前回のあらすじ
久しぶりにゲーム内アイテムを整理してみるウルウ。
そのうちアイテム図鑑とかが必要になるかもしれない。
宿で二人と別れて、あたしは早速バージョの町を散歩することにした。
散歩と言っても、買い出しも兼ねているから、街門を抜けてそのまままっすぐ進んで市の方へと出る。
市は実に賑やかなものだった。
河に二つに割られ、東西で荷物も人間も二分しているはずなのに、とてもそうは思えないほどの賑わいで、これはヴォーストよりもずっと賑やかかそうだった。つまり、辺境から出てきて、一番都会的であるヴォーストから旅立ってきたあたしにとって、人生で最も賑やかな市だったと言っていい。
市には本当に様々なものが並んだ。
近隣の村々が運んでくる、野菜や、苗、家畜、薪、変わったところでは石材や木材、土、煉瓦、また河や海を通ってやってくる遠隔地の品々に、香辛料、それに、新鮮な魚介。
つい楽しくなって見て回ると、全く見たことのない、鮮やかな色合いをした魚や、一抱えもありそうな二枚貝、もしかしたらウルウより大きいんじゃないかというくらい大きな怪魚、なんだか何者かもわからずどうやって食べるのかもわからない奇々怪々な生き物などが並んでいて、大いにあたしを驚かせた。
季節は秋頃で、道行く人々はからっ風に備えるように厚着をしていたけれど、正直、辺境から出てきた身としては、このくらいではまだ寒いとは思わない。むしろまだまだ暖かいなと思ってしまう自分の感性に、少し苦笑いしてしまう。
この土地では、そんな自分の感性の方がおかしいのだ。ずいぶん遠くまで来たものだ。
きっちりと武装女中の制服に身を包んでいるけれど、それでも道行く人々には寒そうだと思われるらしくて、安くしておくよという言葉に負けて、つい襟巻など買ってしまった。地味だけど、肌触りが良くて、悪目立ちしないし落ち着いたデザインだ。なんでも北部からの輸入品だというから、成程暖かいはずである。
あたしは辺境から来たのよと言うと、そいつは負けたよと笑って更にもう少し値引いてくれた。さすがに悪いので、リリオとウルウの分も買って、あたしたちは良い取引を交わした。
あたしはそのように、これという目的もなくしばらくの間市を歩いて、面白そうなものを見かけては冷やかし、胡散臭いものにはケチをつけ、久しぶりの買い物を楽しんだ。
「へえ、辺境からの輸入品、ね」
「そうだよー、飛竜革の品がこんなに安く手に入るのはここだけだよー」
「あらまあ、本当に安い。よく採算取れるわね」
「特別な販路があってね。お客さんにも内緒」
「ところで、あたしの前掛け飛竜革製なのよ」
「げっ」
「ついでに言うと、この紋章何かわかんない?」
「うげげ、まさか辺境の武装女中!?」
「丁度新しい財布が欲しいと思ってたのよ」
「……他のお客さんには内緒ね」
「よしきた、安くしてよ」
「もってけドロボー!」
勿論、こういうことをしていると、からまれることもある。
「おう、嬢ちゃん、いちゃもんつけてんじゃねえぞ!」
「あらまあ、この紋章が目に入らぬか、ってやつね」
「武装女中がなんだ! たかが女中なんぞおばっ」
「たかがね。吐いた言葉は取り消せないわよ」
「ちょっまっいぎぶっ!」
ただまあ、乙種魔獣をおやつ代わりにしているとかなんとか言われている《三輪百合》の一輪が、その程度でどうにかなると思われているとしたら心外だ。
辺境を出たばかりのあたしならさすがにちょっと身構えたかもしれないけど、何しろリリオに付き合って乙種魔獣を毎日のように相手させられて、時々は甲種魔獣なんてものまで相手にしていたのだ。そこらのちょっと腕っぷしに自信がある程度の男なんて目ではない。
「まあ……もう少し弁が立ったら無用な争いは避けられたわねってことは謝っておくわ」
勿論あたしだって反省くらいはする。
たいていの場合は手を出した後に反省するのだけど、まあ、反省ってそう言うものでしょ。いつだって後から悔いるから後悔だし、ふりかえって省みるから反省なのだ。
「で、いくら負けてくれるのかしら」
「も、もってけドロボー!」
それとこれとは別だけれど。
このようにして遊び惚けて、ようやく昼飯を買って帰ることを思い出したあたしは、屋台で適当なものを見繕った。
「これなあに?」
「何お嬢ちゃん、こいつを見たことがないのかい。そりゃ人生損してるよ」
「そんなに」
「こいつは鮭の燻製さ。燻製と言ってもかっちこっちにしちまうわけじゃあない低めの温度でじっくり燻製にしたもんで、火は通っているけど、生みたいに柔らかいのさ」
「へえ! 食べて大丈夫なの?」
「煙で燻してあるからね。ちょっと切り分けてあげるから、味見てくかい」
「いただくわ!」
そうして端の方を、細長いナイフでするりと薄切りに切り分けてもらって食べてみたのだが、成程これは面白いものだった。魚と言えば焼いたり煮たり、またたまに蒸したりしたことしかなかったけれど、こうして燻製にしてみると、また違った味わいが楽しめた。
塩漬けにした後、低い温度で燻製にしているということだったけれど、この塩気がきつすぎず、うまい具合に魚の甘みというものを引き出しているのだった。生っぽくてちょっと驚くけれど、でも大丈夫だという。
煙をたくのに香りのよい木を使っているらしいけれど、これも香木というほどいやらしくない、余計な所がない。
あたしはこの燻製鮭をすっかり気に入って、これをお昼にすることに決めた。
屋台のお兄さんはあたしがこれくらい欲しいと伝えるとちょっとびっくりしたけれど、いっぱい食べるのはいいことだと笑って、少し時間はかかったけれど、その全てを、薄切りのパンに挟んでサンドヴィーチョにしてくれた。
そしてまた飽きないようにと、いくつかには酸味の強い柔らかな乾酪をぬりつけ、いくつかには風蝶という酢漬けの香辛料を散らしてくれた。これがいい具合に味を引き締めてくれるのだという。
あたしはこの包みを大事に抱えて、早足に宿に戻るのだった。
用語解説
・燻製鮭
いわゆるスモークサーモン。
しっかり塩漬けにした鮭を、塩抜きして乾燥させたのち、二〇度前後で時間をかけて冷燻にしたもの。
欧米では一般的に火を通したものを言うが、作者が個人的にこっちの方が美味しいのでこうした。
・サンドヴィーチョ
サンドウィッチ。
・酸味の強い柔らかな乾酪
クリームチーズ。帝都の乳製品加工業者が知人からアドバイスを受けて製造、広まったとされる。
・風蝶
ケーパー。つぼみを酢漬けにして用いることが多い。
独特の香味と苦みがあり、ソースの香辛料として用いたり、魚料理に付け合わせたりする。
・
久しぶりにゲーム内アイテムを整理してみるウルウ。
そのうちアイテム図鑑とかが必要になるかもしれない。
宿で二人と別れて、あたしは早速バージョの町を散歩することにした。
散歩と言っても、買い出しも兼ねているから、街門を抜けてそのまままっすぐ進んで市の方へと出る。
市は実に賑やかなものだった。
河に二つに割られ、東西で荷物も人間も二分しているはずなのに、とてもそうは思えないほどの賑わいで、これはヴォーストよりもずっと賑やかかそうだった。つまり、辺境から出てきて、一番都会的であるヴォーストから旅立ってきたあたしにとって、人生で最も賑やかな市だったと言っていい。
市には本当に様々なものが並んだ。
近隣の村々が運んでくる、野菜や、苗、家畜、薪、変わったところでは石材や木材、土、煉瓦、また河や海を通ってやってくる遠隔地の品々に、香辛料、それに、新鮮な魚介。
つい楽しくなって見て回ると、全く見たことのない、鮮やかな色合いをした魚や、一抱えもありそうな二枚貝、もしかしたらウルウより大きいんじゃないかというくらい大きな怪魚、なんだか何者かもわからずどうやって食べるのかもわからない奇々怪々な生き物などが並んでいて、大いにあたしを驚かせた。
季節は秋頃で、道行く人々はからっ風に備えるように厚着をしていたけれど、正直、辺境から出てきた身としては、このくらいではまだ寒いとは思わない。むしろまだまだ暖かいなと思ってしまう自分の感性に、少し苦笑いしてしまう。
この土地では、そんな自分の感性の方がおかしいのだ。ずいぶん遠くまで来たものだ。
きっちりと武装女中の制服に身を包んでいるけれど、それでも道行く人々には寒そうだと思われるらしくて、安くしておくよという言葉に負けて、つい襟巻など買ってしまった。地味だけど、肌触りが良くて、悪目立ちしないし落ち着いたデザインだ。なんでも北部からの輸入品だというから、成程暖かいはずである。
あたしは辺境から来たのよと言うと、そいつは負けたよと笑って更にもう少し値引いてくれた。さすがに悪いので、リリオとウルウの分も買って、あたしたちは良い取引を交わした。
あたしはそのように、これという目的もなくしばらくの間市を歩いて、面白そうなものを見かけては冷やかし、胡散臭いものにはケチをつけ、久しぶりの買い物を楽しんだ。
「へえ、辺境からの輸入品、ね」
「そうだよー、飛竜革の品がこんなに安く手に入るのはここだけだよー」
「あらまあ、本当に安い。よく採算取れるわね」
「特別な販路があってね。お客さんにも内緒」
「ところで、あたしの前掛け飛竜革製なのよ」
「げっ」
「ついでに言うと、この紋章何かわかんない?」
「うげげ、まさか辺境の武装女中!?」
「丁度新しい財布が欲しいと思ってたのよ」
「……他のお客さんには内緒ね」
「よしきた、安くしてよ」
「もってけドロボー!」
勿論、こういうことをしていると、からまれることもある。
「おう、嬢ちゃん、いちゃもんつけてんじゃねえぞ!」
「あらまあ、この紋章が目に入らぬか、ってやつね」
「武装女中がなんだ! たかが女中なんぞおばっ」
「たかがね。吐いた言葉は取り消せないわよ」
「ちょっまっいぎぶっ!」
ただまあ、乙種魔獣をおやつ代わりにしているとかなんとか言われている《三輪百合》の一輪が、その程度でどうにかなると思われているとしたら心外だ。
辺境を出たばかりのあたしならさすがにちょっと身構えたかもしれないけど、何しろリリオに付き合って乙種魔獣を毎日のように相手させられて、時々は甲種魔獣なんてものまで相手にしていたのだ。そこらのちょっと腕っぷしに自信がある程度の男なんて目ではない。
「まあ……もう少し弁が立ったら無用な争いは避けられたわねってことは謝っておくわ」
勿論あたしだって反省くらいはする。
たいていの場合は手を出した後に反省するのだけど、まあ、反省ってそう言うものでしょ。いつだって後から悔いるから後悔だし、ふりかえって省みるから反省なのだ。
「で、いくら負けてくれるのかしら」
「も、もってけドロボー!」
それとこれとは別だけれど。
このようにして遊び惚けて、ようやく昼飯を買って帰ることを思い出したあたしは、屋台で適当なものを見繕った。
「これなあに?」
「何お嬢ちゃん、こいつを見たことがないのかい。そりゃ人生損してるよ」
「そんなに」
「こいつは鮭の燻製さ。燻製と言ってもかっちこっちにしちまうわけじゃあない低めの温度でじっくり燻製にしたもんで、火は通っているけど、生みたいに柔らかいのさ」
「へえ! 食べて大丈夫なの?」
「煙で燻してあるからね。ちょっと切り分けてあげるから、味見てくかい」
「いただくわ!」
そうして端の方を、細長いナイフでするりと薄切りに切り分けてもらって食べてみたのだが、成程これは面白いものだった。魚と言えば焼いたり煮たり、またたまに蒸したりしたことしかなかったけれど、こうして燻製にしてみると、また違った味わいが楽しめた。
塩漬けにした後、低い温度で燻製にしているということだったけれど、この塩気がきつすぎず、うまい具合に魚の甘みというものを引き出しているのだった。生っぽくてちょっと驚くけれど、でも大丈夫だという。
煙をたくのに香りのよい木を使っているらしいけれど、これも香木というほどいやらしくない、余計な所がない。
あたしはこの燻製鮭をすっかり気に入って、これをお昼にすることに決めた。
屋台のお兄さんはあたしがこれくらい欲しいと伝えるとちょっとびっくりしたけれど、いっぱい食べるのはいいことだと笑って、少し時間はかかったけれど、その全てを、薄切りのパンに挟んでサンドヴィーチョにしてくれた。
そしてまた飽きないようにと、いくつかには酸味の強い柔らかな乾酪をぬりつけ、いくつかには風蝶という酢漬けの香辛料を散らしてくれた。これがいい具合に味を引き締めてくれるのだという。
あたしはこの包みを大事に抱えて、早足に宿に戻るのだった。
用語解説
・燻製鮭
いわゆるスモークサーモン。
しっかり塩漬けにした鮭を、塩抜きして乾燥させたのち、二〇度前後で時間をかけて冷燻にしたもの。
欧米では一般的に火を通したものを言うが、作者が個人的にこっちの方が美味しいのでこうした。
・サンドヴィーチョ
サンドウィッチ。
・酸味の強い柔らかな乾酪
クリームチーズ。帝都の乳製品加工業者が知人からアドバイスを受けて製造、広まったとされる。
・風蝶
ケーパー。つぼみを酢漬けにして用いることが多い。
独特の香味と苦みがあり、ソースの香辛料として用いたり、魚料理に付け合わせたりする。
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