前回のあらすじ
死の十三屍魔術砲台を突破した《三輪百合》。
しかし突如現れた無数の腕に、トルンペートがさらわれてしまう。
屍者の塔で待ち受けるものとは。
「トルンペート!」
それはあまりにも一瞬だった。
トルンペートが解錠を試みるために扉にとりついた瞬間、扉はあっけなく開いて、内側から伸びてきた無数の腕が、悲鳴を上げる間もなくトルンペートをひっつかんで奥へ消えてしまった。
──私のミスだ。
私がちゃんと視ていれば。後悔はいつだって後に立つ。
キープアウトテープだって、どう考えてもおかしかったんだ。KEEP OUTの文言を二人は読めていなかった。あれは私の勘違いじゃなく確かに英語で書かれてたんだ。あれはこの世界由来のものじゃなかった。明らかに異常だった。
ゾンビってことは彼じゃないだろう、なんて甘い考えだった。プレイヤーかどうかわからなくても、少なくとも普通のことじゃないんだからもっと警戒すべきだった。
でもこの《塔》は屍者の気配でいっぱいなのだ。《生体感知》では、広く薄く赤い光が広がっているように見えてしまう。でもそれはよくよく見ればゾンビたちの居場所を示しているはずなのだから、もっときちんと見極めなくては。
ええい、考えすぎるな。いつもの悪い癖だ。
反省は大事。でもまず行動だ。
突然のことにひるんだ私を尻目に、リリオが躊躇なく扉を抜けて踏み込む。
その瞬間、死角となる天井から腕が伸びてきた──と思った次の瞬間には、ひらめく白閃がそのすべてを斬りおとす。ピリリと走る静電気。リリオが電界を広げている。それがセンサーとなって襲撃を予期したのか。結果から現象をさかしまに理解する。ダメだ、認識も判断も遅すぎる。見えてるのに。聞こえてるのに。思考が戦闘に追い付かない。
リリオは少しの間に何度も剣をふるっていたけど、それでも襲い来る腕の方が多い。おかしい。こんな狭い範囲に収まっていていい密度じゃない。視界には淡く赤い光がいっぱいだ。
「ウルウ、下がります!」
「わかった!」
私がまごついている間にリリオはらちが明かないと判断したようで、扉を出て飛びずさる。
それを追いかけるように伸びてくる、腕、腕、腕。
それは普通の人間の腕じゃなかった。いや、たぶん素材そのものは普通の人間や、隣人種のものなのだろう。
けれどそれが、無数につぎはぎされている。
のっそりと扉を潜り抜けてきたのは、しいて言うならば蜘蛛に似ていた。
足の数を十数倍に増やして、頭を三つに増やし、それをすべて人間の腕と頭に置き換えたような、おぞましいつぎはぎの蜘蛛。関節をいくつも増やされた腕が、奇妙に小さく見える体を支える足であり、敵を捕らえる手であり、外敵から身を守る盾であった。
三つの頭はリリオによって一つが斬りおとされていたけど、それぞれが後頭部でつなぎ合わされ、全周を認識できるようになっており、よく見れば下半身の方にも頭が取り付けられているようだった。そのそれぞれが苦悶の声をあげながらも、口枷の様なものでそれを押し殺されている。
「ウルウ、大丈夫ですか?」
「だいぶだいじょうぶじゃないけどだいじょうぶ」
「本当に大丈夫じゃなさそうな声!!」
えぐい。ぐろい。きもい。
ゾンビをつぎはぎして作られたクリーチャーなんてのはフィクションじゃよくある話で、多腕多頭なんてのは古い神話のころからありふれた造形でしかないんだけど…………それを実際にやられると、心底メンタルに来る。
しかも私は、こいつの一挙手一投足──と言うにはいささか多すぎるけど──をすべて覚えてしまうし、忘れることができない。思い出さないようにすることはできるけど、ふとした瞬間に思い出してしまうトラウマシーンが増えるのは人生においてデメリットでしかない。
けれど、戦うしかない。逃げるなんて道はない。
さらわれたトルンペートを追わなければならない。彼女はまだ無事だ。無事のはずだ。視界の端に開いたウィンドウにはトルンペートのステータスも映っている。多少のダメージは受けてるけど、状態異常もない。
《生体感知》で見上げれば、トルンペートの青い光が見通せる。
追わなければ。
しかし。
「…………ダメだ。こいつも生きてない。私じゃ殺せないかもしれない」
このゾンビたちは、個体としては死んでいる。
その死んだ身体を、ウイルスだか呪いだかが動かしている。
だからこの死体をどれだけ見つめても、即死させる攻撃手段が見えてこない。
すでに死んでいるものを、死なせることはできない。
なんでも殺せる、なんでも死なせられる《死神》の弱点の一つだ。
「フムン。いままでの死なず者どもは、首を落とせば一応動きは止められました。つまり死んでいても行動の指示は頭が出しているはず、なのですけれど……」
「どの頭が司令塔なのか、全部が肩代わりできるのか、そもそもこれだけ改造がひどいと、体内に脳があってもおかしくないね」
「うえ、そういうのもありますか。よくそういうの思いつきますねえ」
「高速再生する七つの心臓と五つの脳を持ってる怪物の話を知ってたからね」
「どうやって倒すんですかそんなの」
「十二個の弱点を特殊な剣で同時に斬れば死ぬらしいよ」
「さすがにちょっと、難しいですね……」
幸いなことにこいつの斬りおとされた頭部は再生しないけど、斬りおとされた方の頭部もまだ呻いてるし、身体の方もダメージなんて感じた風でもない。頭をひとつ、腕を何本か斬りおとされたところで、これだけ数があれば大したことはないということか。
それでも、時間をかければ削りきることはできるか…………なんて思ってたら、無数の腕の一本が落ちた頭を拾い上げて、断面に押し当てる。それはぐちゅりぐちゅりと音を立てて接合してしまった。よく見れば、斬りおとされた腕もそのようにしてつなぎ直されている。
「…………やっぱり頭全部同時に斬り落とせない?」
「厳しいですねえ……!」
幸いなことにというかなんというか、こいつは扉に近づかなければ襲ってこないようで、その場でうねうねするだけなんだけど、トルンペートがさらわれてしまったいま他のルートを探している余裕もない。他のルートにも恐らくこいつのような番人がいるだろうし、結局は対処しなければならないだろう。
だからこいつを倒していくのが一番早いんだけど……。
ひとつふたつの頭や腕を斬り捨てたところで、自分で拾って直してしまう。
完全に叩き潰してしまえば治せないか、治せても時間がかかるもしれないけど、私には鈍器系の武器はないし、リリオも体重が軽いのでいままでちゃんと扱ってきたことがない。最悪そこらへんの柱を引っこ抜いて『不明なユニットが接続されました』するしかないかな……。
などと脳筋なことを考えていると、我らの脳筋蛮族ガールズのリーダーは頼もしく微笑んでくれました。
「油まだありましたよね」
「《塔》ごと燃えるからやめた方がいいと思うなあ……!」
あるけどさあ!
なんなら火炎瓶もあるけどさあ!
いやでも悪い手ではないんだよね。細胞が焼けてしまえば、たぶんそこからの再生はない。灰とか炭からはさすがに復活しないだろう。でも我々にはこいつだけ燃やして周囲に延焼させないというちょうどいい火力はないのだ。
トルンペートがさらわれてなければ、最終手段として《塔》ごと焼く、というのは現実的な手段ではあるんだろうけどなあ。
「うーん。そういえば、筋肉は電気で動く、んでしたっけ?」
「うん? うん、まあ、そうだね。細かい理屈はさておき、筋肉に電気を流せば痙攣する」
まえに、リリオに雷魔術のネタ提供するために、カエルの解剖の話をしたことがある。
「じゃあ、死んでても電気で痺れるってことでしょうか」
「フムン……そうかな……そうかも?」
せっかく動かない的が相手なのだから、とリリオは盛大に魔力をため込み始めた。
肌にピリピリと静電気を感じて、私はちょっと離れる。
考える頭のある相手なら、このため時間は致命的な隙になるし、実際にこの技を無防備に真正面から食らってくれた相手というのはいない。
しかし今回は、そのはじめてになりそうだった。
ため込まれた魔力が剣に注ぎ込まれ、柄巻きに巻かれた霹靂猫魚の雷繊を触媒に膨大な雷精が練り上げられていく。
振り上げられた剣は、いまや小さな太陽のごとく光り輝いて、そして振り下ろされた。
「────《雷鳴一閃》!!」
落雷の直撃を受けたら、あるいはこのような光景になるのかもしれない。
咄嗟に目と耳をふさいだ上でも、なお全身を揺さぶる光と音。それは怪物の胴を真正面から打ち抜き、焼き焦がす。無数の腕の末端にまで駆け抜けた電撃が、狂ったようにそれらを滅茶苦茶に痙攣させて、焼き崩した。
悲鳴。絶叫。あるいは崩壊していく死体から吹き出た空気が奏でるおぞましき吐息。
命なき怪物が、命なき断末魔を響かせる。
正門とその周囲の壁を巻き添えに怪物の体が崩れ落ちた。降り注ぐ日差しのもとにつぎはぎの怪物はただの死体に戻った。もはや赤い光はそこになく、二度目の死が彼らに与えられたのだった。
「フムン……どうやら、高圧電流を流し込まれたことで、病原体も焼き払われたみたいだね」
「一応は生き物、というか、生き物の体を利用しているからには、ということでしょうかね」
《流血詛》の病原体が、細菌なのか、ウイルスなのか、なにかしらのたんぱく質なのか、それともファンタジー的な呪いなのか、はたまたその複合なのか。そのあたりはわからない。
しかしそれでも、それが取り付いて動かしているのが生物であるからには、多少再生能力やらが付与されたとしても、細胞を焼き尽くされたらどうしようもないらしい。
無敵の微小存在などではないと喜ぶべきか、どちらにせよ予防にも治療法にもならないと嘆くべきか……まあ、いまは倒す手段が判明したと素直に喜ぼうか。私にはそれできないんだけど。まあ物理的な破壊で何とかなる手合いということは覚えておこう。
リリオが破壊した正門から日光が中を照らすけど、奥までは見えない。灯りは最低限、というよりまったく灯していないのかもしれない。死なず者どもは灯りがなくても文句は言わないだろうし、生命を見ることのできるこいつらには灯りがない方が有利だろう。
「……行くしかないね」
「ええ! 進みましょう!」
実際、扉を抜けて踏み込んでみれば、騒ぎを聞きつけたのか、それとも扉をくぐること自体がなにかしらのスイッチなのか、次から次へとつぎはぎの怪物たちが集まってくる。どれも先程の怪物と同じように、無数の腕で自在に《塔》内を移動してくる、機動性と攻防を兼ね備えた厄介な敵だ。
「仮にヒトグモとでも呼ぼうか」
「ウルウ、こういうときでもそういうの欠かしませんよね」
えっ。いまのは別にそういうのではなくない……?
なんだか生暖かい目で見られてしまったけど、なんか心外だ。
「さすがにため技を許してくれそうじゃない、か……ここは多少の消費と施設の破壊は仕方ないかな」
「いいえ、ウルウ。先に行ってください」
「なんだって?」
とにもかくにも、ヒトグモどもの襲撃だ。
希少なアイテムも抱え落ちしては意味がない、と爆発物系のアイテムで突破口を開こうとしたところ、リリオから静止が入る。
「ウルウにはトルンペートが見えているのでしょう? そしてウルウなら、こいつらを相手にしなくてもすべて無視して助けに行けるはずです」
「それは、そうかもだけど……でも君ひとりじゃ」
「私ひとりでも、私はひとりじゃありません」
謎かけめいた、矛盾じみた、けれど確かな信頼からくる微笑みが、私をまっすぐに見つめた。
「あなたをおいて死んだりしません。トルンペートもそうです。だから、早く迎えに行ってあげてください。待ちくたびれてしまいますよ?」
「……そうだね。お姫様みたいにエスコートするよ」
「ええ。お願いします。私もこいつらを片付けて、すぐに追いつきます」
紫電一閃。
文字通りに、しかして字義以上に、雷をまとった剣閃が襲い掛かるヒトグモを真っ二つに斬り分ける。その断面は激しく泡立つように痙攣し、焼け焦げた組織が腐肉の焼ける臭いを放つ。
超高圧電流を流した刃は、暗闇の中でも煌々と輝いていた。
「私の冒険を、見ていてくださいね」
「うん。見れないけど、見ておくよ」
闇の中を駆け出すと同時、リリオの矮躯に殺到するヒトグモども。
けれど私の中には、もう不安はなかった。ただ信頼が背中を押した。
だってあの子は、私と死んでくれると約束したのだから。
用語解説
・ヒトグモ(仮)
《流血詛》感染者を外科的手法でつなぎ合わせた異形の怪物。
個体ごとに詳細は異なるが、複数の腕による自在な移動能力、攻撃手段の多さ、複数の頭部による感覚器官増設と演算能力の向上、繊細な身体操作能力などを得ている。
主に《塔》内の清掃とメンテナンス、および侵入者の捕獲を指示されている。
胴体部は不要な内臓などは除去されて軽量化が施されており、見た目よりもかなり軽く、極めて俊敏。
口は口枷によって封じられており、噛みつきによる感染能力をあえて封じられている。
時折生前の癖の様なものを見せることがあるが、その人格は失われており、命はなく、心はなく、魂はない。
死の十三屍魔術砲台を突破した《三輪百合》。
しかし突如現れた無数の腕に、トルンペートがさらわれてしまう。
屍者の塔で待ち受けるものとは。
「トルンペート!」
それはあまりにも一瞬だった。
トルンペートが解錠を試みるために扉にとりついた瞬間、扉はあっけなく開いて、内側から伸びてきた無数の腕が、悲鳴を上げる間もなくトルンペートをひっつかんで奥へ消えてしまった。
──私のミスだ。
私がちゃんと視ていれば。後悔はいつだって後に立つ。
キープアウトテープだって、どう考えてもおかしかったんだ。KEEP OUTの文言を二人は読めていなかった。あれは私の勘違いじゃなく確かに英語で書かれてたんだ。あれはこの世界由来のものじゃなかった。明らかに異常だった。
ゾンビってことは彼じゃないだろう、なんて甘い考えだった。プレイヤーかどうかわからなくても、少なくとも普通のことじゃないんだからもっと警戒すべきだった。
でもこの《塔》は屍者の気配でいっぱいなのだ。《生体感知》では、広く薄く赤い光が広がっているように見えてしまう。でもそれはよくよく見ればゾンビたちの居場所を示しているはずなのだから、もっときちんと見極めなくては。
ええい、考えすぎるな。いつもの悪い癖だ。
反省は大事。でもまず行動だ。
突然のことにひるんだ私を尻目に、リリオが躊躇なく扉を抜けて踏み込む。
その瞬間、死角となる天井から腕が伸びてきた──と思った次の瞬間には、ひらめく白閃がそのすべてを斬りおとす。ピリリと走る静電気。リリオが電界を広げている。それがセンサーとなって襲撃を予期したのか。結果から現象をさかしまに理解する。ダメだ、認識も判断も遅すぎる。見えてるのに。聞こえてるのに。思考が戦闘に追い付かない。
リリオは少しの間に何度も剣をふるっていたけど、それでも襲い来る腕の方が多い。おかしい。こんな狭い範囲に収まっていていい密度じゃない。視界には淡く赤い光がいっぱいだ。
「ウルウ、下がります!」
「わかった!」
私がまごついている間にリリオはらちが明かないと判断したようで、扉を出て飛びずさる。
それを追いかけるように伸びてくる、腕、腕、腕。
それは普通の人間の腕じゃなかった。いや、たぶん素材そのものは普通の人間や、隣人種のものなのだろう。
けれどそれが、無数につぎはぎされている。
のっそりと扉を潜り抜けてきたのは、しいて言うならば蜘蛛に似ていた。
足の数を十数倍に増やして、頭を三つに増やし、それをすべて人間の腕と頭に置き換えたような、おぞましいつぎはぎの蜘蛛。関節をいくつも増やされた腕が、奇妙に小さく見える体を支える足であり、敵を捕らえる手であり、外敵から身を守る盾であった。
三つの頭はリリオによって一つが斬りおとされていたけど、それぞれが後頭部でつなぎ合わされ、全周を認識できるようになっており、よく見れば下半身の方にも頭が取り付けられているようだった。そのそれぞれが苦悶の声をあげながらも、口枷の様なものでそれを押し殺されている。
「ウルウ、大丈夫ですか?」
「だいぶだいじょうぶじゃないけどだいじょうぶ」
「本当に大丈夫じゃなさそうな声!!」
えぐい。ぐろい。きもい。
ゾンビをつぎはぎして作られたクリーチャーなんてのはフィクションじゃよくある話で、多腕多頭なんてのは古い神話のころからありふれた造形でしかないんだけど…………それを実際にやられると、心底メンタルに来る。
しかも私は、こいつの一挙手一投足──と言うにはいささか多すぎるけど──をすべて覚えてしまうし、忘れることができない。思い出さないようにすることはできるけど、ふとした瞬間に思い出してしまうトラウマシーンが増えるのは人生においてデメリットでしかない。
けれど、戦うしかない。逃げるなんて道はない。
さらわれたトルンペートを追わなければならない。彼女はまだ無事だ。無事のはずだ。視界の端に開いたウィンドウにはトルンペートのステータスも映っている。多少のダメージは受けてるけど、状態異常もない。
《生体感知》で見上げれば、トルンペートの青い光が見通せる。
追わなければ。
しかし。
「…………ダメだ。こいつも生きてない。私じゃ殺せないかもしれない」
このゾンビたちは、個体としては死んでいる。
その死んだ身体を、ウイルスだか呪いだかが動かしている。
だからこの死体をどれだけ見つめても、即死させる攻撃手段が見えてこない。
すでに死んでいるものを、死なせることはできない。
なんでも殺せる、なんでも死なせられる《死神》の弱点の一つだ。
「フムン。いままでの死なず者どもは、首を落とせば一応動きは止められました。つまり死んでいても行動の指示は頭が出しているはず、なのですけれど……」
「どの頭が司令塔なのか、全部が肩代わりできるのか、そもそもこれだけ改造がひどいと、体内に脳があってもおかしくないね」
「うえ、そういうのもありますか。よくそういうの思いつきますねえ」
「高速再生する七つの心臓と五つの脳を持ってる怪物の話を知ってたからね」
「どうやって倒すんですかそんなの」
「十二個の弱点を特殊な剣で同時に斬れば死ぬらしいよ」
「さすがにちょっと、難しいですね……」
幸いなことにこいつの斬りおとされた頭部は再生しないけど、斬りおとされた方の頭部もまだ呻いてるし、身体の方もダメージなんて感じた風でもない。頭をひとつ、腕を何本か斬りおとされたところで、これだけ数があれば大したことはないということか。
それでも、時間をかければ削りきることはできるか…………なんて思ってたら、無数の腕の一本が落ちた頭を拾い上げて、断面に押し当てる。それはぐちゅりぐちゅりと音を立てて接合してしまった。よく見れば、斬りおとされた腕もそのようにしてつなぎ直されている。
「…………やっぱり頭全部同時に斬り落とせない?」
「厳しいですねえ……!」
幸いなことにというかなんというか、こいつは扉に近づかなければ襲ってこないようで、その場でうねうねするだけなんだけど、トルンペートがさらわれてしまったいま他のルートを探している余裕もない。他のルートにも恐らくこいつのような番人がいるだろうし、結局は対処しなければならないだろう。
だからこいつを倒していくのが一番早いんだけど……。
ひとつふたつの頭や腕を斬り捨てたところで、自分で拾って直してしまう。
完全に叩き潰してしまえば治せないか、治せても時間がかかるもしれないけど、私には鈍器系の武器はないし、リリオも体重が軽いのでいままでちゃんと扱ってきたことがない。最悪そこらへんの柱を引っこ抜いて『不明なユニットが接続されました』するしかないかな……。
などと脳筋なことを考えていると、我らの脳筋蛮族ガールズのリーダーは頼もしく微笑んでくれました。
「油まだありましたよね」
「《塔》ごと燃えるからやめた方がいいと思うなあ……!」
あるけどさあ!
なんなら火炎瓶もあるけどさあ!
いやでも悪い手ではないんだよね。細胞が焼けてしまえば、たぶんそこからの再生はない。灰とか炭からはさすがに復活しないだろう。でも我々にはこいつだけ燃やして周囲に延焼させないというちょうどいい火力はないのだ。
トルンペートがさらわれてなければ、最終手段として《塔》ごと焼く、というのは現実的な手段ではあるんだろうけどなあ。
「うーん。そういえば、筋肉は電気で動く、んでしたっけ?」
「うん? うん、まあ、そうだね。細かい理屈はさておき、筋肉に電気を流せば痙攣する」
まえに、リリオに雷魔術のネタ提供するために、カエルの解剖の話をしたことがある。
「じゃあ、死んでても電気で痺れるってことでしょうか」
「フムン……そうかな……そうかも?」
せっかく動かない的が相手なのだから、とリリオは盛大に魔力をため込み始めた。
肌にピリピリと静電気を感じて、私はちょっと離れる。
考える頭のある相手なら、このため時間は致命的な隙になるし、実際にこの技を無防備に真正面から食らってくれた相手というのはいない。
しかし今回は、そのはじめてになりそうだった。
ため込まれた魔力が剣に注ぎ込まれ、柄巻きに巻かれた霹靂猫魚の雷繊を触媒に膨大な雷精が練り上げられていく。
振り上げられた剣は、いまや小さな太陽のごとく光り輝いて、そして振り下ろされた。
「────《雷鳴一閃》!!」
落雷の直撃を受けたら、あるいはこのような光景になるのかもしれない。
咄嗟に目と耳をふさいだ上でも、なお全身を揺さぶる光と音。それは怪物の胴を真正面から打ち抜き、焼き焦がす。無数の腕の末端にまで駆け抜けた電撃が、狂ったようにそれらを滅茶苦茶に痙攣させて、焼き崩した。
悲鳴。絶叫。あるいは崩壊していく死体から吹き出た空気が奏でるおぞましき吐息。
命なき怪物が、命なき断末魔を響かせる。
正門とその周囲の壁を巻き添えに怪物の体が崩れ落ちた。降り注ぐ日差しのもとにつぎはぎの怪物はただの死体に戻った。もはや赤い光はそこになく、二度目の死が彼らに与えられたのだった。
「フムン……どうやら、高圧電流を流し込まれたことで、病原体も焼き払われたみたいだね」
「一応は生き物、というか、生き物の体を利用しているからには、ということでしょうかね」
《流血詛》の病原体が、細菌なのか、ウイルスなのか、なにかしらのたんぱく質なのか、それともファンタジー的な呪いなのか、はたまたその複合なのか。そのあたりはわからない。
しかしそれでも、それが取り付いて動かしているのが生物であるからには、多少再生能力やらが付与されたとしても、細胞を焼き尽くされたらどうしようもないらしい。
無敵の微小存在などではないと喜ぶべきか、どちらにせよ予防にも治療法にもならないと嘆くべきか……まあ、いまは倒す手段が判明したと素直に喜ぼうか。私にはそれできないんだけど。まあ物理的な破壊で何とかなる手合いということは覚えておこう。
リリオが破壊した正門から日光が中を照らすけど、奥までは見えない。灯りは最低限、というよりまったく灯していないのかもしれない。死なず者どもは灯りがなくても文句は言わないだろうし、生命を見ることのできるこいつらには灯りがない方が有利だろう。
「……行くしかないね」
「ええ! 進みましょう!」
実際、扉を抜けて踏み込んでみれば、騒ぎを聞きつけたのか、それとも扉をくぐること自体がなにかしらのスイッチなのか、次から次へとつぎはぎの怪物たちが集まってくる。どれも先程の怪物と同じように、無数の腕で自在に《塔》内を移動してくる、機動性と攻防を兼ね備えた厄介な敵だ。
「仮にヒトグモとでも呼ぼうか」
「ウルウ、こういうときでもそういうの欠かしませんよね」
えっ。いまのは別にそういうのではなくない……?
なんだか生暖かい目で見られてしまったけど、なんか心外だ。
「さすがにため技を許してくれそうじゃない、か……ここは多少の消費と施設の破壊は仕方ないかな」
「いいえ、ウルウ。先に行ってください」
「なんだって?」
とにもかくにも、ヒトグモどもの襲撃だ。
希少なアイテムも抱え落ちしては意味がない、と爆発物系のアイテムで突破口を開こうとしたところ、リリオから静止が入る。
「ウルウにはトルンペートが見えているのでしょう? そしてウルウなら、こいつらを相手にしなくてもすべて無視して助けに行けるはずです」
「それは、そうかもだけど……でも君ひとりじゃ」
「私ひとりでも、私はひとりじゃありません」
謎かけめいた、矛盾じみた、けれど確かな信頼からくる微笑みが、私をまっすぐに見つめた。
「あなたをおいて死んだりしません。トルンペートもそうです。だから、早く迎えに行ってあげてください。待ちくたびれてしまいますよ?」
「……そうだね。お姫様みたいにエスコートするよ」
「ええ。お願いします。私もこいつらを片付けて、すぐに追いつきます」
紫電一閃。
文字通りに、しかして字義以上に、雷をまとった剣閃が襲い掛かるヒトグモを真っ二つに斬り分ける。その断面は激しく泡立つように痙攣し、焼け焦げた組織が腐肉の焼ける臭いを放つ。
超高圧電流を流した刃は、暗闇の中でも煌々と輝いていた。
「私の冒険を、見ていてくださいね」
「うん。見れないけど、見ておくよ」
闇の中を駆け出すと同時、リリオの矮躯に殺到するヒトグモども。
けれど私の中には、もう不安はなかった。ただ信頼が背中を押した。
だってあの子は、私と死んでくれると約束したのだから。
用語解説
・ヒトグモ(仮)
《流血詛》感染者を外科的手法でつなぎ合わせた異形の怪物。
個体ごとに詳細は異なるが、複数の腕による自在な移動能力、攻撃手段の多さ、複数の頭部による感覚器官増設と演算能力の向上、繊細な身体操作能力などを得ている。
主に《塔》内の清掃とメンテナンス、および侵入者の捕獲を指示されている。
胴体部は不要な内臓などは除去されて軽量化が施されており、見た目よりもかなり軽く、極めて俊敏。
口は口枷によって封じられており、噛みつきによる感染能力をあえて封じられている。
時折生前の癖の様なものを見せることがあるが、その人格は失われており、命はなく、心はなく、魂はない。


