異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

前回のあらすじ

タイトルバイバイ!
ご安心ください。この章からはいつものゴスリリになります。
いつものとは……??





 リリオの細い指が、器用に緑の茎をもんでほぐし、次の茎に巻き付けていく。その間も手は止まらず次を手に取り、軽くもんでほぐし、巻き付けていく。
 小さな手の中で、菜の花の花冠が、また一つ完成した。
 つぼみの中に混じるわずかにほころんだ黄色い花が、冠のあちらこちらでいじらしく咲いている。
 菜の花ばかりではなかった。リリオはそれらの花冠に、シロツメクサの花を差し込んだり、鮮やかな緑の葉を織り込んだりして、華やかな輪を作っていく。玄関先に飾ってもよさそうなくらいだ。
 花冠と言うか、花輪、フラワーリースなのかな。

 ともあれ、花畑に腰を下ろした少女が、微笑みながら花冠を作っていく姿はなかなか絵になるんじゃないかと思う。
 私も真似してみてはいるのだが、一目見れば作り方は覚えられても、指先が自在に動くかと言えばそうでもない。長い指はかえって邪魔になり、リリオの手慣れたそれと比べると何ともいびつだ。黒づくめのでっかい女が座り込んでちまちまとそんなことをしている姿は、絵になる以前に不審だったかもしれない。

「ウルウが細かい作業してるのかわいいですよね」
「わかるわ。わかりみってやつね」
「わかりみ深いですねー」
「私の知らない私をわからないでほしい」

 そうして出来上がった花冠は、リリオからトルンペートへと手渡される。
 受け取ったトルンペートはそれを手の中でくるりと回しながらざっと検めると、おもむろに白濁した液体にぶち込んだ。色鮮やかな花冠はあっという間にとろっとした白濁液まみれになる。
 そして流れるように白濁花冠は大鍋に熱された油に投入されて、からりと揚げられるのだった。

 天ぷらであった。
 花冠の(フロルクローノ)天麩羅(フリティート)であった。

 それは四月二十三日のことだった。
 私はこの世界に来てからというもの、仕事から離れたある種のスローライフを生きるにあたって、(こよみ)を気にしないことを心掛けていた。ダブルミーニングではない……といっても誰もわかんないか。私のお母さんの名前が暦だったって話ね。

 この世界の暦は元の世界のそれと同じで、一年は三百六十五日。閏年は三百六十六日。十二か月あって、そのうち七つの月は三十一日間。残りは、二月が普通は二十八日間で、およそ四年に一度の閏年は二十九日間。他は三十日間。日数が短い月もおんなじで、二、四、六、九、十一(にしむくさむらい)だ。一か月はおよそ四週間。一週間は七日間。何なら曜日も月火水木金土日。

 まあ、明示されたわけじゃないけど、露骨なまでに地球のグレゴリオ暦とおんなじなのは、ちゃん様が面倒くさがってそうしたからだと思う。暦上だけでなく、実際の季節の移り変わりなんかも連動してるから、この邪神様は天体の運行もふくめて「面倒くさい」の一言でコピペ処理できるらしい。怖っ。

 暦の上ではすっかり春も春、そろそろ初夏に入りそうなあたりだ。この暦の上ではっていうのもどの暦によるか次第ではあるけど。
 ただ、厳冬の影響を引きずっていたらしく、朝夕はまだ結構肌寒く、山菜なんかもようやく芽吹き始めたのも出てくるような感じだ。
 私にはまだそこら辺の雑草との区別があいまいなところもあるけれど、ふたりは目ざとく見つけてはせっせと摘んで、食卓に並べることに余念がない。まあ、食べられるものっていうのは大事だよね。

 今日は割といい感じの草原を見つけて、私たちは少し早めの昼食に取り掛かっていた。
 この「割といい感じ」というのは、私からすると心地よい風が吹いて見晴らしもよく、花もたくさん咲いていてきれいだなってそういう奴なんだけど、言い出した二人の「割といい感じ」は「野草がたくさん摘める」であるらしかった。

 馬車を止めてボイを好きに走らせてやり、トルンペートがいつも通り適当に竈を組んでいる間に、リリオが籠いっぱいに何やら摘んできて、花冠を作り始めた。
 最初はリリオにもそういうかわいらしいことやる感性があるんだなあって微笑ましくなったし、ウルウも一緒にって誘われて、つたないながらも隣で花冠つくりにいそしむのは楽しかったんだけどね。

 そんな私たちを微笑ましげに眺めながらトルンペートがたっぷりの油を熱し始めるんだよね。
 食材用意してないよねって思ってたらこれだよ。天ぷらだよ。
 がんばって作ったはじめての花冠がお鍋でからりと揚げられた時の気持ちと言ったら。

「ウルウって案外そういう乙女なところあるわよね」
「わかりみですね」
「わかりみ深いわ」
「君らね」

 まあ、花冠かぶって、かぶせて、かわいー、にあうー、というキャッキャウフフもあとでしたからいいんだけど。いいのか?

「別に意地悪でやってるわけじゃないわよ。春のお決まりっていうか」
「花冠とか花輪っていうのは、そりゃあ可愛いですし華やかですから単なる装飾にもなるんですけれど、魔除けとか健康祈願の飾りでもあるんです」

 聞けば、春の花や野草で花冠を作るという健康祈願の伝統があったらしい。
 お祭りの時にみんなで投げ合ったり、玄関戸に飾り付けたり。
 これは春だけじゃなく、季節に合った素材でつくっては飾ったりもするらしい。
 クリスマスリースを飾ったりするのと同じ感じかな。

 それでまあ、ただ作って飾るんじゃ、そのまま枯れてしまうだけだからっていうことで、実用的というかなんというか、せっかく春の野草を使ってるんだから食べようぜって誰かがはじめたらしい。
 花冠の形に束ねた各種野草を、からりと揚げて食べれば、その年は健康でいられるっていう、そういう祈願の食べ物として、それはそこそこ広まったんだとか。

「君らの文化って、こう、食い気が強いというか、実用性重視なところあるよねえ」
「ちゃんと華やかさとか飾り気とかもあるんですけれどね」

 まあそのあたりのセンスは私には論じられるような感性がないからどこかに投げておくとして。

 大鍋でからりと揚げた花輪が、お皿にのせられて私の前に。
 結構大きい。輪っかだから真ん中は穴が開いているけれど、冠と名乗るサイズなだけあって、ボリューミーだ。かき揚げ丼とかそんな感じの。
 私は一つで結構大きいと感じる奴が、トルンペートのお皿には三つ重なっていて、リリオのお皿には五つ重なっている。シカゴピザを揚げたやつかな? 実際これにチーズでもかけまわしたらデブの祭典みたいな光景になりそうだ。ネタはヘルシーなはずなのになあ。

「どうやって食べるのこれ?」
「まあ、お調子者はかぶりついたりするけど、普通に切って食べるわよ」
「それもそっか」
「ほうでふよ」
「これはお調子者?」
「食い意地が張ってるだけかしらね」

 まっふまっふと花輪に端からかじりついて消費していくリリオを尻目に、私もナイフとフォークでいただいてみる。ざっくりとした衣の中で、束ねられた茎は鮮やかな緑。しっかりと中まで火は通っているけれど、束になっているだけあってジューシー。
 一口大に切ってほおばってみれば、鮮烈な緑を舌に感じる。葉っぱ食べてるなあって率直に感じる、青物の味わい。ほろ苦さ。それに香り。

 最近の野菜って、品種改良が進んで、食べやすくなったけど、私は正直、子供のころの野菜の方が香りは好きだった。香りの強さが好きだった。春菊とか、ああいうの。最近のは生でも食べられるくらい食べやすいけど、そのぶん弱くなったかなってのも感じる。そこらへんは善し悪しだよなあ。
 こっちの野菜、特に野草なんかは、その鮮烈な香りが生き生きと感じられる。そのぶん、えぐみとかもあるんだけど、天ぷらにすればそのあたりだいたいなんでもいける気はする。

 ただ、天ぷらと言っても、私の想像する天ぷらとは違った。衣に味を入れているようなんだけど、甘い。塩気ではなく、甘み。多分小麦粉に牛乳、それにちょっとの砂糖。これはごはん系というよりは、お菓子系の味わいだ。
 ちょっと驚いたけど、これはこれであり。

「クローバーって食べられるんだねえ」
「え? どれよ?」
「この白い花」
「ああ、白詰草(トリフォリオ)ね。美味しいわよ。栄養もあるし」
「大体どこにでも生えてるから、便利ですよね」

 まあ、美味しいといっても野草のおいしさというか、食べられるという話というか。
 ほろ苦くて、わずかに甘みがある、草。という感じ。ただ、揚げてもきれいな色だし、見栄えはいい。
 道端に咲いてる雑草ってイメージだったけど、普通に食べられるというだけでこの世界ではメジャーな食材らしい。

 なんなら家畜のえさにもなるし、畑の土壌を回復させてくれるし、そして蜜蜂が蜂蜜を集める花でもあるのだそうだ。蜂蜜と言えばアカシアというイメージだったけど、花ごとにいろんなはちみつも売っていたものだ。

 この花冠のてんぷらも、甘めに仕上がってるし、蜂蜜かけてもおいしいのかなあ、なんて思っていたら。

「やっぱり春はこれですよねえ」
「特別美味しいってわけでもないけど、誕生日はこれって感じよね」
「一年に一度の特別感ですよねえ」
「…………誕生日?」
「ふふふ……実はそうなんです! 私が主役の日ですよ!」
「そうだったんだ。おめでとう。プレゼントとか用意してないんだけど……」
「まあ、そのあたりは、旅の最中で用意するのは難しいですので」
「そうそう。ま、どっかの街についたらってことで」

 あー、まあ事前に言われてたら、頑張って用意したかもしれない。
 私の持っているアイテムで見繕うと、この世界的には破格の異常物品とかしか出てこないので、気を遣ってもらってよかったかもしれない。

「トルンペートの誕生日は?」
「あたしはわかんないのよね。だからリリオと一緒ってことにして、毎年一緒にお祝いしてるわ」
「私と出会った日でもよかったんですけれど、春先の私の誕生日と合わせた方ができることが多いですからね」

 辺境では一年の半分は冬なので、あたたかい時期の方がなにかと便利なのだろう。この花冠のてんぷらだって、春にならないと食べられないわけだし。
 春っていうかそろそろ初夏になるのかな。私がこっちの世界にやってきたのも初夏のことだから、もう一年たつんだな。そう思うと、なんだか感慨深い。
 同時に、まだ一年しか経ってないのかという気持ちもある。それくらい濃密な日々だった。七年くらいやってる気がしてた。

「そういえば、ウルウは?」
「私は私だけど」
「そういう言葉遊びではなくて」
「あんたの誕生日っていつよ?」

 ついに聞かれたかっていう気持ちではあった。
 別に隠してるわけじゃなかったけど、たまたま誕生日に関する話題がこれと言って出てこなくて、改めて誕生日がいつなんだよねって話すのも気まずくて、結局流れ流れてしまって今日である。

「えーっと…………二月二十九日、だけど」
「だいぶ過ぎてんじゃないのよ!!」
「辺境にいたころじゃないですか!!」
「いやまあ、忙しかったし……」
「ごろごろしてましたよね!?」
「旅立ちの準備とか、こう……」
「過ぎた後じゃないのよ!」

 まあ、三月だったからね、出発したの。雪が少しずつ解けてきて、平均気温が五℃とかのころ。
 それから今日までのあいだに二人が倒れてヤベー女と戦う羽目になったり、メンタル崩してヤンデレ監禁事件起こしたり、まあ私の情緒もだいぶ忙しかったね。

「ええ…………まあ過ぎたことは仕方がありません」
「そうね。あたしたちの分もまとめて、どっか街についたらお祝いしましょうよ」
「別に私のはいいじゃん……」
「ウルウのだから大事なんですよ!」
「あんたは大事な嫁なんだから、いい加減自覚しなさいよ」
「まだ式も上げてないし……」
「式以外は大体済ませたでしょ!」
「ゔっ」

 式も挙げてないのに未成年二人と結婚して結婚生活(諸説あり)も済ませちゃってるんだよなあ……。
 いやまあ、未成年とはいっても、帝国ではもう成年として扱われてるし、仕事もしてる、立派に独立した成人ではあるんだけど。
 ふたりが立派であるほど、私の立派でなさが強調されてしまう……。

 まあ、でも、お祝いくらいは、いいかな。
 ちょっと恥ずかしくなって一回拒否っちゃったけど、別に祝われて嬉しくないわけじゃない。
 お父さんが亡くなってからは誰が祝ってくれるっていうこともなくて、学生のころの友達とかも連絡とらなくなって疎遠になっちゃってたし、誕生日を祝うっていうこと自体がなんか別の世界のお話みたいに思えるだけだ。

「…………これからはたくさんお祝いしましょうね!」
「え? うん、まあ、ありがとう……?」
「お祝いされて当然みたいな顔させてやるわ……!」
「なに言ってるの……?」

 なんか二人して壮絶な覚悟決めたような顔されちゃったけど、まあ、そうだね。お祝い事は、いいことなんだろう。
 さすがになんでもない日万歳とまではいわないけど、ふたりと過ごすなんでもない日の中で、ちょっとした記念日を思い出に残せて行けたなら、それはきっと幸せなことなんだと思う。

「なに? あんた明日死ぬの?」
「死なないけど??」
「ウルウの()()()()が張り切り過ぎて、伏線はりすぎてるみたいな感じになってますよほんと」
「そんなつもりないんだけどなあ」

 まあでも最近メンタルの乱高下がひどくて情緒がやばい自覚はあるので、なるべく普通というものの感覚を覚え直していきたいところだ。
 さしあたっては、どこかの町につき次第、普通のお祝いという感覚を覚えたいところなんだけど。

「次の町って、どこ?」
「町からは全力で離れる道ですからねえ……」
「この先、よくて村くらいしかないわよ。それもそのうちなくなるわ」

 そう。
 ここはド田舎なのだった。
 人里離れる一方なのだった。
 なんならもはや人里と言うより人界から離れつつあるのだった。

 馬車が通れるしっかりとした街道でありながら、この先にあるのはいくつかの村と、森だけ。
 私たちの目的地は、その行きつく先。森の先だった。

 ひと呼んでエルデーロの森。
 東部に広がるこの深き森の奥、その果てにひとの住むところは一つしかない。
 ──《竜骸塔(りゅうがいとう)》。
 地竜殺しの偉大なる魔術師が、その骨でもって建造したという砦であり、魔術師たちがその技を鍛えているというある種の聖地。
 私たちは魔術師ではないけれど、その歴史と竜殺しの技は、一度拝みに行っても損はないだろう。
 拝観料、ひとりあたり1七角貨(セパン)。お高い。しかも中も奥までは入れない。
 しかしそれでもぼちぼち観光客が来るという。

「ところであんた、いくつになったんだっけ?」
「二十七だけど」
「うっそぉ……」

 お肌の張りは、むしろよくなってるからなあ。





用語解説

花冠の(フロルクローノ)天麩羅(フリティート)(Florkrono Fritito)
 主に春先に食べられる行事食。縁起物。
 山菜、野草、特に花の類を束ねて花冠にして、衣をつけて揚げたもの。
 天ぷらのようにカラッと揚げたものや、ぼってりした衣をつけてふわふわに揚げたものなどバリエーションが豊富。甘いものも塩気のあるものもある。
 一年の健康を祈願して食べられる。

・にしむくさむらい
 三十一日ない月を覚えるための語呂合わせ。
 ()()()()、十と一を重ねて武士の(さむらい)

・シカゴピザ
 ここではシカゴ風のピザの中でもよく知られるディープディッシュ・ピザのこと。
 通常のピザに比べて生地が深皿のようになっており、パイのようになっている。
 その深みにたっぷりのチーズと具材、ソースが詰められており、見た目もカロリーも偉いことになっているとか。
 その見た目からデブの食い物と言われがちだが、アメリカでは「ピザは野菜」なので実際ヘルシー・フードである(諸説あり)。

白詰草(トリフォリオ)(trifolio)
 シロツメクサ。クローバー。踏んでも爆発しないものを指す。家畜のえさや休耕作物、荷物の緩衝材、はたまた四葉のクローバーをポップさせるために踏みつける草として認識されることが多いが、野草として食用にもなる。
 なお、よく見かけるハート型の葉を持つデザインはクローバーではなくカタバミ。
 カタバミも食べられるが、かなり酸味があり、食べ過ぎると石ができる。

・エルデーロの森(La Eldelo)
 東部に広がる樹海。魔力が濃く、魔法を使うにはもってこいとされる。
 ただし、強力な魔獣も多く棲息しており、人間が暮らすには過酷。
 かつて地竜が暴れ、討伐された土地が、その血を滋養に、その骨の塔を呪いとして深き森と化したとかなんとか。

・《竜骸塔》(La Fuorto de Mortadrako)
 帝国東部エルデーロの森(La Erdelo)に所在する歴史ある魔術師養成所。
 地竜の遺骸を建材にして建造したとされるが、内部の詳細は部外者には秘匿されており、不明な点が多い。
 この地竜は塔の開祖らが討ち取ったものであると伝えられ、伝承通りであれば最大五十メートルを超えていたとされるが、文書により大きく異なり正確性は疑わしい。
 事実であれば伝説上でも数値の証言がおおむね一致している最大個体ラボリストターゴの二十五メートルをゆうに超えている。
 おそらく塔全体の外観から必要な建材を推測して逆算した数値と思われる。

七角貨(セパン)
 (ヴォーストでは)焼き鳥一本5三角貨(トリアン)、大き目の串焼き10三角貨(トリアン)。卵一個1三角貨(トリアン)かそれ以下。
 100三角貨(トリアン)で1五角貨(クヴィナン)。10五角貨(クヴィナン)で1七角貨(セパン)
 大き目の串焼き100本分である。
 物価は地方によっても時代によっても異なるため現代日本とは比較が困難であるが、感覚としてはライブやコンサートの高額座席と同じくらいのお値段だろうか。