前回のあらすじ
お披露目したばかりの新技をあっさり防がれたリリオ。
果たしてこのおっさんを突破するすべはあるのか。



 メザーガ・ブランクハーラと言う男は、何とも説明しにくい男ではありますなあ。

 生まれは南部の海辺の地と聞いておりますな。そうそう、リリオ殿の御母堂もそちらの生まれだとか。
 幼い頃より好奇心旺盛で、あちらこちらへとふらつく放浪癖があったそうで、周囲の反対を押し切って成人すると同時に一人旅に出たようですなあ。

 それからのことはクナーボ殿の方が詳しかろうが、うむ、あれは、駄目だな。すっかり試合に夢中ですな。それにクナーボ殿に語らせると、どうも、うむ、長い。

 拙僧がメザーガ殿と旅を共にするようになったのは、ふむ、あれは、そう、拙僧が某所山中にて武者修行と称して来る人行く人構わずに旅人に野試合を申し込んでおった頃の事ですな。
 
 何しろ生まれつきこうして体も大きく、法力にも恵まれていた拙僧は、里を出て以来全くの負けなしで、いささか鼻が高くなっておりましてな。俺が汗水流して強者を探すというのも面倒だ、かかってくるものはみな相手にしてやろうと、こう、居丈高な物でしてな。
 いやはや、今思い出しても、恥ずかしい。
 世の中というものを知らず、高みというものを知らず、深みというものを知らず、ただただ若さのあまりの所業ですなあ。

 山に籠ってどのくらいになるか、まあ里ではすっかり山中の怪人として噂になって、野試合に応じてくれる手合いも随分と減った頃合でありましたかなあ。
 腹も減ったから飯の支度でもするかと火を起こした頃に、あの男は現れました。

 ()()はまあ、冒険屋といえどもその見習いと言った風体でした。
 数打ちの剣を腰に帯びて、中古の軽鎧を身にまとい、不精髭をまだらに伸ばしたその男は、拙僧が方丈と定めた草庵に顔を出すなり、こう申しました。

「腹が減った」

 見れば頬はこけて、いかにも空腹でやつれた具合で、これには猛々しくも荒れていた拙僧と言えど哀れに思って、よし、よし、何かの縁であるから火に当たりそうらえ、いま雉でも兎でも狩ってきてやるからとそう申し上げましたところ、いや、獲物は得たのだが鍋がない、とそう言うではありませんか。

 不思議に思って草庵を出て表を見やれば、なんと拙僧ほどもあろう首なしの熊木菟(ウルソストリゴ)が転がっているではありませんか。
 これに驚いて棒立ちしていると、男の続けて曰く、

「俺には肉があって、御坊には鍋があるな」

 とのたまう。
 成程、一対一、等価でありますな。

 しかし拙僧は何ともこの縁が惜しくなり、少し考えてこう申し上げた。

「成程、肉があり、鍋があり、しかして拙僧には味噌もある」
「俺には手持ちがもうない」
「鍋を食い終えたら、手合わせ願いたい」
「一番うまいところを所望する」
「なに? いや、よい、よい。承った」

 熊木菟(ウルソストリゴ)の肉はまずいと世に言うが、なに、これは処理がまずい。
 血抜きはしてあったので、拙僧は手早く熊木菟(ウルソストリゴ)をばらして、良いところだけを取り、処理を施して、胡桃味噌(ヌクソ・パースト)で鍋とした。残りは裏手に撒いて、獣避けとした。熊木菟(ウルソストリゴ)は強者故、その匂いは獣避けになりますれば故。

 男は余程飢えていたと見え、拙僧と同じほどに鍋の肉を食い、また酒を飲み、ようやく人心地付いて、それから鷹揚に頷いて、言った。

「いや、馳走になった。支払いを済ませよう」

 よしきたと拙僧は頷いて、表に出た。腹はいくらか重かったが、それでどうにかなるような鍛え方はしておらなんだ。

 もはや待ちきれぬと拙僧が拳を振るうと、ぬるりと妙な動きでかわされる。蹴りをばけこめばひらりと避けられる。拙僧が面白くなって次から次へとしかけても、そのことごとくがひらひらとまるで蝶でも相手にしているかのようにかわされる。まるで拙僧一人、虚空に向けて練武でも披露しているようであった。

 一連をすっかりかわされて拙僧が一息つくと、男はこう申した。

「十分か」

 それで拙僧はまだまだと、今度は法術を用いて体を強め、拳を固め、先にも増す勢いで躍りかかった。するとさしもの男もようよう剣を抜いて拙僧の拳を受ける。受けるのだが、まるで鋼を打っているような心地ではない。まるで真綿でも殴りつけているかのように、拙僧の拳はやわやわと受け止められ、流されてしまう。
 これは奇怪と思い遠間から蹴りこめば、ひょいと()()()のように身をひるがえしては、なんと拙僧の足先に飛び乗るではないか。

 そしてまたこう申した。

「十分か」

 拙僧がまだまだといよいよ殺意を持って挑むと、そこから先は全くあしらわれるばかりでござった。拙僧が殴り掛かればひょうと懐に潜り込まれ、膝を突き出せばくるりと股下をくぐられ、寄せてなるものかと蹴りつければ剣で受け流されかえって拙僧が勢いを崩され地にまみれる始末であった。

 そうして拙僧が地に転がる度に、男は「十分か」と問い、拙僧もまだまだとこれに応えて、転がされ続けること半刻にも及んだろうか。
 いよいよ拙僧も疲れ果てて参ったと一言漏らして倒れこむと、男も疲労困憊の体で座り込み、酒を呷った。

「やれやれ、高い鍋だった。だが高すぎるほどじゃあない」

 それを聞いて拙僧はもう、心の底からすっかり参ったと負けを認め申した。
 何しろ拙僧がぐったりと倒れ伏してもう指一本も動かせんというときに、この男は腹が減ったと鍋の余りをつつきに行く始末でしたからな。

 明けて翌朝、鍋の底まで綺麗にさらった男は、無精ひげを綺麗にあたって、拙僧にこう申した。

「手持ちはもうないが御坊の鍋は惜しい。随時支払いはするから旅に付き合う気はないか」

 かような次第で拙僧は《一の盾(ウヌ・シィルド)》の最初の一員となり、そうして今もまだあの男に鍋を食わせ続けておるのですなあ。