異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

前回のあらすじ

泣いて、叫んで、わめいて。
心という器は……。



 ウルウの慟哭は、ウルウ自身の弱った体を痛めつけながら、それでももう抑えることもこらえることできないとばかりに喚き散らされました。

「ねえ、ここにいてよ。ずっとここにいてよ! どこにもいかないで、私をひとりにしないで!」

 それが、それだけが、ウルウのたった一つの願いなのでしょう。
 たったひとりで、見知らぬ場所に放り出された、なんにも持たないウルウが、それでも希望を持ってしまったのなら。生きていたいと思えるようになってしまったなら。孤独には耐えられなくなってしまったというのならば。
 それは、なるほど、確かに私のせいなのでした。

「ご飯だって作るよ。食べたいものなんでも作ってあげる。新しい料理も覚えるよ。家事はぜーんぶ私がしてあげる。トルンペートがしたいっていうならそれでもいいよ。お世話するし、お世話されてあげるよ。ああそうだ! そうだよ! セックスもするよ! セックスもしよう! なんでもしてあげる。いやだって言ってたこともなんだってしてあげる。一日中えっちしようよ。ただれた生活送ろう。赤ちゃん! 赤ちゃんも生んであげる! あああああああああああ気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! 違うんだ、違うんだ、違うんだ、違うんだ。私は、わ、わたし、わたし違う、そんなこと言いたいんじゃない。ごめん。ごめんなさい。わかってる! わかってる、私は頭がおかしいんだ。いかれてるんだ。な、な、治らない。薬だって効かなかったんだ。ね、ね、寝れなくて、昼間はいつも頭がぼんやりしてた。違うそれは私じゃない。私じゃない。なんでもするよ。ねえ。なんでもするから。き、き、嫌いにならないで。あああでも嫌いになってもいいから、嫌いになってもいいからどこへも行かないで。嘘だ!やだ!やだ! やだ!嫌いにならないで!ひとりにしないで!もうひとりにしないで!どこにも行かないで!」

 それはもう全く支離滅裂でした。
 ウルウ自身、自分がいま何を言っていて、何を言いたくて、何を言おうとしているのか、わからなくなっているのかもしれません。自分で自分のことを、制御できなくなっているのかもしれません。
 考えた端からすべて口に出てしまって、口に出たものがまた頭の中でから回って、自分が何を思っているのかさえ正しくわからなくなっているのかもしれません。

 黙ったら死ぬとばかりに金切り声を上げ続けるウルウを、私は無理に抱きしめました。
 暴れ出そうとする体を押さえつけて、きつくきつく抱きしめます。

「大丈夫、大丈夫ですよ、ウルウ」
「あっあっあっあっあっあっやだ、やだ放して!やだ!怖い!怖い!怖い!やだ!放して!放さないで!やだ!」
「呼吸を。呼吸をしてください。ウルウ。息をするんです」
「はーっ、はーっ、はーっ、はーっ、はーっ、はーっ」
「息を吸って、吐くんです。吸って、吐くんです。息を、吸って、吐いて」
「ひっ、ひっ、はーっ、ひっ、はーっ、はーっ、ひうっ、ひっ、はーっ」
「大丈夫です。ここにいます。私はここにいます。ウルウもここにいます。呼吸を」
「すーっ、はーっ、すーっ、はーっ、すーっ、はーっ、すーっ、はーっ」
「そうです。ゆっくり。ゆっくり」
「すーっ……はーっ……すーっ……はーっ……」

 ウルウの呼吸がだんだんと落ち着いて、きょろきょろとあちこちをさまよっていた視線が、うつろながらも焦点を合わせ始めました。
 とんとんと背中を叩いて、私の体温を移していきます。
 トルンペートがその背中に抱き着いて、じんわりと鼓動を響かせます。
 私とトルンペートの二人でウルウを挟んで、二人分の心を響かせます。

 私は告げなければなりません。
 たとえ傷つけることになっても、たとえ苦しめることになっても。
 私は、ウルウにこの気持ちを伝えなければなりませんでした。

「ウルウ」
「や、やだっ」
「いいえ、ウルウ。聞いてください」
「やだぁ……」
「私は死にます」
「やめてっ、やめてよ……」
「いつか必ず、私も、トルンペートも、死にます」
「やだやだやだぁ……っ」
「でもそれは、いまじゃありません。いまではないんです。私と、トルンペートと、ウルウと。私たち三人の旅路の果てに、私は死にます。あなたが嫌だといっても、飽きたといっても、世界の果てまで、私の旅の果てまで、この物語の終わりまで、あなたを引きずっていきます」

 人はいつか必ず死にます。
 それは私にも避けられないこと。
 だから死なないことは、約束できません。
 でも、ウルウをひとりにしないことは、誓えます。誓います。

「私が死ぬときには、私の旅が終わるときには、この物語が幕を下ろすときには。きっとあなたを殺します。神様があなたを取り上げようとしたって、私があなたの手を取って奪い去ります。きっと殺します。きっときっと殺します。一緒に死にましょう。三人いっしょに死にましょう」
「ちょっと、あたしもなの?」
「仲間外れは、嫌でしょう?」
「よくおわかりで。そうね。死ぬときは一緒よ」
「ええ、私たち、いつまでもいつまでも一緒に行きましょうね」

 ウルウは私たちに挟まれて、ひとしきり泣いた後、ただ一言、小さくこう言いました。

 うそつき、と。

 ひどく寂しそうに。
 ひどく悲しそうに。
 そして少しだけ、嬉しそうに。

 ええ、そう。
 そうかもしれません。
 嘘吐きかもしれません。
 それでも、あなたを手放せないのは私の方なのです。私たちの方なのです。
 だから、一緒に死んであげることはできなくても。殺してあげることはできなくても。神様からあなたを奪い去りたいというのは、本当の気持ちです。

 このあこがれは、きっと神様にだって奪えやしないのだから。











 後日談、というわけではないのですけれど。
 我らが含羞の人ことウルウは、私たちの前であれだけ泣き喚いたことにひどく恥じ入って、半日くらい部屋にこもって出てきませんでした。

 それでも泣きはらした顔がどうにか見れるくらいになったころに出てきて、ぶぜんとした顔で虚空を眺めて指でなぞり、それからおもむろにガラス瓶を取り出して謎の薬液を一気飲みしました。

「メンタルがね……メンタルがやられていたよね……」
「ウルウの心がよわよわなのはいつものことでは?」
「ざーこざーこ♡」
「負けてないが???」

 まあでも、旅の仲間だというのにこころの危機を察してあげることのできなかった私たち精神面つよつよ勢は反省しなければなりませんね。

「ウルウ、辛いことがあったらすぐに言ってください。相談してください」
「そうよ。あたしたち仲間じゃない」
「うん……ごめんね」
「もし身近な人にはかえって相談しづらい時は、心療内科とか精神科に相談しましょう」
「この国精神科あんの!?!?」
「そりゃあるわよ。大きめの町なら大抵あるわね」
「神殿とかもありますけど、神官は割と人の心わからないですからね」
「リリオに言われるって相当じゃん」
「相当なのよ」
「本人の前で言います???」
「まあでもうつ病なんて割とよくあるんだから、重く考えすぎずにまず受診よ」
「ううん……その第一歩が気重というか」
「あたしもたまに診断してもらうし、怖かったらついていくわよ」
「君の場合頭直接いじるやつじゃないの?」
「頭直接いじるやつもあるわ」
「本当にあるとは思わないじゃん……」
「多分今しがた怪しい薬物でどうにかしようとしたやつにドン引きされるの心外なんだけど」

 まあ。
 三人が三人とも、努めて明るく振舞ったというのは、お互いにわかっていたと思います。
 それでも、これから何年も、何年も一緒に暮らしていくのですから、一時ぎこちなくなっても、うまく回せていけるように、私たちはそのやり方を覚えていかなければなりません。
 生きていけばしんどくなることだってありますし、また辛くなってため込んでしまったり、吐き出してしまったりということもあるでしょう。そうなる前に私たちは良い付き合い方を学んでいかなければなりません。
 もう二度とウルウが、私たちから離れることがあるかもだなんて、そんなことができるかもだなんて、馬鹿げたことを考えたりしないように、しっかりつなぎとめていかなければなりません。

 いつまでもいつまでも。
 いつまでもいつまでもいつまでも。
 私たち、一緒に生きましょうね。





用語解説

・ガラス瓶
 ゲーム内アイテム。《万能薬》。
 病気や火傷、衰弱、麻痺など、ほとんどの身体系バッドステータスを回復させる効果がある。
 重量値がやや高く、値段も高いため低レベル帯では非常に貴重。
 しかし、複数種類の回復アイテムを常備しておくととてもかさばるので、これ一本に絞るプレイヤーは少なくない。
 この時ウルウは自分のステータスを確認して、装備で防げてるはずの「病気」と「衰弱」がばっちりついてるのを確認して、自身のメンタルが病んでいたことを確信。治療を試みた。
 『五百ページ目に記載された薬は万病を癒す』

・心療内科/精神科
 心療内科ではストレス等を要因として現れる身体症状を扱う。
 吐き気や頭痛、動悸、めまい、下痢や腹痛などの症状のうち、心理的ストレスの影響が疑われる場合などは心療内科の扱う範囲。
 精神科は心の病気、症状を扱う診療科。
 鬱病や躁病、睡眠障害や幻聴・幻覚、パニック障害や統合失調症などを扱う。
 帝国では人族に関しては精神医療もある程度発達しているが、他種族に関してはそれぞれの種族に専門家が少ないためアクセシビリティは低い。

・黒百合の花言葉
 「恋」「呪い」「復讐」「憧れ」など。
 なお最後の「憧れ」に関しては、黒百合が高い山に多く見られ、その山々が登山家あこがれの場所であることが多いことから。
 またなかなか見つけられないことからか。
 まさしく高嶺の花というわけだ。



追記
 300話記念SSを予定しています。
 こんな話読みたいなーとか、こいつの話読みたいなーとか、あれ食べさせたいなーとかあったら教えてくださると幸いです。