前回のあらすじ
胡散臭い新聞記者トゥヤグラーモのインタビューを受け、リリオは思い出を語る。
ウルウとの出会い、強敵との戦い、そしてトルンペートとの再会。
「一党名からして、トルンペートさんが加入してから、《三輪百合》が結成されたわけですね」
まあ、そんな感じね。
メザーガ冒険屋事務所に絵が得意な子がいて、その子が紋章を書いてくれたのよ。
そうそう、これ。標章にもあるやつよ。三本の百合のやつ。上から背の高いクロユリ、奔放なシラユリ、それで一番下にテッポウユリ。ま、自分で言うのもなんだけど、あたしたちを意識して意匠に込めてもらったのよ。
わかると思うけど、ウルウがクロユリ、リリオがシラユリ。で、あたしがテッポウユリってわけね。
見た目にも華やかだし、女だけの冒険屋ってのも少ないから、わかりやすいし、目立つし、なかなかいい紋章よね。おかげでからまれることもあったけど。
そりゃ女の冒険屋もいるわよ。
若手だけじゃなくて、歴戦の女冒険屋ーってのも、物語だけじゃなくて、現実にもいるわ。
でもやっぱり、若い娘ばっかりが三人集まって一党だーなんて、まあ面白くない連中がいるのも、からかってやろうって連中がいるのも仕方ないわよね。
筋肉モリモリの戦士団ってんならともかく、可憐で華奢で愛らしいあたしたちだもの。
「《虎が二頭》がなんか言ってる」
《三輪百合》! あんたも他人事じゃないわよ!
「私は可憐でも華奢でも愛らしくもないんだけど」
「そうですね。ウルウのかわいらしさは私たちだけが知っていればいいことですね」
「あの、取材中なんですよねえ……」
おっと、あんまり色ボケしたことも言ってらんないわね。
えーっと、なんだっけ。
そうそう、まあ、絡まれることもあるってことよ。
ヴォーストってどっちかって言えば新しいっていうか、発展中の町だけに、冒険屋連中も活発なのよね。町が大きくなるにつれて、冒険屋も幅利かせてくっていうか。
だからまあ、新人で女ばっかりのあたしらがあんまり大きな顔してると、そいつらも面白くないし、面子ってもんがあるから、いちゃもんつけてくるのよ。
メザーガ冒険屋事務所は看板がでかいから、あくまで下っ端同士の小競り合いって形でね。
ま、やくざって言えばやくざなやり口だけど、あたしらも配慮が足りなかったわね。美男にして返してやる前に、あいさつ回りくらいしてもよかったわ。メザーガが個人で強いから、そういうとこ疎いのよね、あの事務所。
「冒険屋も商売である以上、同業他社との横のつながりも無視できないということですね」
そうそう。本当はそうなのよ。ちゃんと交流しておかないとよくないのよ。
メザーガはそういうの面倒くさがるのよねえ。地元じゃない流れ者だし、強いから群れなくていいっていう、強者の悪いとこ全部出てる感じなのよあいつ。弱者のやり方をクナーボが全部裏方で済ませちゃってたのも、あいつを甘やかす結果になってるわよねえ。
で、そんなあたしらを見かねてなのかはわかんないけど、事務所の先輩に連れられてあたしらが他の冒険屋事務所と共同で仕事することもあったわ。
例えば地下水道よ。
ヴォーストは古代遺跡をもとに発展した街だから、地下水道が広がってるんだけど、昔のごたごたで地図とかなくなってるから、いまも探索が続いてんのよね。それに参加させてもらったってわけ。
「地下水道というと、未探索区画の探索や、穴守討伐といった話題がたまに出てきますねえ」
そうそう、あたしらもその未探索区画ってやつに挑んだわけ。
穴守については言っていいんだっけ?
「別にオフレコじゃあなかったけど」
「あんまり大っぴらにはしてなかったですよね」
ま、いっか。
あたしたちは地下水道の探索中に、まあ穴守なのかどうかは知らないけど、でっかいワニの化け物に出くわしたのよ。なんていったかしら、芭蕉鰐とかいうやつが、バカでかく成長したやつじゃないかって話だったわね。
「ああ、バナナワニ」
「甘蕉とは言えない大きさでしたねえ」
でも切り分けてみれば甘蕉っぽい甘い香りもするから不思議よね。
リリオが大技繰り出してなんとか倒したんだけど、それですっかり疲れ果てて倒れちゃったのよ。
こんなにくたびれた状態じゃ帰り道も危ないってんで、そこで休んで英気を養うことにしたわけ。
「えーっと……それはつまり?」
そうそう。
せっかく倒したんだから、その場でさばいて焼いて食べたのよ。
あんたスキヤキって知ってる? ヴォーストじゃぼちぼち流行ってたんだけど、そうそう、そのそれよ、もう色々自分勝手に手を加えてるから原型なんてわかりゃしないけど。
まあそのすき焼きにね、してやったのよ。ウルウがちょうどいい盾持ってたから、それを火にかけて。
そうこうしてるうちに他の冒険屋たちもにおいにつられてやってきて、まあみんなで宴会よね。
「ははあ、冒険屋らしい、というんですかねえ。気になるお味の方は?」
不思議な味だったわねえ。
スキヤキの味付けも、砂糖けっこう使って、甘めの味なのよ。
でも芭蕉鰐の肉自体が、不思議に甘いのよ。猪とか豚の脂の甘さってんじゃなくて、果物みたいな甘さがわずかにあるのよ。でも、肉としてもちゃんと肉なわけ。食感は鶏肉みたいにさっくりしてんだけど、肉質は赤身で、牛肉みたいにしっかりうまみがあるのよ。
南部でワニ肉出す店もあるらしいんだけど、でも普通の鰐ってもっと淡白な味らしいのよね。
芭蕉鰐が特別なのか、あのバカでかさが原因なのか、とにかくおいしかったわ。
「大冒険に、大宴会、浪漫がありますねえ。とはいえ、いつもいつも大冒険というわけではありませんよねえ?」
まあ、そりゃね。
あたしらだって働きづめってわけにはいかないし、世の中だっていつもいつでも冒険屋が必要ってわけじゃないわ。特に荒事はね。そりゃこまごました便利屋業はあるけど、魔獣をバッタバッタ斬れるあたしらがそういう仕事取っちゃうのは、駆け出しに悪いし。
まあ、そうでなくても、人間生きるだけであれやこれや必要なのよ。
掃除したり、洗濯したり、買い出しに行ってご飯だって作ってやらなきゃ!
「全部率先してやってたよね」
「持ち回りにしたはずなのに、人の当番取るんですよね」
武装女中の本能よ。
ま、そんな風にあたしが忙しくしてるなか、リリオは鍛錬に励んだり、あれこれ食べ歩いたり。
ウルウはなにしてたのかホント謎よね。あたしたちと行動してるときは特になんにも言わないでついてくるんだけど、ひとりにしておくと、いつの間にかふらっと消えて、いつの間にかふらっと帰ってくるの。ネコみたいよね。
あ、でも神殿に行ったりするのを見たって人もいたから、意外と敬虔なのかも?
「別に敬虔ってわけじゃないけどね……」
「その割には見かけると覗いてきますよね」
「私が見てなくても深淵が見てくるから、たまにご機嫌伺いしとかないと怖いんだよね……」
ちょっとなにいってるかわかんないけど。
まあウルウってそういう不思議なところあるわよね。
「冒険屋としての生活は順調という感じなんですねえ。いままでとんとん拍子ですねえ」
「いやあ……そういうわけでもないんですけれどね」
「まあ、そう」
あたしたちもまあ、言っても駆け出しだから知らないことも多いのよ。
それで、手持ちの札が暴力だけじゃない。たいていの相手は暴力でどうにかなるけど、暴力でどうにかならない相手には苦戦を強いられるのよ。
脳筋蛮族ガールズなわけね。
「なんだか素敵な響きですねえ!」
「残念な響きだと思うなあ……」
その代表例と言ったら、やっぱりあれよ。
甘き声。
「ええと……確かキノコの魔獣でしたかねえ?」
そうそう。それもただの魔獣じゃないわよ。乙種の魔獣。あたしらは抵抗できたけど、人によっちゃ甲種くらいの脅威はあるわよ、あんなの。
あれらはひとに夢をみせるわ。辛いことや、悲しい思い出を包み込んで癒す、優しい夢。忘れてしまおう、もっと深く眠ろう、そんな夢。
ほんと最悪よ。
裏社会じゃあれを利用した違法薬物が出回ってるなんて話もあるけど、あんなの使ったらすぐ廃人でしょうね。
あたしたちは、幸いだったわ。あれの群生地に突っ込んでも、こころがしっかりしてた。支えになるものがあった。信じるものがあった。だからこれは夢なんだってすぐにわかったし、どんなに優しい夢でも、目を覚まして、立ち上がらなきゃいけないってわかる。
でもそれは易しいことじゃないわよ。一度乗り越えたからって、もう一度あれを経験したいとは思えないわ。
それもこれもパフィストの野郎のせいよ。
あいつほんっっっっっっと性格悪いっていうか、ひとのこころとかないのかしらね!
あたしたちキノコ狩りに連れてってもらう話だったのよ。
いい場所知ってるからって。それでなんにも言わずに放り込まれたのが甘き声の群生地。確かにキノコがいっぱいあるわねえ。致死性の!
しかも。しかもよ?
素知らぬ顔で人を危険地帯に放り込んでおいて、あいつあれを試験程度にしか思ってないのよ?
天狗って上から目線で腹立つこと多いけど、森賢ってそのうえ賢者気取りじゃない? 腹立たしさも倍増よね……!
「つまり、こころの強さを確かめる試験であった、と?」
死んだときはそれまでだったんでしょう、なんてのがまともな試験だって言えるならね。
あいつ、自分たちが突破できたからってそれ基準にするのホント頭おかしいわよ。
「そうだね……大切なことを思い出せたけど、見つめなおせたけど、それがああいう形である必要はない。とはいえ、本当に苦しい人たちのために、医療目的で利用できればとも思うけどね」
「違法薬物も、もとは医療用に研究されてたものらしいですからね。それを悪用するのですから、人間の悪意には切りがないですけれど」
「ふむふむ……ちなみにどのような夢を見たのかお聞きしても?」
……………。
「……………」
「……………」
まあ、その、なに? 個人的な話だから、そこはやめておくわ。
改めて思い出すと、ちょっと恥ずかしいもの。
「なるほど。格好いい感じに脚色しておきますねえ!」
するなするな。
用語解説
・芭蕉鰐
ショウガワニ目バショウワニ科バショウワニ属バナナワニ変異種。
鮮やかな黄色の鱗を持つ水棲の鱗獣。雑食。主に淡水に棲むが、海水にも適応する。
四肢は退化して名残が小さくヒレのように存在するが、ほとんど目立たない。
通常のバナナワニ種は大きくなっても精々三十センチメートル程度だが、この変異種は三倍体で、数メートルに及ぶサイズにまで巨大化している。
脱皮すると一時的に真っ白で柔らかくなるが、一晩程度で元の強靭な黄色い鱗に変化する。
・甘き声
乙種魔獣。夢魔。キノコの一種で、地中に広く菌床を広げる。子実体は普通のキノコと変わりない地味なものだが、周囲の水分に混ぜ込んで靄のようにして胞子を放ち、吸い込んだものを深い眠りに落とす。
夢の中で甘き声はその者の抱える心の傷を掘り出し、その痛みを吸い取って心を癒す。
程々であれば治療にもなるが、人はやがて苦痛から解放されることで心をぐずぐずに溶かされ、最終的には廃人となり、その肉体は苗床となる。
胡散臭い新聞記者トゥヤグラーモのインタビューを受け、リリオは思い出を語る。
ウルウとの出会い、強敵との戦い、そしてトルンペートとの再会。
「一党名からして、トルンペートさんが加入してから、《三輪百合》が結成されたわけですね」
まあ、そんな感じね。
メザーガ冒険屋事務所に絵が得意な子がいて、その子が紋章を書いてくれたのよ。
そうそう、これ。標章にもあるやつよ。三本の百合のやつ。上から背の高いクロユリ、奔放なシラユリ、それで一番下にテッポウユリ。ま、自分で言うのもなんだけど、あたしたちを意識して意匠に込めてもらったのよ。
わかると思うけど、ウルウがクロユリ、リリオがシラユリ。で、あたしがテッポウユリってわけね。
見た目にも華やかだし、女だけの冒険屋ってのも少ないから、わかりやすいし、目立つし、なかなかいい紋章よね。おかげでからまれることもあったけど。
そりゃ女の冒険屋もいるわよ。
若手だけじゃなくて、歴戦の女冒険屋ーってのも、物語だけじゃなくて、現実にもいるわ。
でもやっぱり、若い娘ばっかりが三人集まって一党だーなんて、まあ面白くない連中がいるのも、からかってやろうって連中がいるのも仕方ないわよね。
筋肉モリモリの戦士団ってんならともかく、可憐で華奢で愛らしいあたしたちだもの。
「《虎が二頭》がなんか言ってる」
《三輪百合》! あんたも他人事じゃないわよ!
「私は可憐でも華奢でも愛らしくもないんだけど」
「そうですね。ウルウのかわいらしさは私たちだけが知っていればいいことですね」
「あの、取材中なんですよねえ……」
おっと、あんまり色ボケしたことも言ってらんないわね。
えーっと、なんだっけ。
そうそう、まあ、絡まれることもあるってことよ。
ヴォーストってどっちかって言えば新しいっていうか、発展中の町だけに、冒険屋連中も活発なのよね。町が大きくなるにつれて、冒険屋も幅利かせてくっていうか。
だからまあ、新人で女ばっかりのあたしらがあんまり大きな顔してると、そいつらも面白くないし、面子ってもんがあるから、いちゃもんつけてくるのよ。
メザーガ冒険屋事務所は看板がでかいから、あくまで下っ端同士の小競り合いって形でね。
ま、やくざって言えばやくざなやり口だけど、あたしらも配慮が足りなかったわね。美男にして返してやる前に、あいさつ回りくらいしてもよかったわ。メザーガが個人で強いから、そういうとこ疎いのよね、あの事務所。
「冒険屋も商売である以上、同業他社との横のつながりも無視できないということですね」
そうそう。本当はそうなのよ。ちゃんと交流しておかないとよくないのよ。
メザーガはそういうの面倒くさがるのよねえ。地元じゃない流れ者だし、強いから群れなくていいっていう、強者の悪いとこ全部出てる感じなのよあいつ。弱者のやり方をクナーボが全部裏方で済ませちゃってたのも、あいつを甘やかす結果になってるわよねえ。
で、そんなあたしらを見かねてなのかはわかんないけど、事務所の先輩に連れられてあたしらが他の冒険屋事務所と共同で仕事することもあったわ。
例えば地下水道よ。
ヴォーストは古代遺跡をもとに発展した街だから、地下水道が広がってるんだけど、昔のごたごたで地図とかなくなってるから、いまも探索が続いてんのよね。それに参加させてもらったってわけ。
「地下水道というと、未探索区画の探索や、穴守討伐といった話題がたまに出てきますねえ」
そうそう、あたしらもその未探索区画ってやつに挑んだわけ。
穴守については言っていいんだっけ?
「別にオフレコじゃあなかったけど」
「あんまり大っぴらにはしてなかったですよね」
ま、いっか。
あたしたちは地下水道の探索中に、まあ穴守なのかどうかは知らないけど、でっかいワニの化け物に出くわしたのよ。なんていったかしら、芭蕉鰐とかいうやつが、バカでかく成長したやつじゃないかって話だったわね。
「ああ、バナナワニ」
「甘蕉とは言えない大きさでしたねえ」
でも切り分けてみれば甘蕉っぽい甘い香りもするから不思議よね。
リリオが大技繰り出してなんとか倒したんだけど、それですっかり疲れ果てて倒れちゃったのよ。
こんなにくたびれた状態じゃ帰り道も危ないってんで、そこで休んで英気を養うことにしたわけ。
「えーっと……それはつまり?」
そうそう。
せっかく倒したんだから、その場でさばいて焼いて食べたのよ。
あんたスキヤキって知ってる? ヴォーストじゃぼちぼち流行ってたんだけど、そうそう、そのそれよ、もう色々自分勝手に手を加えてるから原型なんてわかりゃしないけど。
まあそのすき焼きにね、してやったのよ。ウルウがちょうどいい盾持ってたから、それを火にかけて。
そうこうしてるうちに他の冒険屋たちもにおいにつられてやってきて、まあみんなで宴会よね。
「ははあ、冒険屋らしい、というんですかねえ。気になるお味の方は?」
不思議な味だったわねえ。
スキヤキの味付けも、砂糖けっこう使って、甘めの味なのよ。
でも芭蕉鰐の肉自体が、不思議に甘いのよ。猪とか豚の脂の甘さってんじゃなくて、果物みたいな甘さがわずかにあるのよ。でも、肉としてもちゃんと肉なわけ。食感は鶏肉みたいにさっくりしてんだけど、肉質は赤身で、牛肉みたいにしっかりうまみがあるのよ。
南部でワニ肉出す店もあるらしいんだけど、でも普通の鰐ってもっと淡白な味らしいのよね。
芭蕉鰐が特別なのか、あのバカでかさが原因なのか、とにかくおいしかったわ。
「大冒険に、大宴会、浪漫がありますねえ。とはいえ、いつもいつも大冒険というわけではありませんよねえ?」
まあ、そりゃね。
あたしらだって働きづめってわけにはいかないし、世の中だっていつもいつでも冒険屋が必要ってわけじゃないわ。特に荒事はね。そりゃこまごました便利屋業はあるけど、魔獣をバッタバッタ斬れるあたしらがそういう仕事取っちゃうのは、駆け出しに悪いし。
まあ、そうでなくても、人間生きるだけであれやこれや必要なのよ。
掃除したり、洗濯したり、買い出しに行ってご飯だって作ってやらなきゃ!
「全部率先してやってたよね」
「持ち回りにしたはずなのに、人の当番取るんですよね」
武装女中の本能よ。
ま、そんな風にあたしが忙しくしてるなか、リリオは鍛錬に励んだり、あれこれ食べ歩いたり。
ウルウはなにしてたのかホント謎よね。あたしたちと行動してるときは特になんにも言わないでついてくるんだけど、ひとりにしておくと、いつの間にかふらっと消えて、いつの間にかふらっと帰ってくるの。ネコみたいよね。
あ、でも神殿に行ったりするのを見たって人もいたから、意外と敬虔なのかも?
「別に敬虔ってわけじゃないけどね……」
「その割には見かけると覗いてきますよね」
「私が見てなくても深淵が見てくるから、たまにご機嫌伺いしとかないと怖いんだよね……」
ちょっとなにいってるかわかんないけど。
まあウルウってそういう不思議なところあるわよね。
「冒険屋としての生活は順調という感じなんですねえ。いままでとんとん拍子ですねえ」
「いやあ……そういうわけでもないんですけれどね」
「まあ、そう」
あたしたちもまあ、言っても駆け出しだから知らないことも多いのよ。
それで、手持ちの札が暴力だけじゃない。たいていの相手は暴力でどうにかなるけど、暴力でどうにかならない相手には苦戦を強いられるのよ。
脳筋蛮族ガールズなわけね。
「なんだか素敵な響きですねえ!」
「残念な響きだと思うなあ……」
その代表例と言ったら、やっぱりあれよ。
甘き声。
「ええと……確かキノコの魔獣でしたかねえ?」
そうそう。それもただの魔獣じゃないわよ。乙種の魔獣。あたしらは抵抗できたけど、人によっちゃ甲種くらいの脅威はあるわよ、あんなの。
あれらはひとに夢をみせるわ。辛いことや、悲しい思い出を包み込んで癒す、優しい夢。忘れてしまおう、もっと深く眠ろう、そんな夢。
ほんと最悪よ。
裏社会じゃあれを利用した違法薬物が出回ってるなんて話もあるけど、あんなの使ったらすぐ廃人でしょうね。
あたしたちは、幸いだったわ。あれの群生地に突っ込んでも、こころがしっかりしてた。支えになるものがあった。信じるものがあった。だからこれは夢なんだってすぐにわかったし、どんなに優しい夢でも、目を覚まして、立ち上がらなきゃいけないってわかる。
でもそれは易しいことじゃないわよ。一度乗り越えたからって、もう一度あれを経験したいとは思えないわ。
それもこれもパフィストの野郎のせいよ。
あいつほんっっっっっっと性格悪いっていうか、ひとのこころとかないのかしらね!
あたしたちキノコ狩りに連れてってもらう話だったのよ。
いい場所知ってるからって。それでなんにも言わずに放り込まれたのが甘き声の群生地。確かにキノコがいっぱいあるわねえ。致死性の!
しかも。しかもよ?
素知らぬ顔で人を危険地帯に放り込んでおいて、あいつあれを試験程度にしか思ってないのよ?
天狗って上から目線で腹立つこと多いけど、森賢ってそのうえ賢者気取りじゃない? 腹立たしさも倍増よね……!
「つまり、こころの強さを確かめる試験であった、と?」
死んだときはそれまでだったんでしょう、なんてのがまともな試験だって言えるならね。
あいつ、自分たちが突破できたからってそれ基準にするのホント頭おかしいわよ。
「そうだね……大切なことを思い出せたけど、見つめなおせたけど、それがああいう形である必要はない。とはいえ、本当に苦しい人たちのために、医療目的で利用できればとも思うけどね」
「違法薬物も、もとは医療用に研究されてたものらしいですからね。それを悪用するのですから、人間の悪意には切りがないですけれど」
「ふむふむ……ちなみにどのような夢を見たのかお聞きしても?」
……………。
「……………」
「……………」
まあ、その、なに? 個人的な話だから、そこはやめておくわ。
改めて思い出すと、ちょっと恥ずかしいもの。
「なるほど。格好いい感じに脚色しておきますねえ!」
するなするな。
用語解説
・芭蕉鰐
ショウガワニ目バショウワニ科バショウワニ属バナナワニ変異種。
鮮やかな黄色の鱗を持つ水棲の鱗獣。雑食。主に淡水に棲むが、海水にも適応する。
四肢は退化して名残が小さくヒレのように存在するが、ほとんど目立たない。
通常のバナナワニ種は大きくなっても精々三十センチメートル程度だが、この変異種は三倍体で、数メートルに及ぶサイズにまで巨大化している。
脱皮すると一時的に真っ白で柔らかくなるが、一晩程度で元の強靭な黄色い鱗に変化する。
・甘き声
乙種魔獣。夢魔。キノコの一種で、地中に広く菌床を広げる。子実体は普通のキノコと変わりない地味なものだが、周囲の水分に混ぜ込んで靄のようにして胞子を放ち、吸い込んだものを深い眠りに落とす。
夢の中で甘き声はその者の抱える心の傷を掘り出し、その痛みを吸い取って心を癒す。
程々であれば治療にもなるが、人はやがて苦痛から解放されることで心をぐずぐずに溶かされ、最終的には廃人となり、その肉体は苗床となる。


