前回のあらすじ
まさかの見よう見まねで必殺技を相殺されるリリオ。
そして暴風が襲うのだった。
酒の入ったおじいちゃんによれば、マテンステロさんというのは、ざっくり言えばメザーガの上位互換にあたるということだった。
つまり、剣でも魔法でも、帝国に名を知られた名パーティ《一の盾》のリーダーを上回る腕前で、それはつまり剣ならそんじょそこらの剣士よりも格上で、魔法でも並の魔法使いよりもはるかに上という、チート同然の腕前だった。
私が想像していた剣も魔法も使えるけどどっちもそこそこという器用貧乏な魔法剣士像をハイエンドまで鍛え上げたのがメザーガなら、剣士と魔法使いのいいとこどりしてそれをハイエンドまで鍛え上げたチートがマテンステロさんだった。
何しろ、剣が二本なら二倍強いとかいう理屈で二刀流やってるような、そして宣言通りその通りの強さを見せつけているような、頭のねじが外れた暴虐だ。
小説投稿サイトでもなかなかいないぞそんな現地人。
まあその両親にあたるマルーソさんとメルクーロさんが、それぞれ戦士系と魔法使い系のハイエンドであることを考えれば、妥当なハイブリッドなのかもしれないが。
そんな化け物に剣と魔法とで追い回されたリリオはどうなったかというと、怪我はさせないという宣言通りぎりぎり怪我せずに回避・防御できる程度には手加減してもらっているようで、いまのところひいひい言いながら立ちまわっている。というか、立ち回らせてもらっている。
途中からマテンステロさんに呼ばれてトルンペートも参加したが、これがまた見事にあしらわれている。
リリオの剣はことごとく弾かれ、いなされ、かわされ、トルンペートの投げナイフもこれまたことごとく弾かれ、かわされ、たまに投げ返され、一方でマテンステロさんの斬撃は容赦なくリリオの防御を力で抜くし、回避させてもらえない。
魔法剣士の魔法の腕前はどうかというと、私はこの世界の魔術師をよく知らないので比較できないけれど、多分比較するだけ魔術師が可哀そうになるほど凶悪だった。
なにしろ、まず呪文の詠唱がない。指先の動きや、剣の振るい方、またステップなどに反応して、即座に魔法が構築される。そんなことが簡単にできたら魔術師はもっと話に聞こえるほど活躍しているだろう。
指が踊れば火が踊り、剣を振るえば風が切り裂き、つま先が地面を叩けば土塊が隆起して槍のように襲い掛かる。そしてそれらはすべて、リリオの剣とトルンペートのナイフをさばき、そして積極的に攻撃を加えるのと同時に発動しているのだ。
これはもはや考えて行っているのではなく、条件反射的に行っているのではないかと思われるほどの反応速度だ。
「冒険屋をはじめとした実戦魔術師が最初につまづくのが、詠唱の長さよね」
とメルクーロさんが笑った。
「精霊に言い聞かせれば言い聞かせるほど魔術は強くなるわ。それは自身の確信にもつながる。でもそれは一刻一秒を争う戦闘では致命的なまでに遅いの。だから、実戦魔術師は得意な魔術を瞬間的に発動できるようになるまでが大きな壁。これがむずかしいから、なかなか後輩ができないのよねえ」
気やすく言うが、それは簡単な事ではない。
素直で、自分には魔法を行使できるという確信が極めて強いリリオでさえ、道具の力を借りてようやく無詠唱で魔術を行使できる。それも溜めあり。
かなり優遇されてチートと言ってもいい私にしても、《技能》を使うにはそちらに意識が持っていかれる。レベル九十九であるはずの私でもそれなのだから、いったいこの人のレベルはどうなっているのだろうか。
あるいはこの世界では、レベル九十九というのは通過点に過ぎないのかもしれない。
「ウルウちゃーん、そろそろあったまってきたから、あーそびーましょー!」
お呼びの声がかかって、私は立ち上がった。
私も強くならなければならない。リリオの旅の、その行く末を見守るためには。
などという決意をずたずたに引き裂かれるんじゃないかと思うくらい、私たちはぼっこぼこにされて力尽きたのだった。
いや、本当に、チートか何かなんじゃないかと思わせるほどの凶悪な暴風だった。
なにしろリリオとトルンペートの猛攻を相手にしながら、私の自動回避を時々――体感で三割くらいの確率で突破してくるのだ。これは回避に徹しているときでの数字だから、こちらから攻撃に出るともっとひどい。
私が恐らくこの体に刻まれた動き方に従って、多分かなり鋭利な拳や蹴りを放っていくと、リリオやトルンペートよりも簡単にいなされ、ぺいっと放り投げられてしまうのだった。
「ウルウちゃんは型通りの動きしかできてないわねえ。動きが硬い硬い。もっと自由に動かなくちゃ」
などと言われたが、今の私にはまだまだ難しそうだ。もう少し真面目にリリオたちの鍛錬に付き合った方がいいかもしれない。
マテンステロさんにとっては人汗かいたわくらいのお遊びで、私もリリオもトルンペートも、返事もできないくらいにくたくたになって、私などこっちの世界に来て初めてと思うくらい汗だくになって、そして団子のように積み重なって倒れ伏す羽目になった。
「はいはい、ご飯にするわよー」
それでも腹は空くもので、私たちはゾンビよろしくうーあーとテーブルに向かい、貪欲にお夕食を頂くのであった。
マテンステロさんが狩ってきたという鹿雉とやらの肉を使った鍋のようで、さばくのはともかく、以外にも調理もまたマルーソさんが担当したということだった。
「肉の類はわしの方が得意じゃきに」
「魚は私の担当、肉はこの人の担当なの」
このお宅ではそのような分業をしているようだった。聞けば、掃除や洗濯も当番制で二人で分けているそうで、いやはや仲がよろしくて結構な話だ。洗濯やらなんやら、いろいろとトルンペートに任せっきりの我がパーティも見習いたいところである。
「あたしは好きでやってるんだからいいのよ」
「そうじゃ。好きなもんが好きなもんをやった方がえいがじゃ」
「私たち二人とも掃除嫌いだから当番制なのよね」
「がっはっは!」
鹿雉鍋はたっぷりの唐辛子と一緒に煮込まれているらしく、最初は細かな風味や味わいなどわからないくらいに辛いのだが、その辛さが過ぎると、汁にたっぷりとしみ出した出汁のうまみや、またそれをよく吸った野菜のうまみなどがどっと押し寄せてくるのだった。
鹿雉の肉は、獲れたてで熟成させていないからそこまでうまみが出ていないとのことだったけれど、それでも十分にうまいものだった。味わいとしては、ややパサついて脂身の少ない牛肉といった感じで、特有の香りがあったが、これが唐辛子の汁の中でうまいこと食欲を誘う形になってくれた。
またザックリとした歯ごたえが気持ちよく、歯切れが良い。
そんな美味しい鍋を頂きながら、珍しくリリオは考え事をしているようだった。
どうしたのかと思えば、不意にリリオは口を開いた。
「母様」
「なあに?」
「母様はもう辺境には帰らないのですか?」
「……そうねえ」
「父も寂しがっています。きっと、帰れば喜びます」
「うーん」
「一度でもいいです。そうしたら、本当に、きっと、父だって、ティグロだって」
「どうしようかしら」
「マーニョ、あんまりいけずしないの」
「ふふふ、そうね」
メルクーロさんに窘められて、マテンステロさんはいたずらっぽく笑った。
「リリオも成人の年だし、私のところまでやってきたら、いい加減帰ろうかなとは思ってたのよ」
「じゃあ!」
「そうね。あなたたちも旅で疲れただろうから、少し休んだら、ひとっとび行きましょうか」
素直に喜ぶリリオの横で、しかし私は嫌な予感がしていた。
「ひとっとび?」
「うちいま、飛竜が二頭いるのよ。キューちゃんと、キューちゃんの子供」
「つまり?」
「飛んでいきましょ。速いわよ」
リリオの冒険譚辺境編は、思いのほか早くきそうだった。
用語解説
・小説投稿サイトでもなかなかいないぞ
作者も読み込んでいるわけではないので適当言っているだけだが。
・ひとっとび
話の展開上の問題でもある。
まさかの見よう見まねで必殺技を相殺されるリリオ。
そして暴風が襲うのだった。
酒の入ったおじいちゃんによれば、マテンステロさんというのは、ざっくり言えばメザーガの上位互換にあたるということだった。
つまり、剣でも魔法でも、帝国に名を知られた名パーティ《一の盾》のリーダーを上回る腕前で、それはつまり剣ならそんじょそこらの剣士よりも格上で、魔法でも並の魔法使いよりもはるかに上という、チート同然の腕前だった。
私が想像していた剣も魔法も使えるけどどっちもそこそこという器用貧乏な魔法剣士像をハイエンドまで鍛え上げたのがメザーガなら、剣士と魔法使いのいいとこどりしてそれをハイエンドまで鍛え上げたチートがマテンステロさんだった。
何しろ、剣が二本なら二倍強いとかいう理屈で二刀流やってるような、そして宣言通りその通りの強さを見せつけているような、頭のねじが外れた暴虐だ。
小説投稿サイトでもなかなかいないぞそんな現地人。
まあその両親にあたるマルーソさんとメルクーロさんが、それぞれ戦士系と魔法使い系のハイエンドであることを考えれば、妥当なハイブリッドなのかもしれないが。
そんな化け物に剣と魔法とで追い回されたリリオはどうなったかというと、怪我はさせないという宣言通りぎりぎり怪我せずに回避・防御できる程度には手加減してもらっているようで、いまのところひいひい言いながら立ちまわっている。というか、立ち回らせてもらっている。
途中からマテンステロさんに呼ばれてトルンペートも参加したが、これがまた見事にあしらわれている。
リリオの剣はことごとく弾かれ、いなされ、かわされ、トルンペートの投げナイフもこれまたことごとく弾かれ、かわされ、たまに投げ返され、一方でマテンステロさんの斬撃は容赦なくリリオの防御を力で抜くし、回避させてもらえない。
魔法剣士の魔法の腕前はどうかというと、私はこの世界の魔術師をよく知らないので比較できないけれど、多分比較するだけ魔術師が可哀そうになるほど凶悪だった。
なにしろ、まず呪文の詠唱がない。指先の動きや、剣の振るい方、またステップなどに反応して、即座に魔法が構築される。そんなことが簡単にできたら魔術師はもっと話に聞こえるほど活躍しているだろう。
指が踊れば火が踊り、剣を振るえば風が切り裂き、つま先が地面を叩けば土塊が隆起して槍のように襲い掛かる。そしてそれらはすべて、リリオの剣とトルンペートのナイフをさばき、そして積極的に攻撃を加えるのと同時に発動しているのだ。
これはもはや考えて行っているのではなく、条件反射的に行っているのではないかと思われるほどの反応速度だ。
「冒険屋をはじめとした実戦魔術師が最初につまづくのが、詠唱の長さよね」
とメルクーロさんが笑った。
「精霊に言い聞かせれば言い聞かせるほど魔術は強くなるわ。それは自身の確信にもつながる。でもそれは一刻一秒を争う戦闘では致命的なまでに遅いの。だから、実戦魔術師は得意な魔術を瞬間的に発動できるようになるまでが大きな壁。これがむずかしいから、なかなか後輩ができないのよねえ」
気やすく言うが、それは簡単な事ではない。
素直で、自分には魔法を行使できるという確信が極めて強いリリオでさえ、道具の力を借りてようやく無詠唱で魔術を行使できる。それも溜めあり。
かなり優遇されてチートと言ってもいい私にしても、《技能》を使うにはそちらに意識が持っていかれる。レベル九十九であるはずの私でもそれなのだから、いったいこの人のレベルはどうなっているのだろうか。
あるいはこの世界では、レベル九十九というのは通過点に過ぎないのかもしれない。
「ウルウちゃーん、そろそろあったまってきたから、あーそびーましょー!」
お呼びの声がかかって、私は立ち上がった。
私も強くならなければならない。リリオの旅の、その行く末を見守るためには。
などという決意をずたずたに引き裂かれるんじゃないかと思うくらい、私たちはぼっこぼこにされて力尽きたのだった。
いや、本当に、チートか何かなんじゃないかと思わせるほどの凶悪な暴風だった。
なにしろリリオとトルンペートの猛攻を相手にしながら、私の自動回避を時々――体感で三割くらいの確率で突破してくるのだ。これは回避に徹しているときでの数字だから、こちらから攻撃に出るともっとひどい。
私が恐らくこの体に刻まれた動き方に従って、多分かなり鋭利な拳や蹴りを放っていくと、リリオやトルンペートよりも簡単にいなされ、ぺいっと放り投げられてしまうのだった。
「ウルウちゃんは型通りの動きしかできてないわねえ。動きが硬い硬い。もっと自由に動かなくちゃ」
などと言われたが、今の私にはまだまだ難しそうだ。もう少し真面目にリリオたちの鍛錬に付き合った方がいいかもしれない。
マテンステロさんにとっては人汗かいたわくらいのお遊びで、私もリリオもトルンペートも、返事もできないくらいにくたくたになって、私などこっちの世界に来て初めてと思うくらい汗だくになって、そして団子のように積み重なって倒れ伏す羽目になった。
「はいはい、ご飯にするわよー」
それでも腹は空くもので、私たちはゾンビよろしくうーあーとテーブルに向かい、貪欲にお夕食を頂くのであった。
マテンステロさんが狩ってきたという鹿雉とやらの肉を使った鍋のようで、さばくのはともかく、以外にも調理もまたマルーソさんが担当したということだった。
「肉の類はわしの方が得意じゃきに」
「魚は私の担当、肉はこの人の担当なの」
このお宅ではそのような分業をしているようだった。聞けば、掃除や洗濯も当番制で二人で分けているそうで、いやはや仲がよろしくて結構な話だ。洗濯やらなんやら、いろいろとトルンペートに任せっきりの我がパーティも見習いたいところである。
「あたしは好きでやってるんだからいいのよ」
「そうじゃ。好きなもんが好きなもんをやった方がえいがじゃ」
「私たち二人とも掃除嫌いだから当番制なのよね」
「がっはっは!」
鹿雉鍋はたっぷりの唐辛子と一緒に煮込まれているらしく、最初は細かな風味や味わいなどわからないくらいに辛いのだが、その辛さが過ぎると、汁にたっぷりとしみ出した出汁のうまみや、またそれをよく吸った野菜のうまみなどがどっと押し寄せてくるのだった。
鹿雉の肉は、獲れたてで熟成させていないからそこまでうまみが出ていないとのことだったけれど、それでも十分にうまいものだった。味わいとしては、ややパサついて脂身の少ない牛肉といった感じで、特有の香りがあったが、これが唐辛子の汁の中でうまいこと食欲を誘う形になってくれた。
またザックリとした歯ごたえが気持ちよく、歯切れが良い。
そんな美味しい鍋を頂きながら、珍しくリリオは考え事をしているようだった。
どうしたのかと思えば、不意にリリオは口を開いた。
「母様」
「なあに?」
「母様はもう辺境には帰らないのですか?」
「……そうねえ」
「父も寂しがっています。きっと、帰れば喜びます」
「うーん」
「一度でもいいです。そうしたら、本当に、きっと、父だって、ティグロだって」
「どうしようかしら」
「マーニョ、あんまりいけずしないの」
「ふふふ、そうね」
メルクーロさんに窘められて、マテンステロさんはいたずらっぽく笑った。
「リリオも成人の年だし、私のところまでやってきたら、いい加減帰ろうかなとは思ってたのよ」
「じゃあ!」
「そうね。あなたたちも旅で疲れただろうから、少し休んだら、ひとっとび行きましょうか」
素直に喜ぶリリオの横で、しかし私は嫌な予感がしていた。
「ひとっとび?」
「うちいま、飛竜が二頭いるのよ。キューちゃんと、キューちゃんの子供」
「つまり?」
「飛んでいきましょ。速いわよ」
リリオの冒険譚辺境編は、思いのほか早くきそうだった。
用語解説
・小説投稿サイトでもなかなかいないぞ
作者も読み込んでいるわけではないので適当言っているだけだが。
・ひとっとび
話の展開上の問題でもある。