・前回のあらすじ
ようやく街に入ったが入っただけで終わってしまった。
いったいこの物語は後何話かければ本筋らしきものを見出していくのだろうか。
そもそも本筋などというものがあるのだろうか。
ヴォーストの街というのは、私が想像していたよりも随分と文明的な街並みだった。
と言ってもまあ、高層ビルが立ち並ぶというほどではない。
道には石畳が張られていて、馬車が通る車道と人間が歩く歩道が分かれている。建物は石材と木材が半々くらいに組み合わさっていて、多くは一階建てだけれど二階建てもよく見られ、恐らく重要な建物は三階建ても時々見られる。
屋根の多くは色鮮やかな瓦が葺かれていたが、その艶やかさは釉薬瓦と思われる。積雪もあるという北方では、水の染みにくい釉薬瓦が向いているということだろう。またところどころ金属瓦も見られた。
気になったのは道のところどころに設けられている金属製の蓋らしきもので、鍵で閉ざされているが、開けば地下へと降りられそうだった。単に地下室とも思えないそれは、或いは地下に水道の存在があるのではないかと思わせた。
少し驚いたが、これはこの世界の文明を侮りすぎているかもしれない。思えばローマ水道などは二千年以上前に作られ、そして現代でも立派に機能している。愚かな者たちの手によって破壊されなければそれらの水道はもっと多く残っていただろうし、技術者が研鑽を続けていればより効率的な水道さえ作られていただろう。
門を抜けてすぐは大通りになっていて、左右にはベッドや食事の絵の看板が掲げられた宿屋や食事屋が並び、続いて雑貨屋や商店などが並んでいるようだった。そのどこも盛況で、店先で声を上げる売り子や呼び子、案内を買って出る案内人、店を吟味する商人や旅人達の声で満ち満ちていた。
また辻々には門で見たような衛兵たちが暢気そうに立っており、馬車の行き交いを整理する者たちもいる。
入り口であるから騒がしいというのは差し引いても、それでも地方の都市としてはこれはかなり人口の多い、また近代的な作りの街なのではないかと思われた。
それはつまり、私がげんなりするほど気持ち悪くなるに十分な人込みということでもあったが。
老商人と別れる際の挨拶が気になったので、うるさい中でも聞こえるように、またできるだけ人込みから意識を外せるようにとリリオに近寄り、今のはなんだったのかと尋ねてみた。
そうしてリリオが語ったところは、また新規の神様の話だった。
旅の神とか冒険の神とか、この世界には本当にいろいろ神様がいるようだ。この世界の神話体系も気になるし、それに基本的な挨拶にも使われるようだからそのうち確認してみないと、と思いながら、早速気になる点があったので重ねて尋ねてみる。
「冒険屋?」
「あれ、言ってなかったでしたっけ」
少なくとも私には言っていないと思うし、近くで言っていたとしても興味がなくて聞いていなかった、と小首を傾げた私に、リリオも小首を傾げる。
「私、冒険屋になりにこの街に来たんですよ」
ふふん、とちょっと誇らしげに言ってくるので、まあ道行く人々の邪魔にならないよう、歩きながらそれはどんなものなのかと尋ねてみた。
曰く、冒険屋というものは浪漫である。などという下りはまるっと聞き流すことにして、リリオの夢と希望と浪漫と憧れを排して客観的な所だけを拾っていくと、どうもゲームやファンタジー小説にありがちな冒険者というものと大体同じようなものであるらしい。
つまり、遺跡に潜ったり秘境に挑んだりして、財宝や獲物を手に入れる。また依頼を受けて護衛をしたり何がしかの難事を解決したり。はたまたドブさらいやら薬草摘みなどのこまごまとしたことをしたり。
要するに、何でも屋だ。便利屋の類だ。それもどちらかというと荒事寄りの。
ただ、ライト・ノベルでよくあるような、冒険者ギルドのようなものは存在しないようだった。しいて言うならばそれは冒険屋の組合であり、それにしても街単位や領地単位であり、その組合の長が時々より大きな冒険屋の寄り合いとして顔を合わせることがあるような、その程度のものであって、強力な組織という訳ではなさそうだった。
まあ、これはリリオにしても現実を見た発言をしていたのだが、各地を歩き回って旅する冒険屋というのは基本的に根無し草で信用もないし、多くの場合安定した仕事と安定した整備の得られる地元で働くパターンが多いのだそうだ。
これから向かうリリオの親戚とやらはその冒険屋の一人で、このヴォーストの街で事務所を構えているらしい。事務所なんて聞かされると、ファンタジー色溢れる冒険屋なんて言う仕事が途端に所帯じみた感じに聞こえてくる。
「おじさんは若い頃からそれはもう腕利きの冒険屋で、あちこちで大きな依頼を片付けてきたそうなんですよ。おじさんはあんまりそういうの吹聴したがらないんですけれど、母が良く語ってくれました」
それおじさん的には若気の至りであんまり言いふらされたくない奴なんじゃなかろうか。
「いまはお歳のせい……いやまあ、まだそんな年っていうほどでもないとは思いますけれど、このヴォーストの街に腰を落ち着けて、パーティの方と自分の事務所を起てていらっしゃるそうです」
「それで、リリオはそのおじさんの事務所で冒険屋として働きたいわけだ」
「取り敢えずは、ですけれどね」
「取り敢えず」
「夢物語だってわかっていても、やっぱり世界中……とは言わないまでも、帝国のあちこちを冒険してみたいですから。それに、母の故郷である南の方にも行ってみたいんです」
母親。
リリオは時折母親の話をした。母から聞かされたという遠い地方の話。母に教えられた教訓のようなもの。母とともに過ごした故郷の話。そう言ったものを少しずつ、リリオは何となく語っていた。それだけリリオにとって母親の存在は大きく、そしてそれは今も変わらないのだろう。
リリオの口ぶりから、その母親というものが今はもういないのではないかということを、空気の読めない私も何となくは察していた。けれど、リリオの口から母親のいない寂しさのようなものを感じたことはない。むしろ、リリオの語る母親はいつだって優しさと温かい記憶にあふれていた。寂しくない訳ではないのだろう。だがそれ以上に、思い出すたびに胸を暖かくさせるような思い出ばかりが、リリオの中には詰まっているのだろう。
それは、とても幸せなことだと思う。
母親のいない私にはよくわからない感覚だけれど。
或いはリリオは、年上の私に母親の姿を重ねているのかもしれなかった。
私はまだリリオみたいに大きな子供がいる年ではないけれど、リリオが母を亡くしたころはきっとまだ幼く、そのころの母親というのは、或いは私と同じくらいだったのかもしれない。
だからと言って私がリリオにしてあげられることは何にもないし、何をしてあげたらいいのかまるでわかりはしないけれど、それでもまあ、この旅路についていくことくらいはできそうだった。
人様の人生を、物語のアクセント程度にしかとらえられない私ではあるけれど、人様の悲しみや喜びを、読書の間にだけ感じる共感程度にしか思いやることのできない私ではあるけれど、それでもまあ、それは微睡みを助ける毛布くらいには、彼女の旅路の助けになるのではないだろうか。
などと詩的なことを考えながらリリオの冒険屋語りを聞き流しているうちに、私たちはリリオの親戚が開いているという冒険屋事務所に辿り着いたのだった。
剣、槌、弓、そしてナイフ。四つの武器が装飾された看板には、何やら屋号のようなものが刻まれていた。ちらとリリオに目をやれば、確かにここのようで、年相応に目を輝かせている様子が見えた。
「《メザーガ冒険屋事務所》! ここですよウルウ! ここです!」
「見えてるよ」
私はその文字列を覚えながら、早くいけとリリオの背中を蹴りつけるのだった。
用語解説
・水道
ファンタジー警察が良く突っつくと同時に、それだけファンタジー小説でよく現れる存在。
現実では古代ローマ時代の水道など、技術の散逸さえなければ我々が考えるよりも水道技術というのは高度に発展していた。
そして何よりお手軽に地下ダンジョンが作れるので古代技術で作られた水道というのはいつの時代もファンタジー御用達なのだ。
ようやく街に入ったが入っただけで終わってしまった。
いったいこの物語は後何話かければ本筋らしきものを見出していくのだろうか。
そもそも本筋などというものがあるのだろうか。
ヴォーストの街というのは、私が想像していたよりも随分と文明的な街並みだった。
と言ってもまあ、高層ビルが立ち並ぶというほどではない。
道には石畳が張られていて、馬車が通る車道と人間が歩く歩道が分かれている。建物は石材と木材が半々くらいに組み合わさっていて、多くは一階建てだけれど二階建てもよく見られ、恐らく重要な建物は三階建ても時々見られる。
屋根の多くは色鮮やかな瓦が葺かれていたが、その艶やかさは釉薬瓦と思われる。積雪もあるという北方では、水の染みにくい釉薬瓦が向いているということだろう。またところどころ金属瓦も見られた。
気になったのは道のところどころに設けられている金属製の蓋らしきもので、鍵で閉ざされているが、開けば地下へと降りられそうだった。単に地下室とも思えないそれは、或いは地下に水道の存在があるのではないかと思わせた。
少し驚いたが、これはこの世界の文明を侮りすぎているかもしれない。思えばローマ水道などは二千年以上前に作られ、そして現代でも立派に機能している。愚かな者たちの手によって破壊されなければそれらの水道はもっと多く残っていただろうし、技術者が研鑽を続けていればより効率的な水道さえ作られていただろう。
門を抜けてすぐは大通りになっていて、左右にはベッドや食事の絵の看板が掲げられた宿屋や食事屋が並び、続いて雑貨屋や商店などが並んでいるようだった。そのどこも盛況で、店先で声を上げる売り子や呼び子、案内を買って出る案内人、店を吟味する商人や旅人達の声で満ち満ちていた。
また辻々には門で見たような衛兵たちが暢気そうに立っており、馬車の行き交いを整理する者たちもいる。
入り口であるから騒がしいというのは差し引いても、それでも地方の都市としてはこれはかなり人口の多い、また近代的な作りの街なのではないかと思われた。
それはつまり、私がげんなりするほど気持ち悪くなるに十分な人込みということでもあったが。
老商人と別れる際の挨拶が気になったので、うるさい中でも聞こえるように、またできるだけ人込みから意識を外せるようにとリリオに近寄り、今のはなんだったのかと尋ねてみた。
そうしてリリオが語ったところは、また新規の神様の話だった。
旅の神とか冒険の神とか、この世界には本当にいろいろ神様がいるようだ。この世界の神話体系も気になるし、それに基本的な挨拶にも使われるようだからそのうち確認してみないと、と思いながら、早速気になる点があったので重ねて尋ねてみる。
「冒険屋?」
「あれ、言ってなかったでしたっけ」
少なくとも私には言っていないと思うし、近くで言っていたとしても興味がなくて聞いていなかった、と小首を傾げた私に、リリオも小首を傾げる。
「私、冒険屋になりにこの街に来たんですよ」
ふふん、とちょっと誇らしげに言ってくるので、まあ道行く人々の邪魔にならないよう、歩きながらそれはどんなものなのかと尋ねてみた。
曰く、冒険屋というものは浪漫である。などという下りはまるっと聞き流すことにして、リリオの夢と希望と浪漫と憧れを排して客観的な所だけを拾っていくと、どうもゲームやファンタジー小説にありがちな冒険者というものと大体同じようなものであるらしい。
つまり、遺跡に潜ったり秘境に挑んだりして、財宝や獲物を手に入れる。また依頼を受けて護衛をしたり何がしかの難事を解決したり。はたまたドブさらいやら薬草摘みなどのこまごまとしたことをしたり。
要するに、何でも屋だ。便利屋の類だ。それもどちらかというと荒事寄りの。
ただ、ライト・ノベルでよくあるような、冒険者ギルドのようなものは存在しないようだった。しいて言うならばそれは冒険屋の組合であり、それにしても街単位や領地単位であり、その組合の長が時々より大きな冒険屋の寄り合いとして顔を合わせることがあるような、その程度のものであって、強力な組織という訳ではなさそうだった。
まあ、これはリリオにしても現実を見た発言をしていたのだが、各地を歩き回って旅する冒険屋というのは基本的に根無し草で信用もないし、多くの場合安定した仕事と安定した整備の得られる地元で働くパターンが多いのだそうだ。
これから向かうリリオの親戚とやらはその冒険屋の一人で、このヴォーストの街で事務所を構えているらしい。事務所なんて聞かされると、ファンタジー色溢れる冒険屋なんて言う仕事が途端に所帯じみた感じに聞こえてくる。
「おじさんは若い頃からそれはもう腕利きの冒険屋で、あちこちで大きな依頼を片付けてきたそうなんですよ。おじさんはあんまりそういうの吹聴したがらないんですけれど、母が良く語ってくれました」
それおじさん的には若気の至りであんまり言いふらされたくない奴なんじゃなかろうか。
「いまはお歳のせい……いやまあ、まだそんな年っていうほどでもないとは思いますけれど、このヴォーストの街に腰を落ち着けて、パーティの方と自分の事務所を起てていらっしゃるそうです」
「それで、リリオはそのおじさんの事務所で冒険屋として働きたいわけだ」
「取り敢えずは、ですけれどね」
「取り敢えず」
「夢物語だってわかっていても、やっぱり世界中……とは言わないまでも、帝国のあちこちを冒険してみたいですから。それに、母の故郷である南の方にも行ってみたいんです」
母親。
リリオは時折母親の話をした。母から聞かされたという遠い地方の話。母に教えられた教訓のようなもの。母とともに過ごした故郷の話。そう言ったものを少しずつ、リリオは何となく語っていた。それだけリリオにとって母親の存在は大きく、そしてそれは今も変わらないのだろう。
リリオの口ぶりから、その母親というものが今はもういないのではないかということを、空気の読めない私も何となくは察していた。けれど、リリオの口から母親のいない寂しさのようなものを感じたことはない。むしろ、リリオの語る母親はいつだって優しさと温かい記憶にあふれていた。寂しくない訳ではないのだろう。だがそれ以上に、思い出すたびに胸を暖かくさせるような思い出ばかりが、リリオの中には詰まっているのだろう。
それは、とても幸せなことだと思う。
母親のいない私にはよくわからない感覚だけれど。
或いはリリオは、年上の私に母親の姿を重ねているのかもしれなかった。
私はまだリリオみたいに大きな子供がいる年ではないけれど、リリオが母を亡くしたころはきっとまだ幼く、そのころの母親というのは、或いは私と同じくらいだったのかもしれない。
だからと言って私がリリオにしてあげられることは何にもないし、何をしてあげたらいいのかまるでわかりはしないけれど、それでもまあ、この旅路についていくことくらいはできそうだった。
人様の人生を、物語のアクセント程度にしかとらえられない私ではあるけれど、人様の悲しみや喜びを、読書の間にだけ感じる共感程度にしか思いやることのできない私ではあるけれど、それでもまあ、それは微睡みを助ける毛布くらいには、彼女の旅路の助けになるのではないだろうか。
などと詩的なことを考えながらリリオの冒険屋語りを聞き流しているうちに、私たちはリリオの親戚が開いているという冒険屋事務所に辿り着いたのだった。
剣、槌、弓、そしてナイフ。四つの武器が装飾された看板には、何やら屋号のようなものが刻まれていた。ちらとリリオに目をやれば、確かにここのようで、年相応に目を輝かせている様子が見えた。
「《メザーガ冒険屋事務所》! ここですよウルウ! ここです!」
「見えてるよ」
私はその文字列を覚えながら、早くいけとリリオの背中を蹴りつけるのだった。
用語解説
・水道
ファンタジー警察が良く突っつくと同時に、それだけファンタジー小説でよく現れる存在。
現実では古代ローマ時代の水道など、技術の散逸さえなければ我々が考えるよりも水道技術というのは高度に発展していた。
そして何よりお手軽に地下ダンジョンが作れるので古代技術で作られた水道というのはいつの時代もファンタジー御用達なのだ。