「そういえば、もうすぐ合唱コンクールだな」

翌日、六限目の終わりに結城くんは不意にそう話しかけてきた。

「えっ……ああ、確かに。朝のショートでも先生話してたね」

唐突な隣人からの話題に、一瞬きょとんとするもすぐに思い出す。
この高校では一年生の学年行事として合唱コンがある。
次のLHRで担任からそれについての説明が予定されていたはず。
合唱なんて中学で終わりだとばかり思っていた私は、こんなイベントが待ち構えているとは思いもよらずすっかり油断していたもので、それを知った当初はひどく落胆した。

「合唱コン、あんまり気が乗らない?」

「えっ、そういうわけじゃないんだけど、ちょっと歌が苦手で……」

「苦手なの?なんか、意外だ」

「そうかな。私、声小さいし低いし、あんまり向いてないと思うよ」

「そんなことない。相原って、綺麗な声してるから」

「えっ……」

私はどうして良いのか分からず、呆然としてしまった。
私が、綺麗な声をしている。

(そんな、そんなことありえない……)

馬鹿にされ続けたこの声を、綺麗だと?
彼が一体私に何を言ったのか、一文字も理解ができない。
宇宙の言葉みたいに、まったく、何も通じなくなってしまった。

「相原?」

どうしようか、結城くんが怪訝そうな顔でこちらを見ている。
私は何も返すことができない。
その時、ふと、ユウのことが頭に蘇った。

『あれこれ悩んだって仕方ないさ』

思い切って、口を開く。

「……ねえ、結城くんってさ」

「おーい、結城。俺の単語帳見てない?って、邪魔しちゃったか。ごめん」

なんという間の悪さか。
私の言葉を遮ったのは、北見くんだった。
結城くんと仲良しの、人気者の男子生徒。
私と結城くんが話していたのに気づき、やってしまった、という顔をしている。

「見てない。昼休みに外のベンチに置いてきたんじゃないの」

「やっぱそう思う?仕方ない、探しに行くか!」

「待って、今相原が」

結城くんはそう言って北見くんを断ろうとするが、さすがにもう無理だ。
こんな空気で、「結城くんって私の事好き?」などという自惚れたことは言えるわけがなかろう。

「あ……なんでもないよ!気にしないで、全然、大丈夫だから」

ほら行ってどうぞ。
そして早く忘れてください。

そう視線で示せば、彼はどこか後ろ髪を引かれながらも北見くんを追って行った。
思いっきりタイミングを見誤った。

こんなんじゃ肩の力なんて抜けそうもないよ。

心の中でユウを思い描き、そう愚痴を吐いてみた。