前回のあらすじ
トルンペートの語る旅の思い出。
病に沈む村、全力で誤魔化すことにしたウルウ暴走回、そして《竜骸塔》。
つつがなく取材は終わり、《光画新聞》のトゥヤグラーモはいくばくかの謝礼を置いて飛んでいった。これは文字通り、空を飛んでいったということだ。天狗だからね。どう見ても空を飛ぶには適していない両腕をはばたかせるやふわっと舞い上がり、すいーっと飛んで行ってしまうのだから、まったくファンタジーだね。
「取材のお礼って言っても……取材費の相場っていくらくらいなんだろうねえ」
「さあ……でもまあ、ちゃんと取材費出しただけでもいい方じゃないかしら」
「むしろ、掲載してやるから金を払え、みたいな手合いもいるそうですからねえ」
「ううん、こっちでもか、というか、必然的にそうなるということなのか……」
安くはないと思う。
そこそこいいディナーが楽しめるくらいは包んでくれた。ドレスコード有りの高級店はさすがに難しいだろうけど、カジュアルフレンチ的なお店でちょっとよさげなワイン込みのコース料理頼むくらいかな。
個人的には意外と払いがいいなとは思った。なにしろこれって、一般的な若手の冒険屋が結構頑張って稼がないといけない額だからだ。それも、普通なら装備とか消耗品とか貯蓄とかに回さないといけないやつ。拘束時間的に考えたらかなりお得。
これで採算取れるのかなとは思うけど、まあ私が気にかけることでもないだろう。
「どちらかというと、こちらの方が主題だった気もしますけれど……」
「引き取り料……とは言わないでやるけど、古紙回収みたいな量ねえ」
「宣伝費って考えればまあ……?」
トゥーヤーちゃんが置いていったのは、現金だけでなく結構な量の紙束だった。新聞紙だった。ここしばらくの間に発行された《光画新聞》だ。
日付を確認してみると、日刊というわけではなさそうだった。週刊なときもあるし、隔週だったり、月刊な時もある。かと思えば連日の時もある。単に抜けがあるからかもだけど、同じ日付で数回発行してる時もある。
っていうか、まだ定期的に出すっていう感じじゃないのかな。号外みたいな、事件があったときにがーっと刷るのが基本で、他はネタがたまり次第っていうか。
私はなんとなく一部手に取って開いてみる。なんか思ってたより小さい。新聞取ってなかったからぱっとイメージが追い付かないんだけど、お父さんが読んでたのはもっと大きかった気がする。あの頃はまだ私が小さかったからそう感じるだけかな。
一応指尺でざっくり測ってみたら実際小さかった。一回りどころか半分くらい小さいから、タブロイド判? とかいうやつに近いんだと思う。
適当に流し読みした感じ、中身もそんなに多くないので、たぶん大判を埋めるほどの情報量は確保できないのかもしれない。あとは印刷機のサイズの問題かな。
「なんか面白いのある?」
「一番新しいやつは、もう《竜骸塔》が吹っ飛んだ件書いてある」
「さすが天狗、早いですね」
「どれどれ…………へえ、おおげさに書きたてる調子はあるけど、数字ではウソつかない感じね」
「さすがに爆発時の写真じゃないけど、近くの村の被害とか撮ってるね。確かに白黒でちょっと画質粗いけど、十分わかる」
「うわぁ……思ったより被害が少ないっていうべきか、原形を保ってる方っていうか」
「たまたまみんな検疫処置の一環で村を離れてたから、人的被害は無し、ね」
「それはよかった! やっぱり不安でしたからねえ」
よかったよかったと言いあう二人を尻目に、たまたまねえ、なんて胡乱気なつぶやきも出る。
たぶん、あの連中が言ってたように、隕石でも落っこちたってことにしたんだろう。予定通りのたまたまだ。本当に隕石を落とす技術でもあるのか、あるいは高高度から質量弾を撃ち下ろしてくる古代兵器でも保有してるのか。
瘴気とかいう怪しいワードが出るあたり、もしかして……とは思うけど、まあ、言わぬが花だろう。変なフラグが立って二足歩行戦車とか出てきても困るし。普通にありそうなんだよね、古代聖王国のなんかSF的な設定的に。
まあ、村の人たちの無事が一応確認できた以上は、他に気になる記事もない。この一件は大きな事件だったので取り上げただけで、もっぱら帝都周りの記事ばかりだから、いまいちピンとこないんだよね。帝国にはまだ全国紙というものはないのだ。
個人的にはむしろこのがさがさとした粗い紙質が気になる。
いわゆる新聞紙っていう感じの、あの紙だ。灰色がかって、日に焼けてやや黄変したのもある。肌触りはざらざら。粗いとは言っても十分に丈夫で破れづらく、耐久性はある。
ほら、帝国ってキノコ紙とかいう、湿埃なる隣人種がつくってる、白くて薄くてさらさらで燃えづらく水にぬれても破れづらくっていう良質な紙が安く大量に出回ってるんだよね。でも帝都方面とか、印刷機を使う新聞って、なぜかこの粗い紙使うんだよね。キノコ紙よりかなり安いのか、インクの乗りとか印刷機都の相性とか、そういうのがあるのかな。
「しばらくの暇つぶしにはなるでしょうけど、正直こんなに束でもらうと、消耗品扱いよね」
「とりあえずは焚き付けに使うとして……春は雨も多いですし、湿気取りにもなりますよね」
「ああ、やっぱりそういう使い方するんだ……ガラス磨くのにもいいらしいよ。このインクでそうなるのかは知らないけど」
「硝子ねえ……御屋形の窓でもあるまいし、あたしたちには縁遠いわね」
「あと、揚げ物の油取りとか?」
「なるほど、鍋の油取るのにもよさそうね。使ったら焚き付けとして燃やせばいいし」
ふたりも早々に読み物としては飽きたらしく、本来の用途外の使用方法を話し始めてしまっている。
まあ、私も新聞は取ってなかったけど、こういう時新聞紙あると便利なんだよなとはたまに思ってたから、気持ちはわかる。
ところでこれって燃やしても大丈夫なのかな。有害物質とか。私のころにはすでに学校の焼却炉とかも使わなくなってたし、詳しくは知らないんだよね。
まあ、みんなは真似しないでね。みんなって誰だよ怖っ。
「新聞紙って確か薪にできたと思う」
「薪ぃ? 紙なんてすぐ燃えちゃうじゃない。焚き付けじゃなくて?」
「こう、水でぬらして千切って、粘土みたいな感じに棒に巻き付けて乾燥させると、手軽な燃料になるらしいよ」
「フムン……紙薪ということですね。暇なときに試してみましょうか」
なお、私の雑な防災知識による紙薪の結果は微妙なものだった。
一応焚き付けとしてはいい感じだけど、薪としてメインで使うには物足りない。
燃やすと紙特有のにおいが出るし、灰も多いので、直火で焼く系のは厳しい。
そして無尽蔵に薪が湧いてくるこの世界の自然環境だと、わざわざ手間暇かけて作るメリットがなにもなかった。
いや、比喩とかじゃなくてこの世界の森林、人類に悪意あるのかってレベルで蔓延るらしいんだよね。樵が最前線の防人扱いされるレベル。積極的に伐採しないと森に飲まれるらしい。
まあでも、試してみるのも楽しかったし、こういう手段もあるんだって覚えておくのは悪いことでもない。野外にいる方が長い私たちはともかく、街中で燃やすものに困ったりしたときは思い出してほしい。ダイオキシンとかうっすら脳裏に思い浮かべながら。
「しっかし、話しながら思い出しもしたけど、長いような短いような、なんだか妙な旅よね」
「そうですねえ。まだ一年もたっていないはずなのに、七年くらいやってる気がします」
「だから何なのさその具体的な数字……でもまあ、それだけ濃密だったってのはわかるけど」
生前の私というか前世の私というか、限界ブラック社畜妛原閠の生活は、あまりにも薄かったからね。毎日すり潰されそうになりながらやり過ごして、一日が無限に感じるほど苦痛によって時間が引き伸ばされてたけど、忙しさに転がされるようにして日々は慌ただしく過ぎ去っていた。日付はただの数字になり、時間は崩壊していた。
でもこっちに来てからの私の日々は違う。毎日が日記に書ききれないほどに濃密だった。昨日が名残惜しくて、明日が待ち遠しかった。なにもない日なんて一日だってなかった。嬉しいことも、悲しいことも、たくさんあった。本当に、たくさん。
そのぶん、拾いきれなかったこと、取りこぼしてしまったものも、きっと、たくさんあった。見落としてきた道があって、もしかしたらの選択肢をいくつも通り過ぎた。でも、それらがあったのだということを私は考えることができる。それらを考えたうえでも、私はこの道を二人と歩いていきたいのだと思える。
死んでよかっただなんて、そんなことは言えない。母が命を懸けて生み落とし、父が父にできる最大限で愛し育ててくれた妛原閠という人生は、無駄にしていいものじゃなかった。ないがしろにしていいものじゃなかった。世界中の誰もが気にも留めなくても、私だけはあの人生を認めてあげなければならなかった。
私は敗北した。私は擦り切れ、摩耗し、何もかもを失った。
けれどもあの人生で私が得たことは、なにひとつとして無駄ではなかった。
あ、いや、ブラック社畜生活は無駄だったと思う。心底。あれはいらないやつ。お前の苦労は無駄だった。あそこで得られたものはなにもなかった。
そうじゃなくて、そういうことじゃなくて、うん。私が貰ったもの、得てきたものは、きっと無駄ではなかった。私を愛し、育んでくれたものには、すべて意味があった。
私は死に、たまさかに生を拾ったけれど、だからといって、死んでよかったなんてことはないんだ。生きていれば、生き続けていれば、あるいは私はあの世界でももっとたくさんを得られて、そして誰かに与えることもできたと思う。その方が正しいと思う。
私はそうできなくて、そうではないことになってしまったけど、でも、そう。そうであった世界は、きっと正しかった。正しく善い人生になれたと思う。なって欲しいと思う。
私はドロップアウトし、この世界であらためてたくさんのものを得られた。
リリオと出会い、トルンペートと出会い、ふたりと絆を結び、こころは歩き出す力を得た。
でもそれは、だから死んでよかったってことじゃないんだと思う。
死ななきゃ得られなかった出逢いで、死ななきゃ知らなかった感情かもしれないけど。
それはただ運が良くて、あるいは悪くて、神様の気まぐれでしかなくて。
死んでよかった、んじゃない。
生きててよかった、んだと思う。
それはきっと形が違えども、あの世界で生きていても、きっと得ることができただろうから。
私は死んで、そしてこの世界でふたりと出逢えた。ふたりを得た。
でもそれは死体じゃ得られないものだった。死んでいたら出逢えないものだった。
二度目の生なんて、転生なんて、そんなものは本当ならあり得ないものだった。夢みたいなものだった。実際、この私は夢のようなものでできているのかもしれない。すべての人がそうであるような、人生という舞台の上を彩る夢ではなくて。誰かの見るはかない夢に過ぎないのかもしれない。
死にたくないなと思う。
生きていたいと思う。
かつての私が手放してしまったその思いを、いま改めて私は拾う。
どこかに落としてきてしまって、もう二度と見つからないだろうと思っていたそれを、なんでもない道端で、私は拾いあげた。拾い上げることができた。小さなガラス玉のようなそれを、今度は、確かに。
「私たち、どこまで行けるかなあ」
「おやおや。ウルウがまたポエットを始めましたよ」
「好きねえ、あんたも。まああたしらには足りない雅さよね」
「もう、からかわないで」
「どこまででもですよ」
「え?」
「私たち、どこまでも、どこまででも、三人でいきましょうね」
「そうねえ。きっとどこにだっていけるわ」
うん。
そうかもしれない。
そうだといいな。
旅は、続く。
用語解説
・新聞紙
帝国では安く丈夫で綺麗なキノコ紙が流通しているが、生産地・生産量が限定されることから、安価と言えども底値ではない。
大衆紙に用いられるいわゆる「新聞紙」はキノコ紙より安価な紙であり、それは「伐採目的の伐採」で得られる大量にして無意味な木材の消費を目的に製造されるパルプ紙のひとつである。
見た目がよろしくないため公的書類はもちろん普段使いにも用いられないが、塵紙や一部建材、緩衝材、また成型梱包材(卵の運搬ケースなど)の材料に用いられていた。
近年開発され帝都新聞社各社で試運転されている輪転機よりも先に巻取紙の形で製造されており、どのような目的でどう販売するのか不明のままなんとなく切り売りしていたものが、なぜか輪転機に最適であったため利用されるようになった。
・旅は、続く
終わるまでは終わらないよ。
トルンペートの語る旅の思い出。
病に沈む村、全力で誤魔化すことにしたウルウ暴走回、そして《竜骸塔》。
つつがなく取材は終わり、《光画新聞》のトゥヤグラーモはいくばくかの謝礼を置いて飛んでいった。これは文字通り、空を飛んでいったということだ。天狗だからね。どう見ても空を飛ぶには適していない両腕をはばたかせるやふわっと舞い上がり、すいーっと飛んで行ってしまうのだから、まったくファンタジーだね。
「取材のお礼って言っても……取材費の相場っていくらくらいなんだろうねえ」
「さあ……でもまあ、ちゃんと取材費出しただけでもいい方じゃないかしら」
「むしろ、掲載してやるから金を払え、みたいな手合いもいるそうですからねえ」
「ううん、こっちでもか、というか、必然的にそうなるということなのか……」
安くはないと思う。
そこそこいいディナーが楽しめるくらいは包んでくれた。ドレスコード有りの高級店はさすがに難しいだろうけど、カジュアルフレンチ的なお店でちょっとよさげなワイン込みのコース料理頼むくらいかな。
個人的には意外と払いがいいなとは思った。なにしろこれって、一般的な若手の冒険屋が結構頑張って稼がないといけない額だからだ。それも、普通なら装備とか消耗品とか貯蓄とかに回さないといけないやつ。拘束時間的に考えたらかなりお得。
これで採算取れるのかなとは思うけど、まあ私が気にかけることでもないだろう。
「どちらかというと、こちらの方が主題だった気もしますけれど……」
「引き取り料……とは言わないでやるけど、古紙回収みたいな量ねえ」
「宣伝費って考えればまあ……?」
トゥーヤーちゃんが置いていったのは、現金だけでなく結構な量の紙束だった。新聞紙だった。ここしばらくの間に発行された《光画新聞》だ。
日付を確認してみると、日刊というわけではなさそうだった。週刊なときもあるし、隔週だったり、月刊な時もある。かと思えば連日の時もある。単に抜けがあるからかもだけど、同じ日付で数回発行してる時もある。
っていうか、まだ定期的に出すっていう感じじゃないのかな。号外みたいな、事件があったときにがーっと刷るのが基本で、他はネタがたまり次第っていうか。
私はなんとなく一部手に取って開いてみる。なんか思ってたより小さい。新聞取ってなかったからぱっとイメージが追い付かないんだけど、お父さんが読んでたのはもっと大きかった気がする。あの頃はまだ私が小さかったからそう感じるだけかな。
一応指尺でざっくり測ってみたら実際小さかった。一回りどころか半分くらい小さいから、タブロイド判? とかいうやつに近いんだと思う。
適当に流し読みした感じ、中身もそんなに多くないので、たぶん大判を埋めるほどの情報量は確保できないのかもしれない。あとは印刷機のサイズの問題かな。
「なんか面白いのある?」
「一番新しいやつは、もう《竜骸塔》が吹っ飛んだ件書いてある」
「さすが天狗、早いですね」
「どれどれ…………へえ、おおげさに書きたてる調子はあるけど、数字ではウソつかない感じね」
「さすがに爆発時の写真じゃないけど、近くの村の被害とか撮ってるね。確かに白黒でちょっと画質粗いけど、十分わかる」
「うわぁ……思ったより被害が少ないっていうべきか、原形を保ってる方っていうか」
「たまたまみんな検疫処置の一環で村を離れてたから、人的被害は無し、ね」
「それはよかった! やっぱり不安でしたからねえ」
よかったよかったと言いあう二人を尻目に、たまたまねえ、なんて胡乱気なつぶやきも出る。
たぶん、あの連中が言ってたように、隕石でも落っこちたってことにしたんだろう。予定通りのたまたまだ。本当に隕石を落とす技術でもあるのか、あるいは高高度から質量弾を撃ち下ろしてくる古代兵器でも保有してるのか。
瘴気とかいう怪しいワードが出るあたり、もしかして……とは思うけど、まあ、言わぬが花だろう。変なフラグが立って二足歩行戦車とか出てきても困るし。普通にありそうなんだよね、古代聖王国のなんかSF的な設定的に。
まあ、村の人たちの無事が一応確認できた以上は、他に気になる記事もない。この一件は大きな事件だったので取り上げただけで、もっぱら帝都周りの記事ばかりだから、いまいちピンとこないんだよね。帝国にはまだ全国紙というものはないのだ。
個人的にはむしろこのがさがさとした粗い紙質が気になる。
いわゆる新聞紙っていう感じの、あの紙だ。灰色がかって、日に焼けてやや黄変したのもある。肌触りはざらざら。粗いとは言っても十分に丈夫で破れづらく、耐久性はある。
ほら、帝国ってキノコ紙とかいう、湿埃なる隣人種がつくってる、白くて薄くてさらさらで燃えづらく水にぬれても破れづらくっていう良質な紙が安く大量に出回ってるんだよね。でも帝都方面とか、印刷機を使う新聞って、なぜかこの粗い紙使うんだよね。キノコ紙よりかなり安いのか、インクの乗りとか印刷機都の相性とか、そういうのがあるのかな。
「しばらくの暇つぶしにはなるでしょうけど、正直こんなに束でもらうと、消耗品扱いよね」
「とりあえずは焚き付けに使うとして……春は雨も多いですし、湿気取りにもなりますよね」
「ああ、やっぱりそういう使い方するんだ……ガラス磨くのにもいいらしいよ。このインクでそうなるのかは知らないけど」
「硝子ねえ……御屋形の窓でもあるまいし、あたしたちには縁遠いわね」
「あと、揚げ物の油取りとか?」
「なるほど、鍋の油取るのにもよさそうね。使ったら焚き付けとして燃やせばいいし」
ふたりも早々に読み物としては飽きたらしく、本来の用途外の使用方法を話し始めてしまっている。
まあ、私も新聞は取ってなかったけど、こういう時新聞紙あると便利なんだよなとはたまに思ってたから、気持ちはわかる。
ところでこれって燃やしても大丈夫なのかな。有害物質とか。私のころにはすでに学校の焼却炉とかも使わなくなってたし、詳しくは知らないんだよね。
まあ、みんなは真似しないでね。みんなって誰だよ怖っ。
「新聞紙って確か薪にできたと思う」
「薪ぃ? 紙なんてすぐ燃えちゃうじゃない。焚き付けじゃなくて?」
「こう、水でぬらして千切って、粘土みたいな感じに棒に巻き付けて乾燥させると、手軽な燃料になるらしいよ」
「フムン……紙薪ということですね。暇なときに試してみましょうか」
なお、私の雑な防災知識による紙薪の結果は微妙なものだった。
一応焚き付けとしてはいい感じだけど、薪としてメインで使うには物足りない。
燃やすと紙特有のにおいが出るし、灰も多いので、直火で焼く系のは厳しい。
そして無尽蔵に薪が湧いてくるこの世界の自然環境だと、わざわざ手間暇かけて作るメリットがなにもなかった。
いや、比喩とかじゃなくてこの世界の森林、人類に悪意あるのかってレベルで蔓延るらしいんだよね。樵が最前線の防人扱いされるレベル。積極的に伐採しないと森に飲まれるらしい。
まあでも、試してみるのも楽しかったし、こういう手段もあるんだって覚えておくのは悪いことでもない。野外にいる方が長い私たちはともかく、街中で燃やすものに困ったりしたときは思い出してほしい。ダイオキシンとかうっすら脳裏に思い浮かべながら。
「しっかし、話しながら思い出しもしたけど、長いような短いような、なんだか妙な旅よね」
「そうですねえ。まだ一年もたっていないはずなのに、七年くらいやってる気がします」
「だから何なのさその具体的な数字……でもまあ、それだけ濃密だったってのはわかるけど」
生前の私というか前世の私というか、限界ブラック社畜妛原閠の生活は、あまりにも薄かったからね。毎日すり潰されそうになりながらやり過ごして、一日が無限に感じるほど苦痛によって時間が引き伸ばされてたけど、忙しさに転がされるようにして日々は慌ただしく過ぎ去っていた。日付はただの数字になり、時間は崩壊していた。
でもこっちに来てからの私の日々は違う。毎日が日記に書ききれないほどに濃密だった。昨日が名残惜しくて、明日が待ち遠しかった。なにもない日なんて一日だってなかった。嬉しいことも、悲しいことも、たくさんあった。本当に、たくさん。
そのぶん、拾いきれなかったこと、取りこぼしてしまったものも、きっと、たくさんあった。見落としてきた道があって、もしかしたらの選択肢をいくつも通り過ぎた。でも、それらがあったのだということを私は考えることができる。それらを考えたうえでも、私はこの道を二人と歩いていきたいのだと思える。
死んでよかっただなんて、そんなことは言えない。母が命を懸けて生み落とし、父が父にできる最大限で愛し育ててくれた妛原閠という人生は、無駄にしていいものじゃなかった。ないがしろにしていいものじゃなかった。世界中の誰もが気にも留めなくても、私だけはあの人生を認めてあげなければならなかった。
私は敗北した。私は擦り切れ、摩耗し、何もかもを失った。
けれどもあの人生で私が得たことは、なにひとつとして無駄ではなかった。
あ、いや、ブラック社畜生活は無駄だったと思う。心底。あれはいらないやつ。お前の苦労は無駄だった。あそこで得られたものはなにもなかった。
そうじゃなくて、そういうことじゃなくて、うん。私が貰ったもの、得てきたものは、きっと無駄ではなかった。私を愛し、育んでくれたものには、すべて意味があった。
私は死に、たまさかに生を拾ったけれど、だからといって、死んでよかったなんてことはないんだ。生きていれば、生き続けていれば、あるいは私はあの世界でももっとたくさんを得られて、そして誰かに与えることもできたと思う。その方が正しいと思う。
私はそうできなくて、そうではないことになってしまったけど、でも、そう。そうであった世界は、きっと正しかった。正しく善い人生になれたと思う。なって欲しいと思う。
私はドロップアウトし、この世界であらためてたくさんのものを得られた。
リリオと出会い、トルンペートと出会い、ふたりと絆を結び、こころは歩き出す力を得た。
でもそれは、だから死んでよかったってことじゃないんだと思う。
死ななきゃ得られなかった出逢いで、死ななきゃ知らなかった感情かもしれないけど。
それはただ運が良くて、あるいは悪くて、神様の気まぐれでしかなくて。
死んでよかった、んじゃない。
生きててよかった、んだと思う。
それはきっと形が違えども、あの世界で生きていても、きっと得ることができただろうから。
私は死んで、そしてこの世界でふたりと出逢えた。ふたりを得た。
でもそれは死体じゃ得られないものだった。死んでいたら出逢えないものだった。
二度目の生なんて、転生なんて、そんなものは本当ならあり得ないものだった。夢みたいなものだった。実際、この私は夢のようなものでできているのかもしれない。すべての人がそうであるような、人生という舞台の上を彩る夢ではなくて。誰かの見るはかない夢に過ぎないのかもしれない。
死にたくないなと思う。
生きていたいと思う。
かつての私が手放してしまったその思いを、いま改めて私は拾う。
どこかに落としてきてしまって、もう二度と見つからないだろうと思っていたそれを、なんでもない道端で、私は拾いあげた。拾い上げることができた。小さなガラス玉のようなそれを、今度は、確かに。
「私たち、どこまで行けるかなあ」
「おやおや。ウルウがまたポエットを始めましたよ」
「好きねえ、あんたも。まああたしらには足りない雅さよね」
「もう、からかわないで」
「どこまででもですよ」
「え?」
「私たち、どこまでも、どこまででも、三人でいきましょうね」
「そうねえ。きっとどこにだっていけるわ」
うん。
そうかもしれない。
そうだといいな。
旅は、続く。
用語解説
・新聞紙
帝国では安く丈夫で綺麗なキノコ紙が流通しているが、生産地・生産量が限定されることから、安価と言えども底値ではない。
大衆紙に用いられるいわゆる「新聞紙」はキノコ紙より安価な紙であり、それは「伐採目的の伐採」で得られる大量にして無意味な木材の消費を目的に製造されるパルプ紙のひとつである。
見た目がよろしくないため公的書類はもちろん普段使いにも用いられないが、塵紙や一部建材、緩衝材、また成型梱包材(卵の運搬ケースなど)の材料に用いられていた。
近年開発され帝都新聞社各社で試運転されている輪転機よりも先に巻取紙の形で製造されており、どのような目的でどう販売するのか不明のままなんとなく切り売りしていたものが、なぜか輪転機に最適であったため利用されるようになった。
・旅は、続く
終わるまでは終わらないよ。


