異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

前回のあらすじ

吞気してたらうっかり爆弾処理に失敗する二人。
みんなもメンタルしんどい人のそばで関節外しゲームでギャヒギャヒ笑ってはいけませんよ。
※どの関節であっても外れるのは異常事態です。
絶対に関節で遊ばないでください。
脱臼した場合はすぐに医師の診断を受けてください。



 隠し芸「関節外し」でギャヒギャヒ笑ってたらウルウが泣き出しちゃうし、泣き止んだら泣き止んだで感情が死んだみたいな顔になるし、あれは本当に、あたしたちが思っている以上に精神が追い詰められてるわね。

 いやでも、普段の調子でも、あたしがしれっと関節外しとかして見せたらすっごく驚くだろうし、心配するだろうし、ネタ晴らししたらバチクソ切れ散らかしそうではある。そのあと笑いそうだけど。
 ウルウは結構しょうもないネタで呼吸困難になるほど笑ったりもするけど、でも人に心配かけたり危ない真似したりするのは好きじゃないものね。
 関節外しはウルウの気分次第ではバカ受けするネタであったからに、ちょっと時機を間違えたわね。

 リリオとあたしは辺境育ちだから、っていうと辺境の皆さんから顰蹙買うかもだけど、まあ笑いの沸点とかツボが違うのは確かなのよね。人の笑いは他人の白け。いまのウルウは考えてたよりだいぶしんどいみたいだから、もうちょっと気遣ってあげないといけなかったわ。

 あの後ウルウは、「本当にもう、危ないことはしないで」とだけ言って、泣きはらした目でそれでもご飯を用意してくれて、お風呂やお手洗いの世話もしてくれた。
 そして家事をしているときでも部屋の扉を開けたままにして、折に触れてはじっと室内を、あたしたちの様子を眺めて、ほっとしたように、あるいは詰めていた息を吐くように、重たげな溜息を吐いて、また家事に戻った。

 見張られてるようで落ち着かない。というより実際見張られてるんだろうけど、まあ、仕方ないかなとは思う。心配かけちゃったし。

 日一日(ひいちにち)と日差しが暖かくなるなと思いながらごろごろ過ごしてたら、一週間くらいかしらね。それくらい経ってから、ウルウが手錠と足錠を外してくれた。
 でもそれは別に解放してくれるってことではなかった。

「二人も慣れてきただろうからね。ずっと部屋の中じゃ気が滅入ると思うし、好きにくつろいでね」

 つまり、檻の中での飼い殺しから、優雅な部屋飼いに変わったってわけね。

「ああでも……()()()にしててね?」

 もちろん、釘は刺された。

 あたしたちは、それこそ新居に移ったばかりの飼い猫みたいに落ち着かない感じで小屋を見て回った。
 掃除していた時も思ったけど、この小屋は生活するうえで不便が少ないようにできてる。段差も少ないし、見通しもいい。お年寄りと、その介護者が済んでたっていう予想もあながち外れじゃないかも。
 でもまあ、そういうつくりってことは、あたしたちがあえて隠れようとしなければ、背の高いウルウからはどこにいても見えてるってことね。

 実際、あたしたちを部屋から出してしばらく、ウルウはすみの壁にもたれるようにして、しばらくあたしたちの振る舞いを眺めてた。振り向けばどこにいても、ウルウと目が合った。そういう位置取りなんだろう。

 監視されてる、という圧迫感もあった。
 でも、そうして振り向いた時に垣間見えるウルウの目が、なんだか辛かった。
 眩しいものを見つめるように、どこか遠い景色を見るように、その目はひどく寂しそうだった。

 なんて詩的なことを考えてウルウの精神状態を思いやりながらも、あたしは冷静に小屋の中を調べた。

 真っ先に確認した玄関には、あからさますぎる露骨な錠前と鎖。勝手口の方も、同じく。
 家の内側に錠前って……と思うけど、まあ侵入されないためのものじゃなくて、あたしたちを逃がさないためなんだから当然といえば当然。
 どうやってとりつけてるのかもわかんないし、たぶんこれもいつもの不思議道具なんだろう。手錠といっしょ。どうせ鍵開けも通じないし、リリオでも壊せないから、試しもしない。

「とはいえまあ……手錠と同じってことなのよね」

 この錠前と鎖が壊せなくて、扉が開けられないのだとしても。
 そもそもリリオなら石材交じりの木造小屋の壁なんて簡単にぶち抜けるのよね。
 体重軽いから少し手間だけど、まあ力任せより、普段見せる機会のない剣の腕があれば、普通に斬れる。

 あたしたちがある程度落ち着いて居間の長椅子でくつろぎ始めると、ウルウは棚からいくつか遊具を取り出してきた。
 トランプに、帝国将棋(シャーコ)、旅先でなんか面白そうと思って買ったけど全然やってない謎の遊戯盤とか。

 あ、これ、決闘者(デュエラントイ)じゃない。そういえばあったわね。交換遊戯牌(コレクタ・カルト)ってやつよ。ただ、あたしたちはやり方をろくに覚えてないから、地方限定の札を見かけると何となく記念品みたいな感じで買うだけなのよね。
 いや、ウルウは覚えてるのよ。なんならちょくちょく公式の雑誌買って、最新の決め事とか覚えてるわよ。
 でも前にリリオが遊びたがってやってみたら、「その効果は『倒された時』であって『墓地におくられた時』じゃないね」とか、「『対象に取れなくなる』効果だから、対象を取らないカードで除去できる」とか、「『破壊されない』けど『生贄に捧げる』ことはできるよ」とか、「『再生』は再生してるわけじゃないから、墓地にいるときの効果は発揮できないよ」とか意味不明な呪文唱えるし、リリオに手番が回ってくる前になんかよくわかんない儀式が始まって試合が終わっちゃったり、つまりあたしたち向けじゃなかったのよ。

 あたしたちがそっと決闘者(デュエラントイ)をわきによけると、ウルウはとても寂しそうな顔をした。ごめん。でもあたしたちには無理よ。
 やっていけば意外と簡単だからって言われても、無数の札を六十枚以上組み合わせて山札作ったり、運次第で引ける手札を組み合わせて効果を組み立てて行ったり、そういうのは簡単って言わないの。
 あと初心者向けのデッキもあるからって言うけど、平気で山札を数種類用意してるやつの相手は普通にしたくないのよ。多分もう初心者の感覚とか覚えてないでしょあんた。

 なんだっけ。
 そうそう、まあ、なんだかんだあたしたちも娯楽に飢えてたから、監禁被害者と加害者という関係ではありながらも、あたしたちは買うだけ買って遊んでなかった地方版帝国将棋(シャーコ)をいくつか試してみたりしたのだった。
 もちろん、チンパンはなしだ。
 あたしたちは淑女なのだ。

 とはいえ、おしゃべりしながら遊んだりしてるとのども乾くし、小腹も空く。
 あたしがなんか作ろうかなってなんとなーく立ち上がったら、ウルウの手があたしの手を掴んだ。
 なによ、さびしいの、なんて軽口叩こうとして、じっと見上げてくる視線に詰まった。ウルウの手は、別に痛いくらい強く締め上げてくるってわけじゃない。でもまるで機械仕掛けのように、冷たくゆるぎなく、あたしを捕まえて離さない。

「……ちょっと、軽食作ろうかなってだけよ」
「………だめだよ。危ないからね」
「別に料理くらい、」
「だめだよ」
「別に、」
「だめだよ」

 あっ、これがウルウの言うはいって言うまで進まないやつね!
 なんて冗談めかしてみたけど。
 柔らかい口調で、うっすら微笑んで。
 でも、圧が、強い。

 そりゃあ、まあ、関節外してギャヒギャヒ笑って心配かけちゃったし、危ないって言われると強くは返せないわよ。
 でもそのくらいもさせてもらえないんじゃ、息が詰まる。
 今後改善されるかもしれないけど、それを長々と待つ気はない。

「せめて、お茶くらいは淹れさせなさいよ。あたしがご奉仕大好き人間だって知ってるでしょ」
「それは……まあ」
「それにあんた大好き人間でもあるのよ」
「……………仕方ないなあ」

 折れずに言いつのって、少しの間のにらみ合い。
 といっても、あたしは自分の顔の良さを知っていて、ウルウがそれに弱いことを知っているのだ。
 いい感じの角度で、いい感じに目を潤ませて、いい感じにおねだりすればこいつはすこぶる弱いのだ。
 野良猫が餌欲しがる時だけ甘えてくるみたいでつよい、とはウルウの談だ。

 手を放してくれたのでいそいそ台所に向かうと、気配も足音もなくウルウがついてくる。
 気配も足音もないのに、ついてくるのがわかるあたしもどうかとは思うけど、すさまじい隠形(おんぎょう)のわりにこいつ自身は抜けてるので、気をかけていれば気づけるものだ。目端で確認できる。

「茶葉は上の棚。薬缶(やかん)はあそこで……」
「ああもう、台所くらい自分で確かめるわよ!」
「ごめんて」
「なんならあたしのやりやすいように勝手に置き換えるわよ」
「わかったって」

 あれこれ言ってくるけど、本来台所はあたしの領分だ。というか、家事全般。
 あたしがしたいことを結構な間封じてくれたんだから、堪能させてもらうわ。
 って態度でふしゃーっとうなってやると、ウルウはお手上げとばかりに下がってくれた。

 そしてあたしは台所を検めるという建前で素早く調査していく。
 棚や引き戸はすべて開けて中を確かめ、かまどの様子もざらっと見ていく。
 茶葉、薬缶、茶器、それらはウルウの言ったとおりの場所にあった。着火具も見つけたし、火精晶(ファヰロクリスタロ)仕込みのかまどならすぐに用意もできる。

 でも、包丁がないわね。
 刃物全般、それに尖った部分のある金属製品が見当たらない。
 さすがにそこまで抜けてはいないか。

「見つかった?」
「……ええ、見つかったわ」

 あたしの様子を見計らったかのように、真後ろに立っていたウルウの呼びかけ。
 上から降ってくるみたいな圧迫感と声は、まるであれね、八尺様(オク・フート)じみてるわね。

 まあ、武器になるものがあったところで、ウルウ相手には大して意味がない。
 半端な刃物なんか、そもそもあたりやしないんだから。

 結局あたしはおとなしくお茶を淹れることになり、茶菓子はウルウがどこからともなく取り出してきた焼き菓子だった。これ既製品ね。前に寄った宿場町で買ったやつ。結構前だったけど、ウルウの《自在蔵(ポスタープロ)》は保存が効くから本当に便利よね。

 お茶して、お菓子もいただいて、しばらく遊んで。
 その間あたしは、ウルウの隙を見つけることができなかった。
 いやまあ、見つけてどうしたいのって言われると困るけど。
 でもとにかく、あたしたちはこの小屋を脱出しなけりゃいけないと思う。
 この不自然な監禁生活をどうにか打破しなきゃいけない。
 あたしたちのためにも。
 ウルウのためにも。

 その後は台所に立たせてもらえず、ごはんもウルウが時折こっちを確認しながら作ってくれた。
 なんてことかしら……。
 ぴちぴち前掛けでちょっと慣れない手つきの嫁がご飯作ってくれるという実に素晴らしい光景なのに、嫌な緊張感が漂って台無しだ。こういうのはなんの気後れもない純粋にいちゃいちゃできるときにやってほしい。

 食事は食卓で普通に()らせてもらえたけど、やっぱりなんだか落ち着かない。
 ウルウもどこかぎこちない感じはする。まるで形ばかり整えたおままごとだ。
 見えない刃がちらついてるのに、あたしたちはそれにどう対応すればいいのか、そもそもどうしてこんなことになっているのか、そしてこれからどうしたらいいのか、まるでわからないままだ。
 それはもしかすると、ウルウ自身もそうだったのかもしれない。

 なんてあたしが気疲れしてる間、リリオはまるで気にした風もなく呑気にもきゅもきゅ食べている。まあ、考えすぎるより、ある程度気楽なほうがいいのかも。

「この辺りは何が獲れるんでしょうね。そのうちごはんも()きますし、なにか狩りにいかないとですね、ウルウ」
「え? あ、うん……そっか、そうだね」

 って思ってたらしれっと様子見に突っつくじゃないの。







用語解説

・露骨な錠前
 ゲーム内アイテム。正式名称《最高ロック》。
 場所に対して用いるアイテムで、使用した地点を通行止めにできる。
 解除には、アイテム使用者が調べて解錠を選択する、《盗賊(シーフ)》系統などが覚える解錠《技能(スキル)》を使う、解錠アイテムを用いる、設定された耐久値を超えるダメージを与えるのいずれかが必要。
 通路など限定された地形でしか使えないし、プレイヤー相手には割と簡単に対策されてしまうが、ギルド戦での嫌がらせや、撤退時の時間稼ぎ、また一時的なセーフハウスつくりなどに使われる。
 店売りで買える。
『ロックだとかロックじゃないとか、全然ロックじゃねえ。俺がロックだ』

決闘者(デュエラントイ)(La Duelantoj)
 帝国で一部流行しているトレーディングカードゲームの一種。
 有名な冒険屋や騎士、魔法使いなどをモチーフにしたカードが人気。
 建前上、存命の人物のカードはしっかり許可を取っているが、あからさまにそれっぽいカードはよくある。
 そして死後75日経ったらしれっと改名されてたりする。
 各地に協会があり、地方ごとのカードを販売している。
 なおその難解なルールは新規パックが出るたびに改訂が繰り返されており、昨日の最強カードが今日には紙くずということもなくはない。
 帝都新聞では投資関係の欄に並ぶとか。

交換遊戯牌(コレクタ・カルト)(Kolekta karto)
 いわゆるトレーディングカードゲームのこと。
 代表は上記の決闘者(デュエラントイ)だが、様々なTCGが日々生まれては消えていく。
 根付くにはちょっととっつきづらいとかなんとか……。

八尺様(オク・フート)(La Ok futo)
 オーケイ、太っ、ではない。
 帝国東部・北部に伝わる怪異。山の怪の一種とされる。
 身長が八尺(交易尺でおよそ2メートル40センチ)あることからこの名で呼ばれる。
 若い男性を好んで付きまとい、取り殺してしまうとされる。
 帝都発行の怪談集に掲載され、知名度を得た。
 その話によれば、田舎に帰省した若者に目をつけとりつき、村の者たちが必死で魔除けバリケードを施すも、八尺の恵体から繰り出される拳が分厚い扉をぶち抜き、石造りの砦を蹂躙!
 村人たちは無残にも皆殺しにされてしまったという。
 命からがら逃げだした若者は復讐を誓い、十年の時を経て帰郷。
 待ちわびた八尺様が襲い掛かる! 圧倒的なリーチから繰り出される拳は熊をも殺す!
 しかしその拳を誘い出すことこそ男の狙い!
 八尺様の伸び切った腕と交差するように繰り出されるは十尺剣(デックフートグラヴォ)の鈍い輝き!
 という世にも恐ろしい話だったそうな。