前回のあらすじ
冒険屋組合を尋ねる三人。
出迎えるのは喝采の声だった。
港町ハヴェノの冒険屋組合で、あたしたちは、というか主にリリオが注目されて、随分な大騒ぎになってしまった。
あたしたちはむくつけき―― 一部たおやかな冒険屋に囲まれて、冒険屋の大家ブランクハーラがどれだけハヴェノの町に貢献してきたかを語って聞かせられたのだった。
「なんといっても八代も続けて冒険屋やってるから、ハヴェノに住んでいてブランクハーラを知らねえってやつはまずいねえ」
「船乗りたちも、ハヴェノに寄る連中はみんなブランクハーラの勇名を聞いているもんさ」
「どんな手強い船を襲ってきた海賊だって、もしも船にブランクハーラの旗が上がっていたら、真っ青になって元の港まで逃げ出しちまうくらいさ」
なので今ではどの船も厄除け代わりにブランクハーラの紋章に似せた旗を掲げるそうで、それは海賊除けの効果があるんだかないんだかさっぱりだった。というか、厄除けやらなんやらと言うのはそれはもはや神殿の仕事だろうと思わないでもない。
どんなものなのかと紋章を見せてもらったが、扇状に八本の線が描かれた簡素なものだった。これは何代か前のブランクハーラが怒りのあまりに髪の毛を逆立てて海賊どもを皆殺しにした時の姿を図案化したものだそうで、ハヴェノではどんなに暢気なものでも、この紋章を見たら大慌てで逃げ出すか死を覚悟するらしい。
「まあ身に覚えがないやつはそんな必要ないんだが、何しろ恐ろしさの代名詞だからな」
だからそれはおとぎ話の粋なのではないかと思うのだけど、しかし実際の話らしかった。
「まあ、そんなわけだからどんなに恐れ知らずの海賊であっても、ブランクハーラとはやりあおうとはしねえ。先だっての海賊騒ぎだって、もう少し巷をにぎやかすようになっていたら、きっとマルーソが鼻歌交じりに片付けちまったはずさ」
マルーソと言うのは当代のブランクハーラの当主で、そしてリリオのおじいさまにあたるらしかった。
「海賊なんて序の口よ。俺ぁ子供のころから寝物語に聞かされたもんよ。お前さん烏賊を知ってるか。知ってるか、そうか、そうか。あれのな、あれの何倍も、何十倍も、何百倍もでけえ、それこそ船みたいにでけえのが、むかしハヴェノの海を荒らしまわってた」
「大王烏賊だ!」
「そうとも、海の悪魔よ、大悪魔よ! 今でもたまに出るが、それよりもずいぶん大きくて凶暴な奴が、商船も漁船も海賊船も、区別なしにとって食っちまってたのさ。それで困ってた時に、何代目かのブランクハーラが立ち上がって、一人舟をこぎ出した。それで誰もが帰ってこねえと思ってた」
「だが!」
「そうだ! だが帰ってきた! とんでもなくばかでけえ大王烏賊を引っ張って、ブランクハーラの大将、泳いで帰ってきたのさ! それでなんて言ったと思う!」
「なんて言ったんです?」
「『こいつ食えるかな?』だとよ!」
どっと場がわいた。
どうやらブランクハーラの大王烏賊退治は、子供の寝物語だけでなく、ハヴェノの冒険屋たちの間でも人気の冒険譚らしかったわね。
「まあ食っちまったんだか捨てちまったんだか、なにしろ烏賊ってのは後に残る骨もねえから、誰も知りゃあしねえんだがな」
「当時小さな子供だったってぇ爺様によりゃあ、何とも言えねえ臭みがあって食えたもんじゃなかったって話だが、まあボケかけてるから、本当か嘘か誰も知らねえ」
じゃあ信じないものもいるのかと尋ねてみれば、どっと場がわいた。冗談だと思われたらしいわね。
「まさか! たかが烏賊の一杯や二杯、今更信じないやつがいるもんか! なあみんな!」
「おうともよ! お嬢ちゃん方、そら、天井を見上げてごらん、上だよ、上!」
言われて見上げてみれば、何かの骨が一揃い飾ってある。巨大な頭蓋骨が扁平に伸び、それに連なって胴体が、またその胴体からひれのような手が伸びていて、そして魚のように幅広な尾がするりと広がっているのだった。これはおよそ見たことのない骨格だった。
これは頭の先から尾の先まで、広い組合の広間をいっぱいに占める、三十メートルはあるほど巨大な生き物の骨だった。
「こいつはまだファシャとの交易が盛んでなかった頃のものさ。ファシャとの間にこいつが住み着いてたんで、さしものハヴェノの猛者たちも指をくわえて見てるしかなかったんだ」
「これはいったい?」
「はぐれ海竜さ!」
「海竜!」
聞けば空に飛竜があり、地に地竜があるように、海には海竜がいるのだという。
「海竜はもっと南の海に住んでるもんだが、流されてきたのかこの巨大な奴が一匹、ファシャとの間に棲み付いちまった。交易ができねえのはもとより、何しろ沖に出ると目を付けられるから、漁師どもはみんな干上がるか命がけで挑むか、選ばされる毎日だった」
「そこをまたブランクハーラのお出ましだ! 当時の弓の名手が、鋼の大弓を引っ提げて海に出てよ、海竜の生み出す大渦も、襲い掛かる鋭い牙もなんのその、銛みてえにでけぇ矢を一発ひょうと射かけて、見事海竜を仕留めちまったのさ!」
「魚除け、海竜除けが発達してまずはぐれが現れなくなった今でもよ、毎年夏には海竜を模した船を沖に出して、矢で射かける祭りがあるのさ」
そうしてしばらく、あたしたちはブランクハーラの物語をたっぷりと聞かされたのだった。
用語解説
・大王烏賊
船ほどもある巨大なイカ。実際に船を襲って破壊してしまうこともある魔獣である。
目撃例はあまり多くないが、実在する魔獣。アンモニア臭がきつくあまりおいしくないらしい。
・海竜
海に生息する竜種。海は広いので他にも竜種はいるのかもしれないが、帝国が確認しているのはこの種だけである。
巨大になればなるほど大人しくなる性質があり、五十メートルほどもある個体がゆっくりと船と並走したという伝説もある。
詳細は不明だが群れをつくる性質があるらしく、ここで語られる個体は、群れからはぐれてしまったために気が立っていたのではないかとも言われる。
・海竜除け
海の神、また水精の加護。魚除けとは全く別の波長であるらしく、漁の邪魔にはならない。
冒険屋組合を尋ねる三人。
出迎えるのは喝采の声だった。
港町ハヴェノの冒険屋組合で、あたしたちは、というか主にリリオが注目されて、随分な大騒ぎになってしまった。
あたしたちはむくつけき―― 一部たおやかな冒険屋に囲まれて、冒険屋の大家ブランクハーラがどれだけハヴェノの町に貢献してきたかを語って聞かせられたのだった。
「なんといっても八代も続けて冒険屋やってるから、ハヴェノに住んでいてブランクハーラを知らねえってやつはまずいねえ」
「船乗りたちも、ハヴェノに寄る連中はみんなブランクハーラの勇名を聞いているもんさ」
「どんな手強い船を襲ってきた海賊だって、もしも船にブランクハーラの旗が上がっていたら、真っ青になって元の港まで逃げ出しちまうくらいさ」
なので今ではどの船も厄除け代わりにブランクハーラの紋章に似せた旗を掲げるそうで、それは海賊除けの効果があるんだかないんだかさっぱりだった。というか、厄除けやらなんやらと言うのはそれはもはや神殿の仕事だろうと思わないでもない。
どんなものなのかと紋章を見せてもらったが、扇状に八本の線が描かれた簡素なものだった。これは何代か前のブランクハーラが怒りのあまりに髪の毛を逆立てて海賊どもを皆殺しにした時の姿を図案化したものだそうで、ハヴェノではどんなに暢気なものでも、この紋章を見たら大慌てで逃げ出すか死を覚悟するらしい。
「まあ身に覚えがないやつはそんな必要ないんだが、何しろ恐ろしさの代名詞だからな」
だからそれはおとぎ話の粋なのではないかと思うのだけど、しかし実際の話らしかった。
「まあ、そんなわけだからどんなに恐れ知らずの海賊であっても、ブランクハーラとはやりあおうとはしねえ。先だっての海賊騒ぎだって、もう少し巷をにぎやかすようになっていたら、きっとマルーソが鼻歌交じりに片付けちまったはずさ」
マルーソと言うのは当代のブランクハーラの当主で、そしてリリオのおじいさまにあたるらしかった。
「海賊なんて序の口よ。俺ぁ子供のころから寝物語に聞かされたもんよ。お前さん烏賊を知ってるか。知ってるか、そうか、そうか。あれのな、あれの何倍も、何十倍も、何百倍もでけえ、それこそ船みたいにでけえのが、むかしハヴェノの海を荒らしまわってた」
「大王烏賊だ!」
「そうとも、海の悪魔よ、大悪魔よ! 今でもたまに出るが、それよりもずいぶん大きくて凶暴な奴が、商船も漁船も海賊船も、区別なしにとって食っちまってたのさ。それで困ってた時に、何代目かのブランクハーラが立ち上がって、一人舟をこぎ出した。それで誰もが帰ってこねえと思ってた」
「だが!」
「そうだ! だが帰ってきた! とんでもなくばかでけえ大王烏賊を引っ張って、ブランクハーラの大将、泳いで帰ってきたのさ! それでなんて言ったと思う!」
「なんて言ったんです?」
「『こいつ食えるかな?』だとよ!」
どっと場がわいた。
どうやらブランクハーラの大王烏賊退治は、子供の寝物語だけでなく、ハヴェノの冒険屋たちの間でも人気の冒険譚らしかったわね。
「まあ食っちまったんだか捨てちまったんだか、なにしろ烏賊ってのは後に残る骨もねえから、誰も知りゃあしねえんだがな」
「当時小さな子供だったってぇ爺様によりゃあ、何とも言えねえ臭みがあって食えたもんじゃなかったって話だが、まあボケかけてるから、本当か嘘か誰も知らねえ」
じゃあ信じないものもいるのかと尋ねてみれば、どっと場がわいた。冗談だと思われたらしいわね。
「まさか! たかが烏賊の一杯や二杯、今更信じないやつがいるもんか! なあみんな!」
「おうともよ! お嬢ちゃん方、そら、天井を見上げてごらん、上だよ、上!」
言われて見上げてみれば、何かの骨が一揃い飾ってある。巨大な頭蓋骨が扁平に伸び、それに連なって胴体が、またその胴体からひれのような手が伸びていて、そして魚のように幅広な尾がするりと広がっているのだった。これはおよそ見たことのない骨格だった。
これは頭の先から尾の先まで、広い組合の広間をいっぱいに占める、三十メートルはあるほど巨大な生き物の骨だった。
「こいつはまだファシャとの交易が盛んでなかった頃のものさ。ファシャとの間にこいつが住み着いてたんで、さしものハヴェノの猛者たちも指をくわえて見てるしかなかったんだ」
「これはいったい?」
「はぐれ海竜さ!」
「海竜!」
聞けば空に飛竜があり、地に地竜があるように、海には海竜がいるのだという。
「海竜はもっと南の海に住んでるもんだが、流されてきたのかこの巨大な奴が一匹、ファシャとの間に棲み付いちまった。交易ができねえのはもとより、何しろ沖に出ると目を付けられるから、漁師どもはみんな干上がるか命がけで挑むか、選ばされる毎日だった」
「そこをまたブランクハーラのお出ましだ! 当時の弓の名手が、鋼の大弓を引っ提げて海に出てよ、海竜の生み出す大渦も、襲い掛かる鋭い牙もなんのその、銛みてえにでけぇ矢を一発ひょうと射かけて、見事海竜を仕留めちまったのさ!」
「魚除け、海竜除けが発達してまずはぐれが現れなくなった今でもよ、毎年夏には海竜を模した船を沖に出して、矢で射かける祭りがあるのさ」
そうしてしばらく、あたしたちはブランクハーラの物語をたっぷりと聞かされたのだった。
用語解説
・大王烏賊
船ほどもある巨大なイカ。実際に船を襲って破壊してしまうこともある魔獣である。
目撃例はあまり多くないが、実在する魔獣。アンモニア臭がきつくあまりおいしくないらしい。
・海竜
海に生息する竜種。海は広いので他にも竜種はいるのかもしれないが、帝国が確認しているのはこの種だけである。
巨大になればなるほど大人しくなる性質があり、五十メートルほどもある個体がゆっくりと船と並走したという伝説もある。
詳細は不明だが群れをつくる性質があるらしく、ここで語られる個体は、群れからはぐれてしまったために気が立っていたのではないかとも言われる。
・海竜除け
海の神、また水精の加護。魚除けとは全く別の波長であるらしく、漁の邪魔にはならない。