異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

用語解説

・《虚言詩断章紙片》
 ゲーム内アイテム。エイプリルフールイベントにて登場。
 アクセサリー枠。装備中に用いたスキルの効果が逆転する。
 攻撃は回復に。火は水に。単体は全体に。敵は味方に。
 イベントボスはこの装備をしていないとダメージを与えられなかった。
『マコトをウソに。ジツをキョに。ジョークみたいなものさ。楽しめるうちは』





 それを見つけたのは、宿の部屋でインベントリの整理をしているときだった。
 中になにがあるのかは全部覚えているけど、いざという時に取り出しやすいように並べておくのは悪いことでもない。それに、ゲーム内では大したことのないアイテムでも、この世界ではどんな効果を発揮するのかわからないこともある。フレーバーテキストの内容がそのまま適用されたらやばそうなのも、ないではない。

 見た目は紙切れと言うか、しおりと言うか、あるいはお札と言うか。短冊状の、たぶん羊皮紙かなにかかな。普通の紙より少し厚ぼったくて、独特の感触がある。人皮とかじゃないよな。すこしにおいをかいでみたけど、よくわからない。

「なんですかそれ?」

 リリオが元気よくのぞき込んでくるので、押しのけながら適当にあしらう。
 まず検証してからじゃないと、この世界の挙動もわからないしね。
 でもあしらい方がまずかった、といまならわかる。

()()()()()()()()()()()」──と。

 瞬間、紙片は奇妙な光を放った。目に見える光ではない。ただ、見えないのになぜか眩しさを感じるような、そんな波が走った。
 そして紙片には奇妙な文字列が広がっていく。種が芽を出し葉を広げ伸びていくように、黒々としたインクの文字列がいままさに生まれては広がっていく。
 それは私の知らない言語で知らない概念をつづっていく。私はそれを読もうとしてそれに読まれていた。私はそれを理解しようとしてそれに理解された。

 それはいまやただの紙切れではなくなっていた。膨大な魔力を秘め、見るものを惑わし、そこに在るだけですべてのものに影響を与えていた。

 きょとんとしたリリオに、騒ぎを聞きつけて顔を出したトルンペートを尻目に、私はこの紙片を握りこんで黙り込む。
 説明、したほうがいいんだろう。これがどこまでやばいのかはっきりしていない以上、情報共有しておいた方が危険は少なくて済む。
 しかし、たぶん、これを持ったままではまともな説明ができない。

「どうしましたウルウ?」
「なによそれ、また変なまじない?」
「ん、んー、あーっと……」

 私は曖昧な笑みで曖昧なジェスチャーをしながら全力でごまかす。

 ──《虚言詩断章紙片》。

 それがこのアイテムの名前だ。
 エイプリルフールイベントで登場したこれは、装備しているとすべての《技能(スキル)》の効果が逆転するという変わった効果があった。
 例えば攻撃《技能(スキル)》だったら回復してしまう。敵を対象とする者が味方を対象にしてしまう。単体攻撃が全体攻撃になる。何を基準に逆転なのかはわからないけど、とにかく効果が滅茶苦茶になってしまうのだ。

 そのフレーバーテキストはこうだ。

『マコトをウソに。ジツをキョに。ジョークみたいなものさ。楽しめるうちは』

 これが、かなり、厄介かもしれない。
 対象は《技能(スキル)》だけと思ってたけど、さっき私はこれを握ったまま「たいしたものじゃないよ」なんて言ってしまった。直後にこの奇妙な発光ともいえない発光現象と、いかにも(いわ)くありげですよと言わんばかりの謎の文章。どう見てもたいしたものだ。

 発言内容が()()にされた……と私は見る。
 マコトをウソに、だ。たいしたものじゃないよと言えば、これはたいしたものになる。

 もしこれを手に変なことを言ってみろ。それは全てウソにされる。しかもそのウソにするというのもどういう基準でどう変換されるのか私には予想がつかない。
 たぶん世界が滅びるとか大きすぎる効果は出ない、と信じたいけど……。

 と、マジ顔シリアスモードになって焦ってたけど。

「……フムン」

 私はおやつを前にした犬のように寄ってくるふたりを押しのけながら、《紙片》をインベントリにしまってみる。
 ポーチみたいなインベントリの出し入れ口をふたりがちょいちょいいじるけど、気にしない気にしない。

「んんっ……えーっと、今日は天気がいい」
「ん? まあそうね」

 外は青空が広がっていた。
 大丈夫そう。
 そりゃそうか、と安堵のため息。
 いままでしまい込んでてもなんともなかったんだし。
 《虚言詩断章紙片》は装備品だ。持っていないと効果が発動しないんだろう。
 いつでもしまいこめるし、なんなら手から離せばいいんだから、十分制御できるとみていいかな。もともとジョークグッズみたいな扱いなんだし。

 私はこのアイテムでできそうなことをざっくりと二人に説明してみた。

「ははあ……言ったことがウソになる、ですか」
「検証してみないとはっきりはわからないけどね」
「じゃあ早速検証してみましょうよ。便利に使えるかもしれないわよ」

 乗り気なふたりのテンションはちょっと不安だけど、たまにはこういう遊び方もいいだろう。
 私は《紙片》を取り出して、一応危険性のテストもかねてさっきの一言を繰り返す。

「んんっ……今日は天気がいい、ね」
「…………なんか変わった?」
「雨とか降ると思ったんですけれど」

 三人で窓を開けて外を見てみると、ちょうど雲が出て日が遮られたところだった。
 雲はそこそこ分厚そうだけど、雨が降りそうなほどではない。風に流されて、そのうちまた晴れ間が出てきそうだ。
 ちょっとしょぼいけど、でも大事にはならないと思えばちょっと安心。

「さすがに天候にまで大きく干渉するのは難しいみたいですね」
「じゃあ次あたし! あたしやる!」

 乗り気のトルンペートにパスする。

「んー……そうね、じゃあ、あたしは蜂蜜色の髪をしてるわ」

 瞬間、トルンペートのお団子髪が黒く染まっていった。
 蜂蜜色の髪がウソになって、私と同じような黒髪になったのだ。
 黒髪のトルンペートも似合っていた。お団子髪もあって、チャイナとか似合いそう。
 あ、いや、待て。トルンペートのことだから、「髪色がおそろいになったんだから、格好もおそろいしましょうよ!」とか言い出してチャイナとかメイド服とか着せられそうだ。似合わないんだから私はいいよそういうの。

「あら! 本当に変わったわね! …………あ、しまった」

 そしてまたすぐに戻ってしまった。
 《紙片》を握ったまま「本当に変わった」と言ってしまったから、「変わらなかった」ことに逆転されてしまったんだろう。お手軽で便利だけど、ちょっと扱いが難しい。
 私たちはひとつ何か言ったら、《紙片》をテーブルにおいてから発言することにした。何事も手順を定めておくのが大事だ。ヨシ!

「では次は私ですね。えー……んー……あ、お茶菓子がありませんね」

 するとテーブルの上にクッキーと甘茶(ドルチャテオ)が人数分並んだ。お皿やカップもちゃんと存在している。「お茶菓子」というワードは菓子だけでなくお茶も存在しているものとして扱われたらしい。

「……便利だけど、これ食べて大丈夫なのかしら?」
「たぶん、大丈夫、かな…………すくなくとも毒とかではないと思う」
「味もいいですよ」
「もう食べてるし……」
「まあ、効果が切れても単に消えるだけじゃないかな」
「なるほど?」

 ただ、効果が切れる条件がわからないのが怖いな。
 時間で効果が切れる、というのはアイテム説明欄には書いてない。
 効果が永続すると考えるのも怖いし、いつか突然効果が解かれるのも怖い。
 死にそうなケガしたときにケガをウソにしても、ある日突然効果が切れてケガが元通り、なんてことになったら目も当てられない。
 いくらでも出てくるからってこれでごはん済ませてたら、ある日全部なかったことになって摂取したはずの栄養が全部消えて急激に餓死するかもしれない。
 あくまでジョークグッズとして扱うべきだね、これは。

 さて、じゃあ私のターンということで。なにがいいかな。

「じゃあ、私は背が高い」
「地味に気にしてますよね」
「でっかいのがかわいいのに……アッちっちゃくてもかわいい!」
「かわいいですねえ。私と同じくらいでしょうか」

 口にした瞬間、視点が急に下がってビビる。
 リリオがのぞき込んできて、それが恐ろしく近いのでびっくりしてのけぞる。いつもの上目遣いじゃないし、私も屈んだり俯かなくていい。目線の高さがあっている。変なの。逆にトルンペートはちょっと高い。変なの。変。
 服も一緒に縮んだみたいで、だぼだぼにならず助かる。もともとこの大きさだったみたいに体にフィットしてる。
 私はちょっと立ち上がってみて、軽く歩き回ってみる。違和感はないけど違和感の塊と言うか。身体を動かすのに支障はないけど、なんか急に世界が大きくなって怖い。手も足も短い。子供のころみたい。

 ふたりも立ち上がって私を挟み込んできゃいきゃい言いはじめる。

「ちっちゃいウルウもかわいいわねえ。子供のころってこんな感じだったの?」
「どうだろ……胸はもっと小さかったけど」
「お胸はそのままというわけですか……体が小さくなった分、なんだかお得感がすごいですね」
「ちょっと揉んでいい?」
「揉みながら言わないで欲しい」
「あ、左側は私のですよトルンペート!」
「早い者勝ちよ!」
「どっちも私の固有領土なんだけど……」

 私を挟んできゃいきゃい言ってたかと思えば、トルンペートがチェシャ猫みたいな顔して《紙片》を手に取った。

「あたしは背が低い!」
「あっ、あっ、私もやります! 私は背が低い!」
「うわでっか……巨人じゃん……」
「これが普段のウルウの視点なのね……なんか部屋も家具も玩具みたいだわ」
「ちっちゃいウルウがさらにちっちゃくなってお得ですよこれは!」

 でっかくなったふたり。たぶんもとの私と同じくらい。つまりドア開けたあとちょっと屈まないと上に頭ぶつけるくらい。帝国のドアって人族に合わせてるのか、基本180センチくらいしかないんだよね……。
 トルンペートは大人のお姉さんって感じだけど、悪戯っぽい笑みがまた、「やあ少年」って呼びかけてくる謎めいたお姉さん感がある。普段仕事なにしてるのかわかんない系の、趣味でメイド服着てる感じのやつ。物語が始まっちゃう。
 リリオは精悍な感じっていうのかな。普段はかわいい感じのあどけない少年みたいだけど、大きくなったリリオはだいぶ王子様系っていうか、ハンサムだ。表紙にしたらコロッと転ぶ人出てきそう。物語が始まっちゃう。

 ふたりは左右から屈みこんで、私を撫でまわす。
 なんか、落ち着かない。声も近いし、吐息も近いし、においも近いし、体温も近い。
 それに自分よりでっかい存在に撫でまわされるのって、怖い。
 ふたりの手のひらが大きいし、身体が大きいし、逃げられない感じが強い。
 やられてることも普段とそう変わりないといえば変わりないんだけど、圧迫感がすごい。こわい。そういう無理やりは良くないと思う。
 ふたりからは普段の私がこう見えてるのかもしれないと思うと、ちょっと反省だ。あらためて自分がうすらでかいのっぽだということを認識する。

 私はするりと抜け出して《紙片》を手に取り、「私は背が低い」と宣言して元の身長に戻った。
 途端に部屋はいつも通り狭くなり、天井は近くなり、ふたりは遠くなった。ふたりは残念そうだけど、さすがにあのままもみくちゃにされたら事案になってたかもしれないのでこれでいいのだ。
 高すぎる背はコンプレックスでもあったけど、それでも私はこの体で生きてきたからか、やはりこっちのほうが落ち着く。

「フムン……ウルウと同じ高さで目が合うというのは、なんだかおもしろいですね」
「普段は見上げてばっかりだものね」
「私は至極落ち着かないんだけど」

 ふたりが面白そうに見てくるけど、私と目線が合う人って全然いないから、落ち着かない。

 人族は基本的に160センチ前後だし、外れ値でも170くらい。メザーガ冒険屋事務所の長門という頭もイカレてるけど技前も大概イカレてる凄腕の大女は何と私よりでかくて190はあったけど、あのサイズは他に見たことがない。
 土蜘蛛(ロンガクルルロ)も女性で170くらいかなあ。どちらかと言うと横に幅がある骨太な感じ。男性は150くらいが平均っぽい。メザーガんとこのガルディストは160くらいで、あれでも土蜘蛛(ロンガクルルロ)男性としては高身長だし、だいぶ()()()だった。
 天狗(ウルカ)は氏族で結構違うらしいけど、それでもやっぱりそんなに大きくない。大きすぎると飛ぶのが大変だからかもしれない。

 だから私と同じタッパのデカ女が三人も並んでるのは、私の主観によらずともかなり異様な光景だと思う。部屋が滅茶苦茶狭く感じるし。これに囲まれたら(ヘキ)が壊れそう。

「そして身長は同じでもやっぱりこっちは違うのよね……」
「肩幅があるから大きいって言ってましたけれど、同じ肩幅になったのに私のお胸は成長期を迎えてくれないんですけれど……」
「こうしてみると好青年って感じよね、リリオ。騎士道物語の騎士様とか、白馬の王子様的な」
「ううん、嬉しいような嬉しくないような」
「女の子はこういうのに甘くささやかれたら落ちそうだよね」
「役者とか似合いそうよねえ」
「前に行った劇団とかでもてはやされそうだよねえ」
「絶対見栄えいいもの。しかも殺陣(たて)もこなせるし」

 ぺったんこなことを嘆くリリオにふたりで好き勝手言ってたら、むくれたリリオがトルンペートの肩を掴んで抱き寄せた。

「悪い仔猫ちゃんだね……かまって欲しいの?」
「ほわぁあああああッ!?」
「トルンペートが溶けた!」
「解釈違い! 解釈違い! でもこれはこれで!」
「節操ないオタクみたいな悲鳴!」

 崩れ落ちたトルンペートを尻目に、リリオが私に振り返る。

「さて、ウルウはどんな台詞(せりふ)が聞きたいですか?」
「推しの供給過多ッッッ!」
「なんて?」
「私はトルンペートみたいになりたくないので終わり! これ終わり!」

 王子様スマイルで迫るリリオ(大)をすり抜け、私は《紙片》を手に《二人の背は高い》と宣言して身長を元に戻す。
 元に戻ったリリオは残念そうだけど、危ういところだった。
 なにしろ私はリリオの声が好きなのである。美声に弱いのである。大きくなってすこし低さと張りの増した王子様ボイスを耳元でささやかれたら、涎垂らしてるトルンペートとは比にならない醜態をさらすのが目に見えている。

 私たちは甘茶(ドルチャテオ)とお茶菓子でいったん落ち着きを取り戻し、一息ついた。

「はー……ウルウの()()()()()()()なまじない道具の中でも、ひときわ妙なやつだったわね」
「たぶんまた別の道具が出た時にも同じこと言いそうですよね」
「うーん、特に言い返せない正論過ぎる」
「まあでも、このくらいの変化なら、プルプラ様の神殿でもできるのよね」
「あー、そういえば性別をあれこれできるとかの加護もあるんだもんね」
「さすがにここまでお手軽ではないですけれどね」

 辺境でのクリスマス市もとい冬至祭(ユーロ)市でも、ちゃん様の神官がやってた屋台でいろいろ売ってたものだ。なんかジョークグッズみたいなもので、たまにジョークにならない副作用が出る奴とか。
 そう考えるとこの《虚言詩断章紙片》もちゃん様っぽいと言えばちゃん様っぽい。

 ジョークグッズと言えばジョークグッズ。
 でも使い方を考えれば悪用と言うか、便利な使い方できそうではある。
 まあ、うまく使えばだけど。
 こういうのはだいたい手酷いしっぺ返しを食らうのが落ちなんだというのは日本人はよく知っているのだ。猫型ロボットの漫画とかで。

 そろそろしまおうかと手を伸ばしたら、トルンペートがついとつまんで、じろじろと検める。
 その表面に浮かぶ謎の文字列は、トルンペートにもやっぱり読めないようで、もしかしたら最初から意味なんかないそれっぽい模様でしかないのかもしれない。

「ほんと、どういう仕組みなのかしらね。うまくやればどんなウソでもホントになるんだから便利よね」
「あっ」
「えっ」
「あー…………いまのどうなるんでしょうかね」

 何気なく呟いたトルンペートの手から《紙片》を受け取ってみると、それはただの紙切れになっていた。模様もなく、目に見えない光のような波動もない。本当にただの羊皮紙だ。

「あ!? 『ウソがホントになる』がウソになったってこと!?」
「たぶんそうだね。私は背が高い。私は女だ。ダメか。効果を失ってるね」
「うぇあ……ご、ごめんなさい、あたし、そんなつもりじゃ……うっかり……」
「いいよいいよ。どうせそのうち誰かやってただろうし、そうでなくても危なっかしいから封印するつもりだったし」

 希少なマジックアイテムだと思ってるトルンペートが青ざめるけど、そんなに謝ることでもない。私も雑に扱ってたしね。
 でもトルンペートは取り返しのつかないことをしてしまったと感じているようで、床にひざまずいてしおしおと項垂れてしまった。これも武装女中としての本能ってやつかもしれない。
 リリオにヘルプの目線を送ってみたけど、リリオも困ったように首をかしげる。まあ被害を被ったのは私なので、許せるのも私だけなのは理屈だ。でも私がいいよ許すよって言ってもトルンペートは気にしちゃうので、なにかしら代償行為と言うか罰が必要になるんだろう。

 でも罰ってなあ。
 トルンペートにひどいことしても嬉しくはないし、なにかしてもらうって言っても日頃から良くしてもらってるし。
 じゃあ普段お願いしても嫌がること……ううん、嫌がらせたくないし……あ。

「どうしましたウルウ、顔が赤いですよ?」
「いや、ううん、ええと、あう、あの、そうだね。うん。これは罰だから仕方ない」

 私は何度か口ごもってから、トルンペートに「罰」を言い渡した。

「じゃ、じゃあ、今夜は『主従逆転ごっこ』しよっか、じゃない、すること。しなさい」
「!?」
「!?」






『それではみなさんご一緒に』
『エイプリルフール!!』





今回のあらすじ

っていう話が!?ないよ。エイプリルフールだし。
しかしこんなところまで逆転しなくてもいいじゃないか。
いや、逆転するなら今回じゃなくて次回のあらすじになるのかも?
しかし次回なんて誰にもわからないので仕方ないのだった。