異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

前回のあらすじ

殺してでも死なせない。
突然の凶行の真意とは。



 いや死んでないよ?
 全然死んでない。

 なんかそれっぽい空気出しちゃったけど、別に私そこまでメンがヘラってないからね。
 死なせないために死なせるとかなんかもうヤバ目のセリフ言っちゃったけど、なんかこう……あれは、さあ。頑張るリリオ見てたらなんかうるっと来ちゃって、雰囲気盛り上がっちゃって言っただけであって、別に殺してないからね。
 私がリリオを殺すわけないでしょ。

 あー恥ずかし。
 恥ずかし乙女。

 あれはね、《仮死の妙薬(マンドレイク)》っていう《技能(スキル)》なんだ。
 《暗殺者(アサシン)》系統の上位職、いまの《死神(グリムリーパー)》の一個下の《職業(ジョブ)》である《執行人(リキデイター)》っていうヤツで覚えるんだけど、名前の通り使った相手を《仮死》状態にできるっていう変わったスキルなんだよね。

 《仮死》はバフともデバフともいえる付与効果で、動けなくなるし《技能(スキル)》も基本使えなくなる。自然回復もしなくなって、なにもできない。でも敵からは死んだっていう風に判断されて、ほとんどの場合ヘイトが切れて攻撃されなくなる。
 範囲攻撃に巻き込まれたりとかはしょうがないけどね。

 面白いことに、敵MobとかNPCにも使えることがあって、イベントバグったことあって笑ったなあ。《仮死》状態で話進むんだもん。

 それで、アイテムとか《技能(スキル)》で《HP(ヒットポイント)》を回復させたり、もう一回この《技能(スキル)》を使うと《仮死》は解除できる。
 例えば私が《仮死》中であっても、私は《仮死の妙薬(マンドレイク)》だけは使えるから、いつでも死んだふりができるんだね。
 このあたりはかなり早いうちに小動物で実験はじめて、自分で人体実験したからかなり確実だ。
 さっきリリオを寝かしなおしてから解除したけど、無事息を吹き返したしね。

 いやー、しかし、あのあとクヴェルコさんにめっちゃ慌てて説明したけど、「この人仲間を殺して錯乱してる……」みたいな目で見られて、誤解解くまですごい時間食ってしまった……。
 《仮死》状態にする薬なんです必要な処方なんですって何度も説明して、納得してもらったら今度は、じゃあ紅真蜱(ルジャ・イクソード)に襲われないよう村人全員にお願いしますって土下座されそうになって、困ったよね。
 気軽に使ったように見えるかもだけど、《SP(スキルポイント)》の消費も安くないから、さすがにみんなには使えない。
 あんまり長時間《仮死》にさせた場合、どういう影響が出ちゃうかわかんないしね。

 まあ、そんないざこざを乗り越えて、私はようやく森に挑むことができるというわけだ。
 一応、もしかしたら、万が一、私が帰ってこれなかったり、時間がかかりすぎてリリオとトルンペートに問題があるといけないから、二人には《聖なる残り火》という自動蘇生アイテムを装備させておいた。かまどとそのうちで燃える火をあしらったネックレスだ。
 その効果は以前身をもって体験したから、考えたくもないけど、二人がもし死んでしまっても、一度だけは万全な状態で復活できる。状況が改善できなかったら結局は時間稼ぎに過ぎないかもしれないけど。

「これで在庫はないから、私のほうは凡ミスもできないけど……まあ大丈夫でしょ」

 森は深く、普段は危険な害獣や魔獣もたまに出るらしい、とは聞いたけど。
 やはり紅真蜱(ルジャ・イクソード)のせいか、生き物の気配に乏しく、しんとしたものだ。
 《SP(スキルポイント)》消費を抑えるために、こまめに《生体感知(バイタル・センサー)》を入れたり切ったりしてるけど、ほとんど目に見えるのは紅真蜱(ルジャ・イクソード)の小さな光点と、植物の淡いものくらいで、大型の動物の生きている気配は見えない。障害物貫通して見えるはずだから、これは近くにはもう生きている動物があまりいないってことかもしれない。

 ただ、まだ死んでいないっていう程度に衰弱して、命の光が淡くしかともっていない動物は道中で結構見かけた。死んでいるやつもいたのかもしれないけど、夜の森で、光も見えないとなれば、私にはなかなか発見できなかった。
 まあ、灰鷹蜂(ニゾヴェスポ)の餌食になったりして、血の匂いとか腐臭してるやつは気づくけど。

 そういった死体や半死体を発見したり、植物の繁茂具合を見ていれば、この森の生態系が結構豊かだったんだなあと想像はできる。
 食べたことのある動物や、見たことのない動物が結構見られた。
 肉食獣も草食獣も区別なく、見境なく、紅真蜱(ルジャ・イクソード)の被害に遭ってしまっているみたいだ。

 先ほども、大きな猪ほどもある巨大な毛虫がぐったりとして動かなくなっているのが見えた。
 きもいから近づかなかったけど、あれほど大きな動物も、紅真蜱(ルジャ・イクソード)の大群に襲われたら衰弱して動けなくなってしまうのだ。
 おそらく普通に血の流れる生き物は、この森では全滅したとみていいだろう。

 しいて言うなら、虫は生き残ってると思う。
 ダニが他のダニや昆虫も捕食対象にするのか私はよく知らないんだけど、少なくとも灰鷹蜂(ニゾヴェスポ)は生き延びているどころか、生息圏を盛大に拡大しているところだった。
 他の虫たちがどうかは知らないけど、灰鷹蜂(ニゾヴェスポ)に関しては紅真蜱(ルジャ・イクソード)の被害を免れている。あるいはある種の共生関係が築かれているのかもしれない。

 灰鷹蜂(ニゾヴェスポ)の恐るべきスピードで飛んできてばらまかれる紅真蜱(ルジャ・イクソード)というのを想像すると、それはあまりぞっとしない話だった。
 でも、ないとも言えない。

 なんにせよ、この先に進むなら、いよいよ回避しようがないほどの紅真蜱(ルジャ・イクソード)の大群とか、灰鷹蜂(ニゾヴェスポ)の群れと戦うことになるかもしれない。
 比較的安全な今のうちに。装備は整えていったほうがいいだろうね。
 虫嫌いだし。きもいし。ゲームシステム的にも隠形が効かないのが多いし。
 ていうか《エンズビル・オンライン》はMobのビジュアルが凝り過ぎてるんだよ。そりゃ見た目がいいに越したことはないけど、虫系はほんと勘弁してほしい。うぞうぞ動く多脚とかホントもうやめてほしい。

 いやいや、ゲームへの恨みを吐き出してしまったが、これは一応リアルだ。
 落ち着こう。

 私はインベントリをあさって、対多数用の装備に切り替えていった。
 狩場を決めてプレイしてたからあんまり装備を持ち歩いてないんだけど、囲まれると回避が効かなくなって死ぬから、これだけはお着替えちゃんと用意してるんだよね。虫系Mobはレベルが低くても基本群れで襲ってくるから、回避削られるんだよねえ。

 なんてことを思いながら、お着換え完了。
 性能の高い《やみくろ》……フード付きの黒いマントはそのまま、両手で構える大鎌|《ザ・デス》を武器として装備。
 足元は《死の舞踏》という、人間の足の骨を模したような悪趣味なブーツだ。
 頭装備としてかぶるのは、ドクロの仮面だ。《ヴァニタスのまなざし》という。
 そのほかにもいくつか装備したけど……ざっくりした見た目は、本当に死神だね、こりゃ。

 まあ死神って、神に仕える農夫とか、刈り取り人とか言われるし、害虫駆除に赴くには洒落が利いてる……利いてるかな? なんか不安になってきた。陽キャのハロウィンパーティにガチコスプレで行ってしまったようなそんな気恥しさと死にたみが募ってくる。現実にはそんなイベント参加したことないけど。

「ううん……アジャラカモクレン、アゾアエーアイユリ、テケレッツのパア」

 まあ、ちょっとテンション下がりながらも、お仕事はお仕事だ。
 私は《生体感知(バイタル・センサー)》で引き続き紅真蜱(ルジャ・イクソード)の後を追いかけていき……そして、明らかに紅真蜱(ルジャ・イクソード)ではない高速で動き回る光点に気づく。
 色は赤。真っ赤だ。敵意ビンビン。

 振り向けば、そこにはあの凶悪な灰鷹蜂(ニゾヴェスポ)
 ぶん、ぶうん、ぶぶうん、ぶん、ぶん。
 一匹見ればなんというか、羽音に集められるように、何匹もの灰鷹蜂(ニゾヴェスポ)が集まってきて、顎をがちがち鳴らした。警戒音ってやつかなあ。
 一応確認してみたけど、《隠蓑(クローキング)》は発動してる。発動してるけど、明らかに感知されている。やっぱりだめか。
 虫は見てる色とかが違うとか言う理屈で、《エンズビル・オンライン》でも隠形看破してくることが多かったし、諦めて解除する。《SP(スキルポイント)》の無駄だ。

 別にこいつらの相手する気はないんだよなあと思って、姿勢を低くしてゆっくり後ずさってみるけど、普通に襲い掛かってきた。ダメか。やっぱり黒い服は蜂が襲ってくるっていうのホントだね。

「うわ怖っ」

 普通によけたけど、避けた先にあった木に、だぁんとダーツでも投げたみたいな音を立てて灰鷹蜂(ニゾヴェスポ)が突き刺さる。どんな威力だ。しかもぎこぎこと引き抜こうとしてるし。せめて自爆して死んでくれ。

「……っていうか、蜂って昼行性だと思ったんだけどなあ」

 視力が悪いから夜は巣で寝てるって聞いたことあるんだけど、種類によるのかな。
 あるいはこいつらも、なにかおかしくなってるのか。

「私も虫の専門家じゃないし、ごめんだけど」

 ひょい、ひょい、と襲い掛かる蜂をよけながら、私は大鎌を振りかぶった。

「えーと、絶滅したらごめんね」





用語解説

・《仮死の妙薬(マンドレイク)
 《暗殺者(アサシン)》系統の上位職《執行人(リキデイター)》が覚える特殊《技能(スキル)》。
 対象は敵味方問わず近接単体。敵及びパーティ外のプレイヤーに使用する場合は抵抗判定あり。
 《仮死》状態を付与し、またすでに付与された《仮死》状態を解除できる。
 ゲーム内では敵MobやNPCにも判定さえ抜ければ《仮死》を付与でき、イベント進行がバグることが報告されていた。ただ、見た目が面白いだけで進行自体には問題がないものが多く、いまも修正されていない。
 また一応死亡時と同様の処理が走るせいか、《毒》や《強化》などの状態付与は一律すべて解除されてしまうバグがあり、状態異常を無理矢理乗り切る「秘技死んだふり乱舞」が編み出された。SP消費を考えたら効率的ではない。
『おおロミオ……じゃない!? 曲者!』

・《執行人(リキデイター)
 《暗殺者(アサシン)》系統の上位職。
 《暗殺者(アサシン)》から転職してなることができ、さらに上位に《死神(グリムリーパー)》が存在する。
 状態異常の付与や、変装など、直接戦闘には寄与しない特殊な《技能(スキル)》を覚える。
『七つの顔を持ち、七つの声で話し、七つの家庭で暮らし、一つの墓も残らない』

・《聖なる残り火》
 ゲーム内アイテム。
 アクセサリー枠を一つ埋めることになるが、死亡時に自動で全回復して蘇生してくれるレアアイテム。
 蘇生時にこのアイテムは失われる。
 上位陣はお守り代わりに必ず一つは持っているが、複数持つのはさすがに難しいという程度にはレア。閠もあと何個かしか持っていない。
『目覚めなさい。その火が消えないうちに』

・大きな猪ほどもある巨大な毛虫
 現地名猪蟲(アプラウポ)(aprraŭpo)。イノムシ。
 羽化しない幼形成熟のチョウの仲間。
 表面に黒褐色の剛毛を持つ毛虫様の姿を持つ。
 ずんぐりむっくりとしており、芋虫としては短い。
 視力に乏しく、口元にあるものはとりあえず食べてみる雑食性。
 興奮状態になると見かけによらぬ猛スピードで突進することがある。
 頑丈な頭部は時に木石を砕くことがある。
 また剛毛に覆われた表皮は丈夫で、刃や矢が通らないことも。
 肉は赤身で濃厚な旨味と甘み、深い滋味がある。モチモチと押し返すような弾力も魅力的。
 帝国全土に生息しており、よく見る豚はこの猪蟲(アプラウポ)を品種改良したものとされる。

・《ザ・デス》
 ゲーム内アイテム。武器。
 「死」の名を冠した最上位武器だが、攻撃力はぼちぼち。
 ただし攻撃時に周囲一マスすべてにダメージが通る範囲武器。
 かつ、クリティカル時に低レベルとはいえ即死判定が発生する。
 ある《死神(グリムリーパー)》専用《技能(スキル)》を習得・使用するのに必須。
『その首をはねておしまい! ……おや、もうなかったね』

・《死の舞踏》
 ゲーム内アイテム。脚部装備。
 装備すると移動速度が上がるほか、敵に囲まれた際にも移動を妨げられず、抜け出ることが可能になる。
 一部の敵の拘束技も抜け出る事例が報告されているが、必ず再現されるわけではないらしい。
 Mobのすり抜け時に座標指定がバグることがしばしばあり、混戦時に挙動がおかしくなるという報告がある。
 また、Mobが無限沸きするポイントでの実験で、画面外にはじき出されて戻ってこなくなったという報告もある。
 公式からのアナウンスはなく、仕様なのかバグなのかも不明。
『同じ死ぬなら、踊らにゃ損、ソン!』

・《ヴァニタスのまなざし》
 ゲーム内アイテム。頭部装備。
 装備するとアイテム、《技能(スキル)》、また自動回復他で《HP(ヒットポイント)》を回復しなくなるが、回避判定が一回余分に計算される。
 つまり、一度回避に失敗してももう一度判定して回避できる。
 二度目の判定でも失敗すれば普通に食らうが、計算式を間違えているのか、二度目の回避判定には囲まれた時のマイナス判定などが入らず、素の数値で回避できる。
 簡単に言えば、敵に囲まれても回避率が低下しなくなる。
 実装後間もなく、また入手難度が高いためまだバグが広く知られておらず、修正が入っていない。
『すべては無だ。何もかも虚しい。死だけが、ああ、死だけが確実だ』