異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

前回のあらすじ

ウルウが語る旅の思い出。
キノコ狩り、メザーガの試験、船に揺られた地獄の思い出、ボイとの出会い、奇妙なオルゴール。





 いま思うと、ああやって陸路でゆっくり東部を旅したのも、かえってよかったのかもしれませんね。
 船でバージョまで抜けていれば、きっと短い日程で南部までたどり着いて、余計な面倒ごともなかったことでしょう。
 でもあの旅があったことで私たちが得たものもありましたし、近づいてくる母の故郷への期待と……そして不安をなだめることができたように思います。

 私は、母から聞いていた南部の港町の景色を何度も心に描いてきました。
 眩しいほどの陽ざし、きらめく波、人々はいつも活気に満ちて、冬というものを知らないいつでもあたたかな街並み。
 けれど私は、そんな素敵な街に、母がいないことを確かめるために旅立ったのです。母のいない、母だけがいない、母の生まれた町。私はどんな気持ちでそこに臨もうとしていたのか、正直なところよく思い出せません。
 ただ、そこにたどり着けば何かがあるのだと、なにかにけりがつくのだと……なにかにお別れができるのだと。漠然とそう考えていたのかもしれません。

 ふたりと歩む旅路は、そんな漠然とした不安を、良くも悪くも忘れさせてくれました。
 辺境伯の娘でも、ブランクハーラの娘でもない、ただの、ただひとりのリリオとして、自由に、気楽に、どこまででも行けそうでした。

 まあでも、いくら自由で気楽でも、考えなしに剣だけ振ってればどうにかなるってわけでもない……ということは、ムジコの町で学べましたね。
 ウルウはさらっと流しましたけれど、あの事件はウルウがいなければ解決できなかったように思います。

 最初は、私は力づくでどうにかしようとしたんですよ。ダメでしたけど。

 ウルウが戯れみたいに戸を叩いたら、まるで私たちを出迎えるように屋敷が開かれました。踏み入ってみれば、明かりがともり、戸が開き、誰もいないのに茶と茶菓子まで用意されています。
 その様子をいぶかしんだ私とトルンペートは武器を抜いて身構え、そして追い出されてしまいました。

 いや、いまだから笑い話ですけれど、冒険屋ならみんなそのくらいの警戒はしますよ。
 ウルウが取り残されてしまった、と慌てた私たちは力づくで扉を破壊しようとして、ものの見事にはじかれてしまいました。
 先ほどお話した必殺技……《雷鳴(フルモバティ)一閃(・デンテーゴ)》、あれも使ったんですけれどね。ききませんでした。不思議な力に守られて、焦げ跡ひとつつかないんです。

「意外と必殺なさらないんですねえ!」
「意外とっていうか、ほぼ必殺しない必殺技だよね」
「馬鹿なっ! てやるところまでお約束みたいな感じよね」

 私としてはそのお約束かなり心外なんですけれどねえ……。

 ともあれ、必殺技をしのがれて呆然としてたら、平気な顔でウルウが出てくるんですよ。なにしてんのって。
 それで、ウルウの導きに従ってみたら、私たちの奮闘は何だったのかっていうくらいに、あっさりと物事が進んでしまって。

 ウルウの導きが何だったかって?
 ええ、ええ、驚きですよ。

 座って、お茶とお茶菓子を楽しむんです。

 ふふふ、そんな反応になりますよね。
 ウルウに言われた通りに、打ち金を丁寧に叩いてみれば、あれほど拒んでいた扉はあっさり開いて。
 屋敷が案内するみたいに開いた戸を進んで、用意されたもてなしを受けて。そうしたらまた次の戸が開いて。

 ウルウは何て言いましたか、そう、マナーだと。
 礼儀、なんだそうですよ。
 急に押し掛けた招かれざる客なんだから、礼儀くらいは守ろうと。

 そうして私たちは、屋敷の奥であの自鳴琴(じめいきん)を見つけ、それでようやく町の異変はおさまったわけです。
 時には暴力だけではない解決法が必要だと、勇み足で走るだけが道ではないのだと、私たちはウルウのおかげで学ぶことができました。

 まあ…………そんな風にしんみりしても、私たちの旅はその後も割と暴力で進むんですけれど。

「まあ、しんみりしてるときにしれっと野盗が出てきたときは、なんかフフッってなったよね」
「ちょっと笑ったわよね。ここで出てきちゃうんだ、みたいな」
「リリオがさ、なんかあの一件で感銘受けたのか、野盗を説得しようとしてたの似合わな過ぎて笑ったよね」
「そうそう。なんだっけ、やめましょう、こんなことはとか」
「『やめましょう。争いなんて。私たちはわかりあえるはずです』」
「それ! 顔がいいだけにすごーくそれっぽいけど、そりゃ野盗も切れるわよね」
「半笑いの半ギレって感じだったよね。じゃあ荷物おいて消えなとか」
「結局普通に襲い掛かってくるから普通に撃退したけど、まだ頑張ってなんか言ってたわよね」
「『やめましょう。あなたたちは無力です。抵抗は無意味です』ってもはやただの脅しだよね」

 もう! やめましょうよ、ほんと、それ……。
 トルンペートがまた笑い死にしそうになってるじゃないですか。主人の恥ずかしい過去を鉄板ネタにして思い出し笑い死にしそうになるの、不敬どころではないと思うんですけれどー?

 ま、まあそんなこともありながら、私たちは旅を続けて、レモの町にたどり着きました。

「レモ、レモ……ややややや! 放浪伯領レモ! 最近ちょこちょこ名前を聞くようになりましたねえ!」

 ああ、やっぱり噂になってるんでしょうかねえ。
 私たちがたどりついたころ、レモの町は新種の魔物……茨の魔物なる奇妙な魔物が出ているようでした。人にとりついて悪意を食らい、成長してまた次の人にとりついていくという、物語の悪霊(デモーノ)もかくやという恐ろしい魔物です。
 果たしてあれがどういう生き物なのか……分類学者や生物学者の分析が待たれますね。

 私たちも到着してすぐにその茨の魔物に遭遇したのですけれど、なるほど厄介な魔物でしたよ。
 ウルウがするっとあの影の薄さで忍び寄って引っこ抜き、私が素早く斬って仕留められたからよかったものの、普通ではそううまくも行かないでしょう。

 なにしろ人間にとりつくのです。どういうからくりなのか、とりついている間は姿を見せず、宿主は知らぬ間に悪意を膨らませて、どんどん素行が悪くなり、暴れたりもします。やがてはその膨れた悪意さえ食われて、衰弱したころに茨の魔物が姿を現して、他に移っていくというのです。
 知らずに寄生されている間は、はたから見てもはっきりとはわかりませんから、宿主が危うくなって、茨の魔物が姿を現してからでないと退治できないのです。しかもその状態ですと、宿主がいわば人質のようになっていますから、迂闊に手が出せない。

 しかしレモの町の人々は対処に慣れているようで、なにかしら浄化の力のこもった温泉の水をかけると弱まるのだとか、心を強く持って身構えていれば取りつかれることはないとか、そのように周囲を人々で囲って、少しずつ弱まらせて、鎧で身を固めた騎士なり、聖女なりが救助に来るまでの時間を稼ぐというのです。

 聖女。
 そう、聖女です。

 女性の神官の中でも、特に秀でたものや人格に優れたものをそう呼ぶことがあるそうですけれど、レモの町の聖女というのは、どこの神殿に属しているというわけでもないようで、茨の魔物を祓い、清める力をもって降臨したという、神の遣わした聖女なのだと、そういううたい文句でしたねえ。
 ええ、ええ、温泉でいただいた広報冊子にでかでかと。宣伝してましたねえ。観光資源なんでしょうねえ。彼女も。

 いえいえ!
 直接は、まあ、お会いしてないんですけれどね。
 お忙しいというか、お忙しくしているというか、仕事中毒というんですかね、いつも働いていないと落ち着かないそうでして。

「はあ、なんだか噂と違いますねえ。なんでもいまは聖女が二人、三人と一党を組んでおられるそうですねえ」
「フムン? まあひとりじゃ大変だろうし、人手を増やしたのかな」
「聖女なんて肩書が早々増えてもどうかと思うけど……まあ、聖女を売りにしたいって感じはあったしねえ」
「茨の魔物も増えているそうですからねえ」

 温泉も心地よかったですし、按摩もすばらしかったですから、また行ってみたいですねえ。
 茨の魔物退治にも協力できるかもしれませんしね。

 そうして身も心も癒して旅立った私たちは、ついにバージョにたどり着きました。
 チェマーロ伯爵領バージョ。東部や北部の港町とも行き来のある港湾都市です。
 辺境には海というものがない……わけではないんですけれど、断崖絶壁で降りるのは難しく、港もなかったので、潮風を浴びながら、大きな船がいくつも並ぶ港や、きらめく海を見るというのは新鮮でしたね。

 単純な規模で言えば新興都市であるヴォーストより大きく、やはり川港と比べると海港というのは立派でしたね。
 流通の、なんといいましたか、()()とかなんとか……まあ中継地点であるだけに、海からも陸からも、ひっきりなしに人や荷が行き来して、その賑やかさと言ったらたいしたものでした。ヴォーストでも賑やかだと思っていたのに、あれよりもずっと賑やかで、もはや騒がしいというほどでしたね。

「バージョはかつての海洋交易の中心地ですからねえ。いまは華夏(ファシャ)との交易があるのでハヴェノが名を高めていますけど、いまもバージョは重要な流通拠点ですねえ」

 そういうことみたいですね。
 私たちの一党はみんな海が初めてということで、すっかり楽しんでしまいましたね。
 知らない町の市場を歩くというのは、それだけで楽しいものなんですけれど、海辺の町の市場というものはまた毛色が違っていて、面白かったですねえ。
 市場にはやはりその土地のものが多く並ぶんですけれど、海で漁もするものですから、魚のためだけの市場があるのです。市場の一角で魚を扱っているというのではなく、そもそもが別なんですね。しかもそこに並ぶ魚というものがみな、見たこともないような大きなものばかりで、中には魚どころかどんな生き物かもわからないという、いやまったく、未知の世界でした。
 私たちが驚くばかりではなく、たまに地元の人でも見たことがない魚も上がるとかで、そういうものを求めて学者が住み着いているというのもうなずける話です。

 もちろん、魚だけでなく、普通の市場も全く興味深いものでした。
 船で運ぶために近隣から毎日たくさんの馬車がやってくるだけでなく、海の向こうからもたくさんの荷が下ろされるわけですから、もう信じられないくらいたくさんの文化文物がまざりあって、異国情緒さえある風情です。同じ帝国の港から運ばれているというのに、まるで違う文化にしか見えないものが一堂に介するわけです。

「地元で一生を過ごすのが普通の中で、冒険屋はしばしば遠隔地まで旅をしてまで冒険をすることもありますねえ。それもこういう魅力に取りつかれてのことでしょうかねえ」

 それもあるかもしれませんね。
 冒険屋も、ずっと地元で続けている地域密着型の方も多くいます。若いころは旅をしていたけれど、年をとってからはずっと地元で、という方も。
 でも旅先で出会う、同じように旅をしている冒険屋はみんな旅好きですね。冒険屋をやっていて旅の魅力に取りつかれたのか、旅好きが高じて冒険屋を始めたのか。仕方なしにというのもいないではありませんけれど。
 旅商人と同じように、危険や不安定さはありますけれど、それがまた魅力なのかもしれません。暴力をふるえるんだぞという自信のようなものもあるのかもしれません。あまりよくはありませんけれどね、そういうの。

 私もまた旅の魅力に取りつかれていますね。知らない町、知らない文化、知らない人々。これぞ冒険という気もします。
 え? ええ、ええ、それはもちろん、旅先で出会う新しい味覚も大事な要素です。

 バージョではトルンペートがはじめてサシミに挑戦しましたね。
 こわごわと口をつける姿はかわいらしいものでした。
 なんて先輩風を吹かせてしまいましたけれど、私もサシミを食べたのはヴォーストで霹靂猫魚(トンドルシルウロ)のものを食べた時だけです。川魚はどう気を付けても、サシミで食べたら虫が当たるらしいですね。
 辺境にも凍膾(デゲラーヨ)といって過熱しないで魚や肉を食べる料理はあるんですけれど、これは凍らせてしまったものを、削ぎ取って半凍りの状態で食べるんですね。きちんと凍らせたものは、虫も当たりません。

 そうそう、バージョで食べたものと言えば、赤い魚卵(ルージャカヴィアーロ)がやはり素晴らしかったですね。シャケの卵です。大粒の橙色をした魚卵を塩漬けしたもので、ある程度は保存がきくんですけれど、やはり港町から遠く離れると食べられることはありませんね。みんな食べてしまうんです。人気商品ですね。

 ああ、ぷつぷつとしたあの心地よい歯ごたえに、甘やかさと塩気の塩梅……。
 魚卵漬け(カヴィアーロ)といえば黒い魚卵(ニグラカヴィアーロ)というのが辺境の定番でしたけれど、あれとは全く違います。同じ魚卵なのにこうも違うものかと驚いたものですよ。
 一応辺境の塩湖にもシャケの仲間というか、マスの類ですかね、そういうのも取れるんですけれど、魚卵はもっと小粒で、ああも鮮やかな色にはなりません。やはり海でのびのび育ったからなのでしょうかねえ。

 そして海の幸を楽しんだ後は、いよいよ船でハヴェノに向かうんですけれど……。
 まあ、またもウルウが死んでしまったので船旅については割愛しましょう。





用語解説

・レモの街(Lemo)
 帝国東部の小さな町の一つ。放浪伯の所有する領地の一つ。
 養蜂が盛んで、蜂蜜酒(メディトリンコ)が名産の一つ。
 また、地味だが温泉も湧いており、湯治客が絶えない。
 最近は茨の魔物なる新種の魔物に悩まされていたが、聖女なる治療術師の伝説的な活躍を大々的に売り出すことで観光資源化をもくろんでいるとかいないとか。

・バージョ(barĝo)
 河口に広がる港町。
 河口を中心に三角形に広がり、川で東西に分断されている。
 その東西を結ぶ橋は巨大で、その上に各組合の館や、商店などが立ち並ぶほどである。
 漁港として有名で、特に新鮮な海鮮を食わせる店が雑誌によく載る。

赤い魚卵(ルージャカヴィアーロ)(Ruĝa kaviaro)
 イクラのこと。
 鮭の熟した卵を一粒ごと小分けにしたもの。塩漬けやしょうゆ漬けにして食べる。
 帝国内地でカヴィアーロと呼ぶのはこれのことで、もっぱら港町でのみ消費されてしまう高級品扱い。

黒い魚卵(ニグラカヴィアーロ)(Nigra kaviaro)
 ここでは塩蝶鮫(ペクリタフーゾ)の卵を塩漬けしたもの。
 他のチョウザメの類の卵を用いた類似品はあれど、辺境の黒い魚卵(ニグラカヴィアーロ)は希少性・味ともに再高級品とされる。
 なお生産地ではスープの浮き身にしたり、炒め物に調味料代わりに放り込んだり、粥に混ぜ込んだり、雑に消費されているとか。