前回のあらすじ
蒸し風呂を楽しむ一行。
一面の雪景色の中、全裸で池に飛び込む姿はクレイジーとしか言いようがない。
暑さと寒さを感覚が麻痺してきたのか、苦行としか思えない蒸し風呂周回をすっかり楽しんでしまった。
ロシア人が凍った池に飛び込んで泳ぐ動画見たことあるけど、実際やってみるとほんと、「水は凍ってないんだから氷点下の外気よりあったかい」とかいう気の狂った理論がまかり通る世界なんだよね。
なんだか却って疲れたような気もするけど、心なし血行も良くなったような気がするし、たまにはこういうのもいいだろう。
汗をかく私というのが珍しいのか、リリオとトルンペートにはじろじろと観察されてしまったが、まあ、そりゃ、私だって汗くらいかく。
サウナではちょっと汗かきすぎて、出た後、汗臭くないかなと思ってしまったくらいだ。
さて、綺麗に肌を磨いて、身支度を整えた私たちは、男爵さんの夕食の席に招かれた。
木造ログハウス風のお屋敷なのもあってあんまり貴族って感じがしないのだけれど、それでも相手は列記とした貴族だ。
私は帝国人じゃないけど、でも礼儀は払ってしかるべきだろう。
というか礼儀云々の話するなら、そもそも私、招かれていいのだろうか。
リリオとマテンステロさんはともかく、トルンペートは肩書武装女中だし、私も肩書冒険屋だ。
さすがに駄目なんじゃなかろうかと尋ねてみたら、リリオに笑われた。
「大丈夫です。辺境貴族はそう言ったことをあまり気にしません」
「服もな──くもないけど、これでいいの?」
「えっウルウ礼服持ってるんですか?」
「見せないよ」
「えー!」
「私だけおめかししたって浮くじゃないか」
「なんで、なんで私は礼服持ってきてないんですか……ッ!」
ちょっと口を滑らせかけたが、さすがに恥ずかしいのでご免被る。
いつもスーツだったからかっちりしたスタイルは平気だけど、ドレスなんて着る機会なかったから、絶対無理だ。
どうしても必要になったら引っ張り出すかもしれないけど、効果があんまり実用的じゃないから、それこそ本当にお偉い貴族様と会うときとかになってしまうだろう。
辺境貴族は気にしないという言質はとったから、しばらく着る機会はなさそうだ。
とは言え全く普段通りというのもあんまりだから、ちょっとは着飾っておこう。
野暮ったいマントである《やみくろ》を外すと、その下は《影に仕える者》という細身の黒の詰襟にパンツで、質はいいがデザインはやや地味だ。まあ神父の着るカソックっぽいしセミ・フォーマルとは言い張れるだろうが、華やかさに欠ける。
手元の革手袋に革の手甲は、装備アイテムではないようだが、一応それなりの強度がある。食事の席にこれは物々しすぎるだろう。外していこう。
腰のベルトに並んだナイフやら瓶やらも外していく。ゲームグラフィック通りの小物なんだけど、実態としては現地でも手に入る特に効果のない見た目だけのものというのは確認済みだ。冒険屋としてそれなりに準備しているようには見えるからつけていただけで、一度も使ったことはない。
足元の編み上げブーツは本格的に仕事用って感じで、武骨一直線だ。《忍び足》というシンプルな名前のこれは、足音を消すというこれまた地味な効果付き。
外せるものを外してみると、旅の宣教師みたいになった気がする。括弧付きで似非と大きくつけたいが。
髪はせいぜい見栄えが良いようにアップで整えることにして、ちょっと考えてから、《仇討簪》というアイテムを挿すことにする。
これは二本足の銀製平打簪、ということになるだろうか。派手ではないが、百合の花を模したのだろう優美なデザインで、私の大人の魅力を引き出してくれることだろう。そんなものがあるとすればだが。
すっぴんでも怖いものなしの便利ボディに生まれ変わりはしたけれど、一応メイクもしておこう。
などと言ったけれど、実際に使うのは現地の化粧品ではなく、《謀りのメイク》という変わった装備品だ。
一応頭装備に分類されるこれは、ゲームグラフィックでは笑顔をかたどった唇とまつげといったものだった。
インベントリから取り出してみればさすがにそのものではなく、アンティークの化粧箱といった風情の道具が出てきた。開いてみれば見慣れたものから見慣れないものまで、化粧品が詰まっている。
わかるものだけ使ってもよさそうだが、頭の中で装備することをイメージしてみると、手は勝手に動き出し、てきぱきと化粧を始めるではないか。
機械的にビジネスメイクしていた時よりて慣れてるんじゃないかこの動き。
横から面白そうに見ているリリオと技を盗もうとしているのか鋭い目つきのトルンペートの視線が刺さる中、私の手はするすると化粧を終え、付属の手鏡で確認してみれば、健康そうな肌色の私がいた。目元は心なしパッチリしているし、口元は少し笑っているようにも見える。
なるほど、私にとって謀った顔はこんな顔かもしれない。
さて。首から上は仕上がったが、どうするかな。
ドレスまで着込む気はないけど、ちょっとこれは地味すぎるか。
胸元に何かアクセント入れようかね。
アクセサリー系の装備を検めて、そのうちの《ソウル・メダイヨン》を首にかける。
これは楕円形のメダルのようなペンダント・トップを持つアクセサリーで、ちょっと調べてみるとロケットのように開くことができるらしい。
「何が入ってるんですか?」
「えーとね、なんて言ったらいいのかな」
「なんでしょう、これ」
「遺髪」
「遺髪」
「うん、遺髪ってことになるかな」
「えっと、その、どなたかご家族の……?」
「ううん、私の」
「……………?」
「いや、うん、まあ、気にしないで」
言ってみればこれ、メモリアル・ペンダントとか遺髪入れとか言われるものなんだよね、設定的に。
で、なんで自分の遺髪なんて妙な言葉が出てくるかっていうと、このアイテムの特殊効果が絡んでくる。
《エンズビル・オンライン》の世界では、プレイヤー・キャラクターが死亡した場合、直前に利用した神殿で復活する。この際に、ため込んだ経験値と所持金が一部失われ、また復活直後は一定時間ステータスが低下する。いわゆるデス・ペナルティっていうやつだ。
《ソウル・メダイヨン》はこのデス・ペナルティを無効化するという強力な効果を持つアイテムだ。これを装備していれば、いくら死んでも経験値や所持金は減らず、復活したらまたすぐに冒険に出られる。
設定上は、このペンダントに封じた髪が死の穢れを代わりに受け止めてくれるということで、プレイヤー間では自分の遺髪という風に認識されているのだった。
まあ、あんまり強力すぎて排出率が大幅に下方修正されて、いまや新規で手に入れたらそれだけで伝説になるほどのレアアイテムだけど。
ま、そんな裏側はともかく、これもあまり派手ではないなりに、程々のアクセントにはなる。
そんな風に私なりに準備して臨んだ晩餐会だけど、成程、辺境貴族は気にしない、というのは、こういうことか。
なんとなく想像していた、無駄に広い部屋に無駄に広いテーブルに、という想像は全く裏切られ、ちょっと広めの食卓といったテーブルでご一緒させていただくことになった。
席次とかも全然気にしてないみたいで、ホストである男爵さんが出入り口に近い下座に、奥さんと、長男がその隣に、後のみんなは好きなとこ座ってという具合だった。ありがたいっちゃありがたいけど。
料理も、飾らないざっくばらんとしたものだった。
内地との交流地と言っていたっけ、割とよそで見かけた料理が多い。悪い言い方をすれば新鮮味がない。
しかし素朴な料理はどれも素材がいいのか味は悪くない。むしろ、いい。
お酒もそれなりに高そうなもので、それを遠慮するなとばかりに瓶が並べてある。
給仕も、私たちが気を遣わないようにという配慮か、それとも男爵さん自身の気質なのか、コース料理みたいに順に出すってんじゃなく、ずらっと一度に並べてくる。こういうの、嫌いじゃない。
普段給仕する側で、っていうかそのものずばり女中であるトルンペートは自分が給仕されるのはちょっと落ち着かないようだったけど、でも食べるものは食べるし、飲むものは飲む。
私も遠慮せずにいただくが、なかなかいい。温かいものを温かいまま出してくるっていう、ただそのことがこの北国では最高のご馳走だろう。
なんだかんだここ暫く寒い外での食事が続いていたから、すごくありがたい。
リリオとマテンステロさんは、男爵さんと楽しそうに思い出話やら近況なんかを話していて、入っていけないなりになんとなく会話を聞いていたのだけれど。
「ねえトルンペート」
「なによ?」
「男爵さん、リリオをお嬢様って呼ぶよね」
「呼ぶわね」
「リリオってもしかして、男爵さん以上のお家なの?」
「あれ、名乗らなかったっけ?」
そう言えば、リリオは名乗ってないけど、トルンペートが初めて来たとき、名乗っていた。
全然興味なかったのですっかり頭の隅に放置してたけど。
「あの子、フロント辺境伯アラバストロ・ドラコバーネのご令嬢よ」
「フロント……辺境伯ってことは」
「辺境で一番偉い大貴族の娘よ」
これにはさすがの私も開いた口が塞がらないという思いだった。
「……あれで?」
「あれでなのよねえ」
用語解説
・《影に仕える者》
ゲーム内アイテム。《暗殺者》系統専用の影属性装備。
回避率を大きく上げる外、《技能》の隠密効果を上昇させる効果がある。
『《暗殺者》はお前に仕えているわけではない。心せよ。奴らは陰に生き、陰に死ぬ』
・《忍び足》
ゲーム内アイテム。脚部装備。
隠密率を上昇させるほか、《隠身》中の移動速度低下を減少させる。
『抜き足、差し足、忍び足……歩き方のことだ。足なんざ切り取ってきても役に立つか』
・《仇討簪》
ゲーム内アイテム。頭部装備。
攻撃力、奇襲時のダメージ量、即死攻撃の成功確率を上昇させる効果がある辺り、単なるアクセサリーではなく、これで突き刺しているのだろう。
『簪一本あれば、人は殺せる』
・《謀りのメイク》
ゲーム内アイテム。頭部装備。
隠しステータスである《魅力値》を上昇させるほか、クリティカル率、即死攻撃成功率、窃盗成功率が上昇する。
『私、残酷でしてよ?』
・《ソウル・メダイヨン》
ゲーム内アイテム。アクセサリー。
デス・ペナルティを無効化する強力な効果を持つ。
GvG、つまりギルド同士の戦闘イベントにおいて、ギルドメンバー全員がこれを金尽くで集めて装備し、死んでは復活してすぐに挑んでを繰り返すゾンビアタック戦法で大いに荒らしまわり、その後、効果の一部変更、排出率の極端な下方修正を食らい、いまや新規ではほとんど手に入らない超レアアイテムである。
『魂は永遠である』
・ドラコバーネ
フロント辺境伯を代々襲名する、辺境の頭領。
辺境で一番(物理的に)強い個人でもある。
一応、リリオの実家。
蒸し風呂を楽しむ一行。
一面の雪景色の中、全裸で池に飛び込む姿はクレイジーとしか言いようがない。
暑さと寒さを感覚が麻痺してきたのか、苦行としか思えない蒸し風呂周回をすっかり楽しんでしまった。
ロシア人が凍った池に飛び込んで泳ぐ動画見たことあるけど、実際やってみるとほんと、「水は凍ってないんだから氷点下の外気よりあったかい」とかいう気の狂った理論がまかり通る世界なんだよね。
なんだか却って疲れたような気もするけど、心なし血行も良くなったような気がするし、たまにはこういうのもいいだろう。
汗をかく私というのが珍しいのか、リリオとトルンペートにはじろじろと観察されてしまったが、まあ、そりゃ、私だって汗くらいかく。
サウナではちょっと汗かきすぎて、出た後、汗臭くないかなと思ってしまったくらいだ。
さて、綺麗に肌を磨いて、身支度を整えた私たちは、男爵さんの夕食の席に招かれた。
木造ログハウス風のお屋敷なのもあってあんまり貴族って感じがしないのだけれど、それでも相手は列記とした貴族だ。
私は帝国人じゃないけど、でも礼儀は払ってしかるべきだろう。
というか礼儀云々の話するなら、そもそも私、招かれていいのだろうか。
リリオとマテンステロさんはともかく、トルンペートは肩書武装女中だし、私も肩書冒険屋だ。
さすがに駄目なんじゃなかろうかと尋ねてみたら、リリオに笑われた。
「大丈夫です。辺境貴族はそう言ったことをあまり気にしません」
「服もな──くもないけど、これでいいの?」
「えっウルウ礼服持ってるんですか?」
「見せないよ」
「えー!」
「私だけおめかししたって浮くじゃないか」
「なんで、なんで私は礼服持ってきてないんですか……ッ!」
ちょっと口を滑らせかけたが、さすがに恥ずかしいのでご免被る。
いつもスーツだったからかっちりしたスタイルは平気だけど、ドレスなんて着る機会なかったから、絶対無理だ。
どうしても必要になったら引っ張り出すかもしれないけど、効果があんまり実用的じゃないから、それこそ本当にお偉い貴族様と会うときとかになってしまうだろう。
辺境貴族は気にしないという言質はとったから、しばらく着る機会はなさそうだ。
とは言え全く普段通りというのもあんまりだから、ちょっとは着飾っておこう。
野暮ったいマントである《やみくろ》を外すと、その下は《影に仕える者》という細身の黒の詰襟にパンツで、質はいいがデザインはやや地味だ。まあ神父の着るカソックっぽいしセミ・フォーマルとは言い張れるだろうが、華やかさに欠ける。
手元の革手袋に革の手甲は、装備アイテムではないようだが、一応それなりの強度がある。食事の席にこれは物々しすぎるだろう。外していこう。
腰のベルトに並んだナイフやら瓶やらも外していく。ゲームグラフィック通りの小物なんだけど、実態としては現地でも手に入る特に効果のない見た目だけのものというのは確認済みだ。冒険屋としてそれなりに準備しているようには見えるからつけていただけで、一度も使ったことはない。
足元の編み上げブーツは本格的に仕事用って感じで、武骨一直線だ。《忍び足》というシンプルな名前のこれは、足音を消すというこれまた地味な効果付き。
外せるものを外してみると、旅の宣教師みたいになった気がする。括弧付きで似非と大きくつけたいが。
髪はせいぜい見栄えが良いようにアップで整えることにして、ちょっと考えてから、《仇討簪》というアイテムを挿すことにする。
これは二本足の銀製平打簪、ということになるだろうか。派手ではないが、百合の花を模したのだろう優美なデザインで、私の大人の魅力を引き出してくれることだろう。そんなものがあるとすればだが。
すっぴんでも怖いものなしの便利ボディに生まれ変わりはしたけれど、一応メイクもしておこう。
などと言ったけれど、実際に使うのは現地の化粧品ではなく、《謀りのメイク》という変わった装備品だ。
一応頭装備に分類されるこれは、ゲームグラフィックでは笑顔をかたどった唇とまつげといったものだった。
インベントリから取り出してみればさすがにそのものではなく、アンティークの化粧箱といった風情の道具が出てきた。開いてみれば見慣れたものから見慣れないものまで、化粧品が詰まっている。
わかるものだけ使ってもよさそうだが、頭の中で装備することをイメージしてみると、手は勝手に動き出し、てきぱきと化粧を始めるではないか。
機械的にビジネスメイクしていた時よりて慣れてるんじゃないかこの動き。
横から面白そうに見ているリリオと技を盗もうとしているのか鋭い目つきのトルンペートの視線が刺さる中、私の手はするすると化粧を終え、付属の手鏡で確認してみれば、健康そうな肌色の私がいた。目元は心なしパッチリしているし、口元は少し笑っているようにも見える。
なるほど、私にとって謀った顔はこんな顔かもしれない。
さて。首から上は仕上がったが、どうするかな。
ドレスまで着込む気はないけど、ちょっとこれは地味すぎるか。
胸元に何かアクセント入れようかね。
アクセサリー系の装備を検めて、そのうちの《ソウル・メダイヨン》を首にかける。
これは楕円形のメダルのようなペンダント・トップを持つアクセサリーで、ちょっと調べてみるとロケットのように開くことができるらしい。
「何が入ってるんですか?」
「えーとね、なんて言ったらいいのかな」
「なんでしょう、これ」
「遺髪」
「遺髪」
「うん、遺髪ってことになるかな」
「えっと、その、どなたかご家族の……?」
「ううん、私の」
「……………?」
「いや、うん、まあ、気にしないで」
言ってみればこれ、メモリアル・ペンダントとか遺髪入れとか言われるものなんだよね、設定的に。
で、なんで自分の遺髪なんて妙な言葉が出てくるかっていうと、このアイテムの特殊効果が絡んでくる。
《エンズビル・オンライン》の世界では、プレイヤー・キャラクターが死亡した場合、直前に利用した神殿で復活する。この際に、ため込んだ経験値と所持金が一部失われ、また復活直後は一定時間ステータスが低下する。いわゆるデス・ペナルティっていうやつだ。
《ソウル・メダイヨン》はこのデス・ペナルティを無効化するという強力な効果を持つアイテムだ。これを装備していれば、いくら死んでも経験値や所持金は減らず、復活したらまたすぐに冒険に出られる。
設定上は、このペンダントに封じた髪が死の穢れを代わりに受け止めてくれるということで、プレイヤー間では自分の遺髪という風に認識されているのだった。
まあ、あんまり強力すぎて排出率が大幅に下方修正されて、いまや新規で手に入れたらそれだけで伝説になるほどのレアアイテムだけど。
ま、そんな裏側はともかく、これもあまり派手ではないなりに、程々のアクセントにはなる。
そんな風に私なりに準備して臨んだ晩餐会だけど、成程、辺境貴族は気にしない、というのは、こういうことか。
なんとなく想像していた、無駄に広い部屋に無駄に広いテーブルに、という想像は全く裏切られ、ちょっと広めの食卓といったテーブルでご一緒させていただくことになった。
席次とかも全然気にしてないみたいで、ホストである男爵さんが出入り口に近い下座に、奥さんと、長男がその隣に、後のみんなは好きなとこ座ってという具合だった。ありがたいっちゃありがたいけど。
料理も、飾らないざっくばらんとしたものだった。
内地との交流地と言っていたっけ、割とよそで見かけた料理が多い。悪い言い方をすれば新鮮味がない。
しかし素朴な料理はどれも素材がいいのか味は悪くない。むしろ、いい。
お酒もそれなりに高そうなもので、それを遠慮するなとばかりに瓶が並べてある。
給仕も、私たちが気を遣わないようにという配慮か、それとも男爵さん自身の気質なのか、コース料理みたいに順に出すってんじゃなく、ずらっと一度に並べてくる。こういうの、嫌いじゃない。
普段給仕する側で、っていうかそのものずばり女中であるトルンペートは自分が給仕されるのはちょっと落ち着かないようだったけど、でも食べるものは食べるし、飲むものは飲む。
私も遠慮せずにいただくが、なかなかいい。温かいものを温かいまま出してくるっていう、ただそのことがこの北国では最高のご馳走だろう。
なんだかんだここ暫く寒い外での食事が続いていたから、すごくありがたい。
リリオとマテンステロさんは、男爵さんと楽しそうに思い出話やら近況なんかを話していて、入っていけないなりになんとなく会話を聞いていたのだけれど。
「ねえトルンペート」
「なによ?」
「男爵さん、リリオをお嬢様って呼ぶよね」
「呼ぶわね」
「リリオってもしかして、男爵さん以上のお家なの?」
「あれ、名乗らなかったっけ?」
そう言えば、リリオは名乗ってないけど、トルンペートが初めて来たとき、名乗っていた。
全然興味なかったのですっかり頭の隅に放置してたけど。
「あの子、フロント辺境伯アラバストロ・ドラコバーネのご令嬢よ」
「フロント……辺境伯ってことは」
「辺境で一番偉い大貴族の娘よ」
これにはさすがの私も開いた口が塞がらないという思いだった。
「……あれで?」
「あれでなのよねえ」
用語解説
・《影に仕える者》
ゲーム内アイテム。《暗殺者》系統専用の影属性装備。
回避率を大きく上げる外、《技能》の隠密効果を上昇させる効果がある。
『《暗殺者》はお前に仕えているわけではない。心せよ。奴らは陰に生き、陰に死ぬ』
・《忍び足》
ゲーム内アイテム。脚部装備。
隠密率を上昇させるほか、《隠身》中の移動速度低下を減少させる。
『抜き足、差し足、忍び足……歩き方のことだ。足なんざ切り取ってきても役に立つか』
・《仇討簪》
ゲーム内アイテム。頭部装備。
攻撃力、奇襲時のダメージ量、即死攻撃の成功確率を上昇させる効果がある辺り、単なるアクセサリーではなく、これで突き刺しているのだろう。
『簪一本あれば、人は殺せる』
・《謀りのメイク》
ゲーム内アイテム。頭部装備。
隠しステータスである《魅力値》を上昇させるほか、クリティカル率、即死攻撃成功率、窃盗成功率が上昇する。
『私、残酷でしてよ?』
・《ソウル・メダイヨン》
ゲーム内アイテム。アクセサリー。
デス・ペナルティを無効化する強力な効果を持つ。
GvG、つまりギルド同士の戦闘イベントにおいて、ギルドメンバー全員がこれを金尽くで集めて装備し、死んでは復活してすぐに挑んでを繰り返すゾンビアタック戦法で大いに荒らしまわり、その後、効果の一部変更、排出率の極端な下方修正を食らい、いまや新規ではほとんど手に入らない超レアアイテムである。
『魂は永遠である』
・ドラコバーネ
フロント辺境伯を代々襲名する、辺境の頭領。
辺境で一番(物理的に)強い個人でもある。
一応、リリオの実家。