前回のあらすじ
囚われのトルンペートは、謎の男に遭遇する。
屍者の塔にあって確かな自我を保つ狂学者。
窮地を救うのは背の高い死神の姿だった。
「さてと。それでは。改めまして──やっていきましょうか」
ウルウが闇に溶けるように駆け抜けていったのを見送り、私は《自在蔵》から兜を取り出しました。辺境最強生物種である飛竜、その白変個体の皮革を用いた鎧とそろいの兜。
飛竜を模した二対二連の覗き穴に、いかにもいかめしい牙の装飾。
普段は視界が狭まるし、感覚が鈍るし、あと髪が乱れるしで装備していませんけれど、今日は相手が相手ですからね。万が一にも感染しないように、万全を整えていきましょう。それにウルウもトルンペートもいないので、顔出しで見得を決めなくていいですし。
格好いい兜だとは思うんですけれど、でもいかめしい兜のちびっちゃいのが暴れまわるのと、ウルウ公認の美少女が顔出しで懸命に頑張るのだと、後者の方が浪漫だと思うんですよね。物語だとだいたい兜してません。まあ、あれは作りものなので、見栄え重視なのはあると思いますけれど。
私は兜をかぶっ、とと、その前に。
「えーと、こんな感じでしたっけ?」
両手の親指と人差し指で、四角い枠を作るようにして、斜め上の角度から自分に向けます。
「ちーず!」
意味は分かりません。
なんかウルウのおくにのおまじないかなんかなんでしょうね。
きれいな景色とか、見栄えの良い料理だとか、私たちのなんでもない姿とか、そういうのに、たまにこの仕草をして、このおまじないを呟いています。
本人曰く、特に覚えておきたいときにすくしょしてるとのことです。よくわかりませんけれど、ウルウの習慣というか、定型作業なのでしょう。
たぶん寫眞機と同じような、でももっと気軽な感覚なのでしょう。
私もそれにならって、これからがんばる自分をすくしょして張り切るのです。
さらわれたトルンペートのことを心配する気持ちはもちろんありますし、こんなことしてる場合かと突っ込む冷静な自分もいるんですけれど、その、なんていうかですね。
『なんか割と扱いいいわよ。リリオに担がれるより快適』
『君ねえ。かなり心配してんだよこっちは』
『危ないは危ないと思うわよ。でもあたしじゃ抜けらんないものこれ』
『トルンペート、諦めがいいというか、無駄に暴れず体力温存しようとしてますよねそれ』
『慣れてるといえば慣れてるもの』
『辺境人の肝の据わり方さあ……』
『あ、なんか親玉みたいのいる。思ったより小奇麗ね。ウルウみたい』
『それ誉め言葉のやつ? じゃない気がするんだけど?』
『潔癖症よ、こいつ潔癖症だわ。もしくは医者』
『医者とゾンビって絶対よくない組み合わせのやつぅ……』
『お医者さんが病気とか生き物を武器にするのって倫理的にどうなんでしょうね』
『倫理観バイバイ』
『ほんとこいつバイバイしてるわよ倫理観。ヤバ』
『ヤバではない』
『(笑)』
『君、私よりチャット馴染んでない??』
脳裏でウルウ経由の念話が垂れ流されてるので、なんなら私も突っ込みいれてるので、いまいちこう、緊迫感がですね、お亡くなりになられていると言いますかね。
さて、いい加減死なず者どももお待ちですし、兜をかぶって、狭まった視界に薄暗い廊下を映し出します。
兜が鎧との親和性で、一体化したような馴染みの良さが全身に感じられます。これは本来このようにして用いるものなのだと、これこそが本来の姿なのだと、そううそぶくようでさえあります。
でもかわいくないので……格好よくはありますけれどかわいくはないので……髪もつぶれちゃいますし……普段は仕方ないのです。
さて、準備の整ったところで感覚を研ぎ澄ましてみれば、来てますね。
無数の腕を持つ死なず者……ウルウ命名のヒトグモが、騒ぎを聞きつけてどんどん集まってきています。
しかも最初の一体と違って暴力的な気配があります。
最初の一体もトルンペートをさらったり紳士的とは言えないかもしれませんけれど、それでもあれは足音……手音?も静かで、トルンペートをさらう際も丁寧に抱え込むのが見て取れました。次なる個体も、私に対して同じように連れ去ろうと──傷つけずに捕まえようとするようなところがありました。
しかし、私が盛大に打ち倒して、次の個体も真っ二つにしたことから、完全に敵だと認識されたようです。侮れない敵なのだと。嬉しいことですね。
私は雷精と風精を小刻みに発して、ゆあんゆあんとさせます。このゆあんゆあんは私を中心に球状に広がっていき、なにかに当たると返ってきます。それを感じ取ることで、私は目が利かずとも、音に聞こえずとも、周囲に何があるか、どのように動いているのか感じ取ることができるのです。
ウルウになんかこうふわっとした説明をさせて、なんかこうふわっとできるようになったので細かい理屈はわかりません。わかりませんけれど、まじないで隠れているウルウさえ見つけられるので効果は折り紙付きですね。
そしてこのゆあんゆあん──私の剣の間合い、およそ四碼に設定した感知圏になにかが触れた瞬間、考えるよりも先に剣をふるいます。それで十分、たいていの相手は斬れます。というかそれ以上広げるのは私には無理です。頭がそれでいっぱいになっちゃいます。
いまも薄闇の中、死角となる天井から音もなく仕掛けてきたヒトグモに体は反射的に動き、迫りくる無数の腕を円弧の剣で切り払います。落ちてくる身体を前方に転げるように回避しながら、胴回し蹴りを叩きこんで顔面の一つを潰して蹴り飛ばし、距離も取ります。
その陰、ゆあんゆあんの陰にもなる真後ろから連続して仕掛けてきたもう一体のヒトグモにも、「おわーッ!?」慌てるよりも先に体が自動的に一閃。慌ててませんよ? 全然。平気です。正中線を真っ二つに切り裂いて撃退です。たまたま当たったとも言います。
内臓が抜かれているのかモツがあふれることはありませんでしたけれど、どろりと濁った血がぼたぼたと飛び散ります。これは《流血詛》の感染源になるだろうという見立てですので、できるだけ避けて、避けきれないしぶきは鎧の矢避けの加護で防ぎます。
これが普通の相手なら、いまのように斬ってやれば普通に死ぬのですけれど、一体目はつぶれた顔面はどうしようもないとして、残った腕で斬りおとされた腕を回収してつなぎ直し、二体目も分かたれた左右の体がそれぞれに手を取り合ってつなぎ直そうとしています。うえぇ。
そうして自分で自分を修理している間にも、新手が迫る気配があります。
死なない、というか。
生きているのに生きていない、というか。
死なず者相手というのは、厄介ですね。
肉を斬っても死なず。
骨を折っても死なず。
血はよどみ、内臓はもとより抜かれていて、それで平然と襲ってくる。
まともに相手したくない頑健さです。
ウルウが去り際に飛ばしてきた念話を思い出します。
死なず者は、個体としては生きていない。
ひととしてはすでに死んでいて、これ以上殺すことはできない。
でも細胞の一つ一つは生きている。っていうより、《流血詛》によって生かされているのか、《流血詛》がのっとっているのか。
とにかくこの全身の細胞を侵食する《流血詛》を全て殺せば理屈の上では死なず者を滅することができる。はず。たぶん。
そのくらい私にはできるよ? できるけど消費が大きいからちまちまやってらんない。
電気は有効みたいだから、致死量流せば死ぬと思う。
ごめんだけどそんな感じでよろしくね?
「フムン。よくわかりませんけれど、わかりました」
つまり、死ぬまで死なせれば死ぬということです。殺し切れば殺せるのです。
そういうの得意ですからね、私は。直したり創ったりは専門外ですけれど、壊すのは大の得意です。お墨付きです。言ってて悲しくなってきました。ウルウの言うところの悲しきもんすたーですね。
まあ、ともあれですよ。
すり潰せば死ぬし、焼き尽くせば死ぬし、死ななくても細かく刻めば体を動かすことはかなわないでしょう。
いくらつぎはぎを繰り返して人の体から逸脱しているように見えても、部品ごとに見れば人体構造にのっとって動いているのですから、骨を折ればそれだけで動きを阻害することもできます。痛みがなくても人間の体というものは不自由なのですね。それだけ精密な機械ともいえます。
細胞の一つ一つ、血の一滴一滴に《流血詛》がこもっているのでしぶきには気を付けなければいけませんし、恐らくちゃんと殺しておかないとこの日の差さない室内ではいつまでも感染源が残る可能性がありますけれど、それはあとで考えればいいでしょう。
「むがああぁむぐぐああッ!!」
「おおっと!」
「ぐぎぎぎぎぎぎゅあああッ!!」
「ほっ、失礼……っと!」
「もべばはッ!」
「よいてこしょー!」
「むぐぐぐぐッ!」
「あ、《超電磁ブレード》! そうそう、《超電磁ブレード改》です! くらえ!」
襲い掛かるヒトグモを斬って、殴って、蹴り飛ばしながら、私は集めた雷精を叩きこんで細胞を焼いていきます。電流、という奴です。雷のことらしいですね。
必殺技の名前も思い出したので、せっかくなので宣言しておきます。事前に構えておくとちゃんと必殺技の名前叫べるんですけど、反射で対応してると咄嗟に出てきません。
初撃では痺れさせる程度で牽制し、動きを鈍らせ、とどめがさせそうなときは雷精をたくさん込めて、お肉の焼けこげる臭いがするまでしっかり流します。
ただまあ、ゆあんゆあん──いい加減名前つけましょうか、えっと、いままでの流れ的に、ウルウ語彙を使うと、《超電磁レーダー》ですね、これにも魔力と雷精を結構使うので、攻撃のための雷精をなかなかため込めません。
私、というか辺境貴族はごはんさえ食べておけばかなりたくさんの魔力をもりもり生み出せる体質なんですけれど、それを雷精に変換して、うまいこと使うのはまた別の労力がありますので、いくら魔力がたくさんあってもすぐすぐにはため込めないんですよね。
なので基本は歩きながら《超電磁レーダー》で周囲を警戒して、接近されたら斬る。斬って殴って蹴り飛ばして距離を取って、再生して追ってきたらまた斬って、雷精に余裕ができたら焼いてとどめを刺す、という感じですね。
走りながらだとまだ《超電磁レーダー》がうまく使えませんので、早歩きが精一杯なのがもどかしいところ。
なんて流れ作業みたいに言うと、簡単な単純作業みたいに聞こえるかもしれませんけれど、これがなかなか骨です。
なにしろヒトグモは、人族とも、天狗とも、土蜘蛛とも、またどんな獣とも違う挙動をしてきます。
大型の蜘蛛のような動きといえなくもありませんけれど、その無数の腕はもっと繊細です。
滑らかで静かな立体的移動にも用いますし、こちらを殴るにも払うにもつかみかかるにも使える万能の武器ですし、こちらの攻撃をいなしたり受け止めたりできる盾でもあります。
しかも生半可な攻撃ではすぐに修復されてしまう、目減りのしない優秀さ。
この薄闇の中では、静かに迫りくるヒトグモたちを、私は剣の間合いに入るまでほとんど認識できません。入りさえすれば反射的に、自動的に、刃を繰り出すことはできます。しかし最適な一撃とも言えません。
「はぁッ! あっやばっ」
なんて、振るった後に数本の腕を犠牲に剣をからめとられ、奪われそうになったりもしました。
このときは、剣をしっかり握って、飛び掛かってきた相手の勢いを利用して後方にぶん投げるようにして地面に叩きつけました。
痛みはなくても衝撃は通るようで、背骨がへし折れたのか手指の制御が緩んだところを引っこ抜いて逃げ、次の相手。
連中は死なないだけでなく賢く、外にいたただ襲い掛かってくる死なず者どもとは違い、私との戦いを通じて学習し、それを見て他の個体も戦い方を変えてきます。
明らかに私の間合いは見破られていて、連携して隙をつこうとこころみはじめています。
「まあそういうときは……逃げるんですけどねェーッ!」
脱兎です。
適当に切り拓いて、無数の腕をかいくぐり、くぐり、あ、ちょっと、おさわり厳禁ですよ、指とか手とかを力技でブチブチしながら突破です。
あ、いうほど簡単ではなかったです。
一本二本ならいざ知らず次々つかみかかられると、怪力とか関係なく関節で動きを止められそうになりましたので、全身に雷精流して強引突破しました。これも後で何か名前つけないとですね。
向こうから来てくれるので探す手間がないのはいいことですけれど、別に皆殺しにするのが目的でもないので、斬ったら進み、進んでは斬って、斬れないときは逃げて、囲まれたら突破して、とにかく前へ進むことを意識します。敵を倒すのではなく、あくまで道を切り拓くのが目的なのです。
いちいち一体一体丁寧に相手していたら日が暮れてしまいます。
時間がかかるということだけでなく、《流血詛》の唯一はっきりしてる弱点である日光が絶えてしまうのが怖いところです。
とにかく、トルンペートはウルウが助け出してくれます。
だから私は着実に歩を進め、この《塔》を攻略して元凶を打ち倒さなければならないのです。
早くしないと普通にウルウたちの方で元凶を退治しちゃいそうなので、なるはやで向かわなければならないのです。
私の活躍を、ウルウに見てもらうためにも。
『ヤバ。血ぃ抜かれてる』
『ヤバではないんだけど??』
『ほんとに大丈夫なんですよね?』
『血ぃ飲んでる(笑)』
『笑い事ではないですけど??』
『吸血鬼じゃん。医者で吸血鬼でゾンビ支配してるのは完全に黒じゃん』
『白いけどね』
『見た目の話でなく』
『ほんとに大丈夫なんですよね??』
『もうつく』
『なるはやでよろ』
緊迫感……どこ……?
用語解説
・すくしょ
スクリーンショット機能。
《エンズビル・オンライン》では撮影モードを選択するか登録したショートカットキーを押すことでスクリーンショットを保存する機能があった。
これはアルバム機能で閲覧できるほか、チャットなどで共有もできる。
ウルウは完全記憶能力持ちであるが、「瞬間を切り取る」ことを意識した写真はまた別と認識している。
なおウルウのまねをしたリリオやトルンペートの自撮りはちゃん様の配慮でアルバムに記録されている。発見したウルウは見守りカメラにペットのドアップが映ったときみたいな反応した。
・寫眞機
寫眞を撮るための機械。
一般的には町などに一軒程度寫眞屋があって、ある程度余裕のあるご家庭では記念などにそこで撮ってもらうことが多いようだ。
個人で所有するには金と手間が必要で、貴族でもよほどの趣味人か。
ただ、帝都の新聞社では社会実験などの名目で政府から最新の携行型寫眞機が融通されているとか。
現状は白黒寫眞が主で、カラーのものは珍しいようだ。
なおその仕組みは、我々の知るカメラと必ずしも同一ではないのかもしれない。
・念話
パーティチャット。
ゲーム内システム。パーティメンバーの間でのみ使用できるチャット機能。
この世界ではパーティメンバーの間でのみ使用できる、音声を必要としない、念話のような形で再現されているようだ。
・碼(ヤールド)(jardo)
現地の慣用単位系の長さの単位の一つ。三呎(フートィ)。一碼(ヤールド)は正確に〇・九一四四メートル。口語的に「何歩の距離」というときの一歩分はこの碼(ヤールド)にあたるとされる。
この慣用単位系、いわゆる帝国単位系は人族由来の単位系であり、しばしば他種族から「お前ら十進法知らねえのか」と言われる所以(ゆえん)となっているとかいないとか。
なお、その他種族の単位系が現代では廃れているあたりそちらもお察しである。
・《超電磁レーダー》
厳密にはレーダーではない、雷精と風精をなんかこうふわっと周囲に放って感知圏を広げる技。
『円』と見るのが、おおむね正しい。
囚われのトルンペートは、謎の男に遭遇する。
屍者の塔にあって確かな自我を保つ狂学者。
窮地を救うのは背の高い死神の姿だった。
「さてと。それでは。改めまして──やっていきましょうか」
ウルウが闇に溶けるように駆け抜けていったのを見送り、私は《自在蔵》から兜を取り出しました。辺境最強生物種である飛竜、その白変個体の皮革を用いた鎧とそろいの兜。
飛竜を模した二対二連の覗き穴に、いかにもいかめしい牙の装飾。
普段は視界が狭まるし、感覚が鈍るし、あと髪が乱れるしで装備していませんけれど、今日は相手が相手ですからね。万が一にも感染しないように、万全を整えていきましょう。それにウルウもトルンペートもいないので、顔出しで見得を決めなくていいですし。
格好いい兜だとは思うんですけれど、でもいかめしい兜のちびっちゃいのが暴れまわるのと、ウルウ公認の美少女が顔出しで懸命に頑張るのだと、後者の方が浪漫だと思うんですよね。物語だとだいたい兜してません。まあ、あれは作りものなので、見栄え重視なのはあると思いますけれど。
私は兜をかぶっ、とと、その前に。
「えーと、こんな感じでしたっけ?」
両手の親指と人差し指で、四角い枠を作るようにして、斜め上の角度から自分に向けます。
「ちーず!」
意味は分かりません。
なんかウルウのおくにのおまじないかなんかなんでしょうね。
きれいな景色とか、見栄えの良い料理だとか、私たちのなんでもない姿とか、そういうのに、たまにこの仕草をして、このおまじないを呟いています。
本人曰く、特に覚えておきたいときにすくしょしてるとのことです。よくわかりませんけれど、ウルウの習慣というか、定型作業なのでしょう。
たぶん寫眞機と同じような、でももっと気軽な感覚なのでしょう。
私もそれにならって、これからがんばる自分をすくしょして張り切るのです。
さらわれたトルンペートのことを心配する気持ちはもちろんありますし、こんなことしてる場合かと突っ込む冷静な自分もいるんですけれど、その、なんていうかですね。
『なんか割と扱いいいわよ。リリオに担がれるより快適』
『君ねえ。かなり心配してんだよこっちは』
『危ないは危ないと思うわよ。でもあたしじゃ抜けらんないものこれ』
『トルンペート、諦めがいいというか、無駄に暴れず体力温存しようとしてますよねそれ』
『慣れてるといえば慣れてるもの』
『辺境人の肝の据わり方さあ……』
『あ、なんか親玉みたいのいる。思ったより小奇麗ね。ウルウみたい』
『それ誉め言葉のやつ? じゃない気がするんだけど?』
『潔癖症よ、こいつ潔癖症だわ。もしくは医者』
『医者とゾンビって絶対よくない組み合わせのやつぅ……』
『お医者さんが病気とか生き物を武器にするのって倫理的にどうなんでしょうね』
『倫理観バイバイ』
『ほんとこいつバイバイしてるわよ倫理観。ヤバ』
『ヤバではない』
『(笑)』
『君、私よりチャット馴染んでない??』
脳裏でウルウ経由の念話が垂れ流されてるので、なんなら私も突っ込みいれてるので、いまいちこう、緊迫感がですね、お亡くなりになられていると言いますかね。
さて、いい加減死なず者どももお待ちですし、兜をかぶって、狭まった視界に薄暗い廊下を映し出します。
兜が鎧との親和性で、一体化したような馴染みの良さが全身に感じられます。これは本来このようにして用いるものなのだと、これこそが本来の姿なのだと、そううそぶくようでさえあります。
でもかわいくないので……格好よくはありますけれどかわいくはないので……髪もつぶれちゃいますし……普段は仕方ないのです。
さて、準備の整ったところで感覚を研ぎ澄ましてみれば、来てますね。
無数の腕を持つ死なず者……ウルウ命名のヒトグモが、騒ぎを聞きつけてどんどん集まってきています。
しかも最初の一体と違って暴力的な気配があります。
最初の一体もトルンペートをさらったり紳士的とは言えないかもしれませんけれど、それでもあれは足音……手音?も静かで、トルンペートをさらう際も丁寧に抱え込むのが見て取れました。次なる個体も、私に対して同じように連れ去ろうと──傷つけずに捕まえようとするようなところがありました。
しかし、私が盛大に打ち倒して、次の個体も真っ二つにしたことから、完全に敵だと認識されたようです。侮れない敵なのだと。嬉しいことですね。
私は雷精と風精を小刻みに発して、ゆあんゆあんとさせます。このゆあんゆあんは私を中心に球状に広がっていき、なにかに当たると返ってきます。それを感じ取ることで、私は目が利かずとも、音に聞こえずとも、周囲に何があるか、どのように動いているのか感じ取ることができるのです。
ウルウになんかこうふわっとした説明をさせて、なんかこうふわっとできるようになったので細かい理屈はわかりません。わかりませんけれど、まじないで隠れているウルウさえ見つけられるので効果は折り紙付きですね。
そしてこのゆあんゆあん──私の剣の間合い、およそ四碼に設定した感知圏になにかが触れた瞬間、考えるよりも先に剣をふるいます。それで十分、たいていの相手は斬れます。というかそれ以上広げるのは私には無理です。頭がそれでいっぱいになっちゃいます。
いまも薄闇の中、死角となる天井から音もなく仕掛けてきたヒトグモに体は反射的に動き、迫りくる無数の腕を円弧の剣で切り払います。落ちてくる身体を前方に転げるように回避しながら、胴回し蹴りを叩きこんで顔面の一つを潰して蹴り飛ばし、距離も取ります。
その陰、ゆあんゆあんの陰にもなる真後ろから連続して仕掛けてきたもう一体のヒトグモにも、「おわーッ!?」慌てるよりも先に体が自動的に一閃。慌ててませんよ? 全然。平気です。正中線を真っ二つに切り裂いて撃退です。たまたま当たったとも言います。
内臓が抜かれているのかモツがあふれることはありませんでしたけれど、どろりと濁った血がぼたぼたと飛び散ります。これは《流血詛》の感染源になるだろうという見立てですので、できるだけ避けて、避けきれないしぶきは鎧の矢避けの加護で防ぎます。
これが普通の相手なら、いまのように斬ってやれば普通に死ぬのですけれど、一体目はつぶれた顔面はどうしようもないとして、残った腕で斬りおとされた腕を回収してつなぎ直し、二体目も分かたれた左右の体がそれぞれに手を取り合ってつなぎ直そうとしています。うえぇ。
そうして自分で自分を修理している間にも、新手が迫る気配があります。
死なない、というか。
生きているのに生きていない、というか。
死なず者相手というのは、厄介ですね。
肉を斬っても死なず。
骨を折っても死なず。
血はよどみ、内臓はもとより抜かれていて、それで平然と襲ってくる。
まともに相手したくない頑健さです。
ウルウが去り際に飛ばしてきた念話を思い出します。
死なず者は、個体としては生きていない。
ひととしてはすでに死んでいて、これ以上殺すことはできない。
でも細胞の一つ一つは生きている。っていうより、《流血詛》によって生かされているのか、《流血詛》がのっとっているのか。
とにかくこの全身の細胞を侵食する《流血詛》を全て殺せば理屈の上では死なず者を滅することができる。はず。たぶん。
そのくらい私にはできるよ? できるけど消費が大きいからちまちまやってらんない。
電気は有効みたいだから、致死量流せば死ぬと思う。
ごめんだけどそんな感じでよろしくね?
「フムン。よくわかりませんけれど、わかりました」
つまり、死ぬまで死なせれば死ぬということです。殺し切れば殺せるのです。
そういうの得意ですからね、私は。直したり創ったりは専門外ですけれど、壊すのは大の得意です。お墨付きです。言ってて悲しくなってきました。ウルウの言うところの悲しきもんすたーですね。
まあ、ともあれですよ。
すり潰せば死ぬし、焼き尽くせば死ぬし、死ななくても細かく刻めば体を動かすことはかなわないでしょう。
いくらつぎはぎを繰り返して人の体から逸脱しているように見えても、部品ごとに見れば人体構造にのっとって動いているのですから、骨を折ればそれだけで動きを阻害することもできます。痛みがなくても人間の体というものは不自由なのですね。それだけ精密な機械ともいえます。
細胞の一つ一つ、血の一滴一滴に《流血詛》がこもっているのでしぶきには気を付けなければいけませんし、恐らくちゃんと殺しておかないとこの日の差さない室内ではいつまでも感染源が残る可能性がありますけれど、それはあとで考えればいいでしょう。
「むがああぁむぐぐああッ!!」
「おおっと!」
「ぐぎぎぎぎぎぎゅあああッ!!」
「ほっ、失礼……っと!」
「もべばはッ!」
「よいてこしょー!」
「むぐぐぐぐッ!」
「あ、《超電磁ブレード》! そうそう、《超電磁ブレード改》です! くらえ!」
襲い掛かるヒトグモを斬って、殴って、蹴り飛ばしながら、私は集めた雷精を叩きこんで細胞を焼いていきます。電流、という奴です。雷のことらしいですね。
必殺技の名前も思い出したので、せっかくなので宣言しておきます。事前に構えておくとちゃんと必殺技の名前叫べるんですけど、反射で対応してると咄嗟に出てきません。
初撃では痺れさせる程度で牽制し、動きを鈍らせ、とどめがさせそうなときは雷精をたくさん込めて、お肉の焼けこげる臭いがするまでしっかり流します。
ただまあ、ゆあんゆあん──いい加減名前つけましょうか、えっと、いままでの流れ的に、ウルウ語彙を使うと、《超電磁レーダー》ですね、これにも魔力と雷精を結構使うので、攻撃のための雷精をなかなかため込めません。
私、というか辺境貴族はごはんさえ食べておけばかなりたくさんの魔力をもりもり生み出せる体質なんですけれど、それを雷精に変換して、うまいこと使うのはまた別の労力がありますので、いくら魔力がたくさんあってもすぐすぐにはため込めないんですよね。
なので基本は歩きながら《超電磁レーダー》で周囲を警戒して、接近されたら斬る。斬って殴って蹴り飛ばして距離を取って、再生して追ってきたらまた斬って、雷精に余裕ができたら焼いてとどめを刺す、という感じですね。
走りながらだとまだ《超電磁レーダー》がうまく使えませんので、早歩きが精一杯なのがもどかしいところ。
なんて流れ作業みたいに言うと、簡単な単純作業みたいに聞こえるかもしれませんけれど、これがなかなか骨です。
なにしろヒトグモは、人族とも、天狗とも、土蜘蛛とも、またどんな獣とも違う挙動をしてきます。
大型の蜘蛛のような動きといえなくもありませんけれど、その無数の腕はもっと繊細です。
滑らかで静かな立体的移動にも用いますし、こちらを殴るにも払うにもつかみかかるにも使える万能の武器ですし、こちらの攻撃をいなしたり受け止めたりできる盾でもあります。
しかも生半可な攻撃ではすぐに修復されてしまう、目減りのしない優秀さ。
この薄闇の中では、静かに迫りくるヒトグモたちを、私は剣の間合いに入るまでほとんど認識できません。入りさえすれば反射的に、自動的に、刃を繰り出すことはできます。しかし最適な一撃とも言えません。
「はぁッ! あっやばっ」
なんて、振るった後に数本の腕を犠牲に剣をからめとられ、奪われそうになったりもしました。
このときは、剣をしっかり握って、飛び掛かってきた相手の勢いを利用して後方にぶん投げるようにして地面に叩きつけました。
痛みはなくても衝撃は通るようで、背骨がへし折れたのか手指の制御が緩んだところを引っこ抜いて逃げ、次の相手。
連中は死なないだけでなく賢く、外にいたただ襲い掛かってくる死なず者どもとは違い、私との戦いを通じて学習し、それを見て他の個体も戦い方を変えてきます。
明らかに私の間合いは見破られていて、連携して隙をつこうとこころみはじめています。
「まあそういうときは……逃げるんですけどねェーッ!」
脱兎です。
適当に切り拓いて、無数の腕をかいくぐり、くぐり、あ、ちょっと、おさわり厳禁ですよ、指とか手とかを力技でブチブチしながら突破です。
あ、いうほど簡単ではなかったです。
一本二本ならいざ知らず次々つかみかかられると、怪力とか関係なく関節で動きを止められそうになりましたので、全身に雷精流して強引突破しました。これも後で何か名前つけないとですね。
向こうから来てくれるので探す手間がないのはいいことですけれど、別に皆殺しにするのが目的でもないので、斬ったら進み、進んでは斬って、斬れないときは逃げて、囲まれたら突破して、とにかく前へ進むことを意識します。敵を倒すのではなく、あくまで道を切り拓くのが目的なのです。
いちいち一体一体丁寧に相手していたら日が暮れてしまいます。
時間がかかるということだけでなく、《流血詛》の唯一はっきりしてる弱点である日光が絶えてしまうのが怖いところです。
とにかく、トルンペートはウルウが助け出してくれます。
だから私は着実に歩を進め、この《塔》を攻略して元凶を打ち倒さなければならないのです。
早くしないと普通にウルウたちの方で元凶を退治しちゃいそうなので、なるはやで向かわなければならないのです。
私の活躍を、ウルウに見てもらうためにも。
『ヤバ。血ぃ抜かれてる』
『ヤバではないんだけど??』
『ほんとに大丈夫なんですよね?』
『血ぃ飲んでる(笑)』
『笑い事ではないですけど??』
『吸血鬼じゃん。医者で吸血鬼でゾンビ支配してるのは完全に黒じゃん』
『白いけどね』
『見た目の話でなく』
『ほんとに大丈夫なんですよね??』
『もうつく』
『なるはやでよろ』
緊迫感……どこ……?
用語解説
・すくしょ
スクリーンショット機能。
《エンズビル・オンライン》では撮影モードを選択するか登録したショートカットキーを押すことでスクリーンショットを保存する機能があった。
これはアルバム機能で閲覧できるほか、チャットなどで共有もできる。
ウルウは完全記憶能力持ちであるが、「瞬間を切り取る」ことを意識した写真はまた別と認識している。
なおウルウのまねをしたリリオやトルンペートの自撮りはちゃん様の配慮でアルバムに記録されている。発見したウルウは見守りカメラにペットのドアップが映ったときみたいな反応した。
・寫眞機
寫眞を撮るための機械。
一般的には町などに一軒程度寫眞屋があって、ある程度余裕のあるご家庭では記念などにそこで撮ってもらうことが多いようだ。
個人で所有するには金と手間が必要で、貴族でもよほどの趣味人か。
ただ、帝都の新聞社では社会実験などの名目で政府から最新の携行型寫眞機が融通されているとか。
現状は白黒寫眞が主で、カラーのものは珍しいようだ。
なおその仕組みは、我々の知るカメラと必ずしも同一ではないのかもしれない。
・念話
パーティチャット。
ゲーム内システム。パーティメンバーの間でのみ使用できるチャット機能。
この世界ではパーティメンバーの間でのみ使用できる、音声を必要としない、念話のような形で再現されているようだ。
・碼(ヤールド)(jardo)
現地の慣用単位系の長さの単位の一つ。三呎(フートィ)。一碼(ヤールド)は正確に〇・九一四四メートル。口語的に「何歩の距離」というときの一歩分はこの碼(ヤールド)にあたるとされる。
この慣用単位系、いわゆる帝国単位系は人族由来の単位系であり、しばしば他種族から「お前ら十進法知らねえのか」と言われる所以(ゆえん)となっているとかいないとか。
なお、その他種族の単位系が現代では廃れているあたりそちらもお察しである。
・《超電磁レーダー》
厳密にはレーダーではない、雷精と風精をなんかこうふわっと周囲に放って感知圏を広げる技。
『円』と見るのが、おおむね正しい。


