前回のあらすじ

すごかった(二回目)。
照れ隠しに暴力を振るう系ヒロインはいまもジャンルとして存在するのか。




 すごかったです。

 というのをいつまでもやっていると、さすがにウルウが本気で怒りそうなのでそろそろやめておきましょう。
 いやほんと、ここだけの話、本当にすごかったんですけどね。
 私もう、途中で頭の中がぐっちゃんぐっちゃんになって、それで、真っ白になって、ぐわーってなっちゃったんですけど、ぶん殴られて正気を取り戻すまで壊れなかったウルウってすごくありません?
 あと私が噛みつくや否やためらいなくこめかみを棍棒でぶち抜くトルンペートすごくありません?
 というか、私がぷっつんくるの見越して寝台に鈍器持ち込んでおくっていう気概がもうすごくありません?

 なんか私だけすごさの基準が違う気がしてならないのですけれど、まあそれはそれとして。

 正直なところ何を食べているのか全く味もわからないまま気もそぞろに山盛りの朝食を平らげたところで、おじさまは私たちにいくつかの贈り物をくださいました。旅の餞別と、そしてお祝いにと言って。
 私たちの旅に必要なものだからというそれは、防寒具一揃いでした。
 成程、確かにこれは必要なものでした。

 移動中はずっと暖かくした竜車の中にいましたし、外に出る時も、辺境育ちの私やトルンペートにとってはまだ大した寒さでもなかったので、北部で買った上着でもどうにかしのげました。
 お母様の飛行服は何しろ空の上を翔けるためのものですから防寒は言うまでもなく、ウルウに至っては多分なんかいつものまじないか道具のおかげかしれっとしてます。

 でもさすがにどんどん冬も深まっていく中、辺境を奥へ奥へと旅するとなると、しっかりとした防寒着が必要になってきます。寒くて凍えるとかそんな話ではなく、率直に死ぬからです。凍って死にます。
 いくら辺境育ちでも、辺境育ちだからこそ、辺境の極寒に対してはきちんと対策しないといけません。

 私が辺境を出た時は初夏のことで、かさばる防寒着なんかはさすがに持ってきていなかったので、ここで手に入るなら、ありがたいことです。ありがたいというか、出発する前にどこかで買っていこうと思っていましたから、ちょうどよいですね。

 おじさまが気前よく私たちに下さったのは、最高級の大箆雷鳥(アルコラゴポ)の防寒具でした。
 それも真っ白な総冬毛の上等なものです。大箆雷鳥(アルコラゴポ)の毛皮は、暖かいだけでなく水をよく弾くので、雪が溶けても、中までしみ込んできません。よく手入れした大箆雷鳥(アルコラゴポ)の毛皮は、海を泳いでも大丈夫だというくらいです。

 上下と手袋、長靴と揃えてあって、どれも文句なしに一級品です。
 上着は縁を長い毛で縁取った頭巾がついていて、すっぽりかぶって口元までしっかりぼたんを留めると、外気を遮ってまつげや呼気が凍るのを防いでくれるようになっています。
 下衣は着衣の上からでも履けて、足さばきも邪魔しない程度にゆったりした造りで、もふもふと暖かいけれど窮屈さがありません。
 袖や裾はひもで絞れるようになっていて、外気が入り込まない造りですね。

 手袋はさすがに分厚くて、ちょっと細かな作業はしづらくなりそうでしたけれど、手のひらのあたりから指先の方だけ開くようになっていて、そこから指を出せるようになっていました。これは便利です。

 長靴の内側はもこもこの毛でおおわれて実に暖かです。おまけに底が最高。靴底です。なにしろ幅広で、滑り止めの細かな溝が入った護謨(グーモ)底なのでした。
 内地の靴だと雪が染みますし、氷の上で滑りますし、辺境じゃやっていけません。その点、護謨(グーモ)底の辺境の靴は滑りにくく、雪も染みませんし、弾力があって疲れづらいですし、寒さにも強いです。
 外付けの金属鉤をくっつけて氷に突き立てる靴もありますけれど、石畳の上じゃ却って危ないですから町中じゃ使えませんし、何しろ金属というのはよく冷えますから、うかうかしてると氷に刺さったまま凍り付いて抜けなくなるなんて時もあるんです。
 その点、この護謨(グーモ)底はそんな心配がありません。

 内地で買うとお高い護謨(グーモ)底の靴ですけれど、実はこの護謨(グーモ)、辺境特産だったりするんですよ。南大陸でも似たようなものが見つかってるらしいですけれど、安定した供給と品質の高さはまだまだ辺境護謨(グーモ)が頭一つ抜けているようです。

 小柄な私たちだけじゃなく、ちょっとばかりでなく背の高いウルウにもぴったりのものをしれっと持ってくるあたり、もしかするとお母様から連絡があった時点から準備していたのかもしれません。

 ちなみにそんな品々の中で私たちが一番喜んだのは、たっぷり用意してくださった替えの靴下でした。
 毛糸で編んだ厚手の靴下は、ありふれたものではありましたけれど、何しろこれがあるとないとでは全く何もかもが変わってきますし、その癖穴があいたり擦り切れたりとすぐに駄目になってしまう消耗品なのです。

 この素敵な贈り物をありがたくいただいて、おじさまと騎士たちに盛大に見送られながら私たちは竜車に乗り込んでいきました。
 またか竜車と早速うんざりげんなりぐったりしているウルウでしたけれど、なんだかそんな姿ですらとてもいとおしく思えます。
 その後ろ姿を眺めながら悦に入っていると、お母様に小突かれました。

「そろそろいい加減にしないと、ウルウちゃんも怒っちゃうかもしれないわよ」
「うぐ、それは困ります」

 というか大本の元凶はお母様なんですけれど。
 やっちゃったてへみたいな顔で、一歩間違えば大惨事の密室を作り出すとかどういう神経しているんでしょう。
 親の顔が見たいと思いましたけど、ハヴェノでじっくり見てきましたし、なんなら実の娘が私です。
 納得の顔。

 まあでも、言っていることはもっともですので、気をつけなければいけませんね。
 ただでさえ神経質なウルウです。
 このあたりでちょっと冷静になって、切り替えなければなりません。

 竜車は空高く飛びあがり、よく晴れた空を勢いよく駆け抜けていきます。
 まあ私たちは締め切った竜車の中で、ウルウのこの世を呪うようなうめき声を聞きながらなのでいまいち格好がつきませんが。
 なにはともあれ、私たちの旅はいよいよ辺境らしい辺境へと至ります。

 龍の(あぎと)より来る竜たちを迎え撃つ天然の要塞。
 吹雪を切り裂いて天翔ける飛竜乗りたちの根城。
 対竜最終防衛線モンテートへと。






用語解説

大箆雷鳥(アルコラゴポ)(Alko-lagopo)
 オオヘラライチョウ。
 大陸最大級の羽獣。辺境及び北部の一部に棲息。雄は箆状の巨大な角を有する。
 成獣の体長は三メートル前後、肩高は二メートルに及ぶ。
 記録では一トン越えの個体も見られる。
 草食ではあるが、成獣は熊木菟(ウルソストリゴ)をはじめとした大型肉食獣を追い払うないし殺傷することが可能である。
 針葉樹林及び沿岸部でよく見られる。
 夏は褐色、冬は純白の羽毛に換毛する。
 羽獣としては珍しく足にも羽毛がある。
 毛皮は防寒性、防水性、耐久性に優れ、肉も食用になるが、仕留めるのには危険が伴うため、傷の少ない毛皮は非常に希少。

護謨(グーモ)(gumo)
 いわゆる弾性ゴム。植物から採取されるラテックスを精製、凝固乾燥させた生ゴムに硫黄や炭素などを加えたもので、我々の知るゴムと大きな違いはない。
 近年では南大陸の植民地で発見されたゴムノキの類からもラテックスが採られるが、輸送費、栽培数、加工法の問題などがあり、まだ主流ではない。
 現在は辺境で栽培されている不凍華(ネフロスタヘルボ)のラテックスが主に用いられている。
 不凍華(ネフロスタヘルボ)のゴムは、耐寒性に優れ、辺境の極寒でも柔軟性と弾性を失わないとされる
 やや高価ではあるものの、一般に流通する程度には普及しており、冒険屋や騎士、また商人たちの靴に用いられることが多い。馬車の車輪に用いる例もある。
 なお、最初に靴底にしようとしたのは冒険屋らしい。


不凍華(ネフロスタヘルボ)(nefrostaherbo)
 辺境及び北部山岳地帯の一部でみられるキク科タンポポ属の植物。
 濃い黄色の花をつけ、綿毛のついた種子を作る。葉は色濃く黒っぽい。
 地表部は背が低いが、根は非常に長く、二メートル以上のものもザラ。
 ゴム加工用の栽培種では品種改良が進み、この根が太く、乳液を多く含む。
 生命力が強く大抵の場所に根付き、極寒の地である辺境において通年花を咲かせるため「凍らない花(草)」の名で呼ばれる。
 この花が凍らない理由は乳液の持つ性質にあり、これは真冬の辺境においても凍結しない対低温性を示す。
 辺境が帝国領に組み込まれた後、当時帝国側から派遣された総督がこの性質に目をつけ、特産として利用できないか研究した結果、酢酸を加えて凝固させた生ゴム、硫黄を加えた弾性ゴムの製法が確立された。
 長々と語ったがお察しの通り今後この知識が本編で活用されることは多分ない。


・竜の(あぎと)
 竜たちが住まうとされる北大陸と帝国との間にそびえる、臥龍山脈の切れ目。
 飛竜たちはこのわずかな隙間を通って人界へとやってくるとされる。
 現在は対竜最前線であるフロント辺境伯領がこれを塞ぐように要塞化している。

・モンテート
 子爵領。対竜最終防衛線。
 龍の顎を蓋するように広がる山岳地帯。
 臥龍山脈ほどではないが険しい山々を要塞化する形で町ができている。
 フロントを突破してきた飛竜はここで確実に撃墜される。
 フロント要塞が完成する以前はここが竜殺しの最前線であり、竜の顎までの間に住み着いていた竜どもを根こそぎにすることで現在の辺境伯領が開拓されるようになった。