前回のあらすじ
音楽の絶えた音楽の町の異変を解決した三人。
次は温泉の町レモへ。
東部の代わり映えのしない街道を進んで、それでも何度か盗賊や魔獣を退け、まあ何事もなくとは言わないまでもそこそこ平和な旅路の末に、あたしたちはようやくレモの町へとたどり着いた。東部は宿場もよく整備されていて、宿に困ることもない程度の道のりを、およそ三日くらいのものだ。
レモの町に到着したのは、閉門ぎりぎりの夕刻だった。
もう並んでいる列もまばらで間に合ったけれど、もう少し遅かったら、街を前に野宿する羽目になるところだった。
「ちょっとのんびりしすぎたわね」
「まあ間に合ったしいいとしましょう」
門で冒険屋証を見せれば、安い通行税と共に、あたしたちはようやくレモの客となった。
馬車での移動ってのは揺られているだけだから楽なもんじゃないかと思うかもしれないが、そんなことはない。存外これが疲れるものなのだ。まして見るものも特にない東部のひなびた街道ともなれば、いくら整備が良くなされていて進みやすい道とはいえ、すっかり疲れてしまった。
これはもう宿を取ってすぐに休んでしまいたい。
と思うのだけれど、なかなか具合の良い宿がない。
門を入ってすぐの良い宿はみなすでに客で埋まっていて、賑わいの減る辺りの宿というのはどうにもうまくない。
何もあたしたちがぜいたくを言っているわけではない。
そりゃあ、女三人の旅だし、できればある程度安心のできる宿というものを求めたいのは確かだけれど、そこらの男よりもよほどに旅慣れて腕っぷしの優れた三人組だから、いざとなれば木賃宿でも気にはしない。舌の肥えたウルウ以外。
問題はあたしたちのもう一頭の旅の連れであるボイと、そしてそれのひく幌馬車だった。
小ぶりとはいえ立派な幌馬車だし、ボイもそこらの馬と変わりない立派な体格だ。
きちんとした厩舎があって、馬車も留められるような宿でないと、あたしたちも安心して泊まることができない。
「とは言いたいんだけれど……」
「なかなかないですもんねえ」
普段は朝から町に入って、商人たちが使うような宿を求めるのだけれど、生憎と今日はもうどこもいっぱいだった。こうなってしまうと町の反対側にあるもう一つの門まで行って宿を求めてみる他にないけれど、それにしたってたぶん似たようなことになっていることだろう。
それに、それまでにすっかり日が暮れてしまうことは間違いない。
レモの町はひなびた田舎町とはいえ、それでも、ヴォースト程ではないとはいえ立派な町で、規模だけで言えばムジコなんかと変わらないのだ。
「どうしましょうかね。こうなったら、冒険屋組合に宿借りましょうか?」
「冒険屋組合ってそう言うこともしてるの?」
「冒険屋の相互互助組織ですからねえ。ただ、割高ですし、部屋も期待はできませんし、勿論ご飯も出ません」
「むーん。でもこの際やむを得ないのかなあ」
ウルウが不満そうにぼやき、リリオもあまり組合に借りを作りたくないと唇を尖らせ、そしてあたしはと言えば、現実的にどうするのが一番よさそうかを吟味していた。
いい宿が埋まっている以上適当な木賃宿を借りるというのが一番安上がり。でも寝心地は最悪でご飯も出ないし、ボイは自衛できるとしても、幌馬車が心配だ。
そこらの空き地に馬車を止めて野宿するってのは安いどころか金がかからない。でも気の利かない衛兵に金を握らせると割高かも。それに寝心地はあんまりありがたくない。
冒険屋の組合ってのは泊まったことがないけれど、まあでも木賃宿よりはよほどいい部屋が借りられることだろう。食事は出ないとはいえ、まあ厨房を借りるくらいはさせてもらえるだろうし、上等な木賃宿と思えばいい。それに組合の建物は立派なものだし、ボイも幌馬車も安全だろう。
組合に借りを作ることになるとはいえ、あたしたちはこの町を出れば次はもう南部へと旅立つ予定だ。そもそも組合員で借りなんか作るほかないんだから、そこまで気にするのもばからしい。
「仕方ない。組合に行きましょ」
「はーい」
「うん」
うだうだいうばかりで結論を出す気のない二人にそう言いつけて、あたしは早速馬車を組合の建物が集まる広場へと向かわせ、そして何やら騒動に気付くのだった。
馬車のいく先から逃げ出す人々、悲鳴、怒鳴り声。そして少し行った先では、馬車が通れないくらいの人だかりができて、何かを囲んでいるようだった。
強盗でも出たのだろうか。それが人質でも取っているとか。
まさか街中で魔獣が出るって言うのも、まあヴォーストでは下水道からたまにあふれてくるのがあったりしたけど、そうそうないだろう。
なんにせよ、騒ぎが起きているって言うのは、つまり、冒険屋の仕事だ。
「リリオ、ウルウ」
「はいはい」
「なんでしょうね、一体」
あたしは二人に声をかけて、確認をお願いした。
そうして二人が馬車から降りて確認したところによれば、聞きなれない名前が飛び出してくるのだった。
「茨の魔物が出た、ですか?」
用語解説
・レモの街(Lemo)
帝国東部の小さな町の一つ。放浪伯の所有する領地の一つ。
養蜂が盛んで、蜂蜜酒が名産の一つ。
また、地味だが温泉も湧いており、湯治客が絶えない。
音楽の絶えた音楽の町の異変を解決した三人。
次は温泉の町レモへ。
東部の代わり映えのしない街道を進んで、それでも何度か盗賊や魔獣を退け、まあ何事もなくとは言わないまでもそこそこ平和な旅路の末に、あたしたちはようやくレモの町へとたどり着いた。東部は宿場もよく整備されていて、宿に困ることもない程度の道のりを、およそ三日くらいのものだ。
レモの町に到着したのは、閉門ぎりぎりの夕刻だった。
もう並んでいる列もまばらで間に合ったけれど、もう少し遅かったら、街を前に野宿する羽目になるところだった。
「ちょっとのんびりしすぎたわね」
「まあ間に合ったしいいとしましょう」
門で冒険屋証を見せれば、安い通行税と共に、あたしたちはようやくレモの客となった。
馬車での移動ってのは揺られているだけだから楽なもんじゃないかと思うかもしれないが、そんなことはない。存外これが疲れるものなのだ。まして見るものも特にない東部のひなびた街道ともなれば、いくら整備が良くなされていて進みやすい道とはいえ、すっかり疲れてしまった。
これはもう宿を取ってすぐに休んでしまいたい。
と思うのだけれど、なかなか具合の良い宿がない。
門を入ってすぐの良い宿はみなすでに客で埋まっていて、賑わいの減る辺りの宿というのはどうにもうまくない。
何もあたしたちがぜいたくを言っているわけではない。
そりゃあ、女三人の旅だし、できればある程度安心のできる宿というものを求めたいのは確かだけれど、そこらの男よりもよほどに旅慣れて腕っぷしの優れた三人組だから、いざとなれば木賃宿でも気にはしない。舌の肥えたウルウ以外。
問題はあたしたちのもう一頭の旅の連れであるボイと、そしてそれのひく幌馬車だった。
小ぶりとはいえ立派な幌馬車だし、ボイもそこらの馬と変わりない立派な体格だ。
きちんとした厩舎があって、馬車も留められるような宿でないと、あたしたちも安心して泊まることができない。
「とは言いたいんだけれど……」
「なかなかないですもんねえ」
普段は朝から町に入って、商人たちが使うような宿を求めるのだけれど、生憎と今日はもうどこもいっぱいだった。こうなってしまうと町の反対側にあるもう一つの門まで行って宿を求めてみる他にないけれど、それにしたってたぶん似たようなことになっていることだろう。
それに、それまでにすっかり日が暮れてしまうことは間違いない。
レモの町はひなびた田舎町とはいえ、それでも、ヴォースト程ではないとはいえ立派な町で、規模だけで言えばムジコなんかと変わらないのだ。
「どうしましょうかね。こうなったら、冒険屋組合に宿借りましょうか?」
「冒険屋組合ってそう言うこともしてるの?」
「冒険屋の相互互助組織ですからねえ。ただ、割高ですし、部屋も期待はできませんし、勿論ご飯も出ません」
「むーん。でもこの際やむを得ないのかなあ」
ウルウが不満そうにぼやき、リリオもあまり組合に借りを作りたくないと唇を尖らせ、そしてあたしはと言えば、現実的にどうするのが一番よさそうかを吟味していた。
いい宿が埋まっている以上適当な木賃宿を借りるというのが一番安上がり。でも寝心地は最悪でご飯も出ないし、ボイは自衛できるとしても、幌馬車が心配だ。
そこらの空き地に馬車を止めて野宿するってのは安いどころか金がかからない。でも気の利かない衛兵に金を握らせると割高かも。それに寝心地はあんまりありがたくない。
冒険屋の組合ってのは泊まったことがないけれど、まあでも木賃宿よりはよほどいい部屋が借りられることだろう。食事は出ないとはいえ、まあ厨房を借りるくらいはさせてもらえるだろうし、上等な木賃宿と思えばいい。それに組合の建物は立派なものだし、ボイも幌馬車も安全だろう。
組合に借りを作ることになるとはいえ、あたしたちはこの町を出れば次はもう南部へと旅立つ予定だ。そもそも組合員で借りなんか作るほかないんだから、そこまで気にするのもばからしい。
「仕方ない。組合に行きましょ」
「はーい」
「うん」
うだうだいうばかりで結論を出す気のない二人にそう言いつけて、あたしは早速馬車を組合の建物が集まる広場へと向かわせ、そして何やら騒動に気付くのだった。
馬車のいく先から逃げ出す人々、悲鳴、怒鳴り声。そして少し行った先では、馬車が通れないくらいの人だかりができて、何かを囲んでいるようだった。
強盗でも出たのだろうか。それが人質でも取っているとか。
まさか街中で魔獣が出るって言うのも、まあヴォーストでは下水道からたまにあふれてくるのがあったりしたけど、そうそうないだろう。
なんにせよ、騒ぎが起きているって言うのは、つまり、冒険屋の仕事だ。
「リリオ、ウルウ」
「はいはい」
「なんでしょうね、一体」
あたしは二人に声をかけて、確認をお願いした。
そうして二人が馬車から降りて確認したところによれば、聞きなれない名前が飛び出してくるのだった。
「茨の魔物が出た、ですか?」
用語解説
・レモの街(Lemo)
帝国東部の小さな町の一つ。放浪伯の所有する領地の一つ。
養蜂が盛んで、蜂蜜酒が名産の一つ。
また、地味だが温泉も湧いており、湯治客が絶えない。