前回のあらすじ
メザーガは言った。「膝を射抜かれてな」。
「次のナージャってさ、前に一瞬遭遇した人で間違いない?」
「クナーボに聞いた限りではあれで間違いないらしいですよ」
「なによ、知ってるの? あたし見たことないんだけど」
「うーん、大体昼過ぎまで寝てて、起きてるときはほっつきまわってるらしいです」
ナージャ・ユー。
その人物と出会ったのは、というより、正確な言い方をするのならば遭遇したのは、トルンペートがやってくるよりも以前、私たちが、ドブさらいとか、店番とか、迷子のペット探しとか、迷子のおじいちゃん探しとかに精を出していたころの事だった。
その日はたまたま依頼が早めに終わって、暑いからもう休もうかと事務所に戻ってきたのだった。
そして逆に、向こうは暑いから氷菓でも食ってくると外出しようとした、その矢先だった。
私たちは事務所の軒先でたまたま顔を合わせたのだがその時のショックはなかなかのものだった。
なにしろ、
「……でかっ」
「藪から棒だな」
そのナージャとかいう女は、180センチメートルはある私がちょっと見上げなければならない大女だったのだ。
事務所の扉をちょいと屈むようにして出てきたその女は、視覚的暴力と言っていいパワフルさだった。
まず身長がでかい。私よりでかい。その癖、太いということがない。いや、太いは太いのだが、それは引き締まった筋肉の太さであり、さながらギリシア彫刻のように均整の取れた美しい筋肉だった。モデルのようにスラリと全身の均整がとれており、そしてそのうえに乗っかっている顔が、いい。
顔面偏差値とか、顔面の暴力とか、そういった乱暴なワードが似合うイケメンであった。女性相手に言っていいのかよくわからないワードではあるが。しかしとにかく顔が良かった。
とはいえこれは私の感性によるものかもしれない。
というのも、豊かな黒髪を長く垂らしたこの女は、何かとバタ臭い帝国人の中で、珍しく日本人じみた顔立ちをしていたからだった。
私は、と言うか私とリリオはその時の出会いを決して忘れはしないだろう。
何しろ、軽い挨拶と自己紹介を交わした後、この女は実に軽い調子で、
「そういえば熊木菟を無傷で倒したらしいな。私ともやろう」
とにこやかな笑顔で言い放つや、腰の太刀を抜きざま私に切りかかってきやがったのだった。
幸いにも自動回避が発動して初太刀をよけられたのだが、続けて二閃、三閃と白刃がきらめき、その度に私は一歩一歩追い詰められ、その内、速さとか技ではなく術理で追い込まれて回避不能に追い込まれるところだった。
その時は何とかぎりぎり回避しているうちに飼い主もといクナーボが騒ぎを聞きつけて叱りつけてくれたから助かったが、もしあのまま続いていたら私は今頃本当に幽霊になっていたかもしれない。
その後徹底してステルスを心掛け面会を積極的に拒絶しているが、たまに獣じみた嗅覚でこちらの《隠蓑》を貫通してくる恐ろしい手練れだ。
「あの頭もイカレてるけど、技前も大概イカレてる凄腕の大女ですね」
「端的過ぎる説明ありがとう」
とにかく、どうやらその頭もイカレてるけど、技前も大概イカレてる凄腕の大女と私はやりあわなければならないらしい。
「まあウルウなら何とかするでしょ」
「頑張ってくださいね、ウルウ!」
この無条件な信頼が、つらい。
実際問題大抵の相手ならばどうとでもなる私なのだけれど、では大抵の相手以上はどうかと言えば、経験が少ないので何とも言えないが、恐らくぼろ負けする。
何しろ私は格闘技の経験どころか喧嘩すらしたことがないひょろ長いだけのもやしっ子なのだ。いくらゲーム内キャラクターの体を得てアダマンチウム製のストロングパワフルボディとなったからといって、それを操るのはこの私なのだ。アダマンチウム製のストロングパワフルもやしになったに過ぎない。
弱いやつにはとことん強く、強いやつにはとことん弱い、そういう言う女なんだよ私は。
「ほらほら、観念して早く準備してくださいな」
「往生際悪いわね。向こうも待ってるわよ」
「だから嫌なんだよ」
ずるずると引きずられて即席の土俵に立たされると、大女がにこやかに笑いかけてくる。
実に爽やかなスマイルで、こう言うのだけ見ていればとてもいい人そうに見える。
「やあ、やっときたな。待ちくたびれてこっちから行こうかと思ってた頃だ」
「勘弁してくれ……」
「はっはっは、元気がないぞ? 鍛錬してるか?」
「してないよ」
「なんと、筋肉が泣くぞ!?」
「心の方が先に泣いてんだよぉ!」
物凄く嫌だった。
このネアカと向き合うのが。
なんかこう、自分の薄暗いところが浮き彫りになりそうだって言うのもあるけど、体育会系っぽくて好きじゃないんだよね。
「まあ、なんだ。初対面ではろくに挨拶できなかったな。ウルウ、アクンバーだったかな?」
「妛原閠だよ」
「ほう、何とも耳に馴染みよいな。西方の出か?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「ふむ、そうか。私も名前をなかなかうまく発音してもらえなくてな。こちらではナージャなどと呼ばれているが、本名は長門と言う。長門ゆふだ。よろしく頼む」
「ああ、そう。よろしく」
やはり西方の文化圏は、日本と言うか、アジア系の文化圏らしい。
この女は日本人とするにはいささかガタイが良すぎるが。
「私は西方にはいったことがないけど、みんな、あー、あなたみたいな?」
「まさか! 私などは小さいほうさ! ……冗談だ冗談。存外貴様は表情豊かなのだな」
よかった。こんなのがゴロゴロいたら異世界など滅びてしまえという気持ちが高まってしまうところだった。なにしろ一人いるだけでもこんなにも面倒なのだから、まったく。
「さて、じゃれ合いはともかくだ。メザーガ! 勝敗はどうする?」
「そうさな。お前に本気で暴れられても面倒だ。一発でも相手に入れられたら終わりでいいだろ」
「フムン、何とも面白みに欠けることだな」
「言ってろ。そいつに一発でも入れるってのは、俺でもことだぜ?」
「ほほう、ほほう。そいつは楽しみだ。そう言えば先だっても初太刀をかわされたのはいつぶりだったか」
「そうだろうそうだろう。何しろそいつは化物だからな。一発入れたら奢ってやる」
「言ったな! やろうやろう、よしやろう!」
おーいおいおいおいなに煽ってくれてんだおっさん。
私が面倒くさがっているのをいいことに好き勝手なこと言いやがる。
えらくやる気になってしまった向こうに比べて、私のやる気は急降下だ。もうマイナスだ。そもそも最初からやる気なんてないんだからな。
チーム脳筋のメンバーとはいえ、私はこういう脳筋極まる戦って決めようぜ的なイベント好きじゃないんだよ。漫画かよ。強いやつが正義だみたいな前時代的なのどうかと思うよ私は。口があって耳があるんだからさ、話し合いで物事解決すべきだと思うね、私は。そこを腕力でどうにかしようって言うのはもうゴリラかよって。いやゴリラでももっと建設的だよきっと。あいつら森の賢者らしいし。もっとさー、人間として獣に負けてちゃいけないと思うんだよね。ラブ・アンド・ピースだよ。シェケナベイべしようぜ皆。
「おらおら、観念してさっさと位置につけ」
「……あーい」
って言えたらな! って言えたらな! 言えたら苦労しねえんだよ!
くっそう、どうして私はいつもそうなんだ。主張すべき時に主張できないで何が自己主張だというんだ。
「よし、もういいか!? やろう! さあやろう!」
くそう。おのれ脳筋め。恐るべき脳筋め。
「わかったよ。やろうか」
「よし、ウールソ合図だ!」
「やれやれ、審判扱いの荒い。では、いざ尋常に……勝負!」
号砲のごとき開始の声と同時に、私の脳天に刃が振り下ろされたのだった。
メザーガは言った。「膝を射抜かれてな」。
「次のナージャってさ、前に一瞬遭遇した人で間違いない?」
「クナーボに聞いた限りではあれで間違いないらしいですよ」
「なによ、知ってるの? あたし見たことないんだけど」
「うーん、大体昼過ぎまで寝てて、起きてるときはほっつきまわってるらしいです」
ナージャ・ユー。
その人物と出会ったのは、というより、正確な言い方をするのならば遭遇したのは、トルンペートがやってくるよりも以前、私たちが、ドブさらいとか、店番とか、迷子のペット探しとか、迷子のおじいちゃん探しとかに精を出していたころの事だった。
その日はたまたま依頼が早めに終わって、暑いからもう休もうかと事務所に戻ってきたのだった。
そして逆に、向こうは暑いから氷菓でも食ってくると外出しようとした、その矢先だった。
私たちは事務所の軒先でたまたま顔を合わせたのだがその時のショックはなかなかのものだった。
なにしろ、
「……でかっ」
「藪から棒だな」
そのナージャとかいう女は、180センチメートルはある私がちょっと見上げなければならない大女だったのだ。
事務所の扉をちょいと屈むようにして出てきたその女は、視覚的暴力と言っていいパワフルさだった。
まず身長がでかい。私よりでかい。その癖、太いということがない。いや、太いは太いのだが、それは引き締まった筋肉の太さであり、さながらギリシア彫刻のように均整の取れた美しい筋肉だった。モデルのようにスラリと全身の均整がとれており、そしてそのうえに乗っかっている顔が、いい。
顔面偏差値とか、顔面の暴力とか、そういった乱暴なワードが似合うイケメンであった。女性相手に言っていいのかよくわからないワードではあるが。しかしとにかく顔が良かった。
とはいえこれは私の感性によるものかもしれない。
というのも、豊かな黒髪を長く垂らしたこの女は、何かとバタ臭い帝国人の中で、珍しく日本人じみた顔立ちをしていたからだった。
私は、と言うか私とリリオはその時の出会いを決して忘れはしないだろう。
何しろ、軽い挨拶と自己紹介を交わした後、この女は実に軽い調子で、
「そういえば熊木菟を無傷で倒したらしいな。私ともやろう」
とにこやかな笑顔で言い放つや、腰の太刀を抜きざま私に切りかかってきやがったのだった。
幸いにも自動回避が発動して初太刀をよけられたのだが、続けて二閃、三閃と白刃がきらめき、その度に私は一歩一歩追い詰められ、その内、速さとか技ではなく術理で追い込まれて回避不能に追い込まれるところだった。
その時は何とかぎりぎり回避しているうちに飼い主もといクナーボが騒ぎを聞きつけて叱りつけてくれたから助かったが、もしあのまま続いていたら私は今頃本当に幽霊になっていたかもしれない。
その後徹底してステルスを心掛け面会を積極的に拒絶しているが、たまに獣じみた嗅覚でこちらの《隠蓑》を貫通してくる恐ろしい手練れだ。
「あの頭もイカレてるけど、技前も大概イカレてる凄腕の大女ですね」
「端的過ぎる説明ありがとう」
とにかく、どうやらその頭もイカレてるけど、技前も大概イカレてる凄腕の大女と私はやりあわなければならないらしい。
「まあウルウなら何とかするでしょ」
「頑張ってくださいね、ウルウ!」
この無条件な信頼が、つらい。
実際問題大抵の相手ならばどうとでもなる私なのだけれど、では大抵の相手以上はどうかと言えば、経験が少ないので何とも言えないが、恐らくぼろ負けする。
何しろ私は格闘技の経験どころか喧嘩すらしたことがないひょろ長いだけのもやしっ子なのだ。いくらゲーム内キャラクターの体を得てアダマンチウム製のストロングパワフルボディとなったからといって、それを操るのはこの私なのだ。アダマンチウム製のストロングパワフルもやしになったに過ぎない。
弱いやつにはとことん強く、強いやつにはとことん弱い、そういう言う女なんだよ私は。
「ほらほら、観念して早く準備してくださいな」
「往生際悪いわね。向こうも待ってるわよ」
「だから嫌なんだよ」
ずるずると引きずられて即席の土俵に立たされると、大女がにこやかに笑いかけてくる。
実に爽やかなスマイルで、こう言うのだけ見ていればとてもいい人そうに見える。
「やあ、やっときたな。待ちくたびれてこっちから行こうかと思ってた頃だ」
「勘弁してくれ……」
「はっはっは、元気がないぞ? 鍛錬してるか?」
「してないよ」
「なんと、筋肉が泣くぞ!?」
「心の方が先に泣いてんだよぉ!」
物凄く嫌だった。
このネアカと向き合うのが。
なんかこう、自分の薄暗いところが浮き彫りになりそうだって言うのもあるけど、体育会系っぽくて好きじゃないんだよね。
「まあ、なんだ。初対面ではろくに挨拶できなかったな。ウルウ、アクンバーだったかな?」
「妛原閠だよ」
「ほう、何とも耳に馴染みよいな。西方の出か?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「ふむ、そうか。私も名前をなかなかうまく発音してもらえなくてな。こちらではナージャなどと呼ばれているが、本名は長門と言う。長門ゆふだ。よろしく頼む」
「ああ、そう。よろしく」
やはり西方の文化圏は、日本と言うか、アジア系の文化圏らしい。
この女は日本人とするにはいささかガタイが良すぎるが。
「私は西方にはいったことがないけど、みんな、あー、あなたみたいな?」
「まさか! 私などは小さいほうさ! ……冗談だ冗談。存外貴様は表情豊かなのだな」
よかった。こんなのがゴロゴロいたら異世界など滅びてしまえという気持ちが高まってしまうところだった。なにしろ一人いるだけでもこんなにも面倒なのだから、まったく。
「さて、じゃれ合いはともかくだ。メザーガ! 勝敗はどうする?」
「そうさな。お前に本気で暴れられても面倒だ。一発でも相手に入れられたら終わりでいいだろ」
「フムン、何とも面白みに欠けることだな」
「言ってろ。そいつに一発でも入れるってのは、俺でもことだぜ?」
「ほほう、ほほう。そいつは楽しみだ。そう言えば先だっても初太刀をかわされたのはいつぶりだったか」
「そうだろうそうだろう。何しろそいつは化物だからな。一発入れたら奢ってやる」
「言ったな! やろうやろう、よしやろう!」
おーいおいおいおいなに煽ってくれてんだおっさん。
私が面倒くさがっているのをいいことに好き勝手なこと言いやがる。
えらくやる気になってしまった向こうに比べて、私のやる気は急降下だ。もうマイナスだ。そもそも最初からやる気なんてないんだからな。
チーム脳筋のメンバーとはいえ、私はこういう脳筋極まる戦って決めようぜ的なイベント好きじゃないんだよ。漫画かよ。強いやつが正義だみたいな前時代的なのどうかと思うよ私は。口があって耳があるんだからさ、話し合いで物事解決すべきだと思うね、私は。そこを腕力でどうにかしようって言うのはもうゴリラかよって。いやゴリラでももっと建設的だよきっと。あいつら森の賢者らしいし。もっとさー、人間として獣に負けてちゃいけないと思うんだよね。ラブ・アンド・ピースだよ。シェケナベイべしようぜ皆。
「おらおら、観念してさっさと位置につけ」
「……あーい」
って言えたらな! って言えたらな! 言えたら苦労しねえんだよ!
くっそう、どうして私はいつもそうなんだ。主張すべき時に主張できないで何が自己主張だというんだ。
「よし、もういいか!? やろう! さあやろう!」
くそう。おのれ脳筋め。恐るべき脳筋め。
「わかったよ。やろうか」
「よし、ウールソ合図だ!」
「やれやれ、審判扱いの荒い。では、いざ尋常に……勝負!」
号砲のごとき開始の声と同時に、私の脳天に刃が振り下ろされたのだった。