるともなく聞かせてみたところ、こいつ、実践で成功させやがった。
「こう放って……返ってきたのを受け止める。木霊と同じですね」
「自分で説明しておいてなんだけどできるとは思ってなかった」
「えー」
「とにかく、君の剣はこれで立派なアンテナになった」
「あんてな?」
「あー……すごいやつ」
「やった!」
すごいあほな奴なんだけど、しかしやってることは紛れもなくすごいことなんだよなあ。
教え始めてまだ三十分も経っていないのだが、すでに電探をマスターしつつある。さっきからずっと目をつむったままだけれど、下生えに足をとられることもなく、すいすいと山道を進んでいる。いまはまだ剣をアンテナ代わりにして持っていなければ使えないようだが、その内、腰に帯びた状態でも問題なく使いこなしそうだ。
(と、いうより……)
これはむしろ私の想像する以上の精度に仕上がっているかもしれない。
じっと精霊の流れを見ているのだが、雷精がゆあんゆあんと体の同心円状に薄く広がっているのと同時に、鎧の風精もまたこれを補助するように薄く広がっている。恐らく魔力をそのように広げているので、つられて一緒に広がってしまっているのだろうけれど、これが想定外にいい結果になっている。雷精のもたらす探知結果と、風精のもたらす探知結果が、複合的にとらえられてより正確な探知結果を感じ取っているのだろう。
私ならばその処理だけで頭がパンクしてしまいそうだが、リリオのいい意味でなんとなくざっくりととらえる感覚が、これをうまく情報として処理しているのだ。
「その内、波紋レーダーとか使いこなせそうだな、こいつ」
「波紋?」
「波紋遣い、いそうなのが怖いよなファンタジー」
「よくわかりませんが、今の私無敵感凄いですよね!」
「確かに、そればかりは手放しでほめられる」
何しろ今の私、《隠蓑》してるのに居場所バレバレだからね。
存在していることは隠せない、か。パフィストにも言われたけど、触れられれば居場所がわかるように、今のリリオは電探越しに私に触れているようなものなのだ。これは正直かなり恐ろしい技を教えてしまったなという気持ちだ。
しかし、恐ろしいなと思うと同時に、面白いなという気持ちもある。これだけ飲み込みがいいなら、私のいい加減な教えでもいろいろと面白い技を覚えてくれそうだ。
「よーし、つぎ電磁防壁いこうか」
「でんじぼうへき?」
「バリアだよバリア」
「ウルウのテンションがえらく高いです」
「ある種のロマンだからねこれは」
「つまり…………格好いいんですね!」
「そう、格好いいんだ!」
私が次に教え込んだのは、いま周囲に張らせている電界を防御に応用する方法だ。電磁的な攻撃とか光学兵器みたいな重量の軽い攻撃に対する防御壁らしいけど、私もよく知らないし、詳しく説明する必要はないだろう。こうもとんとん拍子に覚えてくれると私も理解したのだ。
魔法というのは要するに想像力と気合なのだ。
正確には、このようにしてくれという意図と、魔力の出力の問題だ。
意図に関しては、リリオの素直さは一つの武器だ。私のざっくりとした説明を何となくで受け止めて、何となーくでそのまま出力してくれる。勿論リリオなりの理解があるんだろうけれど、馬鹿だ馬鹿だとは思いつつもなんだかんだいいとこのお嬢さんだけあって頭は悪くないんだ。
そして魔力の出力に関しては底なしと言っていいくらい疲れない。
私の魔力容量とやらも結構あるらしいけれど、トルンペートに聞いたところ、辺境人の中でも一部の貴族は特に、底なしと言っていいほどの化け物じみた魔力を誇るらしい。リリオもその一人だ。
比較対象があまりないのでよくはわからないが、竜種と同じくらいというのが字面の格好良さだけでないならば、それは相当なエネルギー保有量であるはずだ。
「この電磁防壁って言うのは要するに雷精で作った盾のようなものかな」
「盾、ですか?」
「違う違う、一か所に集めちゃうと爆ぜちゃうだろ。回転させるんだ。最初は手元に集めてみようか」
「うーん?」
「えーと、そうだ、指で円を描くようにして見て、その円状に雷精を走らせてみるんだ」
「こうですね!」
「そうそう、いいぞー、いい感じだ。もうちょっと雷精を強くして」
私の目にははっきりと、青白い蛇の姿をした雷精が、リリオの手の前で丸い盾状に広がっているのが見える。
「じゃあ小石投げてみるよ」
「どんとこいです!」
「よーしじゃあ…………死ねェッ!」
「死ねぇ!?」
ちょっと本気度を高めるために強めに投げてみたが、見事に弾き返してくれた。
自分でやっといてなんだけど、弾けるもんなんだなあ。本当は弾けないのかもしれないが、さすが魔法だ。
「じゃあ次は全身にやってみようか」
「うえ、ぜ、ぜんしん回るんですか?」
「あー、違う。えっと……雷精をさ、自分を中心に球を作るみたいに回転させてみるんだ」
「きゅ、球ですか?」
「うー、あー……あ、繭! 虫が繭作るみたいな感じで!」
「あー……なんとなくわかりました」
「何となくで一発でやれるあたり、君ってホント秀才殺しだよね」
ゆあんゆあんと耳鳴りのような音を立てながら、リリオの周囲を巡る雷精。でも範囲が広くなったせいかちょっと薄く見える。
試しに小石を投げてみたが、ちょっと反発は受けるものの通過してしまった。
「うーん……これなら矢避けの加護の方がましだなあ」
魔力消費が多くて、意識も割かなくてはいけない分、むしろ劣化か。
「でも……」
「でも?」
「でも、これ格好いいですよね!」
「そうなんだよ。格好いいんだよ」
何しろ私は、《選りすぐりの浪漫狂》などという阿呆の集まりに所属していた浪漫狂い。いまこういう馬鹿をしないでいつ馬鹿をするというのか。
「出力上げて……あとは、こう……粒子的なイメージかな」
「りゅうし?」
「粒っていうか……ただの水の流れより、そこに砂利が混じってた方が痛いじゃない」
「あー……雷精を粒みたいに尖らせて混じらせたら、その砂利みたいに働いてくれるかもってことですね」
「そうそう、そんな感じ」
二人して地面にがりがりと図を描いたりしながら試行錯誤した結果、出力×回転速度×尖ったイメージの三つによって格段にバリアの硬度は上がった。
具体的に言うと私のジャブとか弾ける程度には仕上がった。
ジャブというとしょぼく感じるかもしれないが、一応私はレベル九十九の《暗殺者》だ。正確にはその最上級職の《死神》だけど、とにかくそのレベル九十九のパンチを防げるってこれ、大抵の攻撃防げるんじゃないか。
「これと矢避けの加護併用したらさ」
「はい」
「遠近どっちも効かなくない?」
「ですね」
長距離からの攻撃は風精が逸らしてロスなく回避。近距離攻撃は電磁防壁で数発なら防げる。
「無敵じゃない?」
「無敵ですね」
思わず無言でサムズアップしてしまった。
なんて素敵性能だ。
今のところかなり意識を持ってかれるので発動まで時間かかるし防御に専念してないとすぐ解けちゃうし、だから移動さえもすり足とかじゃないとできないけど、しかし一応の完成だ。素晴らしい。
「技名……」
「なに?」
「技名とか、決めちゃってもいいのでは……?」
「いい。間違いなくいい」
私たちはそれから更にしばらくの間、地面に何度か技名案を書いては消し、そしてようやく決定したのがこれだった。
「『超電磁バリアー改』……」
「『超電磁バリアー改』……だな」
「この『改』がいいですよね。一度も改修してませんけど、すごく強そうな感じがします」
「『超』もいいよね。ちょっと安易かなって思ったけど、素直にパワーを感じる」
「すごい『すごみ』を感じます。今までにない何か熱い『すごみ』を」
「叫ぶ? 叫んじゃう?」
「技名叫びます? これ叫んでも怒られません?」
「怒らない怒らない。いまリリオ最高に格好いい」
「よし……行きます!」
「いいよ!」
「『超…電磁、バリアー……改』!!!」
ぴしゃーん、と激しい音とともに展開されたバリアは突撃してきた角猪を見事弾き返していた。
「……えっ」
「……えっ」
「ぶもぉおおおおおおおおッ!!」
そこには、必殺の突撃を弾き返されて激怒する角猪(大)がいたのだった。
用語解説
・格好いい
すべてに優先される理由。
・無敵
小学生くらいの年齢の子供が良く陥る謎の万能感。
大学生くらいの年齢でも、深夜に公園で鬼ごっことかするとこのような高揚感が得られるが、代償として激しい筋肉痛や、おまわりさんに怒られるなどの弊害がある。
・『超電磁バリアー改』
中身のない名前ほど不思議と心弾むのはなぜだろうか。
きっとそこにロマンが詰まっているからなのだ。
ウールソのしつこい質問に顔を赤らめるトルンペート。
事案だ。
「あてはあるの?」
「勘です!」
そんな素晴らしくくそったれな会話を経て、私はリリオに気配の読み方というものを教えることになった。
リリオには野生の直観めいた勘所の良さがあるにはあるが、これが常にうまいこと働いてくれるという保証はない。もう少し正確性の高い感知能力が必要だ。
とはいえ、私自身、人に教えられるほど気配というものについて詳しいわけではなかった。
というか、気配ってなんだよというレベルではある。
この体になってから非常に敏感になって、目をつむっていても人がどこにいるか察せられるようにはなったけれど、それは恐らく物音や、空気の流れといったものを感じ取り、それらの諸情報を脳が総合的に判断して気配という形でとらえているのだと思われる。
なので実際のところ私は感覚的にこれが気配というものなんだろうなあと漠然ととらえているのであって、人様に教えようにも、リリオの言う通り勘ですとしか言いようがない。
なので、ここは私にできる形でリリオに新しい索敵方法を教えてあげようと思う。
「リリオ、剣を抜いて」
「剣ですか?」
するりと抜かれた剣は、素人目に見ても美しいものだ。大具足裾払とかいう巨大な甲殻類の殻から削り出したとかいう刀身は透き通るような不思議な光沢を帯びていて、それにあとから付け足された霹靂猫魚の皮革の柄巻きが、ピリピリと走るような電流を帯びさせて、危険な美しさを感じさせる。
私が目を付けたのはこの電気だ。
「リリオ、ここに雷精がいる」
「うーん……やっぱり見えません」
「見えなくていい。いる」
「はい。いるんですね」
私の目には、この刀身に、青白い蛇のようなものがまとわりついているのが見える。これが雷精だ。しかしこれはちょっと大きすぎる。
「魔力を絞って」
「えっと」
「……餌を減らす要領」
「こう……ですかね」
「そう、いい感じ。もう少し、絞っていい……そう、そう」
精霊は魔力を喰らって力を発揮する。リリオの革鎧が帯びる風精や、この雷精もそうだ。
単に威力を高めるだけなら魔力をバカバカ食わせるだけでいい。でも今欲しいのは、弱くて、しかし敏感な力だ。
「そのくらいで抑えて」
「ちょっ、と、息苦しいです」
「慣れて」
刀身にそっと手を伸ばしてみる。雷精はとても細くなり、刀身をシュルシュルと泳ぐように這い回っている。それがインインと耳鳴りのような音を立てている。
「聞こえる?」
「なんか耳が変な感じです」
「その感じ」
私がリリオに覚えさせたいのは、電場の感覚だ。まずはこれを覚えさせる。
雷精の宿るこの剣には電場が発生する。電場が動けば電流となり、電流が発生すれば磁場も発生する。試しに方位磁針を近づけて確認したから間違いない。精霊とかいうとんでも法則の世界においても物理法則は並行して働いている。
「目をつぶって」
「はい……んっ、なんですかこれ」
「今、刀身に手を近づけたり離したりしてる。わかる?」
「なんか……ぞわぞわしたり、落ち着いたりしてます」
「その感覚」
厳密な物理法則を覚えさせる必要はない。大事なのはそうなるという意志だ。意志の力に魔力は従い、魔力の流れに精霊は従う。そして精霊が動けば、自然法則もそれに続く。
私はしばらくリリオに目をつぶらせたまま、周囲の様子を探らせた。
この辺りはリリオの直観の鋭さと素直さが役に立つ。非常に、というよりは異常なまでに呑み込みがいい。以前風呂の神官に精霊に愛されているなどと言われていたが、なるほどこれはむしろ精霊の方から積極的に干渉しているのかもしれない。
「えーと、三時の方向、屈んでます」
「じゃあ次……ここ」
「六時の方向、立ってます」
「いい具合」
さらに調子に乗ってレーダーの理屈をぼんやり聞かせるともなく聞かせてみたところ、こいつ、実践で成功させやがった。
「こう放って……返ってきたのを受け止める。木霊と同じですね」
「自分で説明しておいてなんだけどできるとは思ってなかった」
「えー」
「とにかく、君の剣はこれで立派なアンテナになった」
「あんてな?」
「あー……すごいやつ」
「やった!」
すごいあほな奴なんだけど、しかしやってることは紛れもなくすごいことなんだよなあ。
教え始めてまだ三十分も経っていないのだが、すでに電探をマスターしつつある。さっきからずっと目をつむったままだけれど、下生えに足をとられることもなく、すいすいと山道を進んでいる。いまはまだ剣をアンテナ代わりにして持っていなければ使えないようだが、その内、腰に帯びた状態でも問題なく使いこなしそうだ。
(と、いうより……)
これはむしろ私の想像する以上の精度に仕上がっているかもしれない。
じっと精霊の流れを見ているのだが、雷精がゆあんゆあんと体の同心円状に薄く広がっているのと同時に、鎧の風精もまたこれを補助するように薄く広がっている。恐らく魔力をそのように広げているので、つられて一緒に広がってしまっているのだろうけれど、これが想定外にいい結果になっている。雷精のもたらす探知結果と、風精のもたらす探知結果が、複合的にとらえられてより正確な探知結果を感じ取っているのだろう。
私ならばその処理だけで頭がパンクしてしまいそうだが、リリオのいい意味でなんとなくざっくりととらえる感覚が、これをうまく情報として処理しているのだ。
「その内、波紋レーダーとか使いこなせそうだな、こいつ」
「波紋?」
「波紋遣い、いそうなのが怖いよなファンタジー」
「よくわかりませんが、今の私無敵感凄いですよね!」
「確かに、そればかりは手放しでほめられる」
何しろ今の私、《隠蓑》してるのに居場所バレバレだからね。
存在していることは隠せない、か。パフィストにも言われたけど、触れられれば居場所がわかるように、今のリリオは電探越しに私に触れているようなものなのだ。これは正直かなり恐ろしい技を教えてしまったなという気持ちだ。
しかし、恐ろしいなと思うと同時に、面白いなという気持ちもある。これだけ飲み込みがいいなら、私のいい加減な教えでもいろいろと面白い技を覚えてくれそうだ。
「よーし、つぎ電磁防壁いこうか」
「でんじぼうへき?」
「バリアだよバリア」
「ウルウのテンションがえらく高いです」
「ある種のロマンだからねこれは」
「つまり…………格好いいんですね!」
「そう、格好いいんだ!」
私が次に教え込んだのは、いま周囲に張らせている電界を防御に応用する方法だ。電磁的な攻撃とか光学兵器みたいな重量の軽い攻撃に対する防御壁らしいけど、私もよく知らないし、詳しく説明する必要はないだろう。こうもとんとん拍子に覚えてくれると私も理解したのだ。
魔法というのは要するに想像力と気合なのだ。
正確には、このようにしてくれという意図と、魔力の出力の問題だ。
意図に関しては、リリオの素直さは一つの武器だ。私のざっくりとした説明を何となくで受け止めて、何となーくでそのまま出力してくれる。勿論リリオなりの理解があるんだろうけれど、馬鹿だ馬鹿だとは思いつつもなんだかんだいいとこのお嬢さんだけあって頭は悪くないんだ。
そして魔力の出力に関しては底なしと言っていいくらい疲れない。
私の魔力容量とやらも結構あるらしいけれど、トルンペートに聞いたところ、辺境人の中でも一部の貴族は特に、底なしと言っていいほどの化け物じみた魔力を誇るらしい。リリオもその一人だ。
比較対象があまりないのでよくはわからないが、竜種と同じくらいというのが字面の格好良さだけでないならば、それは相当なエネルギー保有量であるはずだ。
「この電磁防壁って言うのは要するに雷精で作った盾のようなものかな」
「盾、ですか?」
「違う違う、一か所に集めちゃうと爆ぜちゃうだろ。回転させるんだ。最初は手元に集めてみようか」
「うーん?」
「えーと、そうだ、指で円を描くようにして見て、その円状に雷精を走らせてみるんだ」
「こうですね!」
「そうそう、いいぞー、いい感じだ。もうちょっと雷精を強くして」
私の目にははっきりと、青白い蛇の姿をした雷精が、リリオの手の前で丸い盾状に広がっているのが見える。
「じゃあ小石投げてみるよ」
「どんとこいです!」
「よーしじゃあ…………死ねェッ!」
「死ねぇ!?」
ちょっと本気度を高めるために強めに投げてみたが、見事に弾き返してくれた。
自分でやっといてなんだけど、弾けるもんなんだなあ。本当は弾けないのかもしれないが、さすが魔法だ。
「じゃあ次は全身にやってみようか」
「うえ、ぜ、ぜんしん回るんですか?」
「あー、違う。えっと……雷精をさ、自分を中心に球を作るみたいに回転させてみるんだ」
「きゅ、球ですか?」
「うー、あー……あ、繭! 虫が繭作るみたいな感じで!」
「あー……なんとなくわかりました」
「何となくで一発でやれるあたり、君ってホント秀才殺しだよね」
ゆあんゆあんと耳鳴りのような音を立てながら、リリオの周囲を巡る雷精。でも範囲が広くなったせいかちょっと薄く見える。
試しに小石を投げてみたが、ちょっと反発は受けるものの通過してしまった。
「うーん……これなら矢避けの加護の方がましだなあ」
魔力消費が多くて、意識も割かなくてはいけない分、むしろ劣化か。
「でも……」
「でも?」
「でも、これ格好いいですよね!」
「そうなんだよ。格好いいんだよ」
何しろ私は、《選りすぐりの浪漫狂》などという阿呆の集まりに所属していた浪漫狂い。いまこういう馬鹿をしないでいつ馬鹿をするというのか。
「出力上げて……あとは、こう……粒子的なイメージかな」
「りゅうし?」
「粒っていうか……ただの水の流れより、そこに砂利が混じってた方が痛いじゃない」
「あー……雷精を粒みたいに尖らせて混じらせたら、その砂利みたいに働いてくれるかもってことですね」
「そうそう、そんな感じ」
二人して地面にがりがりと図を描いたりしながら試行錯誤した結果、出力×回転速度×尖ったイメージの三つによって格段にバリアの硬度は上がった。
具体的に言うと私のジャブとか弾ける程度には仕上がった。
ジャブというとしょぼく感じるかもしれないが、一応私はレベル九十九の《暗殺者》だ。正確にはその最上級職の《死神》だけど、とにかくそのレベル九十九のパンチを防げるってこれ、大抵の攻撃防げるんじゃないか。
「これと矢避けの加護併用したらさ」
「はい」
「遠近どっちも効かなくない?」
「ですね」
長距離からの攻撃は風精が逸らしてロスなく回避。近距離攻撃は電磁防壁で数発なら防げる。
「無敵じゃない?」
「無敵ですね」
思わず無言でサムズアップしてしまった。
なんて素敵性能だ。
今のところかなり意識を持ってかれるので発動まで時間かかるし防御に専念してないとすぐ解けちゃうし、だから移動さえもすり足とかじゃないとできないけど、しかし一応の完成だ。素晴らしい。
「技名……」
「なに?」
「技名とか、決めちゃってもいいのでは……?」
「いい。間違いなくいい」
私たちはそれから更にしばらくの間、地面に何度か技名案を書いては消し、そしてようやく決定したのがこれだった。
「『超電磁バリアー改』……」
「『超電磁バリアー改』……だな」
「この『改』がいいですよね。一度も改修してませんけど、すごく強そうな感じがします」
「『超』もいいよね。ちょっと安易かなって思ったけど、素直にパワーを感じる」
「すごい『すごみ』を感じます。今までにない何か熱い『すごみ』を」
「叫ぶ? 叫んじゃう?」
「技名叫びます? これ叫んでも怒られません?」
「怒らない怒らない。いまリリオ最高に格好いい」
「よし……行きます!」
「いいよ!」
「『超…電磁、バリアー……改』!!!」
ぴしゃーん、と激しい音とともに展開されたバリアは突撃してきた角猪を見事弾き返していた。
「……えっ」
「……えっ」
「ぶもぉおおおおおおおおッ!!」
そこには、必殺の突撃を弾き返されて激怒する角猪(大)がいたのだった。
用語解説
・格好いい
すべてに優先される理由。
・無敵
小学生くらいの年齢の子供が良く陥る謎の万能感。
大学生くらいの年齢でも、深夜に公園で鬼ごっことかするとこのような高揚感が得られるが、代償として激しい筋肉痛や、おまわりさんに怒られるなどの弊害がある。
・『超電磁バリアー改』
中身のない名前ほど不思議と心弾むのはなぜだろうか。
きっとそこにロマンが詰まっているからなのだ。