前回のあらすじ
辺境貴族同士の戦いは、大抵人間が出せない音を出す。
リリオと、男爵さんの息子さんの手合わせは、まあ私が言うのもなんだけどちょっと人間離れしていた。マテンステロさんのところでしごかれて万国びっくり人間ショーは満喫したと思っていたんだけど、辺境人がみんなあんな感じだとしたらほとほと度し難いな。
身のこなしとか技術面で言うと、二人とも大したことはなかった。
いや、他の冒険屋とか見てきた限り、かなり大したことあるんだろうけれど、マテンステロさんみたいな規格外見ちゃうと、目が肥えちゃうよね。
まあそれでも、大分チート入ってる私の目でも追えないマテンステロさんと比べると十分落ち着いて観戦できるレベルだった。
ただ、剣を打ち合ってる音がどう聞いても重機がうろつく工事現場のそれだったので、この人たちも大概おかしい。
キンキンキンキン流石だな、っていうんじゃなくて、ガンゴンガガンやりますねっていう力こそパワーな蛮族の音がするんだよ。ハンマーで殴り合ってんのかこいつら。
その爽やか蛮族青空殴り合い合戦を制したのは我らが《三輪百合》のリーダーであるリリオだったわけだけど、この子、このちっちゃい体にあんなパワー秘めてんのかと思うとちょっとどころではなく命の危険を感じるよね。
別に私も怪物だし、今更ヒィッ化け物!とかやらないけど、こいつ、私が耐えられるのわかっててあのパワーで抱き着いてくるんだよな。本気でやばい時は避けるけど、ハグで《HP》減るのってはっきり言って恐怖だからね。
私の場合痛みとかだけじゃなくて数字で見えるからより一層怖いんだよ。
なんなら君のボスMobみてーな力強さも数字で見えるから怖いんだよ。
それでも馬鹿犬じみた笑顔でダッシュで駆け寄ってきて褒めて褒めてって顔されると無下にもできないのだ。にんげんだもの。
晴れているとはいえ息が白くなるほど寒い寒空の下、体から湯気立てて髪までぐっしょり汗にぬれていたので、タックルは全力回避。風邪ひかないように、タオルは投げてあげる。そうすると私が拭いてあげなくてもトルンペートがかいがいしくお世話してくれるのだ。
適材適所だね。
さて、そんな具合で二人の試合が終わったわけだけれど、なんで私がトリなんだろう。
武装女中であって本業は戦闘職ではないらしいトルンペートが先鋒なのはまあわかるとして、大将はうちのリーダーであるリリオであるべきだったんじゃなかろうか。
そう言う不満たらたらなのを察したのか、男爵さんが柔和そうに笑った。このおじさま、腹から善い人そうではあるんだけれど、善人が私にとって都合のいい人かというとそう言うわけでもない。地獄への道はいつも善意で舗装されているのだ。
「いや! いや! いや! ウルウ殿は一番面白いとマテンステロ殿から聞かされておりますのでな!」
「頑張ってねウルウちゃーん」
この人ほんっと無責任に煽るよなあ。
もしかして、ハヴェノでしごかれてた時、徹底的に札を切らないように誤魔化しまくってたのがばれてんのかな。しかたがないだろう。私みたいな《技能》頼りの構成だと、あんまり奥の手みせると後がないのだ。
リリオみたいな素直なタイプじゃないから、地力でどうこうってのはできないんだよ。
まあ、しかし組まされたものは仕方がない。
やるからには正々堂々真正面から誤魔化し切ろう。
武装女中同士、剣士同士という先の試合とは違い、私の相手は同じ《暗殺者》というわけではなかった。そりゃそうだ。私を見て暗殺者だと判断するのは無理だろうし、じゃあなんだろうってなると何者なんだろうな私は。
憮然として立つ私と対峙したのは、初老の男爵さんよりまだ年上の、顔にしわの刻み込まれた老人だった。老人と言っても、かなり立派な骨太の体格で、背筋もピンと伸びていて、まるで老いというものを感じさせない。
「お初にお目にかかる。アマーロ家剣術指南役を務めまするコルニーツォと申すもの。よろしくお頼み申す」
「はあ、ええと、ウルウと申します。今日はお手柔らかに」
「うむ、うむ」
背丈で言うと私の方が上なんだけど、骨も筋肉も太いし、姿勢がいいからか、全然小さくは見えない。
なんていうのかな、気迫みたいな、そういうのがあるよね。
手にした剣は派手な装飾もない武骨な剣なんだけど、かなり使い込まれた年季を感じる。まるで手足の一部みたいに馴染んでいて、目立たない。それがかえって怖い。
それにこの刃の輝きは、以前にも見たことがある。
「フムン。わかりますかな。古いが、聖硬銀でできておる」
「以前に、見たことが」
「見劣りせねば良いが」
渋く笑うお爺様だけど、剣術指南役ってことは、さっきヤバそうな音を立ててリリオとヤバそうな打ち合いしてた長男にも剣術教えてたってわけで、全然全く油断できない。
この人は辺境貴族ではないらしいけど、辺境貴族でもないのに辺境貴族に剣術教えているっていう理論の破綻がもう怖いでしょ。
聖硬銀の剣ってことは、確かメザーガが使ってたのも同じ素材の剣だった。
珍しい素材みたいであまり詳しくは知らないけど、リリオに言わせると使い手次第で大きく化けるらしいから、見た目は地味でも十分ヤバい代物だろう。
見た目が地味っていうのは、こういう場合一番手ごわいんだっていうのがセオリーだしね。
まあ、油断しないようにとは言っても、私にできるのは避けて避けて避けて後たまに殴る蹴るってくらいだけど。
いやほんと、私、戦闘って苦手なんだよ、いまだに。
試合開始の合図が響き、コルニーツォさんは中段に構えてずいずいと距離を詰めてくる。
こっちは無手なんだけど、それで遠慮する気はなさそうだった。
というより、この世界ではある程度腕が立つ人は、ステータス見れるわけでもないのに相手の強さがなんとなくわかるらしい。私は《暗殺者》系統の特性なのかそのあたりがわかりづらくはあるようだけれど、それでもそのわかりづらいっていうのが警戒するには十分な要素らしい。
ファンタジーな世界に迷い込んで、一番ファンタジーだなって思うのがその気配とか気迫とか空気とか読む能力だよなあ。
なんてぼんやり考えている間にも、コルニーツォさんは容赦なく切りかかってくる。
さっきの長男氏と比べると力強さは劣るけれど、鋭さが段違いだ。一つ一つの動作がよくよく油の注された機械のように精密で、そして素早い。
この素早いっていうのは、一つの動作が早いって言うだけじゃなくて、次の動作へのつなぎ、その次の動作への準備、そう言った一連の動きを頭で考えるのではなく体が覚えて繰り出してくる素早さだ。
動作と動作の継ぎ目に考えたり躊躇ったりする隙がないから、単純な速度以上に、早い。
なんてことをただのんびり考えているわけじゃなく、私の体はそれらをのらりくらりと自動回避でかわし続けている。私自身かなり気持ち悪いと思うほどの出鱈目な動きは、術理として剣術を叩き込んだ人ほど不可解なものとして困惑するものらしいけれど、このお爺様はまるで怯むところがない。
「素人の何を考えているかわからない剣の方が怖い、というのはよく言われることだが」
踏み固められているとはいえ沈み込む雪の上をするすると詰め寄りながら、お爺様は獰猛に笑った。
「そこで止まるのであれば、剣の道の入り口止まりでな」
つまり、訳の分からない動き程度は前提条件、ということか。
まあ、人間より魔獣の方が多いとかいう辺境で剣を取る人だ。理外の理というものとやり合い慣れているんだろう。
そうなると困ってくるのは私だ。
なにも私は自動回避にすべて任せてぼんやりしているわけじゃない。
あえてぼんやりしてないと、ファンタジー世界の住人はすぐにこっちの意図を読んできやがるので、下手に意識を集中するとそこから崩されるのだ。
殺気を読むとかいう物理法則に反したスキルを標準装備してるからなファンタジー世界。
とは言えこれが通じるのは程々の相手までで、ある程度腕の立つ連中だと、その完全無意識自動回避だと、逃げ道をどんどんふさがれて論理的物理的に回避不可能状態に追い込まれて無理矢理回避盾を突破されてしまう。
じゃあどうするかって言うと、どうしようもないんだよな。
いや、しょうがないじゃん。
私、ただの元OLだからね?
いくら身体がチートでも、ちょっとの間ナチュラルチートに修行つけられてても、私、平和な現代社会で社畜してた運動不足で心臓発作起こした元OLだからね?
これ以上回避できませんってところまで追い詰められたらそりゃ、もう回避できないんだよ。
「ようやく、追い詰めたましな」
「これで降参ってわけには」
「わしもようやく体が温まってきたところでな」
「あー、オーケイ、お手柔らかに」
ついに追い詰められて、ではどうするかって言うと、防御するしかない。
自動回避を理詰めで追い詰められて、私はついに武器を抜かされた。
と言っても散々ひけらかした《死出の一針》じゃない。あれじゃちっちゃすぎて防御もなにもない。
インベントリから引き抜いて、コルニーツォさんの剣を受け止めたのは、《暗殺者》系統の両手武器、《ドッキョシ》と《コリツシ》の二本一組の大振りのナイフだ。
自慢じゃないけど、ハヴェノでの乱取りじゃあ、マテンステロさん以外にはいまだに武器を抜いたことがない。それをさせるんだから、このお爺様は、少なくとも技術面においては《三輪百合》の二人より上だ。
リリオは怪力ばかり目が行くけど、あれで剣術自体も達者だから、このお爺様の腕前が並大抵でないのがわかる。
いやまあ、並大抵だったら剣術指南役なんかやってないんだろうけど。
ともあれ、まあ、抜かされてしまったからには、私の回避盾としての性能はさらに上がる。
避けるだけでなく、受け流しまでできるからね。
というか受け流ししかできないんだけどね。
レベル九十九だから、鍛えてなくても力強さの数値は結構高いんだけど、それでもがちがちに鍛えた前衛職相手だと見劣りする。ファンタジー世界の住人、恩恵とかいうブーストで、見た目以上のパワー出してくるからなあ。
このお爺様の剣はリリオよりは弱いけど、それでも私が真正面から力比べするにはちょっと困るパワーだ。しかも、こちらの力が入りづらい角度で刃を入れてくるので、やりづらい。
今は受け流しに専念しているけれど、こちらが本腰入れたので向こうもやる気出したみたいで、太刀筋が殺す気になってきてる。
単に鋭いだけなら受け流し続けられるけれど、こちらの動きを見てから太刀筋が唐突に切り替わるとかいう、訳の分からない剣が襲ってくるのだ。これを下手に受けてしまうと、そのまま刃を滑って切り返してくる。
勿論、そんな変幻自在な動きをしているのだから、一太刀にかけられる力はずいぶん落ちているのだけれど、人間を殺すのに無駄に力をかける必要はないとばかりに十分致命的な力で十二分に致死的な隙を狙ってくるので、圧はむしろ上昇し続けている。
最初の内は刃で刃を受け流す音が、澄んだ金属音を奏でていたのだけれど、段々余裕がなくなってぎゃりぎゃりと濁り始めてきた。
徐々に手首も痛くなってくる。全然抜いたことがないということはそれだけ慣れていないということで、いくらこのチートボディが使い方を体で覚えているとはいえ、私の頭はそう言うわけにもいかず、そのギャップが埋めきれないダメージを残していくのだ。
この徹底した受け流しの盾がそう長くはもたないことを、私だけでなくこのお爺様もわかっているらしく、年寄でスタミナもそう持たないだろうに、攻めの手を緩めることがない。
長期戦に持ち込むよりも、このまま削り切ろうという腹積もりだろう。
実際、このまま続ければ私が論理的物理的に追い詰められて削り切られるのは避けられない未来だろう。
別に私としてはこんな見世物みたいな手合わせで我武者羅に頑張って勝ったところで何も得られるものなんてないし、手札を一枚切ればその分、将来切れる手札が減るだけなのであんまり頑張りたくないので、このまま押し切られて降参したって構わないのだ。
構わないのだけれど、でも、まあ、うん。
ものすごい面倒くさいしクッソ面倒だし言葉にするまでもなく面倒極まりないけど。
でも、うん。
でも、なんだよなあ。
でも、まあ、リリオは、私に勝ってほしいらしい。
ならまあ、うん。
まあ、やぶさかでもない。
「ちょっと手妻を見せるので」
「フムン?」
「驚いて死なないでねおじいちゃん」
「ぬかすわ!」
むしろ笑みを深くしたお爺様の剣が、私の脳天を真っ二つにした。
「──は?」
比喩でも何でもなく、お爺様の剣が私の脳天を通り過ぎ、股下まで抵抗なくするりと抜ける。
さすがに想定外だったらしくたたらを踏むお爺様の体を、私の体はやっぱりするりと抵抗なく通り抜ける。
そしてたやすく背後を取った私の《ドッキョシ》が首筋にあてられ、一本だ。
これは以前、頭もイカレてるけど、技前も大概イカレてる凄腕の大女にしてクレイジー・バーサーカー・ゴリラことナージャだか長門だかと試合した時にも使った《技能》で、名を《影身》という。
いつも身を隠すのに使っている《隠身》や《隠蓑》の上位《技能》にあたるが、身を隠すというより回避に特化したものだ。
影属性の魔法《技能》という扱いで、体を影に変えて攻撃を回避する、という設定らしい。
ゲーム的には使用中攻撃不可能になる代わりに物理攻撃無効という代物で、《SP》消費は激しいけれど、敵の必殺技とかを避けるのに便利だった。
この世界ではもおおむねそんな感じの壊れ性能が実装されているみたいだけど、あんまり見せると対応されそうなのがこのファンタジー世界の怖い所なので、極力隠していきたい。
「……参り申した」
「それは、よかった」
「しかし、手加減なすったな」
「手加減、というわけではないんですけど」
「けど?」
「殺さずに済ませるのは、難しいので」
別に格好つけているわけでも何でもなく、死神という《職業》は本当にそう言うところがあるのだ。
即死攻撃に特化しすぎているので、戦闘イコール相手を殺すことなんだよな。
《ドッキョシ》、《コリツシ》にしても確率による即死効果付きで、この世界では相手の急所というか、ここを攻撃すると即死というラインが幻覚じみて見えるので、間違ってもそこを攻撃しないように気をつけないといけないのだ。
まあ、そもそもその即死ラインが細すぎて突破困難なんだけど。
「フムン、甘い、と言いたいところですが、負けては何も言えんわい」
肩をすくめて一応納得してくれたようで、私も肩の荷が下りた。
いや本当、戦うのは、苦手なのだ。
用語解説
・コルニーツォ
アマーロ家剣術指南役。辺境貴族ではないが、怪力の辺境貴族相手に剣術を叩き込めるだけの剣術遣い。
辺境で一番怖いのは、強いから強い辺境貴族以上に、その辺境貴族と渡り合おうとまともに考えている、技術でその域にまで挑もうとか言う頭のおかしい連中である。
・《ドッキョシ/コリツシ》
ゲーム内アイテム。《暗殺者》系統専用の両手武器。
確率での即死効果付き。奇襲時のダメージ量と即死発動確率上昇。
癖がなく、純粋に攻撃力と即死確率が高い武器。
『人は誰であれ死ぬときは独りだが、誰も傍にいない中で死ぬのは、魂に堪える』
・《影身》
《隠身》系統のハイエンド。隠密効果はむしろ下がったが、攻撃に対する回避性能が非常に高い。
発動中攻撃不可になる代わりに、物理攻撃無効の他、一部障害物の無効、魔法・範囲攻撃に対して確率で回避といった高性能な《技能》。
《SP》消費は激しいので、ボスの範囲必殺技を回避したりという使い方が多い。
『俺自身が影となることだ』
辺境貴族同士の戦いは、大抵人間が出せない音を出す。
リリオと、男爵さんの息子さんの手合わせは、まあ私が言うのもなんだけどちょっと人間離れしていた。マテンステロさんのところでしごかれて万国びっくり人間ショーは満喫したと思っていたんだけど、辺境人がみんなあんな感じだとしたらほとほと度し難いな。
身のこなしとか技術面で言うと、二人とも大したことはなかった。
いや、他の冒険屋とか見てきた限り、かなり大したことあるんだろうけれど、マテンステロさんみたいな規格外見ちゃうと、目が肥えちゃうよね。
まあそれでも、大分チート入ってる私の目でも追えないマテンステロさんと比べると十分落ち着いて観戦できるレベルだった。
ただ、剣を打ち合ってる音がどう聞いても重機がうろつく工事現場のそれだったので、この人たちも大概おかしい。
キンキンキンキン流石だな、っていうんじゃなくて、ガンゴンガガンやりますねっていう力こそパワーな蛮族の音がするんだよ。ハンマーで殴り合ってんのかこいつら。
その爽やか蛮族青空殴り合い合戦を制したのは我らが《三輪百合》のリーダーであるリリオだったわけだけど、この子、このちっちゃい体にあんなパワー秘めてんのかと思うとちょっとどころではなく命の危険を感じるよね。
別に私も怪物だし、今更ヒィッ化け物!とかやらないけど、こいつ、私が耐えられるのわかっててあのパワーで抱き着いてくるんだよな。本気でやばい時は避けるけど、ハグで《HP》減るのってはっきり言って恐怖だからね。
私の場合痛みとかだけじゃなくて数字で見えるからより一層怖いんだよ。
なんなら君のボスMobみてーな力強さも数字で見えるから怖いんだよ。
それでも馬鹿犬じみた笑顔でダッシュで駆け寄ってきて褒めて褒めてって顔されると無下にもできないのだ。にんげんだもの。
晴れているとはいえ息が白くなるほど寒い寒空の下、体から湯気立てて髪までぐっしょり汗にぬれていたので、タックルは全力回避。風邪ひかないように、タオルは投げてあげる。そうすると私が拭いてあげなくてもトルンペートがかいがいしくお世話してくれるのだ。
適材適所だね。
さて、そんな具合で二人の試合が終わったわけだけれど、なんで私がトリなんだろう。
武装女中であって本業は戦闘職ではないらしいトルンペートが先鋒なのはまあわかるとして、大将はうちのリーダーであるリリオであるべきだったんじゃなかろうか。
そう言う不満たらたらなのを察したのか、男爵さんが柔和そうに笑った。このおじさま、腹から善い人そうではあるんだけれど、善人が私にとって都合のいい人かというとそう言うわけでもない。地獄への道はいつも善意で舗装されているのだ。
「いや! いや! いや! ウルウ殿は一番面白いとマテンステロ殿から聞かされておりますのでな!」
「頑張ってねウルウちゃーん」
この人ほんっと無責任に煽るよなあ。
もしかして、ハヴェノでしごかれてた時、徹底的に札を切らないように誤魔化しまくってたのがばれてんのかな。しかたがないだろう。私みたいな《技能》頼りの構成だと、あんまり奥の手みせると後がないのだ。
リリオみたいな素直なタイプじゃないから、地力でどうこうってのはできないんだよ。
まあ、しかし組まされたものは仕方がない。
やるからには正々堂々真正面から誤魔化し切ろう。
武装女中同士、剣士同士という先の試合とは違い、私の相手は同じ《暗殺者》というわけではなかった。そりゃそうだ。私を見て暗殺者だと判断するのは無理だろうし、じゃあなんだろうってなると何者なんだろうな私は。
憮然として立つ私と対峙したのは、初老の男爵さんよりまだ年上の、顔にしわの刻み込まれた老人だった。老人と言っても、かなり立派な骨太の体格で、背筋もピンと伸びていて、まるで老いというものを感じさせない。
「お初にお目にかかる。アマーロ家剣術指南役を務めまするコルニーツォと申すもの。よろしくお頼み申す」
「はあ、ええと、ウルウと申します。今日はお手柔らかに」
「うむ、うむ」
背丈で言うと私の方が上なんだけど、骨も筋肉も太いし、姿勢がいいからか、全然小さくは見えない。
なんていうのかな、気迫みたいな、そういうのがあるよね。
手にした剣は派手な装飾もない武骨な剣なんだけど、かなり使い込まれた年季を感じる。まるで手足の一部みたいに馴染んでいて、目立たない。それがかえって怖い。
それにこの刃の輝きは、以前にも見たことがある。
「フムン。わかりますかな。古いが、聖硬銀でできておる」
「以前に、見たことが」
「見劣りせねば良いが」
渋く笑うお爺様だけど、剣術指南役ってことは、さっきヤバそうな音を立ててリリオとヤバそうな打ち合いしてた長男にも剣術教えてたってわけで、全然全く油断できない。
この人は辺境貴族ではないらしいけど、辺境貴族でもないのに辺境貴族に剣術教えているっていう理論の破綻がもう怖いでしょ。
聖硬銀の剣ってことは、確かメザーガが使ってたのも同じ素材の剣だった。
珍しい素材みたいであまり詳しくは知らないけど、リリオに言わせると使い手次第で大きく化けるらしいから、見た目は地味でも十分ヤバい代物だろう。
見た目が地味っていうのは、こういう場合一番手ごわいんだっていうのがセオリーだしね。
まあ、油断しないようにとは言っても、私にできるのは避けて避けて避けて後たまに殴る蹴るってくらいだけど。
いやほんと、私、戦闘って苦手なんだよ、いまだに。
試合開始の合図が響き、コルニーツォさんは中段に構えてずいずいと距離を詰めてくる。
こっちは無手なんだけど、それで遠慮する気はなさそうだった。
というより、この世界ではある程度腕が立つ人は、ステータス見れるわけでもないのに相手の強さがなんとなくわかるらしい。私は《暗殺者》系統の特性なのかそのあたりがわかりづらくはあるようだけれど、それでもそのわかりづらいっていうのが警戒するには十分な要素らしい。
ファンタジーな世界に迷い込んで、一番ファンタジーだなって思うのがその気配とか気迫とか空気とか読む能力だよなあ。
なんてぼんやり考えている間にも、コルニーツォさんは容赦なく切りかかってくる。
さっきの長男氏と比べると力強さは劣るけれど、鋭さが段違いだ。一つ一つの動作がよくよく油の注された機械のように精密で、そして素早い。
この素早いっていうのは、一つの動作が早いって言うだけじゃなくて、次の動作へのつなぎ、その次の動作への準備、そう言った一連の動きを頭で考えるのではなく体が覚えて繰り出してくる素早さだ。
動作と動作の継ぎ目に考えたり躊躇ったりする隙がないから、単純な速度以上に、早い。
なんてことをただのんびり考えているわけじゃなく、私の体はそれらをのらりくらりと自動回避でかわし続けている。私自身かなり気持ち悪いと思うほどの出鱈目な動きは、術理として剣術を叩き込んだ人ほど不可解なものとして困惑するものらしいけれど、このお爺様はまるで怯むところがない。
「素人の何を考えているかわからない剣の方が怖い、というのはよく言われることだが」
踏み固められているとはいえ沈み込む雪の上をするすると詰め寄りながら、お爺様は獰猛に笑った。
「そこで止まるのであれば、剣の道の入り口止まりでな」
つまり、訳の分からない動き程度は前提条件、ということか。
まあ、人間より魔獣の方が多いとかいう辺境で剣を取る人だ。理外の理というものとやり合い慣れているんだろう。
そうなると困ってくるのは私だ。
なにも私は自動回避にすべて任せてぼんやりしているわけじゃない。
あえてぼんやりしてないと、ファンタジー世界の住人はすぐにこっちの意図を読んできやがるので、下手に意識を集中するとそこから崩されるのだ。
殺気を読むとかいう物理法則に反したスキルを標準装備してるからなファンタジー世界。
とは言えこれが通じるのは程々の相手までで、ある程度腕の立つ連中だと、その完全無意識自動回避だと、逃げ道をどんどんふさがれて論理的物理的に回避不可能状態に追い込まれて無理矢理回避盾を突破されてしまう。
じゃあどうするかって言うと、どうしようもないんだよな。
いや、しょうがないじゃん。
私、ただの元OLだからね?
いくら身体がチートでも、ちょっとの間ナチュラルチートに修行つけられてても、私、平和な現代社会で社畜してた運動不足で心臓発作起こした元OLだからね?
これ以上回避できませんってところまで追い詰められたらそりゃ、もう回避できないんだよ。
「ようやく、追い詰めたましな」
「これで降参ってわけには」
「わしもようやく体が温まってきたところでな」
「あー、オーケイ、お手柔らかに」
ついに追い詰められて、ではどうするかって言うと、防御するしかない。
自動回避を理詰めで追い詰められて、私はついに武器を抜かされた。
と言っても散々ひけらかした《死出の一針》じゃない。あれじゃちっちゃすぎて防御もなにもない。
インベントリから引き抜いて、コルニーツォさんの剣を受け止めたのは、《暗殺者》系統の両手武器、《ドッキョシ》と《コリツシ》の二本一組の大振りのナイフだ。
自慢じゃないけど、ハヴェノでの乱取りじゃあ、マテンステロさん以外にはいまだに武器を抜いたことがない。それをさせるんだから、このお爺様は、少なくとも技術面においては《三輪百合》の二人より上だ。
リリオは怪力ばかり目が行くけど、あれで剣術自体も達者だから、このお爺様の腕前が並大抵でないのがわかる。
いやまあ、並大抵だったら剣術指南役なんかやってないんだろうけど。
ともあれ、まあ、抜かされてしまったからには、私の回避盾としての性能はさらに上がる。
避けるだけでなく、受け流しまでできるからね。
というか受け流ししかできないんだけどね。
レベル九十九だから、鍛えてなくても力強さの数値は結構高いんだけど、それでもがちがちに鍛えた前衛職相手だと見劣りする。ファンタジー世界の住人、恩恵とかいうブーストで、見た目以上のパワー出してくるからなあ。
このお爺様の剣はリリオよりは弱いけど、それでも私が真正面から力比べするにはちょっと困るパワーだ。しかも、こちらの力が入りづらい角度で刃を入れてくるので、やりづらい。
今は受け流しに専念しているけれど、こちらが本腰入れたので向こうもやる気出したみたいで、太刀筋が殺す気になってきてる。
単に鋭いだけなら受け流し続けられるけれど、こちらの動きを見てから太刀筋が唐突に切り替わるとかいう、訳の分からない剣が襲ってくるのだ。これを下手に受けてしまうと、そのまま刃を滑って切り返してくる。
勿論、そんな変幻自在な動きをしているのだから、一太刀にかけられる力はずいぶん落ちているのだけれど、人間を殺すのに無駄に力をかける必要はないとばかりに十分致命的な力で十二分に致死的な隙を狙ってくるので、圧はむしろ上昇し続けている。
最初の内は刃で刃を受け流す音が、澄んだ金属音を奏でていたのだけれど、段々余裕がなくなってぎゃりぎゃりと濁り始めてきた。
徐々に手首も痛くなってくる。全然抜いたことがないということはそれだけ慣れていないということで、いくらこのチートボディが使い方を体で覚えているとはいえ、私の頭はそう言うわけにもいかず、そのギャップが埋めきれないダメージを残していくのだ。
この徹底した受け流しの盾がそう長くはもたないことを、私だけでなくこのお爺様もわかっているらしく、年寄でスタミナもそう持たないだろうに、攻めの手を緩めることがない。
長期戦に持ち込むよりも、このまま削り切ろうという腹積もりだろう。
実際、このまま続ければ私が論理的物理的に追い詰められて削り切られるのは避けられない未来だろう。
別に私としてはこんな見世物みたいな手合わせで我武者羅に頑張って勝ったところで何も得られるものなんてないし、手札を一枚切ればその分、将来切れる手札が減るだけなのであんまり頑張りたくないので、このまま押し切られて降参したって構わないのだ。
構わないのだけれど、でも、まあ、うん。
ものすごい面倒くさいしクッソ面倒だし言葉にするまでもなく面倒極まりないけど。
でも、うん。
でも、なんだよなあ。
でも、まあ、リリオは、私に勝ってほしいらしい。
ならまあ、うん。
まあ、やぶさかでもない。
「ちょっと手妻を見せるので」
「フムン?」
「驚いて死なないでねおじいちゃん」
「ぬかすわ!」
むしろ笑みを深くしたお爺様の剣が、私の脳天を真っ二つにした。
「──は?」
比喩でも何でもなく、お爺様の剣が私の脳天を通り過ぎ、股下まで抵抗なくするりと抜ける。
さすがに想定外だったらしくたたらを踏むお爺様の体を、私の体はやっぱりするりと抵抗なく通り抜ける。
そしてたやすく背後を取った私の《ドッキョシ》が首筋にあてられ、一本だ。
これは以前、頭もイカレてるけど、技前も大概イカレてる凄腕の大女にしてクレイジー・バーサーカー・ゴリラことナージャだか長門だかと試合した時にも使った《技能》で、名を《影身》という。
いつも身を隠すのに使っている《隠身》や《隠蓑》の上位《技能》にあたるが、身を隠すというより回避に特化したものだ。
影属性の魔法《技能》という扱いで、体を影に変えて攻撃を回避する、という設定らしい。
ゲーム的には使用中攻撃不可能になる代わりに物理攻撃無効という代物で、《SP》消費は激しいけれど、敵の必殺技とかを避けるのに便利だった。
この世界ではもおおむねそんな感じの壊れ性能が実装されているみたいだけど、あんまり見せると対応されそうなのがこのファンタジー世界の怖い所なので、極力隠していきたい。
「……参り申した」
「それは、よかった」
「しかし、手加減なすったな」
「手加減、というわけではないんですけど」
「けど?」
「殺さずに済ませるのは、難しいので」
別に格好つけているわけでも何でもなく、死神という《職業》は本当にそう言うところがあるのだ。
即死攻撃に特化しすぎているので、戦闘イコール相手を殺すことなんだよな。
《ドッキョシ》、《コリツシ》にしても確率による即死効果付きで、この世界では相手の急所というか、ここを攻撃すると即死というラインが幻覚じみて見えるので、間違ってもそこを攻撃しないように気をつけないといけないのだ。
まあ、そもそもその即死ラインが細すぎて突破困難なんだけど。
「フムン、甘い、と言いたいところですが、負けては何も言えんわい」
肩をすくめて一応納得してくれたようで、私も肩の荷が下りた。
いや本当、戦うのは、苦手なのだ。
用語解説
・コルニーツォ
アマーロ家剣術指南役。辺境貴族ではないが、怪力の辺境貴族相手に剣術を叩き込めるだけの剣術遣い。
辺境で一番怖いのは、強いから強い辺境貴族以上に、その辺境貴族と渡り合おうとまともに考えている、技術でその域にまで挑もうとか言う頭のおかしい連中である。
・《ドッキョシ/コリツシ》
ゲーム内アイテム。《暗殺者》系統専用の両手武器。
確率での即死効果付き。奇襲時のダメージ量と即死発動確率上昇。
癖がなく、純粋に攻撃力と即死確率が高い武器。
『人は誰であれ死ぬときは独りだが、誰も傍にいない中で死ぬのは、魂に堪える』
・《影身》
《隠身》系統のハイエンド。隠密効果はむしろ下がったが、攻撃に対する回避性能が非常に高い。
発動中攻撃不可になる代わりに、物理攻撃無効の他、一部障害物の無効、魔法・範囲攻撃に対して確率で回避といった高性能な《技能》。
《SP》消費は激しいので、ボスの範囲必殺技を回避したりという使い方が多い。
『俺自身が影となることだ』