異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ書籍③巻発売中!
書籍ネタバレ感想などは活動報告や作者マシュマロなどにどうぞ。



前回のあらすじ

超高級蜂蜜に悲鳴を上げるトルンペート。
しかしこれも熊害にあえぐ村民たちの精一杯。
見過ごしておけぬと一党は立ち上がるのであった。





「冒険屋ぁ?」

 売店のご婦人に教えていただいた養蜂組合の建物で受けた洗礼がこれです。
 洗礼というか、いつものやつですね。

 受付で暇そうに木彫りの熊を磨いていたおじさま……組合員さんは、最初は観光客と思ってにこやかに対応してくださったんですね。しかし冒険屋を名乗って熊害(ゆうがい)事件についてお尋ねすると、途端に胡乱(うろん)な目を向けられてしまいました。
 ほとんど反射的に発された「冒険屋ぁ?」の「ぁ?」の部分がすべてを物語っていますね。

 まあ、私たちもこの反応は慣れたもので、組合の方のお気持ちもわかります。
 女中を連れて小奇麗な恰好をした、いかにも物見遊山でございますといった女三人組。しかも筋骨隆々というわけでもなく、迫力のある長物を携えているわけでもなく、精々私が腰に剣を佩いているくらい。
 ちびふたりにのっぽがひとり、これで冒険屋を名乗って、やあそうなのか頼もしいなあ、とはなりませんよね。

 こういうときどうするか。話せばわかってもらえるかもしれませんが、言葉で説明してご納得いただくには、武力や暴力といった冒険屋の売りはなかなかわかりづらいものです。

 よくあるのは武勇伝を語って聞かせるというものですが、これは冒険屋自身がいかにも強そうな見た目をしていることが大事です。もともと強そうな見た目で説得力があるのを、さらに補強する効果が見込める程度です。私たちには向きません。

 物証を見せる、というのもよくある手口です。いままでに討伐した大物魔獣の牙や骨、あるいは頭部なんかをある種の勲章のように披露して、強さを誇示するわけです。これは見た目にも迫力がありますし、これほどの獲物を相手にしてきたのなら、と安心感も出てきます。
 まあ、もちろんこれも強面さんがやるから効果が出るわけで、私たちのような手弱女(たおやめ)に見える一党が熊の首だの鹿の角だのをお見せしたところで、どこかで買ってきたんだろうと言われるのが落ちです。

 地元なら、それでも名が知れていたり、誰かからの紹介があったりと補強を入れられるところがあるのですが、私たちのような旅の冒険屋で、見た目もわかりやすく強そうではない、となるとなかなか信頼していただくのは難しいものです。

 そこで、私たちはある種の実演をもって、初見の方々の信頼を得てきました。

「リリオ、いいわよ」
「それでは……はっ!」
「よっと、はい、そら、よっ」
「お、おおっ!? 空中で何度も!?」

 私はトルンペートの合図で林檎(ポーモ)を放り投げました。そこへトルンペートの鉄串が投げられ、見事命中。さらにそれが落ちる前にもう一本、さらにもう一本と突き刺さり、私が受け止めたときには林檎(ポーモ)に六本もの鉄串が突き刺さっていました。
 見事な技ですが、しかしこれでは感心はしてもらえても、まだ大道芸と言われてしまいかねません。確かにすごい精度ですが、熊を倒せるかというと不安でしょう。

 そこで、今度は私の出番です。

「どうです、うちの武装女中は。飛竜紋の前掛けは伊達ではありませんよ」
「噂には聞いていたが、本物なんだな。しかしねえ、人間相手ならともかく」
「ま、ま、ま、喉も乾いたでしょう。果汁でもいかがですか」
「ほあっ」

 予想通り渋い反応の組合員さんにコップを手渡し、鉄串を抜いた林檎(ポーモ)を搾って差し上げます。はい。素手で。私は手が小さいので両手を使うことになりますが、それでも目の前で林檎(ポーモ)が音を立てて潰れ、果汁をこぼしていく光景はなかなかに迫力があったようです。
 組合員さんもさすがに目を瞠ったようでした。

「ふふふ、すごいでしょう。砕くのは簡単なんですが、破片を飛ばさないよう果汁を丁寧に絞るのは結構練習が要りました」
「たぶん驚いているのはそこではないんだよね」
「た、確かにけっこうな握力かもしれんが、林檎(ポーモ)程度ならうちの若いやつだってできらあ!」

 おっと、この組合員さんはなかなか頑固な方ですね。まあでも、実際そうですね。林檎(ポーモ)を握りつぶすくらいは、一般の方でも鍛えればやれる範囲です。私ほど丁寧に果汁を絞るのは難しいでしょうけれどね!
 でもごあんしん。
 ちゃんと次の段階もあります。

 私はウルウが寄越してくれた濡れ手巾で手を拭って清め、お財布からトリアン硬貨を取り出します。丸みを帯びた三角形の銅貨で、真ん中にはひもなどを通せるように穴が開いています。ウルウは弦楽器をかき鳴らすのに便利そうな形をしている、なんて言いますね。
 今度はなにをするつもりだと怪訝そうな組合員さんににっこりと笑顔を浮かべて、トリアン硬貨が見やすいように指でつまんで掲げます。この笑顔が大事です。まっすぐ相手の顔を見て微笑み、そのほほえみと相手の視線の延長線上に硬貨が来るようにします。

「えいっ」
「えっ…………えっ!?」

 その笑顔の前で、硬貨を曲げます。
 人差し指と親指で硬貨の端を挟んで、ぎゅっと力を入れてやります。すると硬貨が真ん中から曲がって折りたたまれます。簡単ですね?

「完全に握力ゴリラなんだよなあ」
「褒められました!」
「ポジティブな認識」

 ゴリラとはウルウのお国の言葉で大猩猩(ゴリーロ)のことですね。
 熱帯の密林に住むという大型のお猿さんで、とても力持ちで賢いということです。つまり私のことですね。力とずのう、ふたつを兼ね備えているので最強です。

 林檎(ポーモ)潰しではご納得いただけなくても、この硬貨曲げは人気のある見世物なので……おや、組合員さんは黙り込んでしまいましたね。あるいは手妻かなにかと疑っておられるのかもしれません。

「じゃあいったん戻しまして」
「はわわ……」
「はい、ご確認ください。ちゃんと本物ですよ」
「わ……ァ……」

 折り曲げてしまった硬貨を、両手で開いて戻し、組合員さんに実際に手に取って確認していただきます。折り目はついちゃっていますが、割れてはいません。これは硬貨の質の良さもありますが、私の精密な握力調整によるワザなんですよ。もう一回やったら多分割れます。
 まあ、安定してできるようになるまで、結構な量の半銅貨量産しちゃいましたけど。

 組合員さんは茫然としたように手の上の硬貨を見つめて、それからがくがくと震えるようにして頷いて、慌ただしく奥へ走っていきました。
 そして戻ってきたときには、年配のご婦人を連れていました。
 呆れたような顔をしたご婦人は、組合長で村長のアントーノだと名乗りました。

「あんまり若いやつをからかわないでやってくんな」
「そういうつもりではなかったんですけれど……」
「熟練の養蜂家なら見てわかる。あんたら、手練れだろう。こんなせこい依頼請けるってのかい」
「手練れなのは否定しませんが、これでも新人でして」
「新人だあ? あんたらなんて一党だい」
「《三輪百合(トリ・リリオイ)》といいます。北部はヴォーストを発します」
「北部か……誰ぞ知ってるかい?」
「確か特集記事で見ましたぜ。新進気鋭で、まだ一年そこらだとか」
「ありゃ二人組じゃなかったか?」
「いやいや、三人組だって聞いたぜ。ちび二人にのっぽが一人」
「フムン。ほんとに見た目通りの年頃だってのかい」

 村長さんは矯めつ眇めつ私たちを見聞しました。
 熟練の養蜂家なら見てわかる、というのは単なる場数の話ではなく、本当に目で見て、その魔力の質なんかを見極めているんだそうでした。蜜蜂一頭一頭の魔力を見極められてようやく一人前なんだとか。養蜂家さんも厳しい業界のようです。

 割れそうで割れていないトリアン銅貨を記念品として先程の組合員さんに差し上げて、さあ、今度こそ依頼交渉です。

 応接室のような洒落た部屋があるわけでもなく、大部屋に適当な卓と椅子が用意され、蜂蜜を垂らした甘茶(ドルチャテオ)が供されました。蜂蜜不足であえいでいる中、しっかり甘さを感じる量を垂らしてくださるのは、村長さんの誠意でしょう。

「冒険屋を雇おうってのはまあ、そうなんだがね」

 村長さんは私たち三人を見て、少し困ったように笑いました。

「熊を狩って欲しい……ってわけでもないのさ」
「おや、そうなんですか?」
「いや、狩れるなら狩ってもらいたいけど、それは村の猟師がやってる。調査も兼ねてね。数が多いから手が回ってないが、時間をかければ熊の数は減らせるんだ。狩った熊は肉にもなるし、毛皮も取れる。それはうちの金策に使いたいから、冒険屋に回すってわけにもね」
「となると……村の防衛ですか?」
「察しがよくて助かるよ。猟師が森に入ってる間、村に下りてくる熊をどうにかしてほしい」

 村長さんは雑紙を広げて、非常におおざっぱな地図をかきました。地図というより、見取り図というか。大きな円が村。その内側の小さめの円が養蜂場。その外側に接するように広がる塗りつぶし部分が森。

「熊は森から出てくる。養蜂場は森に面してる。だから防衛はたやすい……とはいかない。なにしろ面積もあるし、熊はどこから入ってくるかわからない」
「念のため聞いておきますが、柵の類いは?」
「あるにはあるが、ちゃちなもんだよ。鹿やら猪が迷い込まないようにする程度で、熊は防げない。壊されちまう」

 まあ、そんなところでしょうね。
 森を完全にふさげば、獣は入ってこれません。しかしそうすると、人間の出入りもしづらくなります。森は危険もありますが、薪や山菜、木の実や茸など、恵みもたくさんもたらしてくれるものです。それを断っては村のほうが狩れてしまいます。
 ところによっては城壁を築く町もありますが、普通の農村でそのようなしっかりした設備は期待できるものではありません。維持もできませんし。

「しかしまあ、正直なところ、小遣い程度しか出せんよ。いまは税金分を用立てるのが精一杯で、現金がないのさ」
「フムン……現物とかでも結構ですよ」
「そうさね……日割りにしても……ああ、そうだ、あんたら宿は?」
「いえ、まだです」
「ならどうだろうか。報酬代わりとしちゃケチだが、組合所の部屋を使っていい。馬車もとめていい。厩舎で馬も寝れる。餌もだ。毎日三食食事は出すし、足りなかったら食べに出てもいい。外食は無料とはいかないが、割引券くらいはやるよ」
「むしろ助かりますけれど……期限は?」
「熊が落ち着くまで、って言いたいところだが……あんたらいつまで滞在するんだい?」
「特に予定は」
「それならまあ、しばらく……なに、夏も盛りの頃には、森も豊かになって熊も落ち着くとは思う」
「フムン……構いませんか?」
「あたしはいいわよ。急ぎでもないし」
「私は君たちに任せるよ」

 そういうことになりました。
 私たちは組合所に部屋を借り、食事もいただいて、最長で夏ごろまで滞在。
 その間のお仕事は、熊狩り……ではなく、村の養蜂所の見張りです。

「別に全員であたらなくてもいいさ。養蜂場は広いが、見晴らしはいいから、どっかで座ってのんびり構えていていい。物見やぐらで村の若いのが見張ってるから、見逃しはないだろう。警鐘も鳴らす。熊が出たら走っていって、追い払うか、できるってんなら狩ってもいい。いや、狩ってもらった方が助かる。猟師でもなし、村に残った連中じゃ手が出せん」
「熊には報酬出ます?」
「フムン……熊が出て、追い払えたら追加報酬。狩れたら肉、毛皮は買い取りしよう。ただ、本当に現金が乏しくてね……蜂蜜払いならできなくもないが」
「蜂蜜! ……蜂蜜酒(メディトリンコ)も?」
「女中さんはそっちのほうが嬉しそうだね。じゃあそうだね、熊一頭ごとに、《白の森》印の蜂蜜酒(メディトリンコ)をつけようじゃないか」
「よっし! 熊狩りよ熊狩り!」
「まあ、無理はしないでおくれよ。さすがに危険手当まではつきゃしないよ」
「大丈夫ですよ。熊には慣れてますから……このあたりは熊木菟(ウルソストリゴ)とか出ます?」
熊木菟(ウルソストリゴ)……ああ、北のほうの熊だろ。そうか、あんたら北の冒険屋だったね。このあたりの熊はもうちょっとおとなしいさ」

 東部の熊は何でしたかね……東部も広いので、分布がちょっとわかってないんですよね。
 でもまあ、熊木菟(ウルソストリゴ)より危険ということもないでしょうから、油断はせず、しかして余裕をもって構えていきましょう。

 私たちは、夜の見張りや、その手当てなどをもう少し詰めて、しっかりと確認したうえで契約を交わしました。契約書の写しも確認し合い、双方が納得しました。冒険屋というものは契約書の確認をなおざりにしがちですが、大事なことですからね。
 後からもめるのはよくあることですし、そうなったとき暴力に頼ろうとしても、数の暴力というものが村にはあります。なのでより強い暴力であるお上に頼るときのためにも、契約書は大事に保管しましょうね。






用語解説

・実演
 「顔が名刺」の強面冒険屋以外は、だいたいがこの手の見世物用の技の一つや二つは持ち合わせている。たまにこの手の見世物だけで渡り歩く猛者もいる。……それは大道芸人では?

・半銅貨(Duono)
 支払いにあたってどうしても半端が出ることがしばしばある。そういうときは商品をおまけしたりと物で融通することもあれば、半分に割った硬貨を使うこともある。貨幣の損壊は罪……とも言い切れず、さすがに鋳潰したりは咎められることもあるが、硬貨の分割は利便上黙認されている。
 よく見られるのはトリアン銅貨を半分に割った半銅貨や三分の一に割った三分の一銅貨(Triono)、クヴィナン白銅貨を五分の一に分割した五分の一白銅貨(Kvinono)など。近年発行のものは割りやすいように線が入っていたりする。

・アントーノ(Antono)
 人族。女性。ネクターロ村の村長にして《白の森》養蜂場の主人にして養蜂組合の組合長。いろんな意味で村の頭。偉い人というより、偉い苦労を抱え込ませたので言うことを聞かざるを得ないひと。