異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ書籍③巻発売中!
書籍ネタバレ感想などは活動報告や作者マシュマロなどにどうぞ。
前回のあらすじ
普通に最悪の対応をする女、ウルウ。
いままでに一度も「汚いからヤダ」とならなかった者だけが石を投げなさい。
なんか申し訳ないから、とよくわかんない罪悪感に染まったウルウがいつもの面妖なまじない道具を取り出したことで、あたしたちの歩みはずいぶん楽になった。
「これは《ムシノスカン除虫香》。周囲の虫を寄せ付けない効果がある」
「フムン。羆蜂たちにも効くでしょうか?」
「試してみないとわからないけど、いけそうかも」
「そうですねぇ、この子たちも嫌そうにしていますねぇ、おもしろいですねぇ」
そのまじない道具はある種の香炉のようなもので、立ち上る煙は、少し甘いような、ピリリとするような、不思議な香りがした。
虫や蟲獣はこの香りを嫌がって近づかない、だろう、たぶん、とウルウは言う。実際三頭の蜜熊蜂たちはその匂いが嫌なのか、できるだけ距離をとろうとしたり、パールさんにしがみついたりしている。
鼻のよいボイも、はじめて嗅ぐ匂いに不思議そうな顔してるわね。
「変わった形の香炉ねえ。えーと……なに、この……なに?」
「いちおう、豚さんということになってるね」
「豚ではなくない?」
「まあ、かわいいですし、いいじゃないですか。きっとこのような豚もいるのでしょう」
「まあデフォルメされてるからねえ」
豚(であるらしい)を模した陶器製の香炉は、中が空洞になっていて、そこに線香のようなものを吊るせるようになっているのだけど、この香の形も面白かった。
「ははぁ……渦巻き型にしてあるから、ただの棒状よりもずっと長持ちするのね」
「私の知るものだと七時間くらいは持つけど、これはどうだろうなあ……どう再現されるのかわかんないけど、まあ在庫はあるから、試しながら行こうか」
ウルウのまじない道具は確かに効果を発揮したようで、その香をくゆらせながら進むと、以降羆蜂にはぱったり遭遇しなくなった。遠くのほうにそれらしい影が見えたことはあったけど、向こうがこちらに気づくと、すぐに離れていっちゃったのよ。
それどころか、普通の虫もみんな寄らなくなって、初夏だってのに蚊の一匹も寄らないの。
「これ便利ねえ……普段遣いしたいわ」
「うーん……さすがにいつも使うほどの在庫はないからなあ。現地のもので作れないか試してみないとね」
そのように、快適になってからも歩くことしばし。
私たちが森に潜ってから数刻。
昇る朝日とともに村を立ち、日は中天を過ぎ、傾きはじめたころ。
あたしたちはついに、パールさんが見たという巣にたどり着いた。
半日でついたと思うと、まあ、近いというか、遠いというか、微妙なところね。
でもまあ、村の脅威となる存在が、歩いて半日の距離にあるって言うのは、まあ、なかなかぞっとしない話ではあるかもしれないわね。人間が歩いて半日なんだから、熊がまっすぐ突き進んできたら、もっと早いでしょうし。
まあともかく、あたしたちはまだ日のあるうちに無事に目的地にたどり着き、そしてそれを見た。見てしまったっていうか。
それは想像していたよりもはるかにおぞましい代物だった。
たぶん元は、一本の大樹を基礎としてた。
その周囲の木という木はみんな折られ、引き抜かれ、荒れた土をさらしていた。
引き抜かれた木々は、その丈夫な顎でもって加工されて、岩や泥とともに大樹を骨として肉付けするように積み上げられ、ちょっとした砦のような構造物が築かれていた。
「ただ積み上げた、ってだけじゃないわね。あの白い泥っぽいのがつなぎとめてるのかしら」
「あれはですねぇ、羆蜂のですねぇ、分泌するぅ……接着剤みたいのでしてぇ。普段ですとぉ、冬眠するときとかにぃ、入り口をふさぐのにぃ、使ったりしますねえ」
それは巨大な蜂の巣、ってことになるのかしら。
蜜蜂の作るような美しい六角形の構造などはもたない、巣材を集めて積み上げ、かためてつなぎ、建て増していく、ある種の塚のような。
「羆蜂もぉ、自分で穴を掘ったりはしませんけれどぉ、木のうろですとかぁ、洞窟ですとかぁ、他の動物の巣穴ですとかをですねぇ、使って冬眠をするんですけれどぉ……ああやってぇ、周囲の木などを集めてぇ、臨時の巣穴を作る事例はあったんですよねぇ。女王個体ができるとぉ、あんなふうに大きな巣を作るんですねぇ、おもしろいですねぇ」
「うーん、この緊張感がなくなる実況」
なんもない時に聞いてたらけっこうおもしろいのかもしんないけど、緊張してしかるべき時に聞いてもどうしても気が抜けちゃうわね。パールさんも真面目ではあるんだろうけど、話し方がどうにもこう、ねえ。
その砦のような巣にはいくつか出入り口があって、見ている間にも羆蜂が何頭も出入りしてた。
自然の蜂の巣だとか、木の実や茸だとか、鹿や猪だとか、それぞれが森から見つけてきた獲物を抱えて、あるいは咥えて運んできて、砦の中に置いては出てきてるみたいだった。
熊木菟なんかと比べれば小柄な熊だけど、それでも単独でも強い熊が、何頭も群れて、協力して、巣に餌を蓄えてる。
それはなかなか壮観で、そして恐ろしい光景だった。
いまはまだ成体の熊ばかりだけど、女王個体が卵をバンバン産み始めて、小熊がどんどん生まれてきたら、羆蜂たちはあっという間に数を増やして、森中を貪り始めるだろう。
すでに、このあたりの木がすっかり伐採されて巣材に使われているように、こいつらは環境を大きく変えるだけの力がある。行動力がある。でも人間のように、後先を考えることはしない。破滅的な変化を、環境にもたらしてしまうだろう。
「いったい何頭ぐらいいるのかしらね……出入りしてるのだけでも、十頭以上はいそうだわ」
「この地域全体のぉ、羆蜂がぁ、働き熊になっているとするとぉ、五十頭以上ぅ、百頭以内でしょうかぁ……あまり遠いとぉ、影響は受けていないでしょうしぃ、頭数調査もちゃんとしていませんのでぇ、大雑把な想定ですけどぉ」
「フムン。中には何頭ほどいると思いますか?」
「そうですねぇ……外側は大きく見えますけれどぉ、餌をため込む大部屋やぁ、女王個体のための部屋以外はぁ、ほとんど通路だけと思いますのでぇ、十から二十頭くらいでしょうかぁ」
香炉の煙に守られながら、あたしたちは作戦会議を開く。
パールさんの知識を基に情報を出してもらったけど、やっぱりわかんないことは多い。そもそも羆蜂が群れを作るっていうこと自体が珍しいから、大雑把な数字も出せてない。だからもう、見ている範囲の情報から、パールさんの学者としての勘と推測で判断するしかない。
「出入口はいくつかあるようですけれど、すべて女王の部屋に通じていると考えても?」
「そうですねぇ、女王個体の部屋ぁ……を中心に巣作りをしますのでぇ、外へ外へ広げていってもぉ、常に通路は女王個体の部屋にぃ、つながっているとみていいと思いますぅ」
「地上部と……上部にも出入り口がありますね」
「羆蜂は木登りも上手ですのでぇ、のぼることもできると思いますけどぉ、たぶん換気口も兼ねた出入り口を作っているのだと思いますねぇ。雨が入らないようにぃ、庇がついているんですよぉ、おもしろいですねぇ」
「えー……つまりあそこからの出入りはない、と?」
「普段遣いはしないと思いますねぇ」
パールさんは画板に紙を広げて、鉛筆でさらさらと羆蜂の巣を描いて見せた。やっぱり生物学者だか生態学者だかいうのは、絵もうまいものね。
ざっと観察した限りの出入り口も描き入れて、断面の予想図みたいなのも描いてくれる。
女王個体がいるであろう部屋。倉庫みたいにちょっと広めの部屋。卵を産んでいればその卵を安置する部屋。そして幼熊を育てる部屋。上のほうには換気口らしい穴。そしてそれらをつなぐ通路。
階段のようなものがあるわけじゃないけど、上のほうにも通路が通じていて、砦の上部構造も飾りではないみたいだった。
「うぅん……まあでも予想図ですのでぇ……実際に羆蜂の巣は見たことないですしぃ、観察記録も残ってませんのでぇ、他の蜂や蟻を参考にぃ、こんな感じかなあ~っていうだけですのでぇ、正しいかはわかんないですねぇ」
「いえいえ、とても参考になりますよ」
「この中の通路ってのはどれくらいの広さかしら?」
「それも入ってみないとぉ何ともなのでぇ、予想なんですけれどぉ……多分、羆蜂が肩を触れさせながらぁ、すれ違える程度のぉ、狭い感じだと思いますねぇ。天井もぉ、体格ぎりぎりだと思いますねぇ」
「フムン。あんまり余裕はないってわけね」
蜜蜂たちの養蜂箱を見せてもらったときも思ったけど、虫たちは必要以上の空間を作ろうとはしないみたいだった。幼虫の入ってる部屋は体の大きさぴったりで隙間もないし、蜜蜂たちはほとんど相手の体を踏みつけるようにして移動することだってよくあった。
あたしたちなら、譲り合っても肩が触れるような通路は狭く感じるし、天井が頭すれすれってのはきっと落ち着かないだろう。
「私がいつもどう感じているのか想像できると思うんだよね」
「あんた、たまに頭ぶつけるものねえ」
ウルウの身長は、交易尺で百八十七センチメートルある。本人は誤魔化したがってるけど。しかもこの数字はヴォーストにいたころに測ったもので、あたしの目測だとこいつ地味に伸びてる気がするのよね。はかろうとすると全力で嫌がるから正確なところはわかんないけど。
で、たいていの建物って、多数派になりがちな人族に合わせて建てるから、こいつにとっちゃ天井が低いのよね、いつも。すくなくとも扉はたいてい低すぎて、ちょっと屈まないと頭をぶつけかねない。っていうか実際たまにやらかす。
常にあたしたちを見下ろしてるから、頭上のほうはお留守になりがちなの、結構大変そうよね、ウルウ。
で、たぶんそういう性質から羆蜂の通路もそうだろうっていう予想だけど……そうなるとかなり厄介ね。
羆蜂が立ったときの高さが、あたしよりすこしでかいくらい。人族平均と同じくらいだろう。つまり百六十センチ前後。
そんな羆蜂がぎりぎりすれ違える程度の通路と考えると、とてもじゃないけど自由に立ち回れるものじゃない。
一等ちびのリリオだって、そんな狭さじゃ剣もろくに振るえない。
もちろん、あたしが得意な投擲だって、そんな狭い環境じゃ役に立たない。いつかの地下水道だって、
けっこう広かったし、相手まで直線が確保されてたからどうにかなっただけだもの。
そこまで狭いとなると、当然、ウルウは無理だ。無理やり入っても、どこかで詰まってしまったらどうしようもなくなっちゃう。
下手するとボイがいちばん通路を通りやすいかもしれないけど、さすがのボイも敵の巣穴の中で囲まれたら終わりだろう。
「一応、パールさんによれば、女王個体が死ねば、におい物質の供給が途絶えて、羆蜂の群れは解散するということでしたけれど……」
「仮に女王個体をしとめられたとしても、あんな閉鎖環境じゃにおい物質が散るまで相当かかるでしょうね。どころか、女王を殺されたって怒り狂って襲ってくるんじゃないかしら」
「そのあたりはぁ、わかりませんけれどぉ、少なくともぉ、巣の中に侵入者があったらぁ、興奮して襲い掛かってくるのは間違いありませんねぇ」
巣は堅牢で、その通路は剣を振るうほどの広さももなく、女王はおそらく最奥。
中にどれだけの羆蜂がいるかわからず、一頭を相手にしている間に警戒が伝わり、他の働き熊たちも集まってくるかもしれない。場合によっては挟み撃ちにあうかも。
それで、私たちの一党で、まともに侵入して戦えるのはリリオとボイだけで、リリオも剣は振るえないし、ボイもだいぶ行動が制限される。
「…………無理じゃない?」
「いえ、素手でも私は戦えますよ!」
「羆蜂くらいの大きさならやれなくはなさそうなのが怖いわね」
「まあ、最悪はそうするしかないかもだけどさ」
乗り気のリリオに対して、ウルウは冷めた目を向けた。
「それ、私がいいね! って言うと思う?」
「…………絵面は地味でも、心意気は格好いいですよ!」
「君はいつも格好いいけど、そもそも私が見れないよねそれ」
「えーと……ウルウは姿を消してついてきてもらっても」
「すっごく屈んで、常に中腰で? 絶対嫌」
「はい、そうなりますよね……」
まあ、そうなのよねえ。
うちの場合、できるできないだけじゃなく、後方腕組み監督ことウルウの審査が入るのだった。
そりゃあ、リリオよ?
辺境から旅立って一年くらいで、だいぶ成長したもの。
素手で小さめの熊とやりあえるって言われてもまあ、やれそうだなって思うわ。
巣穴の中で連戦して女王個体の首級獲ってくるとか、まあ多少苦戦してもやり遂げそうではあるわ。
でもそれって地味だし見えないし、もしもの危険性もあるし。
そうなるとねえ、ウルウがいい顔しないのよ。
もともと、リリオが活躍するのを眺めて楽しもうとか言うゲスの金持ち貴族みたいな楽しみ方をしようとしてたのがウルウなんだもの。戦い方にも物言いがつく。
最近はなんかちょっと闇とか病みとか抱えちゃって、あたしたちが危険なことするのも嫌がるんだけど、それはもう、あたしたち冒険屋なんだし、折り合いはつけてるけど、それでもあんまり格好よくなかったり、情けなかったりは、ウルウ的にはナシみたいだった。
あたしもウルウのことは好きよ。嫁だし。リリオと同じくらい、ウルウのことが好き。
きっとこの恋も愛も一生もので、この先変わることはないんだっていまだに浮かれたことも言える。
でもそれはそれとしてこいつこの女こういうところ面倒くさ~ッとは思うわね。たまにはったおしたくなる。
「じゃあどうすんのよ。出てくるやつ入ってくるやつ、地味に一頭ずつ仕留めていったんじゃあ、日が暮れるどころか夜が明けるわよ。そんな泥臭い殲滅戦やってらんないわよ」
「あ! じゃあうまいことおびき出してやっつけるのはどうでしょう!」
「さすがに十頭もに十頭も一度に来たんじゃあ、たまんないわよ」
ウルウはぐるりと辺りを見回して、それから雲の様子や風向きなんかをざらっと確かめて、ひとつ頷いた。まるで一幅の絵画のような、切なくも物憂げな顔で。
「じゃあ、燃やそっか」
絵画みたいな横顔で物騒なことぬかしやがったわね。
用語解説
・《ムシノスカン除虫香》
ゲーム内アイテム。消耗品。虫系Mobが、たとえアクティブモンスターであっても接近してこなくなる。ただし攻撃を仕掛けた場合はターゲットされるようになる。またボスには効かない。ゲーム内では十五分ほどで効果が切れたが、この世界では見た目通り七時間ほど持つようだ。
『虫だけを殺す顔をしている……』
書籍ネタバレ感想などは活動報告や作者マシュマロなどにどうぞ。
前回のあらすじ
普通に最悪の対応をする女、ウルウ。
いままでに一度も「汚いからヤダ」とならなかった者だけが石を投げなさい。
なんか申し訳ないから、とよくわかんない罪悪感に染まったウルウがいつもの面妖なまじない道具を取り出したことで、あたしたちの歩みはずいぶん楽になった。
「これは《ムシノスカン除虫香》。周囲の虫を寄せ付けない効果がある」
「フムン。羆蜂たちにも効くでしょうか?」
「試してみないとわからないけど、いけそうかも」
「そうですねぇ、この子たちも嫌そうにしていますねぇ、おもしろいですねぇ」
そのまじない道具はある種の香炉のようなもので、立ち上る煙は、少し甘いような、ピリリとするような、不思議な香りがした。
虫や蟲獣はこの香りを嫌がって近づかない、だろう、たぶん、とウルウは言う。実際三頭の蜜熊蜂たちはその匂いが嫌なのか、できるだけ距離をとろうとしたり、パールさんにしがみついたりしている。
鼻のよいボイも、はじめて嗅ぐ匂いに不思議そうな顔してるわね。
「変わった形の香炉ねえ。えーと……なに、この……なに?」
「いちおう、豚さんということになってるね」
「豚ではなくない?」
「まあ、かわいいですし、いいじゃないですか。きっとこのような豚もいるのでしょう」
「まあデフォルメされてるからねえ」
豚(であるらしい)を模した陶器製の香炉は、中が空洞になっていて、そこに線香のようなものを吊るせるようになっているのだけど、この香の形も面白かった。
「ははぁ……渦巻き型にしてあるから、ただの棒状よりもずっと長持ちするのね」
「私の知るものだと七時間くらいは持つけど、これはどうだろうなあ……どう再現されるのかわかんないけど、まあ在庫はあるから、試しながら行こうか」
ウルウのまじない道具は確かに効果を発揮したようで、その香をくゆらせながら進むと、以降羆蜂にはぱったり遭遇しなくなった。遠くのほうにそれらしい影が見えたことはあったけど、向こうがこちらに気づくと、すぐに離れていっちゃったのよ。
それどころか、普通の虫もみんな寄らなくなって、初夏だってのに蚊の一匹も寄らないの。
「これ便利ねえ……普段遣いしたいわ」
「うーん……さすがにいつも使うほどの在庫はないからなあ。現地のもので作れないか試してみないとね」
そのように、快適になってからも歩くことしばし。
私たちが森に潜ってから数刻。
昇る朝日とともに村を立ち、日は中天を過ぎ、傾きはじめたころ。
あたしたちはついに、パールさんが見たという巣にたどり着いた。
半日でついたと思うと、まあ、近いというか、遠いというか、微妙なところね。
でもまあ、村の脅威となる存在が、歩いて半日の距離にあるって言うのは、まあ、なかなかぞっとしない話ではあるかもしれないわね。人間が歩いて半日なんだから、熊がまっすぐ突き進んできたら、もっと早いでしょうし。
まあともかく、あたしたちはまだ日のあるうちに無事に目的地にたどり着き、そしてそれを見た。見てしまったっていうか。
それは想像していたよりもはるかにおぞましい代物だった。
たぶん元は、一本の大樹を基礎としてた。
その周囲の木という木はみんな折られ、引き抜かれ、荒れた土をさらしていた。
引き抜かれた木々は、その丈夫な顎でもって加工されて、岩や泥とともに大樹を骨として肉付けするように積み上げられ、ちょっとした砦のような構造物が築かれていた。
「ただ積み上げた、ってだけじゃないわね。あの白い泥っぽいのがつなぎとめてるのかしら」
「あれはですねぇ、羆蜂のですねぇ、分泌するぅ……接着剤みたいのでしてぇ。普段ですとぉ、冬眠するときとかにぃ、入り口をふさぐのにぃ、使ったりしますねえ」
それは巨大な蜂の巣、ってことになるのかしら。
蜜蜂の作るような美しい六角形の構造などはもたない、巣材を集めて積み上げ、かためてつなぎ、建て増していく、ある種の塚のような。
「羆蜂もぉ、自分で穴を掘ったりはしませんけれどぉ、木のうろですとかぁ、洞窟ですとかぁ、他の動物の巣穴ですとかをですねぇ、使って冬眠をするんですけれどぉ……ああやってぇ、周囲の木などを集めてぇ、臨時の巣穴を作る事例はあったんですよねぇ。女王個体ができるとぉ、あんなふうに大きな巣を作るんですねぇ、おもしろいですねぇ」
「うーん、この緊張感がなくなる実況」
なんもない時に聞いてたらけっこうおもしろいのかもしんないけど、緊張してしかるべき時に聞いてもどうしても気が抜けちゃうわね。パールさんも真面目ではあるんだろうけど、話し方がどうにもこう、ねえ。
その砦のような巣にはいくつか出入り口があって、見ている間にも羆蜂が何頭も出入りしてた。
自然の蜂の巣だとか、木の実や茸だとか、鹿や猪だとか、それぞれが森から見つけてきた獲物を抱えて、あるいは咥えて運んできて、砦の中に置いては出てきてるみたいだった。
熊木菟なんかと比べれば小柄な熊だけど、それでも単独でも強い熊が、何頭も群れて、協力して、巣に餌を蓄えてる。
それはなかなか壮観で、そして恐ろしい光景だった。
いまはまだ成体の熊ばかりだけど、女王個体が卵をバンバン産み始めて、小熊がどんどん生まれてきたら、羆蜂たちはあっという間に数を増やして、森中を貪り始めるだろう。
すでに、このあたりの木がすっかり伐採されて巣材に使われているように、こいつらは環境を大きく変えるだけの力がある。行動力がある。でも人間のように、後先を考えることはしない。破滅的な変化を、環境にもたらしてしまうだろう。
「いったい何頭ぐらいいるのかしらね……出入りしてるのだけでも、十頭以上はいそうだわ」
「この地域全体のぉ、羆蜂がぁ、働き熊になっているとするとぉ、五十頭以上ぅ、百頭以内でしょうかぁ……あまり遠いとぉ、影響は受けていないでしょうしぃ、頭数調査もちゃんとしていませんのでぇ、大雑把な想定ですけどぉ」
「フムン。中には何頭ほどいると思いますか?」
「そうですねぇ……外側は大きく見えますけれどぉ、餌をため込む大部屋やぁ、女王個体のための部屋以外はぁ、ほとんど通路だけと思いますのでぇ、十から二十頭くらいでしょうかぁ」
香炉の煙に守られながら、あたしたちは作戦会議を開く。
パールさんの知識を基に情報を出してもらったけど、やっぱりわかんないことは多い。そもそも羆蜂が群れを作るっていうこと自体が珍しいから、大雑把な数字も出せてない。だからもう、見ている範囲の情報から、パールさんの学者としての勘と推測で判断するしかない。
「出入口はいくつかあるようですけれど、すべて女王の部屋に通じていると考えても?」
「そうですねぇ、女王個体の部屋ぁ……を中心に巣作りをしますのでぇ、外へ外へ広げていってもぉ、常に通路は女王個体の部屋にぃ、つながっているとみていいと思いますぅ」
「地上部と……上部にも出入り口がありますね」
「羆蜂は木登りも上手ですのでぇ、のぼることもできると思いますけどぉ、たぶん換気口も兼ねた出入り口を作っているのだと思いますねぇ。雨が入らないようにぃ、庇がついているんですよぉ、おもしろいですねぇ」
「えー……つまりあそこからの出入りはない、と?」
「普段遣いはしないと思いますねぇ」
パールさんは画板に紙を広げて、鉛筆でさらさらと羆蜂の巣を描いて見せた。やっぱり生物学者だか生態学者だかいうのは、絵もうまいものね。
ざっと観察した限りの出入り口も描き入れて、断面の予想図みたいなのも描いてくれる。
女王個体がいるであろう部屋。倉庫みたいにちょっと広めの部屋。卵を産んでいればその卵を安置する部屋。そして幼熊を育てる部屋。上のほうには換気口らしい穴。そしてそれらをつなぐ通路。
階段のようなものがあるわけじゃないけど、上のほうにも通路が通じていて、砦の上部構造も飾りではないみたいだった。
「うぅん……まあでも予想図ですのでぇ……実際に羆蜂の巣は見たことないですしぃ、観察記録も残ってませんのでぇ、他の蜂や蟻を参考にぃ、こんな感じかなあ~っていうだけですのでぇ、正しいかはわかんないですねぇ」
「いえいえ、とても参考になりますよ」
「この中の通路ってのはどれくらいの広さかしら?」
「それも入ってみないとぉ何ともなのでぇ、予想なんですけれどぉ……多分、羆蜂が肩を触れさせながらぁ、すれ違える程度のぉ、狭い感じだと思いますねぇ。天井もぉ、体格ぎりぎりだと思いますねぇ」
「フムン。あんまり余裕はないってわけね」
蜜蜂たちの養蜂箱を見せてもらったときも思ったけど、虫たちは必要以上の空間を作ろうとはしないみたいだった。幼虫の入ってる部屋は体の大きさぴったりで隙間もないし、蜜蜂たちはほとんど相手の体を踏みつけるようにして移動することだってよくあった。
あたしたちなら、譲り合っても肩が触れるような通路は狭く感じるし、天井が頭すれすれってのはきっと落ち着かないだろう。
「私がいつもどう感じているのか想像できると思うんだよね」
「あんた、たまに頭ぶつけるものねえ」
ウルウの身長は、交易尺で百八十七センチメートルある。本人は誤魔化したがってるけど。しかもこの数字はヴォーストにいたころに測ったもので、あたしの目測だとこいつ地味に伸びてる気がするのよね。はかろうとすると全力で嫌がるから正確なところはわかんないけど。
で、たいていの建物って、多数派になりがちな人族に合わせて建てるから、こいつにとっちゃ天井が低いのよね、いつも。すくなくとも扉はたいてい低すぎて、ちょっと屈まないと頭をぶつけかねない。っていうか実際たまにやらかす。
常にあたしたちを見下ろしてるから、頭上のほうはお留守になりがちなの、結構大変そうよね、ウルウ。
で、たぶんそういう性質から羆蜂の通路もそうだろうっていう予想だけど……そうなるとかなり厄介ね。
羆蜂が立ったときの高さが、あたしよりすこしでかいくらい。人族平均と同じくらいだろう。つまり百六十センチ前後。
そんな羆蜂がぎりぎりすれ違える程度の通路と考えると、とてもじゃないけど自由に立ち回れるものじゃない。
一等ちびのリリオだって、そんな狭さじゃ剣もろくに振るえない。
もちろん、あたしが得意な投擲だって、そんな狭い環境じゃ役に立たない。いつかの地下水道だって、
けっこう広かったし、相手まで直線が確保されてたからどうにかなっただけだもの。
そこまで狭いとなると、当然、ウルウは無理だ。無理やり入っても、どこかで詰まってしまったらどうしようもなくなっちゃう。
下手するとボイがいちばん通路を通りやすいかもしれないけど、さすがのボイも敵の巣穴の中で囲まれたら終わりだろう。
「一応、パールさんによれば、女王個体が死ねば、におい物質の供給が途絶えて、羆蜂の群れは解散するということでしたけれど……」
「仮に女王個体をしとめられたとしても、あんな閉鎖環境じゃにおい物質が散るまで相当かかるでしょうね。どころか、女王を殺されたって怒り狂って襲ってくるんじゃないかしら」
「そのあたりはぁ、わかりませんけれどぉ、少なくともぉ、巣の中に侵入者があったらぁ、興奮して襲い掛かってくるのは間違いありませんねぇ」
巣は堅牢で、その通路は剣を振るうほどの広さももなく、女王はおそらく最奥。
中にどれだけの羆蜂がいるかわからず、一頭を相手にしている間に警戒が伝わり、他の働き熊たちも集まってくるかもしれない。場合によっては挟み撃ちにあうかも。
それで、私たちの一党で、まともに侵入して戦えるのはリリオとボイだけで、リリオも剣は振るえないし、ボイもだいぶ行動が制限される。
「…………無理じゃない?」
「いえ、素手でも私は戦えますよ!」
「羆蜂くらいの大きさならやれなくはなさそうなのが怖いわね」
「まあ、最悪はそうするしかないかもだけどさ」
乗り気のリリオに対して、ウルウは冷めた目を向けた。
「それ、私がいいね! って言うと思う?」
「…………絵面は地味でも、心意気は格好いいですよ!」
「君はいつも格好いいけど、そもそも私が見れないよねそれ」
「えーと……ウルウは姿を消してついてきてもらっても」
「すっごく屈んで、常に中腰で? 絶対嫌」
「はい、そうなりますよね……」
まあ、そうなのよねえ。
うちの場合、できるできないだけじゃなく、後方腕組み監督ことウルウの審査が入るのだった。
そりゃあ、リリオよ?
辺境から旅立って一年くらいで、だいぶ成長したもの。
素手で小さめの熊とやりあえるって言われてもまあ、やれそうだなって思うわ。
巣穴の中で連戦して女王個体の首級獲ってくるとか、まあ多少苦戦してもやり遂げそうではあるわ。
でもそれって地味だし見えないし、もしもの危険性もあるし。
そうなるとねえ、ウルウがいい顔しないのよ。
もともと、リリオが活躍するのを眺めて楽しもうとか言うゲスの金持ち貴族みたいな楽しみ方をしようとしてたのがウルウなんだもの。戦い方にも物言いがつく。
最近はなんかちょっと闇とか病みとか抱えちゃって、あたしたちが危険なことするのも嫌がるんだけど、それはもう、あたしたち冒険屋なんだし、折り合いはつけてるけど、それでもあんまり格好よくなかったり、情けなかったりは、ウルウ的にはナシみたいだった。
あたしもウルウのことは好きよ。嫁だし。リリオと同じくらい、ウルウのことが好き。
きっとこの恋も愛も一生もので、この先変わることはないんだっていまだに浮かれたことも言える。
でもそれはそれとしてこいつこの女こういうところ面倒くさ~ッとは思うわね。たまにはったおしたくなる。
「じゃあどうすんのよ。出てくるやつ入ってくるやつ、地味に一頭ずつ仕留めていったんじゃあ、日が暮れるどころか夜が明けるわよ。そんな泥臭い殲滅戦やってらんないわよ」
「あ! じゃあうまいことおびき出してやっつけるのはどうでしょう!」
「さすがに十頭もに十頭も一度に来たんじゃあ、たまんないわよ」
ウルウはぐるりと辺りを見回して、それから雲の様子や風向きなんかをざらっと確かめて、ひとつ頷いた。まるで一幅の絵画のような、切なくも物憂げな顔で。
「じゃあ、燃やそっか」
絵画みたいな横顔で物騒なことぬかしやがったわね。
用語解説
・《ムシノスカン除虫香》
ゲーム内アイテム。消耗品。虫系Mobが、たとえアクティブモンスターであっても接近してこなくなる。ただし攻撃を仕掛けた場合はターゲットされるようになる。またボスには効かない。ゲーム内では十五分ほどで効果が切れたが、この世界では見た目通り七時間ほど持つようだ。
『虫だけを殺す顔をしている……』


