前回のあらすじ
様子のおかしい村人たちに襲われた三人。
これはもしやアンデッドなのではないか。
そんなものが、果たして本当に存在するのだろうか。
リリオもトルンペートも、アンデッドの存在には懐疑的ではあった。
しかし、それはそれとして、いましがた目の前で起こった不可思議な現象への対応として、まず網の中の村人の一体を選んで脈を取り、体温を測り、どう考えてもそれが生きて暴れてる人間のそれとは考えられないことを確認した。それにもかかわらず元気に暴れていることも。
私の根拠不明のまじない証言だけでなく、実際に確認してみたというわけだ。
それから、慎重に一人ずつ網から出して、リリオが村人たちの首を刎ねていった。
「えっ」
「あー……まあウルウが嫌がるのはわかるけど」
「嫌がるというか……」
「もしかしたらこれはまだ回復の余地のある状態かもしれませんけれど、しかし常識に照らし合わせてここから健常な元の状態に復帰できるとは思えません。そして私たちには彼らを安全に運ぶことも、保護することもできません。もちろん、治療することも」
「あたしたちが放置した結果二次被害が出る……っていうのよりは、まあマシな選択ってことよ」
いやまあ、介錯ともいえるのかな。
もしかしたら私の《万能薬》を使えば回復するという展開もあるかもしれないけど、とてもじゃないけど人数分はない。
この世界には回復魔法とか法術とか言うのがあるけど、それでも死んだ人間を蘇生したり、アンデッドを浄化したりというものはふたりも聞いたことがないらしい。
そうならば、そうであるならば、私たちにできることはない。
あるとすればその苦しみを終わらせることだけであり、そして今後の被害者を減らすこと、というのは間違っていないと思う。
まあ、理屈として正しいとかどうとかいうのと、私がこみ上げてくるものをこらえきれずにちょっと離れてえれえれしたのはまた別の問題だ。
さすがにこうも生々しいのはしんどい。
ひとの形をしたものだし。
私が出せるものを全部出し終えたころには、リリオは事を済ませていた。
斬首と言うのは口で言うほど簡単なものではないらしいんだけど、リリオの剣は大具足裾払とかいう超生物の甲殻でできた名剣であり、リリオ自身の腕も力も見かけによらないかなりのもの。すえもの切りならばこの程度、ということらしい。
刎ねた首は念のために断面から遠い足元に置いた。吸血鬼にならない埋葬法みたいだな。実際、斬ってもしばらくは……という範疇を超えてびくびく動くし。これ頭くっつけたらつながったりするんじゃなかろうか。
《生体感知》……『生命』を見ることができるとかいう謎の理屈による《技能》で見てみても、彼らは人間としては死んでいるのがわかる。その光は消えている。けれど細胞は死んでいないというか、全身にうっすらと淡く赤色が見える。敵を示す色だ。
もしも村人たちが生きていたなら、彼らはもっと強く光る。確かに病気やけがで衰弱していると光は弱まるけど、いま見える光はそれよりもはるかに弱い。虫のそれより弱い。よほど気を付けないと気づかない、微生物レベルのものだ。それこそ常在菌|(たぶん)の青い光と区別がつかない弱さだ。赤色だからやっと区別がつくレベルだ。
ひととしては死んでいて、その小さな小さななにかが、身体を動かしていると見るのが正しいだろう。
うーん、バイオなハザードのゲームみたいに、ウイルス感染で体が変異しちゃう奴かなあ。
あれは一応体は生体的には生きているといっていいと思うから、もうちょいファンタジー寄りの作用機序なのかな。
などと観察していたら、トルンペートは念のために手足も落としておくべきかと言い出した。
「バラバラの手足が別々に動いた方が厄介じゃありませんか?」
「じゃあいっそ焼いた方が確実かしら」
「変な病気かもしれませんし、それがいいでしょう」
それで、早々に火葬することが決まってしまった。
火葬というか焼却処分かな。
信じていないというのに、というか信じていないからなのか、対処が冷静で現実的だなあ。
まあ、私の言うアンデッドを信じるかどうかはともかくとして、どう見ても生きていられないような状態で暴れまわる奇病、と考えれば、焼いて対処するというのは妥当と言えば妥当なのかな。
リリオは柄の短い、でも頑丈なシャベルで、トルンペートはステンレス製の折り畳み式を取り出して、サクサクと土を掘り始める。
この前、ついに私の分も買うことになったマイ・シャベルを取り出してそれに加勢する。
最初のうちは二人のを借りてたりしたんだけど、野営とかすると何かと使うことがあるし、あとふたり用のやつって私には小さすぎるから、大き目のやつ買ってきたんだよね。
ある程度掘り進めたら、トルンペートが離脱する。
私たちに比べてスタミナが乏しいから……ってわけでもない。ふらっと消えて、戻ってきたときには枯れ枝を集めてきている。それを何往復か。
十二人分の死体を放り込むから、穴はそれなりに大きなものになる。
でもまあ、死体は文句を言わないからそこまで気にしなくていいですよってリリオが笑顔で言うのは普通に怖いと思う。
人間だった物体に対する感性がドライすぎる。
適当なところで切り上げたら、死体をできるだけ触らないように足でけり転がして穴に落とし、油をまく。
もったいないことはもったいないけど、さいわい私たち《三輪百合》は、私が大量に食用油をしまい込んでるのでまず油には困らない。いつでもおいしいご飯作ってもらいたいからであって、死体を焼く用途ではなかったんだけど。
それから、使い過ぎてすり減った屑の火精晶と風精晶を適当に振りかける。これによって単純な火力が増すのと、酸素が取り込まれて火勢が強くなる。らしい。
その上からトルンペートが集めてくれた薪をがさがさと重ねて、火精晶仕込みのライターで火をつけた小枝を放り込み、着火する。
うーん、なんて楽しくない工程説明だろう。「完成品はこちら」してくれないかな。
人間の焼ける臭いとか知りたくなかった。恐ろしく嫌なにおいと、ちょっと、えー、お肉の焼ける香ばしいにおいがする。
知らないかもしれないけど人間は全部吐いたと思っても胃液は出るんだよね。ちょっと吐いた。
火葬場ではにおいとか特に感じなかったあたり、現代日本の火葬技術の高さを思わせる。
ある程度火勢が強くなってきたところで、ふたりは掘り出した土を上からかけ始めた。
まだ燃えている最中なのにそんなことをしたら消えてしまうんじゃないかと思ったんだけど、風精晶をまいてあるから、中で酸素を供給し続けてくれるらしい。ファンタジー仕事するな。地球人が混乱するだろ。
それに、こうすることで熱が外に逃げずに短い時間でしっかりと火力が上がるそうだ。
なんかそういう調理法みたいでちょっとげんなりする。
煙も外に出ないし、もし有害な毒素が出ても空気中に漏れ出づらいのだとか。
ともあれ、すっかり埋めてしまった私たちは、時折ぶすぶすと音を立てる熱々の地面を見守るようにして、ひとまず腰を落ち着けた。
ふたりとも、こいつらを傷つけた刃物を丁寧に拭って蒸留酒で洗い、また蹴り飛ばした靴も同じように清めた。使った布は再利用を考えず、村人を拘束していた網と一緒に焼いて処分する徹底ぶりである。
まあ、ただでさえ動く死体|(かもしれない)というえんがちょな存在に触れたのだし、原因がなんにせよ清めておくのは悪いことじゃないだろう。
「アンデッドって本当にいないの?」
「しつこいわね……まあ。おとぎ話程度なら、あるのよ」
「亡霊とか?」
「そういう怪談はよく聞くけど……動く死体ってなると、話は別よね」
トルンペートによれば、幽霊話はそれこそ夏場に涼を求めて語り合ったりするようなメジャーなものではあるらしいけど、ゾンビとかみたいな、動く死体的なアンデッドとなると、それは古く、古く、さかのぼること神話の時代のお話になるらしかった。
「さっきもちょっと話したけど、古代の聖王国とその神がのさばったから、他の神々が怒って戦争になったっての」
「あったねえ」
「よく知られてるのはいまの隣人種になる前の従僕たちが戦争を仕掛けたってやつなんだけど、神々はそれ以外にも多くの災いを聖王国に振りまいた、らしいわ」
広義で言えば、隣人種たちをひとつの言葉でつなげた逆バベルこと言葉の神エスペラントも、聖王国にとっては災いの一つだったんだろうけど、今回かかわってくるのはもっと直接的な災害だったらしい。
それは、それらは、四つの疫病であったらしい。
「古代聖王国の驕れる人間たちのもとに、神々は四人の乙女を遣わしました。疫病みの乙女達。彼女らが何者であったのかはよくわかっていません。実在した人物だったのか、精霊だったのか、あるいは神々だったのか、またあるいはこの時期に流行した四つの致命的な疫病を擬人化したものなのか。なにしろ彼女らを直接見たものはみな疫病にかかり死んでしまったらしいですからね」
疫病みの乙女達。
彼女たちは疫病を運び、ゆえにその姿を見たものはもれなく疫病み死に果てる。しかし伝説においては、彼女たちは簡素な白い服を着て、赤い花冠をかぶり、真っ赤なハンカチを振りながら踊るようにやってくるという。
なんだか関係者が全員死んでる設定なのに詳細が語られてる怪談みたいだな。誰が話してるんだそれは。
私は脳裏に浮かんだ、四人の乙女たちが笑いながら駆け抜けていく姿を、頭を振って追い出した。
「四つの疫病は、他の種族を襲うことはなく、聖王国の民の間にだけ広まりました。単純に生物学的な問題だったのか、神のもたらした病だったからなのかはわかりません」
「まあ、普通じゃない病気だったらしいから、疫病なのか呪いなのかって感じよね」
ひとつ目の疫病は《結晶病》。
末端から徐々に身体が精霊晶に置き換わっていくという。
痛みはなく、苦しみもなく、しかして着実に体は結晶化し、感覚を失っていく。
けれど本当に恐ろしいのは、死なないということ。
肺が結晶となって声が出せなくなっても。
心臓が固まって鼓動が途絶えてしまっても。
死なない。死ねない。
そして脳までもが透き通る石になったとき、果たして彼らは死ねたのだろうか?
ふたつ目の疫病は《咬傷疫》。
はじめは皮膚に咬み傷のような傷口が生まれる。
その傷口は時とともに広がり、最後は全身を覆いつくし食い破る。
まるで無数の見えざる獣に貪られたように。
そしてそれは本人ばかりではない。
治療を試みたもの。介護するもの。見舞うもの。葬るもの。
触れたものすべてにその傷口は広がっていく。
感染する咬み傷。加害者のいない獣害。死体に触れることさえも許されない。
みっつ目の疫病は《名前のない病》。
それはひとつの言葉から始まる。
それは耳から入って、口から出てくる病である。
その言葉を聞いたものは、頭の中に鳴りやまない残響を覚えるだろう。
その言葉は頭の中で育ち続ける。
思い出をついばみ、記憶を種火に、それは頭蓋のうちで肥大し続ける。
やがて言葉は頭の中身を食べ尽くし、巣立ちの時を迎えるだろう。
その名を呼ぶことはできない。それは耳から入る病だからである。
そしてよっつ目の疫病は《流血詛》。
この病は血を介して自らを広げようとする。
呪われた血に侵されたもの、その心は失われ、その血は狂い、凝る。
彼らは怪物になり果てる。生きても死んでもいないものになる。
澄んだ血に惹かれてはこれを襲い、啜り、呪われた血で侵す。
流血は流血を呼び、死者が生者を殺す夜が続くだろう。
生者はみな死ぬが、死者を殺すことはできない。
朝日がすべてを焼き払うまで。
「乙女たちは、神々から七日七晩のあいだ踊ることを許され、八日目の朝に去ったと言います。これは疫病の致死率が高すぎて、感染が拡大する前に罹患者が死に絶えたということではないか、との説もありますね」
「噂じゃ、《結晶病》の患者がいまもどっかに保管されてるとか、悪趣味な金持ちが銅像みたいに飾ってるとかいう話もあるわね」
「そうそう、《名前のない病》の原文が、帝都の機密施設に厳重に封印されているとか。なんでもその正体は読んだら絶対笑い死にする殺人冗談兵器だとか」
「陰謀論みたいなやつだなあ」
「まあ、みんなそういう噂は好きなもんよ」
「それはそう」
言語を統一された他種族が協力して攻めてくるだけじゃ、なんかすごい高度な文明があったらしい古代聖王国とやらが負けるものかなと思ってたけど、そんな凶悪な疫病が四種類も同時多発してたらだいぶデバフ食らってそうだ。
それ以外にもいろいろなごたごたがあって、高度な文明や超兵器もあえなく、って感じかな。
「それで、そのよっつ目の疫病が動く死体ってわけかな」
「そうね。動く死体。死なず者。あんたの言うあんでっどだとかぞんびだとかもたぶん似たようなもんでしょ」
「そうだね。聞いた感じだと、吸血鬼……っていうか、グールとかゾンビとかの感じ」
朝日に弱い、血液感染するってだけだと吸血鬼だけど、吸血鬼ってやっぱりこう、理性的で強大な魔物みたいなイメージもある。あの暴れるだけの豚鬼や小鬼は、よくてその配下というか、吸血鬼なりそこない的な意味でのグールとかっぽい。
まあ、私もそのあたりの認識は割とふわっとしてるから、グールはそもそもアンデッドじゃないとかそういうのはここでは言わないこととする。
っていうか朝日が焼き払うとかいうわりに、こいつら普通にぴんぴん動いてたな。
「厳密には、病原体……と思われるものが、日光に弱いみたいですね。なので日中の陽光の下であれば、血液が飛び散ってもすぐに殺菌されてしまって、直接傷口にはいったりとかしなければ感染はしない……んじゃなかろうか、という感じみたいです」
「なるほど? 体内の病原体までは日光が届かないから動ける、ってことか」
でも体表の病原体は日光の影響受けそうだし、もしかしたら夜間はもっと強いのかもしれない。
そうなると少し厄介かも。
「フムン。大昔に実在した病気なら、いまも残っててもおかしくはないんじゃない?」
長い人類史においても、撲滅に成功した感染症は天然痘ただ一つだ。しかも条件がそろった上で、撲滅計画を立て、時間をかけてのこと。
《流血詛》っていうのが血液を媒介にして感染する病気なら、母子感染もするかもしれない。無症候性のキャリア……つまり、感染してるけど症状が出ないひとが母子感染を続けて……みたいなのもなくはないかもしれない。
それがどこかで突然変異を起こして再度強毒化みたいな。
「そうはいっても、古代聖王国時代の話よ?」
「ああ、そっか、二千年も前の話なんだっけ」
二千年かあ。
長いとみるか短いとみるか微妙な期間だけど、日本なら弥生時代から現代くらいまでって思えばまあ結構な時間だ。
そのころのローマとかエジプトとかを思うとだいぶ文明が進んでるなというレベルではあるんだけど。水道橋とかあるしな。
すくなくとも文書記録がある程度さかのぼれるくらいなんだよなあ。
まあ、二千年前が神話の時代っていうからなんか短く感じちゃうだけかもしれない。この世界では神が実在して、神代と現代は遠目に見えるくらいには地続きっていう感覚、かな。
ともあれ、二千年もあれば一〇〇世代……はいかなくても八〇世代くらいは世代交代してそうだ。
インフルエンザの最古の記録が紀元前から残っていることを思えば病原体自体は生き残っていてもおかしくはないけど、それだけ凶悪な感染症が誰に知られることもなくいままで、ってなると話は変わってくるだろう。
「そもそも神話で語られてる病気とかだと、本当かどうかもわかんないよね」
「いえいえ、神話の時代のお話とはいっても、ちゃんとした記録に残ってるので、実在した病らしいんですよね。まあ記録と言っても、大陥落を生き延びた人々の証言をまとめたものなので、きちんとした病理記録とかはないらしいんですけれど」
「すくなくとも凶悪な感染症がひろまって、そういう症状があったらしいって人々が覚えてるくらいには騒ぎになってたってことかな」
「ええ、そのような感じかと」
まあそういう話が現代まで残っているっていうだけで、情報の強度が強いというか、しっかり記録を保持してきたんだろうな。大変だった時期の記録をいまも伝えて、専門家でもないだろうリリオやトルンペートがよく覚えているっていうのは、教育の勝利的なやつだろうか。
「…………うん?」
そこまでしっかり伝えているんだとしたら、だ。「四つの疫病は、他の種族を襲うことはなく、聖王国の民の間にだけ広まった」っていうのも、事実なのだとしたら。
「…………土蜘蛛と天狗いたよね」
「…………そうなんですよねえ」
「全然関係ないんだっていうなら、それが一番なのよ。でもこれが《流血詛》だってなったら、一番まずいの」
「人類にしかかからないんじゃなかったの?」
「当時はね。でも、大陥落の時に、神々は人類への加護を剥奪して、隣人たちに振り分けたわ」
「だからいまの隣人種は人族と似てるって…………そういうこと?」
「そういうこと、だったら、最悪なのよねえ」
四つの疫病は、かつて人類だけを襲った。
けれど神々は人類に与えられていた加護を、隣人種たちに分け与えた。その結果、隣人種たちは人類とよく似た姿を得て、人類の持っていた特徴をも引き継いだ。
そこに病気の感受性も含まれていたら?
そしてヒト型に近い害獣にも感染するようになっていたら?
あるいは、もっと?
いまやすべての隣人が、そしてそれ以上が、かつて猛威を振るった疫病に感染するかもしれない。
「神話の時代の、実在も確かめようのない疫病の存在を私たちがよく知っているのは、これが公衆衛生にかかわる重大な知識だからなんですよ、ウルウ」
「少なくとも、一定水準以上の教育には、必ず含まれる内容なのよ」
それは、少なくとも貴族であるならば必ず習うことだという。
大学においても必ず教える事柄なのだという。
都市の防衛を担う衛兵のひとりひとりにさえ、それらは周知されているのだという。
他種族国家における感染症予防という、それは国家の運営において避け得ざる重大事だった。
「風邪だとか、そういうのの感染症だって領主には対応義務がある。でも、もしも、四つの疫病と思わしき症状が見られたら、それは地方領主風情の問題じゃなく、帝国政府が対応すべき事案となるわ」
超文明を誇示していた古代聖王国が陥落した、その一因。
少なくともその力を大いに削いだであろう、治療法のない疫病。
高度な医療技術を持っていたであろう超文明さえも抗し得なかった大災害。
もしも現代にそれらが復活すれば、それは国家の存亡にさえかかわりかねない。
このため帝国は、これらの疫病らしき兆候が確認された時点で、感染拡大阻止のために最大限の努力が許されるのだという。
「元老院特有の言い回しですよ。文字通りなんでもするっていう」
私が生きていた地球でも、感染爆発があった。
文明が発展していたからこその、短期間での世界的感染拡大。
対応は様々だったけれど、水際での早期発見、早期隔離が印象的だった。
クルーズ船での集団感染と、船内待機という名の隔離はセンセーショナルだった。
大陸国家であり、ほぼすべての地域が地続きである帝国においては、感染地域の隔離は困難を極めるだろう。主要街道に検問を張っても、完全な封鎖はできない。
そんな状況における最大限の努力とは何か。頑張って封鎖して隔離します、なんてわけはないだろう。
「通常の感染症ではありましたけれど、しかし危険な感染拡大に対して、地域浄化、と呼ばれる検疫措置が過去に何度かあったと聞いています」
「それって、どんな……?」
「わかりません」
辺境という帝国の端に住んでいたリリオだ。内地のことはわからなくてもおかしくはない。
しかし、感染症という貴族であれば誰でも知るべき情報と言いながらも、その措置の内容が知られていないというのは、つまり、それだけ知るべきではないことが行われたのだろう。
もし仮にこの村人たちが《流血詛》に感染した結果があれだったなら。
人類以外にも感染するようになって、しかも順調に感染が拡大しているのだとしたら。
それは最大限の努力がこの地帯に振るわれかねない一大事だった。
「幸いと言うか、《流血詛》は体液感染だといいます。生ける屍となった感染者が、他者を襲い、唾液や血液が直接体内に入り込むことで感染するといいます」
「あの村人たちがからっからだったのは、たぶん血を流しすぎたのね。感染しやすいように、血が流れやすいんじゃないかしら」
「空気感染する突然変異種の吸血鬼の話あったなあ……」
「怖いこと言わないでよ! そんなのあったらもう終わりじゃない!」
「なので、それは考えないようにしましょう。感染者が直接襲わなければ感染は広がらない。そしてここは森の中です。動物への感染は考えたくありませんけれど……それでも都市部などのような感染爆発はないでしょう」
「まあ、動物を介して感染が広がってるなら、どのみち手の施しようはない、か」
少なくともひとか、それに類似する隣人種や、豚鬼や小鬼のようなヒト型のものにだけ感染する……とでも思っておかなければ、対応の手は無制限に広がってしまう。
それに、野生の動物というものは、森の面積に比べてみればかなりまばらにしか生息していない。互いに遭遇すること自体が少ないとみていい。
あからさまに不審で、攻撃的で、狂暴な振る舞いをする感染者からは、同種であっても離れることだろう。
もちろんこれは、希望的観測に過ぎないけど。
「いまはともかく、これが村にまで広まってしまったら、鼠算式に感染者が増えかねません」
「っていうか、行方不明者ってたぶん、森に入って感染者に襲われて……って流れだと思うのよね」
「すでに被害出てるねえ……」
感染者が村に戻らなかったのは、村までの道を思い出せない程度に理性が失われているのか、あるいは襲われた際の損傷がひどくてそもそも動けないのか。
なんにせよ、村内に直接感染者が現れていないのは、幸運でしかない。
「私たちにできることは、もう領主とか帝国政府とかに通報することくらいじゃない?」
「となると、いったん村に戻りますか?」
「っていっても、しばらく外の人は来ないらしいじゃない。あたしたちが代わりに通報に走っても、だいぶ時間かかるわよ」
「でも、村の人に危険を知らせて逃がした方がいいんじゃない?」
「村を捨てるなんてすぐすぐにはできないわよ。よそ者のあたしたちの言うことだしね」
私たちがあれやこれやという中で、リリオは不意にすっくと立ちあがって、道の先を示した。
「《竜骸塔》を目指しましょう」
「森の奥に?」
「森の中で感染者がでているのです。《竜骸塔》ではもっと詳しく現況について知っているかもしれません」
「フムン。そうね。森の奥は連中の庭のはずだものね」
「それに、《竜骸塔》は孤立した施設だけに、なにかしらの連絡手段があるはずです。伝書鳩の類ですとか、もしかしたら通信用の機械があるかもしれません」
「なんだったらすでに通報も対応もしてるかもしれないね」
「ただ村に戻るよりも、きっとその方が有益なはずです」
「よっし。じゃあ早速行きましょ!」
そういうことになった。
用語解説
・《万能薬》
ゲーム内アイテム。
病気や火傷、衰弱、麻痺など、ほとんどの身体系バッドステータスを回復させる効果がある。
重量値がやや高く、値段も高いため低レベル帯では非常に貴重。
しかし、複数種類の回復アイテムを常備しておくととてもかさばるので、これ一本に絞るプレイヤーは少なくない。
『五百ページ目に記載された薬は万病を癒す』
・《生体感知》
《暗殺者》の《技能》。隠れた生物や、障害物で見えない向こう側の生物の存在を探り当てることができる。無生物系の敵には通用しないのが難点。
『生命を嗅ぎ取る嗅覚こそが彼の奥義だった。それ故にゴーレムに撲殺されたのだが』
・疫病みの乙女達(L'epidemio Junulinoj)
えやみのおとめたち。
古代聖王国陥落前後に流行した人類にのみ感染する四つの感染症の擬人化。
またこれらの感染症を発生させた神性存在/災害であるとされる。
実在を確認するすべがないこと、また確認しようとする行為は現代の文明社会を崩壊させる恐れがあることから、調査の試みは禁じられている。
その姿を直接視認した記録はないが、一定以上の関連情報を認識したものは不明の理由によりその外観を着想する。すべての事例においてその特徴が一致するため、便宜上これを外観情報としている。
簡素な白い服を着た乙女の姿をしており、その顔はおとがい(下顎)より上がなく断面にかぶさるように未特定種の赤い花冠がのせられている。赤い手巾を振り、笑いながら踊るように駆け抜けるという。
・《結晶病》
《Error!》クリアランスレベルが不足しています。《Error!》
・《咬傷疫》
《Error!》クリアランスレベルが不足しています。《Error!》
・《名前のない病》
《Error!》クリアランスレベルが不足しています。《Error!》
・《流血詛》
《Error!》クリアランスレベルが不足しています。《Error!》
様子のおかしい村人たちに襲われた三人。
これはもしやアンデッドなのではないか。
そんなものが、果たして本当に存在するのだろうか。
リリオもトルンペートも、アンデッドの存在には懐疑的ではあった。
しかし、それはそれとして、いましがた目の前で起こった不可思議な現象への対応として、まず網の中の村人の一体を選んで脈を取り、体温を測り、どう考えてもそれが生きて暴れてる人間のそれとは考えられないことを確認した。それにもかかわらず元気に暴れていることも。
私の根拠不明のまじない証言だけでなく、実際に確認してみたというわけだ。
それから、慎重に一人ずつ網から出して、リリオが村人たちの首を刎ねていった。
「えっ」
「あー……まあウルウが嫌がるのはわかるけど」
「嫌がるというか……」
「もしかしたらこれはまだ回復の余地のある状態かもしれませんけれど、しかし常識に照らし合わせてここから健常な元の状態に復帰できるとは思えません。そして私たちには彼らを安全に運ぶことも、保護することもできません。もちろん、治療することも」
「あたしたちが放置した結果二次被害が出る……っていうのよりは、まあマシな選択ってことよ」
いやまあ、介錯ともいえるのかな。
もしかしたら私の《万能薬》を使えば回復するという展開もあるかもしれないけど、とてもじゃないけど人数分はない。
この世界には回復魔法とか法術とか言うのがあるけど、それでも死んだ人間を蘇生したり、アンデッドを浄化したりというものはふたりも聞いたことがないらしい。
そうならば、そうであるならば、私たちにできることはない。
あるとすればその苦しみを終わらせることだけであり、そして今後の被害者を減らすこと、というのは間違っていないと思う。
まあ、理屈として正しいとかどうとかいうのと、私がこみ上げてくるものをこらえきれずにちょっと離れてえれえれしたのはまた別の問題だ。
さすがにこうも生々しいのはしんどい。
ひとの形をしたものだし。
私が出せるものを全部出し終えたころには、リリオは事を済ませていた。
斬首と言うのは口で言うほど簡単なものではないらしいんだけど、リリオの剣は大具足裾払とかいう超生物の甲殻でできた名剣であり、リリオ自身の腕も力も見かけによらないかなりのもの。すえもの切りならばこの程度、ということらしい。
刎ねた首は念のために断面から遠い足元に置いた。吸血鬼にならない埋葬法みたいだな。実際、斬ってもしばらくは……という範疇を超えてびくびく動くし。これ頭くっつけたらつながったりするんじゃなかろうか。
《生体感知》……『生命』を見ることができるとかいう謎の理屈による《技能》で見てみても、彼らは人間としては死んでいるのがわかる。その光は消えている。けれど細胞は死んでいないというか、全身にうっすらと淡く赤色が見える。敵を示す色だ。
もしも村人たちが生きていたなら、彼らはもっと強く光る。確かに病気やけがで衰弱していると光は弱まるけど、いま見える光はそれよりもはるかに弱い。虫のそれより弱い。よほど気を付けないと気づかない、微生物レベルのものだ。それこそ常在菌|(たぶん)の青い光と区別がつかない弱さだ。赤色だからやっと区別がつくレベルだ。
ひととしては死んでいて、その小さな小さななにかが、身体を動かしていると見るのが正しいだろう。
うーん、バイオなハザードのゲームみたいに、ウイルス感染で体が変異しちゃう奴かなあ。
あれは一応体は生体的には生きているといっていいと思うから、もうちょいファンタジー寄りの作用機序なのかな。
などと観察していたら、トルンペートは念のために手足も落としておくべきかと言い出した。
「バラバラの手足が別々に動いた方が厄介じゃありませんか?」
「じゃあいっそ焼いた方が確実かしら」
「変な病気かもしれませんし、それがいいでしょう」
それで、早々に火葬することが決まってしまった。
火葬というか焼却処分かな。
信じていないというのに、というか信じていないからなのか、対処が冷静で現実的だなあ。
まあ、私の言うアンデッドを信じるかどうかはともかくとして、どう見ても生きていられないような状態で暴れまわる奇病、と考えれば、焼いて対処するというのは妥当と言えば妥当なのかな。
リリオは柄の短い、でも頑丈なシャベルで、トルンペートはステンレス製の折り畳み式を取り出して、サクサクと土を掘り始める。
この前、ついに私の分も買うことになったマイ・シャベルを取り出してそれに加勢する。
最初のうちは二人のを借りてたりしたんだけど、野営とかすると何かと使うことがあるし、あとふたり用のやつって私には小さすぎるから、大き目のやつ買ってきたんだよね。
ある程度掘り進めたら、トルンペートが離脱する。
私たちに比べてスタミナが乏しいから……ってわけでもない。ふらっと消えて、戻ってきたときには枯れ枝を集めてきている。それを何往復か。
十二人分の死体を放り込むから、穴はそれなりに大きなものになる。
でもまあ、死体は文句を言わないからそこまで気にしなくていいですよってリリオが笑顔で言うのは普通に怖いと思う。
人間だった物体に対する感性がドライすぎる。
適当なところで切り上げたら、死体をできるだけ触らないように足でけり転がして穴に落とし、油をまく。
もったいないことはもったいないけど、さいわい私たち《三輪百合》は、私が大量に食用油をしまい込んでるのでまず油には困らない。いつでもおいしいご飯作ってもらいたいからであって、死体を焼く用途ではなかったんだけど。
それから、使い過ぎてすり減った屑の火精晶と風精晶を適当に振りかける。これによって単純な火力が増すのと、酸素が取り込まれて火勢が強くなる。らしい。
その上からトルンペートが集めてくれた薪をがさがさと重ねて、火精晶仕込みのライターで火をつけた小枝を放り込み、着火する。
うーん、なんて楽しくない工程説明だろう。「完成品はこちら」してくれないかな。
人間の焼ける臭いとか知りたくなかった。恐ろしく嫌なにおいと、ちょっと、えー、お肉の焼ける香ばしいにおいがする。
知らないかもしれないけど人間は全部吐いたと思っても胃液は出るんだよね。ちょっと吐いた。
火葬場ではにおいとか特に感じなかったあたり、現代日本の火葬技術の高さを思わせる。
ある程度火勢が強くなってきたところで、ふたりは掘り出した土を上からかけ始めた。
まだ燃えている最中なのにそんなことをしたら消えてしまうんじゃないかと思ったんだけど、風精晶をまいてあるから、中で酸素を供給し続けてくれるらしい。ファンタジー仕事するな。地球人が混乱するだろ。
それに、こうすることで熱が外に逃げずに短い時間でしっかりと火力が上がるそうだ。
なんかそういう調理法みたいでちょっとげんなりする。
煙も外に出ないし、もし有害な毒素が出ても空気中に漏れ出づらいのだとか。
ともあれ、すっかり埋めてしまった私たちは、時折ぶすぶすと音を立てる熱々の地面を見守るようにして、ひとまず腰を落ち着けた。
ふたりとも、こいつらを傷つけた刃物を丁寧に拭って蒸留酒で洗い、また蹴り飛ばした靴も同じように清めた。使った布は再利用を考えず、村人を拘束していた網と一緒に焼いて処分する徹底ぶりである。
まあ、ただでさえ動く死体|(かもしれない)というえんがちょな存在に触れたのだし、原因がなんにせよ清めておくのは悪いことじゃないだろう。
「アンデッドって本当にいないの?」
「しつこいわね……まあ。おとぎ話程度なら、あるのよ」
「亡霊とか?」
「そういう怪談はよく聞くけど……動く死体ってなると、話は別よね」
トルンペートによれば、幽霊話はそれこそ夏場に涼を求めて語り合ったりするようなメジャーなものではあるらしいけど、ゾンビとかみたいな、動く死体的なアンデッドとなると、それは古く、古く、さかのぼること神話の時代のお話になるらしかった。
「さっきもちょっと話したけど、古代の聖王国とその神がのさばったから、他の神々が怒って戦争になったっての」
「あったねえ」
「よく知られてるのはいまの隣人種になる前の従僕たちが戦争を仕掛けたってやつなんだけど、神々はそれ以外にも多くの災いを聖王国に振りまいた、らしいわ」
広義で言えば、隣人種たちをひとつの言葉でつなげた逆バベルこと言葉の神エスペラントも、聖王国にとっては災いの一つだったんだろうけど、今回かかわってくるのはもっと直接的な災害だったらしい。
それは、それらは、四つの疫病であったらしい。
「古代聖王国の驕れる人間たちのもとに、神々は四人の乙女を遣わしました。疫病みの乙女達。彼女らが何者であったのかはよくわかっていません。実在した人物だったのか、精霊だったのか、あるいは神々だったのか、またあるいはこの時期に流行した四つの致命的な疫病を擬人化したものなのか。なにしろ彼女らを直接見たものはみな疫病にかかり死んでしまったらしいですからね」
疫病みの乙女達。
彼女たちは疫病を運び、ゆえにその姿を見たものはもれなく疫病み死に果てる。しかし伝説においては、彼女たちは簡素な白い服を着て、赤い花冠をかぶり、真っ赤なハンカチを振りながら踊るようにやってくるという。
なんだか関係者が全員死んでる設定なのに詳細が語られてる怪談みたいだな。誰が話してるんだそれは。
私は脳裏に浮かんだ、四人の乙女たちが笑いながら駆け抜けていく姿を、頭を振って追い出した。
「四つの疫病は、他の種族を襲うことはなく、聖王国の民の間にだけ広まりました。単純に生物学的な問題だったのか、神のもたらした病だったからなのかはわかりません」
「まあ、普通じゃない病気だったらしいから、疫病なのか呪いなのかって感じよね」
ひとつ目の疫病は《結晶病》。
末端から徐々に身体が精霊晶に置き換わっていくという。
痛みはなく、苦しみもなく、しかして着実に体は結晶化し、感覚を失っていく。
けれど本当に恐ろしいのは、死なないということ。
肺が結晶となって声が出せなくなっても。
心臓が固まって鼓動が途絶えてしまっても。
死なない。死ねない。
そして脳までもが透き通る石になったとき、果たして彼らは死ねたのだろうか?
ふたつ目の疫病は《咬傷疫》。
はじめは皮膚に咬み傷のような傷口が生まれる。
その傷口は時とともに広がり、最後は全身を覆いつくし食い破る。
まるで無数の見えざる獣に貪られたように。
そしてそれは本人ばかりではない。
治療を試みたもの。介護するもの。見舞うもの。葬るもの。
触れたものすべてにその傷口は広がっていく。
感染する咬み傷。加害者のいない獣害。死体に触れることさえも許されない。
みっつ目の疫病は《名前のない病》。
それはひとつの言葉から始まる。
それは耳から入って、口から出てくる病である。
その言葉を聞いたものは、頭の中に鳴りやまない残響を覚えるだろう。
その言葉は頭の中で育ち続ける。
思い出をついばみ、記憶を種火に、それは頭蓋のうちで肥大し続ける。
やがて言葉は頭の中身を食べ尽くし、巣立ちの時を迎えるだろう。
その名を呼ぶことはできない。それは耳から入る病だからである。
そしてよっつ目の疫病は《流血詛》。
この病は血を介して自らを広げようとする。
呪われた血に侵されたもの、その心は失われ、その血は狂い、凝る。
彼らは怪物になり果てる。生きても死んでもいないものになる。
澄んだ血に惹かれてはこれを襲い、啜り、呪われた血で侵す。
流血は流血を呼び、死者が生者を殺す夜が続くだろう。
生者はみな死ぬが、死者を殺すことはできない。
朝日がすべてを焼き払うまで。
「乙女たちは、神々から七日七晩のあいだ踊ることを許され、八日目の朝に去ったと言います。これは疫病の致死率が高すぎて、感染が拡大する前に罹患者が死に絶えたということではないか、との説もありますね」
「噂じゃ、《結晶病》の患者がいまもどっかに保管されてるとか、悪趣味な金持ちが銅像みたいに飾ってるとかいう話もあるわね」
「そうそう、《名前のない病》の原文が、帝都の機密施設に厳重に封印されているとか。なんでもその正体は読んだら絶対笑い死にする殺人冗談兵器だとか」
「陰謀論みたいなやつだなあ」
「まあ、みんなそういう噂は好きなもんよ」
「それはそう」
言語を統一された他種族が協力して攻めてくるだけじゃ、なんかすごい高度な文明があったらしい古代聖王国とやらが負けるものかなと思ってたけど、そんな凶悪な疫病が四種類も同時多発してたらだいぶデバフ食らってそうだ。
それ以外にもいろいろなごたごたがあって、高度な文明や超兵器もあえなく、って感じかな。
「それで、そのよっつ目の疫病が動く死体ってわけかな」
「そうね。動く死体。死なず者。あんたの言うあんでっどだとかぞんびだとかもたぶん似たようなもんでしょ」
「そうだね。聞いた感じだと、吸血鬼……っていうか、グールとかゾンビとかの感じ」
朝日に弱い、血液感染するってだけだと吸血鬼だけど、吸血鬼ってやっぱりこう、理性的で強大な魔物みたいなイメージもある。あの暴れるだけの豚鬼や小鬼は、よくてその配下というか、吸血鬼なりそこない的な意味でのグールとかっぽい。
まあ、私もそのあたりの認識は割とふわっとしてるから、グールはそもそもアンデッドじゃないとかそういうのはここでは言わないこととする。
っていうか朝日が焼き払うとかいうわりに、こいつら普通にぴんぴん動いてたな。
「厳密には、病原体……と思われるものが、日光に弱いみたいですね。なので日中の陽光の下であれば、血液が飛び散ってもすぐに殺菌されてしまって、直接傷口にはいったりとかしなければ感染はしない……んじゃなかろうか、という感じみたいです」
「なるほど? 体内の病原体までは日光が届かないから動ける、ってことか」
でも体表の病原体は日光の影響受けそうだし、もしかしたら夜間はもっと強いのかもしれない。
そうなると少し厄介かも。
「フムン。大昔に実在した病気なら、いまも残っててもおかしくはないんじゃない?」
長い人類史においても、撲滅に成功した感染症は天然痘ただ一つだ。しかも条件がそろった上で、撲滅計画を立て、時間をかけてのこと。
《流血詛》っていうのが血液を媒介にして感染する病気なら、母子感染もするかもしれない。無症候性のキャリア……つまり、感染してるけど症状が出ないひとが母子感染を続けて……みたいなのもなくはないかもしれない。
それがどこかで突然変異を起こして再度強毒化みたいな。
「そうはいっても、古代聖王国時代の話よ?」
「ああ、そっか、二千年も前の話なんだっけ」
二千年かあ。
長いとみるか短いとみるか微妙な期間だけど、日本なら弥生時代から現代くらいまでって思えばまあ結構な時間だ。
そのころのローマとかエジプトとかを思うとだいぶ文明が進んでるなというレベルではあるんだけど。水道橋とかあるしな。
すくなくとも文書記録がある程度さかのぼれるくらいなんだよなあ。
まあ、二千年前が神話の時代っていうからなんか短く感じちゃうだけかもしれない。この世界では神が実在して、神代と現代は遠目に見えるくらいには地続きっていう感覚、かな。
ともあれ、二千年もあれば一〇〇世代……はいかなくても八〇世代くらいは世代交代してそうだ。
インフルエンザの最古の記録が紀元前から残っていることを思えば病原体自体は生き残っていてもおかしくはないけど、それだけ凶悪な感染症が誰に知られることもなくいままで、ってなると話は変わってくるだろう。
「そもそも神話で語られてる病気とかだと、本当かどうかもわかんないよね」
「いえいえ、神話の時代のお話とはいっても、ちゃんとした記録に残ってるので、実在した病らしいんですよね。まあ記録と言っても、大陥落を生き延びた人々の証言をまとめたものなので、きちんとした病理記録とかはないらしいんですけれど」
「すくなくとも凶悪な感染症がひろまって、そういう症状があったらしいって人々が覚えてるくらいには騒ぎになってたってことかな」
「ええ、そのような感じかと」
まあそういう話が現代まで残っているっていうだけで、情報の強度が強いというか、しっかり記録を保持してきたんだろうな。大変だった時期の記録をいまも伝えて、専門家でもないだろうリリオやトルンペートがよく覚えているっていうのは、教育の勝利的なやつだろうか。
「…………うん?」
そこまでしっかり伝えているんだとしたら、だ。「四つの疫病は、他の種族を襲うことはなく、聖王国の民の間にだけ広まった」っていうのも、事実なのだとしたら。
「…………土蜘蛛と天狗いたよね」
「…………そうなんですよねえ」
「全然関係ないんだっていうなら、それが一番なのよ。でもこれが《流血詛》だってなったら、一番まずいの」
「人類にしかかからないんじゃなかったの?」
「当時はね。でも、大陥落の時に、神々は人類への加護を剥奪して、隣人たちに振り分けたわ」
「だからいまの隣人種は人族と似てるって…………そういうこと?」
「そういうこと、だったら、最悪なのよねえ」
四つの疫病は、かつて人類だけを襲った。
けれど神々は人類に与えられていた加護を、隣人種たちに分け与えた。その結果、隣人種たちは人類とよく似た姿を得て、人類の持っていた特徴をも引き継いだ。
そこに病気の感受性も含まれていたら?
そしてヒト型に近い害獣にも感染するようになっていたら?
あるいは、もっと?
いまやすべての隣人が、そしてそれ以上が、かつて猛威を振るった疫病に感染するかもしれない。
「神話の時代の、実在も確かめようのない疫病の存在を私たちがよく知っているのは、これが公衆衛生にかかわる重大な知識だからなんですよ、ウルウ」
「少なくとも、一定水準以上の教育には、必ず含まれる内容なのよ」
それは、少なくとも貴族であるならば必ず習うことだという。
大学においても必ず教える事柄なのだという。
都市の防衛を担う衛兵のひとりひとりにさえ、それらは周知されているのだという。
他種族国家における感染症予防という、それは国家の運営において避け得ざる重大事だった。
「風邪だとか、そういうのの感染症だって領主には対応義務がある。でも、もしも、四つの疫病と思わしき症状が見られたら、それは地方領主風情の問題じゃなく、帝国政府が対応すべき事案となるわ」
超文明を誇示していた古代聖王国が陥落した、その一因。
少なくともその力を大いに削いだであろう、治療法のない疫病。
高度な医療技術を持っていたであろう超文明さえも抗し得なかった大災害。
もしも現代にそれらが復活すれば、それは国家の存亡にさえかかわりかねない。
このため帝国は、これらの疫病らしき兆候が確認された時点で、感染拡大阻止のために最大限の努力が許されるのだという。
「元老院特有の言い回しですよ。文字通りなんでもするっていう」
私が生きていた地球でも、感染爆発があった。
文明が発展していたからこその、短期間での世界的感染拡大。
対応は様々だったけれど、水際での早期発見、早期隔離が印象的だった。
クルーズ船での集団感染と、船内待機という名の隔離はセンセーショナルだった。
大陸国家であり、ほぼすべての地域が地続きである帝国においては、感染地域の隔離は困難を極めるだろう。主要街道に検問を張っても、完全な封鎖はできない。
そんな状況における最大限の努力とは何か。頑張って封鎖して隔離します、なんてわけはないだろう。
「通常の感染症ではありましたけれど、しかし危険な感染拡大に対して、地域浄化、と呼ばれる検疫措置が過去に何度かあったと聞いています」
「それって、どんな……?」
「わかりません」
辺境という帝国の端に住んでいたリリオだ。内地のことはわからなくてもおかしくはない。
しかし、感染症という貴族であれば誰でも知るべき情報と言いながらも、その措置の内容が知られていないというのは、つまり、それだけ知るべきではないことが行われたのだろう。
もし仮にこの村人たちが《流血詛》に感染した結果があれだったなら。
人類以外にも感染するようになって、しかも順調に感染が拡大しているのだとしたら。
それは最大限の努力がこの地帯に振るわれかねない一大事だった。
「幸いと言うか、《流血詛》は体液感染だといいます。生ける屍となった感染者が、他者を襲い、唾液や血液が直接体内に入り込むことで感染するといいます」
「あの村人たちがからっからだったのは、たぶん血を流しすぎたのね。感染しやすいように、血が流れやすいんじゃないかしら」
「空気感染する突然変異種の吸血鬼の話あったなあ……」
「怖いこと言わないでよ! そんなのあったらもう終わりじゃない!」
「なので、それは考えないようにしましょう。感染者が直接襲わなければ感染は広がらない。そしてここは森の中です。動物への感染は考えたくありませんけれど……それでも都市部などのような感染爆発はないでしょう」
「まあ、動物を介して感染が広がってるなら、どのみち手の施しようはない、か」
少なくともひとか、それに類似する隣人種や、豚鬼や小鬼のようなヒト型のものにだけ感染する……とでも思っておかなければ、対応の手は無制限に広がってしまう。
それに、野生の動物というものは、森の面積に比べてみればかなりまばらにしか生息していない。互いに遭遇すること自体が少ないとみていい。
あからさまに不審で、攻撃的で、狂暴な振る舞いをする感染者からは、同種であっても離れることだろう。
もちろんこれは、希望的観測に過ぎないけど。
「いまはともかく、これが村にまで広まってしまったら、鼠算式に感染者が増えかねません」
「っていうか、行方不明者ってたぶん、森に入って感染者に襲われて……って流れだと思うのよね」
「すでに被害出てるねえ……」
感染者が村に戻らなかったのは、村までの道を思い出せない程度に理性が失われているのか、あるいは襲われた際の損傷がひどくてそもそも動けないのか。
なんにせよ、村内に直接感染者が現れていないのは、幸運でしかない。
「私たちにできることは、もう領主とか帝国政府とかに通報することくらいじゃない?」
「となると、いったん村に戻りますか?」
「っていっても、しばらく外の人は来ないらしいじゃない。あたしたちが代わりに通報に走っても、だいぶ時間かかるわよ」
「でも、村の人に危険を知らせて逃がした方がいいんじゃない?」
「村を捨てるなんてすぐすぐにはできないわよ。よそ者のあたしたちの言うことだしね」
私たちがあれやこれやという中で、リリオは不意にすっくと立ちあがって、道の先を示した。
「《竜骸塔》を目指しましょう」
「森の奥に?」
「森の中で感染者がでているのです。《竜骸塔》ではもっと詳しく現況について知っているかもしれません」
「フムン。そうね。森の奥は連中の庭のはずだものね」
「それに、《竜骸塔》は孤立した施設だけに、なにかしらの連絡手段があるはずです。伝書鳩の類ですとか、もしかしたら通信用の機械があるかもしれません」
「なんだったらすでに通報も対応もしてるかもしれないね」
「ただ村に戻るよりも、きっとその方が有益なはずです」
「よっし。じゃあ早速行きましょ!」
そういうことになった。
用語解説
・《万能薬》
ゲーム内アイテム。
病気や火傷、衰弱、麻痺など、ほとんどの身体系バッドステータスを回復させる効果がある。
重量値がやや高く、値段も高いため低レベル帯では非常に貴重。
しかし、複数種類の回復アイテムを常備しておくととてもかさばるので、これ一本に絞るプレイヤーは少なくない。
『五百ページ目に記載された薬は万病を癒す』
・《生体感知》
《暗殺者》の《技能》。隠れた生物や、障害物で見えない向こう側の生物の存在を探り当てることができる。無生物系の敵には通用しないのが難点。
『生命を嗅ぎ取る嗅覚こそが彼の奥義だった。それ故にゴーレムに撲殺されたのだが』
・疫病みの乙女達(L'epidemio Junulinoj)
えやみのおとめたち。
古代聖王国陥落前後に流行した人類にのみ感染する四つの感染症の擬人化。
またこれらの感染症を発生させた神性存在/災害であるとされる。
実在を確認するすべがないこと、また確認しようとする行為は現代の文明社会を崩壊させる恐れがあることから、調査の試みは禁じられている。
その姿を直接視認した記録はないが、一定以上の関連情報を認識したものは不明の理由によりその外観を着想する。すべての事例においてその特徴が一致するため、便宜上これを外観情報としている。
簡素な白い服を着た乙女の姿をしており、その顔はおとがい(下顎)より上がなく断面にかぶさるように未特定種の赤い花冠がのせられている。赤い手巾を振り、笑いながら踊るように駆け抜けるという。
・《結晶病》
《Error!》クリアランスレベルが不足しています。《Error!》
・《咬傷疫》
《Error!》クリアランスレベルが不足しています。《Error!》
・《名前のない病》
《Error!》クリアランスレベルが不足しています。《Error!》
・《流血詛》
《Error!》クリアランスレベルが不足しています。《Error!》


