前回のあらすじ
何事もなく牧場見学を終えた。いいね。
ウルウが牧場見学を楽しみ、あたしたちは百面相するウルウを眺めて楽しみ、ゆったりと日が暮れて夕食に御呼ばれすることになった。
品は簡単なもので、たっぷりの乳を使った羊の煮込みに、少し硬い麺麭と、そして乾酪だった。
簡単とはいえこれは牧場の食事としてはとても立派なもので、客人としてもてなしてくれることがよくよくわかった。
まず炙った麺麭の上にたっぷりと溶かした乾酪をかけまわしてくれるのだけれど、これが、残酷だったわ。どうして麺麭の面積には限界があるのか、どうしてとろけた乾酪が積み上げられる高さには限界があるのか、そう思わずにはいられなかったわね。
ざくりとした炙り麺麭の食感に、とろとろととろけた熱々の乾酪の不思議な食感。どこまでも伸びるんじゃないかと思いながら乾酪のもちもちふにふにを楽しむってのは、これは、はっきり言って犯罪的だった。
あんまりどこまでも伸びるもんだから、途中で切ってやらなければいけないんだけど、これがまたもったいないなという気持ちにさせられる。
そして羊の煮込み。これが驚くほどおいしかった。煮汁に搾りたての乳に小麦粉でとろみをつけた乳煮込みなのだけれど、さっぱりとしてちょっと物足りないところのある羊肉に、コクのある乳がよくよくしみ込んで味わいに深みを与えてくれている。そして羊の骨からとったという出汁がまた、いい。
それに単調になりがちな所にうまく香草が使われていて、たっぷり食べてもまるで飽きが来ない。
これは、いうなれば食べる乳ね。栄養もたっぷりで、体も温まって、そして美味しい。
これにはリリオも大いに喜んだし、そしてまた、普段小食なウルウもちょっぴり多めに食べていたように思う。特に乾酪をたっぷりかけまわした麺麭がお気に召したようだった。
「昔アニメでこんな感じの見た」
「あにめ?」
「とっても美味しいってこと」
最初こそしぶしぶではあったけれど、牧場ご飯も美味しいし、これは、あたりだったかもしれない。
たっぷりとご馳走になって、後片付けを済ませて、あたしたちは物置を掃除したという一室を借り受けた。
「リリオちゃんが喜びそうだから、牧舎に寝藁積んでもいいんだけど」
とランツォさんが言うや否やリリオが飛び上がって喜びそうになったので、強引に押さえつけてありがたく物置を一晩借りることにした。さすがにそこまで付き合ってやる気は、ない。
寝台は一つだけだったけれど、あたしたちはその上にウルウの魔法の羽布団を敷いて、三人で潜り込むことにもうためらいはなかった。ウルウはまだ深呼吸してから潜り込むけれど、それでも一人だけ別のところで寝ると言い張ることは、もうなくなった。
三人で寝台に入って、明かりも消してしまって、さああとは寝るだけとなってからが、あたしたち三人の夜だった。つまり、こうして寝る準備がすっかり整ってから、不思議と話題が出てくるのだった。
「そういえば、ランツォさんもそうだけど、メザーガって親戚多すぎじゃあないかしら」
「多分、この先も何かしら関係者と遭遇する気がします」
「便利と言えば便利だけど、不思議ではあるね」
一応の血縁であるところのリリオに聞いてみれば、
「私も本当かどうかは知らないんですけれど、メザーガからはこう聞いています」
このように前置きして、リリオは語り出した。
メザーガの出身であるブランクハーラ家は、南部でも有名な冒険屋の一族であるらしい。メザーガの父親も、祖父も、大祖父も、数える限り八代前から冒険屋をやっているような、生粋の冒険屋の血統であるらしい。
どうせきっと誰かがどうにかしてくれると思っているようなことを、どうにかしてやる誰かというのが彼らだった。誰が言うでもないのに剣を取り、誰が言うでもないのに旅立ち、誰が言うのでもないのに冒険なんてし始める、そう言う一族だった。そう言う酔狂だった。
二束三文で命を懸ける、そういう生え抜きに酔狂の一族だった。
そういう、常に命をすれすれのところに置いているような連中が、南部から帝国中あっちこっちに冒険しに出かけていった結果どうなったか。帝国中あちらこちらで命を懸けたすったもんだを繰り返し、そのたびに情熱的な恋物語を演じに演じ、当代に至ってはどこまで本当かわからない家系図なんてものさえ出来上がるほどに、帝国中に血と流血をばらまいたらしい。
そのせいで恨みも買いに買っているらしいけれど、何しろブランクハーラっていうのは冒険屋の大家だ。メザーガたち《一の盾》が、その名前を出しただけで恐れられるように、うかつに手を出していいものではないっていうのが、世の冒険屋の共通認識らしい。
もっとも、ブランクハーラのいわゆる分家筋の人たちからしてみれば厄介でしかない話で、普段はブランクハーラの名前も出しはしないそうだけれど。
それでもたまにそう言う血筋から白い髪の子供が生まれると、たいてい生まれ育った土地に満足できず、冒険屋として旅立っていくというのだから、これはもう呪いと言っていいほどに強い血統ね。
今では白い髪と言えば冒険狂いの代名詞というほどで、なるほどリリオが冒険屋として辺境から飛び出てきたのも納得だわ。
「辺境人とブランクハーラの合いの子なんて、なんの悪夢だってメザーガにも言われました」
「まあ、聞いた限り劇薬としか思えない取り合わせよねえ」
「そう言えばリリオのお母さんもそのブランクハーラなんだったっけ」
そう、リリオのお母様も、冒険屋だった。あたしはそれほど深い付き合いがあったわけじゃないから詳しくは知らないけれど、それでも、強い冒険屋ではあったのだ、あの人は。
用語解説
・ブランクハーラ
記録に残るだけで八代前から冒険屋をやっている生粋の酔狂血統。
帝国各地で暴れまわっており、その血縁が広く散らばっているとされる。
特に白い髪の子供はブランクハーラの血が濃いとされ、冒険屋として旅に出ることが多いという。
何事もなく牧場見学を終えた。いいね。
ウルウが牧場見学を楽しみ、あたしたちは百面相するウルウを眺めて楽しみ、ゆったりと日が暮れて夕食に御呼ばれすることになった。
品は簡単なもので、たっぷりの乳を使った羊の煮込みに、少し硬い麺麭と、そして乾酪だった。
簡単とはいえこれは牧場の食事としてはとても立派なもので、客人としてもてなしてくれることがよくよくわかった。
まず炙った麺麭の上にたっぷりと溶かした乾酪をかけまわしてくれるのだけれど、これが、残酷だったわ。どうして麺麭の面積には限界があるのか、どうしてとろけた乾酪が積み上げられる高さには限界があるのか、そう思わずにはいられなかったわね。
ざくりとした炙り麺麭の食感に、とろとろととろけた熱々の乾酪の不思議な食感。どこまでも伸びるんじゃないかと思いながら乾酪のもちもちふにふにを楽しむってのは、これは、はっきり言って犯罪的だった。
あんまりどこまでも伸びるもんだから、途中で切ってやらなければいけないんだけど、これがまたもったいないなという気持ちにさせられる。
そして羊の煮込み。これが驚くほどおいしかった。煮汁に搾りたての乳に小麦粉でとろみをつけた乳煮込みなのだけれど、さっぱりとしてちょっと物足りないところのある羊肉に、コクのある乳がよくよくしみ込んで味わいに深みを与えてくれている。そして羊の骨からとったという出汁がまた、いい。
それに単調になりがちな所にうまく香草が使われていて、たっぷり食べてもまるで飽きが来ない。
これは、いうなれば食べる乳ね。栄養もたっぷりで、体も温まって、そして美味しい。
これにはリリオも大いに喜んだし、そしてまた、普段小食なウルウもちょっぴり多めに食べていたように思う。特に乾酪をたっぷりかけまわした麺麭がお気に召したようだった。
「昔アニメでこんな感じの見た」
「あにめ?」
「とっても美味しいってこと」
最初こそしぶしぶではあったけれど、牧場ご飯も美味しいし、これは、あたりだったかもしれない。
たっぷりとご馳走になって、後片付けを済ませて、あたしたちは物置を掃除したという一室を借り受けた。
「リリオちゃんが喜びそうだから、牧舎に寝藁積んでもいいんだけど」
とランツォさんが言うや否やリリオが飛び上がって喜びそうになったので、強引に押さえつけてありがたく物置を一晩借りることにした。さすがにそこまで付き合ってやる気は、ない。
寝台は一つだけだったけれど、あたしたちはその上にウルウの魔法の羽布団を敷いて、三人で潜り込むことにもうためらいはなかった。ウルウはまだ深呼吸してから潜り込むけれど、それでも一人だけ別のところで寝ると言い張ることは、もうなくなった。
三人で寝台に入って、明かりも消してしまって、さああとは寝るだけとなってからが、あたしたち三人の夜だった。つまり、こうして寝る準備がすっかり整ってから、不思議と話題が出てくるのだった。
「そういえば、ランツォさんもそうだけど、メザーガって親戚多すぎじゃあないかしら」
「多分、この先も何かしら関係者と遭遇する気がします」
「便利と言えば便利だけど、不思議ではあるね」
一応の血縁であるところのリリオに聞いてみれば、
「私も本当かどうかは知らないんですけれど、メザーガからはこう聞いています」
このように前置きして、リリオは語り出した。
メザーガの出身であるブランクハーラ家は、南部でも有名な冒険屋の一族であるらしい。メザーガの父親も、祖父も、大祖父も、数える限り八代前から冒険屋をやっているような、生粋の冒険屋の血統であるらしい。
どうせきっと誰かがどうにかしてくれると思っているようなことを、どうにかしてやる誰かというのが彼らだった。誰が言うでもないのに剣を取り、誰が言うでもないのに旅立ち、誰が言うのでもないのに冒険なんてし始める、そう言う一族だった。そう言う酔狂だった。
二束三文で命を懸ける、そういう生え抜きに酔狂の一族だった。
そういう、常に命をすれすれのところに置いているような連中が、南部から帝国中あっちこっちに冒険しに出かけていった結果どうなったか。帝国中あちらこちらで命を懸けたすったもんだを繰り返し、そのたびに情熱的な恋物語を演じに演じ、当代に至ってはどこまで本当かわからない家系図なんてものさえ出来上がるほどに、帝国中に血と流血をばらまいたらしい。
そのせいで恨みも買いに買っているらしいけれど、何しろブランクハーラっていうのは冒険屋の大家だ。メザーガたち《一の盾》が、その名前を出しただけで恐れられるように、うかつに手を出していいものではないっていうのが、世の冒険屋の共通認識らしい。
もっとも、ブランクハーラのいわゆる分家筋の人たちからしてみれば厄介でしかない話で、普段はブランクハーラの名前も出しはしないそうだけれど。
それでもたまにそう言う血筋から白い髪の子供が生まれると、たいてい生まれ育った土地に満足できず、冒険屋として旅立っていくというのだから、これはもう呪いと言っていいほどに強い血統ね。
今では白い髪と言えば冒険狂いの代名詞というほどで、なるほどリリオが冒険屋として辺境から飛び出てきたのも納得だわ。
「辺境人とブランクハーラの合いの子なんて、なんの悪夢だってメザーガにも言われました」
「まあ、聞いた限り劇薬としか思えない取り合わせよねえ」
「そう言えばリリオのお母さんもそのブランクハーラなんだったっけ」
そう、リリオのお母様も、冒険屋だった。あたしはそれほど深い付き合いがあったわけじゃないから詳しくは知らないけれど、それでも、強い冒険屋ではあったのだ、あの人は。
用語解説
・ブランクハーラ
記録に残るだけで八代前から冒険屋をやっている生粋の酔狂血統。
帝国各地で暴れまわっており、その血縁が広く散らばっているとされる。
特に白い髪の子供はブランクハーラの血が濃いとされ、冒険屋として旅に出ることが多いという。