異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

前回のあらすじ

ウルウが語る旅の思い出。
モンテートで土下座されたこと、リリオパパが大暴れしたこと、リリオが巣立ちを宣言したこと。





 まあ、巣立ちとはいえど、なにしろ冬の辺境です。道は雪で閉ざされていて、急いで帰ってもいいことがないというか、そもそも帰れないと言いますか。なので私たちはしばらく辺境で過ごすことになったんですね。

 辺境の冬は、内地のひとにはちょっと想像しづらいかもしれません。
 一面が雪に覆われるのは北部も同じですし、所によっては北部の方がひどく降ります。

 しかし、帝国広しと言えども真冬の(メズヴィントラ)薄明かり(クレプスコ)を体験できるのは辺境だけでしょう。それもフロントあたりまで来なければ。
 これがどういうものかと言いますと、ずっとずっと続く夜です。朝が来ないんです。大地の傾きと太陽の角度の関係からそのようなことになるそうですけれど、不思議なものですね。

「幻想的だけど、ちょっと気が滅入るよね」
「最初のころはうまく寝付けなかったものね、ウルウも」

 辺境の人間でも、こころが疲れてしまうものも出ますからね。
 そして夏には夜のない夜(マルノークタ・ノークト)といってずっと日が沈まない時期が来てしまって、これもまたこころが疲れます。
 実は辺境って鬱病率が帝国一なんですよね……。
 帝国で一番強いとされる地域が、一番心を病んでるんですよね……。
 最近は帝都で働きすぎで鬱が増えているそうですけれど。

 まあ、道がないので帰れないのはともかく、冬でも生きていかなければならない以上、冬にだって生活というものはあり、人の営みはただ生きればいいというものではありません。
 そう、おまつりですね。

 冬のこの時期と言えばやはり冬至祭(ユーロ)です。
 心が沈んでしまい、生産性も落ちに落ちるこの時期、人々を癒し活力を保たせるにはこういう娯楽が欠かせません。

 私たちはみんなで冬至祭(ユーロ)市を回ったりとなんだかんだで辺境の冬を楽しんでいたのですけれど、そんなさなかのことでした。
 急に武装女中の養成所から、特等武装女中たちがやってきたのです。

「ややや! 飛竜紋の武装女中養成所! 実態ははっきりしてませんけど、どんなところなんですかねえ」

 私も詳しくは知らないんですよね。
 実は養成所ってうちの管轄ってわけでもないみたいで。

「うん……? でも飛竜紋の武装女中ってリリオの家に仕えてるよね?」
「あー…………厳密には違うのよね、それ」

 そうですね、そのあたりはトルンペートの方が詳しいですね。

「飛竜紋の武装女中は、仕える相手を選べるのよ。あたしの場合、リリオが拾って、自分の侍女にするために武装女中にしたっていう逆の形なんだけど、普通は養成所で育った後、『お見合い会』とかで交渉があって、主人側が雇いたいって願い出て、それを武装女中個人が是非を決めるの。武装女中側から雇って欲しいって願い出ることもあるけどね」
「じゃあ、あくまで雇用契約であって、組織としてリリオの家の下にあるわけではない……ってことかな」
「そこが難しいっていうか…………そうだけどそうじゃないっていうか」

 ペルニオを覚えていますか?
 武装女中筆頭で、お父様のそばに仕えていた。

「そりゃあ、まあ、忘れないけど」
「あのペルニオ様が養成所の頭なのよ。実際に管理とか養成に口出ししてるわけじゃないんだけど、ペルニオ様が組織して、運営してるの。あのひとの組織であって、御屋形様……辺境伯の組織じゃないの」
「……………でもそのペルニオはアラバストロさんに仕えてるんだよね?」
「趣味でね」
「は?」

 武装女中は仕える相手を選べますし、主人に対する拒否権もあります。
 でも雇用関係にあるのは確かで、そういう意味では立場の上下はしっかりあるんですよ。
 ところがペルニオは、おじいさまや、ひいおじいさまや、それ以前から、契約とかできる以前から、慣習でお仕えしてるんです。本当かウソかはわかりませんけど、代々の辺境伯にずっと仕えてるんです。

「そういえば滅茶苦茶長生きなんだっけ……」
「別に契約があるわけでもないから、御屋形様がクビにすることもできないし、実際問題としてペルニオ様がいないとどうしようもないんだから、立場としてもペルニオ様の方が強いところもある……なんて口が裂けても言えないけどね!」
「君の口、耳まで裂けてる?」

 まあ、そんなわけでして、趣味で仕えてるペルニオが、趣味の一環として経営してるのが武装女中養成所なので、うちからはあんまり口出しできないんですよね……『お見合い会』などの定期的な交流以外では、こちらから顔を出すのも遠慮しています。

「フムン……忍の里みたいというか」
「別に面白いもんでもないわよ。武装女中ばっかり集まって訓練するだけの施設なんだから」
「十分面白そうでは?」
「ややや、謎に包まれた施設ですねえ!」
「別に隠してもいないんだけどねえ」

 まあ、ちゃんと手続きすれば見学もできはするんですよ。
 脱走防止のために人里離れてるので、行くだけでも大変ですけれど。

 なんでしたっけ。
 そうそう、その養成所から、特等武装女中たちが来たんですよ。
 彼女たちが言うには、トルンペートが短期間で随分腕を上げたから、その昇格試験のために来たのだということでした。
 私も昇格周りのことは詳しくなかったのですけれど、思ったよりちゃんと、というか、女中としての働きを見る試験でしたね。

「一応建前としては、武装した女中であって、女中の格好の兵士じゃないからね。ちゃんと女中が本業なのよ、あたしたちは」

 いわゆる普通の女中というものは、掃除なら掃除、洗濯なら洗濯、台所なら台所という風に仕事ごとに分かれてるのですけれど、武装女中は一通り全部できるように仕込まれるのだそうです。たった一人でも主人の面倒を見れるように。そして時によっては指示も出せるように。

 そもそもが、帝国に臣従するにあたって、辺境貴族が強すぎる力で内地のものを恐れさせないように、かつ礼儀としての最低限の見栄えとして、護衛兼身の回りの世話と称して女中に剣を持たせて連れたのが始まりですからね。
 なおこの護衛というのは敵から辺境貴族を守るのではなく、辺境貴族から周囲を守るために、主人の頭をぶん殴っていさめることを指します。
 初代武装女中は、帝国から派遣された総督に嫁いだ辺境令嬢が粗相をしないように、馴染みの女中が鉈を腰にお目付け役として付いていったことが始まりとされています。

 実際、トルンペートも一通り一人でなんでもできてしまいますね。
 なので、女中であり、侍女であり、護衛であり、等級によっては秘書や執事、ペルニオなんかは家令みたいなこともしてるわけです。

「ややややや……本土の武装女中とはだいぶ趣が違うものなのですねえ」
「飛竜紋じゃない武装女中ってまだ見たことないから、気になってるんだよね」
「ある種の見栄えみたいなもんだから、都会に多いらしいけどね。あと流行り廃りもあるし」

 それで、もちろんといいますか、予想されてると思いますけれど、戦闘の腕も見られました。
 特等の一人とトルンペートが試合をして、まあ勝敗はともかくとして、どの程度の技前があるかを確認するという趣旨だったようですね。

 純粋な実力ですと、まあ、貶める気はないですけれど、トルンペートでは特等相手に競り合うのは厳しかったと思います。相手が悪いと言いますか、特等の武装女中って普通に騎士より強いので、私でもたぶんうまいこと転がされたと思うと言いますか。

 なにしろ空踏(からふみ)で空に立つことができて、そこから空爪(からづめ)を撃ち下ろしてくるというのは、とても厄介です。トルンペート得意の投げ物も、風の影響には弱いものですから。
 だから対応力を試されていたとみていいのでしょうけれど……さすがはトルンペート、私の武装女中です。

「いやあ、イカサマだったよね、ある種」
「正々堂々正面からだましただけよ。仕込みは上々、あとは仕上げを御覧(ごろう)じろってね」
「最近は頭を使って策を練ったりするのも人気筋ですからねえ、いいお話ですよお」

 私はもちろん、ウルウもなんだかんだ能力だよりのところがありますから、トルンペートがそういう方面で伸ばしてくれるのは一党としてもとても良いことです。
 うちには策士とか軍師とか頭脳派がいないですからね……。

「脳筋蛮族ガールズだからね……」
「殴った方が早い時は殴るのが一番っていうのが基本方針だものね」
「ややや……名に恥じない蛮族ぶりですねえ……」
「そういえば、あたしのあとはウルウも戦わされてたわよね」
「ああ、まあ、うん。戦ったっていうか。戦いにもならなかったっていうか」
天狗(ウルカ)の私が言うのもなんですが、自然に傲慢な発言しますねえ」
「こいつこういうやつなのよ」

 戦うのが苦手なのに一番強いんですよね、ウルウ……。

「あれは、うん、まあ、私も悪いことしたとは思ってるよ。もっとまじめにやるべきだった。私自身の成長にもならなかったしね。でもあの時は急いでたっていうか気がせいていたっていうか。仕方ないね」
「仕方なくはないと思うけど」

 いっそかわいそうになるくらい一方的な瞬殺でしたねえ。

「結局、ペルニオ様になに言われたのよあんた」

 そうですよ。ペルニオと知り合いだったんですか?

「いや、別に、大した話でもなく、はないけど、でもまあ、個人的な話だし。いろいろ、まあ、いろいろあるんだよ。いい女は秘密を持ってるものとかなんとか」
「まあ今更と言えば今更だけどね、こいつの秘密主義っていうか、あんまり語りたがらないのは」

 別にいいですけれどね。面白くはないですけれど。面白くはないですけれどー。

「悪かったよ。でもまあ、ほんとたいした話じゃないんだ。ふたりと一緒にいることの方が、私にはずっと大事だからね」

 ウルウ……。

「なによ、照れるじゃない」
「ヨシ」
「ややややや、ちょろいですねえ……。」

 まあ、そんな事件もあったりしましたけれど、辺境にいる間はほとんどなにもできなかったといっていいですね。なにしろ外に出るだけで大変ですので。
 ウルウ、知らないものに興味は示しますけれど、外には出たくないとかいう、私以上に貴族な怠惰っぷりを見せますからね。まあ、辺境育ちの私たちでも冬場はそんなに出たくないのは確かですけれど。

 でも、ウルウがふと北の輝き(ノルドルーモ)が見てみたいと言い出しましてね。

「ややややや、北の輝き(ノルドルーモ)、とは初耳ですねえ」
「北部……は見れないのかしらね。まあ見れても山の方とかだと思うわ」
「なんて説明すればいいんだろうね。まあ、夜空に光のカーテンがたなびくみたいな現象だね」
「ややや! それはまた気になる現象ですねえ!」

 まあ、寫眞機(フォティーロ)で撮るのは難しいでしょうけれどね。
 お父様も挑戦したことがあるようですけれど、いつ出るかもわからない、出ても常に動いているのできれいに撮るのが難しい、あと純粋に寒さで機械が不調になるといった問題があるようです。

 とはいえ、準備すれば見られる可能性は上がりますから、私たちは早速準備して旅に出たんです。まあ、旅と言っても小旅行のようなものですね。うちからでも見えなくはないんですけれど、臥龍山脈が邪魔なんですよね。

「小旅行っていっても、辺境の冬だからね……結構大変だったよ」
「まあでも、あれも新婚旅行と思えば苦労も楽しみのうちよ」
「新婚がいつまでかは知らないけど、私たち辺境出てからずっと旅してるんだし、ずっと新婚旅行中なのでは?」
「ウルウが乗り気なのは嬉しいけど、まだ昼よ?」
「違う違う違う!!」

 ふふふ、まあ実際、あの小旅行も、普段の旅と比べて何か特別なことがあったわけではありませんからね。現地の獣を狩って食べたり、北の輝き(ノルドルーモ)が出るまでずっと粘ったり……。

 苦労はしましたけれど、そうして三人で眺めた北の輝き(ノルドルーモ)はとてもきれいなものでした。ウルウも、ちょっと涙ぐんでいましたものね。

「まあ、否定はしないよ。きれいなものを見て心動かされることは、別に恥ずかしいことでもないし」
「実際、あれはすごかったわよねえ……見たことないわけじゃなかったけど、あれほど見事なのは珍しいわよ」

 あ、夜の話はしません。
 しませんけれど……しないということがそのまま答えということであいたたたたたたたッ!!

「懲りないわよねえ」
「もうこれ前振りだよねえ」
「やや、仲がよろしいですねえ」

 そんな素敵な思い出もありつつ……まあ、結局冬場の辺境ではできることが少ないので、春先までいた割には特に語れるようなこともないんですよね。

「一応いろいろはしたでしょ。観劇に行って騒ぎに巻き込まれたり、紅翁(アヴォ・フロスト)追いかけたり、初狩りとかいってうっかり大具足裾払(アルマアラネオ)見に行って死にかけたり」
「あったわねえ。バレンタインデー大祭で大騒ぎしたり、乳酪祭り(ブテーロ・フェスト)で胸焼けしたり」

 なんかもう、ほとんどは私たちは恒例行事だったのでなんかさらっと流しちゃいましたものね。ウルウが全部初めてだったので、じゃあせっかくだから参加しようかみたいな感じで。

「ややややや、辺境の文化もとても気になるところですねえ……」
「それはそれでまた別に企画立てた方がいいと思うなあ。辺境の旅行雑誌とか観光雑誌って見かけないし」
「気軽に旅行行くにはちょっとねえ」

 まあそれでも、雪解けしちゃうとさらに夏ごろまで出てこれなくなりますから、春がしっかり来てしまう前に旅立とうってことになりまして。
 竜車で途中までまで送ってもらったら、なんとメザーガが南部に預けていたボイと馬車を連れてきてくれていたんです。
 いえ、忘れていたわけではありませんよ。全然。そんなことありません。まあ、ボイからは手を咬まれてしっかり叱られましたけど。

「私たちは別に噛まれなかったけどね」
「犬は序列をしっかり決めるらしいもんね」

 メザーガには冬ごもりでなまっているんじゃないかと言われて手合わせしましたけれど、私もこれでも随分腕を上げたんですよ。何しろ辺境には鍛錬相手に事欠きませんからね。
 まあ、それなのにメザーガにはしれっと返り討ちにあったのであのひと内地で冒険屋やってていい武力ではないと思うんですよね……あの人冒険屋としては引退決め込んでますからね。事務所の所長としてお尻で椅子磨くのが仕事とか言ってますからね。

 そんなメザーガからは、私たちが留守居にしている間の内地のあれこれもきけました。
 新聞や雑誌も、辺境に入ってくるのはずいぶん後になってからですから、助かりました。
 特に、厳冬で一部の道が封鎖されてたり、品薄だとかで、北部にはいかない方がいいというのはお助かり情報でした。一度ヴォーストに戻る予定だったんですよ。
 でもそこで大寒波の影響を聞けたことで、私たちは比較的影響の少ない東部を回ろうということにしたんです。
 こう、ぐるっと東部を回って、南部を経由して帝都まで行こうかってことになりました。
 帝国は広いですけれど、帝都は行ってみてまず損はありませんからね。それに帝都からでしたら、各方面への鉄道馬車も伸びていますから、移動にも便利です。

 そのようにして、私たちの旅は再開したのでした。





用語解説

・武装女中
 その歴史は長く、辺境領が帝国に編入した頃に誕生したとされる。
 もとは、ただでさえ強い武人の国として怖れられた辺境の者が、帝国の人間を恐れさせぬように騎士の代わりに女中に剣を持たせて護衛として連れたことが由来とされる。
 現在ではある程度の貴族家では護衛として、また側近として腕の立つ武装女中を雇うことが多い。
 辺境には武装女中の養成施設があり、ここの出の女中は非常に高評価である。
 施設出の女中は一等から三等まで分かれており、一等ともなれば家中のことを取り仕切り、主人の仕事の手伝いまでこなせるパーフェクト・メイドである。

北の輝き(ノルドルーモ)
 詳しい原理は省くが、北極・南極地帯で見られる大気の発光現象。
 いわゆるオーロラ。極光とも。
 帝国では辺境でよく見られるほか、北部でも山際が赤く燃えるように見える。