前回のあらすじ
無事試験を終了し、あっけなく冒険屋見習いになったリリオとウルウ。
見習いということで依頼料をいくらかピンハネされる未来をまだ知らないのだった。
私が《踊る宝石箱亭》の部屋を引き払い、荷物を背負った帰り道で細々とした買い物を済ませて、事務所に戻ってくると、なんということでしょう、あの殺風景で何も物のなかった部屋は、殺風景で何も物のないままでした。
「おかえり」
実に満足げなウルウですけれど、上着も脱いで動きやすそうな格好で、髪も後ろで括ったりしてうなじが眩しいですけれど、ですけれどもー、どう見ても部屋は殺風景で何も物のないままです。
いえ、きれいに掃除されていますし、よく見れば寝台も増えていますけれど、それ以外何も増えていません。お手伝いしてくれたのでしょうクナーボが隣でひきつったような苦笑いを浮かべているのもわかります。
「ただいま戻りました、ウルウ。それでは」
「それでは?」
「模様替えを始めます」
たっぷり十秒ほど小首を傾げて、ウルウはげんなりしたような面倒くさそうな顔をしました。
「他に何か要る?」
「まずウルウの感性を直す必要がありそうです」
ウルウが早々にやる気をなくしたのを尻目に、私は物置を確かめて、書き物机があったのでそれを一台持ち込み、道中買ってきたかわいらしい行燈を設置。
壁紙は今からではどうしようもないですのでまた後日として、床も裸じゃ寂しいですね。物置で埃をかぶっていたじゅうたんを、表に出て盛大にはたいて綺麗にして、床に敷いてやれば、足元も暖かいだけでなく、暖色の色合いが目にも優しいですね。
箪笥に、化粧台も物置から引っ張ってきて、姿見はなかったので今度買ってきましょうか。
ウルウはひそかに読書家さんみたいですけれど、本棚はさすがになかったので今度見繕いましょう。
物置をあさっているうちに、素敵な一輪挿しの花瓶も見つけましたので、壁にかけて、とりあえず匂い消しの花や香草を束ねて飾り、装飾と消臭を兼ねてみます。
卓は大きいものだと邪魔になりますから、小さいものを一台。それに折り畳みのできる椅子を二脚。これでお茶くらいはできるでしょう。
あとは水差しやらなんやらとこまごまとしたものを適当な場所におさめて、まあこんなものでしょうか。
「いいですか、ウルウ。部屋を整えるというのはこういうことです」
「………なんか」
「なんです?」
「なんか生活感があって落ち着かない」
「生活するんですよ?」
ウルウは何を言っているんでしょうか。
こここそが我が最後の領地と言わんばかりに、自分の寝台の上で膝を抱えて座るウルウは、大津波で世界が流されてしまって最後に残った孤島に取り残された水鳥のように心細そうです。
「ウルウの前のお部屋はどうな感じだったんですか?」
「あー……ベッド……寝台があって」
「寝台があって」
「…………寝台があったよ」
「それは聞きました」
「あと、ご飯食べる、卓袱台」
「チャブダイ?」
「ちっちゃいテーブル、卓みたいの」
「ちっちゃい卓」
「以上」
「異常です」
寝台と卓しかないってどこの牢獄なんでしょうか。それに椅子は?
「ウルウ、ウルウ。ウルウはそれが当たり前で、もしかしたらこういうのは落ち着かないかもしれません」
「うん」
「即答しないでくださいよ。でもですね、これからは私たち、二人で冒険屋なんです」
「君が勝手に決めたんだけど」
「うぐぅ、で、でもウルウも断らなかったですし」
「うにゅぅ」
「私もウルウのやり方は尊重します。だからウルウも、私のやり方にちょっと慣れてくれると嬉しいです」
「むーん」
「……かぶりつきで主演女優の演技を見ると思って」
「私ちょくちょくそういう言い回しするけど、本気でそう思ってるわけじゃないからね? あくまでたとえであって、そういう言い方すれば私が従う訳じゃないからね?」
ウルウって時々妙に早口で饒舌になりますよね。
ともあれ。
「まだ見習いですけれど、冒険屋、なりましたね」
「……冒険屋、ね」
面倒臭そうで、胡散臭そうで、でもそこには確かに小さな高揚が見て取れたのは、私の目の錯覚ばかりではないと信じています。
冒険屋なんて面倒臭くて胡散臭いものに、ついに私もなってしまった、というかならされてしまったというか。いやはや、この前まで生きているのか死んでいるのかも定かではなかった事務職が、やくざな仕事に就くことになるなんて人生わからないものだ。
しかしいろいろショックではあるな。
冒険屋になったということではなくて、私のセンスがいろいろ否定されたことに関して。
どうやら私の考える文化的で最低限度の生活というものは、福祉なんて概念があるかどうかすら怪しいこの異世界においてすら、有り得ないと一蹴されるレベルで低すぎる水準だったようだ。
だって以前の私の部屋って本当にベッドと卓袱台しかなかったし。他は説明に困ったから言わなかったけど、ノートパソコンと、専門書の詰まった本棚。あとほとんど空だった冷蔵庫か。洗濯は週に一度コインランドリーでまとめてやってた。三点ユニットバスもあったけど、これだけは異世界より高水準かな。冬場はなかなかお湯が出ないし、温度調節が難しいけど。
薄い壁は防音効果も断熱効果もなくて、同じような生き物が同じような時間にひっそりとした物音を立てる、孤独ではないが触れ合うこともない安心感付き。
最寄り駅まで徒歩三十分。同じような生き物が同じような時間に世を忍ぶようにひっそりと出勤していく、孤独ではないが触れ合うこともない安心感込み。
これでなんとお家賃五万円ぽっきり。やったね。
やったね……。
ともあれ、他に何か要るのか私にはちょっとわからない。
ほとんど家にいる時間ないのに何で物が要るのか理解できない。家にいたとしてもやる事なんて寝るか専門書読むかパソコンに向かってネトゲしてるかだし、何が要るというのか。
でもこの世界の人間にとって文化的で最低限度の生活というのは、週に一度は観劇に行ったりとかそういうレベルの話らしい。何人だよお前ら。異世界人だよ。二重の意味で。
まあ、しかし、これもまた一つの。冒険か。
嬉々として部屋の模様替えをするリリオと、それを楽しそうに手伝うクナーボを眺めながら、私はごろりとベッドに横たわる。
冒険屋、冒険屋ね。人生に飽いた幽霊の転職先としてはまあ、悪くないかもしれない。
冒険屋事務所。
それが私の新しい職場だ。
用語解説
・用語解説
与太話のこと。
無事試験を終了し、あっけなく冒険屋見習いになったリリオとウルウ。
見習いということで依頼料をいくらかピンハネされる未来をまだ知らないのだった。
私が《踊る宝石箱亭》の部屋を引き払い、荷物を背負った帰り道で細々とした買い物を済ませて、事務所に戻ってくると、なんということでしょう、あの殺風景で何も物のなかった部屋は、殺風景で何も物のないままでした。
「おかえり」
実に満足げなウルウですけれど、上着も脱いで動きやすそうな格好で、髪も後ろで括ったりしてうなじが眩しいですけれど、ですけれどもー、どう見ても部屋は殺風景で何も物のないままです。
いえ、きれいに掃除されていますし、よく見れば寝台も増えていますけれど、それ以外何も増えていません。お手伝いしてくれたのでしょうクナーボが隣でひきつったような苦笑いを浮かべているのもわかります。
「ただいま戻りました、ウルウ。それでは」
「それでは?」
「模様替えを始めます」
たっぷり十秒ほど小首を傾げて、ウルウはげんなりしたような面倒くさそうな顔をしました。
「他に何か要る?」
「まずウルウの感性を直す必要がありそうです」
ウルウが早々にやる気をなくしたのを尻目に、私は物置を確かめて、書き物机があったのでそれを一台持ち込み、道中買ってきたかわいらしい行燈を設置。
壁紙は今からではどうしようもないですのでまた後日として、床も裸じゃ寂しいですね。物置で埃をかぶっていたじゅうたんを、表に出て盛大にはたいて綺麗にして、床に敷いてやれば、足元も暖かいだけでなく、暖色の色合いが目にも優しいですね。
箪笥に、化粧台も物置から引っ張ってきて、姿見はなかったので今度買ってきましょうか。
ウルウはひそかに読書家さんみたいですけれど、本棚はさすがになかったので今度見繕いましょう。
物置をあさっているうちに、素敵な一輪挿しの花瓶も見つけましたので、壁にかけて、とりあえず匂い消しの花や香草を束ねて飾り、装飾と消臭を兼ねてみます。
卓は大きいものだと邪魔になりますから、小さいものを一台。それに折り畳みのできる椅子を二脚。これでお茶くらいはできるでしょう。
あとは水差しやらなんやらとこまごまとしたものを適当な場所におさめて、まあこんなものでしょうか。
「いいですか、ウルウ。部屋を整えるというのはこういうことです」
「………なんか」
「なんです?」
「なんか生活感があって落ち着かない」
「生活するんですよ?」
ウルウは何を言っているんでしょうか。
こここそが我が最後の領地と言わんばかりに、自分の寝台の上で膝を抱えて座るウルウは、大津波で世界が流されてしまって最後に残った孤島に取り残された水鳥のように心細そうです。
「ウルウの前のお部屋はどうな感じだったんですか?」
「あー……ベッド……寝台があって」
「寝台があって」
「…………寝台があったよ」
「それは聞きました」
「あと、ご飯食べる、卓袱台」
「チャブダイ?」
「ちっちゃいテーブル、卓みたいの」
「ちっちゃい卓」
「以上」
「異常です」
寝台と卓しかないってどこの牢獄なんでしょうか。それに椅子は?
「ウルウ、ウルウ。ウルウはそれが当たり前で、もしかしたらこういうのは落ち着かないかもしれません」
「うん」
「即答しないでくださいよ。でもですね、これからは私たち、二人で冒険屋なんです」
「君が勝手に決めたんだけど」
「うぐぅ、で、でもウルウも断らなかったですし」
「うにゅぅ」
「私もウルウのやり方は尊重します。だからウルウも、私のやり方にちょっと慣れてくれると嬉しいです」
「むーん」
「……かぶりつきで主演女優の演技を見ると思って」
「私ちょくちょくそういう言い回しするけど、本気でそう思ってるわけじゃないからね? あくまでたとえであって、そういう言い方すれば私が従う訳じゃないからね?」
ウルウって時々妙に早口で饒舌になりますよね。
ともあれ。
「まだ見習いですけれど、冒険屋、なりましたね」
「……冒険屋、ね」
面倒臭そうで、胡散臭そうで、でもそこには確かに小さな高揚が見て取れたのは、私の目の錯覚ばかりではないと信じています。
冒険屋なんて面倒臭くて胡散臭いものに、ついに私もなってしまった、というかならされてしまったというか。いやはや、この前まで生きているのか死んでいるのかも定かではなかった事務職が、やくざな仕事に就くことになるなんて人生わからないものだ。
しかしいろいろショックではあるな。
冒険屋になったということではなくて、私のセンスがいろいろ否定されたことに関して。
どうやら私の考える文化的で最低限度の生活というものは、福祉なんて概念があるかどうかすら怪しいこの異世界においてすら、有り得ないと一蹴されるレベルで低すぎる水準だったようだ。
だって以前の私の部屋って本当にベッドと卓袱台しかなかったし。他は説明に困ったから言わなかったけど、ノートパソコンと、専門書の詰まった本棚。あとほとんど空だった冷蔵庫か。洗濯は週に一度コインランドリーでまとめてやってた。三点ユニットバスもあったけど、これだけは異世界より高水準かな。冬場はなかなかお湯が出ないし、温度調節が難しいけど。
薄い壁は防音効果も断熱効果もなくて、同じような生き物が同じような時間にひっそりとした物音を立てる、孤独ではないが触れ合うこともない安心感付き。
最寄り駅まで徒歩三十分。同じような生き物が同じような時間に世を忍ぶようにひっそりと出勤していく、孤独ではないが触れ合うこともない安心感込み。
これでなんとお家賃五万円ぽっきり。やったね。
やったね……。
ともあれ、他に何か要るのか私にはちょっとわからない。
ほとんど家にいる時間ないのに何で物が要るのか理解できない。家にいたとしてもやる事なんて寝るか専門書読むかパソコンに向かってネトゲしてるかだし、何が要るというのか。
でもこの世界の人間にとって文化的で最低限度の生活というのは、週に一度は観劇に行ったりとかそういうレベルの話らしい。何人だよお前ら。異世界人だよ。二重の意味で。
まあ、しかし、これもまた一つの。冒険か。
嬉々として部屋の模様替えをするリリオと、それを楽しそうに手伝うクナーボを眺めながら、私はごろりとベッドに横たわる。
冒険屋、冒険屋ね。人生に飽いた幽霊の転職先としてはまあ、悪くないかもしれない。
冒険屋事務所。
それが私の新しい職場だ。
用語解説
・用語解説
与太話のこと。