異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ書籍③巻発売中!
書籍ネタバレ感想などは活動報告や作者マシュマロなどにどうぞ。



前回のあらすじ

しれっと放火教唆する女。
ロマンが好きなくせにロマンのない女だった。





 燃えていました。
 すべてが。なにもかもが音を立てて燃えていました。
 私たちはそれを言葉もなく見上げてみたり、なんか手持無沙汰に爪とか見たり、一応という体裁で燃える巣砦のぐるりと歩いてみたりました。
 もはや私たちにできることはなく、ただ炎が、すべてを焼き尽くしていきました。

 すべてはウルウの一言からでした。

「じゃあ、燃やそっか」
「燃やすって……巣を?」
「うん」
「うんじゃなくて」
「だからさぁ、中に入るのも危ないし、いちいちおびき出して相手してても切りがないし、っていうか中にいるんならちょうどいいから、巣ごと焼いたら早いよねって」
「言いたいことはとてもわかるんですけれど、こう……情緒とか、倫理観とか、どこかに落としてきました?」
「今日は持ってきてない」
「そんなお財布みたいに……」

 まあでも実際、近所に蜂の巣できたから駆除してほしいんですよって言われたら、まあ、そういう手段も一つの手ではありますよね。ほら、煙で燻したりはしますし。
 普通の蜂だったら、火のついた蜂が飛び回って火事の原因になったりするかもしれませんけど、羆蜂(ウルソヴェスポ)は飛びませんし。

 合理的といえば、合理的……なんでしょうかね。

 言い出しっぺのウルウは、珍しく率先して動いてくれました。

「今日もう君の活躍ないし……」
「アッハイ」

 物語の山は過ぎたからもういいやみたいな、そういう切なくも悲しい台詞(せりふ)を吐かれた気がします。
 ウルウ、そういう、情緒とか浪漫とか大好きなのに、自分がかかわると全部作業になり果てるの、なんなんでしょうね。前職があまりにも辛すぎて人間性が摩耗したとか言ってましたけどあれ冗談ではない可能性が出てきましたね。冗談であってほしかったですけど。

 ウルウはまず巣のぐるりをまわって出入り口の数を確認すると、それを岩でふさぎました。

「ええとぉ……なんだかぁ…………変なものを見た気がするんですけどぉ」
「ああ……あいつ、なんかに使えるかもとか言って、たまにいい感じの岩とか拾ってくるのよね。なにがどういい感じなのかはあいつしかわかんないんだけど」
「そういうことじゃないようなぁ……」

 パールさんもぽややんと困惑する奇行ですね。
 ウルウ、なんかまじないのものらしいやたらと容量がある上に重さが変わらないとかいう国宝級の《自在蔵(ポスタープロ)》持ってるので、たまにこういう無法を繰り出すんですよね。
 私たちのことをさんざん蛮族だのやることが滅茶苦茶だの言うわりに、本人もたいがい出鱈目やらかしますからね、ウルウ。

 上部の換気口を除いた出入り口をふさいでしまったウルウは、次にたくさんの瓶を取り出して、中身をどっぽどっぽと巣にかけまわしていきました。たぶん油ですね。
 ウルウはその容量の際限のなさをいいことに、調理用や灯火用・燃料用の油を大量に買い込んでしまい込んでいます。とても便利なので私たちも頼ってしまっていますけれど、いざとなったら放火という手段に訴え出ることが判明してしまったいま、ウルウに可燃物を持たせていることに一抹の不安がよぎったりもします。

 しかもこの作業中、狩りから帰ってきたと思しき羆蜂(ウルソヴェスポ)に発見されて襲われたりしてましたけど、全部しれっと回避して、しれっと一撃で仕留めてます。

「虫系はさぁ、感覚が鋭いのか、変な感覚があるのか、()()()()()()が効かないんだよねえ」

 などとぼやいていますけれど、姿を隠せようが隠せまいがたぶん作業になんの支障もなかった気がします。
 なんなら、ウルウ一人なら十頭でも二十頭でも相手にして、特に問題なく切り抜けた気はします。問題は本人に特にやる気がなく、わざわざ手を下すくらいならまとめて焼いちゃった方が早いよねとか言う倫理観に欠けた思考をしていることです。

 いやでもまあ、小鬼(オグレート)の巣を焼く話もけっこうありますし、常套手段ではある、んでしょうねえ。騎士とかのやり方ではないにしても、たぶん村人とかで対処しようってなったら、焼くのが一番なわけで。

 作業を済ませたウルウはある程度離れてから松明に火を灯しました。

「やる?」
「あ、いえ、結構です」
「そう……じゃあ、焼くね」

 なんかしれっと共犯にされそうになりましたけれど、もしかしたらあれ、ウルウ的には「私ひとりでやっちゃったし……」的な、おすそ分けというか、譲ろうかなとか、そういう精神だったんでしょうか。こわっ。
 そういう楽しい祭りのかがり火の点火みたいなやつではないんですよ、これ。

 ウルウが「とーう」と気の抜けた掛け声とともに松明を投げると、すぐにも火は燃え広がり、巣全体へと広がっていきました。
 羆蜂(ウルソヴェスポ)たちががんばって伐採したおかげで、周囲には延焼するような木は根こそぎ失われていましたし、その根こそぎにした木はすべて巣材として用いられていますので、巣の可燃性ばっちりです。

 炎はぱちぱちと音を立ててどんどん燃え上がり、高く積み上げられた巣全体に広がっていきます。
 出入口は岩でしっかり塞がれていましたけれど、ウルウが隙間から瓶を差し込んで油をたっぷり注ぎ入れてたので、たぶん中にもちゃんと延焼していることでしょう。

「うーん……泥とかも使ってるからか、思ったより燃えづらいね。換気口からも油入れればよかったかな」
「どういう気持ちで言ってるんですかそれ?」
「ええ? …………思ったより燃えないなあっていう気持ちかなあ……?」
「そう……ですよねえ」

 生き物を殺したりさばいたりするのにあれほど心を痛めていたウルウはいったいどこに行ってしまったのでしょうか。なんだか恐ろしい気持ちで眺めてしまいましたが、その表情に浮かぶ「無」というか、あまりにもなんの感情ものっていない顔に、私はふと気づいたのでした。

「ウルウって…………虫嫌いなんですね、本当に」
「そうだね。いてもいいけど、家の中とかに出たら発狂するかもしれない」
「最近は虫系も食べられるようになってきましたけど……」
「君らがおいしそうに食べて、実際おいしいからギリ食材あつかいであって、嬉しくはないよ?」
「アッハイ」

 虫だから、でした。
 熊とは言え、虫。虫は、命として数えていない。都会っ子の死生観の恐ろしさのようなものの片鱗を味わった気がします。

 しばらくして、火災に気づいたらしい羆蜂(ウルソヴェスポ)たちが逃げ出そうとし始めたのでしょう。入り口の岩が激しく叩かれていますけれど、重たく頑丈な岩はびくともしません。ウルウが回収するときも、いろいろ試行錯誤してましたものね。

羆蜂(ウルソヴェスポ)は自分で穴掘ったりはしない、んでしたよね?」
「そうですねぇ。穴掘りは苦手なようでぇ、巣材を集めて巣作りはしてもぉ、地面を掘ったりはしないみたいですねぇ」
「じゃあ、抜け穴とかは大丈夫かな」

 まあそれでも、巣の外側の、薄いところとかですかね。羆蜂(ウルソヴェスポ)ががんばって破壊して道を作り出てこようとしてましたけど、火勢が強くて、穴を広げるよりも先に自分が燃えてしまっていますね。しかも半端に穴をあけたせいで空気が入り込み、火が強くなってしまいました。

「んー……一応、投げとく?」
「いやあ……回収できなさそうだし、いいよ。多分もうまともに呼吸もできなくなってるだろうし」
「あんたほんとおっかない女よねえ」
「…………もしかしてこれ、だいぶ幻滅されてるやつ?」
「そうやって不安になってるところは、かわいい」
「うぅん…………ならいっか……」
「ちょろすぎて不安にはなるわ」
「ちょろくないが??」

 なんかトルンペートがウルウといちゃついてますけど、私も別に幻滅とかしてませんけれど?
 思ったよりヤベー女度が高いなってあらためて気づいただけですけれど??
 出会った当初からなんだかんだだいぶヤバイ女でしたからね、ウルウ。

 私たちは風上に陣取り、ウルウのまじない香炉の煙に守られながら、火勢を見守りました。

「あ、出かけてた働き熊が帰ってきたね」
「そりゃ焦るわよね。叩いて火を消そうとしてる……のかしら」
「穴作って中に侵入しようとしてるのかも」
「羆の類いって火を恐れないらしいけど、この場合どうなのかしらね。火が怖くないのか、火よりも女王が大事なのか」
「そういう言い方されるとなんか心が痛むなあ……」
「いままで痛んでなかったのがねえ」

 トルンペートもまあ、合理的というか、そういうところありますから、ウルウと二人で呑気な会話をしています。
 私としてはですね、もっとこう……ね? 情緒とか浪漫とか大事にして欲しい気持ちなんですけれどね?

「あの……冒険とか、こう……活躍とかですね」
「今日はもうないよ」
「そんな品切れみたいに」
「第一、非戦闘員の民間人連れてきてるんだし、危ないことできないでしょ」
「それはたいへんもっともなんですけれどっ!」
「あと剣で熊とやりあうとか、素手で挑もうとか、普通に危ないでしょ」
「普通に危ないでしょ??」

 火勢が強くなっていくにつれて、上部の換気口から無理やり出てこようとする羆蜂(ウルソヴェスポ)も出てきたんですけれどね。すでに外壁は燃え上がってますから、せっかく這い出てきても、転がり落ちるほかなく、骨が折れたのかのたうったり、ごろごろ転がって火を消そうとしたり、それでも巣の火を消そうと試みたり…………なんか、それを座って眺めてるこっちが普通に悪役ですよねえ、これ。

「まあ、非情で非道なことしてるとは思うよ」
「あっ、ちゃんと自覚はあったんですね」
「まあ、あるけどさ。でも、仮にここで、女王個体以外は操られてるだけなので解放しました、とかするじゃない?」
「まあ、操られてるかどうかは微妙ですけれど、それで元通りになるなら、それがいちばんでは?」
「ならなくない?」
「えっ」
「元通りになればいいけど、この羆蜂(ウルソヴェスポ)たちって、もう村の養蜂箱襲ってるよね。人間が反撃してきても、大して怖くないって学んじゃってるんだよね。鹿とか猪も普通に狩るんだから、家畜だって襲うだろうし、人間襲うのも遅かれ早かれだよ」
「それ、は…………そう、かもしれません、けれど」

 ウルウの目が私を見下ろします。そこに責めるような色はなく、かといって自己弁護のような色もなく、ただ静かで、透徹としていました。

「そもそもが餌不足から始まって、厳寒によって追い打ちを食らった……まあ、村があそこにあって、羆蜂(ウルソヴェスポ)たちが森に住んでる限り、遠からずこういう事態は起こりえたんだよね。それで、今回の件で、鹿やら猪やら食べられるものを手あたり次第狩りつくしちゃったんだから、しばらくこの森は動物性の餌は枯渇状態。森はそのぶん回復するのかな。わかんないけど。でも羆蜂(ウルソヴェスポ)は食べるものを探そうと思えば、村に下りてくるのが一番手っ取り早いってことになっちゃう。だったらまあ、さあ。数を減らして、追い払うしかないよね。おっかないものが」

 ウルウの黒い目に、赤々とした炎が映りこんで、揺れました。

「なにが悪いかといえば運が悪かったんだろうけど、まあ、でも、それでもなにかが悪いって言うんなら、それは私だよ」

 そんな風に、うそぶくのでした。





用語解説

・いい感じの岩
 あまり苔むしていなくて、てことかで転がせる範囲のもの。「取得した」と認識できるあたりが限界。もう少し小さい、投げられそうな石などもそこそこ回収している。「なにかあったときのため」と称してあれこれ回収しているが、だいたい悪質な使い方も同時に考えている。なんなら海水もけっこう回収している。