前回のあらすじ
衛兵からも感謝され、困惑する一行。
温泉宿を提供すると提案されてホイホイついていくのだった。
何がどうなって話がまとまったのか、衛兵さんが温泉宿まで案内してくれるというので、あたしはボイの手綱を取って、その後をついていくところだった。
「で、結局聖女様ってのは何者なんです? 来なかったんでしょう?」
応援に来てくれたのは衛兵だけだった様なので、聖女様とやらの姿は見れていないのだ。ウルウたちも、面倒くさそうだったから、とりあえず長そうになる話は放っておいて事態の解決を急いだとのことだったし。
衛兵さんはあたしのぶしつけな質問にも笑顔を絶やさず、こう説明してくれた。
「毎度聖女様に頼っていては聖女様がカローシなさってしまいますから、小さなものは私たちだけで対応しているんですよ」
「カローシ?」
「働き過ぎて死ぬことだそうです」
馬鹿馬鹿しい、そんな死に方があってたまるかとも思ったけれど、辺境で働いていたときは、割とそう言う時もあった。忙しいだけでなく、寒さが厳しかったから、何年かに一度は凍死する下男とかもいたし、凍傷も割とあった。
奴隷かよと思っていたけれど、あれをもう少し厳しくするとそのカローシってやつになるわけだ。
「聖女様は癒しの力に長けた方でして、茨の魔物が出始めたころに、この町に訪れてくださったんです」
「癒しの力? 神官ってことですか?」
「いえ、聖女様はどの神の神官でもないようで、どちらかと言えば、魔術師に近いのでしょうね」
魔術師で癒しの力を使うものはそんなに多くないと聞く。
なんでも癒しの術というものは、簡単な擦り傷や切り傷ならともかく、大きなけがとなるとどんどん工程が複雑になってしまうそうだ。なので魔術師ではその工程をうまく組み上げられなくて難しい。
神の力を借りる神官はそこを問答無用で組み上げるので、癒しの術だけで言えば神官に旗が上がるのだ。
それを、神官よりも頼りにされている魔術師の癒しというのは、相当なものなのだろう。
「ご領主様の覚えもめでたく、町で施療所を開いているほか、レモの町の各所にある施療所や湯治宿にも往診に出かけてくださって、何とここしばらくレモの町では病死したものの数が半分以下に減っているのですよ」
それはすごい話だった。実際に数字が出るほど効果が出ているということもだし、小さいとはいえ一人で町中を行脚しては癒しの術を惜しげもなく使っているという話がまたすごかった。それは聖女と言われるわけだし、それはカローシを心配されるわけだ。
「いや実際、聖女様の癒しの術は見事なものですよ。私の腕なんですがね、ご覧になってわかりますか」
そう言えって衛兵さんはあたしたちに左腕を見せてくれたけれど、よくわからない。鎧に包まれているし、それ以外は特に変わったこともない。
「実はこの腕、以前茨の魔物に斬り落とされましてね。肘から下を落とされて、義手にでもするかと悩んでいたところ、見事にぴたりとつないでくれたんです」
これにはあたしやリリオだけでなく、普段は表情を変えないウルウまで驚いたようだった。
そりゃあ、そうだ。いったん切り落とされてしまった腕をつなぎなおすなんて、帝都の医者であっても難しいことだろう。まして、見てもまるで違和感を覚えないくらい自然に動かせる状態にまで持っていくなんて。
「それに癒しの力ばかりでなく、戦いの技も持っておられて」
「戦うの!?」
「人相手ではありませんけれどね。いざ茨の魔物が出ると、あの方は真っ先に駆けつけて、そして神よりたまわったという神剣で真っ二つにしてしまわれる。その苛烈な様は実に恐ろしいのですが、それだけ民草を思われているのでしょうなあ」
癒しの術にたけていて、それで戦いまでできるなんて言うのは、とんだ規格外だ。まあ、茨の魔物は癒しの力に弱いということだったから、もしかしたらその癒しの力を剣にまとわせて切り付けているのかもしれない。そうすれば茨の魔物もたやすく切り裂けるのかもしれない。
「そんなすごい人がいるなら、あたしたち余計な真似しちゃったかしら」
「いえいえ、とんでもない。聖女様はお一人しかおられませんし、普段からよく働かれるお方で、私たちもどうしたらあの方を休ませられるかいつも考えているほどですよ。ですから今回の件は助かりました。私たちも随分慣れてきましたが、それでも毎回必ず誰かは怪我をして、聖女様のお手を煩わせてしまいます」
それなら、よかったのだが。
それにしても慣れてきたというが、いつもはどのように退治しているのだろうか。
気になって尋ねてみると、こうだった。
「食客の騎士様がおられるときは、弓で遠間から仕留めることもできるのですが、我々では取りつかれたものまで傷つけかねません。ですから、この硬い鎧で茨を抑え込み、剣でひたすら切りつけるという泥臭いやり方です」
「冒険屋を頼ろうとは?」
「お恥ずかしながら、レモの町の冒険屋はみな我々衛兵と大差なく、また数も少ない。即時で対応ができんのです」
成程。
いつもあたしたちを基準に考えているから冒険屋と言えばあの程度あっさり倒してしまえるような印象だけれど、あたしたちって、実は結構強い部類なのだった。乙種魔獣を一人で倒せる冒険屋というのは実際多くないのだ。
それに、今回だってウルウがあっさり茨を被害者から引きずり出せたからあんなに簡単に終わったけれど、仮にあたしとリリオだったらああもうまくはいかなかっただろう。それこそ同じような泥仕合になりかねない。
そのような話をしているうちに、硫黄の匂いが強くなり、あたしたちは郊外の温泉宿に辿り着いたのだった。
用語解説
・カローシ
最近レモの町を中心にはやり始めた言葉で、働き過ぎて死ぬことを言う。
茨の魔物に憑りつかれた経営者などが従業員を手ひどく扱ってカローシに追い込むこともあるという。
・聖女
神官ではなく、どちらかと言えば魔術師のように魔術で癒しを与えるという女性。
茨の魔物を追って旅をしていたところレモの町に辿り着き、この魔物を根絶するため、また人々の傷を癒すために、日々働いているという。
衛兵からも感謝され、困惑する一行。
温泉宿を提供すると提案されてホイホイついていくのだった。
何がどうなって話がまとまったのか、衛兵さんが温泉宿まで案内してくれるというので、あたしはボイの手綱を取って、その後をついていくところだった。
「で、結局聖女様ってのは何者なんです? 来なかったんでしょう?」
応援に来てくれたのは衛兵だけだった様なので、聖女様とやらの姿は見れていないのだ。ウルウたちも、面倒くさそうだったから、とりあえず長そうになる話は放っておいて事態の解決を急いだとのことだったし。
衛兵さんはあたしのぶしつけな質問にも笑顔を絶やさず、こう説明してくれた。
「毎度聖女様に頼っていては聖女様がカローシなさってしまいますから、小さなものは私たちだけで対応しているんですよ」
「カローシ?」
「働き過ぎて死ぬことだそうです」
馬鹿馬鹿しい、そんな死に方があってたまるかとも思ったけれど、辺境で働いていたときは、割とそう言う時もあった。忙しいだけでなく、寒さが厳しかったから、何年かに一度は凍死する下男とかもいたし、凍傷も割とあった。
奴隷かよと思っていたけれど、あれをもう少し厳しくするとそのカローシってやつになるわけだ。
「聖女様は癒しの力に長けた方でして、茨の魔物が出始めたころに、この町に訪れてくださったんです」
「癒しの力? 神官ってことですか?」
「いえ、聖女様はどの神の神官でもないようで、どちらかと言えば、魔術師に近いのでしょうね」
魔術師で癒しの力を使うものはそんなに多くないと聞く。
なんでも癒しの術というものは、簡単な擦り傷や切り傷ならともかく、大きなけがとなるとどんどん工程が複雑になってしまうそうだ。なので魔術師ではその工程をうまく組み上げられなくて難しい。
神の力を借りる神官はそこを問答無用で組み上げるので、癒しの術だけで言えば神官に旗が上がるのだ。
それを、神官よりも頼りにされている魔術師の癒しというのは、相当なものなのだろう。
「ご領主様の覚えもめでたく、町で施療所を開いているほか、レモの町の各所にある施療所や湯治宿にも往診に出かけてくださって、何とここしばらくレモの町では病死したものの数が半分以下に減っているのですよ」
それはすごい話だった。実際に数字が出るほど効果が出ているということもだし、小さいとはいえ一人で町中を行脚しては癒しの術を惜しげもなく使っているという話がまたすごかった。それは聖女と言われるわけだし、それはカローシを心配されるわけだ。
「いや実際、聖女様の癒しの術は見事なものですよ。私の腕なんですがね、ご覧になってわかりますか」
そう言えって衛兵さんはあたしたちに左腕を見せてくれたけれど、よくわからない。鎧に包まれているし、それ以外は特に変わったこともない。
「実はこの腕、以前茨の魔物に斬り落とされましてね。肘から下を落とされて、義手にでもするかと悩んでいたところ、見事にぴたりとつないでくれたんです」
これにはあたしやリリオだけでなく、普段は表情を変えないウルウまで驚いたようだった。
そりゃあ、そうだ。いったん切り落とされてしまった腕をつなぎなおすなんて、帝都の医者であっても難しいことだろう。まして、見てもまるで違和感を覚えないくらい自然に動かせる状態にまで持っていくなんて。
「それに癒しの力ばかりでなく、戦いの技も持っておられて」
「戦うの!?」
「人相手ではありませんけれどね。いざ茨の魔物が出ると、あの方は真っ先に駆けつけて、そして神よりたまわったという神剣で真っ二つにしてしまわれる。その苛烈な様は実に恐ろしいのですが、それだけ民草を思われているのでしょうなあ」
癒しの術にたけていて、それで戦いまでできるなんて言うのは、とんだ規格外だ。まあ、茨の魔物は癒しの力に弱いということだったから、もしかしたらその癒しの力を剣にまとわせて切り付けているのかもしれない。そうすれば茨の魔物もたやすく切り裂けるのかもしれない。
「そんなすごい人がいるなら、あたしたち余計な真似しちゃったかしら」
「いえいえ、とんでもない。聖女様はお一人しかおられませんし、普段からよく働かれるお方で、私たちもどうしたらあの方を休ませられるかいつも考えているほどですよ。ですから今回の件は助かりました。私たちも随分慣れてきましたが、それでも毎回必ず誰かは怪我をして、聖女様のお手を煩わせてしまいます」
それなら、よかったのだが。
それにしても慣れてきたというが、いつもはどのように退治しているのだろうか。
気になって尋ねてみると、こうだった。
「食客の騎士様がおられるときは、弓で遠間から仕留めることもできるのですが、我々では取りつかれたものまで傷つけかねません。ですから、この硬い鎧で茨を抑え込み、剣でひたすら切りつけるという泥臭いやり方です」
「冒険屋を頼ろうとは?」
「お恥ずかしながら、レモの町の冒険屋はみな我々衛兵と大差なく、また数も少ない。即時で対応ができんのです」
成程。
いつもあたしたちを基準に考えているから冒険屋と言えばあの程度あっさり倒してしまえるような印象だけれど、あたしたちって、実は結構強い部類なのだった。乙種魔獣を一人で倒せる冒険屋というのは実際多くないのだ。
それに、今回だってウルウがあっさり茨を被害者から引きずり出せたからあんなに簡単に終わったけれど、仮にあたしとリリオだったらああもうまくはいかなかっただろう。それこそ同じような泥仕合になりかねない。
そのような話をしているうちに、硫黄の匂いが強くなり、あたしたちは郊外の温泉宿に辿り着いたのだった。
用語解説
・カローシ
最近レモの町を中心にはやり始めた言葉で、働き過ぎて死ぬことを言う。
茨の魔物に憑りつかれた経営者などが従業員を手ひどく扱ってカローシに追い込むこともあるという。
・聖女
神官ではなく、どちらかと言えば魔術師のように魔術で癒しを与えるという女性。
茨の魔物を追って旅をしていたところレモの町に辿り着き、この魔物を根絶するため、また人々の傷を癒すために、日々働いているという。