異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

前回のあらすじ

湖のほとりの観光地。いちゃつくカップル。
凄惨なスラッシャー映画が始まるかと思いきや、ロシアの釣り番組が流れてきたでござるの巻。





 結局、初日は北の輝き(ノルドルーモ)を見れないまま終わった。
 まあこれは予想通りだ。見ようとして構えてるとなかなか出ないもんだしね。
 一週間くらいがっつり張り込めるだけの準備はしてあるから、そこのところは心配しなくていい。
 しいて言うなら、そのあいだはずっと釣りをして過ごすことになりそうなので、退屈は退屈だって言うことくらいか。

「うーん……なんかもやっとしたのは何度か見れたし、私は別にもういいんだけど」
「あんなの見た内に入んないわよ」
「そうですよ! 本当の北の輝き(ノルドルーモ)は、それはもう素晴らしく美しいものなんですよ!」
「うぅん、そりゃまあ、そう言われると気になるけどね」

 ウルウはそんなこと言うけど、それって遠慮しいなだけよね。
 面倒くさがりなところがあるから、もう飽きちゃったのかなって思うかもしれないけど、全然そんなことないに決まってるわ。
 絶対見たいはずなのよ、なんだかんだ。名所とか、珍しいものとか、絶対しょぼいってわかってても一応見に行く程度にはそう言うの好きなのよこいつ。
 ひとりだったら絶対、なんにも言わずにいつまでだって腰据えてたはずよこいつ。
 あたしたちは見慣れてるから、付き合わせちゃ悪いって気を遣ったつもりなんだろうけど、でもそうじゃないの。そうじゃないのよー、もー、こいつは。

 あたしは、あたしたちは、ウルウと見たいのだ。一緒に見たいのだ。
 三人で並んで、北の輝き(ノルドルーモ)を見たいのだ。
 きっとそれは、今までに見たどんな北の輝き(ノルドルーモ)とも違った美しさだろうから。

 あたしたちは、昼の間は暖房を利かせた部屋にこもって、熱を逃がさないように三人で寝台に潜り込んだ。
 今朝帰って来て早々に、ウルウはもう耐え切れないとばかりに風呂を用意して堪能しちゃったので、もうあたしたちはウルウを堪能できないんだけど、まあそれはそれで。これはこれで。
 なんだかんだ寒い中で座ってるのって、自分で思ってるよりかなり体力使うから、こんなところで体力使うわけにもいかないしね。

 あたしたちは夜になると、お酒と、暖かいものを用意した。
 お酒はまあ、そりゃ迂闊に寒い中で飲むと死ぬけど、でも手足の血管を広げるって言うのは悪くないのよ。その熱が逃げないように気をつければ、手足とか末端部が凍っちゃうのを防げるから。って言っとく。
 暖かいものは、やっぱり塩気と脂が必要だものね、汁物を鍋に用意して、これを厚手の布でぐるぐる巻きにする。これで少しは冷めづらいはず……なんて思ってたら、普通にウルウが《自在蔵(ポスタープロ)》にしまい込んじゃった。
 ああ、うん、そうよね。あんたのそれものが冷めないものね。

 湖上に辿り着いたら、また釣りよ。
 テント立てて、穴開けて、糸垂らして。
 座って、お酒飲んで、暖かいもの飲んで。
 それで適当なところで切り上げて移動して。
 その繰り返し。

 火でも焚ければもう少しじっとしててもいいんだけど、さすがに氷の上でそれをやる勇気はないわよ。
 灰とかの断熱材敷いて、上にストーブ置けば大丈夫、みたいな話も聞くんだけど、さすがに真似するのは怖いわ。落ちたら死ぬもの。
 リリオはまあ大丈夫かもしれないし、ウルウはそもそも水の上歩けるけど、あたしは足場が崩れたらおしまいね。冷水に落ちちゃったら、なにかする前に動けなくなってそのまま死ぬと思う。

 なんて怖いことは、釣り糸垂らしてる時に考えたりしないわ。
 氷に穴開けてるけど、それはそれ、これはこれよ。

 氷上釣りは久しぶりだけど、釣れるとやっぱり面白いわよね。
 釣れないときはほんと釣れないんだけど、釣れるときはびっくりするくらいポンポン釣れるのよ。
 氷で水中の様子なんてわかんないから、指先の感覚頼りなんだけど……もちろんあたしにはなんにもわかんないわ。多分そこらへんで講釈垂れてるおっさんとかだって、きっとわかってないわよ。
 釣り人の言う「感覚」って結局勘でしかないと思うわ。あたしはね。

 騒がしいリリオもそこそこ釣るし、ウルウも思い出したように引き上げると釣れてたりする。
 ちっちゃいのは、それこそ指みたいな大きさの公魚(ワカサギ)とか、手のひらにのるくらいの(マス)の類とか。
 大きいのは(シャケ)とか、(カマス)とか、変わりどころではチョウザメなんかも釣れるわね。
 ウルウがなにこれって言ったのは沙魚(ハゼ)かしら。
 ぶっちゃけ、あたしも名前がよくわかんない魚は多いわ。

 ああ、それに魚以外だって、もちろん釣れるわ。
 エビとか、ザリガニの仲間とかね。

 釣れたらそれは適当に氷上に放っておく。捨ててるわけじゃないわよ。
 ただ、こうしておくと、しばらく跳ねまわった頃には凍っちゃうのよ。そうしたらしめるまでもないし、バケツから飛び出てくる心配もない。動かなくなった頃合いで集めればいいわけ。

「ほんとに色々釣れるね。生態系が豊かなんだ」
「そうねえ。夏場なんかは、潜ったりできるんだけど、浅い所だけでも結構見れるわよ。ほら、この前食べた陸海獺(テルマル・ルトラ)も浮いてるし」
「ああ……うん……あれね」
「釣りだと見れませんけど、レウチースカ湖には名物にもなる変わった水草もあるんですよ」
「水草?」

 たまに釣り糸にもが絡みついたりするけど、これはまた別のものだ。
 実物があったらわかりやすいんだけど、この時期は土産物屋も開いてないものねえ。

「ええ、毬藻(ピルカルゴ)という藻の仲間ですね。この藻は不思議なことに、水中で絡み合うみたいに集まって、丸くなるんです。お手玉みたいに丸くなるので、子供が投げ合って遊んだりしますね。大きいものだと拳くらいの大きさにまでなるんですよ!」
「お、マリモだ」
「知ってるんですか?」
「見たことはある」

 また出たわね。
 まあ本とかで知ったってことなんでしょうね、多分。話には聞いたレベルみたいだから、実物には結構食いつくのよね。
 いまもちょっと気になるのか、穴の中を覗き込んでる。さすがに見えないわよ。
 いや、こいつのことだからまた妙な道具とか持ち出すかもしれないけど。

「食べられるものも多いみたいだけど……危ない生き物もいるの?」
「あー……まあ、そんなにはいないわよ」
「いることはいるんだ」
「そりゃあ、安全なだけの場所なんてないわよ。生き物が住んでるんだし」
「それもそっか」

 ただまあ、危ないって言うのも、ピンキリっていうか、危険の種類にもよるわよね。

「種類?」
「そう、食べたら毒だとか、触ったら毒だとか、襲ってくるとか」
「あー……そういうね。触ったらダメなのもいるの?」
「うーん……毒持ちは気にするようなのはなかったと思うけど。とげが刺さると痛い、とかくらい」
「まあそれはそうなる」
「うーん、そうですね、大体は全部素揚げして食べられちゃうような奴ばかりですし」
「それはそれで楽しみだけど」
「それでまあ、襲ってくる奴よ」
「跳ねたり、噛みついたり?」
「そのくらいは普通の魚でもあるわよ。やばいのは、氷割ってくる奴よね」
「は?」

 うーん、その顔。
 そうよね。そりゃそうなるわよね。
 割れたら死ぬ氷の上で釣りしながら、そう言う話したらそうなるわよね。
 まあでもそう言うのもいるから、一応話しておかないと。

大螺旋貝(マシーヴァヘリカーゴ)っていうやつね」
「名前からして強いやつじゃん」
「うーん、強いかというと、まあそこまでではありませんよ。陸上なら」
「水中生物は大体そうだと思う」
「こいつはまあ、巻貝なんだけど、タコとかイカみたいに触手があるのよ。で、釣りしてると、釣り穴から触手伸ばしてくるの」
「なにそのSAN値減りそうなの」
「さっきみたいに釣った魚とかを凍らせてるって覚えてて、横から盗もうとするのよ」
「賢いというかせこいというか」
「それがでかいやつになると、欲張って触手ねじ込もうとして、氷が割れちゃうのよね」
「あれ厄介ですよねえ」
「ふうん…………それってああいう感じ?」
「ああ、そうそう、あんな……」
「ええ、こういう感じの……」

 にゅるり。
 二日酔いの中で見る悪夢みたいな触手が、あたしたちの目の前で氷を引き裂いたのだった。





用語解説
毬藻(ピルカルゴ)
 マリモ。球状に集まることで有名な藻。
 単体の藻ではなく、糸状の藻が集合することで一つの大きな球状となっている集合体。
 あまり大きくなると中心部は光合成ができなくなり、内側から枯れて腐ってしまうこともあるという。
 自然に集まって自然に球状になるわけではなく、湖内の水流などの条件が重なってこの形態になるという。
 実は球状にはならないだけで、同種の藻は他の水系でも見られる。

大螺旋貝(マシーヴァヘリカーゴ)
 オオラセンガイ。現地語では「大きいでかい螺旋」みたいな意味合い。
 巨大なオウムガイやアンモナイトのような形状の頭足類。
 十年以上かけて成長し、その直径は二メートル超えの記録が残っている。
 百本近い触手を持ち、根本付近に発達した神経節がそれぞれを脳の指示なしで操る。
 巨大な貝殻のほとんどは中空で、内部のガスを調整して水中での浮上・沈降に用いる。
 泳ぎはあまり得意ではなくゆっくりと動くだけだが、触手は強い。
 かなり賢く、釣り人の習性を覚えて、釣り穴から獲物を横取りすることを覚えている。
 結果として釣り人に被害が出ることはあるが、積極的に襲っているわけではない。
 ではないのだが、触手でつかんでしまったらまあご飯かなと思って食べてしまうので危険。