前回のあらすじ
温泉宿自慢の蒸し物料理をたっぷり楽しんだ《三輪百合》。
飯がすんだら、お風呂回。
さて。
お腹がいっぱいになってもうだいぶ横になりたい気持ちにはなってきたけれど、でも温泉だ。温泉に行かなければならない。主人であるリリオが元気に向かうのだから、侍女である私もそれについていかなければならない。というのは建前で実際のところ、折角ただで入れる温泉を逃してはもったいないというのが本音だ。この際リリオはどうでもいい。いや、どうでもよくはないけど。
たっぷり、とは言っても私たち二人よりは少なめに食事を楽しんだウルウは、満腹でお風呂に入るとろくなことがないとはぼやきながらも、準備万端であるあたり誰より楽しみにしている可能性があった。なにしろ温泉の水精晶を箱買いして毎日入っているような女だ。相当な風呂好きであることは間違いない。
この宿でも売っていたので箱で購入しているのを見かけたし。
それが本物の温泉となれば、ウルウがこれを拒む理由など何一つないだろう。
あたしたちは女中の案内で温泉に向かった。
脱衣所は簡素なもので、ちゃちな鍵をかけられる棚が並んでいて、あたしたちは三人で横並びに棚に衣服をしまい込んだ。鍵はヒモが通されていて、首にかけられた。
ひなびた湯治所という印象だったのでそこまで期待はしていなかったのだが、なかなかどうして、浴場は立派なものだった。足元はタイル張りで、湯舟は自然の岩をうまく生かして囲われており、これがまるで野外の露天風呂のような野趣あふれるおもむきだった。
湯気が抜けるように天井近くには外気とりの窓がついていて、そこからもうもうと立ち上る湯気が抜けていっていた。
湯はどこかから樋で流されているらしく、そして流れ出た湯はそのままあふれ、床下に流れ込んで、近くの川なりどこかへと流れていく仕組みのようだった。
浴場はほどほどに人入りがあり、さっそくウルウは嫌そうな顔をしたけれど、それでも帰るとは言いださないあたり随分成長したように思われた。話に聞いていたところ、初期のウルウは姿を消す魔法を使ってまで風呂屋に通ったというから大概だ。
洗い場はどこの風呂屋でも同じような造りで、あたしたちは持ち込んだ石鹸で体を洗い、さっぱりと泡を流し、手ぬぐいで髪をまとめて、早速温泉に浸かることにした。
温泉はうまい具合にお湯の温度を操作しているらしく、恐ろしく熱くて長々と入っていられないようなもの、ほどほどに熱くて心地よいもの、ぬるめで長く入っていられるもの、また冷やされた冷泉などがあった。
リリオが最初戯れに恐ろしく熱いものに浸かろうとしてみたが、足先だけで降参した。ウルウは浸かるところまで行ったが、一分ほどで無理だと出てきた。あたしはそんな二人を眺めてから指先を浸して、無理は止めておこうと決めた。
結局三人で浸かったのは、ほどほどに熱いものである。これは普段はいる風呂屋と同じくらいで、心地よい。隣のぬる湯は、少し物足りない。あちらは本当に、湯治客がじっくりと浸かるためのものであるらしかった。
ほどほどの熱さの湯には旅人が何人か、それに風呂の神官が浸かっていて、どの風呂の神官もそうであるようにのんびりと心地よさげな表情で、そしてまたその肉置きも豊かだった。
こうして見るに、数ある神々の神官の中でも、風呂の神官ほど現世利益にあやかっている連中はいないように思われた。こうして風呂に浸かっているだけで、いやまあ法術などを行使し続けているとは聞くけど、少なくとも心地よい環境にいるだけで祈りにもなり、金も貰えて、法術の技術もバリバリ磨かれていくのだ。おまけに体つきも、いい。
法術だの魔術だのは実戦の中で身につくことが多いので、癒しの術は街中の神官より怪我をすることの多い冒険屋の神官の方が伸びるとは聞くが、風呂の神官に関して言えば何しろ常時癒しの術を使っているのだから、これは伸びない訳がない。うらやましいことである。
しかも、あっ、酒、お酒まで飲み始めてる!
桶に酒瓶とグラス浮かべて、にこにこ笑顔で晩酌してやがる。あれで仕事なのだからうらやましい限りだ。
「あれのぼせないのかな」
「風呂の神官はかなり早いうちから『風呂でのぼせない』加護を受けるそうですよ」
「地味にうらやましい……」
ウルウはお風呂好きだけど、結構のぼせやすいところがあるからね。
いまも色の薄い肌が早速ほてって色づき始めている。
単に色白さで言ったら北国育ちのあたしたちの方が白いんだけれど、なんだかこう、ウルウの色白さは妙な色気があるわよね。ちょっと不健康そうというか病的というか、危うさがあって、それが不思議と魅力的なのだ。
それに、と並んで湯につかっているブツを比べてみる。
リリオはまあ未来に期待すべしだし、あたしはまあ、リリオ程絶望的ではない。
しかしウルウの場合、細いくせに、浮くのだ。やや浮くのだ。この女、持っていやがるのだ。
夜寝るときに抱き着くとよくわかるけれど、細い割に、というか細いからこそ浮き立つのか、柔らかなものをお持ちなのだ。普段は着やせするから気づきにくいけど、ご立派なのだ。
ぼんやりとそんな豊かさやうなじのあたりを眺めていると、一方で、と比べられる自分達の肉体の貧弱さがどうしようもなくどうしようもなく感じられるのだった。
「トルンペート、トルンペート」
「なあに?」
「ウルウの体つきって本当に、その、そそりますよね」
こうはなるまいと思った瞬間だった。
……まあ、あたしもそう思うけど。
用語解説
・どの風呂の神官もそうであるように
バーノバーノといい、風呂の神官は妙にスタイルがいいものが多いようだ。
温泉の癒しの効果が、彼女らの体をよくよく発達させてくれているのかもしれない。
男性の神官も大体高身長で贅肉も少なく、健康であることが多い。
その上、現在は帝国の方針で職場が増える一方だし、給料も安定しているし、実はモテる。
モテるのだが、仕事と祈祷の関係上拘束時間が長いため、偉くなるほど結婚率は低下する。
・『風呂でのぼせない』加護
神官たちはその信仰する神によってさまざまな加護を受ける。
ただ、加護を受けるということはそれだけ神の、つまり既知外の知性に近づくということで、上級神官程話が通じなくなってくる。
例えば帝都の風呂の神殿の司祭は半神クラスの神官であり、『入浴している限り不死身』などの強力な加護を持つが、その精神は「常時茹だっている」と言われる程に会話が通じないし、一年三六五日休むことなく入浴しているのでそもそも一般人と同じ生活が不可能である。
・ブツ
おバスト。
暴れまわることの多い冒険屋にとって胸はそこまで大きいと困るのであるが、かといって無いのは無いで寂しいというのが女心の難しいところ。
温泉宿自慢の蒸し物料理をたっぷり楽しんだ《三輪百合》。
飯がすんだら、お風呂回。
さて。
お腹がいっぱいになってもうだいぶ横になりたい気持ちにはなってきたけれど、でも温泉だ。温泉に行かなければならない。主人であるリリオが元気に向かうのだから、侍女である私もそれについていかなければならない。というのは建前で実際のところ、折角ただで入れる温泉を逃してはもったいないというのが本音だ。この際リリオはどうでもいい。いや、どうでもよくはないけど。
たっぷり、とは言っても私たち二人よりは少なめに食事を楽しんだウルウは、満腹でお風呂に入るとろくなことがないとはぼやきながらも、準備万端であるあたり誰より楽しみにしている可能性があった。なにしろ温泉の水精晶を箱買いして毎日入っているような女だ。相当な風呂好きであることは間違いない。
この宿でも売っていたので箱で購入しているのを見かけたし。
それが本物の温泉となれば、ウルウがこれを拒む理由など何一つないだろう。
あたしたちは女中の案内で温泉に向かった。
脱衣所は簡素なもので、ちゃちな鍵をかけられる棚が並んでいて、あたしたちは三人で横並びに棚に衣服をしまい込んだ。鍵はヒモが通されていて、首にかけられた。
ひなびた湯治所という印象だったのでそこまで期待はしていなかったのだが、なかなかどうして、浴場は立派なものだった。足元はタイル張りで、湯舟は自然の岩をうまく生かして囲われており、これがまるで野外の露天風呂のような野趣あふれるおもむきだった。
湯気が抜けるように天井近くには外気とりの窓がついていて、そこからもうもうと立ち上る湯気が抜けていっていた。
湯はどこかから樋で流されているらしく、そして流れ出た湯はそのままあふれ、床下に流れ込んで、近くの川なりどこかへと流れていく仕組みのようだった。
浴場はほどほどに人入りがあり、さっそくウルウは嫌そうな顔をしたけれど、それでも帰るとは言いださないあたり随分成長したように思われた。話に聞いていたところ、初期のウルウは姿を消す魔法を使ってまで風呂屋に通ったというから大概だ。
洗い場はどこの風呂屋でも同じような造りで、あたしたちは持ち込んだ石鹸で体を洗い、さっぱりと泡を流し、手ぬぐいで髪をまとめて、早速温泉に浸かることにした。
温泉はうまい具合にお湯の温度を操作しているらしく、恐ろしく熱くて長々と入っていられないようなもの、ほどほどに熱くて心地よいもの、ぬるめで長く入っていられるもの、また冷やされた冷泉などがあった。
リリオが最初戯れに恐ろしく熱いものに浸かろうとしてみたが、足先だけで降参した。ウルウは浸かるところまで行ったが、一分ほどで無理だと出てきた。あたしはそんな二人を眺めてから指先を浸して、無理は止めておこうと決めた。
結局三人で浸かったのは、ほどほどに熱いものである。これは普段はいる風呂屋と同じくらいで、心地よい。隣のぬる湯は、少し物足りない。あちらは本当に、湯治客がじっくりと浸かるためのものであるらしかった。
ほどほどの熱さの湯には旅人が何人か、それに風呂の神官が浸かっていて、どの風呂の神官もそうであるようにのんびりと心地よさげな表情で、そしてまたその肉置きも豊かだった。
こうして見るに、数ある神々の神官の中でも、風呂の神官ほど現世利益にあやかっている連中はいないように思われた。こうして風呂に浸かっているだけで、いやまあ法術などを行使し続けているとは聞くけど、少なくとも心地よい環境にいるだけで祈りにもなり、金も貰えて、法術の技術もバリバリ磨かれていくのだ。おまけに体つきも、いい。
法術だの魔術だのは実戦の中で身につくことが多いので、癒しの術は街中の神官より怪我をすることの多い冒険屋の神官の方が伸びるとは聞くが、風呂の神官に関して言えば何しろ常時癒しの術を使っているのだから、これは伸びない訳がない。うらやましいことである。
しかも、あっ、酒、お酒まで飲み始めてる!
桶に酒瓶とグラス浮かべて、にこにこ笑顔で晩酌してやがる。あれで仕事なのだからうらやましい限りだ。
「あれのぼせないのかな」
「風呂の神官はかなり早いうちから『風呂でのぼせない』加護を受けるそうですよ」
「地味にうらやましい……」
ウルウはお風呂好きだけど、結構のぼせやすいところがあるからね。
いまも色の薄い肌が早速ほてって色づき始めている。
単に色白さで言ったら北国育ちのあたしたちの方が白いんだけれど、なんだかこう、ウルウの色白さは妙な色気があるわよね。ちょっと不健康そうというか病的というか、危うさがあって、それが不思議と魅力的なのだ。
それに、と並んで湯につかっているブツを比べてみる。
リリオはまあ未来に期待すべしだし、あたしはまあ、リリオ程絶望的ではない。
しかしウルウの場合、細いくせに、浮くのだ。やや浮くのだ。この女、持っていやがるのだ。
夜寝るときに抱き着くとよくわかるけれど、細い割に、というか細いからこそ浮き立つのか、柔らかなものをお持ちなのだ。普段は着やせするから気づきにくいけど、ご立派なのだ。
ぼんやりとそんな豊かさやうなじのあたりを眺めていると、一方で、と比べられる自分達の肉体の貧弱さがどうしようもなくどうしようもなく感じられるのだった。
「トルンペート、トルンペート」
「なあに?」
「ウルウの体つきって本当に、その、そそりますよね」
こうはなるまいと思った瞬間だった。
……まあ、あたしもそう思うけど。
用語解説
・どの風呂の神官もそうであるように
バーノバーノといい、風呂の神官は妙にスタイルがいいものが多いようだ。
温泉の癒しの効果が、彼女らの体をよくよく発達させてくれているのかもしれない。
男性の神官も大体高身長で贅肉も少なく、健康であることが多い。
その上、現在は帝国の方針で職場が増える一方だし、給料も安定しているし、実はモテる。
モテるのだが、仕事と祈祷の関係上拘束時間が長いため、偉くなるほど結婚率は低下する。
・『風呂でのぼせない』加護
神官たちはその信仰する神によってさまざまな加護を受ける。
ただ、加護を受けるということはそれだけ神の、つまり既知外の知性に近づくということで、上級神官程話が通じなくなってくる。
例えば帝都の風呂の神殿の司祭は半神クラスの神官であり、『入浴している限り不死身』などの強力な加護を持つが、その精神は「常時茹だっている」と言われる程に会話が通じないし、一年三六五日休むことなく入浴しているのでそもそも一般人と同じ生活が不可能である。
・ブツ
おバスト。
暴れまわることの多い冒険屋にとって胸はそこまで大きいと困るのであるが、かといって無いのは無いで寂しいというのが女心の難しいところ。